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ドイツ測量局制作のデジタル旧版地形図集 TK25History とその利用事例

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宮城教育大学機関リポジトリ

ドイツ測量局制作のデジタル旧版地形図集 TK25Historyとその利用事例

著者 窪田 麻理恵, 西城 潔, 星 孝平, 三浦 裕人

雑誌名 宮城教育大学情報処理センター研究紀要 : COMMUE

号 18

ページ 29‑34

発行年 2011‑03‑31

URL http://id.nii.ac.jp/1138/00000338/

(2)

1. はじめに

 地理学にとって、地形図はもっとも基本的な資 料のひとつといえる。地形図に盛り込まれている 等高線などの地形情報、記号で示される植生や土 地利用は、その土地の自然および地域社会の特徴 を表現しているからである。またそれらの特徴は 時代によって変化していくものであるから、旧版 地形図を利用することにより、ある地域の環境や 土地利用の変遷を復元することも可能となる。特 に空中写真の利用ができない時代については、旧 版地形図は、信頼のおける唯一の空間情報源と いってもよい。

 このような資料的価値をもつ旧版地形図がデジ タルデータ化されることの意義は大きい。デジタ ル化によって所蔵場所の確保、資料(紙)の劣化 といった保存上の問題が解決されるだけでなく、

画像処理ソフトの活用を通じて、手作業では困難 なデータの読み取りや加工が可能となるからであ

る。

 日本では、国土交通省国土地理院の「国土変遷 アーカイブ」事業により、第二次大戦以後の空中 写真が公開されているものの、旧版地形図のデジ タル化には至っていない。一方、明治期以降の日 本の地形図作成事業に大きな影響を与えたドイツ では、連邦共和国各州の測量局が自州内の地形図 作成を担っており [1]、ここに保存されている旧 版地形図は、紙媒体の複製またはデジタルデータ として入手できる。さらに各測量局では様々な地 形図集成なども発行されているが、その中でも、

ドイツ北西部に位置するノルトライン・ヴェスト ファレン州測量局制作の TK25History[2] という デジタル旧版地形図集には、過去約 200 年間の 旧版地形図(縮尺 1:25000)が収録され、広く有 効利用されている。本稿では、このデジタル旧版 地形図集とその利用事例について紹介する。

ドイツ測量局制作のデジタル旧版地形図集 TK25History とその利用事例

窪田 麻理恵1, 西城 潔2,星 孝平3,三浦 裕人4

1ボン大学大学院 博士課程,2宮城教育大学 社会科教育講座

3宮城教育大学 社会科教育専攻,4宮城教育大学 社会コース

 ドイツ連邦共和国北西部に位置するノルトライン・ヴェストファレン州では、19 世紀初頭から地形図 作成事業が開始され、その後、数年~数 10 年間隔で地形図が発行されてきた。それらをデジタルデータ 化して集成した TK25History という旧版地形図集には、過去約 200 年間の 1:25000 地形図が収録され ている。このデジタル地形図集は、新たなソフトをインストールすることなく利用が可能で、操作も容易 である。また簡単な作図や距離・面積の計測ができる。一般利用を想定して作成された旧版地形図集では あるが、過去の地形・植生・土地利用の変遷を高精度に復元することが可能で、地理学の研究・教育に広 く活用し得る優れた資料といえる。

キーワード : 旧版地形図、デジタルデータ、地理学、ドイツ

(3)

2. TK25History の概要

 TK25History は、2006 年のノルトライン・ヴェ ストファレン州 60 周年を記念して作成された。

本 旧 版 地 形 図 集 に 収 録 さ れ て い る の は、1800 年 代 ~ 1810 年 代 以 降 に 制 作 さ れ た 10 数 枚 の 1:25000 地形図である。図幅ごとに1枚の CD- ROM に収録されているので、必要な範囲のみ入 手することができる。2006 年から 2008 年まで の間に州全域をカバーする計 270 枚の CD-ROM が順次発行された。

 たとえばボン(Bonn)図幅は、1807-1819 年 から 1998 年までの期間に作成された 13 枚の旧 版地形図及び2枚の空中写真(1934 年、1985 年撮影)で構成されている。地形図の発行年の間 隔は数年~ 40 数年でやや不揃いではあるものの、

