2
光子励起顕微鏡を用いた生体深部イメージングと
光顕微操作
水多 陽子
1,2・栗原 大輔
1,21名古屋大学大学院理学研究科
2JST ERATO 東山ライブホロニクスプロジェクト
In vivo deep imaging and optical manipulation by two
photon excitation microscopy
Yoko Mizuta1,2
and Daisuke Kurihara1,2
1
Graduate School of Science, Nagoya University
2
Higashiyama Live-Holonics Project, ERATO, JST
要旨 : Cell-to-cell communication plays an important role in development, reproduction, and environmental responses by coordinating the cell activity in multicellular organisms. In plant development, cell-to-cell communication is especially crucial because organogenesis is a postem-bryonic and continuous process. However, it is difficult to reveal the dynamics of intercellular communications due to the limitation of accessi-bility within several cell layers in plants. Recently, two-photon excitation microscopy with near-infrared femtosecond pulse laser provides a non-invasive tool for deep imaging. In this review, we discuss recent deep imaging containing the preparation of specimens and microscopic techniques. Moreover, optical manipulation technique with near-infrared ultrafast pulse laser enables us to disrupt the cell and the protein at the single-cell level. Combination of in vivo deep imaging and optical manipulation, which allow spatial and temporal control of cell activity, pro-vides a new view of the cell-to-cell communication in plant field.
はじめに 生命科学の分野では,遺伝子やタンパク質の機能を 分子レベルで解明する研究が盛んにおこなわれてきた.対 象となる細胞や分子を詳細に観察することは,生命現象を 理解する上で非常に重要である.しかし,個々の分子や細 胞を培地上や試験管内など,in vitro の状態で解析するだ けでは,複雑な生命現象を解明することはできない.つま り,分子が細胞内でどのような働きをしているのか,細胞 はどのような挙動を示すのかを,「生きている」組織内で 直接観察することが重要である.そのような背景から,近 年,標的とするタンパク質や細胞を特異的に可視化し,そ の動態を生体内で解析するイメージング技術が目覚ましく 発展してきた.特に注目されている手法のひとつが種々の 蛍光タンパク質を利用したバイオイメージングである.顕 微鏡分野では,高解像度の光学系や新しい画像解析方法な ど,技術革新も著しい.様々な新しい光学顕微鏡のうち, 多光子(2 光子)励起顕微鏡は,生体試料に与えるダメー ジが少なく,かつ深部イメージングに優れていることから, 生体深部の解析をおこなう重要なツールとして注目されて いる(Helmchen and Denk 2005; Benninger and Piston 2013). 本稿の前半では,2 光子励起顕微鏡の特徴と深部イメージ ングについて紹介するとともに,植物生体内での観察例や, 今後の可能性についても簡単に述べたい.後半では,2 光 子励起顕微鏡を用いた光顕微操作による,時空間特異的な 細胞破壊について紹介したい. 1. 植物組織の深部イメージング 陸上植物は多細胞生物であり,多数の細胞から構成 される.またその体は,根や茎,葉,花など様々な器官を 持ち,細胞の形態や構造,そしてその役割も多種多様であ る.これら複雑に分化した植物体内の深部イメージング, すなわち目的とする分子や細胞を生体内で詳細に観察する ことは,生命現象を理解する上で非常に重要である.