一般政府の収入と支出の関係
―― 財政の調整過程における非対称性を 考慮したモデルによる実証分析 ――
平 井 健 之
!.は じ め に
わが国の政府は依然として巨額の財政赤字を抱えており,累積する政府の債 務残高も増大する傾向にある。そのため,政府には財政の健全化の実現に向け た取組みが急務とされている。このような状況の下で,政府の収入と支出の因 果関係の実証分析は重要な研究課題と考えられる。その理由は,政府収入と政 府支出の因果関係の解明が,財政赤字を削減する方途を探る上で有益な情報を 提供するからである。この因果関係をめぐっては,4つの仮説を挙げることが できる。第1は,収入から支出への因果関係の仮説,第2は,支出から収入へ の因果関係の仮説,第3は,収入と支出で双方向の因果関係の仮説,そして第 4は,収入と支出の間で因果関係が存在しないとする仮説である。
この政府収入と政府支出の因果関係についての実証研究は,すでに諸外国で は多数存在する。その一連の研究として,例えば,Miller and Russek(1990), Jones and Joulfaian(1991),Baffes and Shah(1994),Baghestani and McNown
(1994),Owoye(1995),Hondroyiannis and Papapetrou(1996),Vamvoukas
(1997),Payne(1997,1998),Darrat(1998),Kollias and Mskrydakis(2000), Li(2001),Chang, Liu and Caudill(2002),及びNarayan(2005)等が挙げら れる。これらの因果関係の実証分析では,まず,政府収入と政府支出の時系列 データについてそれぞれ単位根検定を行い,2つの変数がともに1次の和分過 程に従うかどうかを検討している。そして次に,政府収入と政府支出の2変数
香 川 大 学 経 済 論 叢 第83巻 第3号 2010年12月 71−91
間での共和分検定に基づき両者が長期的な均衡関係にあるかどうかを検討し,
もし共和分関係が存在すれば誤差修正モデル(Error Correction Model, ECM)
を適用して因果関係を分析している。また,共和分関係が存在しない場合に は,各変数の階差変数を用いてVARモデルを推定し,Grangerの因果性テス トを行っている。わが国においても,平井・野村(2001)は,政府(国)の一 般会計を分析対象とし,誤差修正モデルを適用して収入と支出の因果関係を分 析している!。
しかし,Ewing, Payne, Thompson and Al-Zoubi(2006)が指摘しているよう に,これまでの既存研究では,収入と支出の関係を検討する際に,政府の財政 状況が赤字であるか,黒字であるか,あるいは財政赤字(または財政余剰)が 悪化する状態であるか,改善する状態であるかは問題にされていない。この点 について,例えば,政府の政策立案者は,実際にはこれらの要因に依存して収 入と支出の決定を行っているかもしれない。既存研究における従来の誤差修正 モデルは,財政の不均衡による収入と支出の調整過程が厳密に対称的であるこ とを暗黙に仮定している。上記のように,実際には調整過程が非対称的である とすれば,従来の誤差修正モデルで仮定されている対称的な調整過程はモデル の定式化に誤りがあることを意味している
"
。
そ の た め,近 年,Ewing, Payne, Thompson and Al-Zoubi(2006),Payne, Mohammadi and Cak(2008),Zapf and Payne(2009),及びSaunoris and Payne
(2010)は,収入と支出の関係において非対称性を考慮に入れたより一般的な 分析方法を適用して,収入と支出の因果関係を実証的に再検討している。ここ
(1) 諸外国における政府収入と政府支出の因果関係の実証研究の動向については,平井・
野村(2001),平井(2002)やPayne(2003)を参照されたい。
(2) Ewing, Payne, Thompson and Al-Zoubi(2006)は,財政の調整過程における非対称性 の存在について4つの理由を挙げて説明している。そこでは,財政状況に応じて政府の 政策立案者が収入と支出の決定で異なる反応を示すことの他にも,財政と景気循環は財 政の自動安定化装置等を通じて密接な関係にあるため,景気循環における主要なマクロ 経済変数の非対称な調整過程は財政においても同様の調整をもたらすかもしれないこと 等が挙げられている。詳細については,Ewing, Payne, Thompson and Al-Zoubi(2006, p.191)を参照されたい。
