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日本語学習者の言語景観への解読に関する調査研究

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その他のタイトル Research on Japanese Learners' Interpretation of Linguistic Landscape

著者 袁 帥

雑誌名 文化交渉 : 東アジア文化研究科院生論集 :

journal of the Graduate School of East Asian Cultures

巻 10

ページ 3‑27

発行年 2020‑11‑30

URL http://doi.org/10.32286/00023393

(2)

日本語学習者の言語景観への解読に関する調査研究

袁     帥

Research on Japanese Learners’ Interpretation of Linguistic Landscape YUAN Shuai

Abstract

The “linguistic landscape” is a term that refers to words made visible in public spaces. Examples include store signs, advertisements, posters, warning signs, and traffic signs. In recent years, research on linguistic landscapes has increased in various fields; particularly in academic disciplines such as sociology, sociolinguistics, linguistics, anthropology and language policy. In addition, language education has also been in the spotlight. In this study, I will suggest proposals for Japanese education, taking the domestic Japanese linguistic landscapes as examples, targeting both international students who are learning Japanese as well as Japanese students. A questionnaire survey and an interview survey will be conducted from the perspective of learners, considering their suggestions for Japanese education to foster language learners who are capable of autonomous learning. The collected data will be analyzed by KH Coder.

Keywords:言語景観、自律学習、KH Coder、日本語教育

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はじめに

 「言語景観」は、公共空間で可視化された言葉をさしている。例えば、店の看板、広告、ポス ター、注意書き、道案内板などである。近年、言語景観に関する研究は、様々な分野で増加し ている。特に、社会学、社会言語学、言語学、人類学、言語政策などである。昨今では言語教 育においても、脚光を浴びている。本研究では、日本語国内の言語景観を例とし、日本語を勉 強している留学生及び日本人学生を調査対象として、日本語教育についての提案を考えている。

そして、学習者の立場から、自律学習ができる言語学習者を育成する日本語教育への提言を考 慮したうえで、アンケート調査とインタビュー調査を行う。また、収集したデータを KH Coder で分析する。

一 言語景観例の収集について

 本節では、言語景観のデータ収集について述べ、どのように質問紙を作成しかたを説明する。

そして、インタビュー調査の方法についても述べる。まず、言語景観のフィールド調査につい て論じる。

 本研究では、留学生の言語景観の気づきについて質問紙を利用して調査するため、まず日本 国内の言語景観の現状を把握する必要がある。そして、質問紙の項目を選定するのに、またイ ンタビュー調査を行う際に、言語景観の実例を利用したいと考える。質問紙の内容は、留学生 の言語景観への気づきに関して、ただ抽象的な質問項目だけでなく、具体的な言語景観の例に ついての質問項目も用いている。実例があれば、場面や状況などの背景が想像しやすく、協力 者に間接体験してもらうことができる。その結果、協力者の個人的な経験と考えをさらに引き 出すことができ、厚いデータが収集できる。

 以上を踏まえ、まず、言語景観のフィールド調査を実施した。フィールドワークは、本研究 のデータ収集の一部分である。本研究では、言語景観のフィールドや地域を限定せず、日本全 国で使用されている言語景観に注目している。データ収集は、2016年12月から2018年 9 月まで 行い、スマートフォンあるいはカメラを使用して写真を撮影した。データとした言語景観は、

公的および私的な注意書き、広告、看板、ポスター、道路標識などあらゆる種類のものである。

Williams(2011)は、言語景観のデータを分析する際に、異なる種類の言語景観を選択できる ように、最大限に写真を撮る方がよいと述べている1)。したがって、本研究のために、計137枚  1) Williams, M. S. (2011) Reading the linguistic landscape: Women, literacy and citizenship in one South

African township. University of the Western Cape.

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の写真を撮影した。また、本研究に用いる言語景観データは、写真撮影が許可されている場所 のものを収集した。

 本研究は、収集したデータの中から「注意書き」の写真を抽出して分析し、質問紙調査およ びインタビュー調査に用いた。その理由は以下の通りである。

 まず、先行研究で述べたように、本研究は言語景観を資源とした言語学習に関するものであ り、自律学習できる学習者を育てることを目指している。ロング(2014)2)が指摘しているよう に、日本語の注意書きには、非母語話者にとって、語用論的に理解するのが難しいところがあ る。加えて、日本社会には固有の様々なルールがあり、そのルールが守られるために、大量の 注意書きが作成されてきた。日本社会で暮らす留学生も、それらのルールを守らなければなら ないため、常に日本の注意書きを読んでいると想定できる。しかし一方で、時には注意書きを 読まず、知らずにルール違反していることがないとは言えない。そのため、注意書きを質問紙 に用いることは、協力者がこれから注意書きに注目するようになるという点でも、有意義では ないかと考える。以上の理由から、本研究では、日本の言語景観の「注意書き」に焦点を絞る。

 質問紙に用いる言語景観を選択する際、フィールド調査で収集した言語景観を詳細に検討す る必要がある。言語景観データの分析の方法について、猿橋(2016)は、量的・質的による二 分法だけではなく、様々な分析の視座と方法、それらの多岐にわたる組み合わせを考慮する必 要があると論じている3)。したがって、本研究は質問紙の作成のために、ロング(2014)の先行 研究を踏まえ、言語景観の例を選定した。

 ロング(2014)は、従来の言語景観研究において、看板の内容を一枚一枚取り上げるのでは なく、ある地域の看板を 1 つの集合体として捉えるべきであることを指摘している。本研究の 主な研究課題の 1 つは、日本語学習者が日本の言語景観について、どのような気づきがあるか を明らかにすることであるが、ある地域の全ての言語景観を研究協力者に見てもらうことはで きない。したがって、その言語景観のデータから、ある基準によって選択された言語景観のい くつかの例を研究協力者に見てもらう。そして、それらの言語景観に関する彼らの気づきを調 査する。

 また、ロング(2014)は、非母語話者が目標言語を完全にマスターするには、送り手が意図 していることを読み取らなければならないと論じ、語用論的な能力が必要であると主張してい る。具体的には「会話でその意図がわからない場合に、補足説明を求めたり、確認したりする こともできるし、そうしなくても、やり取りの中で次第にわかってくることもある。しかし、

看板の場合は、それができない。これが言語景観の特殊な問題(p.2)」であると述べている。

 2) ロング・ダニエル(2014)「非母語話者からみた日本語の看板の語用論的問題―日本語教育における『言 語景観』の応用」(『人文学報』第488号,首都大学東京人文科学研究科)、pp.1-22.

