Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College,
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Title
「顎骨疾患プロジェクトからの情報発信」10.遺伝疾
患における遺伝子治療:低ホスファターゼ症の酵素補充
遺伝子治療
Author(s)
笠原, 正貴; 高橋, 有希; 新谷, 誠康; 東, 俊文
Journal
歯科学報, 119(6): 469-474
URL
http://doi.org/10.15041/tdcgakuho.119.469
Right
Description
はじめに
「顎骨疾患プロジェクトからの情報発信」は,本
号で10回目となる。本稿では,東京歯科大学生化学
講座・東 俊文教授をラボリーダーとする「分子・
細胞ラボ」より「遺伝子治療」の概説を行うととも
に,我々の取り組みの中の1つ,先天性遺伝疾患の
1つである「低ホスファターゼ症」の研究について
紹介する。
1.遺伝子治療
遺伝子治療とは,疾病の治療を目的として遺伝子
または遺伝子を導入した細胞を患者の体内に投与す
る治療法である
1)(図1)。その対象は,重篤な遺伝
疾患や,がんなどの生命を脅かす疾患,または身体
機能を著しく損なう疾患である。
世界で初めての遺伝子治療は,アデノシンデアミ
ナーゼ(ADA)欠損症に対して米国で行われた
2)(図
2)。ADA 欠損症は,常染色体劣性遺伝の原発性
免 疫 不 全 症 で あ る。ADA 遺 伝 子(20番 染 色 体 q
13.
11)の変異による ADA 欠損が病因で,蓄積する
代謝産物が主に免疫細胞,特に未熟な T 細胞に対
して細胞毒として働き,進行性に免疫不全を引き起
こす。その病態は,生後間もなくから発症する重篤
な易感染性,リンパ球減少,低ガンマグロブリン血
症などを主徴とする重症複合免疫不全症(SCID)で
ある。ADA 欠損症は全 SCID の約15%を占め,X
連鎖重症複合免疫不全症(X-SCID)に次いで2番目
に多い疾患である。また,常染色体劣性型の SCID
のうち約1/3を占める。1990年,NIH のグループ
が酵素補充療法と併用しながらレトロウイルスベク
ターを用い,末梢血 T 細胞を標的として本疾患患
歯学の進歩・現状
「顎骨疾患プロジェクトからの情報発信」
10.遺伝疾患における遺伝子治療:
低ホスファターゼ症の酵素補充遺伝子治療
笠原正貴
1)2)3)高橋有希
1)2)3)新谷誠康
1)2)4)東 俊文
1)2)5) キーワード:私立大学研究ブランディング事業,顎骨疾患 プロジェクト,遺伝子治療,低ホスファター ゼ症 1)東京歯科大学口腔科学研究センター 2)東京歯科大学研究ブランディング事業 3)東京歯科大学薬理学講座 4)東京歯科大学小児歯科学講座 5)東京歯科大学生化学講座 (2019年9月12日受付,2019年10月7日受理) http : //doi.org/10.15041/tdcgakuho.119.469 連絡先:〒101‐0061 東京都千代田区神田三崎町2−9−18 東京歯科大学薬理学講座 笠原正貴 Masataka KASAHARA1)2)3),Aki NAKAMURA-TAKAHASHI1)2)3),
Seikou SHINTANI1)2)4),Toshifumi AZUMA1)2)5) : Report
from the Jaw Bone Disease Project 10 : Gene therapy of hypophosphatasia(1)Oral Health Science Center, Tokyo
Dental College,2)Tokyo Dental College Research
Brand-ing Project,3)Department of Pharmacology, Tokyo Dental
College,4)Department of Pediatric Dentistry, Tokyo
Den-tal College,5)Department of Biochemistry, Tokyo Dental
College)
図1 遺伝子治療
469
者に遺伝子治療を実施した
2)。本邦でも北海道大学
で,ADA 欠 損 症 に 対 し て 遺 伝 子 治 療 が 行 わ れ
た
3)。しかしながら,いずれも顕著な治療効果は認
められなかった。
遺伝子治療の初めての成功例は,仏国のネッカー
小児病院・小児免疫科のグループが X-SCID 患者に
行った症例である
4)。X-SCID は,X 連鎖性劣性遺
伝の原発性複合免疫不全症で,IL2RG 遺伝子(X 染
色体 q13.
