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中枢神経に与える運動療法の効果

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Academic year: 2021

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中枢神経に与える運動療法の効果 239 はじめに  理学療法の根幹となる学問領域は非常に多岐にわたる。それ は卒前教育にあるカリキュラムをみれば一目瞭然である。しか し,その基礎となり中核となる 3 大基礎学問は解剖学,生理学, 運動学である。その中でも中枢神経疾患の運動機能障害に関わ る基礎といえば,中枢神経系に関わる神経生理学がもっとも重 要な学問領域のひとつであるといえるだろう。この分野は理学 療法に限らず昨今急速に発展している分野でもある。特に,脳 機能イメージングの各手法を用いた多くの新しい知見は一つひ とつ興味深い内容で,見るものを引きつける。しかし,それら の知見が我々理学療法士の日々体験する患者のもっている諸問 題と関連づけて考えることは難しい。つまりは生理学的基礎と 臨床症状をつなげて理解することは一筋縄にはいかない。その ため,基礎領域で得られた種々の知見はひとつの基本的理論に 留まっているのが現状であろう。  最近,リハビリテーション医学分野において,神経科学領域 の様々な成果を理論的背景とする新たな領域である『ニューロ リハビリテーション1)』が構築され発展を遂げている。ニュー ロリハビリテーションは損傷後の脳で進行していると推定され る神経の再編過程のメカニズムを念頭に,機能回復に有利なメ カニズムを増強し,逆に不利となるメカニズムは抑制すること で,リハビリテーション効果の促進を図るものである2)。脳科 学における基礎的な研究においては多分野から様々な知見が集 積されつつある。しかし,これらの基礎的な研究知見が,理学 療法場面における運動療法の効果に対して,どのように功を奏 するのか,あるいは理論的にどのように結びつくのかというこ とに関する明確な方法論およびその根拠は未だ示されていな い。当報告においては運動が中枢神経に及ぼす影響を概観する とともに,即時的な運動学習によって変容する中枢神経の可塑 性を中心にその概略を述べる。 運動学習について  現在一般的に提示されている運動学習の定義は 1970 年代の Schmidt3)によるもので,『運動学習は練習や経験に基づく一 連の過程であり,結果として技能的行動を行い得る能力の比較 的永続的な変化をもたらすものである』とされる。つまり,運 動学習は結果や現象での最終的な帰結部分の抽出をさしてい るのではなく,過程として捉えられるべきものである。一方, 我々理学療法士が患者に対して行う治療の大きな目的は結果と して各種動作の獲得を行うことに他ならない。そうなると,当 然それを獲得するまでの一連の関わりが運動学習ということに なるだろう。すなわち,運動学習に関わる要因は感覚処理,運 動制御,質量を考慮した多様な環境による練習などの設定,ま たセラピストからの feedback による方法論など多様な関わり が理学療法上における運動学習という概念を構築している。こ の運動学習としての一連の過程を通して,結果としてどのよう に変化したのかという効果判定に対して,パフォーマンスの変 化(回数,上達度合いなど),または脳機能イメージングなど による神経生理学的な変化を探る試みがなされているところで ある(図 1)。それにより行われた理学療法と効果判定を合致 させることにより,治療の妥当性を考察し症例を蓄積していく ことで理学療法全般に関わる科学に基づく理学療法が構築され てくるのであろう。  理学療法分野で行われる運動療法は,運動障害を有する対象 者が運動スキルを改善させ,運動を習熟していくとともに,よ り skillful な動作を獲得するためのアプローチである。そのた め,その動作レベルはスポーツ競技者における最大運動能力と は根本的に異なるものの学習原理,コーチングにおける概念は 共通したものがあるといえる。運動学習理論を構築したり発展 させる領域は運動心理,スポーツ科学,医学,生理学など多岐 にわたりその学問体系が存在し,学際的な研究分野となってい る(図 2)。さらに,それぞれの領域は理論の構築,生理学的・ 医学的検証,臨床展開という形で発展的な連携がとられている。 理学療法学 第 41 巻第 4 号 239 ∼ 242 頁(2014 年)

中枢神経に与える運動療法の効果

―運動および運動学習から生じる変化を中心に―

菅 原 憲 一

**

アドバンスドセミナー

Eff ects of Therapeutic Exercise to Central Nervous System **

神奈川県立保健福祉大学

(〒 238‒0013 神奈川県横須賀市平成町 1‒10‒1)

Kenichi Sugawara, PT, PhD: Kanagawa University of Human Services キーワード:運動学習,運動制御,皮質運動野 図 1 運動学習の可視化 運動学習の結果生じる効果判定はパフォーマンスを計測する こと,またイメージングなどを用いた機能解剖学的・および 神経生理学的な変化を検討することによってあきらかにする ことができる.

