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ロビンソンの動態理論 : とくに恒常的蓄積のモデ ルを中心として

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(1)

ロビンソンの動態理論 : とくに恒常的蓄積のモデ ルを中心として

その他のタイトル Mrs. Robinson's Dynamic Theory

著者 三谷 友吉

雑誌名 關西大學經済論集

巻 8

号 4

ページ 223‑252

発行年 1958‑12‑20

URL http://hdl.handle.net/10112/15622

(2)

223 

ど も

︑ ジョーン・ロビンソンの動態的問題意識がいつごろおこってきたかについてはつきりしたことはわからないけれ

( 1 )  

それはかなりふるいようである︒彼女のマルクス経済学の研究もこの問題意識となんらかの関係があること

は推測しえられることである︒ともかくもロビンソンは一九四

0

年代においてかなりながいあいだ動態理論的研究

にふけつていたとおもわれる︒かかる研究の結果は彼女が一九四九年に書いたハロッド﹃動態経済学への途﹄の書

( 2 )  

評のなかにおいてもいくぶんかうかがうことができるのであるが︑一九五二年に公にされた﹃利子率およびその他

( 3 )  

の諸試論﹄のなかではひとつの動態理論すなわち拡張経済または発展する経済の理論として展開されているのであ

る ︒

( 4 )

5

) 

そのごロビンソンは論文﹁生産函数と資本の理論﹂や﹁生産函数﹂などを発表したのち一九五六年には大著﹃資

( 6 )  

本蓄積論﹄を出版したが︑これよりすれば右の﹃諸試論﹄のなかの動態理論はこの資本蓄積論への途上における一

ロピンソンの動態理論︵三谷︶

口 は

し が き

ー ー と く に 恒 常 的 蓄 積 の モ デ ル を 中 心 と し て ー ー

ビ ン ソ ン の 動 態 理 論

(3)

224 

マ ア

シ ャ

ル ︑

ローザ・ルクセンブルク︑

カ レ

ッ キ

ー ︑

﹁わたくしはハロッド氏の﹃動態 ハロッドにも依拠していることを明言して ロピンソンの動態理論︵三谷︶

里塚にすぎないとかんがえられるかもしれない︒しかしその動態理論のなかでのべられているロビンソンの見解︑

とくに恒常的蓄積にかんする見解は︑資本蓄積論の中心的部分の︑さらに核心とみなされている﹁単一の技術での

( 7 )  

蓄積﹂の理論への過渡的な段階としていろいろの欠点をふくむと同時にかかるものとして新理論の特色をいつそう

て 考

察 し

よ う

ロビンソンの動態理論をば︑とくに恒常的蓄積のモデルを中心とし

( 1 )

C f .   J o a n ‑ R o b i n s o n ,

  M a r x   o n   U n e m p l o y m e n t ,   E c o n o m i c   J o u r n a l ,   J u n e ' S e p t .  

19 41   ; 

d i t t o ,  

An 

E s s a y   o n a   M r x i a n   E c o n o m i c s ,

1

 

94 2:  

(2 ) 

R o b i n s o n ,  

Mr•

H a r r o d ' s   D y n a

m i c s ,   E c o  

`gomicjounul•

M a r c

h  

1

94 9.   ( 3 )  

R o b i n s o n ,

h   T e   R a t e   o f   I n t e r e s t   a n d   0  t h e r   E s s a y s ,

1

 

95 2.  

(4 ) 

R o b i n s o n ,   T h e   P r o d u c t i o n   F u n c t i o n   a n d   t h e   T h e o r y   o f   C a p i t a l ,   R e v i e w   o f c   E o n o m i c   S t u d i e s ,   V o l .  

XX

I(

2)

, 

N o .  

55 ,  19 53

5 4.   ( 5 )  

R o b i n s o n ,   T h e   P r o d u c t i o n   F u n c t i o n , E   c o n o m i c   J o u r n a l ;   M a r c h  

19 55 . 

(6 ) 

R o b i n s o n ,   T h e   A c c u m u l a t i o n   o f   C a p i t a l

19 56 . ( 7 )

C f

 

.   R o b i n s o n ,

h   T e   A c c u m u l a t i o n ,   p .  

i x .  

杉 山

清 訳

原 著

序 文

七 ー

八 頁

ロビンソンは﹃諸試論﹄のなかで動態理論を展開したのち︑その理論がケインズに由来するものであること︑そ

れからマルクス︑

いる︒そのうちとくにハロッドの影響はいちじるしいようである︒彼女はいう︑ よく理解することにやくだつのである︒以下︑

(4)

225 

経済学への途﹄からうるところきわめて大なるものがあった︑ーー←しつさい︑前段の分析の核心は︑

( 1 )  

た も

の で

あ る

︒ ﹂

これからとつ

ロビンソンの理論に関係があるかぎりにおいてハロッドの所説にふれてお

ハロッドは﹃動態経済学への途﹄のなかでつぎのようにのべている︒﹁経済静学においては︑ある基本的な条件︑

すなわち人口の大きさとその能力︑土地の量︑嗜好などが所与であり既知であるとし︑

知数︑すなわち種々の財貨およびサービスそれぞれの年々の産出率︑諸生産要素の価格︑諸財貨およびサービスの

価格を決定するとかんがえられる︒他方︑動学においては︑基本的な条件そのものが変化しつつあり︑諸方程式の

( 2 )  

