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極東ロシアの日本語学習者の   学習意欲に関する一考察

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極東ロシアの日本語学習者の

  学習意欲に関する一考察

坂 本 裕 子

Consideration conceming studying Japanese person’s study motive  -The Far Eastem Russian Japanese leamer,s greediness fbr leaming一

Sakamoto Yuko

1背景

 ウラジオストクはかつて軍港として発展してきた.ロシアの軍備縮小とともに貿易港へと 姿を変え,現在では人口の6割が学生という学園都市となっている.地理的に日本に近く,

1860年にウラジオストクが開放されると,日本から多くの人々が渡り,日本人街が形成され た.その後の深まる戦局に伴い,一時,交易は中断されたものの,第二次世界大戦後,日本 人が街の建設に携わるなど,ロシアの中でも日本との深い関わりを持ち,親日家も多い.地 理的要素と歴史的背景に加え,現在でも着物や武道,生け花等の伝統文化や中古車ビジネス への関心により日本語を学習する学習者は多く,ロシアの日本学,日本研究の拠点の1つと

して,2007年10月現在,約2000名が日本語を学習する1.新しい傾向として,経済交流の拡 大,アニメや漫画,ゲーム,ファッションといったサブカルチャーも日本語学習への動機と なっている.

 初・中等教育では,シュコーラ,ギムナジア2で第一外国語として日本語が教授される他,

市の児童館や私塾で児童・生徒向けの日本語教室があり,日本語と日本文化学習が行われる3.

 高等教育では,市内4っの大学において,主専攻で日本語教育が行われている他,副専攻,

第二外国語としての日本語教育も盛んである.ウラジオストクの日本研究の拠点となる極東 国立総合大学では,前身である東洋学大学創立時の1899年より日本学部が置かれ,現在も主 専攻,副専攻で日本語教育が行われる.同大学は伝統も経験もあり,教師資質も高く,世界 水準の日本学研究が行われ,後進の育成にも力が注がれる.同大学に次ぐ歴史を有する極東 国立工科大学では,初中等教育機関で日本語をすでに学習した学生のための既習者クラスが

12007年10月の在ウラジオストク日本国総領事館の調査による.(非公開)

2シュコーラ,ギムナジアともに,日本の小学校から高等学校に相当する一貫教育機関である.ロシアの義 務教育は9年間であり,シュコーラは義務教育である3年間の初等一般教育と6年間の基礎一般教育,3年 間の中等一般教育を行う機関である.ロシア帝国時代の中学校の名であるギムナジアは,主として人文,社 会科学科目を専門とし,多くの選択科目を有し,教育レベルも高いとされる.(財団法人海外職業訓練協会

P2)

3近年生まれた富裕層がお稽古のひとつとして,子ども達を音楽教室や体操・ダンス教室と同じように,外 国語教室に通わせたり,家庭教師をつけ外国語を習わせたりしていることがある.

(2)

設けられ,2008年度が日本語主専攻開設6年目となるウラジオストク経済サービス大学,同 じく主専攻開設5年目である海洋国立大学は,歴史が浅いながら,文化交流や書類学とのダ ブルバチャラー制を取るなど他大学との差別化を図ろうと努力している.

 この他にも,以前より成人教育は盛んに行われ,ビジネスマンが会社帰りに外国語学校で 外国語を学んだり,家庭教師で学んだりしていた(Sergey:98・99).急激な経済成長も追 い風となり,留学教育も盛んになりっっあり,日本の姉妹都市が行う文化交流事業4や児童生 徒が中心に参加する民間のホームステイプログラムや私費での短期日本留学も徐々に増え始 めている.

2 先行研究と本稿の目的

 木谷(1999)は,極東ロシアの学生について,言語学習観の特徴など,次を指摘する.

 ①教師主導の授業に慣れており,教師依存的な傾向が見られる.

 ②言語学習者としての自律性が必ずしも高くなく,特に自己モニターの習慣はあまり確    立していない.教師からのフィードバックや評価に頼るところが大きい.

 ③自国の教授法や教師を信頼しており,それが外国語習得に対する自信の根源にある.

 ④文法や翻訳の学習が言語学習の最重要部分だと考える傾向が強い.また「話す」より    「読む・書く」のほうが易しいと感じている傾向が見られる.

 ⑤間違いや誤りに対する寛容度は比較的高く,コミュニケーション重視の教室活動にも    積極的に参加できる可能性が感じられる.

 ⑥地理的特殊性から日本社会との経済的関係の発展に大きく期待を寄せており,日本語    習得はその重要な足がかりになると考えている.(木谷1999:105・106)

 また,ロシアでの外国語の教育は,単に外国語の習熟と外国の文化,科学技術などの摂取 のみならず,資質教育としての役割も担っている.それは,ロシアの歴史の中で,人材こそ が国の発展と国際社会での地位確立,国際協力に貢献しうるものと認識されたからであろう.

ロシアでは人間を中心とした教育が行われ,外国語教育においても,外国語を通して素養を 高めるため,学習者の心理特性,意思形成,文化的発達にも配慮されている(Lyudmila 1996:

87).だが,実際には教師の丁寧な指導とそれを待っている学習者という関係を強く感じる.

このようなサポートが要求される学校では,教師人材不足から十分な教育が行えず,より自 律した学習が要求される大学で,教師による手取り足取りの指導が行われていると感じられ る.大学において,入学時には日本語学習に意欲を持っていても,5年間の課程で学習をあ きらめてしまうケースも少なくなく,学習者の学習意欲低下が常に問題とされている.近年,

私費学生の比率が増え5,中には自身の中に大学進学や学科選択の動機を持たず,日本語学習

42008年度現在,沿海州及びウラジオストク市と姉妹提携を結ぶ日本の都道府県,都市は,富山県,新潟県,

秋田県,函館市である.このほか,JETプログラムなどにより島根県,鳥取県とも盛んに交流が行われる.

