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密教文化 Vol. 2006 No. 216 002中谷 征充「良岑安世に贈った詩五首 P45-71,167」

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は じ め に 空 海 と 良 峯 安 世 と の 交 友 は、 多 岐 に 及 ん だ と 思 わ れ る が、 そ の 一 端 を 示 す も の と し て、 こ こ で 取 り 上 げ る、 五 首 の (1) 詩 が あ る。 何 れ も ﹃ 遍 照 発 揮 性 霊 集 ﹂ 巻 一 に 収 載 さ れ て い る。 本 稿 で と り あ げ る 空 海 が 良 峯 安 世 に 贈 っ た 詩 五 首 と は、 ﹁ 贈 良 相 公 詩 ﹂ ﹁ 入 山 興 ﹂ ﹁ 山 中 有 何 樂 ﹂ ﹁ 徒 懐 玉 ﹂ ﹁ 羅 皮 函 詞 ﹂ を い う。 そ の う ち ﹁ 贈 二ル 良 相 公 一ー詩 ﹂ ﹁ 入 励 山 二 興 ﹂ ﹁ 山 中 二 い た ず ら 有 ﹃ ヤ 何 ノ 楽 一シミ ﹂ ﹁ 徒 二懐 け 玉 ヲ﹂ の 四 首 は 安 世 か ら の 書 簡 に 対 す る 返 答 と し て 制 作 さ れ た。 残 念 な が ら、 安 世 の 書 簡 は 残 っ て い な い。 五 首 の 詩 の 中 心 を 成 す、 三 首 の 長 編 の 雑 言 詩 は 問 答 艦 で 形 成 さ れ て い る。 そ の ﹁ 問 ﹂ の 部 分 に 恐 ら く、 安 世 の 書 簡 の 文 言 が そ の ま ま 依 用 さ れ て い る 可 能 性 が 強 い。 ら ひ か ん う た ﹁ 薙 皮 函 ノ 詞 ﹂ は 返 答 と し て 制 作 さ れ た 訳 で は な い が、 自 身 の 消 息 を 述 べ、 先 の 四 首 の 詩 を 羅 皮 函 に 入 れ、 そ れ と 一 緒 に 返 送 さ れ た と 思 わ れ る。 こ の 小 論 で は、 こ れ ら の 五 首 の 詩 を 一 体 の も の と し て 捉 え、 一 篇 の 作 品 と し て 孜 究 し た い と 考 え て い る。 こ れ ら 一 良 容 安 世 に 贈 っ た 詩 五 首

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密 教 文 化 連 の 詩 を 仮 に ﹁ 住 シ テ二 南 山 中 ニー答 一フ良 相 公 こ と で も 題 し た 一 篇 の 戯 曲 と 想 定 で き る よ う に 思 う。 全 篇 の 構 成 を 検 討 し、 全 篇 の 問 題 と し て、 制 作 の 動 機 を 述 べ た 序 文 と 制 作 時 期 等 に つ い て、 考 察 を 加 え た い。 一 良 峯 安 世 の 生 涯 と そ の 事 跡 良 峯 安 世 は 平 城 ・ 嵯 峨 ・ 淳 和 の 三 帝 の 異 母 弟 で あ り、 藤 原 北 家 の 正 嫡 ・ 藤 原 真 夏 ・ 冬 嗣 の 同 母 弟 で も あ る。 こ の よ う な 特 別 の 血 縁 関 係 に よ り、 常 に 政 権 の 中 枢 に 位 置 し、 嵯 峨 帝 を 取 り 巻 く 文 壇 の 唐 風 文 化 を 担 う 文 人 の 一 人 で あ っ た。 (2) ﹃ 凌 雲 集 ﹄ に 二 首、 ﹃ 文 華 秀 麗 集 ﹄ に 四 首、 ﹃ 経 國 集 ﹄ に 九 首 の 詩 賦 が 収 載 さ れ て い る。 こ れ ら の 詩 は 応 製 詩 ・ 奉 和 詩 ・ 和 詩 が 多 く、 全 十 五 首 中 八 首 あ り、 そ の 他 の 詩 も 詩 宴 の 席 で の 詩 と 考 え ら れ る 詩 が 殆 ど で、 独 自 の 作 が 少 な い。 空 海 に 多 少 と も 関 わ る と 思 わ れ る 詩 は 一 つ も な く、 仏 教 に 関 す る 詩 は ﹃ 経 國 集 ﹄ 梵 門 に 最 澄 没 後、 比 叡 山 に 上 が り、 肖 像 (3) と 対 し た 詩 が あ る の み で あ る。 (4) 安 世 に 対 す る、 ま と ま っ た 先 行 研 究 は な い。 そ の 生 涯 と 事 暦 は 種 々 の 小 伝 或 い は 事 典 類 の 項 目 で 説 明 さ れ て い る が、 そ の 基 礎 史 料 は ﹃ 公 卿 補 任 ﹄ に 主 と し て 負 う て い る。 な か ん ず く、 弘 仁 七 年 の 条 で、 安 世 が 公 卿 に 補 任 さ れ た と き の 尻 付 の 略 伝 が 唯 一 ま と ま っ た 史 料 と い え る。 そ れ に よ れ ば 安 世 は 延 暦 四 年 ( 七 八 五) に 母 ・ 従 七 位 下 百 済 宿 禰 之 ( 永) 継 が 女 嬬 と な り、 供 奉 し て 生 ま れ て い る。 天 長 七 年 ( 八 三 〇) 四 六 歳 で 莞 去。 空 海 よ り 十 二 歳 ほ ど 年 下 で あ る。 そ の 生 涯 は、 延 暦 二 十 一 年 ( 八 〇 二) 十 二 月 二 七 日、 十 七 歳 の 時、 皇 子 か ら、 良 峯 朝 臣 を 賜 姓 さ れ、 臣 下 と な っ て、 正 六 位 上 を 授 与 さ れ た 時 に 始 ま っ た と い え る で あ ろ う。 大 同 二 年 ( 八 〇 七) 十 二 月、 二 十 三 歳、 右 衛 士 大 尉 と な り、 最

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初 武 官 で 出 身 し た。 武 官 職 を 歴 任 し、 従 五 位 下 を 大 同 四 年 ( 八 〇 九) 六 月 八 日、 二 十 五 歳 の 時 に 受 け、 殿 上 人 の 資 格 を 得 て、 そ れ 以 後、 同 母 兄 の 藤 原 冬 嗣 の 後 を 追 っ て、 順 調 に 出 世 し て、 正 三 位 大 納 言 で 没 し た。 事 暦 は 冬 嗣 等 の 台 閣 の 一 員 と し て ﹃ 日 本 後 紀 ﹂ の 監 修、 ﹃ 内 裏 式 ﹄ の 撰 上、 ﹃ 経 国 集 ﹂ の 編 纂 等 に 携 わ っ た。 (5) エ ピ ソ ー ド は 先 の ﹃ 公 卿 補 任 ﹄ 弘 仁 七 年 の 条 の 尻 付 に 何 歳 の 時 か 不 明 だ が、 ﹃ 孝 経 ﹄ を 読 み、 真 理 は 是 に あ る と 感 (6) 激 し、 狩 猟 ・ 騎 射 の み な ら ず、 学 に も 志 し た 事 が 記 述 さ れ て い る。 今 一 つ は、 同 じ ﹃ 公 卿 補 任 ﹄ 天 長 三 年 の 条 に 記 載 さ れ た、 兄 冬 嗣 に 対 す る 並 々 な ら ぬ 親 愛 の 情 を 現 し た 事 で、 冬 嗣 の 没 後、 再 々 の 要 請 に も 病 と 称 し て、 参 内 の も と め (7) に 応 じ な か っ た こ と で あ る。 (8) 安 世 は 桓 武 帝 の 子 女 ・ 男 子 十 七 名 ・ 女 子 十 九 名 の 中 で、 賜 姓 を 受 け、 臣 下 に 下 っ た 数 少 な い 一 人 で あ っ て、 他 に 延 暦 六 年 に 賜 姓 さ れ た 長 岡 朝 臣 岡 成 が い る の み で あ る。 そ の 意 味 で は、 特 異 の 存 在 で あ る。 桓 武 帝 五 十 歳 の 時 に 生 ま れ、 三 十 六 名 中 の 第 何 子 で あ る か 不 明 で あ る が、 末 子 に 近 く、 他 の 大 多 数 の 兄 姉 達 と 密 接 な 交 流 が あ っ た と は 思 わ れ な い。 母 の 百 済 宿 禰 永 継 が 何 時 ま で 存 命 し た か 詳 ら か で な い が、 同 母 兄 の 真 夏 ・ 冬 嗣 に 家 族 愛 ・ 兄 弟 愛 を 感 じ て い た の で は な い か。 い た び そ の 子 孫 は 子 の 木 蓮 ・ 遍 照 僧 正、 孫 の 素 性 ・ 由 性 等、 歌 人 と し て 名 を 残 こ し た も の が 少 な く な か っ た が、 三 世 以 降 (9) は 歴 史 の 闇 に 消 え て い る。 皇 族 が 臣 下 に な る 例 は 数 多 く あ る が、 皇 子 が 直 接、 即 ち 一 世 で 賜 姓 を 受 け て、 臣 下 に な る (10) 例 は 桓 武 朝 が 初 見 で あ る。 良 雰 安 世 に 贈 っ た 詩 五 首

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密 教 文 化 (11) 二 全 篇 の 構 成 プ ロ ロ ー グ ⋮ 序 文 ﹁ 良 相 公 投 ズニ ル ニ我 二 桃 李 り。 余 報 ズ ル ニ 以 ツーテ ス 一 章 五 言 詩、 三 篇 雑 膿 歌 ヲー ー プ ロ ロ ー グ の 短 い 序 文 で 幕 が 開 き、 五 首 の 詩 が 始 ま る。 良 峯 安 世 が 桃 李 を 投 げ て く れ た 事 に 対 し、 こ れ ら の 詩 篇 で 以 っ て 報 い る と 述 べ て、 制 作 の 動 機 と 謝 意 を 表 し て い る。 ﹁ 桃 李 ﹂ は 従 来、 安 世 か ら 送 ら れ た 書 簡 ・ 文 章 と 解 釈 さ れ て い る。 し か し、 送 ら れ た の は、 む し ろ、 食 料 ・ 衣 料 ・ 文 筆 用 品 等 々 の 援 助 物 資 が 主 で、 文 書 は そ れ に 付 随 し た も の で あ っ た と 思 わ れ る。 こ の 点 の 新 し い 解 釈 は 次 節 で 考 証 す る。 序 章 (一) 五 言 ﹁ 贈 良 相 公 詩 ﹂ 五 言 十 六 句 今 艦 詩 排 律。 序 章 ﹁ 贈 良 相 公 詩 ﹂ は、 自 ら を 孤 雲 に 喩 え、 高 野 山 で の 俗 世 を 離 れ た 暮 ら し 振 り を 窺 わ せ て、 到 来 し た 信 書 に よ っ て、 一 挙 に 安 世 の 姿 形 が 現 前 し て、 懐 旧 の 情 が 湧 き あ が る 様 を 云 う。 仏 法 の 弘 通 を 願 う 気 持 は 安 世 と 同 じ で あ る が、 今 は 衆 生 に 受 け 入 れ ら れ る 状 況 で は な く、 未 だ そ の 時 期 が 至 っ て い な い。 そ の 後 の 進 退 は 天 命 に 任 さ ざ る を 得 な い と 述 べ て、 衆 生 済 度 の 困 難 な 事 を 事 由 に し て、 間 接 的 に 山 籠 の 理 由 を 表 現 し て い る。 高 野 山 が 法 身 の 里 で あ り、 そ こ で の 山 籠 の 効 用 を 述 べ る 事 が 全 編 を 流 れ る 主 要 テ ー マ で あ る。 更 に、 山 籠 に 至 る ま で、 衆 生 済 度 に 難 渋 し た 具 体 的 な 事 が あ っ た の か も 知 れ な い。 こ の 副 次 的 な テ ー マ は 第 三 楽 章 ﹁ 徒 懐 玉 ﹂ に 表 れ、 後 半 で 一 挙 に ピ ー ク に 達 す る。 そ の 事 を こ こ で は 暗 示 し 伏 線 と な っ て い る。

