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社会科教育分科会
社会科教育研究のあり方に対する一つの方法的反省
一一 <gカーフの社会科教育論の分析を手がかりとして一一一
1 デューイ(J.Dewey)の示唆するもの
「わたしはこれまでに,しばしば,『進歩主義的な』また『新しい』教育という言葉を用いた。
しかしながら,基本的論点は,新対旧の教育問題でもなければ,進歩主義的対伝統的の教育問題
● o
でもなくして,それは,それがどのようなものであらねばならないにせよ,教育の名に値いするも のは何であるかの問題である。ただ進歩主義的という名前がそれらに適用され得るからというだ けの理由のみでは,わたしは如何なる目的にもあるいは如何なる方法にも味方しない。…基本的 な問題は,何らの制限的形容詞をももたない教育の性質が何であるかにかかわるのである。…そ して,教育とはまさに何であるかを,また教育が名前やスローガンではなくて実在であり得るた めには,どのような条件が果たされねばならないかを,見出すためにわたしたちが献身する時に,
一段とたしかなまた一段と速かな進歩がなされるにちがいない。 (傍点……原著者)」1)
あわただしく流れ去るEducational Jargonの洪水の中で,ともすれば教育の何たるかを見失 いがちであるわたくしたちにとって,上述のデューイの言葉は,四半世紀を経過した今日,新た な意味あいのもとに受とめられねばならないように思われる。それは,教育をその根底にお吟て 規定する教育思想の表明であるばかりでなく,わたくしたちの教育研究に対する不断の問いかけ としても深い意味を持っているからである。
周知のごとく,今日のアメリカの教育界・教育研究界は,ブルーナー(J.S.Bruner) 自身デ ユー Cに対してチャレンジングな論文 After JoLn Dewey, what? 2)をつきつけていることか
o ● ● ● o ・
轤燒セらかなように,ある意味ではデューイの教育理論を越え出たところで,図式的に捉える危 険をおかしていえば,「デューイとブルーナー」 の範濤を越えて「デューイからブルーナーへ」
3)の延長線上で,その多くの議論を展開している。事実,専門科学者の手による(協力による)多 くの自然科学,社会科学教育改革プロジェクトの開発は,このことを端的に物語っている。もちろ ん,ブルーナーの提起した問題4)の受とめ方には受けとめる側の相互にかなりの相違がみられる。
またそのような問題に対して,慎重論や批判的見解が提出されていないというわけでもない。5)
しかし,それにもかかわらず,アメリカの教育界・教育研究界がブルーナーの教育理論の影響下 にあることは確かであり,その意味においては,今やブルーナーの時代に突入しているのである。
筆者の研究関心対象である社会科教育(研究)についてみれば,このことは,一例として掲げた 右図からも,Discipline−Oriented Projectの優位性(数量的意味ではあるが)となって示され
ている。6)
PROJECTS
Comprehensive Projects
1.Educational Development Center,s Social St凹dies Curriculum Progra血 2. Greater Cleveland social Science Program
3.AHigh School S[)cial Studies Curriculum for Able Students, Camegie・Mellon Uni versity
4. Project Social Studies Curricuhm Project 5. Providence Social Studies Curriculum Project 6.Taba Curriculum Development Project
1)iscipline・Oriented層Project8
7・Antbfopology Curriculum Project, University of Georgia ■8・Anthropology Curriculum Study Project, University of Chicago
9・ Basic Concepts in History and陶the Social Studies 10. Committee on the Study of History
11. Developmental Economic Education Program(DEEP)
12.Development of Economics Curricular Materials for Seconda町Sckools,0』io Stat6 University
