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勧め表現再考

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全文

(1)

要 旨

 〈勧め〉には、当為判断形式が使用される「助言型勧め」と、動詞の依頼形、

命令形、否定疑問形が使用される「申し出型勧め」の2タイプがある(齋1999)。

齋によれば、この2つは相補的に用いられるとされるが、互換性をもつ場合も少 なくない。本稿は、場面や談話参加者の属性・関係性を一定の条件に統一して作 成した14の談話例を用い、2つのタイプの選択傾向やその容認度の観察を行った。

そして2タイプの選択に関与する語用論的要因を分析し、〈勧め〉という発話機 能における2タイプの特性とその相違を指摘した。

キーワード:助言型勧め 申し出型勧め 行為指示表現 語用論的要因

1 .問題の所在

 〈勧め〉

1)

という発話行為に用いられる日本語の代表的な表現形式として、 「{ス レバ/シタラ/スルト}イイ」や「{シタラ/シテハ}ドウカ」など、条件接続 形式が使用された複合述語がある。また、「シテクダサイ/オ~クダサイ」とい う依頼形式が使用された発話が〈勧め〉に使用される場合もある。齋(1999)は、

前者のような当為判断形式が使用された「勧め」と、後者のような依頼形式や動 詞の命令形・否定疑問形が使用された「勧め」を区別し、それぞれを「助言型勧 め」「申し出型勧め」と呼び、この 2 タイプは相補的に使用されるとしている。

だが、この2つが互換的に使用可能なケースも観察され、〈勧め〉という発話機 能の特性、およびそれを担う言語形式の対応関係は、依然として不明な部分も多 い。本稿は、こうした研究の現状の認識に基づき、上記2タイプの使い分けに関 与する語用論的要因を明らかにし、〈勧め〉という発話機能の本質への接近を目 的とするものである。以下では、本稿のテーマ選択のきっかけとなった事例を紹

勧め表現再考

―「助言型勧め」と「申し出型勧め」の選択に関与する語用論的要因―

蓮 沼 昭 子

(2)

介しておきたい。

 2019年7月中旬にトランプ米大統領がTwitterに書き込んだ非白人女性下院議 員に対する差別発言が、内外のニュース報道を賑わせたことがあった。次の(1) はTwitterに書き込み直後の記者会見での大統領の発言と、インターネットで配 信された動画のテロップに流れた日本語訳である(英文は動画の音声を筆者が文 字化したものである)。

(1)[2019年7月15日ワシントンでの記者会見(2019年7月16日発表)]

If you're not happy in the US, if you're complaining all the time, very simply, you can leave, you can leave right now.

【字幕】アメリカで幸せじゃないなら、四六時中文句を言っているなら、

単純に出て行けばいい今すぐにでも。

<https://www.bbc.com/japanese/48999036>

次の(2)は、上記の発言をめぐる日本の新聞のウェブ版の記事である。

(2)[見出し]米下院、大統領非難の決議非白人議員への発言「人種差別」

2019年7月17日 午前9時57分「福井新聞」

【ワシントン共同】米下院は16日、トランプ大統領が民主党の非白人女 性議員4人に対し「国を出て行け」と述べた発言について、「人種差別 だ」と非難する決議案を賛成多数で可決した。下院で多数派の政権野 党・民主党議員に加え、与党の共和党4人、無所属1人が支持に回った。

与党の一部議員にも批判の声が広がっており、問題の深刻さが浮き彫り となった。

 決議は「非白人に対する脅威や憎悪を増幅させたトランプ大統領の人 種差別的な発言を強く非難する」と指摘。民主党のペロシ下院議長は採 決に先立ち、トランプ氏の発言は「恥ずべき、吐き気のするものであり、

人種差別だ」と訴えた。

<https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/896181>

 この時のトランプ大統領の発言には、時期と場所の異なるいくつかのバージョ

2)

があり、(2)で用いられた「国を出て行け」がどの英語表現の和訳なのか

は定かでないが、仮に、どちらも(1)の“you can leave”に対するものだとすれば、

(3)

(1)と(2)では、「出て行けばいい」「出て行け」のように、全く異なる日本語 に翻訳されていることになる。

 上記の例は、日本語の「スレバイイ」と「シロ」、すなわち条件形式が使用さ れた当為・評価的判断形式と動詞の命令形という、異なる言語形式が担う発話機 能の近似性を示唆するとともに、〈勧め〉と〈命令〉の根本的差異の確定という、

新たな課題を提起するものである。この点については中村(2002: 96)に、次の ような非常に示唆的な指摘がある。

(3)「静かにしたら?」とか「静かにしない?」とかいうのも、さらに「静 かにできない?」と声を大きくするのも、相手の意向を尋ねているので はなく、要するに「静かにしろ」と命じているのである。

 「行為要求表現」の機能と表現形式は、 「多対多の対応関係」 (高梨2011)をもち、

複雑な様相を呈するものだが、〈依頼〉に限って言えば、その機能と言語形式の 対応関係は、かなり明らかになっていると言える。一方、〈勧め〉に目を向けて みると、その機能と言語形式の対応関係を本格的に取り上げた研究は数えるほど しかない。かなり古いものだが、英語の発話行為の研究成果を日本語に適用した 研究として、山梨(1986)がある。そこでは“advising”に「忠告」という日本語 の訳語が当てられているが、これが日本語として的確な名称であるとは必ずしも 言えないだろう。また、「助言」「忠告」「勧告」「推薦」「推奨」「提案」といった 語は、相互の機能的近似性を示唆するものだが、それぞれは、〈勧め〉の下位類 型として位置づけられるものなのか、またその違いは何かといった疑問に対し、

明確な定義づけや説明を行っている研究は、管見の限り見当たらない。日本語の 発話行為・談話研究において〈勧め〉表現の研究は、依然、発展途上の段階にあ るように思われる。

 本稿は、こうした状況を一歩でも前進させるために、齋(1999)によって区別 された「助言型勧め」「申し出型勧め」の選択に関与する語用論的要因の分析を 行う。具体的には、「助言型」に属する「シタラ/シタラドウカ/シタライイノ デハナイカ」、 「申し出型」に属する「シテクダサイ/オ~クダサイ」を用いた〈勧 め〉の談話例を作成し、それに対する筆者の容認判断の結果に基づき、2タイプ の選択傾向を観察する。さらに、選択に関与する語用論的要因を分析し、〈勧め〉

という発話機能の本質への接近を目指す。

 本稿の構成は以下の通りである。2節では先行研究を紹介し、残された課題を

(4)

