20世紀後半の資本主義を問う
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(2) 特集 20 世紀を問い直す. されると考えたい。 そしてその考察は、20 世紀後半の時期に限定される。連続する歴史からあ る一時期を取り出し、その時期だけを考察することはいかに正当化されうる のか。この問いには容易に回答できないが、本稿は 20 世紀過半の資本主義 の発展を視野に収めながら、特に第二次大戦後の高度資本主義の動向を捉え 直したい。それは、20 世紀後半以降の資本主義の発展が、現時点のグローバ ル社会の構造を決定づけ、そこに人間社会や地球さえも存亡の危機に陥れる 根本問題をもたらすからである。ただし、資本主義の歴史を議論するさい、 もちろん、戦後期が戦前の歴史からいっさい途切れたわけではない。それど ころか、戦前の現実が、それぞれの諸事実の転回や連続、増幅や縮減などの 経緯をへて、そこに新たな諸事実も付加し、複雑な戦後の現実が出現した。 しかしながら、それでもなお、大戦前後の諸事実が織り成し、新たに生み 出した戦後の現実全体が、その後に急激な展開を遂げて今日の現実を決した とみなせる。というのも、その時期は、第二次大戦が世界全体に甚大な災禍 をもたらし、戦後にその困難から復興するのを契機に、世界全体がそれぞれ の状況に応じて たとえば、植民地支配からの独立、社会主義体制への移 行、戦勝国の占領政策による体制変革などの状況で 国家や社会の経済成 長をめざし、心機一転して新たなスタートを切ったからである。そうした戦 後から現在にいたる資本主義の動勢について、世界の関連動向を視野におき ながら特に日本社会の状況を振り返り、資本主義がかかえる根本問題とは何 かを問う。 以下、第1節では、20 世紀の世界の歴史が国民国家を拠点とする資本主義 の拡大によって方向づけられ形作られたという前提にもとづき、 「国民国家形 成の構図」と 20 世紀に資本主義が世界に拡張した経緯を素描する。次に第2 節では、第二次大戦後の 20 世紀過半に発生し、その後の人間社会の行方に 立ちはだかり危機をもたらすと懸念される当時の現実の諸問題 四つの落 し穴 をボールディング(1964)に倣って提示し、それらの諸問題に資本 主義がまつわりつく事実を確認する。そして第3節は、20 世紀後半に高度化 した資本主義が惹き起こす、人間社会の存続を脅かす二つの根本問題 「自 8.
(3) 20 世紀後半の資本主義を問う. 然・生態系の破壊」と「社会関係の切断」 を概観し、それらの弊害を生み だす資本主義の力学を考察する。最後に、これまでの議論を踏まえ、資本主 義の力学に対処しながら新たな社会構想を実践する生活空間再生論に言及す る。. 1. 資本主義と国民国家、そして 20 世紀の構図 本稿が問う「資本主義」は、それから産み出される「社会的富」が マル クス『資本論』 (1867)の冒頭で指摘された 「巨大な商品の集合体」とみ なされる経済体制である 1)。その経済制度では、商品が資本から大量に生産 され、市場機構を通して消費される。現代の高度化した資本主義社会では、 あらゆる物とサービス 人間関係などさえも が商品となり、市場で消 費される。そして、ある社会で資本主義が高度化すると、その社会全体に商 品が溢れ出し、社会的富が集積する勢いは、もはや停まることがない。こう した資本主義を貫通する力学が 19 世紀以降に近代社会を形作り、近代化が 世界中に拡大して人間社会の歴史を方向づけた。本節では、資本主義の力学 の本体と、資本主義が拡大する状況について、本稿にかかわる範囲で整序す る。 資本主義の力学 資本主義は、近代社会システムの中核的サブシステムと して確立され、同時にそれを自己組織化する経済制度である。人間が形成し たその制度は、当の人間から外在的となり、さらに拘束的にもなる。つまり、 資本主義は「社会的事実」 (デュルケーム 1898)である。そして、社会的事 実としての資本主義は、いったん人間の作為から形成されると、特立してそ の制度固有の法則で運動し自己組織化する。これをマルクスは、 「疎外」とよ んだ。資本主義制度は、人間がその制度自体の法則性を 活用できるとし ても 制御できない社会的事実でもある。そこで、資本主義の力学とは、 社会的事実としての資本主義自体が運動するさいの法則性をいう。 そのような資本主義を貫通する最も基礎的な力学は、 「資本の自己増殖」で ある。資本の自己増殖の実現は、マルクスが論証するとおり、社会的富から 地域創造学研究. 9.
(4) 特集 20 世紀を問い直す. 剰余価値が不断に生みだされて可能となる。剰余価値は「労働力商品の価値 と、労働者が生産した生産物の価値との差額」であり、それは「技術革新に よって労働生産性を上げ、労働者に支払われた労働力の価値以上の価値を実 現することによって得られる」 (柄谷 2006: 142)2)。その剰余価値は、 「労働 者を直接的に搾取するものではなくて、総体として労働者が自らの作ったも のを買い戻すという過程をとおして得られる」 (柄谷 2006: 14 2)。すなわち、 生産された商品は消費されなければ社会的富とならない。 資本主義の生産と消費は、 「市場」経済によって存立する。市場経済は、資 本主義の下位制度であり、 「市場」という価格の自己制御機構で作動する(ポ ランニー 1977: 228-33)3)。そして、大量に生産された商品は、大量に消費さ れなければ剰余価値が生み出せないので、資本の自己増殖には市場空間の拡 大という現実も不可避となる(安村 2008) 。市場機構が生成する歴史をたど ると、はじめに共同体同士や外国との取引の場がその濫觴となるが、やがて 市場は拠点である国家内に浸潤して国民経済として制度化された 4)。20 世紀 後半に資本主義が高度化すると、大量の生産物が供給される市場は「消費社 会」という市場空間を国内に形成する。市場空間は同時に、貿易や植民地化 によって国外にも拡張される。そして、世界の統一的市場機構がグローバル な市場空間を形成する。 こ の よ うに 拡 大 す る 市 場 空 間 で 取 引 さ れ る 大 量 の 商 品 は、 「工業」 (manufacturing industry)から産み出されるので、工業は資本主義の中心的 事業活動に位置づけられる。発展した工業は資本主義の拠点となる国家で、 社会的富の増産、つまり商品の大量生産を追求して「規模の経済」を志向す る(西川 1987: 113; 山形 2003) 。そして、工業もまた剰余価値を増大するた めに、労働や原料の市場について有利な生産条件をもとめ、立地点から活動 域を拡張し、国境をこえて進出してゆく。そして工業の活動体である企業は、 国籍を超えたグローバル企業がグローバル市場で活動するようになるが、企 業の特に製造部門の立地には、生産条件の優位ゆえに先進諸国から開発途上 国に移動し、先進諸国に製造業の空洞化が生じる傾向がみられる(東京都産 業労働局 2003) 。実際に、社会的富が蓄積された先進諸国では、ペティ=ク 10.
