• 検索結果がありません。

比較政治学の理論的地平 : -回顧と展望- 利用統計を見る

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "比較政治学の理論的地平 : -回顧と展望- 利用統計を見る"

Copied!
81
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

比較政治学の理論的地平 :

-回顧と展望-著者名(日)

木暮 正義

雑誌名

東洋法学

42

2

ページ

1-80

発行年

1999-03-15

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00000452/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

︻論  説︼

比較政治学の理論的地平

回顧と展望

目  次

東洋法学

一 二 三 四 五 序ー比較政治学の現代的課題 ﹁比較政治学論争﹂  1﹁主流派比較政治学﹂の形成ー 比較政治学の研究方法  −構造機能主義から新制度主義へ 比較政治学の理論的展望  −近代化・発展・従属・民主的移行ー 結語−新たな理論領域

1

(3)

2

比較政治学の理論的地平

序ー比較政治学の現代的課題

      パよ  ﹁聖書に倣えば太初に比較ありきである﹂︵言夢oげ畠言巳轟≦霧8日B鼠ω9︶と、 一九五六年度アメリカ

政治学会のW・ウイルソン︵薯。ゑ房自︶生誕︼OO年記念講演﹁比較政治学ーその半世紀の評価﹂

︵Ooヨ冨轟江<Φ頃o一崔02︾国巴︷09ε曙>℃胃巴鍔一︶の中でS・ノイマン︵ω●Z窪ヨ餌言︶が語ったように、 政治学における比較研究は、哲学的な理想のポリスを追究するプラトンの﹃国家論﹄︵勺o犀o包やアリストテ レスの﹃政治学﹄︵勺○一置8︶の古典古代にまで遡及する社会科学であり、権力的な現実のポリスとしてのイタ リアの都市国家や西欧以外の国家政治を研究したN・マキャベリ︵客竃碧霞奨Φ霞︶やモンテスキュー ︵ω貰98竃98呂忌窪︶、そして近現代では地域研究として現実のポリスを追究したA・トクヴィル︵︾’α① ↓08毫簑o︶や﹂・ブライス︵い閃曙8︶、そしてドイツ国家学の影響のもとに法学的な現実のポリスを追究し たジョン・W・バージェス︵ぢぎ≦・団仁おoωω︶などの経験的な比較政治研究を意味する。  しかし、行動科学を中核とする現代政治学の主要な一部門として発達した比較政治学︵OoBB鍔江<Φ

℃o一筐8︶は、第二次世界大戦後のグローバルな政治変動に理論的に遅滞した﹁比較政治制度論﹂

︵Ooヨ冨轟鼠奉Oo<Φ導ヨ窪け︶の知的革新の行動科学として、西欧のみならず非西欧世界の政治システムをも比 較研究の対象とする構想力のあるレアリズム︵8呂ωB&島三巴9︶を基本に形成された。かつてローレンス. C・メイヤー︵一蝉毛お⇒8ρζ鎚R︶が、比較政治学の対象領域として単一国家の領域を越えた交差国家的あ

(4)

東洋法学

るいは交差文化的な研究領域を設定し、比較分析を通じて交差国家的に妥当する政治の科学的一般化︵ROωω− p鉾貫巴ぐ轟一こ曽δ耳強o閃9R巴一鋸江2︶の追究と規定したのも、行動科学的な知的革新としての現代政治学        パヱ の営為を意味するものであった。  既に一九世紀末のフランスの社会学者E・デュルケム︵中U仁詩訂冒︶は、﹃社会学的方法の基準﹄︵冨 勾Φ笹8号匡①匪&Φω090一〇讐∈Φ︶のなかで多元的な民族社会の社会制度の諸要素を発生的に追究するにあたっ て、複雑な社会的事実の分析と総合を可能にする比較分析の有効性に注目して、﹁比較社会学︵ωOqo一畠冨 8筥℃胃ぼ︶は、単なる社会学の一部門にすぎない。それが純粋に記述的であることを止めて事実の説明を望む        パゑ 限り社会学そのものである﹂と比較分析の科学的本質について強調した。事実、デュルケムの主張は、一九世紀 末以後の西欧資本主義の帝国主義化に伴うグローバルな社会的動貝−国民国家の境界を越える資本の移動と共 にグローバルな規模で展開する異質的な人間や民族の移動と交流とそれに伴う深甚な異文化接触の時代の到来に 対して、比較分析こそ人間の本質的存在性を理解する手段として﹁知﹂の現代的意義と新しい分析的エネルギー を社会科学に付与することの社会学的な確認であった。ことに第二次世界大戦以後の﹁パックス・ブリタニカ﹂ ︵℃貰卑一$巳畠︶から﹁パックス・ルソi・アメリカーナ﹂︵勺霞勾諾ωo−︾ヨR一8轟︶にいたる世界秩序の変 動は、比較政治学が本来的に具有する戦略的な認識的特質を基軸に、資料の虫に化体した西欧中心の法学的な ﹁比較政治制度論﹂の止揚と非西欧世界への比較認識の拡大を要求する行動科学的な知的革新を積極的に推進し たのであった。パリ政治研究所のY・メニー︵イ目ぎ蜜︶も一九九一年の﹃比較政治学﹄︵勺o辟β器Oo目BみΦ︶

3

(5)

 の冒頭で、一九六六年のゲイブリエル・A・アーモンド 平 地 ︵○暮ユ巴︾≧○日α︶とG・B・パウエル︵ρ中勺o詣Φε 的 論 の﹃比較政治学﹄︵OO旨冨轟甑話勺○一葺8︶の出版を比 理

勃較研究の﹁知的革命﹂︵一幕喜§一⇒醇。琶①︶と

蠕認識して、これを非公式的で非制度的アプ〒チに

較 比 よる全世界の多様な政治的経験︵&<R器ω霞幕ユ窪8ω  ℃o一識2窃︶の最良の認識と積極的に推奨しているほど

  パゑ

 である。   そこで図︵1−1︶は、一九六〇年代の時点で西欧中  心の法学的な﹁比較政治制度論﹂から行動科学的に脱皮  した比較政治学と現代政治学との関連を示したものであ  る。

  中心の逆三角の﹁政沿理論﹂は、経験的に実証さ

 れた政治分析の理論的枠組みとしてD・イースト

 ン︵U●国器8⇒︶の﹁政治体系論﹂︵bO浮8巴ω鴇冨ヨ  ↓箒o曼︶や政治関係の基本的枠組みとしてのR・L・ 図(1−1) 現代政治学における比較政治学の位置 各国政治史 政治文化論 政策科学 国内政治学 投票行動論 政党論 政治的利益集団論 政治発展論 地域政治研究 個別国家研究 政治理論 国際政治学 国際関係論 国際政治史 比較政治学 国外政治学

4

(6)

東洋法学

カリー︵罰ダO瑛蔓︶やL・L・ウエイド︵い貯≦区Φ︶の﹁政治的交換理論﹂︵↓﹃①o曙9勺o一往o巴国蓉冨鑛Φ︶、 A・ダウンズ︵︸Uo類⇒ω︶やW・ライカi︵薫●園詩R︶の﹁合理的選択理論﹂︵即簿一目巴O﹃○一8↓冨o曼︶ など行動科学的パラダイムを包含し、隣接する三つの政治学領域の理論的母体として貢献している。このうち ﹁国内政治学﹂は、アーサー・F・ベントリー︵︾﹃跨R男ω①昌一2︶、チャールズ・E・メリアム︵○冨二8中 冒Φ鼠仁目︶やT・パーソンズ︵↓。勺貰ω○器︶などの影響のもとに行動科学的政治学として中心的な理論領域を 構築した。このうち投票行動論、政党論および政治的利益集団論が政治過程論として﹁国内政治学﹂の主流を構 成しているが、一九六〇年代末の脱行動科学革命の洗礼を受けて政治理論のレリバンスを求める投票行動論の発 達が著しく数量分析が積極的に導入され、また新制度主義︵器≦冒ω算&o冨房ヨ︶による選挙制度の分析も成 果を上げ多様化する民主政治研究に新境地を開拓している。さらに﹁国内政治学﹂の領域では、伝統のある各国 政治史や政治思想史と並んで最近では政治文化論や政策科学︵℃92ωq雲8︶が現実政治の実践的要求に対応 して積極的な研究が行われている。  また﹁国外政治学﹂ことに国際政治学や国際関係論あるいは国際政治史などの理論領域は、H・モーゲンソi ︵甲ζ○鑛①目92︶やF・シューマン︵男ωoどヨき︶の先駆的業績を前提に、第二次世界大戦以後の急激に 変動する国際政治に触発されて発達し伝統的な国際法や外交史中心の法学的境界を克服して出現したが、最近で はポスト冷戦の流動化する国際関係の現実から脱行動科学的な﹁世界システム論﹂︵○一〇げ巴ω鴇滞ヨ↓箒o曼︶、 ﹁ヘゲモニー論﹂︵缶罐Φヨo昌目冨○曼︶や﹁相互依存論﹂︵置9こ8Φ巳窪昌↓冨o曼︶が急成長して国際政治