指摘する。3節では、本稿が作成した談話例に対する容認度テストの結果を示す。

4節では2タイプの選択に関与する語用論的要因について考察し、5節で全体のま とめを行う。

2 .先行研究

 豊富とは言えない日本語の〈勧め〉表現の研究の中で、その全体像を見据えた 研 究 と し て、 姫 野(1997、1999、2000)、 高 梨(1995、1996a、1996b、2010、

2011、2018)、齋(1999、2014)がある。また、終助詞化した条件表現が行為要 求を表す場合を扱った研究として、元(2010)がある。ここでは、姫野(1997、

2000)と齋(1999)を紹介しておきたい。

2.1 「行為指示的発話行為」の分類と言語形式の対応

 まず、姫野(1997)の「行為指示的発話行為」の分類と、そこで使用される言 語形式の対応関係を確認しておきたい。表1は、姫野(1997)の「行為指示的発 話行為」の分類(レイアウトを若干変更)、表2は、表1のそれぞれの発話行為に おいて使用される言語形式の対応関係を示したものである。(1)~(4)の例文、

およびその容認度の判定は、どちらも蓮沼による。

表1 行為指示的発話行為の分類(姫野1997: 173)

決定権者

話し手 聞き手

受益者 話し手 命令的指示 依頼

聞き手 恩恵的指示 勧め

表2 行為指示的発話行為と言語形式の対応 命令的 指示 恩恵的

指示 勧め 依頼

てください ○ ○ ○ ○

お~ください ○ ○ ○ ×

てくださいませんか × × × ○

○は使用可能、×使用不可能(??の場合も含む)

(5)

(1)優先席の近くでは、携帯電話の電源を{切ってください/お切りくださ い/ ??切ってくださいませんか}。 〈命令的指示〉

(2)[医者から患者へ]

  今晩は、飲酒や入浴は{控えてください/お控えください/ ??控えて

くれませんか} 〈恩恵的指示〉

(3)遠慮なさらずにもっと{召し上がってください/お召し上がりください

/ ??召し上がってくださいませんか}。 〈勧め〉

(4)先生、推薦状を{書いてください/*お書きください/書いてください

ませんか} 〈依頼〉

 「お~ください」「てくださいませんか」の使用の可否に注目して表2を見ると、

「命令的指示」「恩恵的指示」「勧め」と「依頼」の間に対照性が観察される。す なわち、前者3つでは「お~ください」が使用可能なのに対し、「依頼」ではそ れが不可能である。一方、「てくださいませんか」は「依頼」のみで使用可能で、

他の3機能では容認不可能である。つまり、使用される言語形式から見た場合、

「命令的指示」「恩恵的指示」「勧め」の類似性と、「依頼」の異質性が観察される のである。こうした事実は、行為指示的発話行為の類型において、 「勧め」が「命 令・指示」に近い性質を有していることを示唆するものである。なお、「てくだ さい」は非常に汎用性が高い形式で、4つのすべての発話行為で使用可能である。

2.2 姫野(2000)

 次に、「勧め」の表現形式の分類を試みた、姫野(2000)を紹介しておきたい。

この研究は、自らが定義した「勧め」という発話行為の遂行に使用された、207

例の小説の会話文を、文の類型と「勧めの力」の違いに基づき、分類整理したも

ので、以下の表3がその結果である。

(6)

表3 勧め形式の関係(姫野2000: 10)

弱   ←    勧めの力    →     強

命令文型

命令形・禁止形 なさい

て/ないでください お~て

ママ

ください

3)

平叙文型

ほうがいい ば/と/たらいい ないと/なきゃだめだ ことだ

んだ

疑問文型 するか たらどうか ないか

 姫野は「勧め」を「行為者、受益者、決定権者がすべて聞き手である働きかけ」

(p.9)と広義に捉えており、その結果、該当する表現形式の種類も多い。すなわ ち、「勧め」は命令文、平叙文、疑問文のいずれによっても表現可能なもので、

このことは上の表で挙げられている表現形式の多様さに現れている。姫野は文の 類型による「勧め」の違いにも言及し、判断をそのまま差し出している平叙文型 は「忠告・助言」を表すのに対し、聞き手に問いかける疑問文型は「提案」と呼 ばれるにふさわしいと述べている。それぞれの機能に対し厳密な定義づけは示さ れていないものの、こうした指摘は、文類型や使用場面の違いにより、「勧め」

はさらに下位の類型に細分化が可能であることを示唆し、姫野(2000)では、そ の上位に位置する発話機能として、「勧め」が捉えられてことを示唆するもので ある。

2.3 齋(1999)

 「勧め」の研究における齋(1999)の最大の貢献は、従来、別々に扱われてき た「当為判断形式」「提案形式」を使用した「勧め」と、動詞の命令形(依頼形 式を含む)や否定疑問形を使用した「勧め」を、「助言型勧め」「申し出型勧め」

という、2 つの異なるタイプに分け、その特徴と関係を明らかにした点である。

その解説の前に、齋における「勧め」の位置づけを確認しておこう。齋は、柏崎

(1993)の図に変更を加え、「働きかけ文」における「勧め」を図1のように整理

している

4)

(修正が加えられた、齋(2002)の図を使用)。

(7)

話し手利益・聞き手負担 依頼

選択性・随意性0   命令       選択性・随意性大   強制力大      強制力0

すすめ 聞き手利益

図1 動作主体が二人称のはたらきかけの分類(齋2002: 169)

 齋が提起した「助言型勧め」「申し出型勧め」という「勧め」の2タイプの特徴、

および使用される言語形式は以下のようなものである。

  「助言型勧め」:聞き手にとって望ましいと話し手が判断した行為を働きかけ るもの。利益は勧め手が与えるものではなく、当該行為の遂 行によって得られる。

    言語形式:シタ方ガイイ・スルトイイ・シタライイ・スレバイイ・スル ベキダなど(当為判断形式)

       シタラドウカ・シテハドウカ・シタラ(提案形式)

  「申し出型勧め」:聞き手にとって望ましいとされる行為の決定権が話し手に 属する時、話し手の好意から、その行為をするように聞き手 に働きかけるもの。話し手の好意の提供を伴い、それが聞き 手にとっての利益となる。

    言語形式:オ~クダサイ・シテクダサイ(依頼形式)

       シロ・シナサイ(動詞の命令形)

         シナイカ(動詞の否定疑問形)

 齋は、「助言型勧め」と「申し出勧め」の差異として、前者は主に文法的な条 件に依存する「勧め」であるのに対し、後者は大きく場面に依存する「勧め」で あり、2つは異なる役割をもち、ほぼ相補的に使用されるという。そして、「勧め」

は受益者が聞き手であるという特徴によって他と区別されるべきものであり、強

制力の強いものから弱いものまで様々な個別形式が存在すると述べている。同じ

ような場面に「助言型」「申し出型」のどちらの型の勧めも現れることがあるが、

(8)

