研究機関近況
分子腫瘍学センター 活動報告!
膜作用人工蛋白質 SGP の抗癌作用とその毒性
分子腫瘍学センター研究スタッフ 理学部併任講師 李 相 男
天然には生体膜に作用してチャンネル等を形 成し、その透過性を変化させて細胞毒性を示す 膜作用タンパク質の存在が知られている。大腸 菌によって産出するチャンネル形成抗生物質コ リシンもポアーを形成して毒性を示すと言われ ている。我々の研究室では、コリシンの膜挿入 メカニズムを参考にし、天然に似たモデル系と してアミノ酸6 9残基からなるミニ蛋白質(small
globular protein; SGP)をデザイン設計した(図1) 。このペプチドは溶液中では単量体で存在 し、脂溶性
α-helix(α−1)を中心として3つの 両 親 媒 性
α-helix(α−2、α−3、α−4)が、それを取り囲んだ球状の蛋白質の性質を示 す。また、その脂溶性コアが脂質膜に容易に導
入され、チャンネル特性を示して色々な生理活 性を表すことを報告した
!。さらにこの
SGPは、癌細胞に対してアポトーシスを引き起こし、
ヌードマウス移植カポジ肉腫に対し強い抗腫瘍 効果を示した
"。しかし、SGP は溶血活性も 有するので、臨床応用では局所に限られること が示唆された。
我々はこの事実に基づき、選択的毒性を高め るため、種々の
SGP誘導体を合成し、このミ ニタンパク質の抗腫瘍効果、及び溶液物性を
SGPと比較検討している
#。そのペプチドの デザイン研究の過程で以下に示す溶血活性のな い
SGP-L及 び 新 た に デ ザ イ ン し た ペ プ チ ド
SGP-5、更に生体内分解をさける目的で、D-図1、SGP 及び SGP‐5のアミノ酸配列。
―1 0―
SGP
を合成し、その細胞毒性や抗腫瘍効果に ついて検討した。また
SGPの臨床応用を目的 として、正常マウスを用いての個体毒性を同時 に調べた。
デザインした化合物は以下にのべる構造的特 性を持つ(図1) 。
SGP-L:SGP
のアラニンオリゴマーからなる
脂溶性
α-helixを、より脂溶性の高いロイシン
オリゴマーに置換したもの。SGP-L はモデル 平面膜を用いた実験では、膜透過電流は観察さ れるがチャンネル上の
open-closeは観察されず、
溶血活性も示さない
!。
SGP-5:中心及び、中心を取り囲む両親媒
性の長さを短くすることで分子全体の脂溶性を 低くして膜への結合力を弱くして毒性を減らす 一方、長さを短くした代りに両親媒性部をもう
b)図2、SGP の毒性。SGP 投与後のマウスへの静脈注射後の体重変化!および血中のビリルビン変化"
a)
―1 1―
1本加えることにより、水溶液中の構造を安定 性させたもの。
D-SGP:生体内分解をさけ、細胞のネクロシ
スを起こす以下の濃度でアポトーシス活性を持 続させるため、全てのアミノ酸を
D体に置き 換えたもの。
ペプチドの抗腫瘍効果については細胞毒性試 験より線維芽肉腫細胞に対して
SGP、SGP-5、D-SGP
は2. 5
µM以下で、また
SGP-Lについて も5µM で十分活性を示した。又胃癌細胞及び、
線維芽肉腫細胞を移植したヌードマウスの局所 に1mM ペプチド1 0−4 0
µlを週1回投与し腫瘍 体積変化を測定したところ、SGP 及び
SGP-5は有意にその増殖を抑制し、個体差はあるもの の中には完全治癒しているものも見られた。し
かし
SGP-Lの効果はわずかであった。
SGP
の毒性試験は正常マウスに
SGP3. 7
!/
"(1mM 1 0
µlに相当)を毎週1回、あるい
は5倍量の1 8. 4
!/
"を1回のみ静脈注射し、
1週間後に体重を測定したところ、若干の体重 の増加の減少は見られるものの、マイトマイシ ン
C(MMC)よ り も 少 な か っ た(図2b−A)。 それの血液を採取し血清中の直接、及び間接ビ リルビン値を測定したところ、静脈内への大量
投与(1 8. 4
!/
"、腫瘍内投与量の5倍量)に
対しては溶血が示唆されたが、等倍量投与 (3. 7
!