13. ECON 12, San Jose (California)State College
14. Elementary School Economics Prograam, University Chicago.
15. Experiment in Economic Education, Purdue University 16. High School Geography Project, University of Colorado
17. High School Curriculum Center in Govemment, Indiana University 18.Michigan Elementary Social Science Education Program
ユ9. Sociological Resources for the Social Studies (SRSS)
Area−Oriented Projects
20. Asian Studies Inquiry Program 21. Project Africa
22.World Studies Inquiry Series Special Purpose P rojects
23. Harvard Social Studies Project/Public Issues Series
唖Q4. Law in American Society
25. Tbe Intergroup Relations Curriculum, Lincoln Fi丑ene Centor for Citizenship and Public Affairs
26.Materials and Activities for Teacぬers and Childかen(MATCH) 亀
しかしながらここでわたくしたちは今一度,デューイの言葉にたち戻らなければならないであ
● ● ● ● ● ● ● ● ● o ・ ・ ●
ろう。論点を社会科教育に限定すれば,社会科教育がまさにその名に値いするものとして問題に されねばならない限り,それは名前やスローガンの問題であってはならないということである。
そうであるが故に,社会科教育にとって,ブルーナーの教育理論も社会諸科学の知識もあるい
は心理学の成果もそれ自体としては必ずしも万能であるとは限らない。自明とも思われるこのよ
うな観点をとることによって,はじめて社会科教育研究のあり方も,その正しい意味において問 題とされてくるように思われる。社会科教育研究のあり方に対する省察の眼は,ここにその視座 を獲得しなければならないものと考えられる。
ところで,社会科教育研究のあり方をその正しい意味において問題にするとは,具体的には,
どのようなことなのであろうか。さらに進んで,いったい社会科教育研究とはいかにあるべきで あろうか。デューイの言葉は問題の設定に対する導きの糸とはなり得ても,解答を与える標識と
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一
社 会 科 教 育 分 科 会 71
はなり得ない。わたくしたちはデューイの言葉を不断の問いかけとして受けとめながら,さらに,
り
アの問題へと考察の歩を進めなければならないであろう。本小論では,メトカーフ(LE.Metcalf) ・
の社会科教育論の分折を通して,ささやかながらこの問題への接近を試みてみたい。7)
II メトカーフの社会科教育論
メトカーフの社会科教育論については,社会認識教育の論理の追求という視点からではあるが すでにかなり詳しく論じたので(「メトカーフの社会認識教育教育論」内海巌編著『社会認識教育の 理論と実践一社会科教育学原理一』葵書房1972所収),それを参考にしていただくこととして,ここ では・恥」・論の問題関心を満たすに必要と思われる限りでの内容を示すにとどめることをおことわ
りしておきたい。
メトカーフは,マシャラス(B.G.Massialas),エングル(S.H.Engle),オリバー(D.W.Oliver)ら と共に,その基本的立場を「反省的探求をめざすものとしての社会科(Social St凹dies as Re一 flective Inquiry)」8)に求める。その立場とは,具体的には,「市民が直面する全体的実際的環境
のもとでの問題解決により,市民的資質を育成しようとする」g)立場である。それは端的にいっ て,反省的探求に基づく自己決定10庭志向する。そのような立場の中でもメトカーフの社会科 教育論は,とりわけ,社会一文化の文脈の中での判断づけのプロセスをパーソナリティーの変革 形成作用の視点から問題にする意味において,極めて独自の位置を占めている。
