1)福岡大学病院感染制御部,2)宮城大学大学院看護学研究科 〈原 著〉
多剤耐性菌対策ガイドラインで推奨される接触予防策と
患者周辺環境対策遵守の実態
橋本 丈代1)・操 華子2)
Adherence to Recommended Contact Precaution Protocols for Contact with Patients Colonized/Infected with Multidrug-Resistant Organisms and Their Environments
Takeyo HASHIMOTO1)and Hanako MISAO2)
1)Department of Infection Control Team, Fukuoka University Hospital, 2)Graduate School of Nursing, Miyagi University
(2013 年 7 月 29 日 受付・2013 年 11 月 5 日 受理) 要 旨 多剤耐性菌の検出患者に求められる接触予防策と,患者周辺環境対策の推奨事項に関する遵守の 実態を明らかにすることを本研究の目的とした.第三次救急指定を受けている 5 つの医療機関に おいて,接触予防策の遵守については直接観察法で,患者周辺環境対策の実態については接触予防 策の適用となっている患者の病室を担当する看護師への聞き取りによって,データを収集した.接 触予防策遵守の観察総場面数は 1,468 であった.全施設における接触予防策の遵守率は入室時の手 指衛生 52.8,手袋着用及び処分 68.9,ガウン着用及び処分 78.7,退室時の手指衛生 75.5 であった.入室時の手指衛生は,病棟間で統計学上有意な差が見られ(p<0.001),ER と ICU が 共に低かった.職種間でも統計学上有意な差が見られ(p<0.001),医師の接触予防策遵守率が低か った.患者周辺環境の高頻度接触環境表面の清掃実施率は 89.9~100.0であり,1 日あたり 1~2 回の頻度で適切に実施されていた.既存のガイドラインで推奨される接触予防策と患者周辺環境対 策の遵守徹底が,院内アウトブレイクを未然に防ぐ上では必須であり,そのためには日頃から遵守 の評価を定期的に実施することが重要である. Key words多剤耐性菌,接触予防策遵守,患者周辺環境対策 は じ め に 医療関連感染は患者の予後に大きく影響を与え,入院 患者の主要な死亡原因の 1 つとなっている.米国では 医療関連感染が医療過誤の 1 つであり,毎年 200 万人 が医療関連感染に罹患し,約 90,000 名が死亡している と発表された1).米国における医療関連感染の 70は, 多 剤 耐 性 菌 に よ る と 推 測 さ れ て い る2). 多 剤 耐 性 菌
(multidrug-resistant organisms: MDRO)とは,一般的 に 1 つ以 上 の クラ ス の 抗菌 薬 に耐 性 で あ り, 通 常は 1 つから 2 つを除くすべての抗菌薬に耐性の細菌をい う3).米国疾病対策センター(Centers for Disease
Con-trol and Prevention: CDC)の 2010 年のデータによる と,医療関連感染の原因菌としての黄色ブドウ球菌に 占 め る メ チ シ リ ン 耐 性 黄 色 ブ ド ウ 球 菌 ( methicillin-resistant Staphylococcus aureus: MRSA)の割合は 53, 腸球菌の 21がバンコマイシン耐性腸球菌(vancomy-cin-resistant enterococci: VRE)であった4).本邦におい
ても,MRSA が医療関連感染の重要な起因菌であると 認識されており,分離される黄色ブドウ球菌に対して MRSAが占める割合は 54.6と高率である5).近年, 複数の医療機関で VRE の集団発生の事例,医療器具を 介した多剤耐性緑膿菌(multidrug-resistant Pseudomonas aeruginosa: MDRP),多剤耐性アシネトバクター(mul-tidrug-resistant Acinetobacter baumannii: MDR-Ab)のア
ウトブレイク事例が報告され,大きな社会問題となった. 米国では,多剤耐性菌の伝播予防を目的として,代表 的な 2 つのガイドラインが発表されている.米国医療 疫学学会(The Society for Healthcare Epidemiology of America: SHEA)による“SHEA Guideline for Prevent-ing Nosocomial Transmission of Multidrug-Resistant Strains of Staphylococcus aureus and Enterococcus6)”
(「MRSA と VRE の院内伝播防止のための SHEA ガイ ドライン」20037))と,CDC の医療感染管理諮問委員会
