1
地域警察の再編が犯罪発生件数に及ぼす影響の考察 -交番・駐在所の統廃合に着目して-
政策研究大学院大学 まちづくりプログラム
MJU13616 中島 智広
1.はじめに
日本における刑法犯認知件数 が 1996 年(平成 8 年)以降 7 年連続で戦後最多を更新し続け、2002 年(平成 14 年)にピークの 285 万 3739 件を数え た事態を受けて、犯罪の増加基調に歯止めをかけ、
国民の不安解消を図るために警察庁が策定した のが「緊急治安対策プログラム」である。その後 犯罪認知件数は減少に転じ、2012 年においては 138 万 2121 件とピーク時の半数以下になっている。
ところが社会情勢の急激な変化とあいまって、犯 罪の質的変化も起こり、国民の治安に対する不安 感がぬぐい去られるどころか、むしろ依然として 強い不安感を感じているのが現状である。
緊急治安対策プログラムに明記された「交番機 能の強化」策として交番・駐在所の再配置(交番・
駐在所の統廃合)が行われていることに着目し、
これが犯罪発生に与える影響として犯罪認知件 数を分析対象とした。
2.犯罪の現状と交番・駐在所の統廃合の背景 2-1.犯罪の現状
日本における犯罪発生の動向について、刑法犯 認知件数を見てみると、1975 年に 123 万 4307 件 だったものが年々増加傾向にあり、特に 1996 年 以降 7 年連続で戦後最多を更新し続け、2002 年に ピークの 285 万 3739 件を数えている。この事態 を受けて警察庁は、犯罪の増加基調に歯止めをか け、国民の不安解消を図るため、2003 年 8 月「緊 急治安対策プログラム」を策定し、緊急かつ重点 的に取り組むべき対策を示したところである。そ の後の推移は前述のとおり減少している。しかし
ながら、街頭犯罪や侵入犯罪の急激な増加、刑法 犯検挙人員の 4 割を占める少年犯罪、重要凶悪犯 罪の増加、来日外国人犯罪や暴力団犯罪等の組織 犯罪等が、国民の日常生活に多大の不安を抱かせ ている。地域社会における住民関係の希薄化が進 むなどの地域事情の変化、モータリゼーションの 進展やインターネット、携帯電話の爆発的普及、
深夜営業店の増加等に伴う生活の 24 時間化など の社会情勢の急激な変化とあいまって、サイバー 犯罪、振り込め詐欺のような顔の見えない犯罪、
ストーカー、DV、児童虐待のような新たな形態の 犯罪、殺人・強盗・無差別な通り魔などの凶悪事 件の続発、反社会的勢力による組織的犯罪など犯 罪の質的変化も起こり、国民の治安に対する不安 感がぬぐい去られるどころか、むしろ依然として 強い不安感を感じているのが現状である。
刑法犯は、「凶悪犯」、「粗暴犯」、「窃盗犯」、「知 能犯」、「風俗犯」、「その他の刑法犯」の犯罪類型 に大別される。凶悪犯を構成する犯罪種別(以下
「罪種」という。)は「殺人罪、強盗罪、放火罪、
強姦罪」であり、粗暴犯を構成する罪種は「暴行 罪、傷害罪、脅迫罪、恐喝罪、凶器準備集合罪」
であり、窃盗犯を構成する罪種は「侵入、非侵入 などによる窃盗罪」であり、風俗犯を構成する罪 種は「賭博罪、わいせつ罪」であり、知能犯を構 成する罪種は「詐欺、横領(占有離脱物横領を除 く。)、偽造、汚職、背任、「公職にある者等のあ っせん行為による利得等の処罰に関する法律」に 規定する罪」であり、「その他の刑法犯」を構成 する罪種は「公務執行妨害罪、住居侵入罪、逮捕
2
監禁罪、器物損壊罪、占有離脱物横領罪」である。これらの認知件数の推移は図1のとおりとなっ ており、刑法犯認知件数中窃盗犯が圧倒的多数を 占めているが、凶悪犯、粗暴犯、風俗犯がそれぞ れの全体に占める割合を拡大してきていること が分かる。
また、近年の事件・事故の特徴として、凶悪事 件の夜間発生率が極めて高いこと、死者を伴う交 通事故の夜間発生率が他の交通事故の夜間発生 率に比して高いこと、緊急配備の夜間発令件数が 昼間と比して多いことなど夜間の治安悪化が挙 げられる。
図1 犯罪認知件数の推移
2-2.交番・駐在所の統廃合の背景