その使い分けは、「勧める行為の決定権が、話し手と聞き手のどちらに属すると 認識するかによ」る(齋1999: 97)とされる。すなわち、依頼形式が使用された、

(6)の「申し出型勧め」では、聞き手の行為の決定権は話し手の側にあるのに対 し、当為判断形式が使用された(5)の「助言型勧め」の例は、異なる意味をも つという。だが、(5)における「行為の決定権」の所在について、明示的な言及 は見当たらない。

(5)座った方がいいよ

(6)どうぞお座りください

 齋は「勧め」の定義を「動作主体が2人称の働きかけのうち、聞き手が行為す るかしないか選択する自由があり、その行為によって聞き手が利益を受けるとい う意識を持つもの」 (齋1999: 96)としている。この定義に基づき推測すれば、 (5)

における行為決定権者は、聞き手であると理解するのが妥当だと思われるが、だ とすると、 (6)における行為決定権者が話し手であるという説明は、齋自身の「勧 め」の定義と矛盾することになる

5)

 2.1で示した姫野(1997)の表1で明らかなように、 「勧め」は、 「受益者聞き手・

決定権聞き手」の場合の行為指示的発話行為として定義づけられるものである

6)

。 したがって(6)に対する齋の説明は、齋自身ばかりでなく、「勧め」に対する一 般的な定義とも矛盾するものであり、「申し出型勧め」に対する齋の把握には疑 問を抱かざるを得ない。この問題は本稿における重要な検討課題として、4節と 5節で再度取り上げることにしたい。

 〈依頼〉に関する研究の豊富さに比べると、〈勧め〉の分析は、日本語研究にお いてあまり充実していないという印象があるが、その原因は、〈勧め〉という発 話行為に関与する語用論的要因の分析が、その複雑さゆえ、先送りにされてきた ことに一因があるように思われる

7)

。このような現状に鑑み、本稿が取り組むべ き課題とその分析方法を、以下に提示しておきたい。

2.4 本稿の課題と分析方法

 本稿では、以下の課題と分析方法を提示し、それに基づき考察を進める。

1.齋(1999)によって区別された「助言型勧め」と「申し出型勧め」が互

換性をもつ場合とそうでない場合を観察し、その使い分けに関与する要

(9)

因を分析する。

2.分析の方法として、話し手・聞き手の社会的上下・親疎関係、話し手の 人物特性、具体的な談話場面を設定し、「助言型勧め」「申し出型勧め」

の作例を使い、その容認度を検討する。

3.観察・分析の観点は、言語形式の機能への対応という方向で行う。すな わち、話し手と聞き手の社会的関係、場面、言語形式を一定のものに設 定した上で、当該の場面で「助言型勧め」「申し出型勧め」のどちらが 選択されやすいかの傾向性、およびその選択要因を観察する。

3 .「助言型勧め」と「申し出型勧め」の容認度とその選択要因

 この節では、筆者が作成した「助言型勧め」「申し出型勧め」の談話例と、そ れに対する筆者の内省に基づく容認度テストの結果を示す。

 〈勧め〉であるか否かという、発話機能の判定は、牧野(2008b)の以下の理 念図を基準として採用し、姫野(2000)の「行為者、受益者、決定権者がすべて 聞き手である働きかけ」という〈勧め〉の定義を参照し談話例を作成した

8)

非聞き手利益

        《命令指示》       《依頼》

選択権      選択権  無      有        《聞き手利益命令》         《勧め》

聞き手利益

図2 発話機能の分類(牧野2008b: 11)

3.1 「助言型勧め」「申し出型勧め」の談話例とその容認度

 「助言型勧め」「申し出型勧め」の相違を明らかにするために、具体的な場面に おける談話例を作成した。談話例は、以下のような談話参加者の属性や場面を想 定して作成した。

① 社会的地位・年齢などの点で、話し手が上位、聞き手が下位(S>H)

(10)

の関係

② 親疎関係には幅があるが、丁寧体が使用される、やや疎の関係を想定

③ 話し手の人物像としては、下位の相手にも丁寧体を使用する品位ある言 葉遣いをする人物を想定

④ 談話参加者の属性と談話場面:職場の上司から部下へ、教師から学生 へ、ホストから訪問客へ、など

 以上の点を念頭におき、特定の話し手と聞き手の対面場面での談話例を作成し た(表4参照)。例文番号に後のAとBは、それぞれ「助言型」「申し出型」の述 語形式が使用された例であることを示す。なお、〈勧め〉との相違を観察する目 的で、14 の談話例には、発話機能が〈命令指示〉の[1][2]、および〈放任〉

の[14]を加えた。〈命令指示〉は、図2の「非聞き手利益」「選択権無」の領域 に位置する発話であり、〈放任〉は、〈勧め〉に課される語用論的条件への違反が 認められる場合で、〈皮肉〉〈突き放し〉といった失礼なニュアンスを伴う特徴を もつ発話である。

 「助言型」の例は、汎用性の高い「タラ」を構成要素にもつ、「シタラ?」(言 いさし型)「シタラドウカ」(提案型)「シタライイノデハナイカ」(判断提示型)

が用いられた3タイプの例を作成した。用法・文体の上では、 「タラ」よりも「バ」

「ト」のほうが適切となる場合もあるが、形式の統一を優先し、ニュアンスの違

いは考慮の対象外とした。また、「シタライイ」は、丁寧さが要求される場面で

は言い切りの形では使用しにくいため、すべてに「んじゃないですか」を付加し

文体を統一した。「申し出型」は、「シテクダサイ」「オ~クダサイ」が使用され

た2タイプの例を作成した。

(11)

表4 容認度テストのための談話例 発話 機能 選択権 コンテクスト 例文

番号 例文

〈命令指示〉

大事な用件の電話 中に、近くで大声 で話している聞き 手に

[1A]

[1B]

ちょっと静かに { したら?/したらどうですか

/したらいいんじゃないですか}

ちょっと静かに{してください/なさってくだ さい}

激しい口論の後

[2A]

[2B]

もう、あなたの顔は見たくない。今すぐ{帰っ たら?/帰ったらどうですか/帰ったらいいん じゃないですか}

もうあなたの顔は見たくない。今すぐ{帰って ください/お帰りください}

〈勧め〉

会議の席で筆記用 具を忘れ困ってい る聞き手に

[3A]

[3B]

このペン、{使ったら?/使ったらどうですか

/使ったらいいんじゃないですか}

よかったら、このペン、{使ってください/お 使いください}

自分の車への同乗 を誘っている

[4A]

[4B]

