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非経済系学生への経済教育に関する一考察 : 工業高等専門学校での実践例を中心に(投稿原稿(査読付))

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Ⅰ.はじめに

 本稿の目的は,高等教育機関の学生のうち,経済系 科目を専攻としていない者(以下「非経済系学生」) への経済教育に関する現場主義的な改善策を,工業高 等専門学校における筆者の実践例をもとに提示するこ とである。  非経済系学生に対する経済教育の重要性は今日ます ます高まっている。1980 年代以降の新自由主義的経 済政策の展開やグローバル化の進展を背景に,わたし たちの社会生活に対する市場の影響力は急速に拡大し てきた。規制緩和の産物ともいうべき「リーマン・ ショック」が,世界同時不況を引き起こし,戦後最悪 のマイナス成長という形でわたしたちの生活を直撃し たことは記憶に新しいところである。わたしたちの社 会における「市場の領域」の拡大は競争環境の激化及 び変化を伴うものであり,ICT のめまぐるしい発展と 相まって,個人の働き方や企業の事業モデル,さらに は産業構造自体の転換をわたしたちに迫っている。こ うした構造的変化と密接に関連する政策課題として, わたしたちはまた未曾有の財政赤字や社会保障制度の 持続可能性の危機への対応を求められている。このよ うな状況の中で,経済について無知な学生を社会に送 り出すことは,高等教育機関で経済教育に関わる者と して許されることではないだろう。経済を専攻してい ない学生であっても,あるいはそのような学生こそ, 経済に関する基礎的な知識をしっかりと身に着け, 様々な経済現象や直面する政策課題を身近な問題とし て捉え,考え,行動できるようになることが重要と なっているのである。  しかしながら一方で,非経済系学生への経済教育に ついては固有の困難が存在している。何よりもまず, 彼女/彼らは経済を学ぶために入学してきたわけでは ない。関心の高い一部の学生は別にして,その多くは 卒業要件を満たすために仕方なく経済系科目を受講し ている。学年や学力レベルにもよるが,基本的な経済 用語や数値─例えば GDP とは何であり,昨年度の日 本の実質あるいは名目 GDP はいくらか─も身につい ておらず,新聞の経済面に目を通す習慣さえついてい ないケースも少なくない。このような学生に対して経 済を専攻している学生と同様に講義を行うならば,彼 女/彼らは経済についての関心を抱くこともないまま, 試験前の詰め込み勉強で単位を取得するだけで終わっ てしまうだろう。この問題が単に難しい用語を使わず, やさしく説明するだけで解決するものではないことは 言うまでもない。  最大の課題は,非経済系学生をいかにして経済系講 義に惹きつけるかである。経済への興味・関心を高め るための具体的提案や実践例はこれまでも数多く示さ れてきたが,中高生をメインターゲットとした「活動 教材」の開発,実践にやや偏重している感もある。確 かに「牛丼屋経営シミュレーション」のような授業は 「営業する厳しさと選択する大切さ」や「経営とかお 金の流れ」を理解する上では有益であり,「楽しい」 もので,「毎回こんな授業がいい」と思わせるものか もしれない。1)しかしながらこうした「活動教材」を 通じて得られる経済感覚や知識は量的にも質的にも限 定的なものであり,また受講者数が 100 人を超えるよ うな講義では実践は容易ではないだろう。そして仮に 有意義な形で実践ができたとしても,「毎回こんな授 業」をやるわけにはいかない以上,「楽しい」シミュ レーション以外の通常の講義をどうするのかという課 題は残る。むしろ求められているのは,特殊な教材を 使用した単発的で限定的な取り組みではなく,普段の 講義の中で容易に実践できる,いわば現場主義的な改

Instructional Practice

The Journal of

Economic Education No.32, September, 2013

実践記録

非経済系学生への

経済教育に関する一考察

─工業高等専門学校での実践例を中心に─

A Study on Economic Education for Non-Economics Students : Practice in a College of Technology

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善策ではないだろうか。  以上のような観点から,本稿では,非経済系学生を 対象とした経済系科目の講義を活性化させ,彼女/彼 らの経済への関心・興味を高める上での具体的工夫に ついて,筆者が所属する工業高等専門学校で担当して いる 2 つの経済系科目での実践例をもとに検討してい く(表 1 参照)。まずⅡでは,講義の導入部に関わる 工夫として,初回講義時に効果的な発問と新聞の活用 について述べる。続くⅢでは講義の進め方に関する工 夫として,具体的数値に基づくクリティカルな「問い かけ」を軸とした講義の組み立てについて検討する。 さらにⅣでは,受講生に与える課題に関する工夫とし て,筆者の担当する「経済政策」での実践例を紹介す る。最終Ⅴでは,以上の検討結果を簡潔に振り返った 上で,紹介した具体的取り組みがどの程度他校で実践 ないし応用可能であるかについて簡単に触れる。2)