しか し,植物体内の複雑な構造をかいくぐって植物の深部を観 察するのは非常に困難である.細胞ごとに大きさや形が異 なり,光の屈折や散乱が起こるだけでなく,組織内部の気 相や,様々な内在性化合物が励起光や蛍光を遮るためであ る(Moreno et al. 2006).加えて,細胞壁の主成分である リグニンや,葉緑体に含まれるクロロフィルなど,植物特 有の内在性化合物の自家蛍光も観察の妨げとなる(Müller et al. 2013 ; 水多ら 2014).これらの問題を解決し,深部観 察を可能にする一般的な方法としては,試料を固定後,樹 脂などに包埋し,切片を作製する方法がある.この方法で あれば,深部組織への浸透,置換が十分であれば,切片に することで深部の細かで密な組織も観察することができ
る.しかし,組織を細胞レベルで立体的に把握したい場合 に,3D 像を構築できるくらい高解像度の連続切片を作製 するのは,時間も手間もかかる非常に大変な作業である. 一方,組織を固定した後,切片を作製せずに個体や組織 の深部を観察,すなわちホールマウントで試料を観察する 方法も報告されている。Truernit et al.(2008)は改変した PS-PI 染色法(modified pseudo-Schiff propidium iodide ;
mPS-PI)を用い,シロイヌナズナやトマト,カモジグサ の様々な器官の深部を観察することに成功している.この 方法では,Z 軸方向も 0.1-0.2 μm おきに深部観察が可能で ある.さらに GUS 染色との組み合わせも可能となってい る.つまり,包埋や切片作製をせずに,構造を保ったまま 高解像度で細胞深部を観察し,かつ目的 mRNA の発現部 位を特定することが可能になっている. 他に深部を観察する一般的な方法として,観察したい部 位を含む組織を解剖により植物体内から取り出し,観察す る方法がある.Yoshida et al.(2014)は,シロイヌナズナ の胚珠を解剖して胚を取り出し固定した後に PI 染色し, 共焦点顕微鏡を用いて胚珠内部の一細胞期胚からハート型 胚までの形態を詳細に観察している.Z 軸方向に 0.1 μm おきと非常に高解像度であり,各細胞の形態や体積,分裂 パターンについて非常に詳細なデータが得られている. 2. 深部イメージングにおける 2 光子励起顕微鏡の利 点 前章に紹介したように,固定組織では,顕微鏡自体の発 展や染色,浸透方法の改善により,包埋や切片作製を必要 とせずに,高解像度で植物の深部が観察できるようになっ てきた.しかし,固定した組織では,細胞や分子の挙動を 生きたまま観察することはできない.そのため,オルガネ ラのダイナミズムや細胞分裂,そして受精の瞬間など,複 図 1 (上段)1 光子励起と 2 光子励起の原理の模式図.1 光子励起には連続発振の紫外または可視光のレーザーを光 源として用いる.1 光子励起の場合,励起は焦点面だけで なく,その前後でも起こっているため,試料全体に与える 褪色や光毒性の影響が大きい.一方,2 光子励起では超短 パルスの近赤外光を発振するフェムト秒パルスレーザーを 用いる.発振されたレーザーをレンズにより集光すること で,光子密度が極端に上昇し,焦点面の非常に狭い領域で 2光子励起が可能となっている.このことから,1 光子励 起に比べて焦点面以外の褪色や光毒性が少ないといった特 徴を持つ.(下段)シロイヌナズナの胚珠内の 8 細胞期胚 を 1 光子励起(A)と 2 光子励起(B)で観察した画像の 比較.めしべを解剖して胚珠を取り出し,それぞれ 1 光子 励起(488 nm)と 2 光子励起(880 nm)で観察した.胚 の核は核局在型 GFP(緑)で可視化している.周囲の黄 色に見える部位は胚のうの自家蛍光.1 光子励起像では核 の輪郭が不明瞭であるが,2 光子励起像では核の輪郭が はっきり見える.スケールバーは 30 μm. 図 2 シロイヌナズナのめしべ,胚珠および胚を 2 光子励 起により観察した画像とその模式図.観察した部位を模式 図の破線で示す.(A)子房壁の外側から観察した開花直 前のめしべの内部.図は子房壁表面から 80 μm 深部を示す. 胚のう内の二つの助細胞の核は GFP(黄)で,中央細胞 の細胞質は YFP(黄)で,卵細胞の核は DsRed(橙)で それぞれ可視化している.解剖せずにめしべ中心部の隔壁 や,胚のう内の各細胞の細胞質および核を観察できる.励 起光は 980 nm.(B)めしべから取り出した球状胚の胚珠. 図は胚珠表面から 80 μm 深部を示す.胚の細胞膜は蛍光タ ンパク質(tdTomato)により可視化している.周囲に見え るのは胚のうの自家蛍光.励起光は 950 nm.胚の各細胞 の形,特に胚体内部の細胞の形を胚珠の外側から見ること ができる.(C)胚珠から取り出したハート形胚.図は胚 の表面から 30 μm 深部を示す.胚の細胞膜は tdTomato に より可視化している.励起光は 920 nm.スケールバーは 100 μm(A),または 30 μm(B, C).
