博 士 ( 医 学 ) 杉 澤 廉 晴
学 位 論 文 題 名
医師の説明に対する患者の記憶と その内容解釈に関する研究
―質的手法を用いた説明内容の考察―
学位論文内容の要旨
緒 言
医 師 に よ る 適 切 な 説 明 と そ れ に 対 す る 患 者 の 同 意 と 治 療 参 加 が イ ン フ オ ー ム ド ・ コ ン セ ン ト や 治 療 コ ン プ ラ イ ア ン ス な ら び に 患 者 の 意 思 決 定 な ど の 観 点 か ら 重 要 視 さ れ て い る , す な わ ち 医 師 患 者 間 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 方 法 論 に お い て も 具 体 的 な 根 拠 を 持 っ て よ り 良 い 医 療 サ ー ピ ス が 提 供 さ れ る べ き で あ る . 良 好 な 医 師 患 者 間 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン を 確 立 し て い く た め に は , 実 際 の 診 療 に お い て 患 者 が 医 師 の 説 明 を ど の よ う に 受 け 止 め , ま た ど の よ う に 解 釈 し て い る の か を 深 く 探 索 し 把 握 す る こ と が 必 要 と い え る . 本 研 究 で は , プ ラ イ マ リ ・ ケ ア に お け る 日 常 診 療 に て 数 多 く 扱 う 疾 患 で あ る 風 邪 症 候 群 ( 以 下 , 風 邪 ) の 患 者 を 対 象 と し て , 医 師 が 意 図 し た 説 明 に 対 す る 患 者 の 記 憶 と そ の 内 容 解 釈 に つ い て , 質 的 研 究 手 法 を 用 い て 調 査 し 考 察 す る こ と が 目 的 で あ る .
対 象 と 方 法
調 査 対 象 は , 比 較 的 医 療 機 関 に 恵 ま れ たP市 に 所 在 す るAク リ ニ ッ ク の 患 者24名 . 調 査 手 順 は , ま ず 実 際の 診療 室に おい て医 師が 説明 内容 のプ ロ トコ ルに 従っ て「 原因 」「 治療 法」 「発 熱 の 意 味 」 「 症 状 が 改 善 し な い 場 合 」 を 骨 子 と し て 説 明 し た . 診 療 終了 時に 協カ が得 られ た患 者 に 対 し て 半 構 造 化 個 人 面 接 を 実 施 し た , 医 師 は 医 師 用 記 録 簿 ( 医 師 用 ア ン ケ ー ト 含 む ) を 記 載 し , 患 者 に は デ モ グ ラ フ イ ッ ク と 診 療 評 価 に 関 す る ア ン ケ ー ト を 実 施 し た . 患 者 に 対 し て は 充 分 な 倫 理 的 配 慮 が な さ れ る こ と を 説 明 し , 全 て の 参 加 者 に 一 律2,000円 の 謝 礼 金 を 支 払 っ た , 簡 易 分 析 に お け る 研 究 課 題 へ の 説 明 概 念 ( 以 下 , コ ン セ プ ト ) が ほ ぼ 出 尽 く し た と 判 断 し た 時 点 ( 理 論 的 飽 和 状 態 ) で 調 査 協 カ を 打 ち 切 り , そ の 後 全 ての 面接 記録 内容 を改 めて 分 析 し た .
結 果
研 究 課 題1. 医 師 の 説 明 を 患 者 は ど れ く ら い 記 憶 し て い る の か に つ い て は , (1) 原 因 : 医 学 的 情 報 と し て の 外 因 で あ る 「 ウ イ ル ス 」は 記憶 して いる 状況 が高 かっ た. (2) 治療 法: 「対 症 療 法 」 の み を 記 憶 し て い て 「 基 本 的 な 風 邪 の 治 療 法 に 対 し て の 考 え 方 」 の 記 憶 状 況 は 著 し く 低 か っ た . (3) 発 熱 の 意 味 : 「 原 因 のウ イル スを 退 治す るた めに 熱が 出て いる こと 」を 約半 数 は 記 憶 し て お り 「 必 要 以 上 に 熱 を 怖 が る こ と は な い こ と 」 は 全 く 記 憶 し て い な く , 約 半 数 が 「 何 も 覚 え て い な い 」 と い う 状 況 だ っ た , (4) 症 状 が 改 善 し な い 場 合 : 約3分 の2が 「 症 状 が 改 善 し な い 場 合 は ま た 来 院 し て く だ さ い 」 を 記 憶 し , 約3分 の1が 「 何 も 覚 え て い な い 」 と い う 状 況 で あ っ た .