Ⅱ.導入部に関する工夫

1.初回講義時の発問  非経済系学生への経済教育に際して大きな課題とな るのは,彼女/彼らの「経済」に関するイメージが極 めて貧弱であることである。「『経済』と聞いて何を思 い浮かべるか」という問いを初回講義時に受講生に訊 ねると,返ってくる答えは決まって「お金」であり, これは過去 3 年間全く変わっていない。この回答はあ る意味で経済の本質を捉えたものであるのは事実だが, 経済を学ぶことを「金儲け」の方法を身につけること と同一視しているような学生も少なくない。実際, 「おすすめの株を教えてください」あるいは「FX っ て儲かるのですか?」といった質問を受けることもし ばしばである。  受講生の「経済≒金儲け」のイメージを払拭し,彼 らに経済を学ぶことの意義を理解させることが初回講 義の最も重要な課題となる。3)経済とは「1 つの社会 あるいは複数の社会において,大ぜいの人々が,お互 いに深い関わりをもちつつ,それぞれの置かれた歴史 的,文化的,技術的,制度的な制約条件のもとで,ど のような経済的行動を選択するかということによって, その特質が定まってくる」ものであり,経済を学ぶこ とはその「根底にひそむ本質的な諸要因を引き出し, 経済社会の基本的な運動法則を明らかにすると同時に, 貧困の解消,不公平の是正,物価の安定,さらには経 済発展の可能性を探ろうという実践的な意図をもも つ」ことを意味する。4)だがこのようなメッセージを そのままの形で伝えることは,非経済系学生とっては 有効ではない。それは彼女/彼らには理解できないも のであるばかりか,経済を学ぶことへの否定的な印象 (「難しそう」「面白くなさそう」)を与えかねない。  この問題への対応策として筆者が実践しているのが, 吉野源三郎『君たちはどう生きるか』の中の一節にヒ ントを得た次のような発問である。 「近くのコンビニで購入したこのペットボトル入り 緑茶飲料の生産・販売には一体どれだけの人間が関 表 1 2012 年度「経済政策」,「経済概論」の概要 科目名 経済概論 経済政策 開講年次 本科 4 年(学部 1 年次相当) 専攻科 2 年(学部 4 年次相当) 単位数 学修 2 単位 学修 2 単位 選択/必修 選択 選択必修 講義概要 ・ミクロ経済理論 (消費の理論/生産の理論,完全競争市場と効 率性,不完全競争/市場の失敗) ・マクロ経済理論 (国民所得,財市場の分析,資産市場の分析) ・経済を見る目 ・景気変動 ・経済成長 ・財政の現状と財政政策 ・金融システムと金融政策 ・企業経営と雇用システム ・労働政策 ・産業政策 ・環境政策 受講者数 H24 58 名(前期開講),47 名(後期開講) 10 名 H23 58 名(前期開講),53 名(後期開講) 5 名 H22 49 名(前期開講),51 名(後期開講) 12 名 備考 ・半期開講科目(前期/後期)・複数教員担当科目(※上記「講義概要」は筆 者担当部分のみ抜粋) ・半期開講科目(前期のみ) (注)詳しくは茨城工業高等専門学校ウェブサイト(http://www.ibaraki-ct.ac.jp/)で公開されているシラバスを参照。尚,高等専 門学校の本科の修業年限は 5 年で,卒業した場合には準学士号を得る。同専攻科は高等専門学校本科卒業生が主な入学対象であり, 修業年限は 2 年で,修了した場合には学位授与機構の審査を経て学士号を得る。詳しくは国立高等専門学校機構のウェブサイト (http://www.kosen-k.go.jp/index.html)を参照。

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わっているか」5)  筆者は初回講義時に必ずこの問いかけを(ペットボ トルを片手に)行い,受講生たちに思いつくままに回 答するよう促す。そして彼女/彼らの回答内容をその まま板書した上で(「茶葉をつむ人」,「茶葉を工場に 運ぶ人」,「ペットボトルをつくる人」,「ラベルをデザ インする人」等),次の諸点を確認する。すなわち, このペットボトル入り緑茶飲料が生産されそれを筆者 が手に入れるまでの間には数えきれないほど多くの 人々の「協力」があるわけだが,彼女/彼らは互いに 互いを知っているわけではない。これはペットボトル 飲料に限った話ではなく,今みんなが握っている シャープペンシルにしても,みんなが着ている服にし ても,あてはまる事実である。わたしたちが生きてい く上で不可欠なものの大半は,このようなかたちで商 品として生産・販売されており,わたしたちはそれら を自ら生産するのではなく,お金を払って入手してい る。そしてそれぞれの生産者や販売者は,誰かに命令 されて生産・販売を行っているのではなく,究極的に は「儲かるから」やっている。こうした特徴は決して 当たり前のものではなく,人びとの社会生活全般が商 品生産に依存するような状況は近代以前の社会ではみ られなかった。わたしたちはこのような社会のあり方 を資本主義あるいは市場経済と呼んでおり,経済を学 ぶということはこのような社会の仕組みを学ぶことで ある。  非経済系の学生に経済を学ぶことの意味を伝えるこ とは,経済系の学生の場合と同様に重要であるが,後 者の場合よりも困難な課題となる。経済(学)の定義 を板書するのではなく,ペットボトル入り緑茶飲料と いう身近な商品に関する発問を通じて具体的に話を展 開していくこの手法は,経済イメージの貧弱な非経済 系の学生に対しては効果的である。6) 2.講義冒頭における新聞の活用  以上のような初回講義の導入部での工夫に加えて, 毎回の講義の導入部での工夫もまた重要な課題である。 非経済系の学生を 90 分ないしそれ以上の間講義に集 中させる上で講義冒頭に何をするかは大きなカギを握 る。講義の開始後すぐに彼女/彼らの関心を引き寄せ, 頭を「経済モード」に切り替える手段となりうるのが 新聞である。7)  表2は2012年度「経済政策」において実際に配布し た新聞記事の概要である。毎日クリッピングしている 記事のストックから毎回 2 〜 6 つ程度を選んでコ ピー・配付し,講義の冒頭で簡単に解説をする。新聞 記事は「鮮度」が要であるため,基本的には講義日か ら遡って 1 〜 2 週間以内のものに限定することにして いる。講義や課題(後述)に直接関連するものを除く と,記事のテーマは大きく 3 つに分類されうる。  第 1 は,講義や後述の学生が取り組む課題に直接関 連するものである。GDP や経済成長について講義を した翌週,ハーバード大マイケル・J・サンデル氏へ のインタビュー記事を配付し,彼の経済成長至上主義 批判を紹介する。プラザ合意を講義で取り上げた翌週 に,「円高1円で利益850億円減」という記事を紹介し, 円高が輸出企業に与えるインパクトの大きさをより具 体的なかたちで理解させる。財政赤字について学んだ 後に,「出生率 1.39 回復足踏み」や「消費増税 衆院 を通過」といった記事を配付し,財政赤字の遠因やそ の対応の方向性を確認する。電子書籍をめぐる動向に ついて学生がプレゼンテーションを行った翌週に,そ の最新動向として「紙と電子同時発行:講談社,新刊 本で」という記事を配付する。こういったタイムリー な新聞記事紹介は講義内容の理解の定着や深彫りの点 で有効である。  第 2 は,受講学生の就職希望先に関連するものであ る。筆者が所属する工業高等専門学校の場合,学生の ほとんどは卒業・修了後(あるいは他大学・大学院へ の進学後),技術者としていわゆる「ものづくり」に 携わることを志望している。こうした学生の特性を踏 まえ,講義では製造業主要企業の 3 月期決算の動向や (5/11「電機明暗くっきり:日立連続最高益/ソニー 赤字最大」等),ものづくり関連の旬なトピック (5/14「デジカメ生産無人化:主力工場,国内で維持」 等),さらには製造業の競争力低下の原因に関する 様々な議論(6/25「『日本型モデル』大ピンチ:テレ ビ惨敗の教訓は?」等)などを紹介している。また 2012 年度にはルネサス・エレクトロニクスの経営再 建に関するニュースも継続的にフォローしたが(6/16 「ルネサスが半導体工場半減:脱『寄せ集め』へ始動」 等),これは本件が日本のものづくりのあり方を考え る上で格好の材料であるだけでなく,同社の主力工場 が本校のすぐ近くに位置し,本校卒業生も在籍するた め,学生の関心もひときわ高いと考えられたからであ る。  第 3 は,労働市場に関連するものである。学年等に より差はあるものの,一般に,非経済系の学生も自ら の就職に関連する情報については高い関心をもってい

