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分権時代の市民自治を創り出す自治体職員の役割 戦後地方主権と地方分権の対比による [ PDF

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Academic year: 2021

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(1)分. 権. 戦 キ. ー. ワ. ー. ド. 時 代 の 創 り 出 後 :. 地 戦. 方 後. 主 改. 革. 市 す 権 ・. 民 自. と 寺. 自 治. 地 中. 方 構. 想. 治 体 分. を 職. 権. ・. の. 公. 民. 員 対. 館. の. 比 ・. 分. に 権. 役 よ ・. 割 る. 市. 民. 自. 治. 発達 ・ 社会 シ ス テ ム 専 攻 堀. 田. 繁. 人. 本 論 文は 、 ど う す れ ば 、テ ー マで あ る「 市 民 自 治 」は 創. て の正 し い自 覚 を持 ち 、自 己 の人 間と し て の 価 値を 重 んず. り出 せ る の か の検 証 を、 福 岡 市 職 員 と し て 社 会 教 育 実 践 活. る と共 に 、一 身 の利 害 を超 越 して 、相 互 の助 け 合い に よ っ. 動を と お し て 実現 す る こ と に 主 眼を お い て い る。 本 論 文 の. て 、 公 共 社 会 の 完 成 の 為 に 尽 く す よ う な 人 格 を 持 った 人. 構成 は 「は じ め に 」 と「 お わ り に」 を 除き 、 5章 1 8項 立. 又 は そ の よ う な 人格 た ら ん こ と を 求め て 努め る 人の 意 味で. てとなっている 。. あ る 。」(寺 中 作 雄 「公 民 館 の建 設 」国 土 社 188 頁 )と 述べ て い る 。「 市 民 」 と 「公 民 」 両 者 の 社 会を 支 え る 存 在と し. はじめに 福 岡 市は 平 成2 7 年( 西暦 2 0 1 5 年) を 終点 と す る 第 8 次マ ス タ ー プ ラ ン に お い て 、「時 代 認 識 ・ 社 会 情 勢 」 の. て の概 念に 相 当な 隔た り は な い よ う に 思わ れ る。 で は な ぜ に 寺 中 構 想 は再 構 築さ れ な け れ ば な ら な い の だ ろ う か 。そ の 論証 が以 下の 5 章で あ る 。. 中で 、 現在 は 「明 治 維 新 ・戦 後 に匹 敵 する 大 転 換 ・ 大 変 革 の時 代 」と 規 定し て い る 。こ の 「時 代 認 識 ・ 社 会 情 勢」 は. 各 章の 概要. 山 崎 市 長が 福 岡 市 長 に就 任し て か ら の 3大 政 策の 一 つ で あ る「 市 民 自 治の 確 立」 と も絡 ん で い る。山 崎 市 長に よ れ ば 、. 第 1章. 現 代 社 会 教 育 に お け る寺 中 構 想の 再 構 築. 第三 の 変 革 期 と も い わ れ る が 、 第一 は 旧 武 士 階 級 、 第二 は G H Q (占 領 軍) に よ る 上か ら の改 革 で あ っ て、 市 民 自 ら. 第1 章 は現 代 社 会 に お け る 寺 中 構 想 の 再 構 築 をテ ー マに. 欲し 実 行し た 改革 で は な い と い う の で あ る 。 山 崎 市 長の 著. 4 項か ら成 立 し て い る 。4 項の 内容 は下 記 の と お り で あ る 。. 作 「紙 一 重 の 民 主 主 義」 は こ の 点 に つ い て 、「 自ら 主 催 者. ( 1) 地 方 分 権 下の 市 町 村 に み る 新・ 基 本 構 想 と寺 中 構 想. で あ る と の 積 極 的 な 自覚 に目 覚 める 機 会は 極 めて 少 なく 、 人任 せ、 事 な か れ の 空気 が 充満 し て い た と い え よ う 。」( 同. の 比 較 研 究。 ( 2) 国 体 護 持の 崩壊 と寺 中 構 想 の出 現. 書 11 頁 ) と戦 後 民 主 主 義の あ り 方 を 憂い て い る 。突 発 的. 