交番・駐在所という地域警察の体制は、1954 年 に現行警察法が施行され、それまでの国家地方警 察と自治体警察の二本建ての警察組織が統合一 元化されて以降、長い間大規模な見直しが行われ てこなかったのが実情である。
交番は主として都市部に置かれ、警察官が交替 で勤務し、各種警察活動を行っているのに対し、
駐在所は、原則として日勤制で運用され、1人の 警察官が駐在して地域の安全を守る警察活動を 行っている点に違いがある。これは駐在所が昼間 の勤務を基本としており、昼間より夜間の警戒態 勢がぜい弱であることを示しているが、前章で触 れたように生活の 24 時間化等に伴い犯罪の夜間 発生率が増大していることから夜間体制の強化 が求められている。交番・駐在所数に占める交番 の割合が夜間体制のバロメータのひとつと考え られており、そのひとつの方策として複数の駐在 所をひとつの交番に統合する動きがあり、この結
果、交番・駐在所の数は減少することとなる。
前章で触れた「緊急治安対策プログラム」にお いて挙げられた、緊急かつ重点的に取り組むべき 対策の中に、交番勤務員の増員や交番の配置見直 しを行うことによる「交番機能の強化」がある。
警察署・交番・駐在所数の推移(図 2)と警察官 数の推移(図 3)を見てみると、警察署・交番・
駐在所の数は減少傾向に、警察官の数は増加傾向 にあるが、「緊急治安対策プログラム」策定の 2003 年を境にその度合いが強くなっていることが分 かる。
3.交番・駐在所統廃合の影響に関する理論分析 3-1.問題意識
交番機能のうち夜間体制の強化につながるも のとして複数の駐在所を廃し 1 つの交番に統合す る交番・駐在所の統廃合が進められてきた。しか しながら、この政策が打ち出された地域において は、必ずといっていいほど地域住民から、「犯罪 発生件数の増加への懸念」を理由とした反対運動 が起きている。交番・駐在所が身近にあることで の安心感やその存在が犯罪抑止につながってい るとの意識によるものと推察される。交番・駐在 所の統廃合は果たして本当に犯罪発生件数を増 加させるのだろうか。
3-2.理論分析
犯罪の実行に際して、犯罪から得る利益が犯罪
3
のコストを上回るとき犯罪を実行することにな るということを、刑罰に着目して研究したのがゲ ーリー・ベッカーである。逆に言うと、犯罪のコ ストが上がれば犯罪は抑止されることになる。こ のベッカーの研究は最適な違法行為数とその最 適な抑止政策を考察する先駆けとなったもので ある。図 4 において犯罪コストである限界費用曲線が MC1から MC2に引き上げられると、均衡点は X1から X2へと移動し、犯罪件数は減少することになる。
交番・駐在所の統廃合の影響を表す指標として、
警察署・交番・駐在所数を用いるとすると、刑罰、
警察官数、逮捕される確率などと同様に警察署・
交番・駐在所数も犯罪の限界費用を引き上げるも のと考えられる。交番・駐在所の統廃合は、すな わち警察署・交番・駐在所数の減少であり、犯罪 の限界費用を引き下げるため犯罪件数を増加さ せると考えられる。しかしながら、犯罪類型によ り、計画的な側面や衝動的な側面などその性質が 異なるため、与える影響は違うことが予想される。
4.交番・駐在所の統廃合の影響に関する実証分析 4-1.交番・駐在所の統廃合の影響に関するモ
デル
本節では、前章の理論分析により導き出された
「交番・駐在所の統廃合は、犯罪発生件数に影響 を与えるが、その影響は犯罪類型により異なる。」 との仮説について実証分析を行うが、交番・駐在 所数は都道府県警察単位で決定されていること を踏まえて 1992 年から 2011 年までの都道府県別
パネルデータを用いて、次のモデルを推計する。
(Crime)it=β0+β1(Policebox)it+β2(Policebox)2it
+β3Xit+δi+εit
β0:定数項 β1~β3:パラメータ (Policebox):警察署・交番・駐在所数
(Policebox)2:警察署・交番・駐在所数の 2 乗値 X:コントロール変数