(Hospital Infection Control Practices Advisory Com-mittee: HICPAC)による“Management of multidrug-resistant organisms in healthcare settings3)”(「CDC ガ
イドライン医療現場における多剤耐性菌の管理」20068)) である. 後者の CDC のガイドラインでは,管理面の対策,医 療従事者の教育,サーベイランス,接触予防策,患者周 辺環境対策について,2 段階のアプローチを推奨してい る.第 1 段階はどの医療機関においても一般的に推奨 される項目をあげ,第 2 段階では多剤耐性菌が多発し ている,あるいは第 1 段階で述べた対策を講じても多 剤耐性菌が減らない場合に推奨される強化策を示してい る8). 感染管理上,アウトブレイクを未然に防ぐためにガイ ドラインで推奨される項目を日常的に遵守することが最 も重要なことである.しかしながら,本邦においては, その遵守を調査したものは見当たらない.そこで本研究 では,CDC による「医療現場における多剤耐性菌の管 理」ガイドライン(2006)の中で臨床現場の実践で重要 と考えられる接触予防策と患者周辺環境対策に焦点を絞 り,多剤耐性菌の検出が報告されている医療現場におけ る接触予防策と患者周辺環境対策への遵守の実態を明ら かにすることを目的とした. 対象と方法 . 調査期間と調査対象施設 調査期間は,2011 年 1 月 4 日から 2011 年 9 月 30 日 とした.調査対象施設は,以下の取り込み基準を満た し,研究協力が得られた 5 施設とした.1) 感染管理担 当者が専従で勤務している,2) 感染制御チーム(感染 管理医師,臨床検査技師,薬剤師,感染管理看護師)が 活動している,3) 多剤耐性菌(MRSA, MDRP, VRE, 基質特異性拡張型 b ラクタマーゼ(extended-spectrum b-lactamases: ESBLs)産生菌,メタロ b ラクタマーゼ産 生菌,C. di‹cile 菌)の検出状況が毎月報告されている, 4) 第三次救急施設,である. . データ収集方法及びデータ収集項目 研究協力が得られた各施設の感染管理担当看護師に, データ収集方法の説明を行い,以下の手順でのデータ収 集を依頼した. ) 患者の選択 接触予防策適用となっている多剤耐性菌検出患者の中 から,無作為に患者を選択した(以下,接触予防策適用 患者とする). ) 接触予防策適用患者の基礎情報 診療録から, 接触予防策の適用理由, 多剤耐性 菌が検出された検体材料の種類, 接触予防策実施期 間についての情報収集を行った.接触予防策適用患者の 病室において, 接触予防策の識別(サイン)表示の有 無, 接触予防策のための備品(手袋・ガウン・エプロ ン等)の配置について情報収集を行った. ) 接触予防策適用患者の病室に出入りする医療従事 者の接触予防策 接触予防策適用患者の病室に出入りする医療従事者 (以下,医療従事者とする)の接触予防策の実施状況につ いては,入室時の手指衛生,手袋及びガウンの着用,退 室前の手袋及びガウンの処分,手指衛生の行動の有無を 感染管理担当看護師が直接観察した.1 回の観察時間 は,ケアや処置が集中する時間帯を選択し,30 分程度 とした.接触予防策実施の有無について研究者が作成し たデータ収集シートの記載を依頼した. ) 接触予防策適用患者の周辺環境対策 接触予防策適用患者の周辺環境の実際の清掃について は,日勤で接触予防策適用患者を担当する看護師に, 清掃担当者, 使用する清掃用具,洗浄消毒剤, 清 掃箇所, 清掃回数について聞き取りを行った. 1)~3)についての情報を記入済みのデータ収集シート は,著者まで郵送で返送を依頼した. . データ分析方法 医療従事者の接触予防策の遵守率は,接触予防策実施 場面数を接触予防策必要場面数で除して算出した.接触 予防策の遵守について施設別,病棟別,職種別(看護 師・医師・その他)で Pearson のカイ二乗検定を用いて 比較検討した.統計処理は SPSSVer.15.0 を使用した. 有意水準は 0.05 とした. . 倫理的配慮 国際医療福祉大学の倫理審査委員会の承認を得た(承 認番号 10116).事前に研究協力医療機関の感染管理担 当看護師に研究目的と方法について説明し,必要に応じ て研究協力医療機関の倫理審査の承認を得て,本研究を 実施した. 結 果 . 研究協力医療施設の概要 研究協力の同意が得られた 5 施設の病床数は 915 か ら 1354 床で,いずれも感染管理担当看護師が専従配置 されており,かつ ER や ICU 等がある第三次医療機関