研 究 課 題2. 患 者 が 記 憶 し て い る 内 容 を ど の よ う に 解 釈 し て い る の か に つ い て は , 抽 出 さ れ た カ テ ゴ リ ー よ り , 「 医 師 の 説 明 し た 内 容 に 即 し た 患 者 の 解 釈 」 と「 医師 の強 調し た説 明内
容か らは逸脱し た患者の 解釈」と いう属性 が導き出され,カテゴリーとして(1)原因:「な んとなく理解」「ぱい菌とウイルスを区別していないこと」「ピンとこなく戸惑いがあること」
「生活上の不摂生や疲労」(2)治療法:「納得できる説明」「軽症なのでこの程度の説明」「適 切な治療法」「初めての説明」「早く治る治療法」「医師が処方した薬への安心感」(3)発熱の 意味:「発熱が治癒に必要なものと分かり安心」「納得できる説明」「身体に悪い影響を及ぽす 発熱」「あまり気にならない熱」(4)症状が改善しない場合:「納得できる説明」「軽症なので この程度の説明」「同じ医師による診療への期待」が抽出された.
研究 課 題3.患 者の風邪 にまっわ る解釈モデ ルについ ては,重 要度が高 いカテゴ リーとし て, 一般的には 「売薬イメージ」「早く治り元気になる栄養剤としての点滴」「病院に来ると 早く 治る」「即 効性のある注射」が,発熱の認識について「高熱による余病が心配」「日常生 活に 支障をきた したくないこと」「発熱に対する心配はない」が,抗生物質について「効用イ メー ジ」「風邪 に効かないイメージ」「風邪に効くイメージ」が,来院目的について「早く治 すた め」「専門 医への期待と安心感」「病院が近い」が,来院時の病気の認識について′風邪 と自 己診断」が ,診療評価について「医師の説明への満足感と安心感」「風邪の時でも医師と のコ ミュニケー ションは大事」「医師の診療への安心感と信頼感」「分かりやすい説明への期 待」が抽出された.
研究 課 題4.医 師と患者 との認識 の違いにつ いては, ◎患者は 医師より 症状を重 く認識し てい た(P=O. 004)◎患者は医師が思うよりも受けた説明をうまく理解していると認識してい た(P=O. 0176)◎患者は医師が思うよりも治療方針に納得していた(P:0.0031)@患者は医 師が思うよりも診療に満足していた(P=O. 0031),
考察
研究 課題1と2. (1)原因: 「原因は ウイルスですよ」という医師の説明に対して,患者 にと っての「原 因」は, あくまで も「生活 上の不摂 生や疲労 」と解釈し ており,疾病の外因 と宿主要因とを分けて説明すべきであると考えられる.(2)治療法:「根本的な風邪の治療法 に対 しての考え 方」を「 初めての 説明」と 今回の詳 しい説明 内容を支持 し,病院での治療に より 早く治りた いと思い ,医師の 処方への 漠然とした安心感が強いと考えられる.(3)発熱 の意 味:患者の 強い解熱 に対する 期待感が あるもの の,今回 の説明は患 者の認識を助ける助 言であると考えられる.(4)症状が改善しない場合:説明に対する患者の満足感がうかがえ.
「 同 じ 医 師 に よ る 診 療 へ の 期 待 」 は 重 要 な 患 者 二 ー ズ で あ る と 考 え ら れ る , 研究 課 題3と4.患 者 の風 邪 に まっ わ る 解釈モ デルの特 徴は,売 薬や病院 での注射 や点滴 など の治療によ り,漠然 と原因微 生物を退 治すると いう治癒 モデルが強 く存在すると考えら れる .発熱につ いては解 熱しない と肺炎な どの他の 病気にな ってしまう という不安感と,日 常生 活への支障 を早く取 り除きた いという 解釈が強 い.抗生 物質につい てはButlerらの先行 研究 とは異なり ,本調査 の範囲に おいては あまり望 んでいな いと考えら れる,来院目的とし て, 「早く治す ため」や「専門医への期待と安心感」という情緒的期待が強いと思われる.医 師の 説明に分か りやすさ を求める 患者も少 なくはな いが,安 心感とそれ を基調とした満足感 を期 待し,風邪 の時でも 医師との コミュニ ケーショ ンは大事 と評価して いた.医師は,重症 度な どの患者の 解釈モデ ルをうま く引き出 し,さら には説明 内容をどの ように記憶し解釈し ているのかを把握する必要性が示唆された.
結諭
患者 は 疾病の 外因より も宿主側 の要因に 関心 が あり,根 本的な治療 法を「初めての説 明」 と説明内容 を支持していた.発熱の意味は患者の認識を助ける助言と考えられる一方で,
説明 よりも解熱 に対する 期待感が 強かった ,解釈モ デルとし て,患者は 早く治すために売薬 を飲 み,売薬が 効か趣い 場合や特 別な行事 の際,自 分の症状 を風邪と診 断し特勘葉を主たる 理由 に医師の診 療を希望 していた .しかし ながら特 効薬はな いと説明を 受けたものの.医師 との コミュニケ ーション には漠然 とした安 心感と満 足感を示 した.医師 は患者の解釈をうま
く引き出す必要性が示唆された,本研究では患者の記憶と解釈の実態とそのプロセスを明ら
かにし,医師の説明内容を質的手法を用いて考察した.今後もこのような具体的知見の集積
とともに包括的検討が必要である.
