シャウプ税制沿革史
著者
高橋 志朗
雑誌名
東北学院大学論集. 経済学
号
84
ページ
55-77
発行年
1980-12-20
URL
http://id.nii.ac.jp/1204/00024262/
シ ャ ウ ブ
税 制 沿 革 史
(
The history of Shoup Taxation System
)
日 次 1 はじめに 2 シャウプ税制の内容と特徴 3 シャウプ税制の沿革 4 シャウプ税制の沿革の分析 5 結 論
1
.
は
t;
めに
高
橋
志
朗
わが国近代税制史上シャウプ勧告は,
画期的な税制改革と して広く知ら れている。
シャ ウ プ 勧 告 の 第 l の ね ら い は,
日本に長期的に安定した税制 を確立することにあった。
シ
ャウプ勧告に見られる税制はlつの体系を構 成しており,
その特徴はとりわけ,
それが法人擬制説に基づいていること であった。
こ の よ う な シャウプ勧告の内容のほとんどが,
昭和25年l月の 税制改正に よ っ て 実 施 さ れ,
シャ ウ プ 税 制 が 実 現 さ れ る こ と に な る。
第 2 次世界大戦後初の,
そしてただl度の体系的な税制改草であったという点 において,
シャウプ税制は,
わが国現代税制の原点であるといえる。
しかし,
シ
ャウプ税制の体系は,
その後の税制改正によって大きく変容され,
現在ではシ ャウプ税制における個々の制度や措置が断片的に残存している に過ぎない状態に至
つ て い る。
長期的に安定した税制の確立をめざしてい たはずのシ ャウプ税制が,
ど う し て こ の よ う な 姿 に な っ て し ま っ た の か は,
わが国近代税制史上明らかにされねばならない間題の1つであるとい え る。
わが国近代税制史については,
すでに多くの優れた研究がなされて お り,
この間題につ い て も 言 い つ く さ れ た 感 が あ る か も 知 れ な い。
しか-
55-
lし,
本稿は,
これら先達の業積に教えを請いながら,
あえてこの間題の解 明 に加 わ ろ う と す る も の で あ る。
本稿の目的は,
シャウプ税制の変容の原因を究明し, さ ら に,
その変容 の過程はどのように考えられるべきな0'
)か を 明 ら か に す る こ と で あ る。
こ のために本稿では,
まず,
シ ャウプ勧告の特徴を要約し, それがシャ ウ プ 税制の沿革の中で変容していく有様を明らかにする。
ついで,
シャ ウ プ 税 制の沿革を,
共
にシャウプ税制の「
朋環」
過程であるとする,
有力な2通 りの見解について,
それぞれの「
崩壊」
原因および「
崩環」
過程の分析を 検討する。
最後に,
これらの2通りの分析に筆者独自の解釈を加えっつシ
ャウプ税制の変容の原因を明らかにし,
さ ら に,
その過程がどのように考 えられるべきなのかを示す。
2
.
シャウプ税制の内容と特徴
シャウプ使節団はコ
ロンビア大学教授シャ ウ プ 博士
(Carl S
.
Shoup)
を団長とし, ポー
エン(Howard
R
.
Bowen)
,コ
ーエンt
Jerome
B
.
Cohen)
,
ハ ツ ト フ ィ ー ル ド ( R o l l a n d
F
.
Hat
fi
eld
),
サリー(StanleyS
.
Sarrey)
,
ウ ォ レ ン ( W加
iam
C
.
Warren)
,
ヴ ィ ッ ク リ ー(Willam Vickre
y
) の 各メンパーから構成されていた
。
一
行は昭和24年(l949年)5月に来日し,
約3カ月間調査
,
研究を行なった後,
同年8月27日付で「
シ
ャウプ使節団 日本税制報告書」
(Re
p
or
・1to n
Jla
p
anes
e T a
,
atio
,
tby
th
e Sho
“
p
Missio
n
,
以下では「
シャ ウ プ 勧 告」
と 称 す る こ と と す る。
) を発表した。
これが「
シ ャウプ動告」
で あ る。
シャウプ勧告の本文は英文で6万語,
日本文でl7万 字におよぶll
影大なもので,
2編14章から構成されている。
この本文の他 に,
さらに同じ位の量をもっ
付録2編4章がつけ加えられている。
シャウプ使節団は来日後初の記者会見において,
その来日に関する次の 5つの目的を発表した。
l,
「
経済安定9原則」
に明示された政策に合致 する経済安定の達成に資すること。
2,
今後数年間,
詳細な点を除いては 変更する必要のないような安定した税制を確立すること。
3 ,
現行の税制 2-
56-シャウプ税制沿革史 に重要な不公平が存在すれば
,
それを一
掃 す る こ と。
4,
地方の自治と責 任とを強化する既定政策に対して財政的支援を与えること。
5 ,
税務行政 を改善し, 徴税法の厳格な実施を刺激するために行なわれている努力を円 滑 化 す る こ と。
このような目的に沿つて作成されたシ ャウプ勧告の内容は 次の7項日に要約される。
l 地方分権的財政制度の確立と地方税の強化 地方自治財政の強化の精神から,
従来の付加税制度を廃止して独立税制 度を採用した。
また,
各種の税源を道府県,
市町村のあいだに配分し, 道 府県の財源と して事業税に代つて付加価値税,
入場税,
遊異飲食税等を中 心 にし,
市町村の財源としては住民税,
固定資産税等を中心とするようにし
た。
さ ら に,
財政力の乏しぃ地方団体が健全な活動をするためには,
こ れらの独立税だけでは不十分であることに鑑みて,
従来の地方配付税に代 えて一
般平衡交付金制度を設けた('
)。
2
直接税の重視 従来日本は西欧流の税制を採用しており,
収得税のほかに流通税や消費 税が相当大きな役割を果たしてきた。
消費税や流通税は,
主に商品やサー ビスの売買について担税者が納税する間接税である。
一
方,
収得税は,
成 課徴収方式でも申告納税方式でも,
担税者が納税者であるという直接税で あ る。
シャウプ勧告では,
このような収得税を重視する英米流の収得税中 心主義を採用した。
こ れ は,
財政を通じて国民が常に政治に関心を持つこ とによって政治が監視され,
民主化されるという考えにシ ャウプ勧告が基 づ い て い る た め で あ る。
国税については,
有価証券移転税,
織物消費税,
取引高税,
地方税については,
不動産所得税といった間接税が廃止された の も,
その現われである。
( l )一
般平衡交付金制度とは,
地方配付税のよ うに特定の国の収入に依存する ものではなく,毎年解の中から必要な額が決定されるもので,
税としての 性質は失われ,
もっばら地方財政の平街化のための特殊な国庫交付金と して の性質を有する。
-
57-
33
生産活動の刺激と富の集中排除との調和 所得税の課税対象である所得は,
事業所得や動労所得を含んでいる。
し
かし,
これらの所得に対して高率の累進課税を行なうことは,
事業意欲や 動労意欲を阻客する恐れがある。
