長
萱
尊
師
の
教
義
と
教
主
義
大 日 脛 の 教 主 に 就 て (八 ) 金 山 穆 詔 高 組 弘 法 大 師 御 入 定 を 去 る 五 百 有 除 年 に し て 、 高 野 山 に は 長 萱 宥 快 の 爾 大 徳 が 並 び 出 で 給 う た 。 し か し て 快 師 は 寳 性 院 に あ り て 法 性 阿 閣 梨 相 傳 の 而 二 門 の 敷 風 を 傅 へ 、 萱 師 は 無 量 壽 院 に あ り て 遣 範 大 徳 相 傳 の 不 二 門 の 激 義 を 宣 揚 し 、 互 に 多 数 の 門 徒 を 擁 し 、 宗 義 の 讃 揚 に 盤 す と こ ろ が あ つ だ 。 蓋 し 南 山 は 明 算 、萱 鍵 等 の 諸 大 徳 出 生 の 頃 よ り 、宗 學 の 研 鎖 の 氣 運 興 起 し 次 第 に 隆 昌 に 向 ひ 、 後 代 永 く 末 徒 の 雲 集 し て 数 學 を 研 修 す る と こ ろ と な つ だ 。 思 ふ に 大 師 以 後 は 事 相 門 が 特 に 顯 揚 せ ら れ 、 本 宗 の 諸 阿 閣 梨 耶 は 久 習 錬 行 、 上 下 の 蹄 仰 を 得 、 京 洛 を 中 心 と し て 、 大 に 宗 風 を 登 揚 す る に 至 つ た 、 こ の 間 に も 眞 に 無 上 菩 提 を 禮 得 せ ん こ と を 欣 求 す る も の 、 ま た 心 を 深 淵 な る 数 理 に 遊 ば し め ん と す る も の 、 ま た 當 代 に 志 を 得 ざ る も の 等 、 高 野 山 に 隠 棲 し て 喩 伽 の 修 習 に 專 念 し 、 ま た 数 學 の 研 鎖 を な す も の 績 出 す る に 至 つ だ 。 慧 臓 の 大 疏 傳 授 私 記 に 曰 く 、 ヰ ハ ノ ノ チ ニ テ ヲ シ リ ト シ ヲ ニ ト メ ヲ ラ ヒ 當 時 如 二醍 醐 仁 和 等 諸 山 密 師 一。 則 頻 被 二帝 王 之 崇 尚 一出 一二入 禁 内 一。 爲 二護 持 檜 二行 二御 修 法 一。 常 業 二修 錬 一専 學 二 長畳尊師の教義と教圭義 二 一長 畳 尊 師 の 教 義 と 教 圭 義 二 二 ヲ タ ア ラ ス ル ニ ヲ ノ ニ テ セ キ ハ ノ チ テ ヲ ル ニ シ ー ノ ン テ ヲ ニ ビ 事 相 一。 未 レ逞 レ究 二習 経 疏 一。 是 故 闘 而 不 レ載 。 如 ふ高 野 山 一則 遁 レ世 隠 二干 此 一者 多 臭 。 故 其 遊 二心 数 柑 二而 大 疏 及 ノ シ ス ル モ ノ ヲ カ ラ モ ノ ニ ス ル コ ト ハ ヲ チ レ リ ニ ニ キ ノ モ
大
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聖
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諸
師
尤
テ ヲ テ ヲ ホ テ ニ セ リ 加 二研 磨 哺而 立 二新 義 鴫。 爾 至 二子 今 一其 績 存 焉 。 云 云 か く し て 南 山 に 数 相 の 修 學 自 ら 隆 起 す る に 至 り し が 、 そ の 事 相 も た " 信 者 の 所 願 に 從 ひ 病 を 所 り 、 雨 を 下 ら し 、 榮 官 を 念 す る 等 、 有 相 の 鑑 験 を 成 せ ん と す る 京 畿 の 風 禽 と や ゝ 趣 き を 異 に し 、 ひ た す ら 無 相 の 聖 果 を 禮 せ ん と す る 、 風 範 の 登 揮 せ ら れ だ る も の あ り し こ と は 、 所 親 、 明 算 、 眞 興 、 暫 上 人 、 萱 海 、 維 範 、 如 法 、 道 謹 、 行 謹 、 淋 賢 等 の 諸 師 の 道 泌 に 徴 す れ ば 、 自 ら 知 ら る る も の が あ る 。 さ れ ば そ の 数 相 も 各 々 そ の 心 地 開 見 の 妙 門 と し て 、 所 謂 萱 の 所 在 を 尋 求 せ ん と す る 眞 摯 な る 態 度 に て 攻 究 せ ら れ た 、 郎 ち 本 宗 所 依 の 経 論 疏 章 等 を 讃 揚 せ ら る る や 、 文 を 解 し 、 義 を 知 り 、 法 禮 を 尋 ね 、 佛 組 の 心 仰 を 得 ん と す る あ の な り し が 、 経 疏 の 文 義 た る や 從 容 多 含 な れ ば 、 一 句 も 左 右 に 解 せ ら れ 、 孚 偶 も 淺 深 に 繹 せ ら る る に 至 つ た 。 さ れ ば 萱 海 、 明 任 、 恵 深 、 法 性 、 遣 範 、 荷 酢 、 眞 辮 、 萱 和 、 信 日 、 信 堅 、 玄 海 等 の 諸 師 出 つ る に 及 ん で 異 解 紛 然 正 邪 髪 髭 た る も の が あ つ だ 。 快 萱 爾 師 は 此 等 諸 家 の 後 に 出 で 、 異 義 異 説 を 取 捨 決 揮 し 、 本 宗 の 正 意 を 閲 明 し た 。 し か し て 萱 師 は 快 師 の 如 く 著 書 多 か ら ざ れ ど も 、 し か も 大 疏 指 南 砂 、 鐸 論 十 二 砂 等 あ う 、 何 れ も 問 答 決 疑 よ く 眞 趣 を 登 揮 せ ら れ だ る も の が あ る 。 し か し て 快 畳 爾 師 の 所 見 相 一 致 せ る も の 多 き も 、 し か も 萱 師 は 道 範 所 傳 の 不 二 の 数 風 を 傳 へ 、 快 師 は 法 性 所 傳 の 而 二の 敷 旨 を 稟 承 せ る よ り 、 往 々 爾 師 の 所 傳 相 異 る も の が あ る 。 そ の 爾 門 の 異 義 を 解 す る 乏 こ ろ に 、 所 謂 而 二 不 二 の 深 旨 顯 は る る と 共 に 爾 師 所 傳 の 数 風 を 知 ら る る の で あ る 。 大 日 経 の 敢 圭 の 如 き は 、 快 萱 爾 師 共 に 本 地 法 身 説 を 立 す る も の な る も 、 快 師 は 法 性 相 傳 の 唯 理 法 身 説 を 成 せ ん と し 、 萱 師 は 道 範 所 傳 の 不 二 法 身 説 を 唱 導 し だ 。 今 そ の 数 主 義 に 入 る に 先 ち 、 萱 師 の 漱 風 を い さ さ か 叙 す る で あ ら う 。 萱 師 は 道 範 所 傳 の 不 二 の 数 旨 を 糧 承 し 、 西 院 流 を 本 流 と せ る 無 量 壽 院 に 住 し 、 第 九 識 螢 心 を 明 し 本 有 本 萱 に 住 す る 義 を 表 と せ る も の な れ ば 、 こ れ を 而 二 の 敢 風 を 傅 へ 、 小 野 の 本 流 を 相 承 し 、 第 入 識 登 心 を 明 し 、 修 生 を 表 と せ る 快 師 の 数 義 に 樹 せ ば 、 そ の 重 要 な る 鮎 に 於 て 快 師 の 数 義 と 往 々 異 な る も の が あ る 。 帥 ち 萱 師 の 数 旨 は そ の 不 二 を 談 じ 、 本 有 を 表 と す と 云 ふ 貼 よ り 観 て 、 快 師 の 説 よ り は 、 寧 ろ 東 寺 家 の 學 風 に 同 す る も の が あ る 。 し か し て 快 萱 爾 師 の 異 義 を 細 か に 観 れ ば 、 種 多 あ る も 、 今 そ の 主 要 な る も の 即 ち 大 日 経 の 正 意 、 登 心 の 識 膿 、 帥 身 成 佛 義 の 正 意 、 本 地 垂 迩 の 關 係 等 に つ い て 爾 師 の 異 解 を 繹 し 、 以 て 萱 師 の 激 義 の 特 質 を 明 し 、 そ の 数 圭 義 に 及 ば ふ ど 思 ふ 。 大 日 経 に 從 因 至 果 の 義 と 從 果 向 因 の 爾 義 並 べ 説 か れ あ る が 、 そ の 中 、 経 の 正 意 は 從 因 至 果 な り や 、 從 果 向 因 な り や は 快 萱 爾 師 共 に 論 せ ら れ た る と こ ろ な る が 、 快 師 は 大 日 経 は 如 來 の 果 膿 の 開 顯 帥 ち 曼 茶 羅 の 縁 起 、 所 謂 佛 身 の 印 現 を 明 す 從 果 向 因 を 経 の 正 意 と な す も 、 し か も 此 の 経 旨 を 信 受 し 、 襲 心 修 長 畳 尊 師 の 教 義 と 教 圭 義 二 三
