理論 と実践 の結 びつ き
―テアルの表現形式から一
原 沢 伊 都 夫
【要
旨】
テアルの表現形式 には、「〜が〜テアル」 と「〜 を〜 テアル」 とい う二つの統語形式 が あることが知 られている。 テアルの意味分析 もこの両形式の違 いを基 に考察 され るのが普 通である。 しか し、実際の資料 を検証 してみ ると、テアルには様 々な形式が存在 し、果た して これ らの表現が先に挙げた二つのどち らの形式 に所属す るのか不 明なものが多い。 こ の ことか ら、実際の文献 の中で使われてい るテアルの表現を詳細 に検討 し、二つの基本形 式 との関係 を探 ってい く。今回の議論の基 となる資料 は、現代 の小説、エ ッセイか らの
28
作品であ り、収録 したテアルの総数 は538例
にのぼ る。 これ らの資料 の分析 を通 して、多 様なテアルの表現 を可能 な限 り、統一 した形式 に整理・統合 し、 日本語教育の現場 におい てテアルに関す る理論が よ り実践的な教育 に結びつ くようになることを 目的 とす る。【キーワー ド】
能動型、
行為志向型、
受動型、
対象志向型、
情景描写文
1.はじめに
テアルの表現形式 については、「〜が〜テアル」 と「〜 を〜テアル」 とい う二つの形式 があることが知 られてい る。前者 は動作の対象が主格 に現われた ものであ り、後者ではそ れが対格 に現われた ものである。 テアル形 の意味 を考 える時、 この両形式の違いか ら、そ の意味領域 を考察す るものが多い。例えば、森 田 (1982)は「『 てある』 は他動詞 につい て二つの文型 を作 る」 と し、「〜 ガ他動詞 てある」 は行為 の結果の現存 を、「〜 ヲ陶 てあ る」は前 もっての準備、結果の蓄積 を表す と述べてい る。益 岡 (1978)は統語的観 点か らテアル表現 に二つの類型が区別できると し、「対象」の役割 を担 う名詞句がガ格の位 置を占め受動的な性格 を持つ ものをA型 (受動型)、 動作主がガ格の位置 を占め、「対象」
がヲ格で示 され るものをB型 (能動型)と呼んだ。そ して、 この基本的な分類 をもとに4
種 の形式
(Al型
、A2型
、Bl型
、B2型
)を提示 し、「結果性」 とい う共通す る意味特徴 の 中で、具体的結果性 を表現す るAl型か ら抽象的結果性 を表現す るB2型
までが連続 した意 味領域 を形成 し、 テアル としての統一 された体系 を構成 してい ると結論づけてい る。このように、統語的な観点か らテアル形 に2種の形式がある(1)こ とは多 くの研究者 に よって認め られてい るところであ り、テアルの意味分析 をす る時の重要なよ りどころとな ってい る。 ところが、 この両形式が具体的 にどのように使用 されてい るのか とい うことに なると不明な点が多い。例 えば、 この2つの基本形式の使用頻度 について、一般的 に「〜
が〜テアル」 の方が「〜 を〜テアル」 よ り高い とされてい る。 しか しなが ら、その割合に ついてのデー タは、筆者 の知 る範囲では見つけることがで きなか った。その理 由と しては、
どち らの形式 に属す るのか不 明なものが多い とい うことが挙 げ られ る。実際 に使われ るテ アルの例文 を検証 してみ ると、「〜が〜テアル」「〜を〜テアル」 という基本的な形式で表
現 され ることは少な く、多様 な表現が存在 しているか らである。表面的な形式だけをとっ てみて も「〜は〜テアル」「〜 も〜テアル」「〜 まで〜テアル」「〜 と〜テアル」「〜 ように
〜テアル」などがあ り、これ らの形式 をどのように分類 した らよいのかとい う問題 がある。
また、「行為主」や「対象」が省略 され ることも多 く、そのような場合、基本形式 との関 係 をどのように考 えてい くのか、 さらには、テアルが多用 され る連体修飾節 をどのように 扱 うのか、 とい った問題 も存在す る。 こう してみ ると、 テアルの表現形式 とい って も単純 に基本的な2形式だけを考えればよい とい うわけではない ことがわかる。 このような点 に 鑑み、本稿では、実際の文献の中で使われてい るテアルの例文 を一つ一つ丹念 に検討 し、
「〜が〜テアル」「〜を〜 テアル」 とい う基本形式 との関係 を探 ってい く。そ して、 これ らの多様 な表現形式 を可能な限 り、統一 した形式 に整理・統合す ることで、 日本語教育の 現場でテアルに関す る理論がより実践的 に機能す ることを 目的 とす る。
2.テアルの表現形式に関する先行研究
過去 において、テアルの表現形式だけに焦点 を しぼ った論文は、見つけることがで きな か ったが、テアルの資料 を分析 し、表現形式 に言及 した論文 として、野村
(1983)の
「近 代語 における既然態の表現 について」が挙 げ られ る。 これ以外 に、 テアルの表現形式 に関 す る目立 った研究 は特 にない と思われ るので、 ここでは、野村 の議論 について簡単 に紹介 す る。野村 の論文は、既然態の表現 と してのテアル と受身につなが るテイル/テアル との関係 を近代語の発展の中で捉えようと した ものである。テイル とテアル という言い方がよ く用 い られ るようにな ったのは室町時代か らで、ほぼ、現代語 と同 じような言い方 にな ったの は江戸時代後期か らであるとしている。そ して、近代語 における受身表現の発展がテイル やテアル と結びついて、非情の主体 の状態を表わす場合に用い られ るようになったのが、