そこで, 所得税の最高税率を従来の85パ ーセントから55パーセントに引き下げた。
その代わりに,
5百万
円を超え る純資産に対して富裕税を新設し所得税を補完させたt2)。
4
個人主義の徹底 相続税は従来の家族主義的立法を改め,
個人主義的立法を貢いた。
夫婦 関係はある程度考慮されているが,
親子,
兄弟間は特別扱いされていな い。
これは日本の封建的家族制度を打破し, 民主化政策を税制に織り込も う と す る も の で あ る。
5
資本蓄積に結びつけた税制 インフレーション下では, イ ン フ レーション進行前の低い固定資産帳薄 価格で減価償却計算が行なわれるため,
みせかけの利益に法人税が課税さ れ る こ と に な る。
この結果,
インフレーション下では資本の食いつぶしが 起 こ る。
これを防ぎ,
税制を正常化するために,
資産再評価法の中に6 パ一
セントの再評価税を設け,
個人および法人を通じて資産の再評価の必要 性を主張した。
さらに法人擬制説を採用し, 個人と法人, 法人と法人との 間における2重課税を排除するために,
配当控除,
配当金の益金不算入等 の制度を導入した。
6 青色申告制度の普及 税務行政が国税,
地方税を通じ官僚主義・
独善主義に流されるのを防 ぎ,
税務行政の民主化を図つて青色申告制度が採用された。
7
その他 (2) 富裕税の納税義務者は,
個人であって, 夫好, 未成年者である子供および 祖父母と未成年者である孫などで, 生計を一
つに している者の財産を合算 し,その総額に対して程い率の超過額累進税を課した。
富裕税は,
昭和25年 に採用されたが,
昭和29年には廃止された。
4-
58-シャウプ税制沿革史 税金に関する学間的研究を進める意味から
,
国立大学に税法学の請座を 設置することが勧告された。
こ の よ う な 内 容 を もっシ
ャウプ勧告はlつの完結した体系である。
この こ と は,
勧告の冒頭において次のように述べられている。
「
こ こ に,
われわれが勧告しているのは,
租税制度であって,
相互に 関 連のない多くの別箇の措置ではない。
一
切の重要な動告事項および細かい 勧告事項の多くは,
相互に関連を持つている。
もし重要な動告事項の一
部 が 排 除 さ れ る と す る な ら ば,
他の部分は,
その価値を減じ, 場合によって は 有 害 の も の と も な ろ う。
従つてわれわれは,
動告の一
部のみを取り入れ る こ と に 伴 う 結 果 については資任を負わない。J
l31 シャウプ動告が1つの体系として成立しうる理論的基盤は,
「
根本的に は法人は,
与えられた事業を遂行するために作られた個人の集合」
lo
であ るとする法人擬制説に求められている。
法人擬制説では,
法人所得は株主 の所得であるとみなされる。
したがって,
法人税は個人所得税の源泉徴収 的 前 取 り と み な さ れ る。
法人擬制説が採用された結果,
シ
ャウプ動告は次 の よ う な 特 徴 を 有 す る も の と な っ て い る。
1 法人税における比例税率の採用 前述のように法人擬制説では法人税は個人所得税の前取りであるとさ れ,
課 税 は 個 人 所 得 税 に よ っ て 完 結 さ れ る と 考 え ら れ る こ と に な る。
した がって,
法人段階では低率の比例税を課しておけば十分である。
こ う し て て,
従来25パーセントであった協同組合等の特別法人の税率が,
シ
ャ ウ プ 勧告では画一
的な35パーセントの単一
税 率 と さ れ た。
さ ら に,超過所得に 対する法人税制度が廃止されたl5'。
(3) Shoup Mission
,
Rep
o rt onJ ap
anes
e Ta n t io;,
V ot
l,1949ForewardP・2都留重人
・
平国敬一
郎解競「シ
ャウプ動告全文」日本経済新聞社 昭和 24年 4 買 (4) 同上書l22買 (5) 超過所得に対する法人税制度は,
資本金額の一
定割合を超過する所得に対 して特別のi
ll,
担を驟そうとするものであった。
この制度は大正9年以来継続 的に採用されていた。
-
59-
5・2
配当控除制度および受取配当金益金不算入制度の採用 法人税を個人所得税の前取りと考えるならば2重課税防止のために,
既 に法人段階で徴収された法人税相当分を株主段階で控除する必要がある。
そこでシャウプ勧告では,
配当所得の25パーセントを所得税額から控除す る制度を導入している。
これと同様の理由から,
法人税における受取配当 金の益金不算入制度が導入されている。
3
積立金に対する課税 前述のように,
法人擬制説では法人所得は株主の所得であるとみなされ る。
そこで,
法人が配当を行なわないで内部留保を行なうことは,
その分 だけ所得税の課税が延期されることを意味する。
こ う し て,
留保所得に対 して,
その運延期間の利子負担として課税する必要が生ずる。
シ
ャ ウ プ 勧 告では累積額のlパーセントの課税を行なうぺきことを提案している。
4
清算所得に対する法人税課税の廃止 課税が株主段階で完結されると考えるならば,
解散や合併に伴つて生ず る分配金については法人税を課税する必要はなく,
分配を受ける株主の段 階で課税すれば良いことになる。
そこでシャウプ勧告では,
清算分配金の 受領者に対してその受取分配金のうちで積立金からなる部分については配 当所得として課税し, その他の部分については当該持分の所得価額を超え る部分を發渡所得として課税することを提案している。
5
源泉徴収制度の廃止 課税が個人所得税によって完結されると考えるならば,
配当所得に対す る源泉徴収制度の存在は否定されねばならない。
そこでシ ャ ウ プ 勧 告 で は,
配当所得に対する源泉徴収制度の廃止が提案されている。
6
キ ャビ
タル・
ゲインの全額課税 法人標制説によれば,
法人は個人の集合である。
その意味において企業 活動を行なう個人のみが存在するのであって,
企業そのものは実在しない と 考 え ら れ る。
したがって,
キ ャビ
タル・
ゲインもまた法人擬制説におい て は,
将来における株主の所有物と考えられる。
そ こ で シ ャ ウ プ 勧 告 で 6-
60-シャウプ税制治革史 は,法人所得中の未配当分を補足するものとしてキャ
ビ
タル・
ゲインの全 額課税制度を個人所得税に組み入れることを提案している。
こ の よ う に,
シ ャウプ勧告を支える理論的基盤は,
法人擬制説に求めら れ て い る と い え る。
法人擬制説にもとづいた租税制度では,
前述のよう に,
課税は個人所得税段階で完結すると考えられ, こ の よ う な 制 度 の も と で課税の公平を実現するためには, 個人所得税において徹底した総合課税 主義を採用する必要がある。
こ の た め,
シャウプ勧告では徹底した総合所 得税制度の確立が目指されている。
シャウプ勧告の構造的特徴は,
法人擬 制説にもとづいた総合課税主義による所得税体系の採用であるといえる。
3
.