/
")では変化は見られなかった(図2b−
B)
。こ れ ら の こ と よ り、SGP の 毒 性 は
MMCよりも弱いと考えられる。
SGP
及び
SGPアナローグの局所投与の際の 特徴として、投与部以外への毒性の広がりがな いことである。SGP が細胞間基質に障害を与 えないことが示されており、毒性の広がりのな いことは、そのことと関連しているかもしれな い
#。脂溶性の中心のヘリックスが、膜と強く 結合するため、投与部位周辺のみに滞在し、周 辺正常細胞への広がりが少ないためであると考 えられる。
興味あることに、難治性の脳腫瘍である膠芽 腫(グリオーマ)のなかでも最悪性の神経膠芽 腫(グリオブラストーマ)に対して、それを移 植したヌードマウスに直接投与したところ、著 明な抗腫瘍効果があることがわかった$。神経 膠腫群の腫瘍に対する治療は、基本的に手術お よび放射線療法や化学療法の組み合わせが行な われている。現時点では諸治療法の効果以上に 腫瘍の悪性度が勝っており、個体の腫瘍死はほ とんど避けられず、充分な生存率の向上には 到っていない。抗腫瘍効果について、今後は悪 性脳腫瘍の浸潤性発育の問題に対する検討が必 要であるが、実用されることになれば、手術療 法や放射線療法などとの組み合わせによる相乗 効果のみならず、今までの治療薬には見られな い作用機序での悪性脳腫瘍に対する新しい殺細 胞効果が期待できる。
(この研究の多くは、医学部生化学教室の黒 木政秀教授及び黒木求講師の指導のもとになさ れた。ここに深く感謝いたします。 )
【文献】
1)Lee S. et al., Biochemistry 1997, 36, 3782-
37912)Ellelby H. M. et al., J. Biol. Chem. 2003, 278,
35311-353163)Matumoto E. et al., Biopolymers 2001, 56, 96-
1084)継、大西、李、福島、特許出願中
―1 2―
900,000 800,000 700,000 600,000 500,000 CPM 400,000
300,000 200,000 100,000 0
0 10 20 30 40
Cysteamine Pertechneafe
Fraction number
1 fraction = 0.5mL Dextran
研究機関近況
分子腫瘍学センター 活動報告!
リンパ節の画像診断薬
分子腫瘍学センター研究スタッフ 薬学部教授 加留部 善 晴
はじめに
悪性腫瘍のリンパ節転移を評価するために、
RI
トレーサを用いたセンチネルリンパ節の診 断が行われ、乳癌や頭頸部癌に対して効果を上 げている。この目的には、日本では
Tc-9 9
mス ズコロイド、米国では
Tc-9 9
m sulfurコロイド が主として用いられているが、粒子径を制御し やすい
Tc-9 9
mデキストランを用いた検討も行 われている。しかし、デキストランの
Tc-9 9
m直接標識法では、副生成物の形成や標識体の安 定性が低いという問題がある。これまでに薬学 部創剤学教室では、デキストランを酸化処理し てアルデヒド基を生成させ、この基にシステア ミンを付与した化合物を合成している。今回、
シ ス テ ア ミ ン を 付 与 し た デ キ ス ト ラ ン
(cysteamine-dextran)を
Tc-9 9
m標識し、リンパ 節の画像診断薬としての有用性を評価したので 以下に紹介する。
Tc-9 9m 標識 cysteamine-dextran の調製 デキストラン(Wako、M.W.6 0, 0 0 0〜9 0, 0 0 0)
溶液5 0
"/mLに過ヨウ素酸−硫酸溶液を加え、
室温で3 0分間撹拌後、
Sephadex G-2 5
column(2. 5
!
