スペイン国際離婚法における離婚保護の展開
著者名(日)
笠原 俊宏
雑誌名
東洋法学
巻
53
号
2
ページ
219-243
発行年
2009-12-22
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00000715/
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スペイン国際離婚法における離婚保護の展開
一 二 三六
五 四 日口←) (二)←) 日口←)結語 総括的考察 比較立法的検討 改正法の検討 若干の考察 改正法の課題 離婚準拠法の改正内容 二〇〇三年九月二九日法律第二号の概容 外国離婚の承認 離婚の準拠法 渉外離婚の国際的裁判管轄権 一九八一年七月七日法律第三〇号の概容 スペイン法における離婚制度の導入 緒言笠 原
俊 宏
緒言 当事者意思の尊重の発現の一態様として、可及的に離婚の成立を認めようとする離婚保護︵壁く9良く興色の理 念の具現化の展開は、特にスペインにおけるそれに注目されるべきところがあるように思われる。スペインは、従 前の離婚禁止の立場から、﹁民法典中の婚姻に関する規定を改正し、婚姻の無効、別居及び離婚の事件において遵 守されなければならない手続を定める一九八一年七月七日法律第三〇号﹂︵一九八一年七月二〇日付スペイン官報 第一七二号、一九八一年八月一〇日発効︶をもって国際離婚法に関する立法を整備し、一転して、離婚を一般的に 許容することにより、離婚に関する特異な存在から脱却したが、今般、更に、﹁都市の治安、家庭内暴力及び外国 人の社会的統合についての具体的措置に関する二〇〇三年九月二九日法律第一一号﹂︵二〇〇三年九月三〇日付ス ペイン官報第≡二四号︶により、離婚保護の理念のより一層の徹底が図られた改正を施し、比較立法的にも注目さ パエレ れるべき内容の国際離婚法を有するに至った。 離婚保護の観点から構築された新たな連結規則の導入の傾向は、西欧を中心とする欧州諸国国際私法の実質法化 ︵冒簿R巨邑Φ霊お︶という潮流の一端をなすものとして、早くから、ノイハウス教授によっても論及されたところ ハ レ であるが、スペイン国際私法における離婚保護の立場もその潮流に適うものであることは明白である。それに対し て、わが国の国際私法において、離婚保護の立場については、学説上、多くの支持が得られるようになっていると ハ レ 見られるが、実定国際私法において確たる立場として表明されることもなく、いまだ浮動的である。そのような情 況を背景として、一九八○年代初頭まで離婚禁止の立場を採用していたスペインにおける急速な展開の態様とわが 国際私法の現状とを比較・検討することにより、先ず、わが国際私法が、少なくとも国際離婚法との関連におい 220
て、如何ように位置付けられるものであるかが明らかにされなければならず、そして、それについての明確な認識 の下に、わが国際私法の改革が推進されなければならないであろう。この小稿の目的は、僅かながらその研究に供 することにある。 ︵1︶二〇〇三年九月二九日法律第一一号中の国際私法に関わる諸規定の概容については、ζ一ひq器一象目臼一窪ρ∪霧羅信Φω冒巳ω魯① 国o一一邑o房お。9冒α雪︼W①邑魯窪両冨巳9江讐Φ一登⇒①暮仁お琶αω魯Φこ仁起一N自2①鼠霧ω目磯α①ω︾同け一〇刈ω冨巳ω3RO赴骨。 Q蔑き㌔、嚢蹄織翁㌧ミ鳴ミ禽賊§匙§、註ミ撃§織寄さ鳶§駿象ミ砺︵以下、賠謁§とする︶80命ψ竃OR ︵2︶パウル・ハインリッヒ・ノイハウス︵桑田三郎訳︶﹁ヨーロッパ国際私法上新たな道は存在するか﹂法学新報八一巻九号一四一 頁以下、特に一四四頁以下参照。 ︵3︶例えば、櫻田嘉章﹃国際私法︵第五版︶﹄︵有斐閣、二〇〇六年︶四七頁以下、木棚照一”松岡博目渡辺捏之﹃国際私法概論︵第 五版︶﹄︵有斐閣、二〇〇七年︶一八頁以下等参照。 ニ スペイン法における離婚制度の導入 かつて、一般的な民事婚に対する宗教婚は、特に欧州を中心として、しばしば、国際家族法上の問題を提起する 要因となっていた。例えば、カトリック教婚については、婚姻不解消の観点から外国離婚を承認しないため、破行 婚︵破行離婚︶を発生させて、それに係わる再婚能力の有無の問題が生起する原因となり、又、ギリシャ正教婚に ついては、それに特有な婚姻の方式である儀式を欠く婚姻を無効とするため、ギリシャ正教徒を父母とする子の嫡 出性の間題を生起する原因となっていた。スペイン国際私法上においても、実質法上における離婚禁止の立場と呼 パと 応して、離婚の準拠法に関する抵触規定は置かれていなかった。
また、西ドイツ判例においても、婚姻の実質的成立要件における双方的障害という構成に基づき、スペイン法が 離婚準拠法とされた場合には、一方当事者がスペイン人でなくとも、その者に離婚歴があることにより、再婚能力 を有しないという立場から、婚姻の届出でが受理されないという実務上の取扱いを巡って争われた経緯がある。当 ハ レ 該問題は、いわゆる﹁スペイン人事件﹂と呼ばれ、夙に著名な西ドイッ連邦憲法裁判所一九七一年五月四日決定に 見られるような憲法問題へと発展し、同決定はその後の同国連邦通常裁判所における裁判に対しても大きな影響を レ 与えたが、曵いては、一九八六年に改正された同国国際私法第一七条第一項に対しても、離婚保護をより明確に明 パぎ 文化することとして反映していることが看取される。このように、スペインにおける離婚禁止の立場は、決して同 国のみに止まる間題ではなかった。 今日、新しい教会法とともに、世界的趨勢として婚姻の解消の緩和が多数の人々の意思に適うものであり、離婚 の禁止という立場が殆ど消滅しようとしていることは、既に明白であろう。例えば、同じくカトリック教国である パ レ イタリアにおいては、一九七〇年、制限的ながら離婚の途が開かれた。