文学教材で追究する 「主体的・対話的で深い学び」
~国語科 中学校 3 年『故郷』の授業を通して~
青柳 圭子
1 はじめに
2017 年 3 月告示の学習指導要領で「主体的・対話的で深い学び」が示された。それまで検討されていた「ア クティブ・ラーニング」をより具体的に表現し直した形となり、2017 年 6 月の学習指導要領解説・総則編 では具体的に補足している
(注1)が、授業においてどのようなことを意識し、どのような活動を取り入れる とこの学びにつながるのか漠然としている。そしてこの問題については多くの現場教員が手探りで試行し、
実践報告をまとめつつある。
ただ、学習指導要領でこのような表現が謳われる以前から、成城学園中学校では、特に国語の授業におい て「自主的な活動」や「他者と対話的に関わる活動」「物事を捉える視点をつくる活動」など、いわゆる「主 体的・対話的で深い学び」の説明となる具体的な要素が大切にされてきた。
本稿では、中学校国語教科書に取り上げられている有名な文学教材『故郷』の授業実践を通じて「主体的・
対話的で深い学び」の一つの形を自分なりに示してみたい。
2 本校国語科の文学教材に対する考え方
中学校では本校への中学受験を希望する受験生向けに全教科のカリキュラムの特色と「入学までに身につ けてほしいこと」を示した冊子を配布している。この中で国語科は文学教材に関して「授業で扱う教材につ いては、数多くの名文に触れることにより読解力を向上させるという観点から、一般の教科書の枠を超えて、
名著と言われる作品(例えば井伏鱒二『山椒魚』、森鴎外『高瀬舟』など)を数多く取り上げている点も本 校の特徴と言えるでしょう。」と説明している。これをふまえ、「たとえば中学 1 年 1 学期では、『オツベル と象』(宮沢賢治作)を、中学 3 年 3 学期に『山椒魚』(井伏鱒二作)を教えることがならいとなっているが、
どちらも、善と悪、幸と不幸、苦悩と信仰、言葉の多義的な使用とそれによる表現効果など、多様な観点を
基軸にした授業展開が可能なものである。」
(注2)というように、上記作品以外にも『少年の日の思い出』(ヘ
ルマン・ヘッセ)『走れメロス』(太宰治)、『トロッコ』(芥川龍之介)、『故郷』(魯迅)などの定番教材を中
心に据えて、知識や考え方の偏りがないよう配慮されている。そしてこのような配慮は高校段階にもつなが
り、 『羅生門』(芥川龍之介)、 『富岳百景』(太宰治)、 『山月記』(中島敦)、 『舞姫』(森鴎外)などを中心に「人
間という存在の本質を鋭く指摘している」
(注3)作品により、さまざまな思考を巡らせる授業を行っている。
3 国語の授業における「深い読み」とは
国語の授業、その中でも特に文学作品の読解という点における「深い読み」とは、「時間(時代)」「場所」
「登場人物」「事件とその背景」「語り手」などに隠されている意味を発見し、またその意味同士を繋げて新 たな意味を創り出すことと言える。だがこのような読みの着眼点を意識し、そこから読み深めていく力は自 然と身につくものではない。
一斉授業を行っていると、いいところに目をつけて的確に読む生徒が必ずいる。ユニークな視点で読む生 徒もいる。彼らにリードされ、刺激を受けて教室が活性化することが多い。
だが、活性化している教室で、全員の生徒が着眼点を見つけているかというとそうはなりにくい。そこに いる生徒一人ひとりが自分の読みを深めるためには、やはり自分の読みを誰かに話すことで外言化し、その ために考えをまとめるということが必要になってくる。このような点からも、深い読みは対話的な学びによっ て可能となり、その深い読みがより主体的な学びへと変化していくと言ってよいのではないかと考える。
また、国語の場合よく言われることとして「なんとなく読めた(わかった)気になる」という、国語力に 関する曖昧な感覚の問題がある。これが国語科において論理的思考力重視の方向に進み、文学教育の危機を 招く大きな要因の一つにもなっているのだが、文学教育だから論理的思考力が身につかないということはな く、むしろ教材によっては論理的思考力と想像力を働かせて読み進める可能性も広がっている。
4『故郷』の教材的価値と課題
