修士論文
ストレッチャ搬送時における患者の 無拘束・無侵襲生体計測
2006 年度
工学研究科 システム工学専攻
05R6131
マツシマ マサヒト
松島 将人
指導教授 渡辺嘉二郎 教授
Abstract__________________________________________________________________________
Master’s Thesis
Unstrained and non-invasive biosignal measurement system for patient transfer by a stretcher
Masahito MATSUSHIMA
Abstract
This paper describes an unstrained and non-invasive biosignal measurement for patient transfer by a stretcher.
The stretcher is widely used as transport method in the hospital. However, the cessation of respiration accident is reported by medical experts. Because the influence of the side-effects from narcotic and the contrast agent for operative treatment. It is very dangerous appearance when patient transfer by a stretcher, because the monitoring system for patient's biosignal don't operate unlike in the case of the operating room and the hospital room.
The other sides, we have been working on the development of an unstrained bio-measurement system for heart beat and respiration adopting an air mattress. The method gets the pressure fluctuation by laying the air mattress. The pressure fluctuation is converted into the voltage by supersensitive robust pressure sensor. However the measurement of the above biosignal following this system has been disrupted by the artifact caused by the road noise.
Then, the author proposes the differential-pressure method and vibration control device to solve the problem.As a result, pulse wave and respiration wave form became sharp, and apnea was able to be detected by about 89% on the average. Moreover, it succeeded in catching the pulse wave transition.
It is thought that an abnormal biosignal is promptly detected by this proposed system when the patient transfer by a stretcher and it leads to the reduction of the malpractice.
Key Words: unconstrained and noninvasive measurement, pulse wave, respiration, air mattress, differential-pressure method, vibration control device
目次____________________________________________________________________________
目次
第 1 章 はじめに... 5
1.1 研究背景... 5
1.2 従来の生体信号検出法... 6
1.3 先行研究について... 7
第2章 計測対象及び仮定と問題の記述... 9
2.1 計測対象... 9
2.2 仮定... 9
2.3 問題... 9
第3章 計測システム... 10
3.1 移動環境への対応... 10
3.2 車載システムの応用... 10
3.2.1 エアマットレス... 11
3.2.2 センサ... 14
3.2.3 フィルタ... 16
3.2.4 VCA を用いたセンサ感度調整... 17
3.2.5 双差動増幅器を用いたセンサ信号処理... 19
第4章 ストレッチャにおける無拘束・無侵襲生体計測システム... 24
4.1 エアマット部の改良... 24
4.1.1 搬送時に発生する強制振動の解析... 24
4.1.2 強制振動の制振... 28
4.1.3 インパルス応答について... 32
4.2 リアルタイム無呼吸検知アルゴリズム... 36
4.2.1 ノイズトレース... 36
4.2.2 ΔV の可変化... 37
第5章 実験による検証... 40
5.1 提案したシステムの有用性について... 40
5.1.1 停車条件での計測... 40
5.1.2 走行条件での計測 - エアマットレスサイズによるシステム検証 -... 42
5.1.3 走行条件での計測 - 差動方式のノイズ軽減比較 -... 43
5.1.4 走行条件での計測 - 制振装置による制振効果検証 -... 46
5.1.5 走行条件での計測 - 無呼吸の確認 -... 49
目次____________________________________________________________________________
5.2 無呼吸検知アルゴリズムの有用性... 50
第6章 本システムの信頼性に関して... 52
6.1 脈拍数推移に関して... 52
6.2 無呼吸検知率に関して... 53
第7章 むすび... 54
参考文献... 55
<付録1>... 56
<付録2>... 58
研究業績... 61
謝辞... 62
第1章 はじめに_______________________________________________________________
第 1 章 はじめに
1.1 研究背景
病院あるいは救急医療の現場において,病気又は怪我のために,身体的,生理的に特殊 な状態にある患者・傷病者の院内移動手段は担架,車椅子,ストレッチャやベッドなどの 器具に限定されている.特に手術前後や検査後の安静を必要とする患者の移送には利便性,
効率性の観点からストレッチャが多く使用されている[1][2].
Operating room Intensive-care unit
Hospital room Corridor
Operating room Intensive-care unit
Hospital room Corridor
Fig.1.1 Hospital environment
病院で行われる一般的な手術プロセスは,まず病室で患者確認・手術説明を行い,スト レッチャに患者を乗せ,手術室に搬送する.手術室にて手術台に患者を載せ換え,手術を 行う.術後,同様の経路を辿って患者を病室に搬送するのが通例である.Fig.1.1 に病院内環 境を示す.病院において患者は,様々な治療を行うため,これらの環境を行き来している.
この中には搬送器具を利用する場面も多い.しかしながら,そうした患者搬送中において,
次のような医療事故の危険性が示唆されている.
(1)麻酔薬等の影響
麻酔を施す手術の際,術前に鎮痛・睡眠・筋弛緩・有害反射の除去などの必要性から静 脈麻酔薬・吸入(ガス)麻酔薬・筋弛緩薬・補助鎮痛薬を患者の状態,手術の規模に合わ せて併用する.薬により数分のうちに全身の筋肉は弛緩し,呼吸を司る筋肉も働かなくな る.その状態で,口を通して気管内へ人工呼吸用のチューブを挿入し,手術中はこのチュ ーブを通して人工呼吸をする.危険性が示唆されるのは術後である.
例えば,部分麻酔として有名な脊髄麻酔を使用する場合,麻酔の持続時間は脊髄麻酔の 固定に要する 10〜20 分を大幅に超えて,30 分〜2 時間に及ぶ.ここで問題なのは手術を終 え,リカバリ薬を注射し,意識覚醒を確認した後に再び麻酔効果が現れ,意識を失い心停
第1章 はじめに_______________________________________________________________
止が起こったという医療事故が報告されていることである.頻度は 1000 例に 1 例未満とは いえ,日本国内の脊髄麻酔は年間百万件程度なので軽視することはできない[3].また,患 者の心理的な負担を減らすために使用する鎮静薬も患者が「苦しい」と認識する能力を阻 害し,事故発見を遅らせる原因となっている.
