2019 年度 学位論文(修士)
放電プラズマを利用した低毒性一液スラスタの 放電特性および推進性能評価
2020 年 1 月 24 日
首都大学東京大学院
システムデザイン研究科 システムデザイン専攻 航空宇宙システム工学域 博士前期課程
18863626 髙橋一真
指導教員 竹ヶ原春貴 教授
i 目次 第1章 序論
1.1 宇宙推進機(スラスタ) 1
1.2 RCSスラスタ 3
1.3 一液式推進剤 4
1.4 低毒性推進剤 5
1.5 HAN (Hydroxylammonium Nitrate) 7
1.6 HAN系推進剤SHP163 8
1.7 放電プラズマ点火システムを有するスラスタ 10
1.8 研究目的 10
第2章 実験機器
2.1 真空装置 12
2.2 電源系 12
2.3 各種測定系 13
2.3.1 推力測定系 2.3.2 放電波形測定系 2.3.3 圧力測定系
2.3.4 推進剤・ガス流量測定系 2.3.5 データロガー
2.4 推進剤およびプラズマ生成用2次ガス供給系 17
第3章 放電プラズマ点火システムを有する一液式スラスタ
3.1. 放電プラズマ点火システムを有する一液式スラスタ概要 18
3.2. スラスタの作動シーケンス 20
3.3. 実験コンフィグレーション 21
3.4. 取得されたスラスタ性能 22
3.5. スラスタ内部の放電現象 26
3.6. スラスタの着火不安定性 28
3.7. 燃焼室体積と推進性能の関係 29
3.8. スラスタ作動時の様子 31
3.9. 結論 32
ii
第4章 プラズマの放電特性がスラスタの作動/着火安定性に与える影響評価
4.1 実験概要 34
4.2 スラスタ作動の定義 35
4.3 実験結果 37
4.4 電流設定値とスラスタの作動安定性 40 4.5 スラスタの作動フェイズ移行時における着火安定性 42
4.6 結論 44
第5章 電極間距離がスラスタの推進性能へ与える影響評価
5.1 実験概要 46
5.2 実験コンフィグレーション 48
5.3 実験結果 50
5.4 推進剤滞留時間と単位質量の推進剤へ与えられるエネルギー 56 5.5 特性排気速度(𝑐∗)の評価 58 5.6 電極間距離10.7mmのスラスタにおける作動モードについて 62
5.7 結論 66
第6章 結論 67
参考文献 69
学外発表 73
謝辞
1 第1章 序論
1.1 宇宙推進機(スラスタ)
現在運用が行われている人工衛星や宇宙機の多くには,それらに対して運動量やトルク を与える役割を持った推進機(スラスタ)が搭載されている.図1.1にヒドラジンを推進 剤とする一液式スラスタの外観を示す.このスラスタを用いることで衛星や宇宙機は所望 の推進力を得ることができ,自身の軌道変更や姿勢制御を行いながら宇宙空間における高 度なミッションを達成することが可能となる.
1950年代末の宇宙開発黎明期から現在まで様々な方式のスラスタが考案されてきたが,
基本的には高圧ガスや燃焼ガス,プラズマ等の高エンタルピ流体を高速で排出することに よって衛星に推力を与えるスラスタが殆どである.スラスタには大別して,(a)コールドガ ス方式,(b)化学推進,(c)電気推進という3つの方式が存在する.以下にそれぞれの方式の 特徴を説明し,表1.1ではそれらをまとめている.
(a) コールドガス方式
コールドガス方式はタンク内部の高圧ガスをノズルを利用して高速で噴射する方式 である.3種類の方式の中では最も比推力(単位質量の推進剤で単位推力を得られる 秒数)が小さいが,構造が簡素であるため宇宙開発の初期段階で多く利用されてい た.推進剤には高圧のアンモニアや窒素等が用いられる[1].構造が非常に簡単であ り,製造・運用する際に不具合が起きにくいという利点が挙げられるが,大容量の推 進剤タンクが必要なため容積・重量がかさみ,宇宙機の規模が大きくなってしまうと いう欠点がある.
(b) 化学推進
化学推進は推進剤を燃焼室において燃焼させ,その燃焼ガスをノズルによって加速 させて高速で排出し,推力を得る方法である.化学推進は推進剤の状態が「液体」か
「固体」かによって区別され,さらに液体のものは1種類の推進剤を触媒等により分 解および燃焼させる「一液式」と,推進剤+酸化材によって燃焼を行う「二液式」に 分類される.一液式スラスタの多くは1~50N程度の比較的小さな推力を発揮し,衛 星の姿勢制御や軌道保持を行うRCS (Reaction Control System)スラスタに用いられる ことが多い.対して二液式スラスタは,それ以上の大推力を発揮することができ,主 に衛星の機動変更・軌道投入を行う際に用いられる[2].
(c) 電気推進
代表的なものにイオンエンジンやホールスラスタがあり,これらはアルゴンやキセ ノン等の不活性ガスを推進剤とし,それらに放電を与えてプラズマ化させたのち,静 電加速を用いて排出することで推力を生み出すことができる.推力の大きさでは他の 2つの方式に劣るが,化学推進と比較すると1桁以上も大きな比推力を発揮すること ができるという特徴を持ち,その有用性から近年様々な衛星に搭載され,多くの実績
2 を残している.
近年の宇宙機は化学推進と電気推進の2つの方式を,ミッション要求に応じて単独また は組み合わせて使うことが多い.化学推進のみを用いた宇宙機に2010年に打ち上げられ た金星探査機あかつき(PLANET-C)[3]が,化学推進と電気推進を組み合わせたものに2003
図1.1 ヒドラジン一液式スラスタの外観[6]
(アリアン5のVEB (Vehicle Equipment Bay)に搭載された400Nスラスタ)
表1.1 代表的な宇宙推進機(スラスタ)の方式とその特徴
3
年打ち上げの小惑星探査機はやぶさ(MUSES-C)[4]が挙げられる.推進系として電気推進の みを搭載した衛星を特に全電化衛星と呼称し,日本では2021年に打ち上げが予定されて いる技術試験衛星9号[5]がこの方式を採用している.
1.2 RCSスラスタ
人工衛星や宇宙機が宇宙空間にて所定のミッションを達成するためには,衛星を要求さ れる姿勢・軌道へ導くための姿勢制御アクチュエータの搭載が必要となる.このようなア クチュエータを総称して姿勢制御系(RCS; Reaction Control System)と呼ぶ.一般的な衛 星のRCSとしては,前述のスラスタやCMG (Control Momentum Gyro),RW (Reaction
Wheel)等を用いる事が多い.中でも,RCSとしてスラスタを用いる方法は宇宙開発の黎
明期から多く取り入れられている手法であり,現在でも殆どの人工衛星や宇宙機に採用さ れている.このような衛星に所望のトルクや運動量を与えて衛星の姿勢制御・軌道保持を 行う推進系は,一般的にRCSスラスタと呼称される.なお,衛星に大推力を与えて軌道 変更や軌道投入を行うAKM (Apogee Kick Motor)やOME (Orbit Maneuvering Engine) 等のメインエンジン(主推進系)と区別し,RCSスラスタは二次推進系とも呼ばれること がある[7].
図にRCSスラスタの概念図を示す.スラスタが衛星にトルクを与える場合,対面する スラスタを同じ秒数作動させる.よってスラスタを用いて3軸方向のトルク×2方向の計 6自由度を与える場合,衛星には最低12個のスラスタが必要であることが分かる.これら のRCSスラスタは衛星へ効率よくトルクを与えるべく,なるべく重心から離れた筐体の 隅に配置されることが多く見られるが,その衛星のミッション内容や他のメインエンジ ン,姿勢制御用アクチュエータとの兼ね合いにより最適な位置に配置される.スラスタの 数量についても,冗長性の観点から本来必要である数より多く搭載されることがある.