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表 2 2012 年度「経済政策」配付新聞記事 配布日 掲載日 記事見出し 第 1 回 4/11 ソニー「想定外」の連鎖:TV 長期不振/赤字最大 5200 億円 (4/16) 3/20 大学・専門学校進学者 安定就業 5 割未満 第 2 回 4/20 (採用計画調査)中途採用 12%増:大卒は 11%増/非製造業けん引 (4/23) 4/11 従来型技術者に余剰感:海外勢と競争激化,対応急ぐ 3/22 〈採用異変〉ライバルは外国人:「世界人材」育成に躍起 第 3 回 5/6 半導体,失った 10 年重く:エルピーダをマイクロン買収へ (5/7) 4/29 団塊大量退職でも若年失業:企業は即戦力を重視/製造,新卒増えず 第 4 回 5/11 電機明暗くっきり:日立連続最高益/ソニー赤字最大 (5/14) 5/9 EV 充電,米独 8 社が規格:先行日本勢と競合 5/3 経常増益半数超す:逆風でも「稼ぐ力」 5/3 中国事業人件費重く:工場から市場へシフト鮮明 第 5 回 5/14 デジカメ生産無人化:キャノン,世界初/主力工場,国内で維持 (5/21) 5/14 準備不足 4 年生に試練:シューカツ短期化元年 5/14 〈グローバルオピニオン〉市場第一主義と決別を(マイケル・J・サンデル氏) 5/13 〈クルマづくり大転換〉日本の人材どう守る:電機の技術流出教訓に 第 6 回 5/23 幸福度の指標日本は 21 位に:36 カ国中「生活満足度」など評価低く (5/28) 5/23 業績低迷のルネサス経営再建策,7 月までに 5/22 工場を多重活用:投資抑え需給に即応/現場の技能向上 設計共通化カギに 第 7 回 5/31 円高が加速,企業に逆風:営業益目減り 今期 1700 億円 (6/4) 5/29 パナソニック本社人員半減:3000 ~ 4000 人 配転や希望退職 5/28 就職 地元志向に拍車:知名度より仕事内容/大学や自治体 U ターン支援 5/28 〈経営の視点〉「選択と集中」のウソ:撤退に見合う投資不可欠 5/26 ルネサス,マイコンに集中:システム LSI 分離し再建へ 5/26 日本勢,利益の 6 割稼ぐ〔新興国で〕:一段の収益多様化が課題 第 8 回 6/6 出生率 1.39 回復足踏み:雇用・育児環境に不安 (6/11) 6/5 20 代技術者,強い海外志向:半数が希望 英語に意欲 6/5 若手技術者,組織動かす:人型ロボやスパコンで成果/リーダーの自覚育つ 6/5 円高 1 円で利益 850 億円減:車各社,輸出増え影響大きく 6/2 太陽電池,日本で市場争奪:中国勢,安さで攻勢/再生エネ買い取り追い風に 6/2 株,歴史的安値相次ぐ:ソニー 1000 円割れ目前/パナソニック 32 年ぶり 第 9 回 6/12 危機の電子立国 テレビなぜ負けた:「日本製が消えていく」 (6/18) 6/10 半導体「国産」こだわり凋落:工場が重荷に 外国勢は開発特化 6/8 上場企業の今期純利益予想 トヨタ,5 年ぶり首位 6/8 電気自動車の充電規格,競争激しく:先行日本,標準化ならず 第 10 回 6/20 トヨタ,余剰能力削減:円高下でも国内雇用維持 (6/25) 6/18 就活ミスマッチ緩和?:学生の来春志望,中小が大企業上回る 6/17 現代自・LG など韓国勢 日本で技術者採用:先端素材・部品 自前主義を転換 6/16 ルネサスが半導体工場半減:脱「寄せ集め」へ始動 第 11 回 6/27 消費増税 衆院を通過:企業,景気への影響注視 (7/2) 6/25 「日本型モデル」大ピンチ:テレビ惨敗の教訓は? 6/24 求人増でも賃金上がらず:雇用,サービス業シフトの落とし穴 6/21 外食,東南アに出店拡大:中国集中を見直し 第 12 回 7/4 〈転機の五輪ビジネス〉スポンサー,崩れる「分業」:成長源求め陣取り合戦 (7/9) 6/30 トヨタ,BMW と提携拡大発表:燃料電池車で先行狙う 第 13 回 7/16 〈働けない若者の危機〉明日担う力陰り:170 万人 正社員切望 (7/23) 7/16 〈働けない若者の危機〉若年失業率,20 年で 2 倍:就職環境厳しさ増す 7/16 車業界 モジュール化の流れ:試される「個性」との両立 7/11 運動施設 国際大会に対応:大田や調布 改装・新設相次ぐ 7/6 エコカー 補助金切れ迫る:反動減にらみ先手 VW など 10 万円還元 第 14 回 7/16 新卒イメージ調査:「話せる学生」企業は求む/打ち込む姿勢評価 (7/25) 7/13 時価総額 アップル世界の 1%超:6 月末 米 IT が躍進 第 15 回 7/29 (主要商品・サービスシェア調査)勝ち目意識し戦略磨け:産業機械・インフラに強み (8/6) 7/26 〈韓国と財閥〉受験競争「それでもサムスン」:狭き門,格差と不満増幅 7/25 製造設備 内外が逆転:国内空洞化 進展も 7/20 紙と電子同時発行:講談社,新刊本で (注) ・記事は全て日本経済新聞のもの。 ・配布日,掲載日は 2012 年。