(5) 20 世紀後半の資本主義を問う. ラークの法則の通り、産業構造の就労人口や国民所得に占める比率が製造業 からサービス業へと推移する 5)。 そのさい、先進諸国の経済活動については、たとえば消費社会論の議論 のように、生産よりも消費に重点を置く認識がなされがちだが 6)、先進諸 国の経済を特徴づけるのはいまなお「巨大な商品の集合体」という社会的富 である。そして、先進諸国から製造業が移転される開発途上国にも、 「巨大 な商品の集合体」を具現する消費社会が次第に形成されるようになる(安村 2008) 。事実 1980 年代以降、先進諸国から工場施設などが移転したアジアや 南米の新興工業諸国には漸次的に消費社会が形成されてきた(経済産業省『通 商白書』2005 年版) 。 「消費社会」は、商品が大量に生産され大量に消費される市場空間である。 消費社会形成の初期には大衆消費社会が出現し、使用価値が高い家電製品や 自動車などの耐久消費財が大量に生産され大量に消費されるが、それらの消 費財がほとんどの家庭に普及すると、やがて高度消費社会に移行し、個人の 嗜好に応じた高級消費財が消費される。高度消費社会では、従来には財と認 識されたなかった物やサービスが「商品」として売買されるようになる。た とえば、 「記号の消費」といわれるブランドの消費などは、その一例といえよ う(安村 2008) 。このように、資本主義の「資本の自己増殖」という力学は、 本来は商品とはなりえない対象さえ商品化する 7)。 こうして、資本主義の「資本の自己増殖」という力学は、商品の大量生産・ 大量消費、市場の拡張、万物の商品化、などの現実を生み出し、資本主義の 運動は地球上に際限なく拡大することになる。それが、資本主義の国際化・ グローバル化の一側面である。 資本主義と国民国家形成の構図 資本主義の、国際協力による自由貿易と いう前提にもとづく国際化・グローバル化が 20 世紀後半に進展し、資本主 義が世界全体に覆い被さると、資本主義と主権国家の関係は複雑になる。資 本主義が国境を乗り越えてグローバル化するさいに、国民国家の存在とその 意味が資本主義との関係において、あらためて浮かび上がる。20 世紀後半に 資本主義の市場機構が次第に世界中で統合化し、市場空間が世界中を覆い尽 地域創造学研究. 11.
(6) 特集 20 世紀を問い直す. くす一方で、国際関係は主権国家制度で運営され、経済においても各国の国 益の追求から国家間関係に葛藤が生じる事態がしばしばみられるようになっ た。 しかし資本主義と国民国家の関係を遡れば、そもそも国民国家の形成が資 本主義の発展と深く絡み合う史的状況が想起される。現代の国民国家の存在 とその意味は、資本主義の力学との関係からまず分析されねばならない。 資本主義が近代化の原動力となった 19 世紀半ば頃、西欧に近代国民国家 という包括的社会制度が資本主義の拡大の拠点として形成された 8)。国民国 家内部に近代諸制度が整備されてゆき、それとともにその包括的制度自体も 漸次的に構築された。そのような国民国家の形成過程には、資本主義の力学 が貫徹している。資本主義の力学は、国民国家という包括的制度の形成を通 じて、近代に固有の民主主義、法、国際法、教育、軍事、等々の諸制度を生 みだし、そしてそれらの制度から市民社会の形成、都市化、植民地主義など の社会現象が派生した。それらの経緯は、国民国家が資本主義の生成の拠点 として形成される構図で描出される。この構図は、西欧の個別の出来事から 抽象化される歴史的事象ではなく、資本主義の力学にもとづいて抽出される 国民国家の理念型としての構図とみなされる。 その構図を素描すれば、次のようになる。資本主義が西欧の絶対主義諸 国に浸透すると、それぞれの地域に事業で成功した「資本家階級」が抬頭し はじめる(ボー 1981) 。経済的富をえた資本家階級は、絶対主義的権力にた いして参政権を要求し、結果として絶対主義に対抗する勢力となる。絶対主 義から解放され政治的権力を獲得した資本家や商人は、市民階級を形成して 「市民社会」を構築してゆく。市民階級の要求から「民主主義」的政治体制が ときに革命をへて 次第に整備される。さらに市民階級は、自らがえた 経済的富を確保するために、私的所有権を保障する「近代法」も制定する。同 時に、資本主義の生産と消費の拡大は、生産者都市や消費者都市に特徴づけ られる「近代都市」を生みだし、市民階級はその都市に居住した(ヴェーバー 1956) 。さらに都市部には、農村部から主に工場の労働力が多く流入する。 国民国家の形成は、 「国民」の形成でもある(柴田 1983) 。絶対主義的封建 12.
(7) 20 世紀後半の資本主義を問う. 制の地域分権で支配されていた地域構成員は、国家の統一的な構成員として の「国民」に再構成される(アンダーソン 1983) 。そのさい、近代「教育」を 通して、国家の標準的言語である「国語」が普及し、さまざまな施策から国 家と国民の意識が醸成された。近代教育はまた、資本主義を支える国民の 勤労・勤勉の態度を教化し、効果的な労働力の形成に寄与する制度でもある (桜井 1984) 。そして、国民国家形成と国民形成の過程が、ナショナリズムや 民族主義を醸成する。 絶対主義国家いらいの国民国家の「主権」とは、 「一国だけで存在するもの ではなく、他の国家の承認によって存在するもの」であり、 「他国が主権国家 でないならば、支配してよいということを含意する」 (柄谷 2006: 108) 。そし て、欧米の国民諸国家を拠点とする資本主義は、植民地主義によって世界中 に拡張し、同時に世界中の諸地域が国民国家という制度的枠組を受容せざる をえない状況を生成する。この実状は、それを認識し諸外国の侵略を恐れた 明治維新の変革者が、国民国家の建設を急いだ日本の近代化にも看取しうる。 そこで、国民国家は、領土を確定し、他国の侵略から領土を防衛するために、 「近代軍」を国民の徴兵によって編制する。近代軍の訓練は、国民を規律正し い労働力に育成するための一助ともなった(フーコー 1975) 。また、国民国 家を拠点とする資本主義の拡大は、科学・技術の発展やそれらを基礎とする 移動手段・運搬手段などにも後押しされ、近代軍事力を強圧的背景として、 未近代諸国に市場や資源などをもとめ、近代軍による「植民地主義」を特に アジア、アフリカ、太平洋地域などに展開する。 20 世紀の資本主義の拡張 このように、資本主義は近代諸制度と近代社 会を形成し、そこに国民国家という包括的枠組を制度化した。西欧諸国の近 代化から照射されるこの構図は、米国や日本の資本主義と近代化にも投影さ れる。主に西欧諸国からの移民で建国された米国には資本主義が急速に発展 し、19 世紀末になると米国は英国に代わり世界一の経済大国となる。また日 本も、19 世紀後半に徳川幕府の 200 数十年にわたる封建制度下の鎖国を終結 し、資本主義を取り入れて近代国民国家を建設する。米国や日本も含むそれ らの近代諸国家は、植民地主義化の中で列強とよばれ、資本主義の拡大を背 地域創造学研究. 13.
(8) 特集 20 世紀を問い直す. 景にして、領土や植民地支配をめぐる戦争を繰り返した。そして 20 世紀にな ると、第一次大戦が勃発する。第一次大戦後の戦禍でヨーロッパが混乱し、 世界の平和の維持を国際的に模索しながらも、列強はその後も競って軍事力 を増強した。 19 世紀から 20 世紀にかけて資本主義の拠点である国民諸国家が相互に争 いながらそれぞれに植民地主義で世界中に支配を拡大する一方で、国民諸国 家内では、民主主義の進展を背景に都市賃金労働者を中心とする大衆が政治 的勢力として抬頭していた(オルテガ 1930; マンハイム 1940) 。19 世紀末に 世界最大の経済大国に成長した米国では、1920 年代になるとそのような大衆 にまで経済的豊かさが浸潤し、大衆は米国経済で大量な消費を担う消費者と なる(アレン 1931) 。大衆消費社会の登場である(常松 1997) 。それは、戦後 に経済復興した先進諸国に出現した高度近代社会の原型であった。 資本主義は、1929 年に発生した世界恐慌でその破綻が懸念されたが、第 二次大戦を通してその後も高度化している。その終戦直前に米国が主導して 戦後の世界経済を構想したブレトン・ウッズ体制では、経済のあらゆる自由 化が志向された。この体制は、日欧諸国の急速な経済成長で米国経済が相対 的に衰退したため、1970 年代初めに事実上崩壊したが、その体制が志向し た経済の構想はその後もほとんど保持されている 9)。そして、1973 年のオイ ル・ショック以降、先進諸国のに経済は 日本経済を除いて 長期の不 況に陥るが、その間にも資本や金融などの自由化は拡大し、先進諸国の企業 活動の国際化も進展した。後に経済の国際化(internationalization)は、そ の形態や性質の変化も伴ってグローバル化(globalization)とよばれるように なる。 また大戦後には、米国とソ連の二大覇権国は世界を二分する冷戦で対峙し、 資本主義は社会主義による経済発展の挑戦を受けたが、1917 年のロシア革命 から 74 年間つづいたソ連の社会主義は 1991 年に崩壊した。その後、資本主 義は、民主主義とともに その真偽はともかく 「歴史の終焉」 (フクヤ マ 1992)とよばれるほどに、世界の高度近代化を推進する決定的原動力とみ なさていれる。そして、1990 年代には、金融資本主義の拡大に米国に発した 14.
