奈良教育大学学術リポジトリNEAR
大学生の心電図所見について
著者 井上 哲夫, 田村 雅宥
雑誌名 奈良教育大学紀要. 自然科学
巻 31
号 2
ページ 107‑112
発行年 1982‑11‑25
その他のタイトル Electrocardiographic Findings of University Students
URL http://hdl.handle.net/10105/2321
大学生の心電図所見について
井 上 哲 夫 田 村 雅 宥 (奈良教育大学保健管理センター) (奈良県立医科大学第3内科学教室)
(昭和57年4月30日受理)
Electrocardiographic Findings of University Students
Tetsuo Inoue* and Masahiro Tamura**
(* Health Service Center, Nara University of Education, Nara, Japan
** The Third Department of Internal Medicine, Nara Medical University, Kashihara, Japan) (Received April 30, 1982)
Summary
Analysis of conventional 12 lead electrocardiogram was performed in 401 university students of about 19 years old.
The most popular findings of electrocardiogram in male students were sinus arrhyth‑
mia (17. 3%), left ventricular hypertrophy (16. 8%), first degree atrioventricular block (4. 6
%) and slight right axis deviation (3.7%), while in female students, they were sinus arrhythmia (19. 3%), sinus bradycardia (4. 3%) and suspicious flat T (3. 7%).
Left ventricular hypertrophy (LVH) was diagnosed when SVi+RV5or6 was greater than 35mm. The incidence of LVH in male was apparently higher than that in female. All of those showing LVH in ECG were confirmed to have no pathological left ventricular hyper‑
trophy by means of chest X‑ray film.
These results suggest that new criteria for LVH in adolescent are necessary.
は じ め に
心電図検査は循環器疾患の臨床診断のために欠くことのできない常用検査手技であるが,学校 における健康診断の手段としてかならずLも充分に活用されていることは言えない.奈良教育大 学(以下本学)で新入学蛙に実施している健康アンケート調査においても多数の心電図検査未経 験者が存在し,これらの中からしばしば新しい心疾患患者が見出されているのが現状である・
小・中学校の心臓検診でも第一次スク‑ニングテストとして聴診,胸部Ⅹ線写真,健康アンケ
‑ト調査のみを行った場合には新しい心臓疾患の発見はほとんど期待できないが,一次検診に全 員省略心音心電図検査を加えるとかなりの心疾患を発見することができると報告されている1'・
大学に新しく入学した学生は体育実技を受講し,また各種体育行事に参加したり,体育サーク ルに加入したりしてスポーツにいそしむことになる・その際しばしば報告される学生の突然死の 発生を未然に防ぐためには完壁な循環器健康管理の必要性が痛感される2,3)
107
108
井上哲夫・田村雅宥学校における心電図検査被検者の大多数は健常者である.従来からも健常者の心電図に関する 報告は少なくないがハ10) これらの報告はすべて心臓疾患を解析するための対照として正常者を 取扱っているもので,大学生のような特定の年齢層の,大部分が正常者の集団の,心電図検査の 基準設定には尚問題を残している11)これらの観点から本学において過去9年にわたって実施し た心電図所見を検討し,若干の考察を試みた.
対象および方法
披換対象は過去9年間に毎年1回生として庄学していた学生で,彼らを次のA, B, 2群にわ かち心電図検査を実施した.
1.次の何れかに該当するもの‑‑‑‑A群.
1)入学時の健康アンケート調査で心臓循環器系の自覚症状を訴えたもの.
2)胸部Ⅹ線写真で心胸廓比が50%以上であったもの.
3)内科検診で心雑音その他の所見を示すもの.
4)心臓循環疾患の既往歴をもつもの.
2.自己判断で泳力に自信があり,本学で実施する臨海水泳実習で遠泳参加を希望するもの.
・‑‑‑‑B群.
これらの被検者に標準12誘導心電図記録を行い,同一医師により記録の判定を行った.左室肥 大の判定基準は普通用いられている高電位基準, SVi‑i RV5>35mmを通用した.