長 覧 尊 師 の 教 義 と 教 圭 義 二 四 行 謹 果 す る 機 の 趣 入 よ り い へ ば 、 從 因 至 果 な り 、 郎 ち 大 日 経 は 法 の 縁 起 よ り い へ ば 、 從 果 向 因 な る も 機 の 趣 入 よ り い へ ば 從 因 至 果 で あ る 、 か く 雨 義 並 べ 説 か れ あ る も 経 の 正 意 は 法 の 繰 起 を 明 す 從 果 向 因 に あ り と な す も の で あ る 。 し か る に 萱 師 も 大 日 経 は 從 果 向 因 を 正 意 と な す と 断 じ 、 法 の 縁 起 が 從 果 向 因 な る の み な ら す 、 因 行 謹 入 の 機 の 趣 入 も 從 果 向 因 な る こ と を 明 す も の で あ る 。 萱 師 の 所 繹 を 見 る に 大 日 経 は 法 の 緑 起 よ り も 寧 ろ 機 の 趣 入 の 從 果 向 因 の 義 を 本 と せ る が 如 く 解 せ ら れ あ る の で あ る 。 か く の 如 く 大 日 経 は 法 の 縁 起 よ り 観 る も 、 機 の 趣 入 よ り 云 ふ も 從 果 向 因 の 秘 義 を 開 説 せ ら れ だ る も の な り と 観 る は 、 こ れ 萱 師 の 創 見 に あ ら す し て 、 も と よ り 大 師 の 繹 文 に 依 る も の に し て 、 近 く は 萱 師 の 師 な る 繹 迦 南 院 の 賢 重 等 の 義 に し て 、 ま た 東 寺 家 の 學 共匠 も 已 に 鐸 述 せ る と こ ろ な る も 萱 師 が 機 の 趣 入 も 從 果 向 因 な る 義 を 高 唱 せ ら れ た る こ と に 依 て 、 眞 言 密 数 は 果 界 爲 本 、 本 萱 爲 宗 の 秘 義 を 開 説 せ る も の に し て 、 一 切 の 無 明 因 分 の 境 を 超 越 せ る 秘 数 な る こ と が 最 も 明 か に 顯 示 せ ら れ た る と い は ね ば な ら 漁 。 前 叙 の 如 く 大 日 経 は 從 果 向 因 を 正 意 と な す と 観 る は 、 快 師 も 萱 師 も 一 致 せ る と こ ろ な 乃 も 、 快 師 は 大 日 経 は 法 の 縁 起 郎 ち 大 日 如 來 の 自 讃 大 萱 の 果 徳 の 開 顯 を 明 す を 本 と せ る も の と 親 て 大 日 経 の 正 意 は 從 果 向 因 に あ り と な す も の な る も 、 萱 師 は 法 の 縫 起 の 從 果 向 因 な る こ と は 鐸 述 を 待 た す し て 明 か な る こ と な れ ば 、 措 い て 論 せ す 、 因 行 謹 入 の 機 の 趣 入 が 從 果 向 因 な る 秘 旨 を 明 す も の は 大 日 経 な り と な す も の で あ る 。 帥 ち 快 師 は 法 の 縁 起 よ り 観 て 経 の 正 意 は 從 果 向 因 に あ り と な し 、 萱 師 は 機 の 趣 入 が 從 果 向 因
な る 秘 義 を 開 説 せ る も の は 大 日 経 の 正 意 な り と 観 ん と す る も の で あ る 。 随 て 快 萱 雨 師 共 に 大 日 経 は 從 果 向 因 を 正 意 と す と 云 ふ 瓢 は 一 致 な る も 、 そ の 果 の 意 義 が 自 ら 別 で あ る 。 帥 ち 快 師 は 佛 身 の 印 現 、 曼 茶 羅 の 開 顯 た る 法 の 緑 起 を 從 果 向 因 と な す が 故 に 、 そ の 果 禮 は 已 成 の 如 來 の 果 膿 で あ る 。 し か る に 萱 師 は 因 行 謹 入 の 行 者 の 趣 入 の 當 相 を 從 果 向 因 な り と 観 る も の な る が 故 に 、 そ の 果 禮 は 因 心 本 具 の 本 萱 の 萱 禮 で あ る 。 帥 ち 萱 師 の 師 た る 賢 重 の 説 と 快 萱 爾 師 の 説 を 一 磨 簡 別 し て い へ ば 、 賢 重 は 大 日 経 は 法 の 緑 起 よ り 観 る も 、 機 の 趣 入 よ り 云 ふ も 從 果 向 因 を 正 意 と な す も の で あ る 。 し か る に 快 師 は 法 の 縁 起 よ り 観 で 從 果 向 因 を 正 意 と な す と 繹 し 、 萱 師 は 機 の 趣 入 が 從 果 向 因 な る 秘 義 を 開 説 す る を 大 日 経 の 正 意 な り と 解 せ ん と す る も の で あ る 。 な ほ 以 下 此 等 の 師 の 繹 文 に 依 て 其 意 を 明 す で あ ら う 。 萱 師 の 大 疏 指 南 鋤 第 一 に 大 日 経 の 正 意 を 論 す る も の を 見 る に 、 先 づ 難 者 の 義 を 掲 げ 大 日 経 一 部 の 始 終 を 見 る に 大 都 從 因 至 果 を 本 と す 、 帥 ち 住 心 品 に 説 か れ た る 菩 提 心 爲 因 、 大 悲 爲 根 、 方 便 爲 究 覧 の 三 句 の 法 門 は こ れ 因 行 果 の 義 を 明 か せ し も の に し て 、 そ の 轄 昇 の 行 相 は 從 因 至 果 の 次 第 で あ る 。 し か し て 大 日 経 に 説 か れ た る 義 門 無 量 な れ ど も 、 三 句 を 以 て 大 宗 と す 、 そ の 三 句 は 從 因 至 果 の 義 を 明 す も の な れ ば 、 大 日 経 の 正 意 は 從 因 至 果 に あ る こ と を 知 ら る る の で あ る 。 帥 ち 住 心 品 に 説 か れ た る 三 劫 六 無 畏 十 地 十 喩 等 の 法 門 は 皆 因 行 護 入 の 次 第 を 明 す も の に し て 、 從 因 至 果 の 義 を 閲 明 せ ら れ た る も の で 長畳尊師の教義と教圭義 二 五
長 覧 尊 師 の 教 義 と 教 主 義 二 六 あ る 。 ま だ 第 二 品 以 下 の 進 修 方 便 悉 地 果 生 の 義 も 、 皆 こ れ 從 因 至 果 の 義 を 顯 示 せ る が 故 に 、 一 経 の 正 意 は 從 因 至 果 に あ り て 、 從 果 向 因 に あ ら ざ る べ し と の 疑 問 に 樹 し 、 大 日 経 に は 從 因 至 果 、 從 果 向 因 の 爾 邊 を 説 か れ あ る も 、 し か も 從 果 向 因 を 以 て 正 意 と な す べ き 義 を 成 せ ら れ て あ る 。 し か し て か か る 義 を 成 す る 根 擦 は 法 身 三 密 観 圖 に ニ フ ノ テ ノ ヲ ス ル ニ ノ ヲ ス ト テ ヲ 其 眞 言 宗 義 云 因 行 謹 入 方 便 用 二此 五 位 一。 配 二相 當 五 佛 一時 。 皇 實 爲 レ因 外 華 佛 爲 二行 謹 入 方 便 一。 以 一二此 義 一可 ヲ シ ト ヲ ス ト ト シ バ ニ ヘ テ ト テ ノ ヲ ル ハ ト ニ ス レ言 二内 實 爲 レ因 外 華 爲 レ果 二。 若 違 二此 意 ネ レ得 レ名 二大 悲 台 藏 妙 法 蓮 華 。 一 行 輝 師 以 二天 台 義 一。 爲 二誠 謹 一既 違 ニ ニ ロ ケ ン ト ス ノ ニ ハ ノ ヲ ス ト ノ ノ ハ メ
其
義
一寧
可
二依
慧
一乎
、
喩
伽
経
中
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佛
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二第
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摩