5

(7)

比較政治学の理論的地平 学の新しい理論領域を形成している。  これに対して現代政治学の第三の理論領域は戦後派としての比較政治学である。第二次世界大戦後のグローバ ルな政治変動  植民地主義の崩壊に伴う旧植民地から新生国家︵器名墨江9︶の独立という﹁国家の爆発﹂ と東西冷戦の冷酷な政治状況を背景に出現した比較政治学は、一九世紀以来の西欧やアメリカなどの民主主義国 家中心の憲法や政治制度の歴史的記述的研究に終始した﹁比較政治制度論﹂の機能不全を自覚し、西欧中心のパ        パを ローキアリズムを克服する知的革新として非西欧政治の行動科学的な比較分析として新しい理論領域を形成した。 この戦後派としての比較政治学は、政治的現実との理論的対応から第一期の一九五〇年代に開花した﹁近代化の 比較政治学﹂と第二期の一九八○年代に出現した﹁民主化の比較政治学﹂に分類することができる。  第一期の﹁近代化の比較政治学﹂は、非西欧政治における﹁もう一つの市民革命﹂の研究として、一九五二年 の﹁エヴァンストン・セミナー﹂︵国く讐馨目ωΦ日冒貰︶を画期とする﹁比較政治学運動﹂︵Ooヨ冨声氏奉 悶o一民8竃o話ヨの旨︶に代表される理論的傾向である。アーモンドはこの非西欧政治の近代化を対象とする比 較政治学の理論的傾向の第一の要因として、構造機能主義による比較研究の方法的整備と発展途上国に関する政 治データーの充実。第二の要因として、行動科学革命により開発された政治過程論や政治行動論の非西欧政治へ の適用。第三の要因として、発展途上国の政治文化や政治的パーソナリティーに対する人類学や心理学など政治 文化的アプローチの適用による異質的な政治文化や政治エリート集団の研究の展開を指摘している。そして最後 に、比較政治学に歴史社会学や社会学理論の積極的導入、とくにM・ウエーバー︵冒◎≦①げR︶の支配社会学や

6

(8)

東洋法学

F・テンニース︵コ日9巳①ω︶の社会形態論と並んでパーソンズの社会学理論とイーストンの﹁政治体系論﹂        ぢレ が比較分析の有効なツールとして導入された事実を指摘している。この時期の比較政治学は、発展途上国の近代 化を目標にする西欧型近代化論からより構造機能主義的な政治発展論︵勺o一庄8一UΦ<o一8ヨ①9︶への理論的移 行、近代化の比較数量政治分析および世界戦略と直結する地域政治研究の隆盛として、L・パイ︵いも冨︶、M・ ウイーナー︵冨。妻Φ営R︶やJ・コールマン︵いOo一〇ヨき︶などの﹁比較政治学委員会﹂のメンバーと共にK・ ドイッチュ ︵零U窪富魯︶、シモアー・M・リップセット︵留ヨoお匡’口冨9︶やD・アプター︵U。︾宮R︶ などによって推進された。しかし一九六〇年代以後の近代化の挫折と軍事政権や独裁政権の出現に直面して楽観 的な近代化の研究は変質し、発展途上国における経済発展との関連で抑圧的な軍事政権がもたらす政治的安定性 ︵2洋8巴ω$σ旨蔓︶が戦略的な研究テーマに設定された。またJ・リンス︵旨酵目︶によるスペインのフラン コ独裁体制の研究から﹁全体主義体制﹂と異なる﹁権威主義体制﹂の理論化を前提に、﹁官僚的権威主義体制﹂ ︵げ瑛8qR象8壁号o旨費凶習お閃一旨①︶の研究が、G・オドンネル ︵O.QUo目ΦεやA・ステパン ︵︸ ω8冨⇒︶などにより独裁的なラテン・アメリカ政治の比較研究の有効なツールとして開発され、比較政治学は 新しい理論的視界を拡大した。しかもサムエル・P・ハンチントン︵留ヨ器一ワ=仁旨ぎ讐9︶が指摘する一九 七四年の南欧の民主化に続くラテン・アメリカにおける民主化の﹁第三の波﹂︵浮一こ≦奨①︶の出現は、ウイー ナーの言う経験的民主政治理論として権威主義的な発展途上国の比較研究を決定的に推進し、﹁民主的移行﹂ ︵号BoR讐8賃きω庄○ロ︶や﹁民主的基盤強化﹂︵8ヨoR碧88房o一こ簿一9︶の研究が政治社会学やゲームの

7

(9)

比較政治学の理論的地平 理論の導入と並んで憲法工学的に検討され、﹁民主化の比較政治学﹂が新しい理論領域を形成するにいたった。  そこで次章以下では﹁近代化の比較政治学﹂から﹁民主化の比較政治学﹂にいたる理論展開の流れを、﹁比較 政治学論争﹂﹁比較政治学の研究方法﹂﹁比較政治学の理論的展開﹂を通じて検討することによって、比較政治学 の現在的位相を概観してその理論的成果を検証してみよう。 ︵1︶ ︵2︶ ︵3︶

54

︵6︶   ︵注︶  Z窪ヨ蝉導ωこ..○○目冨轟賦<o勺○一一賦oω一>=巴けg葺蔓︾℃冥巴ω巴.、︸ぎ﹄§ミミ勲、oミ蕊︾<o一μ。 。︵>轟仁ω戸 一〇鴇ンPω$●  一≦昌Rじ0400§貸ミ織ミ、ミ駐らミ﹄ミミ建、﹄ミ鳴導ミミ偲魯ミしoミミ塁︶↓訂UoおΦK零Φωω﹂=ぎo一ω︸一〇認︶℃● ω.  U=詩冨凶旨国4卜鳴肉飛壽。り魯ミ鳴導o魯象禽ミ夷避ミ”コ︾﹃8P一〇 。09P一①卜  宮島喬訳﹃社会学的方法の基準﹄岩波文庫、一九七八、二五八頁。  ζ厨昌Kこ尋ミ鳶ミ9ミ辱ミ譜ド禽b錨ミ象ミ貴ω包一辞δp匡09。ぼ①ωけ一Φp評岳﹂8一も。P  寄ω8毛U。>こ.、Z睾国・言9ω8HO。ヨ冨円鋤身Φ℃・ま8、、言モミミぎ§β<。一﹂図︵一Z。・“﹂巳ざお㎝刈︶︸ P器。。  ラストウは、西欧から非西欧への視座構造の転換を﹁最近まで西欧の人間は世界を支配していたが、今日では西 欧の人問も世界を研究している﹂︵℃包と述べているほどである。  >一目○づα○。>‘、ミ賊織らミbミ災8ミ§斜OP困ω∼ま9  アーモンドは﹁比較政治学委員会﹂の委員長就任に当たって、アメリカ政治学を変革した理論的酵母︵︷RBΦ旨︶ と方法論的革新を﹁外国の政治体系の研究に適用する使命感を抱いた﹂︵E●=ー嵩︶と述懐している。

8

(10)

東洋法学

二 ﹁比較政治学論争﹂    ﹁主流派比較政治学﹂ の形成  行動科学革命による知的革新として公刊された﹃比較政治学﹄︵Ooヨ冨轟賦語勺o一置8︶の冒頭でアーモンド と共著者のパウエルは、﹁過去一〇年の間、比較政治制度論の研究に知的革命︵一旨亀99巴お<o一暮一9︶が生じ

た。現在のところこの学問領域がどのように再構成されるか詳細には予測しえないが、この知的革新

      パと ︵言3<豊9︶の主要な方向を提示することは可能である﹂と述べて伝統的な﹁比較政治制度論﹂の決定的な変 革を提唱した。  アーモンドとパウエルによれば、第二次世界大戦後グローバルな規模で噴出した現代史的問題状況は、第一に 中近東、アフリカおよびアジアにおける﹁国家の爆発﹂1驚くほど多様な文化的社会的制度や政治的特徴を有 する大量の民族の国家的自立であり、第二に大西洋諸国の支配権の喪失ー国際的権力と影響力が前植民地や 半植民地的地域への浸透と拡大であり、第三に国民国家や国際政治システムの構造を決定する闘争に当たって民 主主義世界の強力な競争者としてコミュニズムの登場である。これら未曾有の現代史的問題状況が伝統的な﹁比        ヱ 較政治制度論﹂に代わる知的革新として比較政治学を要求するにいたった事実を指摘している。しかも戦後世界 政治のニューカマーとして登場した脱植民地の新生国家は、行動様式が偶然性と脅威にみち政治形態も混乱し驚 くほどの不安定性を現出して、西欧中心のスタッティックな法学的方法に終始するアメリカ政治学のナイーブな

