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密教研究 Vol. 1928 No. 31 007大山 公淳「聲明の歴史的研究 P93-128」

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は し が き 一、 聲 明 沿 革 史 小 観 正 誤 一 二 二、 毘 意 の 傳 歴 三、 醍 醐 聲 明 の 祁 傳 に 就 い て 四、 魚 山 目 録 五、 四 座 講 縁 起 六、 四 座 講 式 の 傳 承 ざ そ の 刊 本 七、 進 流 聲 明 集 愛 遷 の 歴 史 的 渦 呈 八、 魚 山 藻 介 集 の 傳 承 九、 音 譜 に 就 い て は し が を 今 夏 高 野 山 法 儀 研 究 曾 の 主 催 に て、 弘 法 大 師 御 衣 調 進 の 寺 な る 賢 醜 院 に 於 い て、 聲 明 本 展 覧 會 の 催 ほ さ れ れ こ ご は、 斯 滋 近 嫌 の 快 事 で な く て は な ら め。 予 は 今 そ れ に 因 み て、 群 明 の 歴 史 的 研 究 な 試 み て 見 れ い 定 思 ふ。 尤 も こ れ に 就 い て は 既 に 本 誌 第 響 四 ・ 五 の 雨 號 に 於 い て ﹁ 沿 革 史 小 親 ﹂ な 論 述 し れ の で、 本 文 は 先 づ 受 の 謎 り を 正 し、 更 に 訣 な 補 ふ 意 味 に 於 い て 論 述 な 進 め る こ と 瓦 ず。 一、 聲 明 協 革 要 京 観 正 誤 一 二 撃 明 の 歴 史 的 研 究 九 三

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聲 明 の 歴 史 的 研 究 九 四 本 誌 第 廿 五 號 の 拙 稿 中 に 葦 原 寂 照 師 著、 聲 明 大 意 略 頗 文 解 に ﹁ 魚 山 の 調 巻 に 諸 山 の 不 同 こ れ あ り や ﹂ こ て、 古 記 に 御 室 は 牒

霧、

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(私云和本

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巴 あ る こ ご を 出 し た。 此 の 記 事 古 く は 明 鷹 五 年 ﹁ 忠 我 の 記 ﹂ に 出 し、 復 近 く は 寛 光 師 の ﹁ 魚 山 私 鋤 暑 解 ﹂ に 傳 ふ。 葦 原 師 は そ れ ら に よ り て 出 さ れ た の で あ ら う け れ ご、 今 回 の 展 覧 會 に 出 陳 さ れ 元 る 京 都 諸 山 高 野 山 内 各 院 の 書 庫 に 存 す る 聲 明 本 に て は、 何 等 か く の 如 き 各 山 の 聲 明 本 装 頑 調 憲 に 就 い て の 不 同 を 見 出 す こ ご が 出 來 な か つ た。 各 山 別 で な く、 軍 に 聲 萌 本 こ し て 見 る 時、 こ れ ら 調 巻 の 種 類 の 存 す る こ ご は 論 す る ま で も な い。 同 一 〇 三 頁 に 出 す ﹁ 傳 授 聲 明 法 則 ﹂ ご 題 す る 古 印 信 は 寳 壽 院 藏 ﹁ 弘 治 二 年 丙 辰 入 月 吉 日 傳 授 阿 閣 梨 慶 雅 ・授 與 快 慶 ﹂ な る も の に よ る こ ご を 附 言 す。 同 一 一 入 頁 に 記 し た る 隆 然 師 の 傳 に 就 い て、 ﹁ 正 懸 五 年 壬 辰 七 月 一 日 持 明 院 に 於 い て 乞 戒 の 聲 明 を 受 く し ご は 賢 任 大 徳 に 從 つ て 受 け た る も の ざ す。 猫 同 頁 以 下 な る ﹁ 聲 明 略 碩 文 し は、 櫻 池 院 に 存 す る 明 慮 魚 山 の 最 後 に 附 す る 所 で あ り、 金 剛 三 昧 院 に は 高 野 山 畳 讃 院 隆 然 作 呂 律 調 辮、 秘 密、 天 文 六 年 入 月 十 八 日

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ご 奥 書 す る 一 紙 の 寓 本 が 傳 へ ら れ て ゐ る。 今 の 文 を 研 究 す る に は 何 れ も 貴 重 な る 参 考 資 料 ざ す べ き で あ る。 本 誌 第 二 十 四 號 三 九 負 十 二 行 に ﹁ 源 流 記 に は 長 者 供 養 文 ぜ 注 し て ﹂ ご 記 し た る も、 享 保 四 年 版 の ﹁ 聲 明 源 流 記 ﹂ に は こ れ な く、 從 つ て 同 四 一 頁 四 行 五 行 の 附 言 は 不 用 こ な る。 予 の 附 言 す る 所 は、 聲 明 源 流 記 原 著 者 の 附 す る 所 の も の で は な く、 後 人 の 注 す る 所 に よ る も の こ す。 猶 同 頁 第 十 行 以 下 に ﹁ 源 流 記 に は 興 編 寺 常 樂 大 會 の 内 の 梵 音 を 除 い て ﹂ 云 去 ご 出 し た る も、 同 書 の 上 に て は ﹁ 常 樂 大 會 ﹂ の 文 字 を 掲 げ す。 こ れ 予 の 誤 記 さ す、 且 つ 同 四 二 頁 に 良 忍 上 人 は ﹁ 興 輻 寺 常 樂 大 會 の 内 梵 音 を 除 き だ る 籐 の 諸 昔 曲 を 精 練 一 統 し ﹂ た る や う に 記 し た る も、 こ れ 復 ﹁ 聲 明 源 流 記 ﹂ に 依 れ ば、 ﹁ 興 幅 寺 常 樂 大 會 の 内 の 梵 音 を 兜 峯 の 内 院 に 傳 へ 唯 こ れ を 興 福 寺 に 局 る ﹂ ご あ る。 且 つ 上 人 の 事 跡 を 考 ふ れ ば 此 の 記 事 の 方 が 正 し き 故、 今 は 前 を 改 め る こ ご す。 同 四 五 頁 及 び 六 頁 に 妙 音 院 流 の こ ご を 沙 汰 す る に 際 し、 ﹁ 源 流 記 ﹂ ご ﹁ 聲 決 書 ﹂ ご の 二 書 を 引 用 し た。 然 し て ﹁ 源 流 記 ﹂ に は ﹁ 妙 音 院 大 相 國 ﹂ こ し、 ﹁ 聲 決 書 ﹂ は ﹁ 六 條 中 將 時 李 卿 ﹂ こ す。 二 者 何 れ に よ る べ き か。 一 本 血 脹 に は 既 に 記 す る が 如 く ﹁ 妙 音 院 大 政 大 臣 師 長 ﹂ ご 傳 ふ。 今 の 場 合 は 一 本 血 脈 圖 の 示 す 如 く、 妙 音 院 大 相 國 師 長 公 こ す る を 正 ご す。 但 し 予 の 以 前 に 用 ゐ た る 聲 明 源 流 記 封 し、 享 保 四 年 版 の 源 流 記 を 今 回 の 展 覧 會 に 於 い て 始 め て 考 査 す る を 得、 此 庭 に 一 言 記 し て、 前 文 讃 者 の 宥 恕 を 請 ふ 次 第 撃 明 の 歴 史 的 研 究 九 五

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撃 明 の 歴 史 的 研 究 九 六 で あ る。 本 誌 第 二 十 五 號 第 百 十 八 頁 に、 ﹁ 定 遍 の 醒 醐 流 は 廣 く 世 に 行 は れ す、 唯 相 慮 院 の 二 涙 ざ 進 流 ご が 行 は れ て ゐ た。 そ れ も 相 鷹 院 の 二 派 は 漸 次 衰 へ て、 今 で は 京 都 仁 和 寺 に 此 の 流 の 聲 明 譜 の 獲 存 す る を 見 る に し か 過 ぎ な い こ ご に な つ て を る ﹂ ご 蓮 べ だ け れ ご、 そ の 中 醍 醐 聲 明 は 既 に 記 し た る が 如 く、 新 義 眞 言 の 聲 明 こ し て 現 行 し て を り、 相 癒 院 の 二 涙 も、 徳 隔 末 期 頃 ま で は、 仁 和 寺 に 行 は れ て ゐ だ ら し い、 そ は 文 政 十 三 年 庚 寅 佛 成 道 日 癒 仁 和 寺 浮 光 院 照 滋 公 之 需 奉 書 寓 了 法 印 宏 練 ざ 奥 書 せ る 九 方 便 ・ 五 悔 等 の 聲 朋 集 が、 多 紀 道 怨 師 よ り 出 陳 さ れ た る に よ つ て 明 了 な る を 得 た。 叉 同 一 〇 七 頁 に ﹁ 造 流 ご 醍 醐 流 ご は 横 笛 の 譜 に よ る ﹂ こ ご を 記 し た が、 そ れ に 就 い て ﹁ 寳 燈 鉛 出 ﹂ ご 題 す る 一 帖 の 古 爲 本 に は ﹁ 醍 醐 の 源 蓮 僧 都 は 横 笛 の 譜 を も つ て 理 趣 経 等 に 付 く 皆 呂 律 の 音 を 舜 別 す る な り ﹂ こ し、 ﹁ 宗 観 上 人 の 弟 子 聖 海 法 師 は 箏 譜 を も つ て 理 趣 経 等 に 注 す る ﹂ こ も 傳 へ て ゐ る。 ︹附 記 ︺本 誌 第 十 四 號 三 九 頁 に ﹁ 大 原 山 來 遡 院 の 創 設 さ る、 は 目勝 隷 院 に 渥 る 玉 約 百 八 十 年 ﹂ 亡 あ る は、 ﹁約 八 十 年 ﹂ の 誤 切 な る に 付 き 荘 に 訂 正 す。 復 四 一 頁 の 表 劇 中、 錫 杖 帽 承 に 就 い て、 ﹁大 原 聲 明 傅 士 圖 ﹂ご 題 す る 鳥 本 の 裏 書 に は、 ﹁或 日 詑 云 ﹂ ご む て 第 一 日 藏 房 第 二 和 泉 守 盛 時 (俄 爲 無 督 人 鎧 笛 曲 習 之 ) 第 三 四 條 大 納 言 心 任。 第 四 皮 堂 別 當 寛 警、 第 五 幅 少 僧 都 懐 空 第 六 大 原 良 怒 上 人 第 七 叡 仙 房 源 蓮 律 曾 都 さ 記 す。