国 体 護 持 の た め 多 くの 日 本 人 が死 地 に赴 い た が 、 肝. と い わ れ た 町 世 話 人 制 度 の廃 止 も、 こ の山 崎 理 論 の 延長 に. 心 の 国体 は (象 徴 )天 皇 制 存 続の 条 件と し て憲 法 を受. あ り、 市 民 自 治 ( 実 施 機 関 は 「 校 区 自 治 協 議 会 」) を 達 成. け 入 れた 教 育 現 場 に お け る教 育 勅 語 やご 真 影 破 棄 と. す る た め に は 、市 の 主 人 公で あ る福 岡 市 民 は 市か ら 「世 話. 教 育 基 本 法 の成 立 とセ ッ トで 公布 さ れ た 社 会 教 育 法の. さ れ る 」 存 在 で あ っ て は な ら な ず 、「 自 ら 治 め る」 自 治 組. 制 定と 公 民 館 の開 館に つ い て 。. 織に な っ て い た だ か ね ば と い う の が 建前 で あ る 。 山 崎 市 長 が 描く 市 民 自 治 構 想 に 対し て、 戦 後 社 会 教 育 の 核と も い え る公 民 館 創 設 の 功 労 者で あ る 寺 中 作 雄は「 市 民 」 で は な く 、「 公民 」 に つ い て 「 自己 と 社 会 と の 関係 に つ い. ( 3) 地 方 主 権 下 での 民 主 化 の試 み G H Qの 戦 後 民 主 化 政 策 と地 方 主 権 に つ い て述 べ た。 ( 4) 地 方 公 民 館 の原 点と し て の 寺 中 理 論 臨 調 行 革 が も た ら し た 人 心 と国 土 の 荒 廃 に つ い て 。.

(2) 第2 章. 戦 後の 地 方 行 政 改 革と 社 会 教 育 行 政 第3 章 に つ い て は 「 社 会 教 育に お け る 地 方 公 民 館 の 役割. 第2 章 に お い て は 、「 戦 後 の 地 方 行 政 改 革 と 社 会 教 育 行. と 機能 」 をテ ー マに 社 会 教 育 職 員 と し て 、福 岡 市 立 東 市 民. 政」 を テ ー マ に戦 後 の地 方 行 政 改 革 の 中で 、 社 会 教 育の あ. セ ン タ ー で2 年 半 実 務 経 験 し た こ と か ら 、下 記 の3 点 につ. つ か わ れ方 に つ い て 述べ た い 。 特に 地 方 分 権 一 括 法 の成 立. い て述 べた 。. は、 日 本の 全 法 律 1 7 0 0余 の う ち 三 分の 一 以 上 を 改正 す. ( 1) 公 民 館 と地 域の 力 関 係. る と い う、 ま た法 律 の改 正だ け で は な く、 総 務 省 は じ め 中. この 項 に つ い て は 、 当初 か ら大 学 院 受 験 理 由 の ひ と つ で. 央官庁が軒 並み変わるというドラスチックな改革 であっ. あ っ た 「ど う す れ ば 魅 力 的 な公 民 館 講 座を 企 画す る 能力. た。 こ の改 革 の得 失 を地 方 分 権 一 括 法 だ け で は な く 、臨 調. は向 上 す る の か」 と い う 、 意図 した 課 題が 地 域と の 力関. から 教 育 基 本 法の 改 正ま で一 括 して 踏 み込 ん で研 究 し、 地. 係に 阻 まれ 、 年 中 行 事 消 化 に終 わ っ て い る 公 民 館 主 事の. 方 主 権 と中 央 集 権 、 国 家 主 権 と 中 央 分 権の 概 念に つ い て の. 現状 を記 述 し、 解 決 策を 模 索し た。. 研究 を行 っ た の が以 下の 4 項で あ る 。 (1 )寺 中 構 想 と地 方 分 権 一 括 法. ( 2) 公 民 館 が自 前の 人 材 輩 出を この 点 に つ い て は 公 民 館 が 社 会 教 育 施 設で あ る と い う観. 寺 中 構 想 が 築い て き た 戦 後 民 主 主 義 の学 校 と し て の地. 点か ら 、自 前 の人 材 育 成 を 公 民 館 自 身 が し て い く 以 外に. 方 自 治と 社 会 教 育 が地 方 分 権 一 括 法 を頂 点 と し た 行 財 政. な い と い う 自 助 努 力 が大 切 で あ る と の 方 法 論 が導 き 出さ. 改 革 の な か で後 退 し つ つ あ る こ と 。 