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ヴ ァスバ ン ドゥの現 象 学
『 唯識 三 十頒 』 の原典 、翻訳 、お よび解 釈
湯 田 豊
序文
ヴ ァス バ ン ドゥ 〔Vasubandhu〕 は、 イ ン ドの大 乗 仏 教 の 歴 史 に お い て 、 最 も重 要 な哲 学 者 の ひ と り と して知 られ る。 我 国 にお い て 、 普 通 、彼 は 、 世 親 と呼 ば れ る。 彼 の 生 存 年 代 は、 恐 ら く、 西 暦 紀 元4世 紀 頃 で あ ろ う。
ヴ ァス バ ン ドゥは偉 大 な大 乗 仏 教 の 哲 学 者 で あ った 。 しか し、 同時 に、 彼 は ア ビ ダ ル マ の 偉 大 な学 究 で もあ っ た。 彼 の 仏 教 研 究 は、 ア ビ ダル マ の 著 作 と共 に始 ま っ た。 大 雑把 に言 え ば、 仏 教 の 主 流 は ブ ッ ダの 教 え、 お よ び 仏 教 哲 学 の4つ の 学 派 か ら成 り立 つ 。 ブ ッ ダの基 本 的 な教 えの ハ ン ドブ ッ クが ア ビ ダル マ 〔Abhidharma〕 で あ る 。 そ して 、4つ の 仏 教 哲 学 に お い て 、 サ ル ヴ ァー ス テ ィ ヴ ァー ダ 〔Sarvastivada、 一 切 有 部 〕 お よびサ ウ ト
ラー ンテ ィ カ 〔Sautrantika、 経 量 部 〕 は小 乗 仏 教 に属 し、 マ デ ィヤ マ カ
〔Madhyamaka、 中観 〕 と ヨー ガー チ ャー ラ 〔Yogacara、 唯 識 〕 は、 大 乗 仏 教 哲 学 の流 れ を汲 ん で い る。
最 初 、サ ル ヴ ァー ス テ ィヴ ァー ダの メ ンバ ー で あ っ た ヴ ァス バ ン ドゥは、
この学 派 の 哲 学 綱 要 書 で あ る 『ア ビダ ルマ ・コー シ ャ』〔Abhidharmakola〕
を書 い た。 更 に 、 『ア ビダ ルマ ・コー シ ャ』 に対 す る彼 自身 の註 釈 書 『ア ビ ダ ル マ ・コー シ ャ ・バ ー シ ャ』 〔Abhidharma‑kola‑bhasya〕 を、彼 は著 わ した。 しか しな が ら、 この 註 釈 書 にお い て 、 彼 は、 サ ル ヴ ァー ス テ ィ ヴ ァ
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一 ダの 学 説 を批 判 し、 サ ウ トラ ー ンテ ィ カ学 派 に対 して 同 情 的 で あ っ た。
彼 の 『ア ビ ダ ル マ ・コー シ ャ ・バ ー シ ャ』 は、 サ ウ トラー ンテ ィ カの パ ー ス ペ クテ ィ ヴか ら書 か れ て い る。 そ して、 『ア ビ ダ ルマ ・コー シ ャ ・バ ー シ ャ』 を著 わ した あ とで 、弟 の ヴ ァスバ ン ドゥは兄 の アサ ン ガ 〔Asahga、 無 著 〕 と共 に、 『ヨー ガー チ ャー ラ学 派 』 あ るい は 『唯 識 学 派 』 を創 始 した。
唯 識 論 者 と して、 ヴ ァス バ ン ドゥは、 少 な く とも、3つ の 主 要 な テ クス ト、 す なわ ち、 ヴ ィ ン シ ャテ ィカ ー 〔vilp§atika:20の 詩 句 〕、 トリ ンシ カ ー 〔Trimsika:30の 詩句 〕 お よび 三性 論 〔Trisvabhava〕 の作 者 と して認 め られ て い る 。 こ れ らの テ クス トの そ れ ぞ れ は、"知 覚 の み"、 あ る い は
"唯 識'と い う哲 学 思 想 を展 開す る
。彼 の思 想 を理 解 す る際 に決 定 的 なの は 、 これ らの 短 い詩 句/カ ー リ カ ーが ア ビ ダ ル マ の 文 脈 に お い て理 解 され るべ きで あ る とい う認 識 で あ る。 イ ン ドに お け る仏 教 哲 学 の 論 争 は 、 ア ビ ダ ル マ の 文 脈 に お い て行 な わ れ た 。 ア ビ ダル マ は ダ ルマ とい う現 象 、 あ るい は 同 じ こ とだ が 、 瞬 間 の 出 来 事 の 古 代 イ ン ド的 な現 象 学 で あ る。 ダ ルマ は、
心 理 的 な プ ロセ ス な い し精 神 的 な 出来 事 に還 元 され る。 これ らの詩 句 〔唯 識 三 十頒 〕 の 中心 的 なテ ー マ の ひ とつ は 、 言 う まで もな く、 ア ビ ダル マ 的 な ダル マ で あ る。
ドイ ツ の仏 教 学 者 、 エ ー リ ヒ ・フ ラ ウ ヴ ァル ナ ー は 、2人 の ヴ ァスバ ン ドゥが 存 在 す る と示 唆 した 〔1951年 、pp.1‑66〕 。 フ ラ ウ ヴ ァルナ ー に よ れ ば、 年 上 の ヴ ァスバ ン ドゥ 〔アサ ンガ の弟 。 西 暦 紀 元320‑380頃 。 唯識 論 者 ・大 乗 仏 教 哲 学 者 〕 お よ び年 下 の ヴ ァス バ ン ドゥ 〔ア ビ ダ ルマ ・コー シ ャの 作 者 。 西暦 紀 元400‑480頃 。 小 乗 仏 教 徒 〕 とい う2人 の ヴ ァスバ ン ドゥが 存 在 す る。 しか し、 ヴ ァスバ ン ドゥが 兄 の アサ ンガ に影 響 され 、 大 乗 仏 教 に転 向 した こ とは疑 え な い で あ ろ う。2人 の ヴ ァス バ ン ドゥが存 在 した とい う フ ラ ウ ヴ ァルナ ー の 仮 説 は 、採 用 され る に及 ば な い。 ひ と りの ヴ ァスバ ン ドゥが 『ア ビ ダ ル マ ・コー シ ャ』 を書 き、 後 に兄 の ア サ ンガ と
ヴァスバンドゥの現象学75 共 に唯 識 学 派 を創 始 した この よ うに 、 わ た く しは言 い た い 。 ア ビ ダル マ 的 な ヴ ァスバ ン ドゥの唯 識 を、 わ れ わ れ は正 し く評価 す べ きで あ る。
第1部=原 典の翻訳
三 十 頒:30の 詩 句
〔Trimsika‑Karika〕
カ リ カ
詩 旬1
〔サ ンス ク リ ッ ト原 典 〕
atma‑dharmopacarohivividhoyahpravartate
vijnana‑pariname'sauparinamahsacatridhaIIlII
〔翻訳 〕
実 に、 多 様 に作 動 す る 自己 お よび 事物(1)の 比喩 は、
識2)の 転 変 にお い て 〔生 じる〕。 そ して、 そ の転 変 は3種 類 で あ る。
カ リ カ
詩 句2
〔サ ン ス ク リ ッ ト原 典 〕
vipakomananakhyas'cavijnaptirvisayasyacal
tatralayakhyamvijnanamvipakahsarva‑bijakamII211
〔翻 訳 〕
〔行 爲 の 〕 成 熟3}、 熟 考 ω と称 せ ら れ る もの 、 お よ び 〔感 覚 器 官 の 〕 対 象 の 知 覚 ㈲
そ れ らの 中 で 、 成 熟 は 、 一 切 の 種 子 を 有 す る ア ー ラ ヤ{fi)と称 せ ら れ る 識 で あ る 。
カ リ カ
詩 句3
〔サ ン ス ク リ ッ ト 原 典 〕
asamviditiakopadi‑sohana‑vijnaptikamcatatI sadasparsermanaskara‑viisamjna‑cetananvitamII311
〔翻 訳 〕
そ し て 、 そ れ 〔識 〕 は 、 知 覚 さ れ て い な い も の に し が み つ ぎ7)、
場 所(K}を 知 覚 す る も の で あ る 。
そ れ は 、 常 に 、 接 触 、 精 神 的 な 注 意 、 感 覚 、 認 知{9)、 お よ び 意 思 作 用 に よ っ て 伴 わ れ て い る 。
カ リ カ
詩 句4
〔サ ンス ク リ ッ ト原 典 〕
ヴ ァス バ ン ドゥの 現 象 学77
upeksavedanatatranivrtakhyakrtamcatat
tathasparsadayastaccavartatesrotasaughavatII411
〔翻 訳 〕
そ れ 〔ア ー ラヤ識 〕 にお い て、 そ の 感覚 は無 関 心(io)であ る。そ して、
そ れ は 〔汚 れ に よ っ て 覆 わ れ ず 、 〔善 あ る い は 悪 と〕 定 め られ て 、 い ない 。
接 触 な ど も同 様 で あ る。 そ して 、 そ れ 〔アー ラヤ 識 〕 は、 川 の急 流 の よ う に 〔絶 えず〕 展 開す る。
5 寄
一土寸力一言口
〔サ ンス ク リ ッ ト原 典 〕
tasyavyavrttirarhatve(1且>tad‑asrityapravartatel tad‑alambarpmanonamavij負anarpmananatmakamll511
〔翻訳 〕