 3) 猿橋順子(2016)「言語景観データ分析の方法:テキスト・談話・記号」(『Aoyama journal of international studies』第 3 号)、pp.43-62.

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つまり、言語景観の意図は一方向的なものであり、双方向的な会話とは異なり、質問をして意 図を送り手に確認することができない。そのことから、ロングは、語用論的にわかりにくい言 語景観を調査し、日本の言語景観に見られる「語用論的変異(p.3)」という概念を提唱している。

 語用論的変異とは、例えば、注意書きがそれぞれ伝えようとしている意図は非常に似ている が、それを伝えるための表現形式は様々であることを意味する。つまり、同様のメッセージを 伝達する際に、様々な言い方が使われるということである。それらの言い方を語用論的に 2 つ に分類したものを、表 1 に示す。

表 1

表現形式 表示の実例

直接的働きかけ

1. 依頼型 エスカレーターのまわりでお子様を遊ばせない で下さい

2. 要請型 ご注意いただきますようお願いします 3. テ形型 手すりにつかまって、幼児の手を引いて、のぼ

らないで!混雑緩和のため横 2 列で並んで 4. 形式名詞型 ハンドル(手すり)から体を乗り出さないこと 5. 否定形の断定型 このまわりであそばない

6. 勧誘型 黄色い線の内側に乗りましょう 7. 動詞省略型 黄色い線の内側に

8. 命令型・禁止型 犬のフン持ち帰れ! 走るな!

9. 名詞止め文型(直接) 犬のフン禁止!

間接的働きかけ

10. 陳述型 危険です(→だからするな)

11. 予測型 (→もし○○をしたら・しなければ)けがをす る恐れがあります(→だからするな)

12. 警告型 フンの放置は条例により罰せられることがあり ます(→だからするな)

13. 名詞止め文型(間接)[エスカレーターで]からだ のりだし きけ ん/(転置文)危険ですよ!ホームのながら歩 き。(→だからするな!)

14. 質問・呼びかけ型 その音、漏れていませんか?

知っていますね/ゴミは持ち帰りです。

 表 1 に示されているように、注意書きの言語景観における表現形式は、「直接的働きかけ」と

「間接的働きかけ」の 2 つである。直接的働きかけは、依頼型、要請型、テ形型、形式名詞型、

否定形の断定型、勧誘型、動詞省略型、命令型・禁止型、名詞止め文型(直接)の 9 つである。

間接的働きかけは、陳述型、予測型、警告型、名詞止め文型(間接)、質問・呼びかけ型の 5 つ である。このような言語景観における言語形式を理解することは、日本で生活している非母語 話者にとっては難しいと思われる。日本語学習者にとって言語景観は障壁になる可能性が高い が、一方で、様々な言語形式を含んでいる言語景観は、非常に良い言語学習の資源になるので

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はないだろうか。

 ロング(2014)は、以上の考察を踏まえ、依頼や命令、禁止などの日本語の表現を指導する 際、話しことばに頻繁に使用されるものだけではなく、街の言語景観に現れる類の表現も意識 すべきであると主張している。学習者が自ら意識して、言語景観から学習資源を主体的に選び 取り、自律学習を行うことも有意義であると言える。

 言語景観を語用論の学習資源として利用するとして、語用論的にわかりにくい言語景観とは どのような言語景観だろうか。それについて、ロング(2014)は、「語用論的」問題とは、看板 の字が読めて、表現などの文法的意味も理解できるが、それでも看板の意図が分からない場合 を指している。また、語用論的な意図を読み解く力が必要な言語景観には、暗示的な情報、い わゆる間接的な働きかけ行為機能のことばが含まれている。学習者にとって間接的働きかけの 言語形式が使用されている言語景観を理解することは難しいと思われる。

 そこで、本研究では、間接的働きかけの言語形式を含む言語景観を選択し、ロング(2014)

の基準に沿って、言語景観のパイロット調査を行った。

 パイロット調査では、計137枚の言語景観の写真を20名の K 大学の留学生に見てもらった。そ して、間接的な表現形式が使われているため分かりにくいと思う言語景観を選んでもらった。

その際、写真を 1 つだけ選んでもらうのではなく、選びたい写真を全て例挙してもらい、同時 に、協力者自身にそれらを順位付けしてもらうという方法を取った。そして、その中から 3 つ の言語景観の写真を選んだ。この方法を取った理由は、以下の通りである。

 質問紙の質問項目は、具体的な言語景観の例を挙げ、それに対する調査協力者の考えを引き 出すものである。しかし、大量の例を質問紙で提示すると、協力者の負担になる可能性があり、

回答意欲が減退することも推測される。そのため、例は 3 つまでに制限することが、本調査で は適切であると考えた。また、主観的に言語景観の例を

選んでしまうと、客観的なデータが収集できないと予想 される。そのため、実際に日本で生活している日本語学 習者が選択した言語景観を例とし、彼らが選択した写真 の中から 3 つ(写真 A~C)を提示する。以下、最も難 易度が高いとされた写真 A から順に説明する。

 写真 A は、札幌市の地下鉄のエスカレーター付近で撮 影したものである。写真にある通り、「バレています!」

ということばが書かれている。まず、エスカレーターの 使用者の目に入るのは、上の文字と中心の楕円である。

何がバレているのか、真ん中の楕円はどんなものである のか、一瞬では理解できないかもしれない。詳しく見る

と、左下に小さな絵がある。スカートを穿いている女性 写真 A

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がエスカレーターの上に立ち、後ろにはスマートフォンを持っている手がある。そこから、盗 撮の違法行為がバレているというメッセージが分かってくる。

写真 B

 写真 B は、大阪市で撮影した。まず、写真にあるように、「歩きたばこは 危ないって 気 づいてね。」ということばが書かれている。「歩きながらタバコを吸わないでください」あるい は「歩きタバコ禁止」という直接的な言い方をせず、「ね」という語尾を付けることで、誰かと 話しているような場面を作り出している。そして、タバコを持っている手は子供の顔の高さに あるため、タバコが子供の顔に当たる可能性が示唆されている。そのため、受け手は歩きタバ コはしてはいけないと捉えるであろう。日本語学習者もこのような注意書きを見たときには、