なかの解かるべき未知数は︑年々の産出率ではなくて︑年々の産出率の増加または減少であろう︒﹂もつとも︑

ロ ッ

ド に

よ れ

ば ︑

あろう︒それは︑ こ

う ︒

これらの諸条件は︑ある未

それらの基本的な条件の一回かぎりの変化は静学的原理によってとりあつかうことができる︒結

局︑もろもろの価値と数量は体系をつうじて再調整される︒経済はふたたびあたらしい均衡状態におちつくであろ

う︒しかしそれらの基本的な条件がたえず変化する場合には静学の方程式だけでは問題をとくことはできないので

( 3 )  

ある︒その場合にはわれわれは動態経済にあるのであって︑動態経済学にうったえなければならないのである︒

ハロッドは基本的な条件のうち人口と技術を独立変数とみなし︑

な変化について説明しているが︑

そ れ

ゆ え

に ︑

それらの変化する場合における資本量の適応的

この説明は若干の注目すべき概念や考え方をふくんでおり︑すぐのちにあげる動

態方程式の解明にとつて重要なものである︒第一︑技術的な知識が不変であるときに︑人口が恒常的な幾何級数的

の増加をしめす場合について︒かりに利子率が一定であるとすれば︑資本の必要量は人口とおなじ率で増加するで

ひとびとがその所得の一定の割合を恒常的に貯蓄するならば︑みたされるであろう︒この割合が

ロピンソンの動態理論︵三谷︶

こ こ

で ︑

(5)

右の方程式はつぎのように書くことができる︒ GC 

11  s .  

ロ ピ

ン ソ

ン の

動 態

理 論

︵ 三

谷 ︶

どれだけの大きさでなければならないかは︑一期間中の所得の価値にたいして︑すべての使用されている資本の価

︑ ︑

︑ ヽ

( 4 )

値がもつ比率︑すなわち資本係数に依存するであろう︒

つぎに人口が静止的であって︑技術が恒常的に進歩しているとする︒利子率が不変であるとき︑資本係数の値を

︑︑︑︑̀

攪乱しないものを中立的進歩という︒それはそれによって生ずる所得の増加率にひとしい資本の増加率を必要とす

( 5 )  

るものにほかならない︒恒常的で中立的な技術的進歩がおこなわれる場合には︑新資本の必要量は全所得の一定の

( 6 )

7) 

割合であろうが︑これは全所得のある割合としての所得増加分に資本係数を乗じたものにひとしい︒なお︑中立的

( 8 )  

な技術的進歩は︑利子率を不変と仮定すれば︑総国民生産物の労佑と資本への分配を変化させないであろう︒

これだけのことをまえおきとして︑

貯蓄を S であらわすならば それから

S

は所得のうち貯蓄される割合であ

ハロッドの動態の基本方程式にうつることとしよう︒ハロッドによれば︑

の基本方程式のひとつは自明の理であり︑もうひとつは種々の当事者を満足させるような成長率をのべているもの である︒これらはいずれも前述のような基本的条件の連続的変化によって可能となる成長には直接に関係をもたな い︒まず第一の方程式すなわち自明の理をしめす方程式をあげるならば︑

つぎのごとくである︒

G

はある単位期間における総生産の増加分をひとつの割合としてあらわしたものである︒

C は期首から期末へか

けての資本の増加分を同期間の生産の増加分で割ったものである︒

(9) 

る︒いまある単位期間における総生産︵所得︶を Y で︑資本の増加分︵投資︶を I

で ︑

(6)

227 

G w C ,

= s .  

この方程式の共通項を消去すれば︑

l=S

となる︒これは事後の投資が事後の貯蓄にひとしくなるという自明の

( 1 1 )   ( 1 0 )  

理をしめすものである︒かくて上記の方程式における C は事後的なものであり︑ G は現実に生じた成長率をあらわ

( 1 2 )  

すものにほかならない︒

つぎにハロッドのあげる第二の方程式は恒常的進歩の均衡をしめす方程式であって︑左記のようなものである︒

( 1 3 )  

G

は保証成長率とよばれる︒これは生産者たちをかれらのなしつつあることに満足させるようなものである︒す

なわち︑全体としてみて︑この率での進歩が実際におこなわれるならば︑企業者はおなじ進歩をつづけようとする

( U )  

気持になるであろう︒

C r

は新資本の必要量をしめす均衡的な項である︒それは新資本の必要量をばそれのために新

( 1 5 )  

資本が必要とされる産出量の増加分で割ったものである︒かくて

C r

は必要な資本係数である︒しかし右の方程式に

おいて

S

はが決定的なものである︒一定の資本係数があたえられているとき︑

S

が大きければ大きいほど︑

rJ

w

も大き

( 1 7 )   ( 1 6 )  

くなければならない︒ G が G とかならずしもひとしくないことはいうまでもない︒

上掲の二つの方程式の関係についてみるに︑ G が大きくなればなるほど︑ C は小さくなるから︑かりに G が G 以

上の値をとれば C は

C 以下の値になるであろう︒ が

C r

以下の値をもてば︑生産者や商人は在庫品または設備が現

C r

在の取引を維持するに不十分であることをしるであろう︒したがつて︑注文は増加するであろう︒かくて G の 値 が

G の値以上であるならば︑すなわち現実の成長が恒常的進歩に一致する成長の線をこえるならば︑注文が増加し︑

ロピンソンの動態理論︵三谷︶ AY 

.  Y  AY  Y 

(7)

ロピンソンの動態理論︵三谷︶

( 1 8 )  

したがつて好況が発展する︒もちろん︑逆の場合には逆であって︑不況がおこるであろう︒

な形であらわされる︒

と こ

ろ で

一期間にわ

最後にハロッドは甚本的条件によって決定される恒常的進歩率をしめす方程式をあげている︒これはつぎのよう

Gnは人口の増加と技術的進歩ー~中立的進歩ーが許容するところの自然成長率である。それはすべての種類の

生産者が仕事と閑暇とを正確にバランスさせて満足するようなおのおのの点における産出量の線をしめす︒したが

( 1 9 )  

