発達に齢ける受動性と能動性
坂 元 忠 芳
(1)
このごろ
このごろ一日一日をくらすのが
「やっと」って感じに左ってきた。
夜になると、ああ一日終った という気になる。
仲間が、自分のことを
「明るい」
と書いてくれているけど、
心の中はだんだん暗ぐなっていく。
一日を精いっぱいやらな やっていけれん。
どうしてか、そんな気になる、
これは、ある地域の教師と父母でつくっている
「教髄融議」の鞭誌畷近拶1)の冒騨の
せられた中学1年生の詩である。一読すればわか るように、ここには、なぜかわからぬが、まわり とともに生きようとして必死になりながら、しか し、安らかft自分を少しも見出せないまま、暗く 落ちこんでいく切ないまでの子どもの思いが吐き
出されているように感じられる。しかもそのなか みが書きこまれていないことがかえってこの少年 の生きることの切なさをいっそう重く映し出して いるように私には読みとれる。
同じ号の次のページには中学生たちの、もっと 短かい、断片的な、いきどおりとも歎きともつか ない悩みのいくつかがのせられていた。そのなか で、ある女の子は、大入のようにオーデコロンや 香水をつけていばってみたい、けれどもそんなご
とで大人といえるはずがない、しかし、やめられ ないと書き、ある男の子は、金をもって家を出て いった母親にたいして、金かえせよ、澄前なんか ぼくの親なんかじゃない、そして家出がしたい、
本当の友だちがほしい、と書いていた。
子どもたちのことばにならないことば。そのサ イン(記号)は宙を舞っている。学校でも家庭で も、そして地域でも、子どもたちは、生活の空し さのなかで、人間的に生きたいと強く願いながら、
その真実の対象を周囲に見出せないまま、いらだ ち、いかり、攻撃的に左り、突然暴力にうったえ、
また自らを嘲笑し、意味のない笑いに自分を忘れ、
ふたたび重く自己のなかに沈んでいく。
周囲のものにも人にも真実の対象を見出せない ということは、自己を失うということだ。その根 底には、学校、家庭、地域など、子どもをとりA
く、あらゆる社会の関係の複合的娠外状況(2)、
とりわけ「物象化」した現代社会の人間関係の危 機の、ある意味では最後に行きついた姿がある。
それは、もっとも深いところから、生物体として の子どもを社会的な存在へと自立させていくこと の困難さとして立ちあらわれている。ここでもっ とも深いところから、といった意味は、子どもが 一個の人間として生きていくのに必要な、他者に
たいする受動的、能動的関係の原点が疎外されて いるということだ。ことばを代えていえぱ、他者 にだきかかえられ、つつみこまれて生きていくとい うこと(受動)と、他者をさそいだし、ひき込み ながら生きていくということ(能動)の両者のも っとも原初的なレベルからの切断、さらにそのう えにそれぞれの活動の衰退の一般化・普遍化が、
一1一
子どもの発達の「非人間化」をかつて左く複雑、
深刻にしていることだ。
社会関係が「物象化」されていくことが、入間 入格を「物」へと変え、それが人間的活動の深部 に達している姿こそ、今日の発達における典型的 な疎外状況にほかならft VA。
それは普通いわれているように、子どもの能動 性を疎外しているだけではなく、実は子どもが入 間として生きていぐのに必要な受動性の発達をも 疎外している事態としておさえられる。
今日、少年期から思春期にいたる過程で多くあ らわれている子どもの幼児的行動のパターンは、
よりひくい発達段階での子どもの行動のたん左る
「反復」なのではない。発達はある一定の法則の
「純粋な」あとさきのあらわれではない。だから、