私の車に{乗ったら?/乗ったらどうですか/

乗ったらいいんじゃないですか}

よかったら、私の車に{乗ってください/お乗 りください}

新しい場所での生 活に不安を感じて いる聞き手に

[5A]

[5B]

困ったことがあったら、私に{連絡したら?/

連絡したらどうですか/連絡したらいいんじゃ ないですか}

困ったことがあったら、遠慮なく{連絡してく ださい/ご連絡ください}

来客に椅子を勧め る

[6A]

[6B]

こちらに{座ったら?/座ったらどうですか/

座ったらいいんじゃないですか}

どうぞこちらに{座ってください/お掛けくだ さい}

聞き手はパートナ ーとの間に問題を 抱えている

[7A]

[7B]

そんな相手なら、{ 別れたら?/別れたらどう ですか/別れたらいいんじゃないですか}

そんな相手なら、{ 別れてください/お別れく ださい}

洋服売り場で素敵 な服を見つけ欲し そうにしている聞 き手に

[8A]

[8B]

ちょっと{着てみたら?/着てみたらどうです か/着てみたらいいんじゃないですか}

よかったら{着てみてください/ご試着くださ い}

疲れた様子の聞き 手に

[9A]

[9B]

ここで少し{休んだら?/休んだらどうですか

/休んだらいいんじゃないですか}

ここで少し{休んでください/お休みくださ

い}

(12)

〈勧め〉

今日は結婚記念日 なのに、まだ仕事 をしている

[10A]

[10B]

もう{帰ったら?/帰ったらどうですか/帰っ たらいいんじゃないですか}

もう{帰ってください/お帰りください}

遠くからの訪問客 に

[11A]

[11B]

今日はもう遅いから、ここに{泊まったら?/

泊まったらどうですか/泊まったらいいんじゃ ないですか}

今日はもう遅いから、ここに{泊まってくださ い/お泊りください}

閉め切った部屋で 暑そうにしている 人に

[12A]

[12B]

暑かったら、窓を{開けたら?/開けたらどう ですか/開けたらいいんじゃないですか}

暑かったら、窓を{開けてください/お開けく ださい}

[13A]

[13B]

暑かったら、上着を{脱いだら?/脱いだらど うですか/脱いだらいいんじゃないですか}

暑かったら、上着を{脱いでください/お脱ぎ ください}

〈放任〉 話し手は聞き手の プランに反対であ る

[14A]

[14B]

そんなにやりたかったら、好きに { したら?/

したらどうですか/したらいいんじゃないです

か} そんなにやりたかったら、好きに{してくださ

い/なさって(おやり)ください}

(13)

3.2 容認度の判定結果

 筆者の内省に基づいて行った各談話例の容認度の結果を、表5に示す。

表5 使用される言語形式の容認度 (S>H やや疎の関係を想定)

ケース 例文番号

例文の動詞

助言型 (A) 申し出型

(B) 優勢な述語形式

意味的特徴 発話機能

シタラ? シタラドウカ シ タ ラ イ イ ノ デ ハナイカ シテクダサイ オ~クダサイ

Ⅰ 1 静かにする △ △ × ○ △

B型 非聞き手利益 命令指示 2 帰る(退去) × × × ○ ○

3 使う △ △ × ○ ○ B型

話し手の管理・監督 下 に あ る 物・ 場 所・

サービス等の聞き手 への提供

勧め 4 乗る × × × ○ ○

5 連絡する × × × ○ ○ 6 座る × × × ○ ○

Ⅲ 7 別れる ○ ○ ○ × ×

A型 [7]では聞き手の受 益性不明 8 着てみる※ ○ ○ △ × ×

9 休む ○ ○ △ ○ ○ A型 B型

助言に基づき聞き手 が実行した行為の結 果が本人の利益とな ると話し手は想定 10 帰る(早退) ○ ○ △ ○ ○

11 泊まる ○ ○ △ ○ ○ 12 窓を開ける ○ ○ △ ○ △ 13 上着を脱ぐ ○ ○ △ △ △

Ⅴ 14 好きにする ○ ○ △ ○ ○ A型 B型 聞き手の受益性は考

慮の対象外 放任

○:使用可能 △:状況によって使用可能 ×:使用不可能/不自然

※「着てみる」は、洋服売り場の店員が客に試着を勧めるような場面であれば、「申 し出型」も使用可能。 例:よろしかったら{着てみて/ご試着}ください

 「助言型」「申し出型」の選択傾向を、表5での容認判断に基づき整理すると、

次の5つのケースに分類することが可能である

9)

ケースⅠ 〈命令指示〉の談話例:「申し出型」が優勢な場合

ケースⅡ 〈勧め〉の談話例:「申し出型」が優先的に選択される場合

ケースⅢ 〈勧め〉の談話例:「助言型」が優先的に選択される場合

ケースⅣ 〈勧め〉の談話例:両タイプが使用可能な場合

(14)

ケースⅤ 〈放任〉の談話例:両タイプが使用可能な場合

 次節では、上記5つのケースのそれぞれに属する談話例を観察し、 「助言型勧め」

「申し出型勧め」の選択に関与する語用論的要因の分析を試みることにしたい。

4 .考察

 この節では、3.2 の 5 つのケースの談話例を挙げながらその特徴を解説し、各 ケースにおける「助言型」「申し出型」の選択傾向や、選択に関与する語用論的 要因の分析を行う。なお、「助言型」の「シタライイ」は、「何らかの課題を有し ている聞き手に対し、その達成手段を提示する」(高梨1996: 9)場合に使用され るもので、そうした文脈がない場合は使用されにくい。また、聞き手の取るべき 行動について話し手の評価的判断を述べるという点で、「ノデハナイカ」を付加 したとしても、待遇的に不適切になる場合が多く、無条件で容認可能だと判断さ れるのは、[7A]のみである。以下では[1A][2A][7A]を除き、「助言型」

の例では、「たらいいんじゃないですか」の例示は省略する。なお、表5で容認 度が×の言語形式が使用された例には、冒頭に*を付けそれを示す。記号が付さ れていないものは、容認度が○か△の例である。

4.1 ケースⅠ 〈命令指示〉において「申し出型」が優勢な理由

 [1][2]は、聞き手における行為の選択権や利益がないことが想定された〈命 令指示〉の談話例で、「申し出型」の使用が優勢な場合である。

[1A]ちょっと静かに{したら?/したらどうですか/*したらいいんじゃ ないですか}

[1B]ちょっと静かに{してください/なさってください}

[2A]もう、あなたの顔は見たくない。今すぐ{*帰ったら?/*帰った らどうですか/*帰ったらいんじゃないですか}

[2B]もうあなたの顔は見たくない。今すぐ{帰ってください/お帰りく ださい}

上記4つの談話例では、B型の「シテクダサイ」の使用が自然である。その理

由は、どちらも実質的には〈命令指示〉の発話だからである。[1 B]は、大声

で話している相手に、行動の阻止を求めるもので、「大声で話すのをやめろ/黙

(15)