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義
逆
順
次
第
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重
重
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云
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果
向
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人
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果
之
人
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云
或
は
秘
藏
記
の
中
因
嚢
心
の
繹
即
ち
テ ニ ス ヲ 東 阿 行 依 二本 有 菩 提 心 哺。 登 二蹄 本 之 心 奪 此 等 の 鐸 文 に 依 て 從 果 向 因 を 一 経 の 正 意 な り と 断 せ ん と す る も の で あ る 。 帥 ち 中 壷 爲 レ因 外 華 佛 爲 レ果 の 御 繹 は こ れ 中 台 大 日 の 果 禮 の 外 に 開 顯 す る 義 を 從 因 至 果 と 云 ふ も の な る が 故 に 、 實 に は 從 果 向 因 の 義 で あ る 。 さ れ ば 行 者 の 行 因 得 果 の 相 だ る 三 句 五 輻 の 次 第 も、 深 く そ の 法 膿 を 究 む れ ば 、 こ れ 本 萱 の 眞 心 の 起 動 な り 、 所 謂 本 有 の 菩 提 心 に 依 て 蹄 本 の 心 を 登 す も の で あ る 。 中 台 爲 因 の 膿 は 第 九 阿 摩 羅 識な る が 故 に 、 登 心 の 識 膿 よ り 云 ふ も 、 九 八 七 六 五 識 の 縛 起 で あ る 。 さ れ ば 行 者 の 從 因 至 果 の 行 相 は こ れ 自 本 垂 跡 帥 ち 從 果 向 因 で あ る 。 萱 師 の 鋤 に 此 の 義 を 鐸 し 、 モ レ ハ ニ ノ ヲ ル ニ ヲ ノ モ ヲ メ ト カ ノ ヲ ニ モ 然 約 二識 禮 一 則 自 本 垂 跡 義 分 明 也 。 以 一二此 意 二 観 乏 三 句 輔 昇 菩 提 心 爲 因 爲 二二本 源 輔 作 二後 二 句 韓 昇 一故 。 此 不 ノ ニ モ ノ ス ル カ ク ス ハ ヲ ナ リ ト セ ン カ ノ ヲ レ違 二内 實 爲 因 外 花 爲 果 義 二。 如 下彼 於 一三 劫 一繹 ゆ 此 経 從 レ淺 至 レ深 廣 明 二心 相 一皆 爲 占開 昌示 浮 菩 提 心 本 末 因 縁 二。 ノ ノ ヲ ヲ ト ト レ ハ ノ ベ シ ナ ル 亦 第 一 住 心 菩 提 心 爲 レ本 。 初 地 浮 菩 提 心 爲 レ末 得 レ意 三 劫 六 無 畏 等 轄 昇 皆 慮 二自 本 垂 跡 一。 云 云 此 の 如 く 行 者 の 行 因 得 果 の 行 相 た る 三 句 、 五 輻 、 十 住 心 を は 内 實 爲 因 外 華 爲 果 の 本 萱 の 果 膿 の 起 動 の 意 に 解 し 、 深 く 我 身 郎 法 身 の 不 二 の 観 智 に 住 せ ば 、 三 業 の 所 作 は 本 萱 の 果 騰 の 起 動 な り 、 念 々 こ れ 絶 樹 本 源 の 韓 起 な り と 観 て 、 行 者 の 從 因 至 果 の 行 相 を ば こ れ 從 果 向 因 な り と 繹 す る も の で あ る 。 し か し て 萱 師 は 此 の 如 く 大 日 経 の 正 意 葱 論 じ て 、 機 の 趣 入 の 當 相 こ れ 從 果 向 因 な る べ き 深 旨 を 明 す は 、 こ れ 本 萱 を 宗 と な す 胎 藏 の 正 意 よ り 観 て 、 此 の 如 く 大 日 経 は 機 の 趣 入 を も 從 果 向 因 な り と 騨 す る も の で あ る 。 し か る に 金 剛 界 は 始 萱 上 輻 の 義 を 本 と す る が 故 に 、 金 剛 頂 経 は 從 因 至 果 を 正 意 と な す 義 を 成 す る も の で あ る 。 し か し て 雨 部 各 々 從 因 至 果 と 從 果 向 因 の 義 あ る は 、 胎 藏 の 從 因 至 果 は 是 れ 胎 藏 所 具 の 金 界 に し て 、 金 界 の 從 果 向 因 の 義 は 金 界 所 具 の 胎 藏 な り と 観 ん と す る も の で あ る 。 帥 ち 曰 く シ レ ハ ノ ノ ナ ル ニ モ フ コ ニ ヲ ノ レ ハ
若
夫
金
界
癒
二行
者
從
淺
至
深
輻
昇
從
因
至
果
義
就
レ其
末
巻
騨
話
於
曼
茶
羅
有
二從
咽
至
果
從
果
向
因
雨
邊
一。
約
天
悲
ニ ル ハ ト シ バ ノ ス ル ヲ ノ ニ 胎 藏 曼 茶 羅 二爲 二一正 意 一自 本 垂 遊 也 。 但 從 因 至 果 胎 藏 所 具 金 界 也 。 爾 部 各 具 二足 爾 部 一有 二而 二 不 二 深 義 一故 長 畳 尊 師 の 教 義 と 教 主 義 二 七長 畳 尊 師 の 教 義 と 教 圭 義 二 八 無 一相 蓮 一也 。 萱 師 の 数 系 に 屡 す る 印 融 の 杣 保 紗 に 、 大 日 経 の 正 意 を 鐸 し 、 長 萱 長 碁 の 双 紙 に は 佛 身 の 印 現 よ り 云 ふ も 行 者 の 因 行 謹 入 よ り 云 ふ も 共 に 從 果 向 因 を 正 意 と な す こ と を 明 す も 、 し か も 萱 師 の 指 南 鋤 に は 佛 身 の 印 現 よ り も 行 者 の 因 行 謹 果 の 行 相 が 從 果 向 因 な る べ き 義 を 專 ら 繹 せ ら れ あ る の で あ る 。 快 師 に も 大 日 経 の 正 意 を 論 せ ら れ た る 論 草 あ う 、 そ の 所 繹 に 依 れ ば 、 大 日 経 に は 從 因 至 果 、 從 果 向 因 の こ 門 を 明 す も 、 し か も 経 の 正 意 は 從 果 向 因 に あ り と な す は 、 萱 師 と 同 義 で あ る 。 し か し な が ら 萱 師 は 胎 藏 は 本 萱 を 宗 と な す と 云 ふ 見 地 よ り 佛 身 の 印 現 も 機 の 趣 も 從 果 向 因 な う と し 、 こ と に 機 の 趣 入 の 從 果 向 因 な る べ き 義 を 明 す も 、 快 師 は 大 日 経 に は 佛 身 の 印 現 と 機 の 趣 入 帥 ち 從 果 向 因 と 從 因 至 果 と を 並 び 説 か る る も 、 し か も 経 の 正 意 は 佛 身 の 印 現 帥 ち 曼 茶 羅 の 開 顯 に あ り と な し 、 大 日 経 の 正 意 は 從 果 向 因 に あ り と な す も の で あ る 。 し か し て 機 の 趣 入 よ り い へ ば 萱 師 の 如 く 第 九 識 登 心 を 明 か さ す 、 第 入 識 登 心 を 談 じ 、 修 生 の 五 輻 を 表 と す る が 故 に 、 機 の 趣 入 を ば 從 因 至 果 な り と な す 。 此 の 貼 萱 師 と 異 な る 義 を 立 せ る も の で あ る 。 帥 ち 快 師 は 惣 じ て 秘 密 の 数 法 は 如 來 果 地 の 境 界 な る が 故 に 、 因 曼 茶 羅 な る 胎 藏 も 、 果 曼 茶 羅 な る 金 剛 界 も 凡 て 從 果 向 因 を 経 の 正 意 と な す 。 金 胎 爾 部 を 因 果 に 分 っ も 此 の 因 果 は 所 謂 密 號 名 字 に し て 、 共 に 如 來 果 地 の 内 誰 を 開 い て 建 立 す る が 故 に 、 爾 部 の 曼 茶 羅 は 共 に 從 果 向 因 な う 、 曼 茶 羅 已 に 從 果 向 因 な る が 故 に 、 南 部 所 説 の 法 門 何 れ も 從 果 向 西 を 以 て 正 意 な う と な す も の で