1)の変異による共通
γ 鎖を介するシグナ
ル伝達不全が病因である。本疾患は,B 細胞の成
熟,T 細胞・NK 細胞への分化,抗体産生能に障害
が生じ,重篤な免疫不全となる。1990年に米国で行
われた世界初の遺伝子治療は,患者の体内から取り
出したリンパ球に正常遺伝子を導入し,繰り返し投
与する方法であったのに対し,X-SCID 患者に行っ
た遺伝子治療では,患者の骨髄造血幹細胞を取り出
したのち,レトロウイルスベクターを用いて,正常
遺伝子を導入してから患者に投与する方法であっ
た。この方法は,1回の投与でも造血幹細胞が正常
機能を回復したリンパ球を継続的に作り出せるため
に,患者は 長 期 に わ た っ て 免 疫 機 能 を 回 復 で き
た
4)。この成功例から,遺伝子導入する細胞と遺伝
子導入用ベクターを追求することで,遺伝子治療は
次世代の医療となり得ることが期待された。しかし
ながら,X-SCID 遺伝子治療後に白血病を発症した
重篤な副作用例が報告された
5,6)。そのため,遺伝子
治療の臨床研究はしばらく停滞を余儀なくされた。
停滞していた臨床研究は2009年に,レンチウイル
スベクターを用いた副腎白質ジストロフィーに対し
て行われた遺伝子治療の報告
7)で,再び注目される
ことになる。その後,新たな研究の方向性の1つと
して,アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用い
た遺伝子治療研究が活性化してきた。AAV ベク
ターによる初めての遺伝子治療は,血友病 B に対
して行われた
8)。この治療では,AAV ベクターを
静 脈 内 投 与 し て 行 わ れ た。そ の 結 果,患 者6名
中,4名で凝固因子の投与が中止でき,2名におい
ても,その投与回数を減らすことができた
8)。
以上の様に,現在までに遺伝子治療には数種の治
療用ベクターが用いられている。それらの特徴を図
3にまとめた。ベクターとは,ラテン語の「運び
屋」を語源とする用語である。ウイルスには,感染
した細胞に自己の遺伝子を導入して,宿主細胞の機
能を利用することで増殖する性質がある。この性質
を利用して遺伝子治療が行われる。すなわち,ウイ
ルスを「運び屋」として治療に必要な遺伝子を宿主
細胞に導入することで,治療遺伝子を自己の細胞で
発現させることが遺伝子治療である。AAV はパル
ボウイルスの1種で,ウイルスの中で最も小型の一
本鎖 DNA ウイルスである。加熱,プロテアーゼ,
界面活 性 剤 な ど に 対 し て 抵 抗 性 を 示 す。そ し て
AAV ベクターは,ヒトに対して病原性がないこと
が有利な点であり,また遺伝子発現期間が長期に渡
ることも利点の1つである。次に,この AAV ベク
ターを用いた我々の研究,先天性遺伝疾患の1つで
1990年:世界で初めての遺伝子治療の実施(米国) 1995年:日本で初めての遺伝子治療の実施 1999年:アデノウイルスベクターの大量投与による過剰免疫反応での死亡事故(米) 2000年:遺伝子治療,初めての成功例:X 連鎖重症複合免疫不全症(X-SCID)(仏) 2002年:X-SCID 遺伝子治療で,レトロウイルスベクターの挿入変異により白血病発症(仏) 2009年:副腎白質ジストロフィーの遺伝子治療(レンチ ex vivo:造血幹細胞)(仏) 2011年:血友病 B の遺伝子治療(米) 2012年:EU で初めて遺伝子治療薬の製造販売承認 GlyberaⓇ :家族性リボ蛋白質リパーゼ欠損症治療薬 図2 遺伝子治療の歴史 図3 主な遺伝子治療用ベクターの種類と特徴 470 笠原,他:先天性遺伝疾患の遺伝子治療 ― 2 ―ある「低ホスファターゼ症」の遺伝子治療研究につ
いて紹介する。
2.低ホスファターゼ症
低 ホ ス フ ァ タ ー ゼ 症(hypophosphatasia:HPP)
とは,組織非特異的アルカリホスファターゼ(tissue
-nonspecific alkaline phosphatase:TNALP)の活性
低下により,骨や歯などの硬組織の石灰化障害を主
徴とする先天性遺伝疾患である。主症状として,硬
組織の石灰化不全,痙攣発作,呼吸困難,乳歯の早
期脱落がみられるが,病型は様々で致死性のものか
ら軽症の歯限局型のものまで幅広く認められる。
これまでに HPP には有効な治療法がないとされ
てきたが,近年,骨親和型 TNALP(bone-targeted
TNALP with deca-aspartates at the C terminus:
TNALP-D10)を使用した酵素補充療法の有効性が
認められ,2015年,本邦で HPP 治療薬が承認され
た。しかし,この酵素補充で治療効果を得るために
は長期間の反復投与(週3回の皮下注射)が必要であ
り,HPP 患者のほとんどが低年齢であることを考
えると非常に負担が大きい。したがって HPP 治療
に際しては,ウイルスベクターの単回投与により,
TNALP を長期的に補充できる遺伝子治療を研究す
る必要があると考えている。
これまでに,様々なウイルスベクターを使用した
研究が,HPP モデルマウス(Akp 2
−/−マウス)に対し
て行われてきた
9−11)。組織非特異的プロモーターに
よるウイルスベクターを全身投与する酵素補充療法
は,多くの臓器で治療遺伝子が過剰に発現するた
め,安全性に課題が残る。そこで私たちは,筋特異
的プロモーターである筋肉クレアチンキナーゼプロ
モーター(MCK プロモーター)制御下で TNALP-D
10を発現する AAV ベクターを構築し,HPP に対
する遺 伝 子 治 療 の 有 効 性,安 全 性 の 検 討 を 行 っ
た
12)。
遺伝子導入効率および発現効率を改善するため,
治療用ベクターとしてゲノムパッケージング様式
は self-complementary(sc)を,血 清 型 は8型 AAV
(AAV8)を選択し,MCK プロモーター制御下に
TNALP-D10を発現する scAAV8-MCK-TNALP-D
10を作製した。生後1日齢の Akp 2
−/−新生仔マウス
に scAAV8-MCKTNALP-D10
(2.