(9) 20 世紀後半の資本主義を問う. IT 革命が拍車を駆け、資本のグローバル化と企業活動のグローバル化が進展 し、それに伴い、経済のグローバル化は一部に国境の存在意義が疑問視され るほどに世界全体に浸潤した。 資本主義のグローバル化と主権国家 資本主義が国境を乗り越えてグロー バル化するさい、資本主義のグローバル化と国家運営や国民経済との間に、 折り合いがつかない状況が増えている。このような状況について、大前研 一は 20 世紀後半に世界経済における経済のボーダレス化の現実を克明に描 出し(1990) 、その経済単位が国家から地域に転換されるべきだと主張する (1995)10)。1980 年代末には世界の多くの識者がしばしば発言したように、国 家の枠組は世界の問題を解決するには小さすぎ、個人の多様な生活の問題を 解決するには大きすぎる、と認識されはじめた。 そこで、超国家主義と地域主権主義との実践が、同時に議論されはじめ る(猪木 2009: 333-46) 。欧州では、すでに 1951 年に欧州石炭鉄鋼共同体 (ECSC)から統合化構想がスタートし、その後、欧州経済共同体(EEC) 、 欧州共同体(EC)などをへて、1992 年に欧州連合(EU)が超国家主義の実 践に歩み始めた。同時に EU では、 「欧州地方自治憲章」の「補完性原理」に よって地域主権も実践される。同様な動向が EU の影響も受けながら 他の先進諸国にも、 「グローバルに思考し、ローカルに行動する」という 掛け声のもとに「コミュニティ再生」の形態で散見されるようになった。こ うした超国家主義と地域主権主義の同時進行は、国家の枠組を希薄化させる かにみえる。 しかしそれでも、国際関係における主権国家の地位はなかなか揺るがない。 EU にさえ、国家間の経済的統合は比較的容易だが、政治的統合はきわめて 困難であるという事実が看取される。たとえば、EU では 1999 年に共通通貨 ユーロの導入で経済が統合化されたが、欧州連合憲法は 2006 年に発効の予 定が果たされず、欧州理事会は憲法の概念を放棄している(猪木 2009 : 3446) 。しかも、1990 年代初め以降に金融資本主義がグローバル化をさらに急速 に展開されたことで米国や世界経済が復調し、それによって地域主権主義の 話題はやや影を潜めたかにみえる。経済のグローバル化とともに、それをナ 地域創造学研究. 15.
(10) 特集 20 世紀を問い直す. ショナル・セールスのように政策的に推進する主権国家の役割が再び表面に 浮上しはじめた。 こうして、資本主義の高度化と拡大の過程は 20 世紀後半になるといっそう 顕著となるが、その過程には人間社会全体を存亡の危機に陥れるような諸問 題が発生した。つぎに、20 世紀過半に現れた諸問題について概観する。. 2. 20 世紀後半の諸問題 四つの落し穴 第二次大戦が終わった 20 世紀中頃は、その後、世界全体の状況が個人の 生活から国際秩序まで急激に変動してゆく大転換期であった。その変動の基 底には資本主義の力学が作用している。以下では、高度資本主義が世界に拡 大する過程で発生した、人間社会の危機的問題を概観する。 20 世紀の落とし穴 高度資本主義が顕在化した時期の 1964 年に、ボール ディングが「20 世紀の意味」を論じている。それによれば、人間社会の発展 は「文明前社会」から「文明社会」 (B.C.3000 年∼ A.D.2000 年)をへて「文明 後社会」という三段階からなり、20 世紀は文明社会から文明後社会への一大 転換期とみなされる。これをみるとボールディングは、21 世紀には文明「後」 社会を迎える、と予見していたことになる。そのさい、文明後社会のイメー ジは明確にされていないが、新たな社会を迎えるにあたって危惧される 20 世 紀の「落し穴」が指摘されている。その問題提起の枠組や予測の妥当性はひ とまずおき、当時の代表的な一社会科学者が 20 世紀過半の現実をいかに認 識し、その現実にいかなる問題を提起したのかを振り返ることは興味深い。 ボールディングは、一大転換期の 20 世紀に、三つの落し穴を懸念する。そ れらの落し穴には、 「戦争」 、 「人口」 、そして「エントロピー」の問題が取りあ げられている。ただし、経済発展にかかわる困難として、人口問題の側面と 並置し、ある社会が経済発展へと離陸をできない問題の側面にも詳細に言及 しているので(pp. 95-109) 、 「経済発展の離陸」も落し穴に追加してよいだろ う。したがって、ボールディングによれば、文明後社会に向けて 20 世紀が抱 える課題には、 「戦争」 、 「経済成長の離陸」 、 「人口」 、そして「エントロピー」 16.
(11) 20 世紀後半の資本主義を問う. という四つの落し穴がある。 ボールディングが予測した四つの落し穴を現時点から回顧すると、その記 述には時代の制約からやや的はずれな箇所もある。そして、21 世紀になって 十年目が過ぎた現在にも、文明「後」社会 ボールディング(1964 : 135) が指摘する、たとえば、文明社会の有閑階級の生活水準が万人の上に普及し、 最も貧しいものがローマ皇帝のような生活をする社会 はどこにも出現し ていない。しかし、四つの落し穴は確かに 20 世紀後半を通して人間社会の 重大な困難であり、現在にも解決が焦眉の急な課題となっている。そこで本 稿では、ボールディングの四つの落し穴に倣い、20 世紀後半の四つの落し穴 が、現時点で 過去の事実として いかに認識され、いまの現実にいか なる事態をもたらすかを、高度資本主義という本稿の視点にもとづいてとら え直す。 第一の「戦争」の落し穴は、20 世紀の第一次と第二次の世界大戦をへて、 その後半に、米ソ両陣営が世界を二分し敵対する「冷戦」であった。いわゆ る「東西問題」である。文明後社会への 20 世紀後半の移行に際して、 「戦争 という落し穴は、最も切実な切迫したものである」 (ボールディング 1964: 69) 。それは、20 世紀に科学や技術の組織的な研究や開発で軍事革命がなさ れた結果、核兵器のような軍事破壊力が世界全体を射程圏内においたので、 東西関係の冷たい戦争が熱い戦争になれば、人間社会全体の破滅が不可避だ からである。 「こういう事情の下では、安定した平和の追求は、史上空前の切 迫性と烈しさを持つ」 (ボールディング 1964: 70) 。しかし、20 世紀後半の当 時には、米ソ関係が深刻な緊張関係や束の間の緊張緩和を繰り返す中で、東 西問題が解決し熱い戦争が回避される可能性を信じる楽観主義者は少なく、 世界中で多くの人々が核戦争の勃発を危惧していた。 こうした 20 世紀のほとんどの「戦争」の経緯に資本主義が絡みついている。 第一次と第二次の世界大戦の発端は、やや強引に概括すれば、資本主義の成 果で強大な国力を築き、さらに資本主義の増強をはかる列強が、原材料の確 保や市場の拡張などをめざした植民地獲得競争の結果とみなせる。第二次大 戦で、米国を除く列強各国の領土が戦場となり、列強は甚大な戦禍を被って 地域創造学研究. 17.