そ れ 〔ア ー ラヤ識 〕 の消 滅 は、 聖 者 〔阿 羅 漢 〕 の状 態 にお い て
〔生 じる〕。 そ れ に基 づ い て作 動 す る の が 、
そ れ 〔ア ー ラヤ識 〕 を認 識 の対 象 と し、 熟 考 す る こ と 〔思 量 〕 を 本 質 とす る、 思 考 と称 せ られ る識12)で あ る。
6
か句一土寸力量ロ
〔サ ンス ク リ ッ ト原典 〕
klesaiscaturbhihsahita叩nivrtavya.krtaihsadal
atma.d購y・atma.mohatma‑manatma.sneha.sarpj5itai勾11611
〔翻 訳 〕
〔汚 れ に よっ て〕 覆 わ れ 、 〔善 あ るい は悪 と〕 定 め られ て い ない 、 4つ の苦 悩/煩 悩 に よっ て、 そ れ は常 に伴 われ て い る。
〔自己 は存 在 す る とい う〕 自己 に関 す る見解 、 自己 に 関す る惑 わ し、
自己 に 関す る高 慢 、 自己 に 関す る愛 着 と名 づ け られ る もの と
〔そ れ は、常 に結 び付 け ちれ て い る〕。
7
力句
一土寸力量ロ
〔サ ンス ク リ ッ ト原 典 〕
yatrajastanmayairanyaihsparsadyaiscarhatonatatl nanirodha‑samapattaumergelokottarenacaII711
〔翻訳 〕
そ れが 生 まれ る ところ は ど こで も、 そ れ か ら成 る他 の もの に よっ て、
そ して接 触 な どに よ っ て 〔思 考 と称 せ られ る識 は伴 わ れ て い るが 〕、
ヴァスバンドゥの現象学79 そ れ は聖 者 〔阿 羅 漢 〕 にお い て存 在 しない 。
〔感 覚 と認 知 の〕 止滅 の達 成 にお い て 、 そ して 出世 間 的 な道 に お い て 〔そ れ は存 在 〕 しな い 。
8
力句一土寸力きロ
〔サ ン ス ク リ ッ ト原 典 〕
dvitfya勾paripamo'yarptrtiyah§ad‑vidhasyay訓 visayasyopaiabdhihsakusalakusaladvayal
〔翻 訳 〕
これ が 、 第2の 転 変 で あ る 。 第3〔 の 転 変 〕は6種 類 の
〔感 覚 器 官 の 〕 対 象 の 知 覚(13)で あ る 。 そ れ は 、 善/メ リ ッ トの あ る もの 、 悪/メ リ ッ トの な い も の 、 あ る い は 、 〔双 方 の 〕 い ず れ で も な い も の(14)で あ る 。
9
ガ句一土寸丸言口
〔サ ンス ク リ ッ ト原典 〕
sarvatra‑gainviniyataihkusalaiscaitasair(15)asaui sa叩prayuktatathakleSairupakleSaistrivedanall911
〔翻 訳 〕
80
そ れ は、 至 る とこ ろ に行 き渡 って い る心 的 要 因(11i)、特 に定 め られ て い る もの 、 メ リ ッ トの あ る もの 、
苦悩/煩 悩お よび副 次 的苦 悩/煩 悩 と結 び付 け られ てい る。 そ れ は 3種 類 の 感 覚 ㈱ を有 す る。
カ リ カ
詩 句10
〔サ ンス ク リ ッ ト原 典 〕
adyahsparsadayaschandadhimoksa‑smrtayahsahal samadhi‑dhibhya叩niyatab6raddhathah直rapatrapallou
最 初 の もの(18)は接 触 な どで あ る。 特 に定 め られ た もの は、 欲 求 、 確 信 、記 憶で あ る、
『三 昧/精 神 集 中 、 英 知 と共 に。 信 頼 す る こ と、 そ れ か ら、 恥 じ る こ と、 非 難 を恐 れ る こ と、
カ リ カ
詩 句11
〔サ ンス ク リ ッ ト原典 〕
alobhaditraya叩viryarpPra6rabdhi勾sapramadikal ahirpsahu$alahhle6aragapratigha.m耐hayaりlillll
〔翻 訳 〕
ヴ ァスバ ン ドゥの 現 象学81
貧 欲 の ない状 態 か ら始 まる3つ(19)、 エ ネ ルギ ー 、 静 穏 、用 心 深 さ、
傷 つ け な い こ と/不 殺 生 が 、 〔メ リ ッ トの あ る心 的 要 因 で あ る〕。
煩 悩/煩 悩 は、 貧 欲 、 嫌 悪i、惑 わ し、
カ ド リ カ
詩 句12
〔サ ンス ク リ ッ ト原 典 〕
mana.drg・vicikitsaざcakrodhopanahanepuna垣i mrak婁a毎prada6air§yathamatsaryarpsahamayayali
〔翻訳 〕
高慢 、 〔誤 っ た〕 見 解 、 お よび疑 惑 、 更 に、 怒 りと恨 み 、
り ん し ょ く
隠蔽/偽 善 、 罵 倒 、 嫉 妬 、 欺 隔 と共 に吝 薔 、
3一‑効句ガ詩
〔サ ンス ク リ ッ ト原典 〕
6athyarpmado'vihirpsa伽),hriratrapastyanamuddhava耳l a6raddhyarpathakau6玉dyampramadomu§itasmrti勾ll13[1
〔翻訳 〕
お ご
好 智 、 驕 り、 〔生 き物 に 〕 危 害 を加 え る こ と、 恥 知 らず 、 〔世 間 の 〕
非 難 を恐 れ な い こ と、 ぼ ん や り して い る状 態 ⑳、 興('L'L)、
信 頼 しな い こ と、 そ れ か ら怠 惰 、 不 注 意 、 忘 れ っ ぽ さ、
カ リ カ
詩 句14
〔サ ンス ク リ ッ ト原 典 〕
viksepo'samprajanyamcakaukrtyammiddhamevacaI vitarkascavicarascetyupaklesadvayedvidhaII1411
〔翻 訳 〕
散 乱 、 無 理 解 、後 悔 、 そ して 、 ま さ に、 ま どろ み ⑳、
推 測 と検 討 〔これ らは皆 〕 副 次 的苦 悩/煩 悩 で あ る。
〔最 後 の〕2つ の1対 ⑳ は2種 類 で あ る。
5一‑肋句か詩
〔サ ンス ク リ ッ ト原 典〕
pancanammulavijnaneyatha‑pratyayamudbhavahl vij爵anarpsahanavatarahgapa叩yathajadell1511
〔翻 訳 〕
〔ア ー ラ ヤ 識 と名 づ け ら れ る 〕 根 本 の 識 に お い て 、5つ の 識 ㈲ が
ヴ ァス バ ン ドゥの現 象学83
縁/諸 条 件 ㈱)に従 って現 わ れ る、
〔す べ て 〕 一 緒 に、 あ る い は一緒 で な く。 水 中 の もろ もろ の波 の よ うに。
カ‑,jカ
詩 句16
〔サ ン ス ク リ ッ ト原 典 〕
mano‑vijnana‑sambhutihsarvadasamjnikadrtei
samapatti‑dvayanmiddhanmurchanadapyacittakatII1611
〔翻 訳 〕
マ ナ ス
思 考 に よ る識 ⑳ は 、 常 に起 こ る 、 非 認 知 の 状 態 ⑫8)を除 い て 。 あ る い は2つ の 達 成 ⑳ 、 ま ど ろ み(3U)、あ る い は チ ッ タ を 欠 く⑳ 気 絶 を 除 い て 。
カ リ カ
詩 句17
〔サ ン ス ク リ ッ ト 原 典 〕
vijiana‑pariηamo'yamvikalpoyadvikalpyatel tenatannastitenedamsarvamvijnaptimatrakam}11711
〔翻 訳 〕
識 の この転変 は、想像/識 別す る ことであ る。そ れ に よって想像/
識 別 され る もの 、
そ れ は 、 存 在 しな い 。 そ れ ゆ え に、 こ の 一 切 は 知 覚 の み(32)/唯 識 で あ る。
カ リ カ
詩 句18
〔サ ンス ク リ ッ ト原 典 〕
sarva.b巧a叩hivij五anarpparipamastathatathal yatyanyonya‑vasadyenavikalpahsasajayatell1811
〔翻 訳 〕
実 に 、 識 は 、 一 切 の 種 子 で あ る(:i:i)。〔識 の 〕 転 変 は 、 こ れ こ れ の 仕 方 で 、
相 互 の 影 響 に 従 っ て起 こ る 。 そ れ に よ っ て 、 あ れ こ れ 想 像 す る/
識 別 す る こ とが 生 じ る 。
カ サ カ ド
詩 句19
〔サ ン ス ク リ ッ ト 原 典 〕
karmanovasanagraha‑dvayavasanayasahal ksinepurva‑vipake'nyad‑vipakamjanayantitatu
〔翻 訳 〕
ヴ ァスバ ン ド ゥの 現 象学85
カ ルマ ン/行 為 を残 留 して い る 印 象3重)は 、2重 の把 握 ㈱ を残 留 してい る印象 と共 に、