9

(11)

比較政治学の理論的地平 伝統に深刻な疑惑と懐疑主義をもたらしたといわれる。こうして第二次世界大戦後の現代史的問題状況に対する 知的革新として出現した比較政治学は、変動する国際政治とニューカマーとしての新生国家に充満する複雑な政 治過程の科学的認識を確立し新しい国際的秩序の創造を意図する戦略的営為でもあった。  アーモンドとパウエルはこの比較政治学の理論的特徴を、ωパロキアリズム︵冨88匡呂ωヨ︶とエスノセン トリズムを克服しより広範で多様な人間的経験の全体的追究、ω西欧地域や非西欧地域における政党、利益集団、 選挙過程、政治的コミュニケーション、政治的社会化など政治と政策決定の構造と過程に関する非制度的な行動 科学的アプローチによるレアリズムの追究、㈹政治過程の数量分析方法などの導入による厳格な測定と統制され た観察方法を西欧政治のみならず非西欧政治へ適用することによる正確性の追究、㈲M・ウエーバー︵言。≦①げ R︶、T・パーソンズ︵↓●勺胃ω○霧︶およびハロルド・D・ラスウエル︵頃胃o匡U’い器ω類色︶などの影響の もとに、社会学、心理学および人類学を利用する理論的実験︵98お氏8一①巻R言窪鼠江目︶に依存し増大す       パら る知識を包括しうる知的秩序の追究と規定している。そして伝統的な﹁比較政治制度論﹂の総体的批判と知的革 新としての比較政治学の構築活動が具体化したのが、一九五二年のノースウエスタン大学における﹁エヴァンス トン・セミナー﹂で戦わされた熱烈な討論を起発点とし、さらに一九五四年の﹁世界政治学会フィレンツェ大会﹂ における共通論題﹁比較政治研究の本質、範囲および目的﹂︵↓箒Z象葺ρω8冨きα勺二∈oω09↓冨 ωε身900含冨轟江<ΦOO奉旨日Φ耳︶をめぐるロイ・C・マクリデス︵菊ερ竃四R一α①ω︶たち﹁革新主義 者﹂と﹁比較政治制度論﹂や一般国家学︵︾一一鴨B皿冨誓き邑①ぼo︶の傾向を共有するS・E・ファイナi︵ψ 10

(12)

東洋法学

国。閃営R︶、K・レーベンスタイン︵零■8≦①諺冨ぎ︶およびカール・﹂・フリードリッヒ︵○鴛一い 写δ島畠︶との間の論争として展開した。そこでここでは、マクリデスが集約した﹁セミナi・レポート﹂を 中心に﹁比較政治学論争﹂を概観してみよう。  ﹁比較政治学の研究はこれまでのところ本質的に公式の政治制度、特に西欧の政治制度の研究であった。この 意昧においてその研究はパローキアルであるのみならず、本質的に記述的であり形式主義的であった。そのため       パゑ 政治学の領域における位置づけは、概してその領域の曖昧性と方法的な不適切性のために不明確であった﹂との 挑戦的文章で始まる﹁セミナー・レポート﹂は、体系的な経験的研究を指向して先ず比較分析のレベルの暫定的 分類に着手する。  第一章の﹁比較とユニークネス﹂では比較政治学の﹁比較﹂が検討された。すなわち第一の比較のレベルは、 十分に同質的な政治システムに限定した単一問題の比較であり、第二の比較のレベルは、かなり同質的な政治シ ステムとの関係で幾つかの要因やその集合体の比較である。そして第三の比較のレベルは同質性︵ぎBO鴨器− 一蔓︶に関係なく政治制度や政治過程の部分の比較であり、第四の比較のレベルは政治システム間の比較である。 そこで比較の一般理論を構成するには、概念装置の抽象化、カテゴリーや概念の構成、分析における特定の構成 要素を正確に示す基準、作業仮説の形成とその検証、単一仮説よりも仮説連続の必要性、比較研究による理論的        ハヱ 開発効果、整序されたデータ⋮収集による予め想定された関係の排除などが必要な理論的操作として合意された。  第二章の﹁アプローチの提案﹂では、比較政治学の概念枠︵8琴8ε巴零窯日Φ︶として普遍的に認識しうる 11

(13)

比較政治学の理論的地平 社会機能として政治現象を設定し、これを正当な政策決定を遂行する政治過程と認識する。そこで主要な分析的 作業は、正当性神話の分析、政治的願望、政治過程や有効な権力要因の分析、政策決定システムの分析、これら の政治的側面とその相互関係に関する一般的仮説の形成、公式非公式の政治過程間の緊張関係の研究をつうじて       パを 変動理論の形成が主張された。これらの理論的検討の後、比較政治学発達の現状にかんがみ幾つかの﹁代替的ア プローチ﹂が検討された。最初の﹁代替的アプローチ﹂は﹁問題中心アプローチ﹂︵浮①震○醒のヨ巷賓8畠︶ であり、三つのサブ・タイプが提案され討論された。第一のタイプは、同質的文化圏の内部で限定された変数に よる抽象化の低位の小範囲理論︵9霞○≦肖彗鴨跨8曼︶の問題研究であり、具体的には議会制における解散権 と内閣の安定性の関係の分析が例示された。第二のタイプの中範囲理論︵ヨ一3す轟轟の島8曙︶の問題研究は かなり高度の一般化を指向しながら小範囲理論と共に一般政治理論への収敏を求める問題研究として、具体的に は発展途上地域の急速な産業化の政治的結果の研究が例示された。これに対して第三のタイプの政策指向理論 ︵8一8ギoユo昌898蔓︶は、重要な政治問題や緊迫的葛藤状況や政府行動の必要から生じた諸問題の実践的解 決を指向する間題研究であり、具体的には旧植民地における立憲政治の発展やフランスにおける政治的不安定性 への対応などが問題領域として例示された。そして収集されたデーターが共通の理論枠のもとに正確に整除され た分類表を提供しうるべく政策決定、政治エリートや政治システムのパフォーマンスを含む政治のチェック・リ ストが提案されたのち、第三の代替的アプローチとして﹁地域研究﹂︵魯Φ碧Sω9身︶が検討された。  ﹁地域研究﹂における地域に関する伝統的な地理的・歴史的・経済的・文化的基準が検討されたのち、操作的 12

(14)

東洋法学

基準として人類学が利用する文化的基準が共通の政治的特質や特徴群との関連で地域内の政治比較を可能にする 枠組みとして導入された。たとえばラテン・アメリカでは、政治的不安定性と革命、成文憲法と政府活動、独裁、 ミリタリズム、地域主義および国際政治などの問題群が実り豊かな地域内比較︵巨轟−巽$8目冨誘o⇒︶を約 束するものであり、同じタイプの問題群は中東、スカンジナヴィアおよび西欧地域にも発見される。さらに政治 学者に有用な地域概念の操作基準として、①価値や理念の相互作用、②環境的近接性、③経済関係、④権力関係 や権力集団の相互作用、⑤戦略的重要性が指摘され、政治学者はこれらの基準を観察しうる政治過程における類        パヱ 似性︵ω冒壁ユ蔓︶と差異性︵&ωωぎ壁鼠蔓︶に関係づけこれに対して仮説による説明が要求される。  第四章は﹁国際関係と比較政治学﹂の関係が討議の対象である。戦間期や第二次世界大戦後の国際政治の一般 理論形成の努力を前提に、対外政策に影響する勢力、対外政策執行の技術や機関および諸国民間の紛争解決の制 度や活動の三つの関心領域が指摘された。  対外政策活動分析の中心的装置は﹁国益﹂︵鍔江○墨=艮輿8け︶であり、この概念は国民国家間の権力や政治 紛争を基礎にするから、現実の対外政策は諸国家の行動に制約を設定しようとする客観的条件の産物である。国 家政策の伝統に学ぶ政治家は類似の対外政策を形成する傾向があるのは否めないから、国際政治学は国家の政治 行動に焦点を設定することになる。こうして国際政治学の研究者は、対外政策に対する国家の対応を含む行動的 側面に共通の内外の要因を研究することによって比較研究も可能になる。問題は﹁国益﹂であり、二つのアプロー チが可能になる。一つは国家権力や不可欠な利害などその客観的な物質的条件としての地理的条件、資源や伝統 13

(15)