その場面に応じた意味を読み取らなければならないと言える。

写真 C

 写真 C は、大阪市の男子トイレの洗面台付近で撮影した。写真にある通り「いつも清潔にお 使いいただきましてありがとうございます」ということばが書かれている。外国人には、その 明示的な意味は理解できても、なぜこのような言い方をしているのか、また、なぜ「トイレを 清潔に使ってください」あるいは「トイレを汚してはいけません」のような直接的な言い方を していないのか、理解できない場合がある。

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 以上のパイロット調査の結果、本調査の質問紙で例として提示する言語景観が得られた。そ して、それらの言語景観に基づいて質問紙を作成した。

二 質問紙調査について

 本研究は、自律学習できる学習者を育てるための、言語景観を資源とした言語学習に関する 研究であり、日本語教育における自律学習を促進する方法について提言を行う。そのために、

まず、日本の言語景観に対する調査協力者の気づきを明らかにする。次に、ある言語景観を調 査協力者がどのように自分のことばで解釈しているかを解明する。さらに、日本の言語景観を 読み解くのに必要な力を調べる。そして、以上の観点から質問項目を設定し、質問紙を用意した。

それぞれの質問項目は先行研究に基づき、3 つの言語景観の例に関する質問を 8 題作成した。

 本調査質問紙で用いる言語景観の例は、パイロット調査の結果から得た上位 3 つの内、難易 度の低い下位から難易度の高い上位の順に提示した。つまり、質問紙における言語景観の写真 の順番は、写真 C、写真 B、写真 A である。質問紙でいきなり難易度の高い写真を見せた場合、

協力者が回答しにくい可能性が高いと推測される。そのため、 3 つの写真の中で最も理解しや すいとされた写真 C を最初の質問項目に入れたほうが、協力者の考えを引き出しやすいと考え た。そして、分かりにくさの程度を段階的に上げていくことによって、協力者の思考を深め、

回答を導くことができる。実際に用いた質問紙では、写真 C を「写真 1 」、写真 B を「写真 2 」、

写真 A を「写真 3 」とした。

 質問項目は、以下の通りである。質問項目1.1は「写真 1 は、何を伝えたいと思いますか」と いう質問である。この項目によって、調査協力者が写真 1 をどのように解釈するのかを調べる。

質問項目1.2は「写真 1 から、他にどんな情報が得られますか。できるだけ多く書いてくださ い」と尋ねる。この項目では、調査協力者が写真 1 から獲得できる情報、写真 1 からは直接に 得られない情報、および写真 1 から連想することを明らかにする。

 そして、質問項目2.1は「写真 2 の絵を説明してください」という質問である。写真 2 には登 場人物がおり、ある程度具体的な状況や場面が設定されているため、写真に含まれている情報 量が、写真 1 や写真 3 よりも多いと考えられる。したがって、写真 2 では絵を説明してもらう。

また、質問項目2.2は「写真 2 に含まれている情報をできるだけ具体的に書いてください」であ り、これは質問項目1.2と同じ目的をもつ。

 次に、質問項目3.1は「写真 3 から、どんな情報が得られますか。できるだけ多く書いてくだ さい」である。これも質問項目1.2と同じ目的である。質問項目3.2は、「写真 3 は、何を伝えた いと思いますか」である。これは質問項目1.1と同様の質問であるが、写真 3 に関しては、質問 の順番を後にした。写真 3 は、写真 1 よりも難易度が高く、ポスターに書かれた情報量も多い ため、先に質問項目3.1で多くの情報に気づいてもらい、そこから質問項目3.2で何を伝えたい

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のか考えてもらう。写真 3 の場合は、この順序で聞くことで、調査協力者が回答しやすいので はないかと考えた。

 質問項目1.2では「例『写真 1 が貼られている場所はどこですか』『作成した人は誰ですか』

『誰がこの写真を見ますか』」、質問項目2.2では「例『絵、ことば、場所、人、伝えたいメッセ ージなど』」、質問項目3.1では「例『色、イラスト、ことば、絵、場所、人など』」のような指 示文を提示している。その理由は、先行研究で述べたように、言語景観を意識的に観察してい る学生が少ないため、このような指示文がなければ、具体的に回答してもらうことができない と考えたからである。

 質問項目 4 は、「以上の 3 つの写真を振り返って、言語景観について、他に気になること、あ るいは感じたこと、気づいたことを書いてください」という質問である。この項目は、調査協 力者がその前の 6 つの質問項目に回答した上で、何か述べたいことができた場合を想定し、作 成した。

 最後に、質問項目 5 は「最後に、このアンケートに回答した上で、あなたの経験を踏まえ、

言語景観に関する意見や感想、述べておきたいことなど、自由に書いてください」と尋ねた。

この質問紙をきっかけに、言語景観に関して何か新しく気づきがあった場合などに、それを書 いてもらう目的でこの項目を作成した。

三 インタビュー調査について

 本研究における主要な調査方法は質問紙調査であるが、インタビュー調査も実施した。本研 究では、質問紙調査の回答について、よくわからない点をより明確にするために、フォローア ップ・インタビューを採用する。そして、日本語教育で具体的にどのように言語景観を活用す るのかについて、調査協力者の意見を収集するために、半構造化インタビューを採る。

 村岡(2004)は、接触場面研究におけるフォローアップ・インタビューは、 1 )ある言語行 動の不明な箇所について確認、 2 )ある言語行動の不明な意図についての確認、 3 )言語に対 する行動(言語管理)の検証という 3 種類の使用方法があると指摘している(p.210)4)。また、

1)と 2)は、収集されたデータの分析結果と照合されるため、相互検証が可能であると論じて いる。そのため、本研究のフォローアップ・インタビュー調査では、ある回答に関して「なぜ このように答えているか」「もう少し具体的に回答してほしい」というような質問をした。後に インタビューで収集した回答を質問紙の回答と合わせて考察する。

 インタビューは、構造化の程度によって、程度の低い非構造化インタビューから、半構造化 インタビュー、構造化の程度が最も高い構造化インタビューの 3 つに分類できる。メリアム  4) 村岡英裕(2004)「フォローアップ・インタビューにおける質問と応答」(『千葉大学社会文化科学研究科

研究プロジェクト報告書』)、pp.209-226.

