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2011 年 12 月 22 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人東京大学

嗅覚神経細胞分化の新たなメカニズムの一端を解明

-エピジェネティクスに基づく細胞分化の制御が明らかに-

本研究成果のポイント

○多種類の嗅覚神経細胞は細胞内 Notch シグナルが繰り返し活性化することで分化

○エピジェネティックな制御により Notch シグナル標的遺伝子が発現

○細胞分化制御の解明で再生医療分野に基礎的知見を提示

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人東京大学(濱田純一総長) は、モデル動物であるショウジョウバエを用いて、多種多様な嗅覚神経細胞※1が生み出され る新しいメカニズムを解明しました。これは理研脳科学総合研究センター(利根川進センタ ー長)ムーア研究ユニットのエイドリアン・ムーア(Adrian Moore)ユニットリーダーと東 京大学分子細胞生物学研究所の遠藤啓太助教、伊藤啓准教授らによる研究グループの成果で す。 嗅覚は、生物が正確に匂いを感じ取るために必須の感覚であり、多種類の嗅覚神経細胞に よって構成されています。ヒトの場合、鼻の奥には約350種類もの嗅覚神経細胞が存在し ます。私たちが匂いを嗅ぎ分ける際には、嗅覚神経細胞に存在する嗅覚受容体で匂い分子を 捉えて、その情報を脳に伝え判断しています。これらの嗅覚神経細胞は、前駆細胞※2が複数 の細胞分裂を繰り返して分化することで生み出されます。これまで、嗅覚神経細胞の分化に は細胞内Notch シグナル※3が関与することが知られていましたが、その詳細な機構は不明で した。 研究グループは、嗅覚神経細胞が前駆細胞から複数の分裂を経て生み出される分化過程を 免疫染色法※4を用いて解析し、Notch シグナルが細胞分裂のたびに繰り返し活性化している ことを発見しました。また、核内因子Hamlet※5Notch シグナル標的遺伝子の発現を分化 過程の進行に応じてダイナミックに調節することで、同じNotch シグナルが繰り返し使われ るにもかかわらず、分裂ごとにそれぞれ異なる細胞運命を生み出している可能性を示しまし た。さらに、そのメカニズムは、クロマチン構造※6の変化よって遺伝子発現を制御する「エ ピジェネティクス※7」によることを明らかにしました。これまでエピジェネティクスは、一 度確立された遺伝子発現状態をその後の細胞分裂を通じて維持する「細胞記憶」のようなも のとして考えられてきましたが、今回、エピジェネティクスが細胞分化の過程で分裂ごとに ダイナミックに行われうることを示しました。 近年、iPS 細胞をはじめとした幹細胞の応用研究が盛んに進められていますが、幹細胞か ら生み出された個々の細胞の運命決定のメカニズムにはいまだ謎が満ちています。Notch シ グナルは、神経系を含むさまざまな組織の発生過程で重要な役割を果たしていることが知ら れており、今回新たに発見したエピジェネティクスによるNotch シグナルの制御機構解明は、 再生医療分野に不可欠な細胞分化機構の基礎的な理解を大きく前進させることとなります。 また、Notch※3 Hamlet もヒトの相同遺伝子が存在し、その異常がさまざまな疾患の原因 となることから、今回の成果は、それら疾患発症メカニズムの解明にも役立つと期待できま す。 本研究成果は『Nature Neuroscience』オンライン版(12 月 25 日付け:日本時間 12 月 26 本件の取り扱いについては、下記の解禁時間以降でお願い申し上げます。 新聞 :日本時間 12 月 26 日(月)朝刊 テレビ・ラジオ・インターネット :日本時間 12 月 26 日(月)午前 3 時

(2)

