講 演
〔書努薦98第臨2獅〕
医師は哲学者から何を学び得るか
Manfred Thiel 著
三浦 武人 訳
(受付 昭和62年3月26日) 著者紹介 東京女子医科大学 神経精神科学教室 柴田 収一 Manfred Thiel博士は,1917年にシュレージエン(現在ポーランド領南部)に生まれた.生地で文科 系ギムナージュウムを卒業後,フライブルクでゐイデッガーの講義を聞いたが,深く失望して,2学期 間で同地を去り,ベルリン大学のニコライ・ハルトマソ教授の下に赴いた。兵役を終えて,戦後ハイデ ルベルクでK.ヤスパースに師事し,1946年博士号を得た.哲学上の多数の著作の外に,詩人としても 一家を成し,二巻の詩集,「悪の華」の翻訳などが出版されている。「八尋学雑誌」は同博士の創刊にな り,1965年まで同誌の主宰であった. Thiel博士は昭和59年数ヵ月に亙って,日本,中国などの国を歴訪された.東京滞在中の一日,菊地錬 二教授の御紹介で,本学神経精神科教室で,講演をして載いた.御帰国後その講演を敷衛されたものの 旧稿が,以下の論文である.尚原論文は,日本および中国での印象を詠じた詩と共に,「東南アジアとの 高島」という標題の下に,昨1986年ドイツで出版されている. 訳者紹介 三浦武人氏は1974年東北大学大学院教育学研究科修了後, 助教授(哲学担当)である. 同大助手を経て,現在宮城学院女子大学の 我が敬愛する皆様,私は,ここ,日本で皆様に お話しできることをうれしく思います.ただ,そ のお話を日本語でできないことが残念ですが,ど うか皆様はこの事情を御掛酌下さいますように. 日本語は,我々ドイツ人にはとても難かしく,と りわけその文字は芸術作品のように見え,日常生 活の読み書きに用いるのはもったいな:い感じさえ 致します。B本語を習得するには大変な時間と努 力が必要です.しかしながら,今日では学ぶべき ものが非常に多く,哲学者たるものは誰よりも多 く学ばねばなりません.ドイツの哲学者ニーチェ が「一事は多事よりも必要である*」と云った通り, 一度に多くのことは出来ません.それゆえなおさ ら,私はこの講演のテキストの翻訳にお骨折り下 さった,大変御親切な菊地教授に感謝し,そして, 赤田教授がこの通訳をお引受け下さったことを何 よりも感謝致します.それでもやはり私はゆっく りと話すように努めます.私の気性からは,それ はなかなか難かしいのですが…. 1 さて,今日の本題に入ります.私が依頼された のは,哲学者として語ることであり,しかもその テーマは,医学者は,そして医師は哲学者から何 を学ぶことができるかということでした.この テーマは哲学者にとって考え易いもののようには 見えません.しかしながら,哲学者が考察しなく てよいようなものは何一つありません.哲学者の 省察には限界がないからです.哲学者は専門化に より自らを縛りつけてはならないし,また,専門 化に向かって自己を束縛してもならないのです. Manfred THIEL“What can physician learn from aそれゆえ,哲学はあらゆる専門分野に,大学のす べての学部に,関係しております. 我々ヨーロッパでは哲(文)学部は,下位(基 礎)学部であり,哲学部で上級学部への学問的な 準備を行なわねぽならなかったのです.これら上 級学部とは神学部,法学部,そして医学部でした. 上級学部に対しては社会的必要性があり,聖職者, 法律家,医師が必要でした.哲学者は必要ではあ りませんでした.しかし,今日学問と呼ばれてい るものは,すべてかつては哲学と呼ばれており, 今日なおイギリスではそのように使われておりま す.それでもこの用法は次第に制限されて来まし たが….哲学者が職に就くことができた領域は, 先ず第一に神学でした.その後ようやく,哲学者 は神学を敬遠し,新たに出来てきた諸学問の方へ 踏み入りました. 事実,哲学はその機能に二つの側面があり,一 面では学問に属し,他面では宗教に属します.我々 が充分に広い視野で人類の歴史を回顧すると,哲 学と聖職者性とは分かれておらず,それは一体で した.この一体のうちに,後に知恵と呼ばれたも のも含まれます.それでは,他の二つの上級学部 はどうでしょうか.法学は我々ヨーロッパでは, おそらくヨーロッパ以外のどこにも見られないよ うな,独立した意義を獲得しました.それによっ て法学はまた,以前は聖職者の手にあった諸機能 を専門的に引き受けることになりました.しかし, 法学は実際にはもう一つの流れを持っています. 法学は部族の男達の軍事上の権限全体に関おり, 武器をとって戦える男達は,秩序の番人として法 を考えたわけです.哲学者達が世界を偉大な神の 秩序として考え始めた時,彼らは宗教と聖職者性 からの遺産だけでなく,戦闘能力を有する組織体 からの遺産をも受け取ることになりました.我々 が世界を表す言葉として認め,使っているギリ シャ語の「コスモス」一これは昔からヨーロッパ に伝えられた,世界についての言葉であると私は 言いたいのですが一このコスモスは,秩序,装飾, 美を意味し,戦闘能力ある者達の秩序とは関係あ りません.今日では人は「コスモスが法学の現世 的な源泉であり,哲学の法学部への関係もそこに 根拠がある」というでしょう. それでは,医学部では事情はどうでしょうか. 一見,医学部は哲学とは無関係のように見えます. 医師は人の体を仕事の対象としているからです. 医師は人が病気になったり,身体に故障の起きた 時,機能を失ったものが何かを突きとめようと努 力し,何が問題かを診察します.また自分の見立 てに従って,症状を軽減し,仕事の能力を回復さ せるように処方し,あるいは患部を除去します. それは何と言っても技術的な課題です.それでは 哲学は技術といかなる関係を持つのでしょうか. かくして,第一の問題我々が属する技術の時 代という問題が出てきました.さて,技術は実際 に医学(医療)にふさわしい遺漏のない機能様式 でしょうか.医学の課題に充分には対処しえない 一面性が認められないでしょうか.ここでもまた, 医師という職業の血筋を回顧してみたいと思いま す.昔,病気を治すことは,聖職者やまじない師 の手に委ねられていました.先に私が知恵と呼ん だものは,人間の健康(幸福)のために集められ, 使われた知識を意味します.また,社会全体の幸 福を指向する宗教は,個人の幸福,個人の健康を も願います.個入の幸福と全体の幸福とは,一種 の魔術的レベルの因果関係による結びつきを持つ と理解されていました.そこではまじない師は, 単に贋の手段,つまり宗教的な振舞いで病気を治 そうとしただけではなく,人間,病気,真の治療 手段および治療方法についての知識をも所有して いました.病人をも含めて,人間は宗教のお蔭で, 世界のより大きな連関に組み込まれており,この 全体の連関のために,聖職者やまじない師が存在 していたのです.また,この組み込みに基づき, 哲学は医学と,ある血縁的な関係を結んでいまし た.しかし,医学が自立するにつれ,医学はこの 連関を放棄し,関係を全く断ち切ったという事実 に,留意しなけれぽなりません.こうして医学は 最後に全く技術的になりました.このことは,人 が星座占いや,自然についての不明瞭な思弁や, 神秘的な諸観念が古代医学には混入していたこと を考えると,一つの勝利とみることができます. しかし,非常に多くのいわゆる自然療法と呼ばれ 一773一