スペインにおいても離婚を一般的に許容し たのが、前出﹁民法典中の婚姻に関する規定を改正し、婚姻の無効、別居及び離婚の事件において遵守されなけれ パゑ ばならない手続を定める一九八一年七月七日法律第三〇号﹂である。尚、同法律中の諸規定は、スペインにおける パヱ 新たな理念に基づく家族法の一端を成すものであるが、その基盤となっているのは、一九七八年一〇月三一日のス ペイン憲法︵同年一二月二九日発効︶上における法の下の平等を謳った第一四条、思想・信教の自由を謳った第一 パ レ 六条、婚姻の締結・解消に関する第壬二条、及び、公権による家庭・子の保護に関する第三九条等である。一九八 一年の改正民法典は、離婚について、その締結の方式に拘わらず、それを一般的に許容しており︵同第八五条︶、 原則として、一年以上の裁判上の別居、二年以上の協議による別居、五年以上の事実上の別居等を離婚原因として 222
パ レ いる︵同第八六条︶。 このような公序の観念の変容は、実質法上において、将来に向けて進歩的な態度が執られていると共に、国際私 法の次元においては、従前、スペイン法上において無効とされていたスペイン人の外国離婚の承認の問題をも含 め、渉外離婚の間題に目が向けられるようになり、また、スペイン法の優先的適用に固執することなく、双方的抵 触規定による外国法の適用を認める形で発現している。それにより、スペインは、かつての代表的な離婚禁止国か ら、一転して最も充実した実定国際離婚法を有する国のひとつへと変貌を遂げることとなった。 ︵1﹀拙稿﹁スペイン民法典中の国際私法規定︵一九七四年︶﹂法学新報八四巻七・八・九号二三三頁参照。尤も、スペインにおける 聖俗二元主義について、カトリック教徒同士の婚姻については教会法のみが管轄し、他方、民事上の婚姻はカトリック教に属しな い者によってのみ締結することができるとする人的抵触が存在すると解するならば、そこには、離婚に関する一定の抵触規則、すな わち、人際法が存在していたと考えることもできないわけではない。甘雪>艮・巳oO畦邑ρ零8g<Φき身9巨①3呂8巴虞一話 ①呂品⇔9の魯§蹄ミ誉書勉誉鳶昏§誉鳶気ミ鳴ミ禽軌§ミ塁肉8ミ一〇おψ窃Fψo 。φさらに、野田良之﹁エスパニァ婚姻法﹂宮崎孝治 郎編﹃新比較婚姻法H巻﹄︵勤草書房、一九六一年︶所収、四九七頁以下参照。 尚、一九三二年三月二日のスペイン離婚法上、離婚が一般的に許容されていたことをも含め、スペイン婚姻法の変遷については、 例えば、ζ○一8U四§9い①良く窪8窪Ro一江p冨窟蝕9巴虞一蒜窃冨磐9≧鼠ミN§勢目崎織鴇ミ鷺ミミ賊ミミミ融§“ミ肉ミミ一〇起ゆ 巳趨9釜ヨ及び、野田・前掲四九五頁以下、特に五四一頁以下参照。因みに、同離婚法上においても離婚準拠法に関する抵触 規定が置かれていなかったことについては、冒雪︾日〇三〇〇費巨δω蝉一〇9ρび蝉8薯①臣み吼①B①旨毘83目賃一品の鼠昌巴ΦRo詳 耳①旨蝕8巴賓貯ひ8冨讐o一噂ざミミミ避ミ魯辱黛ミミ鴨ミ禽帆ミミ㌣帖鼠︵以下、肉§ミ跡とする︶一〇〇 。ω堕P零参照。 ︵2︶>qミ一〇譲”ψ観09肉鳥ミ肉Nお凝燭ψ恥一£の泣Nお㌍、ψ一〇 。曾肉息鳴N⇔Nお認’ψ匡曾肉恥§ミ費一S傘や0斧賠需愚︾る目矯2けG 。9因み に、丸岡松雄﹁スペイン人事件ードイツ連邦憲法裁判所決定ー﹄︵木鐸社、一九九七年︶は、同決定に関する緻密な研究であ
る。 ︵3︶例えば、西ドイツ連邦通常裁判所一九六四年二月一二日決定︵由葬貰お窯ふ伊乞ミ£賞一8命の9S︶、及び、同裁判所一九 六六年七月一四日決定︵彊葡愚曇一〇①孚賃2&8.︶である。尚、前者については、桑田三郎﹁国 際私法における先決問題の理論 について﹂片山金章先生古稀記念論文集﹃民事法学の諸相﹄︵勤草書房、昭和四五年︶所収、六八頁以下参照。同じくスペイン人 を当事者とする婚姻能力証明書提出免除申請事件において、従来の立場を変更したのが西ドイツ連邦通常裁判所一九七二年四月一 九日決定︵ミミ一〇浮曽曾曾寒ミ肉Nおβψω①?しり監N這轟ψ嵩?開謁魯3一零N乞鼠ごであり、更に、それと同様の立場を 採っているのが、同裁判所一九七二年二月二一二日決定︵ミミ一〇§曽O眞︶である。 ︵4︶拙稿﹁国際離婚法の現在と展望ー若干の比較立法的考察1﹂﹃市民法と企業法の現在と展望﹄浅野裕司先生古稀祝賀論文集 ︵八千代出版、二〇〇五年︶所収、二七三頁以下参照。 ︵5︶例えば、松浦千誉﹁イタリアの離婚制度﹂ジュリスト増刊﹃性−思想・制度・法﹄︵有斐閣、一九七〇年︶所収、二四〇頁以下、 同﹁イタリアの家族法﹂黒木三郎監修﹃世界の家族法﹄︵敬文堂、一九九一年︶所収、一四三頁以下等参照。 ︵6︶一九八一年七月七日法律第三〇号を紹介する文献として、杉林信義11笠原俊宏﹁スペイン国際私法における離婚の間題﹂秋田 法学五号五六号以下参照。 ︵7︶浮房寄F2①器の評邑一一Φ霞の9二pω冨巳ΦPb翰Gり琳§魯韓ミ這・ 。ど器・ 。9 ︵8︶困雪ω寄F乞窪窃ωB巳ω畠8ぎ8毎蝕8巴8評巨幕漢9げけ萄肉嚢這○ 。ピ曽o 。曾9霞竃oω巴。aρoワ。Fb卜①叶巽多参照。 ︵9︶塙陽子﹁一九八一年スペイン婚姻法仮訳﹂産大法学一六巻二号三八頁以下参照。 三 一九八一年七月七日法律第三〇号の概容 224 8 渉外離婚の国際的裁判管轄権 スペインにおいては、一九八一年七月七日法律第三〇号の施行前、 婚姻の相対的解消としての別居のみが一般的