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理学療法学 第 41 巻第 4 号 240 運動障害に関わる運動学習の展開  健常者がスポーツを習得する際の運動スキル学習とは異な り,整形外科疾患では痛みによる運動遂行困難や変形による動 作障害など各種の阻害要因が付加されることとなる。また,中 枢神経障害では該当運動を遂行するために必要な選択的な感覚 入力および運動出力経路の不全,痙縮の増大などの多くの病態 が重層して存在している。いずれにしろ,運動障害を治療する ための学習においては,障害の中核となる各種の運動制御系に 破綻を有していることから,新たな運動制御メカニズムの再構 築が要求されることとなる。しかし,現状ではスキルの改善が 再学習によるのか代償によるのかが不明確になっており,治療 者のアプローチや解釈も統一されたものがないという問題点が 生じている。日々の理学療法における効果機序の根本はなんな のかという疑問は常に生じてくる問題であろう。  基礎分野においては,運動学習による神経系の可塑性変化に 関わる知見が多く見られている。可塑性とはある刺激によって 組織の変化適応がなされることを意味するものである。神経系 における可塑性は学習によって生じる神経機構の変化を生理学 的に捉えるものである。集中的な運動学習を行うことで神経 細胞の軸索に形態学的な変化が生じること4),またシナプス の信号伝達効率の変化などの多くの可塑的な変化が生じるこ と5‒7),さらに,神経細胞の閾値変化が生じることなどが様々 な部位,組織で証明されている。このような神経生理学的な変 化が運動障害をもつ患者に対して理学療法を行うことによって その中枢神経系にも生じる現象であることは容易に想像がつく ところである。重要なのはこれら可塑的変化を良好な状態に向 かって生じさせることができるかどうかである。今後,生じる 変化と与える運動との関連性を十分に検討するべきであろう。 運動学習の可視化 1.パフォーマンスによる検討  運動学習を可視化するうえでもっとも臨床的な方法がパ フォーマンスを指標に検討することである。パフォーマンスの 指標とは,距離,速さ,持久性,正確さなどの質的,量的な要 因であり,その変化を記録することで運動学習の過程を捉える ことができる。これは,理学療法士が日々の対象者の変化を追 う中で使用しているものである。これらは簡便で応用性の高い 指標であるといえる。しかし,各種パフォーマンスの指標が運 動遂行をした結果であるということから,与えられた運動療法 がどの部分に適切に作用して生じた変化なのか,という特異的 作用メカニズムを類推することは困難である。 2.イメージングによる神経生理学的検討  各種の機器を使用した分析を行うことでどのように変わった のかという神経学的または運動学的なメカニズムを知ることが 可能となる。使用されるものの代表例としては fMRI,NIRS, MMG などの機器を用いた検索方法である。しかし,大きな問 題はどこでも,誰でもできるものではないという限定つきのも のでありこれが大きな欠点であるといわざるを得ない。しか し,基礎研究の知見を臨床にあてはめて考える場合,現在まで の間にも多くの計り知れない恩恵が得られているものである。 運動学習を考えるうえで参考資料として付合して考えるべきも のである。我々としては積極的にこのような知見を取り入れて いく努力を続けていくべきであろう。 経頭蓋磁気刺激を用いた中枢神経系における運動学習 メカニズムを検討する試み

1. 経頭蓋磁気刺激(Transcranial Magnetic Stimulation; 以下, TMS)の概略  TMS は 1985 年に開発された比較的新しい医療用ツールであ り,診断,治療に用いられるものであるとともに大脳皮質運動 野を中心とした神経生理学的検査を行うものとして発展を遂げ ている。TMS は頭皮上においたコイルから強力な磁場を瞬時 に発生させて,脳や神経を刺激するものである。刺激の結果と して錐体路細胞の軸索の近位端または軸索丘に生じる直接的な 図 2 運動学習の関連学問と学術的な関連性 上段四角の中は,運動学習と各分野および分野における専門領域を示す.また,下 段は運動学習に関わる学術的な関連性を示す.心理学等で構築された理論に対して 医学的な検証がなされ臨床展開に応用される循環を示している.