るものも,その際一緒に投げ捨てられました.人 は風呂の水と一緒に中の子供も捨てるようなこと をしてしまったのです.今日ようやく,人は苦労 しながら,自然療法という技術が持つ知識の財宝 を,再び新たに掘り起こす作業を始めました.そ れでも,この財宝を薬品工業や健康保険制度の強 力な要求から守り,それを支持し,その価値を認 めさせるのは容易なことではありません.結局, 技術化された学問,つまり技術となってしまった 学問が問題なのです.哲学と医学の関係が考察の 対象であり,医学は哲学から何を学ぶ事ができる かという,私のこのテーマについての論述は,以 上のような状況と事情を顧慮してのものでなけれ ばなりません. 我々がルネッサンスと呼んでいる時代(大体15 世紀頃)に,宇宙神学的,古代画一神話的秩序づ けの代りに,世界の形体性の意識,すなわち,世 界は個体から,個々の形体から構成されていると いう意識が登場しました.この変革は極端であっ たと思います.そしてこの時代に,我々が自然哲 学と呼んでいるものが登場しました.この哲学は 最初から二つの方向をとって現れ,一つは天文学 と物理学の方向に向かい,他は生き物と人間の方 向に向かいました.しかし,医師は19世紀初頭を 過ぎてもしぼしぼ自然学者と呼ばれていました. さて,哲学と手工業的(技術的)知識とが結合し, 自然哲学が合理的に組織され,そこから今日我々 が科学と呼んでいるものが生まれました.自然科 学としての科学と付け加えるべきでしょう.とい うのは,手工業的(技術的)な要素を含まない, あるいはほんの僅かしか含まない他の科学もある からです.医学は生き物と人間に関わる,自然科 学部門に属します. さて,医学を含む自然科学と哲学の関係を考え てみましょう.医学の対象は人間,なかんずく病 気の人間です.従って医学は生物学の特殊な分野 です,医学はさらに自然科学的人間学という特殊 な様式の人間学です.それには解剖学と生理学が 属し,また化学,特に有機化学が属します.微生 物学,つまり伝染性の病気の病原体を研究する科 学の全領域もそれに属し,物理学さえも属します. 要するに,人間を取り巻く現実の学問のかなりの 部分がそれに属します.人間を小宇宙とみなす考 え方は,世界各地で見出されます.すべての学問 は人間を対象とした一点に集中しているといえま す.しかしそれだけではありません.孤立状態で は人間は他のどんな生き物よりも存在が難しく, 見分けのつかない生き物なのです.人間は世界と いう織物の中に埋め込まれており,そこから現れ, そこへと入り,そこで生きるしかないからでもあ ります. 医学は特殊には,作業能力に障害をきたした病 気の人間を対象とする一学問分野です,ここでは, 私は何が健康で何が病気かということ,健康はど こまでで,どこから病気が始まるかということ, 健康な人間は病気の人間から何を学ぶべきか,あ るいはその逆などの論争点は無視したいと思いま す.ここでは通常の基準を使っておきましょう. 始終苦痛を耐え忍ばねばならない人は,勿論病気 というべきです.事故で脚を一本失った人は,な るほど病気とは言えませんが,身体障害者とは言 えます.そこで,私は両者を共に病人と呼んでお きました.人間が食物を制限される時,この境界 付けば困難で,滋養になる全ての食物を食べられ ない人がいます.例えば,糖尿病の場合,ある境 界を越えると,本物の病気と呼ばれることになり ます.同じようないろいろの例が挙げられるで しょう. 医師が診断を下すと,次いで薬学が病人を治療 する手段を提供することになります.病気の部分 を除去し,修復し,改良するために外科医も登場 致します.この二つの方面では,技術時代は長足 の進歩を遂げました.つまり巨大な製薬工業の確 立や,脳手術や心臓手術における外科医の驚くべ き技術的発達などです.けれども,今まで述べて きたことを考えると,こうしたことは果たして哲 学にどのように関わるのかという問題が生じてき ます. 前世紀には,医師であった人が,後に哲学者に なるということもありました.我々の時代にこの ような人がいるとは聞いたこともありません.た だ,たった一つの例外を私は言っておくべきで
しょう.私が「基礎学雑誌」(Zeitschrift Studium generale)を始める前,私の師であったカール・ヤ スパースは,医学老であり精神科医でした.しか しここでは,医学の専門化がますます進んでいる ことを考慮せねぽなりません.ヤスパースは,人 間の体の医師ではなく,精神科医でした.彼は精 神医学から心理学へ,心理学から哲学へ移りまし た.その際,最も際立っているのは,彼が合理的 な解明に立脚する,徹底した科学的方法論者で あったことです.彼にとり,哲学は最初のうちは 人間の空想の作り出す珍らしいものを収めるキャ ビネヅトのようなものでした.心理学に移る時, 彼は純然たる病人を扱う仕事を放棄し,世界観の 心理学を書いたのです.しかし,彼は或る時,シェ リングの全著作に取り組んでいるうちに,そこで は何か全く違ったことが生じており,人間の最:も 本質的なものに属するものが論じられていること に気付きました.それが彼に哲学への転向を迫っ たのです.彼は事実カントとプラトンに傾倒して おり,いつも最:大の尊敬をこめてカントとプラト ンの名を口にしていました. 今述べた事で,次の問いに答える道が示される でしょう.その問いは,哲学が医学の技術に対し 何も提供し得ない時,哲学は人間の精神的治療に 対してはどうなのかという問いです.この問いに も明確な否定が答となります.哲学は治療はしな いのです.皆様が私の講演をお聞き下さる間も, どうぞ哲学と医学との,この止揚し得ない相違を お見逃しにならないようお願いします.さもない と,皆様は,哲学から治療方法や処方等々が期待 できるなどという誤りに陥るかもしれません.哲 学は肉体的なものにも,精神的なものにもそのよ うなことはできません.哲学者が医師に対して, 原則的なものを解明しようとする努力を通して言 える事は,医師自身に関する事柄であり,一方治 療方法は患者に関する事柄であります.それ故, 私のテーマについて述べる事は,哲学と医学の相 違が前提となっております.私の言う相違はまさ に,皆様方御自身,医師自身に関わる事の中にあ ります.そして,この事が,何を目差しており, 何を言おうとしているかを,いずれ皆様は御理解 下さると思います.というのは,宗教が非常に多 くの事を印象的に語ったのも,この「自身」(das Selbst)に関わる事だったからです.もし人が哲学 者に治療の処方などを期待したら,哲学と科学(こ こでは医学),この両者の関係は根底から誤解され る事になるでしょう. 哲学者は,今私が論じているテーマを患者に向 けて,患者は哲学者から何を学べるかというテー マに変える事もできます.このテーマは,私の今 日のテーマより,もっとも熱心に且つより多く, 哲学の立場から論じられてきました.宗教はこの テーマを特に熱心に引き受け,それは多くの健康 な人達の信用を失うかもしれないとの印象を与え るほどでした.哲学者がこのテーマを扱う時,こ こでもまた,患者が医師に対してどうするかを問 題にするのではなくて,患者自身を問題にするの です.オーストリアの精神科医V・E・フランクル は,この考えに従い,1950年にウィーンで『ホモ, パチエンス』(悩める人間)という本を書きました. そこでの問題は,かの「自身」という事でした. かくして,哲学と医学の相違が留意されねぽなら ない事がもう一度明らかになりました.最近の精 神医学の成果や自負も,この事については,いさ さかの変化も起こし得ません.今述べた事により, 医師は哲学者から何を学ぶことができるかという 今日のテーマの表現が,いかに理解されるべきか を,私は正確に規定したつもりです. もう一度この事を明瞭にするため,二つの事を 述べたいと思います.私は次のテーゼをあえて言 います「心的,精神的に自分とうまくやってゆけ ず,自分を病気と言い,精神科医に『私を健康に して下さい』と要求する人は,彼が通常の哲学的 思考活動ができなくなっている程度に応じて病気 とみなされるべきである.」と.ヤスパースは私の この表現に賛成しただろうと思います.ヤスパー ス自身,この意味で,精神療法医の活動を攻撃し ました.決定的なのは次の点です.人格意識を持っ ている人が,精神科医の所に赴く事により,独立 した生活を営んでいる人間の集団から分離させら れ,普通の生活から離れた状況に移し入れられる. その中では,彼はまさに精神的意味で,禁治産者 一775一