雑な生命現象を生きたまま連続的に観察するための方法が 模索されてきた.近年,蛍光プローブを用いて目的とする 分子や細胞を特異的に可視化し,生体深部を生きたまま観 察するライブイメージング技術が注目されている.そのう ち,共焦点レーザースキャン顕微鏡や 2 光子励起顕微鏡が 良く知られている.共焦点レーザースキャン顕微鏡は,ピ ンホールを用いて焦点面以外から発せられる蛍光を排除す ることで,空間的に解像度の高いイメージングをおこなう ことができる(石館 2011).しかし,励起が焦点面以外で も起こっているため(図 1 上段左),試料に与える褪色や 光毒性の影響が大きい.このことは,褪色が著しい蛍光プ ローブを用いる場合,そして生きた試料を長時間撮影する ような場合には大きな問題となる.また,深部到達度は数 十 μm 程度と,深部になるにつれシグナル強度,解像度と もに急激に劣化する.一方,2 光子励起顕微鏡とは,フェ ムト秒パルスレーザーと呼ばれる超短パルスを発振する光 源による多光子励起過程を用いた蛍光顕微鏡のことである (Helmchen and Denk 2005 ; Benninger and Piston 2013). 通 常,1 光子励起過程では,ひとつの蛍光分子はひとつの光 子を吸収することで励起状態となる.それに対し,多光子 励起過程では,ひとつの蛍光分子がふたつ以上の光子を同 時に吸収することで励起状態となる.自然界でひとつの分 子にふたつ以上の光子が同時に吸収される確率は非常に稀 であるが,フェムト秒パルスレーザーでは,フェムト秒 (1,000 兆分の 1 秒)という非常に短い時間幅に複数の光子 を 1 フェムトリットルという非常に狭い空間へ集光するこ とが可能である(図 1 上段右).集光点でのみ 2 光子励起 を起こすことができることから,共焦点顕微鏡に用いられ る 1 光子励起に比べて,焦点面以外の褪色や光毒性が少な い(低浸襲性).また,2 光子励起には長波長の近赤外光 を用いることから,試料内部で散乱の影響を受けにくく, 深部観察が可能になるというメリットもある(深部到達 性).例として,植物組織内における深部到達性を 1 光子 励起と 2 光子励起で比較した図を図 1 に示す.図 1A,B はシロイヌナズナのめしべから取り出した胚珠内の 8 細胞 期胚の見え方を比較した画像である.1 光子励起では不鮮 明な核も,2 光子励起では一つ一つの輪郭まではっきりと 見ることができる.このように,共焦点顕微鏡では難しい 深部の観察も,2 光子励起顕微鏡では明瞭な観察が可能と なっている. 3. 2 光子励起顕微鏡による植物の生体深部イメージ ング 前章に述べた特性から,近年,2 光子励起顕微鏡は生体 内で解析をおこなう重要なツールとして注目されている. 動物分野では,特に免疫学や神経科学など医薬学分野にお いて広く用いられ(Miller et al. 2002 ; Stosiek et al. 2003), 深さが 1 mm を超えるような厚みのある脳組織の深部で も,観察が可能となっている(Kawakami et al. 2013).一 方で,植物分野における 2 光子励起顕微鏡の応用は,早く からその有用性が認められているにも関わらず(Hepler and Gunning 1998),いまだ広く普及するには至っていない. その理由として,植物には細胞壁や葉緑体,そして組織内 に含まれる空気のような観察を妨げる特有の構造が多数含 まれることがあげられる(水多ら 2014).そのため,多く は自家蛍光などが少なく,観察が比較的容易な根や花粉管 などを用いて深部の観察が試みられている(Feijó and Moreno 2004 ; Colaço et al. 2012).また,解剖して組織を 取り出し,in vitroで深部を観察する方法も用いられている. Hamamura et al. (2011, 2014)は,受精前のシロイヌナズナ の胚珠を解剖して取り出し,培地上で培養後,2 光子励起 顕微鏡を用いて胚珠内の重複受精の様子を生きたまま数十 分にわたって捉えることに成功している.それにより,重 複受精のタイミングを明らかにしている.