メトカーフによれば,「アメリカ文化は問題で充満している。しかもその問題は解決される以上 の割合で増加しているむ11)「われわれの葛藤に満ちた社会においては,教師も他の成人たちも,
現在の文化についての認知と理解において,さらに文化の改良に関する標識の定義についても同 聖
意するところを知らない」12)。現代のアメリカ文化は,メトガーフにとって,それほどまでに混乱
と混迷の状態にある。現代文化の分裂症的傾向は,アメリカ文化の中核的基盤が崩れ去り,した
がって,その中核的価値(core value)が対立していることを示している。「社会は組織化された個 人の集団であり,文化はつまるところ,一つの社会のメンバー相互間に繰返し行なわれる反応が 組織化されたものに他ならない」13>以上,文化の中核的基盤の崩壊は,必然的に社会的葛藤
(social conflict)を生み出すのであるが,「個人のパーソナリティーの中核としての価値,信念,
態度が文化の中核的要素にねざす」14)ものであるがゆえに,社会的葛藤は,人々のパーソナリテ ■
Cーの基本構造をゆり動かし,信念(知識や価値や態度を含めたメトカーフの独自の概念)の分 裂と動揺を招来させることになる。つまり,「社会的葛藤の問題は,個々人および集団間における 論争問題(issues)として存在するばかりでなく,個人のパーソナリティー内部の混乱の淵源として も存在する」15)というのである。メトカーフは混乱と対立の形式をとって顧在化す為文化が,実 はそのまま社会の中で生活する個人の内面的行動となって潜在化すると主張するのであるが,文化の 機能としてのこの側面は充分に理解されてこなかったと述べる。さらにそのような側面がアメリカ
文化のclosed areaにおいても鋭くあらわれるということは,それ以上に理解されてこなかった と説く。メトカーフは教育の役割を重視して,「教育はclosed areaにおける葛藤の創造的解決力を
育成できるし,またすべきである」瑚と主張する。このような観点から,メトカーフは社会科教 育の目的を一一つにしぼり,それを次のように言明する。すなわちそれは「アメリカ文化のclased
areaにおける論争問題を生徒が反省的に吟味するのを援助することにあるdと。17)
ところでアメリカ文化のclosed areaとはどのような領域なのであろうか。また,なぜ反省的 に吟味させようとするのであろうか。(その際いったい反省的に吟味(探求)させるとはどういう
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ことであろうか。)メトカーフの社会科教育論をさらに明らかにするためには,手続上,両者を一
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応わけて考察していくことが便利であろう。そうすることによって,形式的には,前者を彼の社 会科教育論における内容(領域)の問題とし,後者を方法の問題とすることもできるであろう。
メトカーフによれば「closed areaとは,合理的思考(rational tbought)に大きく閉ざされ た信念や思考の領域として定義される。」より具体的にいうならば,「偏見やタブーや混乱が充 満している領域」18)である。したがって,そこでは,人々は事実によるよりも習慣や願望に強く 支配されており,論理的科学的知識ではなくして情緒的・常識的センスで反応することになる。
つまりこのような領域においては,人々は「自らの言葉を定義し,仮定を陳述し,その価値を表 わし,その証拠を整理する」ことができない。そのために「個々人にとって最も重要な信念のこの ような領域は,合理的思考が最も価値づけられない領域」19)となっており,そこには「すべての 人々が従うように期待されている一組の規範化された(sanctioned) 信念(しばしば非合理で 互いに相克するようなものであるにもかかわらず」2⑪)が存在することになるのである。彼によれ ばそのような領域とは, 「政治」 「経済」 「人種と少数集団関係」 「性」 「宗教と道徳」 「ナシ ヨナリズムと愛国心」21)をさす。それ故,社会科教育で展開されるべきテーマは,「権力と法」22)
「経済」 「人種と少数集団関係」 「社会階級」 「性,婚約,結婚」「宗教と道徳」「ナショナリ ズム,愛国心,国家の諸制度」 (外交関係)に求められるのである。23}
ところで,そのようなclosed areaの問題をなぜ反省的に探求させようとするのであろうか。
すでに述べたところからもうかがわれるのであるが,例を引いて説明してみよう。今日のアメリ 力文化(社会)の最も深刻な問題の一つは「人種問題」であるが,それは黒人対白人の問題として