れ」といった〈禁止〉に近い表現である。[2B]は、怒り心頭に発した話し手が、

聞き手に部屋からの退去を命ずるもので、ほとんど「出て行け」に等しい表現で ある。この場合、丁寧な「シテクダサイ」が選択されるのは、話し手の品位保持 や丁寧表現による遠隔化が意図されているからである。

 例えば、[1 B]で「静かにしてください」が選択されるのは、話し手の品位 保持がその動機になっていると考えられる。依頼表現は、本来は聞き手に選択の 余地を与えない〈命令指示〉を、聞き手に選択権があるかのような表現に変え、

強制的・高圧的なニュアンスを覆い隠す効果をもつからである。自己の品位保持 に慎重な話し手であれば、B型の「シテクダサイ」を選択する可能性が高いのは そのためである。一方、怒りで感情が抑えられない状況や、家庭内での会話であ れば、「静かにしたら?」「静かにしたらどう?」も十分に使用可能である。

 [2]では、話し手の怒りの程度は、[1]とは比較できないほど強く、[2 B]

では「帰ってください」ばかりでなく「お帰りください」も使用可能だと思われ る。尊敬語のもつ遠隔化の効果により、聞き手を切り捨てる冷淡な態度をいっそ う強く表出することが可能だからである。[2 B]での「テクダサイ/オ~クダ サイ」は、見かけは依頼表現だが、その実質は丁寧な〈命令指示〉であり、強い 憤りの表明には、「申し出型」の使用がふさわしいと言える。一方、当該の行為 を1つの選択肢として提案する助言型の[2A]は、この場面では不自然である。

 なお、 [1A][2A]で、 「シタライイノデハナイカ」は不自然だが、その理由は、

[1][2]は、聞き手に選択の余地を与えず、発話の場における行為の即座の中止・

実行の指示を表す〈命令指示〉の意図を表す場面だからである。「シタライイノ デハナイカ」は、聞き手の行為に対する話し手の評価的判断を提示する〈提案〉

や〈助言〉に近いものであり、当該のコンテクストにはそぐわないものとなる。

[1][2]のどちらにおいても使用不可能なのはそのためである。

4.2 ケースⅡ 「申し出型勧め」が優先的に選択される場合

 ここに属する談話例は[3]~[6]の談話例で、「申し出型勧め」が優先的に 選択される場合である。齋(1999)が指摘する「申し出型勧め」の特徴がすべて 当てはまるケースで、招待や饗応場面における椅子や食べ物の提供、入室の勧め 等、話し手の好意に基づく物やサービスが提供される場合である。椅子や飲食物、

嗜好品などの提供であれば、実物を指し(あるいは手に取り)「どうぞ」と言う だけでも、〈勧め〉は成立する。ケースⅡは「助言型」が使用されないケースで、

2タイプの対照性が顕著な場合である。ひとつひとつ例を挙げての説明は省略す

(16)

るが、[3]と[5B]に対し、若干の観察を行っておきたい。

 まず、「申し出型勧め」の話し手に課される制限について説明しておきたい。

「申し出型勧め」は、保護監督者・所有者・管理者的立場にある話し手から、そ の保護監督・管理下にある聞き手への〈勧め〉に使用されるのが普通で、その反 対の場合は使用されにくいという特徴もつ。[5B]を例にこのことを説明して おこう。

[5B]困ったことがあったら、遠慮なく{連絡してください/ご連絡くだ さい}

 「連絡する」は、情報の伝達行為を表すが、連絡してきた相手に対し助言や有 益な情報の提供ができる点で、広く見れば、好意の提供の事例に当てはまるケー スと言える。この場合、申し出が可能なのは、聞き手に対し、保護監督者的立場 の人物である必要がある。例えば帰国予定の留学生に対し、恩師が[5B]の発 言を行うのは極めて自然だが、反対に、自分の母国に旅行を予定している恩師に 対し、留学生が行う発言としては、やや不適切に感じられる。この場合は「いら っしゃる場合は、ご連絡いただければと思います」のような、希望表現の使用が ふさわしい。こうした表現の微妙な使い分けは、対面的会話場面では多少不適切 でも大きな問題にはならないが、電子メールなど、書記媒体を通した伝達では注 意が必要である。

 次の[3]は、 「申し出型」の[3B]の使用がふさわしい文脈だが、助言型の[3 A]も使用不可能ではないように思われる。

[3A]このペン、{使ったら?/使ったらどうですか}

[3B]よかったら、このペン、{使ってください/お使いください}

 その理由は、[3]は「申し出型」の話し手に課される、管理者・所有者という

制約を受けにくいケースだからだと思われる。ペンは話し手の所有物ではある

が、小さな物体で、それに対する所有者・管理者としての話し手の意識は極めて

希薄であり、したがって、その使用を、1つの選択肢として提案する[3A]も

十分に使用可能だと感じられる。しかし、だとしても、この程度の小さな物の提

供であれば、ペンを差し出し「よかったら、これ、どうぞ」で十分であり、この

場面では「申し出型勧め」の使用が、いっそうふさわしいと言えるのである。

(17)

4.3 ケースⅢ 「助言型勧め」が優先的に選択される場合

 「助言型」が優先的にされるのは、 [7][8]の談話例である。これらの例で、 「助 言型勧め」が優先的に選択されるのは、どちらも話し手が所有・管理する物・場 所等の提供ではなく、また、当該の行為実行が聞き手の利益に結びつくかどうか が自明ではない文脈だからである。まず、[7]の例から観察しておこう。

[7A]そんな相手なら、{別れたら?/別れたらどうですか/別れたらいい んじゃないですか}

[7B]そんな相手なら、{*別れてください/*お別れください}

 まず、 「申し出型」の[7B]が使用不可能な理由から考えてみよう。[7B]は、

「よかったら、別れてください」が使用できないことからも明らかなように、「パ ートナーと別れる」ことが無条件に聞き手の利益につながるという想定は通常成 り立たない場合である。そして、聞き手の受益性が自明でない場合に、あたかも 聞き手に選択権と受益性があるかのような言い方でその実行を勧めることは、無 責任かつナンセンスな行為だといえる。「申し出型勧め」が排除されるのはその ためである。

 一方、助言型の[7 A]の「別れたら?」「別れたらどうですか」は、聞き手 の意向を尋ねる形で1つの選択肢の提示を行うものである。3つ目の「別れたら いいんじゃないですか」は、聞き手の取るべき行動に対する話し手の評価的判断 を提示するものである。表 5 では、3 形式とも一応、使用可能としてはいるが、