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(1998)によると、質的調査におけるインタビューの多くは、よりオープンエンドで、あまり構 造化されていない形で実施される(p.107)。半構造化インタビューがその形に当てはまると言 える。半構造化インタビューは、「明らかにしたい質問や問題のリストにしたがって進行するの であり、まえもって質問の厳格なワーディングや順番などが決められているのではない(p.108)」

という。そのうえ、「調査者は、その場の状況や回答者の世界観、そして、そのテーマに関する 新しい着想に対応しやすくなる(p.108)」5)というメリットが提示されている。

 そのため、自律学習と言語景観に関する調査では、半構造化インタビューを採り、協力者に 学習者と教育者の両方の立場から答えてもらった。例えば、「学習者として、言語景観は言語学 習に利用できるか」、また「どのように利用するか」などの質問である。また、「語学教師とし て、どうすれば言語景観に学習者の目を向けさせることができるか」などの質問も尋ねた。

四 KH Coder と共起ネットワーク図

 本研究では、 3 つの言語景観の例について自由記述による回答を求めた。データとして、留 学生100人と日本人学生30人の計130人の質問紙を回収した。授業評価に関する研究における自 由記述データの分析について、越中・高田・木下・安藤・高橋・田幡・岡正・石澤(2015)は、

以下のように述べている。

 多数のテキストデータは、目的や方法が異なる様々な授業に関するものである上に、記 述されている内容も、各授業についての具体的要望から極めて個人的な感想に至るまで、

非常に多岐にわたっている。それ故、客観的に全体的な傾向を把握しようとすることは極 めて困難である。また、要約しようにも分析者の恣意的・主観的な解釈となってしまう危 険性からは逃れ難い。こうした危険性を可能な限り回避すべく、「計量テキスト分析」また

「テキストマイニング」と呼ばれる手法を用いることとした。

(越中・高田・木下・安藤・高橋・田幡・岡正・石澤,2015,p.67)6)

 さらに、細井・寺田・小林・佐藤(2011)は、テキストマイニングは人間の言語であるテキ ストデータを分析することによって選択的な項目では得ることのできない、より人間の本質的 な情報を入手することができる方法であると論じている。したがって、収集した質問紙の自由

 5) Merriam, S. B. (1998)『質的研究調査法入門―教育における調査法とケース・スタディ』堀薫夫・久 保真人・成島美弥訳、ミネルヴァ書房

 6) 越中康治・高田淑子・木下英俊・安藤明伸・高橋潔・田幡憲一・石澤公明(2015)「テキストマイニング による授業評価アンケートの分析:共起ネットワークによる自由記述の可視化の試み」(『宮城教育大学情 報処理センター研究紀要:COMMUE』)、pp.67-74.

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記述のテキストデータは、何らかの方法で客観的にまとめるように処理する必要がある。そこ で、本研究では、樋口(2016)によって開発された日本語テキスト型データの解析ソフトウェ アの KH Coder を使用することとした。そして、分析手法は、以下で説明するように、共起ネ ットワーク分析を採用する。

 KH Coder は、言葉で書かれたテキスト型のデータに内在し有効活用できる情報を引き出す ことができる。KH Coder については、以下のような説明がある。

 アンケートや新聞・雑誌記事などのテキスト型(文章型)データには、数値データに比 べ、より多くの具体的な情報が存在していきます。しかし、膨大な情報から有効な情報を 分析するには時間や労力がかかります。「計量テキスト分析(テキストマイニング)」は、

人の言葉として表現されたテキストデータから、情報を可視化。個人の経験や勘に左右さ れない安定した情報を提供することによって、目的に応じた知見を掘り起こし、新たな発 想、思わぬ発見につながる提案を実現します。

(https://www.screen.co.jp/as/products/pdf/text_mining_leaf_2018.pdf)7)

 KH Coder は、大量のテキストのデータを量的に示すことができる。KH Coder の分析機能 を使った出力形式としては、カテゴライズ(抽出語リスト)、グラスター分析(対応分析、多次 元尺度構成法)、ネットワーク分析(共起ネットワーク)がある。

 また、角口(2015)は、テキストデータを可視化し、現状を把握するのに最も適切な形式と して、「ネットワークデータ型モデル」を挙げている8)。ネットワーク型データモデルは、物事 の関連性や相互作用のような、不定形の表現に適したモデルである。したがって、本研究では、

学生の言語景観に関する気づきを捉えたいため、データの全体像を把握するのに「共起ネット ワーク」を用いる。「共起ネットワーク」の「共起」とは、任意の文書や文において「ある文字 列と他のある文字列が同時に出現する(=共に起こる)こと」であり、「共起ネットワーク図」

とは、文字列間の共起性を繋がりとして表したものである(角口,2015,p.3)。KH Coder の使 用の流れとして、共起ネットワークを作成する前に、まず抽出語リストを作る必要があるため、

カテゴライズ分析も採用する。

 本研究で調査対象者とした留学生は、日本の大学に通う留学生であるため、日本語レベルは 上級と認められる。それゆえ、調査対象者は日本語で、自分の考えを明確に表すことができる と思われる。また、本調査の注目点は、調査対象者の言語景観に関する認知的な側面である。

 7) 計量テキスト分析(テキストマイニング)(2018)https://www.screen.co.jp/as/products/pdf/text_

mining_leaf_2018.pdf

 8) 角口勝隆(2015)「ネットワーク型データモデルを用いた問題点の可視化と問題分析への応用例」(『ソフ トウェア品質シンポジウム』)、pp.A2-1.