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中枢神経に与える運動療法の効果 241 興奮(direct wave)と,皮質介在ニューロン群などからの間 接的な興奮(indirect wave)とともに錐体路内を下降する一 連のインパルス群を生じさせるものである。下降したインパル スは脊髄のα 運動ニューロン群を興奮させ結果として筋が収 縮することとなる。TMS により皮質内で興奮を示すのは皮質 介在ニューロンが中心となるということが示されており,その 理由から運動に関わるある時点の時間的な特徴を捉えることに 利点を有し,また,皮質に関わる広範の神経細胞群の興奮性を 示す指標であるとされる。このため TMS の利点として,①多 彩な運動課題特異的な皮質運動野の変化が分析可能,②運動反 応に関わる末梢感覚特異的変化が分析可能,③運動制御に関わ る時間特異的変化と神経興奮性変化の分析が可能となるなどの 詳細な運動制御に関わる皮質運動野の興奮性の検討が可能とな る。一方,短所としては広範囲におよぶ局在の明確化,脳全体 に関わる局在間の関連性についてはその分析が困難であり,あ る運動に関わる脳全体のシステムとしての機能解析は困難であ る。また,刺激方法や波形分析にはそれを行う研究者の熟練を 要する。これらの利点と欠点を考慮し検討する必要がある。 2.運動学習によって生じる大脳皮質運動野における変化  神経科学の分野では障害された運動に対して新たな運動学習 を展開する中で,中枢神経系のダイナミックな可塑性が示され ている。特に運動学習における中枢神経系とりわけ大脳皮質運 動野の可塑性に関しての知見は多く発表されている。当総説で は,我々が TMS を用いて行った 2 つの運動学習に関わる知見 を紹介する。 1)運動と運動学習に関わる中枢神経の興奮性変化8)  学習獲得前後の変化としては,前述したようにパフォーマ ンスの変化が生じる。そのパフォーマンスに関わる運動準備 状態と随意運動遂行中の 2 つの相で皮質運動野の可塑的変化 を TMS による運動誘発電位(以下,MEP)を指標に分析検 討した。この実験は図 3 に示すトラッキング課題を用いて図の fi gure に沿った運動出力を学習して再現を行う課題である。学 習獲得後の時系列運動課題にある運動出力が開始される直前 の準備状態(preparation)と 1 つ目の波形を追随する際の 5% MVC 出力時に皮質運動野の興奮性を測定分析した。その結果, preparetion 時は主動作筋を支配する皮質運動野の興奮性が上 昇する傾向を示した。一方,5% MVC 時は興奮性が減少して おり学習により獲得された筋収縮の実施に関わる筋出力制御の 効率化が生じたことが示唆された。このように学習後の即時的 な可塑性変化として皮質運動野の興奮性は時系列で運動の各相 の特異性に応じた変化を示していた。 2)Skill 獲得に関わる神経生理学的メカニズムの検討9)  運動 skill 獲得を考えるうえで参考となる知見として,神経 活動をある焦点に集中させたり選択的な神経反応が要求される 場合に働くメカニズムを surround inhibition(周辺抑制)とい う。これは感覚生理学では広く認められた機能10)であるが運 動系においてこのような機構があるかどうかは明確になってい ない。しかし,運動系に対する surround inhibition の定義はあ る運動を選択的に実行するための神経活動であり,要求される 運動の周囲の領域を抑圧する機能が存在するということが最近 提唱されている。運動学習を行う中で結果的に生じるパフォー 図 3 トラッキング課題の施行例 A は実験の全体像.B は母指と示指によるつまみ動作を圧センサーを用いて行う場合の図.C は コンピュータ画像上のトラッキング課題を示す.ラインがトラッキングの視標となる.右から左 につまみの力量に合わせたドットが一定時間で流れるようになっている.提示波形は 3 秒間の rest,3.5 秒間に渡るひとつの正弦波形,3.5 秒間の三角波から構成される(全 10 秒).

