例 研 究
判
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︿判例研究﹀
日 蓮 正 宗 異 説 訴 訟
宗教団体の自律権と裁判所の審利権
宗教団体における特定人の法主の地位の存否
およびある所説の異説性について︑宗教団体内
部で自治的な解決結果が存在してしる場合には︑
裁判所は右結果を尊重し︑これを前提として裁
判をすべきであるとされた二つの事例
○東京地方裁判所平成元年三月二一二日判決・判例時報=二〇六
号一四頁・判例タイムズ六九三号七五頁(東京判決)
○松江地方裁判所平成元年二月二二日判決・判例時報=二〇七
号一二九頁(松江判決)
目次
︹はじめに︺
︹事実の概要︺
︹判決の要旨︺
一︑東京判決
二︑松江判決 桐ケ谷章 ︹研究︺
一︑背景
二︑従来の裁判例
1最高裁の判例
2判例理論の整理
3問題点の整理と残された課題
4下級審の裁判例
三︑問題点の考察
1本解説両判決の手法の特色
2﹁審判権が及ばない﹂といことの根拠
3関連判決について
四︑むすびにかえて
︹はじめに︺
宗教団体の紛争特に教義・信仰上の問題が密接にからん
だ場合の紛争ーについて裁判所の審利権がどこまで及ぶか︑
すなわち︑裁判所の審利権と宗教団体の自律権の調和をどこに
(1)求めるかは︑宗教法の分野における大きな課題の つである︒
日蓮正宗内の按斥(僧籍剥奪)処分をめぐる紛争に関連し︑
右の点についての基準を示す判決が︑松江地裁と東京地裁で相
次いで言い渡された︒
事案は︑宗教法人日蓮正宗に包括される寺院(以下︑﹁X寺﹂
という)からその住職・代表役員であった者(以下︑﹁Y﹂と
いう)に対し寺院建物(本堂および庫裡﹀の明渡を求める事件
(以下︑﹁第一事件﹂という)と︑YからX寺に対して代表役員
の地位の確認を求めた事件(以下︑﹁第二事件﹂という)であ
る︒
両判決とも事実経過︑処分事由︑訴訟における争点等は全く
同一であるので︑以下において︑﹁事実の概要﹂は両者共通の
ものとして記述する︒なお︑被処分者が︑松江事件では二人︑
東京事件では五人いたため︑松江事件では各二件(計四件)︑
東京事件では各五件(計一〇件)が併合審理のうえ判決に至っ
たものであるが︑以下の記述においては︑便宜上︑両事件とも
右括孤内に示したとおり︑第一事件の原告らとなっている寺院
らを﹁X寺﹂︑被告らとなっている元住職・代表役員らを﹁Y﹂
(2)と表示し論述していく︒
︹事実の概要︺
X寺は日蓮正宗に包括される宗教法人である︒X寺の規則に
よれば︑X寺の代表役員はX寺の住職をもって充てられ︑その
住職は住職在任中とされ︑住職は日蓮正宗の教師の資格を有す
る僧侶が就任するものとされている︒日蓮正宗の教師の資格を
有する僧侶であったYは日蓮正宗管長からX寺の住職に任命さ
れ︑右規則によってX寺の代表役員に就任し︑慣行上の権限に
基づいてX寺の寺院建物に居住していた︒日蓮正宗の宗制・宗
規によれば︑日蓮正宗の代表役員には同宗の管長の職にある者
が︑管長には法主の職にある者が各充てられることになってい
るところ︑Aは昭和五四年七月二二日︑先代法主Bの遷化に伴 い︑かねてからBより﹁血脈相承﹂を受けていたとして法主に
就任し︑同時に管長︑代表役員に就任したとされていた︒
Yは︑昭和五⊥ハ年一月=日付の通告文をもってAに対し︑
﹁貴殿には全く相承が無かったにもかかわらず︑あったかの如
く詐称して︑法主ならびに管長に就任されたものであり︑正当
な法主ならびに管長と認められない﹂旨を通告し︑その内容を
機関紙﹁継命﹂(昭和五六年一月二二日号)にて公表し︑また︑
