Vol. 36
ことばのサロン & 言語文化セミナー
今回のリポートは、第4回「ことばのサロン」と、第21回「言語文化セミナー」と の開催報告です。これらは、言語文化研究所が主催する催し物で、それぞれ1年に1 回ずつ開催しています。 「ことばのサロン」は、参加者が中心となる会で、全員に発言していただくことと、 楽しんでもらえることとを一番の目的としています。今年度も、年代、性別、職業な どに関係なく、興味深い話が飛び出し、研究所にとってもワクワクするひとときでした。 「言語文化セミナー」は、講師の話が中心です。参加者の中には、毎年のようにお 目にかかる人や、「ことばのサロン」にも足を運んでくださる人があり、ことばを通 してつながる“常連さん”に感謝する一日でもありました。 ***************************************************** ■第4回「ことばのサロン」 テーマ「あいさつと人間関係」 2012年7月7日(土)午後1時30分∼3時30分 私たちの日常の生活をあらためて考えてみると、朝起きてから、夜寝るまで、さま ざまなあいさつをしながら一日を送っていることに気がつきます。たとえば、「おは よう」「こんにちは」「さようなら」、「いただきます」「ごちそうさま」、「ありがとう」 「すみません」、「おやすみ」などで、これらは、時間帯や場面で使い分けています。 普段、それほど意識せずに使っているあいさつについ て、多方面から考えてみることにしました。 まず、所長の佐竹から、あいさつに関するいくつかの 研究について解説があり、その後、参加者一人ずつ、自 己紹介を兼ねて「なぜ、あいさつをするのか」を話して もらいました。 「自分が悪い人間ではないということを相手に知って もらうため」や、「あなたを敵とは思っていませんよ、 味方だよというしるし」という意見や、社会人2年目の 〒663-8558 西宮市池開町6-46 武庫川女子大学言語文化研究所 TEL 0798(45)3536 FAX 0798(45)3574 http://www.mukogawa-u.ac.jp~ILC D02976_LCりぽーと Vol.36.indd 1 2012/12/04 11:02:34本学卒業生からは、「まだまだ分からないことが 多い新人としては、会社の先輩に仕事を教えても らうなど、頼みごとがしやすい」という意見が出 ました。 企業経営者からは、「最近は、会社での人間関 係が薄いように感じるが、それは、目を見てあい さつをしていないからかも」という意見が出ました。 テレビ局アナウンサーからは、「会社に入った ころは、先輩があいさつを返してくれなかった。自分が、今、その立場になると、同 じようにあいさつを返していないことに気づ く」、「あいさつをして、3回無視されたら、その 人は敵だと思うようにしている」と、あいさつの ありようが人間関係に少なからぬ影響を及ぼして いることがうかがえる話が披露されました。 反対に、「無視されてもあいさつを続ける」と いうのは、90歳の本学元教授で、「阪神淡路大震 災の直後は、あいさつをし合っていたのに、最近 は、またしなくなった。でも、自分は無視されてもあいさつを続ける」と、あいさつ を大切にしている気持ちをうかがい知ることができました。 「サービスに対するありがとう」をどう考えるか、と話は広がり、タクシーやバス を利用した時、また、飲食を終えて店を出る時などに「ありがとう」と言うかどうか という話題に移りました。「若い時は言わなかっ たが、年齢を経た今は言うようになった」とか、「東 京では言わない」など、年齢差や地域差もあるよ うです。同じ関西でも、阪神間ではバスを降りる 時に「ありがとう」と言う人が多いのですが、大 阪南部では言わないという話も出ました。 「コンビニは、マニュアル通りのあいさつをし ているだけだろうから、あいさつをされても返さ ない」という意見には、「でも、個人商店ならあいさつをするだろう」と、店の形態 による違いがあいさつをするかしないかの意識にかかわるという指摘も出ました。「店 のマニュアルにはないが、あいさつをする。客か ら返答があるとうれしい。だから、自分が客の立 場でもあいさつしようと思う」と言うのは、スー パーでアルバイトをしている佐竹ゼミの3年生です。 さて、「おはよう」や「ありがとう」といった「あ いさつ」は、儀礼的・社交的なことばです。だか ら、心をこめて、また、その場の状況に合わせた 「あいさつ」をしようとすれば、もっとたくさん D02976_LCりぽーと Vol.36.indd 2 2012/12/04 11:02:35