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二、 寛 慧 の 簿 歴 進 流 聾 明 に 於 け る 五 音 三 重 譜 を 作 つ た こ 傳 ふ る 畳 意 師 の 傳 に 就 い て は 知 る を 得 す、 爲 に 前 に 畳 意 は 文 永 頃 の 人 こ い ふ こ ご を 知 る の み に し て 生 年 等 詳 細 に 知 り 得 ざ る は 誠 に 遺 憾 手 (本 誌 二 + 五 號 二 四 頁 ) ど 記 し た の で あ る け れ ご、 そ の 後 の 調 査 ご 研 究 ご に よ り て、 次 の こ ご が 知 ら れ る や う に な つ だ。 即 鐸 迦 文 院 饒 藏 の 秘 讃 集 第 十 三、 ﹁ 供 養 讃 並 異 説 ﹂ ご 題 す る 爲 本 の 奥 に 異 本 批 云 文 永 七 年 三 月 営 五 日 書 窩 畢 同 六 日 私 五 音 博 士 付 畢 畳 意 後 叉 以 別 本 校 合 畢 自 伊 賀 阿 閣 梨 御 房 相 傳 也 此 讃 者 世 間 不 流 布 秘 讃 也 軟 不 可 授 人 也 穴 賢 身 々 畳 意 記 之 同 第 十 七、 ﹁ 繹 迦 讃 ﹂ の 奥 に は 此 讃 最 極 秘 讃 ナ リ 転 不 可 授 人 者 也 文 永 七 年 三 月 廿 六 日 属 七 日 畳 意 私 五 音 博 士 付 畢 畳 意 見 鍍 良 賢 良 馨 承 員 此 腱 に ﹁ 私 五 音 博 士 付 畢 畳 意 ﹂ こ い ふ は 實 に 進 流 聲 明 史 上 に 於 け る 劃 期 的 の 大 事 件 を、 交 献 的 に 最 も 明 確 な ら し む る 交 字 で な く て は な ら ぬ。 即 ち こ れ に よ つ て 吾 人 は、 五 音 博 士 が 畳 意 師 に よ り、 始 め て 聲 明 の 歴 史 的 研 究 九 七

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干 時 弘 安 十 一 年 三 月 廿 四 日 於 鎌 倉 之 亀 谷 之 清 凍 寺 書 篤 了 昼 意 在 判 正 鷹 六 年 五 月 廿 七 日 於 鎌 倉 清 凍 寺 錐 爲 不 頼 聲 明 依 器 量 之 仁 所 奉 授 之 也 畳 意 在 判 右 の ﹁ 藥 師 院 之 阿 閣 梨 ﹂ ご は 心 王 院 憲 海 の 上 足 寳 蓮 房 鮪 眞 の こ ご に し て (本 誌 第 廿 左號百す三頁疹照 ) 即 ち 文 永 八 年 畳 意 生 年 三 十 五 歳 の 時、 肪 眞 閣 梨 よ り 結 縁 灌 頂 の 聲 明 を 受 け だ。 こ れ よ り 逆 算 す る 時 は、 彼 れ は 四 條 天 皇 の 嘉 頑 三 年 に 生 れ た こ ご に な る。 復 西 南 院 に 存 す る ﹁ 聲 明 博 士 口 傳 事 ﹂ ご 題 す る 一 帖 の 爲 本 の 奥 に は 丈 永 十 一 年 正 月 六 日 畳 意 此 曲 鞭 不 可 授 人 者 也 弘 安 七 年 二 月 晦 日 於 安 養 院 奉 随 謹 蓮 傳 授 綬 賭 名 畢 ご 記 す。 ﹁ 謹 蓮 ﹂ ご は 畳 意 の 假 名 で あ る。 時 の 受 者 名 を 失 し た る は 残 念 こ す。 彼 の 正 智 院 本 に よ り て 正 癒 六 年 五 月、 鎌 倉 に 於 い て、 結 縁 灌 頂 聲 明 を 傳 授 し た こ ご が 知 ら れ る か ら 前 の 生 年 よ り 考 ふ れ ば、 此 の 年 は 豊 意 師 四 十 七 歳 の 時 こ な る 。 け れ ご 未 だ そ の 寂 年 を 知 る を 得 な い。 見 鍵 が 供 養 讃 を 爲 し た る 正 和 四 年 の 頃 ま で 在 世 せ り こ せ ぱ 此 の 年 は 畳 意 師 七 十 九 歳 の 時 こ な る。 予 は 繹 迦 文 院 ﹁ 秘 讃 集 ﹂第 十 七 帖 の 奥 書 に よ り て、 聲 明 の 歴 史 的 研 究 九 九

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種 明 の 歴 史 的 研 究 一 〇 〇 可 成 に 長 生 さ れ た も の こ 考 へ た い。 或 は 正 和 四 年 近 く の 頃 ま で 在 世 さ れ だ か も 知 れ な い。 ﹁ 醍 醐進流定 十 六 大 菩 薩 漢 讃 ﹂ ご 題 す る 一 帖 折 本 の 刊 本 が 存 す る。 そ は 定 の 十 六 菩 薩 讃 に 南 山 造 流 の 純 粋 な る 墨 譜 が な い の で、 醍 醐 に 傳 ふ る 進 流 の 漢 讃 に 畳 意 の 五 音 譜 を 黙 じ た、 る も の を 得、 斯 に そ の 譜 を 移 し 黙 じ て 刊 行 し た の で、 附 黙 者 は 南 山 戒 蓮 院 の 眞 源 師 こ す。 そ の 譜 の 由 來 を 眞 源 師 の 蹟 文 に よ つ て 見 る に、 此 の 本 は 醍 醐 の 式 部 律 師 玄 慶 が 乗 願 房 よ り 習 ひ 傳 ふ る 所 に し て、 そ の 血 豚 は、

和 州 中 頃 寺 汰 逡 上 人

同 寺 浮 月 房

竈 口 井 上 敷 業

後 清 水 坂 竹 谷

醍 醐 式 部 律 師 毘 喜 山 本

高 野 婁 養 悦 鐙 難 房 此 僧 始 定 五 音 三 重 墨 講 隆 然 -重 弘 こ な つ て ゐ る。 要 す る に 畳 意 師 の 師 承 は、 進 流 に あ り て、 般 若 房 龍 憲 ・ 寳 蓮 房 肪 眞 の 二 人 あ る こ ご は 密 宗 聲 明 系 譜 に 記 す る 所、 伊 賀 阿 閣 梨 ・ 輝 寂 御 房 の 名 は 前 記 文 献 に よ り て 見 ら れ、 醍 醐 の 進 流 を 畳 喜 に 受 け た こ ご は 上 の ﹁ 十 六 大 菩 薩 漢 讃 ﹂ の 後 践 に よ り て 知 ら る。 資 に 良 恰( 密 宗 撃明系譜)あ り、 前 記 見 艘 も そ の 資 か。 ( 一 本、 正 態 六 年 に 良 恰 が 鎌 倉 清 凍 寺 に 於 い て 畳 意 よ り 受 け し 結 縁 灌 頂 聲 明 を 爲 し て ゐ る )。 水 原 師 の お 話 を 聞 け ば 身 延 山 久 遠 寺 の 書 庫 に、 ﹁ 御 遺 告 ﹂ な る も の あ り、 見 返 に 墨 書 に て ﹁ 普 賢 院 ﹂ ご あ り、 ﹁ 延 文 四 年 六 月 十 一 日、 棋 尾 牛 等 心 王 院 西 寮 に 於 い て、 開 山 上 人 御 自 筆 本 を も つ て 書 爲 し 終 る、 金 剛 佛 子 畳 意 三 十 四 ﹂ ご 奥 書 せ る も の が あ る こ い ふ こ ご な れ ご、 こ は 今 の 畳 意 師 に は 非 す、 既 に そ の 年 代 を 異 に し、 ﹁ 開 山 上 人 ﹂ な ご の 用 語 法 が 高 野 山 の も の こ は 考 へ ら れ な い。

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前 述 ﹁ 聲 明 博 士 口 傳 事 ﹂ ご 題 す る 一 帖 の 書、 異 本 に は 畳 意 の 作 な る か の 如 く に 記 す も の あ れ ご、 確 謹 を 得 な い。 一 本 に は 御 本 云 右 任 師 口 傳 記 之 暗 諦 之 後 速 可 入 火 暫 爲 無 失 念 大 綱 記 之 而 巳 高 野 山 於 南 院 頼 -幅調 云 ご あ り、 右 の ﹁ 師 口 傳 ﹂ こ い ふ に 就 い て、 南 山 密 華 院 霊 瑞 師 は こ れ に ﹁ 心 王 院 憲 海 資 藥 師 院 砧 眞 寳 蓮 房 也 ﹂ ご 註 す。 西 南 院 本 は、 右 の 次 に、 更 に 五 音 三 重 圖、 四 種 由、 讃 番 事 等 を 記 し て、 前 の 畳 意 師 の 奥 書 を 附 す。 さ れ ば 今 の 三 ケ 條 は 篭 意 の 所 説 で あ る か も 知 れ ぬ。 け れ こ そ の 内 容 は 五 音 三 重 圖 の 外 に、 聾 明 こ し て 論 述 し な け れ ば な ら 漁 程 の も の で は な い。 更 に 考 ふ べ き は 五 音 三 重 十 一 位 の 圖 は 果 し て 畳 意 師 の 創 案 な る か。 予 は 本 誌 第 廿 五 號 に て、 ﹁ 魚 山 螢 芥 集 ﹂ や 前 記 秘 讃 集 の 扱 文 等 の 所 説 に 從 ひ 昼 意 の 創 案 こ し て 論 述 し た の で あ る け れ ご、 そ の 後 の 研 究 の 進 む ご こ も に 多 少 の 疑 念 を 懐 く や う に な つ だ。 (本 稿 第 七 八 節 塗 照 ) 例 へ 五 昔 三 重 圖 は 後 代 に 完 成 さ れ た る に せ よ、 五 音 譜 を 始 め て 用 ゐ た る 人 の 昼 意 師 な る こ ご は 上 來 の 文 献 に 依 り て 疑 ふ を 得 な い。 猫 西 甫 院 に 存 す る、 天 文 廿 一 年 十 月、 阿 州 櫛 淵 の 信 深 識 之、 ﹁ 聲 明 書 私 し ご 題 す る 一 帖 の 古 爲 本 に は ﹁ 如 圓 房 ・ 謹 難 房。 浮 妙 房 な ざ こ い ふ 聲 明 の 名 人 四 五 人、 寄 り 合 つ て 五 韻 博 士 を 始 め ら る こ ﹂ ご 傳 ふ る も (此 の 傳、 本 誌 第 背 五 號 一 一 六 頁 拙 稿 参 照 ) こ れ 以 上 の 文 獄 を 得 す、 是 非 を 判 定 し か 漁 る。 聲 明 の 歴 史 的 研 究 一 〇 一