公 民 館 組 織 と 人 員 配. れた 。 この 方 法 論 を さ ら に 後押 し、 し て く れ た の が 、北. 置 に つ い て。. 九 州 市の 穴 生 公 民 館 長、 山 下 厚 生 氏 の実 践 で あ っ た 。. (2 )第 二 次 臨 教 審 の教 育 改 革. ( 3) 公 民 館 の主 体 的 力 量 の 確立 に向 けて. 第 二 次 臨 教 審と は 何か 。そ の 目指 す べ き 目 的は な に か 。. 公 民 館 は自 ら を守 る 能力 に 欠け て い る 。長 期 的 視 野 に立. 教 育 と い う 長 期 的 視 野 に立 っ た経 済 効 果 を も つ 事 業が 、. った 公 民 館 改 革は ど う す れ ば可 能か に つ い て の私 な り の. 目 の 前の 金 銭 感 覚 に押 し潰 さ れ た 。 ア メ リ カ的 な 投資 へ. 理論 を 展開 し た。 今 後、 福 岡 市 は自 治 協 議 会 を中 心 に地. の 短 期 的 回 収で 経 営の 功罪 を 断定 す るシ ス テ ム を 教育 に. 域 政 策 を実 施 し て い く こ と に な る。 い わ ば 市 職 員 だ け の. 持 ち 込ん だ 、ま た 持ち 込ん で い る 現 状は 、 教育 こ そ国 家. 市 政 運 営か ら 自 治 協 議 会 と い う 二 番 手 の行 政 の担 い 手を. 百 年 の計 に あ る と し て 、富 国 強 兵 、 殖 産 興 業の 基 礎と し. 誕生 さ せ、 市 役 所 と 自 治 協 議 会 と い う 二 頭 立 ての 馬 車で. た 明治 の 元勲 らの 発想 よ り も 貧し い の で は な い か 。. 市政 を 牽引 し て い く の だ ろ う。 そ う し た時 代 に公 民 館は. (3 )地 方 主 権 と中 央 集 権 ・国 家 主 権と 地 方 分 権. い か な る存 在 と な る だ ろ う か。 一 般 的 に予 想 さ れ る 名称. 戦 前 は地 方 に天 皇 の官 吏と し て任 命 さ れ た 知事 が 、高 圧. はコ ミ ュ ニ テ ィ セ ン タ ー ( コ ミ セ ン ) で あ る 。し か し名. 的 な 態度 で 民会 を 圧迫 し た の が明 治 期に お け る 国 家 主 権. 称や 事 業 内 容 を変 え て も 例 え法 律か ら 社 会 教 育の 四 文 字. の あ り よ う で あ っ た が 、戦 後 日 本 で は新 憲 法に お い て 1. が消 え た と し て も 、 コ ミ ュ ニ テ ィな ら コ ミ ュ ニ テ ィ でコ. 章 を 設け 、 地 方 自 治に 4箇 条 の条 文 を配 し て い る 点で は. ミ ュ ニ テ ィ と い う 名 の社 会 教 育 を行 っ て い け ば い い と考. な は だ 相 違が あ る 。. え て い る。 時 代の 変 遷の な か で 重要 な こ と は 公 民 館 職 員. (4 )教 育 基 本 法の 改正 の 前途. を中 心 と し た 「連 帯 」の 重 要 性 で あ る 。そ の た め に は地. に つ い て は 、教 育 基 本 法が 教 育 関 連 法 律 の 頂点 に あ る た. 域と の 「連 携 」と と も に 各 種 団 体と の 「連 帯 」= ネ ッ ト. め 、 この 基 本 法 の 改正 が重 要 な意 味 を持 っ て い る た め 、. ワ ー ク が不 可 欠に な る。 館 長や 地域 と の軋 轢 に悩 む 公民. 改 正 前 夜 の 攻防 で あ る 「教 育 改 革 国 民 会 議 」の 委 員の 言. 館 主 事 を幾 人 も 見 て き た 。「 孤 立 」 を恐 れ な く な る た め. 動 を忠 実 に引 用さ せ て い た だ い た 。. には 「 連帯 」 が必 要 で あ る 。そ の た め 、九 州 大 学 社 会 教 育 研 究 室や 福 岡 社 会 教 育 研 究 会 を経 由 して 、 社 全 協 の全. 第3 章. 社 会 教 育に お け る 地 方 公 民 館の 役 割と 機能. 国の 社 会 教 育 に携 わ る仲 間 との 「連 帯 」が 必 要だ と 考え.