(2)検査における造影剤の影響
心臓カテーテル検査・CT 検査などに使用するヨード系X線造影剤の副作用による医療事 故も報告されている.副作用症状は呼吸困難,急激な血圧低下,心停止,意識消失などの 重篤なものである.その副作用発生頻度はイオン性造影剤で 0.22%(367 例/169,284 例), 非イオン性造影剤でも 0.04%(70 例/168,363 例)ある[4].
(3)院内搬送時における酸素チューブの抜去
(1),(2)のように薬により意識を失うことによるバイタルサイン低下の事例以外に も,気管切開・気管内挿菅患者の酸素チューブの自然抜去及び自己抜去などの医療事故が 報告されている.また,救急外来受診時の酸素チューブ抜去も考えられうる.
上記した(1)〜(3)のように,医療における危険性は数多く存在する.手術室内あ るいは病室であれば心電図,呼吸器モニタ等の機器により迅速に異常を検知し,対処でき るが,手術室から ICU・病室への患者搬送時においては,それらの機器によるモニタがあま り行われていない.そこで,搬送時におけるバイタルサインモニタ管理の必要性が挙げら れている.
1.2 従来の生体信号検出法
手術室内では患者は心電図,呼吸器モニタを装着し,手術中は常に麻酔科医が麻酔深度,
血圧,脈拍,呼吸,体温,輸液量などを管理しており,安全に手術が進行できるよう監視 している.これにより,異常時にも迅速に適切な処置を行うことが可能となっている.
しかしながら,患者の搬送時となると,心電計・呼吸器モニタ等は外し,搬送者による 目視によって患者の異変を観察する場合が主である.目視ではストレッチャ自身の振動に よる患者の動きやよそ見等の不注意が原因となり患者の異変時への対応の遅れを招く可能 性がある.医療誤認の主原因別統計によると,第一位の確認ミスに続き,観察ミスが第二 位に挙げられている[5].このことからも目視とは別のモニタが必要と考えられる.
現在のところ,ストレッチャ搬送時における患者バイタルサインの中で,計測が比較的 容易なものに脈波・呼吸が挙げられる.これはそれぞれが重篤な医療事故と密接な関係性 があることが知られている.さらに従来,看護者(搬送者)が観察している対象が横隔膜 の上下運動である呼吸であること及び脈波計測機器が小型で拘束性が低いことが理由に挙 げられる.
第1章 はじめに_______________________________________________________________
脈波の簡易計測法としてはホルダーECG,指輪型,時計型がある.人に接触させる方式で はなく,人が接触するものとしてベッドセンシング方式がある.ベッドセンシング方式は スタティックチャージ法,ピエゾ素子を使用する方式,導電性繊維を使用する方法[6],静 電容量シートを使用する方法,空気圧変化を利用する方法,音響を利用する方法[7]などが ある.また,呼吸に関しては胸郭および横隔膜周囲の拡張/収縮を歪センサにより計測す る呼吸バンド法,検出部が鼻孔部にくるように患者に装着する鼻孔温度ピックアップ法が ある.
しかし,これらの計測法はいずれも拘束性が強く,患者に不快感を抱かせ,さらに計測 の際に手間がかかり,医療従事者への負担が大きい.
1.3 先行研究について
筆者らは高齢化が進み,健康管理や在宅介護への関心が高まる昨今,日々の健康モニタ リングを継続的に行えることに比重をおき,無意識下で計測可能な無拘束・無侵襲生体計 測方法の開発に従事してきた.あらゆる研究分野から進められるこのテーマに関して,筆 者らは空気圧を利用する方法を提案し,就寝時における脈波,呼吸,いびき,体動の計測 に成功した[8][9][10].同時に筆者らは同システムを応用し,自動車運転者の無拘束生体 計測を研究してきた.
Air cushion
Signal processing by a personal computer or
microprocessor
Tp4 0
Tp4
Tp2 Tp1
Tp3 Heartbeat , Respiration ,
and Snoring Filters
LBF
AGC BPF
Respiration BPF 0.1~0.5Hz Heartbeat BPF 5~10Hz
Snoring BPF 100~500Hz Envelope Detector
Calculate the following every one minute , Sampling interval
0.1s Data number 512 (1) Heart rate
(2) Respiration rate
(3) Magnitude of body movement (4) Magnitude of Snoring Supersensitive
pressure sensor 5 10
Hz
Fig.1.2 Measurement system
Fig.1.2 に先行研究のシステムの概要を示す.空気圧を応用した無拘束生体計測システム はベッド,あるいは自動車のシートの被験者背中部に空気を入れたエアマットを敷き,密 閉した空間を作り出し,その上に載る被験者の微弱な生体運動を空気圧変動として超高感 度圧力センサで捉え,得られた複合信号をフィルタで分離することで,脈波,呼吸,いび き,体動などを検出している.
しかしながら,本論における計測は,複数の病棟の廊下,また場合によってはエレベー タを用いて別階に移動することも少なくない.廊下では歩行者,車椅子に乗っている人や 治療用の機材が置かれているという現状もある.このような環境は従来計測環境とは大き く異なる.
第1章 はじめに_______________________________________________________________
本論は先行研究を院内環境下でも計測できるように開発し,ストッレチャ搬送中の患者 の生体計測を行うことで,心停止あるいは脈拍数の異常推移,無呼吸状態を検出し,患者 の危険を迅速に移送している医療関係者に知らせ,あらゆる環境下においても搬送時の医 療事故を未然に防ぐことを目的とし,検討する.
第2章 計測対象及び仮定と問題の記述____________________________________________
第2章 計測対象及び仮定と問題の記述
2.1 計測対象
本論での計測対象は以下の通りである.