また,Kurihara et al. (2013)は,シロイヌナズナのめしべから胚珠を取り 出し,胚珠内の胚を 1 光子顕微鏡と 2 光子励起顕微鏡を用 いて比較している.図 2B,C はシロイヌナズナのめしべ を解剖し,胚珠内の球状胚を観察した 2 光子励起像(図 2B)と,胚珠をさらに解剖し,ハート形胚を取り出して 観察した 2 光子励起像(図 2C)である.両者とも観察面 から 80 μm または 30 μm と,胚の内部の細胞の形まで,明 瞭に観察できていることが分かる.また,図 3 のハート型 胚の胚珠の 2 光子励起像では,177 μm 深部まで胚のう内 の胚乳核と細胞の輪郭をはっきりと観察できる.このよう に,2 光子励起顕微鏡を用いることで,生きた植物体の深 部で細胞がどのように配置しているかを立体的に把握する ことが可能となっている. 一方,解剖をおこなわずに,in vivo でめしべ深部を観察 した例も報告されている.Cheung et al. (2010)は,2 光子 励起顕微鏡を用いて,シロイヌナズナのめしべを植物体か ら取り外さずにそのまま深部のライブイメージングをおこ なっている.この報告では,めしべ内部の花粉管発芽や花 粉管伸長を観察するだけでなく,隔壁表面に這い出た花粉 管なども観察することに成功している.図 2A はシロイヌ ナズナのめしべ内部を,子房壁の外側から観察した像であ る.めしべを解剖せずに,80 μm 深部であっても中心部の 隔壁や,胚のう内の各細胞の細胞質および核を明瞭に観察 できている.Cheung et al. (2010)の報告では,観察後の めしべが,鞘および種子を正常に形成したことも併せて報 告されており,2 光子励起の低浸襲性も証明されている. このように,観察した組織をそのまま育てることができる のであれば,胚珠が種子,そして個体になるまでを観察し つつ,経時的に解析するなど,組織レベルと個体レベルを 結びつけるような研究が可能になってくる.今後,2 光子 励起顕微鏡を用いた生体深部のイメージング技術が発達す
ることで,植物体の深部で繰り広げられる様々な生命現象 をリアルタイムで解析できるようになることが期待され る. 4. UV レーザーによる細胞破壊 多細胞生物において,それぞれの細胞はお互いにコ ミュニケーションを取りながら適切に配置することによっ て,固有の機能を持つ組織・器官を形成し,個体を作り出 している.植物において細胞間コミュニケーションは,発 生・形態形成段階のみならず,自己・非自己あるいは雄・ 雌の認識が関わる生殖過程,病原菌を認識する免疫過程, 環境応答などさまざまな過程に関わっている.このような 細胞間コミュニケーションの解明には,個々の細胞がいつ, どこで,どのような細胞とコミュニケーションを取ってい るのかなど,時空間特異的な解析が不可欠である.この時 空間特異的な解析において,光顕微操作は非常に強力な ツールである.レーザー光は集光点において高い光強度を 持つため,古くからレーザーアブレーションと呼ばれる手 法が光顕微操作による細胞破壊に用いられている.レー ザーの照射時間が長いと熱的効果が発生し,熱の伝播によ り標的の細胞以外にも傷害を与えてしまう.そのため,レー ザーアブレーションにはパルスレーザーが用いられている (図 1 ; パルス発振).パルス幅(照射時間)を短くするこ とにより,熱的効果を発生させずに細胞に傷害を与えるこ とが可能となる(Bargmann and Avery 1995).
それでは具体的な実施例を見ていこう.シロイヌナズナ の根端メリステムには分裂活性の低い静止中心と,それを 取り囲む分裂活性の高い幹細胞群が存在する.van den Berg et al. (1997)は,分裂活性の高い幹細胞群が,どのよ うに維持され続けているのかを明らかにするため,静止中 心のみをレーザーによって破壊した.その結果,破壊した 静止中心の隣りにあった幹細胞が分化する様子が観察され た.これより,静止中心は接触する幹細胞群を未分化の状 態に保つべく,細胞間でコミュニケーションを取り合って いることが明らかとなった(van den Berg et al. 1997).