子どもの発達をうながす教育実践は疎外された子 どもたちの現状をかっての「正常」だった発達の 地点にもどして、もういちどそれ以後の正常の道 すじをたどりかえすといった平板単純なことでは ない。今日の教育実践の困難さは、子どもたちの それぞれの発達段階における疎外の現状にたいし て、人間的発達にとってもっとも深い根本的なダ イナミズムをとりもどすような形で、それを子ど もたちに意識化。自覚化させていくことの困難さ を意味する。だから、今日、少年期や思春期の子 どもたちにたいする実践的とりくみが、一見部分 的には幼児期のそれに彼らをひきもどすような外 見を与えているとしても、それはそうでは左い。
少年期から思春期にいたる発達疎外にたいする教 育的働らきかけの今日的リアリティー、そこにお げる発達の受動性と能動性の関係にたいして私た ちは「発達還元主義」の立場をとって対処するこ とはできない。
私はいま、子どもの能動性だけでなく受動性も また疎外されているといった。これは、子どもが 生まれた時から何ごとにつけても、まわりからし てもらい、またやらされるだけで育てられ、能動
性を失ってきているという事実と、他方、子ども がAわりの人びとにいつまでも「甘え」を要求し、
ある場合にはもっとも親密な情動交流の飢餓状態 にさえ澄ち入っているとみられる事実をどう結び つけてとらえるかという問題だということもでき
る◎
今日、子どもの発達にお・ける「父性欠如」とい われる問題が前者の例だとすれば、「母性欠如」
といわれる問題は後者の例だろう。
だが、こういったとしても、このことを子ども が発達のもっとも早い段階で十分Zi:情動交流を欠 き、そのうえに、十分左能動的、対象的活動を欠 いてきた結果であると単純化してとらえることは でき左い。
それは、生物体としての子どもが、社会的に生 きていく最初の段階で、もっとも緊密に結ばれて いた他者一母親に象徴される一から分離され ていく際の受動性と能動性のダイナミズムの展開 の危機さえもが、今日の「物象化」された社会関 係のなかで、絶えず拡大再生産され、かっての発 達的危機を同時に呼びもどすような状況として澄 さえられるのでは左いか。いわば今日の発達の危 機は、子どもがこれまでとおってきた主要な発達
げ の
の危機を同時に重層的に呼びさまし激化させるよ うな形で進行しているのではないか。
「非行」中学生の「攻撃性」は、その意味では、
周囲に自己を見出せない中学生の「攻撃性」であ ると同時に、その左かにもっとも原初的左、乳児 期や幼児期にお・ける入間の「攻撃性」の性質をも
ふくんでいるのではないか。
私たちが、このような見解に同意できるのは、
子どものなかに重層化されている「攻撃性」のも つ普遍性に関する理論からであって、青年や大人 の病理的行動に幼児期の葛藤がぐりかえしあらわ れるという、フ。朴の「転移」謝3)の単縦
ひきうつしからではない。
今日、偏差値という略っとも抽象的な記号によ
一2一
って支配されている学校体制や、商品とそれによ る競争に支配されている家庭や地域の環境の左か で、大部分の中学生が、そして、すでに多くの小 学生が、まわりにたいして感じている嫉妬や孤独 の感情は、しばしば、もっとも原初的な感情的疎 外を含んでいる。ききのことばを使えぱ、彼らは 他者のなかに「だきかかえられ」ず、また他者を
「さそいこめ」左いでいる。人間は少しでも自己 を映し出す他者が存在する場合、そのようk状況 に耐えることができる。しかし、そうした対象を 欠く場合、人間は衝動的攻撃にうったえるほかは
ない。
ここに、もっとも深いところで子どもの受動性 と能動性とをはげしく切りさいていぐ今日の事態 の深刻さがあるといえるであろう。しかもこうし た事態の萌芽は、いたるところで私たちの身のま わりに見出すことができる。
(2)
例えば私が最近みることのできた「まちぶせを した」(6年、森本成紀、深谷政広先生指導)と いう作品も、そうした日常を表現したものの1つ であった。これは、同じソロバン塾へ通っていな いという、ただそれだけの単純な理由で、同じク ラスの友達といっしょに学校から帰れなくなって いる作者が、友達に示す嫉妬をあつかった作品だ が、ここには、友達をさそいこもうとしてはたさ ず、そのいらだちからついに彼らを待ちぶせして 衝動的に暴力をふるうところがよく描かれている。