「受身+テイル/テアル」の形式であ り、近代語 においては、テアルの領域 をおか しつつ、
さらに増加す る傾 向にあ ることを、資料 を もとに明 らかに してい る。 この中で野村 は、
「(ら)れてある」 は、「(ら)れてい る」 よ りも少な く、具象的 な主体がある状態 にあ る ことを示す場合にかぎられ、 テアルあるいは「(ら)れてい る」 と置 き換 えが可能である (意味がまった く同 じとい うことではない)とい うことを指摘 している。興味深い ものと して、作家 による「受身+テイル/テアル」の使用例の調査があ り、作家によっては「(ら)
れてある」 という言い方が、その文体上の特色であると述べている。 さらに、「書 く」 を 使 ったテアルの表現形式 を「〜が一―」「〜 と一―」「副詞(句)一―」「一 一体 言」「その 他」 に分類 し、特 に初めの三つの表現形式 には意味の違いがほとん どない ことを指摘 して いる。 また、 テアル とい う言い方 は、元来、非情の主体 について用い られ、動詞 に自他の 対応 がある場合 には「 自動詞+テイル」「他動詞+テ アル」 とい う両者 による表現が可能 であ り、対応す る自動詞 を持たない他動詞 はテアルの表現 しかな く、客観的描写 という点 で不均衡な状態にあ った と し、明治以降翻訳文などの影響で このような他動詞の受身形が 発達 し、やがて「受身+テ アル」や「受身+テ イル」 とい う形式が生 まれ てい った と推論
してい る。
このように野村 は、主 に小説の資料 をもとに状態相のアスペ ク トにおける既然態の表現
について、近代語の発展を背景として、その変遷をたどりつつ、テアルおよび受身形
+テイル、受身形
+テアルの形式についての考察をおこなっている。野村以外の論文で、豊富 な資料に基づいたテアル研究 としては、吉川
(1976)の「現代 日本語動詞のアスペク ト の研究」が挙げられるが、表現形式についての記述はほとんどなく、意味分析が考察の中 心となっていることから、ここでは特に取 り上げない。
3.テ
アルの表現形式
今回の議論にあた り、採集 した資料は現代の小説、エ ッセイからであ り、全部で28作 品になる。 これ らの資料が発表 された年度は、1976年 から1998年 にかけてである。収録 されたテアルの総数は538例 にのぼる。これ らのテアルをその表現形式からまとめたのが、
第 1表 である。
第
1表 テアルの表現形式
動作の対象が助詞 によって示 される
動 作 の 対 象 の 状 態 が 副 詞 句
で示 され る 動 作 の 対 象 な どが 省 略 され
る
テ ア ル が 連 体 修 飾 成 分 の 中 で 使 わ れ る
合 計
ヲ ガ
ハ モ
マデ
〜 卜、 〜 ッテ、
〜 フ ウニ、
〜 ヨウニ、
ソウ、 コウ
例文数 41
153 78 85 37 144 538
この表か ら明 らかなことは、我 々がテアルの意味分類 の基礎 としてい る「〜が〜テアル」
と「〜 を〜 テアル」 とい う基本的 な形式 は
538例
中194例
(36%)にす ぎず、残 りの64%はその他 の形式で表わ されてい るとい う事実であ る。 もちろん この64%の中には、 この 二つの基本的なテアルか ら派生 した ものがあるわけだが、実際の文の中で使われ るテアル の多様 な表現形式 と二つの基本形式 との関係 を我 々は しっか りと把握 してお く必要がある。
そ う しない と、 この基本形式 にの つとつた今 までの意味分析が実際の多 くの文例 において は何の役 にも立たない ことにな り、それ はひいては、 日本語教育の現場 において単なる理 論の空論 となることが十分に予想 され るか らである。第
1表
か らわかるように、 これ らの 基本形式以外のテアルの形式 は、「対象」が係助詞 によって示 された り、「対象」の状態が 副詞句 によって表 された り、 またはそれ らが省略 された形で、 さらには、連体修飾成分の 中で表現 された りしてい る。以下、 これ らの形式 について、基本形式 との関連の中で詳細 な検討 を加 えてい くことにす る。3。
1
「 〜を〜テアル」 と「 〜が〜テアル」「対象」がフまたはガによって表わ され るもので、 テアル文の意味分析 の対象 となる基 本的な形式である。一般的にヲよ りもガによって「対象」が示 され ることが多い とされて い るが、 ここで もその傾向をは っき りと確認す ることができる。 フの41例 に対 しガの
153
例 は、比率 か らす る とほぼ
1対
4であ り、 ガに よ って表 わ され るテアルの優位性 は動 か し がたい もの とな ってい る。 ただ し、 ヲによ って示 され るテアル の数 が例外 と して扱 うほ ど の少 な さで はない とい う ことも言 え るだ ろ う。 で は、資料 の中か らヲの例 につ いてい くつ か見 てみ よ う。1)私
は、雅美 をま じま じと見つめた。彼女 の爪は綺麗 に磨かれて、色 を塗 ってあ る。とて も派手 な ピンク色だ。(山田詠美 「放課後の音符」)
2)