シャウプ税制の沿革
シャ ウ プ 勧 告 は,
昭和25年 (1950年) 1月の税制改正によって実施され た。
こ れ に よ っ て , シャウプ勧告では強制されていた資産再評価が任意と された点を除けば,
勧告の内容がほぼ全面的に実現された。
こ の シ ャ ウ プ 税制の施行の結果,
税制改正前の昭和年24年の国税収入額と改正後の昭和 25年の国税収入額とを比較してみると,
6百56億円の減税が行なわれてい る(6)。
も っ と も , このように大規模な減税が国税で行なわれた反面, 地 方
税では4百59値円の増税となった(7)。
このため,
国税,
地方税の合計では 197値円の減税となり,
減税の効果は相当減少された。
ともあれ減税が行な われた結果,
国民所得に対する租税負担率も低下した。
昭和24年度におけ る国税・
地方税を合計したi
担率は28.
5
パ ーセ ン ト だ っ た が,
昭和25年度 では22.
4パーセントへ
と 低 下 し た l8l。
こ の う ち,国税だけの資担率は23.
2 パーセントからl6.9パ ー セ ン トへ
急落した(9)。
しかし,
こうして昭和25年の税制改正で成立したシャウプ税制は日本経 (6) 大蔵省財政史室編「
昭和財政史 終戦から構和まで 新報社昭和53年269買参照 (7)同上容269買参照 (8)同上番269買参照 (9)同上番269買参照-
6 l -l 9 統計」
東洋経済 7済 の 中 に 定 着 す る 暇 も な く , 急 速に変 貌 し て い く こ と に な る
。
昭和27年改 正では,
みなし譲渡所得課税の適用範囲の縮少と一
時所得,讓渡所得, 山 林所得の損益通算後10万円の特別控除を設置した こ と に お い て シ ャ ウ プ 税 制の課税体系の修正が見られる。
も っ と も , 前述の昭和26年改正に お い て もシ ャウプ税制によって実施された積立金の累積課税制度の課税率が改正 さ れ て お り, シ
ャウプ税制の修正l;t:
, す で に 始 ま っ て い た。
し か し , こ れ らの修正はシ ャウプ税制の改訂といえるほど本格的なものではなかった。
シャウプ税制の改訂が始まるのは昭和28(1953年) か ら で あ っ た。
昭和28年7月, 朝鮮休戦協定が成立した。
朝鮮休戦による特需の後退は 企業収益を激減させ, これは直接に法人税収入の伸び悩みを引き起こし た。
こ こ に,
シ ャウブ税制の直接税偏重の欠陥を是正するために,
景気の 動向にあまり影響を受けない間接税に依存しょう と す る 傾 向 が 強 ま っ た。
この結果,
昭和28年には所得税の減税が行なわれる一
方,
砂糖消費税の增 徴が行なわれた。
さ ら に 同 年 に は,
請和発効後最初の本格的な租税制度の 改正が行なわれた。
この改正は次の点でシ ャウプ税制の改訂を意味してい た o 1 富裕税の廃止と所得税の最高税率の引き上げ 富裕税の目的は所得税の最高税率を引き下げて,
脱税への誘惑を防止す る と と も に 増 産 意 欲 を 刺 激 し , 他方では蓄積された財産に対しては軽度の 名日的財産税の形で富裕税を課し, 所 得 税 を 補 完 さ せ る こ と に あ っ た。
し かし, 実際には戦後の財閥解体および農地解放等による高額所得者の激減 に よ っ て,
税収はわずかであった。
そこで富裕税は廃止され, その代わり に所得税の最高税率が2百万円超55パーセ ン ト か ら 5 百 万 円 趨 6 5 パ ーセ ン トへ引き上げられた。
2 株式の護渡所得に対する所得税の廃止と有価証券取引税の創設 シ ャウプ勧告は發渡所得課税を重視し,護渡所得の全額課税,譲渡損失 の 全 額 控 除 を 提 案 す る と と も に,資産の無償移転の場合にも課税すること を提案した。
しかしその後,
資産の無償移転の場合の課税が昭和27年に廃 8-
62-シ ャウプ税制沿革史 止され
,
發渡所得課税も緩和されてきた。
さ ら に,
有価証券の發渡所得に 対する実際の申告徴収額が極めて少額だったので, 少額の譲渡所得は課税 し な い こ と と し て , こ れ が 廃 止 さ れ た。
これに伴つて,
有価証券の譲渡, 売買等の移転に対しては,
その譲渡人を納税義務者としてかつての有価証 券移転税と同じ性質の有価証券取引税が設けられた。
3 清算所得に対する法人税の課税 清算所得に対する法人税は,
シャウプ勧告によって廃止された。
これに 伴つて,
解散または合併の場合の清算分配金のうち,
株式または出資の所 得価額を超える金額で解散または合併当時の積立金に対応する金額をみな し配当とし, その他の部分を株式または出資の發渡による収入金額とみな して個人の段階で所得税を課していた。
しかし,
有価証券の額渡所得税が 廃止に な る と,
この後者の部分をみなし額渡所得として課税できなくなる ので,
法人の清算中の利益に対する課税漏れや,
評価增をして合併した場 合の評価益に対する課税漏れ等を防<1ために法人の段階で法人税を課すこ と にした。
この結果, 清算所得のうちの積立金および非課税所得から成る 部分の金額については20パーセ ン ト,
その他の金額については43パーセン ト (一
般 法 人 ) の 課 税 が 行 な わ れ る こ と と さ れ た。
4 相続税の根本的改正 相続税はシャウプ税制によって従来の遭産課税制度が改正されて,
相続,
暗与または造贈によって取得した財産について取得者課税制度による累積 課税方式が採用されてきたm。
これが相統税と贈与税の2本建課税とさ れ,
さらに累積課税制度が改められて,
そ の 都 度 課 税 を 行 な う こ と と さ れ た。
同時に,
基礎控除の引き上げと税率の引き下げが行なわれ,
贈与税の み l 年 分 を 合 算 し て 毎 年 こ れ を 課 税 す る こ と と し , 相続税は補完的なもの と さ れ た。
この結果,
相続税については基礎控除額が従来の30万円から50 万 円 に 引 き 上 げ ら れ る と と も に,
贈与税については新たにl0万円の基礎控a
0
累積課税方式とは.
