臨床経験
日本静脈経腸栄養学会雑誌 32(2):983-987:2017食道癌術後縫合不全治療における CaHMB・L-アルギニン・
L-グルタミン配合飲料(アバンド ™)の有用性の検討
Effectiveness of the specialized amino acid supplement consisting of CaHMB, L-arginine and L-glutamine (Abound™) for the treatment of anastomotic leakage after esophagogastrostomy.岡本浩一
1)二宮 致
1)廣瀬淳史
1)中村慶史
1)尾山勝信
1)宮下知治
1)田島秀浩
1)藤村 隆
2)太田哲生
1)Koichi Okamoto1), Itasu Ninomiya1), Atsushi Hirose1), Keishi Nakamura1), Katsunobu Oyama1), Tomoharu Miyashita1), Hidehiro Tajima1),
Takashi Fujimura2), Tetsuo Ohta1) 金沢大学 消化器・腫瘍・再生外科1) 富山市民病院 外科2) Gastroenterologic Surgery, Kanazawa University1), Surgery, Toyama City Hospital2) 要旨:【目的】食道癌術後縫合不全における CaHMB・L-アルギニン・L-グルタミン配合飲料(以下、アバンド ™と略)投 与の有用性につき検討した。【対象及び方法】2003年1月から2014年12月の期間に食道切除・胃管再建術を施行し た食道癌205症例において、アバンド ™を手術日の14日以上前から術後にかけて周術期栄養療法に追加したアバンド 群55例と、非投与症例(対照群)150例における縫合不全発症率を検討した。また、保存的に治癒が得られた縫合不全 症例19例(アバンド群8例と対照群11例)における縫合不全発症日数、縫合不全治癒までの期間、合併症などにつき後 方視的解析を行った。【結果】両群間における縫合不全発症率に有意差は認めなかった(アバンド群14.3%、対照群7.3%、 P=0.115)。縫合不全治癒期間はアバンド群で13.5±14.3日であり、対照群の35.0±17.4日と比較して有意に治療 期間が短かった(P=0.043)。【結論】アバンド ™は食道癌術後縫合不全の治療期間短縮に寄与する可能性が示唆された。 索引用語:縫合不全、食道癌、アバンド 受付日:2015年9月30日 採用決定日:2016年7月26日
はじめに
食道癌手術後の縫合不全は、しばしば治療に難渋しうる 深刻な合併症である。近年、褥瘡治療や熱傷、術後創傷治 癒遅延などに対するカルシウムβヒドロキシβメチルブチレート (calcium β-hydroxy-β-methylbutyrate;以下、CaHMB と略)・L-アルギニン・L-グルタミン配合飲料(以下、アバンド™ と略、アボット ジャパン株式会社、東京)の創傷治癒促進作 用に関する報告が散見されるが、消化器外科手術領域にお ける縫合不全に対するアバンド™の有用性に関しては、症例 報告が数例見られるのみであり、まとまった報告はない1)2)。 今回、食道癌手術症例におけるアバンド™を用いた周術期 栄養管理の取り組みが術後縫合不全の発症と治癒に及ぼす 影響につき報告する。方法
2003年1月から2014年12月の期間に金沢大学附属病院胃 腸外科において食道切除、一期的胃管再建を施行した食道 癌症例205例を検討の対象とした。手術時に全例経胃管的 腸瘻造設を行い3)、術翌日より一般的な経腸栄養剤(インパク ト、明治MEIN®(以下、メインと略)、エレンタール®配合内用 剤(以下、エレンタールと略)のいずれか)による経管栄養を施 行した。また、2012年5月以降、食道癌周術期の創傷治癒へ の介入として、アバンド™を術前14日以上前より1日2包を服用 し、術後は術翌日より一般的な経腸栄養剤とともに術前と同 量のアバンド™を経管栄養に追加し(アバンド群)、縫合不全 治癒が確認された日以降に投与を中止した。主な経腸栄養 剤として、2003年1月から2010年2月まではインパクトを、2010 年3月から2013年3月まではメインを、2013年4月から2014年12 月まではエレンタールを使用しており、各栄養組成投与量には 栄養剤間での差が見られた(表1)。しかし、投与カロリーおよ び投与水分量はほぼ同等であった。アバンド群55例と、アバン ド™を使用する以前の症例(対照群)150例における縫合不表1 周術期の各種投与栄養組成(体重60kgの患者に対する目標投与量の目安) 製剤名 ビーフリード輸液 アバンド ™ インパクト メイン エレンタール 投与経路 経静脈投与 経腸投与に追加 経腸投与 経腸投与 経腸投与 投与時期 全期間 2012年5月以降 2003年1月~ 2010年2月 2010年3月~ 2013年3月 2013年4月~ 2014年12月 組成(1包あたり) 規格 500mL/本 24g/包 250mL/本 200mL/本 80g/包を計300mLに溶解