以 前 の 〔カ ルマ ン/行 為〕 の 成熟 〔=報 復 〕 が尽 きた 時 に、他 の 成熟 〔e報 復 〕 を生 じさせ る。
カ リ カ に
詩 句20
〔サ ン ス ク リ ッ ト原 典 〕
yenayenavikalpenayadyadvastuvikalpyatel parikalpitaevasausvabhavonasavidyatell
〔翻 訳 〕
あ れ これ想 像/識 別 す る こ とに よっ て、 あ れ これ とい う事 物 が 想 像/識 別 され る。
そ れ 〔そ の 事 物 〕 は 、 ま さ に 想 像/識 別 され て い る の で あ っ て 、
〔そ れ に は〕 本 来 の性 質/自 性 は存 在 して い な いG;sl。
カ リ カ
詩 句21
〔サ ンス ク リ ッ ト原 典 〕
paratantra‑svabhavastuvikalpahPratyayodbhavaねl nispannastasyapurvenasadarahitatatoyaII2111
〔翻訳 〕
しか し、他 に依 存 して い る本 来 の性 質/自 性 は、縁/諸 条 件 か ら 生 じる想像/識 別(37)で あ る。
他 方 、 完 成 され た 本 来 の性 質/自 性(3呂)は、 そ れ 〔他 に依 存 して い る本 来 の性 質 〕 が以 前 の もの 〔想 像/識 別 され て い る本 来 の性 質 /自 性 〕 か ら常 に分 離 され て い る状 態 で あ る(39)。
カ リ カ
詩句22
〔サ ンス ク リ ッ ト原典 〕
ataevasanaivanyonananyahparatantratah
anityatadivadvacyonadrste'sminsadrsyateII2211
〔翻 訳 〕
ま さに、 この理 由か ら、 そ れ 〔完 成 され た本 来 の性 質/自 性 〕 は、
他 に依 存 して い る もの 〔そ れ の本 来 の性 質/自 性 〕 と異 な って い る の で もな け れ ば、 〔それ と〕 異 な っ て い な い もの で も ない。
それ は、 無 常 であ る こ とな どの よ うで あ る、 と言 わ れ るべ きなの で あ る。 これ 〔完 成 され た本 来 の性 質/自 性 〕 が 見 られ て い ない 時 に は、 そ れ 〔他 に依 存 して い る本 来 の性 質/自 性 〕 は見 られ ない ㈲。
カ リ カ
詩 句23
〔サ ンス ク リ ッ ト原 典 〕
ヴ ァスバ ン ドゥの現 象学87
trividhasyasvabhavasyatrividhamnihsvabhavataml samdhayasarva‑dharmanamdesitanihsvabhavatal2311
〔翻 訳 〕
3種 類 の本 来の性 質/自 性 に3種 類 の本来の性 質/自 性が 欠けて い ること
に関 して、すべ ての事物 に本来の性 質/自 性 の欠けている ことが 説 かれた。
カ リ カ
詩 句24
〔サ ン ス ク リ ッ ト原 典 〕
prathamolaksanenaivanihsvabhavo'parahpunabI nasvayambhavaetasyetiaparanihsvabhavataIl2411
〔翻 訳 〕
最初 の もの 〔 想像/識 別 されている本来 の性 質/自 性 〕 は、 まさに、
定義/特 徴 に よって本来 の性 質/自 性 を有 していない。更 に、他 の もの 〔 他 に依存 してい る本 来の性 質/自 性〕 は、
これに よってみず か ら存在す ることはない、 と言 われ る。他 の もの
〔 完 成 され た本 来 的 な性 質/自 性 〕 は、本 来的 な性 質/自 性 を欠い
ている㈲。
88
カ リ カ
詩 句25
〔サ ンス ク リ ッ ト原典 〕
dharmanamparamarthascasayatastathatapisahl
sarvakalamtathabhavatsaivavijnaptimatrataII2511
〔翻訳 〕
そ れ は、 もろ もろ の事 物 の 最 高 の指 示 対 象 〔artha〕で あ り、
そ して 、 そ れ ゆ えに、 それ は、 そ の よ うで あ る状 態(42で もあ る。
そ れ は、 い つ も、 そ の よ うで あ るが ゆ え に。 ま さに 、 そ れ は 唯 識/知 覚 の み で あ る。
カ リ カ
詩 句26
〔サ ンス ク リ ッ ト原典 〕
yavadvijnaptimatratvevijnanamnavatisthatel graha‑dvayasyanusayastavannavinivartateII2611
〔翻 訳 〕
唯 識/知 覚 の み の状 態 に人 が留 ま らない 限 り、
そ の 限 り、2重 の把 握(43>の残 留(94)は消 滅 しな い。
ヴ ァス バ ン ドゥの 現 象学89
カ ド リ カ
詩 句27
〔サ ンス ク リ ッ ト原 典 〕
v恥aptimatramevedamityapihyupalambhatah[
sthapayannagratahkirpcittanmatrenavati嘆hatell271i
〔翻 訳 〕
「これ は 、 ま さ に、 知 覚 の み で あ る」 と、 こ の よ う に 、 ま こ と に 、 知 覚す る こ とか ら も、
何 か あ る もの を 〔自分 の 〕 前 に置 い て い る の で 、 彼 は"こ れ だ け"
〔知覚 の み 〕 に留 ま る こ とは ない。
カ リ カ
詩 句28
〔サ ンス ク リ ッ ト原典 〕
yada(45)alambanamvijnanamnaivopalambhatetadal
sthitamvijnanamatratvegrahyabhavetad‑agrahatII2811
〔翻 訳 〕
〔しか し〕 、識が 認識 の対象 を知覚 しない時 には、そ の時 には
それは知覚 のみの状態 に位置 してい る。把握 され るべ きものが
存在 しない時には、それ の把握 は存在 しないが ゆえに。
90
カ リ カ
詩句29
〔サ ンス ク リ ッ ト原 典 〕
acitto'nupalambhoもauj丘ana叩lokottara叩catatl asrayasyaparavrttirdvidhadausthulya‑hanitahII
〔翻 訳 〕
そ れ はチ ッ タ を有 しな い(9fi)、知 覚 を有 しない 。 そ して 、 そ れ は、 出 世 間的 な知 識 ㈲ で あ る。
そ れ は拠 り所 〔ア ー ラヤ 識 〕 にお け る変 革 ㈱ で あ り、 そ れ は2重 の 邪悪/精 神 的 な堕 落 ㈲ の 除去 に よ って 〔起 こる〕。
y
カ リ カ
詩 句30
〔サ ンス ク リ ッ ト原 典〕
saevanasravodhaturacintyahku合alodhruvahl
sukhovimuktikayo'saudharmakhyo'yammahamunehII301{
〔翻訳 〕
ま さ に 、 そ れ は 汚 さ れ て い な い 領 域 、 す な わ ち 、 考 え られ 得 な い もの 、 メ リ ッ トの あ る もの 、 持 続 して い る も の(50)、
ヴ ァス バ ン ドゥの現 象学 91
この 上 な く幸 せ な もの であ る。 これ が 、 偉 大 な賢 者/ブ ッダの法 身
㈲ と呼 ば れ る
、 あ の解 脱 身(JZ)であ る。
〔註 〕
(1)"事 物"と 、 わ た く し に よ っ て 訳 さ れ た 原 語 はdharma。 ダ ル マ は 現 象 界 を 集 合 的 に 構i成す る 個 々 の 要 素 。 そ れ は 、 こ の 文 脈 に お い て"出 来 事"あ る い は 経 験 の 要 因 と 訳 す こ と も 可 。
ダ ル マ と い う 語 に よ っ て 示 唆 さ れ る の は 、"現 象"な い し瞬 間 的 な 出 来 事 で あ る 。
(2)原 語 はvij飴na。 こ のvijianaはvijnaptiの 同 義 語 。 こ の 箇 所 に お け るvij飴naは"意 識"
〔consciousness〕 と 訳 さ れ る で あ ろ う 。 け れ ど も 、 『唯 識 三 十 頒 』 に お い て は 、mano‑
vijnanaの 漢 訳 が"意 識'で あ る た め 、 わ た く し は"意 識"と い う 訳 語 を 故 意 に 避 け た 。 (3)Vipakaは 実 質 的 に"報 復"、"応 報"。
(4)Mananaは 、 絶 えず 熟 慮/熟 考 す る こ と。
(5)〔 感 覚 器 官 の 〕 対 象 の 知 覚 は 、6種 類 の 経 験 的 な い し感 覚 的 意 識 〔=u。 成 熟 、 熟 考 、 お よ び 対 象 の 知 覚/識 が 、3種 類 の"転 の 転 変"と 名 づ け ら れ る 。