図 接触予防策適用患者の入院病棟の内訳 図 接触予防策が適用された理由 図 施設における利用可能な接触予防策のための備品の 配置 であった.多剤耐性菌のサーベイランス体制が整備され ており,2012 年度の診療報酬改定では感染防止対策加 算 1 の届出医療機関となっている. . 接触予防策適用患者の基礎情報 接触予防策適用患者の入院病棟の内訳を,図に示し た.救命救急センター(Emergency Room 以下,ER) 17.8,外科 22.2,内科 31.4,集中治療室(Inten-sive Care Unit以下,ICU)21.6,新生児集中治療室 (Neonatal Intensive Care Unit 以下,NICU) 3.2,そ の他 3.8であった.接触予防策が適用された理由を, 図に示した.MRSA が最も多く全体の 72.1を占め た.次いで ESBLs 産生菌が 10.4であった.MRSA と ESBLs 産生菌の両方が分離されている患者は,5.5 であった.MRSA, ESBLs 産生菌以外の耐性菌では, メタロ b ラクタマーゼ産生菌 4.4, MDRP 2.2, C. di‹cile2.2, VRE 1.1であった. . 利用可能な接触予防策のための備品の配置 利用可能な接触予防策のための備品の配置について, 図に示した.接触予防策について何らかの識別が表示 されていたのは,全体で 74.9であった.アルコール 擦式手指消毒剤は 100配置されていた.手袋の配置は, S サイズ 84.2,M サイズ 83.7,L サイズ 27.2で あった.袖つきガウンの配置は 13.0,袖なしプラス チックエプロンは 97.8であり,袖なしプラスチック エプロンの方がより高い頻度で使用されていた.感染性 廃棄物容器の配置は,全体で 74.8であった. . 医療従事者の接触予防策遵守率 2011 年 1 月 4 日から 9 月 30 日までに,5 施設におい て医療従事者による接触予防策の実施場面の観察は延べ 1468 場面であった.病棟別の接触予防策遵守率を, 表に示した.全ての項目において,病棟間で,統計学 上 有 意 な 差 が 見 ら れ ( p < 0.001 ) , ER で は 手 袋 着 用 89.9,ガウン(エプロン)の着用 83.4,及び手袋処 分 86.2,ガウン(エプロン)の処分 80.0であり,他 の病棟よりも遵守率が高かった.しかし,入室時の手指 衛生については,ER と ICU が最も低く 46.0であっ た.退室時の手指衛生も同様に ER 68.8, ICU 69.4 で低い傾向であった. 職種別の接触予防策遵守率を,表に示した.全ての 項 目 に お い て , 職 種 間 で 統 計 学 上 有 意 な 差 が 見 ら れ (p<0.001),医師の遵守率が低かった.入室時の手指衛 生は医師 31.5,入室時の手袋着用は医師 58.1,看 護師 83.8,その他 80.6,入室時のガウン(エプロ ン)着用は医師 43.4,看護師 74.4,その他 75.2, 退室時の手指衛生は医師 60.8,看護師 79.2,その
表 病棟別の接触予防策遵守率 全体 (n) 病 棟 ER (n) ICU (n) NICU (n) (n)外科 (n)内科 小児科(n) p 値 入室時 手指衛生 (N=) (.) (.) (.) (). (.) (.) (.) <. 手袋着用 (N=) (.) (.) (.) (). (.) (.) (.) <. ガウン(エプロン)着用 (N=) (.) (.) (.) (). (.) (.) (.) <. 退室時 手指衛生 (N=) (.) (.) (.) (). (.) (.) (.) <. 手袋処分 (N=) (.) (.) (.) (). (.) (.) (.) <. ガウン(エプロン)処分 (N=) (.) (.) (.) (). (.) (.) (.) <. 接触予防策遵守率=n 接触予防策場面数/N 接触予防策必要場面数× 接触予防策必要場面数 接触予防策実施場面数 救命救急センター Emergency Room 集中治療室 Intensive Care Unit
新生児集中治療室 Neonatal Intensive Care Unit ER,ICU,NICU,外科,内科,小児科間で比較 表 職種別の接触予防策遵守率 全体 (n) 職 種 看護師 (n)(n)医師 その他(n) p値 入室時 手指衛生 (N=) (.)(.).()(.)<. 手袋着用 (N=) (.)(.)(.)(.)<. ガウン(エプロン) 着用(N=) (.)(.)(.)(.)<. 退室時 手指衛生 (N=) (.)(.)(.)(.)<. 手袋処分 (N=) (.)(.)(.)(.)<. ガウン(エプロン) 処分(N=) (.)(.)(.)(.)<. N接触予防策必要場面数 n接触予防策実施場面数 看護師,医師,その他の医療従事者間で比較 表 接触予防策適用患者の周辺環境の清掃実施者 清掃実施者 人数(割合) 看護師 (.) 看護助手 (.) 看護師+看護助手 (.) 看護師+清掃業者 ( .) 看護助手+清掃業者 ( .) 看護師+看護助手+清掃業者 (.) 合 計 ( ) 他 76.6,退室 時の手袋処分は医師 54.1,看護師 80.5,その他 75.6,退室時のガウン(エプロン)処 分は医師 41.4,看護師 71.0,その他 71.8であっ た. . 