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交渉が影響している可能性が高いのに対して 非正規労働者の賃金決定では労使交渉の影響が低く 短期的な労働市場の需給状態に左右される面が強いと思われるからである そこで本研究では 正規労働者と非正規労働者の賃金が異なるメカニズムによって決定されるカレツキアン モデルを提示し 所得分配と需要形成の動学を制

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Academic year: 2021

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全文

(1)

正規労働と非正規労働の賃金決定制度の差異を考慮したカレツキアン・モデル

薗田竜之介(佐賀大学)

A Kaleckian model with difference of wage systems between regular and non-regular employment

Sonoda, Ryunosuke (Saga University) 1 はじめに 本研究の目的は、正規雇用と非正規雇用における雇用調整や賃金決定プロセスの制度的差異 を明示的に導入した分配成長モデルを構築し、労働市場制度が所得分配と需要形成の動学に与 える影響を分析することである。 ポスト・ケインズ派経済学、中でもカレツキアンと呼ばれる一派は、階級間の所得分配と需 要形成・経済成長とを結びつける構造に焦点を当てたマクロ理論を発展させてきた。しかし、 従来のカレツキアン・モデルでは多くの場合、労働者は均質な1つの階級として扱われており、 雇用の質的差異は捨象されている。現実の資本主義経済においては、雇用調整の柔軟性や賃金 決定プロセスにおける団体交渉の影響力などに関して、正規労働者と非正規労働者との間に、 無視し得ない制度的差異が存在する。特に日本のように、非正規労働者の組合加入率が低く、 同一労働同一賃金の原則が法的に整備されていない社会においては、この差異はかなり大きい ものと思われる。労働市場制度が所得分配と需要形成の動学に及ぼす影響を分析する上では、 正規労働と非正規労働とを明確に区別したカレツキアン・モデルの構築が必要であろう。 このような2種類の労働を考慮したカレツキアン・モデルについての先行研究は、管見の限 りでは極めて少ない。正規労働と非正規労働の区別を明示的に取り入れたカレツキアン・モデ ルとしては、Rowthorn [1981]や Raghavendra [2006]などがあるが、前者では賃金シェアが外 生的に与えられているために、所得分配決定メカニズムが扱われておらず、後者では所得分配 は内生化されているものの、正規労働者も非正規労働者も同一の賃金を得るものと仮定されて おり、労働の差異は雇用調整の柔軟性のみで規定されている。だが現実には、正規労働者と非 正規労働者の間には賃金格差が存在する可能性が高く、両者において異なる賃金設定をしなけ ればモデルとしては不充分であると思われる。 こうした問題意識に基づき、2種類の賃金を導入したカレツキアン・モデルを提示している のが、Lavoie [2009]、佐々木[2010]、Sasaki et al. [2013]などである。しかしこれらのモデ ルでは、正規労働者の賃金決定メカニズムだけが定式化されており、非正規労働者の賃金は正 規労働者の賃金に外生的な格差パラメータを乗じた水準で決定されると想定されている。しか し正規労働者と非正規労働者の賃金は単純に水準が異なるだけではなく、その決定メカニズム 自体が制度的に異なっていると考えられる。正規労働者の賃金決定には、労働組合による団体

(2)