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る。「経済政策」が対象とする本校専攻科 2 年生は大 学 4 年生と同等の学年であるため,受講生の中にも就 職活動中の者が少なくなく,また進学希望者も将来的 には技術者として企業で働く者が大半である。こうし た学生たちの潜在的ニーズを踏まえ,日経「採用計画 調査」結果をはじめとした「今年度」の新卒市場の情 勢に関する情報提供だけでなく(4/20「(採用計画調 査)中途採用 12%増:大卒は 11%増/非製造業けん 引」等),労働市場の構造的変化に関する記事紹介も 行っている(7/16「〈働けない若者の危機〉明日担う力 陰り:170 万人 正社員切望」等)。またにわかに進 行する労働市場のグローバル化の動きを紹介し(3/22 「〈採用異変〉ライバルは外国人:「世界人材」育成に 躍起」等),これからの人材に求められる能力等につ いて話をしている。  本件については,2010 年度「経済政策」の「授業 評価アンケート」の自由記述欄に「新聞記事を配付し てくれたのが良かった」「普段は読まないような記事 を読む機会となったので良かった」といったコメント が複数なされるなど,学生の評判も非常に良い。8) 日のクリッピングや記事の選定,印刷等,ある程度の 手間はかかるが,テキストでは決してフォローできな い最新動向や旬なトピックを紹介できるという意味で も有効な取り組みであるといえる。

Ⅲ.講義の進め方に関する工夫

1.データに基づく問いかけ  非経済系の学生を対象に経済系講義を行う上で,導 入部における工夫と同様に重要となるのは,講義の進 め方に関する工夫である。経済を学ぶために入学して きたわけではない学生達に,現実との関わりの見えに くい抽象的な話を延々と続けるのは禁物である。また, たとえ受講生の関心の高い内容であっても,90 分な いしそれ以上の間一方的に板書やスライドが続くよう な講義は彼女/彼らにとっては苦痛でしかない。だが その一方で,経済(学)に関する基礎知識の習得を前 提とするようなインタラクティブな講義は,非経済系 の学生を対象とする限り,実践困難である。  筆者が実践しているのは,具体的数値に基づくクリ ティカルな「問いかけ」である。これは具体的な数値 あるいはそれらを示したグラフに基づき,受講生にシ ンプルだが核心をつく質問を投げかける手法であり, そうした問いかけを軸に講義を組み立てるものである。 以下,具体的実践例を紹介しよう。9)  表3は2012年度「経済政策」の講義項目「財政の現 状と財政政策(1)〜(3)」における主な「問いかけ」 の一覧である。全部で 17 ある中で,1 から 4 は導入部 の問いかけである。名目 GDP 総額や一般会計予算総 額などは非常に簡単な質問のように思えるが,自信を もって答えられる学生は意外に少なく,文字通り「桁 違い」の回答をする者もいる。非経済系の学生はあら ゆる議論の前提となるこうした基本的な数字(実数) をイメージできないことが多いので,丁寧に確認して いく必要がある。 表 3 講義項目「財政の現状と財政政策」における主 な「問いかけ」 No. 問いかけ 1 2011 年度の名目 GDP 総額はいくら? 2 2012 年度一般会計予算総額はいくら? 3 2012 年度予算(歳入)のうち,税収の割合はどれくらい? 4 2012 年度末の「国の借金」(長期債務残高)はいくら? 5 歳出額と税収額のギャップが拡大しはじめるのは90 年代初頭。このとき何があった? 6 1986 年時点で所得税最高税率は 70%。今は何%? 7 1986 年時点で相続税最高税率は 75%。今は何%? 8 1986年時点で相続税基礎控除額は3,200万円。今はいくら? 9 1986 年時点で法人税率は 42%。今は何%? 10 2012 年度予算(歳出)のうち,最大の支出項目は何? 11 2012 年度予算(歳出)のうち,公共事業費の割合は何%? 12 2009 年度の社会保障費は総額でいくら? 13 2009 年度の社会保障費のうち最大の支出項目は何? 14 2009 年度の社会保障財源のうち,公費の割合は 32%。ではそれ以外はどこから? 15 2010 年時点での 65 歳以上人口の割合は 23%。50年後は何%? 16 日本の租税負担率はフランス,ドイツ,イギリス,アメリカより高い? 17 日本の国民負担率はフランス,ドイツ,イギリス,アメリカより高い?  表中 5 は図 1 のグラフをプリントとして配付した上 での問いかけである。財政赤字は歳出額が税収を上回 ることで生じる。各年の一般会計歳出と税収の両折れ 線グラフ間の距離がフローとしての財政赤字を,両者 間の総面積がストックとしての財政赤字をそれぞれ示 している。以上を確認した上で,「歳出額と税収額の ギャップが拡大しはじめるのは 90 年代初頭。このと