図1.2 衛星の姿勢制御系(RCS)スラスタ概念図[8]
4
RCSスラスタは姿勢制御や軌道保持を行う他にも,前述のCMGやRWなどといった他 の姿勢制御用アクチュエータの角運動量の打ち消し(アンローディング)にも使用される など,衛星のミッション達成には欠かせない非常に重要なコンポーネントである. これ らの用途から,一般的にRCSスラスタには高信頼性,早い応答性,長寿命,最小インパ ルスビット(力積 [N∙s])が小さい等の性能が要求される.
1.3 一液式推進剤
スラスタに使用される燃料を推進剤(propellant)と呼ぶ.これまで推進剤の組成が液体か 固体かについて,あるいは一液式・二液式スラスタについてそれぞれ様々なものが検討・
試験されてきた.ここでは主に一液式推進剤として用いられる物質について述べる.一液 式スラスタの推進剤には自発火性が強い単一の物質か,あるいは燃料と酸化剤をあらかじ め混合させたものが主に用いられる.推進剤の燃焼方法については,近年では触媒を用い て分解・着火を行う方法が最も一般的である.また,推進剤には理論比推力が高いことは もちろん,貯蔵性の観点から高密度,低凝固点などの特性が求められる.
1957年のスプートニク1号の打ち上げに端を発して米露間の宇宙開発競争が始まり,
ミッションの高度化から衛星へのRCSスラスタの搭載が始まったのは1960年代初頭であ ると言われている.その頃は当時触媒による着火が可能であった過酸化水素(H2O2)を推 進剤とした一液式スラスタが開発され,NASAのSyncomシリーズやMercury,ソビエト
連邦のVostokなど多くの衛星への搭載がなされていた[9].しかし,NASAがヒドラジン
(N2H4)を分解できる触媒Shell 405を開発したことにより,一液式推進剤の主流は過酸 化水素からヒドラジンへほぼ完全な移行がなされる[10].これは,過酸化水素が長期間貯蔵 すると自己分解してしまうという性質を持ち,推進剤として用いる際に衛星の寿命を制限 してしまうという欠点を有する一方で,ヒドラジンは15年もの長期保存に耐えうること に加え,過酸化水素よりも比推力が50%も高いと様々な利点を持っているためである.現 在では一液式推進剤として過酸化水素が用いられることは少ないが,毒性が少ない点から
100kg以下の小型衛星への適用可能性が検討され,近年再び注目を集めている.
上記の通り現在のRCSスラスタの推進剤には主にヒドラジンが用いられている.しか しヒドラジンは毒性・発がん性が非常に高い物質であるため,取扱の際に厳しい法令上の 規定が数多く定められている.よって,運用の際には特殊な防護服(SCAPEスーツ)や 設備,多くの人員が必要となり,ヒドラジンの利用は長年宇宙開発におけるコスト増加の 一因となってきた[11].さらに,ヒドラジンは2011年6月より欧州のREACH法が定める 高懸念物質(SVHC:Substances of Very High Concern)に指定されており,近い将来使 用に制限が伴う可能性が指摘されている[12].加えて,これまで触媒Shell-405の製造を担
ってきたShell Chemicalsが,2002年に製造を中止したという事実もある.現在では代替
品として,Aerojetが製造を行うS-405や欧州製のKC12GA等が用いられているが,これ らの触媒は性能面で若干の差異が確認されている[13][14].各国の宇宙開発機関ではこれらの
5
推進剤および触媒の供給が停止する懸念から,自国産の推進剤・触媒の新規開発を急いで いる.
1.4 低毒性推進剤
前述のヒドラジン利用を取り巻く環境の変化により,近年ヒドラジンに代わる新たな一 液式推進剤として低毒性推進剤(グリーン・プロペラント)が注目を集めている.低毒性 推進剤とは,ヒドラジンよりも毒性・発がん性が低い推進剤の総称である.RCSスラスタ の推進剤を従来のヒドラジンから低毒性推進剤に置き換えることができれば,充填や残留 推進剤の廃棄などの作業時に必要な防護服,設備,工数を減らすことができ,さらに将来 ヒドラジンおよび触媒が供給不足に陥った際にも対応できるなど,宇宙開発市場に与える インパクトは非常に大きい.このような理由から,各国の宇宙開発機関では低毒性推進剤 の開発,さらにはそれを用いたスラスタの宇宙実証プロジェクトが盛んに進められてい る.表1.2に各国で研究開発が行われている主な低毒性推進剤とヒドラジンの比較を示 し,以下でそれぞれの系統の推進剤の詳細について述べる.
表1.2 ヒドラジンと代表的な低毒性推進剤との比較[15]
HAN系推進剤
HAN(Hydroxylammonium Nitrate; NH2OH・HNO3)を主成分とした推進剤であ り,代表的なものには米国空軍研究所が開発したAF-M315Eや,JAXAのSHP163, IHIエアロスペースのHNPが挙げられる.これらの推進剤を用いたスラスタは既に 宇宙実証可能な段階まで開発が完了している.
ヒドラジン SHP163 AF-
M315E LMP-103S 過酸化水素
組成 N2H4 HAN/AN
/H2O/CH3OH
HAN /HEHN /H2O[16]
ADN/NH3
/H2O /CH3OH
H2O2
凝固点, ℃ 2 <-30 -22 -7 -6 密度, g/ml 1 1.4 1.5 1.3 1.4 理論比推力, s 239 276 266 255 182 密度比推力,
s・g/ml
241 396 390 332 256
断熱火炎温度 1183 2401 2166 2054 1154 LD50(経口),
mg/kg
60[17] 500-2000[17] 550 [18] 850-800[19] 1761 (計算値) [20]
LD50(経皮), mg/kg
91[17] >2000[17] N/A N/A 1941 (計算値) [20]
6
AF-M315Eを用いたスラスタについては,2019年6月25日にFalcon Heavyによ って打ち上げられたSpace Test Program-2 (STP-2)に含まれる衛星のひとつである Green Propellant Infusion Mission (GPIM)に搭載され,現在実証が行われている.
スラスタはAerojet RocketdyneやBusek Co. Inc.が製造を担っており,既に1Nおよ び22Nのスラスタがラインナップされている[21] [22] [23].
JAXAの開発した推進剤SHP163については,2019年1月18日にイプシロンロケ ット4号機にて打ち上げられた小型実証衛星1号機 (RAPIS-1)のミッションのひとつ として,触媒による燃焼を用いた1Nスラスタの軌道上実証が行われている[15][24]
[25].このスラスタは地上試験においては比推力約200s,累積作動時間5000s,累積
パルス数10000回等の性能が報告されている.SHP163の特性について詳しくは後述
する.
IHIエアロスペースによって開発されたHNPは,HAN/HN(硝酸ヒドラジン)
/メタノール/水から構成され,この組成によりHANの2000℃近い燃焼温度や自触 媒作用といった欠点を抑えることが可能となっている.既にHNPを推進剤とした4N クラスのスラスタが製作されており,真空シャンバ内の燃焼試験で推力1~3N,パル ス作動4000回以上,トータルインパルス1000N・s以上,比推力170s等の性能が得 られている.このスラスタは小型衛星用として設計されており,3Dプリンタを活用 して部品点数を減少させコスト削減を図るなどの工夫が施されている[26] [27].
