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親鸞思想における「乃至一念」の意義―「相続」への展開を踏まえて―

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親鸞思想における「乃至一念」の意義



 

 

 

─「相続」への展開を踏まえて─

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        【凡   例】 一、  原則として敬称は省略した。 一、  引用文献にある傍線、 網掛けは全て筆者によるものであり、 それは筆者による強調箇所をあらわす。 一、  以下の著述は、次のように略記した。  『仏説無量寿経』→『大経』 、『仏説観無量寿経』→『観経』 、『仏説阿弥陀経』→『阿弥陀経』  『顕浄土真実教行証文類』 「顕浄土真実行文類二」→『教行信証』行巻(他巻も同様に略す)  『無量寿経優姿提舎願生偈註』→『論註』  『選択本願念仏集』→『選択集』 一、  以下の引用文献は、次のように略記した。  『定本教行信証』親鸞聖人全集刊行会、細川行信新訂   法蔵館、一九八九年→『定本』  『定本親鸞聖人全集』親鸞聖人全集刊行会、法蔵館、一九六九年→『定親全』  『真宗聖教全書一』真宗聖教全書編纂所編、大八木興文堂   一九四一年→『真聖全一』  『真宗聖典』真宗聖典編纂委員会   東本願寺出版部   一九七八年→『聖典』 一、  『教 行 信 証 』 の 科 文 の 呼 称 は、 基 本 的 に『 聖 典 』 に 依 る が、 筆 者 が 変 更 す る 箇 所 は 適 宜 注 を 入 れ て示した。 一、原漢文のものは、必要に応じて『聖典』を参考に筆者が書き下した。 一、清濁点なども『聖典』を参考に補正し、原文にない訓は()で補った。 一、原則として左訓は省略した。 一、原則として漢字は通用体に変更した。

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はじめに

─問題の所在─

  筆 者 の 根 本 的 な 課 題 は、 法 然 浄 土 教 の 伝 統 を 継 承 し た 親 鸞 が、 選 択 本 願 念 仏 の 仏 道 に お け る 宗 教 的 生 活 の 実 際 を、 どのように確かめたかを明確にすることにある。本論は、その課題を、特に「相続」という概念を通して考察したい。   法然において「相続」の課題は、次の文のように、主に称名念仏の「行」の側面から示された。 問。日別の念仏の数返は、相続にいるほどは、いかゞはからひ候べき。答。善導の釈によらば、一万已上は相続 にてあるべし。たゞし一万返をいそぎ申て、さてその日をすごさむ事はあるべからず、一万返なりとも、一日一 夜の所作とすべし。総じては一食のあひだに三度ばかりとなえむは、よき相続にてあるべし。それは衆生の根性 不同なれば、一准なるべからず、こゝろざしだにもふかければ、自然に相続はせらるゝ事なり。  (『西方指南抄』下本『定親全五』二八三─二八四頁) ここで法然は、まず日々の称名念仏はどれほどの「数返」で「相続」とすることが出来るのかと問う。それに対して、 法然は善導の解釈に依れば「一万返」とするが、しかし「一万返」と言っても、称名念仏は一日を通して行うべきこ とであり、急いで数をこなすことはないようにと戒める。更に法然は、一般的には「一食のあひだに三度ばかりとな え 」 る こ と を「 よ き 相 続 」 と す る が、 「 相 続 」 の 課 題 は 衆 生 の 根 性 が そ れ ぞ れ 異 な る こ と を 理 由 に、 一 律 で は な い と し、志が深ければ称名念仏は「自然に相続」すると明らかにする。このように法然は「相続」の課題を、称名念仏の 「行」の側面から、基本的に受け止めたのである。 (1) 69 親鸞思想における「乃至一念」の意義

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  こ こ で 問 い に あ げ ら れ る 称 名 念 仏 の「 数 」 を 通 し た「 相 続 」 へ の 関 心 は、 法 然 教 学 を 受 け と め よ う と す る 者 に は、 常に大きな問題となった。それは生涯の称名念仏を修する「数」を問題とした一念多念の諍論である。本論は、この 諍 論 を 主 題 的 に 扱 う も の で は な い た め、 深 く は 立 ち 入 ら な い が、 こ の 諍 論 に 対 す る 法 然 の 基 本 的 立 場 は、 「 信 お ば 一 念に生るととり、行おば一形はげむべし」という説示にある。つまり一声の念仏である「一念」に浄土に生まれるこ とを「信」の内容としながら、一生涯(一形)の間、称名念仏の「行」を「相続」すべきというものである。しかし、 この法然の「一念」と「一形」の説示からは、一念に浄土に生まれるにも関わらず、なぜ称名念仏を一生涯相続すべ きなのかという問いが起こった。おそらくここにこそ親鸞が担った思想的な課題があり、一般に「信行(信じて行ず る) 」と次第する仏道を、親鸞独自の視点から受け止めた必然性が窺えるのである。   親鸞は、 『大経』から「真実の行願」として第十七願を、 「真実の信願」として第十八願を据え、 「選択本願の行信」 という「行信」の次第で確かめた。法然は基本的には第十八願を中心とした一願建立の教学であったが、 親鸞は「行」 と「信」の根本原理としてそれぞれの願を据えて、課題を明確に分けた。またその一方で、衆生における「行信」の 「願成就」は、次の文のように、一体の事柄として確かめた。 称 名 信 楽 の 悲 願 成 就 の 文、 『 経 』 に 言 は く、 十 方 恒 沙 の 諸 仏 如 来、 皆 共 に 無 量 寿 仏 の 威 神 功 徳 不 可 思 議 な る を 讃 嘆したまふ。諸有衆生、其の名号を聞きて、信心歓喜して、乃至一念せむ、至心回向したまへり、彼の国に生ま れむと願ずれば、即ち往生を得、不退転に住せむ。唯だ五逆と正法を誹謗するを除くと 親 鸞 は「 至 心 回 向 」 に 敬 語 表 現 を 附 し、 そ の「 回 向 」 の 主 体 を「 如 来 」 と す る 独 自 の 思 索 を 示 す。 ま た「 乃 至 一 念 せ む 」 と 一 度 区 切 り、 「 信 心 歓 喜 」 が「 乃 至 一 念 」 の 内 容 で あ る こ と を 明 ら か に し た。 親 鸞 は こ の 第 十 八 願 成 就 文 の (2) (3) (4) 70

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「 乃 至 一 念 」 を、 『 教 行 信 証 』 信 巻 で、 諸 仏 の 讃 歎 す る「 名 号 」 を、 衆 生 が「 聞 」 く 所 に 実 現 す る「 信 楽 」 の「 一 念 」 と明らかにした。また、第十八願成就文の「乃至一念」理解に対して、行巻で『大経』流通分の「乃至一念」を「行 の一念」と受け止めた。親鸞は、法然教学や一念多念の諍論において、基本的に「行」の枠組みでしか語られること のなかった「乃至一念」について、行と信の二側面からを受け止め、その分際を明確にしたのである。   このように親鸞が明らかにした「行信」の教学において、上述した「相続」の課題はいかに受容され、確かめられ て き た の か。 「 相 続 」 の 代 表 的 な 解 釈 に、 い わ ゆ る「 信 心 正 因   称 名 報 恩 」 と い う 理 解 が あ る。 そ れ は 覚 如 が『 口 伝 鈔』で、 「下至一念は本願をたもつ往生決定の時剋なり、 上尽一形は往生即得のうへの仏恩報謝のつとめなり」と述べ ることなどに由来する。また「仏恩報謝」を「報謝のために称名つかまつ」るとし、信心獲得後は報恩のために称名 念仏を「相続」すると捉えている。覚如は『正信偈』龍樹讃の「憶念弥陀仏本願   自然即時入必定   唯能常称如来号   応報大悲弘誓恩」を根拠と示すように、 確かに親鸞の仏道において「相続」は、 「称名報恩」を課題とする側面がある と言える。   しかし法然の「行」を中心とした説示から、親鸞は「行信」として、その課題とする所を分けて明らかにした。そ れ を 踏 ま え た 上 で、 「 称 名 報 恩 」 と い う「 行 」 の 側 面 の み で、 親 鸞 の 仏 道 に お け る「 相 続 」 の 課 題 は、 十 分 に 明 ら か になるだろうか。筆者にこの問いが起こるのは、例えば『歎異抄』第九章で、唯円が「念仏まふしさふらへども、踊 躍歓喜のこゝろおろそかにさふらふ」と述べることや、 『後世物語聞書』にて、 「かゝるあさましき無智のものも、念 仏だにまふせば極楽にむまるゝとうけたまはりて、そのゝちひとすぢに念仏をまふせども、まことしくさもありぬべ しともおもひさだめたることも候はぬ」というような、専修念仏に生きんとする者全体に通じる「こゝろ」や「おも (5) (6) (7) (8) (9) 71 親鸞思想における「乃至一念」の意義