交渉が影響している可能性が高いのに対して、非正規労働者の賃金決定では労使交渉の影響が 低く、短期的な労働市場の需給状態に左右される面が強いと思われるからである。 そこで本研究では、正規労働者と非正規労働者の賃金が異なるメカニズムによって決定され るカレツキアン・モデルを提示し、所得分配と需要形成の動学を制度的観点から分析する。こ のモデルでは、所得分配の変化が需要構造を通じて資本稼働率を変動させ、その稼働率の変化 が労働市場を通じて再び所得分配を変化させるが、需要変動が分配に影響する過程において、 正規労働者と非正規労働者の間に制度的差異が表れる。 まず正規労働者については、団体交渉によって賃金決定を行うものと考え、交渉に際しては 高賃金の獲得よりも、雇用の保障が最優先の目標になると想定する。そのため、稼働率が低下 する不況期においても、組合は柔軟な雇用調整に抵抗するが、その代わりに賃金については高 い要求を差し控えて妥協する。その結果として、不況期の正規労働者については、労働保蔵に よる労働生産性低下と労使妥協を通じた実質賃金の抑制とが引き起こされることとなり、この 2つが分配率を変動させる要因となる。 一方の非正規労働者は、正規労働者のような団体交渉力を有しておらず、需要変動に対応し て柔軟に雇用調整が行われるものと考える。そのため不況期においては、正規労働者のような 労働保蔵による労働生産性低下は起こらないが、労働需要の減少によって賃金が低下し、これ が分配率の変動要因となる。このように、正規労働者と非正規労働者は、それぞれ異なる制度 的条件の下で賃金と生産性が変動し、労働者階級全体で見た分配率の動きは、両者を合わせた ものとして規定されることとなる。 こうしたモデルを構築することによって、雇用維持重視、労使協調型の正規労働者と、雇用 保障と団体交渉力がともに乏しい非正規労働者とが混在する社会における、所得分配と需要形 成の動学を分析することが可能となる。 本稿は、以下のように構成されている。第2節では、正規雇用と非正規雇用の差異を明示的 に取り込む形で、需要レジームと分配レジームとを定式化する。第3節では、資本稼働率、正 規労働者の賃金シェア、非正規労働者の賃金シェアの3変数から成る動学システムについて、 その安定性を調べ、この体系は不安定化する可能性が高いことを示す。第4節では、本モデル の非正規労働を正規労働に転換した場合、体系の安定性にどのような影響が出るかを調べる。 その結果、労働市場が正規労働と非正規労働とに分断されている状態と比べて、正規労働のみ で構成されている労働市場の方が、安定性が保たれる可能性が高いことが示される。第5節で は、本研究の結論と今後の課題をまとめる。 2 モデル 本モデルでは、以下の基本的仮定を置く。 1財の実物経済を想定し、政府部門および外国部門は捨象する。社会は資本家、正規労働者、

(3)

非正規労働者の3階級から構成される。技術進歩は考えないものとする。 また、社会全体の生産量

Y

のうち、一定割合

Y

は正規労働者によって生産され、残りの

Y

)

1

(

は非正規労働者によって生産されるものとする1)

0

1

。それぞれの労働者階 級が受け取る総賃金を

W

r

W

nrとし、労働者階級全体の賃金所得が総生産に占める割合を賃 金シェア

で表すと、次のような関係が成立する。

Y

W

Y

W

Y

W

W

r nr r nr

)

1

(

)

1

(

正規労働者、非正規労働者が自身の生産物のうち賃金として受け取っている割合を、各々の 階級における賃金シェア

r

nrと定義すると、

r

W

r

Y

nr

W

nr

(

1

)

Y

である から、上式は以下のように書きかえられる。 nr r



(

1

)

(1) すなわち、労働者階級全体の賃金シェア

は、正規労働者の賃金シェア

rと非正規労働者 の賃金シェア

nrの加重平均である2) この仮定に基づいて、まずは所得分配が需要形成に与える影響を表す需要レジームを定式化 する。 カレツキアン・モデルにおいては、投資需要は貯蓄から独立して決定され、財市場の不均衡 は資本稼働率

u

の変動によって調整されると考える。資本ストックを

K

とすると、

u

Y

K

と 表せる。この資本ストック

K

は、短期においては一定であるとする。

投資需要はMarglin and Bhaduri [1990]に従い、稼働率と利潤シェアの増加関数として、 以下のように定式化する。

u

(

1

)

g

d

0

,

0

,

0

(2) また、資本家は利潤所得

のうち一定割合

s

cを貯蓄に回し、正規労働者は賃金所得

W

rの うち一定割合

s

rを貯蓄するものとする。資本家の貯蓄率は労働者のそれよりも高いと考えられ るため、

s

c

s

rである。非正規労働者は賃金所得

W

nrを得るが、貯蓄に回す余裕はなく、そ の全てを消費に回すと仮定する。このとき資本ストックあたり貯蓄は、以下のように表せる。

c r r

r r c s

s

s

u

K

W

s

s

g

(

1

)



(3) 稼働率

u

は、財市場における超過需要

g

d

g

sを調整するように動くため、その時間微分 は次のように表される。

)

(

g

d

g

s

u

0

(4) すなわち、需要超過の場合は稼働率が上昇し、逆の場合は稼働率が低下することによって、 財市場が数量調整される。

は、財市場の調整速度を表すパラメータである。

(4)