−72− 香川大学経済論叢 232
で特に,Ewing, Payne, Thompson and Al-Zoubi(2006)は,アメリカ合衆国の 連邦政府を分析対象として,政府の収入と支出が,財政が悪化する状態におい てのみ長期均衡に向けて反応するという分析結果を導いている。さらに,
Saunoris and Payne(2010)は,英国の中央政府について,財政の悪化に対す る収入の反応は財政の改善に対する反応よりも大きいとして,長期均衡への非 対称な調整を伴いながら政府支出から政府収入への因果関係が存在することを 示している!。
ところで,最近において,平井(2009)は,わが国の一般政府を分析対象と して,政府の収入と支出に関する共和分検定に基づき財政赤字の持続可能性を 分析している。平井(2009)によれば,一般政府の収入と支出は長期の均衡関 係にあり,政府の財政赤字は持続可能との分析結果が得られている。しかしな がら,このことは,政府の財政運営に問題がないということを意味するわけで はない。巨額の財政赤字により,累積する政府の債務残高は増大する傾向にあ る。このような現状において政府の財政運営のあり方を検討するためには,さ らに,一般政府の収入や支出が財政赤字の調整にどのような影響を及ぼすかを 分析する必要がある。そこで,本稿の目的は,わが国における一般政府の収入 と支出の時系列データを使用し,Ewing, Payne, Thompson and Al-Zoubi(2006)
等と同様に,2変数間の長期均衡に向けた非対称な調整過程を考慮に入れて,
一般政府の収入と支出の因果関係を分析することである。とりわけ,本稿で は,長期均衡への対称的な調整過程を仮定する従来の誤差修正モデルによる実 証分析と,非対称性を考慮した誤差修正モデルによる実証分析を行うことによ り,それらの分析結果を比較し検討することにしたい。
上述のように,政府の財政が赤字であるか,黒字であるか(あるいは,悪化 する状態にあるか,改善する状態にあるか)は,収入と支出の動学的な決定行
(3) Payne, Mohammadi and Cak(2008)はトルコ政府の収入と支出を分析対象として,そ して,Zapf and Payne(2009)はアメリカ合衆国における州と地方政府の総収入と総支 出を分析対象として,長期の均衡に向けた調整過程を分析している。いずれの実証研究 も,財政調整における非対称性に関する証拠は得られないという分析結果が示されてい る。
233 一般政府の収入と支出の関係 −73−
動に非対称な効果を及ぼす可能性を有している。そのため,非対称的な調整過 程の可能性を考慮するために,Ewing, Payne, Thompson and Al-Zoubi(2006)
等の実証研究に従って,Enders and Granger(1998)とEnders and Siklos(2001)
により提案されたTAR(Threshold Autoregressive)モデルとM-TAR(Momentum Threshold Autoregressive)モデルを適用する。
本稿の構成は,以下の通りである。まず第!節では,本稿での実証分析を進 めるに当たり,政府収入と政府支出の因果関係をめぐる仮説について簡単に整 理する。次に第"節において,収入と支出の因果関係に関して使用するデータ や実証分析の方法を解説する。そして第#節では,財政調整において対称性を 仮定した場合と非対称性を考慮に入れた場合での実証分析の結果をそれぞれ提 示する。最後に,第$節で結論を述べる。
!.収入と支出の因果関係
政府収入と政府支出の因果関係については,4つの仮説を挙げることができ る。そこで,諸外国における収入と支出の因果関係に関するこれまでの実証研 究は,各国政府の財政運営が次の4つの仮説のいずれに相当するかを分析して いる。
その第1の仮説は,収入から支出への一方向の因果関係があるという仮説で ある。この仮説は,政府収入の変化が政府支出の変化をもたらすというもので ある。例えば,Friedman(1978)によれば,増税は政府支出を増大させるのみ で,結果として財政赤字の削減をもたらさないことが議論されている。すなわ
ち,このFriedman(1978)の見解は,政府収入の変化が政府支出に正の効果
をもたらすことを示している。また,これとは逆に,Buchanan and Wagner