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聲 明 の 駆 史 的 研 究 一 〇 二 三、 醍 醐 聲 明 の 相 傳 に 就 い て 明 癒 五 年 二 月 廿 四 日、 法 印 椹 大 信 都 忠 我 の 記 す る 所 ご 傳 ふ る ﹁ 聲 明 口 傳 書 ﹂ に は、 醍 醐 の 聾 明 相 承 に 就 い て 次 の 如 き 記 事 を 出 す。 ( 以 下 釣 出 ) 小 野 三 寳 院 成 賢 僧 正 各 日 の 御 墾 内 退 屈 な る に よ つ て、 俄 に 上 の 醍 醐 遍 知 院 へ 御 陰 居 あ り、 そ の 上 足 に 意 教。 道 敷 ・ 憲 深 ・ 光 寳 こ い ふ 四 人 あ り、 次 第 に 各 々 佳 持 し 給 ふ た。 そ の 光 寳 の 時、 公 家 武 家 の 若 君 子 息 等 が 弟 子 ご し て 多 く 集 ま り、 そ の 中 に 左 遁 の 御 振 舞 在 り し ご て、 遍 知 院 よ り 使 者 來 つ て 院 家 を 追 放 さ れ た。 然 る に 一 夜 御 暇 を 申 し 請 け ら る こ 間 に 三 寳 院 一 流 の 聖 敷 重 書 等 悉 く 一 筆 に 爲 し 取 り、 鎌 倉 雪 ノ 下 へ 下 ら れ た。 こ れ を 光 寳 院 流 こ い ふ。 か く し て 盤 明 集 も 醍 醐 に 磨 忘 し て し ま つ た。 其 後 地 藏 院 の 法 印 親 快 が 三 貴 院 の 住 持 こ な ら れ た 時、 聲 明 集 を 再 興 す る に、 先 來 の 相 鷹 院 方 を 捨 て こ 菩 提 院 方 を 稽 古 さ れ た。 弦 に 於 い て 醍 醐 に 菩 提 院 方 の 聲 明 が 存 す る こ ご、 な つ た。 そ し て 聲 明 法 則 は 廣 澤 を 用 ゐ、 法 事 法 則 は 小 野 方 を 用 ゐ だ こ。 復 忠 我 の 記 に は ﹁ 廣 澤 の 寛 朝 偲 正 は 長 徳 四 年 六 月 十 二 R 卒 春 秋 八 十 三、 付 法 十 七 人 ﹂ ご 傳 へ、 聲 明 の 音 曲。 理 趣 輕 文 段 の 聲 句 此 の 時 初 め て 調 ふ。 大 僧 正 は 一 物 々 々 に 博 士 を 付 け て 御 教 あ り、 其 次 第 梯 登 の 法 則、 音 曲 音 律 の 定 め を 設 け ら る。 こ れ に よ つ て 法 則 集 の 名 が 有 る こ ご に な つ た ご。 醍 醐 聲 明 の 大 血 肱 を 見 な い の で、 全 燈 を 知 る こ ご が 出 來 な い が、 一 二 拾 ひ 集 む る に

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醍 醐 流 勝 賢 俗 正 -任 賢

都-賢

垂 海 法 印 -玄 慶 法 印

-道

印-行

師-螢

慈 業 上 人 -堅 畳 上 乗 院 宮 道 乗 -畳 濟 .

都-溢

(

)

(光

)

聲 明 の 歴 史 的 研 究 一 〇 三

(12)

聲 明 の 歴 史 的 研 究 一 〇 四

(

)

(

)

慶 澤 の 聲 明 血 豚 は、 仁 和 寺 よ り 四 紙 展 覧 會 へ 綴 陳 さ れ て ゐ た が、 繁 に 過 ぎ る こ ご こ な る の で 略 す る 億 し 大 略 は 簡 輩 な が ら 本 誌 第 廿 五 號 の 拙 論 中 に 出 す 所 ざ す。 四、 魚 山 昌 鎌 ﹁ 魚 山 目 録 ﹂ は、 嘉 顧 四 年 潤 二 月 九 日 大 原 の 草 庵 に 於 い て、 大 原 聲 明 中 與 の 租 こ も 云 ふ べ き 宗 快 法 印 が、 ﹁ 付 古 搏 士 爲 令 知 玉 音 し に 抄 す る 所 の 書 で あ る。 然 る に 高 野 由 に 此 の 書 が 二 本 存 し て ゐ る。 一 は 密 華 院 霊 瑞 師 の 傳 ふ る 所 に し て、 一 は 普 陽 院 所 藏 の 本 こ す。 今 前 者 を A さ し 後 者 を B こ し て そ の 内 容 の 一 端 を 見 る こ ご こ す。 A 本 は 宗 快 法 印 嘉 顧 二 年 に 作 り し も の を、 後 大 原 來 迎 院 の 圓 珠 上 人、 南 山 に 來 つ て、 密 宗 阿 閣 梨 の 聲 明 を 金 剛 三 昧 院 塞 忍 上 人 に 受 け、 そ の 節 彼 の 魚 山 目 録 を 塞 忍 に 相 傳 し た。 然 る に 一 心 院 谷 法 智 坊 の 住 持 た る 観 深 敷 義 房 和 上 は、 室 忍 上 入 の 上 足 に し て、 そ の 目 録 を 傳 へ、 至 徳 年 中 敷 義 房 和 上 阿 州 名 西 郡 龍 佳 寺 に 佳 し た こ 傳 ふ。 此 の 説 は ﹁ 聲 決 書 ﹂ に 出 す 所 に し て、 本 誌 廿 五 號 一 二 四 頁 以 下 に 予 も 亦 記 し た。 雲 瑞 師 は 此 の 記 事 を 本 擦 こ し て ﹁ 彼 魚 山 目 録 卜 云 ハ 恐 ク ハ 此 一 巻 鰍 後 哲 可 考 ﹂ ご 誌 さ れ だ。 そ し て

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サ タ ヤ ス ﹁ 此 一 懇 無 表 題 故 霊 瑞 私 貴 者 也 ﹂ ご。 今 の 本 初 め に 醍 醐 天 皇 延 長 二 年 に 亮 ぜ ら れ た る 貞 保 親 王 の 序 を 置 き 奥 に は ( マ、 ) 永 仁 七 年 己 亥 卯 月 廿 三 日 於 海 郡 書 爲 了 快 塞 ご あ り。 貞 保 親 王 の 序 に は ミ テ ム 夫 絃 歌 之 調 非 レ笛 不 レ 整 (中 略 )樂 府 少 二 知 レ 音 之 輩 一伶 官 無 下 矯 二 肚 之 一 人 上 聖 上 情 二 正 聲 之 將 一攣 懲 二 謬 由 之 郵 レ聴 即 降 二 勅 命 一傳 習 上 徒 臣 未 レ 免 二 周 朗 顧 嚇 改 二季 子 之 睨 幅狸 蒙 二 給 旨 一欲 レ 罷 不 ゾ 能 欲 ノ 積 節 族 於 二寒 暑 呼 累 ジ 劫 碩 二 春 秋 一從 二 延 喜 十 一 年 一迄 三 一十 年 一渤 誘 不 レ 倦 傳 授 巳 畢 傍 新 造 レ譜 爲 二 之 楷 摸 一云 云 ご。 本 文 最 初 に 博 士 圖 あ り、 中 に 已 上 畳 照 ( 昭 力 ) 阿 閣 梨 之 取 ( 所 力 ) 圖 也 妙 音 院 暉 定 大 閤 御 説 同 之 云 云 こ い ふ が 如 き 圖 も 見 ら る。 復 法 圓 上 人 唄 之 横 笛 譜 並 博 士 會 圖 別 有 之 或 書 管 粒 圖 算 終 云 右 管 粒 調 子 呂 律 形 大 概 如 此 音 曲 以 之 可 レ 思 二 合 之 一云 云 聲 明 の 歴 史 的 研 究 一 〇 五

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聲 明 の 歴 史 的 研 究 一 〇 穴 な ご の 註 も 見 ゆ 返 音 圖 笛 圖 及 び そ の 解 説 四 箇 法 用 の 音 曲 意 得 錫 杖 の 相 承 譜 ﹁ 光 明 皇 后 御 作 雪 訳 四 條 大 納 言 様 蓉 云 ﹂ こ す る 法 華、 ヒ ヂ リ

の、

廿

出。

(

次、

)

す。

(15)