生殖過程においては,めしべの柱頭に受粉した花粉は花 粉管を伸ばし,めしべ深部に位置する胚珠に包まれた卵細 胞にまで迷うことなく辿り着かなければならない.花粉管 ガイダンスと呼ばれるこの現象に関わる雌雄細胞間コミュ ニケーションを明らかにするために,Higashiyama et al. (2001)は胚のうが胚珠から裸出したユニークな植物であ るトレニアを用いて,胚のうの各種細胞の UV レーザーに よる破壊実験をおこなった.受精に関わる卵細胞,中央細 胞,助細胞のうち,二つある助細胞を両方ともレーザーで 破壊した場合のみ,花粉管が胚のうに辿り着かなかったこ とから,花粉管ガイダンスには助細胞が重要な役割を担っ ていることが明らかとなり,その後の花粉管誘引物質同定 への足がかりとなった(Higashiyama et al. 2001 ; Okuda et
al. 2009). このように, UV レーザーによる細胞破壊は,植物のさ まざまな現象の研究において非常に強力なツールである が,その適用にはいくつか制限がある.レーザーの光強度 は集光点が最も高いが,短波長の紫外線を用いる UV レー ザーの場合は集光点以外においても光エネルギーが吸収さ れ,細胞傷害を引き起こす.そのため,細胞が密集してい る組織においては,単一細胞のみを破壊することは困難で ある.また,組織深部に存在する細胞を標的にする場合は, さらなる困難を伴う.組織深部にレーザーを照射した場合, レーザー光は細胞を通過するごとに屈折・吸収・散乱といっ た影響を受けるためである.UV レーザーのような短波長 の光は,特にその影響を大きく受ける.前述した胚のうが 裸出したトレニアや,根のように透明で比較的均一な細胞 で構成される組織においては,UV レーザーによって単一 細胞を破壊することも可能である.しかし,前半で述べて きたようなシロイヌナズナの胚を例にした場合,レーザー 光が胚に到達するためには,五層の細胞層からなる種皮を 通過し,さらには成分が異なる胚乳細胞を通過する必要が あり,その過程において光エネルギーは大きく減衰する. エネルギーを補うためにレーザー出力を上げると,周囲の 組織に大きな損傷を与えてしまい,その後の発生などを解 析することはできないのが現状である. 5. 近赤外超短パルスレーザーによる細胞破壊 上記の難点を克服するために,近年注目されている のが近赤外超短パルスレーザーである(細川 2012).前半 で述べたように,近赤外超短パルスレーザーは 2 光子吸収 を引き起こし,深部観察を可能にするだけでなく,組織深 部における細胞破壊においても多くの利点を持っている. まず,長波長の近赤外光を用いることから,生体内におけ る散乱の影響を受けにくく,細胞への光吸収による傷害の 少ないことは同様の利点である.それに加えて,これまで UVレーザーで用いられてきたパルス幅はナノ秒オーダー であったが,フェムト秒パルスレーザーを用いることで, 瞬間的に高い光強度を持ちながら,平均強度が低くなった ことが最大の利点である(図 4).多光子吸収によって急 激に誘起されるプラズマ発生などの非線形光学効果は,サ ブフェムトリットルの範囲で起こるため,細胞の極局所に 損傷を与えることが可能となる(Tirlapur and König 2002b).