つて﹁非自発的﹂失業はおこらない︒もちろん︑この成長率が可能となるためには一定の貯蓄率が必要であるが︑

( 2 0 )

2 1

)  

これはかならずしも現実の貯蓄率と一致しないのである︒

ハロッドによれば︑

は G n

G と直接の関係をもたない︒ と G W

との乖離だけでなく G W

と との乖離も問 5 G w

題となる︒まず注意すべきは︑

G は長期間には G n

の極大の平均値にたいする限界になるということである︒後退期

の の

ち に

は ︑

G はかなりの期間にわたつて

よりも高い値に達するかもしれない︒しかし︑無限に長い期間にわた G n

つ て

G n のなかに表現されている人口増加と技術的進歩とが許容するよりも大きい率で成長しつづけることは不可

能である︒それから G の

a

にたいする関係は︑数年よりなる一期間にわたつて経済が活況的であるか不況的である

かを決定するうえにきわめて重要なものである︒ G が

をこえるときにはいつでも好況が発展する傾向がある︒そ G W

して逆の場合には逆である︒ところで︑ G が G

をこえるならば︑その期間の大部分にわたつて

G が

G t をこえないと

いう理由はない︒したがつて︑経済が好況状態を発展させる反復的な傾向をもたないという理由はない︒しかし

G

が G n

をこえるならば︑ その期間の大部分にわたつて G は G 以下にならなければならない︒なぜなれば︑

Gn Cr  

11

叫 汁

i

s .

(8)

229 

さ て

あるといわなければならない︒ た

つ て

G の平均値が

の平均値をこえることはできないからである︒したがつて︑

G n

( 2 2 )  

般に不況であると期待しなければならない︒

この逆説はケインズ経済学と古典経済学とを対照するさいにはなはだ重要なものである︒貯蓄は︑

a

が G 以 下 で

あるかぎり︑美徳であり有益なものである︒ G が低い場合には︑好況にあふれ︑完全雇用に接近する傾向をしばし

ばもつけれども︑高度の雇用は︑インフレーション的な︑したがつて不健全な性格をもつものになる︒かかる事情

においては貯蓄は美徳である︒けだし︑

そしてかれは動態方程式にもとずいて景気 ﹁前述の方程式のなかにあらわされた不安 このような状態では︑経済は一

それは G を高めることによって︑インフレーションなしに高い雇用をたも

( 2 2 )  

つことをえせしめるからである︒しかし G が G 以上にあるならば︑貯蓄は不況を助長する力となる︒貯蓄は悪徳で

ハロッドの動態の基本方程式およびそれらの関係は右のごときものである︒

( 2 4 )  

程式は﹁進歩する経済の不安定性をあきらかにしめしている︒﹂

くそれぞれの役割を演ずる﹂からである︒しかしハロッドは主張する︑

( 2 5 )  

定の基本的な諸原因を無視するいかなる理論も完全ではありえない︒﹂

ハ ロ

ッ ド

に よ

れ ば

これらの基本方

しかしながら﹁景気循環の完結した理論﹂をあた

えるものではない︒けだし景気循環の理論においては﹁時の遅れ︑心理的︑貨幣的︑その他の要因がうたがいもな

循環にかんする若干の問題を説明している︒もつともその説明はかれじしんのみとめているように十分に満足すべ

( 2 6 )  

きものではない︒しかしながら︑それらの方程式は景気循環の問題のほかに慢性的失業の問題の解明にもやくだっ

( 2 7 )  

ものとみなされ︑さらに︑政策上の判断にも利用されているのである︒

ロビンソンはハロッドの理論的分析の精巧であることをみとめる︒そしてみずからも中立的進歩や恒常的

ロビンソンの動態理論︵三谷︶

(9)

230 

もっとも進歩的な国民や産業においてさえも相対的におくれた多数の生産者がある︒科学的知識のどんな段階にお

( 2 9 )  

一人あたり産出量の成長率が適当な政策によってどれほどたかめられるかしれないのである︒﹂

ビンソンによれば技術的進歩はたんに自然的な与件なのではない︒経済的考量によって影響されるものである︒

ロッドのように技術的進歩をまったく独立変数とみなすのはあやまりである︒

さらにロビンソンは左のごとき批判をもくわえている︒すなわち﹁かれ︹ハロッド︺の世界は︑連続的な変化が時 間をとおして進行するという意味において︑動態的である︒しかしそれは歴史のない世界である︒過去において生

じたあらゆる変化は︑

利害の衝突はまったくなく︑ われがその流れのなかにどこでもぐつてもおなじことである︒またそれは政治のない世界である︒社会のうちには

( 3 0 )  

そして社会的環境の個人的行動への影響はほとんどない︒﹂

歴史について云々しているが︑彼女がなにを歴史的とかんがえているかは明瞭でない︒しかしロビンソンが﹁過去 い

て も

ロビンツンの動態理論︵三谷︶

ロビンソンはハロッド﹃動態経済学への途﹄の書評のなかでつぎのようにのべている︒

ころで︑当面の議論に関係ある技術的進歩というのは︑

それがおこったとき︑

右においてロビンソンは

( 2 8 )  

進歩などの考え方を採用する︒ただし彼女はハロッドによるその分析の適用にはまったく不賛成であるといい︑ま たその他いろいろの批判をのべている︒ここでロビンソンのハロッド批判にふかくたちいる余裕はないが︑