°ウラジオストクの日本語教育の中核機関である極東国立総合大学では,1993年まで完全無料で行われてい

(3)

に興味が持てないばかりでなく,他の学生の意欲を減退させることさえある.このような状 況は,大学だけでなく学校でも起こっており,生徒が学習から離れてしまうという状況にあ

る.

 教師に関して,ウラジオストクはロシア他地域に比べ,日本語教育機関数が多いにもかか わらず,教師間の交流が少なく,機関の間の壁が暑いことが課題とされてきた.ロシア人教 師がなかなか日本での研修を受ける機会が得られず,自身の語学力や教授法に悩み,焦りを 募らせているにもかかわらず,それぞれに抱える問題を共有する場を持たず,情報を欲しな

がらも,その壁の高さに一歩を踏み出すきっかけを持たずにいる状況にある.

 以上より,学習者の自律学習と同時に,自主的な活動が起こり,教師間の交流が持たれる ための,より充実した教育環境が構築されるには,どのようなことができるのか.学習者の 学習意欲という側面から解決の糸口を探ろうとする.

3 研究内容

 意欲とは,ある目的や目標に対し,積極的な意志を持つ働きにより,その目的や目標を達 成しようとする心の状態を言い,学習意欲は自発的・能動的に何かを学び取ろうとする気持 ち,態度や傾向と捉えていいだろう(『教育心理学小事典』,『新版現代学校教育大事典』,

『新教育学大事典』).また,学習意欲は「学習への興味,知的好奇心」, 「達成動機,向 上心,価値志向性」,「有能感,効力感,自信」,「自発,自主自律性」,「失敗回避動機・

テスト不安」, 「持続,忍耐力」という要因で構成される.学習意欲を客観的に測定するこ とは難しいとされるが,学習意欲を評価する方法として, 「学習意欲の評価は,これらの特 性およびその構造に基づいてなされるものであるが,具体的方法としては,授業中の態度,

家庭学習の態度など,行動や習慣面に対する評定や前期の諸特性について質問紙による測定 などが考えられる」 (『現代教育評価事典』)とある.また,学習意欲を2つの水準で区別

しなければならないと述べる下山(1985)は,学習意欲の2つの水準を,ある状況において 一次的に喚起される水準の「状況的意欲6」と,特定の状況と関係なく比較的一貫し,持続し ている水準の「特性的意欲7」であると示している.両者の意欲は,必ずしもまったく独立し たものというものではなく,かなり密接に関連しあうものである(下山1985:5)とされ,状況 により一時的に強くなる状況的意欲が,持続的な意欲に転化する可能性も示唆される.

た教育も,現在では1学年50名の在籍者数に対し,10名程度が学費免除で55~65%が有料の学生である.

6下山(1985)に「その時の状況の刺激によってひきおこされるものであり,いかにして子ども達の興味を ひきおこし授業に導入するか,どのような教材をどのように与えれば子ども達の学習活動を高めることがで きるか,などの学習指導上の古くからのテーマは,主としてこの種の学習意欲に関する事柄である」と説明 される.

7下山(1985)に「個人における比較的固定的,持続的な態度や傾向,あるいは性格特性といえるものであ り,一般に,やる気がある子,ない子という場合のように,意欲の個人差を意味するものである.いわゆる

「やる気」を育てるには,というようなテーマは,この種の意欲を問題にしているものである」と説明され

る.

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 本稿では,学習者の学習意欲をテーマに,ロシア人学習者が意欲的になる状況の概要をつ かむための客観式調査,具体的に意欲的になる状況や日本語学習への興味,教師や教授法に 関する質的調査を行い,ロシア人学習者の学習意欲の状況,学習の趣向性を考察する.

3.1 量的調査

【調査目的】 ロシアで日本語を学ぶ生徒,大学生を対象に, 「特性的意欲」, 「状況的意 欲」を中心に学習意欲を構成する要因と具体的な状況を知る.

【調査紙の作成】 学習者は,どのような状況で意欲が高まるのかを知るため,国立教育政 策研究所(2002)の学習意欲に関する調査を参照した8.本調査では,客観式の調査項目を 使用し,学習意欲の状況的要因として位置づける.先述の研究では,日本国内の小・中・高 校生が対象であり,本調査ではロシアの大学生も対象となることを考慮し,一部に修正点を 加えるなどして9,またバックトランスレーションによるロシア語翻訳を使用した.

【調査期間・調査対象】 ()内は調査実施時期

P学校10(2007年5月18日~2007年6月15日) D大学11(2007年5月21日~6月20日)

【調査結剰

①意欲が向上する状況

表1P学校 表2 D大学

状況 度数  平均値 状況 度数  平均値

授業がおもしろい 将来つきたい職業に関心 授業がよく分かる 先生にほめられた

116 115 118 118 自分の成績が友達よりいい  118

3.66 3.63 3.55 3.47 3.44

授業がおもしろい 将来つきたい職業に関心

115 112 日本語能力試験等の受験,資格取得  110 先生にほめられた

先生に励まされた 授業がよく分かる

112 114 116

3.74 3.71 3.57 3.54 3.52 3.52

8国立教育政策研究所の調査結果より,意欲が向上したり低下したりする状況を知ることができ,質問項目 にある具体的状況が,海外で日本語を学習する際にも起こりうるものであると判断した.