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ひ 」 に 関 わ る 実 践 的 な 課 題 が あ る か ら で あ る。 親 鸞 に お い て は、 『 恵 信 尼 消 息 』 に 伝 わ る、 親 鸞 四 十 二 歳 の 時 に、 衆 生利益の為に始めた三部経千部読誦を中断したという事が、同質の課題を持つものとしてあげられるだろう。つまり、 他力に帰した身に生じる仏道のあゆみにおける自力の問題である。その本質は、 『恵信尼消息』で、 「人の執心、自力 の心は、よくよく思慮あるべし」と親鸞が内省したと伝わるように、特に他力に帰してもなお問題になる「自力」の 「心」 、もしくは「信」の課題である。しかしその「信」の「相続」の課題も、専修念仏の「行」に生きようとする中 で生まれる問題であり、 「行」の「相続」との関係も窺う必要がある。このように親鸞の仏道においては、 「行信」そ れぞれで「相続」を課題とすべき事柄があるといえる。   本論では、上述した「行」と「信」それぞれにある「相続」の課題を明らかにするために、親鸞が明確に「行」と 「 信 」 に 分 け た「 乃 至 一 念 」 と「 相 続 」 と の 関 係 を 考 察 す る。 特 に 親 鸞 の「 乃 至 」 の 受 け 止 め に 注 目 し た い。 な ぜ な ら 法 然 は、 称 名 念 仏 の「 相 続 」 を 課 題 と す る「 上 尽 一 形 」 を 否 定 し た「 一 念 往 生 義 」 の 者 に 対 し て、 「 乃 至 」 や「 下 至」を「みな上尽一形をかねたることば」と述べており、一生涯の「相続」を課題とする言葉と受け止めるからであ る。法然は、基本的には「行」の枠組みの中で「乃至」の課題を受け止めたが、親鸞は「行信」にわたる「一念」理 解 を 明 か す 中 で「 乃 至 」 に 注 目 し て お り、 「 行 信 」 そ れ ぞ れ の「 一 念 」 か ら「 相 続 」 へ の 展 開 を 踏 ま え る 上 で 重 要 な 手掛かりとなると考える。   したがって、本論では以下のような次第で考察を進める。   ま ず 親 鸞 が「 行 」 の 課 題 に お い て 引 用 す る『 大 経 』 流 通 分「 乃 至 一 念 」 の 意 義 を、 「 相 続 」 の 関 係 を 踏 ま え て 考 察 す る。 最 初 に、 行 巻 に お け る「 行 一 念 釈 」 の 位 置 づ け を 確 か め、 親 鸞 が「 行 の 一 念 」 を、 「 称 名 の 徧 数 に 就 い て、 選 (10) (11) (12) 72

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択 易 行 の 至 極 を 顕 開 」 す る と し た 意 義 を 考 察 す る。 そ の 上 で、 親 鸞 の「 行 」 の 課 題 に お け る「 乃 至 」 理 解 を 考 察 し、 「一念」から「相続」への展開を、 「行一念釈」に続けて引用される『安楽集』の文に確かめる。   次 に、 親 鸞 が「 信 」 の 課 題 に お い て 引 用 す る 第 十 八 願 成 就 文「 乃 至 一 念 」 の 意 義 を、 「 相 続 」 へ の 展 開 を 踏 ま え て 考察する。ただし、信巻では「一念」と「相続」の課題が直結して表現されているわけではない。そのため、まず親 鸞 が「 一 念 」 に つ い て、 「 信 楽 開 発 の 時 剋 の 極 促 を 顕 」 し、 「 広 大 難 思 の 慶 心 を 彰 」 す と し た 意 義 を 確 か め る。 そ し て 坂 東 本・ 信 巻 の「 乃 至 」 の 解 釈 に 振 ら れ た、 親 鸞 の 独 特 な 訓 読 に 注 目 し て 考 察 す る。 そ れ ら の 確 か め を 踏 ま え て、 「信一念釈」と「唯除釈」の関係を考察する。後述するが、親鸞は「信一念釈」に引用する第十八願成就文では、 「唯 除 五 逆 誹 謗 正 法 」 の 文( 以 下「 唯 除 」 の 文 と 適 宜 略 記 ) を 引 用 し な い。 そ の 意 義 は、 「 相 続 」 の 課 題 と 深 く 関 わ っ て おり、第十八願成就文の「乃至一念」と「相続」への展開を考える上で、重要な視点となることを提言したい。

  「行」の課題における「乃至一念」の意義

    

─大行実現の「一念」と「相続」の二側面─

  まず親鸞が「行」の課題とした『大経』弥勒付属の文の「乃至一念」の意義を、 「相続」との関係で考察する。   行巻全体において「行一念釈」は、どのように位置づけられるだろうか。親鸞は行巻冒頭で「大行は則(ち)無碍 光 如 来 の 名 を 称 す る な り 」 と 述 べ て、 行 巻 を 始 め る。 親 鸞 は そ の 自 釈 に 続 け て、 『 大 経 』 か ら、 行 巻 の 標 挙 で も あ る 第十七願「諸仏称名の願」を引用し、様々な異訳の経文、三国七高僧などの論文・釈文を引用する。親鸞は「行一念 (13) (14) 73 親鸞思想における「乃至一念」の意義

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釈」直前の自釈でそれらの引用の中の文言を根拠にして自釈を示している。そしてその確かめの上で、親鸞真筆であ る坂東本で「行一念釈」直前で改行をし、行の一念を明らかにしている。 凡そ往相回向の行信に就いて、行に則(ち)一念有り、亦信に一念有り。行の一念と言(ふ)は、謂わく称名の 徧 数 に 就( い ) て 選 択 易 行 の 至 極 を 顕 開 す。 故 に、 『 大 本 』 に 言( は ) く、 仏、 弥 勒 に 語 り た ま は く、 其 れ 彼 の 仏の名号を聞(く)を得て、歓喜踊躍して、乃至一念せむこと有らむ。当に知るべし、此の人は、大利を得とす。 則ち是(れ)無上の功徳を具足するなりと。已上  (『定本』六八─六九頁) 先述したように親鸞は「行一念釈」直前まで、これまで引用されてきた文言を根拠に自釈をしていた。それに対して、 「 行 一 念 釈 」 は、 新 た に『 大 経 』 弥 勒 付 属 の 文 を 引 用 し、 自 釈 の 根 拠 に し て い る。 つ ま り 親 鸞 は「 行 一 念 釈 」 を、 一 度 改 行 し て 区 切 り、 こ れ ま で と は 異 な っ た 視 点 か ら 自 釈 す る こ と を 示 し て い る。 金 子 大 榮 は、 「 行 一 念 釈 」 の 直 前 ま でを「大行そのものの意味内容」を押さえるものと位置づけ、また「已上の叙述に依りて七高僧の釈文に対する親鸞 の領解は、一先づ終を告げたのである」と指摘した上で、 「行一念釈」について以下のように述べる。 それは明かに行実現の直接なる状態を説くものである。一声念仏に於て、大行のあらゆる功徳は領会せらるゝこ とを顕はすものである。  (『金子大榮著作集六巻』三一三頁) 金 子 が こ こ で「 行 一 念 釈 」 を、 「 行 実 現 の 直 接 な る 状 態 を 説 く も の 」 と 指 摘 す る こ と は 重 要 で あ る。 親 鸞 は「 大 行 」 が「大行」たる理由を、行巻で「斯の行は即(ち)是(れ)諸の善法を摂し、諸の徳本を具せり。極速円満す、真如 一実の功徳宝海なり。故に大行と名(づ)く」と述べ、 また『大経』流通分の「一念」を、 『一念多念文意』で「一念 は功徳のきわまり、一念に万徳ことごとくそなわる、よろづの善みなおさまるなり」と受け止めている。つまり大行 (15) (16) (17) (18) (19) 74

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に具わる「功徳宝海」が、衆生に実現する状態を示すのが「功徳のきわまり」の「行の一念」なのである。このこと から金子の指摘のように、行巻「行一念釈」は大「行実現の直接なる状態」を示す箇所といえる。   このような行巻における位置づけの上で、親鸞は「行一念釈」を「凡そ往相回向の行信に就いて、行に則(ち)一 念 有 り、 亦 信 に 一 念 有 り 」 と 始 め る。 親 鸞 は、 こ こ で「 往 相 回 向 の 行 信 」 と 述 べ る よ う に、 第 十 七 願・ 第 十 八 願 成 就に実現する「行信」について、 「行」には「則」ち「一念」があり、 「信」にも「亦」 、「一念」があると示している。 ここで「行」と「信」の「一念」が並列に並んでいるようにも見えるが、親鸞はここで「行」については「則」ちと 接 続 し、 「 信 」 に つ い て は「 亦 」 と 接 続 す る こ と が 注 意 さ れ る。 つ ま り こ れ は「 行 」 に 法「 則 」 と し て「 一 念 」 が あ る な ら ば、 「 信 」 に も ま た( 亦 )「 一 念 」 が あ る と い う「 信 一 念 」 を 成 り 立 た せ る「 行 の 一 念 」 と い う 基 本 的 な 構 造 を示している。それはここで「行の一念」を解釈するといっても、それは「信一念」と別々に存在するものではなく、 衆生に実現する「行信」の「一念」の「行」の側面を明らかにするということである。   こ の よ う な「 行 信 」 に わ た る「 一 念 」 の 基 本 構 造 を 確 か め て か ら、 親 鸞 は 具 体 的 に「 行 の 一 念 」 を、 「 称 名 の 徧 数 に就(い)て選択易行の至極を顕開す」ると確かめていく。先学の中には「信の上の最初の一声の念仏を行の一念と いうのである」とも言うが、冒頭の「往相回向の行信」についての「一念」の説示を踏まえれば、その理解は妥当で は な い。 先 述 し た よ う に、 こ こ で 問 題 と な っ て い る「 行 の 一 念 」 と は、 「 信 一 念 」 を 成 り 立 た せ る「 行 の 一 念 」 で あ る。親鸞は、この「行の一念」を「弥勒付属の一念」とし、それを転釈する中で「一声」とも押さえる。このような ことを思う時、親鸞がここで「行の一念」というのは、諸仏の称名で「名声」となって用き、衆生に「聞其名号」を 実現する「一声」を明かしていると窺えるのである。 (20) (21) (22) (23) 75 親鸞思想における「乃至一念」の意義