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社会的に存在するばかりでなく, 心理的にはそれぞれの側における問題でもあり,しかもそれ はclosed areaの問題であるが故に,その解決は全体主義的思考と行動にまかせられることにな り,内的葛藤を強化することになる。つまり, 「人種問題」は,社会的葛藤(社会的問題)と個 人内部の葛藤(個人的問題)とが重なり合う問題であり,しかもそれはclosed areaの問題と交 叉しているために,個人的 心理的には,自己のパーソナリティーの合理的変革をゆがめた形で,
社会的には全体主義的思考と行動の形をとって解決されざるを得ないことを示している。それ故 このような問題は,反省的思考のまえに引き出され徹底的に吟味される必要がある。なぜなら反 省的思考のプロセスをくぐり抜けさせることによって,はじめてそれらが統一的に解決される方
向が展望されてくるからである。メトカーフにとってその方向とは,さらに言えば,認識主体の 躍
自己改造と社会の認識とを統一的に保障しようとするそれである
それでは,反省的に吟味させるために,どのようなステップを辿らせようとするのであろうか。
社 会 科 教 育 分 科 会 73
ここでは,概略メトカーフのいう反省的思考を明らかにし,その辿るべきステップを示してみた
い。
J.LBarth らの指摘をまっまでもなくメトカーフはデューイの説く反省的思考を その基本とする。しかしノトカーフにとって,反省的思考の対象とは,どのような性質のもので あってもよいのではない。彼にとって真の問題とは,「生従を当惑させる (puzzled)ような性質 のものではなくて」24) 彼のパーソナリティーをゆり動かし,つき崩す問題すなわち,生徒の パーソナリティーの変革を呼び起しうる内的構造をもつ問題でなければならなかった。それ故,
真の問題はclosed areaにのみ求めることが可能であり,生従が「学校外の環境から獲得した信 念や態度の分折を通してアプローチできる」25)とみるのである。メトカーフは,問題を;closed areaの論争点から生じる.またはそれに一致した信念に限定し,生徒をしてそのような信念を 吟味させることによって,自己の信念構造(認知構造、を破壊せしめ,これに代る新たな信念構造
(認知構造)を構築させる過程として,問題解決の過程を展開させようとするのである。その辿る べきステップは,したがって,次のように図式化されてくる。それは学習の順次性をも示している。
(固定されたものではなくてフレックシビリティーをもつが)
信念(先入観)→疑い→仮説(洞察)→仮説の吟味→吟味された信念(結論づけ)
その詳しい展開のさせ方については紙数の制約上割愛せざるをえないが,ここで注意されねば ならないことは,そのようなステップを辿らせることによって,パーソナリティーの変革の方向
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が開かれてくるとしても,そのこと自体,そのプロセスで同時に期待されている社会認識の質的
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高さを保障するものではないということである。たとい上述のプロセスの中で社会認識が深まっ ていくとしても,たとえば「仮説とは何か」「その仮説が吟味(検証)されるとはどういうことか」
といったことが明らかにされないならば,その認識の深まりをチェックすることができないから である。メトカーフはこのような観点から,たとえば仮説については①やがて再び事実に照し て検証されねばならないこと②そのためには,仮説から検証可能な命題を導き出す必要があるこ と③したがってそれはif−−then pmp・siti・nの形をとること④ then の部分は if すなわ ち仮説の部分の推論による論理的意味となること⑤その論理的意味がサーチモデルとなって factual dataによってテストされること,さらに言えば,新しいデーターを十分に予測できるこ
と26)といったことを主に科学哲学の成果をとり込みながら明らかにすることによって,このプロ セスで期待される社会認識の深まりを保障しようと試みているのである。ところでそのような試 みはパーソナリティーの変革と切り離されて考えられているのではない。実は,そのような認識 の深まりが,認知的不笛和(cognitive dis80mnce)の低減幼とからまる形でパーソナリティー の変革を実質的に可能ならしめるとみるのであり,したがって両者は,同時的な一つの過程とし て相互形成的に捉えられているのである。
III社会科教育研究のあり方の探求の観点からみた メトカーフの社会科教育論のもつ意味
