臨 床 實験
母鵬血清注射による麻疹の良影響
︵昭和九年十一月,東京女讐學早期十九同例會席上にて講演せるもの︶ 149小
杉
丈
吉
麻疹は一般に滞一年乃至二年以下の幼見に最も多く死亡率を見るもので、其の大多数は氣管枝肺炎の併駿症に因るもので あります。 そこで本病の豫防法或は死亡率の輕減の爲めに色々研究されたのですが,一般の興味を引き、且つ追.試されたのはヂクウ ヰツツ氏︵﹁ミュンヘン﹂﹂大學︶の麻疹恢復期患者の血清注射法であります。本法ぱ麻疹恢復期の患者︵満三歳以上の者で, 解熱後、喝一二週︶の血清を注射する法であって冷之を注射して麻疹流行時に、麻疹を冤かれたる多籔の成績を焚表されま した。叉既に麻疹に感染せる場合帥ち潜伏期︵約数−十一日︶に之を注射すれば、麻疹は冤かれざれども、一般に経過が輕く、 併磯症も少なく、從って死亡率も非常に少数なることも磯表されました。同氏は一九一九年より一九二三年の五年間に亘り て實験されたのです。 此の成績によりて、本法が廣く追試される様になりました、しかし恢復期患者の血清は此の如く最も有効で,其の血清量 も少量︵三−県警︶で濟みますがコどうも日本では左様に簡単には得られません、爾親が反延したり、患見が嫌ふので,とて も多藪には膝用することが出拝ません。そこで第二の方法として夕惑の血清を注射する法で、これは甚だ容易なることで、 小杉11母磯母堂注射による癖疹の良影響 第五巻 三二九150 小杉目母融腸最愛⋮注射による朧疹の良影響 . 第泥巻 三三〇 從って本邦でも一般に之を留用する様になりました。しかし爾⋮親では麻疹恢復期患者の血清程に冤疫鰐含有量が多くありま せんから、注射する血清量は從って多量に用ゐます、一般に少なくとも二〇一三〇蛯を用ゐます。︵勿論中には少量にても有 効なる事もありますが︶撮て小生の實験せるものは少数は豫防注射で、他の十六例は次表に示すが如く,全部一家庭に魔疹 患者が獲生したる時に、幼少なる小見に虚し、爾親何れかの血清を注射せるもので、換言すれば,既に感染せる場合帥ち潜 伏期に注射せる澤になります。帥ち豫防の目的に非すして廊疹を良好に経過させる目的で注射したのであります。中には少 数に爾親の護疹液を注射したのもありますが、能く奏効して居ります。 病例を一々記載するのは煩難しますから、左表の如く、概要のみを表示して、大方諸君の判噺に待ちたいと思ぴます、只 其の中の特殊例を抜葦して概要を記載し,御参考に供したいと思ひます。 十
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} i ) b ) 1 1 ) ) ) )喜藤湯湯川川川宮中中泉
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融昭和千君菖纏○名
○○○○代子男昭子子夫
年
一年七月 一年三月 二年四月 一年三月十一月
四年二月 六年一月牛十一月
四年四月牛 一年三月 五⋮月牛 齢 ︵昭和四年︶ ︵昭和六年︶ ︵昭和六年︶ ︵昭和六年︶ ︵昭和八年︶ ︵同︶ ︵同︶ ︵同︶ ︵同︶ ︵同︶ ︵同︶ 最高膿温 三九塾〇 三七b二 三八bO 三九、二 三九、五 三九、五 三九、二 三九、〇 三九、〇 三八、五 三八、二等機症
氣管枝肺炎 ○ ○ 長田枝炎 氣管枝炎痙攣中耳炎 輕雷管枝炎 輕氣立枝炎 大氣管枝炎中耳炎 大撮管胃炎 輕氣管枝炎 二見管枝炎血清量
磯二二三,○ 磯萢液四、○ 獲庖液二、五 稜胃液一﹃O 下谷病院 下谷病院 下谷病院 下谷病院 下谷病院 下谷病院 東京女子讐專151 +二D金
事﹃海
十四,小 +五,八 +六,水 十七、三oooooo
三良文義延榮
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一年牛月 三年+一月 二年四月 一年四月 一年+月十一月
同荒男同町同
) ) ) ) ) ) 三八、五 三八、七 三八、八 三八、五 三八、五 感染せす 輕蝋管枝炎 輕氣管枝炎 輕章台枝炎 聖哲枝炎 上管枝炎 日本讐科大學第二讐院 東京女子讐專 東京女子讐専 下谷病院 下谷病院 東京女子馨専 ︵閃記、何々病院と記せるは、そこにて血清注射を受けたる者にて、量は二〇−三〇ならむと思へども、不明なる故病院 名のみを記入せり︶ 右表0如き成績にて、こ﹄に特記したいのは第一例にて、此の小児は生後四十日頃、氣管枝肺炎にて呼吸困難張く,直に東 京帝大、小兇科に入院,重症とならす全治退院せるが、爾來殆んど年中咳漱を獲せざる日なく、只其の梶度に差あるのみで, 漁咳多き時に服篤し居たる者であります、それが昭和四年家庭に一名麻疹患児が磯生したので,直に母膿 蔵置液三、○を注 射し、潜伏期を経て、獲疹し磯疹後間もなく、氣茶話肺炎を併磯したれども重症までに至らす、張心剤注射も要なき程慶に て全治したる例であります︵滲出性鰐質︶ 第五例の川○氏もかなり著明の滲出性晶質で、壁絵枝炎に犯され易く,しかし麻疹の際には痙攣及び巾耳炎まで起したが 肺炎は併聴せすに全治しました。