学位論文審査の要旨 主査 教授 前沢政次 副査 教授 櫻井恒太郎 副査 教授 寺沢浩一
学 位 論 文 題 名
医師の説明に対する患者の記憶と その内容解釈に関する研究
一質的手法を用いた説明内容の考察一
本研究はプライマリ・ケアの現場でより良い医療サーピスを提供するために、初期診療 における医師患者間の認識のズレや相違点を明らかにし、医師の説明‐指導のあり方を提 案すべく実施した。対象はプライマリ.・ケアにて数多く扱う疾患である風邪の患者24名と した。医師は@風邪の原因、◎治療法、◎発熱の意味、@症状が改善しない場合の対応を 説明し た。患者 との診察場面に研究者が同席し、診察終了後半構造化面接を1人当たり平 均15分実 施した。面接をすべて録音し、逐語的に文章化し、結果を3名の研究者が独自に 分析した。分析手法としてはグラウンデッドセオリーアプ口ーチに従い、フラグメント、
コンセプト、カテゴリー、 属性の順に分類した。3名の研究者の分析結果を比較し、共通 概念形成を試みた。症状の重症度、説明の理解度、治療方針に対する納得度、診療への満 足度に 関して、 医師・患者双方に5段階評価のチェックリスト記入を依頼し、結果を符号 検定により比較した。課題1では医師の説明に関する患者の記憶状況を定量的に評価した。
課題2は患者 の理解・ 納得の 程度を質 的に分析した。課題3では患者の風邪に関わる解釈 モデル の特徴を 質的に抽出した。課題4では医師と患者との認識の違いを定量的に評価し た。結 果として 課題1‑2は@風 邪の原因 に関し て「ウイ ルス」 の説明は記憶している者 が多かった。しかし、ウイルスと細菌の区別を含め、理解はあいまいであった。風邪の原 因をウイルスよりも宿主側における生活上の不摂生や疲労を重視する者もいた。◎治療法 に関しては「風邪の自然経過」は記憶に留まりにくかったが、「症状緩和薬の意義」は記憶 していた。「納得できる説明」と判断している者も多かったが、さらに早く治る治療法を求 める者、医師による処方薬なら安心できると述べた者もいた。◎発熱の意味に関しては「原 因のウイルスを退治するために熱が出ていること」を約半数の患者は記憶していた一方で、
発熱が身体に悪いと考える者がなお半数存在した。@症状が改善しない場合の対応に関し ては約3分の2の者 が「症 状が改善 しない 場合の再来院」を記憶している一方、同一医師 に継続医療を期待する発言もあった。課題3では、重要度の高いカテゴリーとして、「早期 治癒のための医療機関への期待(点滴、注射など)」「高熱による余病発症への不安」が大 きな位 置を占め た。課題4に関しては符号検定を行った。症状の重症度に関して、患者は 医師より重く考える傾向が認められた(P=O. 004)。説明の理解度は医師の判断よりも、患 者は受けた説明をうまく理解できたと評価していた(P=O. 0176)。治療方針に関しては医師 の判断よりも患者は納得している傾向があった(P=O. 0031)。診療への満足度は医師より患 者が高かった(P=O. 0031)。以上の結果より、風邪の原因に関しては外因(ウイルス)と宿
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主要因(不摂生、過労)とを分けて説明すべきであること、風邪での受診理由は早期治癒 への期待感が強く、医師の処方への安心感も大きいことが伺えた。発熱や肺炎への移行に 対する不安感が強いことも医師は理解すべきである。本研究は医師患者問コミュニケーシ ヨン研究における質的手法の意義を示すと同時に風邪患者であっても、医師患者間の認識 の 相 違 点 を 明 ら か に し 、 医 師 に よ る 説 明 ・指 導 の 留意 点 が ある こ と を提 示 し た。
審 査 に あ た っ て 副 査 の 櫻 井 恒 太 郎 教 授か ら 観 察者 が 診 察に 与 え る影 響 、Common diseasesに関する患者満足度の測定の困難さ、本研究から臨床医へのフイードパックにつ いて、次いで副査の寺沢浩一教授からは患者満足感・安心感の具体的内容、患者側の年齢、
知的レベル、相性などによる説明内容の伝わり方の差異について、主査の前沢から質的研 究の妥当性、符号検定の意義、風邪診療におけるプライマリ・ケア医の留意点、特に説明 方法について質問があった。申請者は、研究結果と文献からいずれの質問に対しても適切 な回答をした。
本論文は、質的研究方法論の検討を踏まえ、風邪診療における患者の記憶とその内容解 釈のプロセスを分析し、医師の意図と患者の理解度の差異を明らかにし、医師からの説明・
指導する際の具体的な方法を呈示したことで高く評価された。今後さらに具体的知見の集 積とともに患者側の個別性を重視した検討が期待される。
審査員一同は、これらの成果を高く評価し、大学院課程における研鑽や取得単位なども 併せ 申 請者 が博士 (医学) の学位 を受ける のに十分 な資格 を有する ものと 判定した 。