×4 0
!)によりデキストランを分離し、シス テアミンを加えて室温で6 0分間撹拌後、NaBH
4で還元し、Sephadex G- 2 5
columnによりシステ アミンを 付 与 し た デ キ ス ト ラ ン(cysteamine-
dextran)を分離した。システアミンの付与をSH
基を定量できる
Ellman試薬により確認した。
cysteamine-dextran
1 0
"/mL 溶 液1. 0
mLに 塩
化第1スズ(0. 0 4
"/mL、0. 0 0 2
N HCl)0.1
mLを加え、さらに
Tc-9 9
m-generatorから溶出した
Na99mTcO41. 0
mLを混合撹拌後1 0分間室温に 放 置し、Tc- 9 9
m標識
cysteamine-dextran(Tc-9 9
m- cysteamine-dextran)溶液を得た。放射化学的純度の評価
調 製 し た
Tc-9 9
m-cysteamine-dextran溶 液0. 1
mLを
PD-1 0カラムを用いてゲルクロマトグラ フィーを行い、溶出液を試験管に0. 5
mLずつ 採取して、well-type gamma counter で放射能を 測定した。その結果、図1に示すようにデキス トラン部分のみに放射能ピークが認められた。
デキストランの
Tc-9 9
m直接標識法では、塩 化第1スズの量が0. 1 6
mg程度必要であるが、
cysteamine-dextran
では
SH基の影響で約1/4 0 の極微量の塩化第1スズの量で安定に
Tc-9 9
m標識できることが判明した。また、この溶液は
図1 Tc-99m-cysteamine-dextran のゲルクロマトグラム
―1 3―
表1 Tc-99m-cysteamine-dextran の体内分布
Organ % Injected dose/organ Salivary glands
0. 0 5±0. 0 1
Spleen
0. 1 1±0. 0 4
Liver
9. 5 0±5. 0 0
Kidney
7. 0 2±2. 7 3
Lymph node
3. 5 6±0. 7 7
Muscle1g 0. 1 3±0. 0 3
Blood1g 0. 1 2±0. 0 5 Each value is mean ± SD for three rat.
室温に放置しても、時間経過により別の放射能 ピークは認められなかった。
腋窩リンパ節シンチグラム
調 製 し た
Tc-9 9
m-cysteamine-dextran溶 液 を
SD系雄性ラット手甲部皮下に0. 0 2
mL投与し、
経時的にデータ処理装置付
γ-cameraで撮像し た。腋窩リンパ節部位は投与1 0分後程度から描 出されはじめ、数時間明瞭に描画された。図2 に
Tc-9 9
m-cysteamine-dextran投与2時間後の腋 窩リンパ節シンチグラムを示した。
また、画像より腋窩リンパ節のカウント数を 求めたところ、約5時間で最大となった。
体内分布
調 製 し た
Tc-9 9
m-cysteamine-dextran溶 液 を
SD系雄性ラット手甲部皮下に0. 0 2
mL投与し、
投与3時間後に同部位に5%パテントブルー
(Patent Blue V、Wako)0. 0 5
mLを投与した。
Tc-
9 9
m-cysteamine-dextran投与から4. 5時間後に エーテル麻酔下心臓採血し各臓器を摘出した。
腋窩リンパ節はパテントブルーの色素沈着によ り肉眼で確認後摘出した。摘出した臓器は生理 食塩液で洗浄し湿重量を秤量した。各臓器の一 部を精秤し、well-type gamma counter で放射能 を測定した。臓器分布は投与量に対する組織百 分率または組織1
!の百分率で示した。表1に 示すように腋窩リンパ節部位に放射能が確かに 集積していることが認められた。
まとめ
Cysteamine-dextran
は副生成物を形成するこ となく安定に
Tc-9 9
m標識可能であった。
Tc-
9 9
m-cysteamine-dextranは 投 与 後、短 時 間 で腋窩リンパ節を明瞭に描出することができ、
リンパ節の画像診断薬となり得ることが示唆さ れた。
図2 Tc-99m-cysteamine-dextran 投与2時間後の腋窩 リンパ節シンチグラム
―1 4―
100 (25℃温度制御,暗室にて
試薬調整) Uー,PーU+,Pー Uー,P50μg U+,P+0.1μg U+,P+0.5μg U+,P+1.0μg U+,P+5.0μg U+,P+10.0μg U+,P+50μg U+,P+100μg 照射時間 10秒一定
死 細胞 率
(%)
0 20 40 60 80
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分子腫瘍学センター 活動報告!