過去 200 年弱の地形・植生・土地利用の変遷を 知る上ではきわめて貴重な資料である。

 こうした旧版地形図がノルトライン ・ ヴェスト ファレン州に比較的まとまって現存しているのに は、歴史的な経緯がある。この地域は、1794 年 にフランス革命軍に占領され、1815 年のウィー ン会議後はプロイセン領下に入った。そのため、

軍事・徴税を目的とした統一的な地形図の作成 が他地域よりも早くから進められた。19 世紀 初頭には、フランス人技官のトロンショ(Jean Joseph Tranchot 1752-1815) の 下、 三 角 測 量による地形図作成事業がライン川左岸地域か ら開始され、同地域のプロイセン編入後はプロ イセン陸軍元帥ミュッフリング(Karl Freiherr von M

ü

ffling 1775-1851)に受け継がれた [3]。

1801 年 か ら 1828 年 に か け て 作 成 さ れ た こ れ ら一連のラインラント地形図は、縮尺 1:20000 の手書彩色図で、製作者の名から一般的にはト ロンショ図、もしくはトロンショ・ミュッフリ ング図と呼ばれている。地形はケバで表現され ており、植生・水系などの凡例がとりわけ細か く区別されている。図1にその例を示す。尚、

TK25History に収録されているトロンショ図は、

原図 1:20000 を 1:25000 まで縮小し、さらに歪

みを直す補正作業を施したものである。

 トロンショ図がカバーする範囲は、主にライン ラントのライン川左岸地域(今日のノルトライ ン・ヴェストファレン州西部、ラインラント・プ ファルツ州北西部及びザールラント州)に限ら れていた。ウィーン会議を経て、プロイセンが ラインラント及びヴェストファレンを獲得する と、新しく領下に入ったヴェストファレンの地形 図が早急に必要となった。プロイセン領内では、

1830 年から 1865 年にかけて、上述のミュッフ リングの指揮の下で大規模な測量が行われていた が(Preu

ß

ische Uraufnahme)、当該地域では、

1836 年から 1842 年の間に、まずはトロンショ 図でカバーされていなかったヴェストファレン地 域、続いて 1843 年から 1850 年にかけてライン ラントで測量が実施された。この時期には平板測 量が導入され、縮尺 1:25000 の体裁の整った統 一的な彩色地形図が作成された [4]。

図1 トロンショ図の例 ( ボン図幅の一部 )

 この頃から、軍事以外の分野からの地形図の需 要が高まっていった。特に、鉄道や道路の敷設工 事の際には正確な地形図が必要だったため、これ らの分野から地形図の公開を求める声が強まり、

1868 年に地形図の複製、一般公開が認められた [5]。

 19 世紀後半には、プロイセン参謀本部に三 角 測 量 局 が 設 置 さ れ、 測 量 技 術 は 飛 躍 的 に 向 上していった。1877 年からプロイセン領土に お い て 再 び 測 量 事 業 が 開 始 さ れ(Preu

ß

ische Neuaufnahme)、 当 該 地 域 に お い て は 1891‐

ドイツ測量局制作のデジタル旧版地形図集 TK25History とその利用事例

(4)

1912 年の間に新たな地形図が作成された。標高 の基準となるゼロ地点やメートル法の導入によっ て、より統一的な地形図製作が進められた [6]。

この時作成された地形図が今日の 1:25000 地形 図の原型となっており、特に、地形表現や道路の 表現、凡例などのほとんどは今日の地形図に踏襲 されている。

 このように、当該地域においては 19 世紀の 100 年間に3度の地形図作成事業が実施された。

20 世紀以降は、第二次世界大戦中を除いてほぼ 数年おきに改訂版が発行され、戦後は州測量局が 同州の地形図の作成・発行を行ってきた。

 ノルトライン・ヴェストファレン州測量局では、

これらの旧版地形図のほとんどが、紙媒体の複製 版もしくはデジタルデータとして入手可能で、既 に広く利用されている。しかし、長く旧版地形図 の整理・保存に携わってきた測量局専門員の間で は、貴重な遺産である一連の旧版地形図を市民が 容易に利用できるような形で公開するべきだとす る意見が強くあり、同州 60 周年を記念してデジ タル旧版地形図集を企画・制作するに至った [7]。

