<引用参考文献> 1 加藤直樹(1987)『少年期の壁を超える―9,10 歳の節を大切に―』新日本出版社 2 田中昌人(1987)『人間発達の理論』青木書店 3 白石正久,白石恵理子(編)(2009)『教育と保育のための発達診断』全障研出版部,第 8 章,楠凡之「7~9,10 歳の発達の質的転換期」 4 中村和夫(2002)「ヴィゴーツキーの発達理論における学校教育の位置―子どもの科学的概念の発達を手が かりに―」 心理科学第 2,3 巻第1号,P51-61 5 柴田義松(2006)『ヴィゴツキー入門』子どもの未来社 6 ヴィゴツキー(1962)『思考と言語』明治図書 7 横山明,高忠一郎編著(1980)『小学生の発達と教育』三和書房,高垣忠一郎「登校拒否は子ども自身にとっ てどういう問題か」 8 田丸敏高(1996)『発達段階を問う』京都・法政出版 9 田丸敏高(2011)『子どもの発達と学童保育―子ども理解・遊び・気になる子』福村出版,1章1節~8節, 田丸敏高 10 岡本夏木(1985)『ことばと発達』岩波新書 11 岡本夏木(1983)『小学生になる前後』岩波書店 12 岡本夏木(2005)『幼児期 ―子どもは世界をどうつかむか―』岩波新書 13 別府 哲(2008)「学童期における高機能自閉症児の自他理解の発達と障害―高機能自閉症児及びアスペル ガー症候群児の発達特徴をめぐる研究動向―」www.ritsumeihuman.com 14 別府 哲,小島道生編(2010)『「自尊心」を大切にした高機能自閉症の理解と支援』有斐閣選書,第 7,8,9 章,別府 哲 15 別府 哲(2015)「自閉症における情動の共有体験―教育目標・評価との関連から」障害児教育の教育目標・ 評価に関する研究会 16 楠 凡之(2012)『自閉症スペクトラム障害の子どもへの発達援助と学級づくり』高文研 17 三木裕和(2002)『自閉症児のココロ』クリエイツかもがわ 18 白石恵理子(2009)「知的障害の理解における「可逆操作の高次化における階層―段階理論」の意義」障害 者問題研究,第 37 巻第 2 号 19 佐伯 胖(1995)『「学ぶ」ということの意味』岩波書店 *本文中に引用文献番号を記していないものは、論考全体にわたって参考とした資料である。
ローカリティと表象
- 田舎・文学・未来 -
アレクサンダー・ギンナン
*Locality and Representation
Rurality, Literature, Future
Alexander GINNAN*
キーワード:田舎、鳥取、文学、表象
Key Words: Rurality, Tottori, Literature, Representation
田舎自身が,田舎そのものを中央によってしかわからないまでに徹底した〝追従文化〟 〝ものまね文化〟〝品の悪うないよう文化〟〝都会並文化〟,それが,鳥取の文化だし, 日本中の文化ではないか。 徳永進1
はじめに
鳥取を叙述する際には,ほぼ必然的に田舎という概念が絡んでくる。それが郷土愛の象徴や観光 宣伝として自然に密着した生活を示す場合があれば,その反面,後進的で遠方にある不便な地域を 示唆する場合もある。いずれにしても,鳥取が田舎であれば都会ではない。しかし,地理学者阿部 一が説明するとおり,田舎と都会は,地域の種類を示す言葉として日常的に用いられるが,明確に 定義できる学術用語ではない2。田舎と都会は,言説によって作り出される概念であり,相互の関係 を通じてのみ何かを意味するようになるのである。また,批評家レイモンド・ウィリアムズが指摘 するように,ひとくちに田舎や都会といっても,その組織形態は多彩をきわめ,両極の間には多種 多様な地域が存在するのである3。定義が不明確な概念をどのように把握できるだろうか。地理学者 キース・ハルファクリーは,田舎と同じように定義しにくい農村を,ローカリティ(独自形態)と して理解するためには,産業や人口密度といった流動的な要素のみならず,個人の経験と,文学・ メディア・国家・家族・友人・組織を通して伝えられた先祖伝来の信条からなる社会的表象も検討 する必要性があるという4。つまり,純粋に物質的な定義のみは有効ではない。本稿は,鳥取を舞台 にした小説がどのように田舎という概念を扱っているかを課題とする。小説は,物語の設定となる 地域を表象することはいうまでもない。しかし,その表象は,地域の描写にとどまらず,地域の未 来を影響する力も秘めているのである。岡田美子の『谷間―或る女の手記』(1941),塩見佐恵子の 『一式飾り』(1969)および桜庭一樹の『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』(2004)の比較分析を通 じてその力を明らかにしたい。 *鳥取大学地域学部地域文化学科1. 蔑視される田舎の誕生