音響化学療法について
分子腫瘍学センター研究スタッフ 福岡大学病院教授 山 下 裕 一
はじめに
すでに、ポルフィリン類は癌に対する光力学 的療法(Photodynamic therapy: PDT)の薬物と して広く知られている。その中で、ヘマトポル フィリン誘導体の1つであるポルフィマーナト リウム(フォトフィリン:Pf)は、癌組織に対 し集積性や滞留性をもつと共に光エネルギーに よる物理化学的反応性を有する薬品として販売 されている。また、Pf は、光エネルギーの代 わりに超音波エネルギーにより同様の物理化学 特性を有する薬剤として研究がなされている。
以下に、Pf を使用した音響力学的療法(Son-
odynamic therapy: SDT)について我々が行っている研究を紹介する。
SDT 薬剤
癌治療を目的とする
SDT薬剤には、それだ けでは毒性のない薬物が超音波照射後に薬剤の 物理化学特性に変化を来たし、癌細胞を殺傷す る特性をもつ薬剤が選ばれる。第1にヘマトポ ルフィリン誘導体が挙げられ、Pf が臨床使用 されている。実験薬として
ATX-7 0、キサンテ ン色素(rose
bengal)、エリスロシン
Bなどが ある。
腫瘍集積性と抗腫瘍効果
腫瘍集積性は、細菌感染により生じた内因性 ポルフィリンが腫瘍組織に集積し蛍光を発した ことから悪性腫瘍との関連性が見出された。こ
図1 超音波化学療法における Dose response curve
ヒト胃癌細胞由来の KATO-III に対して各種濃度のポルフィマーナトリウム(Pf)を用いて 超音波照射実験を行った。一定条件下において殺細胞効果は、Pf 濃度に依存性に増加した。
―1 5―
の腫瘍集積性は、LDL 受容体を介したエンド サイトーシスの機構の関与が示唆されている。
もう一つの特徴は、光をはじめとする外部エ ネルギーに反応し、細胞内の溶存酸素(
3O2) から非常に反応性の高い一重項酸素(
1O2*:酸 素ラジカル:活性酸素)を生成することで腫瘍 細胞を変性・壊死させる作用がある。
抗腫瘍効果の実験的検討
1)音波発振装置ならびに照射方法
庵室内で
Pfを含む癌細胞浮遊液1. 0
mlをガ ラス試験管内に入れ一定温度下に超音波を照射 する実験を行った。用いた癌細胞株は胃癌由来 の
KATO-IIIと肝細胞癌 由 来 の
KYN-2で あ った。遮光下(2 2〜4 5ルクス)に周波数0. 9
MHzで出力強度0. 5
W/!に設定しオシロスコープ によるモニター観察下に超音波照射を1 0秒間 行った。次いで、トリパンブルー色素排泄試験 にて死細胞率を算出し、抗腫瘍効果を判定した。
結果
1)胃癌細胞株
KATO-IIIにおいて用量依存 性に殺細胞効果が認められ た。Pf 1 0 0
µg/mlの 濃度で9 7%の殺細胞効果が認められた(図1) 。
2)胃癌(KATO-III)と肝細胞癌(KYN-2)
由来の細胞株で殺細胞効果は異なり、腫瘍の違 いで感受性が異なることが示された。
3)SDT 後に生存した癌細胞は、その後再 び増殖することが示された。
以上の結果より、
SDT
において腫瘍細胞を完全に壊死に陥ら せるまで、治療の度毎に多方向から超音波照射 を行い、それを反復することが重要である。
癌細胞の種類により殺細胞効果発現に違いが 有り、SDT の適応の有無や使用する
Pf濃度の 決定などさらに検討が必要である。
SDT
後の残存癌細胞の増殖能は、非治療の 癌細胞の増殖能と同等であった。このことから、
臨床応用では、SDT は集学的治療法の一つと 考え取り組むことが必要と思われた。
臨床応用
福岡大学倫理委員会の許可のもとに、十分な インフォームド・コンセントを得た上で臨床応 用を試みた。使用薬剤は光化学療法ですでに使 用許可がなされている