(3)同月二一日︑静岡地方裁判所にAおよび日蓮正宗を被告とす
る訴訟を提起し︑﹁先代法主Bの生前において相承がなされた
事実は存しない﹂︑﹁Aの﹃法主﹄の地位は︑宗制宗規に基づか
ないいわば借称に過ぎず︑正当な根拠がなく﹃就任﹄したもの
であり︑A﹃法主﹄は︑本来存在しない﹂等の主張をした︒日
蓮正宗は︑Yの右言動が管長に対する誹殿・議講になると同時
に異説を唱えたことにあたるとして︑所定の手続を経て︑Yを
按斥処分に付した(これらの行為は︑同宗の宗規によりいずれ
も按斥事由とされている)︒
そこでX寺は︑右処分によりYが日蓮正宗の教師僧侶の地位
を喪失するに伴いX寺の住職・代表役員たる地位も喪失すると
共にX寺の寺院建物の占有権限をも喪失したとして︑Yに対し︑
建物明渡請求訴訟(第一事件)を提起した︒これに対し︑Yは
右処分の無効を主張し︑第一事件を争うとともに︑X寺に対し︑
X寺の代表役員等の地位確認請求訴訟(第二事件)を提起した︒
Yが本件処分の効力を争う理由は大要次のとおりである︒①
日蓮正宗では管長が懲戒処分権者であるところ︑Aの法主・管
判 例 研 究
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長への就任は無効であるからAには懲戒権限がない︒②Yの言
動は異説を唱えたことにあたらない︒③本件処分は懲戒権の濫
用である︒
しかして︑本件の争点は︑まず︑Aが正当な手続により日蓮
正宗の法主・管長に就任したか否かという点であり︑それに関
連し︑法主就任準則は﹁血脈相承﹂という宗教行為(X寺の主
張)なのか単なる﹁意思表示﹂でよい(Yの主張)のか︑﹁血
脈相承﹂であるとした場合その存否を裁判所が認定できるのか
否か︑等が争点となった︒
さらに︑YがAの法主・管長の地位を否定する主張をしたこ
とが﹁異説を唱えた﹂ことおよび﹁管長に対し︑誹殿または讃
諦をした﹂ことに当たるか否か︑という点も争点となった︒
両判決とも︑宗教団体の自治的解決の結果を裁判の前提にし
て判断すべきであるという手法を採用し︑Aが法主であること︑
Yの所説が異説であること︑などの自治的解釈の結果が存在す
ることを認定した上で︑これを所与の前提として各請求の当否
を判断した結果︑第一事件についてはXの請求を認容し︑第二
事件についてはYの請求を棄却した︒
︹判決の要旨︺
1
いて ︑東京判決
Aが日蓮正宗の法主・管長の地位に就任したか否かにつ O﹁法主の地位は宗教上の地位である﹂が︑そのような宗
教上の地位の存否についても︑﹁それが具体的な権利又は法律
関係を巡る紛争の当否を判断する前提問題としてであれば︑そ
の判断の内容が宗教上の教義の解釈にわたらない限り︑裁判所
は︑審判権を有する︒﹂本件の場合﹁Aが法主の地位に就任し
たか否かは按斥処分の効力ひいては本訴請求の当否を判断する
前提問題となり︑したがって︑裁判所は︑日蓮正宗の教義の解
釈にわたらない限り︑Aが日蓮正宗の法主の選任手続に従って
法主の地位に就任したか否かについて審理・判断することがで
きる︒﹂
⇔法主の選任手続について
ω証拠により認定した諸事実を総合すると﹁日蓮正宗におけ
る法主の選任手続は宗教行為である血脈相承によりなされると
いうべきである︒﹂それゆえ︑宗規一四条二項にいう﹁選任﹂
は﹁当代法主が次期法主に血脈相承を授けることを指す︒﹂
働Yは︑管長(代表役員)という世俗の地位の前提たる法主
の選任手続が信仰上の概念である血脈相承であるとしたならば
宗教法人法=一条の趣旨が失われると主張するが︑﹁法主選任