に許容されており、婚姻の絶対的解消としての離婚の国際的裁判管轄権について、どのような規則が採られていた かは定かではない。スペイン裁判所の管轄権が問題となるのは、夫婦の双方が外国人であるか、又は、夫婦の一方 が外国人である場合の離婚についてである。スペイン最高裁判所は、一九七〇年三月一二日、外国において、外国 人男子と民事婚を締結したスペイン居住の外国人女子の離婚請求につき、婚姻の解消がスペインの道徳・公序に反 し、又、違法であるということを前提として、﹁法的な根拠がなく想定ざれた権利の要求のためには、訴訟は開始 パと されることができない。﹂と判示して、請求を斥けた。このことからも、当時、外国人であっても、スペイン裁判 所へ離婚訴訟を提起することができない、つまり、スペイン裁判所が、離婚について、そもそも裁判権を有しない パこ とされていたことが推知される。 それに対して、離婚の国際的裁判管轄権に関する現行実定規則でもある一九八一年法律第三〇号付則第一条は、 ①夫婦双方がスペイン国籍を有するとき、②夫婦双方がスペインに居所を有するとき、③被告の国籍及び居所に拘 わらず、原告がスペイン人であり、かつ、スペインにその常居所を有するとき、④被告の国籍に拘わらず、被告が スペインに居所を有するときには、スペイン裁判所が管轄権を有することを定めている。これらの管轄原因につい ては、次のように説明されている。すなわち、第一号は、夫婦の居所地に拘わらず、スペイン人夫婦にスペイン裁 判所へ請求を提出することを認めることにより、夫婦双方又は被告が離婚による婚姻の解消を認めない外国に居所 を有しているときも、そのような不利益からスペイン人を保護しようとするものである。第二号は、外国人夫婦間 の離婚又はスペイン人と外国人との間の離婚について、スペイン裁判所の管轄権を定めるものである。第四号は、 夫婦が共通国籍としてスペイン国籍を有せず、かつ、スペインに共通の居所を有しない場合であって、夫婦の双方 又は一方が外国人であり、原告が外国に居所を有するときを想定するものである。そして、第三号は、第一号、第
二号及び第四号において定められた場合、つまり、夫婦が共通国籍としてスペイン国籍を有するとき、夫婦がスペ インに共通居所を有するとき、及び、被告がスペインに居所を有するとき、これらのいずれにも該当しない場合に パま ついて定めるものである。かようにして、付則第一条がスペイン裁判所に与えた国際的裁判管轄権は、被告の居所 主義を原則としつつ、スペイン人については、国籍主義をも加味しており、その範囲は相当に広範である。 口 離婚の準拠法 離婚が禁止されていた当時のスペインにおいて、それに関する国際民事訴訟法規定と同様、離婚の準拠法に関す る抵触規定も必要とされないものであった。しかし、夫婦間の身分関係に関する一九七四年民法典第九条第二項、 すなわち、﹁夫婦間の身分関係は、婚姻中におけるその最後の共通本国法に依る。これがないときは、婚姻挙行の 当時における夫の本国法による。﹂とする規定が、別居の準拠法と共に、離婚の準拠法についても定めていたと指 パゑ パヱ 摘する学説もある。その点はフィリピン法についても言えることである。 一九八一年法律第三〇号第一〇七条前段︵旧法︶において、﹁別居及び離婚は、請求の提出の当時における夫婦 の共通本国法によって規律される。共通国籍がないときは、夫婦の常居所地の法に依り、夫婦がその常居所を異な る国に有するときは、スペイン裁判所が管轄権を有する限り、スペイン法に依る。﹂とする規則、すなわち、共通 本国法、共通常居所地法、法廷地法の段階的連結の規則が採用された。このような規則の採用に対して大きな影響 すレ を与えたと見られるのが、一九七五年七月一一日法第三一〇条が成立する以前におけるフランス破棄院の判例理 クレ 論、すなわち、夫婦の共通本国法、共通住所地法、そして、法廷地法の段階的適用の立場である。スペイン議会に おける草案を巡る討議の段階においては、右のような立場に対し、夫婦間に共通国籍及び共通常居所がないとき、 226
せ 夫婦の最後の共通本国法又は最後の共通常居所地法が適用されるべきであるという提案もなされた。しかし、これ らの法を準拠法とすることは、離婚請求の当時の夫婦にとって現に無関係で、既に過去のものとなった法体系を適 すレ 用することとなり、妥当ではないと判断され、当時、その提案は退けられている。結局、共通国籍も共通常居所も 存在しないとき、適正な国際的裁判管轄を前提とする限り、如何なる法体系の適用も管轄裁判所が属する国の法の 通用よりも優れていることはありえないということが、法廷地法としてのスペイン法の適用のより積極的な根拠と パリ されている。 第一〇七条前段によって定まる離婚準拠法の適用範囲には、当然に、離婚の許容性、離婚原因及びその効果の 他、離婚の方法・機関もそれに含まれ、準拠外国法における立場を忠実に遵守すべきことになるが、スペイン法と パも 相容れないことが明らかな離婚原因に対しては、スペイン法が干渉することとなる。この間題については、離婚保 護の観点から、準拠外国法が離婚制度を一般的・抽象的に認めていないか、又は、法廷地法上認められている離婚 原因を認めていないときにも、法廷地法の適用により、当事者に離婚の途を与えるべきであるという立場に到達す ることになるが、草案の起草の過程において、﹁夫婦の一方がスペイン人であり、かつ、スペインにその常居所を パど 有するとき、スペイン法が適用される。﹂という文言の付加が提案されていた。それは、スペインに現にその常居 所を有するスペイン人が、夫婦の最後の共通常居所地法による離婚が認められない場合にも、本国法︵一霞冨鼠− 器︶の適用により、その離婚の利益を保護しようとする保護条項と呼ぶことができるものであったが、かような提 パおヤ 案は採択されなかった。しかし、右の提案に見られた立場は、後に言及されるように、前出二〇〇三年九月二九日 法律第一一号において復活するに至っている。 因みに、スペインにおいてスペイン裁判所によって離婚した外国人であって、その本国法が離婚を認めない者