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理学療法学 第 41 巻第 4 号 242 マンスの向上は,皮質運動野の興奮性がどのように変化するの かという検討であり多くの知見が得られている。我々はある運 動に呼応して生じる本来必要のない波及活動を抑制する練習を 行わせ,その結果として生じる完成された選択的運動が実行さ れる状態をつくり,このような余剰筋活動を減少させる作用は どのような制御なのかを検討した。運動課題は 40% maximum voluntary contraction(MVC)の筋出力で示指外転を行わせる。 かなり強い収縮で外転を行う場合,カウンターとして自然に小 指は扇状に開くようになる(図 4)。そこで,その必然的に生じ る小指外転筋の筋放電を消失するまで学習をさせた。その結果, 学習後の MEP を検索してみると,小指外転を制御する大脳皮 質運動野の興奮性が学習前と比較して抑制を増強させている結 果となっていた。つまり,このように,抑制回路の増強によっ て余剰筋活動を減少させるメカニズムの存在を示唆した。この ような知見は理学療法上で行われる新たな運動を獲得するため の練習が遂行された結果,皮質運動野に生じる運動メカニズム は該当する部位に以下のような変化を生じる。1)随意的に行 う部位(この場合,示指)を支配する領域においては,その神 経細胞群の興奮性増大による学習の強化が行われる。一方,2) 排除される余分な活動を行う部位(この場合,小指)を支配す る領域においては,抑制性の増大が生じる。すなわち運動学習 獲得の神経学的な概念として効率化(surround inhibition)が その根幹にあるのではないかということを示唆した。 おわりに  以上のように,運動学習に伴う皮質運動野の興奮性変化に関 する知見を紹介した。当然,このツールを用いて運動学習に関 わるメカニズムの全貌があきらかになることはなく様々な他の ツールから得られた知見や臨床上の知見を照合し再分析する必 要があることはいうまでもない。ニューロリハビリテーション を基盤とする理学療法の発展および可能性の模索はまさにこれ からの課題であるといえる。運動療法は手段としての“運動” を介して,結果としての“運動”を改善させるものであり,手 段および結果それぞれの運動の質を吟味することが重要である と考える。その吟味する方法論として TMS による皮質運動野 の興奮性を指標にした見解を紹介した。運動学習の本態である 中枢機構を理解することは,適切な運動−感覚刺激を入力し, 運動課題を設定し,中枢神経機構を適切に操る方法論を検討し ていくことである。このような個別の要因を整理し,その組み 合わせを考えもっとも効率よく施行できる方法論を開発してい く努力は今後も必要であろう。 文  献

1) Selzer M, Clarke S, et al. (ed): Textbook of Neural Repair and Rehabilitation. Volume II Medical Neurorehabilitation. Cambridge University Press, UK, 2006.

2) 筧 慎治,李 鐘昊,他:ニューロリハビリテーションのための 新しい定量的運動指令評価システム.Brain and nerve: 神経研究の 進歩.2010; 62: 151‒163.

3) Schmidt RA:運動学習とパフォーマンス.調枝孝治(監訳),大 修館書店,東京,1997.

4) Hosp JA, Luft AR: Cortical plasticity during motor learning and recovery after ischemic stroke. Neural Plasticity. 2011;Arricle ID 871296, 9pages.

5) Classen J, Liepert J, et al.: Rapid plasticity of human cortical movement representation induced by practice. J Neurophysiol 1998; 79: 1117‒1123.

6) Brasil Neto JP, Cohen LG, et al.: Rapid reversible modulation of human motor outputs after transient deafferentation of the forearm: A study with transcranial magnetic stimulation. Neurology. 1992; 42: 1302‒1306.

7) Cohen LG, Mano Y: Neuroplasticity and transcranial magnetic stimulation. In A handbook of transcranial magnetic stimulation, Pascual-Leon (ed), Arnold Pub, New York, 2002, pp. 346‒357. 8) Sugawara K, Tanabe S, et al.: Diff erent motor learning eff ects on

excitability changes of motor cortex in muscle contraction state. Somatosens Mot Res. 2013; 30(3): 133‒139.

9) Sugawara K, Tanabe S, et al.: Functional plasticity of surround inhibition in the motor cortex during single finger contraction training. Neuroreport. 2012; 23(11): 663‒667.

10) Angelucci A, Levitt JB, et al.: Anatomical origins of the classical receptive fi eld and modulatory surround fi eld of single neurons in macaque visual cortical area V1. Prog Brain Res. 2002; 136: 373‒388. 図 4 示指外転に伴う他筋の余剰筋活動廃止を目的とした学習効果の検討施行例 A は実験の全体像.前方モニターに筋放電をフィードバックすることで,その活動を減らすように指示 を行う.B は示指外転に関わる筋出力および筋電図をモニターするための装置と小指外転筋の筋電図を 計測している図を示す.

A

B

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