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そのため、データを分析する際に、日本語の知識(文法、語彙など)の正誤は分析の対象にし ないこととする。分析の手順として、まず KH Coder を使った形態素分析で自由記述のテキス トを一語ずつに分け、語の出現回数から調査対象者の言語景観についての気づきを把握する。

五 質問紙調査のデータ処理

 本研究では、自由記述の分析をする際に、樋口(2016)の『社会調査のための計量テキスト 分析』を参考に、KH Coder(Version 3 )を用いた。本項では、質問項目1.1のデータを例と して、データ処理過程を説明する。まず、留学生100名の自由記述データを処理対象とし、「写 真 1 は、何を伝えたいと思いますか」に対する回答の抽出語リストを作る。KH Coder を用い て「テキストのチェック」と「前処理」のコマンドを実行した結果、総抽出語数(分析対象フ ァイルに含まれている語の延べ数)は1105、異なり語数は182(何種類の語が含まれているかを 示す数)であった。そこから、助詞や助動詞のように、どのような文章にも現れる一般的な語 は分析から除外する。そのため、分析に使用される抽出語は470、異なり語数は108となる。そ の結果を、表 2 に示す。

表 2

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 質問紙調査で得られた自由記述データに、KH Coder で形態素解析を実施して得られた抽出 語リスト(部分)が、上記の表 2 である。第 3 番目の「きれい」と第10番目の「キレイ」、およ び第 8 番目の「お客様」と第13番目の「お客」は同じ意味を表しているが、異なる表現方法で ある。つまり、自由記述データは、同じ表現方法を使って回答していないということがわかる。

本調査では、協力者がどのように言語景観を認知しているのかを明らかにするため、日本語の 語彙や文法などの言語面には注目しない。したがって、同じ意味を表すことばを 1 つのコード として揃える必要があると考える。同じ単語もしくは同様の意味が、異なる表記や表現で書か れている場合が、以下の 4 パターンある。

1 ) 「きれい」や「キレイ」や「綺麗」など、同じ単語であるが、異なる表記が使用されてい る。それらを同一のことばにコーディングする。

2 ) 「客」や「お客さん」や「お客様」など、同じ意味を表すが、表現方法が異なる。それら を同一のことばにコーディングする。

3 ) 「多い」や「多くの」や「たくさん」など、同じ意味を表すが、表現方法が異なる。それ らを同一のことばにコーディングする。

4 ) なお、KH Coder の解析ルールより、「専門学校」、「公共場所」などの固有名詞は「専 門」と「学校」、「公共」と「場所」のように分けられる場合もあるため、それらを固有 名詞にコーディングする。

 コーディングする際に、その作業の正確性と客観性を保証するために、以下のようなコーデ ィングルールを作成した。

a) 1)、2)、3)のような類義語は「Weblio 類義辞書」(https://thesaurus.weblio.jp/)を参考 にした。

b) 低い順位のことばを高い順位のことばにコーディングする。

c) 言語景観にすでに書いてあることばはコーディングしない。例えば、「清潔」は「きれい」

の類義語であるが、「きれい」にコーディングしない。

d) コーディングをする際に、コーディングできるかどうかは、筆者と日本語母語話者で判 断する。 2 人とも認めれば、コーディングする。そうでない場合は、データをそのまま にする。

 コーディングしたデータを KH Coder で 2 回目の解析にかけると、得られた総抽出語数は 1095、異なり語数は167であった。また、助詞や助動詞のように、どのような文章にも現れる一 般的な語を分析から除外すると、分析に使用される語は461、異なり語数は95となった。その結

(14)

果(部分)を、表 3 に示す。

表 3

 表 3 にあるように、頻出語が確認できる。その結果を踏まえ、それらの語の共起関係を探る。

そのために、KH Coder の「共起ネットワーク」のコマンドを実行した。「共起ネットワーク」

のコマンドは、リストアップされた語を用いて共起ネットワークを作成することができる(樋 口,2016,p.149)9)。なお、「共起ネットワーク」のコマンドを実行すると、「抽出語・共起ネット ワーク:オプション」が表記されたため、「強い共起関係ほど濃い線に」をオプションに入れ、

他のオプションを全部デフォルトに設定した。そして、集計単位と抽出語の選択では、最小出 現数を 2 に、最小文章数を 1 に設定された。また、品詞による語の取捨選択では、既定値を選 択し、「名詞」、「サ変名詞」、「形容動詞」などにチェックを入れると、現在の設定で利用され得 る語の数は23であった。そして、共起ネットワークの設定では、共起関係(edge)を「語語」に、描画する共起関係(edge)の選択を「Jaccard」に設定し、「強い共起関係ほど濃い線 に」にチェックを入れた。さらに、「バブルプロット:バブルの大きさ」を100%、「フォントサ イズ」を100%、「プロットサイズ」を100%に設定した(表 4 )。

 9) 樋口耕一(2016)『社会調査のための計量テキスト分析―内容分析の継承と発展を目指して』(ナカニシ ヤ出版)

(15)

表 4

 以上のように設定して「OK」を押すと、共起ネットワークが作成される。以下の図 1 は、留 学生の質問項目1.1がコーディングされたデータの共起ネットワーク図である。

図 1

(16)

 共起ネットワーク図の見方として、 1 )円の大きさは、語の出現頻度が高いことを示す。 2 ) 円と円を結ぶ線の太さは、関連性の強さを示す。 3 )結びつきの強い部分ごとに、色分け表示 している(角口,2015,p.1)。また、語の色分けは「媒介中心性」(それぞれの語がネットワー ク構造の中でどの程度中心的な役割を果たしているかを示す)によるものであり、白から色の 濃いものの順に中心性が高くなることを示す(越中・高田・木下・安藤・高橋・田幡・岡正・

石澤,2015,p.69)。また、その共起ネットワーク図の「カラー」は、 6 種類から選べる。その

「カラー」について、樋口(2016)は具体的に以下のように述べている。

 最初の 3 つは社会ネットワーク分析で言う「中心性」による色分けであり、それぞれの 語がネットワーク構造の中でどの程度中心的な役割を果たしているかを示すものと考えて よいだろう。(中略)中心性の種類としては、「媒介中心性」「次数中心性」「固有ベクトル 中心性」に対応している。(中略)次の 3 つは、比較的強くお互いに結びついている部分を 自動的に検出してグループ分けを行い、その結果を色分けによって示す「サブグラフ検出」

である。検出の手法としては、共起関係の媒介性にもとづく方法、“modularity”にもとづ く方法、“random walks”による方法を選ぶことができる。

(樋口,2016,p.160)

 本研究では、調査協力者の傾向、あるいは全体像を把握したいため、自由記述の回答におけ ることばの間の共起関係を探る。かつ、KH Coder を使った自由記述の研究において最も使用 されるカラーの選択は「サブグラフ検出(modularity)」であるため、本研究もそれを用いる。