(12) 特集 20 世紀を問い直す. 資本主義の経済発展も頓挫した。そして大戦後、スーパーパワーとなった米 国が世界各国の経済復興を援助し 11)、資本主義国際体制を構築するのにたい して、ソ連は社会主義の国際体制を拡大して対抗する。こうして、第二次大 戦後の東西問題とは、米国の資本主義とソ連の社会主義が、それらの経済体 制の正当性をめぐるイデオロギーで対立し、あらゆる領域の国際関係の諸局 面で衝突を繰り返す冷戦であった。 ところが、東西問題はどちらかといえば呆気なく解消する。1989 年にベル リンの壁の崩壊、翌年には東西ドイツの統一、そして 1991 年にはソ連が崩 壊して、東西問題も核戦争の危機も俄に雲散霧消するかにみえた。東西問題 の解消は、資本主義と民主主義が人間社会の最終的制度となることで、社会 変動の「歴史の終焉」 (フクヤマ 1992)をもたらし、平和な世界秩序が訪れ るかと期待された。しかしながら、冷戦後には地域紛争が世界各地に頻発す る。ソ連崩壊後の 20 世紀末には、湾岸戦争、チェチェン紛争、ユーゴスラビ ア内戦、コンゴ内線、アフガニスタン内戦、等々と、世界中に熱い戦争やテ ロが起きている。21 世紀になっても、2001 年 9 月の米国同時多発テロを契機 に、軍事大国米国が実質的に主導し国連軍も関与するアフガン戦争(2001 年) やイラク戦争(2003 年 3 月)が続いて発生した。冷戦後の戦争には、ハンチ ントン(1996)が示唆したように「文明の衝突」という傾向が色濃いが、資本 主義文明にたいする反感も投影されている。 第二の「経済成長の離陸」の困難という落し穴は、ある社会が「発展を開始 することが困難だということである」 (ボールディング 1964: 95) 。この落し 穴は、第二次大戦後に世界の多くの国や地域が、伝統的社会から経済成長の 急上昇によって資本主義社会に移行する ロストウ(1961)が「離陸」と呼 ぶ 段階を達成できない、という問題である。大戦後に経済復興したのは 19 世紀までに資本主義を発展させ近代国民国家を形成した、いわゆる先進諸 国であり、同時期に植民地支配から独立した多くの国や地域は経済成長に離 陸できない、いわゆる開発途上諸国となった。そして、先進諸国と開発途上 国の間の経済格差は急増し、 「南北問題」と呼ばれるようになる(ウォーラー ステイン 1979; 西川 1974) 。 「経済成長の離陸」の落し穴は、この「南北問題」 18.
(13) 20 世紀後半の資本主義を問う. に置き換えられる。 こうした経済成長の離陸の困難は、ボールディング(1964)によれば、各 国の離陸にたいする意志の欠如に帰着する。そこで、彼が主張する経済発展 戦略の要諦は、次のようになる。 経済発展に関する法則も予言も、 「意志あれば道あり」という古諺に要約 することができる。この道はひどく容易なもの、周知のものである。要 するに、資源を成長に投ずるということに尽きる。……しかし、問題は 意志なのである。 (ボールディング 1964: 105) この意志とは、たとえばマックス・ヴェーバーが西欧資本主義生成の文化的 一要因として指摘した「プロテスタンィズムの倫理」のような事実をいう。 ボールディング(1964: 105)によれば、 「意志を発達させる過程には、社会の 文化的環境の全体が働いており、それを決定している諸要因を取り出すこと は難しい」ので、意志についての社会科学の知識はほとんどない。そして、 ある社会が経済発展をするのに必要な政治的問題の前提は、 「意志を持たぬ 人間を権力から引き離し、意志を持つ人間に権力を与えるような政治的革命」 ということになる(ボールディング 1964: 107) 。 しかし南北問題を産み出すのに決定的なのは、そうした国や地域の意志と いう内部的要因よりも、むしろ、資本主義世界経済で形成された「近代世界 システム」 (ウォーラーステイン 1979)という構造的要因にある。資本主義 がヨーロッパに出現し 19 世紀以降に資本主義世界経済として拡大すると、国 際分業体制が編制され、中心−半周辺−周辺という構造をもつ近代世界シス テムが確立する。それは、北の先進諸国の経済的豊かさが増大するにつれて、 南の開発途上国の貧しさが深刻化するような構造である。このような構造が 北から南にもたらす貧困、飢餓、搾取、抑圧、疎外、差別などの事態は、ガ ルトュング(Galtung 1969)がいう構造的暴力とみなされる。こうして、南 北問題にもまた、従属理論などが分析したように、資本主義と分かちがたく 絡みあうのである(e.g., フランク 1978) 。 20 世紀後半に先進諸国に高度資本主義が進展するにつれて南北問題は深刻 化しながら、1970 年代の産油国のオイルマネー増大、1980 年代の新興工業 地域創造学研究. 19.
(14) 特集 20 世紀を問い直す. 諸国の経済成長、1990 年代末の東西問題の解消などの現実の経緯とともに 南南問題も浮上し、南北問題はさらに複雑化した(猪木 102009 ; 西川 1998) 。 そして、南北問題は、グローバル社会の経済、政治、環境などのあらゆる領 域の様々な現実的問題に投影され、人間社会の行方に立ちはだかっている。 第三の「人口」の落し穴は、短期的と長期的の二つの側面をもつ、人口の制 限という問題である。これは「人類が直面している最も困難な問題の一つ」 であると、ボールディング(1964: 111)は考えた。そして、この問題の短期 的側面とは、開発途上国の人口増加にかかわる眼前の困難であり、長期的側 面とは、開発途上国と先進国を問わず、人間社会全体の究極的な人口均衡に かかわる困難である。ボールディングは、20 世紀を人口爆発時代とみなし、 いずれの側面でも人口増加の制限が不可欠と結論づける。そして、人口を制 限する科学的に検証された制度は一切みあたらず、あらゆる知的資源を傾注 してその制度を開発すべきだと主張する。 たしかに、長期的な人口増加の問題は、いまも引き続き未解決であり、人 間社会の将来に危機感を増大させつつある。その人口増加は、アフリカやア ラブ諸国の開発途上諸国に著しく 12)、そこには資本主義のグローバル化が複 雑に絡み、深刻な飢餓や貧困や紛争を惹き起こしている(ジョージ 1976; 西 川 1974) 。世界人口は、2075 年に 92 億 2 千万人でピークを迎えると予測され (United Nations 2004 World Population to 2300) 、それ以前に特に開発途上 国で食糧、住宅、用水、雇用などの不足が懸念される。 しかし現在の日米欧のほとんどの先進諸国は、ボールディングが警告する 人口制限の問題意識に反して、出生率増加の社会諸施策を講じている 13)。先 進諸国の人口変化は、経済成長に伴い、伝統的な多産多死型から、多産少死 型へ、そして少産少死型へと推移した(西川 1988: 66) 。経済成長に伴う少子 化の傾向は、欧米ではすでに第二次大戦前から進行し、日本でも 1970 年代か ら顕著になりはじめる。そして同時期には高齢化が進展し、そのために先進 諸国には労働人口の低下傾向を抑制しようとする議論が盛んになされた。少 子高齢化によって社会的活力の低下が問題視されるようになったのである。 先進諸国の人口制限政策は、1980 年代頃から出生率増加対策へと一転した。 20.