(1977,1978)では,租税負担の減少は納税者によって知覚される公共サービ スの費用を低下させ,政府支出の増大をまねく傾向にあることが議論されてい る。このような見解は,政府収入の変化が政府支出に負の効果を及ぼすことを 示している。したがって,上記の2つの見解はいずれも,収入から支出への因 果関係を意味しているといえよう。ここで,トルコ政府を分析対象とする
−74− 香川大学経済論叢 234
Darrat(1998)やPayne, Mohammadi and Cak(2008)等の実証研究は,そのよ うな仮説を支持する分析結果を導いている。
さらに第2の仮説は,逆に支出から収入への一方向の因果関係が存在すると いう仮説である。この仮説は,政府が予め設定した支出水準に収入の水準を調 整することを意味している。その例として,Peacock and Wiseman(1961,1979)
によって提案された転位効果は,この仮説に基づいているといえる。Peacock and Wiseman(1961,1979)によれば,政府支出は戦争のような社会的混乱期 を契機として新しい水準に増加し,それに伴い租税負担の水準も永続的に増加 すると考えられている。したがって,政府支出の増加は,租税負担の増加をも た ら す と さ れ て い る。ま た,Barro(1974,1978)は,リ カ ー ド の 等 価 命 題
(Ricardian equivalence)の議論において,公債発行によって資金調達された政 府支出の増加が将来における増税として納税者に認識されるとしている。この ように,支出から収入への因果関係が存在するという仮説を支持する分析結果 は,例えば,ギリシャ政府を分析対象とするHondroyiannis and Papapetrou
(1996)とVamvoukas(1997),さらにアメリカ合衆国に関するIslam(2001)等 の実証研究において導出されている。
そして,第3の仮説は,収入と支出で双方向の因果関係が存在するという仮 説である。この仮説によれば,政府は収入と支出の水準を同時に決定している といえる。Musgrave(1966)やMeltzere and Richard(1981)は,そのような見 解に基づく理論を提示している。この仮説は,投票者が政府サービスの限界便 益と限界費用を比較することにより,政府支出と租税の最適水準を決定するよ うな場合に成立するであろう。このように,双方向の因果関係があるという仮 説は,アメリカ合衆国の政府を分析対象とするMiller and Russek(1990)と Jones and Joulfaian(1991)の実証研究,中国に関するLi(2001)の実証研究 等において支持されている。最後に,第4の仮説は,収入と支出との間に因果 関係がないという仮説である。この仮説は,政府による支出と課税の機能が制 度的に分離されている状況を想定している。そのため,とりわけ政府支出が政 府収入よりも急速に増加する場合,財政赤字が深刻となり,財政の持続可能性
235 一般政府の収入と支出の関係 −75−
の問題が発生することになる。アメリカ合衆国におけるHoover and Sheffrin
(1992)やBaghestani and McNown(1994)等の実証研究は,そのような仮説 の証拠を提示している。
ところで,政府収入と政府支出の因果関係に関する諸外国での実証研究で は,同じ国の政府においても必ずしも一致した分析結果が得られているわけで はない。Payne(2003)は,その要因として,分析方法,モデルの定式化や分 析期間等の違いを挙げている。本稿の実証分析では,わが国の一般政府を分析 対象として,既述のように,財政調整の対称性を仮定した従来の共和分検定と 誤差修正モデルによる実証分析と,非対称性を考慮した共和分検定(TARモ
デルとM-TARモデル)と誤差修正モデルによる実証分析を行うことにより,
収入と支出の因果関係に関するこれらの分析結果を比較し検討する#。
!.データと実証分析の方法
1.デ ー タ
本稿の実証分析では,一般政府を分析対象として政府収入と政府支出の因果 関係の検定を行う。そのため,政府収入("#$)と政府支出("!$)の各デー タ(名目値)は,平井(2009)と同様に,『国民経済計算年報』(内閣府経済社 会総合研究所)より求められる。また,上記のすべてのデータは実質値で表示 されるため,各変数の実質化にはGDPデフレーターを使用する。このGDPデ フレーターも『国民経済計算年報』より得られる。