9調査紙の修正点:⑳級や段資格などを取ろうと思ったとき→日本語能力試験などの試験を受けたり,資 格などを取ろうと思ったとき(理由:級や段という基準が日本と同じ概念であるとは限らない.より学習者 にとって身近な日本語能力試験を例とした)

lo対象者はP学校生徒3年生~11年生,回収数135,有効回答数118:2年生1名(0.85%),3年生24名

(20.34%),4年生2名(1. 69%),5年生i名(0.85%),6年生12名(10.17%),7年生13名(11. 02%),8 年生12名(10.17),9年生22名(18.64%),10年生16名(13. 56%),11年生15名(12. 71%),男子学生50 名(42.37%),女子学生67名(56.78%),不明1名(0.85%)である.シュコーラで日本語教育を行う小林修 教諭に調査紙配布を依頼.各学年担当教師により配布,実施,回収が行われた.尚,1年生を調査対象とし なかったのは,質問項目が,ロシア語でも難解であるという担当ロシア人教師の判断によるものである.

11 ホ象者はD大学日本学部1~5年生,回収数119,有効回答数116:1年生39名(33.62%),2年生24名

(20.69%),3年生20名(17.24%),4年生30名(25.86%),5年生3名(2. 59%),男子学生26名(22.41%),

女子学生90名(77.59%)である.各学年担当教師に配布,実施,回収を依頼した.尚,5年生に関しては,

秋学期(9A~1月)で授業を終えており,春学期(2月~6月)は基本的に卒業論文指導のためにしか登校しな いため,唯一日本語科目の授業のある日本語学・文学専攻の学生に調査を行った.

(5)

②意欲が減退する状況

表3 P学校 表4 D大学

状況 度数  平均値 状況 度数 平均値

授業がっまらない 先生に叱られた 友達にけなされた

自然に触れる体験をした 授業がよく分からない

117 118 118 117 118

2.01 2.25 2.56 2.62 2.63

授業がっまらない 先生に叱られた 授業がよく分からない

自然に触れる体験をした 友達にけなされた

113 114 113 105 103

1.76 2.32 2.36 2.62 2.65

 表1~4は,状況的意欲に関する質問項目22項目の平均値による上位及び下位5項目である.

学校生徒,大学生に最も意欲がわいた状況は,授業がおもしろい時であった.大学生で,将 来の職業への関心や試験資格への挑戦が意欲的になる要因の上位に上がっているのは,自身 で将来を選択する時期が迫っていることを自覚しているからであることが予測される.逆に,

学校生徒,大学生に最も意欲が減退したのは,授業がつまらない時であり,ロシア人学習者 には,将来のことを考えることが直接的に学習意欲につながるというより,授業の内容のお もしろさが高く評価される傾向にあると考えられる.これは,日本や日本語に関する職業に 就く機会が少ないためと考えられる.先に中国で同様に行った調査では,日本企業の進出と 日本とのビジネスチャンスを背景に,将来に関する項目が上位を占めたが,ロシア同様,日 本や日本語に関する職業につく機会が少ない場合,将来への関心は直接日本語の学習意欲に

はつながりにくいことが考えられる12.

 また, 「自然に触れる体験をしたとき」意欲が減退している.ロシア人は自然に触れるこ とを好み,基本的に夏休みや冬休み等の長期休暇の宿題はなく,長期休暇時には児童クラブ や学童クラブ等が主催するキャンプやツアー等に参加する.ゆえに,自然と親しみ,授業等 で自然と触れる体験をすることは,学習に向かうというより休息をイメージさせることが考 えられる.

 総括して,授業のおもしろさ,将来への関心,教師の賞賛や激励が意欲を高め,授業がつ まらなかったり,分からない,教師が叱ったり,友人がけなすという状況で意欲が減退しや すいと考えられる.授業のおもしろさと教師や友人のかかわりが,学習意欲に影響を与える 重要な要因であるといえるだろう.

3.2 質的調査

 量的調査の結果より,学習に対し意欲的になりやすいのは授業がおもしろいときであり,

122007年,中国における進出日本企業数は2, 422,うち調査対象機関のある江蘇省625であり,これは一 時停滞したものの増加傾向にある.一方,ロシアは54とその差は大きく,ロシアの場合,2006年には前年 度の半分の増加率であった.(『海外進出企業総覧2007国別編』)

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意欲が減退しやすいのは,授業がっまらない,わからないときであった.ロシア人学習者に とって,おもしろい授業,つまらない授業とはどんな授業なのか,賞賛や激励はどんなこと に対して行なわれたのか,またさらに詳しい個人的要因を知ることを目的に,半構造化イン タビュー調査を行った.

【調査対象・調査期間】  ()内は調査実施期間

P学校13(2007年12fi 8日,14日) D大学14(2007年12月11日,18日)

【インタビューでの質問項目】

 ①今までで好きな学習 ②今までで嫌いな学習 ③日本語選択理由 ④日本への興味 ⑤ 現在の日本語学習の様子 ⑥楽しい授業 ⑦おもしろい授業 ⑧つまらない授業 ⑨好きな 日本語学習 ⑩楽しい日本語学習 ⑪おもしろい日本語学習 ⑫つまらない日本語学習 ⑬ 学習に興味を持った時 ⑭学習に意欲的になった時 ⑮学習への意欲が減退した時 ⑯楽し い日本語学習,⑰おもしろい日本語学習,⑬つまらない日本語学習

 インタビューで得られた回答は,キーワードをカードに記入,項目ごとに分類を行った後,

再度,項目の枠を越え分類し直した.

【調査結果】

 以下は,日本語に関する調査結果である.()内の数値は回答数である15.

①日本語選択の理由

 学校生徒(14):「日本が好きだ・日本に興味を持っている(4)」,「親に勧められた・親の希 望(4)」,ついで,「日本語が好きだ(2)」,「日本に行きたい(2)」,「学校が近い(1)」, 「将来役 に立っ(1)」

 大学生(17):「家族に勧められた・家族の仕事が日本に関係する(5)」,「日本に行ったこと がある・日本に興味を持っている(2)」,「教師や友人に勧められた(2)」,「日本に行きたい(2)」,

「学校が近い(2)」,「将来役に立つ(2)」,「難しいことが好きで,日本語は難しいと思った(1)」,

「分からない(1)」

 日本語の選択に関し,学校生徒,大学生ともに家族からの影響を受けていることが分かる.