あ む 。 こ れ 帥 ち 自 宗 の 法 門 は 凡 て 果 上 の 境 界 を 開 説 せ る も の に し て 、 本 萱 爲 宗 な る 秘 趣 に 基 く も の で あ る 。 但 し 雨 部 の 正 意 は 從 果 向 因 に あ り と 云 ふ は 、 こ れ 法 の 縁 起 郎 ち 佛 身 の 印 現 、 曼 茶 羅 の 縁 起 に つ い て 云 ふ も の で あ る 。 此 の 如 く 経 の 正 意 は 佛 身 の 印 現 法 の 縁 起 に あ り と な す が 故 に 、 從 果 向 因 を 正 意 と な す も 、 し か も 機 の 趣 入 は 從 因 至 果 な り と し て 、 機 法 を 分 ち て 繹 す る も の で あ る 。 郎 ち 眞 言 行 者 阿 閣 梨 よ り 生 佛 不 二 の 数 示 を 蒙 り 、 最 初 よ り 佛 地 の 三 昧 道 に 住 し 、 如 來 内 謹 の 法 門 を 修 す 、 し か も 根 本 無 明 三 念 に 融 け 難 き が 故 に 、 初 地 以 前 に 三 劫 、 六 無 畏 の 階 位 を 建 立 し 、 三 劫 を 断 じ 、 初 地 の 佛 果 駕 契 謹 す る 行 者 の 修 行 入 謹 の 次 第 は 從 因 至 果 な り と な す も の で あ る 。 此 の 如 く 経 の 正 意 は 佛 魂 の 印 現 、 從 果 向 因 の 秘 趣 を 明 す に あ り と な す と こ ろ に 、 密 数 の 他 の 佛 数 に 超 過 せ る 果 界 の 境 界 を 開 顯 せ る 深 旨 顯 は る る と 共 に 、 ま た よ く 絶 婁 的 實 在 が 自 ら を 顯 示 す る 宗 数 の 要 諦 を 示 せ る も の で あ る 。 ま た 機 の 趣 入 は 從 因 至 果 な る 義 ば 、 果 上 の 法 門 を 信 用 し 、 果 膿 に 契 謹 す る 實 修 實 謹 の 道 を 明 か さ れ た る も の で あ る 。 前 叙 の 如 く 快 萱 爾 師 何 れ も 大 日 経 は 從 果 向 因 を 正 意 と な す と 観 は 一 な る も 、 快 師 は 佛 身 の 印 現 の 方 面 よ り 解 し 、 萱 師 は 機 の 趣 入 を 表 と し て 鐸 す る が 故 に 、 そ の 從 果 向 因 の 果 盤 の 意 義 修 生 本 有 、 一 癒 異 な る も の が あ る 。 郎 ち 快 師 は 已 成 如 來 の 果 地 の 禮 を 果 と な す も の に し て 、 萱 師 は 本 有 本 萱 の 萱 禮 を 果 と 薦 せ ん と す る も の で あ る 。 こ は 快 師 の 決 鐸 に 萱 師 が 金 剛 界 は 修 生 を 宗 旨 と な す が 故 に 、 從 因 至 果 長 畳 奪 師 の 教 義 と 教 主 義 二 九
長 覧 尊 師 の 教 義 と 教 主 義 三 〇 な り と 云 ふ も 、 金 剛 界 の 曼 茶 羅 は 如 來 果 地 の 中 よ り 開 顯 せ ら る る が 故 に 、 金 剛 界 は 胎 藏 と 共 に 從 果 向 因 を 正 意 と な す べ き 義 あ る こ と を 繹 せ る 文 に 依 て も 知 ら る る の で あ る 。 テ ニ ハ ヲ シ ト ハ ヲ ス ト ハ ヲ シ ト ハ 付 二此 論 議 一。 或 云 胎 藏 從 果 向 因 爲 二正 意 一。 金 剛 界 從 因 至 果 爲 二一正 意 一云 云 其 故 台 藏 本 有 爲 二宗 旨 一金 剛 界 修 ヲ ス ト テ ニ ノ ト ニ 生 爲 一宗 旨 一故 也 云 云 此 段 強 難 二信 用 二。 雨 部 共 從 因 至 果 從 果 向 因 義 可 レ有 レ之 。 若 從 果 向 因 爲 二正 宗 二雨 部 共 ナ ル ノ ヲ ハ ノ ヨ リ ク ト リ ト レ ヲ キ カ ト 可 二 一 具 二。 就 レ中 金 剛 界 曼 茶 羅 如 來 果 地 中 開 見 殆 是 從 果 向 因 可 レ爲 二正 意 一云 云 爾 部 大 経 の 正 意 の 問 題 は 、 即 ち 密 数 の 本 質 に 關 す る 問 題 に し て 、 ま た 廣 く い へ ば こ れ 宗 数 の 本 質 如 何 の 問 題 で あ る 。 し か し て 快 師 は 爾 部 共 に 從 果 向 因 な り と 鐸 し し か も そ の 果 を ば 已 成 如 來 の 果 膿 な る 義 、 帥 ち 佛 邊 に 約 し て 解 せ ん と し 、 萱 師 は 同 じ く 大 日 経 を は 從 果 向 因 な り と 云 ふ も 、 し か も そ の 果 と は こ れ 因 心 本 有 の 本 萱 の 膿 郎 ち 衆 生 邊 に つ い て 解 せ ん と す る も の で あ る 。 此 の 如 く 囮 心 本 有 の 萱 禮 を 本 と す る 説 は こ れ 從 因 至 果 と も 解 せ ら る べ き 義 が 存 す る の で あ る 。 し か し て 萱 師 は 金 剛 界 は 修 生 を 宗 旨 と す る よ り 從 因 至 果 を 正 意 な う と 繹 す る も の な れ ば 、 快 師 の 雨 部 共 に 從 果 向 因 を 正 意 と な す 説 に 封 せ ば 、 萱 師 の 説 は 雨 部 共 に 從 因 至 果 を 正 意 と な す も の な り と も 一 慮 い ひ 得 ら る 。 爾 部 大 経 の 正 意 の 問 題 は 前 叙 の 如 く こ れ 眞 言 密 数 の 本 質 如 何 の 問 題 で あ る 。 帥 ち 眞 言 秘 密 の 本 禮 を は 已 成 如 來 の 自 謹 大 萱 の 果 健 と 観 る か 、 因 心 本 有 の 萱 膿 と 見 る か の 相 違 に し て 、 本 宗 敢 學 上 の 根 本 問 題 で あ る 。 快 師 は 上 述 の 如 く 從 果 向 因 の 果 を ば 表 て 、 佛 邊 に 約 し て 解 せ ん と す る も の で あ る 。 今 快 師 の 論 草 の 文 を 引 用 せ ん
に 、 ノ ノ ニ ハ ト ト 問 大 日 経 意 自 本 垂 遊 從 因 至 果 中 以 レ何 爲 二正 意 一可 レ云 乎 。 ノ テ ニ シ ナ ラ バ ノ シ 一 自 本 垂 泌 行 因 至 果 名 目 付 髄天 悲 胎 藏 曼 茶 羅 一有 レ之 也 。 疏 第 三 云 若 自 本 垂 遊 者 從 二中 壷 二 一 門 二。 各 流 二出 ノ ヲ ノ ノ シ ノ ノ ス ノ ノ ヲ 第 一 重 種 種 門 一。 從 二第 一 重 一 一 門 二各 流 二出 第 二 重 種 種 門 鳳。 從 二第 二 重 一 一 門 一各 流 二出 第 三 重 種 種 門 一。 若 ナ ラ バ ニ レ テ ク シ ニ ニ レ テ ク ニ ニ レ テ 從 因 至 果 即 第 三 重 之 所 二引 掻 成 就 一能 廼 二第 二 重 一第 二 重 之 所 二引 擾 成 就 二 能 通 二第 一 重 一。 第 一 重 所 二引 擾 成 ク ル 就 一能 見 二中 胎 藏 一文
曹
本
垂
資
幕
中
愈
笹
嘉
二
重
笙
一蚤
棄
印
鋤
是
則
約
象
皇
垂
肱
叉
云
二從
果
向
臨
脅
從
ハ メ ニ ノ ノ ニ ハ ル 因 至 果 約 二二行 者 次 第 昇 進 一旦 云 二從 因 至 果 二也 。 此 雨 邊 中 以 レ何 爲 昌正 意 一乎 。 尋 也 。 答 從 果 向 因 爲 二正 意 一 云 云 又 曰 く ハ テ ノ ヲ ト ト タ リ ヲ テ ノ メ ノ ノ答
當
経
所
説
以
二從
果
向
因
曼
茶
羅
璽
正
意
一見
。
侵
以
大
悲
台
藏
曼
茶
羅
義
。
疏
家
騨
今
此
中
妙
法
蓮
華
曼
茶
羅
ヲ イ ハ バ ノ チ レ ノ ナ リ テ セ ル ヲ ニ ケ ニ メ ノ ト 義 毘 盧 遮 那 本 地 常 身 郎 是 花 毫 具 膿 ○以 二如 レ是 衆 徳 輪 圓 周 備 二 故 名 二曼 茶 羅 二也 。 丈 既 表 二今 此 中 一就 二從 ノ ニ 果 向 因 曼 茶 羅 繹 レ之 云 云 又 曰 く 、 ノ タ ル ノ ハ レ ノ ノ ノ ト フ其