いずれも聞き手の受益性が自明とは言えない行為の実行の提案や判断の提示を行 うものであり、これを〈勧め〉に入れる妥当性については、さらに検討が必要で ある。また、「別れたらいいんじゃないですか」は、聞き手の行動に対し当為的 評価を行っている点で、私的領域の侵害につながりかねない無礼な発言とも言え る。〈勧め〉が転用され〈皮肉〉〈侮り〉を表す例として別扱いすべきなのかもし れないが、容認判断において[14]との相違が認められるため、暫定的にケース

Ⅲに入れたものである。次に[8]の談話例を観察してみよう。

[8A]ちょっと{着てみたら?/着てみたらどうですか}

[8B]よかったら{*着てみてください/*ご試着ください}

 [8]では、話し手の役割によって、選択される勧めのタイプに相違が生じるが、

(18)

表5の容認判断は、話し手が聞き手の同伴者の場合のものである。聞き手の同伴 者としての話し手が洋服売り場で助言する場合は、助言型の「着てみたら?」「着 てみたらどうですか」がふさわしく、申し出型は使用不可能である。一方、話し 手が洋服売り場の店員の場合は、助言型の「着てみたらどう(いかが)ですか」

ばかりでなく、申し出型の「着てみてください」「ご試着ください」のいずれも が使用可能となる。店員は洋服売り場の管理者として、試着室や商品の管理を担 当する人物だからである。

4.4 ケースⅣ 両タイプが使用可能な場合

 「助言型勧め」「申し出型勧め」のどちらもが使用可能なのは、[9]~[13]の 談話例である。これらの例は、当該の行為が聞き手にとって望ましいもので、聞 き手が喜んでそれを実行するはずだという、話し手の強い想定がある場合で、 「助 言型」の「シタラ?」「シタラドウカ」は、1 つの選択肢として提案する形で聞 き手に勧める場合に選択される。一方、「申し出型」は、上記と同様の想定の下、

保護監督者・管理者・サービス提供者といった立場にある話し手が、聞き手に実 行を促すような場合に選択される。

 [9]を例にとり、「助言型」と「申し出型」の意味・用法の相違を確認してお こう。

[9A]ここで少し{休んだら?/休んだらどうですか}

[9B]ここで少し{休んでください/お休みください}

 「助言型」の[9A]は、「休むことは聞き手を利する行為である」という話し 手の肯定的な想定に基づき、1つの選択肢として聞き手の意向を尋ねる形で提案 する勧め表現で、話し手・聞き手の親疎関係以外の制約は受けないように思われ る。「休んだら?」は「親」、「休んだらどうですか」は「やや疎」という違いは あるが、話し手・聞き手の社会的な役割関係の制約はあまり受けないように思わ れる。一方、[9 B]を使用する話し手は、聞き手に対し、保護監督者、管理者 的な立場にある人物である必要がある。例えば、看護師が保健室での休憩を勧め る場合は[9B]がふさわしく感じられるが、[9A]はそうした制限を受けず、

場所の管理者・外部者のどちらの話し手でも使用可能である。

 [10][11]も[9]の類例で、申し出型の[10 B] [11 B]は、それぞれ職場

の上司から部下、ホストから訪問客への勧めでないと使用しにくいが、助言型の

(19)

[10A][11A]は、そうした制約を受けず、人間関係に応じた文体が使用され ていれば、話し手の社会的役割に関わりなく使用可能だと思われる。

[10A]もう{帰ったら?/帰ったらどうですか}

[10B]もう{帰ってください/お帰りください}

[11A]今日はもう遅いから、ここに{泊まったら?/泊まったらどうですか}

[11B]今日はもう遅いから、ここに{泊まってください/お泊りください}

 最後に、ケースⅣにおける興味深い例を観察しておきたい。[12][13]の談話 例だが、社会的上位者から下位者への〈勧め〉であれば、比較的問題が少ないが、

その逆は成立しないことを鮮明な形で示す好例である。次の[12B]は、Ohso

(1983)の先駆的研究で挙げられている例である。

[12A]暑かったら、窓を{開けたら?/開けたらどうですか}

[12B]暑かったら、窓を{開けてください/お開けください}

 [12]で〈勧め〉の発言ができるのは、場所が教室であれば教師から学生に対 してであり、逆の場合は、[12A][12B]のどちらも使用不可能である。窓を 開けることにより、教室の不快さが改善され、それが聞き手に利益をもたらすこ とが明らかだとしても、社会的地位の下位者から上位者に行為の実行を勧めるこ とは、待遇的に不適切と見なされる。この場合は、行為の〈申し出〉である「窓 を開けましょうか」などが適切となる。聞き手に行為を求めるのではなく、聞き 手の利益のために、話し手自らが行為の実行を請け負うのが適切だからである。

 次の[13]は、柏崎(1993)の記述を参考に筆者が作例した例である。「暑い ですね」という教師の柏崎氏の発言に対し、日本語学習者から「先生、上着を脱 いでください」と言われ、狼狽した氏の経験に基づくものである。

[13A]暑かったら、上着を{脱いだら?/脱いだらどうですか}

[13B]暑かったら、上着を{脱いでください/お脱ぎください}

 柏崎(1993: 1)は、 「上着を脱いでください」を「どうぞ上着をお脱ぎください」

に変えれば「一応場面にあった的確な表現になったであろう」と述べているが、

はたしてそうであろうか。「暑かったら」を省いた「上着を脱いでください」は、

(20)

〈依頼〉ではなく、限りなく〈命令指示〉に近い表現として解釈されるが、これ を「どうぞ上着をお脱ぎください」という丁寧な〈勧め〉表現に変えれば、的確 な表現になるかというと、筆者にはそのようには思われない。「上着を脱ぐ」と いう行為は、わずかであっても教師の負担となりうる行為であり、また「お脱ぎ ください」には「許可」のニュアンスもあり、学生から教師への〈勧め〉には使 用しにくい。「上着を脱いではいかがでしょうか」のような丁寧な助言型の表現 を使用すればいくぶん改善は見られるものの、学生が教師の服装について発言す ること自体が、日本社会でははばかられる行為であり、こうした発言は抑制され ることになるのである。

 〈勧め〉は、社会的・知的権威の上位者から下位者に向けての発言では、比較 的問題が少ないが、上位者からのものであっても、尊大さや嫌味な印象を与える 危険性を常にはらむもので、言語表現の中では、とりわけ高度な表現技術が要求 されるものと言えるのである。