他者から動機づけられている場合,学習意欲の維持は難しく,学習意欲を維持させるために は,自身の中に動機を持たせるようにすることが望ましい.そのためには,日本や日本語学 習に興味を持たせ,自身から進んで「日本を知りたい」,「日本語を学びたい」と思わせる ことが重要である.それでは,ロシア人学習者の日本への興味や関心はどこに向いているの

か.

13 イ査対象者はP学校生徒4年生,5年生,6年生の10名(男子3名,女子7名)である.生徒に対する 日本語でのインタビューは難しいと判断し,日本の小学校に通い,日本語能力2級を有し,調査対象P学校 で教師も務めるD大学学生に通訳を依頼した.

14調査対象者は,D大学5年生10名(男子4名,女子7名)である.調査学生は総じて日本語能力試験2 級~1級程度のレベルを有するため,日本語でインタビューを行なった.

15 。数回答

(7)

②日本に関する興味

 学校生徒(22):「伝統文化(着物,折り紙など)が好きだ(6)」,「日本を訪ねたい(4)」,「日 本人に会いたい・日本人と交流したい(3)」, 「食文化に興味がある(2)」, 「桜が好き(1)」,

「店が多く,商品も多い(1)」, 「辞書を見て,新しい言葉を知ることが好き(1)」, 「日本の 音楽が好き(1)」, 「日本の歴史が好き(1)」, 「新しい技術に興味がある(1)」, 「日本は遠 いイメージ(1)」

 大学生(9):「日本人の生活や考え方を知りたい(2)」, 「日本はきれいだ(2)」, 「経済に 関心(2)」, 「日本文化や漢字が好きだ(2)」, 「食文化に興味がある(1)」

  興味や関心は,個人的要素が大きい.ここに上がっているように,多様であるが故,さ まざまな切り口を紹介することにより,より多くの学習者に興味や関心をもたせることがで きるだろう.学習者が日本語学習に意欲的になるのはどのようなときか.

③日本語学習に意欲的になるとき

 学校生徒(10):「成績がいいとき(2)」,「テーマがおもしろいとき(2)」,「通訳になりた いと思ったとき(1)」,「ほめられたとき(1)」, 「親を喜ばせたいとき(1)」, 「日本人や日 本人教師とコミュニケーションをするとき(1)」,「日本人とコミュニケーションして,分か

らないことがあるとき(1)」,「ない(2)」

 大学生(10):「日本に行ったとき・行きたいと思うとき(5)」,「知識が足りないと思ったと き(2)」,「試験のとき(1)」,「日本人とコミュニケーションして,分からないことがあるとき(1)」,

 「いっも(2)」

④日本語学習をしたくないとき

 学校生徒(8):「ない・いつも勉強したい(6)」,「できないことがあるとき(1)」, 「他の生 徒がうるさいとき(1)」

 大学生(12):「ない・あまりない(6)」,「課題や試験が難しいとき(3)」,「他の科目(英 語)の成績が悪かったとき(1)」,「病気で休学したら,授業についていけなくなっていた(1)」,

「親の仕事が変わって,日本語が必要でなくなったとき(1)」

 対象者においては,日本語学習への意欲は失われにくいことが伺える.しかし,大学生の 回答に見られるように,親の仕事や社会情勢の変化は,学習者の意欲にも影響すると考えら れる.すなわち,社会で日本語の需要が低くなれば,子ども日本語を学ばせようとする親も 減り,途中で,他の言語やスキルに興味や意欲が移行することも考えられる.また,自身の 力不足が認知される状況で意欲的になるというのは,量的調査の結果にも一致する.このよ

うな学習者におもしろいととらえられている授業はどのような授業なのか.

⑤おもしろい・楽しい日本語の授業

 学校生徒(15):「日本人教師の授業(6)」,「ロシア人教師の授業(2)」,「聴解(2)」, 「難 しい課題など(2)」, 「日本との交流(1)」, 「暗記を発表する(1)」, 「全部(1)」

(8)

 大学生(9):「日本人教師の授業・日本人の会話の授業(7)」,「ロシア人教師の会話の授業(2)」

⑥つまらない日本語の授業

 学校生徒(8):「ない・全部いい(5)」, 「書くことが多い(2)」, 「一人で問題を解く(1)」

 大学生(8):「ない(5)」, 「経済・マーケティング(2)」,「翻訳(1)」,「ルールだけ教え

る(1)」

   「おもしろい日本語の授業」では,ネイティブである日本人教師の授業が多く上がった が,ロシア人教師による授業もおもしろいと受け止められている.会話の授業や交流などが 上がったことで,言語を知識として学ぶだけでなく,運用することにおもしろさ,楽しさの 要素があると考えられる.

  また,この結果より,教師や教授法が大きく影響を与えていることも窺える.そこで,

日本語以外の科目も含め,教師や教授法の影響をまとめる.