の宣告を受け,治療の対象という意味だけの存在 となるような点です.これは精神的に健康になる, あるいは精神的な健康を保つには,最もよくない 態勢です.人間が,精神的なものに関して,技術 によって打ちのめされたと言えます. 自然科学も無害な技術的治療法を医師の手に渡 すだけでなく,心的一精神的なるものの「奇襲」 に関与している事は,科学の最も重大な獲得物の 一一ツ,現代の向精神薬の発達を見ても明らかです. この発達は核分裂の発見と肩を並べ得ると私は考 えます.私はこの事を大いに強調したいのです. 私は日本が原爆により,恐ろしい不幸を経験した 事をよく知っています.私が向精神薬の濫用(軽 率で無分別な,あるいは駆け引きめいた投与をも 含めて)を水素爆弾より悪いと考えていると言っ ても,日本の経験を最小限に見くびろうとしてい るなどとどうぞお考えにならないで下さい.向精 神薬の犠牲は水爆のように人目につかず,沈黙の うちに片附けられてしまいます.それにまたこの 犠牲は,ひっそりと個々人のうちでおこるため, 世人は余り不安を抱きません.まさにこの事実が, 相当大きな結果を可能にするのです.ここでは, ソ連邦の精神病院での政治的な犠牲についての国 際アムネスティの統計報告だけを指摘しておきま す.それは好ましくな:い人物を除くため,全体主 義の国で,国家の立場からなされた恐るべき濫用 なのです.向精神薬の犠牲は,疑う余地なく,今 では原爆犠牲者を上回り,その数倍に上ると思い ます.ソ連邦の最近の規定では,警察の人物調査 だけで,その人物を精神病院に送ることがでぎる という知らせが,最:近習のところに届きました. 原爆と比較する私の表現は,苦しみの恐ろしさを 余す所なく伝えたいからであって,社会の意識が, この事にあまりにも注意を払っていないからで す。従来麻薬には,あのように注意が向けられて いるにもかかわらず一なのです. 結局の所,私はこれまで哲学と医学の間の,否 定的側面から見た境界づけだけを述べてきまし た.この境界づけは必須でした.というのも医学 はそれほど圧倒的なまでに技術となってしまった からです.専門化という事もその一部で,人間の 体のあらゆる部分に,それぞれの専門家が存在す るまでになりました.しかし生き物であり,何ん とも精巧に,手足や臓器や腺や神経組織などの全 ての部分が協働している入間,また感じ,かつ考 える存在である人間,全体としての人間は忘れら れています.最近加わった精神身体医学や,社会 医学などもやはり同じ病,専門主i義に蝕ぽまれて います.そして,全体としての人間を相手にする 家庭医は,正確な事は何も知らないのです, それでは,哲学はこの不足を補なうようなもの を与えられるでしょうか.それは望みなき企てと 思われます.しかし,医学と哲学との全ぎ分離と いう事がまさに,ある観点を,そこに立つと哲学 から何かを学び得る観点を明らかにするに違いな いのです.それは一体どんなものでしょうか. 医師は,自分と家族の生計を維持するための職 業に習熟する他の人々と同じ人間である,という 事から私は出発したいと思います.職業は,一民 族の社会全体の中で一一つの機能を果たします.職 業は民族の機能全体の中に組み込まれています. それは一つの職業を遂行する老に対するチャンス を意味しますが,また彼に何らかの義務をも課し ます.たくさんの収入を得る事のできる医師とい う職業は,周知のように,魅力あるものです.し かし職業選択の動機はさまざまです.ある人々は 医師という職業の課題に興味を見出し,それを愛 する事ができると信じて,医師という職業につき ます.その背後には,かなりの人間学的,学問的 傾向が存在するかもしれないし,あるいは相当の 博愛的傾向,つまり何らかの関係を持つ人々を助 けたい,病気の人を治してやりたいとの傾向が存 在するかもしれません.時とすると,それは英雄 的衝動にまで達します.人類の敵,人類の負荷一例 えば何らかの感染面一と戦い,それを征服し,人 間をそれから解放する事に自分の生命を賭ける医 師や医学に携わる職業の英雄がいます.そしてそ の戦いは,自己実験に至ることもあります.しか しながら,他の人々,我々の時代では少なくない, むしろ大多数を占める人々は,たくさん収入が得 られるという理由だけで,医師という職業を選ぶ のです.彼らは同じようにたくさんの収入が得ら
れるならぽ,何か他の職業に就こうとするでしょ う.これらの人々が薮医者に必ずなるわけではあ りません.しかし,技術化された生という今日の 状況は,医師という職業を単なる技術として殆ん ど型通りに営み,医師の技術を,収入を得る為の 技術と,ためらいなく取り換えようとする誘惑を も生みます.多くの収入を約束する職業に今日人 は押し寄せますので,後継老不足を嘆くこともな いでしょう.こうなると,その職業が本当に好き だからそれを選ぶという人は少なくなります.た とえ,他の職業分野に人気が出ても,医師という 職業は待避の職業と見なされるでしょう.次の世 代に供給過剰が起こるかもしれません.しかし, その時はこの職業の後継老を制限する措置がとら れます.この措置は,大学入学資格試験合格証書 だけで充分でない時には知能テストによって実施 されます.このテストは明らかに技術的な知能に 有利です.私は,はっきり言いましょう,それば トリック的な知能です.それは大切なものですが, 決定的な唯一のものではありません.こんなやり 方で育てられた医師は,技術さえあれぽ良いと思 い,この技術を収入を得る技術と同一視する傾向 を持つでしょう.後にその専門分野の卓越した代 表者となるような,学校での独創的な落第生ぱ締 め出されてしまいます. 医学教育は何よりもまず人間を学問に直面させ ます.ある人々には,この学問は職業を遂行する 為の一単なる準備を意味します.彼らは研究を続け る学問的な医学者になろうとはせず,医師になろ うとします.このために,医学の一層の研究に身 を捧げる人達の,極めて小人数の集団が分れ出る ことになります.医師の学問的な教育は今日でば かなり多様なものとなっています.物理学や化学 が教育の実行の一部をなし,心理学的および社会 的方面の知識も必要で,精神身体医学,精神医学, 社会医学も考慮されるべきです.学生が個々の分 野を,非常に省略した,表面的な仕方で理解しよ うとするのでない限り,学問的教育のこの拡大は, 学生に荷の重い約12学期間を要求します.この学 問の拡大規模が,まさに専門化を強いるのです. 医学生が完壁な物理学者,化学者,生物学者な どになる事は不可能です。結局は,医師が人間を 知り,治療するのに何が必要かという視点の下で 教育は行なわれています.しかし,それにもまた, あまりに多くのものが要求されます.学問の発達 の広さが,専門化を一層促進すべく強要します. その結果は次のようになるでしょう.一方には, 人間の全く狭い領域に関する専門家がいますが, 彼は人間については何も知りません.もう一方に は,人間がその入の手に委ねられる,いわゆる家 庭医がいますが,彼らは正確な事は何も知りませ ん. 要約しましょう.医学は学問的な観点の下で営 まれるが,他方,医師という職業は,次のような 三段階の学問的な不充分さのもとで,仕事をして います.その1.医師の専門主義は自分の専門領 域にとって不可欠な全有機体との関連を切断して しまう.その2.学問全体から見た場合,医師の 学問教育全体は深遠なものではなく,抄録的と言 わざるをえない.その3.学問がどれだけ進歩す るかという何にも増して重要な問題が,常に制限 となり続けるという事です.歯に衣着せずに言う と,明日の学問は常に今日の学問のオーバーホー ルに過ぎません.学問はその技術同様決して完全 なものではありません.学問は常にただ不完全な 接近でしかなく,それ以外ではありえません.そ うに違いないのです.この事は,医師の職業分野 でも,この分野特有の仕方で妥当します.二,三 百年前も今日と同様,学問意識に基づく確信を もって病人が治療されていたことを考えると,人 は一方では平静さを保たねばならないし,他方で は今日の医学について厳しい懐疑を抱き続けねぽ なりません.医師の職業はこの三つの強力な制限 下,ある学問的見地において営まれます.しかし, 以前は全科の医者であった家庭医は,それ以上に, いわぽ無学の人になっています.そしてこの事が 彼に意識されると,彼は次のように生きることで 満足します.つまり,彼は魅力のない健康保険制 度を顧慮しながら,自分の不熱心さと怠惰を医学 の不十分さという事で弁護し,患者をただ専門家 へと引き渡し,結果をカード目録に記入し,自身 はもはや全く研究しない生き方です.