比較政治学の理論的地平 と並んで、﹁国益﹂をめぐる政策的相互作用の問題は国際政治学の固有の対象領域とされた。同時にもう一つの アプローチとして、﹁国益﹂の内容を決定する政治制度や多元的な社会構造、﹁国益﹂に対応しこれと異なる集団 的利益の展開の問題の検討は比較政治学の固有の領域と規定されてきた。これに対して﹁セミナー・レポート﹂ は両者の協力領域として、①国際政治における政策決定過程、②﹁国益﹂の差異、政治エリートの構成や政治シ ステムのタイプ、③国家行動に対する国内政治の影響と国家間の関係  国内政治と国際政治の相互補完性、 ④地域は国家間に共通の志向や行動様式をもたらすから類似性と差異性の検証が共通の課題となり、⑤対外政策 の目標は、﹁国益﹂の文脈の中で選択、規定条件と戦略選択の相互作用を検証するに当たって両者の協同作業を        ハ マ 必要としていると結論している。  こうして西欧政治中心の伝統的な﹁比較政治制度論﹂を批判する﹁セミナー・レポート﹂の主張   非西欧 政治を視界に導入した科学としての比較政治学の主張は、﹁世界政治学会フィレンツェ大会﹂での討論をへて 一九五五年出版のマクリディスの﹃比較政治の研究﹄︵↓ぎω君身900B冨轟自奉○○<Φ旨BΦ旨︶における告 発的な論調として体系的に展開された。  ﹁革新主義者﹂としてのマクリデイスの﹁比較政治制度論﹂に対する五項目にわたる批判は、第一に、伝統的 な﹁比較政治制度論﹂は﹁本質的に非比較的﹂︵ΦωωΦ艮巨貯昌98目B轟鉱<①︶である。なぜならそれは一国あ るいは数力国の西欧の単一文化圏における政治制度の並列的叙述に終始しており、しかも研究者の関心は国家の 法的構造、主権の位置、選挙法や政党支持の有権者の分布状況など特定国家の制度的構造に照準して議論を展開 14

(16)

東洋法学

       すレ しているから、その研究は名目上比較的であるに過ぎない。  第二に、伝統的な﹁比較政治制度論﹂は﹁本質的に記述的﹂︵Φωω9識巴貯号ωR甘江<Φ︶である。たとえば当時 最良のテキストといわれたジェイムス・T・ショットウエル︵冒旨8↓,ωげ9毛①ε の﹃大陸ヨーロッパの政 治制度﹄︵Oo<①導e9房900暮ぎ窪鼠一国霞o需︶によれば、比較研究の対象がフランス、イタリア、スイスお よびドイツからソ連に移行する場合、そこでは何等かの共通の関係が存在する事実が提示されないから、なぜこ れらの特定国家のみが比較研究の対象として選定されたかの具体的基準も存在しないし、またこれらの国家の政 治制度の類似性や差異性を証明する諸要素の分析も行われていない。それ故比較研究に必要な作業仮説の定立と いう分析的操作もなく、問題解決的でもない。政治制度の記述方法として﹁マグナ・カルタ﹂をイギリス議会の 発祥とする歴史的アプローチと、憲法条文に従い政治制度の精密な複写図を描く法学的アプローチあるいは両者        パ  の併用に終止しており、これらのアプローチは本質的に法則抽出的ではない。  第三に、伝統的な﹁比較政治制度論﹂は﹁本質的にパローキアル﹂︵Φωω窪江巴く冨8碧匡巴︶である。それが 比較研究の対象とする政治制度は、せいぜい西欧国家群にのみ限定され、それにスカンジナヴィア諸国家とイギ リス自治領が追加されるに過ぎなかった。そしてアメリカの大多数の大学の﹁比較政治制度論﹂のコースも例外 ではない。有名なカール・﹂・フリードリッヒ ︵○霞一い零δ象畠︶ の ﹃立憲政治と民主主義﹄ ︵Oo霧蜂旨一9巴○○<Φ旨BΦ旨碧αUo目8冨身︶も、その比較研究の対象はもっぱら西欧とアメリカに集中し、 発展途上国を対象とする﹁新生国家における立憲主義﹂が第一六章として追加されたのは、一九六七年の第四版 15

(17)

比較政治学の理論的地平 においてであった。この西欧政治中心のパローキアルな比較研究が有力な潮流として存続しえたのは、﹂・ブラ イス︵9ω蔓8︶を始め大多数の政治学者が共有する信念  民主主義こそ人類にとってノーマルで存続可能 な政治体系であり、全世界に普及拡大するべく運命づけられているとの信念に由来する。そしてこの研究態度や       パじ 信念こそ、非西欧社会の政治研究の停滞をもたらす原因になったのである。  第四に、伝統的な﹁比較政治制度論﹂は﹁本質的にスタティック﹂︵oωωΦ旨巨ぐω$旨︶である。政治現象の 成長や変動を無視して、法学的アプローチの観点から国家権力の権限配分の研究などスタティックな政治制度の 解剖学︵冒一筐8一雪讐oヨく︶に専念する傾向を示した。ことに一九世紀の比較研究が前提にしていた進化論が 放棄されて以来、理論的関心は国家主権とその位置づけの問題に集中し、憲法構造の研究が支配的になった。ま た政党の研究がなされてもその法的地位の叙述が中心であり、H・メイン︵=●困巴器︶の﹃民主政府﹄ ︵勺8巳巽○○奉毎目①旨︶やW・レッキー︵名。Uooξ︶が提起した政党政治の発展と普通選挙権の拡大がもた らす民主政治へのインパクトは無視され、W・バジョットの﹃イギリスの国家構造﹄︵国⇒ひQ房げOo霧鼻葺一9︶       ハリ の法学的アプローチが一九世紀末まで支配していた。  第五に、伝統的な﹁比較政治制度論﹂は﹁本質的にモノグラフィック﹂︵oωωΦ暮巨ξ目90鴨巷霞o︶である。 その基本的文献の若干のものを除けば、比較政治研究とは一国の政治制度あるいは特定の政治制度の研究に集中 した。たとえば﹂・マリオット︵い匡貰ユ9︶の﹃イギリス政治制度論﹄︵国轟一凶筈勺○一謡8一冒ω蜂舞δ霧︶や J・バルテルミー︵いω巽践色ヨ図︶の﹃近代国家における行政権の役割﹄︵冨勾9①含勺○薯o冒ひ淋o⊆窪 16

(18)

東洋法学

畠霧一8恩讐Eβ器ω日&R器ω︶などである。これらの研究業績は、個別的に見ればいずれも法学的アプロー チの傑作を含むが、その研究領域はいずれも行政府と立法府との関係、行政法の生成と行政制度など政治制度の 単一分野の問題に集中し、比較研究が有効性を発揮し得る政治的要素と非政治的要素の関係に関する体系的研究 は行われなかった。従ってこれらの研究で採用された研究方法や政治制度の発展の方向性が、それ以外の国家の       ハお 類似する政治現象の分析に適用可能かの問題は依然として未解決のまま残存したのである。  以上の五項目にわたる﹁比較政治制度論﹂の批判をマニフェスト的に展開した後、マクリデイスはこれに代わ る﹁革新主義者﹂の比較政治学について結論的に述べている。  マクリデイスによれば、﹁伝統的な比較政治制度論に代わって愛用されている比較政治学という用語法は、伝 統的アプロ1チと異なる関心領域と方法論的指向性を示し始めている。比較政治学は共通の課題や問題に答える 目的で、真の比較研究として政治過程や政治制度の研究を提案している。そのことによって比較政治学は、出来 る限り多数の政治体系の比較が可能なように分析範囲を拡大しているのである。そして比較政治学は、政治制度 に対する伝統的主張を放棄して、権力願望の適応と調整を行うため協議︵留一貯段讐δo︶と政策決定を含む社会 機能としての政治の研究、すなわち政治体系の四つのカテゴリiー政策決定過程、政治権力、政治的イデオ ロギーおよび政治制度に注目しながら、非西欧を包含する政治の比較研究を行うのである。ーこの意味にお いて比較政治学は、過去に閑却されてきた諸要素を導入して比較研究の範囲を拡大するのである。方法論的には、 比較政治学は、一般的カテゴリーのなかで政治体系の特徴を検証するアプローチに従う。比較政治学は、政治現 17

(19)