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第 一 樂 章 ⋮ ⋮ (二) 雑 言 ﹁ 入 山 興 ﹂ 雑 言 四 十 三 句。 第 一 樂 章 ﹁ 入 山 興 ﹂ か ら、 問 答 歌 が 始 ま る。 何 故、 人 里 離 れ た 深 山 に わ ざ わ ざ 山 籠 さ れ る か と の、 常 識 人 と し て の 安 世 め 尤 も な 問 い に 対 し、 三 つ の ﹁ 君 不 見 ・ 君 不 見 ﹂ の 呼 び か け の 言 葉 で、 現 世 の 情 景 と そ の 無 常 の 有 様 を 述 べ る。 第 一 節 は 平 安 京 の 楽 し げ な 春 の 情 景 描 写 で 始 ま り、 第 二 節 で そ の 京 の 神 泉 水 が 人 々 の 生 と 同 じ く 生 々 流 転 し て ゆ く 様 を 叙 し、 第 三 節 で は 古 来 よ り、 聖 人 ・ 悪 人、 美 人 ・ 醜 女、 貴 賎 を 問 わ ず、 萬 人 全 て 死 に 去 り、 楼 閣 も 崩 れ、 夢 か 泡 の よ う に 消 え 去 っ て し ま う 無 常 の 事 実 を 挙 げ る。 そ う し て 最 後 の 節 の ﹁ 君 知 不 ・ 君 知 不 ﹂ 以 下 で、 安 世 自 身 も 無 常 な る 死 か ら 免 れ な い の で あ る か ら、 俗 世 の 毒 か ら 逃 れ、 逆 に 法 身 の 里 の 高 野 山 に 来 た れ と 誘 っ て い る。 ﹁ 君 不 見 ﹂ と ﹁ 君 知 不 ﹂ の 三 言 の 呼 び か け の 言 葉 を 更 に 重 ね て 用 い る 語 法 は 空 海 独 自 の 物 で あ る。 こ の 章 は 複 雑 な 構 成 で 換 韻 を 六 回 も 行 い、 そ の 都 度 音 調 を 換 え ト ー ン を 変 え て、 変 転 極 ま り な い 現 世 の 有 様 を 表 現 し て い る よ う に 感 じ さ せ る。 第 二 樂 章 ⋮ ⋮ (三) 雑 言 ﹁ 山 中 有 何 樂 ﹂ 雑 言 三 十 九 句。 第 二 樂 章 ﹁ 山 中 有 何 楽 ﹂ は 第 一 樂 章 を 受 け て、 法 身 の 里 の 内 容 を 詳 し く 説 明 す る。 物 資 の 乏 し い 深 山 で 長 期 に 亘 っ て、 居 住 す る 事 に ど ん な 楽 し み が 有 り、 何 の 利 益 が あ る の だ ろ う か と の 安 世 の 質 問 に 対 し て 答 え る。 釈 尊 は 鷲 峰 に 文 殊 菩 薩 は 五 皇 山 に 居 ま し て 禅 定 さ れ て い る。 ひ と た び 出 家 す れ ば、 俗 世 と の 縁 を 切 り、 た だ 一 人 し て、 粗 衣 粗 食 で、 山 林 生 活 を す る こ と は 当 然 の 事 で あ る。 む し ろ、 高 野 山 を 取 り 巻 く 日 ・ 月 ・ 空 ・ 風 ・ 雲 ・ 水 ・ 動 植 物 ( 鳥 ・ 猿 ・ 華 ・ 菊) な ど あ ら ゆ る 自 然 が 恵 み を 与 え て く れ る。 そ の 中 で 座 禅 ・ 修 行 に 打 込 み、 煩 悩 を 断 ち 切 り、 三 密 供 養 す れ ば、 広 良 容 安 世 に 贈 っ た 詩 五 首

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密 教 文 化 大 無 辺 の 仏 の 円 光 を 悟 る 事 が 出 来 る、 こ れ が 楽 し み と 云 わ ず し て 何 を 楽 し み と 云 え よ う か と 結 ぶ。 第 三 樂 章 ⋮ ⋮ 四 雑 言 ﹁ 徒 懐 玉 ﹂ 雑 言 二 十 四 句。 第 三 樂 章 ﹁ 徒 懐 玉 ﹂ は 第 二 樂 章 を 受 け て、 修 行 に よ り 得 た 大 楽 の 悟 り の 玉 を、 何 故、 衆 生 に 明 か さ ず、 世 人 の 誤 解 も 厭 わ ず、 独 り 山 に 籠 っ て お ら れ る か、 と の 問 い に 対 し、 釈 尊 も 孔 子 も 悟 っ た 真 理 を 濫 り に 開 示 し た の で は な く、 そ れ が 相 手 の 機 根 に 合 致 せ ず、 無 理 に 説 い て も 反 っ て 毒 と な る と 述 べ る。 序 章 ﹁ 贈 良 相 公 詩 ﹂ で 暗 示 さ れ た こ の 戯 曲 の 副 次 的 な テ ー マ の 利 他 行 に つ い て、 こ の 章 で 主 題 と し て 語 ら れ る。 即 ち、 序 章 の 第 十 一 句 ・ 十 二 句 で ﹁ 機 水 塵 濁 多 け や す れ ば、 金 波 従 い 易 か ら ず ﹂ と、 衆 生 の 機 根 に 纏 わ り つ い た 世 俗 の 垢 が あ ま り に も 多 い 為 に、 佛 の 教 を 伝 え 難 い 状 況 を の べ る。 そ の よ う な 衆 生 済 度 の 困 難 な 状 況 を 受 け て、 こ の 章 の 第 六 句 か ら 九 句 で、 衆 生 と 佛 法、 説 く 者 と 聞 く 者 が 相 反 し て い れ ば、 法 を 説 く 気 持 ち に な ら な い と 云 う。 現 在 の 衆 生 は 名 利 の み 追 い 求 め て い る と 現 状 を 批 判 し、 佛 法 そ の も の は 不 変 の 真 理 で あ る が、 状 況 に よ っ て、 種 々 の 相 反 す る 解 釈 を 受 け る 事 を、 風 ・ 食 物 の 味 ・ 人 間 の 美 醜 に 喩 え て 表 現 し て い る。 こ こ ま で、 衆 生 の 機 根 の 相 異、 佛 法 の 受 取 り 方 の 相 異、 聞 く 者 と 説 く 者 の 乖 離 な ど を 縷 々 述 べ、 最 後 に 第 二 十 二 句 で は、 ﹁ 昇 沈 ・ 讃 殿 ・ 黙 語 ﹂ と 対 語 を 並 べ、 殿 誉 褒 財 の 事 態 が あ っ た こ と に 対 し ﹁ 君 之 を 知 る や 否 や ﹂ と 安 世 に 問 い か け て い る。 恐 ら く 空 海 の 説 く 教 説 や 言 動 に 対 す る 無 理 解 や 誹 諦 が あ っ た の だ ろ う。 言 外 の 理 解 を 求 め、 そ れ が 安 世 と の 真 の 友 情 に 繋 が る 事 を 望 ん で、 謝 意 に 変 え て い る。 後 半 の 第 十 二 句 ﹁ 夏 月 涼 風 ﹂ 以 下 で、 二 句 か ら 四 句 で 続 け て

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四 回 換 韻 し て い る。 正 に 畳 み 掛 け る よ う な 音 調 の 変 換 で あ る。 こ こ に、 利 他 行 を 行 わ ず に 山 に 籠 り、 自 利 行 に 専 心 し て い る 現 在 の 姿 に 対 す る 空 海 の 苦 悩 と、 そ の 事 に 対 す る 安 世 を 代 表 と す る 知 友 達 へ の 理 解 を 求 め る 切 な る 願 い が 込 め ら れ て い る よ う に 感 じ ら れ る。 終 章 (五) 七 言 ﹁ 羅 皮 函 詞 ﹂ 今 髄 詩 ・ 平 起 式 七 言 絶 句。 (12) 終 章 ﹁ 羅 皮 函 詞 ﹂ は、 薙 皮 函 に 先 の ﹁ 一 章 五 言 詩、 三 篇 雑 艦 歌 ﹂ を 入 れ て、 返 送 す る 旨 を 述 べ、 登 山 し て 数 ヶ 月 経 つ が 空 海 自 身 は 変 り の 無 い こ と を 述 べ て、 結 び と し て い る。 エ ピ ロ ー グ ⋮ ⋮ 第 四 句 ﹁ 函 書 ハ 今 向 フニ 相 公 ノ 邊 ーニL で 幕 は 下 り る。 以 上 で、 全 編 の 内 容、 構 成 を 概 括 し た が、 法 身 の 里 で の 山 籠 ・ 修 禅 の 効 用 を 説 い た ﹁ 山 中 有 何 楽 ﹂ が 全 編 の 中 心 で あ っ て、 空 海 が 最 も 主 張 し た い こ と で あ っ た。 し か し、 そ れ は 自 利 行 の 讃 歌 で あ っ て、 反 面 の 利 他 行 に 対 す る 思 い は、 先 に 触 れ た 如 く、 副 次 的 な テ ー マ と し て 全 編 を 流 れ て い る。 自 利 ・ 利 他 を 矛 盾 な く、 バ ラ ン ス を 取 っ て 行 う こ と が 空 海 の 終 生 の 課 題 で あ っ た 事 が、 こ の 五 首 の 詩 に よ っ て 想 起 さ れ る の で あ る。 三 篇 の 雑 言 詩 は 空 海 が そ の 序 文 で 述 べ て い る よ う に 雑 艦 の 歌 で あ る。 三 言 の 呼 掛 け 語 ﹁ 君 不 見 ﹂ ﹁ 君 知 不 ﹂ ﹁ 君 不 (13) 聴 ﹂ は 通 常 の 詩 よ り も、 樂 府 ・ 賦 ・ 曲 辮 ・ 歌 僻 ・ 歌 謡 僻 に し ば し ば 用 例 が 見 ら れ る。 こ の 三 言 の 呼 掛 け 語 は ま た 俗 語 ・ 口 語 的 で も あ る。 そ れ を 空 海 は 更 に 二 回 繰 り 返 し 用 い て い る。 こ の よ う な 語 法 は 検 索 を 繰 り 返 し た が、 空 海 以 外 は 全 良 容 安 世 に 贈 っ た 詩 五 首

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密 教 文 化 く 見 出 せ な い。 空 海 独 自 の 語 法 と い え る。 こ の 語 法 を 多 用 す る 事 で、 リ ズ ム が 出 来 て い る。 三 序 文 の ﹁ 桃 李 ﹂ に つ い て 前 節 で 触 れ た が、 序 文 の ﹁ 桃 李 ﹂ に つ い て 典 故 を 検 討 す る。 そ の 箇 所 を あ げ る と ﹁ 良 相 公 投 我 桃 李。 余 報 以 一 章 五 言 詩、 三 篇 雑 髄 歌 ﹂ と あ る。 こ の ﹁ 桃 李 ﹂ に 対 す る 従 来 の 解 釈 は ﹃ 毛 詩 ﹄ 巻 第 三 ・ 衛 風 ﹁ 木 瓜 ﹂ を 典 故 と し て、 ﹁ 桃 (14) 李 ﹂ を 書 簡 ・ 文 書 と し て い る。 確 か に 典 故 は ﹃ 毛 詩 ﹄ で あ る。 た だ ﹁ 桃 李 ﹂ を 書 簡 の み の 比 喩 と 見 る の は 早 計 で 余 り に 短 絡 的 だ と 言 え る。 こ の 詩 の 作 ら れ た 由 来 ・ 本 旨 を、 ﹁ 木 (15) 瓜 ﹂ の 毛 傳 の 序 で 次 の よ う に 述 べ て い る。 ﹁ 木 瓜 ハ 美 ス ルー 齊 ノ 桓 公 ヲー也。 衛 国 有 リニ 狭 人 之 敗 一。 出 ア テ 庭 ルニ 干 漕 ーー。 齊 ノ 桓 公 救 テ 而 封 ジレ 之 ヲ。 遣 ル二 之 二車 馬 器 服 ヲー焉。 衛 人 思 ヒレ 之 ヲ、 欲 シ ーアニ厚 ク 報 ン トレ 之 ニー、 而 作 ル二 是 ノ 詩 ヲー也。 ﹂ 衛 国 が 狭 の 来 襲 を 受 け て 敗 れ、 漕 の 地 に 逃 れ て 困 窮 し た 時、 齊 の 桓 公 が 車 馬 器 服 な ど 救 援 物 資 を 衛 の 民 に 送 っ た。 そ の と き の 桓 公 の 功 徳 に 報 い る た め に、 衛 の 民 は こ の ﹁ 木 瓜 ﹂ の 詩 を 作 り、 永 く 歌 い 継 ぎ、 そ の 徳 を 讃 え た と し て い る。 空 海 も 当 然 ﹃ 毛 詩 ﹂ を 周 知 し た 上 で、 典 故 と し た の で あ っ て、 こ の 毛 傳 の 序 を 意 識 し て 用 い た こ と は 明 ら か で あ る。 即 ち、 安 世 を 齊 の 桓 公 に 擬 し、 施 物 に 対 す る 返 礼 と し て、 詩 を 作 り 報 い た の で あ る。 ﹃ 毛 詩 ﹄ ﹁ 木 瓜 ﹂ は 三 章 よ り 成 っ て い る。 そ の 第 一 章 は 次 の 通 り で あ る。

(9)