「それ より、 この実験の ことが表 ざたにな らんだろうな?」「その点は大丈夫です」幸子は激 しくうなずいた。「脈絡のない人間ばか りを対象 に してあ ります し、わが社 との関係 をたどれ る心配はあ りません。(後略)」 (鳴海章「白昼夢」)
「〜を〜テアル」の形式で重要なことは、行為主の存在 であ り、実際の形式 は「『 行為主』
が『 対象』 を〜テアル」 とい う形 をとる。通常、行為主 は話者 によって理解 されていて、
省略 され ることが多い。上の例でいえば、「彼女 は (爪に)色を塗 ってある」「我 々は脈絡 のない人間ばか りを対象 に してある」 と動作主 を加えて言い換 えることがで きる。 このよ うに「〜 ヲ〜てある」が使われ る背景には動作主の存在があ り、 しか も能動的な形式であ ることか ら、動作主 による意図的な状況作 りとい う側面が強 くなる。 これ に対 し、動作主 とは共起 しない「〜が〜テアル」 の形式では、動作主の存在 は不間であ り、行為の結果だ けに焦点があて られた状況描写的な文 となる。
3)こ
こは、大崎の家の台所。小 さなテーブルが置いてあ り、今、その上 は、通夜 の客 に出 したお茶やお寿 司の器 などで一杯 にな ってい る。(赤川次郎 「遅刻 して きた幽 霊」)4)公
彦 の言葉 を思い出 して梨子 は、病室 を見回す。薔薇の花瓶 を置いた棚 に、会社 か ら届 けさせた書類や企画書が積んであ登。(落合恵子「素敵なヤツなのに」)このようなテアル文では、 どのような形であれ、行為主 を付加す ることはできない。形式 と しては受動的であ りなが ら、それ らの状況をもた らした動作主を示す手段 を持たないの である。 したが って、「〜を〜テアル」 と比べ ると、意図性が弱 くな り、例文
3)の
よう に、単なる行為の結果 と して描かれ ることも多い。これ ら2種のテアルについて本稿では、益 岡 (1978)の用語 を借 りて「能動型」「受動 型」 と呼ぶ ことにす る。能動型 は「〜ガ〜 ヲ〜てある」 とい う形式であ り、「行為主」 が 主格 に「対象」が対格 に現われ る。能動型 における話者の関心は「行為」 にあ り、その行 為の有効性が問われ る。 これ に対 し、受動型 は「〜ガ〜てある」 とい う形式 をとり、主格 には「対象」が現われ る。受動型 における話者 の関心は「対象」 にあ り、行為 によって生 じた「対象」の変化が問われ ることになる。 この ことを益岡は、「行為志向性」「対象志向 性」 と呼んでい る。 したが って、本稿で も能動型 を「行為指 向型」、受動型 を「対象指 向 型」 とも呼ぶ ことにす る。 テアルの形式が この2形式だけに現われれば、 日本語学の研究 者 と してはまことに都合が良いわけだが、残念 なが ら現実は前項で も述べたように、 この 2種以外の多様 な形式が存在 している。以下、それ らの形式 とテアルの基本形式 (能動型 と受動型)との関係 について順次調べてい くことにす る。
3。
2 係助詞などによるテアル
「が」「を」以外の助詞 としては、「は」「 も」「まで」「なら」のグループがあ り、前者 が格助詞 と呼ばれるのに対 し、後者は係助詞や副助詞 と呼ばれる範疇に入る。今回の調査 の資料では
78例があ り、その内訳は以下の通 りである。
助 詞 は も ま で な ら
例文数 55
17 5
このグループは、格助詞で示 され る成分を何 らかの意味で取 り立てて示す働 きがあるが、
述語に対す る文法的な関係はそれ以前 と何 ら変わ ることはない。例 えば、下記の例文 を見 て欲 しい。
5)a。 コー ヒーはプラジルか ら輸入 され る。
b.コー ヒーは太郎が飲んだ。
同 じ「 コー ヒー」 とい う主題 であ って も、その文法的役割 は違 う。(a)の「 コー ヒー」
は主格であ り、(b)は対格であ る。 つま り、上の両文 は下 の文の「 コー ヒー」 とい う異 なる文法的な役割 を持つ成分が、「は」 によ って取 り立て られた文であると考 え ることが で きる。
6)a.コ
ー ヒーがプラジルか ら輸入 され る。b.太郎が コー ヒーを飲んだ。
この ことをテアル文で考 えると、「対象」が係助詞 によって取 り立て られ ると、能動型、
受動型 とも形式 と しては同 じ形 を取 ることになる。例 えば「 コー ヒーは飲 んである」 とい うテアル文であれば、
7)a.コ
ー ヒーを飲 んである。b.コー ヒーが飲 んである。
という2つの基本形の可能性があるわけで、実際にどち らの形式か ら取 り立て られている かを調べ るには、この文が発話 された状況や文脈 などの語用的 な分析が必要 となる。以下、
このようなテアル形 と基本形 との関係 について、具体的 に検証 してみよう。
8)中
にはい って、風 呂場をのぞ くと、前夜血 まみれ にな ったシャツは、浴槽 の冷水の 中で、ほとん ど血の色を失 っていた。血のついた上着 とオーバーは、 まだそのまま 戸棚 に吊ってある。オーバーが着 られないため、その 日は、 この寒空 に トレンチ コ ー トで出勤 したのだ。(小松左京「夜が明けた ら」)結論か ら言 うと、 この例文におけるテアル文は受動型 であると考え られ る。その理 由は、
このテアル形 は主人公による情景描写の中で使われていて、「対象」の状態が主人公の 目 に映 った光景 と してあ りのままに表現 され てい るか らだ。 この ような状況では、「対象」