比較政治学の理論的地平 象の検証が可能な限り多数の政治体系で可能になるとの観点のもとに分析的カテゴリーを形成する。とりわけこ の政治現象の類似性︵巴ヨ一一胃一蔓︶と差異性︵象ヰR98︶を検証し説明する。それゆえ説明︵與風碧讐一9︶と は、共通のカテゴリーのなかにあらゆるデーターの収約と検証される仮説の形成を必要とするのである。そして 最後に比較政治学は、政治現象の傾向性の予測と政策提案︵2一一q冨8ヨヨ9鼠広9︶が可能との観点から、 知識体系の開発を志向するのである。この意味において比較政治学は多数の政治理論が生産される母体となり、       ハど 同時にその検証をも行う研究室︵蜀げo墨8蔓︶になるのである﹂と言われる。  こうして、マクリデイスによる比較政治学の革新主義的マニフェストに代表される一九五〇∼六〇年代の﹁比      パを 較政治学運動﹂は、行動科学的方法を体得した多数の若手の政治学者を吸引しつつ理論的精練をへて、新生国家 の近代化論を基軸として開化した。  この﹁比較政治学運動﹂における研究活動の状況を示す最初の統計資料が、一九六八年にデューク大学のR・ ブライバンティー︵罰国声ぎきεによって発表された。ブライバンティーは、﹁アメリカ政治学界誌﹂︵↓箒 >目R8彗悶o洋8巴ωqΦ目Φ園零δ名︶に報告された政治学関係の博士論文の分類  比較政治学、政治理論、 アメリカ政治、憲法、州と地方の政治、公行政および国際組織のうちで比較政治学の博士論文が占める比率を算 出している。それによればこの七分類のうちで比較政治学の博士論文が占める比率は、一九四八∼一九五二年で は一二%に過ぎなかったが、一九五三∼一九五七年では一七%、一九五八∼一九六二年では二七%、一九六三∼ 一九六六年では三三%に飛躍的に増大した。また単年度で見ると一九四八年には八%に過ぎなかった比率が一九 18

(20)

東洋法学

        六六年には三五%に達した事実が報告されている。  これに対してピッツバーグ大学のS・ブランタ︵ω曹匹彗闘︶の一九七二年の調査によれば、政治学の博士論 文のテーマ別分類1ω政治哲学・理論・方法、③アメリカ政治機構と政治、⑥アメリカ憲法と行政法、㈲ア メリカの州と地方の政治機構と政治、㈲カナダの政治機構と政治、㈲公行政、ω外国および比較政治機構と比較 政治、㈲国際組織および政治と法律の分類のうち、第七分類の博士論文の比率は、一九六六年では三〇%、一九 六七年では二六%、一九六八年では三五・七%、一九七一年では三一・二%、一九七二年では三二・三%を示し て、毎年他の分類に対して首位を確保している事実を明らかにしている。そしてさらにこれらの博士論文のテー マの地域別分布を見ると、西欧諸国に対してサブ・サハラを含む非西欧諸国、アジア、中近東、ラテン・アメリ カおよび東欧に関する博士論文が約二∼五倍と増加しているのがわかる。具体的に一九六六年の博士論文八八本 のうち、西欧諸国に関するもの一六本、アフリカ諸国に関するもの二一本、東欧諸国に関するもの一二本、ラテ ン・アメリカ諸国に関するもの六本、中近東諸国に関するもの七本であり、一九七二年の博士論文二六一本のう ち西欧諸国に関するもの四二本に対して、アフリカ諸国に関するもの二七本、アジア諸国に関するもの六二本、 東欧諸国に関するもの二三本、ラテン・アメリカ諸国家に関するもの五〇本、中近東諸国に関するもの一六本を  パヨ      ぽ 数え、﹁比較政治学委員会﹂のブリリアントな指導者、アーモンドのいう﹁比較政治学運動﹂の盛況を実証した と言えよう。  そこで次章では、この﹁比較政治学運動﹂によって開発された﹁比較政治学の研究方法﹂の理論構造について 19

(21)

比較政治学の理論的地平 概観してみよう。 ︵注︶ ︵1︶>冒○且P︾.︾きαP︼W’︸o薯Φ芦9きざミ妹ミぎ§駐温導ミ愚ミ軸ミ黛﹄感蜜もミ鳶ロ琶ρ︼W8類昌きα  OoBO四昌ざω○ω8昌餌pα↓3筥o”一〇①ρや一。 ︵2︶≧日o邑ρ>。る且ρω℃・毒の一ど§織。も。伊 ︵3︶︾冒o且¢︾4卑民Φ中勺・窺亀博§織。もP①∼。。。 ︵4︶ 、.寄ω8﹃魯営O・B冨轟什一<Φ℃。ま8、、︸S壽﹄ミミ§評§らミの魯§馬肉§§℃<・一。図一≦H︵Z。。ρ  ω88ヨびR一〇㎝ωンPO﹄   一九五二年夏に﹁社会科学研究評議会﹂︵ω09巴ω9窪8園8①胃魯02蓉凶一︶の主催でノースウエスタン大学で  開催された﹁エヴンストン・セミナー﹂は、﹁比較政治学の研究﹂︵勾8Φ巽魯ぎOOヨ冨β二<Φ℃o一往8︶をテーマ  に議長でノ!スウエスタン大学のマタリデイスとシカゴ大学のR・コッタス︵零Oo図︶が共同でレポートを作成  した。セミナー参加者は、ハーバード大学のS・H・ビーア︵ω’甲㊥ΦR︶とH・エタスタイン ︵甲守厨け①包、  ノースウエスタン大学のG・1・ブランタステン︵○●H匪き厨け窪︶、MITのK・W・ドイッチュ︵因﹂。UΦ暮ωo  げ︶、シカゴ大学のK・W・トンプソン︵囚’薯.↓ぎB冨8︶、ミシガン大学のR・E・ウオード︵菊9中≦胃α︶  その他数人が参加して熱烈な討論が行われた。また﹁アメリカ政治学評論﹂︵↓冨>ヨR8き℃○一崔8一ω9雪8  勾o<一①妻︶に﹁セミナー・レポート﹂掲載にあたって編集者の要請でフリードリッヒ、H・D・ラズウエル︵=U’  い霧ωゑΦ一一︶、H・A・サイモン︵=.>6ω一目9︶、R・﹂・D・ブライバンティ︵勾﹂。U.ゆユ富旨一︶、G・L・フィー  ルド︵O.r困Φ匡︶、D・ワルドi︵U。薫巴3︶がコメントを寄稿した。 ︵5︶§駄。も9富よ“。 。, ︵6︶ 暁騒駄‘唱や鐘○ 。∼O㎝O● ︵7︶&ミも葛q。∼臼9 20

(22)

17 16151413121110 98

)         ) ) ) ) ) )     ) )︸WO一くωけΦ一昌 曽昌α 目︶。 ︸W。   冒鋤Rこ①ω勾。○︺  賊曽軌駄‘ ℃℃。O㎝㎝∼O㎝刈9ζ蝉RこΦω 一≦8ユα①ω 匡四〇ユαOω 寓餌Rこ①ω 困鋤O﹃一αΦω ︾一ヨo昌α

  即戸刃即零

勾》

44000ρ○

軌黛駄 軌黛織 帖騒駄 き罰 尋受 ︾℃§︵Φα︶ §恥しり欝魯        O● ︾  bON帖味軌ら黛N﹄︾鳴㊤鳴、O博ミ鳴ミ朴  切目餌一σ餌昌け凶 勾   帆、OO日も鋤﹃鋤け一<Φ       一8。 。︶も忌①∼ω一。 国鋤爵ω‘、、U9四8 ︸ρ<o一ひ︵Zρ合閃巴一        黛 OOミ辱匙ミ妹帖蝕恥 OO魁鳴\§ミ鳴§味堕 勾曽昌α○ヨ 甲︷Oqω① 同昌O‘ ZΦ薯 イO吋匿層 一■Oq㎝博 凶昌 =.        ︸OoB冨轟江<Φ℃o一鼠8”↓冨牢①ΦギΦωρZΦ≦イo詩”一8ρワ“ω。 ‘ も唱。藤ω∼““9 ‘署●禽∼碑伊 4P“伊 ← 唱℃.“㎝5“O’ ‘P㎝一9        0.謡P          b。ま8一︾き一琶ω寄。。琶αR8、、uぎ誉ミ§ミ黛ざ§参<。一。ω。︵Z。。一︶ U一ωω①旨蝕o昌営閃○邑讐鋤&Ooヨ窓声鉱<ΦOO<Φ旨ヨo旨ξ薫o匡α>お碧一8㎝1一㊤認、、”   一鶏N︶も竃8∼“ωH

東洋法学

21

(23)

22 比較政治学の理論的地平 三 比較政治学の研究方法    構造機能主義から新制度主義へ  伝統的な﹁比較政治制度論﹂の理論的克服を志向して知的革命として出現した﹁比較政治学運動﹂は、アカデ ミズム内部における激しい﹁比較政治学論争﹂をへて形成されたが、現実政治的には﹁ヤルタ体制﹂を原点とす る世界分割ー﹁パックス・ルソi・アメリカーナ﹂に伴う政治的要請  第二次世界大戦後に噴出した新し い国際政治状況に対するアメリカ・サイドに立脚する緊急の戦略的営為として促進された事実も無視できないと ころである。  この﹁比較政治学運動﹂を促進した現実政治的要因とは、第一に、第二次世界大戦後の﹁パックス・ブリタニ カ﹂の崩壊と東西冷戦状況の出現、第二に、アジア、アフリカ、ラテン・アメリカにおける植民地の独立 国家のビッグ・バンと新生国家の国際政治への登場、第三に、第二次世界大戦後の社会主義勢力の増大と社会主 義にいたる非資本主義的移行の可能性、第四に、非同盟勢力と社会主義中国の連携、そして第五に、自由世界の 警察官としてのアメリカの世界戦略上の緊急の要請によるものであった。ことに一九四七年のW・チャーチル ︵≦’Oど8獣εの﹁鉄のカーテン﹂を非難する﹁フルトン演説﹂以後、R・アロン︵罰>8昌︶が規定する平 和は不可能であるが戦争も起こりえない東西冷戦状況において、植民地から独立した新生国家の政治変動の動向 分析は、伝統的な﹁比較政治制度論﹂の法学的方法と西欧中心の狭小なエスノセントリズム的視界の超克を理論

