主のご復活おめでとうございます 高橋 聡 久しぶりに(実は初めてのことかもしれませんが)連載物をやめて皆さんにオリジ ナルの巻頭言をお届けしようと思いました。ちょうどご復活祭にあたりましたので。 わたくしは、この神戸西ブロックに来て五年目に入りました。最初の一年は協力司 祭の立場で、ゆっくりやらせていただいていましたが、あれよあれよという間にたい へん忙しい日々を過ごすことになってしまいました。それでも以前の状態を考えると、 現在体調を崩すことなく務めさせていただいているのは神様のお恵みではないかと 喜んでいます。しかし司祭不足が解消されない限り忙しさは続いていくのでしょう。 皆さんどうぞ司祭召命のためお祈りよろしくお願いいたします。 復活節中に世界召命祈願の日が定められています。復活節第四主日にあたります。 この日の朗読はいつも、良い羊飼いと羊のたとえが出てきます。 復活された主が今も私たちを導いてくださっています。そしてそれは教会を通して 行われます。教会は主のご復活の証人だからです。「私たちは神の民、その牧場の羊」。 神の民である教会は神のもので、神がそれを治め導いておられます。復活の季節は特 にそのことを私たちに思い起こさせてくれます。 教会は人間の計画・企画で成り立っているものではありませんね。何かしらいろん な出来事が起こって思いもよらない方向に導かれていっていますね。特に近年は、し かし、信者自身の思い描いている教会にならず、自分の思いが置き去りにされている かのような不本意な気持ちになっている可能性もありますね。それでも、試練におい ても喜びにおいても教会を動かし司っておられるのは神であり、そのみ手の中に私た ちはいるのだという信仰を持ち続けたいものだと思います。嵐の中にあってもペトロ の舟にイエズス・キリストは共に乗り込んでおられます。 主のご復活によって、また私たちの希望が新たにされますように願って、神戸西ブ ロックの新年度を始めていきましょう。 ご復活されて教会を導いておられる主に私たちはさらに信頼していきましょう。直 面している問題がいろいろあってもその背後に愛のまなざしを注いでくださってい る復活した方を見ることができますように。
きたすま
週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに…… (ヨハネ 20・1) 2018年 4 月 1 日発行 発 行 カトリック北須磨教会 〒654-0151 神戸市須磨区北落合 2-3-1 発行人 高橋 聡 編 集 広報委員会前田万葉大司教 北須磨訪問 2月25日(日)、トマス・ア クィナス 前田万葉大司教さま が着座後初めて北須磨教会を 訪問くださいました。 大司教さまはエリック助祭(当時)の運転で教会に着か れ、申神父さまと共同で主日のミサを司式し、ミサ後ホ ールで大勢の信徒とご歓談なさいました。 説教で大司教さまは主の御心に素直に従う態度を説 かれ、「北須磨や 愛し子に聞け 四旬節」の句を残して いかれました。 エリックさん司祭叙階 3月21日(水)、カテドラルでエリック デ・グスマンさんとパトリック上田憲さん の司祭叙階式が行われました。エリックさんは神学生・助祭時代に何度も北須磨教会 に滞在され、信徒も北須磨出身の新司祭のような喜びようで多くの方が叙階式に駆け 付けました。叙階後、エリック司祭は夙川教会の助任に任じられました。 前田大司教の按手を受ける エリック新司祭
満面の笑顔で退堂する エリック、上田 両新司祭と 司教団 大司教、ご家族と一緒に カルメル会修道院(西宮) での初ミサ
セグラ神父さま(60
th)、池長大司教さま(50
th)
お祝い
3月28日の聖香油ミサでセグラ神父のダイヤモンド祝、池長大司教の金祝が祝わ れました。いつまでもお元気でご活躍ください。寄稿 「心 ここに あらず?」 「キリストさん そこに おらんかったん ちゃうん? 裁判も 十字架も 魅力なくて 今まで助けた人 のこと とか 残して行く お母さんと弟子のこと とか 天国のこと とか 考えててんで。だから 黙っ ててんで! ちゃうこと考えてたから。」 と言ったのは 長女である。 スターバト マーテル の 歌詞に どうか 私にも マリア様 その苦しみを 味わわせて下さい というのが ある。 私は 違和感を感じる。 わからへんなぁ〜 と思っていた。 いや もしかすると マリア様も 神様の愛のことしか 考えてなかったかも? あの時。 私、体験したこと あるねん。 あるのだ。 あるのです。 母と 姑を介護し 舅の病院へ 毎日 通っていたころのこと。 「Y さん なんで そんなに大変やのに いつも 楽しそうにしてられるん?」と 聞かれたことが ある。 「だって 何にも 心配せんでも 神さま 私に 欲しいもん くれるし 毎日 なんか エエこと あるもん」 と答えた気がする。 大家族 自分の好きな CD を ゆっくり聴く暇もなかった。 ところが 舅の病院まで 片道 30 分 往復すると ちょうど CD1枚聴けるのだ。 おお!神さま サンキュー!! 毎日 こうだといいなぁ と思うことが 叶って行く。 やっていることは 家事と 子育てと 介護なのに。 私は 神様との 生活に夢中になった。 神様は いつも 私の事 心配してて タイムリーに サプライズをくれた。 寂しい時は 久しぶりな 友達に 次々 出くわして 立ち話。 時々 財布の中まで 増えてる気がする!(笑笑) 元気が あり余っていると 悩める友達に 出くわして また 立ち話。 「Sz ちゃん 偉いわねぇ」と言われる。 偉くないのだ! 単純なだけ! 全部 お任せコースだ!
ところが 大変な日々を 通り越して 余裕が出てくると 私は 生臭く なっていった。 この世のことに 振り回され、 腹を立て 悪口を言い、 自分の周りに ついたてを立て始め 何をするのも面倒くさくなって、鬱々と するようになった。 私の心は 一体 どこにあるのだろう? 「今日 あなたは 私と共に 在る」と言われた キリストさんの 言葉が スーッと 染み込んでくる。 私は 今 誰とともに 在るのか? 誰とともに 在りたいのか? ああ 神さま ゴメンナサイ!! 忘れとったわ!!