次 に B 本 は 嘉 禎 四 年 に 宗 快 の 抄 す る 所、 上 下 二 岱 あ り、 合 し て 一 冊 こ す。 目 次 に は 魚 山 目 録 博 士 圖、 上、 始 段 唄、 中 唄、 行 香 唄、 散 花、 梵 音、 三 條 錫 杖、 凋 馬 三 禮 如 來 唄、 伽 陀、 六 種、 禮 佛 頚、 三 十 二 相 敷 化、 後 誓 ・ 佛 名、 揚 勘 請、 廻 向、 漢 音 三 禮 ・ 瓶 戒 偶、 六 時 掲、 短 聲 四 奉 請。 甲 念 佛、 合 殺、 切 聲 廻 向 大 熾 悔、 短 聾 阿 彌 陀 経、 惣 禮 三 寳 ・奉 請 ・唯 願 ・ 六 根 段 ・ 四 悔、 供 養 文 ・ 乞 呪 願 詞、 十 方 念 佛、 経 段 後 唄 繊 法 梵 唄、 舎 利 讃 嘆、 三 種 合 刹、 法 花 讃 数、 切 音 錫 杖。 魚 由 員 銀 博 士 圖、 下 引 聲 四 奉 請、 甲 念 佛、 乙 念 佛、 引 聲 阿 彌 陀 経、 引 聲 七 五 三、 引 聲 廻 向、 天 台 大 師 供 ( 諸 大 師 可 准 之 囁ズ遍 云 )、 諜 讃、 文 殊 漢 語 讃、 顯 敷 封 揚、 講 演 渤 請、 登 願、 四 弘、 十 二 禮、 (已 上 顯 宗 畢 ) 四 智 梵 語 讃、 四 智 漢 語 讃、 云 何 唄、 封 揚、 供 養 文 ・唱 禮 ・ 九 方 便 ・ 五 悔 . 大 讃、 佛 讃、 百 八 讃、 授 持 偶、 三 力 掲、 警 畳 眞 言、 乞 戒 掲、 五 讃、 諸 天 漢 語 讃、 吉 慶 梵 語、 同 漢 語。 巳 上 の 諸 聾 明 に 關 す る 一 定 の 博 士 の 約 束 圖 を 録 し だ る も の に し て、 此 の B 本 の 奥 書 に よ れ ば、 今 の 本 は 文 明 入 年 霜 月 三 十 日 高 野 山 に 於 い て 貞 存 法 師 に 從 つ て 増 專 な る 入 こ れ を 傳 へ、 更 に 文 録 五 年 六 月 廿 繭 日 讃 州 野 原 の 佳 良 嚴 房 増 秀 に 傳 與 し た こ ご に な つ て ゐ る。 爲 本 の 年 代 は や は り 此 の 時 代 の も の こ 思 は る。 今 こ れ を、 現 在 天 台 宗 に 傳 ふ る 本 を C こ し て 饗 校 す る に、 B 本 に 無 く C 本 に の み 存 す る も の に 聲 明 の 歴 史 的 研 究 一 〇 七

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聲 明 の 歴 史 的 研 究 一 〇 八 修 正 導 師 法 則 の 六 種 佛 名、 五 佛 頂 敏 化 の 中 の 六 時 供 養 文 ・ 同 如 來 唄 ・ 散 花 ・ 乞 呪 願 詞。 呪 願 ・ 牛 玉 加 持 登 願。 五 大 願、 阿 彌 陀 悔 過、 千 手 敷 化 に 就 く 供 養 文 等、 修 正 唱 禮 導 師 用 の も の な ご あ り、 復 九 聲 念 佛、 熾 法 六 根 段、 布 薩 用 の も の、 契 佛 讃 ・ 彌 勒 悲 願 讃、 灌 佛 頚、 羅 漢 供 の 惣 禮 等、 佛 名 用 の も の、 廿 五 三 昧 渤 請、 修 法 後 加 持 登 願。 普 賢 讃。 百 字 讃 ・ 極 樂 聲 歌 等 何 れ もB 本 に 出 さ ず。 か く て B C の 二 本 を 封 照 す る に、 爲 本 の 様 態 よ り 推 す れ ば 8 本 が 古 き 形 に し て、 C 本 は 後 の 入 が 私 の 便 に 任 せ て、 更 に 増 補 し た る か に 思 は る こ。 A 本 は 恐 ら く、 魚 山 目 録 こ し て 傳 へ ら る、 も の に は 非 す し て、 他 本 で あ ら う。 唯 そ の 表 題 の 名 構 は 難 瑞 師 の 附 す る 所 こ す べ き で あ る。 こ れ 予 が 天 台 宗 に 現 在 傳 ふ る も の 二 本 ご、 今 記 す る B 本 こ の 三 本 を 見 て、 何 れ に も 多 少 の 出 没 は あ れ ご、 大 約 B C の 二 本 は 同 一 徹 の も の に し て、 A 本 は 全 く 別 系 統 な る に よ つ て、 か く 推 定 す る の で あ る。 ︹附 記 ︺正 智 院 に は 今 の A 本 に 一 致 で る 一 巻 の 寓 本 あ り。 題 し て ﹁大 原 聲 明 博 士 圖 ﹂き い ふ。 霊 瑞 師 の 修 補 言) て、 更 に 題 さ れ れ る 々 馨 宥碑 し れ る も の で あ る。 或 は 今 の ﹂題 名 が A 本 本 來 の ﹂表 題 に 相 唯贈 し い か も 知 れ め 〇 五、 四 座 講 縁 起 ﹁ 四 座 講 縁 起 ﹂ な る 一 軸 の 爲 本 は、 延 費 六 年 霜 月 三 日 甲 州 互 廠 郡 加 賀 美 山 法 善 寺 に 於 い て 爲 し だ る も の に し て、 現 在 は 高 野 山 持 明 院 に 所 藏 さ れ て ゐ る。 天 文 十 九 年 二 月 十 五 日 付 の 敬 自 文 に し て、 時 の 施 主 は そ の ﹁ 大 檀 那 武 田 信 玄 公 鰍 ﹂ こ も 註 さ る。 作 者 不 詳、 そ の 文 を 見 る に

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二 月 十 五 日 始 二 行 之 一 ざ 書 き 出 し て あ る。 普 通 に 傳 ふ る 四 座 講 式 文 の 奥 書 に て は 舎 式 は 建 保 二 年、 蝕 の 三 式 は 建 保 三 年 の 草 こ な り、 そ の 三 年 の 渥 薬 會 に 始 め て 用 ゐ ら れ た も の こ な つ て ゐ る o 建 保 二 年 は 建 仁 元 年 を 去 る 十 四 年 の 後 に し て、 建 仁 の 年 號 は 三 年 に し て 元 久 ご 改 め ら れ て ゐ る。 然 ら ば 明 恵 上 人 高 辮 は 四 座 の 式 文 を 草 す る 十 年 否 そ れ 以 前 よ り 浬 鍵 會 を 行 じ て ゐ ら れ た も の ら し い。 右 ﹁ 縁 剋 ﹂ に は 更 に ﹁ 彼 和 尚 私 記 云 ﹂ こ し て、 吾 初 年 の 當 初 よ り 二 月 十 五 日 に 至 る 毎 に 深 山 の 樹 下 に 濁 身 経 行 し て 佛 在 世 の 聖 儀 を 偶 仰 し、 滅 後 の 遺 跡 を 悲 戚 哀 奨 す。 中 比 よ り 以 來 は 紀 州 の 山 中 に 於 い て 門 弟 集 會 親 族 同 心 し て 一 樹 を 蕪 嚴 し、 菩 提 樹 ご 號 し て、 其 下 に 石 壇 を 築 き 金 剛 座 ご 名 け、 草 座 を 敷 き、 傍 に 率 都 婆 を 立 て、 諸 衆 同 く 南 無 摩 詞 陀 國 伽 耶 城 邊 菩 提 樹 下 成 佛 寳 塔 ご 幕 禮 す。 則 ち 浬 藥 會 こ ご な へ て、 一 書 夜 間 道 俗 男 女 貴 賎 曾 卑 異 口 同 音 に 憂 悲 戚 慕 す。 後 々 に は 漸 く 大 會 こ な り、 栂 尾 の 道 瘍 に 於 い て 一 天 基 動 し、 四 衆 群 集、 貴 賎 歩 を 運 び 供 具 を 捧 げ、 大 小 参 弁 し て 泣 涙 を 流 す。 即 三 十 二 相 右 脇 に し て 臥 し、 形 像 五 十 二 類、 別 離 哀 契 の 相 顔 を 囲 檜 し、 叉 菩 提 樹 の 像 十 六 羅 漢 の 像 を 懸 け、 佛 含 利 を 壇 上 に 安 置 し、 自 身 一 H 説 法 し て 聲 明 の 歴 史 的 研 究 一 〇 九

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撃 明 の 歴 史 的 研 究 一 一 〇 泣 々 造 敷 経 を 講 讃 す。 衆 會 の 諸 人 終 夜 各 々 同 音 に 羅 迦 の 寳 號 を 唱 へ、 結 縁 悲 嘆 の 行 儀、 中 天 の 儀 式 を 想 察 し、 唯 月 支 の 土 風 を 凝 す。 然 る に 叉 後 年 よ り 以 摩、 内 外 の こ ご に 付 き、 群 集 に 揮 り あ る を 顧 み、 自 ら 四 巻 の 式 を 作 つ て、 四 座 の 講 演 を 修 せ し む。 所 謂 日 中 に は 浬 繋 講、 初 夜 に は 十 六 羅 漢 講、 中 夜 に は 遺 跡 講、 後 朝 に は 含 利 講 こ す。 其 次 第 皆 所 以 あ る か。 然 る に 彼 和 爾 建 仁 元 年 辛 酉 二 月 十 五 日 よ り、 寛 喜 四 年 壬 辰 正 月 十 九 日 幟 駄 逝 去 の 時 に 至 る ま で 首 尾 三 十 二 年 間、 毎 年 に 此 の 浬 薬 會 を 修 せ ら る 其 後 又 實 勝 上 人 こ れ を 績 い で 寛 喜 四 年 二 月 十 五 日 よ り 建 長 入 年 ま で 二 十 七 箇 年 間 勤 修 せ ら れ た。 然 る に 彼 の 實 勝 上 人 は 年 來 の 宿 願 に よ り 康 元 二 年 正 月 廿 七 日 に、 土 佐 室 戸 の 津 よ り 一 身 一 葉 の 船 に 乗 り 補 陀 洛 往 詣 の 素 懐 を 逐 げ ら る。 時 に 歳 五 十 四、 そ の 時 上 人 の 付 属 を 得 て 永 仁 三 年 に 至 る ま で の 三 十 八 年 間 藤 尾 の 種 瘍 に 於 い て 成 鍵 な る 人 こ れ を 執 行 し た。 夫 れ 以 來 藤 尾 の 法 會 も 絶 え て 行 は れ す な つ だ。 愛 に 當 時 ( 加 賀 美 山 法 善 寺 の こ ご ) の 浬 繋 會 を 拝 見 す る に 鑑 未 來 際 を 蓋 し て 愛 る こ ご 無 け ん。 然 る 間 定 辮 こ れ を 相 績 し 徳 治 三 年 よ り 交 保 二 年 の 二 月 十 五 日 に 至 る ま で 十 一 箇 年 問 勤 行 す ⋮ ⋮ 抑 々 繹 迦 大 師 入 般 浬 盤 の 後 大 日 本 國 天 文 十 九 年 二 月 十 五 日 に 至 る ま で 既 に 二 千 四 百 九 十 一 年 の 春 秋 を 過 ぐ 云 柔 下 路 ) ご。 高 辮 ・ 實 勝 ・ 成 鍵 等 古 の 聖 者 の 面 影 も し の ば れ て 非 常 に 尊 く、 且 つ 浬 榮 會 の 由 來 四 座 式 の 傳 も 合 せ 考 へ ら る こ o