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  こ こ で 親 鸞 は、 「 行 の 一 念 」 を「 選 択 易 行 の 至 極 」 と ま で 表 現 し て い る が、 そ の 意 義 を ど の よ う に 捉 え る べ き か。 親鸞が「選択易行」と言及する時には、法然の『選択集』本願章の以下の文が想起されている。 念仏は易きが故に一切に通じ、諸行は難きが故に諸機に通ぜざることを。然れば則ち一切衆生をして、平等に往 生 せ し め ん が 為 に、 難 を 捨 て 易 を 取 り て 本 願 と な し た ま ふ か。 ( 中 略 ) 然 れ ば 則 ち 弥 陀 如 来、 法 蔵 比 丘 の 昔、 平 等 の 慈 悲 に 催 さ れ て、 普 く 一 切 を 摂 せ ん が 為 に、 造 像 起 塔 等 の 諸 行 を 以 て 往 生 の 本 願 と な し た ま は ず、 唯( だ ) 称名念仏の一行を以て、その本願となしたまへり。  (中略筆者『真聖全一』九四四─九四五頁) こ こ で 法 然 は、 法 蔵 比 丘 が 易 行 で あ る「 称 名 念 仏 の 一 行 」 を 本 願 と す る の は、 「 普 く 一 切 を 摂 せ ん 」 と す る「 平 等 の 慈 悲 」 に 基 づ く 選 択 と 明 ら か に し て い る。 つ ま り 親 鸞 が、 「 行 の 一 念 」 を「 選 択 易 行 」 と 示 す の は、 あ ら ゆ る 衆 生 に 通じ、仏道を実現しようとするために「易行」を「選択」したという大悲の精神を顕しているのである。   ま た 筆 者 が、 「 選 択 易 行 」 が「 至 極 」 と ま で 表 現 さ れ る こ と で 注 目 し た い の は、 親 鸞 が『 大 経 』 流 通 分 の 文、 並 び に善導の釈義を引用した後に示される、智昇の『集諸経礼懺儀』の文である。 智昇師の『集諸経礼懺儀』の下巻に云(は)く、深心は即(ち)是(れ)真実の信心なり。自身は是(れ)煩悩 を 具 足 せ る 凡 夫、 善 根 薄 少 に し て、 三 界 に 流 転 し て、 火 宅 を 出 で ず と 信 知 す。 今、 弥 陀 の 本 弘 誓 願 は 名 号 を 称 ( す る ) こ と 下 至 十 声 聞 等 に 及 ぶ ま で、 定( ん ) で 往 生 を 得 し む と 信 知 し て、 一 念 に 至( る ) に 及( ぶ ) ま で 疑 心有(る)こと無し。故に深心と名(づ)くと。已上  (『定本』六九頁) この文は、善導の『往生礼讃』所収のいわゆる二種深信を明らかにするものである。しかし親鸞は、この文をあえて、 智昇の『集諸経礼懺儀』に依って引用している。この文について、先学は「文中に行が述べられていることを特徴と 76

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している」と指摘している。筆者は、 この特徴とされる「行」への言及の中において、 「聞」が示されることに注目し たい。元々の『往生礼讃』では、この箇所は「名号を称すること下至十声一声 等」となっていた。しかし『集諸経礼 懺儀』では、それが「名号を称(する)こと下至十声聞 等」と変更されている。 『六要鈔』は、 「行一念釈」では「一 声」が肝要であるのに、それを引用しないのは誤写と解釈するが、おそらく親鸞は智昇による「聞」への変更に注目 し て 引 用 し た の で あ ろ う。 そ れ は 親 鸞 が『 尊 号 真 像 銘 文 』( 広 本 ) に お い て、 『 観 念 法 門 』 の「 称 我 名 字   下 至 十 声 」 を釈す箇所で、同様の注意を払うことから、その意図が窺える。 「下至十声」といふは、名字をとなえられむことしもとこゑせむものと也、下至といふは十声にあまれるものも、 聞名のものおも往生にもらさずきらはぬことをあらはししめすと也。  (『定親全三』 「和文篇」九五頁) ここで親鸞は「下至」の解釈を明らかにするのに、直接『観念法門』にはない「聞名のもの」という文言を付してい る。親鸞において「聞」とは、 「聞といふは、如来のちかひの御なを信ずとまふす也」とあることや、 「聞はきくとい ふ、 信心をあらわす御のりなり」と述べるように、 「信心」を示すものである。このことから先学には、 「行の一念釈」 における『集諸経礼懺儀』の引用は「行信不二」を示す為との解釈もある。   し か し、 『 尊 号 真 像 銘 文 』 の「 下 至 」 の 解 釈 に、 「 往 生 に も ら さ ず き ら は ぬ こ と を あ ら わ し し め す 」 と あ る こ と か ら、 『 集 諸 経 礼 懺 儀 』 の「 下 至 」 に、 法 蔵 菩 薩 の 精 神 と し て あ ら ゆ る も の を 救 う こ と を 示 し た「 選 択 易 行 」 の 大 悲 の 精神を見出せないだろうか。つまり『集諸経礼懺儀』に「名号を称(する)こと下至十声聞 等」とあるのは念仏を称 えることさえも出来ない、もしくは称える前の「聞名のもの」でさえも「もらさず、きらは」ずに救わんとする大悲 の「至極」を明かす意義として、親鸞が『集諸経礼懺儀』の文を引用しているように思われるのである。それはつま (24) (25) (26) (27) (28) (29) 77 親鸞思想における「乃至一念」の意義

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り具体的には、 『歎異抄』第一章にある以下の文を指すような事態である。 弥陀の誓願不思議にたすけられまひらせて往生をばとぐるなりと信じて、念仏まふさんとおもひたつこゝろのお こるとき、すなはち摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり。  (『定親全四』 「言行篇」三─四頁) つ ま り、 こ こ で い う「 念 仏 ま ふ さ ん と お も ひ た つ こ ゝ ろ 」 と し て 起 こ っ た「 称 名 」 の 心 を、 「 聞 」 の「 称 名 」 と 表 現 しているのである。あらゆる衆生に通じることを課題とした「選択易行」の展開において「聞」を示すことは、衆生 からの能動的な行為を、一切求めずに仏道を実現する「至極」を象徴するといえよう。   親 鸞 は こ の よ う に「 行 の 一 念 」 の「 選 択 易 行 の 至 極 」 の 意 義 を、 『 集 諸 経 礼 懺 儀 』 に 確 か め た の に 続 け て、 『 大 経 』 弥勒付属の文の中のいくつかの言葉を以下のように自釈する。 『 経 』 に 「 乃 至 」 と 言 ひ 『 釈 』 に 下 至 と 曰 へ り 。 乃 下 其 の 言 は 異 な り と 雖 も 、 其 の 意 惟 一 な り 。 復 乃 至 と は 、 一 多 包 容 の 言 な り 。 大 利 と 言 ふ は 、 小 利 に 対 せ る の 言 な り 。 無 上 と 言 ( ふ ) は 、 有 上 に 対 せ る 言 な り 。 信 に 知 ( り ) ぬ 、 大 利 無 上 は 一 乗 真 実 の 利 益 な り 。 小 利 有 上 は 、 則 ( ち ) 是 ( れ ) 八 万 四 千 の 仮 門 な り  (『 定 本 』 六 九 ─ 七 〇 頁 ) こ こ で 親 鸞 は、 『 大 経 』 弥 勒 付 属 の 文 の「 乃 至 」「 大 利 」「 無 上 」 な ど を そ れ ぞ れ 解 釈 し て い る。 こ こ で は「 行 」 の 課 題 に お け る「 乃 至 一 念 」 を「 相 続 」 と の 関 係 で 確 か め る た め に、 親 鸞 が 流 通 分 の「 乃 至 」 を 解 釈 す る 箇 所 に 注 目 す る。まず親鸞は、 『大経』の「乃至」と『釈』の「下至」について、言は異なっても、その意(こころ)は、 「一」で あると述べる。親鸞は、 「下至」に、特に「聞名のもの」までも「もらさず、きらわず」という精神を見ているから、 その意義を「乃至」にも見出していたのである。ちなみに「乃至」 「下至」が、 「其意惟一」とされる解釈は、法然が 『選択集』本願章でほぼ同文に述べることから、この表現は法然の課題を引き継ぐものである。 (30) (31) 78