け い き ょ よ し み 投 ズ ル ニレ 我 二 以 テ スニ 木 瓜 ヲー 報 ズ ル ニレ 之 二 以 テ セニ ン 獲 理 ヲー 匪 ザ ルレ 報 ズ ル ニ 也 永 ク 以 ア 爲 サレ 好 ヲ 也 け い よ う け い き ゅ う 第 二 ・ 第 三 章 は 投 げ る 木 の 実 ﹁ 木 瓜 ﹂ が 木 桃 ・ 木 李 に 替 わ り、 報 い る 宝 玉 が 慶 揺 ・ 慶 玖 に 替 わ る だ け で、 構 文 は 全 く 同 じ で あ る。 空 海 の 序 文 で は 二 章 ・ 三 章 の 桃 ・ 李 を 合 わ せ て 用 い て い る。 毛 傳 の 序 に ﹁ 厚 く 報 い ん と し て 詩 を 作 る ﹂ と あ る よ う に、 宝 玉 の 代 わ り に ﹁ 一 章 五 言 詩、 三 篇 雑 髄 歌 ﹂ の 語 句 を 用 い て、 ﹁ 木 瓜 ﹂ の 構 文 を 殆 ど そ の ま ま 依 用 し て い る 事 か ら も、 先 に 述 べ た 毛 傳 の 序 を 意 識 し て い る 事 が 明 確 で あ る。 施 物 に 対 す る 返 礼 と し て は、 宝 玉 よ り は、 詩 を 以 っ て 報 い る 方 が 厚 く 報 い る 事 に な り、 最 高 の 返 礼 に な る こ と を 承 知 し て、 通 常 な ら ば 答 詩 は 一 首 で よ い と こ ろ を、 相 当 の 労 苦 を 以 っ て、 四 首 も の 制 作 を し て 報 い た の で あ る。 空 海 の 意 図 し、 祈 願 す る 所 の 法 身 の 里 を 開 示 せ ん と し た の で あ る。 施 物 も 安 世 か ら の み で は な く、 嵯 峨 帝 を 含 む 空 海 の 知 友 達 の 合 力 で 成 さ れ た か も 知 れ な い。 安 世 の 問 い は 何 も 彼 独 自 の 疑 問 で な く、 そ の 人 達 誰 も が 懐 く 疑 問 で あ っ た。 そ の 事 を 空 海 は 知 っ て お り、 こ れ ら の 詩 篇 が 嵯 峨 帝 を 含 め た 国 家 中 枢 の 人 々 に 伝 わ る 事 を 予 測 し て、 安 世 に 代 表 さ せ て 制 作 し た と い え る。 四 制 作 時 期 に つ い て 四 -1 官 職 唐 名 か ら 見 た 制 作 時 期 の 検 討 空 海 が 存 命 し た 平 安 初 期 は 唐 風 文 化 の 全 盛 期 で、 特 に 詩 文 の 表 現 で は、 唐 (狭 義 の 唐 朝 の み な ら ず、 中 国 文 化 全 般 良 峯 安 世 に 贈 っ た 詩 五 首

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密 教 文 化 を 意 味 す る) の 表 現 を 真 似 し て 表 現 す る 事 が 通 例 で あ っ た。 苗 字 も 中 国 風 に 一 字 に し て 表 現 し、 官 職 名 も 必 ず し も 完 全 一 致 せ ず と も 類 似 の 唐 の 官 職 名 に 充 当 さ せ た 名 称 を 用 い て い る。 空 海 も そ の 風 潮 に 応 じ、 漢 詩 文 や 書 簡 に 種 々 の 官 職 唐 名 を 用 い た。 空 海 は 良 券 安 世 に 対 し、 こ れ ら の 官 職 唐 名 の 中 の ﹁ 相 公 ﹂ を 序 文 と ﹁ 薙 皮 函 詞 ﹂ に 用 い て い る。 安 世 の 官 職 の 経 歴 が ﹃ 公 卿 補 任 ﹄ に 残 さ れ て い る の で、 ﹁ 相 公 ﹂ が 我 国 の ど の 官 職 に 相 当 す る の か が 判 れ ば、 本 論 の 詩 篇 の 制 作 時 期 が 絞 り 込 め る 筈 で あ る。 さ ら に、 空 海 の 他 の 用 例 等 を 比 較 検 討 す れ ば、 ﹁相 公 ﹂ に 対 す る 空 海 の 概 念 が 明 瞭 に な る で あ ろ う。 官 職 唐 名 に つ い て は、 史 料 と し て ﹃ 拾 芥 抄 ﹂ ﹃ 職 原 抄 ﹂ 等 が 伝 存 さ れ て お り、 そ れ ら に ﹁ 相 公 ﹂ が ﹁ 参 議 ﹂ の 唐 名 (16) と し て 記 述 さ れ て い る。 そ れ 以 後、 そ れ ら の 記 述 に 基 づ き ﹁ 相 公 ﹂ が ﹁ 参 議 ﹂ の 官 職 唐 名 で あ る こ と が 定 説 と な っ て (17) い る。 し か し、 こ れ ら の 典 拠 と な る 史 料 も 鎌 倉 時 代 以 降 の も の で、 平 安 初 期 か ら 多 少 の 変 遷 が あ っ た 筈 で、 ﹁ 相 公 ﹂ が 必 ず し も ﹁ 参 議 ﹂ と 等 値 で あ る と は 限 ら な い と 思 わ れ る。 (18) 最 近 の 研 究 で は、 黒 板 伸 夫 氏 が ﹁ 官 職 唐 名 の 一 考 察 -参 議 の 唐 名 お よ び 儀 同 三 司 に つ い て -﹂ に お い て、 ﹁ 参 議 ﹂ の 成 立 と 職 掌 の 研 究 か ら、 疑 義 を 出 さ れ て い る。 黒 板 氏 は、 狭 義 で は ﹁ 相 公 ﹂ は ﹁ 参 議 ﹂ を 意 味 し て い る が、 広 義 で は 参 議 を 含 む 太 政 官 全 般 の 官 職 を 指 す 場 合 が あ る。 即 ち、 参 議 を 最 下 位 と し て そ れ 以 上 の 官 職 に も ﹁ 相 公 ﹂ 或 い は ﹁ 宰 相 ﹂ を 用 い る と さ れ て い る。 空 海 の ﹁ 相 公 ﹂ の 語 句 を 用 い た 用 例 が 本 件 を 除 い て、 五 例 残 さ れ て い る。 い ず れ も ﹃ 高 野 雑 筆 集 ﹂ に 収 載 さ れ た 空 (19) 海 の 書 簡 で あ る。 こ れ ら の 用 例 を ﹃ 高 野 雑 筆 集 ﹄ に 所 載 さ れ て い る 順 に 検 討 す る と、 以 下 の よ う に な る。

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A: ﹁ 中 冬 霜 寒。 ⋮ ⋮ ﹂ ( 定 本 一 〇 七 頁) こ の 書 簡 は 宛 名 と 日 時 を 欠 い て い る。 こ の 中 で、 ﹁ 爾 相 公 ﹂ と 使 わ れ て い る が、 そ の 後 の 文 中 で は、 同 じ 人 物 を 指 す 言 葉 と し て ﹁ 爾 相 国 ﹂ も 用 い ら れ て い る。 ﹁ 相 国 ﹂ は 太 政 大 臣 の 唐 名 と さ れ て い る が、 空 海 存 命 中 に は 太 政 大 臣 は 存 在 し な い。 こ こ で の 用 例 は こ の 二 人 の 人 物 が 誰 で あ れ、 ﹁ 相 公 ﹂ と ﹁ 相 国 ﹂ (20) を 併 用 し て い る の で、 単 に 太 政 官 或 い は 大 臣 を 指 す と 考 え ざ る を 得 な い。 う け た ま た す あ た っ え ら び う つ B: ﹁ 伏 ア 承 ﹂ 輔 ク ルレ 仁 ヲ當 テレ 簡 二 遷 シ テ 拝 ツ フ ル トツ 相 二。 ⋮ ⋮ ﹂ ( 定 本 一 一 一 頁) こ の 書 簡 は 宛 名 が ﹁ 左 衛 督 藤 相 公 ﹂ で 年 月 (21) 日 は 欠 け て い る。 ﹃ 公 卿 補 任 ﹄ に よ る と、 左 衛 督 藤 相 公 に 相 当 す る 人 物 は 藤 原 三 守 の み で あ る。 三 守 は 弘 仁 五 年 八 月 二 十 八 日 に 左 兵 衛 督 に 任 じ ら れ、 弘 仁 七 年 十 月 二 十 七 日 に 参 議 に 任 じ ら れ て い る。 ﹁ 遷 し て 相 に 拝 す ﹂ と あ る よ う に、 参 議 新 任 を 祝 す 書 簡 と 解 す べ き だ と 思 う。 更 に 付 け 加 え る な ら ば、 空 海 が ﹁ 聖 躬 如 何 ﹂ と 問 う た の は、 三 守 が 嵯 峨 天 皇 の 東 宮 時 代 に 東 宮 主 蔵 正 を 勤 め、 爾 来 嵯 峨 の 股 肱 の 臣 と し て、 出 処 を 共 に し て い る こ と を 空 海 が 熟 知 し て い た 為 と 思 わ れ る。 弘 仁 十 四 年 嵯 峨 の 譲 位 に 従 っ て、 自 ら も 一 切 の 公 職 辞 退 の 願 書 を 出 し た 事 で も、 そ の 事 が 明 ら か で あ る。 左 兵 衛 督 を 兼 任 の ま ま、 弘 仁 十 二 年 一 月 九 日 に 椹 中 納 言 に 任 じ ら れ、 弘 仁 十 四 年 四 月 十 八 日 に 春 宮 大 夫 に 補 任 さ れ る と 同 時 に 左 兵 衛 督 を 辞 任 し て い る の で、 左 兵 衛 督 で 参 議 で あ っ た 期 間 は 弘 仁 七 年 十 月 二 十 七 日 か ら、 弘 仁 十 二 年 一 月 九 日 ま で の 期 間 に な る。 ﹁ 相 公 ﹂ を 広 義 に 解 す る と、 弘 仁 十 四 年 四 月 十 八 日 ま で と な る が、 参 議 新 任 を 祝 す こ の 書 簡 で は ﹁ 相 公 ﹂ は ﹁ 参 議 ﹂ を 指 し て い る 用 例 だ と い え る。 (22) C: ﹁ 金 剛 智 三 藏 影 一 鋪 ⋮ ⋮ ﹂ ( 定 本 一 二 〇 頁) こ の 書 簡 は 年 月 日 の 記 載 は な い が、 宛 名 が 左 大 将 公 閣 下 と あ る。 本 文 中 に も ﹁ 左 大 将 相 公 ﹂ と 用 い ら れ て い る。 書 簡 は 嵯 峨 天 皇 の 命 で、 左 大 将 相 公 が 空 海 の 将 来 し た 祖 師 の 図 像 と 傳 ・ 讃 等 を 進 上 す る よ う に 要 請 し た 事 に 対 し て、 現 物 に 添 え ら れ た も の で あ る。 目 録 に 金 剛 智 ・ 善 無 畏 ・ 不 空 ・ 一 行 ・ 恵 良 容 安 世 に 贈 っ た 詩 五 首