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此 の 四 座 講 法 曾 が 高 野 山 に 執 行 せ ら る、 に 到 り し は 大 樂 院 信 日 師 の 時 に 始 ま る。 ﹁ 密 宗 諸 法 會 儀 則 ﹂ ( 難 瑞 編 ) 大 樂 院 常 樂 會 法 則 の 條 に 當 院 の 常 樂 會 は 原 ご 轟 山 院 の 御 願 よ り 起 り 連 環 し て 今 に 絶 ゆ る こ ご な し (新 版 六 十 八 紙 右 ) ご 記 す が 如 く、 ﹁ 高 野 春 秋 ﹂ ( 佛 全 一 九 一 頁 下 ) 徳 治 二 年 の 條 に、 ﹁ 二 月 廿 四 日 信 日 闊 梨 大 樂 院 に 圓 寂 す ﹂ ど し て、 次 に 別 記 に 曰 く、 信 日 師 永 世 不 退 の 四 座 講 式 を 大 樂 院 に 始 行 せ ら る。 是 は 師 在 生 の 日 ・ 鶉 山 院 の 御 加 持 中 に 佛 舎 利 を 給 ひ、 且 つ 明 恵 上 人 筆 記 の 講 式 を 輔 受 せ し に よ る。

ご。

れ、

,

の 人 に 課 し て 筆 爲 せ し め、 高 祀 大 師 請 來 し て 朝 庭 へ 献 上 せ ら れ た る 佛 含 利 ご 共 に 下 賜 せ ら れ た。 こ れ に よ つ て 毎 年 佛 入 浬 磐 の 日、 二 旱 吾 四 座 講 の 大 法 會 を 執 行 し て 怠 る 芝 が な い。 然 る に ﹁ 紀 伊 績 風 土 記 ﹂ 大 樂 院 の 條 (高 野 山 の 部 上 谷、 三 五 四 ) に は 常 樂 會 當 院 始 行 は 徳 治 二 年 二 月 な り ご あ る。 然 し 徳 治 二 年 は 後 三 條 帝 の 年 號 に し て、 警 法 皇 は こ れ よ り 二 年 前、 即 ち 嘉 元 三 年 九 月 + 五 日 に 壽 五 十 七 に し て 御 崩 御 さ れ た。 然 ら ば ﹁ 績 風 土 記 ﹂ 編 者 は、 信 日 師 入 寂 の 年 ご、 大 樂 院 四 座 講 始 行 の 年 ご を 混 じ た る か。 何 れ に せ よ 報 山 法 皇 の 御 露 依 に よ り、 信 日 閣 梨 が、 大 樂 院 に こ れ を 始 行 せ ら 聲 明 の 歴 史 的 研 究 一 一 一

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聲 明 の 歴 史 的 研 究 一 一 二 れ た こ い ふ こ さ は 相 違 な い。 そ し て 高 野 山 に は 此 の 法 會 を 殊 に 奪 崇 し て、 嚴 重 の 上 に も 嚴 重 を 期 し て 近 世 に ま で 及 ん だ こ ご は 事 實 で あ る。 明 治 の 末 年 似 來 四 座 を 一 座 に し て、 金 剛 峰 寺 に 勤 め て ゐ た が、 数 年 來 再 び 奮 儀 に 復 し、 前 日 の 後 夜 に 始 め 當 日 の 日 中 に 終 る や う 四 座 を 勤 め る や う に な つ た。 唯 末 徒 の 慨 怠 か、 古 の 如 き 嚴 儀 に 復 し か ぬ る を 遺 憾 こ す る の み。 六、 四 慶 講 式 の 傳 承 と そ の 刊 行 四 座 講 の 線 起 ご 傳 來 並 び に、 四 座 式 の 作 者 に 就 い て は 既 に 記 し た の で、 更 に 次 の 問 題 泥 る 四 座 講 式 の 傳 承 こ そ の 刊 行 を 述 ぶ る こ ご こ す 〇 四 座 講 式 が 古 く は 爲 本 こ し て 傳 へ ら れ て ゐ た こ ご は、 次 の 如 き 本 の 存 す る に よ つ て 明 了 で あ る。 如 來 遺 跡 講 式 一 軸 総 持 院 藏 奥 書、 本 云 建 保 三 年 正 月 廿 二 日 亥 刻 草 此 式 丁 沙 門 高 辮 同 二 月 五 日 亥 刻 爲 奉 施 入 栂 尾 之 公 本 以 草 本 清 書 了 華 嚴 宗 喜 泉 文 保 二 年 十 月 廿 五 日 書 霧 之 執 筆 沙 彌 畳 能 舎 利 講 式 一 軸 光 明 院 藏 ( 表 朱 印 ) 勧 修 寺 大 経 藏 岩 首、 栂 尾 二 月 十 五 日 結 願 後 朝 分

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奥 書、 貞 和 五 年 二 月 十 五 日 爲 命 夕 勤 行 俄 馳 筆 詑 定 文 存 有 謬 歎 又 筆 跡 無 形 後 覧 尤 有 揮 如 今 書 改 之 而 巳 沙 門 肇 朗 云 云 四 座 講 式 三 軸 寳 竈 院 藏 舎 利 の 一 軸 訣 遺 跡 奥 書、 願 成 寺 之 流 種 物 也 錐 爲 末 代 不 可 取 於 寺 内 者 也 正 季 十 二 年 丁 酉 潤 七 月 廿 二 日 於 紀 州 名 草 郡 内 願 成 寺 寳 生 院 令 書 寓 之 畢 執 筆 窟 賢 (以 上 聲 明 本 展 観 目 鋒 ) 右 の 如 き は、 韓 爲 の 事 實 を 最 も 明 了 に 語 る も の に し て、 第 一 本 の 如 き 起 草 さ れ 把、 翌 月 に、 既 に 轄 寓 さ れ た こ ご を 傳 ふ。 此 の 傾 向 は 徳 川 の 末 頃 ま で も 績 け ら れ 陀 o け れ ご、 次 に 記 す る が 如 く 刊 行 さ る 、 に 至 つ て 漸 衣 韓 爲 の 必 要 な き に 至 つ た ご 思 は る。 然 し て 此 の 四 座 講 式 に 音 附 の 記 さ る、 や う に な つ π の は 何 時 代 頃 よ り か。 私 の 見 だ る 僅 か ば か り の 材 料 を も つ て 謂 は や、 前 記 正 李 十 二 年 爲 の 寳 轟 院 本 ご 云 は ね ば な ら ぬ。 私 の 有 す る 浬 繋。 舎 利 の 二 式 を 合 本 に し だ る、 室 町 中 期 頃 の も の こ 思 は る、 一 帖 の 本 に は 譜 の 外 に、 ﹁ 初 重 ・中 音 ・ 甲 二 重 ・ 三 重 ﹂ 等 の 朱 註 さ へ 入 つ て ゐ る。 寳 鶉 院 本 の 昔 附 や 假 名 は、 正 牛 筆 者 の も の こ 観 ら れ、 私 の 有 す る 本 の そ れ ら 註 記 は 別 筆 こ も 考 へ ら る れ ご、 大 し て 新 し い も の で は な く、 本 文 も 假 名 も 共 に 室 町 頃 の も の こ 思 は る。 然 し て 今 の 二 本 を 封 す れ ば 前 者 は 略 に し て、 後 者 は 聲 明 の 歴 異 的 研 究 一 一 三

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撃 明 の 歴 史 的 研 究 一 一 四 丁 寧 で あ る。 即 ち 時 代 が 新 し く な る に 從 つ て、 漸 次 丁 寧 ご な つ た こ ご が 誰 さ れ る。 四 座 講 式 の 刊 行 さ れ た る も の に 前 後 五 種 類 存 す る、 そ の 中 最 も 古 き は 寛 文 十 一 年 の も の に し て、 そ は、 其 歳 ﹁ 卯 月 日 ﹂ に ﹁ 紀 南 山 書 林 永 寧 坊 山 本 李 六 ﹂ の 刊 行 す る 所、 序 践 共 に な く、 全 く の 無 黙 本 こ な つ て ゐ る。 次 は 天 和 元 年 本 に し て、 前 本 出 る の 後 十 年 こ す。 後 記 に よ れ ば ﹁ 世 流 布 の 本 四 聲 博 士 等 正 し か ら ざ る 故、 好 本 を 求 め て 校 す し ( 取 意 ) ご あ る。 刊 記 並 に 刊 者 は ﹁ 天 和 元 辛 酉 中 冬 日 観 態 ﹂ ご 誌 す。 第 三 は 貞 享 三 年 五 月 下 旬、 武 州 の 俊 忍 師 が 世 に 行 は る、 本 に 就 い て、 文 字 博 士 清 濁 を 校 合 し、 前 川 蔑 右 衛 門 が 刊 行 し た の で あ る。 上 記 天 和 ・ 貞 亨 の 二 本 は 共 に 智 山 に 於 い て 罵 う る。 此 の 二 本 の 高 野 山 に 行 は る、 本 に 比 し て 最 も 異 る は 浬 盤 式 の 第 一 段 ﹁ 青 蓮 之 眼 閑 永 止 二慈 悲 微 笑 一丹 菓 之 唇 獣 終 絶 二 大 梵 哀 聲 一﹂ の 句 が 第 三 重 こ な り、 次 十 行 程 の 間 が 甲 二 重、 ﹁ 凡 大 地 震 動 大 山 崩 裂 海 水 沸 涌 江 河 澗 蜴 ﹂ の 句 中 習、 次 に 初 重 こ な る。 こ れ に 類 す る 瓢 猶 存 す れ ご 今 は 略 す る。 第 四 本 は 寳 暦 版 こ も 名 く べ き で あ つ て、 ﹁ 南 山 金 剛 峯 寺 普 門 院 藏 梓、 書 難 前 岡 久 五 郎 ﹂ の 刊、 首 に 金 剛 三 昧 院 の 快 辮 ご、 普 門 院 理 峰 師 の 序 あ り、 後 に 理 峯 の 資 廉 峰 師 の 後 賊 を 附 す。 そ れ ら の 序 践 に よ る ご、 理 峰 師 が、 そ の 師 榮 融 よ り 傳 ふ る 所 の 音 譜 を 附 し、 廉 峯 師 が 理 峯 の 命 を 奉 じ、 稜 正 し て 上 梓 し た こ ご に な つ て ゐ る。 山 内 龍 光 院 に は 鷹 峯 師 の 直 筆 に な る、 今 の 刊 本 の 原 本 た る べ き も の が 傳 は つ て ゐ