(1)~(4)より、均衡点において

u

u

で偏微分すると3)

nr c r r c c

s

s

s

s

u

u



)

1

(

)

(

数量調整による財市場均衡が成り立つためには、この式の右辺が負の値を取る必要がある。 いわゆるケインジアン安定条件である。以下では、ケインジアン安定条件は満たされていると 仮定する。すなわち、

s

c

(

s

c

s

r

)



r

s

c

(

1

)

nr

A

A

0

)と置き、

0

A

u

u

(5) 同様に、

u

rで微分すると、

)

(

u

s

u

s

u

r c r



ここで

(

s

c

u

s

r

u

)

rと置くと、 r r

u



(6) r

の符号は正負両方があり得るため、(6)式右辺の符号も両義的である。これは、カレツ キアン・モデルにおける賃金の二面性に由来する。すなわち、一方で賃金は費用であり、正規 労働者の賃金シェアが上昇すれば利潤シェアが低下し、投資需要に負の影響をおよぼす。他方 で賃金は消費需要の源泉であり、資本家よりも貯蓄性向の低い正規労働者への分配率が高まれ ば、消費需要の増加と稼働率の上昇を通じて、投資需要に正の影響をおよぼす。そのため、正 規労働者の賃金シェア上昇が稼働率を引き上げるか引き下げるかは、各パラメータの値に依存 する。 続いて

u

nrで微分すると、

)

)(

1

(

u

s

u

c nr

ここで

(

s

c

u

)

nrと置くと、 nr nr

u

(

1

)

(7) nr

の符号も両義的であるが、

r

nr

s

r

u

であり、また

s

r

u

0

であるから、 nr r

(8) という関係が、必ず成立する。これは、非正規労働者は貯蓄を行わないという想定に由来する。 r

nrも、上昇した際に利潤シェアを引き上げて投資需要に負の影響をもたらす点では同じ

(5)

であるが、消費需要増加を通じた稼働率への正の影響は、一定割合を貯蓄する正規労働者の賃 金シェア

rよりも、所得の全てを消費支出に回す非正規労働者の賃金シェア

nrの方が、必ず 大きくなる。(8)式は、これを表現している。 ここまでは、所得分配から稼働率への影響を表す需要レジームを定式化してきた。次はこれ と逆の経路、すなわち稼働率の変動が労働市場を通じて所得分配に与える効果を示す分配レジ ームを定式化する。 まず正規労働者については、雇用保障を第一目標とした団体交渉を行っており、産出が落ち 込み稼働率が低下する不況期においても、雇用調整が困難であると想定する。そのため企業は、 産出低下に対しては残業の短縮などの労働時間調整で対応しようとするであろうが、産出減に 完全に比例して労働投入を削減することは不可能である。そのため、正規労働者の労働生産性 r

は不況期には低下し、好況期には上昇することとなる。これを定式化したものが、下の(9) 式である。

)

(

ˆ

u

u

r

0

) (9) 上付きハットは時間変化率を表し、

u

は定数である。 正規労働者の実質賃金を

w

rとすると、

r

w

r

r であるから、正規労働者の賃金シェア r

は、不況期には労働保蔵効果による労働生産性

rの下落にともなって上昇する傾向を持つ ことになる。しかし、雇用の維持を重視する労働組合は、賃金交渉については労使協調型の行 動を取りやすいと考えられる。賃金シェアの上昇、すなわち利潤シェアの圧縮は、企業の存続 や雇用の維持を危うくする恐れがあるため、賃金シェアが適正水準よりも高まりすぎていると 判断すれば、労働組合は実質賃金の削減も受け入れるであろう 4)。逆に、賃金シェアが低下し すぎており、企業に支払い余力が充分にあると判断した際には、実質賃金の上昇という形で労 働者に還元することを要求するであろう。したがって、団体交渉の影響を受ける正規労働者の 実質賃金

w

rの時間変化率は、以下のように定式化できる。

)

(

ˆ

r

w

0

は定数) (10) r r r

w

ˆ

ˆ

ˆ

であるから、(1)、(9)、(10)式より、正規労働者の賃金シェア r

の時間 変化率は、以下のようにまとめられる。

(

1

)

(

)

ˆ

r



r

nr

u

u

(11) (11)式より、均衡点において

r

r

ˆ

r

u

r

nrでそれぞれ偏微分すると、 

r r

u



(12)

