博 士 ( 農 学 ) 八 十 川 大 輔
学位論文題名
Toxicogenomlcs Using Yeast DNAMicroarray (酵母DNA マイクロアレイを用いたトキシコゲノミクス)
学位論文内容の要旨
ゲノ ム研 究と 生物 情報 科学 の発 展に より ,DNAマイ クロ アレ イを 用い た 網羅 的遺伝子 発現解析が可能とをっ た.遺伝子発現パターンの変化はその生物のおかれてい る生理学的 条件の変化を意味し, 生物あるいは細胞を有毒物質や環境変化に曝露すること によって惹 起される遺伝子発現応 答を観察・測定することにより,その毒性や環境が生物に及ばすスト レスを迅速かっ容易に 解析することが可能とぬった,酵母Saccharomyces cerevisiaeは有用 で且つ最も研究成果が 蓄積されたモデル真核生物である.酵母ゲノミクスの優 位性は個々 の 遺伝 子に 関す る機 能情 報の 豊富 さに あり , 酵母DNAマイ クロ アレ イを 用 いた 毒性評価 に関する膨大な情報が 蓄積されつっある,本研究では,金属イオン,アルコー ル,アルデ ヒド及びその他の化学 物質に対する遺伝子発現応答を解析することにより,酵母トキシコゲ ノミクスの適応性・有 用性にっいて検討を行った,
1)酵母DNAマイクロアレイを用いたト キシコゲノミクスの概括
主 に理 化学 分析 と バイ オア ッセ イか らな る従 来か らの 毒性学についての問題点を概観 し,DNAマ イク ロア レイ を用 いたトキシコゲノミクス が,どのような新規性を持って毒性 学の進展に貢献するかを考察した.ま た,酵母S cerevisiaeが有する特徴・利点を紹介し,
発現 解析に使用する意義について述べた, DNAマイク ロアレイを用いた研究法についてま とめ ,様々な金属イオン毒性に対する研究例を紹介す るとともに,本研究で取り上げた銅 毒性 についての酵母を用いた遺伝子発現解析研究を概 説した.本研究で取り上げたメタノ ール 及びホルムアルデヒド毒性に関する遺伝子発現解 析を紹介し,アルコール及びアルデ ヒド 毒性が酵母の遺伝子発現に及ばす影響を考察した .更にその他化合物の酵母遺伝子発 現解 析研究事例を紹介し,発現解析で明らかになった 様々な事実について検討するととも にトキシコゲノミクスの将来性につい ても考察した,
2)酵母DNAマイクロアレイを用いた銅の毒性解析
金属 イオン毒性の代表として鋼イオンに 対する遺伝子発現解析を行った.銅の毒性にお い ては メタロチオネインやメタロチオネイ ン様蛋白質の遺伝子発現が最も上昇しており,
銅イオン取り込み系蛋白質の遺伝子発現が最も抑制されていた. Munich Information Center for Protein Sequences (MIPS)の分類法で発現上昇した遺伝子の機能解析を行ったところ,
「 メチ オニン代謝」に分類される遺伝子群 が多く誘導されており,発現上昇の結果新たに 合 成さ れた メチ オニ ン はグ ルタ チオ ン等 の含 硫生 体内 抗酸 化物質の合成に供給されてい る もの と推定した.「脂質,脂肪酸,イソ プレノイド代謝」に分類される遺伝子群も多く
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誘導さ れていたため,細胞膜に起きた傷害修復のための発現変 化であると推定した,更に
「 酸化 スト レス 応答 」や 「DNA修復」に分類される遺伝子群も 誘導されていたため,銅の 毒 性の 大き な部 分は 酸化 的な スト レス で ある と考 えら れ, 細胞 膜やDNAが 傷害 を受けて い ると 判断 した .
3) 酵 母 に 対 す る メ タ ノ ー ル 韜 よ び ホ ル ム ア ル デ ヒ ド のDNAマ イ ク ロ ア レ イ を 用 い た毒性評価
分 子 構 造 が 最 も 単 純 なCl有 機 化 合 物 で あ る メ タ ノ ール (以 下MeOH)と ホル ムア ルデ ヒ ド ( 以 下FA) の 毒 性 評 価を 行っ た .MeOHに よる 誘導 遺伝 子の 機能 解析 およ び発 現産 物 局在 性の 解析 から 細胞 膜が 傷害 され て いる こと が推 定された,FAに関する 発現解析で は,抑制遺伝子中の1/3以上が「蛋白質合成」に関与する遺伝子であり誘導遺伝子中11.6% が 「蛋白質の結末」に 分類されており,酵母は蛋白質の変性を感知して蛋白合 成を止める と とも に, 蛋白 質の 分解 ・修 復系遺伝子を強く誘 導したと推定した.また,DNA修復系の 遺 伝子群も誘導されて いた,FAではイ工D2およびイ工D3(アルデヒドデヒドロ ゲナーゼ遺 伝 子) の発 現が 約8倍 〜10倍上 昇するとともに,グルタチオン依存性ホルムア ルデヒドデ ヒ ドロ ゲナ ーゼ 遺伝 子が 約813倍と強く誘導きれており,FAの解毒にはグルタ チオンが大 き な役 割を 果た して いる こと が示 唆さ れ た.MeOH曝露 酵母では,脱水素酵素 の発現上昇 は2倍 未 満 に 抑 え てMeOHか らFAへ の 代 謝 は ゆ っ く り 進 行 さ せ , 急 激 なFA濃 度 上 昇 を 抑 制しつつ解毒してい ることが推定された.発現解析データの階層的クラスタ ー解析から も 遺 伝 子 発 現 プ ロ フ ァ イ ルは クラ ス ター を形 成せ ず、MeOHとFAの毒 性は 異な るも のと し て 分 類 さ れ た . こ れ ら のこ とか らMeOHは細 胞膜 への 影響 が大 きく ,FAの毒 性は 蛋白 質を変性し,DNAを傷害していた.