(O1)ストレッチャ搬送時における被験者の脈波及び呼吸
(O2)ストレッチャ搬送時における脈拍数推移
(O3)ストレッチャ搬送時における無呼吸状態
顕著な異常生体信号として心停止,呼吸停止が考えられる.特に本論では,リアルタイ ムでの呼吸停止検知に重点を置き,それを搬送者等の医療従事者に迅速に警告することを 目標とする.(O2)に示した脈拍数推移は,心停止及び呼吸停止の際にその予兆として脈拍 数が乱れることが知られているためであり,本システムの有用性・信頼性をより向上させ る指標として計測を目指す.
2.2 仮定
(A1)通常時のヒトの脈拍数・呼吸数は正常範囲にあるものとする.具体的には 脈拍数:50 回/分〜90 回/分(0.8Hz〜1.5Hz)
呼吸数:12 回/分〜48 回/分(0.2Hz〜0.8Hz) とする.
(A2)ストレッチャ搬送時における異常生体信号(無呼吸)は被験者が意識的に行う.
本システムで扱う生体異常は主に呼吸停止である.そこで本論では,呼吸停止を横隔膜 の動きが止まる無呼吸と考え,開発を行う.なお,無呼吸は意識的に呼吸を止めることで,
再現が可能である.
2.3 問題
(P1)センサ飽和の軽減
(P2)ストレッチャ搬送時に発生するノイズの解析
(P3)ストレッチャ搬送時に発生するノイズ軽減システムの開発
(P4)生体信号の波形整形,異常信号の検知アルゴリズムの模索
(P5)本システムの有効性検証
第3章 計測システム____________________________________________________________
第3章 計測システム
3.1 移動環境への対応
1.3 節に紹介した就寝時の空気圧方式生体計測システムを移動体環境で利用するために は,大別して 2 種類のノイズによるセンサ信号飽和を軽減する必要がある.
(1)周期的な凹凸:タイル面などの一定間隔に凹凸をもつ路面を走行すると,一定の周 波数変位入力によって振動ノイズが発生する.その周波数
f
Hz は凹凸の間隔P
m , 車速vm/sとするとf
∝v/Pとなる.この周期的な振動入力により特定の車速でタイヤ,フレーム,シートなど の共振が励起される.
(2)ランダムな凹凸:コンセントのカバーやストレッチャ自身が壁等に衝突した時,振 動ノイズとなる.これはランダム的な入力であり,タイヤ,フレーム,シートの特 性がそのまま振動ノイズとなる.
移動環境で本システムが受けるノイズはこれらの混合であり,低周波数ほどノイズレベ ルが高くなる傾向にある.
本論では主に(1)のノイズ除去に取り組む.(2)のノイズは計測環境下でも特殊であり,
システムに及ぼすノイズ主因はタイヤが凹凸のある廊下を走行する際に発生する周期的な ノイズである.
3.2 車載システムの応用
上述したタイルなど凹凸のある路面走行時に発生する周期的なノイズは,フィルタによっ てある程度分離が可能である.それは筆者が先行研究していた自動車運転者の無拘束生体 計測の際に考察を行っている[11].このように(P1)の対応に関して,本論の計測システムは 自動車用開発と類似する点が多い.
空気圧方式は 1 つのセンサを用いて複数の生体信号を捉えることが大きな特色である.
しかしながら,ノイズ環境下での計測では,センサの飽和問題から微弱な生体信号の計測 が困難である.そこで,筆者らは従来システムから移動環境に対応するため,以下に示す 改良を施す.
第3章 計測システム____________________________________________________________
3.2.1 エアマットレス
就寝時の生体計測においては,被験者が側臥位,仰臥位,腹臥位,半座位のようなどの ような姿勢でも計測が可能となるように 850×450mmと比較的大きなサイズのエアマットレ スを使用していた.しかしながら,本論で記述する移動環境下では,被験者の姿勢変化が 少なく,エアマットレスサイズが大きいとノイズの影響を受けやすいという理由から,就 寝時とは異なる最適なサイズを模索する.
先行研究の諸実験からエアマットレスは使用する用途により,最適な条件が異なること が分かっている.そこで,移動体での計測を行う際に最も生体信号を感度良く計測される エアマットレスをどのように設計するか理論的に考察し,設計する.
最適なエアマットレスを開発するにあたりエアマットレス内の空間についてモデル化を 行う.そのために以下の変数と定数を定義する.
V :エアマットレス容積
P
:エアマットレス内圧S
:エアマットレス表面積γ
:空気の比熱比f
:エアマットレスにかかる力x:力f によるエアマットレスの変位変化
Δ P
:力f によるエアマットレス内圧変化上記の定義の下,エアマットレスに作用する空気圧モデルは以下の Fig.3.1 のように表 される.
V γ Δ P
f S x
P
Air mattress
Fig.3.1 Pneumatic model
ノイズ環境における最適なエアマットレスとは,生体信号を捉える感度,つまり力 fに対 して,圧力変化ΔPが最大になるよう設計されたものである.
エアマットレス上部から力
f
が作用した時,エアマットレス内の体積変化量ΔVはSx V =
Δ
(3.1)第3章 計測システム____________________________________________________________
となる.
また,エアマットレスに力が作用する微小時間において,与えたモデルが断熱変化であ ると仮定すると,エアマットレス圧力変化
Δ P
はV Sx P = γ P
Δ
(3.2)と表すことができる.これは閉じた空間では体積が変化すると,圧力もそれに応じて変化 することを意味している.ここで,eq.3.2の両辺に
S
を掛けると,x V S P P
S ⋅ Δ = γ
2(3.3)
となる.力
f
に対して作用反作用の法則より,S ⋅ dP = f
が成り立つため,力f
はx V S
f = γ P ⋅
2 (3.4) となる.eq.3.4を整理すると,S
2V P x k = f = γ
(3.5)
が求まり,このkがエアマットレス内の空気バネとなる.ここで,eq.3.3及びeq.3.5よりx を消去して整理すると,
S P = f
Δ
(3.6)が得られる.