取得者が一
生を通じて取得した全財産を総合果積して 驟税する方式である。
-
63-
9除が設けられた
。
また,
従来20万円以下20パーセントから1億円超
7'
0パー
セントまでの1本の税率が,
相続税については20万円以下15パーセントか らl値円超70パーセント,
贈与税については20万円以下20パーセントから 3千万円超70パーセントまでの2本建に な っ た。
このほか,
昭和28年改正におけるシャウプ勧告からの離脱点としては次 のものがあげられる。
l 山林所得について,
その金額からl5万円を控除し,
控除後の金額を いわゆる5分5乗の方式によって他の所得と総合して課税することとされ た o 2 藤渡所得および一
時所得について,
その合計額からl5万円を控除し
,
控除後の金額の半額を他の所得と総合して課税することとされた。
3
専従者控除額が5万円 か ら 6 万 円 に 引 き 上 げ ら れ る と と も に,
親族 の範囲がl8歳以上からl5歳以上に拡張された。
4
利子所得につ
いて源泉分離課税を行なうこととされた。
シャウプ税制は,
昭和28年に引きっ
づき昭和29年にも次のように改訂さ れた。
l 山林所得について分離5分5乗方式が採用された。
この結果,
シャ ウプ税制の総合所得税体系はさらに大きく改訂され,
所得税の課税標準は 総所得金額,
退職所得の金額,
山林所得の金額の3本建になった。
2
同族会社の積立金に対する累積課税制度が廃止され,
同族会社の留 保所得に対して10パーセントの税率によるl回限りの特別課税を行なうこ と と さ れ た。
これによって, シャウプ税制における積立金の利子課税制度 は完全に改訂された。
3 シャウプ税制において創設された地方財政平衡交付金制度が地方交 付税制度に切り換えられたoo
。
0
」)地方財政平衡交付金は,基準財政収入を超える基準財政需要の額を全国各 地方団体で集計し, 大蔵省と自治省との:
折御により, その総額が決定され た。しかし,国の財政事情により,その総額が一
定せず, 中央・
地方の両財 l 0-
64-シャウプ税制沿革史 4 配当所得に対する源泉徴収税率が従来の20パーセントから15パーセ ントに引き下げられた
。
昭和30年代は日本経済にとって成長の時代であった。
も っ と も , この間 日本経済は大きな波動を伴つて成長した。
この波動の第1の頂点は,
神武 景気が最高潮だった昭和32年(1957年)であり,
第2の頂点は,
岩戸景気が 最高潮だった昭和36年(l96l年)だった。
このように良好な経済状態を背景 に昭和30年(l955年)には3百94億円の減税が実施された。
よ り 具 体 的 に は 法人税率が引き下げられ,
普通法人については所得金額が年間50万円以下35
パ ー セ ン ト,50万円超40パーセントとされた。
これは, シ
ャウプ税制の さらなる改訂を意味している。
なぜならば,
法人擬制説に基づいたシャ ウ プ税制においては,
課税は個人所得税において完結されるのであって,
法 人税においてはむしろ税率の単一
性が重視されねばならないからである。
昭和32年(l957年)の半ばから崩れた景気は昭和33年の6月に底に達し た。
その原因は,
急激な経済活動の拡大のために輪入が增大し国際収支の パ ラ ン ス が 崩 れ た こ と に あ っ た。
そこで, 政府は国内需要を抑え輪出を促 進するために,
財政が景気に対して刺激要因となることを選ける方針をと った。
このため,昭和33年(l958年)の税制改正は相続税の合理化と負担 の軽減, 法人税率の若干の引き下げを中心とした小規模な減税に止まっ た。
しかし, その具体的内容は次のように,
シ ャ ウ プ 税 制 の 改 訂 と い う 意 味において重要なものであった。
シャウプ税制では相続税において累積的遺産取得税方式が探用されてい た。
この方式では遺産が分割されればされる程税金は軽くなる仕組になっ ていた。
したがって, この方式は富の集中を抑制し, 富の配分を促進する のには合理的であるが, 実際に分割の困難な不動産を所有する農家や中小 企業等では,
いきぉぃ単独または少数の相続人によって相続が行なわれる (前ページ注(u
1
よ り 続 く ) 政にと って不都合が生じてきた。
そこで, 地方財 政平街交付金制度を改め,交付総額を所得税・
法人税,酒税の一
定割合によ って決定する地方交付税制度が採用された。
-
65-
l lため
,
これらの納税者に対するa
組が相対的に重 く な っ て し ま う と い う 欠 1e
lli
を有していた。
そこで,
昭和33年(l958年)の税制改正では従来の通産
取得税体系を維持しっ
つ
,
相続税の総額は遭産額および法定相統人の数に よって決定できる体系が採用された。
さ ら に,
相続税の負担面では中小費 産家階用,の負担を軽減するために,
課税最低限の大幅な引き上げぉょび税 率の緩和が行なわれた。
シ
ャウプ税制において採用されていた遺産取得税 体系が昭和28年の税制改正によって大きく変革されたことは前述した。
さ らに昭和33年のこの改正に よ っ て,
シャウプ税制における相続税体系は構 造的に全く異質のものに改訂されたといえる。
昭和36年(196l年)にもシャウプ税制の改i
11
を意味する重要な税制改正が 行なわれた。
この改正では,
同族会社の留保所得に対する次のような特別 課税制度が設けられた。
この制度は,
毎事業年度の留保金額から,
その事 業年度の所得のl0パーセント相当額と年50万円 と の う ち,
いずれか多い金 額を控除した金額に対して,
年3千万円以下の金額については10パーセン ト,
年3千万円を超える金額についてはl5パーセント,
l値円を超える金 額については20パーセントの超過累進税率を適用するというものである。
同族会社の積立金に対する課税制度は,
前述の昭和29年の税制改正に お い てすでにシャウプ税制からの大幅な離脱が見られることは指摘した通りで あ る。
昭和36年の税制改正は,
これをさらに押し進めたといえる。
昭和36年には,
このほかに法人と個人の2重課税調整方式につ
いて,
配 当支払法人の配当部分の法人税の税率の引き下げ,
株主側の配当控除,
益 金不算入割合の引き下げが行なわれた。
この結果,
法人株主が受け取る配 当についてはその法人の支払配当に達するまでの金額は従来通り益金不算 入 と さ れ る が,
その支払配当は,
まず受取配当から成るものとされ,
受取 配当が支払配当を超える場合にはその超過金額について,
益金不算入割合 を 百 パ ー セ ン ト か ら 7 5 パ ー セ ン ト に 引 き 下 げ る こ と と さ れ た。
これは,
シ ャウプ税制で採用された受取配当金の益金不算入制度を改訂するものであ っ た と い え る。
12-
66-シャウプ税制沿革史
4
.