<ようやく5年2組の教室から出た。
「いこ。」
とぼくが言った。そしたら鈴木君が、
「そろばんあるで、今日はいっしょにかえれ んよ。」
といった。そしたら小畑君が
「お前、そろばんはいっていないで中に入れ んぞ。」
一・一・・3一
と言ったので、ぼくが、
「かず君、そろばん入っているの。」
と聞いたら、鈴木君が、
「うん、はいっとるよ。」
と言ったので、ぼくは、
「どこのそろばん」
と言った。そしたらかず君は 「公民館のそろばん。」
と言った。ぼくは公民館にそろばんがあるな んて思わなかったので、
「うそだ」
と言った。そしたら鈴木君が、
「うそやと思ったら、先生に聞いてみりゃい いて。」
と言った。すぐ近くに鈴木先生がいたので、
「公民館にそろばんじゅ〈ある。」
と聞くと、鈴木先生は、
「あるよ。」 、 と言った。そしたら鈴木君と小畑君が、
「ほれみい。」
と言った。〉
<少ししたら鈴木君と小畑君が来たd ぼくは鈴木君にむかって、
「お・まえ、今日そろばんえいのか。」
と言ったら、鈴木君が、
「休みやったも。」
と言った。ぼくもうそやと思った。それでぼ くは鈴木君と小畑君に、
「うそだ。」
と言ったら、小畑君が、
「ほんとやもん。」
と言った。ぼくはカッーとなって鈴木君を追 いかけた。……鈴木君がとまったのでぼくは 頭に来て鈴木君の首をしめた。……》
<……そして今度は、小畑君がクラブの上の方 にいたので走っていって、小畑君に
「今日、お前、じゅくあるだろう。」
と言ったら、小畑君は、
「なかったって言っとるら。」
と言ったので、ぼ〈が、
「それならそろばんの道具みせろよ。」
と言ったら、小畑君はなんにも言わずに歩い て行った。ぼくは頭に来た。それで、小畑君 のかばんを見たらカマが入っていたのでぬき 出してカマをふりあげた。……〉
<……鈴木君は走って逃けて行った。
ぼくは1人で歩いて行った。……ぼ〈はなん だかどんどん友達が少なくkってきているみ たいだった。〉
一見狂暴にみえるこの子どもの行動の外面的べ 一ルをはがしてみれば、そこに表現されているの は、友達からみはなされるのではないかという不 安、そして、みはなされたくないといういらだち そうしたきわめて原初的な感情である。子 どもは、自分に声をかげてくれる他者を強く待ち 望みながら、またつねに他者に呼びかけたい切な い思いにかられながら生きている。だが、彼に呼 びかけてくれる他者、彼が呼ぴかげる他者はいな いo
だから、この文章には少年らしい素朴さがみな ぎっているにもかかわらず、その感情の根底を貫 ぬいているのは、彼をだきかかえてくれる他者、
また彼がさそいこむことのできる他者が、彼には いないと感じられている切なさである。そうでな ければ、友達と学校からいっしょに帰れないとい う一事さえもが、どうしてこのような衝動的な攻 撃的態度を彼にとらせることが理解できようか。
(3)
ここにはたしかに生きることの「切なさ」があ
る。
生きることの「切なさ」とは、自立していく人 間が、疎外された世界で必然的に経験せねばなら ない、ある根源的な偏執=こだわりの感情である。
それは、理屈ではない、人間の肉体に刻み込まれ た、ことば以前の記号一「原記号作用」(5)(1e semi otique)を含んだ、ある入間的態度である。
人間は、ことばを獲得する以前に、またはその 途上ですでに他者のなかに自己をみ、自己をもう ひとりの自己(他者)としてみる位置に立たされ る。「鏡像段階」といわれる、生後6ヵ月から18 ヵ月の段階において、子どもは、鏡にうつる自分 をみて、それを次第に自己の像として認識するこ
とができ、それに活発な反応を示すことができる ようになる。それは、彼が未分化左母親との肉体 的・情動的関係から次第に分離されていく過程で ある。ワロンが『子どもに澄ける性格の起源』の なかで見事に分析してみせたように、自己を他者 とみることができるように左る過程は、同時にも っとも緊密に自己と一体化していた母親を他者と みることができるようになる過程であり、そこか ら自立していく長い旅のはじまりである。他方、