(6)ア ー ラ ヤ 〔alaya〕 識 に お け る"ア ー ラ ヤ"は 、"貯 蔵 所"、"蔵"な ど を 意 味 す る 言 葉 。 こ の 詩 句 に お い て 、 ア ー ラ ヤ 識 は 、"成 熟 しつ つ あ る 識"と し て 理 解 さ れ る 。 そ し て 、 成 熟 し つ つ あ る 識 は 、 一 切 の 種 子 を 有 す る 、 あ る い は 一 切 の もの の 識 で あ る と 言 わ れ る。
(7)"知 覚 さ れ て い な い も の に しが み つ き"と い う訳 語 の オ リ ジ ナ ル は 、asamviditaka‑upadiで あ る 。 ス テ ィ ラ マ テ ィ はupadiをupadanaと し て 解 釈 。 しか し 、 玄 はupadiを 執 受 と 漢 訳
して い る 。 玄 突 に よ れ ば 、upadiは"保 持 し、 受 け 取 る"こ と で あ ろ う。 執 受 は"専 有 す る"
〔appropriate〕 と訳 さ れ る で あ ろ う か?ア ー ラ ヤ 識 桝 呆持 し、受 け 取 る もの の1つ が 種 子 。 (8)ア0ラ ヤ 識 の"場 所"は 外 界 。 そ れ は 生 き物 を 支 え る 場 所 。
(9)Samjnaを 、 わ れ わ れ は 知 覚 な い し観 念 と訳 し て も よ い か も知 れ な い 。
(10)感 覚 は 喜 ん で もい な け れ ば 、 悲 しん で も い な い 。 感 覚 は 快 的 で も な け れ ば 、 不 快 で も な い 。 そ れ は 、 喜 び や 悲 しみ に 対 して 無 関 心 で あ る が ゆ え に 冷 静 で あ る 。
(11)あ る い はarhattve。
(12)Manonamav櫛anaはmano‑vij酷naと 区 別 さ れ る 。 両 者 は 異 な る 。Man(wijianaに つ い
カ リ カ
て は 、 詩 句16参 照 。
92
(13)6種 類 の 〔感 覚 器 官 の 〕 対 象 の 知 覚 と名 づ け られ るの は 、 そ れ ぞ れ 、 眼 、耳 、 鼻 、 舌 、 身
マ ナx
体 、 お よ び 思 考 の 知 覚/識 で あ る。 眼 な ど6種 類 の 感 覚 器 官 の 対 象 は 、 そ れ ぞ れ 、 形 態/
ダ ル マ
色 、 音 声/声 、 香 り/香 、 味 、 感 触/触 、 お よ び 事 物 〔指 示 対 象 〕 で あ る 。 眼 、 耳 、 鼻 、 舌 、 お よ び 身 体 の 知 覚 〔視 覚 、 聴 覚 、 嗅 覚 、 味 覚 、 お よ び触 覚 〕5つ の 知 覚/5識 一 一 は 、 漢 訳 に お い て 、 そ れ ぞ れ 、 眼 識 、 耳 識 、 鼻 識 、 舌 識 、 お よ び 身 識 と呼 ば れ る 。 そ し て 、 第6の 知 覚 一manov櫛anaは"意 謝 と 漢 訳 さ れ る 。Mano‑vijnanaは 、 第6の 感 覚 器 官/第6感 で あ る 。 そ れ は 思 考 の 知 覚/識 、 す な わ ち 、 思 考 に よ る 知 覚/識 で あ る 。 (14)Advayaは 、 古 典 サ ン ス ク リ ッ ト に お い てu第2の も の を 有 し な い"と い う 意 味 。 しか し、
こ の 語 は 、 こ こ で は"定 め ら れ て い な い"〔avyakrta〕 と い う ほ ど の 意 味 。 (15)Cetasairと い う読 み 方 もあ る 。
(16)接 触 、 精 神 的 な 注 意 、 感 覚 、 認 知 、 お よ び 意 思 作 用 〔詩 句3参 照 〕。 こ れ ら の 心 的 要 因 は 、 識/知 覚 の あ ら ゆ る 瞬 間/刹 那 に 存 在 し て い る 。
(17)あ る い は 感 精 。 (18)最 初 の 心 的 要 因 。
(19)貧 欲 〔raga)、 怒 り/憎 悪 〔dosa〕 お よ び 惑 わ し 〔moha〕 は 、 テ ー ラ ヴ ァ ー ダ 仏 教 に お い て 根 本 悪 と 見 な さ れ て い る 〔『デ ィ ー ガ ー一・ニ カ ー ヤ 』16、4、43参 照 〕。 ヴ ァ ス バ ン ド ゥ は 、 テ ー ラ ヴ ァー ダ の 根 本 悪 を 考 慮 に 入 れ て 、 「非 貧 欲 か ら始 ま る3つ 」 と 言 っ た の で あ ろ う。 こ の3つ と 言 わ れ る の は 、 非 貧 欲 〔alobha〕、 怒 ら な い こ と/憎 ま な い こ と 〔advesa〕、
お よ び 惑 わ さ れ な い こ と 〔amoha〕 で あ る 。 「非 貧 欲 か ら始 ま る3つ 」 を 、 玄 は 「無 貧 等 三 根 」 と漢 訳 して い る 。 し か し、 「三 根 」 〔3つ の ル ー ツ 〕 と い う 表 現 は 、 詩 句11の 中 に 見 い 出 さ れ な い 。
(20)わ た く し はvihimsaと 読 む 。
こん じん
(21)玄 癸 は 、styanaを 悟 沈 と漢 訳 。 (22)あ る い は"落 ち 着 き の な い 状 態"。
(23)パ ラ マ ー ル タ 〔真 諦 〕 はmiddhaを"睡 眠"と 漢 訳 。 わ た く し は 、middhaを 眠 る 前 の う と う と して い る 状 態 と解 釈 。
(24)最 後 の2つ の1対 は 、 後 悔/ま ど ろ み 、 お よ び 、 推 測/検 討 で あ る 。 (25)5識 につ い て は 、 註(13)参 照 。
(26)精 神 的 な 活 動 〔manaskara〕 、 感 覚 器 官Ondriya〕 お よ び 〔感 覚 器 官 の 〕 対 象 。 (27)第6識 で あ る 思 考 器 官 に よ る 知 覚 。 事 物 〔ダ ル マ 〕 を 知 覚 す る 精 神 的 知 覚 。
ヴ ァスバ ン ドゥの現 象学 93
(28)あ る い は 、 無 意 識 の 状 態 。
(29)非 認 知 の 達 成 、 お よ び 感 覚 と 認 知 の 止 滅 の 達 成 。
(30)玄 突 は 、middhaを"睡 眠"と 漢 訳 して い る 。 そ れ は 精 神 的 活 動 を 欠 い て い る 。 (31)Acittakaは 、 知 覚 の な い 、 あ る い は 精 神 的 活 動 を 欠 く、 と い う ほ どの 意 味 。
(32)識 の 転 変 に よ っ て 想 像 さ れ る も の/識 別 さ れ る も の は 存 在 しな い 。 あ る い は 同 じ こ と だ が 、 識 の 転 変 は 存 在 し な い 。 わ れ わ れ に よ っ て 知 られ る の は 、"知 覚 の み"/"唯 識"〔vijiap‑
timatrata)で あ る 。 実 際 に 存 在 す る の は 、 想 像 さ れ て い な い/識 別 さ れ て い な い 知 覚 の み/唯 識 で あ る 。 唯 識 は 、 存 在 と い う よ り も 、 む し ろ 瞬 間 的 な 出 来 事 。
(33)ス テ ィ ラ マ テ ィ の 註 釈 に 従 っ て 、vijnanaを ア ー ラ ヤ 識 で あ る と 解 釈 す れ ば 、 わ れ わ れ は 、 こ の よ う に 翻 訳 出 来 る 。 ア ー ラ ヤ 識 は 一 切 の 種 子 で あ る か らで あ る 。 しか し、sarva‑bijaと い う文 句 を 、 わ れ わ れ は"一 切 の 種 子 を 含 む"と 訳 し て も よ い 。 文 法 的 に は 、 い ず れ の 訳
も可 能 で あ る 。
(34)玄 は 、vasanaを"習 気"と 漢 訳 。 ヴ ァ ー サ ナ ー は 、 一 般 に"習 気"、M習"な ど と 訳 さ れ る 。 ヴ ァ ー サ ナ ー は 、 カ ル マ ン.・前 世 の 行 為 に よ っ て ア ー ラ ヤ 識 に 蓄 積 さ れ た 、 潜 在 的 エ ネ ル ギ ー 、 あ る い は 習 慣 的 な性 向 。
(35)二 重 の 把 握 と は 、 把 握 者/能 取 〔grahaka〕 お よ び 把 握 さ れ る べ き も の/所 取 〔grahya〕
の こ と。 知 覚 し て い る 主 体 〔自 己 〕 お よ び 知 覚 さ れ て い る 対 象 〔事 物 〕 の 二 重 性 そ れ が 、2重 の 把 握 。2重 の 把 握 は 、2重 の 執 着/専 有 。
(36)想 像 さ れ て い る 本 来 の 性 質/遍 計 所 執 自性 〔parikalpita‑svabhava〕 そ れ 自体 は 存 在 しな い 。 (37)諸 条 件 か ら 生 じ る 、 想 像/識 別 す る と い う 行 為 そ れ が 、 他 に 依 存 し て い る 本 来 の 性