二つの批判だけはあげておかなければならない︒

ては︑技術的進歩は滋雨のように天からおちてくるのであって︑どんな経済的影響をもうけないのである︒⁝⁝と

たんに科学的発見だけでなく︑新しい考案を実際の生産に おいて具体化することをもさすのである︒新しい技術の利用率はじつさいには最適水準において維持されていない︒

いわば消化される︒時間は同質的な流れとして経過する︒そしてわれ

かくてロ ﹁ハロッド氏の世界におい

つ ぎ

(10)

231 

以 上

うえにたつて︑ の経験の平均として予想をとりあつかう方法﹂

マルクスがやったように︑歴史的な方法でこれに接近すべきであるとして︑

( 3 1 )  

をカレッキーに負つているとのべていることや︑資本供給の問題 して︑彼女の歴史的ということの意味をほぼしることができるであろう︒すなわち﹁資本のストックは︑

いかなる

時点においても︑直前のまたは遠い過去の諸発展の結果である︒しかも現存する資本のストックはそれじしんの成

(3 2)

3 3

)  

長率を決定するにあたつてのひとつの重要な要因である︒﹂

このように歴史的な資本のストックがそれじしんの成長率あるいは投資率を決定する一要因であるとみる見解の

ま ︑

~r

ロビンソンがハロッドの﹁リレーション﹂または加速度原理に反対しているのは︑注目にあたいす る︒いわく﹁投資はまったく﹃リレーション﹄によって左右されるとなす思考体系は︑

ロビンソンのハロッド批判のうち方法的に重要なものをあげたのであるが︑

スラン︒フに失業労佑ならび

に遊休設備能力が存在するという事実をよういにとりあっかうことができない︒所得の増加分を生産すべき設備を そなえるために必要な投資は︑最近のブームによってあとにのこされた過剰設備能力や︑おそらくは過多の在庫品

( 3 4 )

3 5

)  

が存在するときには︑けつして所得の増加分の単純な函数ではない︒﹂

それが彼女の動態理論にどの

ような結果をもたらしているかにかんしてはのちにふれることとし︑まずその動態理論の基本的な立場についてみ

ることとしよう︒

註(1)

R o b i n s o n ,   T h e   R a t e   o f   I n t e r e s t ,  

p . 

15 9.

 

大川一司・梅村又次訳一九五頁︒

(2 ) 

R .  

F•

H a r r o d ,   T o w a r d s   a  D y n a m i c   E c o n o m i c s ,  

19 48 , 

p . 

4.  

高橋長太郎・鈴木諒一訳五頁︒

( 3 )   I b i d . ,  

p . 

2 1 .  

訳書二七頁︒

ロピンソンの動態理論︵三谷︶

つぎのようにのべていることから

(11)

ロピンソンの動態理論︵三谷︶

( 4 )  

Ibid••

p .  22

訳書二八ーニ九頁︒なお︑ハロッドによれば︑所得や資本の価値は財貨を基準として測定されるのである︒

(~f.

ibid••

p .  34

(5 )  Ibid••

pp

. 

22 1 

23 , 

26

27 .

訳書二八ーニ九︑三五頁︒

( 6 )  

Ibid••

p .  28

訳書三七頁︒

( 7 )

人口の増加または技術的進歩がおこる場合における資本の必要量︵所得のある割合としての︶をそれぞれ

a

またはb

すれば︑両者が同時におこる場合における資本の必要量は

a+ b+ ab である︒ただし

ab はきわめて小さな量になるであ ろうから、これを無視してもよい。(Ibid••

p .  28 . 

(8 )  I bi d

` .  

p .  23

訳書三

0

( 9 )  

I bi d . ,  pp. 

77

78

.訳書一四—10六頁。0

(10) 

I bi d . ︑p .

80 

f oo t n ot e

.  

0

(1

1)

C 

f.

  R.

 F•

Ha

rr

od

,  E co no mi c  Essays, 

19 52

̀  

p .  26 0.  

(1

2)

Ibid••  

p .  25 7.  

( 1 3 )   H

ar

ro

d,

o  T

wa

l'

ds

  a  Dy na mi c  E

co

no

mi

cs

,  p 8 1 .  

.   IliaC)+q事〖―貝゜

(14) 

Ibid••

p .  82

1 0

│‑︱︱頁︒

(1

5)

I b   i d. ,   p .  82

訳書

l

(1

6)

 H

ar

ro

d,

c  E on om ic   Essays, 

p .  26 4.  

( 1 7 )

ハロッドの保証成長率についてはいろいるの解釈や批判があるのであるが︑ここにはロピンソンの見解をあげておこう︒

ロピンソンはハロッド﹃動態経済学への途﹂の書評のなかでいわく︑﹁もしわたくしがハロッド氏をただしく理解してい るとすれば︑﹃保証﹄成長率は︑全体としてみた資本のストックの継続的な完全操業を保証するところの︑産出量の成長率

(R

ob

in

so

n,

Co

ll

ec

te

d E co no mi c  Papers, 

19 51 ,  p .  16 8)

しかしロピンソンは七5

ti溶出千論H

{ かに収録するとき追書としてつぎのように記している︒﹁上述の議論は﹃保証成長率﹄がたんに長期の平均的な貯蓄性向

のひとつの表現にすぎないということを十分にあきらかにしていない︒﹂

( Ib i d :, p . 

