イネいもち病圃場抵抗性遺伝子Pi34 のマッピングと対応する非病原力遺伝子 AVR―Pi34 の同定 ― 27 ― 219 は じ め に 我が国では,無農薬・減農薬米の需要と,環境への負 荷を低減しつつ低コストで効果の高い病害虫防除法確立 の重要性がますます高まっている。これらの問題を解決 する手段として,病害抵抗性を付与した品種の育成と利 用は最も有効であると考えられる。 イネいもち病についても,近年はいもち病菌レースに 対する特異性が低いいわゆる「圃場抵抗性」に重点を置 いた抵抗性育種が進められている。1990 年代からイネ ゲノムの塩基配列に基づく各種DNA マーカーの開発と 全塩基配列の解読が進められ,2004 年の全塩基配列完 全解読後は,その情報をベースにして,対象とする圃場 抵抗性にかかわる遺伝子について染色体上の座乗領域 (量的形質遺伝子座:QTLs)を特定することが可能にな った。さらに,目的とするゲノム領域に,対象となる品 種を識別できるDNA マーカーを設計することも格段に 容易になった。現在,イネいもち病圃場抵抗性遺伝子に つ い て は,陸 稲 オ ワ リ ハ タ モ チ に 由 来 す るpi21 (FUKUOKA et al., 2009),穂いもちに対して抵抗性を示す Pb1(HAYASHI et al., 2010)が既に単離されており,Pi35(福 岡ら,2010)や Pi39(TERASHIMA et al., 2008)も遺伝子同 定後に近傍のDNA マーカーが整備されて,マーカー選 抜育種によりこれらの遺伝子を導入した新品種が育成さ れている。その先駆的な例となる,いもち病圃場抵抗性 pi21 の単離と,DNA マーカーを用いた本遺伝子導入品 種の育成については,本号で福岡氏らにより解説されて いるのでそちらを参照されたい。 筆者らはこれまで,水稲品種 中部32 号 が保有する いもち病圃場抵抗性遺伝子Pi34 の解析を行ってきた。 本稿では,Pi34 の精密マッピング状況および本遺伝子 に対応するいもち病菌の非病原力遺伝子が同定されたこ とについて報告し,圃場抵抗性の持続性について考察し たい。 I いもち病圃場抵抗性遺伝子 の精密連鎖解析 と候補遺伝子の推定 Pi34 は陸稲品種 戦捷 に由来すると考えられ, 中部 32 号 といもち病感受性品種 農林 29 号 の交配後代系 統を用いたQTL 解析により,第 11 染色体の長腕に座乗 することが明らかとなっている(ZENBAYASHI et al., 2002) (図―1 a)。QTL 解析に用いた交配組合せは日本稲同士で あったために互いの塩基配列が似通っており,解析対象 とする遺伝子の近くに両者を識別できるDNA マーカー を設計することが困難であった。そこでPi34 の座乗領 域をより精密に特定するため, 中部32 号 に,第 11 染 色体長腕領域がインディカ品種 Kasalath に置き換えら れたコシヒカリ染色体断片置換系統である CSSL を交 配し,得られた3,150 の交配後代分離集団の自殖系統 (RIL)を用いて Pi34 の精密マッピングを行った。その 結果,本遺伝子の位置を遺伝距離0.25 cM の領域内に絞 り込んだ(ZENBAYASHI-SAWATA et al., 2007)(図―1 b)。その 後,解析系統数をさらに増やすとともに,Pi34 座乗領 域のグラフ遺伝子型を 中部32 号 もしくは CSSL 由来 の Kasalath 型に固定させた固定系統を用いて再度抵抗 性検定を行って座乗領域の絞り込みと確定を行い(図― 1 c),中部 32 号ゲノムの BAC ライブラリーから本領域 を含むクローンを選抜して塩基配列を解読した。
さらに,SuperSAGE 法(MATSUMURA et al., 2003)を用 いて,Pi34 保有品種と非保有品種間で発現の有無や発 現量に差があり,かつ連鎖解析により決定したPi34 領 域に座乗する遺伝子を選抜することで,Pi34 候補遺伝 子を特定した(善林ら,2009)(図―1 d)。現在,Pi34 候 補遺伝子について塩基配列解読と相補性検定を行って Pi34 の特定と単離を進めている。また,日本稲品種間 で本遺伝子保有の有無を簡便に識別できるDNA マーカ ーを作出しており,これらは,コシヒカリをはじめとす る優良品種へPi34 を導入する際の,Pi34 保有系統の迅 速・確実な選抜に利用可能である(善林ら,2011)。 II に対応するいもち病菌の 非病原力遺伝子 ― の同定 中部32 号 の圃場抵抗性には菌株特異性があること
イネいもち病圃場抵抗性遺伝子
Pi34 のマッピングと
対応する非病原力遺伝子
AVR―Pi34 の同定
善林 薫・鬼頭 英樹
独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 東北農業研究センターMapping of the Par tial Resistance Gene Pi34 in Rice and Identification of the Avirulence Gene AVR―Pi34 in Blast Fungus.