医学生は,この三重の制限を,少なくとも意識 下では気付いています.というのは,彼らは,医 学が実際にはいかに少ししか知らず,また知る事 ができず,それ故,いかに少ししか治療できない かという事をすぼやく理解するからです.そうな ると,一層,表向きだけ医師としての教養を身に つけた上で,主として収入を得る技術で満足しよ うとする誘惑が強くなります.というのは,良か れ悪しかれ,人は病気になり,医者にかかるから です.つまり,金儲けの職業に都合の良い事には (次のようなくだけた言い方をしますと),人は困 窮時には貧しい暮らしで病気になり,裕福な時に は贅沢な:暮らしで病気になります.従って,病人 は常におり,医師は決して失業しません.医師が それに対しては何もなしえないため,何の治療も できないと判っても,医師はまず正直にはいわず, 何かをします.その時,医師は場合によってはプ ラシーボ(擬似薬)の効果さえ頼りにします.医 師はその効果を患者よりも信じ,それは病人より も医師に得になるのです.もっとも悪い場合には, むしろ患者を悪化させ,彼を余計に苦しめるよう な:向う見ずな使用さえ行なわれます,患者が金持 の場合には! 私は一つの例として,南アメリカ のサナトリウムに行くことを頼まれたドイツ人の 女医のことを思い出します.その時彼女は,ある 人からは脂肪を取り去り,ある人からは金を取り 去ろうと言われたそうです.彼女は南アメリカに 行かない方を選びました(国の名前は出さな:いで おきます). ・これまでの事は,全て技術としての医学の姿で す.しかし,医学の姿には,実は学問的なものか ら道徳的なものまでの,さまざまなあり方があり ます,ここで,医学部や医師が学ぶべきことにつ いて,哲学が何かを言わねぽならぬとすると,そ れは先にお話しした学問の制限という問題と,医 師の実地における技術的なものの役割という問題 です.現代の学問は殆んど方法論にその焦点を合 わせています.それ故,バートランド・ラッセル は,かつて指導的であった,形而上学としての学 問と区別しながら,技術としての学問を語りまし た.確かに人は,瞑想を,そしてまた黙想を論じ ます.しかし今日では,この議論は学問との本質 的な関係を持たず,学問の傍らにあるのです.以 前は違っていました.学問は瞑想的,黙想的レベ ルに根づき,そのレベル内に大部分留め置かれ, そこから解放されず,自ら一人で決定するという 要求をもって,技術として独立する事はなかった のです.以前は医師が自分の知識の限界に達した 時,彼はいっそう医術を磨き,患者への助言者と なりえました.それは食餌療法の全分野を含み, 宗教的な次元をも含みました.そのようなものを 厄介払いしたものとして自己を認識しようと欲 し,技術としての学問の上にのみ立つところの, 技術となった医学は,自らの不充分さを隠す事な くはっきりと現わすことになります.そして,医 学の限界と無力を示すものが,学問そのものへは ね返り,学問を疑わしいものとみなす考え方にな るのです.現代は,学問の全構図と社会の文化の 全状況から,瞑想的なレベルのものを除去しよう とする点に特徴があります.その事に大ぎく寄与 した哲学者デューイは,その欠点に気付ぎ,それ を嘆いています.しかし,レーニンは,そこから, 全体主義的な権力の野望が行なう,人間的な配慮 を無視したやり方を生じさせました.今日我々は, 学術的なランクの下の方で,黙想的な,瞑想に基 づく傾向が再び生じていることに気付いていま す.この傾向が,徐々に,再び哲学的・学問的態 勢の中で価値を認められるようになることを私は 疑いません.医学は哲学から何を学ぶべきかとい う最初の指摘は,問題のかかる地平内で生じます. その際重要なのは技術の限界だけではありませ ん.技術がそこからのみ,いわぽ生じ,有益な機 能を失うべきでないならぽ,そこから転がり出せ ない,現実との接触も重要です.ここで,私が強 調したいのは,技術を追放しようなどと考えてい ないことです(そのような考え方もあります).技 術の射程距離と役割とを画定する事が大切で,こ の事が特に医師という職業にも関係が深いので す. 哲学は今日では,この限界づけをして,それを 広い本来の全体的連関の中に導入する能力を失っ たように見えます.それ故,我々は本当に哲学を
頼りにできるか,という問が生じてきます.これ に対して,私は,頼りにできる,哲学だけにその ような事が可能で,そのような能力を持っている, と主張します.そう見えないとしたら,それは, 哲学が時代遅れの,既に棄てられた,過去の古い 遺産とみなされている理由,また哲学が単なる科 学論のようなものに吸収されてしまった理由,そ れと同じ理由のためです.しかし,これについて は,今日の科学論をリードした頭脳は,学問の役 割を,その後世間の人がそう思ったよりもずっと 控え目に理解していた事を,確認せぬばなりませ ん.私は従前通り自己の課題を果たすべき哲学に ついて語りたいと思います.哲学は医学者に何を 差し出せるでしょうか.哲学は医師に何を言うべ きでしょうか. 第一に,技術は一定の合理的な:能力によって導 かれるものであり,我々はこの世の現実から,こ の能力に適したものを,この能力によって読み 取っていることを,哲学は医師に気づかせねばな りません.これは実証,検証,成果という事を意 味します.成果とは,行為,より正確には製作が 産み出すものです.しかし,全てのものが製作可 能ではありません.それは合理的な能力が現実の 全貌を捉えるものではないのと同じです.我々が この技術的,合理的な能力にのみ立脚する時,我々 は確かに製作可能なものに関して並外れたものを 達成できますが,同様に並外れた一面性に捉えら れてしまいます.そうなると最後にぱ,我々は我々 を取り囲む生活世界の寄生的存在となり,この技 術を自分の利益の為に産み出そうとし,且つ実際 に産み出した生き物である人間自身の寄生的存在 となります.今日我々はしばしば,自分自身を何 かあの古生物のアンモソ貝のように感じます.ア ンモン貝の殼はどんどん大きくなり,ついには生 きる能力を失い絶滅したということです.あるい は古生物の大角鹿のようにも感じます.大角豆は 角が過度に発達して同様になったと言おれていま す.哲学者は医師に次のように言います.我々の 技術の合理的な諸カテゴリーはただ,我々がそれ を通して現実そのものを眺める一つのプリズムの ようなものであると.この現実とはゲシュタルト (訳注:部分的要素に解消されない,全体的な,そ のもの自身を意味する形態や構造)を形成する運 動です.我々が我々の論理的 含意的機能や様々 のカテゴリーによって,現実を認識しようとする 前に,現実とはゲシュタルトであり,巨大な終り のないゲシュタルト形成の運動です.我々の技術 的な作業全体は,ゲシュタルト形成の完成を目差 す生に奉仕するのでなけれぽ,不遜な寄生的存在 となってしまいます.また我々が,それを現実自 身のこのより大きなゲシュタルトの媒介として理 解できない時も同様です.