熱量 210kcal 79kcal 253kcal 200kcal 300kcal
炭水化物 37.5g 7.9g 33.5g 26.6g 63.41g アミノ酸 15g 14.0g 14g 10g 14.1g グルタミン 0g 7.0g 0g 0g 1.932g アルギニン 1.575g 7.0g 3.275g 0.26g 1.125g 脂質 0g 0g 7.0g 5.6g 0.51g CaHMB* 1.5g 組成(1日投与量あたり) 容量 1000mL/2本 48g/2包 1750mL/7本 1800mL/9本 1800mL/6包
熱量 420kcal 158kcal 1771kcal 1800kcal 1800kcal
炭水化物 75g 15.8g 234.5g 239.4g 380.46g アミノ酸 30g 28.0g 98g 90g 84.6g グルタミン 0g 14.0g 0g 0g 11.592g アルギニン 3.15g 14.0g 22.925g 2.34g 6.75g 脂質 0g 0g 49.0g 50.4g 3.06g CaHMB* 3.0g
CaHMB*; calcium β-hydroxy-β-methylbutyrate
全発症率を検討した。また、縫合不全(major leakage)を発 症した症例に関して、再手術による再建を要した症例や縫合 不全が治癒せずに他病死した症例を除外して、アバンド群8 例と対照群11例における縫合不全発症日数、縫合不全治癒 までの期間、術後在院日数、および縫合不全以外の術後合 併症に関して、後方視的に解析を行った。なお、合併症発生 の定義として、Clavien-Dindo分類に基づいて、Grade Ⅲ以 上のものとした4)。 臨床検査値は平均値±標準偏差で、検査値以外は中央 値±四分位偏差で示し、統計学的有意差の検定にはt検定、 χ2検定、Fisherの直接法、Mann-WhitneyのU検定を用い、 P<0.05を有意差ありと判定した。 なお、倫理的配慮として、ヘルシンキ宣言及び人を対象と する医学系研究に関する倫理指針を順守して行った。なお、 本研究は介入を伴わない後方視的研究につき、ホームペー ジ上の掲示文書にて、研究の概要、研究協力による利益お よび不利益、個人情報の保護、研究成果の公表の方針など について情報の公開を行い、対象患者の自由意思により本 研究への不参加を希望する場合には検討から除外した。本 研究は金沢大学附属病院倫理審査委員会の承認を得て実 施した。
結果
全対象症例の術前背景の内訳を表2に示す。アバンド群に おいて胸骨後経路再建、手縫い吻合による再建、術前化学 療法、および進行度が高い症例が有意に多く見られた。術 前の栄養学的指標において両群間に有意差は認められな かった。術前化学療法前からアバンド™を服用した進行癌症 例が多く含まれており、アバンド群55例におけるアバンド™の 術前投与期間の中央値は59.0±28.0日間、術前総飲用量の 中央値は118.0±56.0包であった。アバンド™投与前後で、体 重およびBMIには有意な増加を認めたが、リンパ球数は有意 な変化は認めず、血清アルブミン値は投与後に有意な減少を 認めた(表3)。 食道胃管吻合部における縫合不全は、アバンド群の55例 中8例(14.5%)、対照群の150例中11例(7.3%)で発症したが、 両群における発症率に有意差は見られなかった(P=0.115)。 アバンド群における縫合不全発症日数の中央値は術後8.0 ±2.5日であり、対照群の8.0±2.3日と比較して有意差は認め なかった(P=0.386)。縫合不全の治癒に要した日数の中央 値はアバンド群で13.5±9.5日であり、対照群の35.0±7.8日と 比較して有意に短かった(P=0.043)。術後在院日数には両 群間に有意差は認めなかった(72.0±22.8日 vs 83.0±26.0日,表2 全対象症例の術前患者背景.