しかしながら実際の計測では,エアマットレスに使用するチューブや特殊素材を考慮し なければならない.その場合,eq.3.5 に示した空気バネとは異なるバネ
k
aが存在している第3章 計測システム____________________________________________________________
と考えることができる.この場合の圧力変化のモデルをFig.3.2のように考える.
x f
k ka
Fig.3.2 Pneumatic model of air cushion
Fig.3.2のモデルより, エアマットにかかる力
f
はx k k
f = ( +
a)
(3.7) として与えられる.これより,変位変化x
はk
ak x f
= +
(3.8)となる.ここでeq.3.2にeq.3.8を代入すると,
k
ak S f V P P
⋅ +
⋅
= Δ γ
(3.9)
が得られる.これは空気バネに対して,特殊素材等によるバネのバネ係数の大きさによっ て,生体信号による圧力変化が決定することを意味している.本論で述べる計測システム のエアマットレスは利便性などの観点から,それほどバネ係数の高い素材を使用しない.
よって,最適化された
Δ P
の式はeq.3.6に帰着する.以上の結果より,圧力変化を大きくする,つまり感度の良いエアマットを作る場合エア マット表面積
S
を小さくするほど最適化されるといえる.表面積Sを小さく設計したエアマットレスを用いて基礎実験を行った結果,生体信号を シグナル,その他の信号をノイズとしたときのS/N比が格段に向上した.しかしながら,
移動環境下における生体信号検出結果は芳しいものではなかった[11].それはエアマット レス表面積Sの縮小に伴い,ヒトとエアマットレスとの接地面積が小さくなったために,
第3章 計測システム____________________________________________________________
生体信号の発生部位にエアマットレスを設置するのが困難になったためである.そこで,
本論ではヒトが着座したときの体圧が高い箇所の面積を参考にエアマットレスを設計した.
体圧分布の計測を行った結果,Fig3.3 上右図に示すように,エアマットレスのサイズは 220×100mm,中身の素材はフュージョンを使用した結果が最適とわかった.さらに,被験 者間の体重による加重差を考え,クッション素材による外枠を取り付けることである程度 個人差が少なくなるように工夫を試みた.
300mm
150mm
300mm
150mm
850 mm
220 mm 100 mm
450 mm
Airtube Cushion
fusion material
Fig.3.3 Air mattress
3.2.2 センサ
本論で述べる計測には,脈派,呼吸といった微弱な信号による圧力変動が検出できる高感 度圧力センサが必要である.そこで本論ではプリモ社製圧力センサ S11‑M2 を使用する.
S11‑M2 は先端が可撓性のチューブからなる受圧面の後端に,超高感度エレクトレットコン デンサマイクロフォン(以下 ECM)を受圧素子として設けた構造をしており,その外観,仕 様,周波数特性と許容偏差範囲を次の Fig3.4〜3.5,Table.3.1 に示す.
Fig.3.4 Supersensitive robust pressure sensor
第3章 計測システム____________________________________________________________
Tabel.3.1 Electrical Specifications Electrical Specifications
Sensitivity -25 dBv(56mVrms) + 3.5 dB at 20 Hz Rated pressure deviation 4.47 Pa
Impedance 0.8 kΩ + 30 % at 20 Hz
Operating Voltage 3 V
Current Consumption 1 mA max
Maximum Pressure 19.8 Pa at 20 Hz Operating temp.range -10 ℃ 〜 60℃
100 101 102
-20 -15 -10 -5 0 5 10
frequency [Hz]
relative sensitivity [dB]
Fig.3.5 Frequency Response and Mask
本論で扱う脈波,呼吸といった生体信号は低周波帯に分布している.S11-M2 は Fig.3.5 に示す周波数特性を見てわかるように1Hz以下の低周波においても比較的安定したセンシ ングを行うことが保障されている.
このセンサに用いられている ECM は接合型 FET を動作原理においている.その ECM の動 作原理回路を次の Fig.3.6 に示す.
ECM FET
RL
Rg D1
Q1
Fig.3.6 Electret Capacitor Microphone
第3章 計測システム____________________________________________________________
ECM エレメントは圧力の変化をコンデンサ容量の変化として N チャンネル FETQ1のゲート に伝達する手段であり,コンデンサ容量が変化すると抵抗
R
gを通して電荷が移動し,FETQ1 のゲート電圧に変化を与える.FETQ1は FET のソース接地増幅回路として機能し,ゲート電 圧変化が相互コンダクタンス値に応じてドレイン電流の変化となり,外部負荷抵抗RLによ って電圧変換される.したがって,RL値を変更するとセンサとして感度も変わることにな る.このように ECM は圧力変化を接合型 FET のゲート電圧の変化としてとらえ,ドレイン 電流の変化に変換する回路である.
3.2.3 フィルタ
上述した通り,空気圧方式生体計測法は生体振動によるエアマットレス内の圧力変化を 1 つの圧力センサによって捉え,得られた複合信号をフィルタによって分離し,脈波,呼吸 などの有用な信号を検出している.Fig.3.7 にフィルタの概要図を示す.
Fig.3.7 Filter circuit
生体信号のフィルタ分離を図る際,注意しなければならないのは,脈波,呼吸は共に 1Hz 近傍の同帯域に分布していることである.横隔膜の動きを計測する呼吸信号に比較して,
脈波の信号は微弱で計測が困難である.そこで,脈波信号検出に関しては信号の高調波成 分に注目する.脈波は心電図と同様に基本波をもつ高調波成分を含んでいる.
就寝時のヒトの脈波周波数はおよそ 0.8〜1.5Hzである.この高調波成分は可聴域まで存 在するが,生活雑音が少なくS/N比が相対的に大きい帯域が 10Hz 近傍であるため,従来 システムでは 5〜15Hzのバンドパスフィルタ(以下 BPF)を施すことで脈波検出を行ってき た.しかしながら,移動体上での計測は環境に応じて発生するノイズを考慮しなければな らない.