第二例は殊に症状なく、幾分麻疹.磯疹を見たるのみで,や﹂眠り勝ちになっただけで、禮 温最高三七、二度にて、最も幽く経過せる例であゆまして、咳漱もなく、氣管掌炎もなく、臥床するに至らす、只数時間幾分. 眠り勝ちなるを認めた位の程度で経過しました。 第十七例は同胞の獲病後︵小生は同胞の磯病後、危瞼と認める幼児には、常に三i四日内に血清注射を受けよと名刺に紹 介状を書いて病院へ持参させて膨ます︶何かの事情にて、約一週間も経て、本校病院で母膿血清注射を受け、少し遅すぎたと 云はれたそうですが、珍らしく、途に感染しないで臨みました。冤疫性が當時相當あσたのでせうが、此の如き不感染例は 小杉罰母瞭血清注射による麻疹の良影聴 ﹂ 第五巻 ご;二152 小杉一−母瞭血清注射による廓疹の良影響 第五巻 三三二 極めて少なく、小生は一家庭に同胞が亜型して、他に感染せざりし例は.今日まで、此の一例を加へて、僅かに四名だけし か知りません、此の⋮例も將來麻疹に感染することでせうが、他の三例は皆二i三年後流行の際に麻疹に感染しました、何 れも重症の併磯症を起さす,全治して居ます、年齢もや玉多くなって居る爲めもあったでせう。 次に右の如き豫防血清注射後の免疫期聞は、どれ位かと見るに、これは感染の機會の望薄にも關係しますから、一概に申 上げられませんが、早きは鎭目専之助氏の二ヶ月後、中谷正範氏の二ヶ月牛と、四ケ月後に感染せる三例で、遽い方では小 生の二ヶ年後に感染せる三例で,此の中一例︵五年七ケ月牛の男面︶は中里枝肺炎を併零しましたが、輕症で、約一週後、呼 吸困難も去り、解熱、輕快しました。 結 齢 fi冊 一、血清注射以前の麻疹流行の際には魂常に満一年前後の小見及び滲出性髄質の小見には、氣管枝肺炎の併獲が懸念せられ 用心しながら、しかも屡々重篤なる氣管長肺炎︵或は漿液性肋膜炎を象ね︶の態態となり、一流行期間には、他に入院する者 もあれども、然らざる者で、少なくとも,一一二名は死亡を免かれないのが通例でありました。︵小生の取り扱った患見で︶。 二。然るに、血清注射患兄に就ては、右表の如く、少激の例ながら、彊度の滲出性醒質の外は、氣幻夢肺炎を起したる例な く,叉強度の滲出性量質の例でも、重篤なる肺炎を起さす、其の他の場合にも一般に症歌輕く維過するものが通例で、一例 も死亡せるものは、ありません,血清注射を行はざる同胞に較べて,一般に症歌曲きは確實に認められます。 從って危瞼年齢の幼兜に、血清注射を行は穿冷爾親は勿論、主治讐としても大に安心の出職る繹になります。 ︵昭和十年・三月十五日︶ 謬 考 交麟 困︶ 、マー﹁、▽M● Ψ壕、粘㍉鵡・党絶寅岬 郵9贈㊦刷出蔑MN①一ケ日︸肖崔丹ヴH︵一望︷﹂①二ρ①曽ド b9 j 随斗マHも海●戴嚇㊦錨邸 冒冨冨9q●図ぎ色。島①ロドお9 お一り. oコ 〟E卜9笥h一㊤bむO●
3) レーヴイン氏.麻疹の甲防 american。 J・33・1926・ 4)モラ.,. 、、ス及マンドリー蔽.購恢鶴並賊入簸蟻の感的鋤蹄nm・・i・・n・J・ dese・s・f・hild 39・19:;e, 5)・・イマン及ブッv・レ雨氏.麻疹豫防kこ封ずる成人血清の磨用d・・tsch・m・d・W・S・N・・18・ 6)山田貢氏.麻疹の豫防.兜科難誌272・大正十二年・ 7) 山本康裕氏.麻疹豫防注射及其.の方法 見科難誌29L 大正十三年・ 8)永山在徳氏.麻疹豫防注射’晃科難誌278・大正十三年・ 9)青山太郎氏.麻疹豫防及治療・晃科難誌36畿大正+四年・ 10) 小川原亮氏.聯疹豫防注射小實瞼 晃科難誌303。.大正十四年・ 11) 鎭目:專之助氏.蹴疹豫防注射の二例 晃科難誌30G・大正十四年・ 12)鎭目專之助氏.麻疹豫防注射績報見科薙誌303・大正十四年・ 13) 田原盛毘.麻疹の一療法 児科難誌315・大正十五年・ 14) 中谷正範氏。 麻疹血清の磨用 晃科難誌328・昭和ご年・ 15)中谷正範氏.麻疹恢復期血清の有効期間見科雑誌334・昭和三年・ 16)レレ7e 一.工及ベーズ爾氏.庶母灘期A・chive・d・rt・ed・d・s e・f・nt・・34・1931・ 17)庭木眞一氏.麻疹の血清療法見科難誌372・昭和六年・ 18)宇留野勝彌氏.麻疹の豫防及治療血溝注射治療學難曲第三巻ブL號・昭和八年・ 19)マツカン及チユ_雨催.ma疹の豫防並Fζ減毒に胎盤r・・キス」のue用見科難誌399・昭和八年・ 6うハ帽 受蘂=贈欝信鍵組蕪思蝿ゆ盤巡Q蝋繭憩 総組鞄 .臨蝸