田舎という言葉は,蔑視的な意味を連想させる場合がある。例えば「田舎臭い」という表現は, 言葉・態度・服装などが洗練されていない,やぼったい,泥臭いことを表し,一般的には負の価値 を含意する5。しかし,このような意味は,語源的に由来するものではない。田舎は,8 世紀に編纂 された『日本書紀』に農村という意味で初出する。歴史地理学者千田稔によると,田舎が蔑視的な 意味を持つようになったのは,都の対極にある「鄙ヒナ」と,未開地の住民を指す「夷 ヒナ 」という言葉に まつわる6。平安時代に,天皇が居住する都の文化に「みやび」の概念が与えられ,それ以外の文化 の劣等性を示す「ひなび」という言葉も用いられるようになったのである。千田は,ひなびが田舎 の文化に対して使用されるなかで,ヒナと田舎は同義に変容したと論じる7。 一方,江戸時代に多くの文人は田舎に「いにしえ」の価値を見出し,明治以降は近代化と工業化 に対抗する農本主義が成立した。歴史学者塚本学が説明するように,田舎を重要視した江戸文人の 思考は,復古主義の傾向を帯びていたのである8。農業を国の基礎と見なす農本主義は,第二次世界 大戦が勃発するとともに日本の対外侵略政策を支えるものとなり,戦後は否定的に受け止められる ようになった。1970 年以降は,戦後の急速な開発の跳ね返りとして都会における公害・自然破壊・ 人口過密などの問題が顕著化し,その反省の一環として「ふるさと創生」「田園都市構想」など地方 に重点を置く国の政策が頻出している。このような政策は,たてまえとして国民に希望を与えよう とするものであるだけに,一般的に田舎という言葉を使用しない。一方,次に取り上げる小説は, 鳥取を田舎として叙述し,この用語が示唆する蔑視的な意味に焦点を当てる。2.
『谷間―或る女の手記』
鳥取で暮らしていなければ,鳥取と文学のイメージは結びつかないかもしれない。例えば,尾崎 翠(1896-1971)のような鳥取出身作家が,日本近代文学史のなかで認識されるようになったのは, 東京で行った活動の結果であるに違いない。東京へ活動拠点を移すことができなかった鳥取ゆかり の作家の大半は,県外であまり知られていないのが実態である。同時に『アップルパイの午後』(1929), 『第七官界彷徨』(1931)など,尾崎が上京してから著した作品は,鳥取在住期に書いた初期の作品 とは大きく異なる。東京で綴られた作品の特徴のひとつは,鳥取に関する内容が希薄になったこと である。一方,鳥取県西部の名和町で生まれ,東部の国府町の家に嫁いだ岡田美子(1902-1967)は, 東京で岸田國士に師事したものの,作家としての活動拠点は鳥取に限られていた。そのため,ほと んどの作品は鳥取での生活に深く根差している。まずは,岡田が1941 年に発表した代表作品『谷間 ―或る女の手記』とそこにおける田舎の描写を取り上げることとする。 冒頭から主人公「私」は,東京にいることを切望するとともに,谷間での生活を「地獄の穴」に 例える。物語の設定は明らかにされないが,題名の谷間は岡田の実際の嫁入り先であった国府町谷 を指していると思われる。「私」は東京で展覧会を観たい。文学に熱心な「私」は創作の方面も目指 している。しかし,彼女が住む田舎の谷間ではそのような夢はかない難い。「私」いわく, ここには文化の陽もささなければ,美しい花もない。一人の学者も,半個の芸術家もいない。1. 蔑視される田舎の誕生
田舎という言葉は,蔑視的な意味を連想させる場合がある。例えば「田舎臭い」という表現は, 言葉・態度・服装などが洗練されていない,やぼったい,泥臭いことを表し,一般的には負の価値 を含意する5。しかし,このような意味は,語源的に由来するものではない。田舎は,8 世紀に編纂 された『日本書紀』に農村という意味で初出する。歴史地理学者千田稔によると,田舎が蔑視的な 意味を持つようになったのは,都の対極にある「鄙ヒナ」と,未開地の住民を指す「夷 ヒナ 」という言葉に まつわる6。平安時代に,天皇が居住する都の文化に「みやび」の概念が与えられ,それ以外の文化 の劣等性を示す「ひなび」という言葉も用いられるようになったのである。千田は,ひなびが田舎 の文化に対して使用されるなかで,ヒナと田舎は同義に変容したと論じる7。 一方,江戸時代に多くの文人は田舎に「いにしえ」の価値を見出し,明治以降は近代化と工業化 に対抗する農本主義が成立した。歴史学者塚本学が説明するように,田舎を重要視した江戸文人の 思考は,復古主義の傾向を帯びていたのである8。農業を国の基礎と見なす農本主義は,第二次世界 大戦が勃発するとともに日本の対外侵略政策を支えるものとなり,戦後は否定的に受け止められる ようになった。1970 年以降は,戦後の急速な開発の跳ね返りとして都会における公害・自然破壊・ 人口過密などの問題が顕著化し,その反省の一環として「ふるさと創生」「田園都市構想」など地方 に重点を置く国の政策が頻出している。このような政策は,たてまえとして国民に希望を与えよう とするものであるだけに,一般的に田舎という言葉を使用しない。一方,次に取り上げる小説は, 鳥取を田舎として叙述し,この用語が示唆する蔑視的な意味に焦点を当てる。2.