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る そ れ を 見 る に、 廉 峯 師 自 記 の 後 践 あ り、 一 節 に 一 日 書 難 余 (廉 峯 ) を 訪 ふ て 云 ふ。 南 山 講 式 の 韻 た る や 既 に 他 山 の 印 本 出 つ る に 及 び て、 間 々 他 調 を 雑 ね、 將 に 南 山 所 須 の 聲 範 を 灌 滅 し て 地 に 堕 さ し め ん こ す、 是 れ 皆 衆 の 慨 嘆 す る 所 以、 師 今 幸 に 其 の 法 燈 を 挑 ぐ、 何 ぞ 新 刻 の 韻 を 與 さ ざ る や さ、 余 去 く 是 れ 吾 師 の 願 ふ 所、 而 し て 師 の 歳 は 既 に 晩 年 に 迫 る。 余 は 今 其 の 堂 に 上 る ご 難 も 未 だ 源 底 に 至 る を 得 す、 若 し 亦 峻 拒 し て 是 の 業 を 果 さ ざ れ ば 吾 師 の 願 を 弄 つ る の み に 非 す、 吾 亦 最 後 漸 種 の 罪 を 脆 れ 難 い、 依 つ て 此 の 書 及 び 先 師 の 類 本 を 封 校 し 卒 に 兎 毫 を 揮 ひ、 梓 に 上 し て 以 つ て 後 に 貼 さ ん 云 云 ご。 こ れ に よ つ て 本 書 上 梓 前 後 の 事 情 を 知 る に 足 る で あ ら う。 第 五 は 大 正 五 年 に 印 制 登 行 さ れ た る も の に し て、 前 の 寳 暦 版 を 改 訂 し、 備 中 の 桑 本 眞 定 師 が 校 し て 流 布 せ ら る こ 所 こ す。 す べ て 初 學 者 の 稽 古 本 に 適 す る や う 改 刻 さ れ て ゐ る。 以 上 簡 輩 な が ら 四 座 講 式 の 傳 承 ご 刊 行 ご に 就 い て 概 説 を 試 み た。 そ の 刊 本 寓 本 何 れ な る に せ よ、 装 ヤ マ ト ト ヂ 禎 こ し て は 憲 子 本 あ り、 粘 帖 本 あ り、 大 和 冊 あ り、 必 す し も 一 定 し て ゐ な い。 総 じ て 儀 式 用 に は 憲 子 本、 稽 古 に は 粘 帖 若 し は 大 和 冊 を 用 う る が 室 町 中 期 以 來 の 様 子 ら し い。 猶 四 座 式 を 讃 む 調 子 に 就 い て 初 重 一 越。 二 重 黄 鐘。 三 重 盤 渉 こ す る を 古 來 の 相 傳 こ す。 ( 四 座 講 式 聞 書 及 び 四 座 講 法 式 秘 曲 等 )。 そ し て、 此 の 四 座 講 の 式 を も つ て、 す べ て の 講 式 類 を 朗 讃 講 諦 す る 時 の 規 模 こ す る の 習 慣 に て、 こ れ に 熟 聲 明 の 歴 史 的 研 究 一 一 五

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聲 明 の 歴 史 的 研 究 一 一 六 達 す れ ば、 他 の 諸 講 式 は 自 由 に 取 り 扱 は れ る こ ご に な つ て ゐ る。 七、 進 流 聲 明 集 攣 遷 の 歴 史 的 過 程 今 日 ま で に 私 の 見 た る 造 流 聲 明 集 の、 最 も 古 き 年 號 の 存 す る 篇 本 は、 備 中 金 剛 輻 寺 の 本 に し て、 奥 に ﹁ 本 云 文 保 二 年 八 月 一 日 普 一 ﹂ ご , 普 一 ご は 如 例 な る 人 か 詳 に す る を 得 す、 且 つ 現 本 は 室 町 初 期 の 爲 本 な れ ざ、 文 保 の 年 記 に よ り て 非 常 に 貴 重 な 研 究 資 料 こ な る。 上 記 第 二 項 の 畳 意 師 の 寂 年 に 数 す る 予 の 推 定 に し て 大 な る 誤 謬 な し ご せ ば、 此 の 年 號 は 師 の 寂 後 P 間 も な き 時 代 の も の に し て、 中 に は 畳 意 師 登 明 の 五 音 譜 を 黙 じ て ゐ る。 予 の 考 ふ る が 如 く な ら ば、 今 の 書 は、 五 音 譜 を 貼 せ ら れ た る 最 古 の も の こ 推 定 し 得 ら る。 終 に 博 土 ノ 委 テ 以 テ 定 ニ 五 音 ーヲ 節 曲 連 績 ス レ ト モ 其 膿 易 知 也 ご あ り、 復 ニ ハ ( マ、 ) ニ ハ

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ニ ハ ノ ノ 中 曲 角 檀 梅 朋 鞭 梅 ご 記 す。 本 の 形 は 大 き く、 内 容 は ﹁ 魚 山 集 ﹂ の 如 く、 ﹁ 三 禮 ﹂ に 始 ま り。 如 來 唄、 云 何 唄、 出 家 唄、 散 華 ・ 大 日 ・ 繹 迦 ・藥 師 ・阿 彌 陀 ・ 廻 向、 梵 音、 三 杖 錫 杖、 佛 名、 九 條 錫 杖、 佛 名、 醤 揚 ・曼 茶 羅 供 ・ 最 勝 講 ・大 般 若。 法 華 維 ・ 孟 蘭 盆 維 ・ 仁 王 経、 金 剛 界 五 悔 ・渤 請 ( 五 大 願 ) ・ 普 供 養 三 力 ・所 願 ・ 禮 佛 ・ 廻 向 ・ 胎 藏 界 九 方 便 ・ 勧 請 ・ 五 誓 願 ・ 普 供 養 ・ 三 力 ・ 禮 佛、 理 趣 経、 禮 幟 文、 四 智 梵 讃 ・ 大 臼 ・ 不 動 讃、 四 智 漢 ・ 心 略 漢 ・ 佛 讃、 文 殊、 吉 慶 漢 語 ・ 同 梵 語、 阿 彌 陀、 四 波 羅 密、 佛 名、 敷 化、 後 夜 偶 こ い ふ 順 序 に 列 べ て あ る。 こ れ に 依 つ て 親 る に 此 の 書 は や が て 後 の ﹁ 魚 山 螢 芥 集 ﹂ ご 改 訂 さ る べ き 原 形 に あ る こ ご を 注 意 し な く て は な ら ぬ。 次 に 見 る べ き 聲 明 集 は 眞 別 慮 圓 蓮 寺 に 傳 へ ら る、 本 で あ る。 終 に は 干 時 鵬 永 第 十 三 丙 戊 三 月 入 日 於 長 薦 寺 令 書 爲 畢 無 讐 之 悪 筆 之 上 錐 有 老 眼 朦 朧 之 慣 爲 密 敷 興 隆 倉 書 窩 畢 披 覧 之 節 可 被 五 字 之 明 唱 者 也 筆 士 七 十 二 歳 也 ・寳 導 資 灌 少 檜 都 玄 海 ( 花 押 ) ご あ る。 即 ち 寳 性 院 玄 海 法 印 直 筆 の 本 で あ る。 粘 帖 次 第 形 の 小 本 な れ ご 進 流 聲 明 史 こ し て は 看 過 す る 盤 明 の 歴 史 的 耕 究 一 一 七

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聲 明 の 歴 史 的 研 究 一 一 八 こ ご の 出 來 な い 本 こ す。 内 容 は 金 剛 界 五 悔 ・ 勧 請 ・三 力 ・普 供 養 ・ 所 願 ・ 禮 佛、 胎 藏 界 九 方 便 ・勘 請 ・ 三 力 ・ 普 供 養 ・ 所 願。 禮 佛、 四 智 ・ 心 略 不 動 讃、 四 智 漢 語。 心 略 漢 語 ・ 佛 讃、 吉 鷹 漢 語 ・ 同 梵 語 ・ 四 方 讃、 四 波 羅 密 讃、 交 殊 讃、 阿 彌 陀 讃、 理 趣 経、 云 何 唄、 散 花 三 段 (中 段 大 日 )、 梵 音、 錫 杖、 数 揚、 出 家 唄、 佛 名、 敷 化。 こ な つ て ゐ る。 次 に 五 昔 圖 を 出 す。 即、 五 晋 是 ハ タ 本 ト ナ リ、 博 士 ト コ ロ ニ ヨ ツ テ ユ リ ・ ユ ラ ス ・ ソ リ ・ ソ ラ ス、 ヨ ク ノ、 ・タ ッ ヌ ヘ シ ざ、 前 の 本 に し て も 此 の 本 に し て も、 時 々 目 安 博 士 を 用 う。 即 ち 第 二 重 の 商 ・宮 ご 綾 く 場 合、 徴 ・ 角 ご 績 く 時、 勿 ・ 徴 ・角 の 三 位 な る 時 の 如 き、 直 線 式 の 五 音 譜 を 用 ゐ す、 口 論 の ま、 を 形 に 表 現 し た る 所 謂 目 安 博 士 を 附 し て ゐ る。 こ れ ら は 音 譜 の 登 達 上 甚 だ 重 要 な 資 料 を な す も の で あ る。 何 故 な ら ば 五 音 譜