ADN系推進剤
ADN (Ammonium Dinitramide; NH4N (NO2)2)は元々1970年代のロシアで固体ロ ケットエンジンの酸化剤として研究が行われていたが,のちにHANと同様に水に溶 解することから液体推進剤としての利用が検討されるようになった.代表的な推進剤
にはLMP-103SやFLP-106などが挙げられる.特にLMP-103Sを利用したスラスタ
は,2010年のスウェーデン宇宙公社 (Swedish Space Corporation; SSC)のPRISMA プロジェクト(2019年3月22日打ち上げのイタリアの衛星PRISMAとは異なる)
において既に実証が完了している.LMP-103Sを推進剤とした一液式スラスタは
100mN~200Nまで非常に幅広い推力レベルのスラスタのラインナップ化が計画され
ており,今後様々な宇宙ミッションに利用される事が予想される[28] [29].
過酸化水素
1.3節で述べたとおり,過酸化水素は1960年代まで一液式スラスタの推進剤の主流 であったが,ヒドラジンスラスタの登場によって現在では殆ど用いられていない.し かし近年では毒性が低いことによる取扱の容易さから,超小型衛星への適用可能性に 注目が集まっている.過酸化水素の欠点として,比推力が低いことや長期保存が難し いことが挙げられるが,元々寿命が短く軽量な超小型衛星にとってはその欠点をリカ バーする必要が無いため,有用な推進剤だと言える.2014年に打ち上げられた超小型 衛星ほどよし3号機には過酸化水素を推進剤とした推進系が搭載されている[30].
7
本研究室ではJAXAによって開発された国産の推進剤SHP163に着目し,スラスタの 開発を行ってきた.以下にSHP163の主成分であるHANや推進剤自体の化学的・物理的 な性質や燃焼特性について述べる.
1.5 HAN (Hydroxylammonium Nitrate)
HAN (Hydroxylammonium Nitrate; 硝酸ヒドロキシルアミン)は化学式NH2OH・
HNO3で表される常温・常圧で白色の固体であり,潮解性を示す物質である.化学的には ヒドロキシルアミンと硝酸由来の塩であり,容易に水に溶ける性質を持つ.常温では最高
95wt%のHAN溶液が製作可能である[31].産業としての利用は,1960年代ごろから核燃
料処理施設において,プルトニウムを再使用のために還元する用途やプルトニウム-ウラ ンの混合物から二者を分離する用途,さらに機器を除染する用途で低濃度のHAN溶液が 用いられていた[32].より高濃度のHAN溶液に関しては,その毒性の低さが航空宇宙分野 から注目され,90年代ごろから砲弾やスラスタの推進剤としての利用が検討されるように なった[33].
その中で,1970年代以降HAN溶液を貯蔵するタンクの爆発事故が複数確認されている
[32] [34].後の調査によって,これらの事故はHANが持つ自己触媒作用という特性が原因で
あると判明している.自己触媒作用とは,化学反応によって生成される物質が,もとの物 質の反応をより促進する作用のことを言う.HAN溶液の自己触媒作用は1981年に
Gowlandらによって説明されており,それによれば溶液の分解はHNO2(亜硝酸)の存
図1.3 HAN系推進剤の各圧力条件下における線燃焼速度特性[37]
8
在によって加速度的に進行し,爆発に至るとされる[35].
自触媒作用という特異な性質に加え,HAN溶液は高圧環境下において線燃焼速度が急 激に増加するという特性を有することが分かっている[36].図1.3 にHAN系推進剤である
XM46,HANGLY26,HAN269MEO15の各圧力条件下における線燃焼速度特性を示す.
グラフから,それぞれの推進剤に線燃焼速度の勾配が急激に増加する圧力領域があること が分かる.HAN溶液を推進剤として用いる場合,高圧ガスタンクにおける貯蔵時や燃焼 室における燃焼時など,推進剤が高圧環境にさらされる機会が多い.そこで線燃焼速度が 高い圧力領域に達してしまうと,熱のフィードバックが起こり,推進剤タンクの爆発など の大事故につながる可能性が考えられる.そのためHAN系推進剤の開発は,上記の自己 触媒作用と線燃焼速度特性の2つを,推進剤の組成を変えることでどのように制御するか がひとつの鍵となっている.
1.6 HAN系推進剤SHP163
SHP163はISAS / JAXAによって開発されたHAN系の液体推進剤で,HAN (NH2OH・
HNO3) / AN (NH4NO3) / 水 (H2O) / メタノール (CH3OH)を質量比73.6 / 3.9 / 6.2 / 16.3 で混合させた溶液である.常温常圧でわずかな淡黄色,わずかなメタノール臭を示す.表1.3
にSHP163を構成する各成分の物理的特性を示す.SHP163は酸化剤/燃料の混合物であ
り,HAN / ANがそれぞれ酸化剤,メタノールが燃料として機能し,単体としての燃焼が実
現する.各成分は燃焼に寄与する他にも様々な役割を担っており,ANには推進剤の分解を 妨げ長期保存を可能にするほか,推進剤全体の凝固点を下げる役割がある.さらにメタノー ルや水の混合割合を変えることによって HAN 溶液の特性である高圧時の急激な線燃焼速 度の増加をコントロールすることができる.推進剤開発の際には様々なメタノール質量割 合の HAN 溶液が試験され,最終的に線燃焼速度の急激な増加を最も低減させることがで き,かつHANとの量論混合比が最適となるメタノール16.3%という質量割合が採用された
(SHP163 の 163 と い う 数 字 は メ タ ノ ー ル の 濃 度 を 示 し て い る ).図 1.4 に は
HAN/AN/H2O/MeOH の混合物に対してメタノールの割合を変化させた際の線燃焼速度の
圧力依存性を示している.各組成の混合物のうち,95/5/8/21という組成のものが最も線形 でなだらかな線燃焼速度特性を示していることが分かる.この組成割合がSHP163 に採用 されている[38].
表1.2 に示したとおり,SHP163はヒドラジンと比べて低毒である他にも様々な優位な 特性を有している.第一にSHP163の理論比推力の値はヒドラジンよりも高いため,衛星 に対してより効率よく推進力を与えることができる.加えて推進剤の密度はヒドラジンの およそ1.4倍であるため,同じ推進剤質量を積載した時にタンクの容積を低減することが でき,宇宙機に搭載可能な部品点数の増加に寄与する.さらにSHP163の凝固点は-30℃
以下と低いため,推進剤供給系の凝固を防ぐためのヒータへの消費電力を低減できる.
SHP163はこのような優位な特性を有する点や低毒であること,さらに自国での供給が
9
可能であることから,国内で実用化が強く期待されている推進剤である.
HAN[39][40] AN[41] メタノール[42] 水
化学式 NH2OH・
HNO3
NH4NO3 CH3OH H2O
質量比, wt% 73.6 3.9 16.3 6.2 融点, ℃ 48 170 -98 0
沸点, ℃ N/A >210(分解) 65 100
密度, g/ml 1.92 1.72 0.793 1
CAS No. 13465-08-2 6484-52-2 67-56-1 7732-18-5
役割[38] 酸化剤 長期保存のため 凝固点を下げる
燃料(割合で燃 焼速度をコント ロール可能)
溶媒
構造[43]
図1.4 HAN系推進剤の組成と線燃焼速度特性の関係[37]
表1.3 SHP163の各成分とその物理的特性
10
しかしSHP163の欠点として,断熱火炎温度が非常に高いこと,そして強い腐食性を持
つ点が挙げられる.そのため高温で燃焼する際に強い酸化雰囲気を形成してしまい,従来 のS405等の触媒を用いると劣化が起こり,性能が急激に低下することが確認されている
[44] [45].このことから,SHP163を推進剤としたスラスタを新規開発する際,耐食性を持
つ新たな触媒の開発,あるいはSHP163を燃焼させることのできる新たな反応機構の開発 のいずれかを達成する必要がある.