接触予防策適用患者の周辺環境の清掃状況 接触予防策適用患者の周辺環境の清掃実施者につい て , 表 に 示 し た . 看 護 師 の み が 最 も 多 く , 全 体 の 37.8を占めた.看護助手あるいは清掃業者と作業分担 していることもあり(34.0),看護師が清掃に関与して いる割合は全体の 83.2であった.1 日の清掃回数につ いては 2 回/日が 49.7, 1 回/日は 47.0であった.病 棟 別 の 高 頻 度 接 触 表 面 の 清 掃 実 施 状 況 は , ド ア ノ ブ 89.9から 96.0,オーバーベッドテーブル 98.8か ら 100.0 , 床 頭 台 97.3 か ら 100.0 , ベ ッ ド 柵 99.0から 100.0であった(図).
図 病棟別の高頻度接触環境表面の清掃実施状況 考 察 . 接触予防策適用の理由と接触予防策のための備品 の配置 接触予防策が適用された理由として,MRSA が全体 の 77.6(MRSA 以外の多剤耐性菌との重複を含む)を 占めていた.本邦における厚生労働省サーベイランス事 業「全入院患者部門」で公開されている 2012 年のデー タによると,調査対象とする主要な薬剤耐性菌種による 感染症のうち,MRSA 93.4,次いでペニシリン耐性 肺炎球菌(Penicillin-resistant Streptococcus pneumoniae 以下,PRSP) 5.4, MDRP 1.1, VRE 0.04であ り,多剤耐性菌の中で MRSA は最も分離頻度が高い5). MRSA 伝播の原因として,医療従事者が媒介となりや すい点,市中での流行株も増えている点を考慮すると, 本邦においては今後も多剤耐性菌対策として MRSA 対 策は重要な位置を占めると考えられる.次いで頻度の高 かった ESBLs 産生菌は,本邦において 2000 年頃より 急増している9).大学病院で過去 5 年間に分離された ESBLs 産生菌の菌株について分子疫学を行った結果, 院内で発生した株と持ち込み株で PFGE 型が一致した ことから連携病院との間での交差伝播の可能性を強く示 唆するものであったと述べられている10).多剤耐性菌 は,積極的に薬剤感受性検査をしなければ同定されない こと,市中感染症の原因菌としても増加傾向にあること を考慮すると,施設内外で潜在的に伝播が拡大するリス クが高まっていることは注目すべき点である. 本研究において,接触予防策適用の識別が掲示されて いたのは全体の 74.8であり,先行研究で報告されて いる 85.411)と比較すると低い結果であった.接触予 防策適用の識別表示をしない理由として,個人情報保護 法が全面施行された 2005 年以降の「医療法第 25 条の 規定に基づく立入検査」に基づく指導や病院機能評価に よる指導内容の影響が考えられた.しかし,接触予防策 を適切に実施するためには,医療従事者一人一人が接触 予防策の必要性を認識することが求められ,そのための ツールとして接触予防策適用の識別表示は不可欠のもの と考えられた.ドイツでは,複数の医療機関で実施され た「MRSA 伝播予防のための感染制御プログラム」の 中で,MRSA 保菌を認識する識別表示などの対策が重 要であると報告されており12),本邦でも多剤耐性菌対 策の 1 つとして標準化を検討する必要があると考えら れた. アルコール擦式手指消毒剤の設置について,各患者の ベッド近辺に設置した場合と,4 床に 1 個だけを設置し た場合とを比べた研究が報告されている.その結果,各 患者のベッド近辺に設置した場合の方が,医療従事者に よる手指衛生の遵守率が著明に向上した13).本研究で は,病室出入り口には 100設置されていることから入 室時,退室時の手指衛生へのアクセスは問題がないと考 えられた.しかし,患者ゾーン内の point of care にお ける手指衛生については,観察を行っておらず,病室内 のアルコール擦式手指消毒剤の設置については評価をし ていない.特に三次医療機関で集中ケアを必要とする患 者については,連続した処置やケア場面が多いため,ベ ッドサイドにアルコール擦式手指消毒剤を設置するか, 医療従事者個人が携行する必要があるのではないかと考 えられた. 複数の手袋のサイズを備える点について,米国の 3 つの医療機関において実施された観察調査の結果では, 手袋の全サイズを設置している割合は 49.4~72.1と 報告されており11),本研究の結果では全サイズを設置 している割合が低いことが明らかとなった.医療の質改 善協会(Institute for Healthcare Improvement: IHI)が公 開している“How to Guide: Improving Hand Hygiene” (手指衛生改善のための手引き)14)の中で,接触予防策 の適応となるハイリスクの状況下では,現場でアルコー ル擦式手指消毒剤が利用できるだけでなく,複数サイズ の手袋を準備しておくことを推奨している.