わたしたち森岡ゼミ4回生は,昨年(2008 年)12 月, 関西大学経商合同ゼミナール大会で派遣労働をテーマ にプレゼンテーションを行いました。今回は,その時 とはメンバーは入れ替わっていますが,昨年の発表に 昨年秋以降の派遣切りの実態を追加して報告します。 〈以下は昨年度のパワーポイントを用いたプレゼンの 説明要旨です。〉
Ⅰ.労働者派遣法の改定と派遣労働の拡大
◇派遣労働とは,派遣会社に雇用され,その派遣会社 と労働者派遣契約を結んでいる別会社の派遣先で指揮 命令を受けて働くという間接雇用による働き方のこと をいいます。労働者と派遣先には業務上の指揮命令関 係があるだけで雇用関係はありません。このように派 遣労働では雇用関係と使用関係が分離されているため, 使用者は雇用責任を回避できる仕組みとなっているの です。グラフを見て分かるように派遣労働者は 98 年 度の 80 万人から 07 年度には 381 万人に増えて来まし た。 ◇また厚生労働省発表の「平成 18 年就労条件総合調 査結果」によると,派遣労働者を受け入れている企業 の割合は 36.7%(規模 300 人以上では 65%)で,8年 前に実施された前回調査結果と比較してみると 16.4 ポ イントも上昇しています。また,派遣受け入れ企業の 常用労働者に対する派遣労働者の割合は 12.4%で前回 に比べ 6.6 ポイント上昇する結果となっています。こ れらの結果から分かるように,派遣労働は社会におい て一つの働き方として定着し,今や派遣労働者は日本 の「基幹労働力」の一部となっているのです。 ◇それでは,なぜ派遣労働は今日のように拡大したの でしょうか。派遣労働の問題点に入る前に,派遣労働 が日本においてどのような経緯で誕生し,今日のよう に拡大していったのかを説明していきます。 ◇もともと戦前の日本では「労働者供給」と呼ばれる ものが盛んに行われていました。「労働者供給」とは 供給元である事業者が労働者を雇用せずに支配下にお いておき,供給契約を結んでいる事業主からの依頼を 受けて,支配下においている労働者を貸し出すことを いいます。(構造図表示。20 頁参照) ◇労働者供給の構造は,一見,派遣労働の構造と同じ ように見えますが,供給元と労働者の間に雇用関係で はなく支配関係がある点において派遣労働とは一応区 別されています。 この労働者供給は戦前の日本において,強制労働や 中間搾取などの劣悪な労働条件の温床となっていまし た。 ◇そのため,1947 年に制定された職業安定法は第 44 条で労働者供給事業の禁止を規定しました。しかし, 法律で禁止されていたにも関わらず,1970 ~ 80 年代 にかけて労働者供給を営む企業が次々と登場し,経済 社会の中で一定の役割を果たすようになりました。そ のため,職業安定法上の「労働者供給事業の禁止」を 貫くことが困難となったという理由で,新たな法律上 の制度が設けられることになりました。 ◇そこで,1985 年に新たに制定された法律が「労働 者派遣法」です。労働者派遣法は,既成事実化してき た違法な労働者供給事業を,一定の規制の下において, 「労働者派遣事業」として部分的に合法化したもので す。 ◇労働者派遣法の建前は,その企業にもともと備わっ ていない特殊な技能を持っている労働者を,その企業 自らが育てるのではなく,外部の専門の人に来ても らって,ある特定の仕事でその時だけ助けてもらうと いう建前になっています。そのため,当初の労働者派 遣法では専門性の高い業務に限定するという名目で, OA機器操作,通訳,などの 16 業務が派遣許可対象派遣労働の現状と今後のあり方
Economic EducationThe Journal ofNo.29, September, 2010
Present Conditions of the Temporary Staffing System and the Major Points of Its Revision
Morioka, Koji Kouma, Keiji / Kamijima, Tsuyoshi / Sakaguchi, Kabuto / Sato, Megumi / Shima, Natsumi / Mano, Takafumi
森岡 孝二(関西大学)
小馬 敬仁,神島 豪,坂口 甲 佐藤 恵,嶋 夏美,間野 貴文
業務として指定されていました。その後,1996 年に 派遣適用対象業務が 26 業務に拡大されました。この 26 業務は「専門 26 業務」と呼ばれ厚生労働省の政令 によって定められたものです。 ◇そして,1999 年に,労働者派遣法は抜本改定され, 原則として禁止業務である物の製造現場,港湾運送, 建設,警備,医療以外は派遣対象業務が自由化されま した。また,派遣受け入れ期間についても専門 26 業 務は3年,そのほかの業務は1年とされました。 ◇さらに,2003 年の改定では禁止業務であった物の 製造現場への派遣が認められ,派遣期間についても専 門 26 業務は無制限とし,その他の業務については3 年に延長されました。 以上に述べた改定以外にも,労働者派遣法は多くの 改定が行われてきました。これらの規制緩和と平成不 況下でのリストラの影響により,派遣労働は拡大しま した。