『谷間―或る女の手記』
鳥取で暮らしていなければ,鳥取と文学のイメージは結びつかないかもしれない。例えば,尾崎 翠(1896-1971)のような鳥取出身作家が,日本近代文学史のなかで認識されるようになったのは, 東京で行った活動の結果であるに違いない。東京へ活動拠点を移すことができなかった鳥取ゆかり の作家の大半は,県外であまり知られていないのが実態である。同時に『アップルパイの午後』(1929), 『第七官界彷徨』(1931)など,尾崎が上京してから著した作品は,鳥取在住期に書いた初期の作品 とは大きく異なる。東京で綴られた作品の特徴のひとつは,鳥取に関する内容が希薄になったこと である。一方,鳥取県西部の名和町で生まれ,東部の国府町の家に嫁いだ岡田美子(1902-1967)は, 東京で岸田國士に師事したものの,作家としての活動拠点は鳥取に限られていた。そのため,ほと んどの作品は鳥取での生活に深く根差している。まずは,岡田が1941 年に発表した代表作品『谷間 ―或る女の手記』とそこにおける田舎の描写を取り上げることとする。 冒頭から主人公「私」は,東京にいることを切望するとともに,谷間での生活を「地獄の穴」に 例える。物語の設定は明らかにされないが,題名の谷間は岡田の実際の嫁入り先であった国府町谷 を指していると思われる。「私」は東京で展覧会を観たい。文学に熱心な「私」は創作の方面も目指 している。しかし,彼女が住む田舎の谷間ではそのような夢はかない難い。「私」いわく, ここには文化の陽もささなければ,美しい花もない。一人の学者も,半個の芸術家もいない。 明けても暮れても働くより外に何の趣味もない百姓ばかりだ。(略)私の心は,東京!東京!と 叫んだ。本の読めぬのも,創作のできぬのも,この無気力の環境のせいだと思った9。 「私」は東京が文化の中心と信じているのである。都会にさえ行けば良い芸術を生むための刺激 を受けられると空想し,田舎と都会における文化の格差について自問自答を繰り返す。そしてある 日,夫と陶器鑑賞を始めるのである。最初は,白磁の徳利や古瀬戸の皿は「私」にとって年寄りの 骨董趣味に過ぎないが,徐々にこれら陶器は谷間の単調な生活に生彩を与える。東京に対する憧れ も薄らいで行く。茶の湯の稽古も始め面白い仲間ができるが,日中戦争が勃発するためグループは 解消し,谷間の淋しい暮らしが立ち戻るのである。その実態に耐えられず,「私」は憤然として山を 駆け回る。尾根に上がると,鮮やかな紅葉の中にこれまで気付いたこともない自分の村の綺麗な姿 に感動する。 その後,「私」は新聞における富くじ付きの事変債券の広告を見る。彼女は,もし一万円当たった 場合,その半分で茶室を建てたいと空想する。夫にも賞金を当たったらどうするかと問うと,彼は 「懐に入れてあっためているさ」と答える。「私」は夫が欲張りだとからかうが,最後に自分も残額 の五千円を懐にしまうと読者に告白する。 一見「私」は谷間の良さを発見し,自分の境遇を甘受できるようになったと思われる。富くじが 当たった場合,都会に出るのではなく谷間で茶室を建てたいという。お金を懐に入れるという風刺 的結末から自分の現状に納得し,大きな変化を希望せずに現状を保ちたいという心理も読み取れる。 「私」の心境の変化は,美しい紅葉の姿によって引き起こされる。まだ富くじは当たってないし, 当たる保証もない。谷間の激しい冬の気候についても苦情を吐いている。季節の移り変わりととも に逆転を起こす心変わりが生じる可能性は充分にある。 『谷間―或る女の手記』の最も著しい要素は,作品のメタフィクション的内容にある。小説のな かで主人公は創作活動を行いたがるが,谷間における文化の欠如は,その夢の実現を妨げている。 しかし,「私」を作家本人に置き換え,谷間は鳥取の田舎とすると,岡田は自分の創作を妨げる境遇 を題材にすることにより,その状況を乗り越えるのである。谷間の生活は小説の題材であり,創作 の原動力でもある。3.