は一般的に主格 によって示 され る。 ただ し、最後の文か ら、主人公が上着 とオーバーを吊 る した人物 を特定 してい ると思われ、そ うなると「〜を〜テアル」 という表現 も可能性 と しては残 ることになる。 しか し、全体の流れ と しては受動型 と して捉 える方が 自然であろ う。 同様 に、次の例文 も眼前描写的 な表現であ り、「 まで」 によって示 された「蚊 とリマ ッ ト」 は主格か らの取 り立てであると推察 され る。
9)ご
ろ りとあおむけになる。天丼か らは、白い蚊帳が吊 り下げ られていた。そ う言えば、応接 テーブルの上 には蚊 とリマ ッ トまで置いてあ った。(村山由佳「野生の風」)
ごろ りとあおむけになった主人公の 目に映 った光景をそのまま描写 しているシーンである ことか ら、ここで使われ るテアル文 も「対象」がガ格 によって示 された受動形であると考 え られ るだろう。次の例文 における「対象」 は「 も」 によって表わ された ものである。
10)そこヘポチ ャン、ポチ ャンと餃子 を落 と した。 きっと中身の鶏か ら味 も出る し、酒 もた くさん入れてあることだ し、 さぞやおい しいスープが出来上が るだろうと、私 は鍋のそばにつきっきりで立 っていた。(群ようこ「 トラブル クッキング」)
例文8)と
9)の
眼前描写的なテアルとは違い、 ここにおける状況は、話者がそれ以前 に お こなった 自分の動作 (酒を入れ る)について言及 していて、その行為 によって話者の意 図す る状況 (おい しいスープを作 るための下準備)が作 り出されている。その意味で、行 為志向型の能動型であると考え られ る。以上のような見方で、「は」「 まで」「 も」「な ら」のテアル文 を検証 し、基本的な2つの 形式 に振 り分けるという作業 を行 な った。 このような作業ではテアル文だけを独立 して取 り出 して考えていては、 どち らの形式であるか推定す ることは難 しい。今 までの例文の分 析 の中で確認 した ように、その文が使われ る文脈や状況などの総合的な観点か ら判断 され る必要があるか らだ。そ うは言 って も、中にはどちらの形式 に分類す るのか判断に迷 うも の も多い。そのような困難点 を承知 の上で、係助詞 な どによる78例 のテアル文 を2つの 基本形式 に分類 したのが、以下の表である。
第2表
係助詞 などによるテアル文
助詞 の種類 ハ・ マデ・ モ・ ナラ
基本形 の種類 能動型 受動型
例文数 30 48
この表か ら、係助詞や副助詞 によ って示 され るテアル文のかな りの割合 (38%)が能 動型であることがわかる。 これは、先 にみた基本形式の両者の割合 (1対
4)と
比べて著 しく高い。その理 由としては、次 のような ことが考え られ る。情景描写文 として多用 され る受動型では基本的 に「対象」 はガ格 によって示 され、主題 などの取 り立てはあま りなさ れないのが普通である。 これ に対 し、行為志向性の強い能動型では、ある結果の状態を意 図的に作 り出 しているために、そのような結果の状態が表れた「対象」を話題 と して提示 す ることが多 くなるか らであろう。ただ、例文数 もそれほど多 くな く、一般化す るにはさらに多 くの例文を採取 して検証す る必要がある。
3.3
副詞句+テアルテアル文の特徴 と して、動作 または行為がお よぶ対象 (具体的または抽象的)は助詞 に よって示 され ることが多いわけだが、そ うではない形 と して「副詞句+〜テアル」 という 形式が存在す る。野村は「〜 と」を副詞句 と分けて分類 してい るが、本稿では「〜 と」「〜
って」 などの引用 に使われ る表現 も副詞句 に含めて扱 うことにす る。引用以外の形式 とし
て は、「〜 ふ うに」「〜 よ うに」「 こう」「そ う」「〜 につ いて」 な どが あ り、 そ の 内訳 は以 下 の通 りで あ る。
このような副詞句が使われ る形式 について、野村は「書 く」 とい う動詞 に限定 して言及 してい るが、本稿 の調査では「書 く」以外 にも「言う」「伝 える」「確かめ る」「誘 う」「お す」「決 める」「説 明す る」「描 く」「指定す る」「計算す る」 とい う動詞 のテアル文 にこの ような表現を認め ることがで きた。
11)警
察 もそれ とな く目を光 らせてい るで しょう。ですか ら、 しば らくのあいだ、むす こさんはこち らに立 ち寄 りません。連絡 も しない よう言 ってあ ります。 なにが きっ かけで逮捕 され るかわか りませんか らね。(星新一「おのぞみの結末」)12)まな板 の上 に、半分に切 ったオ レンジが三つ ころが っていた。緑色のスタンプで、
FLORIDA、 とお してある。(江國香織 「きらきらひかる」)
13)眼