『故郷』は 1921 年 5 月に『新青年』に発表された。主人公「私」は 20 年ぶりに故郷を訪れ、そのわびし い様子を悲しむ。心の支えにしていた小作人の息子閏土の勇姿が記憶の中からよみがえり、美しい故郷を思 い出すが、再会した閏土は混乱する社会の中でかつての輝きを失い、「私」は身分差という埋められない溝 を痛感する。絶望した「私」は甥と閏土の息子とのやりとりから、次世代の未来に希望を見出していく。
この作品は中国でも広く読まれてきた。また日本においても 1953 年に初めて国語教科書(教育出版・中 学 3 年)に掲載されて
(注4)以来、現在まで約 70 年もの長きにわたり読み継がれている。現行の中学校国語 教科書 5 社すべてにおいて掲載されているという点からも中学校段階での国語の学びに欠かせない教材だと いえる。と同時に授業で扱う際に難しいと言われる。その難しさは以下の三点にまとめられるだろう。
まず、歴史的背景の理解が難解であること。「故郷」は激動の時代を反映して成立した作品であり、辛亥 革命や五・四運動に関する歴史的知識がないまま読むことは表面的な内容理解にとどまることにつながって しまう。
また、学習者にとって身近な問題とかけ離れている点も指摘されている。この作品は革命による大きな社 会変動とそこに生きる人間という視点で読まれるべきであるが、全く異なる社会環境の中で生活している学 習者の多くにとっては想像しがたいだろう。
そして、翻訳上の問題点が指摘されている
(注5)。現行の教科書は全て竹内好訳によるものだが、竹内訳を
含め多くの人物による翻訳がなされている
(注6)。翻訳文学の指導は特に中学校段階で行うことについては難 しいだろうと言われる。
今回はこのような指導の難しさを乗り越えることによって読みを深化させていくような授業を組み立てて みた。
5『故郷』により深まる学び
この作品は 1919 年に帰郷し、一家をあげて北京に移動した魯迅自身の体験をモチーフにしたと考えられ ており
(注7)、主人公「私」を魯迅と重ねて読むこともできる。魯迅の年表をたどりながら、歴史や社会と登 場人物との関係を理解することが可能である。中学校段階の文学教材では、時代や社会と登場人物との関わ りを学ぶというものが 3 年生での『故郷』までほとんどない。社会の一員という自覚が芽生え始める中学校 3 年という時期に、混乱と激動の時代を手探りで生き、社会の一員として苦悩する『故郷』の主人公「私」
の姿を読むことの意味は大きい。
また、訳者によって作品の解釈が大きく異なる点に関しても、生徒達は他の訳者の翻訳した表現を比較す ることで、共通点や相違点を捉え、多様な訳者の多様な解釈というものを知ることになった。
6 授業のあらまし
1)授業概要
国語の授業ではともすると生徒が正解を求めて一つの方向に考えようとしてしまう。「教室でめざすのは、
正解の読みではない。行為としての読みの成立である」
(注8)と指摘されるように、それぞれの生徒が作品に 対して主体的に関わり、読みを深めていく、その読書行為を成立させることが「主体的・対話的で深い学び」
につながるという前提で次の二点に留意した。
まず自分で問いを立て、それをロイロノートを使って共有する。この共有によって考えを深めていくとい う共同追究活動を成立させる。
また、文章読解の基本的な着眼点である「物語の構造」「背景となる知識」「対比表現や言い換え」等を意 識し、「私」の心の揺れを通して読み手である生徒の共感を高めつつ主体的に主題へと接近させるようにす ることである。このような論理的思考力を文学の授業でも意識させることが国語科教育に求められているの ではないかと考える。
2)学習内容
作品を読むにあたってのさまざまな知識を学び、それらをもとにして各場面の中心となる表現について読
み深めていく。そして最後にこの作品の主題となる「絶望」と「希望」が意味することについて自分の考え
をまとめてそれを友達と共有する。最後に自分がこの作品によって考えたことをまとめる。
3)使用教材
教科書『中学校 国語3』(学校図書)
授業者作成資料①魯迅年表②中国近代史と『故郷』③『故郷』の翻訳について iPad(授業支援アプリ ロイロノート・スクール)
ロイロノート・スクールは教師が課題を提示し、その課題について生徒の意見を回収し、その場で回答を 全員で共有できるという利点を持つ。このようにICTの力を借りることが、対話的な学びを促進すること につながっている。