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密 教 文 化 果 の 五 祖 師 の 図 像 と 讃 及 び ﹁ 秘 密 曼 茶 羅 教 付 法 伝 ﹂ ﹁ 善 無 畏 三 藏 傳 ﹂ が 記 述 さ れ、 現 物 が 相 当 に 傷 ん で い る の で、 天 皇 の 目 を 汚 す か も 知 れ な い。 そ の た め、 そ れ ら の 修 復 と、 そ の 修 復 の 際 に 嵯 峨 天 皇 の 震 筆 を 希 望 し た 文 が 付 記 さ れ て い る。 ﹃ 公 卿 補 任 ﹄ に よ る と、 藤 原 冬 嗣 が 弘 仁 二 年 正 月 二 十 八 日 参 議 に 任 じ ら れ、 翌 三 年 十 二 月 五 日 正 四 位 下 に 昇 叙 さ れ る と 同 時 に 左 大 将 に 任 じ ら れ て い る。 そ れ 以 降 弘 仁 七 年 十 月 二 十 八 日 に は 左 大 将 兼 任 の ま ま 権 中 納 言 に 任 じ ら れ、 更 に 大 納 言 ・ 右 大 臣 ・ 左 大 臣 と 昇 任 さ れ る が、 左 大 将 は 兼 任 の ま ま で、 ほ ぼ 莞 去 ま で 続 く。 こ の 手 紙 は 高 雄 山 寺 か ら 出 さ れ た も の と 考 え ら れ、 ﹁ 左 大 将 相 公 ﹂ は、 狭 義 で は 弘 仁 三 年 十 二 月 か ら 弘 仁 七 年 十 月 ま で で あ る。 こ の 時 に 進 上 さ れ、 恐 ら く 修 復 さ れ た で あ ろ う 五 祖 師 の 図 像 と 讃 が 現 在 東 寺 に 伝 存 さ れ て い る。 こ の 中 の 善 無 畏 像 と 一 行 像 の 行 状 文 に 月 日 は 摩 滅 し て 読 み 取 れ な い が、 ﹁ 弘 仁 十 二 年 ﹂ の 書 蹟 が 残 っ て い る。 こ の 書 蹟 を 根 拠 に し て、 ﹁ 相 公 ﹂ を 広 義 に 採 れ ば、 こ の 書 簡 を 弘 仁 十 二 年 の も の と す る 事 も 可 能 か と 思 わ れ る。 た だ、 同 じ 弘 仁 十 二 年 に 両 部 大 曼 茶 羅 ・ 五 大 虚 空 蔵 菩 薩 像 な ど と 共 に、 こ の 五 祖 師 像 と 密 接 に 関 係 す る 龍 猛 菩 薩 ・ た め 龍 智 菩 薩 の 二 祖 師 の 影 讃 が 新 造 さ れ て い る。 そ の 時 に 作 ら れ た 弘 仁 十 二 年 九 月 七 日 付 の ﹁ 奉 二 爲 二 四 恩 ノ一 造 ルニ 二 部 ノ 大 曼 茶 羅 ↓願 文 ﹂ ( ﹃ 性 霊 集 ﹂ 巻 七) が 残 さ れ て い る。 そ の 文 章 中 に 修 復 さ れ た 五 祖 師 像 に つ い て、 何 故 一 言 の 言 及 も な い の か。 ま た、 空 海 は 弘 仁 九 年 末 に 高 野 山 に 山 籠 後、 高 雄 山 寺 か ら 高 野 山 に 本 拠 を 移 し て い る た め、 弘 仁 十 二 年 の 高 雄 山 寺 か ら の、 こ の 内 容 で の 発 信 に つ い て 少 し 奇 異 の 感 が あ り、 こ の 事 態 に つ い て の 他 の 傍 証 の 必 要 性 が あ る と 考 え ら れ る。 た だ、 本 論 で は 主 題 か ら 離 れ る 事 に な る の で、 こ れ 以 上 の 論 及 す る こ と を 避 け た い。 D: ﹁ 凶 禍 無 砂 常。 ⋮ ⋮ ﹂ ( 定 本 一 二 六 頁) こ の 書 簡 は 宛 名 ・ 日 付 を 欠 い て い る。 内 容 か ら 十 二 月 に 出 さ れ た ﹁ 相 国

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納 言 ﹂ の 計 報 に 対 す る 遺 族 へ の 悔 み 状 と 分 か る。 対 象 の 人 物 は 弘 仁 九 年 十 二 月 十 九 日 に 死 去 し た 藤 原 園 人 と 推 定 で き る。 同 じ 文 中 に ﹁ 相 公 雛 云 高 年 ﹂ と 用 い ら れ て い る。 ﹁ 相 国 納 言 ﹂ と ﹁ 相 公 ﹂ は 同 一 人 物 の 呼 称 で あ る。 園 人 は 当 時 (23) 右 大 臣 の 地 位 に あ っ た が、 そ れ を ﹁ 相 国 納 言 ﹂ ﹁ 相 公 ﹂ と 表 現 し て い る。 こ の 場 合 の ﹁ 相 公 ﹂ と ﹁ 納 言 ﹂ は 広 義 の 太 政 官 ( 国 政 を 議 す る 議 政 官 全 般) を 表 し て い る。 E: ﹁ 風 信 彿 レ 巖 ヲ ⋮ ⋮ ﹂ ( 定 本 一 二 八 頁) こ の 書 簡 の 年 次 は 不 明 で あ る が、 十 二 月 十 日 付 の 東 宮 大 夫 相 公 宛 で あ る。 内 容 は 施 物 に 対 す る 高 野 山 か ら 出 さ れ た 礼 状 で あ る。 空 海 の 高 野 山 時 代 に 東 宮 大 夫 で 参 議 以 上 の 太 政 官 は、 ﹃ 公 卿 補 任 ﹄ に よ れ ば、 対 象 人 物 は 藤 原 三 守 が い る の み で あ る。 三 守 は 本 論 の 良 峯 安 世 と 同 日 の 弘 仁 七 年 十 月 二 十 七 日 に 参 議 に 任 じ ら れ て い る。 年 齢 も 安 世 と 同 年 で あ る。 そ の 後 弘 仁 九 年 六 月 十 六 日 に 東 宮 大 夫 に 兼 任 さ れ る。 以 後、 弘 仁 十 二 年 正 月 七 日 従 三 位 に 昇 叙 さ れ る と 共 に 九 日 灌 中 納 言 に 昇 任 さ れ、 三 月 に 東 宮 大 夫 を 解 任 さ れ て い る。 文 中 に ﹁ 爾 相 ﹂ ﹁ 爾 公 ﹂ と あ る が、 こ の 書 簡 は 本 論 の ﹁ 贈 良 峯 朝 臣 五 首 ﹂ の 制 作 時 期 に 近 接 し た 時 期 に 出 さ れ た と 考 え ら れ、 援 助 物 (24) 資 を 両 者 と も 高 野 山 に 送 っ て い る の で、 ﹁ 爾 相 ﹂ ﹁ 爾 公 ﹂ は 藤 原 三 守 と 良 峯 安 世 と 考 え る の が 妥 当 で あ る。 従 っ て ﹁ 相 公 ﹂ は ﹁ 参 議 ﹂ を 指 し て い る。 以 上 の 諸 例 を 纏 め る と、 空 海 は ﹁ 相 公 ﹂ を 広 義 と 狭 義 の 両 用 の 意 味 で 用 い て、 ケ ー ス に よ っ て 使 い 分 け て い る こ と が 判 る。 広 義 の 意 味 で 用 い る 時 は、 書 簡 A で は ﹁ 相 公 ﹂ と 共 に ﹁ 相 國 ﹂ を 使 い、 書 簡 D で は ﹁ 相 國 納 言 ﹂ を 用 い て い る。 即 ち、 ﹁ 相 公 ﹂ よ り も 地 位 の 高 い 官 職 唐 名 の ﹁ 相 國 ﹂ ﹁ 納 言 ﹂ を 併 用 し て、 対 象 人 物 が 太 政 官 で は あ る が、 参 議 以 上 の 地 位 の 中 納 言 ・ 大 納 言 ・ 左 右 大 臣 に い る こ と を 表 し て い る。 た だ 書 簡 C の ケ ー ス は 一 考 を 要 す る が、 先 に 述 べ た 如 く、 本 論 で は こ れ 以 上 の 検 討 を 避 け た い。 狭 義 に 用 い る 時 は、 書 簡 B ・ E の 如 く、 ﹁ 相 公 ﹂ の み を 用 い て、 太 政 官 良 寄 安 世 に 贈 っ た 詩 五 首

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密 教 文 化 た る ﹁ 参 議 ﹂ を 表 し て い る と 考 え ら れ る。 (25) 安 世 が 中 納 言 の 地 位 に あ っ た と き に、 ﹁ 右 将 軍 良 納 言 爲 二開 府 儀 同 三 司 左 僕 射 ノ一 設 ク ル二 大 祥 ノ 齋 ヲー 願 文 ﹂ ( ﹃ 性 霊 集 ﹄ 巻 第 六) で は、 ﹁ 右 将 軍 良 納 言 ﹂ と 表 現 し、 ﹁ 相 公 ﹂ と 区 分 し て 用 い て い る。 従 っ て、 本 論 で 用 い ら れ て い る ﹁ 相 公 ﹂ は 書 簡 B ・ E の 如 く、 狭 義 の ﹁ 参 議 ﹂ を 意 味 す る と 考 え た い。 以 上 の 検 討 か ら、 こ れ ら 五 首 の 詩 は、 安 世 が 参 議 に 補 任 さ れ た 時 の 弘 仁 七 年 十 月 二 十 七 日 か ら、 安 世 が 中 納 言 に 補 (26) 任 さ れ た 時 の 弘 仁 十 二 年 一 月 九 日 に 至 る ま で の 期 間 中 で あ っ て、 空 海 が 高 野 山 の 勅 賜 後、 初 め て 登 山 し た 弘 仁 九 年 (27) ( 八 一 八) 十 一 月 十 六 日 以 降 に、 制 作 さ れ た と 考 え ら れ る。 四 -2 内 容 か ら 見 た 滞 在 期 間 の 検 討 次 に 空 海 が 高 野 山 に 滞 在 し た 期 間 を 考 え て 見 る。 こ の 五 首 の 詩 の 中 に、 長 期 の 滞 在 を 示 唆 す る 語 句 が 二 箇 所 用 い ら な ん じ れ て い る。 ﹁ 山 中 有 何 楽 ﹂ の 第 二 句 ﹁ 遂 二 爾 永 ク 忘 レ タ リレ 蹄 ル コ ト ヲ ﹂ と ﹁ 薙 皮 函 詞 ﹂ の 第 三 句 ﹁ 戴 ケ ルレ 日 ヲ 羅 衣 ハ 物 外 二 久 シ ﹂ で あ る。 ﹁ 山 中 有 何 楽 ﹂ の 第 二 句 は 安 世 が 空 海 に 問 う 文 言 の 中 の 一 句 で、 引 続 き 雨 風 で 佛 典 や 衣 も 傷 み、 塵 と な り、 食 物 も 尽 き て 餓 死 す る で あ ろ う と 記 述 さ れ て い る。 こ の 表 現 は や や 誇 張 で あ る に せ よ、 ﹁ 永 く ﹂ と 表 現 さ れ た 期 間 は 二 ヶ 月 や 三 ヶ 月 で は な く、 少 な く と も 半 年 以 上 の 経 過 を 感 じ さ せ る。 都 を 離 れ て、 高 野 山 に 登 り、 永 い 期 間 経 過 し た と し た ら、 嵯 峨 天 皇 や 天 皇 を 取 り 巻 く 文 壇 の 知 友 達 は、 空 海 が ど う し て い る の か と 不 審 に 思 う で あ ろ う。 嵯 峨 天 皇 の 示 唆 も あ っ た か も 知 れ な い が、 安 世 が 彼 等 の 代 表 格 で 施 物 と 共 に 質 問 状 を 出 し た の で は な い だ ろ う か。

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次 は ﹁ 羅 皮 函 詞 ﹂ の 第 三 句 で あ る。 こ こ で は 空 海 自 ら も こ の 長 期 滞 在 に 言 及 し、 ﹁ 俗 世 を 離 れ て、 何 時 し か、 衣 が 色 あ せ る ほ ど 久 し き 時 が 過 ぎ 去 っ て し ま っ た。 ﹂ と 述 べ て い る。 四-3 詩 語 か ら 見 た 制 作 時 期 の 検 討 最 初 の 詩 ﹁ 贈 良 相 公 詩 ﹂ の 第 三 句 ・ 四 句 ﹁ 不 レ 知 ラニ 人 里 ノ 日 ヲー、 観 テレ 月 ヲ 臥 スニ 青 松 こ と 最 後 の 詩 ﹁ 羅 皮 函 詞 ﹂ の 第 二 句 ・ 三 句 ﹁ 松 柏 ヲ 爲 スレ 隣 ト 銀 漢 ノ 前、 戴 け ノ 日 ヲ 薙 衣 ハ物 外 二 久 シ ﹂ は 何 れ も 空 海 の 高 野 山 で の 生 活 振 り を 表 現 し た 句 で あ る。 こ れ 等 の 句 の 語 句 か ら、 五 首 の 詩 の 制 作 時 期 を 検 討 し て み た い。 ま ず ﹁ 観 月 ﹂ は 名 月 を 観 賞 す る 中 秋 の 月 が 連 想 さ れ る。 検 索 す る と ﹁ 観 月 ﹂ の 用 例 は 空 海 在 世 以 前 の 詩 文 に 殆 ん ど (28) 見 い だ せ な い。 ﹁ 観 月 ﹂ の 語 句 が 中 秋 の 月 を 見 る 事 に 結 び つ い た の は、 後 世 の 事 ら し い。 空 海 の 他 の 詩 文 に は ﹁ 観 月 ﹂ の 使 用 例 が な い が、 ﹁ 観 ﹂ 字 を ﹁ 観 賞 す る ﹂ 意 味 よ り 修 禅 の ﹁ 観 想 す る ﹂ 意 味 に 用 い て い る 事 が 多 い。 従 っ て、 ﹁ 観 月 ﹂ の 語 句 か ら は 時 期 を 特 定 す る こ と が 出 来 な い。 次 に ﹁ 銀 漢 ﹂ は 銀 河 ・ 天 の 川 の 事 で あ る。 ﹁ 漢 ﹂ の 字 だ け で 天 の 川 を 意 味 す る が、 ﹁ 銀 漢 ﹂ は 澄 明 な 空 に 降 る よ う に 迫 っ て く る 銀 色 に 輝 く 天 の 川 を 表 し て い る。 検 索 す る と、 ﹁ 十 三 経 ﹂ ﹃ 藝 文 類 聚 ﹄ ﹃ 文 選 ﹂ ﹃ 文 心 離 龍 ﹄ に は 用 例 が な く、 ﹃ 文 鏡 秘 府 論 ﹄ に も 所 載 さ れ て い な い。 し か し、 ﹃ 全 唐 詩 ﹄ 及 び そ れ 以 前 の 詩 を 検 索 す る と 重 複 を 除 き 六 十 六 の 用 例 が あ っ た。 そ れ ら の 詩 の 詩 題 と 語 句 か ら 制 作 時 期 を 見 る と、 秋 と 確 定 で き る 詩 が 二 十 八 例 あ り、 時 期 が 確 定 で き な い 詩 (29) が 二 十 八 例 で あ っ た。 し か し、 春 ・ 夏 ・ 冬 の 詩 と 確 定 で き る 詩 が 夫 々 数 例 あ る。 空 海 が ﹁ 銀 漢 ﹂ の 語 句 を 何 に 基 づ き 依 用 し た か 不 明 で あ る が、 こ の 詩 以 外 に、 ﹁ 銀 漢 ﹂ を 用 い た 詩 文 が 二 例 あ る。 良 琴 安 世 に 贈 っ た 詩 五 首