(15) 20 世紀後半の資本主義を問う. 人口増加の問題は、マルサスの『人口論』 (1789)以来、社会科学の重大 なテーマのひとつであったが、少産少死型人口となった先進諸国で、高度資 本主義にかかわる少子高齢化問題が世界の人口増加問題を複雑化している。 先進諸国の少子化対策は、高度資本主義を持続させるために、一定の労働 人口の保持が不可欠と認識されるからである。しかし、スーザン・ジョージ (1976)などがつとに指摘したように、第二次大戦後に IMF、GATT、世界銀 行などが主導する国際経済体制、あるいは 1970 年代以降の多国籍企業の活 動などにみられる高度資本主義の国際化(1990 年代以降の呼び方ではグロー バル化)が、開発途上諸国の食糧危機や債務累積問題を深刻化させ、さらに はその事態が人口問題の状況を混乱させてきた。そして、高度資本主義を保 持するための先進諸国の人口増加対策は、南北問題と絡み合って将来の人口 増加問題に影響を及ぼし、人間社会全体に食糧危機などの重大な問題をもた らすと予測される(石 1988) 。 そして、第四の「エントロピー」の落し穴において、ボールディング(1964: 125-42)は熱力学の第二法則「エントロピー増大の法則」にもとづき、社会 システムのあらゆる領域で活動のポテンシャルが減少し、枯渇する危機を論 じている。この危機にたいして、ボールディングは、人間の学習過程に期待 を寄せ、社会や物の運動についての反エントロピー的科学技術 「つまり、 集中した物質を分散させるより、分散した物質を集中するような技術」 (ボー ルディング 1964: 130) の開発などに活路を見いだそうとする。 しかしながら、 「エントロピー」概念を経済学に導入した先駆者の一人であ るボールディングのその適用法については、主に二点の批判がある。ひとつ は、ボールディング(1968)が「宇宙船地球号」という概念を用いて、地球 や人間社会を「閉鎖的システム」と捉える点にかんする批判である(玉野井 1975: 186) 。地球や人間社会がエントロピー増大法則にもかかわらず存続で きるのは、槌田(1992)がエントロピー論で論証したように、それらが「定 常開放システム」としてのエントロピー除去機構を有するからである。その エントロピー除去機構では、システム内部の循環作用でエントロピーが処理 され、さらに処理しきれない余分なエントロピーはシステム外部に排出され、 地域創造学研究. 21.
(16) 特集 20 世紀を問い直す. 最終的に、地球の活動で発生した余分な熱エントロピーは、地球上の水循環 によって地球外に除去される(安村 2010) 。閉鎖システムではエントロピー 増大の法則を回避するどんな方法もなく、最終的にシステム内部にエントロ ピーが充満し、そのシステムは熱死にいたるが、地球自体はエントロピー除 去機構をもつ開放システムであり、そこに生命が存続できる。 もうひとつのは、反エントロピー科学技術の可能性を信じるボールディン グの楽観主義にたいする批判である。ボールディングと同様にエントロピー 概念を経済学に適用したジョージェスク−レーゲン(1971)は、いかなる科 学技術もエントロピー増大法則を阻止できないとみなし、ボールディングの 楽観主義を批判した。この楽観主義批判は、エントロピー増大の法則が物質 を支配する普遍的法則であるので、妥当である。しかし、熱学第二法則によ る地球と人間社会の崩壊は不可避とするジョージェスク−レーゲンの悲観主 義も反論される。というのも、地球の自然・生態系や生命や人間社会は、上 述のエントロピー除去機構によって生き続けている事実があるからだ。 ところが、地球のエントロピーが従来のように処理されず、自然・生態系 が破壊される深刻な事態が、1960 年代に発生し、現在も拡大している。した がって、エントロピーの落し穴は、地球や生命の存続に危機をもたらす地球 規模の「環境問題」に置き換えられる。そして、この環境問題は、高度資本 主義が生みだす廃物や廃熱のエントロピーが、自然・生態系のエントロピー 自浄能力で処理できないほどに増大した事態に起因する(安村 2010) 。エン トロピーの落し穴もまた、高度資本主義と不可分にかかわっているのである。 以上のように、文明後社会への移行に際して 20 世紀に仕掛けられた、ボー ルディングが指摘する四つの落し穴は、 その後の経緯からボールディン グの問題意識とは齟齬をきたす落し穴もあるが 21 世紀になった現時点 にもそれぞれに人間社会の行く手を阻む危うい罠となっている。 「戦争」の落 し穴については、東西問題は解消したが、テロリズムや文明の衝突による紛 争、核戦争さえもが、依然として世界を脅かす。 「人口」と「経済成長の離陸」 の落し穴は、人口問題を抱えながら経済の格差の諸問題がますます拡大する 「南北問題」として、あるいはそれらの問題を複雑化する「南南問題」として、 22.
(17) 20 世紀後半の資本主義を問う. これらも世界に脅威をもたらし続ける難題である。また、 「エントロピー」の 落し穴は、人間社会とその存立基盤である地球さえも破壊しかねない、地球 規模の「環境問題」となっている。そして、これら落し穴のすべてが、高度 資本主義から誘発され、その発展によって増幅される。 このように高度資本主義が 21 世紀の人間社会に向けて仕掛けた危機的な 落し穴は、個人の生活にも深刻な影響を及ぼす。そしてとりわけ先進諸国で は、高度資本主義にたいする不安が個人の間で高まっている。そこで次には、 先進諸国の個人の生活に焦点を転じて、資本主義の力学が世界にもたらす落 し穴や人間社会に与える影響が、個人の生活にいかに反映するのかを考察し、 ひるがえって人間の生活を破壊する資本主義の根本問題を検討する。. 3. 資本主義が個人の生活にもたらす根本問題 これまでの議論からあらためて 20 世紀を顧みると、それは資本主義と主権 国家が世界に近代化の混乱と秩序をもたらした激動の時代であった。そして、 世界中に惨禍をもたらした第二次大戦後の 20 世紀過半には、不安定な世界 秩序において脆弱な平和が保たれ、一部の国や地域には、人間が夢みた経済 的に豊かな生活が実現した。その経済的豊かさは、それをいまだ実現できな い人々にとっても、将来に達成されるべき基本的目標となっている。すなわ ち、資本主義の高度化と、それに支えられる高度近代化は、世界のすべての 人間社会の目標である。 しかし、高度資本主義の発展で経済的な豊かさを獲得した先進諸国では、 やがて多くの人々が資本主義にたいする不信感を募らせ、その将来に不安感 を抱くようになった。1970 年代以降、先進諸国で価値観が多様化する個人は、 「物質的豊かさ」よりも「精神的豊かさ」を求めるようになった(内閣府 2007 『国民生活白書』p.4 ; Myers 1990) 。さらに先進諸国の多くの人々は、 「幸せ」 を感じていない(Inglehart 2000; Myers 1990) 。そして実際に、カジノ資本 主義やギャンブル資本主義と呼ばれる金融資本主義が、2008 年 9 月のいわゆ るリーマン・ショックで経済危機を惹き起こすと、世界中の資本主義にたい 地域創造学研究. 23.