König et al. (2001)は 780 nm のフェムト秒パルスレー ザーを用いて,固定したヒト中期染色体の一部を 110 nm の精度で切断することに成功した.また彼らのグループは, 植物細胞にも適用しており,オオカナダモの葉組織切片に 740 nmのフェムト秒パルスレーザーを照射することに よって,細胞壁を 400 m 以下の精度で切断することにも成 功している(Tirlapur and König 2002a).このことは,周囲 の細胞に損傷を与えることなく,レーザー照射した細胞だ
けを破壊できることを示唆している.また,オオカナダモ の生細胞において,800 nm のフェムト秒パルスレーザー を葉緑体の一部分に照射することにより,原形質流動など の細胞活性に影響を与えることなく,葉緑体ひとつのみの 破壊にも成功している(Tirlapur and König 2002a).このよ
うに,近赤外超短パルスレーザーを用いてレーザー照射部 位を変化させることで,細胞全体を破壊するか,あるいは 細胞活性を損なうことなく特定のオルガネラのみを破壊す るかなど,精密な光顕微操作が可能となっている. それでは具体的な実施例を見ていこう.Hamamura et al. 図 3 HTR8p::HTR8-GFPのめしべから単離した胚珠の 2 光子励起像.胚のう内の胚乳核が GFP(緑)により可視 化されている.赤色は自家蛍光.(A)Z 軸方向に 3 μm お きに 177 μm 深部まで観察した画像を立体構築した像.手 前側が観察面.胚珠の外側から観察しても,胚乳核と細胞 の輪郭がはっきり観察できる.スケールバーは 100 μm.(B) Aの図を Z 軸方向から見たもの.上部が観察面.数字は 観察面からの深さを示す.胚乳核は 175 μm 深部でもはっ きり見ることができ,細胞が胚珠内でどのように配置して いるかを立体的に把握することができる. 図 4 パルスレーザーのパルス幅とピーク出力.パルスエ ネルギー(面積に相当)が同じ場合,パルス幅が短いほど ピーク出力は高い. 図 5 近赤外超短パルスレーザーを用いた雌性配偶体細胞の破壊実験.シロイヌナズナの卵細胞特異的に Ca2+セン サー YC3.60(Nagai et al. 2004)を発現させている.青から赤にかけて,赤いほど Ca2+濃度が高いことを示す.左に 胚珠と雌性配偶体を構成する細胞の模式図を示す.(A)助細胞の細胞膜付近にパルスレーザーを照射(雷マーク) することにより,助細胞を破壊した.レーザー照射後 30 秒で,卵細胞内に Ca2+濃度の一過的な上昇が観察される. (B)中央細胞の細胞膜付近にパルスレーザーを照射(雷マーク)することにより,中央細胞を破壊した.照射後 5 分経過しても,卵細胞内の Ca2+濃度変化は観察されない.スケールバーは 10 μm.Hamamura et al.(2014)より改変.
(2014)は,シロイヌナズナの受精過程において,雌性配 偶体を構成する各細胞において,Ca2+濃度の特徴的な変化 を可視化することに成功した.卵細胞においては,まずは じめに花粉管からの精細胞の放出に伴って Ca2+濃度が一 過的に上昇する.その後,卵細胞と精細胞の受精(細胞融 合)に伴い,二度目の一過的な Ca2+濃度上昇が起こるこ とが明らかとなった.精細胞放出の際には,卵細胞の隣に 位置する助細胞も崩壊する.一度目の卵細胞内 Ca2+濃度 の上昇は助細胞からの Ca2+流入によって引き起こされて いるのかを明らかにするため,引き続き人為的に助細胞を 破壊する実験がおこなわれた(図 5).シロイヌナズナの 胚のうはトレニアと異なり,胚珠組織に覆われており,か つ各細胞の大きさも小さいことから,UV レーザーではな く近赤外超短パルスレーザーによる細胞破壊が試みられ た.助細胞の細胞膜付近を標的に,800 nm のフェムト秒 パルスレーザーを照射した結果,助細胞の萎縮が見られた ことから,助細胞破壊に成功したことが分かる(図 5A). この助細胞の萎縮に伴い,卵細胞において Ca2+濃度の一 過的な上昇が観察された.一方,中央細胞を同様に破壊し た際には,卵細胞内の Ca2+濃度に変化は見られなかった(図 5B).このことは卵細胞内の Ca2+濃度上昇はレーザー照射 によって非特異的に引き起こされたのではなく,助細胞が 破壊されたことによって引き起こされたことを示している (Hamamura et al. 2014).2 光子励起顕微鏡を用いることに よって,植物深部でありながら,Ca2+濃度変化のような速 い現象も捉えつつ,かつ精密な細胞破壊も可能となったこ とではじめて解析できた現象である. 6. 近赤外超短パルスレーザーによる CALI 近年,細胞破壊だけではなく特定のタンパク質のみ をレーザーによって破壊することも試みられている.発色 図 6 多光子 CALI 法を用いたアクチン繊維の切断.タバコ培養細胞 BY-2において,GFP-Fimbrinによってアクチ ン繊維を可視化している.パルスレーザー照射位置を雷マークで示す.パルスレーザー照射後,アクチン繊維ととも に細胞質糸の切断,萎縮が観察される.スケールバーは 50 μm.