はいわゆる腫れ瞼で小 さ く、鼻 は段鼻、総体 に平凡な顔立 ちで 目尻 に小豆大のホ ク ロあ り、 って人相書のところに書いてあるわ。(平岩弓枝「女の四季」)これ らのテアル文 を前項でお こな ったような見方で能動型および受動型 に分類 してみ るこ とにす る。例文11)は、話者の行為 に焦点 をあてたテアル文であ り、「私 が息子 さんに言 ってあ る」 とい う能動型 と して理解で きるだ ろう。 これ に対 し、例文12)と13)はいず れ も行為主の存在 は不明であ り、「対象」の変化だけに焦点 をあてた受動型 と して捉え る ことができる。 このような副詞句では、一般的に「対象」の様子が具体的 に説 明され るこ とが多いようだ。 したが って、理論的 には動作の対象 とともに表わ され ることも可能であ る。例 えば「〜 ヲ〜 卜書いてある」や「〜 ガ〜 卜書いてある」 のような表現があ って も不 思議ではない。今回の資料で も、 このような表現を4例ほど見つけることがで きた。その うちの2例を以下 に紹介す る。
14)先
日、林美一 さんの『 江戸艶本ベス トセラー』 を読んでゐた ら、『 あかゐの月』 とい う、直養の作、冷泉為恭 の画の春本が紹介 されてゐて、 まことに楽 しい思ひを した のだが、作者直養 のことを、「勤王の国学者であ り歌人 として も知 られ る豊前・小倉 藩の武士」 と書いてあつた。(丸谷才一「軽いつづ ら」)15)駐 車場から、ふた りは手を繋いで歩いてい った。入 口に 〔 二百人で聴 くキース・ ジ ャレットのゴル トベルク変奏曲〕 とポスターが貼 ってある。(落合恵子「素敵なヤツ なのに」
最初の例は「〜ヲ〜 卜書いてあった」 という形式で、「対象」が対格で示 されていて、行 為主も特定されていることから、能動型に分類 され、次の例文は「〜 卜〜ガ貼 ってある」
という対象志向性の強い受動型である。いずれの例 も動作の対象がヲまたはガによっては っきりと示 されていることから、今回の調査資料ではヲまたはガの基本形に分類されてい る。 これ らの以外の副詞旬によるテアル文
(85例)について、能動・受動の別 をまとめ たのが第
3表である。
副詞句 〜 と 〜 つて 〜ふ うに 〜よう(に) こ う そ う 〜 につ い て 〜 由
例文数 61 7
6
4 4第3表
副詞旬 によるテアル文
テ アルの種類 副詞 旬 に よるテアル文
基本形 の種類 能動型 受動型
例文数
9 76
受動型 の占め る割合が圧倒的であるのは、「対象」の様子 を具体的 に描写す るとい う特徴 か らして当然の結果であろう。対象指向型のテアル文であれば、副詞句 による「対象」の 具体的描写 が必然的 に多 くな るか らであ る。 ところで、野村 は (1983)は「〜が書いて ある」「〜 と書いてある」「こう (そう)書いてある」 などの表現の間に意味的相違 を認め ることが難 しい と し、「数字の上か らも、内容の上か らも、それ ほど大 きな差 はない とい うことになる」 と述べている。野村 の例文 を検証 してみ ると、いずれ も受動型であること か ら、「対象」 の変化 について描写 してい るという点で特 に大 きな意味的相違 が存在 しな い ことは確かであろう。 しか し、今回の調査で判 明 したように、数 は多 くはないが能動型 も存在す ることか ら、少な くて も能動型 と受動型 による統語的・意味的相違 を視野 に入れ た考察が必要 となることは明 らかである。
3.4
省略文テアル文の分析 を困難 に してい る大 きな要因の一つ に「対象」の省略がある。「対象」
が省略 され ると、その省略 された ものを探 さなければな らない。 うま く対象が特定で きた と して も、次 にそれが主格 なのか対格 なのかを判断 しなければな らない。今回の資料 では、
37例 がそのような対象が省略 されたテアル文であ った(2)。
16)白 っぱい四角い爪。見た こともない ような四角 い爪。深 く切 り込 んであ った。人指 し指 と中指の第一関節の中央 に二、三本の黒い短い毛が生えている。(吉本由美「ひ みつ」)
17)「
車のブ レーキは、や っば り誰かの細工だ ったんですか」 と、亜 由美が訊いた。「そ れが、焼 け方がひ どくて、 どっち とも断定できないんです。 しか し、故意 に壊 して あ ったという可能性は否定できません」(赤川次郎「花嫁の時間割」)18)飛
鳥は ドアを開け、玄関の上が りまちに出 してあ ったス リッパをそ ろえ直 した。「 ど うぞ、入 って。涼 しくしてあるわ。」(村山由佳「野生の風」)例文
16)と
17)の場合、省略 された「対象」は前文の中にあ り、それぞれ「四角い爪」「ブ レーキ」 と特定す るのは簡単だ。いずれ も眼前描写的な表現であ り、受動型であると思わ れ る。 それ に対 し、例文18)では前後 の文 の中に「対象」 を見つけることはで きない。しか し、文脈か らそれが「部屋」であることが うかがえ、 さらに、話者が 自分の行 な った 行為 (エアコンをつける)に言及 してい ることか ら、能動型であると判断 され る。上記の 3例では、対象が容易に特定で き、文の構造 も比較的把握 しやすいが、中には「対象」 を 特定す ることが難 しいものもある。次 に見 る例文は、そのようなテアル文の一つである。
なお、前後の文脈が重要 となるので、少 し長 くなるが、 ここに引用す る。
19)文