日)に掲載されます。

1.背 景

生物は膨大な嗅覚神経細胞を使って匂いを嗅ぎ分けています。それぞれの嗅覚神経

細胞は特定の匂いに対応しており、ヒトの場合、約

350 種類からなる約 1 千万個の嗅

覚神経細胞を使い分けています。ショウジョウバエのような小さな生物でも、約

50

種類からなる約

1,300 個の嗅覚神経細胞を持っています。どの嗅覚神経細胞も、前駆

細胞が複数の細胞分裂を繰り返して生み出されますが、これまで、この分化過程には、

Notch という細胞内シグナル伝達因子が関与することが知られていました。しかし、

生体が

Notch シグナルをどのように利用して多様な嗅覚神経細胞を導きだすのかは

明らかになっていませんでした。そこで研究グループは、モデル動物として広く研究

に利用されるショウジョウバエを用いて、

Notch が嗅覚神経細胞の多様性を作り出す

メカニズムの解明に挑みました。

2.研究手法と成果

研究グループは、まず、嗅覚神経細胞の前駆細胞が分裂するたびに生じる娘細胞を

免疫染色法で可視化し、

Notch シグナルの活性化の有無を調べました。その結果、さ

まざまな細胞分裂の段階で、

Notch シグナルの活性化が繰り返し起こっていること、

同じ親細胞から生まれた

2 つの娘細胞の一方でのみ、Notch シグナルが活性化するこ

とを発見しました(図

1)。次に、この繰り返し活性化する Notch シグナルがどのよ

うにして目的の種類の嗅覚神経細胞へ分化させるのかを調べるため、

Notch シグナル

の標的遺伝子領域を含んだクロマチン構造の状態を、クロマチン免疫沈降法

8

で調べ

ました。その結果、神経細胞の分化に関与する核内因子

Hamlet が活性化すると、

E(spl)m3 という遺伝子領域を含むクロマチン構造に凝集が起こることが明らかにな

りました。この凝集が起きると、

Notch シグナルの標的遺伝子の発現を活性化する転

写因子が

E(spl)m3 遺伝子領域に結合できなくなり、Notch シグナルの標的遺伝子の

発現が抑制されることが分かりました(図

2 上)。つまり、Notch シグナルが活性化

した嗅覚神経細胞においては、次の細胞分裂後には

Hamlet が活性化して、Notch シ

グナルの標的遺伝子の発現をいったん抑制(リセット)することが分かりました。こ

のように、塩基配列に依存せずに遺伝子の機能を制御するメカニズムはエピジェネテ

ィクスと呼ばれ、近年注目を集めている現象です。

さらに、遺伝子操作により

Hamlet の働きをなくしたショウジョウバエの変異体を

作製し、嗅覚神経細胞の分化に変化が認められるかどうかを免疫染色法で検証した結

果、

嗅覚神経細胞の分化異常が起こり、

多様性が失われることが分かりました

(図

3)。

これらの結果から、嗅覚神経細胞は、その分化過程の複数の段階で

Notch シグナル

の活性化を介して細胞の運命が決定づけられること、

Notch シグナルの標的遺伝子の

発現抑制には

Hamlet の活性化が必要であること、Hamlet は、エピジェネティクス

によって、

Notch シグナルの標的遺伝子の発現を調節することが分かりました。

3.今後の期待

組織を再生するには、細胞の運命の決定や維持のメカニズム解明が欠かせません。

また、エピジェネティクスによる遺伝子制御機構は、細胞機能維持や疾病の発症にも

深く関わることが分かってきています。今回得られた、

Hamlet がエピジェネティク

(3)

スによって

Notch シグナルを制御するという知見は、幹細胞からさまざまな臓器を生

み出す上で欠かせない細胞の運命決定機構の理解を前進させ、再生医療分野の発展や

さまざまな疾病の発症メカニズム解明に役立つ可能性があります。例えば、ヒトは

Hamlet 遺伝子に似た遺伝子で、白血病の原因遺伝子として知られる Evi-1(Prdm3)

遺伝子を持っています。ヒトにおける

Notch シグナルと

Evi-1 遺伝子との関係が明ら

かになると、これら疾患の治療に役立つと期待できます。

原論文情報:

Keita Endo, M. Rezaul Karim, Hiroaki Taniguchi , Alena Krejci, Emi Kinameri, Matthias Siebert, Kei Ito, Sarah J. Bray, Adrian W. Moore.” Chromatin modification of Notch targets in olfactory receptor neuron diversification” Nature Neuroscience,2011 doi: 10.1038/nn.2998

<報道担当・問い合わせ先> (問い合わせ先) 独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター ムーア研究ユニット ユニットリーダー Adrian Moore(エイドリアン・ムーア) 研究員 谷口 浩章(たにぐち ひろあき) TEL:048-467-7278 FAX:048-467-4796 脳科学研究推進部 企画課 入江 真理子(いりえ まりこ) TEL:048-467-9757 FAX:048-462-4914 (報道担当) 独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当 TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715

<補足説明>

※1 嗅覚神経細胞

鼻の奥に存在し、匂い分子を受容する神経細胞。匂いを受容した嗅細胞は、神経線維(軸 索)を介して、匂い情報を脳の嗅球という領域に伝達する。

※2 前駆細胞

広義には、ある特定の細胞群を生み出す元となる細胞。本研究においては、触覚の上皮 性の細胞群のなかで、将来、嗅覚神経細胞を生み出す運命を獲得した細胞。約 400 個の 前駆細胞それぞれが複数回の分裂を経て1~4 個の嗅覚神経細胞を生み出す。

※3 Notch、Notch シグナル

Notch は線虫から哺乳類まで進化的に保存された細胞膜レセプタータンパク質である。

(4)