(24)

東洋法学

的に要請するものであった。  一九五四年に﹁比較政治学委員会﹂︵↓ぼOo目日鐸8900目冨﹃暮貯①勺o一庄8︶の委員長に就任した当時 プリンストン大学のアーモンドは、委員長就任に当たって﹁すでにアメリカ政治学の研究分野を変革した理論的 変化︵眺R目o旨︶と方法論的革新︵ヨ①跨&o一〇瞥畠=巨o轟江Op︶を、外国の政治体系の研究に適用する使命感    パこ を抱いた﹂と述懐しているが、この言葉のなかに﹁パックス・ルソi・アメリカーナ﹂の現実を認識した﹁革新 主義者﹂の新しい比較政治学に対する性格づけと創造の熱意を認めることができよう。  アーモンドによれば、﹁比較政治学運動﹂とは四つの理論的傾向の総称であるといわれる。その第一の理論的 要因は、非西欧諸国に関するデーターの充実である。ことに西欧諸国で発達した議会制、官僚制、政党や利益集

団などの政治制度が、非西欧諸国では根本的に異なる意味を有するとの認識に基づいて、構造機能主義

︵ω寓目ε轟=巨&9巴凶ω目︶の観点から政治体系における機能的等価性を有するデーターの収集がなされ、デー ター・バンクが形成された。第二の理論的要因は、アメリカの現代政治学が開発した行動科学的方法論の適用で ある。第二次世界大戦後、﹁アメリカ政治学会﹂の﹁社会科学研究評議会﹂︵ω09巴ω9窪8勾8臼器び Oo⋮亀︶の研究活動!﹁政治行動委員会﹂と﹁政治過程委員会﹂を通じて推進された行動科学運動の一端を 担うものとして﹁比較政治学運動﹂が推進された。政治過程論や政治行動論が積極的に非西欧諸国の政治研究に 適用されたのである。第三の理論的要因は、非西欧諸国の文化や人格の分析に人類学、心理学、精神分析学の理

論文化的人格的アプローチの適用である。S・フロイド︵ω●写Φ鼠︶とその弟子たちーフロイド左派

23

(25)

比較政治学の理論的地平 の精神分析学による国民性の研究に影響を受けた政治文化的アプローチによる比較研究である。そして第四の理 論的要因は、比較政治学に歴史社会学や社会学理論が導入された事実である。とくにM・ウエーバi︵鋸● ≦魯R︶の支配社会学、F・テンニース︵7臼3三8︶の社会形態論やT・パーソンズ︵↓,勺貰ωo房︶の社会 学理論が、非西欧諸国のデーターを整除し分析する有効な社会学理論として積極的に援用された。このうちパー ソンズの﹁社会体系論﹂やD・イーストン︵U。国器8昌︶の﹁政治体系論﹂が、比較研究の有用なツールとして        ハヱ 導入され比較政治学の発展に貢献したといわれる。  こうして伝統的な﹁比較政治制度論﹂の法学的方法論に代わって、政治体系論を前提にする構造機能主義が比 較政治学の基本的な研究方法となった。フランスの比較政治学者、M・ドガン︵竃●∪畠き︶は、﹃諸国民の比 較研究方法﹄︵=o≦800目冨おZ簿δ霧︶のなかで確率論的因果性︵震oげぎ臣ω蔚畠拐巴一蔓︶を前提にする 比較研究の方法的特徴について、﹁機能的対応関係︵甘琴鉱9巴8三く巴碧08︶の研究は、役割と機能を分析的 に分離することを通じて行われる。同一の機能は様々の国家において異なった機関によって遂行され、また反対 に類似のあるいは同一の制度は様々な国家によって異なった機能を遂行する。部族は政治的には、他の厳格に組 織された政党が担う指導者補充の機能を遂行することができる。また政党が存在していても他の組織、たとえば       パゑ イギリスの労働組合やイタリアのカソリック行動団のような組織は、指導者補充に貢献しているのである﹂と述 べて、比較研究戦略における構造機能主義の搾出的意義を積極的に肯定している。  この構造機能主義を前提にする比較研究は、ローレンス・C・メイヤー︵冨類お目Φρ冒塁R︶が指摘する 24

(26)

東洋法学

      パゑ ように基本的には﹁類似比較﹂と﹁差異比較﹂に分化して比較基準の概念構成を要求する。伝統的な﹁比較政治 制度論﹂は、比較研究の対象領域を専ら西欧諸国家、主として民主的政治文化の支配領域に限定していたから、 比較の対象領域に対応した比較基準の概念構成を無視することができた。しかしグローバルなレベルで比較研究 の対象領域が拡大する現代政治の新しい局面では、比較基準の概念構成は類似性と並んで差異性を基軸に論理的 に再構成されなければならない。すでにA・L・カルバーグ︵>.ず国巴一幕お︶の異質的対象に対して共通の       ハニ 基準の発見による量的オーダー化  認識的操作の問題を前提に、G・サルトーリ︵O●ω貰8邑はいち早く 地域概念との関連で比較基準にする三レベルの概念構成を例示した。  サルトーリは比較基準の抽象化のラダーを前提に、﹁普遍的概念化﹂︵⋮貯Rω巴8琴8窪巴一鋸江9︶、コ般的 概念化﹂および﹁形態的概念化﹂︵8嘗お葺簿貯Φ8β8讐轟誌簿δ⇒︶を地域概念との関連で考察した。第一の ﹁普遍的概念化﹂は、﹁異質的地域間の際域比較﹂︵Roωω費$8目窓誘目㊤Bo轟げ卑R轟窪8器8暮霞房︶ の基準として有効である。具体的には西欧民主主義国家群と社会主義国家群との間で行われる交差文化的な﹁差 異比較﹂であり、このレベルに適用される比較基準は﹁普遍的概念化﹂である。従ってこの概念の外延は最大限 に拡大するが内包は僅少な基準とならざるをえない。サルトーリはこの﹁差異比較﹂で形成される理論を﹁グロー バル理論﹂と呼んでいる。これに対して第二のコ般的概念化﹂は、﹁かなり同質的地域間の域内比較﹂︵ぎ寝寧 巽臼8ヨ冨誘9蝉ヨo轟﹃①一畳話辱ぎ目畠窪8拐oo旨①答ω︶の基準として有効である。伝統的な﹁比較政治 制度論﹂が無自覚的に対象とした西欧民主主義国家群の内部における比較研究や第三世界と呼ばれる植民地から 25

(27)

比較政治学の理論的地平 独立した新生国家群の内部における政党制や官僚制に比較研究がコ般的概念化﹂によって﹁類似比較﹂される。 従ってこの概念は、経験的分析を基礎に類似性を基準とする外延と内包は適切な均衡関係の上に形成される。サ ルトーリはこの﹁類似比較﹂で形成される理論を﹁中範囲理論﹂︵目こ色Φ轟鑛Φ98蔓︶と呼んでいる。第三 の﹁形態的概念化﹂は、﹁個別国家分析﹂︵8仁導曼冴8琶什蔓き巴鴇邑の基準として形成され、この概念の 内包は最大限に拡大され精密化するが、外延は個別国家の領域を超えることができない。サルトーリはこの﹁個        ロ 別国家分析﹂で形成される理論を﹁狭小理論﹂︵9霞o類讐轟①浮8曙︶と呼んでいる。しかし注意すべきは、 この﹁類似比較﹂と﹁差異比較﹂の操作は常に時間軸の上で展開される事実である。この場合、比較基準の概念 構成を変えることなく﹁共時比較﹂︵亀目ぼ○巳08ヨ冨ユω9︶と﹁通時比較﹂︵9碧ぼ988ヨ冨ユωop︶とし て、時間軸の上で﹁類似比較﹂と﹁差異比較﹂の操作を展開することができる。一般的に比較研究は、現代政治 を対象に﹁共時比較﹂として展開するが、時間軸を遡及して過去の政治との比較研究によって現代政治の特徴を 的確に抽出することが可能になるからである。  そこでこの﹁差異比較﹂と﹁類似比較﹂との比較基準の概念構成を前提に、ホワード・J・ウイアルダ ︵=o類巽α旨≦一巽量︶に倣って比較政治学の研究領域を再構成すれば、①個別国家研究あるいは個別国家内の 政治制度などの研究、②二国家間あるいは多数国家間の研究、③地域政治研究︵お咀9巴e巽8ω日身︶、④ 交差地域政治研究、⑤グローバルな比較政治研究、⑥テーマ別の比較政治研究︵90ヨ蝕。ω霊9①ω︶に分類する      パヱ ことができる。 26