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き何があった?」と問いかける。前回までの講義でバ ブル経済の生成と崩壊について学んでいる学生達は 「バブル崩壊」と答える。このやりとりを経ることで, バブル崩壊後の不況やその対応策としての景気対策等 が財政悪化の 1 つの重要な背景にあることを学生に理 解させることができる。  表中 6 から 9 は税収額の伸び悩みに関連する問いか けである。税収額の減少は長引く不況だけで説明でき るものではなく,80 年代後半以降の税制改正もまた 重要な要因の 1 つである。講義では表 4 のうち「2012 年 5 月現在」列と「消費増税関連法案」列の各数値以 外を板書し,所得税率,相続税控除額等がどのように 変更されていった(と思う)かを学生に問いかける。 そしてこうした累進性の緩和やフラット化を正当化す る政策思想として,「努力した者が報われる」社会と いったキャッチ・フレーズ10)や,「トリクル・ダウ ン」の概念等について口頭で説明する。最後に,2012 年度「経済政策」開講期間に審議されていた「消費増 税・関連法案」(2012 年 8 月 10 日成立)の内容を確認 することで,政党による政策の違いを明確な形で理解 させる。  表中 10 から 15 は歳出額の増大に関連する問いかけ である。「これだけの借金をして,一体何に使ってい るのか?」という問いに的確に解答できる非経済系学 生は意外に少なく,彼女/彼らの間には「ムダな公共 事業」といった一昔前のワイドショー的なイメージが 支配的であるように思われる。そこで表中の問いかけ を通じ,歳出総額に占める公共事業費の割合は現在は 5%程度にすぎず,最大の支出項目は社会保障関連支 出であること,また社会保障費全体の中の最大の支出 項目は年金で医療費がそれに続くこと,高齢化はそれ 図 1 配付資料「一般会計税収,歳出総額及び公債発行額の推移」 (出所) 財務省主計局『我が国の財政状況』2011 年 12 月。 表 4 板書内容「80 年代後半以降の主な税制改正の 結果とその修正」 1986 年時点 5 月現在2012 年 消費増税・関連法案 所得税 最高税率 (8,000 万円超)70% (1,800 万円超)40% (5,000 万円超)45% 相続税 最高税率 (5 億円超)75% (3 億円超)50% (6 億円超)55% 相続税 基礎控除額 3,200 万円 8,000 万円 4,800 万円 消費税率 - 5% 8%(14 年 4 月)10%(15年4月) 法人税率 42% 30% - (注) ・「相続税 基礎控除額」は配偶者 1 人,子 2 人のケース。 ・「消費増税・関連法案」は 2012 年 8 月 10 日に成立したもの。 (出所) ・財務省ウェブサイトをもとに筆者作成。

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らの支出の増加を意味し,また少子化は税と社会保険 料の担い手の減少を意味することを伝える。尚,表中 14 の問いかけ(「2009 年度の社会保障財源のうち,公 費の割合は 32%。ではそれ以外はどこから?」)を行 うのは,過去 2 年間の講義経験から,税と社会保険料 の区別がついていない学生が多いことが明らかとなっ ているからである。  最後の表中 16,17 は国際比較に関する問いかけで ある。非経済系学生の多くは「日本では税金をたくさ んとられている」というイメージを抱いている。そこ で表 5 の「日本」行以外の部分を板書した上で,日本 の租税負担率がフランス,ドイツ,イギリス,アメリ カよりも高いか低いかを訊ねる。過去 3 年間の実例で は学生の答えは全く同じで,「フランスと同程度かそ れ以上」である。 表 5 板書内容「租税負担率,国民負担率の国際比較」 国名 租税負担率 国民負担率 課税に占める消費税の割合 スウェーデン 46.9% 59.0% 37.4% フランス 36.8% 61.1% 39.3% ドイツ 30.4% 52.0% 46.4% イギリス 36.2% 46.8% 36.2% アメリカ 24.0% 32.5% 23.5% 日本 24.3% 40.6% 29.3% (注)数字は 2008 年のもの。 (出所)諏訪園健司編『図説日本の税制 平成 23 年度版』2011 年 9 月,pp.269,271 の図表をもとに作成。  そこで実際にはアメリカとほぼ同程度であり,また 国民負担率もイギリスよりも低いこと,したがって日 本が決して「大きな政府」の国ではないことを伝える。 その上で,こうした租税負担率,国民負担率の違いが 社会理念の違いに基づくものである点を説明する。す なわちアメリカは「小さな政府」の自己責任社会であ るが,その代わり貧しい人に消費課税で重い負担を求 めることもしない。北欧・大陸ヨーロッパは「大きな 政府」の助け合い社会であるが,その代わり貧しい人 にも消費課税で負担を求める。ひるがえって日本はど うか。日本はどのような社会を目指すのか(社会理念 はそもそもあるのか)。あるいはどのような社会が望 ましいと考えるか。日本の租税負担率,国民負担率に 関する問いかけはこうしたより大きな問題を考えさせ る上での起点となるものである。11) 2.プレゼンテーションソフト使用時の工夫  最後に,やや技術的な話となるが,プレゼンテー ションソフト使用時の問いかけに関する工夫について 簡単に触れておこう。「経済政策」の講義は基本的に 板書で行っているが,講義の進捗状況によってはプレ ゼンテーションソフトを使うこともある。上述の通り, 板書の場合には「問いかけ」部分を空欄としておき 「問いかけ」後に答えを書き込めば済む。だがプレゼ ンテーションソフトを利用する場合,何もしなければ 答えがそのままスクリーンに表示されてしまい,問い かけが機能しなくなる。そこでポイントとなるのがい わゆるプレゼンテーションソフトの「アニメーショ ン」機能である。  筆者は「パワーポイント」を使用しているが,問い かけの答えにあたる部分に答えを覆い隠すような図形 を置いておき,そこにクリックすればその図形が消え ていくアニメーション(パワーポイントでは「終了」 アニメーションの中の「ストリップ」等)を設定する。 このような工夫を施すことで,プレゼンテーションソ フト使用時にも板書時と同様な「問いかけ」が可能と なる(図 2 参照)。尚,答えを覆い隠す部分をシンプ ルな黒枠線の白四角にしておくと,配布資料として印 刷した際に穴埋めすべき空欄となることから,「プレ 図 2 「経済政策」講義スライドにおける工夫 ①クリック ②「答え」が出現