Pfを使用し2"/#の 用量を静注した。Pf 静注後は暗室管理とし、
4 8時間後から7 2時間までの間に超音波照射を行 い、その後2週間で明るい生活へと移行した。
症例は、乳癌再発症例であり、前胸部皮膚に 再発を認め、その部の生検にて癌性皮膚リンパ 管症の病理組織学的診断を得た。乳癌原発巣の 手術後に癌性皮膚リンパ管症にて創部局所に再 発をきたした。再発部位を中心に放射線照射を 行い、各種の抗癌剤投与の効果は乏しく、再発 範囲は増大したため
SDTを施行した。Pf を2
"
/
#の量を静注し、その4 8〜7 2時間後に超音 波 照 射(0. 9
MHz、1〜3W/!)を2回 行 っ た。Pf 静注後の最初の9 6時間までは数十ルク ス以下の暗室環境で過ごし、 以後数日かけて3 0 0
〜4 0 0ルクスまで明るくし、注射後2週間で退 院した。SDT の効果は、自覚的には病変部皮 膚の掻捧感の軽減が認められた。SDT 施行前 後に行った同一部位の病変部皮膚組織の生検で は皮下組織の腫瘍細胞数の減少が示唆された。
今後の計画
本法の対象症例は、手術の対象とならず、現 行の化学療法や放射線療法で治療が見込めない 悪性症例で、超音波照射が可能な部位に病変が ある症例が適応となる。しかし、1回のみの
SDTでは癌病巣を完全壊死に陥らせることが 期待できず、反復した
SDTが必要である。今 後、詳細な検討を行う必要があるものと考えて いる。
―1 6―
研究業績
1.胃癌細胞株に対するポルフィマーナトリウ ムを用いた音響化学療法の基礎的検討−温度 と光の及ぼす影響について。山下裕一、黒肱 敏彦、甲斐良樹、渡辺建詞、立花克郎、白日 高歩。超音波医学、2 5
":6 0 7 ‐ 6 1 2、1 9 9 8 2.音響抗癌剤増強作用。山下裕一、甲斐良樹、
白日高歩。medicina、3 7
#:44 8 ‐ 4 5 1、2 0 0 0 3.悪性腫瘍に対するフォトフィリンの音響化
学 的 効 果、山 下 裕 一、白 日 高 歩。超 音 波
TECHNO、14
!:47 ‐ 5 0、2 0 0 2
―1 7―
研究機関近況
資源循環・環境制御システム研究所
埋立処分場の硫化水素対策
資源循環・環境制御システム研究所 工学部講師 武 下 俊 宏
平成1 6年4月2 2、2 3日の両日、第8回文部科 学省学術フロンティア推進事業成果発表会が、
北九州エコタウン実証研究エリアにある北九州 市エコタウンセンター別館で開催されました。
講演は、 「次世代型最終処分場技術」と、 「環境 汚染物質の無害化および廃棄物の再資源化技 術」に関する内容で、2日間に渡って2 0題の研 究発表が行われました。その際、私が発表しま した内容の一部につきまして、ここに紹介させ ていただきます。
1.はじめに
埋立処分場における硫化水素ガスの発生原因 については、廃棄物層内の嫌気化の進行により 硫酸還元菌の生育が活発化するためであり、本 菌の栄養成分として硫黄源は廃石膏ボード、炭 素源は廃棄物に含まれている有機物であるとす る考えが有力である。しかし、栄養成分の供給 源、発生原因物質名などについては不明な点が 多く、その解明が急がれている。
2.目 的
埋立処分場で問題となっている硫化水素ガス の発生原因の解明と、硫化水素ガス発生時の対 策の確立が本研究の目的である。また、模擬槽 による硫化水素発生実験により、硫化水素が大 量に発生する条件についても検討する。発生原 因物質については、廃棄物中の化学物質、ある いは廃棄物の微生物分解産物と考えられる特定
の有機化学物質について検討する。一方、発生 時対策については、酸化剤による促進酸化分解 に加え、空気による緩慢な酸化分解、鉄材や金 属塩を用いる硫化物固定、市販の硫化水素発生 抑制剤などについて評価する。
3.方 法