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  そこから親鸞が更に「乃至」について、 「かさぬ」の意味がある「復」の字で接続し、 法然の文言からは直接に見ら れ な い 独 自 の「 乃 至 と は 一 多 包 容 の 言 」 と 重 ね て 示 す こ と は 注 目 さ れ る。 先 学 が、 こ の「 包 容 」 に つ い て、 「 包 は 物 をつつみこんで容るること」と押さえ、 「容」は「器の中へ物を入れて夫に止まらして外へ出さずにおく」と解釈する こ と を 参 考 に す れ ば、 「 一( 念 )」 の み な ら ず「 多( 念 )」 と い う、 称 名 念 仏 の「 相 続 」 も 全 て「 包 」 み「 容 」 れ て 捨 てない他力の用きを象徴する言として、親鸞は「乃至」を捉えたのである。   そ の「 乃 至 」 に 包 み 容 れ ら れ た「 多 」 の 課 題 は、 「 行 の 一 念 」 に つ い て 解 釈 し た 直 後 の『 安 楽 集 』 の 引 文 に よ っ て 示される。しかしまず注意すべきは、親鸞が『安楽集』の文を引用したすぐ後に示す以下の自釈である。 斯(れ)乃(ち)真実の行を顕す明証なり、誠に知(り)ぬ、選択摂取の本願、超世希有の勝行、円融真妙の正 法、至極無碍の大行なり。知る可しと。  (『定本』七一頁) 親鸞はここで「斯(れ)乃(ち)真実の行を顕す明証なり」と述べる。この表現は、教巻末の「此の顕真実教明証な り」に対応しており、これまで行巻で確かめられてきた真実行を顕す営みを結ぶことが示されている。つまり親鸞は 『 安 楽 集 』 の 文 ま で を 含 め て、 「 真 実 の 行 を 顕 す 明 証 」 や「 至 極 無 碍 の 大 行 」 な ど と し て、 そ の 意 義 を 押 さ え て い る。 こ の こ と か ら、 真 実 行 や 大 行 を 明 ら か に す る 営 み の 中 に『 安 楽 集 』 の 文 は あ り、 そ れ は、 「 乃 至 」 を 通 し て、 「 一 念 」 の大行が実現する直接なる状態と共に「包容」されている課題として受けとめられるのである。親鸞は、ここで『安 楽集』の文を通して、 「多」の内実を具体的に展開する。 『安楽集』に云(は)く、十念相続とは、是(れ)聖者の一(つ)の数の名ならくのみ。即(ち)能く念を積み、 思(い)を凝らして、他事を縁ぜざれば、業道成辯せしめて、便ち罷みぬ。亦、労しく、之を頭数を記せざれと (32) (33) (34) (35) 79 親鸞思想における「乃至一念」の意義

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な り。 又 云( は ) く、 若 し 久 行 の 人 の 念 は 多 く 此( れ ) に 依 る べ し。 若 し 始 行 の 人 の 念 は、 数 を 記 す る 亦 好 し。 此(れ)亦聖教に依るなりと。已上  (『定本』七〇─七一頁) こ こ で ま ず「 十 念 相 続 」 と は、 「 聖 者 」 た る 釈 尊 が 示 し た 一 つ の 数 の 名 で し か な い と 示 し て い る。 ま た 更 に 親 鸞 は、 『安楽集』原文では、 「但能積念」となっていた所を、 「即能積念」に変更し、 「十念相続」とは、 とりもなおさず(即) よ く 称 名「 念 」 仏 を「 積 」 み、 思 い を 凝 ら し て、 他 の こ と に 目 を 向 け な け れ ば、 「 業 道 成 辯 」 す る こ と に あ る と 示 し ている。そしてその上で、わざわざ数を記して称名念仏をしないように、と注意している。   しかし、この『安楽集』 「十念相続」の「数」を記すことなく称名念仏せよとした後に、 「又云(は)く」と続けて、 久しく念仏行をしてきたもの(久行者)は、そのように「多」く、ただひたすらに称名念仏を「積」むべきだが、一 方 で 初 心 者 の 者( 始 行 者 ) は、 数 を 記 し な が ら 称 名 念 仏 す る の も ま た 良 し と し、 そ れ は「 聖 教 」 を 根 拠 に す る と 明 かしている。この『安楽集』の内容は、信巻の「唯除釈」に引かれる、曇鸞の『論註』八番問答の第八問答の内容を 承 け た も の で あ る。 特 に 後 半 の「 始 行 の 人 」 へ の 言 及 は、 『 論 註 』 で「 復 何 ぞ 仮 に 念 の 頭 数 を 知( る ) こ と を 須 い む や。若し必(ず)知(る)ことを須いば、亦方便有り。必(ず)口授を須いよ、之(を)筆點に題(する)ことを得 ざれと」と述べられる「方便」の意義を、 「始行の人」の課題として明らかにした『安楽集』独自の理解である。親鸞 は『安楽集』の「十念相続」という「数」に拘ることなく称名念仏せよということと、曇鸞が「方便」と位置付けた ことを「始行の人」の課題として展開した道綽独自の思索に注目し、この文を引用したと思われる。   ところで、なぜ親鸞は「始行の人」に対する「数」を記す「方便」を展開してまで、称名念仏の「相続」を願うの か。 し か も こ れ は 先 述 し た よ う に「 大 行 」 や「 真 実 行 」 を 明 か す 上 で 重 要 な 意 義 を 持 つ の で あ る。 お そ ら く そ れ は、 (36) (37) (38) 80

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親鸞が第十七願に「方便」の側面を見ることに由来する。親鸞は『御消息集(広本) 』で以下のように述べる。 諸仏称名の願とまふし、諸仏咨嗟の願とまふしさふらふなるは、十方衆生をすゝめんためときこへたり。また十 方 衆 生 の 疑 心 を と ゞ め ん 料 と き こ へ て さ ふ ら ふ。 『 弥 陀 経 』 の 十 方 諸 仏 の 証 誠 の や う に て き こ へ た り。 詮 ず る と ころは、方便の御誓願と信じまひらせさふらふべし。  (『定親全三』 「書簡篇」一五五頁) こ こ で 親 鸞 は「 諸 仏 称 名 の 願 」 に は、 「 十 方 衆 生 を す ゝ め ん た め 」 と、 「 十 方 衆 生 の 疑 心 を と ゞ め ん 」 と い う 二 つ の 意義を明らかにしている。そしてそれは『 (阿)弥陀経』のいわゆる六方段の「十方諸仏の証誠のやう」であるとし、 第十七願を「方便の御誓願と信じまいらせさふらふ」と述べている。つまり親鸞は、この第十七願に、衆生に称名念 仏を「すゝめ」 、また「疑心をとゞめん」という「方便」の側面を見出しているのである。     このことを思えば、親鸞の『安楽集』の「始行の人」に至るまで称名念仏を「相続」せよとする引用の趣旨は、第 十七願を根本として実現する大行・真実行の「方便」の側面を明らかにするものといえよう。親鸞が『御消息集』で、 第 十 七 願 と「 顕 浄 土 方 便 化 身 土 文 類 」 に て 展 開 さ れ る『 ( 阿 ) 弥 陀 経 』 の「 六 方 段 」 の 意 と 重 ね る よ う に、 「 十 方 衆 生」が称名念仏を「相続」することは、私たちが「真実」に出遇うための「方便」を課題とするといえる。   こ こ で 親 鸞 が「 多 」 の 課 題 を 展 開 す る に 当 た っ て、 『 安 楽 集 』 の「 十 念 相 続 」 を 通 し て 明 ら か に す る 理 由 を 窺 っ て み た い。 そ も そ も こ の「 十 念 」 と い う 語 は、 『 大 経 』 の 第 十 八 願 文 と 下 輩 文 の「 乃 至 十 念 」、 ま た『 観 経 』 下 下 品 の 「 具 足 十 念 」 な ど に 基 づ き、 そ れ ら は 浄 土 教 の 伝 統 に お い て、 往 生 の 原 理 を 明 か す 教 言 と し て 非 常 に 重 要 視 さ れ て き た。しかし親鸞は、 『教行信証』で、行信それぞれの「一念」を詳細に論じるが、 「十念」については、自身の言葉で 論 じ て い な い。 し か し い く つ か の 和 語 聖 教 で は、 『 大 経 』 の「 乃 至 十 念 」、 『 観 経 』 の「 具 足 十 念 」 な ど を 次 の よ う に 81 親鸞思想における「乃至一念」の意義