『一式飾り』
岡田美子が生まれた1902 年には,まだ鳥取に鉄道も敷設していなかったのである。しかし,1912 年に京都―出雲間の山陰線が全通するとともに鳥取市に映画館が開設し,1931 年には県立図書館, 1936 年には NHK 鳥取ラジオ放送局が創設するなど,『谷間』が発表される 1941 年までには,鳥取 の中心地で近代文化がある程度根付いていたといえる。さらに,塩見佐恵子(1937-2014)の『一式 飾り』が掲載される1969 年までには,大学・飛行場・テレビ放送局などが設立され,鳥取における 近代化は一層発展した。それにもかかわらず,田舎はテーマとして鳥取にゆかりある作家の小説に おいて固執する。塩見の『一式飾り』はその一例である。一夜限りの伝統行事と報われぬ恋の物語でありながら,その根底に田舎と都会との緊張感がたたずむ。 主人公の聰子 さ と こ は,地方のテレビ放送局で働く独身の女性である。物語は聰子が県外出張の際に出 会った中沢を実家に連れて帰ったところから始まる。東京から訪れた中沢は,聰子の地元に伝わる 正月行事の一式飾りを見るために訪問している。一方,聰子が中沢を招いた理由は,彼を結婚相手 として考えていることにある。 物語の設定は山陰としか明記してないが,塩見は別の記事において昭和30 年代に西伯郡南部町の 法勝寺で一式飾りの行事について取材したと説明する10。塩見自身は,島根県安来市に生まれたが, 高校卒業後,鳥取県米子市で新聞記者として就職し,鳥取県西部とは深い縁がある。『一式飾り』の 舞台は,一式飾りが伝わる法勝寺,そして塩見が生まれ育った安来市周辺や高校卒業後に暮らして いた米子市近辺をモチーフに描かれた町であると仮定できる。 聰子の地元は寂れた状態にある。「・・・昔は宿場町として栄えたらしいの。旅人と駆落ちする女 ひと も あって,そのほうもはなやかだったんですって11。」この台詞から小説における過去と現在は大きく 変わっていることが分かる。聰子が説明するとおり,過去には他所から訪れた旅人が,この町の女 性を魅了して連れて帰っていた。しかし,現在の旅人は県外へ頻繁に出張する聰子であり,この町 に連れて帰られたのは東京の中沢である。少なくとも小説のここまでの段階では,そのような転倒 を推測できる。 1969 年の『一式飾り』に登場する聰子と,1941 年の『谷間―或る女の手記』の主人公を比較する と,時代にともなう更なる違いを読み取れる。『谷間』の「私」は,主婦として田舎の村に暮らして いる。憧れる都会に逃げられないのは夫婦生活に起因する。一方,『一式飾り』の聰子は未婚であり, 民間放送局で働いているのである。戦前の小説に登場する鳥取で働く女性については,学校の先生 (尾崎翠『花束』,1924)や製糸工場の労働者(明石哲也『故郷』,1929)などの例が挙げられるが, 民間テレビ放送局が実際に鳥取県内で開局したのは1959 年のことであるため,男女にかかわらず, 民放職員が鳥取を舞台にした小説に現れること自体が新鮮だったといえる。 聰子はこの職業から地方と中央を往来する空前の可動性を獲得するのである。このような斬新な 内容は,近代都市に対する地方の後進的イメージを追い払える期待を抱かせる。しかし『一式飾り』 はそのような物語ではない。 中沢は,徳川時代から聰子の地元で行われている正月行事,一式飾りを見学する。一式飾りとは, 各家庭が家内の台所用品,農具,家具など素材や用途が同じ道具を一式集め,それを組み合わせて 一つの飾りものを工夫する風習である。失恋をテーマとする物語において,この一夜限りの行事の はかなさは,聰子の恋愛に関する考えの諷喩的表現でもある。聰子は次のように一式飾りと恋愛を 結び付ける。 …宿場町だから旅人が多いでしょう。そのうち恋も生れて,家を捨てるわ,一緒に死ぬわと騒 ぐけれど,時がたつと旅人たちはちゃんと出発して,もとの生活にかえってしまうのね。日に
でありながら,その根底に田舎と都会との緊張感がたたずむ。 主人公の聰子 さ と こ は,地方のテレビ放送局で働く独身の女性である。物語は聰子が県外出張の際に出 会った中沢を実家に連れて帰ったところから始まる。東京から訪れた中沢は,聰子の地元に伝わる 正月行事の一式飾りを見るために訪問している。一方,聰子が中沢を招いた理由は,彼を結婚相手 として考えていることにある。 物語の設定は山陰としか明記してないが,塩見は別の記事において昭和30 年代に西伯郡南部町の 法勝寺で一式飾りの行事について取材したと説明する10。塩見自身は,島根県安来市に生まれたが, 高校卒業後,鳥取県米子市で新聞記者として就職し,鳥取県西部とは深い縁がある。『一式飾り』の 舞台は,一式飾りが伝わる法勝寺,そして塩見が生まれ育った安来市周辺や高校卒業後に暮らして いた米子市近辺をモチーフに描かれた町であると仮定できる。 聰子の地元は寂れた状態にある。「・・・昔は宿場町として栄えたらしいの。旅人と駆落ちする女 ひと も あって,そのほうもはなやかだったんですって11。」この台詞から小説における過去と現在は大きく 変わっていることが分かる。聰子が説明するとおり,過去には他所から訪れた旅人が,この町の女 性を魅了して連れて帰っていた。しかし,現在の旅人は県外へ頻繁に出張する聰子であり,この町 に連れて帰られたのは東京の中沢である。