ここで,これらすべてのデータについて,最近時点までのデータは1993年 改訂の国民経済計算体系(93SNA)より求められる。ところが,この93SNA のデータは"及して1980年度までしか公表されていない。一方,国民経済計
(4) 例えば,英国の政府を分析対象とする収入と支出の因果関係に関する既存研究では,
収入と支出で双方向の因果関係,または収入から支出への因果関係という分析結果がこ れまで支持されてきた。しかし,これに対して,Saunoris and Payne(2010)は,財政の 不均衡に対する非対称な調整過程を考慮したM-TARモデルによる分析では,既存研究 の結果とは異なり,支出から収入への因果関係が支持されるという分析結果を導いてい る。
−76− 香川大学経済論叢 236
算における68SNAでは,1955年度よりすべてのデータを入手することが可能 であるが,データの終期は1998年度となっている。そのため,政府の収入
("$%)と支出("!%)の各データについて,1955年度から1998年度までの期 間については68SNAのデータを使用し,1999年度以降は93SNAのデータを 用いることにする。93SNAでは68SNAの内容が変更されているため,デー タの一貫性に問題が生じるものの,長期にわたるデータを確保するために,68 SNAのデータと93SNAのデータをそのまま接続することにした。ただし,政 府収入("$%)と政府支出("!%)の各変数を実質化するためのGDPデフレー ターについては,68SNAより1990暦年基準のデータに基づき,68SNAにお ける1998年度のデータを93SNAの当該データの伸び率により延長して推計 することとした。
これにより,本稿で使用するデータは,1955年度から2007年度までの年度 データである。68SNAと93SNAにおける収入と支出の各項目の分類に基づ き,政府収入("$%)には一般政府の経常受取額を,そして政府支出("!%)に は一般政府の経常支払額と純資本支出の合計額を用いることにする
!
。図1に は,そのような政府収入("$%)と政府支出("!%)の各データの対GDP比率 の動向がそれぞれ描かれている。図1より,とりわけ1990年代のバブル崩壊 以降,わが国の一般政府では支出が収入を上回る状態が続いている。本稿の以 下での実証分析では,これら"$%と"!%の2変数をそれぞれ上述のように実 質値で表示して,さらに自然対数をとった政府収入と政府支出のデータを使用 することとし,各変数を#"$%と#"!%で表示する。
(5) 政府収入と政府支出の各データの詳細については,平井(2009)を参照されたい。な お,この政府収入と政府支出の差額は,68SNA(または,93SNA)における一般政府 の貯蓄投資差額(または,純貸出/純借入)の値に等しい。
237 一般政府の収入と支出の関係 −77−
% 45 40 35 30 25 20 15 10 5 0
1955 1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 年度 政府収入の対GDP比率 政府支出の対GDP比率
2.対称的誤差修正モデルによる分析
実証分析ではまず,政府収入(#"$%)と政府支出(#"!%)の各変数につい て単位根検定を行う。本稿ではそのために,Dickey and Fuller(1979,1981)に よるADF(Augmented Dickey-Fuller)検定とPhillips and Perron(1988)による Phillips-Perron検定を適用する。
これにより,政府収入(#"$%)と政府支出(#"!%)がともに1次の和分過 程に従うと判断されれば,次に,これら2変数が長期的な均衡関係にあるかど うかを検定する。ここでは共和分検定として,Engle and Granger(1987)の検 定方法(Engle-Granger検定)を実行する。Engle and Granger(1987)に従って,
はじめに政府収入と政府支出に関する次式の共和分関係式を推定する。
#"$%"!!"#"!%!#%. !
ここで,!式における残差#!%は財政の不均衡を意味している。そして第2段 図1 一般政府における政府収入と政府支出,1955−2007年度
出所:『国民経済計算年報』(内閣府経済社会総合研究所)より作成。
−78− 香川大学経済論叢 238
階として,残差&$(に関する次式における(のOLS推定値に基づいて,共和分 検定を行う。
$&$(#(&$(!""!