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解釈している。 (引用中の傍線は、筆者が親鸞の十念の解釈で注目すべきと考える所、①②③はその分類を示す) ㈠  『 尊 号 真 像 銘 文 』「 ①「 乃 至 十 念 」 と ま ふ す は、 如 来 の ち か ひ の 名 号 を と な え む こ と を す ゝ め た ま ふ に、 徧 数 の さ だ ま り な き ほ ど を あ ら は し、 時 節 を さ だ め ざ る こ と を 衆 生 に し ら せ む と、 お ぼ し め し て 乃 至 の み こ と を 十念のみなにそえてちかひたまへるなり。 」( 『定親全三』 「和文篇」七四頁) ㈡  『 一 念 多 念 文 意 』「 ① 多 念 を ひ が ご と と と お も ふ ま じ き 事。 本 願 の 文 に、 「 乃 至 十 念 」 と ち か ひ た ま へ り、 す で に 十 念 と ち か ひ た ま へ る に て し る べ し、 一 念 に か ぎ ら ず と い ふ こ と を。 い は む や 乃 至 と ち か ひ た ま へ り、 称 名の徧数さだまらずといふことを。 」( 『定親全三』 「和文篇」一三九頁) ㈢  『 唯 信 鈔 文 意 』「 ①「 乃 至 十 念 若 不 生 者 不 取 正 覚 」 と い ふ は、 選 択 本 願 の 文 な り。 こ の 文 の こ ゝ ろ は、 乃 至 十 念 の み な を と な え む も の、 も し わ が く に に む ま れ ず ば 仏 に な ら じ と、 ち か ひ た ま へ る 本 願 な り。 乃 至 は か み し も と、 お ほ き す く な き、 ち か き と お き、 ひ さ し き お も、 み な お さ む る こ と ば な り。 多 念 に と ゞ ま る こ ゝ ろ を や め、 一 念 に と ゞ ま る こ ゝ ろ を と ゞ め む が た め に、 法 蔵 菩 薩 の 願 じ ま し ま す 御 ち か ひ な り 」( 『 定 親 全 三 』 「 和 文 篇 」 一 八 〇 頁 )「 ② 具 足 十 念 称 南 無 無 量 寿 仏、 称 仏 名 故 於 念 念 中、 除 八 十 億 劫 生 死 之 罪 」 と い ふ は、 五 逆 の 罪 人 は そ の み に つ み を も て る こ と、 と 八 十 憶 劫 の つ み を も て る ゆ へ に、 十 念 南 無 阿 弥 陀 仏 と と な ふ べ し と す ゝ め た ま へ る 御 の り な り。 一 念 に と 八 十 憶 劫 の つ み を け す ま じ き に は あ ら ね ど も、 五 逆 の つ み の お も き ほ ど を し ら せ む が た め な り。 十 念 と い ふ は、 た ゞ く ち に 十 返 と な ふ べ し と な り。 ③ し か れ ば 選 択 本 願 に は、 「 若 我 成 仏 十 方 衆 生、 称 我 名 号 下 至 十 声、 若 不 生 者 不 取 正 覚 」 と ま ふ す は、 弥 陀 の 本 願 は、 と こ ゑ ま で の 衆 生、 みな往生すとしらせむとおぼして十声とのたまへるなり」 (『定親全三』 「和文篇」一八一─一八二頁) 82

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この解釈を概観すると、引用で①②③と示したように、三種類の親鸞の「十念」に関わる解釈があることに気づく。 ①  「称名の時節や徧数にこだわらずに称名念仏せよ」…『大経』 「乃至十念」 ②  「五逆の罪の重さを知るために十念(十声)せよ」…『観経』 「具足十念」 ③  「弥陀の本願は、十念(十声)だけでも必ず往生させる」…善導・法然の解釈 /本願加減の文 こ れ ら 親 鸞 の 三 種 の「 十 念 」 に 関 す る 解 釈 を 踏 ま え れ ば、 『 安 楽 集 』「 十 念 相 続 」 は、 ①『 大 経 』「 乃 至 十 念 」 に 非 常 に近い内容である。特に『尊号真像銘文』の解釈は、 「十念相続」が「乃至十念」の何を承けるのかを明確にする。   親鸞は「乃至十念」の根本的課題として「如来のちかいの名号をとなえむことをすすめ」ることを示している。そ の 中 で、 特 に「 乃 至 」 に、 称 名 念 仏 を 称 え る こ と の「 徧 数 」 と「 時 節 」 の 二 つ を「 さ だ め ざ る 」 こ と を 知 ら せ る 意 義があると示す。このことから『安楽集』 「十念相続」の、数にこだわらずに称名念仏せよというのは、特に「乃至」 の「徧数」を定めずに「如来のちかいの名号をとなえ」よ、という側面を承けて展開していると言える。   し か し、 こ の『 安 楽 集 』「 十 念 相 続 」 の 元 を 尋 ね れ ば、 『 論 註 』 上・ 八 番 問 答 に 出 て く る 曇 鸞 の 造 語 を 承 け て お り、 そ れ は『 観 経 』 の「 具 足 十 念 」 の 課 題 か ら 展 開 さ れ た も の で あ る。 こ れ ら の 関 係 性 を い か に 捉 え る べ き か。 道 綽 は 『安楽集』で「十念相続」という言葉を、 『大経』の第十八願文を『観経』の下下品の経意で照らして解釈する箇所で も用いていた。それを踏まえれば、親鸞は『安楽集』 「十念相続」を、 『大経』 「乃至十念」と『観経』 「具足十念」両 方の課題を包む教言として見出しているのではないだろうか。親鸞が他にも様々に称名念仏すべしとする説示がある 中 で、 あ え て『 安 楽 集 』「 十 念 相 続 」 の 語 を 通 し て、 数 に 拘 ら ず に 称 名 念 仏 を 相 続 せ よ と 示 す の は、 『 大 経 』「 乃 至 十 念 」 と『 観 経 』「 具 足 十 念 」 の 経 言 が 持 つ 両 方 の 課 題 を 見 据 え て い た 為 で あ ろ う。 特 に 第 十 七 願 の 大 行 の「 方 便 」 の (39) (40) 83 親鸞思想における「乃至一念」の意義

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課題は、親鸞の『観経』 「具足十念」の解釈を通せば明らかとなる。   先 引 し た よ う に、 親 鸞 は『 唯 信 鈔 文 意 』 で、 『 観 経 』「 具 足 十 念 」 を、 「 一 念 」 で 罪 が 消 え る の に も 関 わ ら ず、 「 十 念 」 を 求 め る の は、 衆 生 に「 五 逆 の つ み の お も き ほ ど を し ら せ む 」 た め と 示 し て い る。 ま た 親 鸞 は 化 身 土 巻 で、 『 観 経 』 に、 『 阿 弥 陀 経 』 同 様、 「 方 便 」 の 経 の 位 置 づ け を 与 え て い る。 つ ま り『 安 楽 集 』「 十 念 相 続 」 の 文 を 通 し た 第 十七願の「方便」を明らかにする称名念仏の「相続」の根底には、 『観経』 「具足十念」の課題である衆生の五逆の罪 の重きことへの自覚の呼びかけを見据えているのである。もし自らの称名念仏の「相続」それ自体に価値を置き、そ の行為に執着すれば、自力の行に堕し、いはゆる多念義へと陥る。しかしおそらく親鸞は、その危険を承知しながら も、称名念仏の「相続」を求める。それは第十七願の「方便」の課題であり、その根底には、衆生の五逆罪の重きを 知らせんとする呼びかけがあることを、親鸞は『安楽集』 「十念相続」の教言に見出していたのである。   以上のことから、 「行」の課題における「乃至一念」の意義には、 「乃至」に包み容れられた「一念」と「相続」の 二側面がある。 「一念」は、 「選択易行の至極」が「聞名のもの」をも救わんとする法蔵菩薩の大悲の「至極」を明か す側面であり、また「乃至」は、第十七願の「方便」の側面である称名念仏の「相続」を包容する。その称名念仏の 「 相 続 」 の 課 題 は、 道 綽 の『 安 楽 集 』「 十 念 相 続 」 が 持 つ『 大 経 』「 乃 至 十 念 」 と、 『 観 経 』「 具 足 十 念 」 の 二 つ の 内 容 から明らかになった。それは『大経』 「乃至十念」に基づく「徧数」にこだわらずに称名念仏せよという呼びかけと、 その根底にある『観経』 「具足十念」の「五逆のつみのおもきほどをしらせむ」とする呼びかけであった。   このように「行」の課題における「乃至一念」から展開される「相続」の課題は、衆生の罪の問題に通底している こ と が 窺 え る。 衆 生 に お け る 罪 の 課 題 は、 『 教 行 信 証 』 で は、 信 巻 末「 唯 除 釈 」 に 主 題 的 に 示 さ れ て い る。 そ の 視 点 84

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を持ちながら、次に「信」の課題における「乃至一念」の意義を、 「相続」への展開を踏まえて確かめる。

  「信」の課題における「乃至一念」の意義

    