少なくとも小説のここまでの段階では,そのような転倒 を推測できる。 1969 年の『一式飾り』に登場する聰子と,1941 年の『谷間―或る女の手記』の主人公を比較する と,時代にともなう更なる違いを読み取れる。『谷間』の「私」は,主婦として田舎の村に暮らして いる。憧れる都会に逃げられないのは夫婦生活に起因する。一方,『一式飾り』の聰子は未婚であり, 民間放送局で働いているのである。戦前の小説に登場する鳥取で働く女性については,学校の先生 (尾崎翠『花束』,1924)や製糸工場の労働者(明石哲也『故郷』,1929)などの例が挙げられるが, 民間テレビ放送局が実際に鳥取県内で開局したのは1959 年のことであるため,男女にかかわらず, 民放職員が鳥取を舞台にした小説に現れること自体が新鮮だったといえる。 聰子はこの職業から地方と中央を往来する空前の可動性を獲得するのである。このような斬新な 内容は,近代都市に対する地方の後進的イメージを追い払える期待を抱かせる。しかし『一式飾り』 はそのような物語ではない。 中沢は,徳川時代から聰子の地元で行われている正月行事,一式飾りを見学する。一式飾りとは, 各家庭が家内の台所用品,農具,家具など素材や用途が同じ道具を一式集め,それを組み合わせて 一つの飾りものを工夫する風習である。失恋をテーマとする物語において,この一夜限りの行事の はかなさは,聰子の恋愛に関する考えの諷喩的表現でもある。聰子は次のように一式飾りと恋愛を 結び付ける。 …宿場町だから旅人が多いでしょう。そのうち恋も生れて,家を捨てるわ,一緒に死ぬわと騒 ぐけれど,時がたつと旅人たちはちゃんと出発して,もとの生活にかえってしまうのね。日に ちが薬だといって,時が経つのをじっと待ってくらす,そのやりきれなさを,それが結局人間 の姿だと居直ったのが,この飾りだと思うのよ12。 聰子は恋愛を一度きりのものだと信じている。それは恋愛が深ければ深いほど別れ方もひどく, 一度ひどい別れをすると,別れることが恐ろしくなるからである。聰子は既に失恋している。結婚 相手と思い込んでいた男が知らないうちに若い娘と婚約し,聰子は振られた。聰子の姉千里も交際 相手に別の女を連れこまれるという裏切られ方をし,それ以降,精神不安定の状態にある。一方, 中沢は結婚に対して覚めており,結婚相手は「誰だっていい」と思っている。 聰子が中沢を結婚相手として思い込んでいた根拠がないわけではない。過去に,京都で二人きり の散策を楽しんだことがあり,その際には中沢に抱擁されたのである。また,聰子の実家に大きな ボストンバッグを持って到着した中沢は,聰子をそのボストンに入れて帰るとからかう。滞在中, 二人でこたつにあたっているとき,中沢は情熱的な言葉とともに聰子の手を両手で包む。しかし, 聰子はその喜びを沈黙に隠したまま耐える。別れるのが怖くて,本当は望んでいる愛を受け入れら れなかったのかもしれない。それ以降,中沢は聰子との恋愛関係には関心が無いという言動を繰り 返す。聰子の中沢に対する恋は片思いに終わるのである。 中沢の誘い掛けに対する聰子のいささか冷たい反応は,中沢に「えひもせす」についての記憶を 引き起こす。「えひもせす」は『一式飾り』のなかで現れる,聰子が著した小説である。その内容に ついて明らかに記されていないが,中沢は聰子の文章を読んだ結果,一式飾りを見に来たくなった という。 中沢は「えひもせす」を「酔いもせず」と解釈する。聰子は男に言い寄せられると,心のなかで 「酔え,酔え」と自分をけしかける傾向がある。聰子にとって「酔う」ことは,勇気を持って相手 の愛情を報いること,あるいは積極的に自分の感情を表現することかもしれない。 同時に「えひもせす13」は,塩見佐恵子が『一式飾り』の一年前に発表した小説の題名である。 物語のなかで,塩見が実際に著した作品が,聰子の作品として語られるというメタフィクション的 展開は,現実の作家の塩見と架空の作家の聰子を一致させる。 もし,東京から訪れた中沢が都会のシンボルであり,聰子の実家で飾りを担当する千里が田舎の 象徴であるとすると,聰子はその二人の間の閾を彷徨する存在である。 中沢は,東京に戻ったら「えひもせす」を番組にしたいという。山陰の田舎を都会の人々に紹介 したいのである。中沢は,一式飾りのはかなさに全く揺さぶれていない。結婚の持続性と安定性に 覚めており,一時的に「酔って」楽しめる人である。一方,正気に返ることのない千里は,地元に おいて「人の心がそのまま絵としてうつるカメラ」を創ろうとしている。千里は愛に「酔える」人 である。妊娠していた千里が交際相手に裏切られた時,その男の足に噛みつき血まみれになったの である。千里のカメラさえ実現すれば,二度と裏切られることはないだろう。
聰子が持つ社会的地位と,地方と都会を往来する可動性は近代化の結果かもしれない。しかし, この近代化は同時に,聰子の地元の駅周辺の衰退や,一式飾りを行うことのできる人材の不足など, 報われぬ現象も招いている。 『一式飾り』は,田舎と都会の相違を描いているものの,いずれについても価値づけていない。 聰子が「酔いもせず」に暮らしていることにより,地方と中央の二項対立を超越するが,その道は 片思いの如くに極めてむなしい。聰子の「えひもせす」と,塩見の『一式飾り』は,地方と中央の 狭間に立たされている観点からしか著せない作品である。
4.