Kaoru ZENBAYASHI-SAWATA and Hideki KITO
(キーワード:イネ,いもち病,圃場抵抗性遺伝子,非病原力遺 伝子,持続性)
植 物 防 疫 第67 巻 第 4 号 (2013 年) ― 28 ― 220 が小泉・藤(1995)により報告されている。その後,陸 稲から分離されたいもち病菌株IBOS8―1―1 が 中部 32 号 に対して強い病原性を示すことが示唆された(林,私 信)。そこで筆者らは,①IBOS8―1―1 の病原性が 中部 32 号 の持つ複数の圃場抵抗性関連遺伝子の中の Pi34 に対応するものであるのか,②Pi34 に対応するのであ れば,それは単一の非病原力遺伝子であるかどうか,に ついて解析した。まず, 中部32 号 と CSSL の F3系 統を,遺伝子座乗領域のグラフ遺伝子型に基づきPi34 保 有 と 非 保 有 系 統 に グ ル ー プ 分 け し,そ れ ぞ れ に IBOS8―1―1 あるいは中国産いもち病菌株 Y93―245c―2 を 接種した。その結果,IBOS8―1―1 は,Pi34 非保有,保 有の両グループに対して強い病原力を示したが,Y93― 245c―2 は非保有グループと比較すると Pi34 保有グルー プに対して明らかに病原力が弱かった(図―2)ことから, Y93―245c―2 は Pi34 に 対 す る 非(弱)病 原 力 遺 伝 子 AVRPi34 を保有していることが明らかとなった。次に, IBOS8―1―1 と Y93―245c―2 を交配して得られた F1菌株(n =61)について, 中部 32 号 に対する病原力を検定し たところ,本品種に対する病原力が強いタイプ(I 型) と弱いタイプ(Y 型)がほぼ 1:1 に分離した(表―1)。 これらの結果から,いもち病圃場抵抗性遺伝子Pi34 と 対応する非(弱)病原力遺伝子AVRPi34 の間には「遺 伝子対遺伝子関係(Gene―for―Gene interaction)が成り 立つことが証明された。これは,量的な抵抗性を支配す る遺伝子について「遺伝子対遺伝子関係」が成立するこ とを証明した最初の例である。このことから,IBOS8― IBOS8―1―1 Y93―245c―2 K H C 品種およびF3系統のグラフ遺伝子型グループ コシヒカリ 中部32 号 0 5 10 15 20 25 30 35 % MDLA 図−2 いもち病菌株に対するイネ品種 中部 32 号 コシヒ カリ および中部32 号/CSSL F3系統のPi34 領域 グラフ遺伝子型グループの病斑面積割合 注)品種およびF3系統のPi34 座乗領域の遺伝子型 はそれぞれ, 中部32 号 が Pi34 ホモ型, コシ ヒカリ が劣性ホモ型,C が Pi34 ホモ型,H が ヘテロ型,K が劣性ホモ型を示す.