4)酵母DNAマイクロアレイを用いたジンクピリチオンの毒性評 価
ふけ 予防 シ ャン プー や生 物付 着防 止船 底塗 装に 含ま れて いる ジン ク ピリ チオン(以下 Zpt)の 毒性 に つい ては 催奇形性を示唆する実験結果もあり,また不明な点 があった,酵母 を 用い て網 羅 的発 現解 析を行ったところ,誘導遺伝子の多くは鉄イオン取 り込み系蛋白質 の遺伝 子であり,抑制遺伝子の多くはチトクロム合成に関与する蛋白質の遺伝子であった.
こ れら 結果 か ら酵 母が 強い鉄欠乏を起こしていると推定した,このことを 確認するため,
Zptを 含 む 培 地 に 鉄を 添加 し たと ころI酵 母の 増殖 は顕 著 に回 復し た. また ,DNA修 復 系 遺 伝子 発現 は あま り変 化がなかったため,変異原性や発癌性については可 能性が低いこと が 示唆 きれ た .こ れら のこ とは ,従 来不 明で あっ たZptの毒性の解明に大 きく寄与したも のと判 断した,
以 上 ,酵 母DNAマ イ クロ アレ イを 用い た遺 伝子 発現 解析 を用 いた 毒性 解析 ・ 評価 は,
比 較的 簡易 で短時間の実験により,どのよ うな生体影響があるかまで推定・評価すること が 可能 な技 術であることを示した,従来の 毒性解析とは異なり,遺伝子発現解析では,細 胞 膜,DNAなど 複 数の ター ゲッ トを 有する 毒性についても一度に評価することが可能であ っ た. また ,Zptのご とく 毒性 未知 の物質 ・新規物質の毒性評価についても有用であるこ と を示 した .ここで注目すべき点は,真核 微生物である酵母を用いてこのような研究が為 さ れた こと である.すなわち、酵母はヒト を含む真核生物のモデル生物であるため、得ら れ た結 果を ヒトに外挿することが可能であ る。さらに酵母は取り扱いが容易で実験の再現 性も得やすい微生物で あり,最も研究の進んだ真核生物のーっである.このため,約6,000 あ る 酵 母ORFの うち75%以 上が 機能 既知 ある いは 機能 推定 が行 われ てい る蛋 白 質を コー
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ドし てい る. ヒト 細胞 を含 む他 の生 物種 で は, 発現 変動 を示 したORFの うち 多く が機能 未知で, 毒性解析・評価がそれ以上進まないという例も少なくな い.これらの点で,酵母 を用いて 行った当論文のトキシコゲノミクスとしての意義は大き く,多くの情報をもたら したもの と考える.更に,銅,MeOH,FA,及びZptの実験結果がGene Expression Omnibus Database (GEO,http://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/)にそれぞれGSE9231,GSE9229,GSE9230, GSE9223とし て 公開 され てい るため,今後の毒性解析のみならず ,25%が未だ機能未知の 酵 母 遺 伝 子 の 機 能 解 析 の分 野に おい ても 活用 可能 な情 報を 蓄積 で きた もの と考 える .