図1.本学における心臓集検方式(S.48‑S.56)
結 果
1.心電図所見の発生率
表1に心電図所見の発生率を示す. A, B両群を通じ比較的頻度の高い所見は洞不整脈(18.2
%),左室肥大(10.0%),洞徐脈(3.720であるが, A群男子で軽度右軸偏位(6.0%), 1度房 室ブロック(4.3%O, A群女子でT平低(5.0%),不完全右脚ブロック(4.2>%),心室性期外収 縮(4.3%)が多発し, B群男子では1度房室ブロック(5.¥%), T平低(4.¥%)が高い頻度で 発生している. A群での異常所見の発生はこの群の構成対象から考えて当然の事と考えられるが, 遠泳参加希望者で構成されるB群に精査を要する所見の発生していることは看過できない事実で, 特に水泳実習のような行事に際しての検診では全員に対する心電図検査の必要性を示唆するもの である.また,左室肥大では著明な男女差(男16.8%,女2.6#)が見られた・
表1 心電図所見発生率(班) A 群! B 群
男 女 (N=U6) (N=141) 軸 偏 位
軽 度 左軸偏位 軽度 右軸偏位 心房負荷
左 房 右 房
心室n m
左 室 右 室
心筋虚血
S T T
ノ 荷荷 大大 常低チ負負 肥肥 異 ッ平 洞 舟 脈 洞 徐 脈 洞 不 整 脈
W P W 症候群 1度房室ブロック 不完全右脚ブロック 完全右脚ブロック 上室性期外収縮 心室性期外収縮
C S I O r
‑ H L 0 0
6 0 7 n X U 6
O C Q O
l
‑
!
・
0
0
男 ( N=98)
0
1.0
0 0
13.3 0
04f芸::
女 ( N=46)
0 0
0 0
2
2 0
0 1 0
3.4】 1.4 2.0 2.1 7.1
12. 9 16.31.7 I 2.8 22. 5
0 5.1 2.0 0
0 10.9 28. 3 0 0 0 0
呈:oo
。0
A 十 B
男,女
1.4 3.7
0 0.9
8
6 0
1
0 1.6
0 1.1
6
2 0
藤 野 他(1)
女
N N S
n
n
蝣
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HH
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C
O
L
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O
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蝣
*
0
0
.
4
1
A群:自覚症状,聴診所見, X線心肥大像をもつもの, B群:遠泳参加者,本文参偲
2.左室肥大群の心胸廓比
心電図所見で左室肥大を示したA群男子23名,同女子4名, B群男子13名,同女子1名計41名
110
井上哲夫・田村雅宥の中には胸部Ⅹ線写真による心胸廓比が50%を越える者は存在せず,これらのすべては偽陽性所 見であると推測される.
3.左室肥大群および正常対照群の体型
心電図所見で左室肥大を示す男子学生36名と,心電図検査被検の中から正常心電図を示す男女 各36名を無作為に抽出し,各群の身長,体重,胸囲の各項を比較したが,これらの各項目におい て左室肥大群と正常群との問に有意差は見られなかった.
表2 左室肥大群および正常心電図群の身体計測値
人数 身 長 体 重 胸 囲
男子左室肥大群 男子正常心電図群 女子正常心電図群
6 6 6
3 3 3
169. 8土4. 7 56.8土6. 5 1701.土5.4 56.0土6.1 156. 4土5.0 51.2土5.4
83. 0土4.0 2 0土4.1 3.1土3.7
考 察
昭和48年学校保健法施行規則が改正され,学校における心臓検診が義務づけられるようになっ た・以来,その実施方法について種々の検討が加えられてきた・現在小・中学校での心臓検診は, 第一次スクリーニングとして医師の診察(打聴診),間接胸部X線撮影および健康アンケート謝 査を3つの柱として行い,これで抽出されたものに対し第二次スクリーニングとして省略心音心 電図検査(省略心電図I, aVF, Vi, V6,省略心音図P, 4LIS, Ap)を行い,抽出されたもの を専門施設に送って精密検査をうけさせる東京方式か,上記第一次スクリーニングで抽出された ものを直ちに専門施設に送る大阪方式による事が多い12)これらの方式の最大の問鼠点は第一次 スクリーニングの3本柱のうち医師による診察に重点をおかざるを得ないことにある. 1人の医 師が多くの被検者を診察するための疲労,検査場の騒音,さらに検査にあたる医師の能力差など のために必然的に見落しが予想され,加えて心雑音を発生しない疾患は当然抽出されてこない.