表5 教師・教授法に関する回答 ()内は,質問項目と回答の科目・分類

ブラス効果

 ほめられたとき (日本語学習に興味を持ったとき・日本語学習に意欲的になるとき)’

 英語教師が外国語に向いているといってくれた (今までで好きな学習 英語)

 教師がとてもおもしろい,いい教師 (楽しい・おもしろい授業 ロシア文学)

 学校で日本語を勉強したとき,好きな教師の授業はいつもおもしろかった

      (楽しい・おもしろい授業好きな教師の授業)

 授業がおもしろくないというのは教師の教え方によって決まる (楽しい・おもしろい授業)

 日本人教師の授業は,全部は理解できないが,やり方がおもしろい (楽しい・おもしろい授業 日本語)

 日本人教師とロシア人教師は,教え方や例など全部違う.実際に日本人の話しは使うことができる.ロ  シア人の先生はただ読むだけ.日本では使えない (楽しい・おもしろい授業)

・ 日本人や日本人教師とコミュニケーションをする

      (楽しい・おもしろい授業.日本語 日本語学習に意欲的になるとき)

・ いろいろなテーマで話したり,いろいろなシチュエーションで会話を作るのはおもしろい

      (楽しい・おもしろい日本語の授業 日本人教師の授業・日本人の会話の授業)

・ 学生が会話に参加するのはおもしろい

  (楽しい・おもしろい日本語の授業 日本人教師の授業・日本人の会話の授業,ロシア人の会話の授業)

・ 日本について話してくれたり,写真を見せたりしてくれた

       (楽しい・おもしろい日本語の授業 ロシア人教師の授業)

・ 授業中に日本の事実や現在のことを教えてくれる.ロシア人教師でも教えてくれればおもしろい

       (楽しい・おもしろい授業 日本語)

・ いつもいろいろな内容がある(楽しい・おもしろい日本語の授業 日本人教師の授業・日本人の会話の授  業)

・ 小説の内容を授業中,劇でやらせて,その内容はよく覚えている.(楽しい・おもしろい授業 ロシア文  学)

 教師が説明する授業が好きだ (楽しい・おもしろい日本語の授業 ロシア人教師の授業)

 ルールだけでなく,実際の例がたくさんあるとおもしろい

      (楽しい・おもしろい日本語の授業 日本人教師の授業・日本人の会話の授業)

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マイナス効果

・ 教師が嫌いだった (つまらない授業 化学)

・ 教師といっもけんかになった (今までで嫌いな学習 化学)

・ 教師が厳しすぎる (つまらない授業 経済・マーケティング,今までで嫌いな学習 ある教師の授業)

・他の人の宿題を写しても,同じ評価 (つまらない授業 地理)

・ 宿題が簡単 (つまらない授業 地理)

・テキストや課題が難しすぎる (日本語学習をしたくないとき,つまらない日本語の授業 翻訳)

・課題が多く,調べても分からない (つまらない授業 経済・マーケティング)

・ 宿題をたくさんするのは好きではない (つまらない授業 数学)

・ ルールだけ教える (つまらない日本語の授業)

・ できない生徒に説明させる.いい生徒は何もしないで待っている (つまらない授業 地理)

・ 他の生徒が発言しているとき,自分は何もすることがない (っまらない授業 文学)

 学習者が成人であっても,教師の言動が学習者に与える影響は大きいと考えられる.ロシ アにおける教育の重点が人文性,教養性にあることを考慮に入れれば,常にそのことに配慮 した態度が要求されるだろう.また,全ての学習者と教師の相性がいいことはありえないだ ろうが,嫌い,けんかになると言うのは,学習者を学習から遠ざける要因となりうる.厳し すぎたり,曖昧な評価を行うことも敬遠されると考えられる.

 外国語学習者には,目標言語のネイティブ教師はそれだけで高評価されやすく,日本人教 師の影響は大きいと考えられる.ロシアの日本語学習者が,なかなか日本人との接触機会を 持てないことを考えると,目標言語で学習者とコミュニケーションの機会を持つ,つまりネ イティブであることだけでいいように感じられるが,今村(1994)に指摘されるように,教 師としての専門的な知識と教授法も要求される.実際,ここでの回答にもあるように,ネイ ティブの発話全てが理解されているわけではない.③の教授内容にも関係するが,教授法や 内容に関し,ネイティブ,ノンネイティブにかかわらず,日本の事実や現在のこと,多彩な 内容やテーマで会話をさせる等,教授法や内容を工夫することで,ノンネイティブであって も,学習者に日本語の授業がおもしろいと感じさせることができうると考える.ネイティブ は会話,ノンネイティブは知識の教授という分担による教授ではなく,両者が両方を担当で きることが理想である.

 先にも述べたとおり,学習者が多様な興味や関心をもっていることから,教授内容を多様 化させることで,興味や関心を引き出し,おもしろいと感じさせることができるだろう.そ れにはネイティブ,ノンネイティブを問わず,さまざまな内容と教授のスタイルを兼ね備え ることが要求される.教授内容に関しては,課題の難易度が問題となっている.動機づけの 立場から,学習意欲を考えた場合, 「一般に達成動機づけの強いものは,主観的成功確立が 50%程度であると認知する事柄に挑戦する」 (『現代教育評価事典』)とあるように,課題 の難易度への配慮が不可欠である.クラスサイズが大きい場合,個々の学習者のレベルに合 わせ,課題の難易度に配慮することは,非常に難しいことではある.こと家庭学習として課

(10)

題を与える際にはそうであろう.その場合,課題がさまざまなレベルの学習者にとって,そ れぞれに達成できうる要素を持っものであればよく,それぞれの学習者に目標とされる項目 がクリアされた場合,それぞれのレベルに合わせた評価を行えばいいことになる.しかし,

このことは,学習者にとっては,評価の曖昧さと受け止められかねないため,そこへの配慮 も必要となるだろう.

 教授法に関して,課題が与えられ,それをこなすだけという活動はマイナスの効果につな がりやすい.日本語教授において,文法のルールだけを教え,パターン練習を繰り返すだけ ではなく,実際にどのような場面で使用されているのか,学生に考えさせたり,教師が例を 出したりすることや,視聴覚教材を活用する,ドラマを作らせることなど,レクチャーと個 人での活動,グループやクラス全体での活動がバランスよく組み合わされるような授業の組 立てが必要となるだろう.