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密 教 文 化 一 例 は ﹁ 沙 門 勝 道 歴 ア一山 水 一螢 クニ 玄 珠 ヲ一碑 井 序 ﹂ ( ﹃ 性 霊 集 ﹄ 巻 二) の 序 文 の 中 の 対 句 ﹁ 惹 嶺 挿 ミ二 銀 漢 ヲー、 白 峯 衝 ク二 碧 落 ヲー。 ﹂ に 用 い ら れ て い る。 こ の 対 句 は 補 陀 洛 山 を 形 容 し た も の で、 必 ず し も 時 期 を 明 示 す る も の で は な い が、 こ の 作 品 の 制 作 日 は 文 中 に 弘 仁 五 年 八 月 三 十 日 と 記 述 さ れ て い る。 次 の 用 例 は ﹁ 大 和 州 益 田 池 碑 銘 井 序 ﹂ ( ﹃ 性 霊 集 ﹂ 巻 二) の 序 文 の 文 頭 の 対 句 ﹁ 感 星 銀 漢 ハ 下 漉 之 功 深 ク、 湖 水 天 池 ハ 上 潤 之 徳 普 ネ シ。 ﹂ に 用 い ら れ て い る。 こ の 対 句 は 雨 水 と 湖 水 の 功 徳 を 述 べ、 益 田 池 の 役 割 を 賞 賛 す る 前 提 と し て 表 現 (30) さ れ て い る。 制 作 日 は 天 長 二 年 九 月 二 十 五 日 と さ れ て い る。 こ の 二 例 の 空 海 の 用 例 は ﹁ 銀 漢 ﹂ を、 直 接 に 季 節 を 示 す 語 句 と し て 用 い て い る の で は な い が、 制 作 時 期 が 何 れ も 秋 で あ る の で、 そ れ を 意 識 し て 用 い た 可 能 性 が 高 い。 秋 を 意 識 し 菰 け れ ば ﹁ 銀 漢 ﹂ 以 外 の 表 現、 例 え ば ﹁ 天 河 ﹂ ﹁ 雲 漢 ﹂ ﹁ 天 漢 ﹂ 等 も 有 り 得 た 訳 で あ る。 先 に 見 た ﹃ 全 唐 詩 ﹄ な ど の 用 例 も 圧 倒 的 に 秋 の 詩 に 用 い ら れ て い る。 空 海 も 前 述 の 二 つ の 用 例 を 考 え る と、 ﹁ 銀 漢 ﹂ が 秋 の 詩 語 で あ る と 承 知 し て い た と 思 わ れ る。 従 っ て ﹁ 羅 皮 函 詞 ﹂ の ﹁ 銀 漢 ﹂ は 秋 を 意 図 し て 用 い た 可 能 性 が 高 い と 考 え ら れ る。 四 -4 結 論 以 上 の 三 点 の 検 討 か ら、 こ れ ら の 詩 の 制 作 年 は、 秋 に 跨 る 長 期 間、 高 野 山 に 滞 在 で き た 年 で あ る。 即 ち、 弘 仁 十 年 か 弘 仁 十 一 年 の ど ち ら か の 年 に な る だ ろ う。 弘 仁 十 年 に つ い て、 空 海 の 事 歴 を 見 る と、 正 史 ・ 公 文 書 等 に は 何 も 記 載 さ れ て い な い。 し か し 書 簡 が 数 通 残 さ れ て

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(31) い る。 弘 仁 十 年 三 月 十 日 に 下 野 太 守 に 送 っ た 書 簡 に よ っ て、 前 年 の 十 一 月 よ り 引 続 き 高 野 山 に 在 住 し て い る 事 が 判 る。 (33) 更 に 五 月 十 七 日 付 の 筑 前 王 太 守 宛 の 書 簡 に よ っ て、 こ の 頃 ま で 高 野 山 に 在 住 し て い る。 続 い て、 八 月 十 日 と 八 月 十 三 (34) 日 付 の 二 通 の 書 簡 で 七 月 に 勅 を 受 け、 中 務 省 に 止 住 し た こ と が 記 述 さ れ て い る。 弘 仁 十 一 年 も 空 海 の 事 暦 は 正 史 ・ 公 文 書 に 何 も 記 載 さ れ て い な い。 書 簡 も 残 さ れ て い な い。 五 月 に 高 野 山 で ﹃ 文 筆 (35) 眼 心 抄 ﹄ を 撰 述 し て い る。 そ の 事 か ら、 こ の 年 の 四 月 以 前 か ら 高 野 山 に 在 住 し て、 修 禅 や 執 筆 に 専 心 し て い た に 違 い (36) な い。 伝 説 で は 七 月 に 弟 子 を 伴 っ て 伊 豆 ・ 関 東 ・ 東 北 に 弘 法 の 旅 に 出 た 事 に な っ て い る。 し か し、 伝 説 は 伝 説 で あ っ て、 伝 説 と な る ほ ど、 こ の 間 は 都 を 離 れ て い た と 思 わ れ る。 以 上 の 検 討 で、 ﹁ 贈 良 相 公 詩 ﹂ 五 首 は 弘 仁 十 一 年 の 秋 に 制 作 さ れ た と 考 え る。 お わ り に こ れ ま で、 空 海 が 良 峯 安 世 に 贈 っ た 詩 五 首 に つ い て、 五 首 を 一 体 の 作 品 と 見 て、 そ の 構 成 を 検 討 し、 制 作 時 期 等 に つ い て、 考 究 し て き た。 空 海 の 生 身 の 姿 の 幾 分 か を 明 ら か に し た い と 考 え た か ら で あ る。 こ れ に よ っ て、 空 海 の 自 利 行 ・ 利 他 行 に 於 け る 楽 し み と 悩 み の 一 端 を 垣 間 見 る 事 が 出 来 た と 思 う。 高 野 山 に 山 籠 を 始 め た 時 期 は、 空 海 に と っ て、 自 利 行 の 時 期 で あ っ た。 ﹃ 文 筆 眼 心 抄 ﹄ を 撰 す る 為 に は、 ﹃ 文 鏡 秘 府 論 ﹂ を 含 め、 相 当 量 の 資 料 等 を 高 野 山 に 持 ち 込 ん で い た 筈 で あ る。 こ の 時 点 で は、 東 寺 の 経 営 を 任 せ ら れ る 事 を 知 っ て い た 訳 で な く、 高 雄 山 寺 か ら、 高 野 山 に 本 拠 を 移 す 覚 悟 で あ っ た と 思 わ れ る。 良 琴 安 世 に 贈 っ た 詩 五 首

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密 教 文 化 言 い か え れ ば、 山 籠 を し て、 如 実 知 自 心 を 実 践 し、 今 一 度 初 心 に 立 ち 返 り、 修 学 ・ 修 禅 に 励 ん だ こ と で あ ろ う。 い (37) わ ば こ の 時 期 が 空 海 に と っ て、 重 要 な 蓄 積 の 時 期 で あ っ た と 考 え ら れ る。 ︻ 追 記 ︼ こ の 論 文 は 平 成 十 七 年 度 の 密 教 研 究 会 学 術 大 会 で 発 表 し た も の を、 一 部 修 正 し た も の で あ る。 そ の 後、 贈 良 相 公 詩 五 首 の 個 々 の 平 灰 ・ 押 韻、 読 み 下 し 文、 解 釈 等 を 加 え、 一 篇 の 論 文 と し て、 纏 め て お り、 本 論 は そ の 第 一 章 に 相 当 す る も の で あ る。 そ の た め、 本 論 で は 不 十 分 の 表 現 と な っ た 部 分 の あ る こ と を お 許 し 願 い た い。 尚、 個 々 の 詩 の 論 究 に つ い て は、 今 後 発 表 の 機 会 が 与 え ら れ れ ば、 先 学 諸 先 生 方 の 御 叱 正 を 戴 き た い と 考 え て い ま す。 最 後 に な り ま し た が、 本 論 作 成 に つ い て、 主 任 教 授 の 武 内 孝 善 先 生 に 懇 切 な 御 指 導 を 頂 き ま し た こ と 申 し 述 べ、 感 謝 の 意 を 表 し た い と 思 い ま す。 ︻ 参 考 資 料 ︼ 贈 良 相 公 詩 五 首 漢 詩 の 平 灰 ・ 押 韻 の 表 記 に つ い て は 次 の よ う な 記 號 を 用 い た。 平 灰 は ○ が ﹁ 平 ﹂ 字、 ● が ﹁ 灰 ﹂ 字、 △ が ﹁ 平 ﹂ ﹁ 灰 ﹂ ど ち ら で も よ い 字 を 表 記 す る。 押 韻 は ◎ が ﹁ 平 声 ﹂ 韻、 ◆ が ﹁ 灰 声 ﹂ 韻 で 表 記 す る。 各 々 の 字 の 四 声 と 韻 の 分 (38) 類 に つ い て は、 唐 代 に 用 い ら れ て い た ﹁ 廣 韻 ﹂ に よ っ て 記 載 し て い る。

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一 五 言 ﹁贈 良 相 公 詩 ﹂ 遍 照 発 揮 性 霊 集 ・ 巻 一 原 文 と 平 灰 ・ 押 韻 -孤 雲 無 二 定 庭 一 2 本 自 愛 二 高 峰 一 3 1 不 レ 知 二 人 里 日 一 4 観 レ 月 臥 二 青 松 一 5 忽 然 開 玉 振 6 寧 異 レ 封 二 顔 容 一 7 宿 霧 随 レ 吟 敏 8 蘭 情 逐 レ 詠 濃 9 傳 燈 君 雅 致 10 余 誓 濟 二 愚 庸 一 11 機 水 多 二 塵 濁 一 12 金 波 不 レ 易 レ 從 13 飛 雷 猶 未 レ 動 14 蟄 蚊 匪 レ 開 レ封 15 巻 野 非 二 一 己 一 16 行 藏 任 二 六 龍 一 五 言 十 六 句 今 髄 詩 排 律。 押 韻 は 上 平 声 第 三 番 ﹁ 鐘 ﹂ 韻。 平 灰 は 第 十 四 句 が 間 違 い、 他 は 合 致 し て い る。 二 雑 言 ﹁ 入 山 興 ﹂ 遍 照 発 揮 性 霊 集 ・ 巻 一 原 文 と 平 灰 ・ 押 韻 -問 師 何 意 入 二 深 寒 一 2 深 嶽 崎 嘔 太 不 レ安 3 上 也 苦 ・ 下 時 難 4 山 神 木 魅 是 爲 レ書 ﹁換 韻 5 君 不 レ 見 ・ 君 不 ・ 見 6 京 城 御 苑 桃 李 紅 7 灼 灼 芽 券 顔 色 同 8 一 開 レ 雨 ・ 一 散 ・ 風 9 瓢 上 瓢 下 落 二 園 中 一 10 春 女 群 來 一 手 折 11 春 鷺 翔 集 啄 飛 レ 空 ﹁換 韻 12 君 不 レ 見 ・ 君 不 レ 見 13 王 城 城 裏 神 泉 水 14 一 沸 一 流 速 相 似 ﹁換 韻 15 前 沸 後 流 幾 許 千 16 流 之 流 之 入 二 深 淵 一 17 入 二 深 淵 一轄 轄 去 18 何 日 何 時 更 端 ﹁換 韻 19 君 不 レ 見 ・ 君 不 レ 見 20 九 州 八 島 無 量 人 21 自 レ 古 今 來 無 常 身 良 峯 安 世 に 贈 っ た 詩 五 首