(28)

東洋法学

 ここにいう﹁個別国家研究﹂とは伝統的な﹁比較政治制度論﹂の枠組みと異なり、A・レイプハルト︵︸ 一Φ一9巽梓︶の﹃協調の政治﹄︵↓冨勺○一宣89>8ヨヨa簿δp︶のように統計的方法に依存することなく、検 証された理論仮説が他の国家の事例研究に適用しうる場合に極度に比較的になる。この概念構成は本質的にサル トーリの﹁形態的概念化﹂であるが、より積極的に﹁類似比較﹂の基準として外延の拡大を可能にする比較能力 を有する概念となる。これに対して﹁二国家間研究﹂はドガンのいう﹁二元比較﹂︵玄轟憂き巴鴇邑であり、 ﹁黙示的二元比較﹂︵一B葛o津獣墨曼き巴誘邑と﹁明示的二元比較﹂︵窪巳こけ寓墨曼器巴鴇一ω︶に分類され る。前者は、A・ド・トクヴィル︵>.αの↓08薯竃①︶やR・ダーレンドルフ︵罰U魯お&oきのようにアメ リカやイギリスを熟知することから逆に自国の認識が弁証法的に精練された場合であり、後者はR・ベンディッ クス︵罰閃雲9×︶の﹃国家形成と市民性﹄︵Z簿δ亭び巨臼躍きαΩ言窪筈す︶における﹁侍﹂と﹁ユンカー﹂ を対象とする二国家問の比較であり、また選挙比較では統計的方法が積極的に導入されるがこれは数量的二元比 較に分類される。多数の国家が比較研究の対象になるにつれて、類似性の比較であれ差異性の比較であれ統計的        パニ 資料への要求が必然的に増大せざるをえない。  比較政治学における﹁地域政治研究﹂は、類似の歴史、文化、言語、地理的位置、法体系、宗教、植民地経験 などで共通する類似国家間の比較研究として長い伝統を有する。とくに地理的位置は歴史的文化的経済的政治的 に類似の領域を作り出すからであり、類似国家間の類似性と差異性に注目し因果関連を発見し、多数の変数を統 制するのに適当な領域を形成しているからである。比較概念の外延と内包が均衡してサルトーリのコ般的概念 27

(29)

比較政治学の理論的地平 化﹂が積極的に適用しうる﹁中範囲理論﹂が形成しうる領域である。かつてロバート・E・ウオード︵菊o訂旨 中≦m巳︶は、﹁アメリカ政治学会﹂の会長就任演説   ﹁文化と政治の比較研究あるいは硬直した弁証法﹂ ︵O包εおき血↓箒Ooヨ冨轟江<①ω豊α﹃9勺o=け8ρ自島oO9ωけ言象89巴9江o︶のなかで、﹁地域政治研 究﹂が歴史的法学的アプローチに終始し特質描写的傾向に堕した現実を踏まえて、コつの頭脳に二つの訓練﹂ ︵け名oω江房冒9①葵邑︶という研究戦略  ﹁地域政治研究﹂と行動科学との統合戦略を求めて科学として        すロ の﹁地域政治研究﹂を主張した領域でもある。しかし東南アジアに明らかなように地理的近接性は、必ずしも地 域政治の類似性と連結しない。ジョン・D・マーツ︵冒ぎU。寓貰言︶は、比較政治学が開発した﹁従属理論﹂ ﹁官僚的権威主義﹂﹁移行理論﹂などのマクロ理論が、地域の政治的多様性−差異性を正確に認識する機能を遂 行していないと主張する。そして地域としてのラテン・アメリカを前提に、ωこの地域に存在する個別国家間の ﹁類似比較﹂の可能性を増大し有意の理論形成のため、ラテン・アメリカ全域でなく中央アメリカやグラン・コ ロンビア︵ヴェネズエラ、エタアドル、コロンビア︶などの下位領域を設定し、のマクロ理論よりも多変数経験 分析を可能にするメゾ理論としての﹁中範囲理論﹂の形成に努め、専ら中範囲の一般化を志向し、㈹分析的折衷 主義の実践、とくに経済的制度的分析に当たって文化変数も導入して、ω地域的パローキアリズムを回避するた        ハリ め地域研究とグローバルな問題や傾向とを方法的理論的そして実態的に結合する必要性を強調している。たとえ ばC・ジョンソン︵○﹂oぎω9︶の北東アジアの地域政治研究  資本主義的発展指向型国家としての日本、 韓国および台湾を対象にした﹁柔らかい権威主義﹂︵ωo津翌島o葺胃冨巳ω日︶の分析は、抑制された﹁中範囲理 28

(30)

東洋法学

       パユ 論﹂による比較政治学の優れた貢献であろう。こうして﹁地域政治研究﹂は、地域政治の差異性を過度に強調す ることなく、また地域政治の類似性を過度に一般化することなくメゾ理論としての﹁中範囲理論﹂の形成によっ てこれを抑制し、地域が顕在化する南北問題、人権間題、環境問題、開発問題など﹁世界的問題群﹂︵跨o         パお ≦e包冥o亘Φヨ讐8ω︶への注目を怠ることなく、普遍への分解と特殊への統合という﹁地域政治研究﹂の二重 所属性を志向する知的営為を継続することによって、比較政治学の理論的実証的発展に積極的な貢献をもたらす     パを と言えよう。  これに対して﹁交差地域政治研究﹂は、よりマクロな理論構成と広範なデーターの収集を必要とする。たとえ ばアフリカと中近東における軍部の役割の比較研究、アジアとラテン・アメリカの発展経路の差異性の比較など、 単なる地域内の枠組みを越えたよりグローバルな政治問題の比較研究が行われる。サルトーリの﹁普遍的概念化﹂ に接近し外延の拡大に対応して内包   比較基準の単純化が行われる領域である。そして﹁グローバルな比較 政治研究﹂もこの延長線上に位置する。ウイアルダはこのマクロ比較の成立を世界銀行の﹁年次開発報告書﹂、 国連の﹁国連統計年鑑﹂やその他﹁フリーダム・ハウス﹂など調査機関による統計資料の整備と発展に求めてい る。しかし﹁グローバルな比較政治研究﹂は、統計資料の確実性の問題と並んで文化と歴史の差異性   アフ リカとラテン・アメリカ、アジアとヨーロッパの差異性を無視する可能性を有するから、比較分析の限界を慎重       パど に認識して健全な懐疑主義を必要とする比較領域であることも注意すべきである。  最後に﹁テーマ別の比較政治研究﹂では、﹁異質比較﹂を﹁テーマ﹂によって同質化しつつ行う比較政治研究 29

(31)

比較政治学の理論的地平 のフィールドである。比較研究の﹁テーマ﹂は厳格な概念装置によって構成され、この概念装置のミクロ・コス モスのなかで﹁類似比較﹂のみならず﹁差異比較﹂が行われる。﹁多極共存型デモクラシー﹂︵8塁8猷江8巴 8ヨoR餌身︶、﹁大統領主義﹂︵賓8こ9広巴δヨ︶、﹁軍事的専門職業主義﹂︵巨洋四曙虞08隆9巴一ωB︶そして ﹁民主的移行﹂や﹁民主的基盤強化﹂など、民主的あるいは権威的な国家群を対象に概念的同質化︵8琴8葺巴 ぎBo鴨巳困虹9︶を前提に比較政治分析が遂行されるフィールドである。より具体的に、比較政治学のサムエ ル・P・ハンチントン︵ω簿巨gΦ一マ=広旨ぎ讐9︶の﹃第三の波﹄︵↓訂↓霞巳≦奨①︶は、﹁民主化﹂を比較 基準として一九七四年から一九九〇年の間における三五力国の発展途上国を対象に、﹁権威主義体制﹂から﹁民       パを 主主義体制﹂にいたる移行過程の比較研究であり、また比較行政学のフレッド・W・リッグス︵牢8≦。 困膿ω︶の﹃比較視座における大統領制﹄︵即霧こΦ耳巨δ日ぎOoヨB轟江<Φ勺Rω冨&話︶は、﹁大統領制﹂を       パを ﹁政府首長が固定任期で選出され⋮⋮議会の不信任によって解任されない代表政治﹂と定義することによって、 概念的同質化によりアメリカのみならずラテン・アメリカなど広範な異質領域の比較分析を行い﹁テーマ別の比 較政治研究﹂の具体例を提供している。  こうして伝統的な﹁比較政治制度論﹂の法学的方法論による比較研究を行動科学的方法論によって克服した比 較政治学は、比較研究のフィールドを確定しつつ比較基準の概念構成を自覚的に操作することを通じて、﹁類似 比較﹂と﹁異質比較﹂の視座から確率論的因果関連︵冥o富房賦08⊆ω巴一蔓︶の追究を意図する。  そこで比較政治学の研究対象を理論的に検証するツールが問題にならざるをえない。ウイアルダは﹁政治体系 30