シャウプ税制の沿革の分析
シャウプ税制の沿革については様々な分析がなされている。
佐藤進,
宮 島洋両教投は,
シャ ウ プ 税 制 の 沿 革 の 背 景 を 次 の よ う に 説 明 し て お ら れ るo「
なぜシャ ウ プ 勧 告 が か く も 早 期 に ま た も ろ く も 崩 壞 し た の か。
それは 占領軍による戦後改革政策の転換点直前における最後の改革がシ ャ ウ プ 税 制の成立であったから,
と い っ て よ い で あ ろ う。」m
さらに両教授はシ ャウプ勧告の理念と体系を,
(i)組税制度から特別な経 済政策日的を排除すること,
(ii)税務行政および納税協力を確立すること,
lii0
地方分権を重視した事務配分の行政改革を行うこと,
で あ る と さ れ た う えでシャウプ税制の「崩壞」
原因を次のように説明しておられる。
「
昭和23年頃から始まりつつあった占領軍基本政策の変化は朝鮮戦争の 勃発を契機に,
経済面では民主化・
自立化から自立化一
本へ,
また政治・
行政面では民主化・
分権化から保守化・
集権化へ
は っ き り と 転 換 し 始 め た のである。
この過程で経済自立化という強い経済政策日的が租税制度の体 系性を蝕み,
税務行政の困難というぃわばロ
実に近い理由が組税制度の変 質を促進した。
また,
中央集権化と地方制度内における道府県重視へ
の回 帰は分構的行政改革を挫折せしめたのである。」
o
3 佐藤・
富島両教授のこのような説明にもかかわらず,
この説明について 筆者には理解しえない点が残されている。
まず,
シャウプ動告が占領軍に よる戦後改革政策の転換点直前における最後の改革である,
という両教授 の認識の妥当性が間題であると考える。
第2次世界大戦終結直後の占領軍 の対日政策における主日的は,
日本の軍備解体と非軍事化であり,
経済面 においては経済機構を民主化し, 平和かつ民主的な国家として自立しうる までに日本経済を復興することだった。
その後,
東南アジアにおける共産 回 佐藤進,富島洋共著「
戦後税制史」
税務経理協会 昭和54年 29買 (l3
同 上 書 2 9 頁-
67-
13主義勢力の台頭の中で占領軍の対日政策は
,
反共勢力として日本を早急に 経済的に自立させることへ
と転換した。
ド ッ ジ・
ラインはこれを実現する ための政策だったのであり,
その具体的政策の第1のものが「
超均衡予 算」
の採用であった。
シャウプ勧告は,
この超均衡予算を達成しっ
つ税制 を改革しょう と す る も の で あ っ た。
も し も,
佐藤・
富島両教授が述べられ ておる「
転換」
の意味が,
ここで述ぺた事情を指しているとするならば,
シャウプ勧告が占領軍による戦後の対日政策の転換点直前における最後の 改革であったという両教授の事実認識には疑間の余地が存在することにな ろ う。
むしろ,
シャウブ勧告は占領軍による戦後の対日政策の転換後の政 策の一
環 で あ る と 考 え ら れ ね ば な ら な い の で は な い だ ろ う か。
そ う で あ る と す る な ら ば,
「
なぜシ ャ ウ プ 勧 告 が か く も 早 期 に ま た も ろ く も 崩 壞 し た のか」
と い う 疑 間 に対する佐藤・
富島両教授の解答の根換が失われること に な る。
次に,
シャウプ税制が「
崩壊」 し た の は,
占領軍の対日基本政策の変化 の過程で経済自立化が強い経済政策日的とされたためであるという,
シャ ウプ税制「
崩壊」
の具体的原因が問題となる。
確かに占領軍の対日政策 は,
日本経済を早急に復興する方向へ
と転換した。
昭和23年ごろからアメ リカの対日政策は,
経済の自立化一
片 倒 に な っ た と い え る。
しかし,
この 事実をもって直ちに,
シャウプ税制の「
崩壊」
原因と結びっ
けるのは妥当 で あ ろ う か。
経済の自立化がどのような点で,
シャウプ勧告では排除され るべきであるとされている特別な経済政策目的であったのかが明示される 必要があると思われる。
北野弘久教授も佐藤・
富島両教授と同様に,
シャウプ税制の沿革をシャ ウプ税制の「
崩壞」
過 程 と し て 考 え て お ら れ る が,
北野教授はその過程を 資本蓄積改革の遂行という面から分析しておられる。
例えば,
昭和26年に おける積立金の果積課税制度の課税率の修正, 昭和28年における富裕税の 廃止と株式の護渡所得に対する所得税の廃止, 昭和30年における法人税の 2段階税率の採用, 昭和36年における同族会社の留保所得に対する特別課 14 一‘
li8-シャウプ税制沿革史 税制度の採用, 配当支払法人1の配当部分に対する法人税率の引き下げ
,
配 当控除と益金不算入割合の引き下げ,
等シャウプ税制の「
崩壊」
を意味す る税制改正の多くに資本語積的側面が見られる, と同教授は述べておられ る1'。
このような税制改正に加え, 昭和26年頃から始まる粗税特別措置の 拡大が資本話横政策をより強力に押し進めた, と北野教授は述ぺておられ る四。
北野教授は,
こ れ に と ど ま ら ず に シャウプ税制の構造自体をも資本 蓄積に結びつけて以下のように説明しておられる。
まず,
シャウプ勧告が課税の公平化を個人段階で実現しょ う と している 点 が 間 題 と さ れ る。
つ ま り,
個人所得税の課税が適正に行なわれれば行な われる程,
源泉徴収的前取りである法人税li軽度で良いことになるのであ る。
北野教授は, 「
『負担の公平をはかるために徹底した総合所得税制度の 確 立 を は か る.