フロイトのことばをかりれば、この過程は、3オ からはじまる「エディプス期」の以前(「前エディ プス期」)にすでに開始されるのであり、母親か らのこの分離過程は、後に父親との関係に代表さ れる社会的秩序に彼が入り込み、そこでことばを 獲得していく過程のはじまりでもある。
だが、この過程は、同蒋に子どもが人間として 最初の自己疎外をまさに体験する過程でもある。
ラカンは、有名な報告「くわたし〉の機能を形成す るものとしての鏡像段階」(1949年)(6)のな かで、「鏡像段階Jこそ、特異な未成熟性をもっ て生まれてきた入間の赤んぼうが、錐体路系の解 剖学的な未完成さや母体の体液的な残存状態など のために、身体的にはいまだに自己をひとまとま りの他者として感覚しえないにもかかわらず(「
寸断された身体」の感覚)、他方、まなざしだけ
は、鏡をとおして自己を1個の全体的な他者=イ
メージとして認めねばなら左いという人間文化に
固有の矛盾関係の左かに投げ入れられる最初の段
一4一
階であると述べて幅。(6)ラカンvaよれば、この 矛盾関係への投げこまれこそ、人間にとって「内 的進行が不充分さから先取りへと急転する1つの
「ドラマ』であり、その左かで人間が最初の「偏 執的自己疎外」G 51ienation paranoiaque)の関 係に入ることを意味するチ7)
つまり、子どもがこの段階で自己を1個の他者 として感じられるのは、自己の身体感覚のなかに 自己から去っていく他者を次第に感じとることが できるからである。それは自立しようとする1個 の社会的生物体としての人間が必然的に感じとら なければならない矛盾した感情である。ラカンは、
糸巻きをいぐどもなげてはもとへもどす孫のあそ びについてふれたフロイトの例を挙げて、この時 期の子どもが、人やものが自分の面前から姿をか
くし、またふたたびあらわれることに異常な興味 を示し、それをくりかえし行詮うとする態度のな かに、人間が体験する「嫉妬と共感」の最初の弁 証法をみた力墨8)、これこそ子どもが最初va体験ず る受動と能動の情動的対立:葛藤にほかならない。
そのとき、子どもは他者からはなれることに不 安と同時にある喜びを感じる。ものや入の在二不 在のくりかえしへの異常なはしゃぎ反応一例え ば「いないい左いばあ」一と、分離していく他 者やものに対して彼が示す嫉妬や「攻撃性」の情 動とは一体のものである。その意味でラカンが、
聖アウグスチヌスによって描かれた「蒼白き面も て、毒を含めるみどり児」の原初的欲求不満のな かに、人間の「根源的攻撃性の心身の座標軸」を みとめたのはみごとであ,た.(9)
(4)
だが、このような根源的エネルギーを方向づけ るのは、やはり子どもが成長する環境の人間関係 である。子どもの最初の自己疎外的関係ははやく
も家族を中心とする彼の入間関係によって決定的 左方向づけを受ける。
彼をとりまく父一母一兄弟の関係は、嫉妬や「
攻撃性」の情動をいっそう社会的なものにし、疎 外と疎外止揚の重荷を子どもに課す。精神分析で いうエディプス・コンプレックスは、人類が永い 間経験してきた家父長的関係のなかで、支配的秩 序としての父性原理が母一子の関係に代表される 緊密lt 一体的関係を引きさくなかで生まれたもの だが、この関係は、或る意味で、その後の子ども をめぐる疎外された入間関係のなかで絶えず拡大 再生産されるものだ。もちろん、社会的疎外関係
プロトタイプ
の原型につねにせまい家族的エディプスをあては めるのは間違いだが⑳、そこには、すでに述べた ように、「物象化」された世界のなかで、子ども が示す受動と能動の非人間的切断の拡大再生産が
ある。
いま全国的に多発している中学生の「非行」の 根底に、彼らの幼児体験が横たわっているのでは