(18) 特集 20 世紀を問い直す. する懐疑の念がいっそう高じたかにみえる。そこで、高度資本主義が先進諸 国の社会を搦め捕り、個人の生活を崩壊の危機に晒す高度資本主義の根本問 題について、20 世紀後半に生じた「自然・生態系の破壊」と「社会関係の切 断」という二つの問題に焦点をあてて考察する。ここに焦点をあてるのは、 個人の生活の場が、カール・ポランニー(1977: 59)が指摘するように、 「自 然・生態系」と「社会関係」を前提にしてはじめて成り立つものだからである (安村 2009b) 。 高度資本主義から生じた先進諸国の環境問題 一方の「自然・生態系の破 壊」とは、前述の環境問題と重なる。資本主義にたいする先進諸国の人々の 不信感は、先進諸国が経済復興を遂げて豊かな社会を築いた 1960 年代頃か ら、特に環境の汚染や破壊の問題を契機に表明されはじめる。1950 年代過半 から先進諸国に形成された大衆消費社会では、その社会を支える大量「生産」 から有害物質が排出され、そのためにどの先進諸国にも環境汚染や環境破壊 。それが日本で が発生した(カーソン 1962; コモナー 1971; 安村 2009b, 2010) は「公害」と呼ばれる。高度経済成長がピークに達した 1960 年代には、玉野 井(1979: 122-3)が社会的症候群とよぶ 水俣病、サリトマイド薬害事件、 新潟水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそくなどの 資源や環境をめぐ る諸問題が一気に噴出し、人々の生命や生活に甚大な被害を与えた。 「公害」という「言葉には、 「加害者=企業」が垂れ流した有害物質による 「被害者=住民」の健康被害とその救済という含意があった」 (吉見 2009 : 123) 。公害は、工場燃料や原料などが石油に転換され、石油工業文明ともよ べる時代が到来した 60 年代以降に頻発している。公害によって、高度経済 成長で資本の自己増殖を支えた石油工業文明や技術革新が、人間社会と自然 環境に深刻な悪影響を及ぼすことが明らかになった(玉野井 1979 : 122-3) 。 公害や環境問題にたいする政府の対策は、国家政府が経済成長を優先し企 業の生産体制を保護したので、たいていは不徹底であり遅滞した。そのため に、住民の被害は拡大して深刻化し、その救済や補償の問題は長期間にわた る社会問題となっている 14)。こうした公害対策の国家政府にたいする不信感 は、激しい住民運動の頻発となって現れた。 24.
(19) 20 世紀後半の資本主義を問う. その後、1970 年代初めから公害は住民運動や政府の対策などで次第に改 善されたが、その後も廃物や廃熱は、 「生産」ばかりでなく、急速な都市化に 伴う大量「消費」などからも排出され、環境を汚染し破壊しつづけた。公害 のように加害者と被害者が比較的明白な事例ばかりでなく、加害者と被害者 の関係が複雑で両者を特定できない事例も現れる。そして、 「環境問題」と いう言葉が「公害」に置き換えられるようになった(吉見 2009: 123) 。また、 1973 年の石油ショックで燃料費が高騰し、先進諸国が工業の大量生産を継続 できなくなる。これを機に先進諸国の産業構造は脱工業化に転換され、1970 年代には工場を海外に移転するオフショア生産が増大した。 1970 年代になると、ボールディングが 20 世紀の落し穴と指摘した環境問 題は、地球規模に拡大してくる。それは、国内や複数の国にまたがる砂漠化、 森林の減少、有害廃棄物、酸性雨のような問題、あるいは地球規模で広がる 気候変化、オゾン層の破壊、生物多様性の減少といった問題である(環境と 開発に関する世界委員会 1987 : 57) 。こうした地球規模に拡大した環境問題 の発生は、先進諸国内に大衆消費社会「市場」を形成し、さらに大戦後に米 国が主導する自由貿易主義のブレトン・ウッズ体制で世界中に「市場」経済 を拡張した高度資本主義に起因する。高度資本主義において資本の自己増殖 力を増強した石油工業文明が、地球規模に広がり、自然・生態系の破壊をも たらした。高度資本主義から発生した地球規模の環境問題は、先進諸国ばか りでなく開発途上国の生活も破壊している。 環境問題を惹き起こす資本主義の力学 高度資本主義の力学が個人の生活 環境を汚染し地球規模で自然や生態系を破壊する過程は、ボールディングが 経済学に適用した「エントロピー」概念を用いて解明される(玉野井 1978; 槌 田 1992; 安村 2010) 。エントロピーは「汚れの量」を表す物理概念であり、熱 学第二法則はこのエントロピーが常に増大することを示す。エントロピーの 増大は、万物の活動や運動から廃物や廃熱が排出される事態となる。閉鎖系 においてエントロピーが飽和状態となれば、その系は熱死という崩壊を迎え る。 しかし、生命や自然・生態系は存続し、前述のように、熱学第二法則から 地域創造学研究. 25.
(20) 特集 20 世紀を問い直す. 免れている。熱学第二法則の例外は皆無だが、生命や自然・生態系には系内 の循環で廃物を処理し、処理しきれない廃物を廃熱として系外に排出するエ ントロピー処理機構があり、それによって系が生存しつづける(玉野井 1978; 槌田 1992; 安村 2010) 。たとえば生態系では、植物→動物→微生物→植物→ …という、順次に前者のエントロピーが後者のエネルギーになるような循環 で、それぞれの廃物が処理される。さらにその循環で処理できない過剰な廃 物は、廃熱に転換し、主に水を通して生態系外に排出される。生態系外に放 出された熱エントロピーは、水の循環によって地域水系→大気圏という、そ れぞれに循環機構をもつ開放定常系を通り、最後に断熱膨張によって宇宙に 放出される。こうして地球の生命の自然・生態系は、熱学第二法則に対処し 生存する。 ところが、地球全体で成り立つこのエントロピー処理機構に崩壊の危機を もたらし人間の生活や生命の存続を脅かすのが、地球規模の環境問題である。 この環境問題の原因は、高度資本主義が資本の自己増殖機構で生産と消費を 増大し、そこから過剰なエントロピーが放出された結果である。工業燃料や 動力資源が次第に石炭から石油に転換され、1960 年代の大衆消費社会では 石油工業文明が隆盛した。大衆消費社会において、電力、燃料、素材、原料、 移動動力などと汎用性の高い石油が大量生産と大量消費に適用され、それに よって自然・生態系に還元できない廃物が増大し、過剰な廃熱が排出された。 こうして、生命や人間社会の活動から生じるエントロピーを除去していた自 然・生態系の機構が、高度資本主義の石油工業文明から過剰に排出されるエ ントロピーをもはや処理しきれなくなったのである。いまや世界全体におい て、環境問題が個人の生活に暗い影を落としている。 先進諸国内の環境問題は、環境対策の技術や規制によって改善されたかに みえるが、こうした局所的対処は、地球規模に拡大した環境問題の根本的解 決とはならない。環境問題の終息は、予見されにくい。というのも、今後も、 開発途上諸国が、すでに経済的豊かさを獲得した国々に代わって次々と工業 生産を高度化してゆくはずだからである。高度資本主義が世界に拡張し、資 本の自己増殖機構が世界市場に統合化されたいま、巨大な商品の集合体であ 26.
(21) 20 世紀後半の資本主義を問う. る社会的富を産み出す工業生産は、世界のどこかに確保されねばならない。 そこで、急速な工業化を 1980 年代後半から遂げた新興中進諸国の NIEAs、 ASEAN、さらに 21 世紀になって工業化を躍進させた BRICs などは、資本の 自己増殖が続くかぎり、日米欧諸国が今かかえる資本主義の根本問題をこれ から順々に背負うにちがいない。そして、個人が生活する場の基盤となるべ き自然・生態系が、世界中で破壊される。 資本主義によって切断される社会関係 自然・生態系の破壊という問題 と並んで、社会関係の切断という問題も資本主義の根本問題となる(安村 2009b) 。本稿の「社会関係の切断」とは、資本主義経済の市場が対面的社会 関係に介入し、人間関係が希薄化する事態をいう。ただし現時点で、この 事態が実際にどのような社会病理現象として生起するかは十分に特定されな い。 しかしそれでも、20 世紀末に先進諸国では、特に都市部において、コミュ ニティが崩壊し個人の社会的孤立がしばしば一般的な話題となり議論されて いる(パットナム 2000; ペリファン 2008) 。とりわけ日本では、社会関係の希 ) 。そし 薄化の現実が問題視されてきた(内閣府 1993, 2005『国民生活白書』 て、社会関係にかかわる「現代社会のゆがみ」や「現代人の孤独」が、バンダ リズム、社会的引きこもり、社会的無関心、いじめ、学内暴力、孤独死など の社会問題の原因ではないかという一般的言説もある。こうした言説は適切 に検証されねばならないが、先進諸国では多くの人々が、資本主義の発展と ともに社会関係が希薄化したという実感をもつ(OECD 2006『図表でみる 世界の社会問題 OECD 社会政策指標』 ) 。高度近代化社会において社会関係 が希薄化する事実はたしかに確認できそうだが、それが人間社会にどのよう な影響を及ぼすのかはいまだ推察の域をでていない。 社会科学の研究においても、20 世紀末に、近代社会の社会関係が希薄化 するという問題意識から、 「社会関係資本」 (social capital)の概念が注目を 集めた。この概念は、1980 年代にブルデュー(Bourdie 1986)やコールマン (1998)などから提起され、その後、パットナム(1993; 2000)の研究成果を 契機に社会科学の様々な分野で適用されはじめている。 「社会関係資本」の概 地域創造学研究. 27.