さらに,現実のゲシュ タルトを我々の内的なまなざしで見て取る課題を 果たそうとせずに,技術を使用する時にも同様で しょう.我々は我々の技術の力を総動員しても, 言わば,現実の縁だけに,現実の表面だけに手を 加える事ができるだけです.なるほど,現実はそ れを許すようにできていますが,現実はそれに よっては汲み尽せません.技術を数学的論理学の 言葉で表現すると,非対称の関係力学であり,人 間によって一面的に考えられた人間の我意の表わ れです.それ故,非常に厳密な意味では,技術は 生の世界にふさわしくないのです. 哲学者はさらに医学者に言います.あなたの学 問上の知識は,我々の時代に獲得された学問的知 識のささやかな断片にすぎないと.たとえあなた がミクロコスモス(人間)の管轄権だけを要求す るとしても,あなたの知識ぱ,人間に対する知識 全体の小さな一断片にすぎないのだと.あなたが 専門化によって,技術的状況から見て完壁であり えても,あなたは同じ程度に,有機体の全体とし ての共同作用は取り逃がしているのだと. 上述のことを言うのは簡単です.しかし哲学者 としては,現代に属していることから来る,釣り 合いをとる為の重い回りを考慮せねぽなりませ ん.我々は技術化された社会に生きています.そ して技術化された社会は,組織化された社会であ り,かなりな程度まで進んだ社会福祉国家です. 社会福祉国家は確かに,人が医者にかかるのに必 要な事を行なう態勢を整えています.しかしこの 国家は,不当に食い物にされたり,欺かれたりす る事がないように努力しています.国家は節約に
努め,濫用から身を守らねばなりません.計算し, 自由になる税金で間に合わせねぽなりません. 従って,国家は統制せねばなりませんが,統制は 立証可能である事を必要とします.この事は,医 師が患者に精通し,どんな方法で治療できるかと いう事を知っている時でさえ,医師を鑑定人とし て限定します.統制は病気だけに注意し,病気の 人間を無視します.しかし,人間は有機的全体と して精妙な共同作業をしている個体です.それな のに,いわゆる多数同義遺伝子型のものは,統制 機関にとっては,本来あってはならぬ好ましから ざる病気の分類を意味することになります.統制 は自己を技術に限定する事で存立します.それ故, 技術に組み込まれないものは存在しない事になり ます.医師は,患者によって注意を喚起されない 限り,いかに不注意であるかという事は,衝撃的 とまでは言いませんが,驚くほどです.しかし患 者の言明は統制には通用しません.医師が事情は 患者の言う通りであると知っていても,医師はそ れを鑑定人としても主張することはありません. というのは,その内容は立証する技術には現れな いからです,時として医師は患者によって多くの 事に気付き,それを彼に言います.しかし,鑑定 となると,医師はそれを認めず,その際はおそら く,「自己の申し立てだと」(つまり患者の言う所 によれぽ)と書くのです.医療機関のこの状況は, 他面では,人間を病気として承認せず,事実上破 滅させるという極端な可能性さえ生じさせます. 人間の差異は無視されます.統制機関にとり,患 者は最初から疑わしい,怪しい存在です.という のは鑑定や統制機関が必要とされるのは,患者が 何か物質的な関心を抱くか,あるいは統制機関が 患者を守る職務から解放される事を欲したり,患 者の利益を無視し患者を健康とみなす意向を抱い たりする時だけだからです.患者が嘆き訴える時, 彼はから騒ぎをしており,彼がそうしない時,彼 は健康だというわけです. 我々は,人間は外面的にはそれぞれ少しずつ異 なっているものだと考えるのに馴れています.し かし内部では,人間は外面よりも,たぶんもっと 相違するとは考えていません.心臓はすなわち心 臓であり,胃はすなわち胃であると考えています. しかし,賢明な医者は,この等式は真実でなく, ある限界内で受け入れられるだけという事を知っ ています.社会福祉国家の統制が,医師という職 業に過大な要求をしているのを見誤る人はいませ ん.何故でしょうか.学問が過大な要求をされて いるからです.ジレンマはいわゆる学会のジレン マです.私はここで健康保険制度を付け加えたい と思います.保険組合は市場の薬の一部だけを補 償し,巨大な薬品工業はそれで有利な地位を得て います.明らかに,自然療法やホメオパシー(同 種療法)は冷遇され,アロパシー(逆症療法)は 優遇されています.薬品工業は実験室を養ってい ますが,それには理由があります.実験室は薬品 工業の為に,薬剤の春や秋のモードを作り出すの です.しかし,アロパシーがいかに疑わしいかは, 非適応症がこれを示しています.薬によって引き 起こされる傷害は,しぼしぼ治療効果を上回りま す.私はその1例にコンテルガーン(睡眠薬)を あげます.しかしこれは,氷山の一角に過ぎませ ん.逆症療法的な考え方は,主に技術的な考え方 で,化学の発展により可能となった考え方です. IE確に言うと,我々は有機体の内部で,何が起き ているかについて,驚くほど少ししか知っていな いのです. 次のように考える事が出来ます.学問の今日の 状況を見ると,社会福祉統制国家によって,学問 が医療について過大な要求をされていますが,か つて医学は患者によって,非常に過大な要求をさ れていたのだと.この事は確かに正しいのです. けれども我々は医師の仕事を正確に捉えねぽなり ません.医師は奇蹟を行なう人でもなく,魔術師 でもありません.医師が聖職者やまじない師で あった昔は,そのように見えることもあったにせ よ,もはやそうではありません.医師は非常に制 限された範囲内でしか治療できないのです.彼は いろいろの方法で症状を軽くする事はできます. ここに,苦痛も考えるべきで,麻酔法は事実驚く ほど進歩しました.医師はプロテーゼ(義肢,義 歯,義眼等)を使っての援助もできます.ここに, 医療に使ういろいろな物質も数えるべきでしょ