5×10
12v.g./個
体,総量各20μl)を左右大腿四頭筋に筋肉内投与
し,3か月後に解析を行った。そして,血中 ALP
濃度の維持,行動量,ベクターの分布および各臓器
中の ALP 活性について検討した。骨の形態に関し
ては X 線撮影,マイクロ CT 撮影,そして,組織
学的解析としてアルシアンブルー染色,H&E 染
色,ALP 染色を行い,治療効果を検討した
12)。
治療マウス群の血中 ALP 活性は3か月に渡り,
1.
0U/ml 以 上 の 濃 度 が 維 持 さ れ た。未 治 療 Akp
2
−/−マウスの生存率は1か月以内であったが,治療
マウスの90%は3か月まで生存した(図4)。1か月
齢での行動量解析では,治療マウス群は正常マウス
図4 血中 ALP 濃度の維持と延命効果 歯科学報 Vol.119,No.6(2019) 471 ― 3 ―群と同程度まで,活動量の改善がみられた。ベク
ター分布を調べたところ,骨格筋以外にも心臓や肝
臓にベクターが導入されたが,各臓器の ALP 活性
を検討したところ,心臓や肝臓での発現は著しく抑
制され,骨格筋で顕著に発現していた(図5)。治療
マウス群では,ALP 活性が骨組織でも認められた
が,大腿骨の長さは正常マウス群と同程度までの回
復はなかった。また,マイクロ CT 解析で治療マウ
ス群の大腿骨成長板部の皮質骨や骨梁配列の不整が
認められ,骨密度が低下していた(図6)。組織染色
で同部位を確認した結果,治療マウス群は成長板軟
骨細胞の異常増殖,変性および変性類骨様組織を認
めた。ALP 染色では,限局的に染色されたが,正
常個体に比べ弱く不十分であることがわかった
12)。
さらに,我々は下顎骨における治療効果の解析も
行ったが
13),組織学的では治療マウスにおいて歯槽
骨頂の低形成や歯根膜細胞の配列不整,無細胞セメ
ント質の部分的な欠如,マラッセの上皮遺残が認め
られ,石灰化が不十分であった(図7)。
おわりに
我々の研究で,HPP マウスにおける筋特異的プ
図5 ベクター分布量と各臓器での ALP 活性 図6 大腿骨成長板の形態と骨密度 472 笠原,他:先天性遺伝疾患の遺伝子治療 ― 4 ―ロモーター下での遺伝子治療は,血中 ALP 活性の
維持,延命効果,行動量の正常化に関して効果があ
り,安全な方法であることが確認できた。しかしな
がら,HPP 治療マウスの骨・歯周組織の形態が完
全に回復しないことが示された。その原因として,
骨局所の ALP 分布量が不十分であることが示唆さ
れた。そのため現在,骨の回復不全の改善に向け
て,免疫寛容誘導やコドン至適化,さらに活性が高
い筋特異的プロモーターである spc5-12,CK8,
CK9などを使用することを検討の上,AAV ベク
ターによる ALP 発現量を高め,骨局所 ALP 分布
量を改善させることを,まず第一の目標として研究
を行っている。さらには,骨局所の酵素補充量を増
加させることに加え,細胞治療(幹細胞,iPS 細胞)
を組み合わせることや,胎児治療などについても検
討を行っている。
本研究は「文部科学省私立大学研究ブランディング事業」 および「JSPS 科研費 JP16H07213」の助成を 受 け て 行 わ れ た。 著者の利益相反:開示すべき利益相反はない。 文 献 1)遺伝子治療等臨床研究に関する指針(平成31年2月28日 一部改正).[accessed 2019−11−15] https : //www.mhlw.go.jp/content/000561788.pdf2)Anderson WF, Blaese RM, Culver K : The ADA hu-man gene therapy clinical protocol : Points to Consider response with clinical protocol, July 6,1990,Hum Gene Ther, 1:331−362,1990.