本研究で複 数のサイズの手袋を設置していない原因としては,欧米 の設備に見られるような接触予防策の備品を収納するア イソレーションカートが十分に普及していないこと,施 設が狭隘でありアイソレーションカートのような設備が あっても設置するスペースが不足していることが考えら れる.また,これらの個人防護具を壁掛けにする習慣が 根付いていない事も一因と考えられた.本邦における課 題の 1 つと言えるだろう. 感 染 廃 棄 物 容 器 の 設 置 は , 施 設 毎 に 見 る と 57.7~ 100であり,ばらつきが見られた.本研究では,施設 の方針で病室内に感染性廃棄物容器を置かないとしてい る施設もあり,アメニティ上の理由や行政指導の影響も あるとのことであった.感染性廃棄物容器に廃棄する物 は多様であり,使用済みの個人防護具や衛生材料,血液
や体液が付着したものなどが含まれる.感染性病原体の 伝播を防止するためには,患者病室内で使用した個人防 護具は患者病室内で処分すべきであり,感染性廃棄物容 器の設置は標準的に設置するべきであると考える.一方 で,血液や体液が付着した材料を病室内の感染性廃棄物 容器に廃棄することは,病室が患者の生活の場であるこ と,外来者の出入りがあることなどを考慮すると望まし くないという考えもある.施設において,病室内に設置 する感染性廃棄物容器に廃棄する内容物についても明確 に区分すべきであろう. 接触予防策が適用されている患者の病室については, 必要な備品を配置していることが接触予防策の遵守を促 進する要因と言える.本研究では接触予防策に必要な備 品の配置,ならびにアイソレーションカート等の接触予 防策のための備品を収納する設備は,米国の 3 つの医 療機関で観察された結果11)と比べると,十分でないこ とが示唆された.本邦の施設設備は個室環境が少なく, 狭隘であることも,備品を設置する障壁になっている可 能性として考えられた. . 医療従事者の接触予防策の遵守 ) 手指衛生の遵守 96 編の手指衛生に関する論文を対象としたシステマ ティック・レビューでは,患者接触前の手指衛生遵守率 は 21と報告している15).また,外科系 ICU と外科系 中等症病棟で,MRSA と ESBLs 産生菌が検出されてい る患者と接触する医療従事者を対象に,手指衛生の遵守 について観察調査を行った結果,患者接触前の手指衛生 は 17であると報告されている16).本研究における患 者接触前の手指衛生遵守率は,それらの結果と比べると 高い結果であった.退室時の手指衛生については,本研 究の結果は 51.0~88.9であり,先行研究の 61~78 の結果16)と同様の結果であった. Pittet らは,感染予防における手指衛生の意義を医療 従事者が十分に理解しておらず,その結果として手指衛 生の遵守率の低さが繰り返し報告されていると指摘して いる17).Pittet らの研究によって,医療従事者の手指衛 生の遵守を向上させるための介入は,個人レベルだけで はなく,集団レベル,組織レベルで働きかける必要性が あり,単一の介入ではなく,複数の多元的な介入を行う 必要性が述べられている17).Larson らの報告18)でも, 手指衛生向上のためには,組織の指導者が感染予防を医 療施設の優先課題とし,感染制御実務を組織の安全に対 する文化に統合させることが必要であると述べられてい る18).本邦では,多くの感染管理担当者が手指衛生向 上のための取り組みを行っていると考えられるが,組織 レベルの取り組みに関する報告は少なく,今後の課題と 言える. 手指衛生遵守の評価について,ICU で直接観察法と 手 指 消 毒 薬 使 用 量 か ら 計 算 し た 遵 守 率 を 比 較 し た 報 告19)では,直接観察法の方が 2.75 倍高かったと述べら れている.研究者らは,双方の比較で遵守率が異なる理 由として直接観察時のホーソン効果による遵守率の上昇 と,1 回 3 mL で計算している手指消毒薬使用量が実際 にはそれほど使われていない可能性を挙げている19). この研究では 24 時間の中で医療従事者の出入りが多 いと考えられる 30 分程度の観察であったことから,24 時間の手指衛生行動を十分には反映していないと考えら れる.手指衛生遵守の評価指標としては,何がより正確 で妥当なのかについてはさらなる検討が必要と考えられ た. ) 医療従事者の個人防護具着脱の遵守 本研究における医療従事者の個人防護具着脱の遵守率 (手袋の着用 78.7,手袋の処分 75.1,ガウンの着用 68.9,ガウンの処分 65.8)は,先行研究で報告され ている個人防護具着脱の遵守率11)(手袋の着用 67.5, 手袋の処分 63.5,ガウンの着用 67.9,ガウンの処 分 77.1)と比べると同様の結果であった.入室時の手 袋着用に比べ退室時の手袋の処分の遵守率が低いこと は,多剤耐性菌が検出されている患者に使用した手袋の まま,汚染環境を拡大させてしまう可能性や多剤耐性菌 の非保菌患者に伝播させる可能性があることを示唆して いる.