ないかという最近の指摘⑪もこうした文脈で再吟 味される必要がある。
くりかえすが、思春期や青年期に示される「攻 撃性」は、幼児の体験や心情の単純左「反復」で はない。そこには、母一子の関係に代表される緊 密k未分化的関係のなかの「甘え」の世界の残存 と、そこから子どもをようしゃなくひきさいてい ぐ非入間的世界の同時的・増幅的存在という、我 が国にk・ける近年の「物象化」された社会関係の 特殊な状態一t家庭や地域の崩壊と受験体制にみ られる独自の構造一が生みだす、受動と能動の 情動の非人間的切断がみられるように私には思わ れる。さきに受動性の疎外といったのは、子ども の受動性の感情、つまり、入びとのなかに「だき かかえ」られ、「さそいこま」れていぐ人間的感 情さえも、人を「さそいこみ」、「だきこん」で bく能動性の感情の発達のつまづきによって疎外 されていることを言いたかったからにほかならな
ho
そこから必然的に人間的に耐えていぐ感情の未
一5一
発達もしくはきわめて肢行的な発達が招かれる。
だが、どんなにささい左ことにたいしても、人 間的に耐えていぐということは、ともに生きてい
くことをとおしてしかできない。それは受動と能 動を、それにたいするもっとも原初的な支えの働
きかけをと澄して結びつけ左いでは実現されない からだ。このことは、発達のダイナミズムを高速 度撮影のようにくりひろげてみせる障害児.教育の 場面からも確認することができる。
最近私が見学した島田療育園の訪問学級で、あ る障害児が、つめたい水の中では勿論のこと、あ たたかいお湯のなかでもじっと手を入れることが できず、さっと手を引っこめてしまう場面があっ た。だが、この子どもは、介添えしている教師が いっしょに手を入れて湯の中ではなしてやると、
湯の温度をたしかめるように、いつまでも湯の中 に手を入れているのであった。私はここに、この ところずっと考えつづけてきた「ともに重荷をせ お・う」という教育原理の原型をみたような気がし て感動した。
この子は、支えの手が離れても、それが自分を 支持していることを、おそらく手の指先に覚えて、
湯にたいする彼の能動的感覚を感じはじめている。
そこでは去っていぐものにたいする受動的情動が、
能動的に働らきかけようとする対象のある感覚と 結びついていることが感じられる。対象に能動的 に働らきかげることは、このような人間関係の展 開をと澄してしかできないのだ。
だから、子どもが自立していくための根源的エ ネルギーとしての偏執的傾向が入間的に発達して いぐか、非入間的に疎外されていくか、の分れ目 は、彼から分離し、去っていく人びとがつねに彼 とともに生きていける関係を社会的につくること をと診して、彼の受動的情動を能動的情動へと結 びつける環を1人ひとりの内面につくり上げるこ とができるかどうかにかかっている。それは根源 的な意味で、社会関係の変革が内面の変革につ左
がる情動的原点を子どもの左かにどうつくるかと いうことを意味しているだろう。
ことばを代えていえぱ、それはいつまでも原初 的受動性を裸のARで残存させ、そのうえに商品 にたいする受動的な一面的享楽=消費の感覚を結 びつけて、能動的情動を不十分かつ破行的にしか 発達させず、さらに、わずかに形成されたその能 動的情動さえも、「物象化」された世界の関係に よって、するどく切り裂いていく今日の疎外状 況のどこに歯止めをかけるかという問題である。
「物象化」された現代世界では、子どもが最初 に経験する、それとしてはきわめて人間的左偏執 的傾向さえも決定的に非入間化していく過程が普 遍的にみられるばかりでなぐ、その非入間化は澄
そらく日本の社会関係を反映していぐつかの決定 的な段階をふくんでいる。
高度経済成長の歪みによる家庭関係や地域共同 体の崩壊はこの非入間化の最初の具体化であり、