1.7 放電プラズマ点火システムを有するスラスタ
本研究室では,推進剤SHP163を燃焼させるための新たな反応機構として,放電プラズ マを用いた点火機構を有するスラスタを開発し性能の取得を行ってきた[45].放電プラズマ を用いた点火システムの利点として,高い燃焼温度の維持と早い応答性の実現の2つが考 えられる.前者は,高い温度を持つ熱平衡プラズマを推進剤に作用させることにより,
SHP163の断熱火炎温度を上回る温度雰囲気を持続的に生成し,燃焼維持が可能となりう
る.また,一般的な燃焼反応は数~数十msのオーダーの間に行われるが,放電プラズマ の生成に要する時間はμsオーダーであるため,放電プラズマを用いた点火システムによっ てRCSスラスタに要求される早い応答性の実現が期待できる.
中でもプラズマ生成用の二次ガスとしてArを供給し,Arプラズマと推進剤SHP163を 接触させることで燃焼を行うスラスタは最大推力0.5~0.6N,比推力120~130s等の性能 が確認されている.しかしその中で,流量の大きい場合には推進剤への着火が不可能とな り,スラスタとしての作動ができない場合があることが確認された.さらに,推進剤の供 給量を増加させるにつれて推進剤の完全燃焼が起こりにくくなり,性能の理論値を引き出 せなくなるという問題点も明らかとなっている.これらの性質は,スラスタに要求される 高信頼性という観点とはかけ離れているため,このスラスタにおいて解決すべき最優先課 題であると言える.Arプラズマを用いたスラスタの性能やこれらの現象について詳しくは 第3章で述べる.
1.8 研究目的
本研究では,上記のスラスタの作動安定性(推進剤への着火安定性)および流量増加時 のスラスタの性能低下(推進剤の反応性低下)という2つの問題点に対し,放電特性の観 点からの抑制を試みる.変化させるプラズマの放電特性として,放電の形態やエネルギー に直接的な影響を持つと思われるプラズマの電流値とアノード-カソード間の電極間距離 の2つをパラメータとした.放電特性とスラスタの推進性能の関係が判然とすれば,安定 で高信頼性を持ったスラスタ作動が実現できるだけではなく,将来スラスタのスケールア ップを行う際にも有用なデータを示すことができると考えられる.
本論文は6つの章から構成されており,第一章では一般的に二次推進系と呼称される RCSスラスタの現状や推進剤の種類,そして各国の低毒性推進剤を用いたスラスタの開発
11
状況を紹介し,現在の宇宙開発市場における低毒性スラスタの重要性を示した.第二章で は本研究において使用する実験機器や計測器について述べる.第三章では先行研究および その再現実験において取得されたデータを示し,前述の解決すべき課題を定量的に議論す るとともに,スラスタ内で生成される放電プラズマ特性の把握を試みる.第四章ではスラ スタ作動時にプラズマ生成を行う電源の電流設定値および推進剤の供給圧(推進剤の流量 に相当)の2つをパラメータとし,スラスタ作動および着火の安定性の評価を行う.同時 に,単位質量あたりの推進剤を着火・燃焼させるにあたって必要な投入エネルギーについ ても議論を行う.第五章ではスラスタ内で放電を生成するアノード-カソード間の距離を 変更したスラスタを複数作成し,従来のものと比較して各種推進性能がどのように変化し たかを示し,議論・考察する.第六章では本研究で判明した事柄を結論づけ,本論文の結 びとする.
12 第2章 実験機器
2.1 真空装置
本研究では真空層内の減圧下においてスラスタの作動を行う.図2.1 (a) に真空層の外観 図,(b) に排気系のコンフィグレーションを示す.真空層は内径φ600mm,長さ1000mm の円柱形状となっており,材質はSUS304 である.排気にはロータリーポンプとメカニカ ルブースターポンプを用い,槽内の圧力はPFEIFFER 製のピラニ真空計である TPR 280 によって取得する.槽内でスラスタの作動を行う際は,SHP163の燃焼生成物のひとつであ るNOxなどの有害物質がポンプ内に流入する事を防止するため,ポンプと真空層の間に設 けられたゲートバルブを閉じた状態で実験を行う.この際,バルブを閉めた後に槽内の圧力 は時間と共に上昇を続けるが,槽内圧力がおおよそ10Paの時点でスラスタの作動を開始し ている.
(a) (b)
図2.1 真空装置 (a)外観,(b)真空層および排気系の構成
2.2 電源系
プラズマ生成には直流安定化電源を用いている.本研究で用いる直流安定化電源の仕様 を表2.1に示す.通常のスラスタの作動にはNISTAC製HV-2K10を用いるが,第5章に おける電極間距離(𝑑𝑒)が 10.7mm のスラスタの実験において同電源では所望の放電形態が 出力できなかったため,NISTAC 10K05Sを用いてスラスタの作動を行っている.
表 2.1 各電源の仕様
NISTAC HV-2K10 NISTAC 10K05S
Voltage Range 0~2.0kV 0~10kV
Current Range 0~1.0A 0~0.5A
Output CC / CV CC / CV
13 2.3各種測定系
2.3.1 推力測定系
スラスタ試験時には図2.2に示すようなスラストスタンドを用いる.推力測定には共和電 業製のロードセル LTS-200GA M2 を用いる.スラスタを固定する上部の板は,2 枚の
SUS303製の板ばねを用いて支えている.さらに実験前にはXYZステージを用いてロード
セルへプリロードを与える.これにより,スラスタが作動すると上部の板が動き,その力が ロードセルに伝わることで推力の測定が可能となる.出力される推力波形にはスラストス タンドの固有振動数である約 29Hz の振動が同時に計測されるが,本研究では推力波形に 平滑化などの処理は行っていない
スタンド上部の滑車はキャリブレーションを行う際に用いる.キャリブレーション時の
構成は図2.3 (a)に示しており,(b)に出力結果の一例を示す.キャリブレーションには質量
の同じ6つの錘を用い,1~6個の錘を順番に糸へ吊り下げていき,それぞれの荷重と出力 電圧の関係をグラフにプロットし,それらの近似直線の傾きが校正係数となる.キャリブレ ーションは実験前に2回,実験後に1回行い,それぞれの傾きを平均してその実験全体の 校正形数を導出する.
図2.2 スラストスタンド外観
表2.2 推力測定用ロードセルの仕様
KYOWA LTS-200GA M2
Range 0~2.0N
Calibration factor 0.608N/mV (initial)
0.680~0.720N/mV (actual condition)
Recommended bridge voltage 1~2V, AC or DC
Bridge Resistance 120Ω ± 10%
Rated Output 1.5mV/V
14
(a) (b) 図2.3 (a)キャリブレーション時の構成, (b)出力結果
2.3.2 放電波形測定系
放電プラズマの電圧値・電流値はそれぞれ電圧プローブ,電流プローブを用いて測定を行 う.電圧プローブはTektronix製のP6015A,電流プローブはTektronix製のTCP312A / TCPA300やHIOKIの9274 / 3270(アンプ),3273-50 / 3272(電源)の3つを用いてい る.それぞれの仕様を表2.3および表2.4へ示す.