4 実践

4.1 背景

 言語学習の動機について,ほとんど全ての学生が日本社会との関係の多くを期待し,学生 がいい職に就くための手段にするという強い道具的動機を持っているが,実際に日本語を専 攻した学生が日本語を使う職業に就ける機会は少ない.対日貿易は拡大しているとはいえ,

その主要となる中古車ビジネスでは日常レベルの日本語会話でも通用し,日本語の専門性は 問われない.また,アニメや漫画,ゲーム,ファッションといった切り口からの動機づけは,

学習のきっかけ作りに有効であると思われるが,長く学習を継続して持ち続けられるかは,,

意見の分かれるところであろう.

 本研究における調査結果より,授業の楽しさ,おもしろさが意欲に影響を与えると考えら れたが,授業の内容への興味や関心には個人要因も多く,教師への依存も高い.調査結果か らも,またロシア人教師からも指摘されることであるが,ロシア人学生は全般的に主体的に 学習や活動を起こすことが少ない.自身の中に興味を持ち,日本語学習の姿勢を作ることが 学習意欲の維持に最も有効であると考えられるが,日本関係の就職を希望するという目標が なかなか実現しにくい状況を目の当たりにして,せっかく生まれた興味や関心も維持されに くいと思われる.

 少子化により教育現場で年少者教育に力が注がれる一方,高等教育機関では教育が淘汰さ れる.大学の事務整備や統廃合が検討され,各機関で学部の運営やカリキュラム編成に関わ る情報や教師がスキルアップし,教授内容を充実させるための情報がほしいものの,機関間 の壁は高く厚くなかなか実現されなかった.その壁を取り払うべく,2000年に発足したウラ ジオストク日本語教師会は,当初よりロシア人教師の参加が少なく,この数年は日本人教師 のみで運営されてきた.最多時には13名いた日本人教師も,徐々に数を減らし,2008年現在

(11)

7名にまで減少している16.ビザや待遇の問題もあり,日本語教師としての知識や経験を持つ 教師は少なく,留学生や大学在学生が教師を務めている機関もある.教師会は,日常の授業 や試験に関する情報交換だけでなく,ウラジオストクで開催される弁論大会や日本語能力試 験等の運営も担う.人数が減った上,非専門,あるいは教師としての経験が浅い目本人教師 が,学生や同僚の教師達の期待に応えるような日本文化や日本事情を伝え,ウラジオストク の日本語教育活動を支えることは非常に厳しい.ゆえに,各機関が垣根を越え,知識,経験,

情報を交換できるような環境作りが必要とされる.しかし,ロシア人教師にあっては,自身 の研究に忙しい上,待遇の問題や日本留学や日本での研修等で教師数も減り,敷居の高い他 の機関の教師とともに活動を行なうには,あまりに負担が大きい.そこで,学生が機関の垣 根を越え,交流できる環境と場を作ることにより,問題の解決が図れないかと考えた.先に も述べたが,ロシアの学生は受身の印象が強く,学生が主体になるような活動は行なわれて こなかった.ロシアにおける教育が人間教育であり,外国語教育が,素養を高めると同時に 学生の人格育成に配慮する方向がとられることから,学生の主体的な活動と学生間の交流を 促し,教師間の交流に影響を与える活動が必要である.

4.2 活動1 ウラジオストク学生日本文化祭

【目的】①日本語学習者の日本・日本文化へのつながりを強化し,学習意欲の向上を図る.

②ウラジオストク日本語教育機関における日本語学習者に対し,日本語以外の面での成果を 発表する機会を設ける.③ウラジオストク日本語教育機関の学生の自発的な活動興隆を促し,

今後の連携と活動へとつなげる.④例年5月に開催されるウラジオストク日本語弁論大会で の余興を充実させ,弁論大会観客を増やし,大会への関心を高め,ひいては大会水準を高め

る.

 ①に関し,ウラジオストクの日本語学習者は2000名を越えるが,日本語弁論大会に出場で きるのは20名程度と,その1割程度でしかない.日本語でなかなか成果の上げられない学生 の中には日本文化に精通していることもある.そのような学生の日本への想いを表現する場 があれば,日本への関心や日本語学習への意欲を高められる可能性がある.②に関し,受身 の傾向が強い学生が,自分達で企画運営することにより,自主性や創造性が高まることが期 待される.③に関し,他機関の学生との交流により,新たに目標ができたり,友人としてラ イバルとしてともに努力しあうことが期待され,同時に学生間の交流が教師にも波及するこ とが望まれる.④に関し,例年開催されるウラジオストク日本語弁論大会,また極東・東シ ベリア日本語弁論大会17では,審査員協議時に余興が行なわれる.毎年,余興出場者が出な いことから,文化祭の優秀者を弁論大会余興出場者とし,問題の解決とする.

162008年10月末日,着任しているのは5名である.

17ユジノサハリンスク,ハバロフスク,ウラジオストクの3都市巡回で開催される.

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 本活動を学生の誇りとし,継続して行われるものとなるよう与謝野晶子を冠した.極東国 立総合大学東洋学大学前庭には,与謝野晶子来訪を記念した詩碑がある.日本とロシアの交 流の証とも言えるこの詩碑を象徴とすることで,文化祭が継続して行われることが望まれる.

 【過程】①5月の弁論大会開催に合わせ,文化祭も5月の開催に向け,3月より準備を開始 する.②ウラジオストクで日本語教育を行う各高等教育機関より,代表者2名以上を選出し,

3月以降,各機関でアナウンス,出場者募集,調整,宣伝広報等の作業を行う.③毎週,各 機関代表者によるミーティングを行い,各機関の状況確認を行う.④各機関出場者が揃った

ところで,プログラムの策定,司会進行等の検討と企画を行う.⑤各大学教師は,各大学代 表者の作業が,円滑かつ日程に合わせ活動するよう助言と支援を行う.

 活動過程において,以上の準備が行われるが,1回目,2回目の文化祭では,学生のリー ダーにより会議が召集され,各機関での準備も教師の支援を受けながら学生主体で進められ

た.