173)それから﹁資本蓄積論﹄において

はロピンソンはつぎのようにのべている︒﹁ハロッドの問題は︑もしわたくしがかれを理解しているとすれば︑つぎのご

1 0

 

(12)

23・3 

とくである︒すなわち︑所得にたいする貯蓄の比率を所与とすれば︑いかなる時点においても︑

r

生産者たちをかれらの おこなったことに満足させておく﹄に十分な需要水準を保証するひとつの投資率が存在する︒⁝⁝その投資率は産出量が 設備能力いっぱいまで生産されているときにえられる所得水準に対応する貯蓄率を吸収するに十分である︒この投資率 は︑それが遂行されれば︑資本ストックをある一定の率で増加せしめる︒所得にたいする資本の比率を所与とすれば︑こ

︑︑︑︑︑

の投資率は、所得をある一定の率で成長せしめる。これが保証成長率ー—該経済の倹約によって保証される所得の成長率

ーである︒資本比率を所与とすれば︑所得にたいする貯蓄の比率が高ければ高いほど保証成長率はますまま高くなる︒﹂

( R o b i n s o n ,   T h e   A c c u m u l a t i o n ,   p .  

40 4.  

訳書四四四頁︒︶

(18) 

H a r r o d ,   T o w a r d s   a  D y n a m i c   E c o n o m i c s ,   p

8

.  

5.

 

訳書︱一五頁︒

(1

9)

 

I b i d . ,   p .  

86 . 

訳書︱一七頁︒

( 2 0 )

ハロッドは以前には自然成長率についてつぎのようにのぺていた︒﹁これは︑ある意味における完全雇用がつねに存在 するとの想定のもとに︑人口の増加︑資本の蓄積︑技術的の改善および仕事と閑暇の選好表によって許容される極大の成

長 率 で あ る ︒ ﹂

( H a r r o d , E c o n o m i c   E s s a y s ,   p .  

273)

ここでは資本の蓄積が自然成長率のために必要なひとつの条件とみな

されているが︑それは現実の蓄積とは異るものであろう︒

( 2 1 )

ここでもロピンソンの見解をあげておく︒彼女は前掲の書評のなかで︑自然成長率を継続的な完全雇用に対応するもの であるとし︑つづいて左のごとく論じている︒﹁この拡張率は︑利子率の不変である場合︑労仇人口の増加と︑技術的進

歩にもとずく一人あたり産出量の増加とに依存する︒⁝⁝それは基礎的な諸条件が可能ならしめる極大の成長率である︒﹂

( R o b i n s o n ;   C o l l e c t e d   E c o n o m i c   P a p e r s ,   p .  

156)

もちろんこの曲

9

玄 ナ は 一 完 〜 の 沓

H

華 二 槙 率

' を 必 要 と す る ︒

( I b i d . , p .  

157) 

︑︑︑︑︑ ﹃資本蓄積論﹂のなかでは次のようにのべられている︒﹁ハロッドが自然成長率とよぶところの極大の長期成長率は︑人口

の成長と技術的進歩によって決される︒⁝⁝この成長率は︑それを成就させる一定の投資率を必要とする︒﹂

( R o b i n s o n , T h e   A c c u m u l a t i o n ,   p .  

40 5.  

訳書四四四頁︒︶

(2

2)

 

H

a r r o d , o   T w a r d s   a  D y n a m i c   E c o n o m i c s ,   p p .  

87

88 .

訳書︱︱八頁︒

( 2 3 )

I b   i d .  

̀  p p

8

.  

8 89

. 

訳書︱一九頁︒

( 2 4 )  

I b i d . ,   p .  

90 . 

訳書︱ニ一頁︒

ロビンソンの動態理論︵三谷︶

(13)

23

ロピンソンの動態理論︵三谷︶

( 2 5 )   Ibid••

p .   89

訳書︱︱九ー︱二

0

( 2 6 )

Ibid••  

p .   9 1.  

訳書︱二三頁︒

( 2 7 ) C f   .   i b i d . ,  

pp

. 

91 

e t  s eq .

訳書︱二三頁以下︒ 

(2

8)

o  R

bi

ns

on

.  T he   Ra

te

  of   In t e re s t ,  p .  

15 9.

 訳書一九五頁︒

( 2 9 )  R

ob

in

so

n,

 C o l le c t ed   Ec on om ic   Papers, 

p .  

17 3.  

(3

0)

 Ibid••

p .  

15 6.  

( 3 1 )   R

ob

in

so

n,

T  he   Ra

te

  of   In t e re s t ,  p .  

15 9.

 訳書一九五頁︒

( 3 2 )

R 

ob

in

so

n,

An  

Es

sa

y  o n  M ar xi an   Economics, 

p .  

93 . 

戸田武雄・赤谷良雄訳︱二八頁︒

(33)なおロピンソンのつぎの言葉にも注意すべきであろう︒﹁歴史は現代にたいして資本の物的ストックばかりでなくまた

過去の経験をあたえる︒﹂

(R

ob

in

so

n,

Th e  R at e  o f  I n t e r e s t,   p .   9 1.  

訳書︱︱二頁︒︶

(3

4)

 R

ob

in

so

n,

C o   l le c t ed   E co no mi c  Papers, 

p .  

16 5.  

( 3 5 ) ただしロピンソンは加速度原理はどんな種類の資本にも妥当しないというのではない︒それは固定的設備にはあてはま らないというのである︒この原理にたいする彼女の詳細な批判をあげておこう︒いわく︑﹁この原理によれば︑所得の増 加は投資を﹃誘発する﹄︒⁝

. .

.  