上
一
部
総
霧
大
毘
盧
遮
那
成
佛
神
鍵
加
持
経
題
額
是
從
果
向
因
次
第
也
。
傍
一
部
詮
要
從
果
向
因
次
第
也
云
事
明
也
。
長
覧
尊
師
の
教
義
と
教
主
義
三
一
長 贅 尊 師 の 教 義 と 教 主 義 三 二 此 の 如 く 從 果 向 因 は 佛 邊 に 約 し 、 ま た 曼 茶 羅 の 開 顯 に 約 す る も の な る こ と 、 及 び 曼 茶 羅 と は 毘 盧 遮 本 地 の 常 身 郎 ち 花 台 の 具 膿 な る こ と 、 或 は 一 部 の 総 幕 た る 題 額 よ り 観 て 大 日 如 來 の 自 謹 大 萱 の 果 膿 よ り 神 攣 加 持 の 化 他 の 妙 用 を 現 す る は 一 経 の 詮 要 に し て 、 こ れ 從 果 向 因 の 義 な る こ と を 繹 成 せ ん と す る に 徴 す る も 、 そ の 果 膿 と は 本 萱 を 現 謹 せ ら れ た る 已 成 の 佛 果 に 約 し て 観 ん と す る こ と を 知 ら る る の で あ る 。 ま た 從 果 向 因 が 正 意 な る べ き 所 以 を 明 か さ ん と し て 、 從 因 至 果 の 行 者 の 所 入 所 詣 郎 ち 究 覧 の 理 想 は 如 來 の 果 膿 で あ る 。 そ の 果 髄 は 郎 ち 從 果 向 因 の 曼 茶 羅 で あ る 。 此 の 如 く 從 因 至 果 の 極 致 は 從 果 向 因 な る が 故 に 、 経 の 正 意 は 從 果 向 因 に あ る こ と を 繹 し 、 メ ク ル ニ シ ヲ ノ ハ ニ ノ ク ノ ノ 會 云 。 得 レ心 レ肇 萌 從 因 至 果 從 果 向 因 一。 從 果 向 因 曼 茶 羅 於 二如 來 心 地 二 所 レ開 性 徳 四 重 法 界 圓 壇 也 。 從 因 ノ ハ ニ ス ル ノ ノ ノ ノ ハ テ ノ ノ テ リ
至
果
曼
茶
羅
行
者
從
外
向
内
謹
入
次
第
也
。
彼
從
因
至
果
行
者
所
詣
果
徳
還
從
果
向
因
四
重
法
界
圓
壇
也
。
切
從
果
ノ ナ ル う ノ ハ ニ 向 因 是 所 入 所 詣 曼 茶 羅 故 以 レ此 可 レ爲 一二正 意 一也 。 付 レ之 諸 佛 從 果 向 因 本 意 、 爲 二衆 生 所 入 一故 。 行 者 從 因 至 ノ レ ナ ル ベ シ ノ ニ テ ノ ニ メ ハ ヲ モ テ ヲ キ ス ト 果 次 第 是 正 宗 云 云 是 所 詮 能 入 所 入 封 入 也 。 而 付 二能 入 所 入 二 一 定 二宗 旨 一尤 以 二所 入 所 詣 苛 レ爲 一二正 意 一也 。 ノ モ ス ヲ ハ ノ シ メ ン カ ニ ノ ニ ヲ レ ノ ヲ レ ハ ノ モ 鐸 摩 詞 衙 論 等 意 明 二能 入 一事 爲 レ至 二 所 入 一方 便 故 。 以 二所 入 二爲 二奈 旨 一。 以 二此 道 理 得 レ意 從 果 向 因 曼 茶 羅 尤 キ ノ ナ ル 可 二経 正 宗 一也 云 云 此 く の 如 く 経 に 從 因 至 果 、 從 果 向 因 を 並 べ 説 か れ あ る も 、 從 因 至 果 の 極 は 果 燈 に 契 誰 す る に あ り 、 そ の 果 禮 の 性 徳 の 開 顯 は 從 果 向 因 に あ る が 故 に 、 從 果 向 因 を 正 意 と な す と の 解 に 徴 す る も 、 ま た 從 果 向因 の 曼 茶 羅 は 如 來 の 心 地 に 於 て 開 く 所 の 性 徳 四 重 の 圓 壇 に し て 、 密 数 は こ の 果 徳 の 開 顯 に あ う と な す 説 に よ る も 、 從 果 向 因 の 果 膿 は 、 已 成 如 來 の 果 禮 に 約 す る も の で あ る 。 さ れ ば 同 じ く 從 果 向 因 と い へ ど も 、 こ の 果 を は 衆 生 の 本 有 本 萱 の 識 禮 に 約 し 、 九 八 七六 五 識 の 輻 起 が 自 本 垂 跡 な り 、 從 果 向 因 な り と 繹 す る 萱 師 の 説 に 封 せ ば 、 爾 師 の 見 地 の 相 違 自 ら 知 ら る べ き で あ る 。 な ほ 菩 提 心 爲 因 、 大 悲 爲 根 、 究 覧 爲 究 覧 の 因 行 果 の 三 句 の 法 門 を 以 て 、 因 行 入 謹 の 行 者 の 從 因 至 果 の 義 と 、 從 本 垂 迩 の 曼 茶 羅 の 開 顯 と を 鐸 す る こ と あ り 、 し か し て 萱 師 は 因 行 入 謹 も 、 諸 佛 の 從 本 垂 遊 と 同 じ く 凡 て 從 果 向 因 の 意 に 解 す る が 故 に 、 三 句 の 法 門 を ば 從 果 向 因 の 一 邊 に 約 し て 観 ん と す る も 、 快 師 は 三 句 に は 從 因 至 果 と 從 果 向 因 の 爾 義 を 含 む と な し 、 諸 佛 從 本 垂 跡 を 三 句 の 法 門 に 約 し て 説 く こ と あ る と 共 に 、 宥 者 の 因 行 謹 入 の 次 第 を も 三 句 の 法 門 に 約 し て 説 か れ た り と な す 。 ノ ノ ニ ニ モ ニ ノ ヲ ノ ニ て
彼
三
句
文
含
二雨
義
一故
。
諸
佛
從
果
向
因
有
レ之
故
。
彼
義
邊
爲
二一謹
擦
二也
。
菩
提
心
爲
因
大
悲
爲
根
方
便
爲
究
覧
文
云
ト ノ ニ タ リ 有 二從 内 向 外 從 果 向 因 三 句 一疏 末 巻 御 繹 見 云 云 萱 師 の 傳 に 依 れ ば 、 高 野 山 に 上 り 繹 迦 南 院 の 賢 重 よ り 宗 の 實 義 を 傳 へ た り と い ふ 。 そ の 賢 重 の 大 日 経 正 意 に 關 す る 論 草 一 帖 あ り 。 そ の 論 草 を 見 る に 、 大 日 経 に は 從 因 至 果 、 從 果 向 因 の 義 を 並 べ 説 か る る も 、 從 果 向 因 を 正 意 と な す べ き こ と 及 び 法 の 緑 起 も 機 の 趣 入 も 凡 て 從 果 向 因 な る こ と を 騨 し 、 或 は長 覧 尊 師 の 教 義 と 教 圭 義 三 四 胎 藏 は 理 門 な り 、 理 は 李 等 を 以 て 義 と な し 、 横 李 等 は 從 果 向 因 な り 、 金 界 は 智 な り 、 智 は 捨 劣 得 勝 を 義 と な す 故 に 金 界 は 從 因 至 果 な り 、 ま た は 第 九 識 登 心 を 談 じ 、 或 は 十 住 心 に 横 竪 重 重 の 建 立 あ る 中 、横 李 等 の 義 を 深 秘 と な し 、 第 一 の 住 心 を 以 て 眞 實 の 果 徳 と な し 、 自 宗 は 本 有 の 佛 果 を 談 す る が 故 に 、 一 塵 一 法 を 動 せ す 、 一 向 行 悪 行 不 修 微 少 善 の 凡 夫 の 當 相 こ れ 本 有 の 佛 果 な り 等 本 有 本 萱 の 義 を 成 せ ら れ あ る を 観 る も 、 萱 師 の 説 の 由 來 す る と こ ろ を 知 ら る る の で あ る 。 帥 ち 大 日 経 に は 諸 佛 の 自 本 垂 迩 と 行 者 の 轄 迷 開 悟 の 從 因 至 果 と の 二 説 あ る 中 に は 諸 佛 の 自 本 垂 迩 を 正 意 と な す 一 義 と、 ま た 諸 佛 の 自 本 垂 遊 と 共 に 行 者 の 轄 迷 開 悟 も 皆 從 果 向 因 な る と 観 る を 以 て 自 宗 不 共 の 法 門 と な す 一 義 あ り 、 そ の 中 法 の 縁 起 も 機 の 趣 入 も 共 に 從 果 向 因 な り と 解 す る 義 に 依 る べ き こ と を 明 す 、 し か し て 已 成 如 來 の 自 本 垂 跡 を 從 果 向 因 と 云 ふ は 知 れ 易 き も 、 始 萱 の 行 者 の 輻 迷 開 悟 を 從 果 向 因 と 云 ふ こ と は 、 會 し 難 起 か る べ し と て 疏 の 文 を 引 用 し 、 更 に 繹 を 附 せ り 。 ノ ノ チ ス ノ ヲ ノ ニ ン ノ ト ス レ チ ノ