本研究では,25~35程度の医療従事者は個人 防護具着脱を適切に行っておらず,多剤耐性菌伝播の潜 在的なリスクになると考えられた. ) 病棟別の個人防護具着脱の遵守 ER では,入室時の手袋の着用及び処分,ガウンの着 用及び処分いずれにおいても遵守率が高く,その一方で 入室時,退室時の手指衛生の遵守率は,最も低い結果で あった.手指衛生遵守に影響を及ぼす要因として,Pit-tet らは救急医療,外科,集中医療など特定のエリアで 勤務していること,手袋及びガウンの着用を挙げてお り17),本研究でも ER や ICU 等で,手指衛生の遵守率 の低さに影響している可能性が考えられた. 血液や体液に接触する機会が多い病棟では,医療従事 者は自己を感染から守るという点において手袋及びガウ ンなどの個人防護具を着用することが習慣化しているも のと考えられた.その一方で,患者接触前,手袋着用前 の手指衛生は,手袋を着用する事に対する過信や交差感 染のリスクに対する認識の欠如,多忙さなどの理由でな おざりにされやすい傾向があると考えられる. ) 職種別の個人防護具着脱の遵守 個人防護具着脱の観察場面数が最も多かった看護師で は,手袋及びガウンの着用,退室時の手袋及びガウンの 処理の遵守率が高く,患者ケアに関わるスタッフの方が より遵守率が高いとする報告11)と一致する結果であっ た.患者ケアに関わるスタッフのより高い遵守率は,多
剤耐性菌を交差感染させることに対するより高いリスク 認識に関連しているかもしれないと述べている11).看 護師は日常の実践の中で,最も患者と接触する場面の多 い職種であり,日々の感染対策に関する教育プログラム や委員会活動など他の職種に比べると,多剤耐性菌対策 へのコミットメントが強いのではないかと考えられた. 接触予防策遵守を評価する指標について,現時点では 統一された見解はない.多剤耐性菌の伝播経路の多くが 接触感染であり,適切な接触予防策が実施されなけれ ば,患者や患者周辺環境への直接または間接接触によっ て医療従事者が媒介となってアウトブレイクを引き起こ してしまう可能性がある.そのため,日常的に多剤耐性 菌が検出されている患者について,手指衛生を含めた接 触予防策を監視し,評価することは重要なことである. 本研究では直接観察法を用いてデータ収集を行ったが, 日常的に監視する方法としては,手指衛生における直接 観察法と同様の問題がある.すなわち,観察に費やす労 力と時間,実際のガウン(エプロン)や手袋の消費量との 関連などである.手指衛生遵守の評価指標と同様に,個 人防護具着脱遵守の評価指標についても検討することが 今後の課題である. 本研究の結果からはガイドラインで推奨される対策の 遵守については,多剤耐性菌が検出されている患者でも 手指衛生の遵守率は低く,特に医師はその遵守率が低い ことが明らかとなった.医師の手指衛生に関する研究で は,アルコール擦式消毒剤へのアクセスが容易であるこ とが手指衛生の遵守を改善する独立した予測因子である と述べられている20).個人防護具着脱についても同様 に,手袋やガウン等の複数のサイズについてアクセス可 能となるよう接触予防策を遵守するための環境を整備す ることが課題の 1 つであると考えられた. Boyce らは,MRSA 予防のための推奨がこれまで効 果的でなかった要因として,医療従事者のガイドライン に含まれている推奨に対する遵守度が低いことを挙げて いる21).本邦においては,標準予防策の概念が導入さ れた 1996 年から,感染対策について,いくつものガイ ドラインの考え方が医療現場で踏襲されるようになり, 施設の感染対策マニュアルに反映されるようになった. しかし,これまで接触予防策の遵守を評価し検討された 報告は少なく,実際にどのくらい接触予防策を遵守すれ ば多剤耐性菌の伝播を防止できるのかといった明確な基 準はない.こういったことも接触予防策の遵守意識に結 びつかない要因の 1 つではないだろうか. 多剤耐性菌対策ガイドラインで推奨される感染対策に ついて,遵守意識を高めるためには,いつ,どのような タイミングで手指衛生を含む接触予防策をすべきかにつ いて繰り返し教育し,定期的に接触予防策の監視を行 い,現場へのフィードバック等で医療従事者の動機付け を行う事が重要である. . 接触予防策適用患者の周辺環境対策 接触予防策適用患者の高頻度接触表面の清掃につい て,本研究結果から確実に実施されていると考えられ る.しかし,本研究の調査方法は病室を担当する看護師 に聞き取りで得た回答であり,例えば看護助手と作業分 担している場合,看護助手の範囲については,高頻度接 触表面の清掃遵守を過大評価している可能性も考えられ た.Patricia らは MDR-Ab の伝播阻止のために,環境 清掃の監視において監視ツールを用いることで,清掃消 毒手順の一貫性が確保されると述べている22).監視に は患者周辺の高頻度接触表面(ベッド柵,オーバーベッ ドテーブル,床頭台,ナースコール等)の評価を取り入 れることや,標準化された環境清掃チェックリストを利 用 す る こ と を 推 奨 し て い る22). 