う,というのはもはや身体は自分では適当な仕方 でそれを作れないからです.しかし,医師の主要 な仕事は技術的なものでない所にあります.医師 の主要な仕事は自らを助ける自然を援助する事で す.医師は,自らを助ける身体の能力を制限して いる障害を取り除くのに役立つ事ができます.限 られた一部分をのぞきこの領域全体を,厳密な意 味の学問に数える事は不可能でしょう.この領域 はむきろ医術(Kunst)に分類されるべきです.医 療,正確には医師の行為は,30%は学問によって, 40%は医術によって行なわれ,残りは医師が自分 の能力の不足を善意によっておおう事にあるとい われていたものです. これらの比率はかつてはどうだったでしょう か.医師は一般に患者とより近い関係にあり,彼 をより正確に知っていました.医師は患者の生活 の仕方や知能や職業を知っていました.これに対 して学問はより小さな領分を占め,ずっと大きな 分担が,医術に要求されていたのです.個体につ いての知識がこの医術に属します.人間の個人的 状態に通暁する点で,医師は今日の医学者より ずっと優っていました.個人を知る要求の重みが, 医師が自分の能力の限界に達した時には,医師の 能力を補ったのです.限界を率直に認めなけれが ならない時には,宗教が控えていました. 今日ではどうでしょう.学問が唯一の法廷と なっています.社会福祉的統制が医師に重くのし かかり,大勢の患者を捌かねぽならぬ事が,強力 にスレテ山江イプ化した扱い方を強いています. 分類の枠組みはあまりにも粗く,個人は忘れられ ています.それのみか医師の職業を担う学問は技 術に変質してしまっています.学問が全てである べき所で,学問は露骨に自己の不充分さを見せつ け,自己に過大な要求をされている事を見せつけ ています.医師は彼が一人で責任を負うその瞬間 に,この事を非常に正確に見てとります.彼はそ れをしっかりと見つめる以外ないのです.その時, 彼がこの洞察にいかに答えるかは,医師の人格の 問題です.そこには,明らかに誘惑と危険とが見 られます.というのは,かつては医術であったも のが軽視されているからです.これに反して,医 師自身とその学問の不充分さの領域は,一私にい わせると一患者に対する遠慮会釈なき職権乱用ま たはペテンによって,あるいはその両者によって 埋め尽くされています.医師の職業が機能障害を 起こす危険の全ては,独占技術としての学問に集 中しています.この際,政治的に好ましくない人 が精神病院へ入れられるような,全体主義国家が 行なっている,医師の職業の露骨な濫用を,私は もう一度言いたくありまぜん. かくして,我々は,学問の限界は純然たる学問 のみによっては,正しく意識され得ない事に気付 ぎます。それを示すのが哲学の仕事です.哲学は 以前からこの機能を持っていました.たとえ哲学 が自ら,極めてあっさりと自己を学問と考えた事 があったとしてもです.哲学は,1.医学全体内の 専門主義の限界を指示します.2.学問全体におけ る医学の限界を指示します.3.学問全体の限界を 指示します.この事が医学者や医師が哲学者から 学ぶ事が出来ることなのです.医師が自己の知識 と能力の限界を知り,それを自ら認め,可能性の 範囲内で患者を助けるために.それ故,医師は, 学問を標榜するかぎり,学問に大成功を認める現 代において,バートランド・ラッセルが今日の学 者一般に対して,「謙虚であれ,訥々と語れ」と話 しかけた,学者のあのような姿勢に賛同しなけれ ばなりません.「謙虚で訥々と」,我々がこれを真 剣かつ正確に受け取る時,これこそ学問について 我々の知る所です. 技術時代の到来とともに,かつては医師が援助 しようと自らを捧げたかの生から,我々は遠く離 れ去りました.我々は夜を昼にしてしまい,冬で も夏でも,機械は休みなき操業を強制し,自然の リズムなど機械は認めません.生産は今日,自然 のリズムから離れた概念となっています.それ故, 今日医師は治療をしている当の人によりも,この 操業にいっそう奉仕せねぽならないのです.哲学 は勿論,時代の一面性により産み出される我々の 時代の害悪を全て除去する事はできません.しか し,現実,全ての学問を駆使した技術でもって我々 が,そのほんの少しのうわべだけを浪費している, より大きな現実に注意を促す事はできます.現状
がそうである事は,我々がもっぱらそれだけに立 脚していると言えるほど,今日の技術的世界が採 用した寄生的な機能により証明されます.また, 技術の世界,技術化された世界と闘う反対の運動 も同様に証明する所です. このような:仕方で我々が学問や技術について語 る時,医師の職業はまさにこれに該当します.こ の職業こそ,生きている人間体に関わるからです. ここで私は,薬品工業で惹起される害悪や,他の 障害を除去したり改善するために投与される薬品 で惹起される害毒について,語ろうとしているの ではありません.但し,害となるこの作用は,我々 が技術のみを信頼するようになれぽな:るほど,そ れだけ明白となります.そして,この技術には, 化学の全ての浪費も外科医の装備の全ての浪費も 含まれます.さて,哲学が医学者や医師に,肺炎 をどのように診断し治療するかとか,脳腫瘍をい かに手術するかなどは教えません.哲学に可能な のは,学問に対する妥当な考え方を医学者や医師 に気付かせる事で,学問の限界,専門化の限界, 技術の限界を指し示す事です.医学者や医師にこ の限界の意識をもって行動するように勧めること です.医師はこれを無視してはなりません.ここ に医師という職業の,かのもう一つの側面が登場 します.医学者あるいは医師の高慢な自意識,人 はこれを率直に技術的な専門家の暦越,職務柄の 不遜と言ってよいのですが,かかる自意識の代り に,先祖伝来の資格に対して控え目に奉仕する態 度が登場するのです. 奉仕という観点については,我々が学問の限界 に気付き,それ故医師としての医学者は,自分の どのような学問であれ,明らかに奉仕する存在だ と言った時に,我・婦ま既に一度触れたラッセルと 共に,謙虚であれ,訥々と語れ,と言いました. 学問は本来誰に仕えるべきかを示しました.学問 は全体として,次の二つの可能性の間に立ってい ます.学問は一方で,技術として力づくの実行を いわぽ単線的に強行する事ができます(数字論理 学的に言えば,非対称関係と言えるでしょう).も う一方で学問は,自然のゲシュタルト生成を共に 引き受け,可能な技術を包含して,それを補完し ていくことで,自然のゲシュタルト生成に自己を 適合させる事ができます.この事は,人間による 自然への単線性,非対称的な関係を廃棄する事を 意味し,人間がその内でまさに生きている現実を 単に変更し,その現実を意識的に承認しつつ生き るようにさせます.かくして,学問は補完という 要請の下で奉仕することになり,学問は次のよう に把握されます.即ち,学問を通じて自然の生成 という意識が保持される,そして自然はまさに本 質的なものとして透視されるのであり,人間の能 力の技術的なものはこの自然の僅かなものを抜き 取っているにすぎない,というようにです.これ は,学問は奉仕するという事を意味します. 上述の事は単なる哲学的思弁ではありません. ここで医師は哲学の忠告を聞き入れねぽなりませ ん.予防は治療よりもよい,という古い知恵が語 られるべきです.この言葉の背後には多くのもの が,人間の生活様式,振舞,栄養に関する全ての ものが潜んでいます.そしてこれらの全ての相当 な部分が,社会の全体的生活における人間の態度 や,社会の姿勢に依存しています.学問に対する 全体の態度が,究極的な結論になります.昔は医 師は食餌療法に今日よりもずっと注意を向けてい ました.この食餌療法は今や忘れられていると言 えるかもしれません.これは技術的側面が前面に 登場するに応じて後退してしまったのです.人間 は常に思いのままに富んでもできなけれぽならな いという考え方が,ここにあります.この考えは 良心的医療という観点から言うと誤っています. 我々は,こうした要求が可能なかぎりの強さで求 められている状況下に存在しています。というの は,こうした要求をしない民族は不利な状況に陥 るからです.しかし,英国人の言うように,「長い