Sensor
DET AM P
AGC AM P
Heartbeat Output
AM P
Respiration Output AGC
BPF HPF Pre-
AM P
Output
BPF Output
LPF
Pre- AM P Sensor
DET AM P
AGC AM P
Heartbeat Output
AM P
Respiration Output AGC
BPF HPF Pre-
AM P
Output
BPF Output
LPF
Pre- AM P
第3章 計測システム____________________________________________________________
frequency [Hz]
0 100 200 300 400 500
0 0.005 0.01 0.015
S p ectru m
0
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
0 0.005
0.01 0.015
Fig.3.8 Frequency domains of sensor signal when patient transfer by a stretcher
Fig.3.8 は基礎実験として,ストレッチャに被験者を乗せ,搬送を行い,設置したエアマ ットレスから得られたセンサ信号をフーリエ変換したものである.心拍高調波を多く含む 10Hz 以下にノイズが多く見受けられる.同様に車載での計測についてもノイズが問題とな る.これらを考慮して,遮断周波数を変更しながら基礎実験を重ねた結果,本論では脈波 検出の BPF 遮断周波数を 7〜21Hz に設定する.これは実験的に脈波検出率が最も高かった 数値を採用した.Fig.3.9に椅子に被験者を座らせ,センサから得られた信号に 5〜15Hz 及
び7〜21Hzのバンドパスフィルタ(BPF)を施した時系列波形を示す.
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
-0.05 0 0.05
Time [s]
Output [V]
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
-0.02 -0.01 0 0.01 0.02 0.03
Time [s]
Output [V]
5-15 Hz
7-21 Hz
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
-0.05 0 0.05
Time [s]
Output [V]
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
-0.02 -0.01 0 0.01 0.02 0.03
Time [s]
Output [V]
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
-0.05 0 0.05
Time [s]
Output [V]
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
-0.02 -0.01 0 0.01 0.02 0.03
Time [s]
Output [V]
5-15 Hz
7-21 Hz
Fig.3.9 Band Pass Filter
Fig.3.9 に示すようにノイズ環境でない場合,脈派の絶対的な振幅は小さくなる.しかし ながら,ノイズ環境下では相対的に良い結果が得られる.
呼吸は比較的振幅の大きな生体信号であり,正常な呼吸の分布が 0.1〜0.5Hzであるため,
BPF 遮断周波数も同様の帯域に設けた.
3.2.4 VCA を用いたセンサ感度調整
3.2.1〜3.2.3 節で述べたように,移動体での計測に際して,就寝時における空気圧方式 システムに様々な改良を加えた.しかしながら,依然として移動環境下の計測ではロード ノイズ,加減速の影響を強く受けた.そこで,センサの動作原理を応用した対策を講じる.
第3章 計測システム____________________________________________________________
本論で使用する圧力センサ S11‑M2 は接合型 FET を動作原理においている.マイクロフォ ンメーカは Fig.3.6 に示したように,回路の単純化などの理由から出力に負荷抵抗を配置 する単純なものを推奨する場合が多い.しかし,Fig.3.10 に示すように電圧による信号レ ベル制御の場合,抵抗値によるダイナミックレンジの制約が付きまとう.接合型 FET の出 力信号は本来ドレイン電流であり,増幅素子としての制約を与えないためには,電流信号 として取り出す方法が理想的である.また,電流信号として扱えば抵抗値によるレベル可 変が容易で,その設定そのものがダイナミックレンジを決める.そこで,空気圧方式によ る生体信号センシングでは,センサ信号を電流信号として取り出す方法を採用している.
Vsig
R max
Radj
max) / (Radj R Vsig
Vout = ×
Radj R max
Isig
Radj Isig
Vout = ×
Fig.3.10 Difference between voltage source and current source
脈波,呼吸,体動など信号レベルが異なる複数の信号を ECM で取り扱うためには広いダ イナミックレンジが要求される.さらにフィルタ回路が同一であっても下記①〜③のよう に信号レベルを変化させる要素が多く存在し,これらに対応するレベル可変特性も要求さ れる.
①センサ感度のばらつき
②被験者の生体信号レベル差
③エアマットの設置条件,空気量などによる感度差
これらを考慮すると,3.2.1 節に記した 220×100mmサイズのエアマットレスの場合±10dB 程度の許容が必要である.従来,このダイナミックレンジ特性の要求に対してはフィルタ 前にオートゲインコントロール(以下 AGC)機能を設置することで対応してきた.しかし,
エアマットレス及びチューブの経年変化や被験者間の個人差を満足させるには,過大入力 への抑制機能である AGC だけでは不十分である.さらに移動体における計測を考慮すると,
生体信号の信号レベルのみならず,車体振動レベルに合わせてゲインコントロールの必要 性も生じた.そこで,センサ感度そのものを直接制御する方法を,電圧制御増幅器(VCA)
を用いて実現した.提案する方法をFig.3.11の概略図に示す.
第3章 計測システム____________________________________________________________
Isig Ibias±
) ( Isig RL Control
Voutput= × ± × Sensor signal
Current mirror circuit
Current mirror circuit VCA
Control 1
~ 0 ×
×
Ibias Vcc
RL
Fig.3.11 Voltage controlled amplifier
エアマットレスの圧力変動をECMのドレイン電流として取り出し,電流信号として扱う.
さらに,センサ信号経路にVCAを配置することで,電流信号でのレベル制御を行う.負荷 抵抗は想定される最大出力となるように抵抗値を決定する.以上のセンシング技術を用い ることで,(P1)の問題であるセンサ飽和を減らすことが可能となった.
3.2.5 双差動増幅器を用いたセンサ信号処理
3.2.4 節の提案により,移動環境下における生体信号検出に重要なダイナミックレンジの 飽和は軽減されたものの,根本的にノイズを回避したわけではなく,依然として生体信号 波形の整形に問題を残している.バッチ処理による周波数解析法等で生体信号を分離する ことは可能であるが,ストレッチャ搬送時に応用するためにはリアルタイムの処理が必要 となる.そこで,次の提案をする.