表2.3 電圧プローブの仕様
Tektronix P6015A
Bandwidth DC
Range 0~20kV
Accuracy ±3% (1000 : 1)
Response ≤4.67ns
Output ±10V
表2.4 各電流プローブの仕様 Tektronix
TCP312A
HIOKI 9274
HIOKI 3273-50
Bandwidth DC~100MHz DC~AC10MHz DC~50MHz
Range 0~5A (1A/V) 0~20A 30A rms
Accuracy ≤3% 0.5%rdg. ±0.1%f.s. ±1.0%rdg.±1mV
Response ≤3.5ns <35ns <7ns
Output (Amp) ±5V ±5V ±1V
15 2.3.3 圧力測定系
圧力計は燃焼室圧,推進剤供給圧,真空層内圧力を記録する際に用いる.燃焼室圧,推進 剤供給圧等の高い圧力範囲を測定する際にはKEYENCE製AP-13Sを,真空層圧力の測定
にはPFEIFFER 製のピラニ真空計TPR 280 をそれぞれ用いる.各圧力計の仕様は表2.5
に示す通りとなっている.
表2.5 各圧力計測系の仕様
2.3.4 推進剤・ガス流量測定系
推進剤SHP163の流量はKEYENCEコリオリ流量計FD-SS02Aを用いて取得する.コ
リオリ流量計は元々質量流量を測定する装置だが,この流量計の仕様には体積流量を出力 するように記載されている(記載されていないだけで質量流量での出力も可能である).よ って混乱を防ぐべく,はじめにコリオリ流量計内で推進剤 SHP163 の密度を指定し
(1400/1000 [g/cm3]),体積流量に変換した後にロガーへ入力,その後質量流量へと再度変 換を行う.また,出荷時の仕様でゼロカット流量が10mL/min となっているが,この機能 はオフにして実験を行っている.
プラズマ生成のための2次ガスであるアルゴンの流量は,KEYENCE FD-A10を用いて 取得する.この流量計はN2のみの流量を測定する仕様となっているが,これは過去にAr やHeなど様々な流体の流量を校正係数を用いて算出していたためである.各流体の校正係 数は,水上置換法で求めた実流量と,流量計から出力された流量とを比較することで算出し
ている[47] [48].二者の比較の結果,Arの実際の流量は出力された公称の流量の1.4倍となる
ことが分かっているため,本研究においてもその結果を用いてArの流量を記録する(なお,
この 1.4 という数値は熱流量計の流体換算の際に用いるコンバージョンファクターのアル ゴンガスの値と一致しており,今後異なる流体を用いて実験を行う場合はコンバージョン ファクターを用いて流量を算出できる可能性が示唆される).また,この流量計に関しても 測定原理によれば本来質量流量を測定するものであるが,出力が体積流量でしか行えない ため,ロガーへ出力された後に校正係数と気体密度を考慮した質量流量へと変換する.
アルゴンの流量調節にはKEYENCE製インラインスピードコントローラFD-C1 を使用 しており,これによりスラスタの燃焼室圧力が変化した際にも一定の質量流量を供給する ことが可能である.気体の流量はFD-C1上部にあるツマミを調節することにより設定でき る.
KEYENCE AP-13S PFEIFFER TPR280
Range 0~20MPaG 5 ∙ 10−3~1000hPaA
Accuracy ± 0.5% of F.S ± 15 % (10−3~100hPa)
Response 1ms 80ms
Output 4~20mA 2.2~8.5V
16
表2.6 各流量計測系の仕様
2.3.5 データロガー
本研究においては上記の測定機器で計測した値を KEYENCE 製のデータロガーNR-500 を用いて収集し,PC へ出力している.出力されてきたデータは専用のソフトである
KEYENCE WAVE LOGGERを用いることで一覧化することができ,実験中のモニタリン
グや実験後のデータ整理を行う.推力測定に用いるロードセルの収集にはひずみゲージ計 測ユニットのNR-ST04を,それ以外の測定系の収集には高速アナログ計測ユニットのNR- HA08を用いた.すべての実験におけるデータ収集はサンプリング周波数1kHzで行ってい る.それぞれの仕様を表2.7へ示す.
表2.7 データロガー仕様
KEYENCE FD-SS02A KEYENCE FD-A10
Range 0~200mL/min 0.3~10L/min
Zero cut flow rate Off <0.3L/min
Accuracy ±3%F.S. ±0.5%F.S.
Response 50ms 30ms
Output 4~20mA 4~20mA
KEYENCE NR-ST04 KEYENCE NR-HA08
Setting range ±5mV ±1V, ±5V, ±10V
±20mA
Input impedance > 1MΩ > 1MΩ±1% (voltage),
250Ω±1%
Setting sampling
frequency 1kHz 1kHz
Accuracy ±0.2% of F.S. ±0.1 of F.S.
17 2.4 推進剤およびプラズマ生成用2次ガス供給系
図2.4に推進剤およびアルゴンガスの供給系のコンフィグレーションを示す.
推進剤供給にはN2ガスを使用したブローダウン方式を採用している.推進剤供給圧は2 つのレギュレータを用いており,まず上流のレギュレータを用いて0.9MPaGに調圧したあ と,下流のレギュレータにより0.2~0.8MPaG の所望の推進剤供給圧へと調整する.この 時,ソレノイドバルブの下流にある圧力計が示す値が推進剤供給圧となる.さらに下流では 真空層内部に入り,推進剤SHP163のタンクへと至る.タンクの容量は約25ml (SHP163:
35g)となっている.その後,真空層外部にあるコリオリ流量計を経由して推進剤はスラスタ へと供給される.推進剤の流量は推進剤供給圧とスラスタ内の燃焼室圧の差圧により一意 に決定されると考えられるが,実際にはスラスタの構成や推進剤チューブの位置によるコ ンダクタンスの変化などの影響を受け,同じ供給圧と燃焼室圧でも異なった流量を示すこ とがある.
プラズマ生成用の 2 次ガスであるアルゴンガスは,上流のレギュレータを用いて
0.6MPaGに調圧されたのち,スピードコントローラによって一定となった流量がスラスタ
へと供給される.アルゴンガスの流量はすべての実験において0.15g/sに設定している.ソ レノイドバルブ下流に設置されている圧力計は,スラスタ作動中に燃焼室圧とほぼ同じ圧 力を出力することが先行研究により示されているため,本研究においてもここで取得され た値を燃焼室圧として近似する[54].
図2.5 推進剤およびプラズマ生成用Arガス供給系
18
第3章 放電プラズマ点火システムを有する一液式スラスタ
本章では,放電プラズマ点火システムを有する一液式スラスタの構成,作動原理,実験構 成,推進性能,確認されている性質や問題点について述べる.実験結果については記載の無 い限りすべて先行研究[49]の再現実験を行なった際に取得されたものとなっている.
3.1 放電プラズマ点火システムを有する一液式スラスタ概要
図3.1に放電プラズマ点火システムを有する一液式スラスタの構成を示す.このスラスタ は始めにアルゴンガスに旋回を加えてスラスタ内へ供給したのちに,アノード-カソード 間に電位差を与えてアルゴンプラズマを生成する.その後,上流のインジェクタから推進剤 を供給してアルゴンプラズマと接触させることにより燃焼を誘起する.