春文庫 ビジュアル版 の「B級グル メ」 シ リーズを愛読 してゐ る。 お もしろい し、役 に立つ。第一「B級グルメ」 とい う言葉 がいい。守須滋郎 さんや山本益博 さんや 見田盛夫 さんのや うな「A級グルメ」 の顔 を立 てた上で、 しか し自分たちの立場 を しっか りと主張 してゐ る。その最新刊 は『B級グルメのおい しい銀座2』 で、例 に よって情報量が多い。た とへば『 休 日の「いい店 うまい店」』 なんて、 じつにいい企 画だ し、 また克明に調べてあるね。その、 日曜 日にもや ってゐる店の一つ、三丁 目 すず らん通 りの焼鳥屋「銀座本店・ 当た りや」 は、 この近辺で選挙演説 を した候補 者 は当選す るか ら、 といふ命名である由。本当かね。(丸谷才一「軽いつづ ら」)
「調べてある」の「対象」 をい くら探 して も前後の文脈 の中か らは見つけることがで きな い。それは、 日に見えるような対象ではな く、「いい店 うまい店」 についての内容 とか、
情報 とかい った意味で話者 は捉えてい るか らだ。 しか し、そのような抽象的な内容が活字 と して本の中で扱われ、それ について著者が言及 してい るという点で、 ここにおけるテア ル文 は、状況描写的な受動型 であると考 えることがで きる(3)。 この ように して、省略 さ れた「対象」 を特定 し、能動型・受動型 の別 に分類 したのが、以下の表である。
第
4表対象が省略されたテアル文
対象の種類 対象が省略 されてい る
基本形 の種類 能動型 受動型
例文数
13 24
基本形での割合と比べ、能動型の割合が係助詞の場合と同様に高い。 これは前項でも触れ たように、能動型においては「対象」が主題化 されることが多 く、その結果、主題化 され た対象は談話の中ではしば しば省略 されることになるからであろう。
3.5 連体修飾節
テアルの用法のかなりの部分が、 この連体修飾節の中で使われている。数で言うと143 例にのぼり、「対象」がガによって示 される受動型についで全体の
26%を占める。 ここに 使われるテアル文の形式は大 きく分けて
2種に分類できる。「対象」が修飾成分の中に含 まれるものと「対象」自身が被修飾成分 となるものである。まず、修飾成分の中に「対象」
が含まれる例から見ていこう。
20)は っとして腰へ手をやると、パスポー トや現金、 トラベラーズチェックを入れてあ ゑ ウエス トバ ツグも消え失せていた。(原田宗典 「海の短編集」)
21)赤
錆びたパ イプや、油 まみれの機械 がほう り出 してある砂浜のむ こうで、 ブル ドー ザーが何台 も、黄色い甲虫のようにはいまわ りなが ら、赤土の小丘 をけず っていた。(小松左京「夜が明けた ら」)
対象が ヲ、 ガによって示 されてい ることか ら、それぞれ能動型、受動型 に分類 され る。 こ のように修飾成分の中で動作の「対象」が ヲまたはガによって示 され る場合は分類が容易 だが、「対象」 自身が被修飾成分 とな る場合、能動・受動の別 は文脈 などか ら慎重 に判断 され なければな らない。
22)私
はそれ らの土鍋が気 に入 らなか った。機能的な問題ではな く、土鍋 に描いてある、得体の しれ ない和風の絵が嫌だ ったのだ。(群ようこ「 トラブルクッキ ング」)
23)梢
はプールサ イ ドのバーの カウンターで、注文 した飲 み物 一 チチを受け とると、交換 に首にかけてあ るビーズの中か らオ レンジ色の玉 を八 コ、外 して渡 した。つ ま りそれが この地中海 クラブのバ カンス村での唯一の貨幣だ った。(森瑶子「ホロスコ ープ物語」)
例文
22)の場合、行為主 も特定できず、眼前描写的であることか ら、「和風の絵が描いて ある」 という受動型からの派生であると考えることができる。反対に、例文
23)では、
動作主は「梢」であ り、「ビーズを首にかけて、貨幣 として使 っている」 という意味で行 為志向型のテアル文であろう
(4)。このように、「対象」が被修飾成分であっても、前後の 文脈や状況から基本形式に分類することは可能である。連体修飾で使われているテアルの 総数144例 のうち、「対象」が連体修飾成分に含まれるのは
18例であり、オで示 されたも のが
3例、ガで示 されたものが
15例であった。 これに対 し、「対象」が被修飾成分 となっ ているのは
126例であり、能動型が
20例、受動型が
106例という結果になった
(5)。第
5表連体修飾成分におけるテアル文
連体修飾成分
対 象 修飾成分 被修飾成分
能動型 受動型 能動型 受動型
例文数
3 15 20
106この表からも明らかなように連体修飾におけるテアル文は、圧倒的に動作の「対象」が被 修飾成分として表わされることが多い。 これは、テアルによって表わされる「対象」は文 の成分の中で主格および対格で示 されることから、他の構成素よりも高い確率で被修飾語
となるからであろう。
4.分
析のまとめ
前項までで、テアルの様々な形式を五つに分類 し、さらにそれ らを能動型・受動型 とい う基本形式に振 り分けるという作業をおこなった。それを集計 し、まとめたものが第
6表と第
7表である。
第6表
テアルの表現形式 (ま とめ)
基本形 係助詞 副詞句 省 略
連体修飾成分
合 計 修飾成分 非修飾成分
能 受 能 受 能 受 能 受 能 受 能 受
例文数 41 153 30 48 9 76 13 24 3 15 20 106 538
第7表
テアルの基本形式
基本形 能動型 受動型 合 計
例文数
116
422 538%
22% 78%