団補助光不活性化(Chromophore-assisted light inactivation ; CALI)法は,生体内においてレーザー照射時に蛍光分子 から発生する活性酸素種(ROS)を利用して,特定のタン パク質を時空間特異的に不活性化する技術である(Sano et al. 2014).開発初期には,マラカイトグリーンやフルオレ セインといった蛍光色素が光増感剤として用いられてきた (Jay 1988 ; Surrey et al. 1998).しかし,これら蛍光色素は 外から細胞内に導入する必要があり,また特定の細胞やオ ルガネラだけに導入することは困難である.一方,遺伝的 かつ細胞特異的に発現できる蛍光タンパク質も発色団を 持っているため,光増感剤として用いられているが,蛍光 色 素 と 比 べ る と CALI の 効 率 は 数 倍 か ら 十 数 倍 低 い (McLean et al. 2009).そのため,CALI を起こすためには 強い出力で長時間照射する必要があるが,細胞への光毒性 が高く,CALI 法には向かないとされてきた.そのような中, Tanabe et al. (2005)は,近赤外超短パルスレーザーが集光 点局所的,また瞬間的に光強度を高められる利点を用いて, 蛍光タンパク質においても高い CALI 効率を引き出すこと に成功した.
最 近,Hasegawa et al.(in press) は, タ バ コ 培 養 細 胞
BY-2を用いて,多光子 CALI 法により細胞質糸を特異的 に切断することに成功した.BY-2細胞において,アクチ ン繊維は細胞質糸に近接して局在している.そのため,ア クチン繊維結合タンパク質 Fimbrin に GFP を融合した GFP-Fimbrinを発現する BY-2細胞を用いて,アクチン繊 維を可視化している(Sano et al. 2005).800 nm のフェム ト秒パルスレーザーをアクチン繊維上に照射した結果,す ぐさま細胞質糸は切断され,時間が経過するごとに,切断 した細胞質糸が短くなっている様子が観察された(図 6). このように,近赤外超短パルスレーザーを用いた多光子 CALI法により,細胞内構造を時空間特異的に破壊するこ とも可能である. おわりに 2光子励起顕微鏡の活用により,これまで不可能と 考えられてきた植物組織の生体深部イメージングも可能と なってきた.また,近赤外超短パルスレーザーを用いた光 顕微操作によって,植物組織の深部でありながら,時空間 特異的に細胞を破壊することも可能となってきている.高 い量子効率を持つ GaAsP 型光電子増倍管といった高感度 検出器の登場により,これまでよりも弱い励起光で深部の 蛍光も検出できる低浸襲なイメージングも可能となってき ており,顕微鏡の技術開発も未だ日進月歩である.CALI 法においても,GFP の低い CALI 効率を改善するために, 光 増 感 剤 と し て ROS 発 生 効 率 を 高 め た KillerRed, miniSOG,SuperNova といった新たな蛍光タンパク質の開 発 も 進 ん で き て い る(Bulina et al. 2006 ; Qi et al. 2012 ; Take moto et al. 2013).しかし,顕微鏡や解析技術の進歩だ
けではなく,どのように植物組織を顕微鏡にセッティング すれば,自分が興味を持つ現象を損なうことなく観察でき るか,試行錯誤することもきわめて重要である(Kurihara et al. 2013).これら深部イメージングと光顕微操作を組み 合わせることによって,これまでベールに包まれていた植 物のさまざまな細胞間コミュニケーションも明らかになっ てくることを期待したい. 謝辞 本稿執筆にあたり,植物材料の種子を分与して頂い
たブレーメン大学の Rita Groß-Hardt博士,画像を提供し
て頂いた名古屋大学の牛王啓太氏,モントリオール大学の 浜村有希博士,東京理科大学の松永幸大教授,長谷川淳子 氏に深く感謝したい.本研究は JST・ERATO 東山ライブ ホロニクスプロジェクトによる研究助成により遂行され た.ご指導・ご支援を頂いた研究室の方々にこの場を借り て深く御礼申し上げたい. 文 献 石館文善(2011) 共焦点レーザー顕微鏡.「顕微鏡の使い方ノート」, 野島博編著,pp. 136-176,羊土社,東京. 細川陽一郎(2012) バイオ分野に注目されるフェムト秒レーザー細 胞プロセス.応用物理 82:63-67. 水多陽子・栗原大輔・東山哲也(2014) 2 光子顕微鏡による植物深 部の in vivo イメージング.Plant Morph 26 : 25-30.
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