学位論文審査の要旨
主 査 教 授 横 田 篤 副 査 客員教授 鎌形 洋一 副 査 准 教 授 和 田 大
学位論文題名
Toxicogenomics Using Yeast DNA lvIicroarray (酵母DNA マイクロアレイを用いたトキシコゲノミクス)
本論文は、英文166 ぺージ、図16 、表 18 、5 章からなり、参考論文4 編が付されている。
遺伝子発現パターンの変化はその生物のおかれている生理学的条件の変化を意味する。
生物あるいは細胞を毒物や環境変化に曝露することによって惹起される遺伝子発現応答を 観察・測定することにより、そのストレスが生物に及ばす影響を迅速かつ容易に解析する ことが可能となった。本研究では、金属イオン、アルコール、アルデヒド及ぴその他の化 学物質に対する遺伝子発現応答を酵母DNA マイクロアレイを用いて解析することにより、
酵 母 ト キ シ コ ゲ ノ ミ ク ス の 適 応 性 ・ 有 用 性 に つ い て 検 討 を 行 っ て い る 。
1 )酵母DNA マイクロアレイを用いたトキシコゲノミクス.の概括
主に理化学分析とバイオアッセイからなる従来からの毒性学についての問題点を概観し、
トキシコゲノミクスがどのような新規性を持って毒性学の進展に貢献するかを考察した。
酵母Saccharomyces cerevisiae が有する特徴・利点を紹介し、発現解析に使用する意義つい て述べた。様々な金属イオン毒性に対する研究例を紹介するとともに、銅の毒性について の遺伝子発現解析研究を概説した。本研究で取り上げたメタノール及びホルムアルデヒド 毒性に関する遺伝子発現解析を紹介し、アルコールおよびアルデヒドが酵母の遺伝子発現 に及ばす影響を考察した。更にその他の化合物の酵母遺伝子発現解析研究事例を紹介し、
発現解析で明らかになった様々な事実にっいて検討するとともに、トキシコゲノミクスの 将来性についても考察している。
2 )酵母DNA マイクロアレイを用いた銅の毒性解析
金属イオン毒性の代表として銅イオンに対する網羅的遺伝子発現解析を行い、鋼によル メタロチオネインやメタロチオネイン様蛋白質の遺伝子発現が最も上昇し、銅イオン取り 込み系蛋白質の遺伝子発現が最も抑制されていることを明らかにした。発現上昇遺伝子の 機能解析を行ったところ、「メチオニン代謝」に分類される遺伝子群が多く発現上昇してお
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り、合成されたメチオニンはグルタチオン等の含硫生体内抗酸化物質の合成に供給されて いるものと推定した。「脂質、脂肪酸、イソプレノイド代謝」に分類される遺伝子群も多く 発現上昇していたため、細胞膜に起きた傷害の修復系遺伝子が誘導されたと推定した。更 に「酸化ストレス応答」や「 DNA 修復」に分類される遺伝子群も誘導されており、銅毒性 の大 部 分は酸化 的なストレ スであると 推定、膜や DNA を傷 害している と考察した 。
3 ) 酵母 に 対す る メタ ノ ール お よび ホ ルム ア ルデヒ ドの DNA マ イクロアレ イを用い た毒性評価
分子構 造が最も単 純な Cl 有機化 合物であるメタノール(以下MeOH) とホルムアルデ ヒド(以下FA ・) の毒性評価を行った。MeOH による誘導遺伝子の機能解析および発現産物 局在性の解析から、細胞膜が傷害されていることが推定された。FA に関する発現解析では、
酵母の蛋白質が変性されたため蛋白質合成を止めるとともに、蛋白質の分解・修復系遺伝 子を誘導していることが推定された。また、DNA 修復系の遺伝子群も発現上昇していた。
更に FA の解毒にはグルタチオンが大きな役割を果たしていることが示唆された。また、
MeOH 曝露酵母では、脱水素反応による急激なFA 濃度上昇を抑制しつつ解毒しているこ とが推定された。階層的クラスター解析においてそれぞれの遺伝子発現プロファイルはク ラ ス タ ー を 形 成 せ ず 、 MeOH と FA の 毒 性 は 異 な る も の に 分 類 さ れ て い る 。
4 ) 酵 母 DNA マ イ ク ロ ア レ イ を 用 い た ジ ン ク ピ リ チ オ ン の 毒 性 評 価 ふけ予防シャンプーなどに含まれているジンクピリチオン(以下Zpt) の毒性について は催奇形性を示唆する報告もあり、まだ不明な点があった。酵母を用いて網羅的発現解析 を行ったところ、発現上昇遺伝子の多くは鉄イオン取り込み系蛋白質の遺伝子であり、発 現抑制遺伝子の多くはチトクロム合成に関与する蛋白質の遺伝子であった。これらの結果 から酵母が強い鉄欠乏を起こしていると推定した。このことを確認するためZpt を含む培 地に鉄を添加したところ、酵母の増殖は顕著に回復した。また、DNA 修復系遺伝子発現は あまり変化がなかったため、変異原性や発癌性については可能性が低いことが示唆された。
従 来 不 明 で あ っ た Zpt の 毒 性 の 解 明 に 大 き く 寄 与 し た も の と 判 断 し て い る 。
以上、酵母DNA マイクロアレイを用いた遺伝子発現解析は、比較的簡易で短時間の実 験により、ヒトを含めた真核生物に対する様々なタイプの毒物について推定・評価するこ とが可能な技術であることを示した。すなわち本法によれば、網羅的解析の利点を生かし て複数のターゲットを有する毒物についても評価することが可能であり、また毒性未知の 物質・新規物質の毒性予測も可能である。以上の成果は、生命科学や毒物学のみならず、
健 康 ・ 環 境 科 学 等 の 基 礎 ・ 応 用 両 面 に お い て 多 大 な 貢 献 が 期 待 で き る 。 よって審査員一同は、八十川大輔氏が博士(農学)の学位を受けるのに十分な資格を有 するものと認めた。
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