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ゼン資料をそのまま配付するとノートをとる必要が全 くなくなり,講義を聴かなくなる」という心配もなく なる。筆者担当の本科 4 年生対象「経済概論」につい ては,このような工夫により,全てプレゼンテーショ ンソフトを用いて講義を進めている。

Ⅳ.課題に関する工夫

 非経済系学生への経済系講義を成功させる上での最 後のカギは学生に取り組ませる課題である。Ⅱ,Ⅲで は導入部における様々な工夫や効果的な講義の進め方 について紹介してきたが,やはり非経済系の学生に とって経済系の講義を 90 分ないしそれ以上の間受動 的に聴き続けるのは苦痛であろう。そこで重要になる のが,学生が主体的に取り組む「課題」である。筆者 が担当している「経済政策」は 2 コマ連続開講(1 コ マ= 1 時間)であるが,2 コマ目のかなりの時間を課 題の説明や発表に充てている。以下では「経済政策」 における 2 つの課題について紹介しよう。 1.プレゼンテーション課題  課題の 1 つ目は経済に関連するテーマについての 10 分間のプレゼンテーションである。この課題の最大の 特徴は,取り上げるテーマに制限を設けないことであ る。学生は自分の興味のあるテーマを自分で自由に設 定し,基本的には自由に報告する。こちらから指示す るのはテーマあるいはそれを論じる際の視点に経済 (学)的要素を含めるというその 1 点のみである。過 去 3 年間の実例を挙げれば,「ファッション業界発展 史」,「スポーツビジネスとしてのプロ野球」,「アイド ルビジネスのグローバル化について」,「ランニング ブームとスポーツメーカーの経営戦略」,「日本食ビジ ネスの動向と展望」,「『AKB 商法』を考える」等,プ レゼンテーションのテーマは実に多岐にわたる。こち らでテーマを与えるのではなく,受講生に自分の興味 のあるテーマを選択させ,そこに(普段はあまり意識 しない)経済的視点を盛り込ませることで,彼女/彼 らに経済(学)をより身近なものと感じさせることが 可能となる。  自由なテーマ設定を認める上で不可欠となるのは教 員によるチェック及びアドバイスである。非経済系学 生が自らの関心と知識だけで経済(学)的要素を含ん だ一定レベルのプレゼンテーションを行うことは非常 に困難である。「課題の内容と締切を伝え,後は学生 任せ」ではなく,複数回にわたる教員のチェック及び 助言を予めスケジュールに組み込んでおく必要がある。 「経済政策」では例年4月中下旬となる第2回目の講義 で課題について説明し,ゴールデンウィーク中に「構 想ペーパー」を提出するよう指示する。これは(1) プレゼンテーションのタイトル(2)各スライドのタ イトル及びその概要(3)使用予定資料の 3 点につい ての構想を記載させるものである。ゴールデンウィー ク明けの第 3 回目以降,2 コマ目の講義の時間を使い 各学生に構想ペーパーの内容を口頭で発表させ,その 場でテーマの絞り込み等について助言を与える。5 月 下旬以降は,同じく 2 コマ目の時間を利用し,各学生 に「中間報告」として,作成中のプレゼンテーション を報告させる。この段階で各学生の直面している課題 が明確となるため,後日,より具体的な参考文献の紹 介等の指導を行う。このようなプロセスを経て 6 月下 旬に完成版ファイルを提出させ,7 月中旬までの間に 順次発表をさせる。  学生への指導に関してポイントとなるのはやはり資 料の紹介である。筆者の所属は工業高等専門学校であ るため,そもそも社会科学系の蔵書は非常に少ない。 したがって著書の紹介については新書数冊にとどめる 図 3 2012 年度受講生作成スライドの一例