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ら、

る。

年、

を、

り、

る。

い。

て、

す。

此 の 五 音 圖 は 文 保 本 及 び 圓 通 寺 本 に 封 し て 初 二 三 重 十 一 位 を 明 確 に 一 圖 に 示 し て ゐ る。 第 一 本 は 第 二 重 の み、 第 二 本 は 三 重 に 二 位 の み あ り、 此 の 圖 に 及 び て は 初 二 三 重 十 一 位 が 明 了 に さ れ た。 此 の 圖 の 登 展 よ り せ ば 畳 意 は 始 め て 五 音 譜 を 用 う ご 錐 も、 此 の 三 重 圖 を 完 成 し だ る や 否 や 猶 考 ふ べ き こ ご こ な る。 五 音 圖 . 明 磨 魚 山 ( 下 記 ) に は ﹁ 已 上 謹 蓮 房 畳 意 作 之 ﹂ こ し て 掲 げ、 金 剛 三 昧 院 に は 天 文 頃 の 人 な る 増 三 の 寓 す ﹁ 五 音 呂 律 聞 書 ﹂ ご 題 す る 一 紙 の 爲 本 あ わ、 十 一 位 五 音 三 重 の 圖 を 出 し、 叉 同 時 代 ご 思 は る 、 他 の 一 紙 に は ﹁ 金 剛 三 昧 院 讃 種 房 豊 意 様 ﹂ ざ し て、 五 音 三 重 十 一 位 の 圖 を 掲 ぐ、 然 ら ば、 此 の 圖 は 畳 意 の 創 案 に 非 す ご す る も、 可 成 り 古 き 時 代 よ り 畳 意 の 様 こ し て 傳 へ ら れ て ゐ 元 こ ご を 知 る。 私 は こ れ ら の 圖 を 比 較 封 照 し て、 文 保 本 が 最 も 古 き 圖 に し て、 畳 意 が 五 音 圖 を 作 つ た こ す れ ば、 或 は 此 の 程 度 の も の に は 非 る か ご 考 ふ る。 正 智 院 の 文 明 七 年 の 爲 本、 光 明 院 の 永 正 二 年 の 本 こ な り て は、 目 安 博 士 に 属 す る も の は、 殆 ん ご 無 聲 明 の 歴 史 的 研 究 一 一 九

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聲 明 の 歴 史 的 研 究 一 二 〇 く な つ て ゐ る。 か く の 如 き 寓 本 の 流 行 は、 や が て 諸 の 他 書 印 行 の 事 業 盛 に 興 る ご 共 に、 聲 明 集 も 亦 刊 行 せ ら る、 に 至 つ た。 そ の 第 一 本 は 文 明 十 年 に 出 さ れ、 第 二 本 は 天 文 十 年、 第 三 本 は 元 鶉 元 年 (撚 瀦 撫 購 滲 第 四 本 は 交 職 二 年 に 上 梓 せ ら れ て ゐ る。 共 に 高 野 山 よ り 出 さ れ て ゐ る こ ご は、 高 野 版 刊 行 史 上 重 要 な 事 件 で な く て は な ら な い。 且 つ 何 れ も 譜 入 り 本 な る に 於 い て 刊 行 技 術 の 優 を 推 す る に 足 る。 か く て 徳 川 時 代 に 及 び た の で あ る。 八、 魚 山 蛋 雰 集 の 傳 承 廣 澤 に は 聲 明 集 の こ ご を 一 様 に ﹁ 法 則 集 ﹂ こ い ひ、 時 に ﹁ 聲 開 集 ﹂ の 名 を 用 ゐ、 小 野 に は 法 事 用 の 法 則 に そ の 名 を 用 ゐ、 多 く は ﹁ 聲 明 集 ﹂ ご 構 す る (忠 我 記 取 意 )○ ﹁ 魚 山 螢 芥 集 ﹂ 或 は 略 し て ﹁ 魚 山 集 ﹂ 若 し は ﹁ 魚 山 私 鋤 ﹂ ど 名 欝 す る は、 以 下 に 記 す が 如 く 南 山 進 流 の み。 さ て ﹁ 魚 山 盤 芥 集 ﹂ の 編 纂 は、 斯 道 初 學 者 入 門 の 手 曳 き こ し て 作 ら れ た も の に し て、 同 時 に 聲 明 及 び 聲 明 集 の 盛 行 に 件 ふ 必 然 の 蹄 結 で な く て は な ら の。 此 の 書 最 初 の 編 纂 は 本 誌 第 廿 五 號 干 一五 頁 に 記 す る が 如 く、 二 階 堂 長 恵 師 が 明 癒 五 年 に 始 め て 著 は す 所 こ す。 原 本 を 見 る に ﹁ 聲 名 (傍 註 作 明 ) 集 ﹂ こ し て ダ イ ガ イ 下 に ﹁ 魚 山 螢 芥 乙 ﹂ ご 註 す。 奥 書 に は チ

一注

レ栽

也。

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明 慮 五 年 丙 辰 梅 雨 十 二 日 高 野 山 往 生 院 之 内 清 浄 光 院 叉 こ 階 堂

智 生 房 生 年 赫 九 依 数 年 之 御 扶 助 御 本 申 請 移 者 也 努 々 不 可 有 他 見 由 御 誓 ア リ キ 我 等 一 生 間 者 他 人 不 見 由 申 定 也 御 後 見 御 方 甦 御 廻 向 ご あ る。 今 の 後 旗 の 文 よ り 考 ふ れ ば、 現 本 は 長 恵 師 の 疵 弟 子 の 筆 書 な る が 如 く、 此 庭 に ﹁ 乙 ﹂ こ し て 普 通 ﹁ 魚 山 集 し の 最 後 ま で 存 す る に よ つ て 考 ふ れ ば、 甲 乙 の 二 霧 の み で あ つ た こ ご が 知 ら れ る ( 三 憲 こ す る は 誤 り な る を 考 へ る )。 内 容 を 見 る に 大 約 前 項 所 載 の 彼 の 文 保 本 に ﹁ 私 案 記 ﹂ の 口 説 を 配 合 せ し め た も の、 や う で あ る。 唯 文 保 本 に 異 る は 理 趣 経 の 前 に ﹁ 後 夜 備 ﹂ を 入 れ、 且 つ 渤 講 の 入 句 四 句 を 附 加 せ る 貼 の み。 然 れ こ も、 長 恵 師 が ﹁ 魚 山 盤 芥 集 ﹂ 編 纂 の 功 績 を 輕 親 す る こ ご は 出 來 な い。 こ れ あ る に よ つ て 後 學 の 徒 の 多 大 な る 便 宜 を 得 家 つ た こ ご は 孚 ふ べ か ら ざ る 事 實 で あ る。 終 り に ﹁ 塞 調 子 之 事 ﹂ ご 題 し て、 雌 叉 祠、 黄 二、 盤 三、 一 四、 導 五 亘 細 躍 何 口 傳 □ 所 一干 グ 調 子 ヲ 知 ナ リ 羽 二 改 セ ル 徴 角 商 宮 ど 註 し、 又 四 種 由、 五 音 圖 諸 流 聲 明 調 子 譜 (私 に 題 す ) 等 を 出 す。 前 項 に も 一 言 せ し 如 く、 此 鷹 に 五 音 圖 を 出 し て、 ﹁ 已 上 謹 蓮 房 畳 意 作 之 ﹂ ご 註 し た る に よ つ て、 爾 後 の 魚 山 集 は 皆 此 の 説 を 襲 踏 し、 五 音 三 重 圖 を も つ て 畳 意 の 創 作 す る 所 ご 傳 ふ る 七 至 り し に は 非 る か ご も 考 へ ら る。 襲 踏 の 最 初 は 次 の 享 隷 元 年 本 こ す。 蓋 し 畳 意 師 の 黙 じ た る 五 音 譜 は 必 然 的 に 此 の 圖 を 請 來 し、 同 時 に 畳 意 師 の 創 案 こ す る に 到 り 聲 明 の 歴 史 的 研 究 一 二 一

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聲 明 の 歴 史 的 研 究 一 二 二 し か。 巻 の 分 ち 法 は 三 憲 本 の 上 ・ 中 を 合 し て 甲 の 一 霧 こ し、 下 の 一 霧 を 乙 こ し て ゐ る。 長 恵 師 は 此 の 甲 乙 二 霧 の 本 を 永 正 十 一 年 ご 十 四 年 こ の 二 回 に 亘 り て 再 訂 さ れ た。 木 食 朝 意 上 人 の 残 さ れ た 記 録 に よ る に、 ( 天 正 六 ・九 年 の 魚 山 に 佼 る ) 本 云 以 上 中 懇 了 此 口 傳 聲 明 集 拭 二老 眼 一注 ゾ 之 縦 知 音 之 人 井 難 二 同 國 同 朋 也 幽 輔 不 可 令 書 爲 也 若 背 二 此 旨 回者 大 師 明 紳 御 治 器 違 犯 身 上 可 蒙 者 也 萬 一 器 量 之 弟 子 有 之 者 可 倉 書 爲 之 者 ウ ツ キ 永 正 十 一 年 甲 戊 余 三 日 於 清 浄 光 院 客 殿 注 之 左 學 頭 法 印 穗 大 僧 都 長 恵 春 秋 五 + 七 ざ あ る。 ﹁ 以 上 中 巻 了 ﹂ の 文 よ り せ ば、 此 の 時 ﹁ 魚 山 集 し 甲 乙 二 憲 を 分 ち て 三 憲 こ せ ら れ た る 如 く な れ ご 三 霧 本 下 憲 の 終 に ﹁ 乙 ﹂ ご 記 す る を も つ て、 原 本 を 見 ざ る 隈 り 確 定 し 難 い。 巻 乙 の 終 に は 本 云 初 心 者 爲 指 南 注 之 大 都 案 記 爲 レ 本 錐 ゾ 然 當 世 相 違 之 儀 不 レ 載 レ 之 後 覧 錐 多 揮 弟 子 分 解 迷 勧 誘 爲 二 勝 計 一認 レ 之 愚 拙 弟 子 之 外 不 レ 可 ゾ 有 二 披 覧 一雄 レ似 二 法 憎 一後 輩 之 諺 人 誘 法 過 失 不 レ 可 二 起 登 一 用 心 也 將 叉 長 恵 法 印 可 預 御 廻 向 也 此 書 造 畢 ハ 明 鷹 五 年 丙 辰 五 刀 十 二 日 也 春 秋 光 九 才 今 書 爲 永 正 十 四 年 丁 丑 四 月 廿 九 日 書 也 春 秋 満 六 十、 標 陀 勢 遍 糊 蘇 腸 六 師 資 契 諾 異 他 故 爲 形 見 拭 老 眼 書 之 了 芳 恩 高 從 蘇 迷 懇 志 深 自 浜 海 於 後 世 者 荷 以 可 被 訪 菩 提 者 也

