短期集中型のスポーツ演習による受講生の社会的ス キル向上効果
著者 中澤 史, 林 容市, 上野 雄己
出版者 法政大学スポーツ研究センター
雑誌名 法政大学スポーツ研究センター紀要
巻 33
ページ 1‑5
発行年 2015‑03‑31
URL http://doi.org/10.15002/00011223
Ⅰ.はじめに
Smith(1999)、Danish(2002)、Orlick(2002)は、スポーツ場 面で習得されたコミュニケーション、問題解決、目標設定等 の心理社会的スキルは、家庭、学校、職場、近隣といった他 の場面においても役立つものであると主張し、スポーツ活動 が心理社会的スキルの育成に有効な手段になると論じている。
先の心理社会的スキルは、ライフスキル(life skills)、社会 的スキル(social skills)、また心理的スキル(psychological skills)と呼ばれることが多い。ライフスキルは、メンタルヘ ルスの維持・増進やQuality of Life (QOL)の向上に有用な心理 社会的なスキルであり、WHO(1997)によると「日常生活で 生じるさまざまな問題や要求に対して、建設的かつ効果的に 対処するために必要な能力」と定義される。
社会心理学や教育学の分野において教育・研究の対象とさ れることが多い社会的スキルは、対人関係や個人と集団との 相互作用に関連するスキルとして扱われている。相川(2000)
によると、社会的スキルは「他者との関係や相互作用を巧み に行うために、練習して身につけた能力」と定義される。た だし、社会的スキルの定義は研究者間で統一的な見解が得ら れておらず、ライフスキルと同等のものであるとする立場も ある(市村・中川,2002)。
スポーツ心理学の分野では、心理的スキルという用語が用 いられることが多い。このことは、主としてアスリートの心 理面の強化を目的に施す「メンタルトレーニング」のことを、
近年「心理的スキルトレーニング」と呼ぶようになったこと に起因するようである(日本スポーツ心理学会編,2002)。こ こで扱われる心理的スキルは、リラクセーションスキルや目 標設定スキルといった個人的なスキルから、コミュニケーショ ンスキルやリーダーシップスキルなどの対人的、社会的なス キルも包含するため、ライフスキルや社会的スキルと等価な ものであると考えられている(杉山,2005)。
このように、ライフスキル、社会的スキル、心理的スキル
方は各分野によって異なるため、ここでは杉山(2005)に従 い、日常生活で役立つ心理社会的スキルを「ライフスキル」、
そのうち、対人的、社会的な内容を含むものを「社会的スキ ル」として扱い、双方とも「心理的スキル」とみなすことと する。なお本研究では、大学生の対他者関係に焦点づけた研 究に取り組むことから社会的スキルを取り上げ、その様相に ついて論じることになる。
スポーツ場面で習得された種々の心理的スキルが、日常場 面での心理的スキルや向社会的行動と密接に関係している
(Sugiyama, 2001,杉山,2004)ことから、その効果を目論んだ さまざまな取り組みが試みられている。バージニア州立大学 ライフスキルセンターではSUPERプログラム(Danish et al., 2002)、世界ゴルフ財団ではThe First Teeプログラム(Danish et al., 2002,Danish, 2002)、またアメリカンフットボールの分 野ではPlay It Smartプログラム(Petitpas, 2001)等が実施さ れている。各プログラムへの参加により、コミュニケーショ ンの重要性に対する理解の深化や社会奉仕活動時間の増加等、
ライフスキルの社会的側面の改善効果が報告されている。
わが国においても、体育関連の授業や運動部活動への参加 経験と心理的スキルの関連を対象とした研究報告が蓄積され つつある。上野・中込(1998)は、運動部活動に参加してい る高校生のライフスキルが、参加していない者のそれよりも 高かったと報告している。また、大学生を対象とした組織キャ ン プ( 西 田 ら,2002) や ス キ ー 実 習( 竹 田・ 石 倉,2001,
中澤ら,2014)が、受講生の社会的スキルの変化にポジティ ブな影響をもたらしたという報告も散見される。
このように体育・スポーツ活動が心理的スキルの促進に寄 与する場となりうることに鑑みると、大学の正課授業として 位置づけられる体育関連の授業に、このような役割を積極的 に果たしていくことが期待される。さらに昨今では、文部科 学省が提出した平成22年度大学生の就業力育成支援事業公募 要領(2010)では「就業力」、また経済産業省が「社会人基礎
短期集中型のスポーツ演習による受講生の社会的スキル向上効果
Effects of a short-term sport class on the social skill enhancement of college students