(32)

東洋法学

のシステム・モデル﹂︵鋤亀ω8ヨωヨ&巴9夢①8一庄8一亀ω冨ヨ︶をロード・マップとして、研究対象を①政 治史、②政治文化、③社会経済的背景、④利益集団、⑤政党、⑥政府の諸制度、⑦官僚制と国家、⑧政策決定、       パじ ⑨公共政策に分類しその構造変動にも注目している。しかしウイアルダの研究対象の設定は極めて構造主義的で あり政治構造の類似性が政治機能の類似性を保証しないから、比較研究に必須の概念的同質化を欠如して比較政 治学の存立を不可能にする危険さえ内在している。  そこで図︵311︶に明らかなように、構造機能主義的視座からの政治システム論による分析ツールの精練が 求められる。アーモンドとパウエルは、政治システムを基本的な三機能i﹁プロセス機能﹂﹁システム機能﹂ および﹁政策機能﹂に分類した。  それによれば﹁プロセス機能﹂︵震08ωω2琴寓9︶はその下位機能としての﹁利益表出機能﹂﹁利益集約機能﹂ ﹁政策決定機能﹂﹁政策執行機能﹂に分類され、﹁システム機能﹂︵ω器鼠ヨ注ま氏8︶は﹁政治システム﹂の保守・ 適応機能としてその下位機能に﹁政治的社会化機能﹂﹁政治的リクルート機能﹂﹁政治的コミュニケーション機能﹂ を包含する。さらに﹁政策機能﹂︵℃島2注琴江目︶は政治過程の執行−政治出力︵28暮ωVとして﹁政治的 抽出機能﹂﹁政治的規制機能﹂﹁政治的配分機能﹂に分類される。この政治結果は環境に循環的に作用し、新しい 立法や行政活動への要求を産出し、政治体制や現職の政治エリートヘの支持を増大し減少させる。こうして国内 的国際的環境に埋め込まれた政治システムの﹁プロセス機能﹂﹁システム機能﹂および﹁政策機能﹂の必須関連 によるダイナミズムヘの機能主義的分析は、多元的な政治構造の搾出概念として複数の個別国家の異なる政治構 31

(33)

       比較政治学の理論的地平 図(3−1)政治システムのモデル ⇔ あ

後v

ロシア連邦

譜幽

嚢…紮

l

欝    国内環境

躍 (劉会化、.ノ鷲維ケ_D

       〃 4 妙 妙 、

灘黙

 騰li鍵

 総

   !『        フ馳ス朧   へ始ぎコ

輿一⇒寒

・甥

抽出機能     測益表出甜益集綿政策決定政策執f       繊定ノ

 麟

糧署 

一一 

規制機能  ! 戦     i      i      …     麟i鑛     酪面1壼i    灘醤     三〆     「    −= 、

蕊.

.つ》 ゲノ/

Source:Almond,G.A.,and G.B.Powel1,Co窺ρ伽罐∂6Pol痂6s」且Th60獅初l E鵤窺6ωo娩,2nd ed.,New York,Harper Collins College Publishers,1996, P.34. 32

(34)

東洋法学

造が遂行する公共政策決定や政策執行の作用分析を可能にし比較分析の基本的なツールを提供し、公式非公式な        レ 政治構造間のギブ・アンド・テイクの出力入力分析さえ可能にするのである。  こうして比較分析のツールとしての構造機能主義は、アーモンドとパウエルの一九六六年の﹃比較政治学﹄の 出版を画期とする﹁主流派比較政治学﹂︵日巴霧耳$B8ヨ冨声賦<oε一識8︶の理論的方向性を決定した。と くに発展途上国の比較分析は一九五〇年代から一九六〇年代を経由して成長産業として知的生産性を誇ったが、 一九七〇年代を通じて﹁権威主義体制﹂の出現によるインパクトは﹁地域政治研究﹂、ことに西欧型近代化論や 政治発展論に内在する進化論的な均衡モデルヘの不信感を醸成し、﹁主流派比較政治学﹂は新たな知的挑戦に直 面した。ロンドン大学のドナル・C・オブライエン︵∪自巴O’○、ωユ窪︶は、この時期における﹁主流派比較 政治学﹂の方法論的スタンスー政治的役割の構造分化による均衡と進化を志向する発展論的アプローチを、        お アーモンド印の保守的自由主義としてそのイデオロギi的バイアスの問題性を鋭く指摘しているほどである。し かし一九七〇年代の先進工業国で噴出した環境問題、成長率の低下、インフレ問題、失業問題と並んで政党再編 問題や統治能力問題など民主政治の危機的状況に直面して、﹁主流派比較政治学﹂はさらに知的試練を経験する ことによってより多様な生産性を示し新たな研究領域を開発したと言われる。  ところで﹁比較政治学運動﹂の指導者としてアーモンドは第二次世界大戦以後の四〇年間を通観して、﹁主流 派比較政治学﹂が開発した研究領域を方法論を含めて八領域に分類して知的特徴を概観している。  アーモンドによれば、第一の研究領域は世界銀行の委託研究にも代表される﹁発展の政治経済学﹂であり、第 33

(35)

比較政治学の理論的地平 二の研究領域は﹂・リンス︵い口目︶とA・ステパン︵>。ωけ8き︶の﹃民主主義体制の崩壊﹄︵↓冨 田8ざo毛口亀UΦヨoR簿8殉Φ瞥ヨρ一零o 。︶に見られる﹁比較政治史﹂の領域である。第三の研究領域はR・ イングルハート︵菊﹂轟一魯巽け︶の﹃静かな革命﹄︵↓ぎω竃旨勾零o一亀oP一。謡︶やラッセル・﹂・ダルトン ︵菊仁ωωΦ一一いU巴8昌︶、スコット・C・フラニガン︵ω8洋ρコ鋤巳ひQ碧︶およびポール・A・ベック︵勺き一>D ω①良︶の共著の﹃先進的産業民主国家における選挙変動﹄︵田Φ99巴○ご轟①冒>身き8血ぎ身ω鼠巴 ∪ΦヨoR霧8ω︶が開拓した﹁比較調査研究﹂の領域であり、第四の研究領域はR・ローズ︵罰国o器︶の﹃比較 公共政策分析﹄︵Ooヨ冨声江<①勺呂昌︾轟一窃グお。 。“︶の業績が示す﹁比較公共政策研究﹂の領域であり、さ らに第五の研究領域は経済成長、政府支出や失業率の相関を統計的に分析する﹁比較計量経済学﹂の領域である。 第六の研究領域はP・シュミッター︵即ω魯B葺R︶とG・レームブルッフ︵○.一魯ヨげ養魯︶のコーポラティ ズムの比較研究にみられる﹁比較利益集団とネオ・コーポラティズム研究﹂の領域であり、第七の研究領域はG・ サルトーリ︵O●ω巽8包の﹃現代政党学﹄︵勺震試8弩α勺費蔓ω器け①ヨ︶が開拓した﹁比較政党研究﹂の領域 である。そして第八の研究領域はR・ホルト︵刃=oδとジョン・E・ターナー︵ぢぎ中↓仁旨R︶の﹃比 較政治の方法﹄︵↓冨冨①跨&巳o讐900目冨轟は<①勾8Φ巽魯︶に代表される﹁方法論﹂の研究領域である。 とくにアーモンドは﹁国家﹂概念を対象に、ネオ・マルクス主義と﹁主流派比較政治学﹂の関係に注目した。そ してネオ・マルクス主義的なネオ・ステイティスト運動が、へーゲル主義的具象化を導入することによって経験 的分析を回避し﹁国家﹂概念を再神秘化すると批判し、これに対してD・トルーマン︵U.↓霊目き︶、E・ペン 34

参照

関連したドキュメント

従事者 作付地 耕地 作付地 当たり 生産高.

 模擬授業では, 「防災と市民」をテーマにして,防災カードゲームを使用し

「大学の自治l意義(略)2歴史的発展過程戦前,大学受難

以上の報道等からしても大学を取り巻く状況は相当に厳しく,又不祥事等

これに対し,議員提出の税関係の法律案は,営業税法廃止案(2グループ

第2次整理では,地租に関し,宅地地価修正が実施され,田畑の租率が軽

ンスをとる。この作業をくりかえす。(ii)事務取扱いの要領は,宅地地価修

④資産により生ずる所⑮と⑤勤労より生ずる所得と⑮資産勤労の共働より