(6)

r r r



(13) 

r nr r

)

1

(

(14) 続いて、非正規労働者の労働市場を定式化する。 企業は非正規労働者については、産出の変動に応じて柔軟に雇用調整を行えるものとする。 そのため正規労働者の場合とは異なり、労働保蔵による労働生産性の変動は非正規労働者につ いては起こらず、生産性

nrは時間を通じて一定に保たれる。したがって、

0

ˆ

nr

(15) また、非正規労働者の実質賃金

w

nrは団体交渉によっては調整されず、単純に労働市場の需 給を反映して変動するものとする。つまり、稼働率が高まる好況期には実質賃金が上昇し、不 況期には低下する。したがって

w

nrの時間変化率は、以下のように定式化される。

)

(

ˆ

u

u

w

nr

0

) (16) (15)、(16)式より、非正規労働者の賃金シェア

nrの時間変化率は、

)

(

ˆ

ˆ

ˆ

nr

w

nr

nr

u

u

(17) (17)式より、均衡点において

nr

nr

ˆ

nr

u

r

nrでそれぞれ偏微分すると、 

nr nr

u



(18)

0

r nr

(19)

0

nr nr

(20) 以上で、需要レジームおよび2種類の労働市場における分配レジームを定式化することがで きた。次節では、

u

r

nrの3変数から成る動学システムの安定性を調べる。 3 安定性分析 前節で示された(5)~(7)、(12)~(14)、(18)~(20)の各式より、均衡点の近傍 において評価したヤコビアン

(7)

nr nr r nr nr nr r r r r nr r

u

u

u

u

u

u

J

は、以下のようになる。

   

0

0

)

1

(

)

1

(

nr r r r nr r

A

J









(21) ラウス=フルヴィッツの判別法より、この3変数動学システムが小域的に安定性を有するた めの必要十分条件は、

traceJ

a

1

0

0

)

1

(

0

)

1

(

2     

r r nr nr r r r

A

A

a











J

a

3

det

3 2 1

a

a

a

の4つの値が、全て正となることである。以下、これらの値の正負を確認していく。 

A

r

a

1

(

1

)

より、

a

1

0

は常に成立する。

r

A

r nr nr

a

2



(



)

(

1

)



となるから、

a

2の符号は両義的である。

)

(

)

1

(

3 r nr r nr

a



となり、(8)式より

r

nr

0

であるから、

a

3

0

が 常に成立する。 3 2 1

a

a

a

の符号は、不確定である。 以上の安定性分析の結果、

a

3

0

という条件が満たされないため、この動学システムは小域 的に不安定であることが確認された。この不安定化をもたらすメカニズムは、以下のように説 明できる。

0

r nr

となるケースを例にとって考察しよう5)。すなわち、正規労働者の賃金シェア r

、および非正規労働者の賃金シェア

nrは、ともに稼働率に対して正の相関を持つが、その 影響は

nrの方が大きい。これは前述したように、賃金所得から一定割合を貯蓄する正規労働 者よりも、所得を全て消費に回す非正規労働者の方が、賃金シェアが高まった場合に需要を増 加させる働きが強いためである。

(8)

いま何らかのショックが生じ、稼働率

u

が均衡水準

u

を下回ったとする。このとき(12) 式より、正規労働者の賃金シェア

rは労働保蔵による生産性低下のために、上昇する。対照 的に(18)式より、非正規労働者の賃金シェア

nrは産業予備軍効果によって、低下する。

r の上昇は需要に正の影響を与え、逆に

nrの低下は需要に負の影響を与えるが、後者の方が前 者よりも影響が大きいため、稼働率はさらに低下し均衡から乖離していく。 したがって、雇用保障が強く貯蓄を行う正規労働者と、労働市場の需給によってのみ実質賃 金が左右され貯蓄を行わない非正規労働者とに、労働市場が二分されていることは、所得分配 と需要形成の動学システムを不安定化させる要因となる。 4 非正規雇用の正規化 前節で見た動学システムの不安定性を取り除くためには、労働市場制度をどのように再設計 すれば良いだろうか。本研究では安定化政策の一例として、非正規労働者を正規雇用へと転換 し、正規労働の労働市場のみが存在するケースを考え、前節までの二重労働市場モデルと比較 する。 生産に従事する労働者が全て正規雇用となった場合6)