『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』
『谷間―或る女の手記』と『一式飾り』は,大人の視点から田舎を叙述している小説だといえる。 桜庭一樹(1971-)の『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』(2004)は,児童虐待と殺人事件を巡る, 子どもの成長物語として有名であるが,ここでは,子どもの観点から田舎と都会の相違が描かれて いる小説として取り上げたい。 『砂糖菓子』の主人公は,鳥取県境港市に住んでいる山田なぎさという13 歳の中学 2 年生である。 なぎさの父親は地元の水産学校を出た漁師だったが,10 年前,大嵐中の転覆事故で亡くなった。母 親は近所のスーパーで働いており,兄は引きこもりである。なぎさは,進路として自衛隊を希望し ている。彼女はいわゆる「実弾主義」である。(「実弾」と「砂糖菓子の弾丸」については後にまと めて説明する。) もう一人の主要人物として,海野 う み の 藻屑 も く ず という東京から引っ越してきた転校生がいる。藻屑の父親 は鳥取県出身の一昔前に有名だったミュージシャン,海野雅 まさ 愛 ちか である。両親が離婚しており,母親 が不在のため,藻屑は父親と同居している。彼女のおしゃれな服の下には,痣だらけの体がある。 ボクっ子の藻屑は無性の「人魚」だと自称し,いつも大きなペットボトルからミネラルウォーター をぐびぐび飲んでいる。藻屑は,「砂糖菓子の弾丸」で世界と戦おうとするタイプである。 物語は,藻屑のバラバラ遺体が境港市内の蜷 山 になやま で発見されたところから始まる。その後,小説は 過去に巻き戻り,なぎさと藻屑の出会いと友情の芽生えから藻屑の残酷な運命までの経路を辿るの である。物語の設定は境港市に限定している。なぎさは自分の地元を次のように紹介する。 あたしの住んでいる町は,とても小さい。とてもさびれている…町の真ん中にあるのは市場。 魚の。磯の臭いがぷぅんと漂っていて,早朝はすごいんだろうけどあたしたちが通る通学時間 にはもう誰もいなくて,ホースから垂れる水が歩道を濡らしているだけ。がらーんとしている14。 そして,次の解説を通じて田舎と都会の格差と地方と中央の力関係について直接的に言及する。 「…田舎に作ったほうがいいと都会の人が考えるすべてのものがこの町にある。原発。刑務所。少 年院。精神病院。それから自衛隊の駐屯地15。」 なぎさ(桜庭)は,島根原子力発電所,松江刑務所,美保学園,美保基地などに言及しているに聰子が持つ社会的地位と,地方と都会を往来する可動性は近代化の結果かもしれない。しかし, この近代化は同時に,聰子の地元の駅周辺の衰退や,一式飾りを行うことのできる人材の不足など, 報われぬ現象も招いている。 『一式飾り』は,田舎と都会の相違を描いているものの,いずれについても価値づけていない。 聰子が「酔いもせず」に暮らしていることにより,地方と中央の二項対立を超越するが,その道は 片思いの如くに極めてむなしい。聰子の「えひもせす」と,塩見の『一式飾り』は,地方と中央の 狭間に立たされている観点からしか著せない作品である。
4.
『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』
『谷間―或る女の手記』と『一式飾り』は,大人の視点から田舎を叙述している小説だといえる。 桜庭一樹(1971-)の『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』(2004)は,児童虐待と殺人事件を巡る, 子どもの成長物語として有名であるが,ここでは,子どもの観点から田舎と都会の相違が描かれて いる小説として取り上げたい。 『砂糖菓子』の主人公は,鳥取県境港市に住んでいる山田なぎさという13 歳の中学 2 年生である。 なぎさの父親は地元の水産学校を出た漁師だったが,10 年前,大嵐中の転覆事故で亡くなった。母 親は近所のスーパーで働いており,兄は引きこもりである。なぎさは,進路として自衛隊を希望し ている。彼女はいわゆる「実弾主義」である。(「実弾」と「砂糖菓子の弾丸」については後にまと めて説明する。) もう一人の主要人物として,海野 う み の 藻屑 も く ず という東京から引っ越してきた転校生がいる。藻屑の父親 は鳥取県出身の一昔前に有名だったミュージシャン,海野雅 まさ 愛 ちか である。両親が離婚しており,母親 が不在のため,藻屑は父親と同居している。彼女のおしゃれな服の下には,痣だらけの体がある。 ボクっ子の藻屑は無性の「人魚」だと自称し,いつも大きなペットボトルからミネラルウォーター をぐびぐび飲んでいる。藻屑は,「砂糖菓子の弾丸」で世界と戦おうとするタイプである。 物語は,藻屑のバラバラ遺体が境港市内の蜷 山 になやま で発見されたところから始まる。