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密 教 文 化 22 尭 舜 禺 湯 與 二 桀 紺 一 23 八 元 十 齪 將 二 五 臣 一 24 西 嫡 摸 母 支 離 艦 25 誰 能 保 二 得 萬 年 春 一 26 貴 人 賎 人 偬 死 去 27 死 去 死 去 作 二 灰 塵 一 28 歌 堂 舞 閣 野 狐 里 29 如 レ 夢 如 レ泡 電 影 賓 ﹁換 韻 30 君 知 不 ・ 君 知 不 31 人 如 ・ 此 ・ 汝 何 長 32 朝 夕 思 思 堪 レ 噺 レ腸 ﹁換 韻 33 汝 日 西 山 半 死 士 34 汝 年 過 レ 半 若 二 起 一 35 住 也 住 也 一 無 レ 盆 36 行 行 不 レ 須 レ 止 37 去 来 去 来 大 空 師 38 莫 レ 住 莫 レ住 乳 海 子 39 南 山 松 石 看 不 レ 厭 40 南 嶽 清 流 憐 不 レ 已 41 莫 ・ 慢 二 浮 華 名 利 毒 一 42 莫 ・ 焼 二 三 界 火 宅 裏 一 43 斗 藪 早 入 二 法 身 里 一 雑 言 四 十 三 句。 押 韻 ・ 第 一 句-三 句 ﹁ 寒 ﹂ ﹁ 安 ﹂ ﹁ 難 ﹂ は 上 平 聲 第 二 十 五 番 ﹁ 寒 ﹂ 韻。 第 四 句 ﹁ 書 ﹂ は 上 平 聲 第 二 十 六 番 ﹁ 桓 ﹂ 韻。 ﹁ 寒 ﹂ ﹁ 桓 ﹂ 韻 は 同 用 韻。 第 五 句 か ら 換 韻 す る。 第 六 句-十 一 句 ﹁ 紅 ﹂ ﹁ 同 ﹂ ﹁ 風 ﹂ ﹁ 中 ﹂ ﹁ 空 ﹂ は 上 平 聲 第 一 番 ﹁ 東 ﹂ 韻。 第 十 二 句 か ら 換 韻 す る。 第 十 三 句 ﹁ 水 ﹂ は 上 聲 第 五 番 ﹁ 旨 ﹂ 韻。 第 十 四 句 ﹁ 似 ﹂ は 上 聲 第 六 番 ﹁ 止 ﹂ 韻。 ﹁ 旨 ﹂ 韻 と ﹁ 止 ﹂ 韻 は 同 用 韻。 換 韻 し て、 ﹁ 千 ﹂ ﹁ 淵 ﹂ は 下 平 聲 第 一 番 ﹁ 先 ﹂ 韻。 第 十 九 句 か ら 換 韻 す る。 第 二 十 句-二 十 九 句 ﹁ 人 ﹂ ﹁ 身 ﹂ ﹁ 臣 ﹂ ﹁ 塵 ﹂ ﹁ 賓 ﹂ は 上 平 聲 第 十 七 番 ﹁ 眞 ﹂ 韻。 第 二 十 五 句 ﹁ 春 ﹂ は 上 平 聲 第 十 八 番 ﹁諄 ﹂ 韻。 ﹁ 眞 ﹂ 韻 と ﹁ 諄 ﹂ 韻 は 同 用 韻。 第 三 十 句 か ら 換 韻 す る。 第 三 十 一 句 ﹁ 長 ﹂ 三 十 二 句 ﹁ 腸 ﹂ は 下 平 聲 第 十 番 ﹁ 陽 ﹂ 韻。 換 韻 し て 第 三 十 三 句-四 十 三 句 ﹁ 士 ﹂ ﹁ 起 ﹂ ﹁ 止 ﹂ ﹁ 子 ﹂ ﹁ 己 ﹂ コ 畏 ﹂ ﹁ 里 ﹂ は 上 聲 第 六 番 ﹁ 止 ﹂ 韻。 押 韻 を 七 回 換 え て い る が 押 韻 の 間 違 い は な い。 複 雑 な 構 成 で あ る。 平 灰 ・ 二 四 不 同 と 二 六 通 の 間 違 い が 十 三 箇 所 あ る が、 こ れ は 約 六 分 の 一 の 割 合 に な る。 雑 言 詩 は そ れ ほ ど 平 灰 を 重 視 し な い が、 こ の 詩 は 比 較 的 に 平 灰 に 意 を 用 い て い る と い え る か も し れ な い。

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三 雑 言 ﹁山 中 有 何 樂 ﹂ 遍 照 発 揮 性 霊 集 ・ 巻 一 原 文 と 平 灰 ・ 押 韻 -山 中 二 有 何 樂 一 2 遂 爾 永 忘 ・ 蹄 3 一 秘 典 ・ 百 柄 衣 4 雨 灘 雲 需 與 レ 塵 飛 5 徒 飢 徒 死 有 二 何 盆 一 6 何 師 此 事 以 爲 ・ 非 ﹁換 韻 7 君 不 レ 見 ・ 君 不 レ 聴 8 摩 端 鷲 峰 繹 迦 居 9 支 那 垂 嶽 曼 殊 雇 ﹁換 韻 10 我 名 二 息 悪 修 善 人 一 11 法 界 爲 レ 家 報 レ 恩 賓 12 天 子 剃 レ 頭 献 二 佛 駄 } 13 耶 嬢 割 ・ 愛 奉 二 能 仁 一 14 無 レ 家 無 レ 國 離 二 郷 属 一 15 非 レ 子 非 レ 臣 子 安 レ 貧 16 澗 水 一 圷 朝 支 レ命 17 山 霞 一 咽 夕 谷 レ 神 18 懸 薙 細 草 堪 レ 覆 レ 罷 19 荊 葉 杉 皮 是 我 菌 20 有 レ意 天 公 紺 幕 垂 21 龍 王 篤 信 白 帳 陳 22 山 鳥 時 來 歌 一 奏 23 山 猿 輕 跳 伎 絶 レ 倫 24 春 華 秋 菊 笑 向 レ 我 25 曉 月 朝 風 洗 二 情 塵 一 26 一 身 三 密 過 二 塵 滴 一 27 奉 二 献 十 方 法 界 身 一 28 一 片 香 煙 経 一 口 29 菩 提 妙 果 以 爲 レ 因 30 時 華 一 掬 讃 一 句 31 頭 面 一 禮 報 二 丹 震 一 32 八 部 恭 恭 潤 二 法 水 一 33 四 生 念 念 各 謹 レ眞 ﹁換 韻 34 慧 刀 揮 研 無 二 全 牛 一 35 智 火 繰 放 灰 不 レ 留 36 不 滅 不 生 越 二 三 劫 一 37 四 魔 百 非 不 レ 足 レ 憂 38 大 虚 蓼 廓 圓 光 遍 39 寂 舅 無 爲 樂 以 不 雑 言 三 十 九 句。 押 韻 ・ 第 二 句-六 句 ﹁ 蹄 ﹂ ﹁ 衣 ﹂ ﹁ 飛 ﹂ ﹁ 非 ﹂ は 上 平 聲 第 八 番 ﹁ 微 ﹂ 韻。 第 七 句 か ら 換 韻 し て、 八 句 ﹁ 居 ﹂、 九 句 ﹁ 盧 ﹂ は 上 平 聲 第 九 番 ﹁ 魚 ﹂ 韻。 第 十 句 か ら 換 韻 し、 第 三 十 三 句 ま で の ﹁ 人 ﹂ ﹁ 賓 ﹂ ﹁ 仁 ﹂ ﹁ 貧 ﹂ ﹁ 神 ﹂ ﹁ 菌 ﹂ 良 寄 安 世 に 贈 っ た 詩 五 首

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密 教 文 化 ﹁ 陳 ﹂ ﹁ 塵 ﹂ ﹁ 身 ﹂ ﹁ 因 ﹂ ﹁ 震 ﹂ ﹁ 眞 ﹂ 上 平 聲 第 十 七 番 ﹁ 眞 ﹂ 韻。 第 二 十 三 句 ﹁ 倫 ﹂ の み 上 平 聲 第 十 八 番 ﹁諄 ﹂ 韻 で あ る が、 ﹁ 眞 ﹂ 韻 と 同 用 韻 で あ る。 第 三 十 四 句 か ら 換 韻。 ﹁ 牛 ﹂ ﹁ 留 ﹂ ﹁ 憂 ﹂ ﹁ 不 ﹂ は 下 平 聲 第 十 八 番 ﹁ 尤 ﹂ 韻。 完 壁 に 押 韻 は 成 さ れ て い る。 平 灰 ・ 二 四 不 同、 二 六 通 は 七 十 二 箇 所 中 二 十 箇 所 が 誤 り で あ る。 四 雑 言 ﹁ 徒 懐 玉 ﹂ 遍 照 発 揮 性 霊 集 ・ 巻 一 原 文 と 平 灰 ・ 押 韻 1 問 師 懐 レ 玉 不 レ 肯 レ 開 2 濁 往 二 深 山 一取 二 人 胎 一 3 君 不 レ 聴 ・ 君 不 レ 聴 4 調 御 髪 珠 秘 二 験 皇 一 5 宣 尼 良 玉 稻 二 沽 哉 一 6 方 圓 人 法 不 レ 如 レ黙 7 読 聴 瑠 璃 情 幾 擾 8 古 人 學 レ 道 不 レ 謀 レ 利 9 今 人 讃 レ 書 但 名 財 10 輪 王 妙 藥 鄙 爲 レ 毒 11 法 帝 醍 醐 諦 作 レ 災 ﹁換 韻 12 夏 月 涼 風 13 冬 天 淵 風 14 一 種 之 氣 15 噴 喜 不 レ同 ﹁換 韻 16 蘭 肴 美 膳 味 無 レ 攣 17 病 口 飢 舌 甜 苦 別 18 西 施 美 笑 人 愛 死 19 魚 鳥 驚 絶 都 不 レ 悦 ﹁換 韻 20 同 與 レ 不 レ 同 21 時 與 レ 不 レ 時 22 昇 沈 讃 殿 黙 語 君 知 レ 之 ﹁換 韻 23 知 レ 之 知 レ 之 名 二 知 音 一 24 知 音 知 音 蘭 契 深 雑 言 二 十 四 句。 押 韻 ・ 第 一 句-十 一 句 ﹁ 開 ﹂ ﹁ 胎 ﹂ ﹁ 毫 ﹂ ﹁ 哉 ﹂ ﹁ 擁 ﹂ ﹁財 ﹂ ﹁ 災 ﹂ は 上 平 聲 第 十 六 番 ﹁ 胎 ﹂ 韻。 第 十 二

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句 以 後、 次 々 と 四 句 か ら 二 句 で 換 韻 さ れ て い る。 類 例 の 無 い 構 成 で あ る。 押 韻 そ の も の に 問 題 が あ る 訳 で は な い。 平 灰 ・ 二 四 不 同、 二 六 通 は 三 十 八 箇 所 中 十 一 箇 所 が 誤 り で あ る。 五 七 言 ﹁ 羅 皮 函 詞 ﹂ 遍 照 発 揮 性 霊 集 ・ 巻 一 原 文 と 平 灰 ・ 押 韻 1 南 峰 濁 立 幾 千 年 2 松 柏 爲 レ隣 銀 漢 前 3 戴 レ 日 羅 衣 物 外 久 4 函 書 今 向 二 相 公 邊 一 今 髄 詩 ・ 平 起 式 七 言 絶 句。 押 韻 は 下 平 声 第 一 番 ﹁ 先 ﹂ 韻。 平 灰 は 平 起 式 七 言 絶 句 に 完 壁 に 合 致 し て い る。 (註) 昭 和 四 〇 年 十 一 月 ・ 岩 波 書 店) は 何 れ も 七 首 と し て い る。 ( 1) 五 首 の う ち ﹁ 入 山 興 ﹂ は 勅 撰 漢 詩 文 集 ﹃ 経 國 集 ﹄ 巻 第 十 ( 3) ﹃ 経 國 集 ﹄ 巻 第 十 梵 門 に 所 載 さ れ た 詩 は 五 言 十 二 句 の 梵 門 に も 収 載 さ れ て い る。 ﹁登 二 延 暦 寺 一拝 二 澄 和 尚 像 一﹂ で あ る。 (2) ﹃ 経 國 集 ﹄ の 九 首 は 賦 が 一 首、 題 の み 有 っ て 本 文 を 欠 く も ( 4) 注 2 の ﹁詩 人 小 伝 ﹂ ﹁空 海 を め ぐ る 人 物 略 伝 ﹂ 等 参 照。 の が 一 首、 完 全 な 詩 が 七 首、 合 わ せ て 九 首 で あ る。 小 島 憲 之 ( 5) ﹃孝 経 ﹄ ⋮ 儒 教 経 典、 十 三 経 の 一. 天 子 か ら 庶 民 に 至 る 孝 ﹁ 詩 人 小 伝 ﹂ (同 著 ﹃ 国 風 暗 黒 時 代 の 文 学 ﹄ 中 の 中 ・ 一 八 四 八 道 の 意 義 と 方 法 を 述 べ、 家 庭 道 徳 の 根 本 と 称 せ ら れ た。 頁 ・ 昭 和 五 四 年 一 月 ・ 塙 書 房) 及 び 渡 辺 照 宏 ・ 宮 坂 宥 勝 ﹁ 空 ( 6) 記 事 は ﹁ 始 讃 二 孝 纒 一、 捨 レ 書 而 歎 日、 名 教 之 極、 其 在 レ 弦 海 を め ぐ る 人 物 略 伝 ﹂ (同 著 ﹃ 三 教 指 錦 ・ 性 霊 集 ﹄ 五 七 三 頁 ・ 乎。 ﹂ 良 峯 安 世 に 贈 っ た 詩 五 首