また、樋口(2016)は、その色分けについて、以下のように説明している。

 これらの色分けにおいて、背景が白で、丸い囲み枠が黒色であれば、他の語とグループ を形成していない単独の語であることを意味している。また色分けするための色は12色ま でしか用意されておらず、13個目以降のグループはすべて背景が白で、丸い囲み枠は青色 となると述べている。なお、サブグラフ検出を行った場合、同じサブグラフに含まれる語 は実線で結ばれるのに対して、互いに異なるサブグラフに含まれる語は破線で結ばれる。

上記の色分けはいずれも自動処理によるものであるから、色分けに常に重要な意味がある と考えて読み解いたり、深読みをしたりせずに、グラフを解釈する際の補助として利用す ることが穏当であろう。

(樋口,2016,p.160)

 以上の図の読み方と色分けの説明を参考にしながら、先述の図 1 を解説する。共起ネットワ ークでは、抽出語が 5 つのグループに分類された。回収した質問紙を参照しながら回答記述を

(17)

まとめると、間違えている、あるいは適当でない日本語の記述が多く見られた。したがって、

共起ネットワークの中に出現した語を使い、適切な日本語に修正した上で、その後ろの括弧に 説明を記入する。その際も、先述のように、留学生の日本語レベルは考慮に入れないよう分析 する。以下は、写真 1 の共起ネットワーク図の分析である。

グループ01 「汚さないように」という意味 グループ02 ご利用ありがとう

グループ03 トイレをきれいに・清潔に使ってください グループ04 お客様へ感謝の気持ちを伝える

グループ05 衛生面に注意してください

衛生的な環境を守る(清潔な環境を保つ)

 これら 5 つのグループから、写真 1 についての留学生の考えが把握できる。グループ 2 とグ ループ 4 は写真 1 の文字通りの意味であり、グループ 1 、グループ 3 、グループ 5 は、写真 1 からは直接得られない情報である。また、図 1 を見ると、グループ 3 に含まれる抽出語のそれ ぞれの円の大きさは、他のグループと比べて大きい。つまり、大部分の留学生は写真 1 を読み 解く際に、その文字通りの「感謝」の意味を受け取った上で、間接的に伝えられている「清潔 に使ってください」というメッセージも理解しているということになる。

 以上のように、留学生と日本人学生の質問紙の回答を分析してまとめると、彼らの言語景観 に対する気づきと言語景観を解釈するときの考えが明らかになった。また、留学生と日本人学 生は、上記の 3 つの言語景観の例を読み解く際、相違点がないこともわかった。

 質問紙調査の結果から、協力者は、以下の流れで言語景観を解釈していると言える。

1 . 色、イラスト、絵、などの物理的・客観的な要素に着目する。

2 . 各要素から、言語景観に含まれている場面、状況、発信者、受信者、目的、動作、結 果などの主観的な発想が浮かぶ。

3 . 言語景観における日本語の表現方法に注目する。

4 . 発想を日本語と合わせて理解する。

5 . 読み解く際に、文字通りの明示的な意味だけではなく、文字に包含された暗示的な意 味も考える。

6 . 文字と文字以外の要素で目に入る順番が人によって異なる。

7 . 以上の流れを繰り返して、言語景観を読み解く。

 しかしながら、日本人学生より留学生のほうが、言語景観における日本語の言葉遣いを気に

(18)

していると思われる。というのは、留学生は日本語学習者として、日本語の側面に対して日本 人学生より関心を持っていると推測できるからである。

 また、質問紙調査を通して、協力者の言語景観に対する気づきについて、以下の点が明らか になった。

1 .同じ言語景観であるが、人によって解釈は異なる。

2 .文字だけより、絵あるいは写真があるほうが理解しやすい。

3 . 言語景観には多くの文字が書かれているよりも、一言で記すほうが強く印象に残すこ とができる。

4 .言語景観には多くの情報が含まれている。

5 .言語景観を作成する際には、多くの要素を総合的に考えないといけない。

6 .言語景観から学ぶことは多い。

7 .日本の言語景観には、よく暗示的な表現方法が使用されている。

 しかし、質問項目によっては、あまり具体的に回答してもらえなかった質問項目もあった。

また、ある回答に対して、より深く検討すべき点もある。どうすれば言語景観を自律学習、特 に言語学習に結びつけられるのかは、より深い考察が必要となろう。したがって、これらの質 問紙調査を踏まえた上で、次にインタビュー調査を行った。

六 質問紙についてフォローアップ・インタビュー

 インタビュー調査協力者の内訳は以下のようである。

名前(匿名) もり おき あや サキ ミラ

母語 日本語 日本語 日本語 中国語 中国語

性別 女 男 女 女 女

年齢 24歳 22歳 23歳 24歳 28歳

学年 M 2 M 1 M 1 M 1 M 1

1 .言語景観における文字通りの意味と暗示的な意味の理解

 KH Coder の分析結果では、調査協力者のほとんどが写真 1 に含まれる文字通りの意味と暗 示的な意味の 2 つの意味を理解できていることがわかった。しかし、「きれいに使ってほしい」

という点のみを回答し、「感謝を表す」については、全く記述していない調査協力者もいた。そ の理由について、調査協力者の一人であるミラにフォローアップ・インタビューを行った。ミ ラは以下のように語っている。

(19)

ミラ:意味が 2 つあると思う。 1 つ目の意味が清潔に使った人に対する感謝を表して、 2 つ目 の意味が清潔に使ってなかった人に対する要求を表しているんです。個人的に、要求のほうが 多いと思うから。日本語はこのような言語であって、直接的に言わなくて、「きれいに使ってく ださい」っていうのは、もう完全に行為要求になっちゃう。直接的に言うより、婉曲的な言い 方で、相手にきれいに使うことを知らせる。このような言語景観は、日本でよく見られます。

 ミラは日本語の特徴から、写真 1 が伝えているメッセージについて考察している。婉曲的な 日本語が使用されているため、写真 1 のような言語景観は、暗示的な側面が強調されていると 考えている。つまり、写真 1 にある「感謝を表す」という意味を読み取れていないわけではな く、暗示的な意味、すなわち「きれいに使ってほしい」という意味のほうが強いと捉えている からである。ミラが述べているように、調査協力者のほとんどは写真 1 に含まれている 2 つの 意味を理解しているように思われる。