が、スペインにおいて再婚しようとする場合の可否、すなわち、再婚能力の間題については、スペイン国際私法 上、婚姻の締結について、スペイン民法典第九条第一項により、その者の本国法に依るべきものとされながら、第 一〇七条に従って定まる離婚準拠法と同一の法、つまり、最後の共通常居所地法か、又は、離婚請求の当時、夫婦 パど が共通常居所を有しなかったとき、法廷地法としてのスペイン法に依るべきであるとする立場が支持されていた。 このような立場は、先決問題論上、国内法秩序の調和の要請に応える法廷地法説の立場に立つ見解であるというこ とになるであろう。 国 外国離婚の承認 スペイン法において婚姻の不解消の原則が支配していた当時、離婚は、スペイン人によってばかりか、外国人も スペインにおいてその本国法の適用の下に離婚することが不可能であったことは、前述の通りである。当時、外国 におけるスペイン人の問の離婚は、スペイン法上、無効であるとされたが、同じ理由から、外国で下された離婚判 ゑ 決の付随的効力の執行も、スペインのおいては許されないというのが、当然の帰結であった。 スペインは一九七〇年六月一日の離婚及び別居の承認に関するハーグ条約に署名・批准しておらず、一九八一年 法律第三〇号第一〇七条後段が、外国離婚判決の承認につき、﹁︵前段省略︶外国裁判所によって言い渡された別居 判決及び離婚判決は、民事訴訟法において定められたところに従い、それを承認したときから、スペイン法上効力 を生ずる。﹂として、一八八一年二月三日のスペイン民事訴訟法中の規定に依存せしめることを明記している。そ れに該当する諸規定として、第九五一条が、外国判決のスペインにおける効力について、スペインが諸国と締結し た判決の承認及び執行に関する条約を先ず第一に顧慮すべきと定め、第九五二条が、条約のない場合には相互主義 228
に拠るべきと定め、第九五三条が、相互主義が充たされないときは、承認することができないと定め、更に、第九 五四条が、外国判決が当事者の欠席のまま進められた手続きにおいて下されたものであってはならず︵第二号︶、 又、執行がスペインにおいて許されるべきものであること︵第三号︶を定めている。実質上、承認の可否について パ 影響を与えているのは、スペイン法上の公序観念の変化であると言われている。 離婚の直接的裁判管轄権について、前述のように、諸外国と協調し、専属的管轄権を排除しているスペインの場 合、離婚判決裁判所の管轄権が、それが属する国において肯定されるならば、公序則の発動を留保しつつ、外国離 ︵17V 婚判決に執行力が付与される。 ︵1︶杉林11笠原・前掲六〇頁参照。 ︵2︶ζoぎU賃ロ9β。F巳謬参照。因みに、現在も離婚が原則として禁止されているフィリピンにおいても事情は同様であり、 ﹁フィリピン裁判所は、如何なる理由によっても、如何なる者に対しても、離婚を許可する管轄権を有しない。﹂とか︵国α鴇巳○じ 評声ω㌔琶首甘器8邑一99 5妻ωふ跨Φ倉這おもミε、又、﹁外国人が絶対的離婚の判決を得るためにフィリピン裁判所を利用す ることはできない。このことは、国民又は住民に許可されない離婚は外国人にも許可されないという確立された原則に由来するも のである。宗教的理由及び倫理的理由並びに法廷地の裁判制度の尊重が、この原則の動機となっている。﹂と言われている︵冒くぎ ω巴o畠鉾汐一く碧。巨Φ旨呂oき=帥ヨ一〇〇 。一もbo 。伊︶。 ︵3V杉林u笠原・前掲六一頁参照。 ︵4︶寄戸萄謁嚢這G 。一あ.お一。更に、笠原・前掲≡二七頁参照。 ︵5︶フィリピン法においても、離婚に関する明文の抵触規定は存在しないが、学説によれば、同国民法典第一五条、すなわち、﹁家 族の権利義務、又は、人の法律上の身分、地位及び能力に関するフィリピンの法律は、外国にあるフィリピン人にも適用される。﹂
という規定が、離婚に関する抵触規定であると解することができる。ω巴oおρ8おFも蕊Oのけ紹ρ更に、杉林11笠原.前掲七二頁 注︵5︶参照。 ︵6︶同条については、西賢﹁フランス民法第三一〇条について﹂神戸法学雑誌二九巻二号一三九頁以下、及び、笠原俊宏﹁フラン ス国際私法における離婚の準拠法ー一九七五年法第三一〇条についてー﹂法学新報八六巻七・八・九号二六三頁以下参照。 ︵7︶溜池良夫﹁フランス国際私法における離婚の準拠法ー判例の変遷1﹂法学論叢六三巻五号一八頁以下、折茂豊﹃国際私法︵各 論︶新版﹄︵有斐閣、昭和四七年︶二九二頁以下参照。 ︵8︶9睡竃oω巴。&ρ8らF唱貿参照。 ︵9︶9霞巳oω巴83る掌。Fやミ9霊室参照。 ︵10︶HσすもbN杉林”笠原・前掲六八頁参照。 ︵n︶Hび蒼P8︵一〇 。︶,参照Q ︵1 2︶Hσ鐸もb9参照。 ︵13︶H玄FP89霊室杉林u笠原.前掲七〇頁参照。 ︵14︶Hげ昼葛ρ杉林”笠原・前掲七一頁参照。尚、再婚能力の準拠法の問題については、わが国学説においても論議が少なくない。 例えば、溜池良夫﹁婚姻の実質的成立要件の準拠法﹂﹃現代家族法大糸第二巻﹄中川善之助先生追悼︵有斐閣、昭和五五年︶二 六頁以下等参照。 ︵15︶ζoまU9導9・マ。F巳置9誓多参照。スペイン判例としては、外国において外国人と離婚したスペイン人女子の離婚判決 の承認に関する一九六四年五月二一日の最高裁判所判決、スペインにおいて民法上の婚姻を締結した後、その本国裁判所によって 言い渡しを受けた離婚について、スペイン法上の公序が当該民事婚の離婚を承認することを許さないと判示した一九六五年一〇月 二三日の最高裁判所判決、教会法上の婚姻を民法上の離婚によって解消することはできないと判示した一九六六年四月五日の最高 裁判所判決等がある。これらの諸判決について、より詳細には、杉林11笠原・前掲七四頁以下参照。 因みに、フイリピン法について言えば、外国において言い渡されたフイリピン人夫婦に対する離婚判決は承認されない。これに 230