図−1 イネいもち病圃場抵抗性遺伝子 Pi34 の Map―based cloning
d の黒矢印は, 日本晴 ゲノムで予想されており,SuperSAGE 解析により Pi34 保有・非保有品種間で発現の有無や量に差があったことから選抜され た,Pi34 候補遺伝子. 候補遺伝子の相補性検定・遺伝子塩基配列決定 塩基配列解読 発現遺伝子解析(SuperSAGE) 精密連鎖解析 (物理距離) 連鎖解析 (遺伝距離) QTL 解析 (224 kb) (0.25 cM) (4.94 cM) Pi34 Pi34 Pi34 Chr.11 d c b a
イネいもち病圃場抵抗性遺伝子Pi34 のマッピングと対応する非病原力遺伝子 AVR―Pi34 の同定
― 29 ―
221
1―1 は AVRPi34 の変異により強い病原力を獲得したと 考えられた(ZENBAYASHI-SAWATA et al., 2005)。
III 圃場(量的)抵抗性遺伝子の持続的利用に向けて 今回我々は,圃場抵抗性を支配する主働遺伝子Pi34 に対応する非病原力遺伝子をイネいもち病菌が保有して いることを明らかにした。さらに,陸稲から分離された 多数のいもち病菌株のPi34,Pi35 に対する病原力を調 査した結果,複数の菌株がこれらの遺伝子に対して強い 病原力を示すことが明らかとなっている(安田・藤田, 私信)。 一般的に,圃場抵抗性には菌株(レース)特異性がな いために抵抗性崩壊が生じにくく持続的であるとされて きた。しかし,圃場抵抗性を担う個々の遺伝子(本稿で はこれを量的抵抗性遺伝子と呼ぶ)単独で見れば,真性 抵抗性遺伝子と同じように菌株特異性があり,抵抗性遺 伝子と非病原力遺伝子の間には「遺伝子対遺伝子関係」 が成立している場合があることから,量的抵抗性遺伝子 単独では長期に安定した抵抗性が得られない可能性がある。 しかしながら一方で,穂いもち圃場抵抗性遺伝子Pb1 は,1980 年代から愛知県を中心に保有品種が数千ヘク タールの規模で継続的に栽培されているにもかかわら ず,現在でも安定した抵抗性を示している。Pi34,pi21 を保有する水稲品種の普及はこれからであるが,少なく とも試験研究機関の圃場における抵抗性の低下は確認さ れていない。 DNA マーカーを利用して量的抵抗性遺伝子を効率的 に導入した品種の育成は今後加速化すると予測される が,圃場抵抗性をより持続させるためには,その安定 性・持続性にかかわる要因を明らかにしていくことが重 要であると考えられる。筆者らは,そのアプローチ方法 として,まずこれらの要因を,植物(イネ)側と病原体 (いもち病菌)側に分けて考えることが重要であると考 えている。 まず,植物側の抵抗性遺伝子については,遺伝子の機 能そのものが病原菌レースの違いを問わない基礎的な抵 抗性に関与している場合や,抵抗性発現が短時間・短期 間であるために,病原性(力)の高い菌が優占化する確 率が低い場合,また病原菌がその抵抗性を打破するよう 変異すると著しく生存が不利になる(フィットネスコス トが高い)場合等は,抵抗性の持続性は高いと考えられ る。抵抗性遺伝子の機能・機作を明らかにし,これらに ついての解答を得ることで,その遺伝子が持つ抵抗性の 持続性に関する見通しを得られる可能性がある。 一方,病原菌については,新たな病原性や強い病原力 の獲得を「病原菌集団の進化」の結果と考えると,集団 の進化に及ぼす要因の大小が,抵抗性の持続性に大きく 影響すると考えることができる。イネいもち病菌につい ては,生物の進化の5 要因(突然変異・生殖形態・移出 入・選択・遺伝的浮動)のうち,病原性にかかわる突然 変異率はおおむね一定であること(辻本ら,2002;高橋 ら,2008)が明らかとなっており,また国内のイネいも ち病菌同士はほとんど交配せず,圃場における自然発生 条件下の同菌の準有性的組換えについては報告がないこ とから,生殖の大部分は無性的であるとされている。