その後,小説は 過去に巻き戻り,なぎさと藻屑の出会いと友情の芽生えから藻屑の残酷な運命までの経路を辿るの である。物語の設定は境港市に限定している。なぎさは自分の地元を次のように紹介する。 あたしの住んでいる町は,とても小さい。とてもさびれている…町の真ん中にあるのは市場。 魚の。磯の臭いがぷぅんと漂っていて,早朝はすごいんだろうけどあたしたちが通る通学時間 にはもう誰もいなくて,ホースから垂れる水が歩道を濡らしているだけ。がらーんとしている14。 そして,次の解説を通じて田舎と都会の格差と地方と中央の力関係について直接的に言及する。 「…田舎に作ったほうがいいと都会の人が考えるすべてのものがこの町にある。原発。刑務所。少 年院。精神病院。それから自衛隊の駐屯地15。」 なぎさ(桜庭)は,島根原子力発電所,松江刑務所,美保学園,美保基地などに言及しているに 違いない。『砂糖菓子』はフィクションでありながら,物語の舞台となる境港市はリアルである。 一方,都会の描写はないが,『一式飾り』の千里と中沢と同様に,なぎさと藻屑はそれぞれ田舎と 都会を象徴する。二人は,地方と中央の経済格差を反映している。なぎさの家族は公団住宅で生活 しており,生活保護に頼っている。一方,藻屑はお屋敷町の一角にある,大きな家に住んでいる。 藻屑の父親は金持ちの有名人である。このような違いから,なぎさは,藻屑に対して恥ずかしくて 腹が立つような複雑な気持ちを抱き始める。 …芸能人の一人娘で,父親のゴールドカードが自由に使えて,女優の母に似た美貌を持つこい つに,田舎に住んでて貧困で未来が暗黒で父親がいなくて頼りの兄は絶賛ひきこもり中である というあたし…16 物語は三つの章で構成されている。第一章「砂糖菓子の弾丸とは,なかよくできない」において 二人は出会うが,なぎさは藻屑に関心を持てない。なぎさは「生きることに関係なさそうな些末な ことについては悩まない,関わらない」ことを決断したからである。しかし,第二章「砂糖菓子の 弾丸と,ふたりぼっち」においては,なぎさは様々な事件を経て徐々に藻屑と仲良くなる。第三章 「砂糖菓子の弾丸とは,もうあえない」になると,なぎさが一緒にいたい唯一の人が藻屑であるが, 章の題名が示唆するとおり二人の関係はあいにく続かないのである。 なぎさが常に追求している「実弾」は,現実に生きるための力と解釈できる。彼女は生きること のみに関心がある。そして,物語を通して現れる「砂糖菓子の弾丸」とは,現実を貫けない子ども の言動である。その典型は,藻屑が放つ嘘。藻屑は自分の体中の痣は,近代化により汚染された海 の中で暮らしてきた結果だと言って譲らない。自分は皮膚病で困っている人魚だと説明する。藻屑 は,この「砂糖菓子の弾丸」で父親から受けている虐待との無駄な戦いを挑む。 藻屑が「実弾」を撃つのはただ一度である。同級生の花 か 名島 な じ ま に顔を酷く殴られた後,掃除モップ で復讐を遂げる。激しい暴力で花名島をモップで繰り返し殴打する。なぎさは,これを藻屑の初の 「実弾」と評価するのである。 「実弾」と「砂糖菓子の弾丸」を比喩としての地方と中央の枠組みに適用すると,桜庭の小説は 田舎で暮らす上での「実弾」の必要性を訴えているのである。5.田舎と未来
結びとして,『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』を『谷間―或る女の手記』と『一式飾り』に関連 させるために,桜庭の小説による次の引用文に注目したい。 あたしは親にも友達にも口にしなかったけれどじつは自分の境遇にたいそう不満を持っていた ので,どうやらいつのまにかその不満というか不幸があたし自身の個性というか自己イメージ になってしまっていたようだった。自分は不幸だ,かわいそうだ,と思うことがあたしを支え ていて,それが将来の見通しまで全部に関わっていた17。これは山田なぎさの言葉であるが,『谷間』の「私」あるいは『一式飾り』の聰子の発言でもあり 得るだろう。いずれの主人公は,自分の境遇に対する何らかの不満や空虚な気持ちを抱いている。 それが田舎を表象し,物語を進行させる原動力として機能する。 田舎と都会の概念には,過去と未来にまつわる時間的次元がある。レイモンド・ウィリアムズは これについて次のように説明する。 ・・・一般に人が現在田舎に関して抱いているイメージが過去のイメージであり,都会のそれが未 来のイメージであるということは重要なことである。(略)田舎の観念の指す方向は昔ながらの 慣習,人間的な暮らし,自然な態度といった点にあり,都会のそれは,進歩,近代化,発展と いう点にある18。 普段,地元広報誌の写真やローカルテレビ局の映像として流布する鳥取の表象は,当たり障りの ない田園詩的なイメージの繰り返しである。鳥取砂丘・大山・日本海。これら悠久の大自然景観は 鳥取の象徴となっている。さらに田畑・森林・漁港。もちろん,いずれの景観も実際に存在するし, 今後もその環境を保全し自然を保護する必要がある。