臨床検査値は平均値±標準偏差. アバンド群 対照群 P-value 症例数 55例 150例 年齢 中央値±四分位偏差(最小値−最大値) 65.0±6.4歳(47-81) 65.0±6.3歳(36-83) 0.930 性別 男性 /女性 47/8 122/28 0.492 術式 胸腔鏡下食道切除 /開胸食道切除 /食道抜去 53/0/2 137/7/6 0.261 再建経路 後縦隔 /胸骨後 40/15(72.7%/27.3%) 143/7(95.3%/4.7%) <0.001* 吻合法 サーキュラーステープラー /手縫い 35/20(63.6%/36.4%) 148/2(96.7%/3.3%) <0.001* 主占居部位 CeUt/Mt/LtAeG 8/22/25 26/79/45 0.116 組織型 扁平上皮癌 /腺癌 /類基底細胞癌 /その他 45/3/3/4 137/7/3/3 0.147 術前化学療法 あり /なし 31/24(56.4%/43.6%) 49/101(32.7%/67.3%) 0.002* fStage 0/Ⅰ /Ⅱ /Ⅲ /Ⅳ 5/9/9/7/25 22/25/37/39/27 0.002* 術後経腸栄養剤 インパクト /メイン /エレンタール 0/25/30 103/46/1 <0.001* 術前体重 (kg) 60.4 ± 10.0 57.7 ± 9.5 0.076 術前 BMI (kg/m2) 22.4 ± 2.8 21.6 ± 2.7 0.092 術前リンパ球数 (/mm3) 1669 ± 573 1665 ± 518 0.960 術前血清アルブミン (g/dL) 3.88 ± 0.37 3.95 ± 0.41 0.913
BMI; body mass index, *P <0.05
表3 アバンド群55症例におけるアバンド ™投与前後の臨床パラメータの推移.平均値±標準偏差. アバンドTM投与前 アバンドTM投与後(術前) 変化量 P-value 体重 (kg) 59.3 ± 9.8 60.2 ± 10.1 +0.98 ± 2.3 0.003* BMI (kg/m2) 21.9 ± 2.7 22.3 ± 2.8 +0.35 ± 0.8 0.003* リンパ球数 (/mm3) 1611 ± 460 1669 ± 573 +58 ± 416 0.303 血清アルブミン (g/dL) 4.20 ± 0.37 3.88 ± 0.37 −0.32 ± 0.39 <0.001*
BMI; body mass index, *P <0.05
図1 縫合不全患者19例における術後短期成績. 値は中央値±四分位偏差.*P <0.05 図1A 縫合不全発症術後日数. アバンド群(n=8)で8.0±2.5日、対照群(n=11)で8.0±2.3日と、両群間で有意差なし (P=0.386)。 図1B 縫合不全治癒期間.アバンド群(n=8)で13.5±9.5日、対照群(n=11)で35.0±7.8日と、アバンド群で有意に短期間であっ た(P=0.043)。 図1C 術後在院日数.アバンド群(n=8)で72.0±22.8日、対照群(n=11)で83.0±26.0日と、両群間で有意差なし(P=0.254)。
表4 縫合不全患者19例における縫合不全以外の術後合併症 (Clavien-Dindo分類≧ GradeⅢ) 重複例あり アバンド群(n=8) 対照群(n=11) P-value 全合併症 3(37.5%) 7(63.6%) 0.370 肺炎・喀痰排出障害 3(37.5%) 5(45.5%) 1.000 ARDS・呼吸不全 1(12.5%) 3(27.3%) 0.603 乳糜胸 0(0%) 2(18.2%) 0.485 SSI 2(25%) 5(45.5%) 0.633 心不全・急性冠症候群 0(0%) 1(9.1%) 1.000 再手術 1(12.5%) 1(9.1%) 1.000
ARDS; acute respiratory distress syndrome, SSI; surgical site infection
図2 縫合不全患者19例における栄養学的指標の推移 値は平均値±標準偏差.*P <0.05 図2A 術前後の体重変化.両群間で有意差なし。 図2B 術前後の BMI変化.両群間で有意差なし。 図2C 術前後の総リンパ球数変化.両群間で有意差なし。 図2D 術前後の血清アルブミン値変化.術後14日目において、アバンド群(n=8)では対照群(n=11)と比較して有意に減少の程度 が低値であった(-1.0±0.32 g/dLvs.-1.4±0.49g/dL, P=0.047)。 P=0.254)(図1)。また、縫合不全症例における術前から術後 にかけての栄養学的指標としての体重、BMI、総リンパ球数、 血清アルブミン値の推移の中で、術後14日目の血清アルブミン 値において、アバンド群が対照群と比較して、有意に減少の 程度が少なかった(図2)。なお、両群間で縫合不全以外の 術後合併症の発生に関しては有意差を認めず、アバンド™投 与に伴う有害事象なく安全に投与が可能であった(表4)。
考察