一般利用者を想定して作成された本デジタル地形 図集の使用方法は至って簡単で、インストールも 不要である。図2にその表紙を示す(図中では旧 称で表示されている)。

図2 TK25History の表紙

 地形図データの画質は全て 400dpi となってい る。各地形図には座標値が与えられているため、

重ね合わせ表示や、発行年次の異なる地形図2枚 を並列しての比較が可能である。ソフトの機能は 非常にシンプルなものだが、点・線・面の簡単な

作図ができる。作図したデータを年代の異なる地 形図に反映させ、土地利用の変化や道路、集落の 変遷を確認することも可能である。また、作図デー タの距離や面積を測定することができる。その他 の機能としては、座標系の設定、地理的位置の確 認、画面上での拡大・縮小、GPS 機器との接続、

他の地図データ(TIFF ファイル)のインポート が可能となっている。最大 A3 判の紙に出力する ことができる。

3. TK25History の利用事例

本デジタル旧版地形図集は、一般利用を前提と して制作されたものだが、旧版地形図を重ね合わ せて利用できることから、地理学の研究や教育の 場でも広く活用されている。以下に、その利用事 例を2つ挙げる。

事例1:ボン西部丘陵地における土地利用の変化   ボ ン 西 部 の 丘 陵 地 に 位 置 す る ア ル フ タ ー 町

(Gemeinde Alfter)を例に、TK25History を用 いて土地利用の変化による景観変遷を概観した事 例を紹介したい。尚、この事例は窪田が 2007 年 7 月にボン大学地理学研究所に提出した修士論文 の一部を抜粋したものである。

図3 アルフター町域(1:25000 ボン 1998 年)

 1969 年 の 市 町 村 再 編 に よ り、 ア ル フ タ ー、

ギールスドルフ(Gielsdorf)、エーデコーフェン

(Oedekoven)など5つの村が合併され、現在の アルフター町となった。図3に、現在のアルフ

(5)

ター町域(網掛け部)を示す。当該地域は、農耕 に適したレス土に覆われ、中世から近世を通じて 山の斜面を利用したブドウ栽培及びワイン醸造が 盛んに行われていた。ライン川中流域やモーゼル 川周辺の名産地には劣るものの、ワインはこの地 域の農民にとってほとんど唯一の現金収入源であ り、都市ケルン(K

ö

ln)や遠くオランダ方面で も取引されていた [8]。集落に隣接して広がるブ ドウ畑は、この地域を特徴付ける景観要素の1つ であった。

 図4に示したのは、1845 年作成のプロイセン 測量図である。TK25History を使ってブドウ畑 の土地利用を斜線で示した。エーデコーフェン村 及びギールスドルフ村では、丘陵の南斜面から東 斜面にかけて、ブドウ畑が広がっている。

 図5は、約 50 年後の 1893-1895 年の間に作

成されたプロイセン測量図である。同様に、ブド ウ畑を斜線で示したが、19 世紀半ばと比較する と面積が大幅に減少しているのがわかる。さらに、

図4でブドウ畑として利用されていた土地が、図 5では、集落に隣接する区画は園芸農地に、それ 以外はほぼ広葉樹林に変わっていることが確認で きる。

 このような土地利用の変遷には、18 世紀末 以降の社会体制の変化が大きく影響している。

1794 年にフランス革命軍がライン川左岸地域を 占領すると、農奴解放令をはじめとする近代化政 策が急速に推し進められていった。このような時 代背景の中、農村部においても様々な変化があっ た。特にこの地域では、徴兵や都市への人口流出 によって多くの労働力を失っていったが、こうし た状況は人手を要するブドウ栽培及びワイン醸 造に従事する農家にとっては深刻な問題であっ た。さらに、輸送路の整備によって良質のワイン が流通するようになると、小規模経営が中心で あった当該地域のワイン生産は衰退の一途をたど り、1910 年代にはほとんど行われなくなった [9]。

その後、ブドウ畑の跡地では、当時都市部で需要 の拡大していた野菜・果物・観葉植物等の栽培が 盛んに行われるようになり、次第に園芸農へと移 行していった [10]。

事例2:ライン川周辺の河道および植生変化  次に紹介するのは、本学学部3年生対象の授業 において、三浦・星が TK25History から読み取っ た河道および植生変化の事例である。

 図6には、ライン川の支流ジーク川の 1956 年 における河道位置(破線で表示)が、1964 年 の地形図に上書きする形で示してあり、この間 に生じた河道の変化を読み取ることができる。