3−1硫化水素の発生試験 本学資環研に設置 された安定型処分場模擬槽を図1に示す。模擬 槽の埋立容量は約1 0 0
"である。そこへ、安定 型処分場の模擬廃棄物を充填し、さらに嫌気状 態を形成させるため約1. 2
!の深さまで滞水さ せた。模擬槽の硫化水素発生状況は、採取した 浸出水を3 0 0
#容の培養フラスコに2 0 0
#分取し、
気相を窒素置換して強かくはんし、気相の硫化 水素濃度が平衡状態に達した時点で測定した。
一方、硫化水素発生試験では、模擬槽から得 られた浸出水を予め曝気処理して使用した。実
図1 安定型処分場模擬槽
―1 8―
160ppm
530ppm
覆土面被覆期間
H2S Concentration
0 8
4.5
21 29 month
大雨
カルボキシメチルロース 溶性デンプン アラビアゴム フタル酸ジブチル フタル酸 キシロース グリセリン 酢酸ビニルモノマー グルコン酸Na エタノール ブタノール
硫化水素濃度(ppm)
0 5000 10000 15000 20000
1500
1000
500
0
0 1 2
反応時間(h)
硫化水素濃度(ppm)
3 4 5 6
20000
EtOH 200ul +
SC 0ul
15000
10000
5000
0
0 5 10 15
培養日数
濃度(ppm)
EtOH 200ul + SC 80 ul EtOH 200ul + SC 200ul EtOH 0ul + SC 0ul
験は3 0 0
#容の培養フラスコに、曝気処理した 浸出水2 0 0
#を添加した反応系で行った。そこ へ硫化水素の発生原因と考えられる有機物質を
2 0
"添加し、気相ガスを窒素置換して3 5℃で静
置培養し、発生した硫化水素の濃度を測定した。
3−2ガス発生時の対策 硫化水素の発生対策 として、1)酸化剤(過酸化水素、次亜塩素酸
Ca、過炭酸Na
など) 、2)通気(酸素) 、3)
金属(鉄粉、酸化鉄、酢酸亜鉛など) 、4)市 販の硫化水素発生抑制剤サルフコントロール
!(SC 剤)の使用について検討した。1)につ いては、報告済みなので今回は省略させて頂く。
2)については、硫化水素は酸素により徐々に 酸化分解されることが知られており、硫化水素 ガスの放散を抑制しつつ酸素による酸化分解を 検討するため、水酸化
Caを用いた曝気処理の 検討を行った。3)については、金属成分を多 く含む廃棄物(切削くずなど)を硫化水素の発 生箇所に投入し、硫化物として固定化する方法 が知られている。実験では試薬の鉄粉(Fe) 、 酸化鉄(Fe
2O3および
Fe3O4)について検討を行っ た。4)については、使用実績をもとに投入量 を決定した。
4.結 果
模擬槽の硫化水素発生状況を図2に示す。実 験開始後4. 5ヶ月から廃棄物層内の嫌気性を維 持するために模擬槽上部を密封した。実験開始 より8ヶ月後に硫化水素の発生ピークが確認さ れたが、その後は顕著な硫化水素の発生は認め られなかった。さらに2 1ヶ月でシートを撤去し、
2 3〜2 4ヶ月にかけての大雨の後、再び硫化水素 ガスの発生ピークが認められた。大量の雨水流 入により、廃棄物層内が嫌気性から好気性に移 行したと考えられる直後に顕著な硫化水素ガス の発生が見られたことから、好気性菌の代謝産 物や菌体が、嫌気条件形成後に硫酸還元菌の炭 素源として供給された可能性が考えられた。
図2 模擬槽の硫化水素発生状況
図3 有機物添加によるガス発生
図4 通気による硫化水素分解
図5 SC 剤による硫化水素の発生抑制効果
―1 9―
図3に有機物添加による硫化水素発生試験結 果を示す。廃棄物由来と考えられる有機物質数 種からは硫化水素の発生が確認された。特に廃 棄物の微生物分解産物と考えられる有機物質
(グルコン酸、エタノール、ブタノールなど)