3)Sakiyama Y : Gene therapy for adenosine deaminase deficiency, Hokkaido Igaku Zasshi, 71:27−32,1996(in Japanese).
4)Fisher A, Hacein-Bey S, Le Deist F, Soudais C, Di Santo JP, de Saint Basile G, Cavazzana-Calvo M : Gene therapy of severe combined immunodeficiencies, Immu-nol Rev, 178:13−20,2000.
5)Marshall E : Clinical research. Gene therapy a suspect in leukemia-like disease, Science, 298:34−35,2002. 6)Marshall E : Gene therapy. Second child in French
trial is found to have leukemia, Science, 299:320,2003. 7)Cartier N, Hacein-Bey-Abina S, Bartholomae CC, Veres G, Schmidt M, Kutschera I, Vidaud M, Abel U, Dal-Cortivo L, Caccavelli L, Mahlaoui N, Kiermer V, Mittel-staedt D, Bellesme C, Lahlou N, Lefrère F, Blanche S, Audit M, Payen E, Leboulch P, l Homme B, Bougnères P, Von Kalle C, Fischer A, Cavazzana-Calvo M, Aubourg P : Hematopoietic stem cell gene therapy with a lentiviral vector in X-linked adrenoleukodystrophy, Science, 326 :818−823,2009.
8)Nathwani AC, Tuddenham EG, Rangarajan S, Rosales C, McIntosh J, Linch DC, Chowdary P, Riddell A, Pie AJ, Harrington C, O Beirne J, Smith K, Pasi J, Glader B, Rus-tagi P, Ng CY, Kay MA, Zhou J, Spence Y, Morton CL, Allay J, Coleman J, Sleep S, Cunningham JM, Srivastava D, Basner-Tschakarjan E, Mingozzi F, High KA, Gray JT, Reiss UM, Nienhuis AW, Davidoff AM : Adenovirus-associated virus vector-mediated gene transfer in Hemo-philia B, N Engl J Med, 365:2357−2365,2011. 9)Yamamoto S, Orimo H, Matsumoto T, Iijima O,
Nari-sawa S, Maeda T, Millán JL, Shimada T : Prolonged sur-vival and phenotypic correction of Akp 2−/−
hypophos-phatasia mice by lentiviral gene therapy, JBMR, 26:135 図7 セメント質形成不全
歯科学報 Vol.119,No.6(2019) 473
−142,2011.
10)Matsumoto T, Miyake K, Yamamoto S, Orimo H, Mi-yake N, Odagaki Y, Adachi K, Iijima O, Narisawa S, Mil-lán JL, Fukunaga Y, Shimada T : Rescue of severe in-fantile hypophosphatasia mice by AAV-mediated sus-tained expression of soluble alkaline phosphatase, Hum Gene Ther, 22:1355−1364,2011.
11)Sugano H, Matsumoto T, Miyake K, Watanabe A, Ii-jima O, Migita M, Narisawa S, Millán JL, Fukunaga Y, Shimada T : Successful gene therapy in utero for lethal murine hypophosphatasia, Hum Gene Ther, 23:399− 406,2012.
12)Nakamura-Takahashi A, Miyake K, Watanabe A, Hirai
Y, Iijima O, Miyake N, Adachi K, Nitahara-Kasahara Y, Kinoshita H, Noguchi T, Abe S, Narisawa S, Millán JL, Shimada T, Okada T : Treatment of hypophosphatasia by muscle-directed expression of bone-targeted alkaline phosphatase via self-complementary AAV8 vector, Mol Ther Methods Clin Dev, 3:15059,2016.
13)Ikeue R, Nakamura-Takahashi A, Nitahara-Kasahara Y, Watanabe A, Muramatsu T, Sato T, Okada T : Bone-target alkaline phosphatase treatment of mandibular bone and teeth in lethal hypophosphatasia via an scAAV 8 vector, Mol Ther Methods Clin Dev, 10:361−370, 2018.
474 笠原,他:先天性遺伝疾患の遺伝子治療