のことばを並べなければ、本当のあいさつにはな らないでしょう。しかし、私たちは、あまり気に することなく、決まり文句としての「あいさつ」 を使っています。 そう考えると、つまり、「あいさつ」とは、「究 極のマニュアルことば」だと言えます。たくさん のことばを使う代わりに、一言で済ませられる便 利なことばです。 最近は、どの時間帯でも「おはよう」を使う人が増えているというのも、一つには 便利だからという理由が考えられます。その日、初めて会うから「おはよう」を使う のだという考え方もあるようで、そうなると、ことばの意味より、どのようなシチュ エーションであいさつをするのかという方が重要 になってきているようにも思えます。「こんばん は」が使われなくなってしまうのも、そう遠い日 のことではないかもしれません。 今回もLC倶楽部を中心に、15名の皆さんと大 いに日本語を楽しみました。参加者の皆さんか ら、たくさんの体験談、ご意見をいただくことが できました。 帰り際、参加者側は、「ありがとうございました」「楽しかったです」のあいさつで 会場を後にされ、研究所側からは、「ありがとうございました」「お気をつけて」のあ いさつでお見送りしました。 ■第21回「言語文化セミナー」 2012年11月8日(木)午後2:00∼4:00 講 師:沢 昭子氏(NPO法人日本話しことば協会理事長) テーマ:話しことばの日本語 2012年11月8日(木)、午後2時から4時の予定で、 第21回言語文化セミナーを開催しました。講師には、 NPO法人日本話しことば協会理事長の沢昭子氏をお招 きし、「話しことばの日本語」というテーマでお話しい ただきました。 同協会は、日本で初めて、「話しことば」を扱った検 定試験に取り組んだ団体で、現在、「話しことば検定」 を実施しています。この検定を立ち上げる際には、いく つかの苦労があったそうです。 まず、検定を行う上で、もっとも難しい点は、日本語の規範が揺らいでいることだ と述べられました。話しことばの世界では、「教科書通り」の日本語ではない日本語 D02976_LCりぽーと Vol.36.indd 3 2012/12/04 11:02:35
が使われることもしばしばで、それが訂正されな いまま次の話題へと移っていくことがあります。 たとえば、テレビのバラエティー番組などでは、 出演者が話す日本語に、首をかしげる場面も少な くありません。私たちの身の回りには、日常的に、 間違った日本語があふれており、その中で、話し ことばの正誤をどのように測るかが難しい点だと いうことです。 次に、そもそも、話しことばが検定試験になじむかどうかと いう問題もあったと話されました。当初、ある日本語の専門家 である大学の先生に相談したところ、そのような検定試験をや るのは無理だろう、と言われたそうです。 話しことばは、基本的に、口から出たとたん瞬時に消えてな くなるものです。そのため、保存性がある書きことばとは違い、 時間をかけて確認し、その正誤を判断することが困難だと言え ます。そういった点でも、検定は無理だという判断があったの ではないかと思われます。 そこで、本学のオープンカレッジ受講生でもあっ た沢氏は、次に、当研究所の佐竹に相談されまし た。はじめは、やはり「難しいのではないか」と、 良い返事をもらえなかったそうです。しかし、「可 能性がないわけではない。話しことばで、できる 形式を考えましょう」という佐竹の協力があり、 現在の話しことば検定が立ち上げられることに なったと、苦労話とともに、その経緯を披露されました。 沢氏は、テレビやラジオで活躍されていた元アナウンサーで、有名なテレビCMの ナレーションもされています。その声の美しさを披露されつつ、発声練習や腹式呼吸 の方法なども教えてくださいました。会場では、参加者全員で、「あ・い・う・え・お」 と母音の発声練習をしたり、腹式呼吸をしたりしました。 “良い声”を意識することは、アナウンサーだから必要なことではなく、ことばを 明瞭に発するためや、言いたいことが相手に理解さ れるためになど、日常におけるコミュニケーション でも大切なことです。改めて「声」が果たす役割の 大きさに気づく機会でもありました。 学内外からの参加者は30名を超え、質疑応答も活 発になされました。 担当:佐竹秀雄・岸本千秋 2012年12月 D02976_LCりぽーと Vol.36.indd 4 2012/12/04 11:02:36