&#"
'#&$&$(!&")(. "
ここで,$は1階の階差演算子,)(は誤差項である。また,拡張項の次数' については,Ng and Perron(1995)に従って,拡張項の回帰係数#&の推定値 に関する(値の有意性に基づき選択する。上記の"式において,帰無仮説は (#!であること,対立仮説は(!!である。これより,もし帰無仮説を棄却 できれば,残差&$(は単位根をもたないと判断でき,$#%(と$#!(は共和分関 係にあるといえる。
そこで,$#%(と$#!(が共和分関係にあるとき,次式のような対称的誤差 修正モデル(symmetric ECM)を推定することにより,政府収入と政府支出の 2変数間の因果関係の検定が行われる。
$$#%(##!"!
&#"
' #&$$#%(!&"!
&#"
' $&$$#!(!&"%&$(!"")"(, #
$$#!(##%!"!
&#"
'#%&$$#%(!&"!
&#"
' $%&$$#!(!&"'&$(!"")#(. $
ここで,)"(と)#(は誤差項である。また,&$(!"は誤差修正項であり,共和分回 帰式!からの残差の1期前のラグ付き変数である。調整係数%と'について は,それぞれ負と正の値になることが期待される%。この#式と$式における% と'の係数の値が(検定においてそれぞれ有意であるかどうかにより,政府 収入と政府支出の長期での因果関係を分析する。さらに2変数間での短期の因 果関係については,#式より,$$#!(が$$#%(のGranger因果ではないとす る帰無仮説は,$$#!(!&の回帰係数$&が"検定で有意であれば棄却される。
同様に,$$#%(が$$#!(のGranger因果ではないとする帰無仮説は,$式よ
(6) #式と$式において,もし&$(!""!であれば,それは(!"期において財政余剰を意味 する。このとき,長期の均衡に向かうためには,&$(!"に対して$$#%(は負の方向に反 応する必要がある。そのため,%!!となる。これとは反対に,$$#!(は財政余剰に対 しては正の方向に反応する必要があり,したがって'"!となる。
239 一般政府の収入と支出の関係 −79−
り,%$"%)!'の回帰係数"%'が!検定で有意であれば棄却される。
3.非対称的誤差修正モデルによる分析
政府収入と政府支出の因果関係の実証分析の多くは,上記のような方法でこ れまで進められてきた。しかし,Ewing, Payne, Thompson and Al-Zoubi(2006)
において指摘されているように,"式に基づく共和分検定では,対称的な調整 過程の枠組みの下で検定が行われていることに注意すべきである。その対立仮 説は,財政の不均衡の周りで対称的な調整過程を暗黙に仮定している。さら に,#式と$式の標準的な誤差修正モデルも,財政の不均衡による収入や支出 の調整過程が対称的であることを暗黙に仮定している。もし調整過程が非対称 的であるとすれば,対称性の仮定はモデルの定式化に誤りがあることを意味し ている。そのため,財政の調整過程における非対称性を考慮したより一般的な モデルで分析を進める必要がある。
そこで,財政の不均衡における非対称的な調整を考慮した誤差修正モデルの 可能性を探るために,次に,Enders and Granger(1998)とEnders and Siklos
(2001)によって提案されたTARモデルとM-TARモデルを適用する。いま,
共和分回帰式!における残差を用いて,"式の代わりに,TARモデルは次の
%式と&式で推定される。
%#$)##)$"#$)!""&"!#)'$##$)!""%
'#"
( "'%#$)!'"*). %
ここで,*)は誤差項であり,#)は次の関数で与えられる。
#)#"'&#$)!"$%
!'&#$)!"!%
!$
#
$" &
このTARモデルについては,&式より,#)は1期前の財政の不均衡(#$)!")に 依存する。これより,%式と&式は,財政の不均衡が閾値%からの正または負 の乖離によってどのように反応するかを,それぞれ$"#$)!"と$##$)!"で捉える ことができる。したがって,TARモデルは,財政の不均衡が黒字であるか赤
−80− 香川大学経済論叢 240
字であるかにより,収入と支出の決定への効果が異なるかどうかを検討する。
一方,M-TARモデルは,関数$*について上の$式を次の%式に代えて,# 式と%式で推定される。
$*""('$#$*!"#%
!('$#$*!"!%
!$
#
$" %