質/依 他 起 自性 〔paratantra‑svabhava〕 の 本 質 で あ る 。 そ れ はpratityasamutpada、 す な わ ち 、 制 約 さ れ て い る 生 起/依 存 して い る 生 起 で あ る 。
(38)完 成 さ れ た 本 来 の 性 質/円 成 実 自性 〔parinispanna‑svabhava〕 は 、 一 切 の 事 物 〔dharma〕
の 完 成 さ れ た 性 質 で あ る 。
カ リ カ ロ
(39)詩 句20‑22に 簡 明 に述 べ られ て い る、3つ の 本 来 の性 質 に 関す る説/三 性 説 は 、 カー リ カ ー21に 基 本 的 な パ タ ー ンを 見 い 出す 。 ヴ ァスバ ン ドゥに とって、parinispannaに よっ て 意 味 され るの は、paratantraに お け るparikalpitaの 欠如 で あ る。 玄 の 円 成 実 の 解 釈 は 、 ヴ ァスバ ン ドゥの 考 え と合 致 す る一 「円 成 実 於 彼 常 遠 離 前性 」。 他 に 依 存 して い る本 来 の 性 質 一想 像 され て い る本 来 の性 質=完 成 され た 本 来 の性 質 こ れ が 、3つ の 本 来 の 性 質/三 自性 の 公 式 で あ る。
94
(40)し か し、最 初 に 、 人 が 他 に依 存 して い る 自性 を 見 な けれ ば、 完 成 され た 自性 は 見 られ な い で あ ろ う。玄 一 一 非 不 見此 彼 。"此"はparatantra、"彼"はparinispanna。
(41)完 成 され た 本 来 の性 質/円 成 実 自性 は 、 ま さ に 他 に依 存 して い る本 来 の 性 質/依 他 起 自性 の 本 質 で あ る。 そ れ ゆ え に 、 完 成 さ れ た 自性 は、 そ れ 自身 の 自性 を 欠 い て い る。 そ れ は、
他 に依 存 して い る 自性 の 中 に 、 想 像 され て い る 自性 が 欠 け て い る こ と を意 味す る。 そ れ は 何 か あ る もの の 存 在 を示 す こ とは な い 。 そ れ は 自性 の 欠如 、す な わ ち 、 空 性 を示 唆 す る。
(42)玄 業 は、tathataを"真 如"と 漢 訳 。"真 如"は 、"真 に 〔そ の〕よ うで あ る こ と"とい うほ どの 意 味 。 他 に依 存 して い る 自性 に想 像 され て い る 自性 が 欠 け て い る 状 態 一 一そ れ が 、 そ の よ うで あ る状 態 で あ る 。 そ して、 そ れ の 究 極 の 意 味 にお け る、 依 存 して い る 自性 の 知 覚 が 、 ま さ に
"知覚 の み"
、"唯 識'〔vijnaptimatrata〕で あ る 。Vijnaptiに よ って 意 味 され る の は 、 識 な い し 知 覚 の"現 象"で あ り、"知 覚 の み"、"唯 識'は 、 瞬 間 的/刹 那 的 な精 神 的行 為 か ら成 り立 つ 。 そ れ は 、"唯 識'あ るい は"唯心"を 本 質 とす る超 越 的 な実 在/真 如 を意 味 しない 。
(43)註(35)参 照 。 玄 は"随 眠"と 漢 訳 。
(44)生 得 の性 向 、潜 在 的性 向 と訳 さ れ る こ と もあ る。
(45)Yadaの 次 にtv〔tu〕 を挿 入 。
(46)チ ッ タを、 わ た くしは実 体 と しての"心"で は な く、"知 覚"、 あ るい は"識"と 見 な した い 。 (47)日 常 生 活 に お い て得 られ な い知 識b
(48)Paravrttiは 変 革 ない し転換 。 「トリ ン シ カー/三 十類 の場 合 に は 、paravrttiあ る い は"転 換 す る こ と"は 、vij飴naか らprajnaへ の 変換 を意 味 す る よ う に思 わ れ る」 この よ う に、
あ る 仏 教学 者 は 言 う 〔ラ ス トハ ウ ス、2002年 、317頁 、 トリ ン シカ ー に対 す る註94〕。
(49)情 動 の 障 害/汚 れ 〔klesavarana煩 悩 障〕お よび知 力 の 障 害/汚 れ(jneyavarana:所 知 障 〕。 (50)ス テ ィ ラマ テ ィは 、dhruvaに つ い て 「そ れ が 不 滅 で あ る こ とに よっ て 永 遠 で あ る が ゆ え に」
と註 釈 して い る。"持 続 して い る もの"と い うの は、 要 す る に、"持 続 して い る領域'の こ とで あ る。 拠 り所/ア ー ラヤ 識 に お け る変 革 の 果 実 は 、 考 え られ 得 な い領 域 、 メ リ ッ トの あ る 領 域 、持 続 して い る領 域 、 この 上 な く幸 せ な 領 域 で あ る。 この よ うな4つ の領 域 に よ っ て 意 味 され るの は、 恐 ら く、 浬 葉 〔nirvana〕で あ ろ う。
(51)汚 され て い ない 領 域 が ブ ッ ダの 法 身 、 す な わ ち 、彼 の真 の エ ッセ ンス。
(52)苦 しみ と再 生/輪 廻 か ら解 放 され て い るが ゆ え に 、ブ ッ ダはu解脱 身"と 呼 ばれ るの で あ ろ う。
ヴ ァスバ ン ドゥの現 象 学95
第2部=解 釈
ヴ ァスバ ン ドゥの 『唯 識 三 十頒 』 は極 め て 簡潔 で あ る。 そ れ に もか か わ らず 、 この作 品 は 円 熟 して い る。 「三 十 頒 」 にお い て最 初 に現 われ る の は、
"知 覚 の み"/"唯 識"の コ ンセ プ トで は な く
、"識 の 転 変"〔vij酷na‑
parinama〕 の そ れ で あ る。識 の 最 初 の 転 変 は、 アー ラヤ 識 と名 づ け られ る 根 本 的 な識/知 覚 で あ る。 ア ー ラヤ 識/知 覚 が マ ナ ナ/マ ナ ス 〔熟 考/思 考 〕 お よ び6つ の 識 〔知 覚 見 る こ と、 聞 くこ とな ど とい う5つ の 識/知 覚 、 お よび 思考 の 意 識/知 覚/mano‑vij齎na〕 へ 展 開す る。 アー ラヤ 識 、 マ ナ ナ/マ ナ ス 、 お よび6つ の 識/知 覚 一8つ の 識/知 覚 一 は、 拠 り所 に お け る変 革/転 換 に よっ て滅 せ られ る。 別 言 す れ ば、 拠 り所/ア ー ラヤ 識 にお け る過 去 の 行 為 の種 子 が 絶 滅 す る。 ア ー ラヤ 識 が 止滅 す れ ば、 もはや 、 識 の 転 変 は存 在 しな い。 そ の場 合 に は、 この0切 は知覚 の み/唯 識 であ る。
外 界 は、識/知 覚 の投 影 に他 な らな い。 「三 十 頒 」 にお い て 、 ヴ ァス バ ン ド ゥは外 界 の事 物 の知 覚 を説 い た 。 われ わ れ 人 間 は 、 知 覚/識 の 範 囲 内 で の み 、 外 界 の 事 物 に気 づ く こ の よ う に ヴ ァス バ ン ド ゥは考 え た に相 違 な い。
(t)識 の 転 変
ヴ ァスバ ン ドゥは、 「三 十頒 」 の 冒頭 にお い て 、 識 の 転 変 につ い て論 じて い る。 詩句1に お い て 、 彼 は 自 己 〔atmam〕 お よび ダ ル マ 〔dharma〕 の 存 在 を否 定 す る。 自己 お よび ダ ルマ 〔現 象/瞬 間 的 な 出 来事 〕 は、 ヴ ァス バ ン ドゥに よれ ば 、 単 な る比 喩 〔upacara〕 に過 ぎ な い。 自 己 、 お よび ダ ル マ/事 物 は存 在 しない 。 双 方 と も"唯 識/知 覚 の み"の 比 喩 で あ る。"唯 識/知 覚 の み"は 瞬 間 的/刹 那 的 で あ り、 あ らゆ る 瞬 間/刹 那 に生 み 出 さ
9fi
れ る。 そ の よ うな識/知 覚 の み が"転 変 す る"と 、 この よ うに ヴ ァス バ ン ドゥは考 え たの で あ る。
しか しなが ら、"識/知 覚 の みnの"転 変"は 、 結 局 、 妄 想 に 過 ぎな い 。 そ れ は夢 、 あ る い は幻 覚 、幻 影 に 他 な ら ない 。 識 の転 変 、 す な わ ち、 この 一 切 は存 在 しな い 。 この よ う な前 提 に立 脚 して 、 ヴ ァスバ ン ドゥは 「そ の 転 変 は3種 類 で あ る」 〔詩 句1〕 と述 べ て い る。 詩句2に お い て 、 ヴ ァス バ ン ドゥは3種 類 の転 変 を扱 う。3種 類 の転 変 とは、 ア ー ラヤ 識 、 マ ナ ナ/