の手続は日蓮正宗が自由に定め得るものであり︑右手続に宗教
的要素を含むことが許されないとする理由はなく︑むしろ︑宗
教的要素の排除を求めるのは︑宗教団体の自治を侵害し︑信教
の自由を侵すおそれがある﹂からYの主張は失当である︒
日Aが先代法主Bから血脈相承を授けられて法主に就任し
たか否かについて
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ω﹁血脈相承は︑⁝⁝宗祖から歴代の法主を通して承継され
てきた宗祖の血脈を当代法主が次期法主たるべき者に承継させ
る宗教的行為であり︑血脈相承の不断は日蓮正宗における信仰
上の絶対的要請で︑その教義の根幹をなすものである︒したが
って︑血脈相承が真実行われたか否かにつき裁判所が直接審
理・判断するとすれば︑日蓮正宗の教義にかかわらざるを得ず︑
信教の自由を侵すおそれがあるといわざるを得ない︒﹂
働﹁かかる場合においては︑裁判所としては日蓮正宗の教義
の解釈に立ち入り審理・判断することを避けるべきであること
は勿論のことであるが︑宗教団体における自治と信教の自由を
尊重するため︑日蓮正宗自身が︑Aが血脈相承を授けられ法主
に就任したことを肯認しているか否かを審理することによって︑
日蓮正宗においてこれが肯認されているとすれば︑この宗教的
判断を尊重し血脈相承が存在したとされていることを前提とし
て裁判するのが相当である︒﹂
㈲﹁そこで︑日蓮正宗においてAがBから血脈相承を授けら
れて法主に就任したことが肯認されているか否かにつき考える
に﹂証拠により認定した事実によれば︑﹁Aは︑Bが遷化した
直後前法主︹先代法主の誤り︺Bから血脈相承を受けたことを
明言し︑日蓮正宗もAを法主として肯認し︑宗務⁝機関︑僧侶︑
信者も関与し︑Aの法主就任に必要な宗教上の儀式を行い︑A
も法主としての職務を執行し現在に至っており︑ただ︑Yらの
一派が就任約一年半後にAの法主としての地位を否定する挙に
出たが︑その動機も︑宗務院から正信覚醒運動の一環である第 五回全国檀徒大会の中止を命じられ︑これに違反してAから懲
戒処分を受けたことに対抗するためのものであるに過ぎないこ
とが認められる︒﹂︑﹁してみると︑Aは︑昭和五四年七月二二
日︑日蓮正宗の法主に就任するとともに︑管長に就任したと認
められるから︑Aは損斥処分権者であるというべきである︒﹂
2Yの言動が異説を唱えたことになるか否かについて
O﹁そもそも宗教団体においてある主張が異説に当たるか
否かは︑当該宗教団体が有する教義の内容と密接にかかわり合
う問題であるから︑本件のように︑異説性の存否が懲戒処分の
前提問題となっている場合には︑裁判所は︑法主の地位の存否
の場合と同様に︑宗教上の教義の解釈にわたらない限りにおい
て︑異説性の存否を審理・判断することができると解釈するの
が相当である︒したがって︑裁判所としては︑当該宗教団体に
おける自治と信教の自由を尊重するため︑異説性の有無が宗教
上の教義の解釈にわたるときはその審理を避け︑当該宗教団体
における解釈を尊重し︑当該宗教団体が自治的になした解釈を
肯認して︑これを基礎として判断すべきである︒﹂
O﹁かかる観点からみると︑日蓮正宗においては︑その宗
規一五条五号が管長の権限として﹃教義に関して正否を裁定す
る﹄と規定していること(この点は当事者間に争いがない︒)︑
また︑[証拠略]によれば︑日蓮正宗の法主・管長である日顕
は︑昭和五七年一月一六日ころ︑宗規一五条所定の責任役員会
の議決を経て︑Yの所説が同宗における血脈相承を否定する異
説である旨の裁定をしたことが認められ︑右認定を覆すに足り