上記の#式と%式に基づくM-TARモデルでは,その調整は,1期前の財政の 不均衡における変化($#$*!")に依存するとしている。そのため,M-TARモデ ルにより,財政の不均衡における変化について正の局面(すなわち,財政の改 善)の場合と負の局面(すなわち,財政の悪化)の場合では,収入と支出の決 定に対して異なる効果がもたらされるかどうかを検討できる。
ここで,$式または%式における閾値%は,Ewing, Payne, Thompson and Al- Zoubi(2006)等の一連の実証研究と同様に,Chan(1993)の方法を用いて決 定される。すなわち,閾値%は,TARモデルについては%#$*&,そしてM-TAR モデルについては%$#$*&を小さい方から大きい方へ並べ替え,その中から大 小15%を取り除き,残りの70%で#式の残差平方和を最小化するものとして 選択される。
これら2つのモデル(TARモデルとM-TARモデル)における検定の手続き として,まず,共和分検定は,"統計量に基づき$""$#"!の帰無仮説を検 定することにより行われる。さらに,もしこの帰無仮説が棄却されると,標準 的な"検定を使用して,対称的な調整過程,すなわち$""$#の帰無仮説の検 定を実行できる。ここで,もし$""$#であれば,上述のEngle-Granger検定は,
#式に基づく検定においてその特別なケースとなることがわかる。なお,ここ でも#式における拡張項の次数)については,Ng and Perron(1995)に従っ て,拡張項の回帰係数"(の推定値に関する*値の有意性に基づき選択する。
最後に,政府収入(%#&*)と政府支出(%#!*)の2変数が共和分関係にあ り,かつ財政の不均衡に対して非対称的調整過程が存在することが判明する と,!式と"式に代わり,次式のような非対称的誤差修正モデル(asymmetric
241 一般政府の収入と支出の関係 −81−
ECM)を推定することにより,収入と支出の因果関係を検定する。
$%#&)#!!"!
'#"
(!'$%#&)!'"!
'#"
("'$%#!)!'"$)$"#$)!""%"!$)&$##$)!""*"), (
$%#!)#!%!"!
'#"
(!%'$%#&)!'"!
'#"
( "%'$%#!)!'"$)$%"#$)!""%"!$)&$%##$)!""*#).)
ここで,*")と*#)は誤差項,#$)!"は共和分回帰式"における残差の1期前のラ グ付き変数であり,$)は&式または'式で与えられる。これより,(式の$"
と$#はそれぞれ誤差修正項,$)#$)!"と%"!$)&#$)!"に関する係数で,政府収入 の反応を表している。同様に,)式の$%"と$%#はそれぞれ誤差修正項,$)#$)!"
と%"!$)&#$)!"に関する係数で,政府支出の反応を表している。なお,2変数 間の短期の因果関係については,$式及び%式と同じように,"検定に基づ
きGrangerの因果性テストが行われる。
!.実証分析の結果
1.対称的誤差修正モデルの推定
実証分析ではまず,政府収入(%#&))と政府支出(%#!))の各変数につい て単位根検定を行う。表1には,ADF検定とPhillips-Perron検定による単位根 検定の結果が示されている。表1より,%#&)と%#!)の各系列は単位根をも ち,その1階の階差変数,$%#&)と$%#!)はそれぞれ定常であることがわか る。したがって,%#&)と%#!)はいずれも$%"&変数であると判断できる。
そこで次に,"式と#式に基づき,%#&)と%#!)の2変数間で共和分関係 が存在するかどうかについて,Engle-Granger検定を行う。その検定結果も表 1に表されている。ここで,共和分関係が存在しないという帰無仮説は,10%
の有意水準でかろうじて棄却される'。そのため,政府の収入と支出の2変数は 共和分関係にあると判断して,2変数間の因果関係の分析を進めることにす る。
(7) Engle-Granger検定では,TSP5.0を使用している。
−82− 香川大学経済論叢 242
表2には,"式と#式による誤差修正モデルの推定結果が示されている。こ こで,ラグ数&については,AIC(Akaike Information Criterion)の基準を用い て選択している。調整係数"と$の推定値は,それぞれ期待通りの負と正の 値を表示している。まず,"式より,誤差修正項に関する'値で判断すると,
調整係数"の推定値は10%の有意水準で統計的に有意であることから,誤差
修正項を通して政府支出の変化が政府収入に影響を及ぼすという結果が示され ている。一方,#式からは,調整係数$の推定値は,10%の有意水準でも統 計的に有意ではない。そのため,誤差修正項を通して政府収入から政府支出へ の有意な効果は存在しないことがわかる。したがって,これらの結果から,長 期的には政府支出から政府収入への因果関係が存在するという仮説が支持され ることになる