﹃誘発投資﹄の概念は運転資本にたいしては十分に適用できる︒一商品の産出率を増加しよ うとする企業者の決意は︑運転資本への投資の決意をそれじしんのうちにふくんでいる︒さらに投資の時期はおなじ決意 によって決定される︒産出量が拡大の途上にあるあいだは︑仕掛品の価値は技術的条件によって決定される率で増大し︑

産出蓋が新しい水準に到達すると︑投資はやむ︒これはまった<単純に産出童の増加によって誘発される投資として叙述 することができる︒しかし長命の生産設備︵船舶︑機械︑工場建物︶を考察するときには︑この概念は漠然としてとらえ がたいものとなる︒企業者が︑かれの生産する商品にたいする各週の需要が一

0

パーセント増加したのを最近に経験した と仮定しよう︒これがいかなる投資を誘発するであろうかにかんしてなにものかをしるためには︑われわれはまえもつて つぎの事項を問わなければならない︒すなわち︑(‑)需要の増加がおこるまえに︑企業者はかれの工場設備をその完全操 業にどのくらい接近させて運転していたか︒︵二︶かれは新しい需要率が何週間つづくと予想するか︒これらの質問にた いする回答から︑われわれは︑かれがその資本設備に︵なんらかの変化をもたらすとすれば︶どのような変化をもたらそう

(14)

235 

としているかを推定することができる︒それが一

0

バーセントであるという特別の推定理由はない︒しかし︑それがたま

0

パーセットであったとしても︑やはり疑問はのこるであろう︒かれの資本ストックに一

0

バーセントを追加する 投資はいかなる期間にわたっておこなわれるのであろうか︒このことを加速度原理はすこしもあきらかにしない︒われわ れが需要の低下を考察するときには︑この困難はいよいよもつて大きくなる︒一商品の産出率を減少させる決意は︑それ じしんのうちに運転資本のくいつぷしの決意をふくむが︑しかし需要の一定の減少によって設備のくいつぷしのいかなる

量またいかなる率が誘発されるか︒﹂

( R o b i n s o n , T h e   R a t e   o f   I n t e r e s t ,  

pp

. 

161

16 2.

訳書一九八ー一九九頁︒︶

ロビンソンは﹃諸試論﹄のなかの﹁一般理論の一般化﹂︑一

アシャルの特定の一産業の短期均衡にかんする分析を全体としての産出量に適用したものであることを指摘してい

マアシャルの長期理論を全体としての産出量に拡張することはそう簡単にはゆかないのであ

る︒けだしその長期均衡の概念には大きな困難が存するからである︒すなわち︑長期均衡においては一産業の代表

的企業は正常利潤を享受している︒ある企業は拡張しており︑他の企業は縮小しているが︑ その産業は︑平均する

と資本設備にどんな変化もおこらない︒もしあらゆる産業が同時にこの状態にあるならば︑全体としての経済にと

つては純投資も貯蓄も零である︒しかしわれわれが純投資が零という均衡状態にある静態的経済に直面するやいな

や︑われわれは空想の世界におちこんでしまうのである︒なぜなれば︑現実に経験する資本主義の諸制度は蓄積過

程と密接にむすびついているからである︒そこで長期均衡の概念を大胆に放棄して︑

( 1 )  

けるかどうかをこころみるべきである︒

ロビンソンの動態理論︵三谷︶

るが︑彼女によれば︑

それなしに分析をすすめてゆ ﹁序論﹂においてケインズの﹃雇用の一般理論﹄がマ

(15)

236 

常的蓄積にかんする議論である︒

ロ ピ

ソ ソ

ン の

動 態

理 論

︵ 三

谷 ︶

このような見地からして︑ ロビンソンは︑﹃一般理論﹄の一般化としてその動学化︵長期発展の理論への拡充︶を意

図し︑動態的経済体系を分析する動態理論を展開しようとする︒ロビンソンは動態的経済のかわりに拡張経済また

は発展する経済ともいつているが︑これは資本ストックと技術的知識が増大する経済または資本の蓄積が継続的に

( 3 )  

進行する経済とされている︒そして彼女はこのような経済における商品︵財貨とサーピス︶の産出量を問題にすると

いう︒かかる経済においては︑時の経過につれ︑資本ストックと技術的知識が増大するから︑二つの産出量を比較

( 4 )  

するときは︑あとのものはまえのものよりも大きい︒産出量はたえず増加するのである︒

る諸議論よりなるのであるが︑本論にはいるまえに︑彼女は﹁調整者としての利子率﹂について論じ︑

子率の機能によって自動的に恒常的発展の径路を維持せしめられる﹂という見解を批判し︑さらに﹁ボトルネック

はなにか﹂という題目のもとに︑利用しうる労佑︑資本設備の能力︑資金および土地について考察し︑結局︑資本

( 5 )  

設備の能力をば﹁任意の時点における産出量の可能な水準にたいする正常的な最高限界﹂とみなしている︒それか

らロビンソンは主題である﹁発展する経済﹂を考察し︑

﹁ 経

済 は

そのさいいわゆる恒常的蓄積のモデルを呈示し︑最後にそ

の経済の変動にかんする諸問題に論及している︒そのうちもつとも興味があるのは﹁発展する経済﹂なかんずく恒

右の﹁発展する経済﹂のなかでロビンソンは資本の蓄積が継続的に進行する経済にかんする分析をおこない︑

想的な場合について吟味しようとするのであるが︑

してこのような事態を可能ならしめるにはどのような諸条件が必要であるかを観察するために恒常的成長という理

( 6 )  

そのときに恒常的蓄積のモデルをしめしているのである︒この さてロビンソンの動態理論は主として﹁発展する経済﹂︑ ﹁ 発 展 す る 経 済 の 変 動 ﹂ ︑ ﹁ 化 石 ﹂ ︑ ﹁ 不 安 定 性 ﹂ に か ん す

