第7章 むすび
本論では患者・傷病者の病院内移動手段として頻繁に使用されるストレッチャに焦点を 当て,搬送時の異常生体信号を無拘束・無侵襲に計測,検出する技術について論じた.
異常生体信号として代表的な無呼吸および異常の予兆として変動が確認される脈拍数推 移の計測のため本論では本研究室にて筆者が携わってきたエアマットレスの空気圧を利用 した健康モニタリングシステムを応用した.
ストレッチャでの搬送には第 4 章でモデル化して説明した特有のノイズが存在し,リア ルタイムに生体信号が必要となる本研究の環境下では大きな弊害となった.そこで本論で は,従来の車載用無拘束生体計測システムに受動的振動絶縁法として制振材を用いた制振 装置を開発した.また,本論では車載用に開発した双差動増幅器を応用した差圧を検出す る方法やエアマットレスサイズの最適化などがセンシングに大きな役割も果たした.
異常生体信号の検知法も従来のものとは異なる移動平均値とΔV 値が可変するアルゴリ ズムに変更し,より信頼性の高いシステムを構築した.
第 5 章では,提案した車載用エアマットレス,差動方式,制振装置の有効性,信頼性に ついて実験的に検証し,以下の結果を得た.
(1)ストレッチャが停車しているときの脈派,呼吸信号の計測が可能であることを確認 した.
(2)小サイズエアマットレスを使用することによる搬送時のノイズによるセンサ飽和の 軽減を確認した.
(3)基礎実験により差動方式のノイズ側センサ最適レベルをレベル 7 に設定した.
(4)差動方式を用いることで時系列波形では困難であるが,周波数域での生体信号の有 無を確認できた.
(5)制振装置による脈派,呼吸波形整形の向上を確認した.
(6)通常呼吸時と無呼吸時の振幅の差が無呼吸判定をする際に十分であることを確認で きた.
(7)提案する無呼吸検知アルゴリズムの有用性を確認した.
第 6 章では実際にストレッチャを搬送させたときの脈拍数推移を計算し,準リアルタイ ムでの推移変化を知ることにより,より迅速な患者異常の対応ができる可能性を示した.
また,被験者を 4 名用意し,意識的に無呼吸を起こしての無呼吸検出率を計測し,被験者 の差異による影響はあるものの高い精度で無呼吸を判定できることがわかった.
本論では,移動体における無拘束・無侵襲生体計測を行うために,バネとダンパでいか ようにも構成できる制振装置と 2 つのセンサを利用しての双差動増幅によって生体信号の 検出精度向上を示した.
以上により,ストレッチャ搬送時の危険性を減らし,有用であるシステムを提案できた.
参考文献_____________̲______________________
参考文献
1)鈴木玲子, 小川貴也,小川鑛一 : ストレッチャーでの移送動作の研究, 埼玉県立大学紀要 4,pp.19-26,(2003)
2)佐川貢一 : ストレッチャ回転時の乗り心地推定モデル,計測自動制御学会東北支部 第 222回研究集会 資料番号222-9
3)有田秀穂:呼吸の事典,pp.257-266,朝倉書店,(2006)
4)厚生省薬務局:低浸透性X 線造影剤投与後の後発性ショック,医療品副作用情報No.96,
pp1,(1989)
5)財団法人日本医療機能評価機構医療事故防止センター:医療評価機構平成18年度第5回 報告書
6)M. Ishijima : Monitoring of Electro-cardiograms in Bed with out Utilizing Body Surface Electrodes, IEEE Trans Biomed. Eng. No.40 pp.593-594, (1993)
7)Tanaka S. Matsumoto Y. Wakimoto K.: Unconstrained and non-invasive measurement of heart-beat and respiration periods using a phonocardiographic sensor, Medical & Biomedical Engineering & Computing Vol.40, pp.246-252, (2002)
8)渡辺春美,渡辺嘉二郎:睡眠中の心拍,呼吸,イビキ,体動および咳の無侵襲計測,計測 自動制御学会論文集, Vol.35,No.8,pp.1012-1019, (1999)
9)渡邊崇士,渡辺嘉二郎:就寝時無拘束計測生体データによる睡眠段階の推定,計測自動制 御学会論文集,Vol.38,No.7,pp.581-589,(2002)
10)Kajiro Watanabe, Takashi Watanabe:Non-contact Sleep Stage Estimation Method, IEEE Trans.
on Biomedical Engineering, Vol.10, No.51, pp.1735-1748, (2004)
11)Mayuka Morita, Masahito Matsushima, Takashi Yamazaki, Yosuke Kurihara, Kajiro Watanabe : Unconstrained Measurement of Heartbeat of a Driving Person, SICE-ICASE International Joint Conference 2006, pp.3702-3705,(2006)
12)末岡淳男,綾部隆:機械工学5入門講座 機械力学,森北出版,(1997) 13)谷口修:振動工学ハンドブック,養賢堂,(1976)
<付録1>_____________̲_____________________
<付録1>
本論における脈波及び呼吸検知に際して,比較検討のために同時計測を行ったパルスオ キシメータ及び呼吸アップに関して記述する.