目で見れば」(in the long run),次のような人々 が技術的競争を最もうまくやり抜くでしょう,つ まり,全てを包み込んでいる自然とそのゲシュタ ルト生成に奉仕し,自然のより大きな権能を明渡 すように通告することなどしないと心に銘じてい る人々です.人間は補完するという課題を持って います.そうでなけれぽ,人間は地球上の最悪の 寄生生物となります.我々は肥大した特別な生物
の現象を知っていますが,それらは自身で生存の 基盤をせばめ,奪い,結局は反対の力により駆逐 されたのです.人間も何時の日かそうなることで しょう. 我々は自然について語っています.それは単に 一つの名前です.我々は技術としての学問,学盟 的な技術と自然との相違を述べる事ができるだけ です.この自然そのものが何であるかは一私は繰 り返しますが一測りきれないゲシュタルト生成と してのみ理解されます.同じ事を別の言い方をす れば,これは世界の不断の花盛りなのです.これ に奉仕する事,技術的な合理性のレベルでこれを 目に見えるようにする事,これが哲学が指定する 学問の課題です.ここに哲学の芸術への血縁関係 があります.そしてこの側面は,哲学が美的,宗 教的瞑想に似ている側面でもあります.良き医師 は,彼の知識と能力を適切な仕方で人間の生活に 役立て得るために,この瞑想に関与しなけれぽな りません.事実,人間の個体,患者の個性を把握 する才能のかなりの部分も,医師のこの能力に基 づいています.そして,それは,医師の活動が芸 術(Kunst),つまり学問的技術のうちに消えてし まうことのない,医師の能力という,Kunstのも う一つの意味での医術であり,医術となるべき, 大きな分野であります. II これまで述べてきた事は,我々のテーマに対し て言うべき事のやっと半分です.ここで言う奉仕 は,学問一般への関係のうちに,別の言葉で言う と,自然のコスモスに対してのみ,自己の使命を 見出すものではありません.もし奉仕をそのよう に捉えるならぽ,我々は人間を考えていない事に なります.医師の職業は,特殊な仕方で人間その ものに関わり,極めて特殊な人間相互の交わりを 持つ事を意味します.そしてこのために,奉仕は 別の新たな:機能的意義を持ってきます.というの は医師の行為は人間性に奉仕するからです.我々 は学問に対して限界付けを致しましたが,今度は 人間に関して限界付けを行なう事になります. この奉仕がいかなる種類のものかを説明するた めには,その振舞において,人間の優秀さを最も 純粋に示すものは何かを考察せねぽなりません. 人間とは言葉を話す生き物です.動物にも,前人 間的な交わりはありますが,それは言葉を話すよ うなものではありません.言語の本性は互いに問 連し合っている二つのものによって理解できま す.一つは互いに話し合う事であり,もう一つは 何かについて話す事です.この「シンドローム」 は非常に正確な構造を持っています.この構造は 一枚の板上に図として描くこともできます.ヨー ロラバ的一五洋的な哲学はこの構造を,理念とし て把握しました.理念の図式は至って単純なもの です.それを発見したプラトン以来,理念はもは や哲学的伝統の意識から消えることはありませ ん.私はここで20世紀の二・三十年を数え入れよ うとは思いません.その時期は哲学の歴史の中で, ほとんど何の意味もありません. 言葉を話すという事を考えてみましょう.我々 は話し合います.話し合いは,共鳴というすばら しい出来事として進行します.我々は言葉の共鳴 により話し合います.意味の受容器を備えた我々 の装置の中で,常に,一次的な意味に対して共鳴 したものが,次には,自発的能動的な刺激によっ て引き起こされる,この二次的な意味の共鳴関係 のうちへと,変化しつつ取り入れられます.他方, 言葉を話すということについて語ると,これは ザッハリヒカイト(事物性)の領域です.哲学的 に言うと,ここでは論理によって語られるのです. 論理により,人間は自分の感覚的,そしてまた言 語感覚的な直接的関係を越えて,制限を受ける事 なく,一つの現実の中に入り込みます.この現実 は自分自身で独立して存在し,人間自身を,その 個々の一人一人を,また集団としての人間を自己 の内に包み込むところの,人間をはるかに凌駕し たものです.そして,論理というこの方法により, 理念は人間が互いに交わる為の媒介となるので す。 この点はもっと考えてみる価置があります.と いうのは,東洋と西洋の思惟の相違と類似がここ で明らかになるからです.そして,私は今まさに それを論じる事ができます.何故なら,両文化の 接触とその関係が理解される必要があるからで 一783一
す. 既述のように,本質的な言語シンドロームは理 念です.理念とは,これをかくかくのものとして 見出したプラトンが考えたようなものを意味しま す.私はここで皆様に理念についての図を描いて みましょう. 図1:このスケヅチでは,理念は経験的状況の 外で,それからは独立して,全く孤立して図に描 かれています.両端に矢印がついた水平線が共鳴 関係を表し,これを横切る両端に矢印のついた垂 直線が,ザッハリヒカイトの次元を示します.周 囲に一つの円を描く事によって,我々はこの図を まあ完成したことになります.このように孤立し て描かれる時,この図は我々がアプリオリ(先心 性)と呼んでいるものを表現します.さて,我々 がこの我々の世界の事物の現実性へと移し入れる 事によって,この図を経験化する時,我々はいわ ぽ二本足の付いている一つの理念(人間)を持つ ようになります.そして,多くの人間が存在する 訳ですから,我々は経験的現実の最少量として, 次のような二本足の付いている多くの理念を描く 事になります. 図2:図2は20世紀という現代の認識状況を映 し出します.この図は最近の我々の認識状況に応 じた,一つの特殊な位置を理念に与えます.しか し,ここまで理念が作り上げられてきたという事 は,人間社会と文化の長い歴史的プロセスによる ことを忘れてはなりません.理念(イデア)にそ の名を与えたプラトンの発見と共に,それがなさ れた訳ではないのです.さて,図2を手がかりに すると,理念はもともとは先天的かつ構成的に全 ての人間の内にあるが,しかし,人間はかくかく のものとしての理念やその構造に精通しているわ けではありません.生れた理念は,ただそれが機 能し,使用される事のうちで理解されるようにな ります.しかしそれによってすでに,図2が獲i得 されたわけではありません.それを獲得するには, 長く苦労の多い文化的な仕事を必要とします.文 化のいわゆる古代的段階において初めて,理念は 統合する機能を得ました.しかし,これから先は, 差し当たって,次のような図が役に立ちます.