─「相続」への展開を踏まえて─

  こ こ で は「 信 」 の 課 題 の 中 で 引 用 さ れ る 第 十 八 願 成 就 文 の「 乃 至 一 念 」 の 意 義 を、 「 相 続 」 へ の 展 開 を 踏 ま え て 考 察する。まず親鸞が「信一念釈」をどのように明らかにしているかを確かめる。 夫(れ)真実信楽を按ずるに、信楽に一念有り。一念は斯れ信楽開発の時剋の極促を顕し、広大難思の慶心を彰 す也。是を以て『大経』に言(は)く、諸有衆生、其の名号を聞きて信心歓喜せむこと乃至一念せむ。至心回向 したまへり。彼の国に生(まれむ)と願ずれば、即(ち)往生を得。不退転に住せむと。  (『定本』一三六─一三七頁) こ こ で 親 鸞 は、 如 来 の「 真 実 信 楽 」 を「 按 」 じ れ ば、 そ の「 信 楽 に 一 念 」 が あ る と 示 し て い る。 そ し て そ の「 一 念 」 は「 信 楽 開 発 の 時 剋 の 極 促 」 を「 顕 」 し、 「 広 大 難 思 の 慶 心 」 を「 彰 」 す と い う 二 側 面 か ら 示 し て、 そ の 引 証 に「 唯 除」の文を省いた第十八願成就文を引用している。   ここで親鸞は、まずその信楽の一念を、 「信楽開発の時剋の極促」を「顕」すと押さえる。親鸞は『尊号真像銘文』 で「 促 」 を、 「 奢 」 と 対 応 さ せ な が ら「 促 は と き こ こ ろ 」 と 解 釈 す る か ら、 こ の「 一 念 」 は、 衆 生 に 如 来 の 心 で あ る 「 信 楽 」 が「 開 」 き「 発 」 る「 時 剋( 時 間 )」 が、 極 め て 速 い こ と( 極 促 ) を「 顕 」 し て い る。 ま た こ の「 一 念 」 は、 (41) 85 親鸞思想における「乃至一念」の意義

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信巻末「唯除釈」に引用される『論註』八番問答・第七問答の以下の文を承けている。 問 ( う て ) 曰 ( く )。 幾 ば く の 時 を か 名 ( づ け ) て 一 念 と す る や 。 答 ( え て ) 曰 ( く ) 百 一 の 生 滅 を 一 刹 那 と 名 ( づ)く 、六 十の 刹 那 を 名 ( づ け ) て 、 一 念 と な す 。こ の 中 に 念 ( と )云 ( ふ ) は 、此の 時 節 を 取 ら ざ る な り 。 但 ( だ ) 阿 弥 陀 仏 を 憶 念 し て 、若 ( し ) は 総 相 、若 ( し ) は 別 相 、所 観の 縁 に 随 ( い ) て 、心に 他 想 無 く し て 十 念 相 続 す る を 名 ( づ け ) て 十 念 と す と 言 ふ な り 。 但 し 名 号 を 称 ( す る ) こ と も 亦 復 是 の 如 し 。  (『 定 本 』 一 八 八 頁 ) こ こ で 曇 鸞 は、 「 六 十 の 刹 那 」 を「 一 念 」 と す る と 述 べ る が、 今 問 題 と し て い る「 念 」 は、 こ の よ う な 時 計 で 計 測 さ れ る よ う な 単 位 の「 一 念 」 で は な い と 示 し、 「 念 」 は 阿 弥 陀 仏 を「 憶 念 」 す る こ と と す る。 つ ま り「 信 一 念 釈 」 で 「 一 念 」 が「 時 剋 の 極 促 」 を「 顕 」 す と さ れ る こ と は、 『 論 註 』 で 示 さ れ る よ う に 時 計 的 な 速 さ を 超 え た 信 楽 開 発 の 「憶念」の「時」の「極促」性を示すものなのである。   また親鸞は続けて、信楽の一念を「広大難思の慶心を彰す」とする。親鸞はこの「慶心」を、直接に本願成就文に 出てくるものではない為か、 「内ニアラハス」という意味を持つ「彰」の字で、 その意義を示している。それは信巻に も引用される曇鸞の『讃阿弥陀仏偈』の本願成就文の解釈に依るものである。 『 讃 阿 弥 陀 仏 偈 』( に ) 曰( は く )、 曇 鸞 和 尚 造 也、 諸 も の、 阿 弥 陀 の 徳 号 を 聞( き ) て、 信 心 歓 喜 し て 聞 く 所 を 慶ばむこと、乃し一念に曁ぶまでせむ。至心の者回向したまへり。生(まれむ)と願ずれば、皆往を得しむ。唯 (だ)五逆と謗正法とおば除く。故に我頂礼して往生を願ずと。   (『定本』一〇一頁) 親鸞は、曇鸞がここで第十八願成就文を解釈するに当たって「信心歓喜して聞く所を慶ばんこと、乃し一念に曁ぶま で せ む 」 と 述 べ た こ と に 注 目 し た の で あ ろ う。 特 に 親 鸞 が 信 楽 の 一 念 を「 慶 心 」 と 示 す こ と は、 『 一 念 多 念 文 意 』 で (42) 86

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「 慶 は う べ き こ と を え て の ち に よ ろ こ ぶ こ ゝ ろ な り、 楽 は た の し む こ ゝ ろ な り、 こ れ は 正 定 聚 の く ら ゐ を う る か た ち をあらわすなり」と解釈することに通じている。つまり、経文に直接あらわれていないが、信楽の一念に実現する内 容として、ここで「正定聚のくらいをうる」と親鸞が明確に押さえたのである。またそれは「信一念釈」の中で示さ れる現生十種の益の中でも第十番目に示される「正定聚に入る益」と信楽の一念の関係が深いことを示している。   親 鸞 は こ の よ う に 信 楽 の 一 念 に は、 「 信 楽 開 発 の 時 剋 の 極 促 」 と「 広 大 難 思 の 慶 心 」 と い う 二 側 面 が あ る こ と を 示 している。それでは、親鸞は第十八願成就文の「乃至」をどのように確かめるのだろうか。 言 二乃至 ト 一 ハ 摂 スル 二多少之言  (『定本』一三八頁) 親 鸞 の 真 筆 で あ る 坂 東 本 に は、 こ の 箇 所 に 特 徴 的 な 訓 点 が 振 ら れ て い る。 高 田 専 修 寺 本 で は「 言 二 至 ト 一 ス ル 二 少 ヲ 一 言 ハ 也 」 と さ れ て お り、 先 学 は、 こ の 坂 東 本 の 訓 読 を「 不 可 」 と 退 け た り、 高 田 本 の 訓 み 方 で 考 察 す る こ と が 多 い。しかし流布本である寛文本・尊連書写本(共に大谷大学図書館蔵)や西本願寺本でも坂東本と同じ訓読をしてお り、筆者はこの訓読に、親鸞の意図がないとは思えない。親鸞は「多少之言を摂する」という表現で何を明らかにし よ う と す る の で あ ろ う か。 先 学 は、 「 言 」 が 上 に く る「 言 南 無 者 」 な ど と 区 別 し て、 親 鸞 が「 ○ ○ 之 言 」 と す る 時 に は、 「おほせ(仰せ) 」というような重要な意義があると指摘する。つまりこの解釈を踏まえれば、親鸞が「乃至」の 解釈をする上で「多少之言」に、 「多少のおほせ(仰せ) 」という意味を見出していたといえる。   そこで次に問題となるのは「多少」が何を指すのかということである。多くの先学は、この「多少」を「称名のこ と」と解釈する。しかし、 「行一念釈」では「乃至」を「一多包容の言」と解釈すること、 また『一念多念文意』でも、 『大経』流通分の「乃至」と、 第十八願成就文の「乃至」とは厳密に使い分けられているので、 筆者には単に「称名の (43) (44) (45) (46) (47) (48) 87 親鸞思想における「乃至一念」の意義

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こ と 」 と い う 側 面 の み で は 受 け 取 れ な い。 先 述 し た よ う に、 親 鸞 の「 十 念 」 に 関 わ る 和 語 聖 教 の 解 釈 の 中 で「 乃 至 」 は、称名念仏の「徧数」と「時節」を定めないことを「しらせむ」とする二つの意義があった。   おそらく親鸞がここで「多少之言」という表現を取るのは、信楽の一念を「時剋の極促」を「顕」すものとしたよ うに、 「乃至」にも「時節」の側面があることを強調するためであろう。一般的な感覚では、 「多少」に「時節」の意 義 を 見 出 し づ ら い が、 そ れ は 次 に 引 用 す る『 論 註 』 八 番 問 答 の 第 六 問 答 を 踏 ま え た 解 釈 で あ る。 こ の 第 六 問 答 で は、 『業道経』に示される「重き者先づ牽く」という道理と、 『観経』の「具足十念」の軽重の問題から起こされる。それ に対して、曇鸞は以下のように答える。 答( え て ) 曰( わ く )、 汝、 五 逆・ 十 悪・ 繋 業 等 を 重 と し、 下 下 品 の 人 の 十 念 を 以 て 軽 と し て、 罪 の 為 に 牽 か れ て先ず地獄に堕して、三界に繋在すべしと謂わば、今当に義を以て軽重の義を校量すべし。心に在り、縁に在り、 決定に在り、時節の久近・多少 に在るにはあ(ら)不る也   (『定本』一八七頁) こ こ で 曇 鸞 は 繋 業 と 十 念 の 軽 重 を 衆 生 の 行 為 に 基 づ い て 判 断 す る の で は な く、 「 義 」 か ら「 校 量 」 す べ き と 述 べ る。 そして「十念」の義は、在心・在縁・在決定にあり、 「時節の久近・多少」にはないと明かしている。   親 鸞 が「 乃 至 」 を「 多 少 之 言 を 摂 す る 」 と す る の は、 『 論 註 』 の「 時 節 の 久 近 多 少 に 在 る に は あ( ら ) 不 る 」 を 承 けるのであろう。曇鸞は否定的に「時節の久近・多少」で「校量」すべきでないとした。しかし親鸞は、 乃至は、おほきおも、すくなきおも、ひさしきおも、ちかきおも、さきおも、のちおも、みなかねおさむること ばなり。一念といふは、信心をうるときのきわまりをあらわすことばなり。  (『定親全三』 「和文篇」一二六─一二七頁) (49) (50) 88