2 .言語景観における絵の効果

 写真 2 については、質問紙調査では、絵の説明を求めた。調査協力者の多くは絵の内容を詳 しく説明している。しかし、その絵が写真 2 の意味を伝える際に、どのような効果を発揮して いるのかについてはあまり記述されていなかった。その点について、具体的に説明を求めるた めに、調査協力者のおきとミラに尋ねた。 2 人はその効果について、 1 )言語景観内の文字を 補足すること、 2 )メッセージを受け取りやすくさせることの 2 点を挙げている。おきは 1 つ 目の点について、以下のように述べている。

おき:文字だけだと、何か原因とか、分かりづらいと思って、この絵だと、このたばこと女の 子の顔は、同じ位置にあることで、そのたばこを吸っている人が意識して、注意するんじゃな いかなぁと思います。普通に歩きタバコ禁止とか、そのたばこを吸っている人が、何が危険な のか、認識しづらいと思う。だから、絵があれば、なぜダメかという、はっきりわかるんです。

 このように、おきは、写真 2 の絵について具体的に何が危ないのかを例として説明しながら、

「路上喫煙禁止」の理由を解釈している。次に、 2 つ目に関して、ミラは心理的な面から考察 し、以下のように語っている。

ミラ:まず、このような条例(路上喫煙に関する条例)があるが、路上喫煙は違法ではないで す。殺人、盗むとかと違って、強制的ではない。この真ん中のことばは、やっぱり子供の口か ら言っていると思うんです。もしこの写真は大人の視点であれば、わざわざ子供の顔を出す必 要がないです。最も強調したいのは、子供が傷つかれやすいことです。条例があるけど、全体

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的に見ると、サイズが小さいし、位置もあまり目に立たない。やっぱり、モラルです。だから、

路上でたばこを吸わないことができるかどうかは、喫煙者の個人のモラルと関係するから、ど うしても吸いたい人が、やはり吸う。でも、子供の絵があったら、もしその喫煙者は自分も子 供がいると、共感が生む。

 このように、ミラは「路上喫煙」が法律で禁止されているわけではないため、路上喫煙する かどうかは個人のモラルに委ねられていると考えている。そのため、元々歩きたばこをする人 は、「路上喫煙禁止」の文字を見ても何も感じないであろう。しかし、写真 2 のような子供の絵 があれば、同情と共感を引き出せるため、さらに効果があり、人々の行為に影響を与えること ができるという。

3 .言語景観に対する異なる解釈の原因

 写真 3 は、パイロット調査で最も理解しにくいと判断されたものである。また、写真 1 や写 真 2 と比べ、写真 3 には含まれている文字や絵などが少ないため、質問紙調査協力者の解釈は 様々であった。例えば、「目」は誰を見ているかという点についての回答は異なり、「被害者」

「犯罪者」、あるいは両方を指しているとする回答が多かった。そして、「バレる」については、

具体的に何がバレているのかについて、「犯罪行為」や「女性のプライバシー」などの回答があ った。それらの理由について、もりとおき、ミラにインタビューで尋ねたところ、写真 3 の解 釈が異なる理由は、 1 )読み手の立場、 2 )読み手の性別であるということがわかった。

  3 人の中で、おきだけが、「その『目』は犯罪者を見ている」と答えている。しかし、もりと ミラは「その『目』は犯罪者以外に、被害者にも誰かの『目』を意識させるものである」と考 えている。

おき:単純に悪いことしようとしている人に向けられている。

もり:犯罪者と被害者かな。犯罪者はもちろん。でも、前のエスカレーターに立っている女性 に対しても、「あなたの後ろに、誰かがあなたのことをこっそり見ているよ、気をつけてくださ い」みたいな感じです。

ミラ: 1 つは、盗撮する人を見ている。もう 1 つは、被害者に、あなたの後ろに目がある。

 異なる回答が出た理由として、おきは男性であり、もりとミラは女性であるからかもしれな い。一般的に、女性のほうが盗撮される可能性が高いと考えられている。そのため、女性であ

(21)

るもりとミラは、被害者の立場から捉えることができ、写真 3 を読み解く際には、おきとは異 なる視点を持っていると考えられる。このように、同じ言語景観を解釈する場合でも、人によ って様々な解釈がなされるということがわかった。

 以上のように、質問紙についてのフォローアップ・インタビューでは、質問紙調査結果にお ける不明な点、およびさらに明らかにしたい点を調査した。

 次節では、質問紙調査では調べることができなかった言語景観と日本語教育について尋ねた インタビューを分析していく。

七 言語景観と日本語教育に関するインタビュー

1 .日本語教育における言語景観の活用

 先行研究より、言語景観には日本語教育への応用可能性があることは明らかであり、質問紙 調査でも、多くの調査協力者が日本語教育へ活用し得ると考えている。しかし、これまでの研 究でも、日本語教育において、言語景観をどのように活用し、具体的に何を学ぶことができる のかについては深く議論がなされていない。その点に新たな示唆を与えるべく、本研究では半 構造化インタビューを実施した。その結果、言語景観を言語教育に応用できる理由として、以 下の点が挙げられる。

1 )視覚型学習と結びつけられる。

2 )インプットの資源になる。

3 )リテラシー能力を向上させることができる。

4 )思考・判断・表現など、総合的な能力が育成できる。

5 )日本語以外に、日本文化、日本社会、芸術などの知識が得られる。

 これらの点について、協力者らは、具体的に以下のように語っている。

もり:言語景観は、単語カードみたいです。絵と文字両方がある場合は多い。学生は絵を見な がら、理解しづらい単語は、イメージと一緒に結びつけることによって、使えると思う。

 もりは、単語カードを引き合いに出して説明し、言語景観は視覚型学習につなげられると述 べている。

あや:言語景観だから、そこに言語が使われている時点で、インプットになるわけです。ここ

(22)

に、こういう看板があって、こういうことを言っていた、こういうフレーズがあったとか、こ ういう状況でこういうことを言うんだとか、覚えやすいことにも繋がるかなぁ。結構効果的じ ゃないですかと思う。