4)指導内容
【単元目標】
①文章の展開、構成や表現に注目しながら読み、その表現を根拠にして自分の考えを持つことができるよう になる。
②自分の考えと友達の考えを交換し、助言し合って自分の考えを深めることができるようになる。
③時代や社会の変化の中での人間関係について考えることができるようになる。
第一次 作者、作品についての紹介。時代背景について授業者から説明する。その後作品を読み、初読の感 想を書かせるとともに、授業者がテーマとして取り上げたい「絶望」と「希望」について説明する。合わせ て各自疑問に思ったことや、この作品を通じて考えていきたいことをあげさせる。
第二次 1感想の交流→ロイロノート使用 2問いを立てる→ロイロノート使用
生徒からの問いは「なぜ閏土は変わってしまったのか」「なぜ楊おばさんは変わってしまったのか」「私は どのように変わってしまったのか」など登場人物の変化に関するものが多い。そこで、作品中の様々な対比 表現に注目しながら変化を読み深めることを確認した。
この単元に入る前の時点で、文章読解の基本的な着眼点(対比・言い換え(繰り返し)・変化)について は意識づけを行っている。
第三次 文章中の対比表現と時代背景・作者に関する知識に着目しながら各場面を読む。
1対比されていることに着目しながら読み深める。
①「目の前に広がる故郷」と主人公の「記憶の中にある故郷」
②「現在の家」と「昔の家」
③子供の頃の「閏土」と主人公「私」やその仲間 ④「子供の頃の楊おばさん」と「現在の楊おばさん」
⑤「子供の頃の閏土」と「現在の閏土」
⑥現実への「絶望」と、未来への「希望」
2作品から離れ、魯迅の生きた時代と魯迅について学ぶ。
①帰郷の理由 ②家族構成
③幼い頃の魯迅の家庭環境
④混乱する社会が人々に与えた影響
【1】二十年ぶりの帰郷
1-①「目の前に広がる故郷」と主人公の「記憶の中にある故郷」の違いは何か。またその変化はなぜ起こっ ているのか。2-①帰郷の理由とも関連づけて考える。その上で帰郷における私の心情「寂寥」を確認する。
【2】「私」の実家への帰宅
1-②「現在の家」と「昔の家」の違いは何か。またその変化はなぜ起こっているのか。
2-②家族構成や2-③幼い頃の魯迅の家庭環境とも関連づけて考える。
【3】子どもの頃の閏土(回想場面)
1-③子供の頃の「閏土」と主人公「私」やその仲間の対比、そして2-③幼い頃の魯迅の家庭環境にふれ ながら、 「私」の記憶の中の閏土を示す「不思議な画面」という表現が意味するものについて考える。この時、
竹内訳の「不思議な画面」の他に高橋和巳訳「神秘的な絵」という表現を紹介し、翻訳の違いから受ける印 象についてもふれる。
【4】楊おばさんとの再会
1-④「子供の頃の楊おばさん」と「現在の楊おばさん」についてまとめながら、2-④混乱する社会が人々 に与えた影響にふれて、楊おばさんの変わりようの理由を考える。
【5】閏土との再会
1-⑤「子供の頃の閏土」と「現在の閏土」についてまとめながら、2-④混乱する社会が人々に与えた影 響にふれて、閏土の変わりようの理由を考える。
【6】離郷
1-⑥現実への「絶望」と、未来への「希望」を考える上で、「私」の甥である宏児と閏土の息子である水 生の関係性について読み取ることが必要となる。また、「私も私の母もはっと胸をつかれた」という表現に ついて、実は中国語原文で「我和母■也都有些惘然」となっており、「惘然」とは「何かを失ってがっかり する様子」を意味し、「はっと胸をつかれる」とは微妙に異なること、さらに「惘然」が中国での「故郷」
の授業(国語)において主題に関わる重要な言葉として扱われ、何を失ったのかが議論される
(注9)という ことにもふれながら、「私」(と「私」の母)が何を失ってがっかりしたのか、なぜそこから「希望」という 言葉が生まれたのかということにつなげていく。
第四次 主人公が何に「絶望」し、なぜ悲しんでいるのかを読み深める。
主人公が捉えた「希望」とはどのようなものなのか考える。
第五次 『故郷』という作品によって自分が考えたことをまとめる。
5)指導の工夫点