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こととし,それ以外は基本的にインターネット上で入 手可能なものをあたるよう指示している。これは大き な制約ではあるが,白書類や審議会の各種報告資料, 業界団体あるいはシンクタンクのレポート,さらには 個別企業の年次報告書等をフルに活用するならば,一 定水準以上のプレゼンテーション資料を作成させるこ とは十分可能である(図 3 参照)。尚,各学生への資 料の紹介にあたっては,リアルタイムに情報共有が可 能なインターネット上の無料サービス Evernote を活 用し,効率化を図っている。12) 2.財務分析課題  課題の 2 つ目は簡単な財務分析である。非経済系の 学生にとっては貸借対照表や損益計算書というターム 自体聞き慣れないものであることが多い。だが遠くな い先に就職活動を行うであろうことも考えれば,そう いう彼女/彼らにこそ,簡単な財務諸表の見方くらい は是非身につけて欲しいと思うところである。非経済 系の学生達を対象にした課題として(簡単なものとは いえ)財務分析をさせるのは無理があるようにも思え るが,いくつかの工夫を行うことで非常に有効な取り 組みとなる。  第 1 の工夫は,対象企業の選定に関するものである。 プレゼンテーション課題と同様に,本課題においても 分析対象をこちらで指定するのは避け,自分が関心を もっている,あるいは実際に就職を希望する業界から 2 社を自由に選択させる。筆者の所属する工業高等専 門学校の学生の場合,同じ自動車メーカーでも会社に よって得意とする技術が異なるという点については筆 者よりもはるかによく理解している。だが彼女/彼ら は,そういった技術面での違いと同様に,財務面でも 大きな違いがあるという点については十分に理解でき ていない。1社ではなく2社を選択させ,2社の財務状 況を比較させることで,同じ業界の企業でも財務面で はかなり違いがあることを─したがってまた財務分析 が重要であることを─認識させる。  第 2 の工夫は,財務諸表の入手方法についてである。 学生には『四季報』のような二次的な資料ではなく, EDINET(Electronic Disclosure for Investors' NET-work:『金融商品取引法に基づく有価証券報告書等の 開示書類に関する電子開示システム』)を通じ,当該 企業の有価証券報告書を入手させている(図 4 参照)。 原資料に基づき自分の手で調べることはそれ自体とし て価値があるだけでなく,志望する企業の有価証券報 告書に目を通すことは,その存在自体なじみのないよ うな非経済系の学生にとっては非常に貴重な体験とな る。  第 3 の工夫は,分析の方法に関するものである。財 務分析はやり方次第で如何様にも高度で複雑なものに なりうるが,非経済系の学生にとっては財務諸表や各 項目の意味,あるいは注目すべき項目等について大ま かに理解できれば十分である。そこで,財務諸表に関 する基礎的な知識だけでも十分取り組めるよう,本課 題の事前説明資料には「分析」の具体的な比較項目を 予め提示しておく。あわせて,貸借対照表については, 数値を入力すると 100%積み上げ棒グラフのかたちで 視覚化がされる作業用エクセルシートを配付し,2 社 の相違をより明確に認識できるようにしている(図 5 参照)。13)

Ⅴ.おわりに

 以上,非経済系学生を対象とした講義を活性化する ための現場主義的な改善策について,筆者担当の「経 済政策」の実例をもとに紹介をしてきた。まず初回講 義の導入部ではペッボトル入り緑茶飲料という身近な 商品を題材に私的所有に基づく社会的分業という社会 のあり方について説明し,非経済系学生にありがちな 「経済≒金儲け」というイメージの修正を図る。毎講 義の導入部には受講生の関心が高いと思われるタイム リーな新聞記事を紹介し,非経済系学生の頭を「経済 モード」に切り替える。彼女/彼らを 90 分ないしそ 図 4 EDINET の検索画面 (出所)https://info.edinet-fsa.go.jp/E01EW/BLMainController. jsp

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れ以上の間講義に集中させる観点から,講義について は具体的な数値に基づく「問いかけ」を軸に組み立て, 学生自身に考えさせる機会を常に与える。そして講義 を補完する課題として,テーマ自由のプレゼンテー ション課題と対象企業を自身で選択する簡単な財務分 析課題の 2 つを与え,非経済系の学生が興味をもって 主体的に取り組めるよう様々な工夫を施す。このよう な仕掛けにより,非経済系学生に経済を学ぶ楽しさを 伝え,主体的に講義に参加するよう促すことが可能に なる。  このような取り組みは,基本的には,他の大学等で の各種経済系講義においても実践可能であると考えら れる。確かに,例えば受講生が 100 人を超えるような 規模の場合,Ⅳで紹介したプレゼンテーション課題を 取り入れるのは事実上不可能であろう。だが他方で, そのような大人数の講義であっても,同じくⅣで紹介 した財務分析の課題を与えることは十分現実的であろ う。また,Ⅱで取り上げた導入部の工夫やⅢで取り上 げた「問いかけ」を軸とした講義の組み立てについて は,受講生の規模や学生の専攻を問わず,実践可能で ある。またⅡの新聞記事の活用についていえば,筆者 の場合には対象が工業高等専門学校の学生であるため, 取り上げる記事のテーマは「ものづくり」関連のもの が多くなるが,例えば看護系の学生が対象であれば 「医療・介護」をはじめとした社会保障関連の記事を 重点的に紹介するといったアレンジが可能である。  非経済系学生が経済について興味・関心を持って主 体的に学ぶことは,当人にとってだけでなく,社会科 学の発展というより大きな観点からも,非常に重要な ことである。この点に関わる内田義彦の発言を紹介し, 本稿を閉じることとしよう。  「確かに,社会科学は,現状を客観的におさえる という能力を持たなければなりませんね。が,その ためにも,それにも増して重要なことは,社会の構 成員である人間諸個人が,社会の主体たる自覚を もって,自らのおちいっている状況を冷静に,学問 的に判断し対応してゆくという能力と心術を持つと いうことです。…大事なことは,専門家同士の結合 だけではなくて素人と専門家の結合。いま置かれて いる状況がどういう状況であって,そのために,こ ういうデータがあって,そのデータをどのように読 んだらいいかということを専門家から聞きとり知悉 していける素人たる諸個人が現れてくるということ が,社会科学について必要だし,社会科学というの は本来そういう形でしか発展し得ないものだと思い ます。対象それ自体が,判断をし行動する主体・諸 個人ですから。」14) 註 1) 経済社会総合研究所『経済教育に関する研究調査報告書』 2006 年 8 月,p.35。 2) 本稿のテーマを教育行政の文脈の中に位置づけるとすれ ば,それは「新しい時代における教養教育」であり,そ れを柱の 1 つとした「学士力」あるいは「生涯学び続け, 主体的に考える力」の育成ということになるであろう。 中央教育審議会『新しい時代における教養教育の在り方 について(答申)』,2002 年 2 月,同『学士課程教育の構 築に向けて(答申)』,2008 年 12 月,同『新たな未来を築 くための大学教育の質的転換に向けて〜生涯学び続け, 主体的に考える力を育成する大学へ〜(答申)』,2012 年 図 5 財務分析課題 学生配付エクセルシート