一 四

(16)

237 

要点をあげよう︒かりに︑ きるのであるが︑ モデルはハロッドの保証成長率の考え方にもとずいており︑ある意味においてこれを拡充したものとみることがで

それがとくに恒常的蓄積のモデルとよばれているところにその特徴がうかがわれる︒そしてそれ の構成においてはとくにつぎの二つの見解が重要な役割をしているのである︒すなわち︑

中の一論文﹁技術的進歩の経済学についての覚書﹂のなかで中立的な革新についてのべている見解と︑

( 7 )  

クセンブルク﹃資本蓄積論﹄の英訳本の序論のなかでマルクスの再生産表式についてのべている見解とが︑

ある︒そこで順序としてまずこれらの見解について簡単に考察しておこう︒

ロビンソンは﹁技術的進歩の経済学についての覚書﹂のなかで︑あらゆる時代のあらゆる技術的進歩について論 ずるのではなく︑ある発達した資本主義経済における生産方法の変化だけをとりあっかうという︒そしてロビンソ ンはこの生産方法の変化をシュムペーターにならつて革新とよんでいるが︑革新の過程についても︑

したがつてい

5

〜 そ

れ か

ら ︑

によるものとがある︒いずれにせよ︑それは一定の産出量に必要な諸生産要素の結合の変化を意味する︒もちろん このような結合の変化は種々の動機からおこなわれるのであるが︑しかし売上高単位あたりの費用を節減すること

( 9 )  

を第一の目的として導入されるものが問題なのである︒そして革新は︑それが資本を節約するといなとにかかわら

( 1 0 )  

ず︑つうれい労仇を節約するから︑産出量単位あたりの労仇費用は減少するのである︒

と こ

ろ で

一 五

こ れ

かれの見解に

ロビンソンによれば︑革新には新発明によるものと環境におけるなんらかの他の変化

ロビンソンは革新の諸結果について論じたのち︑

一定の産出率にとつて必要な労仇量と資本の賃銀単位表示での費用とが︑おおかれすく なかれ満足に測定できるものとする︒そうすれば︑利子率が不変であり︑

ロピンソンの動態理論︵三谷︶ いわゆる中立的な革新の場合に言及している︒その

そして生産物の価格が純利潤率を一定に

ロ ー

ザ ・

ロビンソンが﹃諸試論﹄

(17)

ロピンソンの動態理論︵三谷︶

たもつようにうごく︵したがつて︑利潤率は一定である︶かぎり︑労佑費用と資本費用とを同一の割合で節約する革新

は︑社会的所得における労仇と資本との相対的分前を不変にたもつものである︒産出量単位あたりの労佑︑産出量

単位あたりの賃銀単位表示での資本︑および賃銀単位表示での商品価格は︑すべて同一の割合で減少する︒そうす

ると︑賃銀単位で測定した資本は雇用される労仇にたいして一定の比率をたもつことになる︒商品の価格は利潤率

を一定にたもつようなものであるから︑生産物で測定した資本ストックは産出量にたいして一定の比率をたもつて

一人ー一時間あたりの生産物表示での賃銀は産出量単位あたりの労仇時間の減少に比例して上昇する︒かく

て相対的分前は変化しないわけである︒資本以上に労佑を節約する革新は産出量単位あたりの生産物表示での資本

( 1 1 )  

を増大し︑純産出量中の資本の分前を増大させる︒労佑以上に資本を節約する革新は労仇の分前を増大させる︒

これまでは利潤率が一定であると仮定した︒しかし利潤率が生産方法の変化の結果として変化する場合には︑分

前を一定に維持する革新は産出量単位あたりの生産物表示での資本を利潤率とは逆に変化させるものとなる︒たと

えば︑生産費が下落するとき︑商品の価格は一定に維持されるというようなことがおこるならば︑生産物表示での

賃銀は一定であり︑産出量単位あたりの労佑を減少するいかなる革新も資本の相対的分前を増大する︒このような

場合には︑革新が労佑費用を一定にたもちつつ資本を節約する型のものであるときにのみ︑相対的分前は一定であ

( 1 2 )  

ろ う

﹁利潤率になにがおきようとも︑ ︒

︑ ︑

る革新を中立的とよぶのがもつともよいようにおもわれる︒そうすれば︑中立的革新は︑利潤率が一定である特別

( 1 3 )  

の場合には︑相対的分前を不変に維持する革新である︒﹂ い

る ︒

産出量単位あたりの労仇と︵賃銀単位で測定した︶資本とを同一の割合で減少す

(18)

239 

第二部門︵消費資料の生産部門︶のそれに先行する︒

一 七

これは資本主義的生産の目的および推進的動機が剰余価値の獲 再生産の表式についてつぎのことを指摘しておきたい︒ すなわち第一部門︵生産手段の生産部門︶における蓄積率が いてのべている見解をみることとしよう︒ ロビンソンは右のように中立的革新を規定しているのである︒要するに︑中立的革新においては︑労佑時間あた

( 1 4 )

りの産出量の増加につれて︑消費財の価格のほかに︑資本財の価格も下落する力貨幣賃銀は変化しないので︑賃

銀単位で測った資本は増加しない︒かくて産出量単位あたりの労仇と産出量単位あたりの賃銀単位表示での資本は

の労仇と資本との比率の不変ということを重視しているのであって︑

準とし︑単位期間の所得の価値と使用されている資本の価値との比率である資本係数の不変ということを重視して

出量にたいして一定の比率をたもつことになっているのであるから︑ いるのとことなる︒しかしロビンソンにおいても利潤率が一定である場合には生産物で測定した資本ストックは産