中 澤 史(法政大学国際文化学部国際文化学科)
Tadashi Nakazawa 林 容 市(法政大学文学部心理学科)
Yoichi Hayashi 上 野 雄 己(桜美林大学大学院国際学研究科・日本学術振興会特別研究員DC1)
Yuki Ueno Key words : Social skills, Short-term sport class, Psychological effect
法政大学スポーツ研究センター紀要
含む能力の育成を掲げ、学生の社会的・職業的自立を後押し するプロジェクトを推進している。
このような現状を踏まえ、本研究では、体育関連の授業と して6日間のスクーリング形式で実施する通信教育ならびに 半期で15回実施する通常型のスポーツ演習の授業を取り上げ、
それぞれにおいて展開される授業プログラムが受講生の社会 的スキル向上に寄与する効果について検討する。特に受講生 の平均年齢が高く、すでに一定水準の社会的スキルを獲得し ているであろうと推測される通信教育の受講生に対する効果 に注目した分析を施すこととする。
Ⅱ.方法 1.調査時期
通信教育: X+1年1月下旬〜2月上旬(1回90分,6日間,
毎日90分× 2コマ開講,合計12回)
通常授業: X年4月〜7月(1回90分,毎週1回開講,合計 15回)
2.調査場所
首都圏の4年制私立大学 3.調査対象者
調査対象者は、通信教育の受講生24名(男性15名,女性9 名,平均年齢32.2±9.8歳)、通常授業の受講生18名(男性の み,平均年齢19.9±0.8歳)であった(表1)。
表1.調査対象者の内訳
年齢 男性 女性 学年 男性
20代 6名 4名 1年 0名
30代 7名 3名 2年 16名
40代 2名 0名 3年 0名
50代 0名 2名 4年 2名
合計 15名 9名 合計 18名
※通信教育の受講生に関する予備情報 最年少 男性 20歳 女性 20歳 最年長 男性 45歳 女性 54歳
通常授業(n=18 ) 通信教育(n=24 )
4.調査方法
Kikuchiʼs Scale of Social Skillʼs(菊池,1998,以下KiSS-18)
を用いた集合調査法による質問紙調査を受講前と受講後の計2 回実施した。KiSS-18への回答時間は約5分であり、回答終了 後直ちに回収した。調査対象者には、守秘義務の厳守および 得られたデータは成績評価には全く影響しないことを説明し、
研究へのデータ使用の了承を得た。なお、各授業の概要は表2 および表3のとおりであった。
表2.通信教育の授業概要
1日目
2日目
3日目
4日目
5日目
6日目
1限 2限 1限 2限 1限 2限 1限 2限 1限 2限 1限 2限
ガイダンス,実習(他己紹介)
講義「スポーツと社会的スキル・パーソナリティ」(KiSS-18①)
講義「スポーツとコミュニケーション」,実習(気になる自画像)
ソフトバレーボール実習① ソフトバレーボール実習② ソフトバレーボール実習③ ソフトバレーボール実習④
実習効果の測定(KiSS-18②),振り返り(レポート課題①)
体力測定
体力測定のフィードバック&レポート課題② 講義「健康と体力」
トレーニング実習(トレーニング記録&振り返り作業)
※ソフトバレーボール実習では、毎回異なるメンバーによるチームを編成し、ローカルルールの制 定、メンバー間の自己紹介、タッチング行動の促進、反省会の実施、実習後の自己・他者の評価等 に取り組んだ。
表3.通常授業の概要 主な授業内容
1回目 ガイダンス(授業概要の説明,受講生の決定,スポーツ実習種目の決定等)
2回目 講義「スポーツと社会的スキル・パーソナリティ」(KiSS-18①),実習「他己紹介」
3回目 講義「スポーツとコミュニケーション,実習「気になる自画像」
4回目 スポーツ実習①(バレーボール)
5回目 体力測定
6回目 講義「健康と体力」,体力測定に関するレポート課題 7回目 スポーツ実習②(バスケットボール)
8回目 スポーツ実習③(バスケットボール)
9回目 スポーツ実習④(フットサル)
10回目 スポーツ実習⑤(フットサル)
11回目 スポーツ実習⑥(バレーボール)
12回目 スポーツ実習⑦(バレーボール)
13回目 スポーツ実習⑧(バスケットボール)
14回目 スポーツ実習⑨(フットサル)
15回目 総括・実習効果の測定(KiSS-18②),社会的スキルに関するレポート課題
※各スポーツ実習では、毎回異なるメンバーによるチームを編成し、ローカルルールの制定、メンバー間 の自己紹介、タッチング行動の促進、反省会の実施、実習後の自己・他者の評価等に取り組んだ。
表4.群(通信教育・通常授業)× 測定時期(受講前後)の二要因分散分析
群 測定月 群 交互作用 測定月 群