マ ナ ス、 お よ び 〔感 覚 器 官 の 〕 対 象 の 知 覚 で あ る。 ア ー ラヤ 識 は、 一切 の 種 子 を含 む 成熟 で あ り、 過 去 の 行 為 の 種 子 を貯 蔵 す る識/知 覚 で あ る。 し か し、 仏 教 にお い て 、 カル マ ン 〔行 爲 〕 は行 爲 そ の もの で は な く、 行 爲 へ の 意 図 あ る い は意 図 的 な行 爲 を意 味 す る 。 そ して、 カ ルマ ンの 法 則 に よれ ば、 人 間の 行 爲 を支 配 す るの は報 復 の原 理 で あ る。 そ れ ゆ え に、 ア ー ラヤ 識 に よっ て示 唆 され る 〔行 爲 の〕 成 熟 は、 疑 い もな く、 報 復 を意 味 す る。
ア ー ラ ヤ識 に よ っ て"報 復"が 意 味 され る とす れ ば 、 ア ー ラ ヤ識 を生 じ させ る カ ル マ ン 〔行 爲/行 爲 へ の 意 図〕 は絶 滅 され る はず で あ る。 そ れ ゆ え に、 ヴ ァスバ ン ドゥは次 の よ う言 う 「そ れ 〔アー ラヤ 識 〕 の 消滅 は、
聖 者 〔阿 羅 漢 〕 の状 態 に お い て 〔生 じる〕」 〔詩 句5〕 。苦 悩/煩 悩の 障 害 が 完 全 に取 り除 か れ る聖 者 の状 態 にお い て 、 ア ー ラヤ 識 とい う、 い わ ば 、 川 の 急 流 は止 滅 す る。 第1の 転 変 で あ る ア ー ラヤ 識 が 止 滅 す る時 に、 アー ラ ヤ 識 を認 識 の 対 象 と し、 自我 の機 能 を構 成す るマ ナ ナ 〔熟 考 す る こ と〕 を 本 質 とす る汚 れ て い る マ ナ ス/思 考 も、 聖 者 〔阿 羅 漢 〕 の 状 態 にお い て は 存 在 しない 〔詩句2‑7〕 。 マ ナ ナ/マ ナ ス は第2の 転 変 で あ る。
詩 句8に お い て 扱 わ れ て い る の は、 第3の 転 変 、 す な わ ち 、6種 類 の
〔感 覚 器 官 の〕 対 象 の 知 覚 で あ る。 そ して、 ヴ ァスバ ン ドゥは詩 句9に お い て心 的要 因 〔caitasa〕 を分 類 す る 。 詩 句10‑14に は 、 人 間 の 経 験 と直 接 関係 の あ る、6つ の識/知 覚 の 多 くの心 的 要 因 が挙 げ られ て い る。 そ れ ら
ヴ ァスバ ン ドゥの現 象 学97
の詩 句 に は、 人 間心 理 の現 象 学 が 見 い 出 され る。 詩句15に お い て、 ア ー ラ ヤ識 とい う名 の 識 にお いて 、 「5つ の識 が 縁/諸 条 件 に従 っ て現 われ る」 こ とが 述 べ られ る。 成 熟 した種 子 に 依 存 して 、 目、 耳 、 鼻 、 舌 、 お よ び身 体 の識/知 覚 が 現 わ れ る。 根 本 的 な識/知 覚 にお け る種 子 の現 存 に依 存 して、
5つ の識/知 覚 が 現 わ れ る。 詩句16に は 、 思 考 に よ る識 、 お よび5つ の 識 の 止 滅 が ス ケ ッチ され て い る よ う に思 わ れ る 。6つ の 識/知 覚 の 止 滅 を 、
ヴ ァス バ ン ドゥは高 く評価 した に違 い な い 。
識 の 第1の 転 変 が アー ラヤ識 、 第2の 転 変 が マ ナ ナ/思 考 の識 、 第3の 転 変 が6つ の 識/知 覚 で あ る。 そ して 、 ア ー ラ ヤ 識 が 止 滅 す れ ば 、 マ ナ ナ/思 考 の識 ない し6つ の 識 も止 滅 す る。 ア ー ラヤ識 は0切 の 行 爲 の種 子 を含 む"成 熟"で あ る ゆ え 、 そ れ を止滅 させ る た め に は、 わ れ わ れ は報 復 か ら解 放 され ね ば な らな い。 しか しなが ら、8つ の識 は 、 本 来 、存 在 し な い 。 識 の転 変 は"唯 識"の 比 喩 に過 ぎな い 。
(2)唯 識/知 覚のみ
詩 句17に お い て、 わ れ わ れ は"想 像"な い し"識 別"〔vikalpa〕 、"知 覚 の み"/"唯 識"〔vi抑apti‑matra〕 とい う2つ の コ ンセ プ トを 見 い 出 す 。
こ の詩 句 にお い て 、 識 の 転 変 は想 像/識 別 、 あ る い は想 像/識 別 す る こ と で あ る。 そ して 、 この 転 変 に よ っ て 、 想 像/識 別 され る もの 、 す な わ ち 、
自 己お よび 事物 は存 在 しな い。 自 己お よ び事 物 は存 在 しな い ゆ え 「この 一 切 は知 覚 の み/唯 識 で あ る」 とい う こ と に な ら ざ る を得 な い 。 ヴ ァス バ ン
ドゥに よれ ば、 唯識/知 覚 の み の"現 象"、 あ る い は唯 識/知 覚 の み に対 す る̀顕 現"が 、 わ れ わ れ に 知 ら され るの で あ る。 唯 識/知 覚 の み は、 心 的 要 因 の投 影 と して理 解 され るで あ ろ う。
しか し、 識/知 覚 の み の 中 か ら外 界 は現 わ れ な い 。 一 切 の 種 子 で あ る
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識/知 覚 を想 定 す る こ とに よ っ て、 識 の 転 変 が 可 能 に な る。 一 切 の種 子 で あ る識一 一そ れ は ア ー ラヤ 識 で あ る。 ア ー ラヤ 識 を始 め とす る8つ の 識 の 相 互 の 影 響 に従 っ て、 「あ れ これ想 像/識 別 す る こ とが 生 じる」 〔詩 句18〕 。 詩 句19に お い て扱 われ てい る の は、 ヴ ァー サ ナ ー 〔vasana〕 で あ る。 ヴ ァ ー サ ナ ー は 、 アー ラヤ 識 に蓄 積 され た潜 在 的 な エ ネ ルギ ー ない し習 慣 的 な
ア トマ ン
性 向 で あ る。 行 爲 の ヴ ァー サ ナ ー は 、 把 握 者/能 取 〔自己 〕、 お よ び把 握
ダ ル マ
され るべ きもの/所 取 〔 事物 〕 の ヴ ァーサ ナー と共 に、 以前 の カルマ ン/
行爲 の成熟/報 復 が尽 きた時 に、 人が再生す る時点 におい て、 報復 とい う 果実/結 果 を生 じさせ る。果実/結 果 を生 じさせ る種子 が、 ヴ ァーサ ナー
と名づけ られ る。 カルマ ンの法則 は報復 に基づ いてい る。
一切 の種 子で あ るアー ラヤ識 は、 まさに種子 であ るが ゆ えに、 あるい は 種子 を含 むが ゆえ に、終 局的 に絶滅 されね ば な らない。 アー ラヤ識 が止滅 しない限 り、識 の転変 は止滅 しない。そ して、識 に よって想像/識 別 され
ゆ え ん
た事 物 は存 在 しな い。 「この一 切 は唯 識 で あ る」 と言 わ れ る所 以 であ る。
(3)3つ の本来の性 質/三 自性
「唯 識 三 十頒 」 の 詩 句20‑22に お い て 、 ヴ ァス バ ン ドゥは3つ の本 来 の 性 質/三 自性 〔tri‑svabhava〕 に つ い て 簡 明 に述 べ て い る。 そ して、 詩 句
く う
23‑25に お い て、彼 は3つ の本 来 の性 質/三 自性 を空 の 視 点 か ら考 察す る。
3つ の 本 来 の性 質 は、 大 乗 仏 教 の ヨー ガ ー チ ャー ラ学 派 にお け る中 心 的 な テ ー マ で あ る。 ヴ ァス バ ン ドゥの3つ の本 来 の性 質 を理 解 す るた め に、 わ れ われ は ア ラ ン ・ス ポ ンバ ー グ 〔1982年 〕 に よ って提 示 され た 「3つ の性 質 の解 釈 学 の 枢 軸 の モ デ ル」 お よび 「3つ の性 質 の解 釈 学 の 漸 進 的 モ デ ル」
に言 及 しな けれ ば な らな い 。 人 間 の現 象 的 な存 在 の 相 関 関 係 の3つ の 局 面 の 中 で 最 も主 要 な の は、 ス ポ ンバ ー グ の 「枢 軸 の モ デ ル 」 〔100‑‑101頁 〕
ヴ ァスバ ン ドゥの現 象 学99
に よれ ば 、 〔他 に 〕 依 存 して い る特 性 あ るい は性 質 で あ る。 そ の次 に 来 るの は、 〔他 に〕 依 存 して い る現 象 的 な存 在 を具 象 化 す る局 面 、 す な わ ち、 想 像 的 な特 性 あ る い は性 質 で あ る。 最 後 に 来 るの は 、 存 在 の 〔他 に〕 依 存 す る 現 象 性 を見 る局 面 で あ る。 「依 存 して い る もの の この枢 軸 の 役 割 が 、 古 典 的 な ヨー ガ ー チ ャー ラに お け る三 自性 説 の 最 も独 特 な特 徴 で あ る」 〔100頁 〕 と、 この よ うに ス ポ ンバ ー グ は 言 う。 「三 自性 の 解 釈 学 の 漸 進 的 な モ デ ル」