と い う 右 の シ ャ ウ ブ 的「
合理化. は, 実 l1t
法人優偶の税法 構造を構築する前提ないし手段であり,
それを要づける論理がほかならぬ「
法人標制説』 で あ っ た と い わ ね ば な ら な い。」
と述ぺておられるoo。
次 に,
シャウプ税制では法人擬制説が採用された結果, 法人税率は累進税率 である必要はなく軽度の比例税率で良いことになる点が間題とされる。
つ
ま り,
従来協同組合等の特別法人の税率は25パーセントだったが,
シャ ウ プ勧告では法人の種類, 規模の大小,
所得金額の高低を問わず,
画一
的 に 35パ ーセ ン ト の 単一
税率が提唱された。「35パーセントの画一
的比例税率 は,
明らかに大法人に有利に作用し, 中小法人にl1t
逆進的に作用する。」
と北野教授は述べておられるm。
さ ら に,
法人擬制説に 基づく租税制度では当然に必要とされる配当控除 制度につ
いて,
北野教授は,
「
この制度は,
とりもなぉさず配当所得者を 優 遇 す る も の で あ り,
それはとりわけて配当所得を多額に有する高額所得 04) 北野弘久著「
現代税法の構造」動草書房 昭和53年 2 3 ~ 3 l 買 (l5ll向
上 書 2:
; ~ 3 l 買 00 北野弘久稿「
戰後日本資本主義と税法制の展開」
法律時報 第39警第8号 6 貢 (l7) 同上;
l1
: 6 直-
69-
l 5者層の負担の軽減として作用する
。」
と述べておられるo'
。
また,
シ ャ ウ プ動告が配当控除率を25パーセントと している点につ い て も 次 の よ う に述 べておられる。
「
いま,
法人と個人との間の2重負担を排除する立場にたって適正配当 控除率を計算すると仮定し た場合,
それ‘
1l:
総所得金額が通減するに従つて 高 率 と な る。
その意味ではシ ャウプの25%
の控除率は低所得層には不利と な る。」
lo
つ ま り,
シャウプ税制で採用された法人集制説は,
とりわけ大法人軽課 の論理を要づけるばかりでなく,
個人所得税でも高額所得届軽課の論理を も 要 づ け る こ と に な る と い う の で あ る。
さ ら に,
配当控除制度と同様に法 人標制説的論理から導き出される,
法人税における受取配当の益金不算入 制度についても北野教授は, 「
機能的には企業の株式支配・
企業の垂直的 結合の促進を補強し, 大企業の地位の安定化に資するもの」
であると述ぺ ておられるm
。
また,
留保利益に対 す る l パ ー セ ン ト の 果 積 的 課 税 も 配 当 控除率の場合と同様に,
低所得者届に対して逆進的な効果を持つという。
清算所得に対する法人税課税の廃止も当然に法人軽課となるという。
さ ら に,
法人標制説に基づく租税制度では,
前 述 の よ う に源泉徴収制度は廃止 さ れ ね ば な ら な い。
この結果,
配当所得に対する所得把握が不十分とな り,
その意味で, 多額の配当所得を有する高額所得届が優遇されることに な る,
と北野教授は述べておられる'
211。
以上は,
シャウプ勧告で採用された法人擬制説自体が資本番積の論理で あるという北野教授の分析であるが,
同教授はこれ以外の点についても次 の よ う に 分 析 し て お ら れ る。
北野教授は,
シャウプ勧告における所得税制 度自体が高額所得層の負担を軽減しょ う と す る も の で あ る と 指 摘 し て お ら れ る。
つ ま り,
シ ャウプ税制の税率構造は,
課税所得2万円以下20パーセ ( l 0 同 上!:l1
: 6 買 ln
9l 同 上 書 6 買 l2l0 同 上 書 6 買 ( 2 0 同 上:il1
: 7 買 l 6-
70-シャ ウプ税制沿革史 ン ト か ら 始 ま り
,
最高税率は課税所得30万円超55パーセントに止まってい る。
当時の最高税率が5百万円超85パーセントであったことを考え合わせ る と,
こ の こ と は,
シャウプ税制が大衆課税的な性格を持 つ て い た こ と を 示している,
と北野教投は述べておられるo。
さ ら に,
シャウプ勧告は資 産の再評価を行ない,
再評価差額に対して6パーセントの課税を行なうこ とを提唱した。
この税率は大法人にとって軽課を意味していた,
と北野教 授は述べておられるo。
以上の分析の結果,
北野教授はシ ャウプ勧告を資本蓄積構造に基 づ く も の で あ る と,
次のように結論づけておられる。
「
動告の全構造がそのまま高度の資本蓄積構造であり,
しかもその蓄積 構造が「
租税特別措置』としてではなく,
基本税制体系自体のなかにおい て巧妙に達せられるしくみになっている。」
oo
しかし,
北野教授のシャウプ税制につ
いてのこのような解釈では,
なぜ シャウプ税制が「
崩壊」
させられねばならなかったのかについての説明が つかない。
つ ま り,
シ ャウプ税制の法人擬制説的論理構造自体が高度の資 本蓄積的構造であるとするならば,
費本蓄積政策の遂行に当つて,
そのよ うな税制が「
崩壊」
させられる必要がないと考えられるのである。
この論 理的矛盾に対して,
北野教投は次のように解答しておられる。
「
こ の 疑 間 に た い す る わ た く しの到達した解答はつざのごとくである。
すなわち,
戦後日本資本主義の展開にあ た り,
シャ ウ プ 的「
合理性』すら が資本にとって極結になったためであると。
シャウプ税制の崩壞過程は,
実は機能的には「
崩 壞 』 で は な く,
シ ャウプ税制自体に内在する資本の要 求をなんらの理論的武装をすることなく,
赤裸々
に「
強化』する過程であ っ た と い う こ と が で き よ う。
J
o
同上番 同上書 同上番 同上書 7 買 7 買 7 買 l l 頁-
7 l -17前述のように
,
シャウプ税制「
船壞」
の原因は佐藤・
富島両教授の説明 では必ずしも明確にされなかった。
しかし,
北野教授によればシ ャ ウ プ 税 制の「
崩壊」
原因および「
崩壊」過程は「
資本の要求の強化」
と い う 側 面 から統一
的 に 説 明 さ れ る こ と に な る。
確 か に,
シャウプ税制自体をも資本 書積構造としてとらえ,
その「
崩壞」
過程をさらなる資本蓄積のための「
強化」
過程と分析することは理論上可能であろう。
ただし,
この説明で は「
資本の要求」
というキーワードそのものの抽象性が間題とされざるを 得 な い だ ろ う。
5
.