卒業論文ではこの問題の解決法として,空気アナログフィルタを提案した.本論ではそ の理論を発展させ,双差動増幅器を利用したセンシングを行う.
双差動増幅器とは 2 個のトランジスタを左右対称に接続して 2 個の入力端子を設け,そ の差の電圧に応じた出力を得る回路である.回路図を以下の Fig.3.12 に示す.
第3章 計測システム____________________________________________________________
Vcc
RE c1
R Rc2
Q1 Q2
+
Vin Vin−
Vout
Fig.3.12 Differential amplifier
この回路は信号源のプラス端子の入力信号及びマイナス端子の入力信号の差を増幅して いる.トランジスタQ1とQ2は,それぞれがエミッタ接地増幅回路を構成している.ただし,
Q1,Q2のベースに逆位相の信号が入力されるため,出力端子では差動出力として入力の逆 位相の信号が出力される.この回路を利用して,生体信号検出の向上を図る.
220×100mmサイズのエアマットレスと圧力センサの組み合わせを 2 系統用意する.それ らを Fig.3.13 のように重ね合わせ,Air mattress1 の上にヒトが乗ることで生体信号を検 出する.この組み合わせをストレッチャ等の移動体に搭載し,計測を行う.
Air mattress - 1
Sensor - 1 Air mattress - 2
Sensor - 2 Air tube
Fig.3.13 Arrangement of air mattress
走行ノイズは比較的大きな信号であるため,Air mattress1とAir mattress2共に強い影 響を受ける.しかしながら,生体信号は非常に微弱信号であるため,Air mattress1とAir
mattress2 とで検出差が生じる.そこで,Sensor1 と Sensor2のセンサ信号を双差動増幅
回路によって差分をとることで,単体センサから得られる生体信号に比較して相対的に高 い生体信号検出を可能とする.
第3章 計測システム____________________________________________________________
次のFig3.14にFig3.13の組み合わせをストレッチャに搭載し,その上に被験者を寝かせ,
搬送した時のSensor1とSensor2の1分間の時系列波形,及び比較検証のために同時計測 したパルスオキシメータ,呼吸ピックアップの波形を示す.また Fig.3.15 は Fig.3.14 の DFT処理を施した波形を示す.
4.75 4.8 4.85
4.7 4.8
0 2 4 6
0 10 20 30 40 50 60
1 2 3 4
Voltage [V]
Air mattress -1 Signal Air mattress -2
Signal
Pick up
Time [s]
SpO
2Fig.3.14 Sensor signal
0 2 4 x 10
-3
0 2 4 6
x 10
-3
0 0.5 1
0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5 5
0 0.5 1
Spectrum
Frequency [Hz]
Air mattress -1 Signal
Air mattress -2 Signal
Pick up SpO2
Fig.3.15 Frequency domains of fig.3.14
フィルタ処理を施していないため,両センサ共に波形整形が出来ておらず,生体信号が どのように含まれているかを判別するのが困難である.このことからもノイズの影響を強 く受けていることが伺える. DFT 処理を施すと,Sensor1 にだけ呼吸ピックアップのピー クスペクトルと同期するピークが確認される.そこで差動増幅を利用して sensor1 と sensor2 の信号を差動した波形とその DFT 結果を次の Fig.3.16 に示す.
第3章 計測システム____________________________________________________________
0 10 20 30 40 50 60
0.01 0.02 0.03 0.04 0.05 0.06 0.07
Voltage [V]
0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5 5
0 1 2 3 4x 10-3
Spectrum
Frequency [Hz]
Time [s]
Fig.3.16 The result of differential measurement
Fig.3.16 上図は, Fig.3.14 に比較して呼吸波形が整形できており,目視で呼吸を確認 することができる.Fig.3.16 下図の緑○と赤○はそれぞれ,緑○が呼吸ピックアップの DFT ピークスペクトル,赤○がパルスオキシメータの DFT ピークスペクトルの周波数を示して いる.DFT 結果を見ると,提案する方法による呼吸ピークが Sensor1 単体のものに比較して
N
S/ 比が向上しているのがわかる.脈波は呼吸と比較しても非常に微小と考えられ,ノイ ズに埋もれている.しかし脈波計測は 7〜21Hz 成分を用いるため,全体にノイズを減少さ せた本方式は脈波検出の可能性が増したと考えられる.
また,Fig.3.16 は Sensor1 と Sensor2 の差動増幅をそれぞれ 1 対 1 の対応で計測した結 果である.しかし,移動環境や被験者によってそれぞれのセンサに含まれるノイズの大き さにはばらつきが生じることが考えられる.そこで,3.2.4 節で説明した VCA を用いたセン サ感度調整によってこのばらつきを吸収する.ストレッチャや自動車などの移動環境で計 測を行う時のセンサシステム図を以下の Fig.3.17 に示す.
第3章 計測システム____________________________________________________________
Isig2 Ibias±
Sensor signal 2
Current mirror circuit
Current mirror circuit VCA
Control 1
~ 0 ×
×
RL
Isig1 Ibias±
RL Isig Control Isig
Voutput=(± 1− × 2)×
Sensor signal 1
Current mirror circuit
Fig.3.17 Sensing system chart
電流信号として取り出した Sensor1 信号をカレントミラー回路で負荷抵抗に接続する.
同じく電流信号として取り出した Sensor2 信号には VCA を配置し,電流信号のままレベル 制御を行い,再びカレントミラー回路経由で負荷抵抗に接続する.これらの技術により,
あらゆる環境下で最適な検出レベルが維持できる.なお,Sensor2 信号は Sensor1 信号に対 して逆極性となるが,本論で扱う脈派,呼吸検出には大きな影響はない.