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8 月参照。 3) 宇沢弘文は「パックス・アメリカーナから脱却し,経済 学の復権を急がなければならない。」という内橋克人の発 言に対して「それについては絶望的である」とした上で 次のように述べている。「絶望的というのは,大学で経済 学を教えている,少数だが社会的,政治的に大きな影響 力を持っている経済学者たちを指してのことです。経済 学の本来の志を全く忘れて,その時々の政権に都合のい い言説を流していることについて,学生たちがそういう 経済学を学んで,社会的関心が全くないまま,ただ自分 の儲けを求めればいいという考えが支配的になっている ことに対してですね。」宇沢弘文,内橋克人『始まってい る未来:新しい経済学は可能か』岩波書店,2009 年, pp.88, 90。 4) 宇沢弘文『経済学の考え方』岩波新書,1989 年,p.6。 5) 『君たちはどう生きるか』の主人公である中学 1 年生のコ ペル君は,「オーストラリアの牛から僕の口に粉ミルクが はいるまで」に「牛の世話をする人,乳をしぼる人,そ れを工場に運ぶ人,工場で粉ミルクにする人,かんにつ める人,かんを荷造りする人,それをトラックかなんか で鉄道で運ぶ人」等々,きりがないほどの人間が関わっ ていることに気が付き,次のように述べる。「僕は,粉ミ ルクが,オーストラリアから,赤ん坊の僕のところまで, とてもとても長いリレーをやって来たのだと思いました。 工場や汽車や汽船を作った人までいれると,何千人だか, 何万人だか知れない,たくさんの人が,僕につながって いるんだと思いました。でも,そのうち僕の知ってるの は,前の家のそばにあった薬屋の主人だけで,あとはみ んな僕の知らない人です。むこうだって,僕のことなん か,知らないにきまっています。…だから,僕の考えでは, 人間分子は,みんな,見たことも会ったこともない大勢 の人と,知らないうちに,網のようにつながっているの だと思います。」吉野源三郎『君たちはどう生きるか』岩 波文庫,1982 年(原著は 1937 年),pp.86-88。 6) 本校では「シラバス理解度チェック」という形で,毎回 の講義の理解度を学生にセルフチェックさせている(1 か ら 4 の 4 段階)。2010 年度から 2012 年度の「経済政策」 の理解度をみると,実質全 14 回の講義のうち,この発問 を行う初回講義(「経済」とは何か)の数値が平均で 3.67 と最も高くなっている。尚,「シラバス理解度チェック」 については本校ウェブサイト(http://www.ibaraki-ct. ac.jp/)で公開されている,高等専門学校機関別認証評価 の「自己評価書」及び「認証評価結果」(2012 年度受審) を参照。 7) 講義における新聞の活用については特に佐藤進「新聞を 使って学ぶ経済学─『実事求是のトレーニング』─」『経 済学教育』第 20 号,2001 年,pp.84-94 も参照。 8) 尚,「授業評価アンケート」については,上述の「自己評 価書」及び「認証評価結果」を参照。 9) 発問を軸とした講義については特に金子浩一「理論経済 学における双方向授業に関する一考察」『経済教育』第 27 号,pp.159-165 も参照。 10) 例えば,内閣府『改革なくして成長なし:日本はこう変 わる─「改革と展望」が示す日本のビジョン─』2002 年 1 月,p.2。 11) 以上の点については神野直彦『財政のしくみがわかる本』 岩波ジュニア新書,2007 年,pp.88-93 を参照。

12) Evernote については次の URL を参照。http://evernote. com/intl/jp/ 13) このようなテンプレートはインターネットを通じ無料で 入手可能である。例えば次の URL を参照。http://templa te.usefulhp.com/graph/bs.html 14) 内田義彦「『資本論の世界』をめぐって」『内田義彦著作 集』第 4 巻,岩波書店,1988 年,pp.503-504。

表 2 2012 年度「経済政策」配付新聞記事 配布日 掲載日 記事見出し 第 1 回 4/11 ソニー「想定外」の連鎖:TV 長期不振/赤字最大 5200 億円 (4/16) 3/20 大学・専門学校進学者 安定就業 5 割未満 第 2 回 4/20 (採用計画調査)中途採用 12%増:大卒は 11%増/非製造業けん引 (4/23) 4/11 従来型技術者に余剰感:海外勢と競争激化,対応急ぐ 3/22 〈採用異変〉ライバルは外国人:「世界人材」育成に躍起 第 3 回 5/6 半導体,失った 10 年重く:

参照

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