対し、外国人夫婦の場合においては、離婚判決を言い渡した外国裁判所が国際的裁判管轄権を有すること、及び、当事者の本国法 上、離婚が有効なものと認められることを条件として、外国離婚判決は承認されている。評鍔ωるP。Fやb。蓉参照。又、フィリピ ン人と外国人の夫婦の外国離婚判決については、近時、一定の要件の下に承認されることとなった。J・N・ノリエド︵奥田安弘 H 高畑幸訳︶﹃フィリピン家族法︵第二版︶﹄︵明石書店、二〇〇七年︶三一頁以下参照。 ︵16︶寄F馬葡蘂一〇〇 。一噸の一旨参照。尚、スペイン民事訴訟法中の関連規定については、杉林”笠原・前掲七九頁注︵8︶参照。 ︵17︶9三5留一。巴ρ8●。一けもωP参照。尚、外国離婚判決の承認において、進歩的な立場を判示した一九八一年二月五日のスペイ ン最高裁判所決定については、杉林鑓笠原・前掲七七頁参照。 四 二〇〇三年九月二九日法律第一一号の概容 ω 離婚準拠法の改正内容 前出﹁都市の治安、家庭内暴力及び外国人の社会的統合についての具体的措置に関する二〇〇三年九月二九日の 法律第一一号﹂第三条は、婚姻無効、別居及び離婚に関する抵触規定であるスペイン民法典第一〇七条︵以下、新 パと 法とする︶について、次のように改正することを定めている。 二〇〇三年法律第二号第︻〇七条 一 婚姻の無効及びその効力は、その挙行へ適用される法律に従って決定されるものとする。 二 別居及び離婚は、提訴当時における夫婦の共通本国法に依って規律されるものとする。共通の国籍がないと きは、その当時における婚姻の共通常居所地法に依り、又、これがないときは、夫婦の一方がなお同国に平常 的に居住する限り、婚姻の最後の共通常居所地法に依るものとする。 いずれの場合においても、夫婦の一方がスペイン人であるか、又は、スペインに平常的に居住する限り、次
に掲げるときは、スペイン法が適用されるものとする。 a 前記の法律のいずれも適用されることにならないとき b スペイン裁判所へ提起された訴えにおいて、別居又は離婚が夫婦の双方によるか、又は、他方の同意を もって、一方によって求められるとき c 本条第二項において指示された法律が、別居若しくは離婚を認めないか、又は、差別的か若しくは公序に 反する方法をもってそれを認めるとき 先ず、右の諸条項の具体的内容への言及に先立ち、改正の趣旨を明確にすることが、新法の理解のために不可欠 であろう。すなわち、二〇〇三年法律第一一号においては、﹁わが国において共生する新しい文化に対する民事制 度の調整﹂の名目の下に、外国からの移民の社会的統合及び市民権類似の権利の取得の許容が、この法律の目的と ハ レ して掲げられている。同時に、抵触法の次元においては、別居及び離婚に関し、外国からの移住によって惹起され る新しい社会的現実から、女性の保護に配慮することが目的とされている。このような特別規定が置かれるに至っ パき たのは、近年における両性平等原則の実現に向けられた憲法の改正を反映したものであると見られる。端的には、 スペイン裁判所へ別居又は離婚を請求する外国のイスラム女性に対する加護である。すなわち、別居又は離婚を認 めるべき法律上の利益は、新法に従えば、本国法の適用が定めることとなるが、離婚準拠法としての夫婦の共通本 国法の適用は、それがイスラム法であるとき、離婚について、しばしば、妻が夫と同一の権利を与えられないこと パゑ になるということが、新法において顧慮されていることとして指摘されている。 別居及び離婚の準拠法に関する重要な改正として、先ず挙げられているのは、二〇〇三年一一月二七日に採択さ れた婚姻事件等に関する欧州連合理事会規則︵国島箒のくく○︶、すなわち、ブリュッセルH規則の裁判管轄基準の 232
一つが採用している﹁第三の連結点﹂と呼ぶべき基準が導入された点である。夫婦の一方が依然として居住してい パ ロ ることを条件とした夫婦の最後の共通常居所がそれにほかならない。そして、いま一つの重要な改正として指摘さ れているのが、第二項第二段における選択権が採用されている点である。すなわち、当事者の双方又は一方による パ ロ 常居所地法としてのスペイン法の選択に途が開かれたことである。
口改正法の課題
第一〇七条における新しい規則については、いくつかの問題点が指摘されている。先ず、第一に、それと欧州連 合法との関係についてである。具体的に言えば、同条第二項第二段が、いずれの場合においても、夫婦の一方がス ペイン人であるか、又は、スペインに平常的に居住する限り、スペイン法が適用されるべきとする内国法の優先的 適用の立場が、欧州連合法︵国○く︶第一二条上において許されない法の差別に当たるか否かということが問題と なる。但し、第一〇七条第二項第二段においては、一定の要件の下においてのみ、スペイン法の適用が優先される べきものと定められているため、その規則については、安易な内国法への連結であると評されるべきではないとい パヱ う見解も散見される。尚、同様の間題は、既に、一九九九年六月一〇日の欧州連合司法裁判所︵国qO国︶判決︵い ハせ わゆる冒ご目8判決︶において問題とされたところである。 更に、第一〇七条第二項第二段第三号が、同条第一項において指示された法律が別居若しくは離婚を認めない か、又は、差別的か若しくは公序に反する方法をもってそれを認めるとき、それを適用しないとすることの意義や 影響が、特に外国判決の承認に際して不明確であることから、ブリュッセルH規則が定めているように、行政官庁 パユ 又は戸籍係による外国判決の自動的な承認が期待されるということも指摘されている。前述のように、一九八一年法律において、外国離婚の承認が民事訴訟法上の規則に委ねられていて、その限りにおいて、承認要件となるスペ イン公序への適合性が明瞭であったのに対して、新法においては、その判断基準が必ずしも簡明ではないというこ とであろう。 ︵1︶規律の対象となる事項的範囲として、改正前第一〇七条においては対象とされなかった婚姻無効が、新たに追加されている。 婚姻無効は、判例及び学説上、婚姻締結に関する抵触規則によって規律されるべきものとされていた。9ヨ①凪曾ρ9pρψ置9 ︵2︶Hげ律 ︵3︶スペインにおける両性平等原則に基づく国際私法規定の改正については、拙稿﹁外国国際私法立法に関する研究ノートゆース ペイン 民法典中の国際私法規定の改正︵一九九〇年︶﹂大阪国際大学紀要国際研究論叢一四巻二号四七頁参照。 ︵4︶○ひヨ①凪撃ρ鉾鉾ρω●鯉9 ︵5︶○ひ日Φユ雪ρp騨ρ¢田ρ ︵6︶Hげ律 ︵7︶○ひヨΦ凪8ρ鉾鉾ρψ田ρ ︵8︶ぢ冨目8判決については、賠葡嚢80ρψ8ρ ︵9︶○ひヨ①凪2ρ勲鉾ρ象蜜 五 若干の考察