結
論
シ
ャウプ税制の「
崩壊」
原因をどこに求めるかにつ
いて前章では2通り の説明を紹介し, 検討した。
こ こ で は,
これら2つの説明を参考にしなが らこの問題に対する筆者の見解を示し, さ ら に,
シ ャウブ税制の沿革を「
崩壊」
過 程 と し て と ら え る こ と の 是 非 についても論及する。
佐藤・
富島両教投は,
前述のようにシ ャウプ税制「
崩壞」
の原因を占領 軍の対日政策の転換過程における「
経済自立化」
という強い経済政策目的 の台頭に求めておられる。
それでは,
この「
経済自立化」
はシ ャウプ税制 の「
崩壊」
過程に実際にどのような形で作用したと説明されるのであろう か。
残念ながら,
この点については前述のように, 佐 藤・
富島両教投は具 体的に論及しておられない。
ただし,
「
しかし, この動きをすぺて占領軍 の政策転換に帰することは正当でなぃ。 このコー ス は ま さ に 日 本 政 府 お よ びその支持勢力が望んでいたものであり,
それまでは占領軍の改革政策に よって抑止されていたにすぎないからである。」n,
「
一一一
昭和28年度お よび昭和29年度予算編成時に,
それまで抑圧されていた日本側,
特に財界 を中心とする各種利益集団の税制改正要求が一
挙に項出し,
シャ ウ プ 税 制 の理念と体系性は呆気なく崩壊してしまうのである。」
e
o と い う 論 述 が 両 教 四 佐藤進・
富島洋共著「
戦後税制史」税務経理協会 昭和54年 29 ~30買 切 同 上 書 3 0 頁 l 8-
72-シャウプ税制沿革史 授の見解を推測する手がかりとなる
。
これらの表現から,
占領軍の対日政 策 が「
経済自立化」
一
辺倒になるに及んで,
日本財界の要求に沿つた税制 改正が行なわれたことがシ ャ ウ プ 税 制「
崩壊」
の原因である,
と両教投は 考 え て お ら れ る よ う に思われる。
私見に よ れ ば,
この「
日本の財界の要求に沿つた税制改正」
こそが資本 蓄積の強化の過程であり,
北野教授が述ぺておられる「
資本の要求の強 化」の過程であると思われる。
こ の よ う に 考 え る 時,
佐藤・
宮島両教授が 述ぺておられる「
租税制度から排除されるぺき特別な経済政策目的」
は 経 済自立化よりは,
むしろ資本番積政策であったと説明される方が妥当であ ろ う。 し か し , シ
ャウプ税制の「
崩壞」
過程の中に,
このように資本蓄積 的政策の強化過程を分析し得たからと言つて,
シャウプ税制の沿革の全て が資本蓄積に結びつけて解釈できるとは限らない。
例えば,
昭和28年の税 制改正における有価証券取引税の創設や清算所得に対する法人税の課税,
昭和28年と33年における相統税の改正, 等がその例と してあげられる。
ここで,
議論が過度に抽象化してしまうのを避けるために,
シャ ウ プ 税制護生前夜の状況を再考してみよう。
前稿で指摘したように,
シャ ウ プ 動告をめ <l
つて占領軍と日本政府の間には,
基本的な見解の相違が存在し ていたo
。
占領軍側は長期的に安定した税制の確立を目指していたのに対 して,
日本側はより現実的に減税を期待していた。
シャウプ税制の成立前 後においては, 「
減税は千億程度必要だ」
と い う 声 す ら 聞 か れ た国。
しかし,
シャウプ税制の成立による減税額は,
前 述 の よ う に2百億円程度のも のでしかなかった。
大 幅 減 税 と い う,
シャ ウ プ 税 制 に対する日本側の期待 は 肩 す か し を 食 わ さ れ た と い え る。
昭和25年当時の大蔵政務次官は,
シ ャ ウプ勧告の内容に対する不満と勧告の実施についての政府の態度を次のよ う に述べている。
国 描稿「
シャウプ動告確生史」
東北学院大学論集 経済学第83号東北学院 大学文経法学会 を參照されたい。
1因l 市川晃稿「
果して減税となるか」ファイナンス・
ダイジ,
スト別冊特集号 昭和24年9月:20日 53頁-
7:;-
l 9「
シ
ャウプ博士の考は,
毎年々々変るような税制でなく,
恒久的な税制 を考えているようでございまして,
改革の趣旨も大体それに則つて出され て い る と 思 い ま す。
併し確かに恒久的な税制をここで作ることは費成であ り ま す が,
日本の経済が漸く安定へ
の一
歩を踏み出しただけに,
本当の安 定を見ていない時期でありますから,
この過渡的な期間に果して恒久的な 税制改革が出来るかどうかは我々も非常に疑間だと思つて居ります。
経済 が過渡的性質を持つている以上, 税制の立案としても過渡的税制を立てざ るを得ない,
寧ろそれが実情に印する税制ではないかと考えて居ります。
従つて,
シャウプ案の大綱は受入れてこれに則とるつもりでありますが,
個々の間題については必ずしもシャウプ案によらないで実情主義で行きた い と い う 方 針 で あ り ま す。」u
日本経済の安定に資するような過渡的税制が必要であると考えていた日 本政府にとってシ ャウプ勧告の内容は,
とてもそのまま受け入れられるも のではなかったのである。
こ う し て シャウプ税制は,
その成立当初から日 本経済の中で「
崩壞」
して行かざるを得ない運命にあった。
シャウプ勧告 が,
占領章側の見解のみを反映するものであったことこそが,
シ
ャ ウ プ 税 制「
崩環」
の根本的原因であるといえる。
やがて,
昭和26年頃から日本政 府は資本蓄積政策を強力に押し進めることになる。
その結果,
税制におい ても資本蓄積政策が採用されるに及んで,
シャウプ税制は加速度的に「
崩 壞」
さ れ て い く こ と に な る。
最後に,
シャウプ税制の沿革をどのように評価するかが問題とされねば な ら な い。
佐藤・
富,国l両教授は,