 あやは、言語景観の中には言語が含まれるため、インプットの資源になり得ると考えており、

場面によって異なる表現方法の使用を学ぶことができるとしている。この点は、先行研究の示 唆とも一致している。

おき:その間接的な表現をどうやって、読み取るかというのは、その純粋に掲示物の読み方と かじゃなくて、間接的な話にも、応用できると思います。

サキ:言語景観を生教材として、取り扱い可能です。自分の言葉で、もう一回言語景観を説明 してもらって、そこは多分リテラシーに関係ある。

ミラ:例えば、ある言語景観をざっと見ると、あまり情報がないけど、実際に伝えているもの はすごく多い。人によって、理解も違うから、その言語景観から、情報を読み取れて、自分の 言葉で表すことは、非常に重要な能力だと思います。逆に、たくさんな情報があるけど、自分 にとって必要な情報を引き出す能力も重要です。

 このように、おきとサキ、ミラの 3 人とも、言語景観における情報を読み取ることで、学習 者のリテラシー能力を向上させることができると考えている。また、サキは言語景観を用いた 教室活動を通して学習者の批判的な思考力、表現力、およびコミュニケーション能力など、総 合的な能力を向上させることができると述べている。

サキ:言語景観について考えるとき、批判的に思考力も身につけるかもしれない。あるいは、

ディスカッションと発表などの活動をやって、コミュニケーション能力も上げれる。

ミラ:日本語の方面で、単語、文章などのことです。例えば、「歩きたばこ」みたいな言葉は、

普通に、学習者が多分「歩きながあら、たばこを吸う」っていうように言います。そして、日本 文化もあります。文化より、日本社会のマナー、ルール、習慣、礼儀とかいろんな言語以外の もの、あるいは、言語の裏にあるものがある。これ以外に、デザインの技術も勉強できるよね。

 最後に、上記のミラは、言語景観において日本語の知識以外に、日本文化、日本社会、芸術 などの知識も得られると述べている。

(23)

 ここまで、具体的に言語景観のどのような点が日本語教育に応用できるのかが明らかになっ た。次に、教師としてどのように言語景観を利用するのか、また、どうすれば学習者が言語景 観を利用して自律学習を進めることができるのか、そして、そこにはどのような問題点がある のかについて、インタビューを行った。その結果を次に説明する。

2 .言語景観を自律学習に取り入れる方案

 調査結果を踏まえると、言語景観を利用する方案は 1)学習者を主体とすること、2)学習者と 教師が協力することの 2 点が挙げられる。まず、学習者を主体とする方法では、学習者が自分 で言語景観の例を探し、クラスでディスカッションと発表を行うことである。例えば、もりは

「毎回の授業のときに、 1 人ずつ、今日見てきた言語景観を発表する。 1 人ずつ毎日交代してい くとか」と述べている。

 次に、学習者と教師が協力するという方案について、サキとあやは、以下のように語っている。

サキ:一回目の授業で、言語景観とは何かについてちょっと簡単にわかりやすく説明してあげ て、そして、宿題としては、学習者に言語景観になるやつ、自分で探して、写真を撮って、先 生まで提出させる。そして、学習者が集めてくれた言語景観を次回の授業で使う。

あや:自分がわからなかったポスターとか、これどういう意味、面白いと思ったものの写真を 撮ってきてもらって、教室に持ってきて、これどういう意味だろうかを考えて、そこで、あなた なら、どう言い方ができるというのもシェアして、いろんな意見ができると、効果があるかも。

 このように、学習者と教師が協力する方法では、教師の役割は学習活動をガイドすることで あると考えており、学習者の主体性が重要であると言えるだろう。様々な方案があるが、学習 者は授業が終わると言語景観のことをすぐに忘れてしまう恐れがある。したがって、授業の後 に、学習者が自分で言語景観を利用して、自律学習を続けるのは難しいと考えられている。そ こで、各協力者にその困難点についてインタビューした。その結果を次項で述べる。

3 .言語景観を自律学習に用いる際の困難点

 先述のように、教師がいる場合は言語景観を活用する方案は多くあるが、学習者が自律学習 において言語景観を利用するのは難しいと考えられている。そのため、どのような点において 難しいのか、その困難点について、インタビューした。その結果、 3 つの点が挙げられた。

1 )学習者が言語景観に興味を持っていないこと。

2 )学習に適した言語景観を見つける、もしくは選ぶこと。

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3 )言語景観についての知識が不足していること。

具体的に、調査協力者は以下のように述べている。

サキ:興味を引き出さなきゃだめだと思います。そして、どうやって教えるとか、教師の個人 的な経験に、全般的に任されているので。教師の言語景観に関する知識と関係あるかも。

ミラ:どうやって、学習者が積極的に、自主的に、言語景観を使うようになるのかは難しいと 思います。授業でやれば、学生がやる気があるかもしれないけど、生活では、すべての言語景 観は面白いじゃないから。そして、先生として、意味、価値がある言語景観を選べるけど、学 生自分でやるときに、その価値を掘り出す力があるかどうかは問題になる。

もり:日本には言語景観がたくさんある。でも、すべての言語景観は使えるわけがないから、

意味がある言語景観を選ぶことは難しいと思う。

おき:やはり、言語景観を選ぶことですね。学習者は言語景観はあまり知らないから。

 このように、まず、言語景観に関心を持っていない学生にとって、すべての言語景観が面白 いわけではないため、興味がない学習者は言語景観に目を向けることはない。そして、多くの 学習者は言語景観についての知識をあまりもっていないため、自律学習に適した言語景観をど のように選べばよいのかがわからないのである。

八 日本語教育への提案

 本研究では、まず言語景観についての質問紙調査を実施し、学習者の言語景観に対する気づ きを把握した。そして、質問紙の回答についてフォローアップ・インタビューを行った。最後 に、言語景観を言語学習に活用するための方法などについて、協力者の意見を求めた。以上の 分析結果を参考にして、最後に、日本語教育への提案を行う。

 先行研究で述べたように、これまでの言語景観に関連する教育実践(磯野,2015)は、言語景 観を素材とした多文化授業において短期間の間に行われている。したがって、学生が言語景観 を継続的に利用して、自律学習を進めることは難しい。前節で述べた困難点と合わせ、学生が 言語景観を利用して自律学習できるようにするために、以下、教育者が考慮すべき点を説明し たい。

参照

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