まず、「深い学び」につなげていくために、「自ら問いを立てる」活動を取り入れた。今回はその問いをロ イロノートを活用してクラスの仲間同士が共有できるようにした。他の生徒の問いに触発されるという対話 的な学びの活動が、さらに文章を読み込んでいこうとする主体的な学びにつながり、深い学びとなっていた。
また、作者や時代背景についての知識を持つ時間を作った。さらに翻訳の違いについても比較することで、
印象の違いについて意識を向けて読むことや、一つの表現が違う翻訳者によってさまざまに解釈されるとい うことにも気づきを促した。
一つひとつの表現に着目して読むという従来の精読のスタイルを取り入れながら、主人公が状況をどのよ うにとらえているかを考えていくようにしている。特に比喩表現については
単なる修辞法にとどまらず、日常における物の見方・考え方にも深く関わっている
(注 10)という立場から、
着目した。
7 おわりに
2019 年 3 月に告示された次期学習指導要領では、高校国語科の教育課程が「現代の国語」「言語文化」と いう必修科目と「論理国語」「文学国語」「国語表現」「古典探究」という選択科目によって編成されること が明らかにされた
( 注 11)。これはこれまで教科書に必ず掲載されていた定番の文学教材が、今後授業で扱わ れなくなるという危機に直面しているとも言い換えられる。そしてこのことは中学校での国語の授業にも影 響を与えかねない。国際社会の中で求められている論理的思考力を育成することは確かに重要である。だが、
文学教育には論理的思考力を育成するための可能性も含まれている。この可能性は次の二点である。
まず、文学教材をさまざまな資料と繋ぎ合わせて授業を展開できるということである。
野中が指摘しているように
(注 12)、定番の文学教材は長年にわたり定番教材であり続けたことで、多くの 二次資料の蓄積を生み出してきた。これらの資料をもとに作品を読み深め、共同思考の機会を取り入れる国 語の授業は、むしろ論理的思考力を育成するためにも効果的なのではないかと考えられる。
また、文学教材の中にある時代背景や翻訳の問題などは、社会科や外国語科など他教科との連携の可能性
を秘めている。特に今回取り上げた『故郷』に関しては社会科の学習の要素も多く含まれており、教科横断
型の学びとして広がりのある学びの可能性を秘めている。文学は「社会に出て役に立つ」という論理から外
されがちであるが、「社会の中での人間のあり方を考える」という『故郷』の持つ教材の力、また他の多く
の文学教材が持つ力を国語の授業に取り入れていきたいと考えている
註
(1) 文部科学省『中学校学習指導要領解説・総則編』2017 年
(2) 八木陽介「文学作品に関する中学校国語科の指導について」『成城教育』第 176 号
成城学園教育研究所 2017 年 6 月 p 39 ~ 42
(3) 小山田成治「高等学校における『文学教育』」『成城教育』第 176 号 成城学園教育 研究所 2017 年 6 月 p 49 ~ 54
(4) 田中実・須貝千里編「故郷」『文学の力×教材の力 中学校編 3 年』教育出版 2001 年p 52
(5) 藤井省三『魯迅事典』三省堂 2002 年 p 291 ~ 292
(6) 竹内好「日本における魯迅の翻訳」『竹内好全集第 3 巻』筑摩書房 1981 年 p 367 ~ 373
(7) 丸山昇『魯迅 その文学と革命』東洋文庫 47 平凡社 1965 年 p 169
(8) 田近洵一「魯迅『故郷』における人間追求 ~ 反転する人間理解」田中実・須貝千里編 『文学の力×教材の力 中学校編 3 年』教育出版 2001 年p 40
(9) 丁秋娜「魯迅『故郷』の教材研究:翻訳文学という側面から考える」『全国大学国語 教育学会発表要旨集』全国大学国語教育学会 113 巻 2007 年p 243~246
(10) 森篤嗣「言葉による見方・考え方と認知能力」『国語の授業で「深い学び」をどう 実現していくか』学文社 2018 年 p 166
(11) 文部科学省「高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説『国語編』」2018 年
(12) 野中潤「定番教材はどうなるか ~ 次期学習指導要領実施後の文学」『現代文学史研 究』第 26 号 2017 年 6 月p 51~54