此
等
意
已
成
如
來
帥
示
昌如
實
知
自
心
道
二時
。
行
者
自
身
帥
本
有
薩
唾
三
世
不
改
修
行
也
萱
知
。
是
即
衆
生
李
等
心
ノ ノ ル ハ ヒ ハ ル ノ ノ ハ ナ レ モ メ ノ ス ハ ノ地
四
重
法
界
圓
壇
也
。
然
間
昨
日
迷
今
日
萱
此
輻
迷
開
悟
次
第
從
因
至
果
登
心
修
行
所
レ顯
法
膿
本
有
理
性
萱
位
毘
ノ レ チ ノ ニ メ ハ ル ス ル ニ ト 盧 遮 那 花 皇 曼 茶 也 。 是 即 如 來 果 地 境 界 而 因 人 不 レ知 虐 也 。 然 間 約 二行 者 一 時 。 可 レ云 昌從 果 向 因 一也 。 其 上 ノ ス ル ノ モ ノ ノ又
此
宗
意
登
心
修
行
意
得
其
縁
起
時
八
七
六
五
次
第
也
。
是
又
從
果
向
因
次
第
也
云
云
又
曰
く
、
ノ ハ ニ ク シ ト レ ハ ヲ ハ ノ ハ ハ チ レ ハ
自
心
登
菩
提
等
鐸
文
一
往
錐
二見
悪
一意
呂得
其
實
二者
從
果
向
因
也
。
其
故
此
宗
登
心
或
第
八
識
登
心
帥
是
東
因
也
。
或
レ ハ フ ト ハ チ 第 九 識 登 心 帥 是 中 因 也 。 (中 略 ) 大 師 云 二毫 實 爲 因 一是 也 。 今 云 二自 心 登 菩 提 心 二位 第 九 識 帥 奄 摩 羅 識 也 。 ヲ ニ ト ハ チ ス ヲ ト ハ ハ ヒ ル ノ ト テ フ 中 壷 爲 レ因 故 云 二從 因 至 果 一。 因 郎 指 二中 台 二也 。 至 果 者 此 果 指 昌外 花 一也 。 爾 間 三 密 観 御 繹 全 同 也 。 滞 下云 二從 ト ニ 因 至 果 一名 字 六可 レ背 票 旨 一耶 。 此 の 如 く 賢 重 は 第 九 識 登 心 を 談 じ 、 本 有 本 萱 を 宗 と し 、 金 界 は 從 因 至 果 、 胎 藏 は 從 果 向 因 を 正 意 と な す も の で あ り 、 し か し て 萱 師 は 賢 重 に 學 び た う と い へ ば 、 萱 師 は 賢 重 の 説 を 傳 へ た る こ と を 知 ら る る の で あ る 。 萱 師 は 前 叙 の 如 く 不 二 を 談 じ 、 第 九 識 登 心 を 明 し 、 本 有 を 重 ん す る よ り い へ ば 快 師 の 数 義 よ り も 東 寺 の 頼 寳 、 呆 寳 等 の 諸 師 の 説 に 相 同 す る も の が あ る 。 東 寺 、 南 山 、 根 嶺 の 學 匠 、 何 れ も 登 心 の 識 禮 に つ い て 論 せ ら れ た る が 、 そ の 識 禮 に つ い て の 所 見 に 依 て 、 ま た そ の 数 義 の 一 端 を 知 り 得 ら る る の で あ る 。 根 嶺 の 學 匠 は 六 識 登 心 説 を 立 し 、 東 寺 の 頼 寳 師 等 は 第 九 識 登 心 ま た は 八 識 登 心 南 山 の 宥 快 は 第 八 識 登 心 、 長 萱 は 東 寺 の 學 説 に 同 す る も の が あ る 。 聖 憲 の 大 日 経 疏 第 三 重 に 、 眞 言 行 者 因 位 最 初 の 登 心 の 識 禮 は 第 六 識 な る べ き こ と を 羅 せ ら れ て あ る 。 即 ち 因 位 最 初 の 登 心 は 生 死 を 厭 ひ 浬 繋 を 欣 ひ 、 凡 夫 の 外 に 佛 果 を 求 め 能 求 の 心 と 所 求 の 果 と に 差 別 を 見 る も の で あ る 。 か く の 如 く 能 所 差 別 、 厭 欣 分 別 の 行 解 は こ れ 第 六 識 の 作 用 な る が 故 に 因 位 最 初 の 登 心長 覧 寧 師 の 教 義 と 教 主 義 三 六 の 識 膿 は 第 六 識 な る べ き こ と を 立 す る も の で あ る 。 帥 ち 第六 識 は 未 だ 諸 法 唯 心 の 行 解 を 作 さ す 、 諸 法 唯 心 の 行 解 を な し 、 心 内 の 佛 を 見 る 作 用 は こ れ 第 八 識 で あ る 。 し か る に 因 位 最 初 の 登 心 の 人 は 、 な ほ 諸 法 唯 心 の 観 を な し 、 深 細 の 行 解 た る 第 八 識 を 起 し 得 す 、 讐 ひ 眞 言 行 者 な り と い へ ど も 、 厭 求 の 念 を 生 せ す ば 、 佛 法 に 入 り 難 き が 故 に 最 初 の 登 心 は 第六 識 な る べ し 、 尤 も 大 疏 等 に 自 心 成 佛 の 数 に 於 て 眞 實 の 信 を 起 す を 登 菩 提 心 と 鐸 し 、 菩 提 心 と は 自 浮 信 心 の 義 な り 等 と 繹 せ ら れ て あ る 。 此 の 如 く 自 心 帥 佛 の 激 を 聞 い て 眞 實 の 信 を 生 す る を 登 菩 提 心 な り と い へ ば 、 こ れ 唯 心 の 数 に 依 れ る 眞 實 の 信 な る が 故 に 、 第 八 識 登 心 の や う 思 は る る も 、 し か も こ れ な ほ 第六 識 の 作 用 に 薦 す 、 帥 ち 第六 識 は 名 義 の 境 を 縁 す 、 さ れ ば 阿 閣 梨 よ う 自 心 郎 佛 の 数 を 聞 い て 之 を 信 す る は こ れ 名 義 に 從 る も の で あ る 。 か く の 如 く 名 義 に 從 て 信 を 生 す る 位 は な ほ こ れ 第六 識 の 作 用 で あ る 。 第 八 識 は 内 門 轄 の 識 な る が 故 に 名 義 に 於 て 輻 す る 義 な し 、 第六 識 名 義 の 境 を 縁 す る が 故 に 是 心 是 佛 の 数 を 聞 き 之 を 信 じ 、 観 行 純 熟 の 後 、 能 所 の 相 を 亡 す る 位 は こ れ 第 入 識 の 作 用 な る べ し と い へ ど も 最 初 信 を 生 す る 位 は 第 六 識 の 作 用 な る べ き こ と を 輝 す る も の で あ る 。 帥 ち 今 論 す る と こ ろ は 因 位 最 初 の 登 心 の 識 膿 に つ い て 繹 を な し 、 因 位 最 初 の 登 心 の 識 禮 は 第六 識 な る こ と を 成 す る も の で あ る 。 し か も 若 し 深 位 た る 初 地 の 位 に つ い て い へ ば 、 自 宗 の 意 初 地 の 位 は 金 剛 薩 唾 に 同 す る が 故 に 、 第 八 識 の 行 解 を 生 す と な す も の で あ る 。 此 の 如 き は こ れ 頼 喩 聖 憲 等 の 諸 師 の 説 で あ る 。 し か る に 新 義 に て も 智 山 の 蓮 徹 は 大 疏 談 義 に 登 心 の 識 膿 を 論 じ 、 心 要 の 繹