4.5 ケースⅤ 〈放任〉の特徴と失礼なニュアンスが生じる理由

 〈放任〉は、〈勧め〉に課される語用論的条件の違反がある場合に生じる発話機 能で、次の例では、「助言型」と「申し出型」のどちらも使用可能である。

[14A]そんなにやりたかったら、好きに{たら?/したらどうですか}

[14B]そんなにやりたかったら、好きに{してください/なさって(おや り)ください}

 〈勧め〉は、「行為者、受益者、決定権者のすべてが聞き手である働きかけ」(姫 野 2000)と定義されるが、同時に、当該行為の実行は、話し手にとっても望ま しいこととして、肯定的に評価されていることが前提になっていると思われる。

一方、〈放任〉は、そうした前提が崩れ、話し手が望まない行為を聞き手が行お うとしている場合や、すでに実行してしまっている場合に発動する発話機能であ る。すなわち「虚偽であると思うことは言わないこと」というグライスの「質の 原則」や、リーチの「他者の利益を最大限にせよ」(気配りの原則)といった「ポ ライトネスの原理」

10)

の違反から生じる機能と言える。

 助言型の[14 A]は、聞き手の行為に否定的で、その実行が聞き手に不利益

となる可能性を予想しているにも関わらず、自分はその結果に関知しないといっ

た態度で実行を提案するという、不誠実かつ無責任な話し手の態度を表してい

(21)

る。申し出型の[14B]も、[14A]とほぼ同様の意味を表すが、依頼形を用い て積極的に実行を促している点で、話し手の冷淡さや意地悪さの度合いは[14A]

よりもいっそう強い。[14B]は、命令形の「好きにしろ/しなさい」への言い 換えも可能で、実質的な発話機能は〈命令指示〉であると言える。この〈命令指 示〉に尊敬語が使用された「好きになさって(おやり)ください」に至っては、

冷淡さ・意地悪さの度合いは頂点に達し、〈皮肉〉と呼ぶのがふさわしいケース である。

 〈放任〉〈皮肉〉などがもつ失礼なニュアンスを生み出すメカニズムの分析は、

“impoliteness”

11)

と関連づけて説明するのが適切であると考えるが、準備が不十 分な段階であり、詳しい追究は今後の課題としたい。

5 .おわりに

  本稿を結ぶにあたり、次の2点について考えておきたい。すなわち1)「シテ クダサイ」が〈命令・指示〉〈勧め〉に使用される理由、2)「助言型勧め」が失 礼なニュアンスをもつ理由、の2点である。なお、説明の便宜のために、〈命令 的指示〉〈恩恵的指示〉をそれぞれ〈命令〉〈指示〉と略称し、この2つをまとめ た機能を〈命令・指示〉で表すことにする。

 最初に「シテクダサイ」が〈命令・指示〉〈勧め〉に使用される理由やその語 用論的動機について考えておきたい。表2に示した通り、「シテクダサイ」は行 為指示的発話行為の主要な4タイプである〈命令的指示〉 〈恩恵的指示〉 〈依頼〉 〈勧 め〉のいずれにも使用可能であるが、ここでは、〈依頼〉を除く3つの発話行為 において、「シテクダサイ」が使用される語用論的動機を考えておきたい

12)

。  まず、「シテクダサイ」が〈命令・指示〉と〈勧め〉のどちらにも使用される 語用論的動機を考察する。高梨(2011)の基準に照らして言えば、〈命令・指示〉

は「話し手の強制力」が「強」で「聞き手の決定権」が「弱」の場合、〈勧め〉

は「話し手の強制力」「聞き手の決定権」のどちらもが中間的な場合に該当する

(cf.注6))。まず、前者に「シテクダサイ」が使用される動機から考えよう。

 〈命令・指示〉に本来使用される述語形式は「シロ/シナサイ」であるが、依 頼形の「シテクダサイ」は、〈命令・指示〉がもつ押しつけがましさや強制力を 減じさせる効果をもつ。その使用により、あたかも聞き手に決定権(=選択権)

があるかのような効果が生じ、そうした効果に動機づけられて用法を拡張させて きた言語形式だと考えられる。

 例えば、公的機関の窓口における〈命令的指示〉の「楷書でご記入ください」

(22)

や、医師による〈恩恵的指示〉の「飲酒は控えてください」のような例では、通 常、聞き手の選択権は想定されていないと思われるが、「シテクダサイ/オ~ク ダサイ」は、あたかも選択の余地があるかのような印象を与え、〈命令・指示〉

のもつ押しつけがましさを減じる効果をもつ。これに加え、上品な言葉遣いをす る品位ある人物という、話し手の自己イメージを演出する効果も兼ね備えてい る。「シテクダサイ」は、 「シナサイ」に替わる現代日本語の丁寧な〈命令・指示〉

を表す言語形式として、すでにその地位の確立を果たしていると言ってよいよう に思われる

13)

 一方、「シテクダサイ」が〈勧め〉に使用される動機は、〈命令・指示〉とは反 対の方向性の表現効果に動機づけられていると考えられる。高梨(2011)の分類 基準によれば、〈勧め〉は「話し手の強制力」と「聞き手の決定権」(=選択権)

が強弱の「中間」かつ「聞き手利益」の場合の発話機能だが、「シテクダサイ/

オ~クダサイ」は、聞き手の選択権を弱め、かつ話し手の強制力を強める方向、

すなわち〈命令・指示〉寄りに、その位置を移動させるような効果をもつ。聞き 手にとって望ましいことは有無を言わせずに強く勧めるのがいっそう親切な態度 だからである。

 齋(1999)は「申し出型勧め」に対し「聞き手の行為の決定権が話し手側にあ る」(p.97)という性質や、話し手の「強制力の強さ」を挙げているが、こうし た指摘は「申し出型勧め」で使用される「シテクダサイ」と〈命令・指示〉の機 能の近さを指摘したものと推察される。しかし、齋の説明は事実を正確に表現し ているとは言い難く、修正が必要である。すなわち、 「申し出型勧め」においても、

行為実行の決定権はあくまでも聞き手にあると考えるのが妥当で、話し手の強制 力が強く、聞き手に選択権がないかのように感じられるのは、「シテクダサイ」

という受益動詞の命令形を使用することにより、聞き手の選択の幅を狭め、行為 実行を強く促すという、〈命令・指示〉の表現効果が発揮されるからである。表 現形式が担う発話機能と、それが発揮する表現効果は区別して扱う必要があるの である。

 「申し出型勧め」は、親疎関係が「疎」である場合、基本的に社会的・知的権 威の上位者から下位者への使用は可能だが、その逆は成り立たない。また、話し 手に保護監督者、管理者といった社会的役割の人物を要求することは、「申し出 型勧め」と〈命令・指示〉のもつ機能的近似性という特徴から説明可能である。