本 邦 に お い て は , MRSA 対策として 1980 年代は過剰な患者周辺環境対 策が取られ,その後一転して「環境から感染するリスク は低い」という考え方が浸透し,環境整備に関して簡素 化された歴史がある.MRSA 以外の耐性菌で VRE や 2009 年,2010 年に発生した MDR-Ab のアウトブレイ クの事例を契機として,再び患者周辺環境対策の重要性 が認識されるようになったが,十分に医療従事者に重要 性が浸透しているとは言えない.多くの医療施設では, 患者周辺のケア環境の清掃について責任を担っているの は,看護師である.病棟やユニットの責任者は看護師主 体で清掃の監視も含めた患者周辺のケア環境清掃方針を 明確に示し,清掃実施の責任を示す必要があると考え る.感染管理担当者は,施設の環境清掃に関する基本方 針を明確にし,環境清掃に関連するスタッフへの教育, 清掃の実施について適宜評価していく必要がある. また,本研究においては,清掃後の清掃の質について 客観的評価の検討を行っていない.近年,清掃業務の評 価方法として好気性細菌培養検査,蛍光識別表示システ ム , ア デ ノ シ ン 三 リ ン 酸 生 物 発 光 分 析 法 ( Adenosine Triphosphate Bioluminescence: ATP検査)が開発され ている.ATP 検査については,日常清掃業務の監視と 好気性細菌培養検査を行い,清掃スタッフに対して教育 及び,清掃業務の質評価の結果をフィードバックを行っ たところ,介入後の高頻度接触表面の ATP 値は有意に 低下し,環境表面の清浄度の改善について定量的な検証 が得られたとの報告がある23).本邦においても,清掃 の質の定量的な客観的評価とそのフィードバックは,多 剤耐性菌対策における患者周辺患者周辺環境対策の課題 の 1 つであると考える. 結 論 多剤耐性菌が検出されている患者の接触予防策の遵守 率は,入室時の手指衛生は 52.8であり,半数近くが
実施していないことが明らかとなった.手袋やガウン (エプロン)の着用や処分,退室時の手指衛生は 65.8 から 78.7でほぼ 1/3 から 1/4 の医療従事者は,接触 予防策を適切に実施していないことが明らかとなった. 患者周辺環境対策として,高頻度接触表面の清掃は, 既存のガイドラインに則って実施されていた. ガイドラインで推奨される手指衛生を含む接触予防策 の遵守を高めるためには,接触予防策を実施するための 備品へのアクセスを高める事が重要である.また,多剤 耐性菌対策ガイドラインで推奨される接触予防策や患者 周辺環境対策の遵守を高めるためには,定期的に接触予 防策や患者周辺環境対策が遵守されているかを監視し, 現場にフィードバックするシステムの構築が重要であ る.手指衛生と併せて接触予防策や患者周辺環境対策遵 守の評価指標については,さらなる研究が必要である. 謝 辞本研究のデータ収集にあたり,研究協力にご承諾頂い た施設長・所属長の皆様,接触予防策や患者周辺環境対策の データ収集にご協力頂いた医療機関の感染管理担当看護師の皆 様に感謝いたします. 利益相反について利益相反はない. 本論文の一部は第 27 回日本環境感染学会総会で発表した. 本論文は,国際医療福祉大学大学院医療福祉学研究科保健医療 学専攻看護学分野 感染管理・感染看護学領域における修士論 文の内容に加筆したものである. 文 献
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〔連絡先〒8140180 福岡市城南区七隈7451
福岡大学病院感染制御部 橋本丈代
E-mail: takeyo@minf.med.fukuoka-u.ac.jp〕
Adherence to Recommended Contact Precaution Protocols for Contact with Patients Colonized/Infected with Multidrug-Resistant Organisms and Their Environments
Takeyo HASHIMOTO1)and Hanako MISAO2)
1)Department of Infection Control Team, Fukuoka University Hospital, 2)Graduate School of Nursing, Miyagi University
Abstract