の 夫 修 行 者 初 登 信 心 以 表 菩 提 心 。 帥 大 圓 鏡 智 紡 哩 郷 野 心 の 文 等 に 依 り 第 八 識 登 心 の 義 を 成 せ る も の で あ る 。 し か る に 東 寺 の 頼 寳 師 本 母 集 に 登 心 の 識 膿 を 繹 し 、 自 宗 の 機 根 に 深 信 、 信 解 の 二 機 あ り と な し そ の 深 信 の 機 は 第 九 識 、 信 解 の 機 は 第 入 識 螢 心 な る べ き こ と を 明 す 。 し か も 自 宗 の 正 意 よ う い へ ば 寧 ろ 第 九 識 螢 心 即 ち 衆 生 の 當 膿 郎 本 有 不 生 の 騰 な り と 信 知 し て 、 當 禮 を 以 て 本 際 に 住 す る に あ り と な す も の で あ る 、 こ こ に 根 嶺 の 数 學 は 寧 ろ 修 生 修 顯 を 表 と し 、 東 寺 の 数 風 は 本 有 本 萱 を 本 と す る こ と の 二 端 を 知 ら る る の で あ る 。 本 母 集 及 び 呆 寳 傳 寳 記 に 登 心 の 識 禮 の こ と を 繹 せ ら れ あ る を 観 る に 、 本 母 集 に 第 八 九 識 を 登 心 の 識 膿 と す る に つ き 左 の 五 門 に 分 て 辮 せ ら る 。 五 輻 の 次 第 法 爾 道 理 の 故 に 本 萱 下 輻 を 以 て 修 入 の 次 第 と 爲 す が 故 に 圓 明 の 識 膿 を 分 別 の 根 本 と 爲 す が 故 に 本 有 の 功 徳 細 識 所 縁 の 故 に 始 萱 の 浮 智 は 必 す 第 入 識 と 相 慮 す る が 故 に 此 の 如 き 所 由 に 依 て 眞 言 行 者 の 螢 心 は 第 九 識 ま だ は 第 八 識 な ら ざ る べ か ら ざ る こ と を 輝 す る も の で あ る 。 今 そ の 繹 文 の 二 三 を 引 用 せ ん に 、 眞 言 行 人 登 心 修 行 等 の 次 第 法 爾 と し て 入 七 六 五 識 相 慮 品 の 智 禮 之 を 登 す 。 此 の 中 に 於 て 信 解 の 機 は 長覧寧師の教義と教主義 三 七
長
壷
尊
師
の
教
義
と
教
主
義
三
八
先
づ
第
入
識
を
起
し
還
て
第
九
識
に
同
す
。
然
し
て
後
ち
七六
前
五
識
修
行
謹
果
入
浬
薬
次
第
に
之
を
得
す
。
深
信
の
人
は
最
初
に
直
に
第
九
識
を
起
し
、
更
に
本
慮
を
動
せ
す
し
て
帥
ち
所
詣
に
到
り
、
漸
次
に
内
よ
り
外
に
出
づ
、
二
類
同
じ
か
ら
す
と
雄
ど
も
、
並
に
深
よ
り
淺
に
至
り
て
識
膿
を
起
す
。
是
れ
郎
ち
眞
言
行
者
謹
入
の
次
第
な
り
。
云
云
ま
だ
顯
教
は
随
縁
の
位
に
於
て
襲
心
修
行
を
論
す
る
が
故
に
、
登
心
修
行
悉
く六
識
に
依
て
之
を
起
す
も
、
密
数
は
不
凝
の
位
に
於
て
謹
入
を
剣
す
る
が
故
に
、
因
行
並
び
に
細
識
に
依
れ
ば
、
因
行
謹
入
深
よ
り
淺
に
至
り
内
謹
外
用
を
以
て
修
入
の
次
第
と
な
す
こ
と
を
繹
し
、
眞
言
行
人
は
本
萱
下
縛
を
以
て
修
入
の
次
第
と
爲
し
、
因
行
護
入
即
ち
深
よ
り
淺
に
至
る
が
故
に
最
初
の
襲
心
は
必
す
第
九
識
ま
た
は
第
八
識
を
起
す
こ
と
を
騨
す
。
又
眞
言
行
者
最
初
の
登
心
は
第
八
識
を
起
す
こ
と
を
繹
し
顯
数
の
意
は
未
た
心
の
隆
性
に
達
せ
ざ
る
が
故
に
、
第
入
識
を
以
て
無
分
別
の
膿
と
な
し
、
第六
識
に
至
て
始
め
て
分
別
の
名
を
立
つ
、
し
か
る
に
密
教
の
所
説
は
深
く
心
盟
を
辮
す
る
が
故
に
、
第
入
識
を
以
て
能
分
別
の
睦
と
な
す
帥
ち六
識
分
別
の
功
能
は
且
ら
く
第
八
識
に
依
附
し
て
暫
時
の
用
を
起
し
、
偏
に
麓
相
を
分
別
し
て
決
定
の
性
な
き
が
故
に
、
本
有
の
功
徳
に
於
て
更
に
能
縁
の
功
能
な
し
、
さ
れ
ば
常
住
の
理
を
縁
す
る
こ
と
は
必
す
圓
明
の
識
智
に
依
る
。
一
切
分
別
の
智
禮
第
八
識
を
以
て
本
と
爲
す
故
に
出
凡
入
聖
の
根
源
は
必
す
圓
明
の
浮
識
に
有
る
が
故
に
、
最
初
の
登
心
は
必
す
第
入
識
に
依
る
と
云
ふ
こ
と
尤
も
理
に
癒
す
る
と
い
ふ
べ
き
で
あ
る
。
叉
眞
言
行
者
直
に
本
不
生
の
理
を
観
す
る
が
故
に
、
登
心
修
行
並
に
不
二
智
の
境
界
に
於
て
之
を
明
す
を
以
て
、
最
初
襲
心
は
必
す
深
細
な
る
第
九
識
に
依
る
べ
き
こ
と
を
繹
し
て
曰
く
、
凡
そ
常
途
の
数
に
凡
夫
二
乗
は
但
だ六
識
の
み
を
知
て
七
八
識
を
起
さ
い
る
と
は
、
是
れ
郎
ち
修
行
種
因
海
の
数
な
る
ゆ
ゑ
で
あ
る
。
今
密
激
に
は
生
佛
共
に
本
有
に
住
し
て
修
謹
を
論
す
る
が
故
に
、
最
初
襲
心
の
位
に
並
に
第
九
識
を
起
す
。
今
且
ら
く
其
行
相
を
辮
す
れ
ば六
識
及
び
前
五
識
の
行
相
は
知
れ
易
し
、
第
七
識
已
上
に
於
て
は
行
解
微
細
な
る
が
故
に
衆
生
之
を
起
す
と
い
へ
ど
も
自
ら
之
を
知
ら
す
、
謂
く
見
聞
知
の
境
界
に
於
て
各
々
自
睦
を
執
し
て
能
縁
所
縁
之
を
堅
着
し
以
て
我
膿
を
成
す
る
は
第
七
識
の
行
相
で
あ
る
。
又
此
の
境
界
に
於
て
明
了
に
集
起
し
て
、
能
縁
の
一
念
に
於
て
現
前
す
る
は
、
帥
ち
是
れ
第
八
識
盤
明
の
心
膿
な
り
、
し
か
も
心
若
し
境
を
浮
べ
す
ん
ば
、
何
に
依
て六
識
の
分
別
を
起
す
べ
け
ん
や
、
以
て
知
漁
第
八
識
直
に六
塵
の
境
界
に
樹
し
て
集
起
の
徳
を
施
す
。
次
に
此
の
能
緑
所
緑
相
癒
の
義
門
其
の
根
源
を
尋
ぬ
れ
ば
、
必
す
心
境
不
二
の
道
理
に
依
る
。
心
境
不
二
に
し
て
自
ら
自
を
縁
し
他
作
を
假
ら
ざ
る
は
、
即即
ち
是
れ
第
九
識
本
有
常
恒
の
軌
則
で
あ
る
。
是
の
如
き
三
種
の
細
識
は
一
切
衆
生
之
を
起
す
と
い
へ
ど
も
、
行
相
微
細
に
し
て
辮
じ
難
き
が
故
に
、
顯
数
の
中
に
は
未
だ
凡
夫
之
を
起
す
こ
と
を
説
か
す
、
密
数
は
本
萱
法
身
本
有
の
衆
生
に
封
し
て
之
を
説
く
が
故
に
、
深
細
の
虐
に
於
て
修
行
を
建
立
す
、
之
に
依
て
凡
夫
直
に
不
二
識
を
登
し
、
深
よ
り
淺
に
至
り
、
五
鮎
を
建
立
す
、
則
ち
顯
密
の
施
経
は
偏
に
麓
細
の
義
門
に
依
る
こ
と
を
繹
し
、
以
て
第
九
識
登
心
の
深
意
を
明
す
。
此
の
如
く
頼
喩
聖
憲
等
の
根
嶺
の
學
匠
は
第六
識
登
心
説
を
立
し
、
東
寺
家
の
學
匠
は
第
八
識
及
び
第
九
識
登
心
識
を