A
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図 1 図 2十
B
図3:図3に我々は,A, Bという2人の人間 と,彼らの間にある媒介物,つまり彼らがその内 で話し合い,交わる媒介物,即ち理念という図式 を見出します.皆様がヨーロヅパ文化の営みへ入 り込もうとする時,この図式を頼りにする事がで きます.これは,中世の初期から20世紀までの基 本的なものです.つまり,ヨーロッパ文化の発展 がなし遂げた全ての変化に,それは妥当すると言 いたいのです.ただ,我々が留意すべきことは, A,Bは経験的な次元のものであり,理念という図 式(J)へのその関係は時間の進行の中でずれが生 じるという事,しかも,経験的次元であるA,Bは ますます重みを増し,それと共にある種の独立性A
3(圃
図 3B
を獲得するという事です. この図式では理念が,AやBから離れている描 写は,皆様に不思議な思いをさせる事でしょう. その原因は何でしょうか.理念は,世界をいわぽ 言語に封入したところの,言語による世界の表現 が進むにつれて,生じてきます.というのは,言 語の発展とは,いたるところで現実についての地 平を描く事であって,この地平のうちで一つの社 会(最初は文字を持たない)が生活する事を我々 は思い浮かべるからです.ある程度の言語の発展 と共に(これに技術的発展を付け加えてもよい), 感覚的経験的現実との隔たりが獲得されますが, この隔たりのうちでは,世界が全体として言語で 表現されるという傾向が生れます。世界がこのよ うに言語に封入される事で,言語は絶対的な宗教 性の水準を獲得し,自分自身がこの世界に組み込 まれて,日常生活をしている人間の具体的な言語 様式から引き離されます.我々は後にもう一度こ れを取上げますが,ここでは,世界定位の神話的, 宗教的,宇宙神学的水準について語っています。 或いはまた宇宙的,宗教的表現について語ってい ます.中世の初期においては,A・Bは何よりも宇 宙的・宗教的意義を担っている理念の中に全く埋 もれていました.これは逆に見ると,理念の言語 がこのように(絶対的な)現実性の意味を担って いたという事です.理念は自己の言語能力と関連 した,経験的人間の頭脳の内に定位していなかっ たのです.現実とは,理念においては,あらゆる ものを凌駕した,全てを自己の内に含む全体だっ たのです.比較可能な他の文化においても,自然 的,宇宙的な表現様式が理念へとこのように埋没 している事とその逆とが見出されます.ところで, いつの日か次のような事が生じます.A, Bが何ら かの仕方で理念(J)から解放され,次第に自己の 重みを増すという事です.そして,A, Bと理念の 比重(経験的比重)が同じになる文化の一時期が, これに続いて出現します.そこでは,同じ比率に なり,両者がからまり合います.今や理念の独占 的な優越の下にあるのではなくて,両者の分化に 応じて存在する事になります.かくして独自の二 元論的な定位が登場します.ヨーロッパでは,デ カルトあるいはスピノザの二元論的哲学が,その 頂点をなす範例的なものとして登場しました.18 世紀にA,Bと理念の分離が生じます.それに対 してはカントの名前が優れたものとして挙げられ ます.今や,二つの重要な可能性が存在する事に なりました。一方では理念は主観的なものとされ, 主観としての人間に属するものとされます(主観 主義,観念論).他方では,人は理念ではなくて自 然を信頼し,理念の内実は自然の発展によって現 実化されるという事を信じます(客観主義,現実 主義).科学への圧倒的な傾向が後者に完全な優位 を与えました.その結果は,理念が忘れられ,過 去の遺物として攻撃さえされるようになります. かくして次の図が登場します. 図4:皆様はこの図では理念が姿を消してし まったのに気付かれたと思います.理念はもはや ありません.理念の代りに,皆様は直接的な作用 連関をしている二本の単なる横線を見出します, これは素朴な言い方をすると,自然科学的な考え 方と一致します.同様に図4は行動主義的な考え 方に一致し,広く言えばいわゆる唯物論的な考え 方と一致します.これらの考え方の特徴は,理念 を「距離シンドローム」(Distanzsyndrom)としA
図 4B
一785一て把握する事が充分でなかった事と,作用連関の 直接性を唯一重要なものと考える直接性の過大評 価です.この理論的根拠は理念を哲学ともども犠 牲にして,科学的な経験的知識を絶対的なものと してきたことにあります.言い換えると,理念は 学問の為の単なる論理学の(記号論理学の)構造 性に還元されます.理念に内在する論理学的な要 素が,すっかり理念にとって代ります.それと共 に,学問の認識の隔たりが,自らそれから派生し た,かの哲学的な全体的な隔たりを排除してしま います,つまり,理念を排除してしまうのです(こ れについては以下のものを参照して下さい. ティール著『人格の存在論』第1巻「存在連関の カテゴリーと存在の統一」・・イデルベルグ,1950/ 1982.さらにティール著『方法』第11巻「カール・ ヤスパース・ドイツの解放への道」2巻本,ハイ デルベルグ,1986.またティール著『方法』第10 巻「バートランド・ラッセル,イギリス解放への 道」ハイデルベルグ,1984). 次の事は明らかです.統合的に理念を作り上げ た後で,我々が再び理念を(平均化し,無視して) 消し去るならば(図4のように),我々は再び中世 以前にそうであったような状況に立ち返る事もな いし,中世初期のように,理念が宇宙的・宗教的 代理として立ち現われるような状況に立ち返る事 もな:いという事です.技術性(方法論)へと移行 し,技術性に熱中する学問を自立させるならぽ(こ れをヨーロッパでは,存在論を方法論で代用する という事ができます),そこに残るのは,行動主義 的(或いは「唯物論的」)な探究の図式(4)におい て,人間を動物流に扱うという事です.さらに, 理念を持たない人間の現実というものは,20世紀 の学問的,技術的共同体または社会のレベルで, 単なる力,より正確に言えば,人間を全く無視し た,いわゆる全体的なあるいは全体主義的な力を 徹底して行使するという考え方を生じさせるだけ です.言い換えれば,力が理念なしに現れ,活動 するという限りで,力純粋主義を生じさせます. この事は,ヨーロッパでは反プラトン主義の名の 下に生じていますが,この名はニーチェが使い始 めたものです.しかしこの事態はニーチェ以前に すでに存在しており,マルクス・レーニン主義の うちでそのどぎつい花を咲かせました.その基盤 をなしているのは,経験的な次元と,それに結び ついている世間や国家という社会的次元におい て,理念が崩壊し,無効になり,消滅したという 事実です.それに対して,図3は,理念が国家と 世間にしっかりと根づいている時代に妥当しま す。 それ故,私はもう一度新たにやり直さねばなり ません,我々は図3の全社会的機能を,次のよう な図にする事ができます. 図5:図5はザッハリヒカイトの頂点の所に, 代表という役割を果たしている国家機関を示して います.我々は古代の始源状態を考えてみましょ う.古代においては宇宙的,宗教的な世界の代表 が重要でした.古代およびそれ以降の文化の段階 においては,いわぽ事柄からの必然性によって, 国家という機関に特権が属していました.しかし, 古代の国家機関は,この現実の中で生きる全ての ものの積極的な共鳴関係を自らの内に含んでいま した.後になって,ザッハリヒカイトが学問的に 解明され,明確にされた程度に応じて,共鳴の要 素が共同体或いは社会へと移りました.そして初 めて,アクセントを伴なう共鳴の要素がそこへと