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左 學 頭 法 印 擢 大 僧 都 長 恵 在 列 ご。 然 し 此 の 永 正 本 の 原 本 を 見 得 ざ る は 遺 憾 限 b な き こ ご、 す。 享 藤 元 年 の 本 は 遍 照 光 院 に 現 存 す る も の に し て、 筆 者 不 明、 表 に ﹁ 魚 山 私 鈴 ﹂ ご 題 し、 上 中 下 の 三 怒 に 分 つ、 上 悲 は 仁 王 経 の 封 揚 に 終 り、 中 窓 は ﹁ 禮 幟 文 ﹂ に、 下 巻 は 敷 化 に 終 る。 敷 化 の 最 後 ﹁ 廻 向 大 菩 提 ﹂ の 次 に ﹁ 更 に 五 障 ノ ク 毛 コ ソ ア ツ ク ト 巧 ﹂ の 重 句 を 加 ふ、 兎 に 角、 前 の 明 癒 魚 山 に 用 う る ﹁ 魚 山 螢 芥 ﹂ の 名 に 樹 し て ﹁ 魚 由 臥 砂 ﹂ の 名 を 用 ゐ、 甲 乙 二 懇 を 分 ち て 明 了 に 上 中 下 の 三 懇 こ し、 全 く 現 行 本 の 態 裁 を 出 し た こ ご は 異 こ す る に 足 る。 上 憲 首 に 本 調 子 事、 三 禮 師 作 法 の こ ざ を 示 し、 終 に 五 音 三 重 圖 等 を 出 す。 下 巻 の 終 り に は 前 本 ご 同 じ く ﹁ 塞 調 子 事 ﹂ 等 あ り、 更 に 祭 文 月 日 博 士 ・音 律 開 合 名 目 の 嘱 分 を 附 加 す。 ﹁ 音 律 開 合 名 目 ﹂ に 就 い て は 改 め て 論 じ た い ど 思 ふ の で 今 は 言 及 し な い こ ご に す。 (進 流 魚 山 集 の 刊 行 亡 そ の 得 失 績 稿 勢 照 ) 次 に 天 文 四 年 五 月 十 六 日 に 爲 し た ﹁ 魚 山 私 鈴 ﹂ が 存 す。 原 本 は 甲 乙 二 霧 で あ つ た こ 思 は る、 も、 現 本 は 合 し て 一 冊 こ な つ て ゐ る。 首 に 十 二 調 子 事 ・ 呂 律 事 ・ 本 調 子 ・ 三 禮 師 作 法 等 を 記 し、 終 に は 何 の 附 録 も な い。 次 に 木 食 朝 意 上 人 の ﹁ 魚 山 私 鋤 ﹂ が あ る 現 在 私 の 見 る 本 に 都 合 三 部 あ り、 第 一 は 永 藤 十 二 年 九 月 九 州 畳 叶 房 の 所 望 に よ つ て、 口 傳 聲 明 を 書 寓 す る も の に て、 上 人 五 十 二 歳 の 時 の 爲 に 成 る。 普 門 院 藏、 第 聲 明 の 歴 史 的 研 究 一 二 三

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聲 明 の 歴 史 的 研 究 一 二 四 二 は 天 正 六 年 七 月 防 州 の 侍 從 所 望 に よ つ て 染 毫 し た る も の、 時 に 上 人 六 十 一 歳、 西 門 院 藏、 第 三 は 天 正 九 年 十 月 南 山 小 田 原 の 沙 門 良 圓 房 に 請 は る こ ま こ 染 筆 し た る も の に し て、 時 に 上 人 六 十 四 歳、 遍 照 光 院 藏、 三 本 こ も 上 中 下 三 巻 こ な り、 永 正 十 四 年、 長 恵 師 の 再 訂 さ れ 陀 ご 傳 ふ る 本 を 原 こ し て ゐ る の で、 三 本 共 大 同 ざ 見 ら る。 但 し 天 正 六 年 本 上 霧 の 後 に 光 明 眞 言 初 二 三 重 の 音 譜 を 出 し た る は 他 本 に 無 き 所 に し て、 ﹁ 光 明 眞 言 朝 意 私 書 加 也 ﹂ ご 自 署 し、 附 録 は 第 三 本 最 も 良 く 整 っ て ゐ る。 そ し て 後 代 の 魚 山 集 は 皆 此 の 第 三 本 を も つ て 原 本 こ し て ゐ る こ ご を 知 る。 換 言 せ ば 現 在 用 云 る 如 き ﹁ 魚 山 集 ﹂ は 天 正 九 年、 朝 意 上 人 六 十 四 歳 の 時 の 本 に 及 び て 大 約 決 定 す る に 到 っ た こ 謂 ひ 得 る。 尤 も 現 在 行 は る、 す べ て の 刊 本 は、 永 正 十 四 年 長 恵 師 再 校 本 を も つ て 原 本 こ し て ゐ る け れ ご、 そ は 靭 意 の 既 に 用 ゐ 來 れ る 所 に て、 附 鎌 た る つ 音 律 開 合 名 日 ﹂ の 一 編 は、 天 正 九 年 本 に 始 め て 完 全 に 編 入 さ れ た。 故 に 予 の 推 定 も 濁 噺 こ の み は 云 ひ 得 な い で あ ら う。 魚 山 集 の 刊 行 は 正 保 三 年 に 初 め て 現 は れ、 爾 來 種 々 の 改 訂 ご 愛 遷 ご が 行 は れ、 そ の 版 を 重 ぬ る こ さ 十 種 に 及 ぶ も、 そ れ ら の 愛 遷 に 就 い て は 本 誌 第 二 十 九 號 及 び そ の 績 稿 に 叙 述 す る こ ご、 な る の で 今 は 鯛 れ な い こ ご に す る。 九、 書 譜 に 就 い て 音 譜 の 研 究 は、 こ れ の み に て も 一 生 の 大 事 業 な の で あ つ て、 到 底 一 朝 一 夕 の 研 究 に て 終 る べ き も の

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で は な く、 從 つ て 少 々 の 紙 数 に て そ の 全 艘 を 壷 し 得 ら る べ き で な い。 今 は 唯 各 種 聲 明 本 の 上 に 現 は れ た る も の を 概 説 す る に ご ご む る の み。 音 譜 の こ ご を 軍 に 譜 こ い ひ、 或 は 譜 士 こ い ひ、 博 士 こ も い ふ。 ﹁ 譜 ﹂ 字 の 憂 り に ﹁ 符 ﹂ を 用 う る こ ご も フ シ あ れ ば、 博 士 に 非 す し て 傅 士 な り ど い ふ 人 も あ る。 す べ て 聲 明 音 律 の 規 準 を 褐 げ て 萬 人 の 依 標 だ る べ き に よ つ て ﹁ 博 士 ﹂ の 名 あ り こ し、 或 は ﹁ 博 士 ﹂ は ﹁ 傅 士 ﹂ の 書 き 誤 り だ こ も い ふ。 然 し 鎌 倉 時 代 に 既 に ﹁ 博 士 ﹂ の 字 を 用 ゐ て ゐ た こ 巴 は、 時 々 そ の 時 代 の 爲 本 に 見 る の で あ つ て、 近 代 の 入 の 所 用 の み こ い ふ こ ご は 出 來 な い。 聲 明 の 音 譜 に 就 い て 復 種 々 の 名 禧 の 存 す る を 見 る。 普 門 院 廉 峯 師 の 残 さ れ た 一 帖 の 書 に ﹁ 昔 律 見 聞 集 ﹂ こ い ふ が あ る。 寳 暦 六 年 に 誌 さ れ た る も の な る が、 そ の 中 に ﹁ 東 南 院 重 仙 口 決 ﹂ こ し て、 ﹁ 五 音 博 士 の 位 重 る 時 譜 博 士 ご 符 合 し な い こ ご が あ る か ら 進 流 に 五 音 博 士 を 用 ゐ な い な ざ い ふ 人 あ れ ご、 そ は 五 音 博 士 の 旨 を 得 な い か ら か く い ふ の で あ ら う。 五 音 博 士 に て 云 ふ 人 ご 唱 講 を 同 じ う す る 時 は、 少 し 位 々 を 早 く し、 重 に 至 て 少 々 工 夫 す べ き で あ る ﹂ ご。 此 腱 に ﹁ 五 音 ﹂ ご ﹁ 譜 博 土 ﹂ こ の 二 っ の 名 稽 を 見 る 又、 ﹁ 聲 明 書 私 ﹂ ご 題 す る 天 交 廿 一 年 深 識 の 書 を 見 を に、 ﹁ 五 音 博 士 は 金 剛 三 昧 院 如 圓 房 ・ 謹 蓮 房 . 浮 妙 房 な ご こ い ふ 聲 明 の 名 人 四 五 人 あ り、 寄 む 合 つ て 付 け 始 め ら れ し よ り 以 來 の こ ご で あ つ て、 そ れ 以 前 は 只 圖 博 士 に よ つ て を つ た。 そ の 五 音 博 士 に 般 若 房 ・ 法 蓮 房 こ い ふ 二 人 の 傳 あ り、 當 世 專 ら 用 う る 所 は 聲 明 の 歴 史 的 研 究 一 二 五

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