【成果と課題】

 1回目となる2006年の文化祭では,日本人教師,留学生の指導による『よさこいソーラン』,

ロシア民話『大きなカブ』を日本との交流につなげた創作劇,日本人教師との歌などが披露 され,会場には,折り紙や書道,学校生徒による自作の日本語辞書等が展示され,100名を 越す学生,教師らが集った.会の最後には,与謝野晶子詩碑に刻まれている詩が日本語とロ

シア語で朗読された.2回目となる2007年の文化祭では,日本より与謝野晶子倶楽部の方々 を観客に迎え,会場を極東国立総合大学大ホールに移し,300名以上の観客の中で盛大に行 われた.ステージでの発表内容も充実し,ロシア人教師や学生がシナリオを書いた創作劇,

日本民謡等も披露され,生け花や絵画,日本の寺院の模型等も展示された.

 文化祭の準備に際し,学生達はそれぞれの作業に責任を持ち,当日も,教師や会場関係者 の協力の下,自分達で問題を解決し,成功させたという達成感を手にした.また,第2回文 化祭では,日本から訪れた観客からも評価を得たことで,それを自信にっなげることができ

た.

 表彰では,日本人会から寄贈された賞品が授与された.本学生活動は,ロシア人教師,日 本人教師だけでなく,領事館や日本センターなどの関係機関及び在留邦人の理解と支援によ

り,成り立っている.これは非常に重要なことであり,これまで連携の図れなかったところ,

学生,教師,地域社会が共有できる話題を持ち,交流が生まれるきっかけとなったと考える.

 今後の課題に文化祭の継続がある.文化祭を運営する学生は,当然ながら進級とともに入 れ替わる.この活動の継続にはロシア人教師のサポートが不可欠となる.しかし,機関間の 連携が図りにくく,文化祭で中心となる学生も入れ替わる状況で,どうすればいいのか.こ の課題を解決するために,活動Hを起こした.

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4.3 活動皿 与謝野晶子記念文学会

 第1回学生文化祭を観覧したロシア人教師より,与謝野晶子に関する文学の会創立の提案 がなされた.この提案を先の活動Hの課題でもある,文化祭の継続とリンクさせることはで きないかと関係機関と検討した.2007年6月より会の発足準備を始め,2007年9月7日,ウラ ジオストクに与謝野晶子記念文学会が創立した.

 【創設趣意】①海外に5つしかない与謝野晶子詩碑がウラジオストクにあり,ウラジオス トクの観光名所となっているが,詩碑の保存体制が整っていない.②日本とロシアの精神的 つながりを深め,ウラジオストクにおける創造力の発展と,日本とのビジネスが円滑に行わ れることに貢献する.

 ①に関し,詩碑は日本語を学習する学生の心のよりどころとなっているだけでなく,日本 人観光客にとっての観光名所ともなっており,詩碑の保存と管理は,ウラジオストクにおけ る日本語学習者拡大と日本人観光客誘致に不可欠である.②に関し,ウラジオストクには日 本文化の精神,思想に共感するロシア人が多い.与謝野晶子や日本文学の研究を通じ,日本 文化の精神,思想を研究し,その成果を一般市民及び在留邦人に広げることで,文学,芸術 分野で新しいものを生み出し,ロシアにおける精神的,物理的両面の創造力の向上と日ロの 交流に貢献することが目指される.また,ウラジオストクでは,地理的に日本とのビジネス の機会も多く,2012年のAPEC開催を控え,ウラジオストク市民が日本の精神や思想を理解 することにより,さらに日本とのビジネスが増えることも期待される.

 この他,学生活動の継続的な支援を行い,機関を超えた連携を図ることも意図される.さ らに,経済,歴史等分野の博士学位はウラジオストクで取得できるが,文学,言語学に関す る分野の博士学位はモスクワかサンクトペテルブルクで審査を受けなければ取得できない18.

もとより実社会で役立たないととらえられる文学や言語学を専攻する学生が少ないところ,

研究者としての道も開かれていないことは,文学,言語学専攻学生の減少に拍車をかける.

ゆえに,文学専攻学生の意欲向上と活躍の場を設けることも文学会の目的の一つであり役割

である.

【活動】①与謝野晶子ウラジオストク来訪記念セミナー,学生文化祭,朗読コンテスト開催,

②与謝野晶子命日のイベント,③機関誌『アカシア(aKaΨ只)』編集・刊行,④与謝野晶子 生誕記念イベント,⑤ホームページの運営

 活動は上記5つを基本とする.2007年9月~2008年10月までの活動を以下にまとめる.

18 Eラジオストクには,経済学,歴史学に関する分野の科学アカデミー,学会はあるが,言語学,文学に 関する分野の科学アカデミー,学会がないことによる.

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表6 与謝野晶子記念文学会活動  (2007年9月一2008年10月)

開催日 活動 概要

2007年12月15日 『与謝野晶子記念文学会創立記念 yび与謝野晶子生誕記念会』

日本語,日本文化,文学関係者,スポンサー,メ fィアなどを招き,専門家によるレクチャーと学 カによる詩の朗読が行われた

2008年1月31日 『文学の夕べ一多彩な日本文学一』 太平洋艦隊劇場劇団と研究者,学生による詩の朗

ヌ会

2008年2月29日 与謝野晶子映画上映会 映画『華の乱』を関係者で鑑賞.ロシア語の大意 z布.D

2008年2月16日,23 rlTPラジオで放送与謝野晶子の カ話『文ちゃん』ロシア語訳

ロシア語訳『文ちゃん』を太平洋艦隊劇団の演出,

N読により放送 2008年3月21日,22

冝C4月11日,12日

与謝野晶子をテーマに,書道講習会 学生文化祭展示作品作成のため,生徒,学生,教 t,社会人が,晶子に関する言葉を書道で書いた 2008年5月16日 第2回ウラジオストク学生日本文化