メトカーフの社会科教育論は,考察してきたところからも明らかなように,生徒のトータルな 発達を社会一文化の文脈の中で問題とし続けている。生従の発達を,したがって,彼の内面的体 制の変革・形成をその根底において常に問題としながら,その変革・形成を特に社会一文化の文 脈の中での反省的探求において捉え直そうとしたのであった。生徒のパーソナリティーの変革・
形成にとってCreative enCOUnterなるものが社会科教育において可能であるとするならば,そ の出会いは,何よりもまずclosed areaにおける問題との出会いでなければならない。社会諸科 学(歴史学をも含めた)の概念との出会いをよりcreativeにすることは可能であっても,28)彼の パーソナリティーの変革・形成にとって,それがcreativeであるかどうかは疑問である。換言
すれば,その出会いが後の内面的体制の変革に迫りうる保障はどこにもない。それ故メトカーフ にとって,社会科教育のあり方は,社会科学の観点からではなくてまさにこの観点から問題とさ
れねばならなかった。「生徒が社会的に成長していくということはどういうことか」の省察と
「その成長のさせ方」及び「その成長のさせ方の多産性」の論理の追求の中から,彼は,「社会科 教育(のあり方)に対して」独自の問題を設定し,かつそれに解答を与えようとしたのであった。も ちうんそこには,現代のアメリカ文化の危機的状況という特定の状況の中で,生徒をトータルに 発達させるという高度に教育的な目的意識と,いわゆる問題解決学習にみられるアンビバレント な可能性をその発展的方向において展開するという強烈な課題意識とが横たわっている。そして そのような目的・課題意識に立って,上述の問題を解決する道具として,社会科学や教育理論や 科学論を積極的にとり込んでいった。ここにいう社会科学とは文化人類学であり,しかもその文 化人類学のとり込み方は,その成果としての知識ではなくて,文化人類学のパ_ソナリティ_
の捉え方そのものであった・それなくしては独自の問題設定もそれに対する解答も生み出しえな いという意味で,社会科学も教育理論も科学論も無視されてはいないのである。
しかし果して,彼の社会科教育論は成功しているのであろうか。つまり,彼の論は論理的適合 性をもちえているのであろうか。またそれは実際化されうるのであろうか。たとい実際化されう るとしても,それはどれほどの範囲をカバーしうるのであろうか。その有効性は実証的にテスト されうるであろうか。さらに重要な問題として,彼の論全体を貫く鍵概念として用いられるパー ソナリティーの捉え方はどうか。また彼の論において社会認識の捉え方に問題はないであろうか。
メトカーフの社会科教育論は,その鍵概念及びその捉え方を承認するならば,その論理的適合 性(目的一内容一方法の統一性)についてはかなりの程度まで成功していると考えられる。しか しその他の問題については必ずしも成功しているとはいいがたいし,鍵概念の捉え方にも問題は 残されている。
以上のように,わたくしたちが社会科教育研究のあり方の探求という観点から,メトカーフの 社会科教育論に,それが孕まれてくるあるいはそれが生成されてくる過程とその結果の両面に着
目して接近するならば,そこには極めて意味深い示唆が示されているように思われる。それは三
社 会 科 教 育 分 科 会 75
点にわたる。その第一は,「杜会的に子どもを育てあげていくという問題に対して」誰は,どの 国の教育は,いつの時代の教育は,その社会的状況とかかわって「どのような形でそれを受けと め」「どのようにしてその問題に答えようとしているか」,また,そのような形で教育が社会的 観点から問題とされてきたかどうかということを,社会科(的)教育の実践や理論の初発点や生成 過程に入りこむ中から明らかにするということが社会科教育研究の基本的視点ではないかという ことである。 第二点目は,そのような問題設定とそれに対する解答の試みが,どれほどの論理 的適合性をもちえているか,また,それは果して成功しているか(実際化されうるのか)どうか ということを,いわばそれが到達した結果の観点から批判的に検討することが社会科教育研究に とって不可欠ではないかということである。前者をより具体的にいえば,教科教育研究に固有の カテゴリーである「目的・内容・方法の統一性」が前提とされて,その上で,その論がどの程度 にそれを満たしているかを明らかにすることである。第三点目は,社会諸科学の利用のあり方の 究明が社会科教育研究にとって不可欠であるということである。第三点は二つのレベエルから考 察される。第一のレベエルは,問題設定の際における社会諸科学の利用のあり方についてである。