このような見落しを避け完壁な心臓検診を行うための方策として,第一次スクリーニングで省略 心音心電図検査を全員に行う方式が考察された13)東京方式による小・中学生計48,037名の検診
で,検診により初めて発見された心疾患患者が皆無であったのに対し,全員省略心音心電図方式 で行った小・中学生計99,194名の検診では24名の心疾患患者が新たに発見されたという14)
本学で実施したA群は,第一次スクリーニングとして内科診察,間接X線撮影,健康アンケー ト調査を行い,抽出されたものに対して心電図検査を行うもので上記東京方式に相当し,遠泳参 加希望者を対象とするB群は全員省略心音心電図方式に相当する・表1に見られるように, A,
B両群および藤野らが行った正常大学生の検査の問には心電図所見の発生頻度に本質的な差は認 められない・むしろ第一次スクリーニングの何れの条件にも該当せず,健康,体力に自信を持つ B群に精査を要する異常所見がA群同様発生し,専門施設での精密検査の結果瀞泳又は遠泳禁止 の措置を要したものが含まれていたことは,さきにのべた全員省略心音心電図方式で心疾患発見 率が高いという報告と符合するもので,第一次スクリーニングに全員心電図検査をとりいれるこ との必要性を強く示唆するものである・本学での成績は12誘導心電図による全員検査方式である
表3 臨海合宿水泳実習参加者の心臓検診 注( )内は女子
‑ ∴ :'J ‑":i 54 '<!‑" !i
l
検 診 人 員 303 (161)
検診方式
芸syA 45(2芸B
46(浩参加禁止 1 (0) 0 (0) 処置区分.;茄泳奈止 2 (1) 0 (0)
涼泳制限 7 (4)
合 計 J
昭和̲.55年度
316 (164)
昭和56年度
310 (177)
A 群
57 (26)
2 (0) 0 (0) 0 (0)
B 群
45 (15)
0 (0) 0 (0) 3 (1)
A 群
45 (20)
B 群
53 (16)
0 (0) 0 (0) 1 (0)
3 (3)
0 (0) 3 (1)
(2) 2 (0) 3 (1) 4 (3) 3 (1)
ので,心音心電図方式との優劣,得失については今後検討の要があると考える.
今回の成績で特に出現頻度の高い心電図所見に左室肥大(左室高電位)がある.藤野ら11'は左 窒高電位の出現頻度の年令差,性差を検討し,若年者の場合わずかの年令差でも出現頻度に明ら かな差異を認め,また性差もきわめて著明であることを指摘している・彼らは現在広く用いられ ている左室肥大の標準基準値, SVl+RV5>35mmは若年者に通用した場合,偽陽性の出現率が 非常に高くなるとのべている・表1に併記した藤野らによる福岡市内のK大学の1年/1を対象と した心電図検査の左室,肥大の頻度は,その判定基準にこの点を考慮し,森ら15'の基準(30歳以 TではSVi+RV5>50mmを左室肥大とする)を通用しているが,それでも男子で 6&の高率 でこの基準をこすものが存在し,しかもそれらのうち心エコー図,胸部X線写藁で精密検査を行 なったものの全員が左室肥大または左室肥大を来たす心疾患の存在を否定されている11)本学の 心電図検査では左室肥大の判定には標準基準値を適用したので,左室肥大の出現率がA, B群男 子でそれぞれ19.8%', 13.3%と異常な高率を示したのはむしろ当然の事と考えられる.これらの もののすべてが心胸部比50%を越えず実質的な左室肥大の存在は否定された・これらの事から現 在の左窒高電位基準値を心臓検診のスクリ‑ニングヒストに通用するには疑義があり,高い偽陽 性率,明確な性差を考えると年令差,性差を加味した基準値を新たに考慮する必要があると考え
られる.
文 献 1)大国真彦:循環科学 2, 36, 1982.
2)杉下靖郎,松田光生,越水重四郎,上野正彦: Jap. Circul. J. 46 (増刊) 14, 1982.
3)北田実男:循環科学 2, 42, 1982.
4) Blackburn, H., Vasquez, C.L. and Keys, A. : Am. J. Cardiol. 20, 618, 1967.
5)藤野武彦,武谷 溶,伊規須英輝,山口 剛,森田ケィ,西山スガ:健康科学1, 35, 1979.
6) Hashida, E., Rin, K and Inoue, T.: Jap. Circul. J. 37, 305, 1973.
7)林 国雄: Jap. Circul‑ J. 36, 1269, 1972.
8)早田 工,赤須正道,北国秀一,川名実徳,山田耕二: Jap. Circul. J. 39, 381, 1975.
9) Hiss, R.G. and Lamb, L.E. : Circulation 25, 947, 1962.
10)白峰和夫:日本公衆衛生学会誌13, 969, 1966.
ll)藤野武彦,武谷 溶,藤島和孝,宇都宮弘子,森田ケィ,銅直孝子,西山スガ,長谷サヨ子,船瀬邦子:
112
井上哲夫・田村雅宥 健康科学 2, 7, 1980.12)日本学校保健会編:学校心臓検診の実際 予防医学事業中央会1980.
13)小林 弘,大国真彦:小児保健研究 32, 78, 1973.
14)大国真彦:東京都予防医学協会年報 昭和53年度1979.
15)森 博愛:心電図とベクトル心電図,最近の考え方,読み方 金原出版,東京, 1971.