1

となり、全ての労働者は一定

s

rで貯蓄を行うため、需要レジームは以下のように再定式化される。

u

u

s

c

s

r

u

(

1

)

(

1

)

よって、均衡点において

u

u

で偏微分すると、

A

u

u

(22) ただし、

A

s

c

(

1

)

s

r

であり、ケインジアン安定条件は満たされているも のとし、

A

0

である。 同様に、均衡点において

u

で偏微分すると、



u

(23) ただし、

u

(

s

c

s

r

)

である。このとき

s

c

s

r

0

であるから、

の符号は両義 的である。

0

のとき、

0

u

となるため、この経済では賃金主導型需要が成立している。

0

のとき、

0

u

となるため、この経済では利潤主導型需要が成立している。

(9)

続いて、分配レジームを再定式化する。正規労働者の労働市場のみとなったため、賃金シェ ア

の時間変化率は、

)

(

)

(

ˆ

u

u

よって、均衡点で

u

で偏微分すると、 



u

(24) 



(25) 再定式化された需要レジームと分配レジームから、稼働率

u

と賃金シェア

の2変数動学 システムが導ける。(22)~(25)式より、この動学システムのヤコビアンを均衡点の近傍で 評価すると、次のようになる。











A

u

u

u

u

J

(26) この体系が小域的に安定であるための必要十分条件は、

traceJ

0

かつ

det

J

0

が成立す ることである。 

A



traceJ

より、

traceJ

0

は成立する。

)

(

det

J



A



であり、この正負は

の符号に依存する。

0

のとき、すなわち賃金主導型需要である場合、

det

J

0

が必ず成立し、この体系は 安定性条件を満たす。これは、以下のようなメカニズムによる。稼働率が均衡水準

u

を下回っ たとき、全ての労働者が雇用調整が非弾力的な正規雇用であるため、労働保蔵による労働生産 性低下が起こり、賃金シェアが上昇する。需要レジームが賃金主導型需要であるため、賃金シ ェアの上昇は需要に対してプラスに働き、稼働率が上昇して再び均衡値へと復帰することにな る。

0

のとき、すなわち利潤主導型需要である場合、

det

J

の符号は両義的である。しかし この場合も、

A



であれば

det

J

0

となり、体系は安定性条件を満たす。稼働率が均 衡水準

u

を下回ると、労働生産性の低下と賃金シェアの上昇とが引き起こされ、これは利潤主 導型需要の下では、さらに需要を押し下げる要因となる。しかし、全ての雇用者が労使協調型 の正規労働者であるため、賃金シェアが上昇しすぎると実質賃金の抑制が図られる。この効果 を表す

が十分に大きければ、賃金シェアは再び均衡値へと調整され、稼働率も均衡値へ復帰 する。 したがって、全ての雇用者を正規労働者にした場合、需要レジームが賃金主導型需要であれ ば必ず経済は安定し、利潤主導型需要であっても労使協調による賃金シェアの調整が十分に機 能すれば、やはり経済は安定することが示された。

(10)

5 まとめと今後の課題 本研究では、正規労働と非正規労働とで雇用調整や賃金決定の制度が異なるカレツキアン・ モデルを構築し、その安定性を調べた。 その結果、設定した2種類の労働市場の下では、所得分配と需要形成の動学システムが不安 定となることが分かった。これは、正規労働者と非正規労働者とでは労働市場の制度的差異に よって稼働率の変動に対する分配率の動きが異なり、それが貯蓄行動の違いと合わさることに よって、需要変動を不安定化させることが原因である。 こうした不安定性を取り除くためには、安定性を満たす労働市場制度を再設計することが必 要となってくる。本研究ではその一案として、全ての労働者を正規雇用とするモデルを提示し た。このとき、需要レジームが賃金主導型需要である場合は必ず経済が安定し、利潤主導型需 要である場合でも労使協調型の賃金交渉を通じた分配率の調整が十分に機能していれば、安定 性が満たされることが確認できた。 労働市場が正規労働と非正規労働とに分断されていることが、経済の不安定化をもたらす可 能性を示し、それを安定化させる方策の1つを提示したことが、本研究の貢献である。 しかし同時に、本研究には多くの課題が残されている。 第1に、雇用率の動向に関する分析である。本研究では分配率の変動のみに焦点を当てたた め、労働供給や雇用量の水準については明示的に取り扱っておらず、雇用率がどのように変化 しているのかについては分析できていない。雇用の動向をモデルに取り入れていくことが必要 であろう。 第2に、正規労働による産出と非正規労働による産出の割合を示した