プラズマ生成のための2次ガスであるアルゴンガスの流量(𝑚̇Ar)はすべての実験において
0.15g/sに統一している.同時にアルゴンガスには旋回を与えたのちにスラスタ内へ供給を
行う.プラズマ生成ガスに旋回を与えることにより,スラスタ流路の半径方向全体にプラズ マの放電パスが広がり,推進剤との接触率を向上させる効果が期待できる.旋回強度(形状 スワル数; 𝑆𝑔)の定量化については式3.1に示す式を用いており,このスラスタについては 𝑆𝑔= 6.7と な る よ う に 設 計 し て い る . こ れ ら の 値 は , 過 去 に 形 状 ス ワ ル 数 (𝑆𝑔 = 0, 3.4, 6.7, 13.4 ; 計4パターン)とアルゴンガスの質量流量(0.125, 0.150, 0.175 g/s ; 計3 パターン)をパラメータとして推進剤の着火率および点火遅れ時間を評価した際,𝑚̇Ar= 0.15g/sかつ𝑆𝑔= 6.7が最も良い性能を示したためである[50].
𝑆𝑔 ≡(𝑅𝑐− 𝑅0) ∙ 𝑅𝑐 𝑛𝑅02
(𝑅𝑐:旋回半径[m], 𝑅0:オリフィス半径[m], n:オリフィスの数)
図3.1放電プラズマ点火システムを用いた一液式スラスタ (3.1)
19
推進剤の供給には LEE valve のストレートインジェクタ,INZA4710975H を用いてお り,インジェクタの内径はφ0.0100” (0.25mm)となっている.先行研究ではストレートイン ジェクタを用いたスラスタと,アトマイザーを用いて推進剤を供給するスラスタで推進性 能の比較がなされており,それによればストレートインジェクタの方が着火率が良好であ ったため本研究においてもストレートインジェクタを使用する[51].
スラスタ流路径は𝜙4.2mm に統一している.これはアノード-カソード間およびアノー ド-ノズル間を絶縁するための既製品のアルミナガイシ(坂口電熱製)の内径に合わせてい る.SHP163の爆轟性に関する先行研究によれば,SUS304配管を用いる際のSHP163の 限界薬径は10~22mmの間にあることが分かっており,このスラスタの流路径は安全対策 上十分であると言える[52].
ノズルのスロート径は𝜙1.25mm,出口の径𝜙8.5mmであり,これは膨張比約46に相当す る.ノズルスロート径は NASA CEA[63]を用いたシミュレーション結果から,推進剤流量
(𝑚̇SHP163)が 0.4g/s となるとき燃焼室圧(𝑃𝑐)が 0.4MPaAとなるように設計している.この
とき推進剤の理論比推力から導出される理論推力は約1Nとなる.膨張比については,一般 的なノズル理論によると燃焼室圧と排圧との比および燃焼ガスの比熱比が一定である際に,
推力係数が最大となるノズル膨張比は一意に決定される.しかし本研究におけるスラスタ の作動環境は体積の小さな真空層内であり,スラスタ作動中に排圧が絶えず上昇を続ける ため,最適なノズル膨張比が存在し得ない.よって,燃焼室圧が0.4MPaA,比熱比γ = 1.25 とした際に排圧が 700PaA 付近をとるとき適正膨張となることを想定した膨張比を採用し た.ノズルの収束角および発散角は半角15°をとる[53].
アノード部への電力供給は直流安定化電源を用いる.アノードを覆うポリカーボネート またはレジン製の部材(ハウジング)にはM3のネジ穴が空いており,ここにシールテープ を巻いたSUS製のネジを通すことによりスラスタ内部のシールおよび電源のプラス側の銅 線とアノードとの結線を同時に行う.スラスタのカソードは電源のマイナス側に銅線を通 して繋げており,これはカソードより上流のすべての金属部品について同様である.このス ラスタ構成ではアノード-カソード間およびアノード-ノズル間で放電が起こりうるが,
アノード-カソード間の電極間距離(𝑑𝑒)をアノード-ノズル間距離(𝑑𝐴−𝑁)よりも短くする ことによって電極間での放電生成を起こりやすくしている.しかしスラスタ作動中はノズ ルにも多少の電流が流れるため,カソードとノズルは別電位にしてそれぞれに流れる電流 値を計測している.各部品同士はM3の通しボルト4 つで接続しており,スラスタ内部の シーリングにはフッ素ゴム製のO リングを用いて行っている.また,アノードおよびカソ ードの材質はSUS303 を用いているが,スラスタの作動に伴い,電極に損耗が確認されて いるため,今後電極材質についても選定を行う必要がある[49].
また,このスラスタにおいてアノード-カソード間の流路の空間を放電室,アノード部を 含めたアノード-ノズル間の流路の空間を燃焼室と呼称する.
20 3.2 スラスタの作動シーケンス
スラスタの作動シーケンスを図3.2に示す.このスラスタはPhase1~3の3つの段階を 経ることで作動がなされる.横軸は時間を表しており,Phase 1のアルゴンガスのバルブを ONする際の時間を0秒としている.それぞれのフェイズについての概要は表3.1において 説明している.
スラスタの作動を停止する場合,Phase1~3の段階を逆に行う.推進剤バルブON~OFF までの時間がスラスタの作動時間となり,図3.2の場合,16 秒間スラスタの作動を行って いる.
図3.2 スラスタ作動シーケンス
表3.1 スラスタ作動シーケンスの各作動フェイズの概要
Phase No. 時間 概要
Phase 1 0~2s アルゴンガス供給系の電磁弁をOPENし,アルゴンガスに旋回
を加えながらスラスタ内への供給を行う.
Phase 2 2~4s DC電源を作動させ,アノード-カソード間でアルゴンプラズマ
を生成する.
Phase 3 4s~ 推進剤バルブをOPEN し,推進剤とアルゴンプラズマを接触さ
せることにより推進剤の燃焼を行う.
21 3.3 実験コンフィグレーション
図3.3にスラスタ作動を行う際のコンフィグレーションを示す. 推進剤およびアルゴン ガス供給系の概要は2.4節で説明した通りとなっている.
電源系ついては,アノード/カソードそれぞれに電源のプラス/マイナスに結線された 銅線が接続されており,マイナスの銅線については電源側でグラウンドに接続されている.
それぞれの銅線には電流プローブが設置されており,流れた電流値を記録することができ る.また,真空層の外側において,両者の銅線の間に電圧プローブが接続されており,スラ スタに掛かる電圧を測定している.電源のプラス側の配線の上流には 470Ω のセラミック 抵抗(CJT1000_470R, Tyco Electronics)が接続されており,これは絶縁破壊などの際に銅 線に過電流が流れる事を防ぐためである.セラミック抵抗を設置しない場合,電流プローブ の定格値以上の電流値が瞬間的に流れて電流プローブがエラー状態となり,それ以降の電 流値測定が不可能となることが実際に確認されている.スラスタのノズルにも配線が繋が れており,これを真空層外で接地することによりノズルに流れる放電の電流値が測定可能 となる.
電源側のメモリを設定することによって電圧/電流値の制限をかけて定電圧(CV)作動 あるいは定電流(CC)作動を切り替えることが可能だが,今回は先行研究の条件である制
限電圧2kV,制限電流0.8AのCC作動によって放電を制御している.
実験パラメータは推進剤供給圧(𝑃𝐹)とし,先行研究に則って𝑃𝐹= 0.2, 0.4, 0.6, 0.8MPaGの4 パターンで実験を行う.評価項目は,放電の電流・電圧値,カソード/ノズルそれぞれに流 れる電流値,消費電力値,推力,比推力,推力電力比,推進剤流量,燃焼室圧力である.燃 焼室圧力については2.4章でも述べたとおり,Arの供給系ソレノイドバルブ下流の圧力計 が示す値を燃焼室圧力とする[54].消費電力の値の導出には一般的なプラズマの消費電力と して用いられる式 3,2を用いる[55].