メトカーフは文化人類学のパーソナリティーの捉え方を援用することによって独自の問題を設定 しえた。また,N. E. A.中等教育改造委員会報告書2g,によって生誕した社会科(Social St Studies)は当時の社会科学の新しい問題の立て方と解き方をも基礎にしたと鋤いわれる。このレ ベエルにおけるこのような形での社会科学との結びつきは示唆的である。問題設定を恣意的にし ないためにも,今後このレベエルにおける社会科学の利用のあり方が究明されねばならないであ ろう。第二のレベエルは,明らかに,教授二学習過程(授業過程)での利用のあり方についてで ある。このレベエルでは社会科教育と社会諸科学との関係が二重の意味で問題とされねばならな いであろう。その第一は,学習の方法と(社会)科学の方法との関係の問題であり,第二点目は,
社会科学の成果の利用のあり方の問題である。両者は切り離して考えられるべきか,それとも統 一的に考えることができうるかの問題も残されている。
以上の三点は,社会科教育研究のあり方にかかわるものだとしても,それらすべてが正面から この問題に迫るものではない。第三点などはむしろ一つの研究課題とでもいうべきものである,
という反論が提出されるかもしれない。しかし,社会科を社会科学化する方向でその研究のあり 方が問題とされてきている現状を考える時,(社会科)教育と社会諸科学との関係を改めて問い直 す試みは,そのこと自体一つの社会科教育研究のあり方の探求の問題と考えられなくはないであ
ろう。
IV 社会科教育研究の前堤の前堤
わたくしたちは無前提のもとに研究を進めることはできない。ミユルダール(Gunnar Myrda1)
も説くごとく31Dわたくしたちは何らかの価値前提の上に立って研究を進めている。否むしろ・
ある価値前堤をとることによって,はじめてその作業を具体的に展開することができる。研究の 時間的順序に逆らう形でその論理的順序に従って考察するならば,わたくしたちの抱く価値理念 の問題こそが問われねばならないであろう鋤。しかし,価値理念ないしは価値前提を問題にすると いうことは,明らかにメタ価値理念を必要とする。しかしわたくしたちは,メタ価値理念につい ての決定的な評価尺度をもち合せていない。したがって,わたくしたちはある価値前提一社会科観 教育観,人間観等一のもとに社会科教育研究のあり方を求めねばならない。しかしその価値前提は,
修正されうるあるいは廃棄されうるという前提をとりえてはじめて意味をもつのである。それ故,
価値前提そのものが,実は不断の問いかけの対象でなければならないのである。筆者は,社会科 教育研究の価値前提をメトカーフの社会科教育論を考察する中から改めて「子どもを社会的に 育てていくこと」に求めた。したがって,そのような観点からの研究をその正しいあり方とみな したのであった。しかしデューイの問いかけをさらに正しく受けとめるためには,筆者の価値前 提そのものが考察の対象とならねばならないであろう。しかしその問題は,具体的な研究作業を 通してあるいは教育実践の中でのみ多産的に検討されうるように思われる。 それ故,他の社会 科(的)教育論や社会科(的)教育実践からの社会科教育研究のあり方の探求が当然試みられな ばならないし,それらはメトカーフのそれと相互に検討されねばならないであろう。それは筆者 の今後の課題である。デューイの言葉を問いかけとして受けとめるということは,無前提のまま に研究を進めることではない。逆にある明確な価値前提に立って研究を進めることを承認した上 で,なおそれを,「学問的吟味に堪えうるものへと鍛え直してゆく」鋤ことではないかと考える。
社会科教育研究の前提の前提が自覚的に受けとめられてはじめて,それは可能になるように思わ
れる。
〔注〕
1)J.Dewey著原田実訳『経験と教育』春秋社1956, 101頁 2) Saturday Review June 17,1961.
3)このような捉え方が許されるか否かは問題のあるところである。例えば,竹田清氏は教育哲 学研究1968,第18号,52〜66頁において次のように述べている。「デューイの関心事は教育 哲学であるが,プルーナーのそれは…認知過程である。それ故両者は,互にとって代わるべ きものではない。」と。
4)J・S・Bruner・著鈴木祥蔵.佐藤三郎訳r教育の過程』岩波書店1963に示されている。
5)例えば,社会科教育の立場からは,(主としてプルーナーの新社会科に向けられたものでは あるが),M.M.Krug, F.M. Newman,Arno Bellack,らがあげられる。
M・M・Kmg−Bmner ・N・w S・・i・1 St・dies・AC・it」que・, S・d・1 Ed。。ati。。,1966,
VoL30, Nα6, PP.400〜406.