ジ ー ク ブ ル グ(Siegburg) の 南 西 部 に 位 置 す る河道の一部で、蛇行部が直線化していること がわかる。また図7は、ラインブライトバッハ

(Rheinbreitbach) 付 近 に お け る 1970 ~ 1985 年間の植生変化について調べた結果で、1985 年 の地形図上に、1970 年当時の森林/非森林境界 図4 1:25000 プロイセン測量図(1845 年)

図5 1:25000 プロイセン測量図

(1893‐1895 年)

ドイツ測量局制作のデジタル旧版地形図集 TK25History とその利用事例

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を破線で示してある。この間、森林が失われた所 もあれば、森林以外の植生・土地利用が森林へと 変化した場所もあるが、図中の網掛け部は非森林 から森林への変化が起こった範囲である。

 図6・7のような資料は、作図データを年代の 異なる地形図に反映させる機能を使うことで、初 学者でも容易に作成することができる。また面積 計測機能により、図7中の網掛け部 A・B・C・

D の 面 積 は、 そ れ ぞ れ 37.2ha、1.6ha、9.8ha、

1.2ha と見積もられた。このように作成年次の異 なる地形図から土地や植生の変化を読み取る作業 は、もっとも基本的な地理的技能のひとつであり、

TK25History はその習得のための優れた教材に なり得るといえる。

4. おわりに

 以上、TK25History 作成の経緯とその概要、

利用事例を紹介してきた。上述の通り、トロン ショ・ミュッフリング図は原図 1:20000 を縮 小したものであり、歪みが完全に補正されてい ないといった課題もある。しかしそうした点を

差し引いても、過去 200 年間の旧版地形図が簡 単に利用できる形で整えられているのは画期的 なことである。遠からず、日本の旧版地形図が TK25History と似たような形でデジタル化され ることを望みたい。

注および参考文献

[1] 1:200000 よりも縮尺の小さい地図は連邦測 量局が作成している。

[2] 旧称「HistoriKa25」(2006 年~ 2008 年)

[3] S c h m i d t , R . : D i e K a r t e n a u f n a h m e d e r R h e i n l a n d e d u r c h T r a n c h o t u n d v . M

ü

f f l i n g 1 8 0 1 - 1 8 2 8 - 1 . G e s c h i c h t e d e s K a r t e n w e r k e s u n d vermessungstechnische Arbeiten, p.51, Peter Hanstein Verlag (1973)

[4] R e c k e r , G . : V o n T r i e r n a c h K

ö

l n : 1550-1850 - Kartographiehistorische Beitr

ä

ge zur historisch-geographischen Verkehrswegeforschung - Betrachtungen zum Problem der Altkarten als Quelle anhand eines Fallbeispieles aus den Rheinlanden, pp. 201-205, Verlag Marie Leidorf (2003)

[5] C a f f i e r , A . : H i s t o r i K a 2 5 . V o n d e r a n a l o g e n K a r t e z u m d i g i t a l e n Geobaisisdatenprodukt, Nachrichten aus dem

ö

ffentlichen Vermessungswesen NRW, vol. 3, p. 38 (2006)

[6] GEObasis.nrw:

w w w . b e z r e g - k o e l n . n r w . d e / b r k _ i n t e r n e t / o r g a n i s a t i o n / a b t e i l u n g 0 7 _ produkte/historische_info/karten_1912/

hk125000ne/index.html(2011/1/23 アク セス)

[7] 2006 年 5 月 29 日,ノルトライン・ヴェス トファレン州測量局専門員の方々に,本デジ タル旧版地形図集についてご教示を得た。

[8] H e i n r i c h s , W . : D i e A g r a r l a n d s c h a f t 図6 1956 ~ 1964 年の間のジーク川の河道変化

  図7 ラインブライトバッハ付近の

     1970 年~ 1985 年の間の森林の変化

(7)

d e r s

ü

d l i c h e n K

ö

l n - B o n n e r Rheinterrassenebene zwischen Bonn und Br

ü

hl, p.47 (1985)

[9] Z e r l e t t , N . : D a s V e r s c h w i n d e n d e s Weinbaues am Vorgebirge, Rheinische Heimatpflege/N.F., vol. 7, pp. 303-304 (1970)

[10] 前掲 Heinrichs p.55 (1985)

ドイツ測量局制作のデジタル旧版地形図集 TK25History とその利用事例

参照

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