長 覧 尊 師 の 教 義 と 教 主 義 四 〇 成 せ し が 、 南 山 の 宥 快 法 印 は 眞 言 行 者 因 位 最 初 の 登 心 は 第 八 識 な る 義 を 明 す 。 帥 ち 大 日 経 の 正 意 の と こ ろ に 叙 せ し 如 く 快 師 は 機 根 は 始 萱 門 に つ い て 從 因 至 果 と な し 、中 因 東 因 登 心 の 中 に て は 束 因 第 入 識 、 法 爾 随 縁 の 中 に は 随 縁 、 本 有 修 生 の 中 に は 修 生 、 髄 相 用 三 大 の 中 に は 用 大 の 方 面 に 機 根 を 見 て 、 呆 寳 師 の 如 く 中 因 第 九 識 の 義 を 明 し 、 初 め よ り 睦 大 に 居 す る 機 根 あ る こ と を 明 さ す 、 即 ち 快 師 は 設 ひ 登 心 郎 到 と い へ ど も 必 す 用 大 よ り 膿 大 に 契 ふ が 故 に 、 登 心 は 東 方 第 八 識 登 心 な り と す 、 か く 用 大 よ り 膿 大 に 契 ふ が 故 に 中 因 登 心 は 所 修 所 顯 の 法 罷 と し て 意 得 ふ る も の で あ る 。 し か る に 呆 寳 師 は 東 因 第 入 識 登 心 、 中 因 第 九 識 登 心 を 立 て 、 初 め よ り 膿 大 に 居 す る 機 根 あ り と す 、 郎 ち 一 切 衆 生 は 膿 大 に 居 し て 第 一 實 際 妙 境 の 境 に 住 ず 、 し か る に 衆 生 は 其 の 理 を 知 ら ざ れ ど も 、 初 入 三 昧 耶 の と き 阿 閣 梨 よ り 我 帥 法 身 の 開 示 を 被 り 、 直 に 實 際 に 住 す る 人 は こ れ 用 大 の 機 に あ ら す し て 、 膿 大 の 機 な り 、 所 謂 第 九 識 登 心 の 人 な り と な す も の で あ る 。 し か し な が ら 阿 闊 梨 が 激 を 開 示 す る 位 は 初 入 三 昧 耶 戒 の 位 な る が 故 に こ れ 用 大 な り 、 こ れ 帥 ち 用 大 よ り 薩 相 二 大 に 契 ふ も の で あ る 。 郎 ち 初 入 三 昧 耶 を 離 れ て 外 に 数 を 示 す と こ ろ な き が 故 に 趣 入 の 次 第 は 用 大 に し て こ れ 修 生 を 表 と し 第 八 識 登 心 な り と な す も の は 快 師 で あ る 。 し か し て 快 師 の 入 識 登 心 の 論 草 を 見 る に 、 眞 言 の 経 論 の 中 に 登 心 と は 生 死 を 厭 ひ 浬 盤 を 欣 ぷ 心 品 な り と も 説 か れ 、 ま た 、 生 佛 一 如 の 大 菩 提 心 に 住 し 、 焉 捨 焉 取 の 不 二 の 観 に 住 す る を 登 菩 提 心 と も 説 か る 、 し か れ ば 厭 求 の 心 と 生 死 浬 繋 焉 捨 焉 取 の 心 と は 同 な b や 異 な り や 、 は た か ゝ る 二 心 相 並 ぷ べ き も
の な り や を 繹 し 、 厭 求 の 心 と 焉 捨 焉 取 の 念 と は 各 別 の 心 品 で あ る 、 然 も 此 の 二 心 は 横 竪 の 二 心 な る が 故 に 相 並 ぶ べ し 、 印 ち 眞 言 行 者 の 観 相 に 此 の 二 の 趣 き 相 並 ぶ 、 こ の 二 心 は 表 裏 の 不 同 に し て 其 禮 は 一 な る こ と を 明 さ れ だ る が 、 こ れ ら の 騨 文 よ り 観 れ ば 、 登 心 は 修 生 用 大 を 表 と な し つ ゝ 、 し か も 本 有 盤 大 に 住 す る 義 と 相 通 す る も の あ る を 知 る べ き で あ る 。 な ほ 繹 論 等 の 意 に 依 れ ば 地 前 は 第六 識 登 心 、 地 上 は 第 八 識 登 心 な る べ き が 故 に 、 眞 言 行 者 地 前 凡 位 の 登 心 は 第六 識 な る べ し と の 難 者 の 説 に 封 し 、 眞 言 行 者 は 初 め よ り 三 摩 地 の 激 畦 に 随 順 し 、 最 初 よ り 深 細 の 激 理 を 緑 す る が 故 に 淺 位 な り と い へ ど も 第 八 識 襲 心 な る こ と を 明 し 、 或 は 自 宗 の 意 は 十 地 の 外 に 位 を 立 て す 、 地 前 の 次 位 を 開 く と い へ ど も 、 實 に は 初 地 の 一 位 に 擾 在 す 。 し か れ ば 東 方 修 生 の 菩 提 心 の 慮 に 地 前 の 因 行 を 擾 す る が 故 に 最 初 の 登 心 は 第 入 識 な る べ き こ と を 繹 し 、 更 に 繹 論 の 眞 生 不 二 の 三 門 の 説 に 依 り 、 生 滅 門 に 約 せ ば 始 萱 の 行 者 の 最 初 登 心 は 第六 意 識 に し て 、 眞 如 門 の 行 者 に 約 す れ ば 、 一 一 心 を 以 て 眞 如 に 随 順 得 入 す 、 若 し 不 二 門 の 行 者 に 約 せ ば 不 二 心 に 依 て 不 二 摩 訂 衙 の 果 禮 に 契 謹 す べ し 、 し か し て 此 の 不 二 門 の 中 に 入 識 九 識 無 量 の 心 識 あ り 、 そ の 第 八 識 を 以 て 登 心 の 識 膿 と な す こ と を 明 す 。 こ こ に 至 れ ば 第 入 識 と 云 ふ も 常 途 佛 教 に 云 ふ六 七 八 九 識 の 識 膿 に あ ら す し て 、 第 十 一 一 心 識 を 越 え た る 不 二 門 の 上 の 八 識 な り 、 思 ふ に こ の 不 二 門 に 都 絶 能 所 の 不 二 一 如 の 義 と 、 こ の 一 如 準 等 の 上 に 還 て 能 所 を 立 て 而 二 差 別 を 開 く 爾 門 あ り 、 東 寺 家 及 び 萱 師 等 の 第 九 識 と は 都 絶 能 所 の 不 二 心 に 住 し て 不 二 の 果 膿 に 契 謹 せ ん こ と を 明 す も の 長覧尊師の教義と教主義 四 一
長 鏡 尊 師 の 教 義 と 教 主 義 四 二 に し て 、 快 師 は こ の 都 絶 能 所 の 上 に 能 所 を 開 き 、 生 佛 の 實 在 を 開 顯 せ る 上 の 説 な る こ と を 知 ら る 。 此 の 如 く 第 九 識 を 以 て 不 二 本 有 の 一 心 に 契 合 す る を 宗 極 と す る 東 寺 家 の 學 風 と 、 而 二 を 宗 と し 修 生 を 表 と し て 第 入 識 登 心 を 明 す 快 師 の 数 學 と は 、 往 々 宗 義 の 重 要 な る 鮎 に 於 て 所 見 を 異 に す る も の が あ る 。 例 へ ば 呆 師 も 快 師 も 共 に 眞 言 宗 の 意 最 初 登 心 の 位 に 修 行 を 用 ゐ す し て 謹 果 す る 機 根 あ る こ と を 明 す は 同 一 な る も 、 東 寺 家 に て は 眞 言 行 者 の 諸 機 悉 く 登 心 即 到 す る 義 を 成 す る も 、 快 師 は 諸 機 の 中 一 類 の 頓 機 あ り 、 阿 閣 梨 に 遇 ひ 自 心 帥 佛 の 開 示 を 蒙 る と き 、 薗 心 即 佛 の 深 旨 に 蓮 達 し 修 行 の 次 位 を 経 す し て 謹 悟 す る 機 あ り と な す も の で あ る 。 此 の 如 く 機 根 萬 差 な れ ど も 頓 漸 超 の 三 機 を 以 て 鑑 し 、 そ の 頓 機 の 中 に 極 大 頓 機 の 一 類 あ つ て 登 心 郎 到 す と い ふ 義 と 、 頓 漸 超 の 三 機 同 じ く 襲 心 郎 到 す と い ふ 説 と は 、 こ れ ま だ 而 二 不 二 の 宗 義 の 相 異 、 入 九 識 登 心 の 識 禮 の 異 り に 基 く も の で あ る 。 し か し て 長 萱 師 の 指 南 鋤 に 登 心 帥 到 の 機 の 有 無 を 繹 せ ら る る も の を 見 る に 、 呆 師 と 同 じ く 諸 機 悉 く 登 心 帥 到 と い は す し て 、 機 根 不 同 に し て 悟 入 無 霊 な る が 故 に 、 極 大 頓 機 の 一 類 修 行 を 用 ゐ す し て 謹 果 す る こ と を 明 す も の で あ る 。 し か も 上 述 の 如 く 萱 師 に 登 心 の 識 膿 に つ い て 特 に 所 鐸 な き も 、 大 日 経 正 意 の 羅 文 等 よ り 観 れ ば 、 東 寺 家 の 説 の 如 く 、 自 宗 は 本 萱 宗 な る が 故 に 因 行 果 の 次 第 深 よ り 淺 に 至 る と 観 る 義 を 本 と す る も の な る が 故 に 、 第 九 八 識 の 登 心 を 明 す も の と 観 ら る べ き で あ る 。 も つ と も 萱 師 の 数 系 に 屡 す る 印 融 の 杣 保 紗 に 八 識 登 心 の 義 を 成 ぜ ら れ て あ る 。 し か も そ の 鐸 文 を 見 る に
ハ ニ ノ ハ ナ ル カ ニ ノ