この点について次のように述べておられ るo「
と こ ろ で,
「
崩 壞 』 と い う の は 速 断 に す ぎ,
『 修 正 』 ま た は「
後 退 』 と いう程度の評価の方が妥当ではないかという批判があるかも知れない。
し
かし,
修正といっても,
それがシ ャ ウ プ 税 制 の 『 基 本 構 造 』 あ る い は 『 根e
0 日本a
税研究協会組「シ
ャウプ動告の総合的研究一
第l回大合配録」
昭和25年 l9買 20-
74-シャウプ税制治革史 幹
」
にかかわるものであったことは一
致しており,
その意味で「
崩環』 と いう評価こそ的確である。」oo
こ の よ う な「
崩壊」
という評価にもかかわらず,
両教授は,
シャウプ税 制における個々の制度や措置が現行税制に断片的にではあるが残存してい る点が留意される必要がある。
と述ぺておられる点に注日したいo。
シ
ャ ウプ動告は,
「
もし重要な動告事項の一
部が排除されるとするならば,
他 の部分は,
その価値を減じ, 場 合 に よ っ て は 有 害 の も の と も な ろ う。」
と述ぺているo
。
佐藤・
富島両教投が述べておられるように,
この意味で 現行税制は,
シ
ャウプ勧告が憂いた最思の事態を招いているのかも知れな いoo。
しかし,
たとえそれが実状であったとしても,
シ
ャウプ税制におけ る個々の制度や措置の多くが現行税制においても残存しているという事実 は,
シャウプ税制が文字通り「
崩環Jし,
消減してしまったのではないこ と を 示 し て い る。
したがって,
シャウプ税制の体系が失われていく過程を もってすぐ,
シャウプ税制の「
崩壊」
過程と特徴づけるのは妥当ではない と 考 え る。
前述のように,
シャウプ勧告の内容は,
日本政府が求めていたものでは なかった。
しかし,
当時の国状からいってシ ャウプ勧告を無視することは できなかった。
そこで,
日本政府は一
応シャウプ税制を成立させたうえ で,
これを基にして自らの経済政策は税制改正を通じて段階的に実現して い く と い う 方 向 を と る こ と に な る。
たび重なる税制改正の過程でシャ ウ プ 税制の体系は失われてしまうことになるが,
それぞれの税制改正で基本と されたのは一
買してシャウプ税制であった。
現行税制ですら,
前述の意味 においてシャウ プ 税 制 が 基 本 と さ れ て い る と い え る。
こ の よ う に 考 え るe
lll 佐藤進・
富島洋共著「
戦後税制史」
税務経済協会 昭和54年 58買 国 同上番58買 100
Shoup Mission,Rep
o rto nJlap
anese Ta m t io n,
t,
ot
l,
l949Foreword,
p・2 都留重人
・
平国敬一
郎解説「
シ ャウプ動告全文」日本経済新聞社昭和 必年 4 貢的 佐 藤 進
・
富 島 洋 共 著 前 掲 書 5 8 買シャウプ税能
n
沿革史 時, シャウプ税制の沿革は,
シャウプ税制を日本経済の中に同化させるた め の 改 訂 過 程 で あ っ た と い え る。
以上で本稿の目的は達成されたことになるが, 最後に次のことを強調し て お き た い。
それは,
シ ャウプ税制の成立以後すでに30年も経過した現在 に お い て さ え , シ ャウプ税制の体系は失われたままになっており,
こ れ に 代 る 安 定 し た 租 税 制 度 も 確 立 さ れ て い な い と い う こ と で あ る。
わが国の現 在の経済は,
シ ャウプ税制成立当時と比ぺれば, はるかに安定した状態に な っ て い る の で は な い だ ろ う か。
それにもかかわらず, この間にシャ ウ プ 税 制 に 代 る べ き 租 税 制 度 が 確 立 さ れ な か っ た こ と は,
わが国の租税制度の 発 展 に と っ て , はなはだ不幸な事態である。
安定した租税制度の確立にむ けて, シャウプ税制の再評価・
再検討を含んだ広範な努力が払われるべき 時 が す で に 到 来 し て い る よ う に 思 わ れ る。
参 考 文 献 (著密の部) 1 有沢広已 監修「
昭和経済史」
日本経済新聞社 昭和41年 2 北野弘久著「現代税法の構造」勁草l
1
lll房 昭和53年 3 共同通信社経済部編「シャウブ勧告と日本経済」乾元社 昭和24年 4 松限秀雄著「
税務読本」
東洋経済新報社 昭和53年 5 日本租税研究協会編「シャウプ勧告の総合的研究一第1回大会記録一」
日本租税研究協会 昭和25年 6 大蔵省財政史室編「
昭和財政史 終戦から講和まで 3 アメリカの対日 占領政策」東洋経済新報社 昭和52年 7 大蔵省財政史室編「昭和財政史 終戦から識和まで l 9 統計」
東洋経済 新報社 昭和53年 8 佐願進・
宮島洋共著「
戦後税制史」
税務経済経理協会 昭和54年 9 Shoup Mission,Rep
o r to n J ap
a,
tese Ta m ti o,
!b y t he Shoup
Mission,1949 都留重人
・
平田敬一
郎解説「
シャウプ勧告全文」 日本経済新聞社昭和 24年10 Shoup Mission, SecondR e
p
o r to n Jap
a,
lese Tazation byt he S h oup
Mssiof
,
. 1950 大蔵省主税局訳編「シャウブ使節団第2次日本税制報告:21
1」
日本租税研究会 昭和25年,大蔵省財務協会「シャウプ第2次勧告の意義」
財政ll号附録 (昭和25年11月) 1 l 精 武 雄 著「
財政史」
東洋経済社 昭和53年 l 2 田中二郎著「
租税法」
有斐閣 昭和48年 22-
7 6-シ ャ ウ プ 税 制 沿 革 史 (論文の部) 1 平田敬