第4章 ストレッチャにおける無拘束・無侵襲生体計測システム______________________
第4章 ストレッチャにおける無拘束・無侵襲生体計測システム
前章までは,如何にして就寝時用システムを移動環境に対応させるかについて検討し,そ の改良を記述してきた.本章では,(P2)〜(P4)について記述する.
4.1 エアマット部の改良
上記してきたシステムを利用し,ストレッチャ搬送時の無拘束・無侵襲生体計測を行うと, センサ信号が次の Fig4.1 に示すように得られ,DFT 結果から特有のノイズが確認できる.
0 10 20 30 40 50 60
4.5 4.6 4.7 4.8 4.9 5
Time [s]
Voltage [V]
0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50
0 0.005 0.01 0.015
Spectrum
Frequency [Hz]
Fig.4.1 Stretcher’s noise
Fig.4.1 上図はセンサから得られた信号の時系列波形,下図はその DFT 結果である.DFT 結果よりわかる 4Hz 付近のノイズは,通常搬送時のように被験者が仰臥位の場合やストレ ッチャの背もたれを上げ, 半座位の場合,及びデータサンプリング数を変更した場合にも 存在した.しかし,被験者を乗せずに計測した場合,このノイズは発生しなかった.これ らを考慮すると,この周波数帯域の信号が被験者の生体信号検出を阻害するストレッチャ 搬送時の特有のノイズであると考えられる.そこで,まずセンシングに影響の大きいエア マットレス部の改良を考える.
4.1.1 搬送時に発生する強制振動の解析
(P2)に取り組む.本論の開発では,ストレッチャ搬送時における計測環境を考慮する必 要がある.ストレッチャに乗り,搬送される患者は自動車に乗っているときと同種の振動 を経験することができる.これはバウンジングと呼ばれる強制振動の一種で,車体が凸凹 道を走行する時,周期的な外力によって発生する継続的な周期振動である.
第4章 ストレッチャにおける無拘束・無侵襲生体計測システム______________________
強制振動を力学的な仕組みから考える.自動車などから考察されるように実際の振動体 は質量,剛性,減衰能が振動体の全領域または部分領域にわたって分布している.これを モデル化し,分布系として振動解析を行おうとすると,運動方程式が偏微分方程式となる ので,高度な数学的知識が必要になる上に,形状の複雑さや境界条件の取り扱いが困難に なるなど実質的ではない.そこで,有限要素法などで対象領域を要素分割し,分布系を集 中質量系へと変換して解析するのが通常である[12].本論ではストレッチャのモデルを以 下の Fig.4.2 に示すように簡単化し,その作用を考察する.
k c
M
t x
x
0=
dcos ω
O (t) x
Fig.4.2 stretcher’s model
ストレッチャはヒトが乗るシート,シートを支えるフレーム,タイヤから構成されてい る.本モデルではシートを質量
M
の剛体,フレームをバネ(バネ係数k)及び減衰器(減 衰係数c)とおく.さらに,路面起伏によりタイヤが回転し,系に生じる周期的な強制変位 をx
0= x
dcos ω t
,系から得られる振動応答をx (t )
とする.運動方程式はニュートンの第 2 法則における「物質に力が作用すると運動が生じ,その 力は物体の質量とその加速度の積に等しい」との関係を用いて,
•
•
••x+cx+kx=kx0 +cx0
M (4.1)
で示される.この式は右辺に既知の時間関数を含む非同次方程式であり,その解は外力に よる振動数や力の大きさに追従し,振幅や位相が変化する.
x
0= x
dcos ω t
に対し,x•0 =−ω
xdsinω
tとおき, eq.4.1 右辺は周期変位と,その速度 の関数と考えられる.ここでは,複素解析を用いて解を求める.eq.4.1に対して•
•
•
•y+cy+ky=ky0 +cy0
M (4.2)
第4章 ストレッチャにおける無拘束・無侵襲生体計測システム______________________
とおき,
z = x + iy
,z
0= x
0+ iy
0とした時,eq.4.1とeq.4.2にi
を乗じた式の右辺と左辺 をそれぞれ加算した式は複素数z
を変数とした次式のようにおける.•
•
•
•z+cz+kz=kz0 +cz0
M (4.3)
これを解くため,オイラーの公式より,強制変位を次式のようにおく.
) sin
0
x e x (cos t i t
z =
d iωt=
dω + ω
(4.4)eq.4.3にeq4.4を代入すると,
t i de x c i k kz z c z
M••+ •+ =( +
ω
) ω (4.5)となる.ここで,固有振動数と減衰比を
M k
n =
ω
,c
c= c
ζ
(cc =2 Mk )として,整理すると,
t i d n n
n
n
z z i x e
z
ωω ζ ω ω
ω
ζω ( 1 2 )
2 +
2=
2+
+
••
• (4.6)
と方程式を立てることができる.