(3) た。. 会人 と し て の 実力 が 遺憾 な く発 揮さ れ 、殆 ど 主 体 的 に1 2月 の 上演 ま で持 ち 越さ れ て い っ た 。 創 作 時 代 劇 は セン. 第4 章. 公 民 館 が創 り出 す 市 民 自 治 の学 習 と人 材. ター か ら や ら さ れ て い る 講 座で は な く 、受 講 生の も の と なっていたのである 。. 第 4 章に つ い て は 「公 民 館 が 創り 出 す市 民 自 治 の 学習 と 人 材」 を テ ー マに 以下 の 4項 に つ い て 研 究し た。 (1 )市 民 セ ン タ ー から 公 民 館 講 座 への 展 開. ( 4) 郷 土 史 学 習 から 市 民 自 治へ の ひ ろ が り 市民 セ ン タ ー が区 の 社 会 教 育の 核と し て、 市 民セ ン タ ー 講座 か ら巣 立 った 高 齢 者 に よ る 市 民 講 師 団 の 創設 と 、東. 市 民 自 治 と は寺 中 作 雄 の い う 、自 ら の社 会 的 存 在 を自 覚. 区の 郷 土 史 を演 ずる 市 民 劇 団の 創設 を行 っ た。. し 「 公共 の た め に 為す 」と い う「 公 民」 的 人々 が 治め る. 時代 は 一 度 高 度 成 長 期に 崩 壊し た地 域 社 会 の 再生 に 向か. 団 体 ・地 域 と同 意 義で あ る 。 ゆ え に 公 民 館 の5 0 余年 の. っ て お り、 地 域ぐ る み で 子 ど も を育 て よ う と す る 施 策は. 歴 史 は「 公 民」 輩 出の 歴史 で あ っ た わ け で あ る 。 で あ る. 乳 幼 児 から 小 中 学 生 に ま で 及ん で き て い る 。 学 校 週 5日. な ら ば、 自 分が 担 当す るセ ン タ ー 講 座( 歴 史 講 座 )の 人. 制と 「 総 合 的 な学 習 の時 間 」の 制 度 化 は、 子 ど も た ち の. 材を 単 に 受 講 生 で 終わ ら せ る こ と な く 、「 公 民」 と し て. 生き る 力を 育 むと 同 時に 学 校も 地域 の 一員 で あ る と の自. 再 生 する 方 途と 、 同時 に公 民 館を も 助け る 人材 に な っ て. 覚に 立 ち、 子 ど も を 地域 に 返す 作業 を 始め た こ と の 証左. い て い た だ き た い と の 願い を 込め て 送り 出 し た の が「 歴. で あ る。. 史 の 宝庫 ・ 東 区 館 講 座 」に よ る市 民 講 師 団 の創 設 で あ っ. 直 近 の例 で は平 成 16 年 1月 2 0日 、香 椎 小 学 校 体 育. た 。 講座 は 「歴 史 」と 「企 画 」及 び 「歴 史 館 経 営 」を セ. 館に お い て「 総 合 学 習 の一 貫と し て 」 上 記 市 民 劇 団(「 筑. ッ トに し た。 客を 呼べ る 講座 をモ ッ ト ー に し た。. 前 立 花 会 」) と 小 学 生 22 名 に よ る 協働 の 創 作 劇 を上 演. (2 )郷 土 史を 体験 する 劇 団に よ る 自 己 実 現の 可 能 性. し た 。( 読 売 ・ 西 日 本 朝 刊 1 月 2 1 日 掲 載 ) こ の 劇は 高. ( 1 )の 「 歴史 の 宝庫 ・東 区 館」 講 座は 成 功し 、 多く の. 