𝐸 =1
𝑇∫ 𝑣(𝑡)
𝑇 0
× 𝑖(𝑡)d𝑡
また,比推力についてはアルゴンガスの存在を考慮し,𝑚̇SHP163と𝑚̇Arの和を分母とした 以下の式を用いて算出する.
𝐼𝑠𝑝= 𝐹
(𝑚̇SHP163+ 𝑚̇Ar)𝑔
さらに,推進剤SHP163の理論比推力(𝐼𝑠𝑝𝑡ℎ)は276 秒であると既に分かっているため,
式 3.3 のこのスラスタの理論推力(𝐹𝑡ℎ)を用いて,アルゴンガス流量(𝑚̇Ar= 0.15g/s)の存在 を考慮したある流量時における理論比推力(𝐼𝑠𝑝𝑡ℎ,Ar)は以下のように表すことができる.
𝐹𝑡ℎ= 𝐼𝑠𝑝𝑡ℎ∙ 𝑚̇SHP163∙ 𝑔
𝐼𝑠𝑝𝑡ℎ,Ar= 𝐹𝑡ℎ
(𝑚̇SHP163+ 𝑚̇Ar)𝑔
(3.2)
(3.3)
(3.4)
22
= 𝐼𝑠𝑝𝑡ℎ∙ 𝑚̇SHP163
𝑚̇SHP163+ 𝑚̇Ar= 276 × 𝑚̇SHP163 𝑚̇SHP163+ 0.15
なお,すべての評価項目についてはスラスタを停止させるまでの 3 秒間の定常状態を区 間平均して決定する.
図3.3 実験コンフィグレーション
3.4 取得されたスラスタ性能
図 3.4 に,𝑃𝐹= 0.8MPaGの条件下におけるスラスタ作動中の各評価項目の時間履歴を示
す.横軸はPhase 1の開始を0秒とした際の時間を示しており,縦軸には上から真空層圧 力,推力と燃焼室圧,推進剤とアルゴンの流量,電圧値,電流値をとっている.以下,各フ ェイズで起こっている現象を説明する.
Phase 1において,真空層圧力はt < 0sの時点で10Pa程度を示している.スラスタ内へ のアルゴンガスの供給が始まると,燃焼室圧力は0.1MPaA程度に上昇し,推力としてはガ スの排出による推力である1N弱が記録される.同時にスラスタへ供給しているものと同等 量のアルゴンガスが真空層内に排出されるため,真空層圧力は上昇を始める.
Phase 2についてはDC電源作動を行っているが,電圧波形に着目すると,t = 2.5sの時
点で電圧値が急に下降している.これがアルゴンガスの絶縁破壊であり,この瞬間からアル ゴンガスはプラズマ化し,アノード-カソード間に電流が流れる.この段階では電流電圧波 形は比較的安定な放電形態をとっており,電圧約260V,電流約 0.8Aを中心としてわずか に振動している.推力,燃焼室圧に注目すると,Phase 1のときよりもわずかに上昇を見せ
(3.5)
23
ている.これはプラズマ化によってアルゴンガスのエンタルピが上昇し,放電からガスへ与 えられたエネルギーが排出時には運動量に変換されているためだと考えられる.
Phase 3ではスラスタへ推進剤SHP163の供給が行われるが,推力/燃焼室圧の立ち上
がりはバルブ OPEN から約 1 秒後に観察される.これはバルブ~スラスタまでが長さ約
100mmのフレキシブルのチューブで接続されているためである.推進剤がスラスタ内に到
達すると,スラスタ内のアルゴンプラズマと推進剤とが接触し燃焼が開始するとともに,燃 焼室圧および推力は上昇を始める.これらが定常になるまでに要する時間は1~2秒程度で あるが,一般的なRCSスラスタの応答性は数十~数百msである[56]ため,今後さらなる応 答時間の短縮が求められる.また推進剤流量に注目すると,バルブOPEN時の推進剤流量 から定常状態に至るまでに流量が降下していることが見て取れる.これは,燃焼室圧が上昇 したことにより推進剤供給圧との差圧が減少したためである.一方でアルゴンガスの流量 についてはスピードコントローラを用いているため,燃焼室圧の変化に依存せず常に一定 の流量を供給している.真空層内の圧力に着目すると,Phase 1, 2の時よりも急勾配で上昇 している.これはアルゴンガスの排出に加えて推進剤の燃焼生成物が気体となって排出さ
図3.4 各種スラスタ性能の時間履歴
24
れているためである.放電波形に注目すると,Phase 2の時よりも著しく振動が増幅してい る.さらに電流については電源側で0.8Aの制限を設けているものの,瞬間的に2A以上の 大電流が流れていることが確認できる.これらの放電現象については3.5節で考察する.
この実験における性能は推進剤のバルブCLOSEまでの3秒間( t ≈ 17~20s)までの区間 平均を求めることによって算出しており,この試験によって得られた結果は表3.2にまとめ ている.
表3.2 各評価項目の平均値 推力(𝐹) 0.512N 比推力(𝐼𝑠𝑝) 128.0s 燃焼室圧(𝑃𝑐) 0.293MPaA 推進剤流量(𝑚̇SHP163) 0.260g/s アルゴン流量(𝑚̇Ar) 0.148g/s 放電電圧(𝑉) 691V 放電電流(𝐼) 0.950A 消費電力(𝐸) 0.459kW 推力電力比 1.115N/kW
次に,推進剤供給圧を変化させた際の推進性能の変化について議論する.図3.5に推進剤 供給圧を変化させた際の流量と推進性能の関係を示す.横軸は推進剤流量をとっており,左 から順に𝑃𝐹= 0.2, 0.4, 0.6, 0.8MPaGのときの流量を示している.縦軸には上から比推力,推 力,推力電力比,消費電力,放電電流値,放電電圧値をとっている.プロットした点は各条 件で5~6データを3回の実験にわたり取得した際の平均値であり,エラーバーには標準誤
差1σをとっている.比推力,推力のグラフに示している点線はその流量時におけるアルゴ
ンを考慮した理論比推力(𝐼𝑠𝑝𝑡ℎ,Ar)およびSHP163単体での理論推力(𝐹𝑡ℎ)を示している.
比推力に着目すると,推進剤供給圧を上昇させた際には𝑃𝐹 = 0.6MPaGまでは値の向上が 見られるが,𝑃𝐹= 0.8MPaGでは値が減少していることが見て取れる.またアルゴンガスの存 在を考慮した理論比推力と比較しても,𝑃𝐹= 0.2, 0.4MPaGでは理論値よりも大きな比推力を 記録しているものの,𝑃𝐹= 0.6, 0.8MPaGと増えるにつれて理論値との差が増加する傾向にあ ることもわかる.
同様の現象は推力値についても確認されており,𝑃𝐹 = 0.4MPaG以下においては推進剤の 理論性能を引き出せているが,𝑃𝐹= 0.6MPaG以上では理論推力と実際の推力との差は流量 が増加するに従い広がっている.比推力の傾向と異なる点として,流量を増加させていくと 推力値単体の値は上昇傾向にあることが挙げられる.
このように,このスラスタにおける問題点として,推進剤供給圧(流量)を増加させてい った際に,推力/比推力の理論値と実験値との差が増加していってしまう事が挙げられる.
なお,𝑃𝐹= 0.2MPaGにおいて推力,比推力の理論値よりも実験値の方が上回っているの
25
は,アルゴンガス単体のコールドガスジェットとしての推力が推進剤単体の推力に加わっ ているためである.