Ⅱ.派遣労働の問題が継続する
1.雇用の不安定 ◇専門業務での常用型派遣では,雇用が継続する中で キャリア形成も可能である一方で,登録型派遣は,派 遣就労している間のみ派遣元との雇用関係があるもの であり有期雇用契約であることがほとんどであること に加えて,派遣期間と派遣契約期間と雇用契約期間が 一致せず,短期の細切れ契約も見られるなど,雇用が 不安定です。 2.賃金等の処遇問題 ◇処遇については,正規雇用と比べて低い水準にあり ます。また,勤続による昇給や一時金がないことや通 勤費の取り扱いなどへの不満の声もあります。社会保 険の加入は各種調査では改善傾向が見られますが,未 りを派遣労働者に対して賃金として支払います。 ◇厚生労働省の発表によると,2006 年度の平均派遣 料金は 15,577 円で,前年度に比べ,2.1%増加してい ます。また,平均派遣賃金は 10,571 円で,前年度に比 べ 0,5%増加しています。保険料などの会社負担もあ るので,全額ではありませんが,単純に言えば平均 5,006 円,つまり派遣料金の約 32%が派遣会社にマー ジンとして入っていることになります。このマージン 率については規制はなく,労働者は派遣料金から派遣 会社によってどれだけ搾取されているのかを知るすべ もありません。このような中間搾取の構造が派遣労働 者の賃金を低下させる要因の1つとなっているのです。 4.偽装請負 ◇「偽装請負」とは,企業が派遣会社などから事実上 労働者の派遣を受けているにも関わらず,形式的に請 負と偽って業務を行うことを言います。本来の請負で は労働者が請負元と雇用契約を結び,その請負元から 仕事の指揮命令を受けて働きます。しかし,偽装請負 では,労働者が発注先から直接指揮命令を受けて働き ます。この点が違法であるといえます。なぜ企業はこ のようなことをするのでしょうか。それは労働者の使 用に伴う様々な責任を免れることができるからです。 労働者派遣を受ける場合,労働者派遣法の様々な制約 を受けますが,形式的に請負と偽っているので,その 制約はすべて無視できるのです。その一例を挙げると, 派遣労働者の場合は,一定の年限が来れば直接雇用の 申し込み義務が発生しますが,請負と偽っているので 申し込む必要はなくなります。 5.「日雇い派遣」「スポット派遣」 ◇携帯電話により派遣先の指定等を行う「日雇い派 遣」「スポット派遣」が若者を中心に広がり,いわゆ る「ネットカフェ難民」にもつながり社会問題化して います。これは労働者派遣法が想定していなかった形せて頂きます。 ◇昨今再び日本の景気の悪化が毎日のように報じられ ております。このような状態に陥ると経営者は日本経 済や企業の経営状態に応じて,従業員数の調整が容易 な派遣労働者を現在以上に利用しようとするでしょう。 ◇しかし現実にそうなった場合,単に派遣労働者が増 えたという結果だけには終わりません。派遣労働者の ような雇用が不安定で賃金が低い人が増えると,彼ら は生活の経済的余裕がないというのが常であるため, 消費活動は消極化します。 それは巡り巡って日本経済の不況という最悪な形で, 派遣労働に全く関わりを持たない家庭をも被害者にし ます。
Ⅲ.労働者派遣制度の改正と規制の方向
◇以上のような考察の結果,労働者派遣制度につきま しては,わたしたちは, 第一に,登録型派遣,わけても日雇い派遣を禁止す る。 第二に,各産業の派遣労働の使用実態と労働時間を 見直す。 第三に,派遣会社が派遣先から受け取るマージンの 率を規制する。 第四に,派遣会社,派遣先の義務を強化し,派遣労 働者が一方的に不利な状況に置かれない環境を作る。 ◇以上,4 点におきまして早急な法的な措置を講ずる ことが重要だと主張致します。 本来全面的な派遣労働の規制が理想なのかもしれま せん。しかし派遣労働者なくしては成り立たない産業 もあるのが実情です。 ◇ 08 年 11 月4日には労働者派遣法の改正案が国会に 上程されました。しかし,それは 30 日以内の期限付 雇用労働者の派遣を原則禁止するに止まり,広範な例 外業務を認めて日雇い派遣を容認している点で問題を 残しています。 ◇そうした状況を踏まえ提案させて頂く前述の 4 項目 の法的規制は,単に派遣労働者の処遇を向上させるだ けでなく,派遣労働の増大に歯止めをかけ,今まで派 遣労働者が行っていた仕事を任せる正社員としての従 業員を新たに雇用する必要性を生みます。