からは、1 0 0 0 0
ppmを超える硫化水素ガスの発 生が確認された。
図4には水酸化
Ca固定による、硫化水素の 曝気処理の結果を示す。水酸化
Ca添加後は曝 気処理中の硫化水素は全く検出されなくなった ため、処理液を閉鎖容器に分取し、塩酸を添加 して硫化水素ガスを発生させその濃度を測定し た。本方法により、3−4時間の曝気処理で硫 化水素は消失することが確認された。一方、鉄 材を用いても硫化水素の分解が認められたが、
同時に毒性のある硫化カルボニル(COS)の発 生が確認され、投入した鉄材が何らかの触媒作 用を示したものと考えられた。
図5は市販の
SC剤を用いた硫化水素の発生 抑制効果を示したものである。模擬槽浸出水を 用いた硫化水素発生試験において、SC 剤の添 加により硫化水素のピーク濃度を半値以下に抑 制できることが示された。しかし、さらに効果 を高めるためには
SC剤の使用量を廃棄物処分 場の特質に合わせ最適化する必要があり、今後 の課題と考えている。
以上のように、最終処分場において硫化水素 が発生する要因や発生時の対応策について徐々 にではあるが明らかになりつつあり、本問題の 早期解決に繋がることを切に願っている。
―2 0―
ゴルジ体構造維持における新規ゴルジ体局在タンパク質の役割
高機能物質研究所 医学部助教授 三 角 佳 生
はじめに
細胞内小胞輸送の中心に位置するゴルジ体は 常に一定の構造を保っている。動物細胞のゴル ジ体は両端が少し膨らんだ扁平な嚢(cisterna)
が重なった層板(Golgi stack)とその周りの小 胞からなり、この層板は小胞体からタンパク質 を受け取るシスの嚢と送りだすトランスの嚢、
その間のメディアル嚢に分極している。シス側 にはさらに5 0〜7 0
nmの小胞と、窓の開いた嚢 を持つ、シスゴルジ網 (CGN: cis-Golgi network)
が、トランス側には小管、小胞が網状に繋がっ た構造、トランスゴルジ網 (TGN: trans-Golgi net-
work)が発達している(図1)
。
構造的な分極に沿ってゴルジ体の決められた 場所でタンパク質の糖鎖のプロセシング、前駆 体タンパク質の切断などのゴルジ体特有の働き がおこなわれる。 「小胞輸送」で大量のタンパ ク質(積荷)や脂質のゴルジ体への出入りの中 でのゴルジ体の機能と構造の維持機構に関わる 分子について、我々の研究を中心に概説する。
ゴルジ体と Golgins
ゴルジ層板の各嚢は一定の間隔を保っていて、
電子顕微鏡による観察からこの嚢間部分を橋渡 しする構造の存在が示唆されてきた。1 9 9 0年こ ろからゴルジ体の層板構造の形成・維持機構を 解析する目的で新しいゴルジ体タンパク質の検 索が行われてきた。その結果、これまでに
βIΣspectrin
を始め十数種の新しいタンパク質が発
見された(表1) 。これらの中には
C末端に膜 貫通領域をもつものもあるが、ほとんどが表在 性タンパク質であり、いずれもゴルジ膜細胞質 側に局在する。また、これらのタンパク質はい ずれも長い
coiled-coil領域をもち、二量体また は多量体を形成する例が多い。最近、これらの タンパク質を総称して
golgin familyと呼ぶこと が提案されている。
Giantin
これらのうち
GCP3 7 2は
C末端の疎水性領域 でゴルジ膜に結合する膜貫通型タンパク質であ る
!。GCP 3 7 2は
Hauri等によりゴ ル ジ 体 に 対 研究機関近況
高機能物質研究所
図1 蛍光顕微鏡と電子顕微鏡によるゴルジ体像および模式図
―2 1―
するモノクローナル抗体によって同定された
giantinと同一のタンパク質であった(以下
gian- tin)。giantin は
COPI小胞に結合していて