Notch タンパク質の細胞外領域に特定の基質タンパク質が結合すると、Notch タンパク 質の細胞内ドメインが切断され核内へ移行し、他の転写因子群とともに転写活性化因子複合 体を形成する。この複合体は、細胞の個性の決定に関わる標的遺伝子群の発現を活性化する ことで、細胞運命決定のマスタースイッチとして働くことが知られている。この細胞表面か ら核内の遺伝子発現へとつながる細胞内のシグナル伝達を、本研究ではNotch シグナル と定義する。

※4 免疫染色法

細胞や組織のタンパク質を検出するために広く用いられる手法。抗体の持つ特性を利用 するので免疫染色法と呼ばれる。検出したいタンパク質に対する抗体(一次抗体)を作製し、 ホルマリンなどで固定した組織や切片に抗体を反応させる。すると抗体は、目的タンパ ク質にのみ結合する。抗体をあらかじめ蛍光色素などでラベルしておけば、タンパク質 の存在するところだけが蛍光を発するので、組織の中のどの細胞がそのタンパク質を発 現しているか、あるいは細胞の中のどこにタンパク質が局在しているかを知ることがで きる。より広く用いられる方法としては、抗体を認識する抗体(二次抗体)を蛍光色素 などでラベルして、一次抗体と反応させ、蛍光を顕微鏡などで検出する。

※5 Hamlet

PRDM ファミリーに属する核内因子であり、ショウジョウバエにおいては神経細胞の樹 状突起の枝分かれの鍵となる調節因子として知られている。

※6 クロマチン構造

真核生物のゲノム DNA は、ヒストンやそれ以外のタンパク質と結合し、高度に凝縮し た状態で存在する。このような構造をクロマチン構造と呼ぶ。局所的なクロマチン構造 の変化を介して、転写因子などのタンパク質の染色体 DNA への接近のしやすさが制御 される。クロマチン構造は、転写や組み換え・複製などの遺伝情報制御において、中心 的役割を果たすことが示されつつある。

※7 エピジェネティクス

DNA の塩基配列に依存せずに、細胞が異なる遺伝子を発現するのに関与する現象。一卵 性双生児の指紋が異なっている現象は、その卑近な1 例。具体的な現象としては、DNA のメチル化修飾、ヒストンのアセチル化やメチル化、リン酸化、転写因子群による遺伝 子発現機構などが知られる。正常な発生や分化にかかわる重要な機構であり、特に個体 発生に際してダイナミックな変化をして、その変化が次世代の細胞へと伝えられていく。 異常な場合は、さまざまな発生・分化異常やそれに伴う疾病が生じ、最近では、がん治 療や再生医療で重要なテーマになっている。

※8 クロマチン免疫沈降法

細胞内で DNA とタンパク質の結合を調べる実験手法。ホルムアルデヒドでタンパク質 とDNAを架橋し、抗体で目的タンパク質を免疫沈降させ、その沈降画分に含まれるDNA を検出する方法。転写因子とターゲット配列 DNA の「生体内」での結合を確認するた めに使う。

(5)

図 1 前駆細胞が細胞分裂を繰り返して嗅覚神経細胞を生み出す系譜

同じ世代の娘細胞でも、

Notch シグナルが活性化している細胞(○

N

)と活性化してい

ない細胞(○)がある。その結果

Naa、Nab、Nba、Nbb の 4 種類の嗅覚神経細胞

が生み出される。

(6)

図 2 クロマチン構造の違いによる遺伝子発現のモデル

(上)Hamlet が存在する場合 クロマチン構造が凝集するため、転写因子複合体(NICD と Su(H))がプロモーター(黄 色部)に結合できず、E(Spl)m3遺伝子は発現しない。 (下)Hamlet が欠損した場合 転写因子複合体(NICD と Su(H))がプロモーターに結合し、E(Spl)m3遺伝子が発 現する。 クロマチン構造は凝集 クロマチン構造は変化なし

(7)

図 3 Hamlet を欠損させたときの嗅覚神経細胞の数の変化

Hamlet が欠損すると、Notch シグナルの標的遺伝子の発現がいったん抑制されなくなり、 嗅覚神経細胞の種類が4 種類から 3 種類に減る。

図 2  クロマチン構造の違いによる遺伝子発現のモデル  (上) Hamlet が存在する場合 クロマチン構造が凝集するため、転写因子複合体( NICD と Su(H) )がプロモーター(黄 色部)に結合できず、 E ( Spl ) m3 遺伝子は発現しない。 (下) Hamlet が欠損した場合 転写因子複合体( NICD と Su(H) )がプロモーターに結合し、 E ( Spl ) m3 遺伝子が発 現する。 クロマチン構造は凝集 クロマチン構造は変化なし
図 3  Hamlet を欠損させたときの嗅覚神経細胞の数の変化

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