齢者 と 小 学 生 と い う 異 世 代 間の 交流 の 意味 も あ り 、 他に. 公 民 館か ら 講師 と し て 5つ の 講座 の 市 民 講 師 団 ( 受 講 修. 当日 は 立 花 道 雪ゆ か り の 大 分 県 大 野 町 (戸 次 )か ら 見学. 了 生 )が 呼 ば れ た が、 公 民 館 の企 画 能 力 ア ッ プ を 自覚 さ. 者 が P T A 父 兄 に 混 じ っ て見 学 さ れ て お り 、「 市 民 講 師. せ る ま で に は至 ら な か っ た 。 そ こ で 次に 考 え た の が二 つ. 団」 と 「市 民 劇 団 」 の3 年 間の 実 践 活 動で ネ ッ ト ワ ー ク. め の 講 座 企 画で あ っ た 。戦 国 時 代 の 郷 土 史 (立 花 城の 興. の広 が り を 実 感し た 。こ の N P O的 市 民 劇 団 が高 齢 社 会. 亡 ) を何 と か し て 知っ て も ら い た い 、知 っ て も ら う だ け. の灯 台 と し て 、郷 土 史 学 習 から 市 民 自 治の 模 範 的 集 団と. で は な く 、 体感 し て い た だ き た い と 考え 、 実施 し た講 座. 成長 し て い く こ と を 願わ ず に は い ら れ な い 。 1月 2 0日. が 劇 の登 場 人 物 に 成り き る こ と に よ っ て 時 代 性 の 体感 を. 時点 で 観 客 動 員 数 は 山 崎 福 岡 市 長( 平 成1 5 年9 月 13. 行 う「 体 感す る歴 史 館 ・ 東区 」講 座で あ っ た 。. 日)や柳川御花社長 で旧立花城主 の子孫・立花民雄氏. (3 )高 齢 化 社 会の 灯台 に 発進. ら の 観 劇 (平 成 1 5 年 1 月 3 0 日) な ど で 1 0 回 、1 2. 劇 の 上演 が 講座 の 中に 組み 込 ま れ る と い う 突飛 な 発想 は. 00 人 を超 え た。 公 民 館 や 小ホ ー ル で の上 演 を思 え ば有. 従 来 の歴 史 講 座 や ワ ー ク シ ョ ッ プ に は な か っ た 。 し か し. 難い 数字 で あ る 。. 私 に はセ ン タ ー 講 座と し て の 成功 も さ り な が ら 、 視線 は 公 民 館の 企 画 能 力 の向 上へ の 起 爆 剤 で あ っ た か ら 、起 爆. 第 5章. 現 代 に お け る 寺 中 理 念の 再現 と公 民 館の 創造. 剤 と し て の 劇 的 効 果も 考慮 し て い た 。私 事 的で は あ る が 私 自 身の 人 事 異 動 が6 月 開 講 ・1 2 月 閉 講 のス ケ ジ ュ ー. 第5 章 に つ い て は 「 現代 に お け る寺 中 理 念 の 再現 と 公民. ル の 中で 9 月に 行 わ れ た こ と も劇 的 で は あ っ た 。 し か し. 館の 創 造」 を テ ー マ に以 下 の3 項に つ い て 研 究を お こ な. 受 講 生の 講 座の 自 治は 、私 が 人 事 異 動で 区 役 所 へ 去っ て. った 。. か ら 本 格 化 した 。 本来 、受 講 生に 兼 ね備 え ら れ て い た 社. ( 1) 地 方 主 権と 学習 の地 域 振 興 機 関 と し て の役 割.