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密 教 文 化 ( 7) 記 事 は ﹁七 月 同 母 兄 左 大 臣 冬 嗣 莞 逝。 謝 レ 病 不 レ 上。 中 使 屡 催。 不 レ 肯 レ 入 二 禁 中 一。 ﹂ で あ る。 ( 8) 太 田 亮 ﹃ 姓 氏 家 系 大 事 典 ﹄ 第 一 巻 所 収 の ﹁ 皇 室 御 系 図 ﹂ に よ る ( 五 十 七 頁-六 十 一 頁 ・ 昭 和 三 十 八 年 十 一 月 ・ 角 川 書 店) ( 9) ﹃ 姓 氏 家 系 大 事 典 ﹂ 第 三 巻 所 収 の 良 参 の 項 ( 六 千 五 百 二 十 四 頁) 参 照。 尚、 安 世 の 子 孫 の 研 究 に つ い て は 蔵 中 ス ミ ﹁ 良 峯 氏 系 図 考 ﹂ ( ﹃ 日 本 歴 史 ﹄ 第 三 七 五 号 十 九-三 十 一 頁 ・ 昭 和 五 四 年 八 月 号) が 詳 し い。 ( 10) 良 雰 安 世 の 一 世 賜 姓 の 状 況 等 に つ い て は、 ﹃ 密 教 学 会 報 ﹄ 第 四 十 四 号 の 拙 稿 ﹁ 一 世 賜 姓 と 良 雰 安 世 ﹂ を 参 照 願 い ま す。 (11) 対 象 と な る 五 首 の 詩 の 原 文 は 平 灰 ・ 押 韻 及 び 返 点 等 を 付 し て、 文 末 に 参 考 資 料 と し て 掲 載 し た。 原 文 に 付 加 し た 返 点 等 は 筆 者 が 別 途 五 首 の 各 々 に つ い て、 分 析 ・ 検 討 を 加 え た も の を 記 載 し て い る。 ( 12) ﹁ 薙 皮 函 ﹂ 出 来 う る 限 り、 イ ン タ ー ネ ッ ト 等 で 検 索 し、 古 代 の 容 器 類 も 出 来 る だ け 調 査 し た が、 結 局 具 体 的 な 形 状 は 判 明 し な か っ た。 樹 皮 ・ 蔦 ・ 竹 ・ 萩 な ど 素 材 が 種 々 あ る が、 昔 の 背 負 い 籠 で 葛 篭 の よ う な も の を 想 像 す る し か な く、 本 文 で は そ の 設 定 で 記 し て い る。 一 説 で は、 牛 皮 な ど 動 物 の 皮 に 薄 絹 を 張 っ た 文 箱 と の 説 も あ る が、 実 際 の 所 は 判 ら な い。 後 放 に 待 ち た い。 ( 13) 呼 掛 け 語 の 中 で ﹁ 君 不 聴 ﹂ は 空 海 独 自 の 用 法 か も し れ な い。 検 索 し た 所、 全 て 四 語 ・ 五 語 で 構 成 さ れ て い て、 呼 掛 け 語 と は 言 え ず、 最 初 の 用 例 が ﹃ 楚 辞 ﹄ ﹁ 離 騒 ﹂ に ﹁諌 君 不 レ聴 ﹂ と 出 て い る。 以 後 全 て の 用 例 は ﹁主 君 に 諌 あ て も 聴 か ず ﹂ の よ う な 用 法 で ﹁秦 君 不 レ聴 ﹂ ﹁人 君 不 レ聴 レ政 ﹂ な ど と 使 わ れ て い る。 そ れ 故 呼 掛 け 語 と し て、 用 い ら れ て い た か ど う か は 未 詳 で あ る。 当 時 の 長 安 で 口 語 と し て 使 用 し て い た か も 知 れ な い が、 現 在 で は 何 と も 判 断 で き な い。 た だ、 同 じ ﹁ 君 聞 い て い る か ﹂ の 意 味 を 表 す ﹁ 君 不 レ 聞 ﹂ は 呼 掛 け 語 と し て、 ﹁ 全 唐 詩 ﹂ に 八 例、 漢 籍 に 七 例 が あ る。 そ れ 故、 通 常 呼 掛 け 語 と し て は、 ﹁ 君 不 聴 ﹂ を 使 わ ず ﹁ 君 不 聞 ﹂ を 用 い る と 考 え ら れ る。 ﹁ 君 不 聴 ﹂ を 呼 掛 け 語 と し て 用 い る の は、 空 海 独 自 の 用 法 の 可 能 性 が 高 い と 思 わ れ る。 ( 14) ﹁古 く は 聖 範 口 伝 ﹃ 性 霊 集 略 注 ﹂ ﹃ 性 霊 集 聞 書 ﹄ ﹃ 性 霊 集 便 蒙 ﹂ な ど。 従 っ て 近 来 の 坂 田 光 全 ﹃ 性 霊 集 講 義 ﹄ 及 び、 空 海 の 全 集 ・ 著 作 集 の 注 は 全 て 同 じ 解 釈 で あ る。 (15) ﹃ 毛 詩 ﹂ は 空 海 の 時 代 で は 五 纒 の 一 で、 ﹃ 詩 経 ﹂ の 事 で あ る。 周 の 建 国 前 後 以 来 伝 存 さ れ て き た ﹁ 詩 ﹂ の 註 釈 書 と し て、 毛 亨 が 漢 初 に 伝 え た も の で、 そ の 後、 唯 一 ﹁ 詩 ﹂ の 注 釈 書 と し て ﹁ 詩 ﹂ と 共 に 伝 存 さ れ て き た。 そ の 特 徴 は 所 載 の 全 て の 詩 に 毛 氏 が 詩 序 を つ け て、 そ の 詩 の 作 ら れ た 由 来 を 述 べ て い か ん し ょ る 事 で あ る。 最 初 の 詩 ﹁ 關 誰 ﹂ の 詩 序 は ﹁ 大 序 ﹂ と 呼 ば れ、 ゆ く 有 名 な 詩 の 定 義 ﹁ 詩 者 志 之 所 レ 之 ﹂ 等 が 述 べ ら れ て い る。 爾 来 中 国 で は、 詩 の 本 質 論 と し て、 ﹁ 大 序 ﹂ の 言 説 が 全 て の 作

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詞 の 基 本 と さ れ て き た。 夫 々 の 詩 序 も 宋 代 ま で は 疑 わ れ な か っ た。 (16) ﹃ 拾 芥 抄 ﹄ 選 者 不 詳 ・ 百 科 全 書 で 永 仁 二 年 ( 一 二 九 四) 以 前 の 成 立 と さ れ て い る。 現 存 本 は 三 巻 で あ る が、 原 本 の 改 編 さ れ た も の で、 桐 院 公 賢 撰 で 暦 鷹 四 年 ( 一 三 四 一) 成 立 と の 説 も あ る。 貴 族 の 教 養 に 資 す る 為 に 編 纂 さ れ た も の で、 鎌 倉 初 期 か ら 多 く の 増 補 ・ 書 き 継 ぎ が あ る と さ れ て い る。 ﹃職 原 抄 ﹄ 北 畠 親 房 撰 ・ 二 巻。 中 世 公 家 の 官 職 に つ い て 述 べ た 書。 暦 磨 三 年 ( 一 三 四 〇) 成 立。 ﹃拾 芥 抄 ﹄ ﹃職 原 抄 ﹂ の ﹁相 公 ﹂ の 記 述 に つ い て は、 原 本 を 確 認 し た の で は な く、 黒 板 伸 夫 氏 の 論 文 ﹁官 職 唐 名 の 一 考 察 -参 議 の 唐 名 お よ び 儀 同 三 司 に つ い て -﹂ ( ﹃摂 関 時 代 史 論 集 ﹂ 一 六 五 頁) か ら 依 用 し て い る。 同 論 文 に よ れ ば、 ﹁ 参 議 ﹂ の 唐 名 と し て、 ﹃ 拾 芥 抄 ﹂ に は ﹁ 宰 相 ﹂ ﹁ 相 公 ﹂ の 二 つ を 挙 げ、 ﹃ 職 原 抄 ﹂ に は ﹁ 相 公 ﹂ の み を 挙 げ て い る と 述 べ ら れ て い る。 ( 17) 現 在 通 用 し て い る 歴 史 事 典 に ﹁ 官 職 和 漢 名 対 照 表 ﹂ ( 角 川 書 店 ﹃ 日 本 史 辞 典 ﹂) ・ ﹁ 官 位 唐 名 異 称 一 覧 ﹂ ( 新 人 物 往 来 社 ﹃ 日 本 史 総 覧 ﹄) ・ ﹁ 官 職 唐 名 異 称 一 覧 ﹂ (平 凡 社 ﹃ 日 本 史 大 事 典 ﹄) 等 と 作 表 ・ 記 載 さ れ て い る の は、 ﹃ 拾 芥 抄 ﹄ ﹃ 職 原 抄 ﹂ 等 を 典 拠 と し て、 作 成 さ れ て い る。 従 っ て、 ﹁ 相 公 ﹂ は 狭 義 の ﹁参 議 ﹂ の み に 対 応 さ せ て い る。 ( 18) 黒 板 伸 夫 ﹃摂 関 時 代 史 論 集 ﹂ (昭 和 五 五 年 十 月 ・ 吉 川 弘 文 館) 所 収。 一 六 三-一 九 五 頁。 ( 19) ﹃ 高 野 雑 筆 集 ﹄ は ﹃ 定 本 弘 法 大 師 全 集 ﹂ 第 七 巻 に 所 収 さ れ た も の を 参 照 し、 本 論 記 載 の 返 点 ・ 送 り 仮 名 等 は 同 書 に 従 っ た。 A 以 下 の 書 簡 の 所 載 箇 所 を 同 書 の 所 載 の 頁 で ( 定 本 ○ ○ 頁) と 付 記 し た。 ( 20) こ の 書 簡 は、 高 木 諦 元 ﹃ 空 海 と 最 澄 の 手 紙 ﹄ ( 六 十 六 頁) で は、 弘 仁 十 二 年 十 一 月 に 藤 原 冬 嗣 に 宛 て た も の と さ れ、 爾 相 公 は 冬 嗣 と 藤 原 緒 嗣 を 指 す と さ れ て い る。 西 本 昌 弘 ﹁ 真 言 五 祖 像 の 修 復 と 嵯 峨 天 皇 -左 大 将 公 宛 空 海 書 状 の 検 討 を 中 心 に -﹂ (﹃ 関 西 大 学 ・ 東 西 学 術 研 究 所 紀 要 ﹄ 三 十 八 号) で は、 冬 嗣 と 藤 原 三 守 と さ れ て い る が、 三 守 は こ の 時 点 で は 権 中 納 言 で あ り、 そ の 地 位 を ﹁相 國 ﹂ と 称 す る か ど う か は、 他 の 用 例 を 検 討 す る 必 要 が あ る と 思 わ れ る。 同 様 に 良 謬 安 世 も 中 納 言 で あ り、 彼 の 可 能 性 も あ る。 冬 嗣 以 外 の 一 名 は 確 定 で き な い と 思 う。 ( 21) こ の 書 簡 の 宛 名 を、 高 木 氏 は ( 前 掲 注 20 の 書 七 四 頁) 誰 を 指 す か 不 明 と さ れ な が ら、 ﹁ 聖 躬 不 予 ﹂ を 理 由 に、 ﹁ あ る い は こ の 書 状 は 弘 仁 元 年 九 月 上 旬 に 右 兵 衛 藤 原 緒 嗣 に あ て た も の か も し れ な い。 ﹂ と さ れ て い る。 (22) こ の 書 簡 に 関 す る 先 行 研 究 に は 次 の も の が あ る。 (1) 後 藤 昭 雄 ﹁ 入 唐 僧 の 将 来 し た も の -讃 と 碑 文 -﹂ (﹃ 論 集 平 安 文 學 ﹄ 第 二 号 ・ 十 六-三 〇 頁。 平 成 七 年 五 月、 勉 誠 社)。 ﹃ 秘 密 曼 茶 羅 付 法 傳 (広 付 法 傳) ﹄ の 成 立 時 期 と 祖 師 像 の 修 復 に 言 及 さ れ て い る。 ﹁ 左 大 将 相 公 ﹂ が 従 来 の 藤 原 内 麻 呂 説 等 に 対 良 雰 安 世 に 贈 っ た 詩 五 首