ω改正法の検討
改正された第一〇七条第二項における規則は、 次のように整理することができるであろう。先ず、基本的には、 234いわゆる﹁ケーゲルの梯子﹂の規則に立脚していることは明らかである。すなわち、本則として夫婦の共通本国法 に依り、それがないときは、補則として、夫婦の共通常居所地法に依るとする段階的連結の規則であるが、そのよ うな規則は旧法においても採用されていたものである。そして、夫婦の共通常居所地法もないときは、旧法上、ス ペイン裁判所が管轄権を有することを条件として、法廷地法であるスペイン法に依るべきものと定められていた。 そして、スペイン裁判所が管轄権を有する場合として、前記のように、一九八一年法律第三〇号付則第一条は、① 夫婦双方がスペイン国籍を有するとき、②夫婦双方がスペインに居所を有するとき、③被告の国籍及び居所に拘わ らず、原告がスペイン人であり、かつ、スペインにその常居所を有するとき、④被告の国籍に拘わらず、被告がス ペインに居所を有するときを掲げている。すなわち、夫婦双方がスペイン国籍を有する場合を除いて、原告若しく は被告の中のいずれか一方又はその双方がスペインに居所︵常居所︶を有していた場合ということになる。従っ て、その場合におけるスペイン法は夫婦の双方又はいずれかの一方の常居所地法であり、決して安直に法廷地法と してのスペイン法の適用が優先されていたと考えるべきではないであろう。いずれにせよ、それに対して、新法に おいては、スペイン法の適用よりも、夫婦の一方がなおも平常的に居住していることを条件として、夫婦の最後の 共通常居所地法の適用を優先させている。その点において、スペイン法の適用は一歩後退している。これが、新法 と旧法とが異なる点の一つである。 次に、新法に見られるいま一つの新規な点は、第二項第二段において、スペイン法へ連結されるべき場合が拡大 されている点であり、比較立法的観点から言えば、より注目されるべき改正点である。一見するところ、同段本文 においては、﹁夫婦の一方がスペイン人であるか、又は、スペインに平常的に居住する﹂ことがスペイン法の適用 の条件とされており、当該条件を満たさない限り、同国法の適用はないこととなる。しかし、スペイン裁判所が準
拠法の選定について判断するには、既に訴訟を受理するための一定の管轄原因の存在が必要とされるが、それらの 中のいずれの管轄原因に依拠されたものであっても、スペイン裁判所がその管轄規則に基づき、適法に離婚︵ない し別居︶の請求を受理し、そして、審理する限り、原告にせよ、被告にせよ、夫婦の一方がスペイン人であるか、 又は、スペインに平常的に居住しなければならないという要件は、当然に充足されるものと考えられる。従って、 スペイン法の適用のための条件として、﹁夫婦の一方がスペイン人であるか、又は、スペインに平常的に居住する﹂ ことの充足の有無が問題となることはないであろう。そこにおいて間題となるのは、a号ないしc号が掲げる諸条 件の方である。 それでは、第一〇七条第二項第二段a号ないしc号については、如何なる理解がなされるべきであるか。先ず、 ,a号について言えば、それは、夫婦の共通本国法、共通常居所地法、最後の共通常居所地法の段階的連結の規則に ついて、スペイン法がそれらの何れの準拠法も得られない場合には、機械的に最終的な補充法の役割を担うことを 定めるものであり、そのように見る限りにおいて、a号の規定には必ずしも格別の新規性は認められない。しか し、近時の立法例において支配的になりつつある最密接関連法︵夫婦に最も密接な関係がある法︶に依ることな く、スペイン法への連結を優先させようとする立場の意義を積極的に解するならば、やはり、スペイン民法上、相 対的に離婚保護の立場が採用されていることを無視できないであろう。近時、密接関連性の原則が諸国国際私法に おいて卓越した指導原理となっている状況を背景として、益々、有力になっている最密接関連法の適用を排除して まで、スペイン法を適用しようとする趣旨は、それによってこそ矛盾なく説明されることになるであろう。b号に ついても、そのような観点から理解することができる。すなわち、スペイン民法上、別居又は離婚が夫婦の双方に よるか、又は、他方の同意をもって、何れか一方によって求められるとき、その別居又は離婚は許容されるとする 236
ことが、スペイン民法典第八一条及び第八六条において明文をもって定められているからである。要するに、&号 及びb号は、共に、離婚保護の立場を採っているスペイン民法典を前提とした上で、スペイン法への連結の規則を 定めているものと理解することができる。 より明瞭に離婚保護の立場を表明しているのが第c号である。本条第一項において指示された法律が、別居若し くは離婚を認めないか、又は、差別的か若しくは公序に反する方法をもってそれを認めるときは、個別的・具体的 な事案との関わりにおいてではなく、一般的・抽象的にその適用を排除して、補充法としてスペイン法を適用する ことを定めている。離婚︵及び別居︶に関する特別公序条項と呼ぶことができる規定である。但し、﹁別居若しく は離婚を認めない﹂準拠外国法の排除が離婚保護の観点から行なわれるのに対して、﹁差別的か若しくは公序に反 する方法の別居若しくは離婚﹂の制度を有する外国法の適用の排除は、イスラム法上のタラク離婚等のように両性 平等原則に反する制度を有する外国法を想定したものであると推定され、必ずしも離婚保護の立場に立脚するもの ではない。尤も、後者の事由についても、妻による離婚の請求を制限する法から妻を解放することを目論むもので あると解すれば、やはり、そこにおいても、同様に離婚保護の理念が働いていると考えることができるであろう。 かくして、スペイン国際離婚法における離婚保護の保障が、今般の改正により、より一層の充実が実現されるに 至ったことは明らかである。 口 比較立法的検討 スペイン法上において明確にされているような離婚保護の理念は、一体、その他の諸国国際私法において、如何 なる程度まで普及しているものであるか。その現状について、特に近時の欧州諸国の国内立法を中心として概観す