これは企業 に対しては採用コスト,採用リスクの負担を強います。 しかしこれらの規制を行い,正規雇用を増やすという ことには大きな意味があるのです。 ◇第一に,派遣労働者には一般的に与えられていない, 「責任のある仕事」を任せられる労働者を増やす点で す。これは日本で働く労働者を単なる頭数を揃え単純 労働を行う者ではなく,人材として人を育てます。 ◇第二に,増えた正規雇用の労働者には彼らが派遣労 働者であるよりも,彼ら自身に経済的安定が備わるだ けでなく,それがそのまま消費活動を活発化すること に繋がる点です。そしてその消費がもたらす利益は企 業の開発や研究の費用となり,よりよい製品の開発を 手助けします。 ◇このように長期的に見れば十分に企業を成長させ, 経済的負担というデメリットを超えるメリットをもた らします。そしてそのような各企業の成長が日本経済 全体の成長へと繋がるのです。 ◇このように派遣労働に関する規制を行うだけでも, これだけ多くの人々が派遣労働者として働いている現 代において,派遣労働者本人やその家族のみでなく, 今後の日本経済にも多くの恩恵を与えるでしょう。 だからこそ,景気が後退していると言われている今, 労働者派遣法の見直しが必要なのだと私たちは主張し ます。 これをもちまして森岡ゼミによる「派遣労働の現状 と問題点,今後の派遣労働制度の在り方について」の プレゼンテーションを終了とさせて頂きます。ご清聴 ありがとうございました。コメント 関西大学経済学部 森岡 孝二 関西大学の経済学部と商学部は,学生の自治組織で あるゼミナール協議会の主催で,毎年 11 月下旬か 12 月上旬の1日を割いて学内合同ゼミナール大会を開催 してきた。近年では,3年生のゼミが中心になって, ①パワーポイントを利用したプレゼンテーション,② ゼミ対抗のディベート,③公開ゼミナールのいずれか の場にグループ参加し,プレゼン,発表,討論を行っ ている。 森岡ゼミでは,2008 年は,20 名のゼミ生が2グ ループに分かれて,①と②に参加した。なお同年は関 西大学経済学部と関西学院大学経済学部の「ゼミナー ル関々戦」が開催され,それにも参加した。 学内ゼミナール大会への参加に向けての準備につい ていえば,参加するかどうか,あるいはどんなかたち で参加するか,といった予備的な話し合いは6月にあ るが,テーマや内容の検討は夏休み合宿からはじまる。 9月下旬以降の秋学期のゼミでは,決定したテーマに そって,プレゼンおよびディベートの準備状況を毎週 交互に発表し,教員が助言をして報告内容を肉付けし ていく。 今回のプレゼンのテーマに派遣労働が選ばれたのは, もともと格差社会と非正規労働者の働き方に対する関 心がベースにあったことによるところが大きい。派遣 労働にテーマにすることになったのは,夏休み合宿の ときであったが,2008 年9月のリーマンショックと その後の世界恐慌の影響で派遣切りが社会問題になっ てきて,ゼミ生の派遣労働に対する関心は一段と強い ものになった。 派遣労働(労働者派遣制度)に限らず,特定のテー マについての学生の発表は,往々にして,「メリット」 と「デメリット」を併記して,第三者的・評論家的に, こういういい点もあるが,こういう悪い点もあるとい うパターンになることが多い。今回のプレゼンは,そ うした並列的な説明を脱して,派遣労働の本質や問題 点に立ち入る内容になっている点で評価できる。これ は指導の結果というより,2008 年恐慌という社会経 済情勢に促されていままで見えなかった現実が見える ようになり,派遣切りと派遣労働に対する世論の関心 と批判が高まった結果といえる。 郵政民営化が総選挙の争点になり小泉自民党が圧勝 した 2005 年には,ゼミナールの内部で二手に分かれ て,「郵政民営化は是か非か」をテーマにディベート を行った。そのときは民営化反対派もそれなりに健闘 したが,議論の勢いの差で賛成派が優勢勝ちをした。 郵政問題にかぎらず,つい数年前までは,学生のあい だでも,総じて新自由主義的な民営化と規制緩和の推 進に賛成する者が多かった。また労働分野の規制緩和 についても「働き方の多様化」を肯定する立場からの 賛成論が多かった。 しかし,2006 年あたりから規制緩和の「行き過ぎ」 に対する批判を口にする学生が増えはじめ,2008 年 恐慌を境に,むしろ規制強化論が強まった感がある。 今回の学生による派遣労働のプレゼンもそういう流れ のなかで行われたものである。 なお,配付資料のかたちで本誌に掲載したスライド は,「森岡孝二のホームページ」で読むことができる 〈http://www.zephyr.dti.ne.jp/~kmorioka/〉。 森 岡 が 一部手を加えたために大会当日に用いたスライドと異 なることを了解いただきたい。また枚数も誌面の制約 から 36 枚を 18 枚に減らしている。