(22) 特集 20 世紀を問い直す. 念規定は多様であるが、パットナム(2000)が用いる概念には、中間集団な どで個人間の紐帯が強固であるほど、当該集団のいろいろな目標達成度や業 績が高まるという含意がある。 このとき、社会関係資本の弱体化ないしは「社会関係の切断」問題が資本 主義に起因するという一般的言説について、研究者はほとんど支持しない。 「社会関係資本」概念の適用には、その用語に付された「資本」に表徴される ように、資本主義を暗黙に是認するか、あるいは社会関係における資本主義 の影響を看過する傾向がある。事実、パットナム(2000)の統計調査結果の 分析によれば、資本主義がコミュニティにおける社会関係資本の衰退の原因 とはみなせない。 「社会関係資本」研究の目的はむしろ、社会関係資本の強化で 資本主 義の影響をほとんど無視し コミュニティの再生をはかることにある。社 会関係の再生については、一般的に、伝統的運命共同体の社会関係を評価す る回顧主義論や共同体主義論と、それらを批判し市民社会や公共性のネット ワーク関係を評価する公共性論などとを両極として、多様な主張がなされる が、資本主義との関係に言及する主張は少ない。社会関係資本論の多くの実 践論は、たいてい回顧主義からは距離をおくが、コミュニティの社会的ネッ トワークの強化に言及する 15)。そのさい、社会関係資本と資本主義の力学の 関係を論じる考察は、繰り返すがほとんどみあたらない。 社会関係を切断する資本主義の力学 しかし資本主義的市場経済の機構に は、社会関係を切断するような力学が作用する。近代社会では、カール・ポ ランニー(1977: 104-19)が示唆するように、 「社会の内部に埋め込まれてい た経済」が、生活から分離され、 「市場」経済が社会的事実として固有の機構 で機能している。市場の価格自己調整機構が社会のほぼ全領域に普及すると、 個人が欲する物資やサービスは、ほとんど市場における商品の消費を通じて 入手可能になる。 、 このような市場機構が社会に普及すると、生活の場における「相互扶助」 ないしはポランニーがいう「互酬」という社会関係は消滅する。個人のあら ゆる欲求が市場における商品の消費によって充足される以前には、共同体の 28.
(23) 20 世紀後半の資本主義を問う. 内部で相互扶助の社会関係や自給自足による生活が営まれていた。共同体に は伝統的規律や社会制度などに従って、強固な社会関係が構成されるが、市 場経済が共同体内部に侵入し、やがてほとんどの生活資料を市場で商品とし て消費せざるをえなくなると、相互扶助の慣習は喪失し、漸次的に社会関係 は希薄化する そして、共同体も崩壊する。つまり、生活における個人の 欲求充足は、市場経済以前では社会関係の中でしか達成されないが、市場経 済では社会関係から分離した市場における商品の消費を通して達成される。 市場経済が全体に行き渡った社会では、個人が生活を営むさいに、もはや実 質な対面的人間関係は不要となり、縮減する。 こうした市場経済が社会から離脱して社会関係を切断する過程は、社会関 係にたいする価値評価の変化からもみられる。伝統社会の生活における生産 と消費の実体的経済には、文化人類学の研究成果が豊富な事例を提供してい るように(e.g., モース 1925; マリノフスキー 1922) 、社会的文化的脈絡の中 で常に社会関係の伝統的価値評価が絡み付いていた。伝統社会では、生産と 消費の経済が生活の社会文化的脈絡や社会関係の中に「埋め込まれている」 ので、社会関係の伝統的価値評価は、共同体の伝統的な制度や規律などと結 びつき、 しばしば個人の自立を阻むが 共同体存立の紐帯である社会 関係を重視し、それを社会諸活動の中で基礎的実体として位置づける。した がって、伝統社会の生活は、社会関係を一つの基礎として成立するとみなさ れる。 それにたいして高度近代社会の市場経済では、社会関係についての価値評 価が、 「市場」と、商品の価値を表す「貨幣」との制度にたいする信頼に置き 換わる。高度近代社会における個人のあらゆる次元の欲求充足は、もはや社 会関係に依拠せず、市場を通じて商品を消費して達成できる。商品の価値は 「価格」で評価され、それは市場の価格自己調整機構で決定されるので、 「市 場においては、人間生活における死活的重要性よりも、市場に参加する経済 主体の私的利益が「価値」すなわち価格の観点から優先するようになる」 (玉 野井 1978: 10) 。こうして、社会関係が価値評価される社会的領域はますます 局所的となり、社会全体における個人間の信頼関係も市場にたいして二次的 地域創造学研究. 29.
(24) 特集 20 世紀を問い直す. となり、社会関係は希薄化する。 現在、このような社会関係の切断が進行する事実は、様々な場面で経験 的に認知されるであろう。資本主義の力学による社会関係の切断が人間社会 にもたらす最終的な結果は未知だが、先進諸国では漠然とした不安を憶える 人々が少なからずいるにちがいない。おそらく、その不安は杞憂ではない。 社会関係の切断は、たとえ資本主義が存続したとしても、社会の成立を崩壊 させる一因となるであろう。. おわりに 生活空間の再生をめざして 20 世紀後半、第二次大戦の戦塵から復興した日米欧の先進諸国は、 「幸せ になるため」の経済成長戦略を推進し、経済的に豊かな社会を形成したが、 21 世紀になると先進諸国の経済成長は、いつの間にか「不幸せにならないた め」の戦略に変わっていた。資本主義が高度化した先進諸国内では、 「社会関 係」の切断が拡大し、多くの人々は経済的に豊かであっても幸せを感じてい ない。さらに、先進諸国の自然・生態系は、工業化と都市化によって破壊さ れてきた。21 世紀を迎えた後に、金融資本主義で高揚した世界経済も 2008 年のリーマン・ショックで頓挫し、経済危機に直面した。この経済危機から 回復したとしても、金融資本主義の大過を契機に、とりわけ先進諸国の人々 の資本主義と高度近代社会に抱く懸念は、さらに増大したにちがいない。 この間に、ボールディングが示唆した 20 世紀の四つの落し穴も、それぞれ の様相が多少変化したにせよ、文明の衝突問題、南北問題、人口問題、そし て環境問題というように、グローバルな難題として相変わらず存続している。 これらの難題にも経済成長戦略を支える資本主義と、それよって形成される 高度近代化が複雑に絡み合う。そして、主権国家からその内部にも外部にも 発生する諸問題も資本主義と根深く絡み合い、その解決の糸口はまったくつ かめない。 それでも 1980 年代以降には、資本主義や国家を含め、近代のあらゆる側 面を疑問視する議論が世界中でなされてきた。まずは、近代を徹底的に非難 30.