通信教育 62.8±8.6 67.4±10.4 通常授業 58.3±6.9 65.6±8.2 通信教育 22.4±3.2 23.3±3.4 通常授業 20.5±3.0 22.3±2.7 通信教育 17.1±2.5 18.4±3.1 通常授業 15.9±2.6 17.9±2.5 通信教育 23.3±4.2 25.8±4.9 通常授業 21.9±3.4 25.4±4.6
※分散分析の値はF値
※**p<.01, ***p<.001 問題解決
15.9*** 1.2 0.8 Pre<Post***
12.6** 2.6 1.5 Pre<Post**
分散分析 多重比較 pre post
総得点
コミュニケーション 30.1*** 0.5 0.9 Pre<Post***
37.4*** 1.5 1.9 Pre<Post***
トラブル処理
法政大学スポーツ研究センター紀要
5.測定尺度
KiSS-18は、総得点および問題解決、トラブル処理、コミュ ニケーションの3因子で構成され、日常生活で必要とされる 社会的スキルの診断を目的とした質問紙である。18の質問項 目に5件法(いつもそうでない:1点〜いつもそうだ:5点) で回答することにより5分程度で完成することから、多くの 先行研究 (例えば,中澤ら,2014)で用いられている。
6.統計解釈
各授業に対する介入前後での変化を検討するためにKiSS-18 の総得点および3因子を従属変数とした群(通信教育・通常 授業)×測定時期(受講前・受講後)の二要因分散分析を 行った。有意な主効果または交互作用が認められた場合には,
事後検定としてBonferroni法による多重比較を行った。なお、
統計学的有意水準は全て5%とした。
Ⅲ.結果
分析の結果、測定時期における総得点および3因子におい て有意な主効果が認められたが、交互作用は有意な値を示さ なかった。そのため、主効果が有意であった項目において事 後検定を行った結果、受講前と比較して受講後における全項 目の得点が有意に高いことが示された(表4および図1)。
80 :通信教育
:通常授業 75
70 65 60 55 50 45
6日間,12コマ
(90分×2コマ/日)
4ヶ月間,15コマ
(90分×1コマ/週)
授業前 通信教育
授業終了時 通常授業
終了時
KiSS-18(点)
図1.授業プログラム実施前後における KiSS-18 の
総得点の変化
Ⅳ.考察
各授業において、受講生の社会的スキル向上を意図した講 義と実習を交えた演習形式の授業プログラムの効果が確認さ れた。とりわけ、心理学的知見に裏づけられた教室内でのグ ループワークは、初対面の受講生間における相互理解の促進 や新規的人間関係の構築に寄与したように思われる。また、
各スポーツ実習時に課したメンバー間の自己紹介、タッチン グ行動、反省会、実習後の自己・他者の評価等の作業は、所 属チームの実力発揮やチームワーク向上の阻害要因となる 種々の問題解決に向けた協議や相互支援を促進する好機とな るとともに、個々の社会的スキルの促進に貢献したものと推 察される。
一般学生の受講を主とする通常授業と比較した場合、平均 年齢が高い有職者の受講が主となる通信教育では、元々受講 生の社会的スキルの得点は高い。また、通信教育での介入期 間は実質4日間と非常に短期であった。それにも関わらず、
通信教育の受講生の社会的スキルがさらに向上した事実は興 味深い。このことからも、本授業で試みたプログラムの有効 性がうかがえる。
先述のとおり各スポーツ演習による社会的スキル向上効果 を認めたが、検討すべき課題も残された。まず、授業外にお ける種々のバイアスの問題が挙げられる。すなわち、今回取 り扱った各授業はスキー実習のような合宿形式ではなかった ため、受講生の社会的スキルの促進に授業プログラムの効果 のみが反映されたとは言い難い。特に、1週間に1回のペース で開講される通常授業では、他の授業、サークル活動、およ びアルバイト等の他の要因の影響力が排除できない。そのた め、各要因の社会的スキルへの影響力について検討する余地 が残された。次に、「スポーツ経験を通して獲得された社会的 スキルの他の場面への転移は自然には起こらない」とDanish
(2002)が指摘するように、獲得されたスキルの一般化の問題 が挙げられる。したがって、今後はその定着を目指した縦断 的なプログラムの立案およびフォローアップが不可欠となる。
体育関連の授業や運動部活動等の体育・スポーツ場面では、
各競技種目特有の運動スキルの学習が主目的となることが多 い。他方、参加者や指導者との対人関係が不可避となること に鑑みると、体育・スポーツ活動には非常に多くの社会的場 面が含まれており、社会的スキルの獲得にも適した環境であ るとみなすこともできる(杉山,2005)。大学生の対人関係に おける不適応や引きこもりなどの問題行動への対処が求めら れる昨今(島本・石井,2006)、体育関連の授業には社会的ス キルのトレーニングの場という新たな役割も求められるよう に思われる。
Ⅴ.文献
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