δ:固定効果(個体ごとに固有で観察できない 要因)ε:誤差項 i:都道府県 t:年 仮説の検証において犯罪の全体的動向及び犯 罪類型ごとの違いを見るために犯罪発生件数の 対象として、刑法犯認知件数及び各犯罪類型毎認 知件数を用いる。推計モデルについては、県民性 といった観測不可能な都道府県ごとの固有の要 素の存在が考えられるため、これらを取り除くた めに固定効果モデルにより推計を行う。
4-2.利用するデータ
前述した被説明変数のほか、説明変数として警 察署・交番・駐在所数、(警察署・交番・駐在所 数)2を、コントロール変数として前年度検挙率、
人口総数、人口密度、昼夜人口比率、外国人人口、
就業・通学していない人口、離婚率、完全失業率、
生活保護割合、県民所得、空き家数、年度ダミー を用いた。
4-3.交番・駐在所の統廃合の影響に関する実 証分析の推計結果
推計結果は、表 2 のとおりである。
表 2 推計結果 犯罪件数
X1 MC1
X2 MC2 利益
・
費用 MB
図4 犯罪コストと犯罪件数のモデル
4
この結果で着目すべきは「警察署・交番・駐在 所数」と「(警察署・交番・駐在所数)2」である。警察署・交番・駐在所数を見ると、犯罪類型によ り有意水準に違いはあるものの、すべて統計学上 有意に負の係数が表れている。これは警察署・交 番・駐在所数が増えると犯罪認知件数を減少させ る傾向があるということである。また、(警察署・
交番・駐在所数)2を見ると、犯罪類型により有意 水準に違いはあるものの、すべて統計学上有意に 正の係数が表れている。これは警察署・交番・駐 在所数が増えれば増えるほど犯罪認知件数が減 少するわけではないことを示している。ただし抑 止力・捜査力の向上となる交番・駐在所数の増は 犯罪者の限界費用を引き上げ、犯罪認知件数を減 少させるが、その一方で犯罪認知件数が多いとこ ろほど交番・駐在所が多く設置されるという説明 変数と被説明変数間の同時性の問題が存在する が、本稿においてはこの点の考慮が不十分である。
5.まとめと政策提言 5-1.まとめ
交番・駐在所の統廃合は犯罪発生件数を増加さ せる影響を与えるがその影響は犯罪類型により 異なるとの仮説の下で実証分析を行った。その結 果、交番・駐在所の統廃合は犯罪発生件数を増加 させる場合があるが、犯罪の発生に対しては交 番・駐在所の数が多過ぎても少な過ぎてもよくな い、ただし、その影響は犯罪類型により異なると
いうことが明らかとなった。これは事前の仮説ど おりの結果となった。
5-2.政策提言
交番・駐在所統廃合政策は、犯罪増加基調に歯 止めをかけるという目的達成の一方策であり、そ の点で評価すると、犯罪が増加する場合があり、
すべての場合において正しい政策とは言えない。
したがって、交番・駐在所の統廃合を進めるに あたっては、交番・駐在所の数を増やし過ぎても 減らし過ぎても犯罪発生件数が増加する場合が あるという事実の認識、交番・駐在所を統廃合す ることによる箇所当たりの警察官数の増という プラス効果と存在そのものが抑止効果である交 番・駐在所が減少することのマイナス効果の双方 を勘案することの重要性を提言する。
5-3.課題
交番・駐在所の統廃合の影響は犯罪類型により 異なることが明らかになったが、これは犯罪類型 により最適な交番・駐在所の数が異なることにな ることを意味する。どの犯罪類型を重視するかで 最適な交番・駐在所の数が異なるが、本研究では それを明らかにすることはできなかった。
犯罪類型ごとに分析を行ったが、そもそも犯罪 類型ごとでは計画的、衝動的、怨恨などといった 犯罪の性質が混在しており、個別の罪種ごとに分 析した方がより正確な結果が得られると考えら れるがデータの制約があり本研究では実施する ことができなかったこと、交番・駐在所の統廃合 は犯罪の夜間発生抑制も目的としているが、昼 間・夜間別の犯罪発生件数が入手できず、その効 果を分析することができなかったこと、犯罪発生 地点ごとのデータが入手できれば、GIS を用いて 交番・駐在所からの距離などより詳細な分析がで きると考えられるが、データの制約で分析するこ とができなかったことなどデータの制約という 壁があった。個人情報を伏せた形でデータを活用 することは可能であり、活用できるデータの提供 が望まれる。