は、 東 ア ジ ア に お い て理 解 され て い る もので あ る。 「依 存 して い る もの が 、 普 通 、 枢 軸 の モ デ ル の 場 合 に最 初 に 論 じ られ て い るの に対 して 、 漸 進 的 な モ デ ル に従 っ て い る 諸 解 釈 は 、 い つ も決 ま っ て 想像 的 な もの か ら始 ま り、
そ れ か ら 〔他 に〕 依 存 して い る ものへ 前 進 し、 そ して完 成 され た もの と共 に ク ラ イマ ッ クス に達 す る」 〔101頁 〕 この よ う に彼 は言 う。 彼 は次 の よ う に続 け る 「目標 は、 そ れ か ら因 習 的 な 存 在 の 、 あ の 依 存 してい る もの を通 っ て動 き、 最 後 に、 依 存 して い る もの の 無 常 の か な た に0切 の 事 物 の 純 粋 な、 変 化 しな い、 究 極 の そ の よ うで あ る こ と/真 如 とい う、 完 成 され た実 在 の レベ ル に達 す る。 この 場 合 に 言 及 され て い る"そ の よ うで あ
は か な
る こ と"は 、僅 い もの 、 お よ び現 象 的 な もの の 根 底 を なす 本 質 的 な清 浄 で あ る」 〔101‑102頁 〕 と。 東 ア ジ ア 的 な 「漸 進 的 なモ デ ル」 に よれ ば 、"そ の よ うで あ る こ と"あ るい は"真 如"は 究 極 の存 在 、 一 切 の存 在 の 純 粋 な 根 拠 で あ る とい う結 論 が得 られ る。
「三 十頒 」にお け る ヴ ァス バ ン ドゥの モ デ ル は、枢 軸 的 な もの で あ ろ うか、
あ る い は漸 進 的 な もの で あ ろ うか?彼 の 「三 十 頒 」 に お い て、 わ れ われ は、 想 像/識 別 され て い る 本 来 の性 質/遍 計 所 執 〔詩 句20〕 、 他 に依 存 し て い る本 来 の性 質/依 他 起 自性 お よ び完 成 され た本 来 の性 質/円 成 実 自性
〔詩…句21〕 とい う漸 進 的 な順 序 を見 い 出 す 。 しか し、 ヴ ァス バ ン ドゥは 実 質 的 に 「枢 軸 の モ デ ル」 を採 用 し、3つ の 本 来 の性 質 をス ケ ッチ して い る。
3つ の 本 来 の 性 質 の 基 本 的 なパ ター ンは、 他 に依 存 して い る 自性 一想 像 さ
roo
れ てい る 自性=完 成 され た 自性 で あ る。
詩 句21に お い て、 彼 は 「他 に依 存 して い る本 来 の性 質 は 、縁/諸 条 件 か ら生 じる」 と言 い 、 そ れ が"縁 起"〔pratitya‑samutpada〕 で あ る こ とを示 唆 す る。 縁 起 とは、 一 切 の事 物 が 相 互 に制 約 し、 相 関 関係 に あ る状 態 で あ り、 そ こ に お い て は万 物 の 流 転 〔時 間 の 流 れ!〕 が 肯 定 され る。 想 像 され て い る性 質 は、 誤 っ て見 られ た 、 他 に依 存 して い る性 質 で あ る。 そ して 、 完 成 され た性 質 は、 正 し く見 られ た 、他 に依 存 して い る性 質 そ の もの で あ
る。 そ れ ゆ え に、 ヴ ァスバ ン ドゥは 「そ れ 〔完 成 され た性 質〕 は他 に依 存 して い る性 質 と異 な っ てい る もの で もな け れ ば、 異 な っ て い ない もの で も ない 」 〔詩 句22〕 と言 う。 詩 句22は 次 の よ うに 言 う 「こ れ 〔完 成 され た性 質 〕 が 見 られ て い ない 時 に は、 そ れ 〔他 に依 存 して い る性 質 〕 は 見 ら れ ない 」 と。 しか し、 「他 に依 存 して い る性 質 が 見 られ て い ない 時 に は、 完 成 さ れ た性 質 は見 られ ない 」 と言 うこ と も出来 る。他 に依 存 して い る性 質 とい う、現 象 的存 在/流 転 あ るい は生 成 だ け を ヴ ァスバ ン ドゥは知 覚 す る。
詩句23‑25は 、す べ て の事 物 は本 来 の性 質/自 性 を欠 い て い る とい うパ ー スペ ク テ ィヴ か ら3つ の 本 来 の性 質/三 自性 を扱 う。 この パ ー スペ ク テ ィヴ か ら、 ヴ ァス バ ン ドゥは 「す べ て の事 物 に 本 来 の性 質/自 性 の 欠 け て い る こ とが 説 か れ た」 〔詩 句23〕 と言 う。 そ して、 彼 は 「最 初 の もの 〔想 像/識 別 され て い る性 質/自 性 〕 は 、 ま さ に 定 義/特 徴 に よ っ て本 来 の性 質/自 性 を有 しな い」 と言 い、 更 に、 「他 の もの 〔他 に依 存 して い る性 質/
自性 〕 は 、 これ に よっ て み ず か ら存 在 す る こ とは な い、 と言 わ れ る」 と述 べ 、 最 後 に、 「他 の もの 〔完 成 され た性 質/自 性 〕 は、 本 来 的 な性 質/自 性 を欠 い て い る」 〔詩 句24〕 と結 論 す る 。 依 存 して い る性 質/自 性 は他 に依 存 して 生 起 して い る 〔pratitya‑samutpanna〕 ゆ え に 、 そ れ は 、 本 来 の 性 質/自 性 を欠 い て い る。他 に依 存 す る性 質 は、 生 起 に 関 して 自性 を有 しな い 。 す な わ ち、 そ れ は空 で あ る と言 われ る。 そ して完 成 され た性 質 は他 に
ヴ ァスバ ン ドゥの現 象 学101
依 存 して い る性 質/自 性 の エ ッセ ンス で あ っ て 、 それ 自身 の 性 質/自 性 を 欠 い て い る。
他 に依 存 して い る性 質/自 性 が 他 の 事 物 に依 存 す る ゆ え に空 で あ り、 完 成 され た性 質 の エ ッセ ンス が 他 に依 存 して い る性 質/自 性 で あ るが ゆ え に 空 で あ る と考 え、 ヴ ァスバ ン ドゥは 、 「そ れ は、 もろ もろ の事 物 の最 高 の指 示 対 象 で あ る。 そ して、 そ れ ゆ え に、 そ れ は、 そ の よ うで あ る状 態 で もあ る」 と述 べ 、 更 に 「そ れ は 、 い つ も、 そ の よ う で あ るが ゆ え に、 ま さに 、 そ れ は知 覚 の み/唯 識 で あ る」 〔詩 句25〕 と言 明 す る。 この 詩句 に 関 して 、
「そ れ」 は 「完 成 され た性 質 」 に対 応 す る。 しか し、 「完 成 され た性 質」 は、
「想 像/識 別 され て い る性 質 」 の 除 去 され て い る 「他 に依 存 して い る性 質 」 で あ る。 人 間 は現 象 的 な存 在 で あ る。 あ る い は 、 この世 にお い て存 在 す る の は・ 「他 に 依 存 して い る性 質」 で あ る 。 そ れ と相 関 関 係 にあ る現 象 性 の
"そ の よ うで あ る状 態"を
、 人 は真 に そ の よ うで あ る、 と、 あ るい はあ るが ま まに 〔真 如 〕 見 る。"真 如"に よっ て、 そ れの 現象 的存 在 が 認 識 され る。
(4)唯 識 か ら知 識 へ
す べ て の事 物 の最 高 の 指 示 対 象 は、 他 に依 存 してい る性 質 の現 象 性 で あ り・ そ れ が 相 関 関 係 と して の 縁 起 の"そ の よ うで あ る状 態"で あ る。 そ の こ と を真 にそ の よ うで あ る と見 る人一 彼 こそ 、 真 に 見 る 人 で あ る。 人 間 の現 象 的 な存 在 〔=制 約 され て い る生 起/縁 起 〕 こそ 、 一切 の事 物 の 最 高 の指 示対 象 で あ る。 そ れ ゆ え に、 「そ れ は、 い つ も、 そ の よ うで あ るが ゆ え に。 ま さに 、 そ れ は 唯 識/知 覚 の み で あ る」 と、 この よ う に、 ヴ ァス バ ン
ドゥは詩 句25に お い て述 べ て い る。
完 成 され た性 質 、 す な わ ち 、 想 像/識 別 さ れ て い る性 質 の 除去 され た 、 他 に依 存 してい る性 質 が 唯 識/知 覚 の み 〔vijnaptimatrata〕 で あ る とす れ
102
ば、 われ われ は、 どの ように して唯識/知 覚 のみ を経験 す る道 を歩 むべ き であ ろ うか?ヴ ァスバ ン ドゥは次 の ように答 える 「 唯識/知 覚 のみ の状態 に人が留 まらない 限 り、 その限 り、2重 の把握 の残留 は消滅 しない」
ア トマ ン ダ ル マ