の変化も、考えた方 が良いであろう。本研究では

は不変の定数として扱われていたが、企業が正規労働から非正 規労働への代替を進めれば、

は低下する。こうした

の変動が起きるとすれば、それは何を 原因とするものであるか、またその動きは経済の安定性にいかなる影響を与えるのか、それを 分析することも重要な課題である。 第3に、正規労働と非正規労働の間で、同一労働同一賃金が実現した場合の影響である。本 研究では、安定化のための方策として、全雇用者を正規労働者へと転換するモデルを提示した が、これは現実的な政策とは言いがたい。非正規労働者が一定割合で存在していたとしても、 同一労働同一賃金の原則が貫徹される、もしくはそこまで行かずとも労働組合の団体交渉が非 正規労働者をもカバーし、正規雇用と非正規雇用の間の労働市場の分断状況が緩和されれば、 本モデルにおける不安定性を取り除けるかもしれない。より現実的な安定化政策を探るために も、賃金決定制度を再設計したモデルを組み立てることが必要である。 最後に、本モデルを適用した実証分析も行っていきたい。本モデルが描写する2種類の労働

(11)

市場は、特に日本経済に関する実証に活用できる可能性がある。モデル分析と実証分析をとも に進めて行くことで、現在の労働市場を取り巻く問題に取り組んでいくことが有益であろう。 注 1) 本モデルでは、正規労働者と非正規労働者は同一の財を生産すると想定している。正規 労働と非正規労働については、両者が代替関係ではなく補完関係にあるという主張も存 在するが、宇仁[2009]では近年の日本の非正規労働は正規労働と代替関係にあるという 実証結果が示されている。本研究における仮定は、正規労働と非正規労働とが代替関係 にあるという見解に基づいている。 2) 本研究において「正規労働者(非正規労働者)の賃金シェア」といった場合、「各階級 の生産物に占める各階級の賃金所得の割合」を指しており、「総産出に占める各階級の 賃金所得の割合」という意味ではないので、注意が必要である。 3) 以下では、

u

r

nr

0

となる均衡点( 

u

r,

nr)が一意に存在し、それぞ れの均衡値は、

0

u

1

0

r

1

0

nr

1

を満たしていると仮定する。 4) 基本給を柔軟に引き下げることは現実には困難であろうが、企業業績と連動する賞与な どの割合が高ければ、この想定も成り立つと思われる。 5)

nr

0

r、あるいは

0

nr

rのケースで考えても、同種の説明が成立する。 6) この想定は、前節までのモデルにおいて非正規雇用されていた労働者全員が、正規雇用 されるということを意味しているわけではない。本研究では、労働供給や雇用率につい ては定式化を行っていないため、全ての雇用者が正規労働者であるとしても、完全雇用 が実現しているという保証はない。 References

Lavoie, M. [2009] “Cadrisme within a Post-Keynesian Model of Growth and Distribution”, Review of Political Economy, Vol.21, No.3, pp.369-391.

Marglin, S. and Bhaduri, A. [1990] “Profit Squeeze and Keynesian Theory”, in: S. Marglin and J. Schor (eds.), The Golden Age of Capitalism: Reinterpreting the Postwar Experience, Oxford: Clarendon Press.

Raghavendra, S. [2006] “Limits to Investment Exhilarationism”, Journal of Economics, Vol.87, No.3, pp.257-280.

(12)

Rowthorn, R.E. [1981] “Demand, Real Wages and Economic Growth”, Thames Papers in Political Economy, Autumn, pp.1-39.

Sasaki, H., Matsuyama, J. and Sako, K. [2013] “The macroeconomic effects of the wage gap between regular and non-regular employment and of minimum wages”, Structural Change and Economic Dynamics, Vol.26, pp.61-72.

宇仁宏幸[2009]『制度と調整の経済学』、ナカニシヤ出版。

佐々木啓明[2010]「正規労働、非正規労働を考慮したカレツキアン・モデル」、『経済論叢』 第184 巻第 2 号、15-22 頁。

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