ることとしたい。 先ず、オーストリアの﹁国際私法に関する連邦法︵国際私法典︶﹂︵一九七八年六月一五日連邦法︶第二〇条第二 項は、準拠外国法に従えば、﹁婚姻が主張された事実を原因として解消されることができないとき﹂、離婚当時の原 パき 告配偶者の属人法に依ることを定めている。それに倣っている立法例として、リヒテンシュタインの﹁国際私法に 関する法律﹂︵一九九六年九月一九日法律︶も、準拠外国法に従えば、﹁婚姻が主張された事実に基づいて別居又は パ レ 離婚されることができないとき﹂、別居又は離婚当時の原告配偶者の属人法に依ることを定めている。これらは、 実質的に離婚保護を図るとともに、離婚を求める者自身の属人法に服せしめることにより、形式的にも、当事者利 益の保護を実現しようとする立場である。ベルギーの国際私法典︵二〇〇四年七月一六日法律︶第五五条第三項 は、指定された法が離婚制度を知らないとき、同法が斥けられ、後順位の法によって補充されるべきことを定めて パ レ いる。又、かつてのブルガリアの家族法典︵一九八五年五月一八日法律︶第一三四条は、夫婦の本国法が一致しな パ マ いとき、それらの法の中、﹁離婚を許容する法﹂︵第三号第二文前段︶に従うべきことを定めており、離婚保護の立 場はより鮮明にされている。 又、内国国籍を基準とする立場を表明しているのがドイツの民法典施行法︵一九八六年七月二五日法律︶であ り、その第一七条第一項第二文は、離婚の準拠法により、婚姻が解消されることができないときには、﹁離婚を求 めている配偶者がその時点においてドイツ人であるか、又は、婚姻締結の際にドイツ人であったとき﹂、ドイツ法 パ レ に依るものと定めている。又、ルーマニアの﹁国際私法関係規則に関する一九九二年九月二二日法律﹂︵一九九二 年一二月一日施行︶第二二条第二項は、準拠外国法が、﹁離婚を認めないか、又は、非常に厳格な要件の下にそれ を認めるとき﹂、離婚請求の当時、夫婦の一方がルーマニア市民である場合には、ルーマニア法を適用することを 238
パ レ 定めている。これらは、自国民に限り、その離婚を保護しようとする立場である。 それに対して、内国における居所を基準とする立場を表明しているのが、アルバニアの﹁外国人による民事上の 権利の享有及び外国法の適用に関する法律﹂︵一九六四年二月二一日法律第三九二〇号︶第七条第三項であり、 同項は、﹁夫婦双方の立法が離婚による婚姻の解消の可能性を定めないか、又は、同法が特別に重大な原因が存在 する場合にのみそれを許し、かつ、夫婦の双方又は一方が長期に亘ってアルバニア共和国に居住しているとき﹂、 パこ アルバニア法が適用されるべきことを定めている。 スイスの﹁国際私法に関する連邦法﹂︵一九八七年一二月一八日成立︶第六一条は、その第一項においてスイス 法に依ることを原則としながら、その第三項は、﹁外国の共通本国法によれば、離婚が許されていないか、又は、 非常に厳格な要件の下においてのみ許されているとき﹂は、夫婦の一方がスイス市民でもあるか、又は、スイスに 二年以上居住しているとき、又、第四項は、﹁第六〇条に従い、本籍地におけるスイス裁判所が管轄権を有すると き﹂、すなわち、﹁夫婦がスイスに住所を有せず、かつ、それらの者の一方がスイス市民であるときであって、夫婦 の一方の住所地において訴えを提起することが不可能であるか、又は、期待できないとき﹂は、スイス法が適用さ パ レ れるべきものと定めている。これは、自国民に限らず、より広く、自国内に居住している者の離婚を保護しようと する立場である。 それらに対して、当事者のいずれか一方の内国国籍又は内国居所を基準とする立場を採るに至ったリトアニアの ﹁民法典﹂︵二〇〇〇年七月一八日法律︶第一条の二九第三項は、﹁夫婦双方の国籍の法が離婚を禁止するか、又は、 婚姻の特別要件の充足を要求する限り、夫婦がリトアニア国籍又はリトアニア共和国における平常の居所地を有す パユ るとき、婚姻はリトアニア共和国の法律に従って解消される。﹂と定めており、又、ブルガリアの﹁国際私法典﹂
︵二〇〇五年五月四日法律︶第八二条第三項も、﹁準拠外国法が離婚を許容し、かつ、離婚請求の当時、夫婦の一方 がブルガリア国民であるか、又は、その常居所をブルガリア共和国に有するとき、ブルガリア法が適用される。﹂ パリレ と定めている。 当事者に関し、国籍や居住の前提条件を付すことなく、自国法に従い、離婚保護を図っている立法例として、ハ ンガリーの﹁国際私法に関するハンガリー共和国国民議会幹部会法規命令﹂︵一九七一年七月一日︶第四一条は、 ﹁外国法が婚姻の解消を排除するとき、又は、婚姻の解消についての要件が、外国法によれば欠けているときで パヨ あっても、ハンガリー法によれば与えられているときは、婚姻は解消される。﹂︵a号︶と定めている。同様に、イ タリアの国際私法︵一九九五年六月三日公布︶第三一条第二項も、﹁別居及び婚姻の解消が準拠外国法によって規 ハぼロ 定されていないとき﹂、イタリア法によって規律されることを定めている。 上記のいずれの立法例とも異なる離婚保護の方法を採用している立法例として、オランダの﹁婚姻の解消及び別 居についての法律抵触規則に関する法律︵離婚抵触法︶﹂︵一九八一年四月一〇日施行︶第一条第二項は、共通本国 法が実効的な社会的紐帯を欠く場合における共通常居所地法の選択を許容し、又、何れの場合にも、オランダ法の ハはマ 選択を許容する方法︵当事者自治︶をもって、当事者利益の保護︵離婚保護︶が図られている。 国 総括的考察 諸国国際私法上、離婚保護の立場が、近時、益々顕著になっているとは言え、それについては、必ずしも充分に 明確にされていない幾つかの点があるように思われる。その一つは、離婚保護の観点から排除されるべき本来の準 拠法の範囲であり、いま一つは、その場合において、保護されるべき当事者の範囲である。 240