消費電力の値に注目すると,供給圧の上昇に伴い値が増加していることがわかる.これは 推進剤流量の増加に従って推進剤を反応させるのに要するエネルギーが増加しているため だと考えられる.また,消費電力値の増加は,推進剤流量の増加に伴って放電の電流/電圧 値の両者の値が大きくなっている事によるものである.なお,消費電力の導出には式3.2を 用いており,単純に電流値と電圧値の積により求められるものではないことに注意された い.以上の消費電力の増加量の勾配は推力の勾配よりも大きいため,結果として推力電力比
は𝑃𝐹= 0.4MPaG以降低下していることが確認できる.以上,本節で確認された推進性能やス
図3.5 各推進剤供給圧におけるスラスタの性能
26
ラスタの性質は先行研究でも同様に確認されているため,再現実験には成功したと言える.
3.5 スラスタ内部の放電現象
電源側で0.8Aの制限値を設けているのにも関わらず,図3.4および図3.5において,放 電電流が平均で1A付近,パルス的に 2A にまで達している事が読み取れる.この節では,
スラスタ内部で起こっている放電現象をよりミクロな視点から記述する.
図 3.6 は,推力が定常状態に達した瞬間を 0秒とした際の放電電流および電圧の時間履 歴である.両者の関係に着目すると,電流/電圧値がそれぞれ比較的安定となる点が 2 点 存在し,それらが交互に高速で入れ替わっているような挙動が確認できる.電流が低い点に ついては電流が0.8A 付近で電圧値800~1200V,電流が高い点については電流2.0A付近
で電流値200~300Vをとる.これらの電流電圧特性は,一般的なプラズマにおけるグロー
放電とアーク放電の性質と酷似している.グロー放電とは低電流高電圧の放電形態で,主に 低圧力下において生成され,非熱平衡状態(電子温度のみが高く,分子温度は室温程度の状 態)であるとされる.アーク放電は高電流低電圧の放電形態であり,大気圧付近の圧力条件 で生成される熱平衡状態の放電である.両者の境界は遷移領域呼ばれる電流値1~10Aの間 にあると言われており,このスラスタについてもこの電流値付近で作動を行っているため,
電流電圧特性が盛んに変化しているものであると考えられる[57].
グロー放電とアーク放電の移行現象についてはフリップフロップ形移行現象と名付けら れており,杉沼らによって複数の報告がなされている.それによれば,フリップフロップ形 移行のパラメータであるグロー放電率,移行平均周波数,グロー及びアークの平均寿命は放 電を起こすための電極材料ごとに固有の性質を示す.Fe電極を用いた場合,移行平均周波 数は平均放電電流400mA付近で103Hzのオーダーとなることが報告されている[58] [59].
また,電流電圧値が安定となる領域だけを見ても,電流が増加する際に電圧値も増加 し,逆に電流が減少する際に同時に電圧値が増加するというトレードオフの関係を見せて
図3.6 放電電流/電圧波形の挙動(横軸は定常推力に達してからの時間を表す)
27
いる.このトレードオフの関係は放電振動のFFT解析を行う際にも観察される.
図3.7にスラスタ定常状態における放電電流,放電電圧それぞれのFFT解析結果を示 す.データ数は4096個で解析しており,波形は1kHzで取得しているため,スラスタ作
動中の4.096秒間の解析結果ということになる.(a)の結果はスラスタの推力値が定常にな
ってからの4.096秒間,(b)はスラスタが定常状態になった後の約5秒後からの4.096秒間 のFFT解析結果となっている.
(a), (b)どちらのグラフからも,電流電圧値ともに大小は異なるものの同じ周波数のピー クが確認できる.これは電流電圧のうち片方が上昇するともう一方が減少するというトレ ードオフの関係を示していると考えられる.また,(a), (b)のグラフを比較すると,周波数 のピークが全く異なっていることが確認できる.このように,これらの振動現象はある一 定の周波数によるものではなく,複数の周波数が組み合わさり,さらにその値が時間的に 変化するという複雑な性質をもつ.
周波数のピークが絶えず変化するという性質から,この放電振動には何らかの偶発的な 因子が関与しているものと考えられる.また図3.6に示した2つの安定点の電流電圧特性 から,それぞれの安定点はグロー放電およびアーク放電の放電形態をとっているものであ ると推測される.しかし放電振動の周波数は最大でも数百Hz比較的小さいため,杉沼ら の報告とは一致せず,グローアーク間のフリップフロップ遷移であるとは言い難い.ま た,電流値2.0A付近から0.8Aへの遷移については,電源側で電流値の制限をかけるよう
図3.7 放電振動のFTT解析結果 (a) 定常状態になる瞬間,(b) (a)から5秒後
28
な働きがかかることも想定できる.以上のことから,これらの放電振動は以下のステップ を経ることで現れると考えられる.
STEP 1: 電源側の設定から,アノードカソード間ではアルゴンガスを媒質としたグロー
放電が形成される.このとき放電特性は低電流高電圧である.
STEP 2: 推進剤がアノードカソード間に流入し,燃焼が起こることでガスのエンタルピ
が上昇.同時にプラズマの分子温度が上がり,アーク放電となってプラズマの媒質は熱 平衡状態となる.このとき放電は高電流低電圧状態となる.
STEP 3: 電源側が設定を超えた過電流の流れを検知し,電流値に制限を与える.
STEP 4: 電流値が減少し,プラズマは熱平衡状態を維持できず,放電は再びグローとな
る.以降,放電はSTEP 1~4を高速で繰り返す.
3.6 スラスタの着火不安定性
𝑃𝐹= 0.8MPaGの実験条件において,スラスタの作動(推進剤の着火)が行われないパター
ンが確認されている.図3.8に点火が失敗した際の推力波形を示す.1回目の推進剤バルブ
図3.8 スラスタ作動失敗パターン時の波形
29
OPENし推進剤がスラスタへと供給されたのち,推力値,燃焼室圧は一旦上昇を見せるが,
その後すぐに降下し,Phase 2の推力および燃焼室圧の値へと戻ってしまう.これが着火失 敗のパターンである.図3.4で示したとおり一回目の推進剤投入でスラスタが作動するパタ ーンも存在するが,両者を分ける要因は分かっていない.放電波形に着目すると,推進剤到 達時に一瞬通常の作動時における放電波形が観察されるが,すぐに振動は収まり,一定の電 流電圧波形を出力する.これはアノードカソード間において放電の生成がストップしてし まい,推進剤の電解が進行しているためである[60] [61].スラスタの作動が失敗したのちに推 進剤を閉じると,推力はわずかな上昇を見せるが,これは燃焼室内に残留している推進剤が 電解によって分解,燃焼しているためだと考えられる.その後,推進剤が電解により消費さ れると電流電圧値は再び通常のPhase 2 における放電波形に戻る.この後に行っている 2 回目の推進剤投入ではスラスタが問題なく作動している.このように𝑃𝐹= 0.8MPaGの実験 条件ではスラスタの作動失敗パターンが観察されるが,バルブを閉じてスラスタ内の残留 推進剤が消費されると放電は再び起こり,Phase 3への移行が可能となる.ただし,2回目 の推進剤投入でも着火が失敗するパターンも確認されている.着火失敗パターンは𝑃𝐹 = 0.8MPaGの実験条件においてのみ観察され,0.6MPaG以下の推進剤供給圧においては観察さ れていない.
推進剤への着火が失敗する現象は, RCSスラスタへ要求される信頼性の観点とは相反し ており,このスラスタについて解決すべき課題のひとつである.第4章では,着火が失敗す るメカニズムを実験的に解明することを試みる.
3.7 燃焼室体積と推進性能の関係
本節では先行研究[49]において報告されている,燃焼室体積と推進性能の関係について述
図3.9 燃焼室体積が可変のスラスタ構成