p1 1 5 を介してゴルジ膜への小胞の係留に働くと考え られている。本タンパク質はゴルジ層板にも局 在していて、ゴルジ膜へのターゲティングには 必ずしも膜貫通領域は必須ではなく、隣接する
coiled-coil領域が重要な役割を果たしているこ とがわかった
"。さ ら に、わ れ わ れ は
giantinのゴルジ局在化領域に結合する新規タンパク質 と し て
GCP6 0を 同 定 し た
#。GCP 6 0の 過 剰 発 現によってゴルジ体が解体させることから、
GCP
単独あるいは
GCP6 0/giantin 複合体はゴ ルジ層板構造の維持に機能していることが示唆 される。
GCP1 7 0/golgin-1 6 0
GCP
1 7 0は代表的なゴルジ膜表在性タンパク 質 で あ り"、golgin 1 6 0お よ び
Mea2と 同 一 タンパク質である。最近、アポトーシス関連タン パク質分解酵素カスパーゼ2がゴルジ体に局在
し、その標的タンパク質が
GCP1 7 0であること がわかった。カスパーゼによる切断は
GCP1 7 0 の
N末近傍でおこり、その切断部分に変異を 導入し、 カスパーゼ2抵抗性にすると、 アポトー シスによるゴルジ体の解体が阻止されることが 示された。われわれは
GCP1 7 0のゴルジ膜局在 化領域を決定し、その領域に結合するタンパク 質として
GCP1 6を同定した。このタンパク質 はアシル化をうけてゴルジ膜に強固に結合し、
過剰発現によりゴルジ体から細胞表面への輸送 を阻害することがわかった
$。このことは
GCP1 7 0がゴルジ体の構造維持に働くと共にゴルジ 体における順行輸送に関係していることを示唆 している。
他の Golgin family タンパク質
golgin family
のうち特に解析が進んでいるタ ンパク質として
GM1 3 0/GCP 1 1 2、p 1 1 5と一連 の
GRIP domainを持つ
golginsが挙げられる。
GM
1 3 0および
GRASP6 5はシスゴルジ領域に局 在し、ゴルジ体の重層構造の形成に必須な因子 表1 coiled-coil 領域を持つゴルジ体局在たんぱく質(golgin family)
タンパク質名 局 在 特 徴
gianti/GCP
3 7 2 ― 膜貫通領域
p1 1 5と結合
golgin-
2 4 5/p 2 3 0
TGN GRIPドメイン
GMAP
2 1 0
CGN微小管と結合
βIΣspectrin
―
ankirinG119と結合
p
2 0 0
TGN myosin!GCC
1 8 5
TGN GRIPドメイン
GCP
1 7 0/golgin- 1 6 0 ― 精子形成、アポトーシスとの関連
GM
1 3 0
cis-Golgi GRASP6 5、p 1 1 5と結合
p
1 1 5
cis-Golgi GM1 3 0、rab1と結合
golgin-
9 7
TGN GRIPドメイン
GCC
8 8
TGN GRIPドメイン
golgin-
8 4
cis-Golgi膜貫通領域
rab1と結合CASP
― 膜貫通領域
GRASP
6 5
cis-Golgi GM1 3 0と結合
GCP
6 0 ―
giantinと結合
GRASP
5 5
medial-Golgi golgin4 5、rab2と結合
golgin-
4 5
medial-Golgi Grasp5 5と結合
―2 2―
であることが明らかにされている。小胞輸送因 子
p1 1 5は 小 胞 側 の
giantinと マ ト リ ッ ク ス の
GM1 3 0と 結 合 し
giantin-p1 1 5
-GM1 3 0
-GRASP6 5 複合体を形成することによって、小胞をゴルジ 膜に繋留するとされている。
TGN