(4) (2 )学 習 から 地 域 人 材 の 育成 と公 的 機 関 の役 割. 館 が も っ て い た ア ッ ト ホ ー ム な雰 囲 気 は 保て な い だ ろ う。. 事 業 ・製 品 と し て 美味 し い と こ ろ は 全 部 企 業( 民 間) が. 1 館当 た り の 予 算 配 分 に対 し て、 い か に 効 率 的 な運 営 と費. 持 っ て い っ て し ま い、 民間 が 手を 染 め た が ら な い が必 要. 用 対 効 果が 得 ら れ て い る か の 検 証 が 担 当 係 長 の 業 務 と な. な 、 だが 利 潤の 出 に く い分 野 は3 K 同様 、 公共 が お し つ. る 。不 要 と判 断 さ れ た 事業 ・ 講座 は切 り 捨て ら れ る 運 命に. け ら れ て し ま う 。 公害 も企 業 の利 潤 最 優 先 の工 場 排 水 や. あ る。 さ ら に 自 治 協 議 会と の 関係 に お い て も 、 従来 の 並立. 煤 煙 の垂 れ 流し で 起こ っ た が 、公 共 や市 民 運 動 の 介入 が. で は な く 、従 属 を余 儀 な く さ れ る だ ろ う 。運 営 審 議 会 もな. 無 か っ た な ら ば 河 川や 自然 だ け で な く、 人 間も 影 響を 受. く な り 、 さ ら に 公 民 館 の地 域 への 従属 は 強ま る こ と が 予想. け ざ る を 得 な か っ た に ち が い な い 。 公 的 機 関と い え ば 、. さ れ る 。 社 会 教 育の た め の 施 設か ら自 治 協 議 会 の た め に使. 下 駄 履き で 行け る 気軽 な公 民 館の 存 在が あ っ た れ ば こ. っ て も ら う、 そ う で な け れ ば 地域 が運 営 する 貸 館に し て も. そ 、「 市 民 講 師 団 」 や「 市 民 劇 団 」( のち「 筑 前 立 花 会 」). い い と い う の が 公 民 館 コ ミ セ ン構 想の 辿 り着 く 先か も 知れ. の 成 功も あ っ た こ と が 実感 さ れ る 。 こ れ ら 公 民 館 を母 体. な い。 し か し 市 民の 知 恵は こ れ ら 法 制 度 化さ れ た公 民 館で. に 地 域 人 材の 育成 は計 ら れ て き た の で あ る。. あ っ て も 、場 合 に よ っ て は う ま く 運営 し て い け る か も 知れ. (3 )現 代 社 会 の諸 問 題 に お け る公 的 役 割 の可 能 性. な い。 地 域と し て公 民 館に 望 む も の、 公 民 館 の 管理 ・ 運営. 占 領 軍 や 寺中 も 述べ て い る が、 日 本 人 の 性癖 は 消 極 的. に 関し て 市側 と 交渉 し 、地 域 (校 区) の 自営 に 任せ て も ら. に す ぎ る と い う の で あ る。 し か し 日 本 人 の 文化 や 美徳 は. う こ と が で き る か も し れ な い 。そ こ に 社 会 教 育 の自 由 裁 量. 欧 米 に勝 る と も 劣 ら な い。 徳 川 時 代 から 数 百 年 に 及ぶ 封. の 余地 が あ る 。 一旦 、 自治 と し て 任せ た 校区 に 些細 な こ と. 建 制 度と 明 治か ら の国 家 主 義 が民 衆 を押 さ え た と し て. ま で強 制 は で き な い 。 だ か ら こ そ のネ ッ ト ワ ー クで あ り連. も 、 い つ の 時代 に も自 由と 学 問を 希 求す る 幾多 の 民衆 や. 帯 な の で あ る 。 宮 原 誠 一は 「 新し い地 域 大 衆 の 連帯 を 担う. 