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と『一念多念文意』で述べるように、多少(おおき・すくなき) ・久近(ひさしき・ちかき) ・先後(さき・のち)と いう衆生におけるあらゆる「時」の概念の中で「多少」を示し、それらを皆、摂め取ることを明かす「ことば」とし て「乃至」を受け止めている。このことから、親鸞が坂東本・信巻で「乃至」を解釈する中で示した「多少之言」は、 ここで「多少」 「久近」 「先後」と表現された、専修念仏者に課題となる、あらゆる「時」の在り方を収める仰せの意 義が窺えるのである。以上のことから、 「信」の課題としてある第十八願成就文の「乃至一念」は、あらゆる「時節」 を「摂」する「乃至」を伴った、 「一念」の「信心をうるときのきわまり」の「時」を明らかにするのである。   さ て、 こ の「 乃 至 一 念 」 の「 時 」 は、 「 相 続 」 と ど の よ う に 関 係 す る の で あ ろ う か。 こ こ で 一 つ 注 目 さ れ る の が、 「 信 一 念 釈 」 に 引 用 さ れ る 本 願 成 就 文 に「 唯 除 」 の 文 が 省 か れ る こ と で あ る。 親 鸞 は 基 本 的 に、 本 願 文 の み な ら ず 本 願成就文でも「唯除」の文を含めて引用しており、本願が成就しても失われることのない「唯除」の課題を見出して い た。 ま た 筆 者 が 先 に 注 目 し た「 十 念 相 続 」 も、 信 巻「 唯 除 釈 」『 論 註 』 八 番 問 答 で 示 さ れ て い る。 こ れ ら の こ と か ら「一念」と「唯除」の関係を考察することで、本願成就の「時」である「乃至一念」後の「相続」の課題を窺える と思われる。親鸞は、本願文の「唯除」の文を、 『尊号真像銘文』で以下のように釈している。 「 唯 除 五 逆 誹 謗 正 法 」 と い ふ は、 唯 除 と い ふ は た ゞ の ぞ く と い う こ と ば 也、 五 逆 の つ み び と を き ら い、 誹 謗 の お もきとがをしらせむと也。このふたつのつみのおもきことをしめして、十方一切の衆生みなもれず往生すべしと しらせむとなり。   (『定親全三』 「和文篇」七五─七六頁) ここには主として二つの要素がある。つまり①「五逆のつみびとをきらい、誹謗のおもきとがをしらせむ」というこ とと、②「十方一切の衆生みなもれず往生すべしとしらせむ」と、二つを「しらせむ」とする本願からの呼びかけで (51) 89 親鸞思想における「乃至一念」の意義

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ある。先学は、衆生に本願が成就することを明かす「信一念釈」に「唯除」の文が引用されない理由に、信巻「難治 の機」釈を説く『涅槃経』引用後の次の自釈との呼応関係をあげている。 是 を 以 て 今 大 聖 の 真 説 に 拠 る に 難 化 の 三 機、 難 治 の 三 病 は 大 悲 の 弘 誓 を 憑 み、 利 他 の 信 海 に 帰 す れ ば、 斯( れ ) を 矜 哀 し て 治 す、 斯( れ ) を 憐 憫 し て 療 し た ま ふ。 喩 へ ば 醍 醐 の 妙 薬 の 一 切 の 病 を 療 す る が 如 し、 濁 世 の 庶 類、 穢悪の群生、金剛不壊の真心を求念す応し。本願醍醐の妙薬を執持すべきと也と、知る応し。  (『定本』一八三─一八四頁) この文は、確かに逆謗闡提の機である難治の機が、 「大悲の弘誓を憑」むことによって治療されることを示している。 このことから、本願が「乃至一念」に「成就」することを明かす「信一念釈」において、親鸞が「唯除」の文を省略 す る 理 由 の 一 端 を 見 出 す こ と が 出 来 る だ ろ う。 こ れ は お そ ら く『 尊 号 真 像 銘 文 』 の 本 願 文「 唯 除 」 の 解 釈 で あ る ② 「十方一切衆生みなもれず往生すべしとしらせん」ことが、 「乃至一念」に成就したことを明かすものと見える。   しかし、この受け止めのみでは、善導・法然の伝統で、ほとんどの場合、採用されない「唯除」の文を、本願文の みならず本願成就文に至るまで、あえて引用する親鸞の意図が明確になるとは思えない。それは①「五逆のつみびと をきらい、誹謗のおもきとがをしらせん」とする本願からの厳しい呼びかけと、信楽の一念がどのように関係するの かという問題である。その確かめは、先学が「信の一念の光景」と指摘する、信巻・悲歎述懐の文に顕れている。 誠(に)知(りぬ) 、悲(しき)哉、愚禿鸞、愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑して、定聚の数に入(る) ことを喜ばず、真証の証に近(づ)くことを快しまざることを、恥ず可し、傷む可しと、と。夫れ仏、難治の機 を説(き)て、 『涅槃経』に言わく、   (『定本』一五三頁) (52) (53) 90

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この文は、親鸞が仏弟子の表明である「釈」を入れずに「愚禿鸞」と表明するように、仏弟子を名乗ることなど出来 な い と い う 親 鸞 の 痛 烈 な 自 己 の 罪 障 性 へ の 歎 き が あ ら わ さ れ て い る。 筆 者 が こ こ で 注 目 し た い の は、 「 定 聚 の 数 に 入 ることを喜ばず、真証の証に近づくことを快しまざることを、恥ずべし、傷むべし」という文言である。この悲歎述 懐 の 文 は、 自 分 自 身 で 起 こ す い わ ゆ る 自 己 反 省 と い っ た 次 元 の 悲 歎 の 表 白 で は な い。 こ こ に「 定 聚 の 数 に 入 る こ と 」 「真証の証に近づくこと」とあるように、親鸞に「定聚の数に入る」 「真証の証に近づく」ことが確かに「成就」して い る か ら こ そ、 そ れ を「 喜 ば ず 」「 快 し ま ざ る 」 と い う 悲 歎 で あ る。 つ ま り こ の 悲 歎 述 懐 の 文 は、 親 鸞 が 信 楽 の 一 念 で「慶心」として示した「正定聚のくらいをうる」ことを「不喜」 「不快」なる機の表白なのである。   そ し て こ の 悲 歎 述 懐 の 文 に 続 け て、 親 鸞 が「 夫 れ 仏、 難 治 の 機 を 説 き て、 『 涅 槃 経 』 に 言 わ く 」 と 述 べ る よ う に、 悲歎の自覚を「夫れ」と承けて、次なる『涅槃経』の引文群である「難治の機」釈が展開される。更に、 「難治の機」 釈を終えてからも、また「夫れ」と承けて、以下の「唯除釈」は示されている。 夫 れ 諸 大 乗 に 拠 る に、 難 化 の 機 を 説 け り。 今、 『 大 経 』 に は 唯 除 五 逆 誹 謗 正 法 と 言 ひ、 或( い ) は 唯 除 造 無 間 悪 業誹謗正法及諸聖人と言へり。 『観経』には五逆の往生を明(か)して謗法を説(か)ず。 『涅槃経』には、難治 の機と病とを説けり。斯れ等の真教云何が思量せむ邪。報へて噵はく、 『論の註』に曰く  (『定本』一八四頁) 親 鸞 は、 こ こ で『 大 経 』 に は 五 逆・ 誹 謗 正 法 の 者 は、 そ の 救 済 か ら 除 か れ る が、 『 観 経 』 で は 五 逆 の 者 が 救 わ れ る と い う『 大 経 』『 観 経 』 の 教 説 の 矛 盾 に つ い て 問 い を 起 こ し て い る。 そ し て『 大 経 』 と『 観 経 』 の 課 題 に、 更 に『 涅 槃 経 』「 難 治 の 機 と 病 」 も 加 え て 三 経 の 問 答 と し、 こ の 問 い に「 報 へ 」 る も の と し て、 「 十 念 相 続 」 の 課 題 も 展 開 す る 『 論 註 』 八 番 問 答 を 引 用 す る。 こ こ で、 後 の『 論 註 』 等 の 引 用 に 直 接 関 係 し な い『 涅 槃 経 』 の「 難 治 の 機 」 の 課 題 も (54) (55) (56) 91 親鸞思想における「乃至一念」の意義