100%能動型 と受動型 の全体 の比率 は、約1対4であ り、「対象」が ヲ・ ガによって示 され た 基本形 の比率 とほぼ同 じ結果 とな った。 この ことか ら、 テアルの表現形式 のすべてにおい て、受動型 の優位性が実証 された ことになる。個 々の形式の中で注 目され る点 と して、「係 助詞」 と「省略」 における能動型の比率の高 さが挙げ られ る。 これは、それぞれの分析の ところで触れたように、情景描写文 として多用 され る受動型 においては、主格であ る「対 象」 はガ格 によって示 され るのが普通であるのに対 し、行為志向型 の能動型 では意図的に 結果の状態が引 き起 こされ、 したが ってそれが しば しば話題 の対象 となるか らである。 ゆ えに、主題 などと して「対象」が取 り立て られ るのは能動型 において多 くな り、そのよう な主題 は しば しば談話の中で省略 され ることにもなる。その点が省略文 における能動型の 比率の高 さにつなが ってい るのであろう。 さらに、注 目され る事実 と して、 自動詞 による テアル文の少なさが挙 げ られ る。今回の資料では、「張 り紙す る」 とい う一例 しか認め る ことができなか った。 これ は「張 り紙をす る」 とも言い換 え られ、果た して本当の意味で の 自動詞 なのか疑間が残 るが、仮 に 自動詞 であると して も、
538例
中唯一の 自動詞 によるテアル文ということになる。我々が通常テアル文を考えるとき、 自動詞文の存在 も認め、
「今 日はゆっくり寝てあるから
.… /休んであるから
.…」などという例文をす ぐに思い つ くが、実際にはほとんど使われていないということになる。 したがって、 日本語教育の 現場においては、扱 う必要のない形式になるのかもしれない。
最後に、今回の分析を各作品ごとに集計 したのが、第
8表となる。作品によってテアル の使用頻度が大きく異なるのが注 目される。野村は、受身
+テアル形の使用が作家の文体 上の特色になっていると指摘 しているが、今回の資料では、テアルの使用 自体がそのよう な作家の文体の特徴 となっていることを確認できる。分量から言えば、各作品とも文庫本 で200ペ ージか ら300ペ ージの間である。それでいて、テアルの例文数が僅かに 1の もの もあれば
76にもなるものもある。今回の資料における作家名で言えば、内館牧子、五木 博之、森瑶子、司馬遼太郎、吉本由美、山田詠美、林真理子、田辺聖子 らが比較的テアル の使用頻度が低 く、群 ようこ、平岩弓枝、落合恵子、東野圭吾、丸谷才一などはテアルを 多用する作家であると言えるだろう。また、能動型 と受動型の割合に関 しては、長野まゆ みの「魚たちの離宮」における能動型の使用頻度の高さが飛びぬけている。 この作品は、
テーマとして「古い習慣や生活慣習の再現」があ り、その設定場所 として「旧家」が選ば
れ、その「旧家の人 々」を主体 としたテアル能動型が頻繁に使われている
(6)。その意味
で、文体上かなり特色のある作品であると言えるだろう。
静岡大学留学生センター紀要 第1号
8表
各作品におけるテアルの表現形式
作品名 基本形 係助詞 副詞句 省 略
連体修飾 修 飾 非修飾 合 計
能 受 能 受 能 受 能 受 能 受 能 受
1.野生 の風 2 2 2 2 1 4 2
2.遅刻 して きた幽霊 2 2 1 2 2 1
3.素敵 なヤツなのに 4 9 3 1 2 4 3 2 2 2
4.海の短編集 1 4 2 1 3 7 19
5。 何で もない話 5 1 5 1 4
6.きらきらひかる 7 4
7.天使 の耳 2
8
3 2 2 2 3 1 28.無印結婚物語 2 2 2 3 2 6
9. 篭にりんごテーブルにお茶... 3 2 2 9
10。 放課後 の音符 2 1 8
11.ひ
みつ 4 2 712.白
昼夢 3 4 2 313.女
の四季 3 4 8 3 6 4 314.夜
が明けた ら 3 2 5 515。 こ とばの 国 8 4 2 3
16.トラブルクッキング 2 13 2 2
17.怪
談 2 3 818.ホ
ロスコープ物語 3 619。 おのぞみの結末 4 3
20.軽
いつづ ら 4 2 3 6 5 4 3621.魚
たちの離宮 7 2 2 322.読
む クス リ 5 223.生きるヒン ト
3
24。
大統領のクリスマスツリー
3 2 2
25。 花嫁の時間割
6
5 3 7J26。 一夜官女 2
2 6
27.隣の女
3 2 2
228. パスがだめなら飛行機があるさ 1
合 計 41 153 30 48 9 24 3 538
5。 おわ りに
今回の調査では、今 まであま り考察 されていなか ったテアルの多様 な形式 について、そ の基本形式である能動型 と受動型 との関係の中で分析 を試みた。 テアルの意味分析 は、そ の統語的な特徴か ら能動型 と受動型 とい う2つの形式 に分類 して行なうのが普通である。
一般的 には、ある目的のためになされた行為の有効性が問われ る能動型 に対 し、行為 によ って生 じた対象の変化 に関心がある受動型 とい う図式で説 明され る。 この根本的な相違は 表現形式の異なるすべてのテアル文 にも当てはまるとい う前提 のもと、今回の分析 は行な われている。その結果、能動型 に対す る受動型の優位性 を数字 をもってはっきりと確認す ることができた。全体 に対す る能動型の使用は21パ ーセン トであるのに対 し、受動型は
79