指 導 者は 存 在し た 。自 由 民 権 の行 く 末を 見 る こ と な く 他. 運 動 論 と し て は 、行 政 区 画 だ け に と ら わ れ る 地 域 概 念 では. 界 し た植 木 枝 盛 が 自国 か ら で は な く 連 合 国 から 見 い だ さ. も は や だ め だ 。」 も っ と 動 的 な 屈 伸 性 の あ る 地 域 概 念と い. れ た の は 、 ま さ に 国 辱 以 外 の 何者 で も な い 。人 が い な い. う も の を つ く ら な く ち ゃ な ら な い ん だ 。」( 注 1 ) と し て. の で は な い 。埋 も れ て い る だ け な の だ。 そ れ を 発 見す る. 住 民 大 衆 の利 害 の地 縁 的な つ な が り具 合 の大 切 さを 述 べて. 努 力 を し な か っ た だ け だ。 ド ナ ル ド ・キ ー ンは 「 果て し. い る。. な く 美し い 日本 」 に そ う書 き た か っ た の だ ろ う 。 で は い. こ れ か ら は 、 ま す ま す自 治 協 議 会 と公 民 館 の あ り 方 にお. つ も 消 極 的 な日 本 人に 寺 中 理 論の 再 現は 可 能だ ろ う か 。. い て地 域 間( 校 区 間 ) 格差 が 生じ て く る だ ろ う 。そ の と き. 現 在 、福 岡 市 内 に は小 学 校 校 区ご と に1 4 3の 公 民 館 が. 旧 い公 共 と新 し い公 共 の せ め ぎ あ い が あ り、 今 なお 旧 くて. 設 置 さ れ て い る 。 一部 には 老 朽 化 し た公 民 館が ま た存 在. も よ き 公 共が あ れ ば メ ン テ ナ ン ス し、 旧 き よ き 公共 を 生か. す る が 多 くは 1 5 0坪 館 へ向 けて 新築 を 行っ て い る。. し な が ら 、第 三 の道 的 な新 し い公 共を つ く っ て い け れ ば と. 同 じ 政 令 指 定 都 市 の北 九 州 市 で さ え 中 学 校 区に 一 つ と い. 考 え て い る。 自 治 協 議 会に つ い て は、 そ の地 域 に大 学 があ. う 設 置 数 に 比べ 、 何と 潤沢 な 施 設 数 だ ろ う か。 さ ぞ か し. れ ば、 共 生の た め の 特 色あ る 地域 が で き る よ う 自 治 協 議 会. 教 育 委 員 会 以 外 の 各局 は こ の 施設 が う ら や ま し か っ た に. 内 部で も助 言 ・指 導し て い た だ き た い と考 え る。. 違 い な い 。 だ か ら 教 育 委 員 会 から 市 長 事 務 部 局 に 移管 さ れ た わ け で は あ る ま い が、 と も か く 市 民 局 の一 部 と な る. 主要引用文献. こ と は間 違 い な い 。地 域 支 援 課( 仮 称) 内 に分 散 し て お. 社 会 教 育 法 解 説/ 公 民 館の 建 設. 寺中作雄. 国土社. か れ る支 援 担 当 係 長が 公 民 館 の担 当 で あ り 、総 括 係 長 が. 社会教育論. 宮原誠一. 国土社. 課 長 の下 に あ っ て 生 涯 学 習 を 担当 す る。 公 民 館 に 対し て. 主要参考文献. は 区 の下 部 組 織 と し て 今後 は 徹底 し た研 修 に よ る 独 立 採. 敗 北を 抱き し め て 上下. 算と 合 理 化 が 行わ れ る こ と は 疑 う余 地 が無 く 、今 ま で公 民. ジ ョ ン・ ダ ワ ー. 岩波書店.

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