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含めて自釈を示すことから、この冒頭の「夫れ」とは、明確に「難治の機」釈の『涅槃経』引文群を承けることがわ か る。 先 述 し た よ う に、 「 難 治 の 機 」 釈 の『 涅 槃 経 』 引 文 群 は、 信 楽 の 一 念 の「 慶 心 」 を「 不 喜 」 な る 自 覚 で あ る 悲 歎述懐の文を承けている。つまり、信巻「唯除釈」が展開されてくる最も根源には、信楽の一念の「時」に実現する 「慶心」を承けた「悲歎」があるのである。   このようなことから、 「相続」への展開を踏まえた時に見出される「信」の課題における「乃至一念」の意義とは、 衆生の痛ましい現実に本願が呼びかける「唯除五逆誹謗正法」が、衆生の「乃至一念」に自覚され、その上で、更に 信巻「唯除釈」として展開される、根源の「時」と位置付けることができるだろう。

むすびにかえて

  親 鸞 思 想 に お け る「 一 念 」 と「 相 続 」 の 課 題 は、 従 来「 信 心 正 因   称 名 報 恩 」 と い う 視 点 か ら 語 ら れ る こ と が 多 かった。しかし念仏者における「一念」が「相続」へと展開しなければならない必然性や、その「相続」の内実は必 ずしも明らかになっていなかった。それは親鸞が、 「行」と「信」に「一念」を分けたことが重視されて、 「相続」に お い て は そ の 視 点 が 十 分 で な か っ た た め で あ ろ う。 本 論 で、 選 択 本 願 の 行 信 そ れ ぞ れ の「 一 念 」 を、 「 乃 至 一 念 」 と して「相続」への展開を窺った時に、共通して見出されたのは、衆生の痛ましい現実の実相であった。   「行」の「相続」は、 「乃至」に「包容」された「多」と示されており、その具体的な内容は『安楽集』 「十念相続」 の 引 用 を 通 し て、 『 大 経 』「 乃 至 十 念 」 と、 『 観 経 』「 具 足 十 念 」 の 二 側 面 か ら 確 か め ら れ た。 そ れ は『 大 経 』「 乃 至 十 92

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念」を基にした「徧数」にとらわれることなく称名念仏せよという呼びかけであり、更にその根底には、 『観経』 「具 足十念」の「五逆のつみのおもきほどをしらせむ」とする呼びかけがあった。   そ れ に 対 し て「 信 」 の「 相 続 」 は、 あ ら ゆ る「 時 節 」( 多 少 之 言 ) を「 摂 」 す る「 乃 至 」 と、 そ の「 乃 至 」 を 伴 な う「 一 念 」 の「 時 」 の 極 ま り を 根 源 と し て い た。 そ の 具 体 的 な 内 容 は、 「 乃 至 一 念 」 の「 時 」 に 実 現 す る「 慶 心 」 を 「不喜」なる「悲歎」が、衆生に「唯除五逆誹謗正法」の課題を展開するという信巻の構造があった。ここに親鸞は、 専修念仏者が「乃至一念」の本願成就の後に、どのようにその生涯を退転せずに生きるかという「相続」の課題へと 展 開 し な け れ ば な ら な か っ た「 機 」 の 実 相 を 見 据 え て い た と い え る。 「 乃 至 十 念 」 を 誓 う 本 願 文 の み な ら ず、 本 願 成 就文でも「唯除五逆誹謗正法」の経言を受けとめなければならなかった親鸞の課題はここにある。   以 上 の こ と か ら、 親 鸞 思 想 に お け る「 乃 至 一 念 」 の 意 義 は、 衆 生 の 実 相 を 見 据 え た 時 に、 「 相 続 」 へ と 展 開 し な け ればならなかった教言と受け止めることが出来るのである。   本 論 で は、 衆 生 の「 五 逆 」「 誹 謗 正 法 」 の そ れ ぞ れ の 罪 の あ り 方 と、 「 相 続 」 と の 関 係 を 窺 う こ と は 出 来 な か っ た。 信 巻「 唯 除 釈 」『 論 註 』 で は、 「 五 逆 罪 」 の 根 底 に「 誹 謗 正 法 」 が 示 さ れ、 ま た 信 巻 は『 往 生 拾 因 』 か ら の「 誹 謗 正 法 」 を 含 ん だ「 大 乗 の 五 逆 」 の 引 用 で 終 え ら れ る。 す で に 先 学 に よ っ て、 「 唯 除 」 の 問 題 は、 第 二 十 願 と の 関 わ り が 指摘されている。本論で提示した「行」の「相続」と「五逆」の関係性も、 「大行」の「方便」の側面を課題とし、 そ れは「方便」の経である『阿弥陀経』の六方段と重なるものであった。この「行信」それぞれの「乃至一念」と「相 続」の関係は、 「選択本願の行信」を課題とする行巻・信巻と、 「方便の行信」を課題とする化身土巻との関係性を窺 う上で重要な視点となる。今後の課題としたい。 (57) 93 親鸞思想における「乃至一念」の意義

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註   本 論 で は、 親 鸞 が「 相 続 」 に「 ア ヒ ツ グ 」( 『 西 方 指 南 抄 』『 定 親 全 五 』 一 九 五 頁 な ど ) と 左 訓 す る こ と か ら、 「 遺 産 相 続 」 な ど の「 相 続( 先 代 に 代 っ て 家 や 財 産 な ど を 受 け 継 ぐ こ と )」 (『 角 川 古 語 大 辞 典 』「 第 二 巻 」 六 二 六 頁 ) と 区 別 し て、 「 相 次 ぐ (物事を続けて行うこと) 」(同上)という意味で「相続」を用いる。   『定親全五』二八四頁   『定本』八四頁   『浄土三経往生文類』広本『定親全三』 「和文篇」二二頁   『定親全四』 「言行篇」一一九頁   同右一〇七頁   同右一〇九頁   同右一一頁   『定親全六』 「写伝篇( 2)」九四頁   『定親全三』 「書簡篇」一九六頁     『 恵 信 尼 消 息 』 原 文( 『 定 親 全 三 』「 書 簡 篇 」 一 九 六 頁 ) で は「 じ り き の し ん 」 と な っ て お り、 「 自 力 の 心 」 か「 自 力 の 信 」 か は決定できない。先の引用は、 『聖典』で使用されている漢字に拠っている。   『定親全五』二七〇頁   『 聖 典 』 で は 親 鸞 が 信 巻 末 の「 唯 除 五 逆 誹 謗 正 法 」 に つ い て 言 及 す る 箇 所 を「 逆 謗 摂 不 の 問 答 」 と 呼 称 す る。 し か し 先 学 が、 信巻末で既に『涅槃経』の阿闍世の救いが本願力によってもたらされることを示しており( 『定本』一八三─一八四頁) 、五逆 と 誹 謗 正 法 の 者 が 救 わ れ る か 否 か を 論 じ て い る 箇 所 で は な い と 指 摘 す る。 ( 難 波 教 行「 本 願 の 仏 道 に お け る 唯 除 五 逆 誹 謗 正 法 の意義」学位請求論文   一〇五頁参照)そのため、本論では同箇所を「唯除釈」と呼称する。   『定本』一七頁   親鸞は龍樹の「心多歓喜」 「即時入必定」や、 『五会法事讃』 「念仏成仏是真宗」などを承けて自釈を示す。 (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12) (13) (14) (15) 94

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  『金子大榮著作集第六巻』 (法蔵館   一九八一年)三一三頁   同右   『定本』一七頁   『定親全三』 「和文篇」一三七頁   曽 我 量 深 は「 行 と 信 と を 互 角 に 扱 っ て あ る け れ ど も、 行 の 方 に は「 則 ち 」 と い わ れ、 信 の 方 は「 亦 」 と 仰 せ ら れ て あ る。 こ れは行の一念ということがあるから、亦信の一念も成立するのであって、行の一念なくして信の一念というものはないのであ る。 行 の 一 念 を 拠 り 所 と し て、 初 め て 信 の 一 念 が 成 立 す る。 」 と 指 摘 し て い る。 『 曽 我 量 深 選 集 第 八 巻 』( 彌 生 書 房   一 九 七 一 年)三四〇頁   山辺習学・赤沼智善『教行信証講義─教行巻─』 (法蔵館   一九四一年)三八五頁   『定本』七〇頁   親鸞は諸仏称名の願の引用に続けて、重誓偈を引用し、諸仏称名で「名声」となると明かす。 (『定本』一八頁)   廣瀬惺『 『顕浄土真実行文類』講讃』 (東本願寺出版部   二〇一四年)一九七頁   『真聖全一』六四九頁   『六要鈔』 『教行信証講義集成─教行Ⅲ─』 (法蔵館   一九七五年)三六四頁取意   『尊号真像銘文』 『定親全三』 「和文篇」七六頁   『唯信鈔文意』 「専修寺本」 『定親全三』 「和文篇」一六四頁   星野元豊『講解教行信証─教行の巻─』三四八頁参照   これまでは廣瀬惺『 『顕浄土真実行文類』講讃』 (一九三─二〇〇頁)の解釈に依って多くを展開している。   『真聖全一』九四六頁   『唯信鈔文意』 「専修寺本」 『定親全三』 「和文篇」一七三頁   『教行信証講義集成─教行Ⅲ─』三八四頁   同右 (33)(32)(31)(30)(29)(28)(27)(26)(25)(24)(23)(22)(21) (20)(19)(18)(17)(16) (34) 95 親鸞思想における「乃至一念」の意義

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