 最後に、「助言型勧め」の「シタラ?」「シタラドウカ」「シタライイ」に見ら

れる失礼なニュアンスに触れておきたい。「シタライイ」は、当該の行為が「妥

(23)

当だ/望ましい」といった聞き手の行為に対する話し手の評価的判断を表すた め、本来的に聞き手のフェイスを脅かす行為(FTA)の要素を含んでいる。近 しい間柄ならともかく、丁寧形を使用したとしても、常に失礼さを伴う危険があ るもので、本稿が作成した談話例でも、「したらいいんじゃないですか」が無条 件に使用可能と判断されたのは「別れる」を使用した[7A] 1例のみであった。

また、1節の(1)に挙げた、トランプ大統領の記者会見での発言の字幕には「ア メリカが嫌なら出て行けばいい」という訳が与えられていたが、日本の新聞のウ ェブ版では、同じ発言の引用と思われる部分に「国を出て行け」という命令表現 が使用されていることからも窺えるように、聞き手の利益とならない行為の勧め は、 〈命令指示〉に該当するものである。「出て行けば?/出て行ったら?」や「出 て行ったらどうですか?」にも同様のことが当てはまる。

 〈勧め〉の転用と考えられる〈放任〉や〈皮肉〉の分析も興味をそそられる研 究テーマだが、本稿の調査は、限られた数の作例に対する筆者の内省に基づく考 察に留まった。課題は山積しているが、日本語とは異なる言語・文化における

〈勧め〉の談話行動や、それを表す言語表現の日本語との対照も興味深い。研究 方法を洗練させ、引き続き取り組んでいきたい。

1) 山岡(2000、2008)、牧野(2008a、2008b)は、《発話機能》と〈文機能〉を区別し、

それぞれを《 》〈 〉という異なるラベルによって区別している。本稿ではその区 別は行わず、発話機能のラベルとして〈 〉を使用する。なお、先行研究を紹介す る際は、原典の表記に従う。

2) トランプ大統領の発言とその日本語訳の別バージョンとしては、次のような例があ る。

(i) “Why don't they go back”「さっさと戻ったらどうだ」(2019 年 7 月 14 日 Twitter へ の書き込みとその日本語訳) <https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1907/16/

news071.html>

(ii) “Hey, if they don't like, let them leave, let them leave!”「出て行ってもらったら いい」(英文は、元となったと思われる発言の動画の音声を筆者が文字化したも の)(2019 年 8 月 10 日「琉球新報」社説)<https://ryukyushimpo.jp/editorial/

entry-969648.html>

3) 「お~てください」は「お~ください」の入力ミスではないかと思われるが、訂正は 行わずそのまま記載した。

4) 図 1 と柏崎(1993: 32)の図の相違は、「選択性・随意性」の軸における「すすめ」

の位置である。すなわち、柏崎の図において「勧め」は、縦軸の中央よりも右寄り

に位置づけられており、「依頼」よりも「選択性・随意性」が「大」であると捉えら

(24)

れているのに対し、齋の図では、「依頼」と同様に、横軸の中間的位置に置かれてい る。こうした変更は、齋(1999)では「勧め」における話し手の強制力の幅を「命令」

の領域まで拡大し、柏崎より広くとっていることに由来すると推測される。

5) 齋の定義には自己矛盾が含まれている疑いが濃い。聞き手に選択の自由があるとい う話し手の認定と、話し手に決定権があるとする判断は両立しないからである。

6) ただし、高梨(2011)は、「決定権」を話し手・聞き手の二者択一ではなく、「聞き 手の決定権」と「話し手の強制力」という、相反する要因のどちらの方が強いかと いう程度的なものとして捉え、聞き手の決定権が「強」である〈許可〉と、それが

「弱」である〈恩恵的指示〉の中間に〈勧め〉を位置づけている。そしてそれぞれの 機能の境界は連続的だとしている。

7) 英語に関して言えば、Leech(2014)では “offer” “invitation” “suggestion” “advice”

等を “politeness sensitive speech events” の事例として取り上げ、英語の例を用い て分かりやすい解説が行われている。

8) 牧野は、文自体の意味論的機能である〈文機能〉と、聞き手の存在や場面の違いを 前提として初めて発動する語用論的機能である《発話機能》を区別し、それぞれを

〈 〉《 》という異なる記号で示している。牧野は、山岡(2000、2008)の用語と 表記法を採用していることが推定されるが、その内容には相違点がある。山岡では、

〈命令〉という文機能の下に、《命令》《依頼》《提供》《助言》《忠告》《許可》等、数 多くの発話機能を所属させているのに対し、牧野(2008a)では、副詞的成分との共 起関係や述語の形態的特徴に基づき、〈命令〉と〈依頼〉を別々の文機能として立て ている。大阪方言の命令形命令「セエ」と連用形命令の「シ」は〈命令〉、テ型命令 の「シテ」は〈依頼〉の文機能をもつとし、それぞれの形式が図 2 における発話機 能のどの領域をカバーするかを検討課題に掲げ、インフォーマント調査によってそ れを明らかにしている。なお、牧野(2008a)の理念図では《非聞き手利益命令》と されていた発話機能の名称が、牧野(2008b)では《命令指示》に改称されている。

本稿では変更後の図を使用した。

9) 話し手の人物像を、下位の相手には普通体を使用し、聞き手との距離とらないよう な人物に設定すると、選択される述語形式は大きく変化する。また、品位ある話し 手であっても、怒りで感情を爆発させたような場合は、臨時的にぞんざいな文体が 使用される可能性もある。こうした容認度の変化については、必要に応じて説明の 補足を行う。

10)グライス、リーチの用語の日本語訳は、山岡ほか(2010)に基づく。

11)Leech(2014)では、Politeness and its “opposites” という1章を設け、“impoliteness,”

“sarcasm,” “conversational irony” 等 に対する解説や、2014 年までの約 20 年間にお けるこの分野の研究史の紹介があり、非常に参考になる。

12) 発話行為の分類名は、姫野(1997)のものを使用し、その分類基準としては、柏崎

(1993)、姫野(1997)、牧野(2008b)、高梨(2011)などの記述を適宜参照した。

13)森(2010)の行為指示表現の歴史的変遷の研究によれば、 「命令的指示」「恩恵的指示」

に「てください」「お~ください」の使用が観察されるのは、戦後 1940 年代生まれ

(25)

の作家の作品であるとされる。依頼形式が〈命令・指示〉に使用されるようになっ たのは、比較的新しい変化であることが分かる。

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Ohso, Mieko(1983)“Invitation, polite order, personal request and begging, ”   Papers in Japanese Linguistics Vol.9: 141-149.Tokyo: Kurosio Publishers.

(はすぬま・あきこ、姫路獨協大学・創価大学名誉教授)

参照

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