先ず、前者については、排除ないし回避されるべき法は、離婚を禁止している法のみに限られるべきか、はたま た、離婚に厳格な法もそれに含まれるべきかが問題となるであろう。しかし、この点については、準拠法が離婚禁 止の立場を採っている場合には、その適用が排除されて、結果的に、離婚が許容されるのに対して、準拠法が厳格 な離婚原因を定める法である場合には、そのまま同法に依拠して、離婚が許容されないとすることは、両者の均衡 を失することとなり、不合理であると言うべきであろう。従って、準拠法が厳格な離婚原因を定める法である場合 も、同法の排除ないし回避が考慮されなければならない。又、その問題とも関連することであるが、離婚が許容さ れない場合とは、一般的・抽象的に許容されない場合に限るのか、それとも、一般的・抽象的には許容されていて も、個別的・具体的な事案において、許容されるべきではないと判断される場合も含まれると考えるべきであるの か。この点については、離婚が一般的・抽象的に禁止されている場合には、いずれにしても、離婚が許容される余 地はなく、その立場は斥けられるより他はない。従って、準拠外国法の適用の排除について特別に規定することの 意義は、むしろ、離婚制度が認められていても、離婚原因が厳格なため、個別的・具体的事案において離婚が許容 されない場合にこそ存在すると考えるべきであろう。 次に、後者については、本来の準拠法が排除ないし回避されるべき場合として、当事者が法廷地と如何なる関連 性を有することが求められるべきかが問題となる。すなわち、国籍と居所︵常居所︶とのいずれが基準とされるべ きであるか。この点については、言うまでもなく、両者の中のいずれかが存在することをもって足りるとするこ と、そして、そのいずれにも拘らない立場がより離婚保護に適うことが明らかである。しかも、夫婦の双方につい てこの条件を考慮するのではなく、その一方についてのみ考慮することをもって足りるとすることが、離婚保護の 立場を徹底することになることも明らかである。しかし、夫婦のいずれについてもそれを求めないことが、究極的
な離婚保護の立場からは要請されるところであろう。 それに相当するものであると見られる。 前出ハンガリー法上及びイタリア法上における立場は、正に 242 ︵1︶拙編訳﹃国際私法立法総覧﹄︵冨山房、︷九八九年︶七二頁。 ︵2︶拙著﹃国際家族法要説︵新訂補正版︶﹄︵高文堂、平成一六年︶三四二頁以下。 ︵3︶拙著﹃国際家族法新論﹄︵文眞堂、二〇〇九年︶三八四頁以下。 ︵4︶拙編訳・前掲書三四三頁。 ︵5︶拙編訳・前掲書二四六頁。 ︵6︶拙著・前掲書︵注︵2︶︶三一七頁。 ︵7︶拙編訳・前掲書二四頁以下。 ︵8︶拙編訳・前掲書一三八頁以下。 ︵9︶拙稿﹁リトアニア国際私法の改正について﹂東洋法学五二巻二号二二五頁参照。 ︵10︶肉息魯N88ψ芦尚、それについての解説として、冒匡き惹N置貰○毒\<8ω①衝望き9茜−≦隷。毒︸○窃9Nど3害R量ωぎ− 什震⇒讐δロ巴Φ℃匡く簿おoびけαR力ΦOo9賠ω⊆薗巽8P肉貸曾翻N80Nの“GQOい ︵n︶拙編訳・前掲書三一七頁。 ︵12︶拙著・前掲書︵注2︶三〇三頁。 ︵13︶拙著・前掲書︵注2︶二三五頁以下。 六 結語 以上におけるように、スペイン国際私法は、一九八一年における離婚制度の導入と同時に、離婚に関する抵触規
定を新設し、当時から主流となりつつあったいわゆるケーゲルの梯子の段階的連結の規則を採用するとともに、裁 判管轄規則及び外国判決承認規則をも成文化して、離婚保護へと向かうための素地を整えたが、いよいよ、二〇〇 三年の新法においては、離婚保護の立場をより鮮明に規定するに至っている。離婚を許容しない準拠法の適用を排 除するのは、夫婦の一方がスペイン国籍を有するか、又は、スペインに常居所を有する場合であり、比較法的に は、離婚保護の保障の拡大が顧慮されている。夫婦双方に離婚の合意がある場合には、当然にそれが許容されるべ きであるという立場も窺える。 スペイン国際離婚法を始めとする諸国国際離婚法に対して、わが国際私法の主たる法源である法の適用に関する 通則法第二七条は、その本文においても、両性平等の原則及び密接関連性の原則を規定しているに止まり、実質的 な利益考慮としての離婚保護の立場は全く表現されていない。その但書についても、夫婦の一方がわが国に常居所 を有する日本人である場合には、日本法を適用すべきことを定めているが、これは、協議離婚を認めることによっ て離婚保護を顧慮したものではなく、寧ろ、本文における夫婦の最密接関係法の確定における困難を排除して、戸 籍実務の便宜を顧慮した規定であると解するのが、立法趣旨の説明及び学説の通説であり、それに対しては、批判 ハ レ が多く見られるところである。そうであるとすると、わが国際私法上、離婚保護は全く顧慮されていないこととな る。果たして、平成元年の法例改正以来のわが国際離婚法の規則は、再び改正されるべきではないのか。その時期 を徒過してから、既に久しいと言うべきであろう。 ︵1︶拙稿﹁わが国際私法における離婚の準拠法に関する若干の考察 号五一頁以下、及び、そこに掲げられた諸文献参照。 いわゆる日本人条項を中心としてー﹂東洋法学四〇巻二