$
。
ここで,さらに短期の因果関係についても検定を行うと,"式における"
統計量の値より,#$#!'が#$#%'のGranger因果ではないとする帰無仮説は
(8) わが国について,政府支出から政府収入への因果関係が存在するという仮説を支持す る実証分析の結果は,日本に関するOwoye(1995)の因果関係の分析結果とは逆である が,国の一般会計を分析対象とする平井・野村(2001)とは同じ結果である。
変 数 ADF検定 ラグ数& Phillips-Perron検定
$#%' −0.78832 2 −0.49931
#$#%' −4.94856*** 1 −4.59122***
$#!' −0.72447 3 −0.57092
#$#!' −3.36062* 2 −9.36256***
共和分関係式
$#%'"!!#"$!!!%"!$#!'!#&' −3.06280* 4 表1 ADF 検定と Phillips-Perron 検定
注:各変数における#は,1階の階差演算子である。ADF検定とPhillips-Perron検定は,と もに定数項とトレンド項を含むモデルによる検定である。ラグ数&は,ADF検定におけ る拡張項の次数を表している。この次数は,最大次数を4とし,Ng and Perron(1995)に 従って,拡張項の回帰係数の推定値に関する'統計量の値の有意性に基づき選択されてい る。また,Phillips-Perron検定におけるラグ数は1としている。さらに,Engle-Grangerの共 和分検定については,!式に基づき共和分回帰式の残差に関してADF検定を行っている。
***は1%水準で有意,*は10%水準で有意であることを示す。
243 一般政府の収入と支出の関係 −83−
10%の有意水準で棄却されることがわかる。また,#式における"統計量の 値からは,!$#&(が!$#!(のGranger因果ではないとする帰無仮説は10%の 有意水準で棄却されるという結果が得られている。そのため,短期において は,政府収入と政府支出の間で双方向の因果関係が存在するといえよう。
2.非対称的誤差修正モデルの推定
第!節でも述べたように,上記の因果関係に関する実証分析の問題は,誤差 修正モデルにおいて,財政の不均衡による政府収入と政府支出についての対称 的な調整を仮定していることである。もし調整が非対称的であるとすれば,上 記の分析方法は政府の収入と支出の決定に関する誤った情報をもたらすかもし れない。
パラメータ !$#&( パラメータ !$#!(
!! 0.005859(0.58402) !%! 0.004557(0.41422)
!" 0.771632(5.03654)*** !%" 0.109050(0.64911)
!# −0.240199(−1.35986) !%# 0.409073(2.11202)**
!$ 0.196760(1.17460) !%$ −0.177704(−0.96744)
"" −0.058497(−0.43691) "%" −0.267787(−1.82395)*
"# 0.300516(2.27246)** "%# 0.405415(2.79577)***
"$ −0.082939(−0.63217) "%$ 0.419201(2.91287)***
誤差修正項
# −0.130534(−1.81231)* $ 0.110410(1.39795)
%統計量 0.294357[0.863] %統計量 0.464490[0.793]
短期の因果関係
"統計量 2.35295[0.08616]* "統計量 2.80540[0.05157]* 表2 対称的誤差修正モデルの推定
注:誤差修正モデルは,"式と#式に基づいて推定される。各推定値における括弧( )内 の数値は,(統計量を示している。#と$はそれぞれ,"式と#式における誤差修正項の 係数である。%統計量は,2次までの自己相関が存在しないという帰無仮説についての Ljung-Box統計量である。さらに,短期の因果関係に関する"統計量は,"式では!$#!(
が!$#&(のGranger因果ではないとする帰無仮説,#式では!$#&(が!$#!(のGranger 因果ではないとする帰無仮説についての検定統計量である。なお,括弧[ ]内の数値は '値である。
***は1%水準で有意,**は5%水準で有意,*は10%水準で有意であることを示す。
−84− 香川大学経済論叢 244