To prevent transmission of multidrug-resistant organisms (MDROs), establishment of both con-tact precaution and environmental measures is recommended. However, adherence to these meas-ures in clinical practice has not been evaluated in Japanese health-care institutions. The present study evaluated how health-care personnel follow the contact precaution protocols recommended by the CDC guidelines during care for patients colonized and/or infected with MDROs in Japanese acute-care facilities. Data related to adherence to contact precautions was collected at ˆve tertiary care hospitals by direct observation by certiˆed nurses in infection control (CNIC), who evaluated hand hygiene, wearing gown and gloves immediately before room entry of patients colonized/ in-fected with MDROs, discarding gown and gloves when leaving, followed by hand hygiene. In addi-tion, the CNIC asked each member of staŠ in charge of the patients with MRDOs how environmen-tal measures are followed. The Ethic Review Boards of International University of Health and Wel-fare as well as ˆve tertiary care hospitals approved this study. A total of 1468 scenes were ob-served. Overall adherence rates to contact precautions at ˆve hospitals were as follows: 52.8 for hand hygiene before room entry; 68.9 for glove wearing; 65.8 for glove disposal; 78.7 for gown wearing; 75.1 for gown disposal; and 75.5 for hand hygiene when leaving the patient's room. Adherence rates for hand hygiene before room entry were signiˆcantly greater in the ICU and ER, compared to other units (46.0, p<0.001). Adherence rates of physicians for all contact precaution protocols were signiˆcantly lower than for other health-care personnel (31.560.8, p<0.001). The averages of adherence rates of cleaning measures for high-frequency contact sur-face points in the patient's environment at the ˆve hospitals were 85.9 to 100. Based on the ˆndings of this study, we could conclude that recommended environmental measures required for patients colonized/ infected with MRDOs were fully followed by health-care personnel. However, we found that the adherence rate to hand hygiene by health-care personnel who wore gloves before room entry was low. To increase adherence to the contact precautions recommended by the CDC guidelines, systems for regular monitoring of contact precautions and feedback are essential. Key wordsmultidrug-resistant organisms, contact precautions, adherence to environmental