しかし,これらは変化を求める表象ではない。 田舎の表象がここでとどまると,ウィリアムズがいう田舎の「過去のイメージ」から前進すること ができなくなるのである。 本稿において取り上げた三つの小説は,いずれも鳥取を田舎として表象するものの,その描写は 決して魅力的とはいえない。岡田美子は,当事の鳥取を東京に比してつまらない,文化的に劣って いる地域として叙述する。田舎は,主人公の境遇に対する不満の原因であるため,憎しみの対象と して描かれている。塩見佐恵子が写し出す田舎も好ましい場所ではない。町は寂れている。主人公 はそこで失恋し,全体的に陰鬱な環境である。桜庭一樹は,境港市の衰退している様子や,近接の 原発や刑務所について直接的に言及する。つまり,いずれの小説も,画趣に富むような鳥取の表象 には見えない,田舎の負の要素をまる出しにしている。地域社会における課題を見つめ,そこから の脱却を希望し始める瞬間に,オルタナティブな未来図を探るための原動力が生まれるのである。
これは山田なぎさの言葉であるが,『谷間』の「私」あるいは『一式飾り』の聰子の発言でもあり 得るだろう。いずれの主人公は,自分の境遇に対する何らかの不満や空虚な気持ちを抱いている。 それが田舎を表象し,物語を進行させる原動力として機能する。 田舎と都会の概念には,過去と未来にまつわる時間的次元がある。レイモンド・ウィリアムズは これについて次のように説明する。 ・・・一般に人が現在田舎に関して抱いているイメージが過去のイメージであり,都会のそれが未 来のイメージであるということは重要なことである。(略)田舎の観念の指す方向は昔ながらの 慣習,人間的な暮らし,自然な態度といった点にあり,都会のそれは,進歩,近代化,発展と いう点にある18。 普段,地元広報誌の写真やローカルテレビ局の映像として流布する鳥取の表象は,当たり障りの ない田園詩的なイメージの繰り返しである。鳥取砂丘・大山・日本海。これら悠久の大自然景観は 鳥取の象徴となっている。さらに田畑・森林・漁港。もちろん,いずれの景観も実際に存在するし, 今後もその環境を保全し自然を保護する必要がある。しかし,これらは変化を求める表象ではない。 田舎の表象がここでとどまると,ウィリアムズがいう田舎の「過去のイメージ」から前進すること ができなくなるのである。 本稿において取り上げた三つの小説は,いずれも鳥取を田舎として表象するものの,その描写は 決して魅力的とはいえない。岡田美子は,当事の鳥取を東京に比してつまらない,文化的に劣って いる地域として叙述する。田舎は,主人公の境遇に対する不満の原因であるため,憎しみの対象と して描かれている。塩見佐恵子が写し出す田舎も好ましい場所ではない。町は寂れている。主人公 はそこで失恋し,全体的に陰鬱な環境である。桜庭一樹は,境港市の衰退している様子や,近接の 原発や刑務所について直接的に言及する。つまり,いずれの小説も,画趣に富むような鳥取の表象 には見えない,田舎の負の要素をまる出しにしている。地域社会における課題を見つめ,そこから の脱却を希望し始める瞬間に,オルタナティブな未来図を探るための原動力が生まれるのである。 1 徳永進「村―1973 年の春」『思想の科学』19-7,1973 年,p.45 2 阿部一「都会と田舎―その価値と意味」『地理』37-9,1992 年,pp.25-31 3 ウィリアムズ,レイモンド,山本和平・増田秀男・小川雅魚 訳『田舎と都会』晶文社,1985 年,p.12 4 ハルファクリー,キース・H,高橋誠 訳「ローカリティと社会的表象―空間,言説,もう一つの農村の定義」 『地理科学』53-4,1998 年,pp.311-334 5 『日本国語大辞典 第一巻』小学館,2000 年,p.1254 6 千田稔「日本における「ヰナカ(田舎)」の成立―「ヒナ」と「アズマ」との関連において―」『歴史地理学』 41-1(192),歴史地理学会,1999 年,pp.32-43 7 同上,p.41 8 塚本学『都会と田舎―日本文化外史』平凡社,1991 年,pp.67-135 9 岡田美子「谷間―或る女の手記」岡田朴 編『谷間』富士書店,1994 年,p.6 10 塩見佐恵子「法勝寺「一式飾り」」『さんいんキラリ』第 30 号,2014 年,p.14 11 塩見佐恵子「一式飾り」西村昭 編『暫くの休息』白山書房,1980 年,p.373 12 ibid.,p.384 13 塩見佐恵子「えひもせず」『女人文芸』第 10 号,鷲見まさ子,1968 年,pp.32-47 14 桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』角川文庫,2004 年,p.17 15 ibid., p.18 16 ibid.,p.86 17 ibid.,p.109 18 ウィリアムズ,レイモンド,前掲,p.392 (2016 年 6 月 3 日受付,2016 年 6 月 23 日受理)