パーセ ン トにのぼ る。この数字 は、ただ単 に「受動型の方が能動型 よ りも多 く使用 され る」とい った言い方 よ りもはるかに説得力のある数字であ り、 日本語教育の現場 において も、
初級学習者 に対す るテアル形 の導入の一つの指針 とな り、 また、上級学習者 に対す る説明 の中では効果的な数字 になるもの と思われ る。 さらに、「対象」が ヲ・ ガによって示 され る以外の多様なテアルの形式 と基本形 との関係 について も、今回の分析がある意味で一つ の 目安 になるのではないだろうか。 日本語学習者が実際の会話 などで遭遇す る基本形式 と は違 うテアル文 について、我 々もある程度 の説 明ができるだけの理論的な準備が必要であ る。それは、特 に 日本語教育の現場 において 日本語教師に求め られている知識で もある。
その意味で、今回の調査が 日本語学 の理論 と現場での実践 とを結び付ける働 きとなること を期待 している。
最後 に、議論の中で も再三述べたように、基本形以外のテアル文の分析 において、能動・
受動の区別 に困難が伴 うことが多い。 この分析のプロセスは、議論の中で紹介 しているよ うに、文脈、状況などを総合的 に判断 して、能動形 と受動形 の持つ基本的な特徴 に合致す るか どうか という形 でお こなわれているが、当然分析 の仕方 によっては違 う形式 に分類 さ れ ることが予想 され る。 したが って、今回の調査の結果 は、あ くまで一つの 目安であ り、
テアル文における能動形 と受動型 との割合の数値 を決定付けることを 目的 とするものでは ない ことを付け加えてお く。
注
(1)自 動詞のテアル文については、森田も益岡も「〜を〜テアル」の形式に分類 し ている。
(2)37例
の省略文のうち、
6例は「対象」が現われているものの、それを示す助詞 が省略されたものである。分類上、省略文の中に入れてある。
(3)そ
のような具体的な状況からは離れて考えると、「調べてある」 という行為に主眼 を置いた能動型であるという分類 も可能である。その場合、行為主は「いい店う まい店」を企画、編集 している人ということになる。
(4)こ のシーンも、作者の目を通 して情景描写的に表現 しているとして、受動型 と見 ることも可能である。
(5)寺
村 (1984)の いう「内の関係」 と「外の関係」で見てみると、今回の資料では テアルの使われる連体修飾成分は全て「内の関係」となっている。
(6)原
沢
(1999)「テアル能動型の主体の欠如について」から引用 している。
参考文献
(1)杉
村泰
(1996)「形式と意味の研究―テアル構文の
2類型 ―」 『 日本語教育』
91号 (2)高橋太郎
(1969)「すがたともくろみ」金田一春彦
(編)、 (1976)『日本語動詞の
アスペク ト』むぎ書房
(3)寺
村秀雄
(198の『 日本語のシンタクスと意味 Ⅱ』 くろしお出版
(4)原
沢伊都夫
(1998)「テアル形の意味―テイル形 との関係において一」
『 日本語教育』
98号(5)原
沢伊都夫
(1999)「テアル能動型の主体の欠如について」 『言語』
Vol.28 No.9、大修館書店
(6)益
岡隆志
(1987)『命題の文法一 日本語文法序説一』 くろしお出版
(7)野
村雅昭
(1983)「近代語における既然態の表現について」 『論集 日本語研究
15現代語』有精堂出版
(8)森
田良行
(1989)『基礎 日本語辞典』角川書店
(9)吉
川武時
(1976)「現代 日本語動詞のアスペク トの研究」金田一春彦
(編)『日本語 動詞のアスペク ト』むぎ書房
例文出典
(28作品
)(1)「
野生の風」村山由佳子
(1998)集英社 (D「遅刻 して来た幽霊」赤川次郎
(1994)新潮社 (D「 素敵なヤツなのに」落合恵子
(1993)講談社 0「 海の短編集」 原田宗典
(1997)角 川書店
(D「何でもない話」遠藤周作
(1985)講談社 0 「きらきらひかる」
江國香織
(1994)新潮社
(つ「天使の耳」東野圭吾
(1995)講談社 ③ 「無印結婚物語」
群ようこ (1992)角 川書店 (9「 篭にりんご テーブルにお茶」田辺聖子
(1978)(10「放
課後の音符」角川書店山田詠美
(1992)角川書店
(11)「ひみつ」吉本由美
(1992)角川
書店 (19「 白昼夢」井上夢人
(他8名
)(1995)集英社 (19「女の四季」平岩弓枝
(1988)角川書店 (1の「夜が明けたら」月ヽ松左京 (1977)文 藝春秋
(lD「
ことばの国」清水義範(1993)集
英社 (10「トラフ゛ルクッキング」群ようこ(1998)集
英社 (1つ「怪談」林真理子(1997) 文藝春秋(10「
ホロスコープ物語」森端子 (1986)文 藝春秋(19「
おのぞみの結末」星 新一 (1976)新 潮社(20「
軽いつづら」丸谷才一 (1996)新 潮社 (21)「魚たちの離宮」長野まゆみ (1993)河 出書房新社
(29「
読むクスリ」上前淳一朗 (1987)文 藝春秋(23)「生きるヒント4」 五木博之 (1997)角 川書店(2の「大統領のクリスマス・ツリー」鷺 沢萌 (1996)講 談社
(2D「
花嫁の時間割」 赤川次郎(1995)角
川書店00「
一夜官女」司馬遼太郎 (1984)中 央公論社 0つ 「隣りの女」向田邦子 (1984)文 藝春秋 (28)「バ スがだめなら飛行機があるさ」内館牧子 (1997)幻 冬舎