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密 教 文 化 し て、 ﹃ 公 卿 補 任 ﹄ に 基 づ き、 藤 原 冬 嗣 と さ れ、 時 期 を 弘 仁 三 年 十 二 月 以 降 同 七 年 十 月 以 前 と さ れ て い る。 即 ち ﹁相 公 ﹂ を 狭 義 の ﹁ 参 議 ﹂ に 比 定 し た 説 で あ る。 (2) 西 本 昌 弘 ﹁真 言 五 祖 像 の 修 復 と 嵯 峨 天 皇 -左 大 将 公 宛 空 海 書 状 の 検 討 を 中 心 に -﹂ ( ﹃ 関 西 大 学 ・ 東 西 学 術 研 究 所 紀 要 ﹂ 三 十 八 輯 ・ 1-2 3 頁、 平 成 十 七 年 四 月)。 先 の 後 藤 氏 の 論 文 に 対 し、 宛 名 を 藤 原 冬 嗣 と 賛 同 き れ て い る が、 時 期 に つ い て は 弘 仁 十 二 年 春 頃 と さ れ、 後 藤 説 に 反 論 さ れ て い る。 そ の 論 拠 と し て、 空 海 の 他 の 書 簡 -本 論 で と り あ げ た A ・ B ・ D ・ E -に 言 及 さ れ て、 空 海 が ﹁ 相 公 ﹂ の 語 句 を 広 義 に 用 い て い る の で、 ﹁ 左 大 将 相 公 ﹂ が 左 大 将 大 納 言 ・ 左 大 将 右 大 臣 で も あ り う る と さ れ て い る。 更 に 祖 師 像 の 行 状 文 の 中、 善 無 畏 師 と 一 行 師 に 付 さ れ た 弘 仁 十 二 年 の 書 蹟 を 根 拠 と さ れ て い る。 即 ち ﹁ 相 公 ﹂ を 広 義 の 太 政 官 に 解 釈 さ れ た 説 で あ る。 (23) ﹁ 納 言 ﹂ は 我 国 の 官 位 を 示 す 語 句 で は な く、 陪 唐 で 用 い ら れ た ﹁ 納 言 (侍 中) ﹂ が 議 政 官 (太 政 官) た る 真 宰 相 を 意 味 す る 語 句 と し て、 空 海 が 用 い た と 思 わ れ る。 ⋮ ﹃國 史 大 僻 典 ﹄ 第 十 巻、 六 九 六 頁 参 照 ( 24) 先 の 西 本 論 文 で は、 こ の 書 簡 記 載 の ﹁両 公 ﹂ を ﹁爾 相 公 ﹂ に、 ﹁爾 相 ﹂ を ﹁爾 相 國 ﹂ に 充 当 さ れ て、 両 者 を 藤 原 三 守 と 藤 原 冬 嗣 と さ れ て い る。 し か し ﹁爾 公 ﹂ ﹁爾 相 ﹂ は ﹁爾 相 公 ﹂ を 短 縮 し て 言 い 換 え た だ け で、 本 文 で 検 討 し た 如 く、 冬 嗣 で は な く、 安 世 が 妥 当 で あ る。 冬 嗣 は こ の 時 期 に は、 高 野 山 に 施 物 を 送 っ た 形 跡 が な い。 ( 25) 安 世 が 同 母 兄 の 藤 原 冬 嗣 の 周 忌 法 会 の 願 文 ﹁ 右 将 軍 良 納 言 爲 開 府 儀 同 三 司 左 僕 射 設 大 祥 斎 願 文 ﹂ を 空 海 に 依 頼 し た 時 は 天 長 四 年 七 月 二 十 四 日 で あ っ た。 こ の 時 の 安 世 の 肩 書 き は 正 三 位 中 納 言 兼 右 大 将 兼 春 宮 大 夫 で あ っ た の で、 願 文 の 右 将 軍 良 納 言 の 呼 称 は 合 致 し て い る。 ( 26) 安 世 の 公 職 の 補 任 の 年 月 日 は ﹃公 卿 補 任 ﹂ の 各 々 の 年 の 条 に 拠 る。 ( 27) 弘 仁 十 年 三 月 十 日 に 下 野 太 守 に 送 っ た 書 簡 ﹁ 貧 道 以 コ 去 弘 九 冬 月 ヲー 就 クニ 閑 寂 ニ於 紀 州 ノ 南 嶽 ニー。 ( 以 下 略) ﹂ に よ っ て、 九 年 十 一 月 と 推 定 さ れ る。 ( ﹃ 定 本 弘 法 大 師 全 集 ﹄ 第 七 巻 ﹁ 高 野 雑 筆 集 ﹂ 下 巻 一 二 三 頁)。 さ ら に 十 二 月 付 け の 宛 名 不 明 の 書 簡 (﹃ 同 書 ﹄ 一 二 七 頁) に よ っ て、 具 体 的 に は 十 一 月 十 六 日 に 登 山 し た こ と が 分 か る。 ( 28) 空 海 と ほ ぼ 同 年 の 柳 宗 元 ( 七 七 三-八 一 九) が ﹃ 鈷 銀 潭 記 ﹂ で ﹁ 尤 與 二 中 秋 一観 レ 月 爲 レ 宜。 ﹂ と 中 秋 の 観 月 が 尤 も 良 い と 述 べ て い る が、 世 間 一 般 に 認 識 さ れ た の は、 か な り 後 の 事 と 思 わ れ る。 ( 29) 検 索 は 北 京 大 学 ﹁ 全 唐 詩 電 子 検 索 専 業 版 ﹂ に よ る。 ﹁銀 漢 ﹂ は 八 十 二 例 あ っ た が、 重 複 を 除 く と 六 十 六 例 で あ っ た。 こ れ ら の 詩 の 詩 題 と 語 句 を チ ェ ッ ク し て、 制 作 時 期 を 調 べ て 見 る と 次 の よ う な 結 果 に な っ た。 秋 は、 七 月 ・ 六 例、 八 月 ・ 二 例、 を 入 れ て 合 計 二 十 八 例。 春 は 五 例。 夏 三 例。 冬 二 例。 時 期 の

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確 定 で き な い 詩 が 二 十 八 例 あ っ た が、 そ の 中 に は 秋 の 情 景 描 写 を 思 わ せ る 詩 が 相 当 数 含 ま れ て い る。 ( 30) ﹃ 弘 法 大 師 全 集 ﹄ 第 三 輯 所 載 の 同 作 品 の 末 尾 に ﹁ 天 長 二 年、 歳 在 大 荒 落、 玄 月 二 十 五 日、 建 之 池 □ 上。 ﹂ と あ り、 摸 本 に よ り 補 う と し て い る が、 こ の 一 文 を 根 拠 と し て、 制 作 日 と し て い る。 (31) ﹃ 定 本 弘 法 大 師 全 集 ﹂ 第 七 巻 ﹁ 高 野 雑 筆 集 下 ﹂ 一 二 三 頁 に 所 載。 (32) ﹃ 定 本 弘 法 大 師 全 集 ﹄ 第 七 巻 ﹁ 高 野 雑 筆 集 下 ﹂ = 八 頁 に 所 載。 ( 33) こ の 書 簡 は 年 次 が 不 明 で あ る が、 弘 仁 十 年 と す る 得 仁 撰 ﹃ 弘 法 大 師 年 譜 ﹂ 巻 之 七 ( ﹃真 言 宗 全 書 ﹄ 第 三 十 八 ・ 一 四 三 頁) の 説 に 拠 る。 ( 34) こ の 二 通 の 書 簡 ( ﹃定 本 弘 法 大 師 全 集 ﹂ 第 七 巻 ﹁高 野 雑 筆 集 上 ﹂ 一 一 二 ・ 一 一 三 頁) は 何 れ も 年 次 が 不 明 で あ る が、 内 容 か ら 判 断 し て、 高 木 諦 元 著 ﹃空 海 と 最 澄 の 手 紙 ﹂ の 弘 仁 十 年 説 に 従 う。 ﹃ 同 書 ﹄ 七 七 ・ 七 六 頁。 ( 35) ﹃文 筆 眼 心 抄 ﹂ の 序 文 に ﹁金 剛 峰 寺 禅 念 沙 門 遍 照 金 剛 撰 ﹂ と 記 名 さ れ、 序 文 の 終 り に ﹁ 干 時 弘 仁 十 一 年 中 夏 之 節 也 ﹂ と 年 月 が 記 載 さ れ て い る。 ( ﹃ 定 本 弘 法 大 師 全 集 ﹄ 第 六 巻 二 五 一 頁) ( 36) 得 仁 撰 ﹃ 弘 法 大 師 年 譜 ﹄ 巻 之 八 に、 真 濟 ・ 幹 海 を 伴 い、 伊 豆 ・ 野 州 を 経 て、 弘 仁 十 一 年 七 月 二 十 六 日 に 日 光 の 補 陀 洛 山 に 到 着 し た 記 事 を 載 せ て い る。 以 降 各 地 を 巡 遊 し、 諸 寺 を 建 立 し、 十 二 月 四 日 に 上 洛 し た と あ る。 守 山 聖 眞 編 ﹃文 化 史 上 よ り 見 た る 弘 法 大 師 傳 ﹄ は ﹁ 東 北 遊 化 の 真 偽 ﹂ の 章 で こ れ ら を 伝 説 と し て し り ぞ け て い る。 ( 37) こ れ ら の 詩 篇 を 制 作 し た 翌 年 の 弘 仁 十 二 年 の 五 月、 推 さ れ て 満 濃 池 の 修 築 に 携 わ る。 こ れ を 転 機 に 利 他 行 に 立 ち 戻 る。 や が て、 天 長 期 に 入 る と、 淳 和 天 皇 に 重 用 さ れ、 小 僧 都 に 任 じ ら れ、 僧 綱 入 り し て 公 職 に 就 く と 共 に、 造 東 寺 別 当 を 委 嘱 さ れ る 事 に な っ た。 利 他 行 に 遭 進 す る 結 果 と な っ た の で あ る。 ﹁ 徒 懐 レ玉 ﹂ の 第 二 十 句 ﹁ 同 與 不 レ同 ﹂ ・ 第 二 十 一 句 ﹁ 時 與 不 レ 時 ﹂ ・ 第 二 十 二 句 ﹁ 昇 沈 讃 殿 黙 語 君 知 レ之 ﹂ と 悩 ん だ 事 が、 そ の 後 の 利 他 行 に 生 か さ れ た と 考 え た い。 ( 38) ﹁廣 韻 ﹂ 本 論 文 で は、 平 灰 は 全 て ﹃ 大 宋 重 修 廣 韻 ﹄ 五 巻 ( 四 部 叢 刊 初 編 経 部) を 用 い て い る。 現 行 の 詩 韻 は ﹁平 水 韻 ﹂ 一 〇 六 韻 を 用 い て お り、 ﹁廣 韻 ﹂ は 二 〇 六 韻 で ﹁ 唐 韻 ﹂ と も 呼 ば れ て い る。 ︿ キ ー ワ ー ド ﹀ 良 峯 安 世、 空 海、 毛 詩、 自 利 行 ・ 利 他 行 良 峯 安 世 に 贈 っ た 詩 五 首

(28)

(2)

Five Poems Written to Yoshimine Yasuyo

NAKATANI Masamitsu

Kukai wrote five poems for the courtier, Yoshimine Yasuyo: Ryo

Shoko ni okuru Shi(贈 良 相 公 詩), Yama ni iru kyo(入 山 興), Sanchu ni

nan no tanoshimi aruya(山 中 有 何 楽), Itazura ni tama O idaku(徒 懐

玉), Rahikan no uta(薙 皮 函 詞). These five poems are included in the

first fascicle of Kukai's Henjo hokki shoryo shu(遍 照 発 揮 性 霊 集). All

the poems were written at the same time, and the collection together

forms a drama, which the present author attempts to arrange and

interpret. The author intends to understand Kukai's purpose in

writ-ing these poems by examining the introductions to the poems. Based

on a study of the phrasing of the poems themselves, a theory of when

these poems were composed will be presented. These studies should

lead to some understanding of Kukai as a man of letters. The result

ofthis will be a glimpse of some of Kukai's joys and sorrows as he

engaged in Buddhist practices both for his oven sake and for the sake

of others.

参照

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