6)N・M・S・・d・・s&M.Lf…k,・A C・iti・・I ApP。aisa1。f Tw。。ty。si。 N。ti。na1 S。ci。I St。dies Prolects , Sscial Education,1970, VoL34, Nα4, P.385.ただし,26のプロジェクトは開発さ れたすべてのプロジェクトではない。ギブソン(J.s.Gibson)は「現在少なくとも50以上もの大学そ
社 会 科 教 育 分 科 会 77
の他のカリキュラム・センターにおいて,社会科カリキュラム改革の作業が進められている」と述べ ている。古銭良一郎「米国における社会科カリキュラムの現代化」 『教育研究』第15号1969青山学院 大学教育学会1〜2頁
7)いったい,わたくしたちは,「正しい意味において」,「あるべき」という形での問題に解答を与え ることができるのであろうかという疑問が提出されうるであろう。 「正しい」ないしは「あるべき」
ことの意味内容は,おそらくは規定されえないものであり,それは常に,問いかけの形式において受
.とめられるべき課題の設定にすぎないと考えられるからである。それではそのような問題設定自体無 意味なことであろうか。決して無意味ではない。無意味なものとするか否かは,わたくしたちがこの 問題をどのレベエルで問題とするかに.かかっている。具体的な研究作業のレベエルで受けとめること によって,この問題を,より多産的に発展させることができるものと考えたい。
8)J.LBartb&S.S.Shermis, Defining tbe Social Studies:An Explanation of Three Traditions , Social Education,1970,VoL34, Nα7, P.748.
9)森分孝治「アメリカ合衆国における社会科教育研究」日本社会科教育学会編『社会科教育学の構想』
明治図書 1970所収論文,139頁
10)B.G.Massialas&F.R.Smith,ed., New Challenges In T』e Social Studies, Wadworth Publishing,1965,P.14.
11)M.P.Hunt&LE.Metcalf, Tbaching High School Social Studies, Harper&Row, Second Edition,1968, P.24.
12)ibid P.23.
13)Ralfph Linton著清水幾太郎 犬養康彦訳『文化人類学入門』創元新社1967,19頁 14)小林虎五郎『問題解決学習の構造』教育弘報社1967,6頁
15)M.P.H皿t& L.E.Metcalf,op.cit., P24.
16)M.P.Hunt&L・E・Metcalf, Teaching High ScLool Social Studies, Harper&Row,
First Editi①n,P. 11
17)LE. Metcalf, Some Guidelines for Changing Social Studies Education , Social Education,
1963,VoL27, Nα4, P.197.
18)ibid., P.197.
19)M.P.Hunt&LE.Metcalf, op.cit., P.66.
20)ibid., P.28.
21)M・P・Hunt&L.E.Metcalf, First Edition, PP.233〜339.
22)「Second EditionにIJIIえられている。(ただし,ProMe田8tic&re題とされている)
23)Closed areaについては,マシャラスも,so・called closed areaとしてその教育的意義にふれて いるが( Revishg the Social Studies:An Inquiry・Centered Approach Social Education,
1963,VoL27, Nα4, P.186.) メトカーフの場合とはやや異なる 24)M.P.Hunt&L.EMetcaM, Second Edition, oP.cit.,P.79.
25)ibid., P.60.
26)MRHunt・LE・Metca民Second Edition, OP.Cit., PP.104〜118.
27)L…F…i・ger著,末永俊郎監訳・認知的不協和の理論、識信書房1965,参照 28)B.G.Massialas の論著参照されたし。
29)Report of the Committee on Social Studies of the Commission on tbe Reorganization of Secondary Education of N.E.A, US. Bureau of Education Bunetin, 1916, Nα28.
30)森分孝治「新しい史学の形成と社会科歴史」広島大学教育学部紀要第1部第17号,参照
31)Gunnar Myrda1 著山田雄三・佐藤隆三訳『経済学説と政治要素』春秋社1967,日本語版への序文,
英語版への序文,同Myrda1著小原敬士訳『経済理論と低開発地域』東洋経済新報社1971,まえがき,山 田雄三「価値判断に関するミュルダールの最近の見解」「グンナー・ミュルダール」一橋論業第42巻,
47巻・なお最近入手したばかりであるが,ObjectMty in Soci&1 Research, P8ntbeon Books,1969 でも触れられている。
鋤宗像誠也『教育研究法』新評論社1952を参照されたい。67〜70頁
鋤長尾十三二「教育の歴史的研究」 『教育学全集1』小学館1967所収論文,343頁
〔後記〕
わたくしの個人的事情で原稿の提出がおくれてしまいご迷惑をおかけしましたことを お詫びいたします。(1972・2・15)
(社会科教育研究室 片上宗二)