与謝野晶子を冠した学生による文化祭であり,日 {より与謝野晶子倶楽部の会員29名が来訪 2008年5月17日 第1回与謝野晶子来訪記念セミナー 文化祭に続き,与謝野晶子倶楽部の研究者と本会

フ研究者,学生による研究発表会を行った 2008年5月27日 ウラジオストク学生新聞『ちんぷん

ゥんぷん』第1号

学生が日本のさまざまな文化を切り取り,日本語 ニロシア語で新聞を作成

2008年9月13日 『月見の会一詩歌の夕べ一』 太平洋艦隊劇場劇団と学生,研究者による各国の 高ニ中秋の名月鑑賞会

 これらの活動はロシア人が中心となる理事会19が中心となり企画,運営する.それぞれの 活動には,学生や地域の人々の参加を積極的に呼びかけ,研究者は自身の研究の成果を社会 に貢献させ,学生や地域の人々にはよワ日本の文学に親しみ,より精神的な日本理解を望む.

実際に,文学を専攻する大学生や太平洋艦隊劇場劇団が活動に理解し,活動に参加している.

19 ュ足時の理事会構成員(2007・2008年度)は次である.会長:ブレスラベッツ・タチアナ(極東国立総 合大学教授),副会長:スレイメノヴァ・アイーダ(同大学助教授),坂本裕子(同大学講師),事務局長:

スマロコワ・オーリガ(ウラジオストク日本センター),理事:サニナ・クセニア(極東国立総合大学助教 授),マスカレンコ・ユーリャ(同大学講師,同大学院生),デョーミナ・アンナ(同大学助手)

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【今後の課題】

 文学会は,ロシア人教師の呼びかけにより起こったものであり,会長以下理事会構成員は,

文学研究と普及に並々ならぬ熱意を持つ.ゆえに,文学会の活動は細くなることはあっても 継続されるであろうことが予測される.今後も学生,地域社会も巻き込み,ロシア人により ロシア人のため活動が続くことが望まれる.現在のところ,文学会の活動の中心となってい るのは一部の機関の教師と学生である.今後,さらに多くの機関の教師と学生がかかわり,

地域全体の日本語教育及び研究水準の向上,日本理解に貢献することが望まれる.

5 まとめ

 本研究に先立ち,中国でも同様の調査を行った.中国は,2001年のWTO加盟, APEC首脳 会議,2008年のオリンピック招致により,外国語教育の急速な発展と拡大をみた.ロシアで

も,WTO加盟交渉,2012年ウラジオストク開催のAPEC首脳会議,2014年ソチの冬季オリ ンピックの招致,さらに各地での日本も含めた外国企業の誘致など,中国同様に,今後の外 国語教育の拡大と発展に大きな影響を及ぼす要素を持つ.

 社会経済の発展は国民生活をより充実させ,他方で,国際社会を知ることによる精神的発 展も期待される.教育においても,国際社会で通用する人材育成が望まれるところであるが,

社会経済の急激な発展は,時に教育の本質を見失わせることがある.ロシアにおいて教育は,

人間教育,素養を高め人格を形成するためとされるが,現実には,待遇の問題等により教師 人材が不足し,学習者は豊かさを得るための道具を手にするため外国語を学習する.だが,

外国語教育が,より豊かな生活を保障する手段であったとしても,外国語教師がしなければ ならないことは,それ以外のところにも及ぶべきであると考える.

外国語教育が素質教育としての一端を担う以上,外国語習得と同様に学習者の動機や意欲に 配慮すると同時に,教育を取り巻く状況の変化と学習者のおかれる環境に常に配慮しながら,

学生への教育と実践を行なっていく必要がある.日本語教師も含め,外国語教師は,教育の 本来の意義を常に考え,ただ言語を習得するのみならず,学習者の内部に目標言語学習に対 する興味や関心が起こり,学習意欲が高められ,自立学習が促進されるよう学習者に向き合 っていく必要がある.同時に自身の国の自身の活動を自分達の手で行い,教育機関のみなら ず,地域社会へ貢献していくことが期待される.

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今村和宏 1994極東ロシアーウラジオストク 日本語教育事情 月刊日本語8月号 pp.24-31 木谷直之 2004 極東ロシアの大学生の言語学習観について一海外日本語教師研修のための基礎データ作

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国立教育政策研究所内学習意欲研究会編 2002 学習意欲に関する調査研究:最終報告書 国立教育政策研     究所

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月出校司 2001 ロシア通になるための常識15章一ロシアは分かりにくいですか?一(増補改訂版)

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        http://www. jpf. go. jp/j/japanese/survey/country/russia_nis/pdf/russia_shore. pdf

      2008年9月参照

〔資料〕量的調査 調査紙質問項目

尺度:「とてもやる気になる」「やる気になる」「やる気がなくなる」「とてもやる気がなくなる」の4段階 設問:①成績が上がった時②成績が下がった時③テストや試験の前④授業がおもしろい時⑤授業がつまらな い時⑥授業がよく分かる時⑦授業がよく分からない時⑧先生にほめられた時⑨先生に励まされた時⑩先生 に叱られた時⑪宿題や作文などに先生がコメントを書いてくれた時⑫自然に触れる体験をした時⑬地域の 人々と触れ合う経験をした時⑭仲のよい友達ができた時⑮ライバルが見つかった時⑯友達から励まされた

(17)

時⑰友達にけなされた時⑱友達の成績が自分よりよかった時⑲自分の成績が友達よりよかった時⑳日本語 能力試験などの試験を受けたり,資格などを取ろうと思った時⑳将来行きたい学校がはっきり決まった時◎

将来っきたい職業に関心を持ったとき

参照

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