〔 詩句26〕 と。 自己お よび事物 とい う2重 の把 握 、す な わち、把握 者/能 取 お よび把握 され るべ き もの/所 取 の ヴ ァーサ ナー/潜 在 的 なエ ネ ルギ
くん じ ゅ う
一/董 習 が アー ラヤ 識 に お け る 種 子 に な れ ば 、 成 熟 した種 子 か ら、 常 に 、 よ り多 くの想 像/識 別 〔vikalpa〕 が 生 まれ る に違 い な い。 「唯 識/知 覚 の み の状 態 に 人が 留 ま らな い 限 り、2重 の把 握 の 残 留/ヴ ァー サ ナ ー は消 滅 しな い」。 しか し、 入 が 「わ た く しは 唯 識/知 覚 の み の状 態 に留 ま る」、 と 言 う時 で さえ、 彼 は、 そ うな らな い 。 彼 は何 か あ る もの を外 的 な事 物 と し て設 定 して い るゆ え に、 「彼 は"こ れ だ け"〔 唯 識/知 覚 の み 〕 に留 ま らな い」 〔詩 句27〕 。 「何 か あ る もの を 〔自分 の 〕 前 に置 い て い るの で 」(stha‑
payannagratahkimcit)と い う文 句 を、 玄 突 は 「現 前 立 少物 」 〔も し も、
あ な たが あ な た の前 に、 あ る小 さい物 を立 て るな らば〕 と漢訳 して い る。
詩 句28に お い て 、 ヴ ァス バ ン ドゥは次 の よ うに 言 う 「〔しか し〕、 識 が 認 識 の 対 象 〔alambana〕 を知 覚 し な い 時 に は、 そ の 時 に は 、 そ れ は、
唯識/知 覚 の み の 状 態 に位 置 して い る。把 握 され るべ き もの が 存 在 しな い 時 に は、 そ れ の把 握 は存 在 し な いが ゆ え に」 と。 識/知 覚 〔vijnapti〕は、
決 して外 界 ない し外 界 の 事 物 の"表 象"を 意 味 しな い。 外 界 な い し外 界 の 事 物 は ヴ ァス バ ン ドゥに よ っ て否 定 され て い る。 そ れ ゆ え に、 外 的 な指 示 対象(artha)は 不 必 要 で あ る。"識"/"知 覚 の み"が 認 識 の対 象 を知 覚 しない行 爲 そ れ が 、 唯 識/知 覚 の み で あ る。 「把 握 され るべ きもの が存 在 しない 時 に は、 そ れ の把 握 は存 在 しない が ゆ え に」、 指 示 対 象 を把 握 す る こ と、 す なわ ち、 そ れ の 知覚/チ ッ タは存 在 しな い1
詩 句29に お い て 、 ヴ ァス バ ン ドゥは次 の よ うに言 う 「そ れ は チ ッ タ を有 しな い 、 知 覚 を有 しな い 。 そ して 、 そ れ は 、 出世 間 的 な 知 識 で あ る。
ヴ ァス バ ン ドゥの現 象学103
こ れ は拠 り所 〔ア ー ラ ヤ識 〕 にお け る変 革 で あ り、 そ れ は2重 の邪 悪/精 神 的 な堕 落 の 除去 に よっ て 〔起 こ る〕」 と。"唯 識"/"知 覚"の み を論 じ て 来 た ヴ ァス バ ン ドゥは 、今 や 、 詩 句29に お い て、 突 如 と して、 「そ れ は チ ッ タ を有 しな い、 知 覚 を有 しない 。 そ して 、 そ れ は 出 世 間 的 な知 識 で あ る」 と断 言 す る。 ウ ッ ド 〔1991年 、58頁 〕 は次 の よ うに言 う 「しか し、
世 界 を超 越 して い る知 識 は 心 を 欠 く と言 わ れ る の で 、 心 の み の 真 の性 質 (vijnaptimatrata)は 、 す べ て の もの は心 を欠 くとい う結 論 に トリ ンシ カ ー29は 導 く!」 と。
「そ れ は チ ッタ を有 しな い 、知 覚 を有 しない」 とい うヴ ァスバ ン ドゥの言 葉 を よ りよ く理 解 す る た め に 、 わ た く しは彼 が 他 の作 品 に お い て述 べ て い る文 句 を引用 し よ う。 彼 の 最 後 の 作 品 「3つ の性 質 の教 え/三 性 論 〔Tri‑
svabhava‑nirdesa〕 、 詩 句36に お い て 、 ヴ ァス バ ン ドゥは次 の よ う に書 い て い る 「唯 識/知 覚 の み 〔citta‑matra〕 が 存 在 す る とい う知 覚 に よ っ て 、 知 られ るべ き事 物 の 非 知 覚 が生 じる。 知 られ るべ き事 柄 の非 知 覚 に よ っ て 、 識/知 覚 の 非 知 覚 が 生 じ る」 と。 更 に 、 『中 辺 分 別 論 』 〔Madhya‑
ntavibhaga〕 に対 す る註 釈 〔1、7〕 に お い て、 彼 は 次 の よ う に言 っ て い る 「唯 識/知 覚 の み の 知 覚 に基 づ い て、 事 物 の非 知 覚 が 生 じる。事 物 の 非 知 覚 に基 づ い て 、 唯 識/知 覚 の み の 非 知 覚 も生 じ る」 と。 一 切 が 唯 識/知 覚 で あ る こ とに基 づ い て 、 事 物 は 知 覚 され ない が 、 同 時 に、 事 物 の この 非 知 覚 に基 づ い て"唯 識/知 覚 の み"も 知 覚 され ない 〔anupalambha〕 。 唯 識/知 覚 の み は、 そ の場 合 に 、 アチ ッ タで あ る 。知 られ るべ き事 物 が 知 覚 され な け れ ば、 チ ッ タそ の もの も知 覚 され な い。 つ ま り、 そ の場 合 に は 識/知 覚 は 欠 け て い る。事 物/指 示対 象 〔artha〕が 否 定 され るだ け で な く、
唯 識/知 覚 の み も ま た 否 定 さ れ る 。 そ れ の 対 象 を 知 覚 し よ う とす る
"識"/"知 覚"の み は止 滅 す る
。 指 示 対 象 が 否 定 され れ ば、 唯 識/知 覚 の み は、 もはや 全 く作 動 しない の で あ る。
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唯 識/知 覚 の み 〔vijnaptimatrata〕 は、 最 高 の レベ ル の 達 成 にお い て放 棄 され る。Vijnaptiを 究 極 の実 在 と見 なす こ と は、 少 な くと も、初 期 の ヨ ー ガー チ ャー ラ学 派 に は通 用 しない 。 「そ れ はチ ッタを有 しない 、知 覚 を有
しない 」 とい う、 この知 識 が 「出世 間的 な知 識[jnana〕 で あ る」 〔詩句29〕 。 そ して この 出世 間 的 な知 識 に 由来 す るの が 、 「拠 り所 〔アー ラヤ 識 〕 にお け
る変 革 、 あ る い は転 換 」 で あ る。拠 り所/ア ー ラヤ 識 の 転 換 を可 能 にす る の は、 ヴ ァー サ ナ ー 〔vasana〕、 成 熟 、 お よび、2重 の把 握/把 握 者 と把 握 され るべ き もの の 欠如 で あ る。 そ して ア ー ラヤ 識 の 変 革 は、 情 動 の 障 害/
煩 悩障 お よび 知 力 の 障 害/所 知 障 とい う、2重 の邪 悪/精 神 的 な堕 落 の 除 去 に よっ て起 こ る 。 ヴ ァス バ ン ドゥの場 合 に は、 ア ー ラヤ 識 の 変 革 にお い て 、 ア ー ラヤ 識 は 完 全 に消 滅 して しま う。 アー ラヤ識 は、 そ の 変 革/転 換 ゆ え に、 汚 れ の ない ア ー ラヤ識 と して存 続 す る こ とは決 して な い。
結 論
ヴ ァス バ ン ドゥの 結 論 は 、 『三 十頒 』29‑30に 見 い 出 され る。 『三 十頒 』 29に お い て 、 ヴ ァス バ ン ドゥは最 高 の レベ ル の 達 成 にお い てチ ッタ 〔citta〕
な い し唯 識/知 覚 の み の放 棄 を宣 言 す る。 唯 識/知 覚 の み に到 達 した 人 に とっ て、 わ れ われ に よっ て 認 識 され る識 が 、 わ れ われ 自身 の認 識 行 為 で あ るの に、 そ れ を、 わ れ わ れ の 識/知 覚 に とっ て 外 的 で あ る と、 われ わ れ は 認 識 す る。 ア メ リ カ の 唯 識 学 者 、 ラス トハ ウ ス 〔2002年 、538頁 〕 は、 次 の よ う に述 べ て い る 「Vijǹapti‑matraの 実 現 は、 そ れ を、 そ の 行 為 に お い て チ ャ ッチ し なが ら、 い わ ば 、 そ れ に よっ て、 そ れ を 除去 し なが ら、
意 識 〔識 〕 の作 用 に 内在 す る、 この トリ ック を暴 露す る。 そ の欺 瞳 が 除去 され て い る時 に、 人 の 認 識 様 式 は、 もはやo伽 伽 α(意識/識)と 名 づ け られ