(25) 20 世紀後半の資本主義を問う. するポストモダン論が 1980 年代に盛んに議論された。ただしポストモダン 論は、近代批判に終始し、来るべきポストモダンの実像を提示できずにやが て消失した。また、地球規模の環境問題や南北問題については、それに対処 するための国際会議が 1970 年から 1980 年代にかけて頻繁に開催され(安村 2010) 、1987 年には二つの問題の解決に向けて WCED の「持続可能な開発」 の理念と実践が提案され、世界の期待を集めた。 しかし実際には、資本主義や高度近代化で悪化する現実を是正しようとす る様々な取組は、いずれも南北問題や大国間の利害が錯綜するために停滞し ている。また 1980 年代から著しい経済成長を遂げはじめた新興中進諸国は、 20 世紀半ばの先進諸国と同様に、 「幸せになるために」さらなる経済成長を 推進し、その結果として南北問題を複雑化し、環境問題を深刻化している。 そして、現在は「幸せになるために」経済成長に邁進する BRICs のような新 興中進諸国にも、順次、その経済成長が「不幸せにならないため」に成長し 続けねばならなくなるであろう。そして現在の新興中心諸国も、経済的豊か さを実現した途端に、現在の先進諸国と同様な「自然・生態系の破壊」と「社 会関係の切断」問題を国内に抱えることになり、多くの国民は幸せを実感で きなくなるであろう。それは、 「資本の自己増殖」を本質とする資本主義の宿 命である。そして資本主義は、シュムペーター(1950: 113-5)が予見するよ うに、その成功ゆえに崩壊するにちがいない。 しかし、高度近代化の現実は、われわれの生活にすっかり浸潤して、もは やそれを生活から引き剥がすのはきわめて困難である。したがって、資本主 義の変革は革命的ではありえない。高度近代化の諸問題への対処については、 国際関連機関が世界各国に目標を掲げ、いわば上から下へと、国家、地域、 そして個人に降ろしてゆく施策だけでは、通用しそうにない。ここでに「グ ローバルに思考し、ローカルに行動する」指針が、あらためて浮上する。個 人が自らの生活空間の意識的な変革を、その空間を共有する他者と協働して 実践するとき、その実践が資本主義に対抗するもっとも有効な対策となるに ちがいない。そして、資本主義に対抗する生活の場の変革は、地域の住民が 主体となる「生活空間再生」 (livelihood-space reformation)という事実によっ 地域創造学研究. 31.
(26) 特集 20 世紀を問い直す. て先進諸国に散見されている。さらに、それらの「生活空間再生」が世界中 に拡大しネットワーク化されるとき、やがて主権国家の体制もグローバル社 会の制度も変革されるであろう(安村 2009a) 。資本主義に対抗する生活空間 再生の社会構想は、20 世紀の難題を問い直しながら歩む、長期にわたる漸次 的変革のプログラムである。 こうした個人の生活空間からグローバル社会に向けて、下から上へと向か う漸次的変革のプログラムを構築するには、資本主義と国民国家を含む近代 化、とりわけ 20 世紀の高度近代化について、いま一度、徹底的な総括が求 められよう。本稿は、きわめて不十分ではあるが、その端緒としての取組で あった。. 注 1) それは、18 世紀頃の西欧に生成した「産業資本主義」ないしは「近代資本主 義」であり、大航海時代から発生した「商人資本主義」とは区別される。商人 資本主義の実体については、岩井(1992)が「ヴェニスの商人の資本論」に描 き出している。 2) この技術革新は、シュンペーターが指摘する、企業家のイノベーションに相 当する。柄谷(2006: 143)によれば、 「産業資本は世界を文明化するためにで はなく、自らが存続するためにこそ技術革新を運命づけられ」 、 「無益という よりむしろ有害な技術の革新や商品の差異化も、資本が存続するためにこそ 不可欠」なのである。 3) ポランニー(1977: 229)によれば、 「市場」は取引の「場所」と価格の自己制 御「メカニズム」という二つの意味で一般的に用いられるが、本稿では「市場」 を価格の自己制御メカニズムとして、市場メカニズムが作動する範域を「市 場空間」として表す。また、 「市場経済」とは「市場」を含む全体の経済制度 である。これらは、いずれも経済制度としての社会的事実である。 4) ただし、資本主義は共同体、国家、あるいは西欧地域の内部から生成したの ではない。 「それは世界市場=世界経済なしにはありえなかった。いいかえれ ば、それは、他の部族的共同体を征服して収奪し、他の世界帝国を解体しそ れを市場経済の中に引き入れることによって発展した」 (柄谷 2006: 109) 。 5) 1973 年に石油ショックで燃料費が高騰し、先進諸国が大量生産・大量消費の 産業構造を維持できなくなると、それらの産業構造は一斉に脱工業化しはじ め、高度情報社会の方途が議論され模索される。こうした先進諸国の脱工業 化をいち早くとらえ、知識、情報、サービスなどの産業化を予見したのは、 32.
(27) 20 世紀後半の資本主義を問う ダニエル・ベル(1973)である。 6) 消費社会をみすえながら、生産の側面をとらえた先駆的研究としては、ガル ブレイス(1958)がある。それによれば、豊かな社会には「消費」の欲望が 「生産」によって創出される依存効果の問題が浮上する。 7) そもそも資本主義の商品とは、 「消費のために資本から生産される財」と定義 されるが、資本主義生成史においてこの定義にそぐわない商品が出現した。 それは、マルクスが資本の本源的蓄積とよぶ「土地」と「労働力」の商品化で ある。さらにポランニー(1944)はこの二つに「貨幣」を加え、土地、労働力、 貨幣の三つを「擬制商品」とみなした。これらは、資本主義の制度的矛盾と なる(安村 2009b) 。商品としての貨幣が 2008 年に経済危機を惹き起こした金 融資本主義の経済的事態は、われわれの記憶に新しい。そして、文化や自然、 性や人間関係さえも、あらゆるものに価格がつけられ売買される商品化が、 高度資本主義の資本の自己増殖に巻き込まれている。 8) アンダーソン(1983)は、国民と国家が形成される事実とその経緯とを「想像 の共同体」という概念で的確に分析したが、 「想像」という語感から想起され る国家のイメージ、たとえば認識の転換で国家の実態を変革しうるような連 想がなされるとすれば、それは国家の実態に反する。資本主義と近代化の拠 点としての国民国家は、社会的事実として固有の法則で作動し、それが国民 や世界中を戦争や政治・経済的混乱に巻きこむ事実については経験的に周知 されている。 9) 第二次世界大戦後に構築された国際経済秩序であるブレトン・ウッズ体制 は、1970 年代に実質的に崩壊したが、市場の流動性は拡充され、資本や貿易 の自由化などはその後も目標として掲げられた。拡充された市場の流動性は、 1980 年代後半には日米欧政府の規制緩和政策で金融の自由化も一段と促進 し、さらに 1990 年代になると IT 化を基礎にギャンブル資本主義やカジノ資 本主義とよばれる金融資本主義が実体経済の規模を超えて拡大した。剰余価 値を生み出す機構が最終消費市場から資産市場に転換されたかにみえる。そ うだとすれば、資本の自己増殖機構が作動し資本主義は存続しても、個人の 生活にかかわる社会的富としての巨大な商品の集合体は消滅する事態になる。 10) 大前研一は、資本主義にたいする豊富な経験的知識と明敏な分析能力を有し、 経済学関連の学術文献においても、おそらく国際的に最も引用される日本人 著者の一人である。しかし、大前には経営コンサルティングの視点から経済 を分析する姿勢があるので、資本主義の力学に適合するための経営技術論が 主張されている。この点について本稿は与しえないが、しかしながら大前の 資本主義の現実の分析は明晰である。 11) 20 世紀は「アメリカの世紀」ともいわれる。猪口孝(1999: 270)によれば、 「アメリカの世紀」と呼ばれる 20 世紀において、ウィルソン外交は自由と平等 と民主主義を前面に押し出し、米国がはじめて体系的にそのドクトリンを表 地域創造学研究. 33.
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