○ パルスオキシメータ(脈波検出)
パルスオキシメータとはプローブを指先や耳などに付け,低侵襲に脈拍数及び経皮的動 脈血酸素飽和度(Saturation pulse oxygen 以下SpO2)をモニタする医療機器である.こ の機器は,体に針を刺したり,切開すること無く,SpO2の測定を行う事が可能で,これに より,心肺機能が常時正常であるかを知る事ができるため,予備的な健康診断手法として 利用する事が多い.小型・腕時計型のものあり,運動が健康的な範疇にあるものか,否か を判断するのに利用する向きもある.また,呼吸が停止してSpO2が低下することを利用し,
睡眠時を通して観測できる機器では,睡眠時無呼吸症候群のスクリーニング診断にも利用 される
計測原理は,プローブに発光部分とセンサを配し,発光部分にて赤色光と赤外光を発し、
これらの光が指先等を透過したものをセンサで測定する.血液中のヘモグロビンは酸素と の結合の有無により赤色光と赤外光の吸収程度が異なる.よって,センサで透過光を測定 して分析することによりSpO2を測定することができる.(透過光全体のうち動脈血を透過 したものと静脈血や軟部組織を透過したものの区別は,拍動のある成分が動脈血によるも のであることを利用する.)
本論では,Mizuno 社製 ディジタルモニター脈拍測定器 30MB‑1012 を,被験者の耳朶部 に装着することで脈拍を計測した.
Pulse oximeter 30MB-1012
<付録1>_____________̲_____________________
○ 呼吸ピックアップ(呼吸検出)
呼吸計測法は本論でも述べたように胸郭および横隔膜周囲の拡張/収縮を歪センサによ り計測する呼吸バンド法,検出部が鼻孔部にくるように患者に装着する鼻孔温度ピックア ップ法がある.それらは被験者の呼気,横隔膜の動きを定量的に捉える手法である.
本論では,歪センサを配したバンド状の帯を体に巻きつけ,横隔膜周囲の動きを計測し た.体に巻きつける歪センサを以下の図に示す.
Respiration pick up
このセンサは,横隔膜の動きに応じて抵抗値が変化するため,筆者は以下に示す回路を 用いて,呼吸検出を行った.
+
−
+
+ −
−
Ω k 10
Pick up input V
5
Ω k 160
μF 2
Ω k 240 Ω
k 100
Ω k 100
μF 33 . 0
Ω 100
Ω k 10
Output
Respiration detection circuit
回路中の BPF 遮断周波数は仮定(A1)に記した呼吸帯域である 0.2Hz〜0.8Hz に設定した.
この BPF により,歪センサの使用に伴う誘導ノイズやその他不必要な信号を遮断する.さ らに,フィルタを施した信号に対して反転増幅器を用いた増幅を施し,呼吸波形を整形し た.なお,出力信号はおよそ 2〜4Vになるように可変抵抗を設定した.
<付録2>_____________̲_____________________
<付録2>
ストレッチャ搬送時における生体計測システムの開発に際し,筆者らは空気圧方式を利 用した低拘束生体計測法も研究も検討してきた.
低拘束による上体からの計測法の提案
本論に示した方法は患者の下にエアマットを敷き,無拘束状況で行う計測法であった.
しかし,ストレッチャという特殊な環境での落下の危険性を減らし,不安を取り除くため に,患者の上にベルトや毛布をかけることは不思議ではないとの医療現場の方の意見を元 に,患者の上部からの計測法も同時研究した.これにより,直接エアマットレスが受ける ノイズを大幅に軽減できると推測する.
低拘束する計測法についても実験的に検討を行った.なお,患者の上面からエアマット を用いて固定する方法と自転車のゴムチューブを利用して固定する方法を試す.
以下の図に低拘束の計測状況の写真を示す.左図の就寝時用エアマットレス,右図の自転 車のゴムチューブをそれぞれ利用した方法を示す.
Low strain measurement
● 実験方法
被験者をストレッチャに乗せた上で,自転車のゴムチューブや従来のエアマットをスト レッチャに紐で括り付けて計測する.搬送中に呼吸停止の指示を与え,意識的に無呼吸状 態を作り出し,この計測方法で呼吸信号や無呼吸を検知できるかを検証した.
● 実験結果及び考察
以下の図に自転車のチューブを使用する方法,及び従来のエアマットを使用する方法で 得られた生体信号の結果を示す.それぞれ計測環境 20m の廊下を 2 往復させ,その間に 4 回の無呼吸指示を行った.サンプリング間隔は 0.1 秒,被験者は健常 23 歳男性である.
<付録2>_____________̲_____________________
■ 脈波に関して
上体からの計測にて,特質すべきは,脈波検出についてである.自転車のチューブを用 いる方法及び従来エアマットレスを用いる方法による脈波検出の精度に大きな差はなく,
下図に自転車チューブによる脈波波形とその DFT 結果を示す.
0 10 20 30 40 50 60
0 1 2 3 4 5
Time [s]
Voltage [V]
0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5 5
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5
0.6 0.7
Spectrum
Frequency [Hz]
Heartbeat by inner tube and DFT result
本論で示した方法ではなかなか検出が難しい脈波波形の成功が確認され,さらに DFT 結 果ではピークスペクトルでの脈波の検出が可能であった.以上からわかるように,低拘束 計測法の提案により,移動環境下での脈波検出を高い精度で可能にした.
■ 呼吸・無呼吸に関して
Time [sec]
140 150 160 170 180 190
0 1 2 3 4 5
Output [V]
200 210 220 230 240 250 260
0 1 2 3 4 5
Output [V]
270 280 290 300 310 320
0 1 2 3 4 5
Output [V]
Respiration by inner tube