し かし,菌の移出入の程度,すなわち圃場間の菌の出入り や拡散の程度,菌集団が宿主(イネ)の抵抗性遺伝子に より受ける選択圧の大きさ,さらに越冬や種子消毒等に より生じる遺伝的浮動の大きさは不明な点が多い。筆者 らは現在,集団の病原力の変化に及ぼす5 要因のうち, 不明な点の多い上記の3 要因について,集団遺伝学的手 法を用いた研究を始めたところである。 お わ り に 筆者らがいもち病圃場抵抗性遺伝子の同定と単離を目 指した研究を開始した当初は,圃場抵抗性を支配する遺 伝子個々についての機能や,対応する非(弱)病原力遺 伝子の存在などについては知見がなく,その安定性に関 する理論的根拠は明らかではなかった。しかし,ゲノム の塩基配列情報の利用が容易になったことで圃場抵抗性 を備えた品種の育成は格段に加速化しており,これらの 品種が広大な面積で栽培される日も遠くないと考えられ る。長期間,多大な労力を費やして育成された品種の抵 抗性を,低下させず持続的に利用する方法の確立の重要 性は,ますます高まっている。 今回の研究は,農林水産省委託プロジェクト「アグ リ・ゲノム研究の総合的な推進」および文部科学省科学 研究費補助金の支援を受けて行ったものであり,関係各 表−1 いもち病菌株 Y93―245c―2 × IBOS8―1―1 の F1におけるY および I タイプの分離 変数 結果 F1菌株(n = 61) Y―タイプ1) I―タイプ 分離比(期待値) χ2 P 37 24 1:1 2.78 0.09 1)Y―タイプ: 中部 32 号 (Pi34 保有)に対する 病原力が弱い. I―タイプ: 中部 32 号 に対する病原力が強い.
植 物 防 疫 第67 巻 第 4 号 (2013 年) ― 30 ― 222 位に対してはこの場を借りて深く感謝申し上げる。 今後は,病原菌集団の病原性変異機構を明らかにして いくことを中心に,そこで得られた知見を,圃場抵抗性 を持続的に利用できる稲作管理技術に応用するところま で見据えた研究を行っていきたい。 引 用 文 献
1) FUKUOKA, S. et al.(2009): Science 325 : 998 ∼ 1001.
2) 福岡修一ら(2010): 特開 1020―124701. 3) HAYASHI, N. et al.(2010): Plant J. 64 : 498 ∼ 510.
4) 小泉信三・藤 晋一(1995): 愛知農総試研報 27 : 85 ∼ 93.
5) MATSUMURA, H. et al.(2003): PNAS 100 : 15718 ∼ 15723.
6) 高橋真実ら(2008): 北陸病虫研報 57 : 11 ∼ 17.
7) TERASHIMA, T. et al.(2008): Plant Breeding 127 : 485 ∼ 489. 8) 辻本雅子ら(2002): 日植病報 68 : 172(講要).
9) ZENBAYASHI, K. et al.(2002): Theor. Appl. Genet. 104 : 547 ∼
552.
10) ZENBAYASHI-SAWATA, K. et al.(2005): J. Gen. Plant Pathol. 71 : 395 ∼401. 11) et al.(2007): Phytopathology 97 : 598 ∼ 602. 12) 善林 薫ら(2009): 日植病報 75 : 255(講要). 13) ら(2011): 平成 22 年度東北農業研究センター成果情 報,東北農業研究センター,岩手県. http://www.naro.affrc.go.jp/org/tarc/seika/jyouhou/H22/ suitou/H22suitou006.html