いわゆる資本係数は不変であろう︒そしてロ

ビンソンにあってもハロッドにあっても労仇と資本の相対的分前は変化しないのである︒

つぎにロビンソンがローザ・ルクセンプルク﹃資本蓄積論﹄の英訳本の序論のなかでマルクスの再生産表式につ

ロ ビ

ン ソ

ン の

動 態

理 論

︵ 三

谷 ︶

こ の

点 は

マルクスは﹃資本論﹄第二巻第三篇﹁社会的総資本の再生産と流通﹂の

なかで︑社会的生産が︑労佑者と資本家の個人的必要の充足にやくだっ生産物部分と生産資本の諸要素の形成にや

くだっ生産物部分を︑どのようにして補填するかを研究し︑ そのさいいわゆる単純再生産の表式と拡大再生産の表

式によって社会的生産物のすべての部分の補填を価値の点と物的形態の点で説明しているのであるが︑ ここでそれ

らの有名な表式についてくわしくのべる必要はない︒ただのちにあげるロビンソンのモデルと比較するために拡大 ハロッドが財貨をもつて価値の基 同一の割合で減少することとなるのである︒かように︑ ロビンソンは賃銀単位で資本を測定し︑産出量単位あたり

(19)

いて資本に投下されるということである︒ い

る が

ここにはそのおもなひとつをあげておこう︒

る ︒ カの不均等発展をもたらすわけであるが︑ ロピンソンの動態理論︵三谷︶

ロビンソンによれば︑ マルクスの拡大再生産表式にはまこと 得とその資本化すなわち蓄積にあり︑個人的消費ではないことをあらわすものである︒ つぎに︑第一部門における

不変資本と可変資本との比率は第二部門のそれよりも高い︒第一部門の不変資本と可変資本との比率は四対一であ

るが︑第二部門のそれは二対一になっている︒このような相違は第一部門の資本構成が第二部門のそれよりも高度

であるという事実をあらわすものであり︑資本主義的生産のひとつの傾向をしめすものとみなすことができる︒た

だし表式では技術的進歩による資本構成の高度化の過程が考慮にいれられていない︒だから両部門において従来

( 1 6 )  

の資本比率のままで蓄積が進行するものと仮定されているのである︒しかし技術的進歩は資本構成を高度化し︑不

変資本を可変資本よりも急速に増大させる︒この変化を表式のうちにとりいれると︑生産手段のための生産手段の

生産がもっとも急速に増大し︑ それについで消費資料のための生産手段の生産が増大するが︑消費資料の生産はも

つとも緩慢に増大するということがわかるのである︒かくて一般に資本主義社会では生産手段の生産が消費資料の

( 1 7 )  

生産よりもいつそう急速に増大するという結論がえられる︒これは第一部門の優先︑生産力の不均等発展といわれ

る事実にほかならない︒第一部門の先行ということがこの部門における資本構成の高度化をつよくうながし︑生産

このことは資本主義的生産様式においては大きな矛盾をふくむのであ

さてロビンソンの見解にうつることとする︒彼女はマルクスの再生産表式に種々の難点が存することを指摘して

につたない仮定がもうけられているという︒それは各部門において生ずる剰余からの貯蓄がつねにおなじ部門にお

一資本家が他の資本家に貸付をおこなうということはなく︑またどん

一 八

(20)

24.1. 

ロピンソンの動態理論︵三谷︶

い て

2

が 貯

蓄 さ

れ ︑

1 .  

6

が 不

変 資

本 に

.4

が可変資本に附加される︒

生産財の

66

は︑第一部門の不変資本 第一部門においては

5.5

が 貯

蓄 さ

れ ︑

そうち

4.

4

不 変

資 本

に ︑

1 .

1

が可変資本に投下される︒

9

藻 1 衷温

16 

,IS,. 

心 . . . .

,i:,.. 

. . . .   ~

. . . .  

s

益囲

H 隣

1 1  

66 

24 

諮早

90

な資本家も一部門から他の部門へかれの活動範囲を移動さすことはけつしてないのである︒しかしこのような仮定 をもうけるのは有限責任制度のおこなわれるまえの時代でさえもひどすぎる︒そしてそれ以後には馬鹿げたことと な る ︒ そ の う え ︑ それは資本の利潤率が一般に均等化への傾向をもつという要請と両立しない︒なぜなれば︑利潤

率を均等化する機構は不利な部門から有利な部門への資本の流入であるからである︒表式をみるに︑搾取率は両部

門においてひとしいとされているのに︑可変資本にたいする不変資本の比率は第一部門においてより高い︒したが

( 1 8 )  

つて︑利潤率は第二部門においてより高いのである︒これはあきらかにうかつなあやまりである︒

このような見地から︑

加 さ

れ ︑

ロビンソンはマルクスの拡大再生産表式に改訂をくわえるのであるが︑

第二部門にお それはつぎのとお

りである︒各部門において不変資本は可変資本の四倍であるとする︒剰余は可変資本にひとしく︑そしてその半分

が貯蓄される︒貯蓄は四対一の比率で不変資本と可変資本に割当てられる︒かくて貯蓄の五分の四が不変資本に附

五分の一が可変資本に附加される︒これらの比率が第一部門と第二部門とのあいだの関係を規定する︒よ

ういにわかるように︑基本的仮定は第一部門の産出量が第二部門の産出量にたいして一一対四の比率をもたなけれ

( 1 9 )  

ばならないことを要求する︒かくて左のごとき簡単なモデルを構成することができる︒

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