ここで,eq.4.6の解を
z = Ae
iωtとして仮定し,eq.4.5に代入するとt i d n n
t i n n
n i Aeω i x eω
ω ω ζ ω ω ω
ω ω ζ
ω
⎟⎟⎠
⎜⎜ ⎞
⎝
⎛ +
⎪⎭ =
⎪⎬
⎫
⎪⎩
⎪⎨
⎧
⎟⎟⎠
⎜⎜ ⎞
⎝ + ⎛
⎟⎟⎠
⎜⎜ ⎞
⎝
−⎛ 2 1 2
1 2
2
(4.7)
となり,両辺の係数をそれぞれ振幅と位相角で示すと,
β α
ω ζ ω ω ω
ζ ω ω
ω ω d i
n n
i n n
n e A i ⎟⎟x e
⎠
⎜⎜ ⎞
⎝
⎛ +
⎟⎟ =
⎠
⎜⎜ ⎞
⎝ +⎛
⎪⎭
⎪⎬
⎫
⎪⎩
⎪⎨
⎧
⎟⎟⎠
⎜⎜ ⎞
⎝
−⎛ 2 1 2
1 2
2 2 2
(4.8)
第4章 ストレッチャにおける無拘束・無侵襲生体計測システム______________________
ただし,
2 1
1 2 tan
⎟⎟ ⎠
⎜⎜ ⎞
⎝
− ⎛
=
−n n
ω ω
ω ω ζ
α
,ω ω
nζ β = tan
−12
を得ることができる.つまり,eq.4.8 により強制振動による応答振動の振幅
A
は次式で与 えられる.(α β)
ωω ωω ζ
ω ζ ω
−
⎟⎟⎠
⎜⎜ ⎞
⎝ +⎛
⎪⎭
⎪⎬
⎫
⎪⎩
⎪⎨
⎧
⎟⎟⎠
⎜⎜ ⎞
⎝
−⎛
⎟⎟⎠
⎜⎜ ⎞
⎝ +⎛
= d i
n n
n x e
A
2 2 2
2
2 1
2
1 (4.9)
こうして得られた振幅
A
をz = Ae
iωtに代入して,モデルの解は次式で与えられる.(
ω +α−β)
= Tx
de
i tz
(4.10)ただし,
2 2 2
2
2 1
2 1
⎟⎟⎠
⎜⎜ ⎞
⎝ +⎛
⎪⎭
⎪⎬
⎫
⎪⎩
⎪⎨
⎧
⎟⎟⎠
⎜⎜ ⎞
⎝
−⎛
⎟⎟⎠
⎜⎜ ⎞
⎝ +⎛
=
n n
T n
ω ζ ω ω
ω
ω ζ ω
(4.11)
こうして得られたeq4.11の
T
は強制振動により発生する応答振動の振幅値であり,変位 伝達率と呼ばれる指標となる.ストレッチャの質量
M
を被験者の体重を含め約60 kg
,フックの法則から計算されるバ ネ定数kを約30000 kg / m
,ダンパ定数cを約300 kgs / m
とした時,変位伝達率は強制振動 の周波数によって Fig.4.3 に示すような特性を得る.第4章 ストレッチャにおける無拘束・無侵襲生体計測システム______________________
0 5 10 15 20 25
10-2 10-1 100
101
Freqency [Hz]
Transmissibility
Fig.4.3 Vibration transmissibility by stretcher
Fig.4.3 を見て分かるように,ストレッチャを理論的にモデル化した時,強制振動周波数 4Hz付近において変位伝達率が約 8 倍程度になり,走行時の強制振動の影響を強く受けるこ とがわかる.搬送中は路面の凹凸の違いや搬送速度によって様々なノイズが考えうるが,
4Hz のノイズはストレッチャの質量とバネ定数によって決定される固有周波数の影響を受 けている可能性が高い.この応答振動の周波数は脈波・呼吸の周波数に直接的に影響する ことは少ないと考えられるが,波形整形を施す際に少なからず影響が考えられる.
4.1.2 強制振動の制振
(P3)に取り組む.振動伝達率
T
を示す eq.4.11 から,振動絶縁効果を上げるためには,バネ定数を極力小さくし,ダンパを除去すればよいことになる.しかし,バネ定数を小さ くすれば剛体の安定が得られず,ダンパを除去すれば制振作用がなくなり,これも安定を 得られなくなる.つまり,4.1 で示したストレッチャモデルのような 1 自由度強制振動系で は,振動絶縁効果と制振効果を両立させるためにトレードオフによって適切な値を求める ことが必要となる.この問題を解決するために,受動的振動絶縁法や準能動的振動絶縁法,
能動的振動絶縁法などが考案されている[13].受動的振動絶縁法は,バネ・ダンパなど受 動要素によって構成され,構造が簡易で扱いやすいため,古くから用いられている.能動 的振動絶縁法は振動をセンサ等によって検出し,外部からエネルギーを注入してアクチュ エータによって制御する方法で近年注目を浴びている.本論ではフィードバックあるいは フィードフォワード制御がリアルタイム計測の弊害になりうることを考察し,受動的振動 絶縁法を採用する.
ストレッチャ本体に受動的振動素子(ダンパやバネ)を加えることで共振を小さく抑え ようとすると,系の減衰を大きくする必要性がある.しかしながら,そうするとかえって 振動絶縁効果が悪くなるという矛盾が起こる.そこで,本論ではストレッチャの上に受動 的振動素子を配置し,2 自由度系を設けることで,ノイズの軽減を目指す.次の Fig.4.4 に
第4章 ストレッチャにおける無拘束・無侵襲生体計測システム______________________
本論で作成した 2 自由度強制振動モデルを示す.
k1
M1
t x
x0 = d cosω
x
1M2
x2
c
1k2
c
2Fig.4.4 Forced vibration model
Fig4.4のモデルに関して,振動系の運動方程式は次式で与えられる.
⎪⎩
⎪⎨
⎧
=
− +
− +
− +
−
=
− +
− +
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
0 ) ( ) (
) ( ) ( ) ( ) (
1 2 1 2
2 2 2 2
2 1 2 2
2 1 0 1 0 1
1 1 1 1
x x k x x c x m
x x k x x c x x k x x c x
m (4.12)
外乱
x
0が正弦波振動とみなせる場合,つまり先ほどと同様に定常状態について考える.基礎の変位を
t i d d
o
x t X e
x = cos ω = Re
ω (4.13)とおき,複素振幅の方法を用いて,質量m1,m2の変位を
t
e
iX
x
1=
1 ω ,x
2= X
2e
iωt (4.14)とおくと,運動方程式eq.4.12は次のようになる.
( ) ( )( ) ( )
{ } { ( ) } { ( ) }
( )
{ } { ( ) ( ) }
⎩⎨
⎧
= +
+ +
+
−
+
= +
− +
+ +
+
2 0
2 2
2 2 1 1 1
0 1 1
2 2 2
1 2 1 2
1 2 1
X k i c i
m X k i c
X k i c X k i c X k k i
c c i
m