術後短期成績を調査した2011年のNational clinical database 症例登録解析の結果、食道切除再建術におけ る術後合併症発生率は41.9%、縫合不全発生率は13.3%と、 手術手技が向上した現在でも依然として高率と報告されてい る5)。縫合不全発症時は経鼻胃管挿入や経皮的ドレナージな ど侵襲的処置を行う必要があり、患者の精神的・肉体的苦 痛は多大でQuality of lifeを著しく低下させる。また、縫合不 全の治癒には局所の感染制御と栄養状態改善が必要不可 欠であるため、治癒に長期間を要し術後在院日数が延長す る場合が多い。 これまでにも患者の病態に応じた周術期栄養管理は、創傷 治癒促進と全身状態維持に寄与すると報告されている2)6)7)。 A.S.P.E.N.や日本静脈経腸栄養学会のガイドラインによると、 消化器癌術後の早期経腸栄養開始は推奨度Aとされており、 Enhanced Recovery After Surgery(以下、ERASと略) の一部として普及してきているが、決定的に有用な栄養管理 はいまだ存在していない8)9)。 アバンド™に含有される各種アミノ酸に関しては、これまで に褥瘡治療における創傷治癒促進やサルコペニア(筋減少 症)の予防と治療における有効性が報告されている1)2)。今回 の検討では、アバンド™投与例において縫合不全治癒期間が非投与例と比べて有意に短期間であった。また、縫合不 全症例における術後14日目の血清アルブミン値の低下が軽 度であった。これは、アバンド™に含有されるCaHMB・L-ア ルギニン・L-グルタミンの作用によって、上皮化や肉芽増生に 必要なコラーゲン前駆体であるヒドロキシプロリンなどの蛋白 合成や線維増生、蛋白分解抑制を介して創傷治癒が促進さ れるという生理作用を反映した結果と推察される10)。また、ア ルギニンは血管拡張作用を有する一酸化窒素の基質となり、 消化管吻合部の微小循環維持作用も一要因として挙げら れる7)。CaHMBは分岐鎖アミノ酸(branched-chain amino acids;以下、BCAAと略)であるロイシンの代謝産物であり、 mTOR 経路を介する蛋白合成促進効果や、ユビキチン-プロ テアソーム系抑制を介した体蛋白質分解抑制効果を有してお り11)12)、マクロファージやリンパ球、線維芽細胞といった創傷 治癒に関わる細胞のエネルギー基質となるグルタミンとともに 創傷治癒を促進させると報告されている6)13)。また、経口グル タミン投与による免疫強化作用や、Bacterial translocation の予防、ならびに重症感染症における生存率改善効果も報 告されている13)~15)。栄養管理ガイドラインではグルタミン投与 量は0.3~0.5g/kg/日が推奨されており、今回の検討での周 術期経腸栄養におけるL-グルタミン投与量は、アバンド™2包 に含有される14g/日であり、推奨投与量を充足していた症例 が多かったと考えられる13)。 一方、術前からのアバンド™投与による縫合不全発症率の 軽減効果は認めなかった。この理由として、アバンド群におい て一般的に後縦隔経路より縫合不全発症率が高いとされる 胸骨後経路再建が行われている症例や、手縫い吻合を行っ た症例が多かったことが挙げられる。また、アバンド™投与に より投与開始から術前にかけて体重とBMIは有意な増加を 認めたが、術前化学療法症例が多かったために消耗性と希 釈性によると思われる血清アルブミン値の低下も見られたため、 一概に栄養パラメータを改善しうる栄養療法かどうかは定か ではない。さらに、胸骨後経路再建での胸郭入口部における 胃管の壁外性圧迫や屈曲による食道内圧上昇や消化管皮 膚瘻の瘻孔距離、自動吻合器のステープラーによる異物反 応などの観点から考えると、縫合不全の発症機序や発症率、 治癒期間に関して再建経路や吻合法が多少なりとも影響を 及ぼした可能性は否定できない。 創傷治癒や筋減少抑制、小腸粘膜保護作用には、グルタ ミン、アルギニン、CaHMBの投与が望ましいと考えられるが、 注射剤を含めてこれらの医薬品は国内で認可されていない。 その中でアバンド™は2010年より国内で販売されている安全 に使用可能な栄養補助食品と考えられ、これを用いた栄養 療法は、今後消化管縫合不全のみならず様々な病態におけ る有用性が期待されるが、栄養管理のエビデンスの確立に は、さらなるデータの集積と詳細な検討が必要である。
結語
食道癌術後縫合不全に対するアバンド™投与を含む周術 期栄養管理により、術後短期成績の向上が期待される。 本論文に関する著者の利益相反なし 引用文献1) Williams JZ, Abumrad N, Barbul A, et al. Effect of a specialized amino acid mixture on human collagen deposition. Ann Surg 236: 369-375, 2002.
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