能力主義による教育的人間関係の切断はその第2 の具体化である。そしてこうした段階での非人間 化の相互浸透が「偏執的自己疎外」さえも抽象化
し、幻想化し、その根源的エネルギーを人間的な ものへと転化することを大きくさAたげている。
このことは現代のファシズムが、人間がもつ「
偏執的自己疎外」の非入間化、つまりその「攻撃 性」の根源的エネルギーを絶えず抽象化し、幻想 化する傾向をもって立ちあらわれていることを考 えればよく分るだろう。
今日、入間の根源的エネルギーを非合理的に強 調する文化的傾向一文学・芸術・宗教、さらに は精神分析などのある部分が、意識的・無意識的 に、また自覚的・無自覚的に、このエネルギーが もつ弁証法的発達の側面を故意に避げ、その抽象 化=幻想化の肯定をとおして、そのエネルギー源 泉の偽装を多かれ少なかれはたしているとすれば、
私たちはこの根源的エネルギーの深奥に立ち入っ
て、事態を批評する必要がある。いま、高度の政
一6一
治的見地が要求されているとすれば、科学的批評 の精神はこうした情動の発達の世界にたいしてま さに具体化されねばならない。⑫
(5)
教育実践の批評でも同じことである。
私はこの小論のはじめに、子どものサインは宙 を舞っていると書いた。たしかに、子どもは、こ
とばに左らない切ないことばを周囲に受け止めて もらいたいと必死にもがいている。その形はさま ざAであってもぐその底を流れているものは1つ、
周囲に自己の真実を見出したいという、もっとも 深い入間的な願いである。
教育実践はその「切なさ」を共有すること、ど んなにかすかなあらわれであっても、「切なさ」
を人間的に発達させるために、それを汲みとり、
それをまわりにもう1度投げかえしていくことか らはじめるほかはない。私たちは、自己のなかに 自己を見るだげでなく、他者のなかに自己をみる ことによって自立をとげていく。今日の教育実践 に求められているのは、人間にたいする、このよ うなもっとも根源的な情動のとぎすましである。
子どもたちがくりかえし示す、いかり、いらだ ち、嘲笑、甘え、嫉妬、ふてぐされ、沈黙、
こうしたあらゆる種類の攻撃性と無関心のあいだ をゆききする情動のゆれ動きをとらえること、そ れに形と方向性をあたえること、そして情動の弁 証法を働らきかけのなかで体得することこそが、
実践のなかで求められている。
そして、このことを私たちは実践と実践記録の ことばの表層から汲みとらねばならない。さきに 引用したことばを使えぱ、ことばの奥に、「原記 号作用」を汲みとり、その意味作用の発達に形と 方向性をあたえねばならない。それは、他者とと もに生きる関係変革の長い射程をとおしてしか できない。そして、いま未曾有の困難な状況のな かで、このようk集団の意味形成作用を問題にし
た実践と実践記録が生まれはじめているように私 には感じられる。
昨年秋に出版された笠原紀久恵r友がいてぼく がある一学びあい育ちあう40入学級物語』
(一光社)もそうした実践の1つであった。
転校してきた1人の孤独左男の子一正夫をめ ぐって、学級(5年)の40人の子どもたちが示 す、この入間的左共感と共同の世界は、正夫をは げます学級集団の形成であったと同時に、他の子 どもたちが正夫のなかに自分たちには左かった或 る人間的切なさを発見していく過程でもあ)1,た。
そのなかで、ある子どもは、カタカナと漢字をク ラスの友達から教えてもらk・うと必死にノートし ている正夫の姿をみて、「くこんな一生けんめい の人、学級にいるかな〉と思った」と書いている。
(116ページ) 人間的切なさを発見していく 過程は、しかし同時に、正夫のことばになら左い
ことばがひらかれていく過程でもあった。それは、
正夫の切なさの意味作用がAわりの子どもたちに 刻まれていく過程でもあった。
しかし、その意味作用を最初にひらこうと努力 したのは担任である笠原先生の、子どもたちの根 源的な情動を感じとり、それを周囲に投げかえし ていく必死の努力であった。
〈ちを重く閉ざすか、またはポツリボツリと単 語のら列しかしゃべらない正夫との最初の出会い から、彼のなかにある入間的切なさを笠原先生が 感じとることができなかったら、この実践ははじ
まらなかったQ
その笠原先生は、「しかし、ある時ふっとふり 返ってみた時、あの教室の偶で、淋しそう左目を してわたしを見ていた無口左あの子は何を語りた かったのかと思ってみても、その声は聞こえてこ ないのです。」と書いているQ(269ページ)
この切なさがないところにこれからの実践が展開
できるだろうか。彼女の実践記録はギこのことを
何よりも重く私たちに語りかけてくるように思わ
一7一
/㌧、
れる。
正夫の切なさについて言えば、それもまたすべ てがここで語られているとは私には思えない。こ の実践記録の左かで、最後に正夫は、あれほど病 気を心配していた母からも、彼女といっしょなら 生きていけると彼自身書いた姉からも去っていかれる。
そうした左かで「かあさんがきょうこないところ をみれば、もうこ左いとお・もいました。もうまつ のあきあきしてきました。」「先生、人には、と ってもたのしいときと、かなしいときがあるんで すね。」「でもね、かあさんのほうをえらぶか、
みんなのほうをえらぶかは、ぼくがきめること。
どっちかというと、みんなのほうをえらんだん蔦」
と書ぐ正夫の切なさを、笠原先生とこのクラスの 子どもたちが支えたということができるだろうか。
その意味で笠原先生とこのクラスの子どもたちは 正夫にとっての家族でもあったということができ るだろうか。また笠原先生は正夫にとって母親の 役目をはたしたということができるだろうか。
ある意味でそうだと私たちはいうことができよ う。しかし、完全な意味でそういいきることがは たしてできるだろうか。
正夫が「かあちゃんがいなくても生きていける」
と書いたとき、それは「かあちゃんがい左くては 生きていけない」ということを同時に叫んでいる のだと私たちは読みとらねばならない。つまり、
正夫の切左さは、そうすることによって、kく左 るどころかいっそう激しくなっているにちがい左 いのだ。
この実践の意味は、正夫にそのように言わせる ことができる集団をつくったこと、そのような切 なさに耐えていく意欲と力を正夫のなかに作って いったことの左かにある。それに耐えていく力は、
去っていった母や姉が、かって正夫とともに生き た時につくった彼の内面の「痕跡」とさえもお・そ らく結びついて、笠原学級の子どもたちの交流が つくりだしたものだ、ということを忘れては左ら
左いだろう。
子どもにたいする非人間的仕打ちをも生きる力 に転化するということはそういうことなのでは左 いか。子どもの内面に澄ける受動と能動を結びつ ける情動的原点をつくりだすということはそうい
うことだと思う。
正夫のなかから切左さがなく左ったのでは左い。
それを人間的に、弁証法的に発展させていく原点 をこの教育実践がつくりだしたのだ。正夫の切な さが発展する射程は彼の入生お・よび根源的な意味 で彼がやがて参加する社会の変革過程と結びつい ている。「かあちゃんがいなくても生きていける」
といい切る12オの正夫の左かには嫉妬の感情が 重ぐ沈んでいる。しかし、アラゴンが最後の小説
r死刑執行』のなかで痛切に書いているように、
嫉妬さえも「世界の変革の一要素」として人間的 ⑬
に働らくことができるのだろうか。
〈注〉
(1)『えなの共育』第8号、ユ98工。エ2・5、恵那教 育連絡会議
(2)「荒れる中学生」(『朝日新聞』1981.12・27)
(3)ラプランシュ・ボンタリス『精神分析用語辞典』村上 仁監訳、332−8ページ参照。
(4)東濃民主教育研究会、1981、10、18『生活綴方 研究会』研究資料録。
⑤ジュリア・クリステイヴア「鏡像段階と記号象徴の成 立」三浦信孝訳『現代思想』総特集ラカン、1981年 7月。
(6)ジヤツク・ラカン『エクリ』工123−Z33ページ。
(7)同上ユ30ページ。