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ポール・レオトー、あるいは内面の都市-(4)

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Academic year: 2021

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(1)ポ-ル・レオト-. ville. int6rieure. 、あるいは内面の都市. ou)a. (4). (4). 洋一. UMEMOTO. つまりファニ-が病に伏せっていた場 に移り、1応はフィクションを交えて記されていたこの「小説」. ノルマンディ-のカレ--. の極めて限られた地域で展開するはずの「小説」が初めてパリを離れ、. 計画を大いに狂わせることになる。まず第一に、パリで、それもパ-. Yoichi. 本. それが書. 世紀末もマルティ-ル街の坂道も、そしてコメディー-フランセ-ズ も忘れられ、二十年前にラフェ-エ-ル街で会い、劇場に赴き、グラ. を読む限り、事実を自然に書き留めたものにすぎないようだ。パリも. 『情人』の第六章に存在する母との再会の模様はポールが残したメモ. にあるファニ-の側にあっても彼は事実を詳細に記述しようと努める。. 録するばかりである。 ポ-ルはカレ-を訪れる際も筆記用具を忘れたりはしない。死の床. われ、ひたすら現実に起こった事件にとまどい、それを文字として記. し、女性たち垂足惜を込めて賛美しようとするポ-ルの姿勢は全-失. が完全なまでのルポタ-ジュになってしまう。幼少時からの記憶を記. 所. Pau)L6autaud. 一九〇一年十月二十七日、日曜日. 事件を生きる ポールの日記はl九〇1年五月四日から1九〇二年二月二〇日まで 途切れる。その原因は、もちろん叔母ファニ-の死とそれに伴う様々 な出来事が連続しておこったためであることは記すまでもあるまい。 が中断された原. だが、そればかりを彼の五〇年に及ぶ『文学日記』をかなり長い間中 断する原因とすることはできないであろう。『日記』. 因は明らかである。ポ-ルは書くことが何よりも好きであり、将来は 文学で身を立てようと考えていたことはすでに触れておいたが、彼は この間に『情人』の第四章までを書き上げているのだ。だが、叔母ファ ニ-の死、そしてそれに伴う真の母ジャンヌとの再会は『情人』. 梅. ン・ヴュフールで食事をするポールとジャンヌの光景. -. 筆にも大きな影響を与えている。当初は、パ-の九区を中心にした彼 自身と彼の周囲にいた女性たちの物語を書こうとしていたのだが、叔. 、あるいは内面の都市. ≡. の執. 母ファニ-の死に伴って起こる連続した事件の数々は『情人』の執筆 ポ-ト・レオト-. 梅本. -. Ⅹ.

(2) ポ-ト・レオト-. 、あるいは内面の都市. かれたのはカレ-でジャンヌと再会する前のことだ. が思い出さ. く彼は実に重要な事件を生きたことだけは明らかだ。. 北駅からリヨン駅まで、パリ再び. ポ-ルが叔母ファニ-の遺体と共にジャンヌよりも早-パリに到着. できるとしても僅かな間だけだろう。それでも最低限微笑みを浮か. 別の何かの誕生に出会う。その光景はすでに記した通りだ。背中合わ. つまりポ-ルのそれまでの人生を支えた一人の女性の死とはぼ同時に、. の運動が起こったことが知らされ、われわれはファニ-の死と共に、. あなたが誰かを知っている、という母の一言でジャンヌの側にも同様. だが、そうした記憶の逆流は彼にばかり起こったことではない。実は. 発車するまでの間、彼女と共にパリにいることができる。それだけを. の北駅で母と会う約束がある。それを考えることにしよう。北駅に彼. がために帽子を忘れたのだろう。しかし、とにか-明日、彼にはパ-. この逸話は確かに説得力がある。おそら-彼は母にもう一目会いたい. ママン」。ポ-ルは列車の中で何度もそう叫ぶ。メロドラマのような. 哀しい気持ちで列車に乗った.ポールはイプセンの『ペ-ル・ギュント』 の1節を口づさみながら、目をほとんど涙で1杯にする.「ママン、. (-). せになった死と再生。最もフィクションに近い実は事実でしかないこ うした時間の記述が、フィクションとしての 『情人』 の-ズムを狂わ. 考えることにしよう。だが、全-問題がないわけではない。当時ポ-. 女が着いてから、彼女が住むジュネーヴに戻る夜行列車がリヨン駅を. せることになり、後のポ-ルを大いに悩ませることになるが、とにか. すべてが1気に蘇る。記憶は逆流し、彼は二十年前に連れて行かれる0. べて階段の上でキスをした。私は帽子を置き忘れ、家に戻ったが、. 頼まれてジュネ-ヴに住む母. 彼女に別れの接吻をしたい、私はそれだけを考えていた。だがキス. 私は出発する。だが母は私に優しい言葉を三ロも掛けて-れない。. パリへ発つその朝、彼はその情景を次のように記述する。. は簡単に別れられるものではないことを知っているだろう.ポールが. 逆流する二十年を確かめるためには、カレーでの避遁は余りに短すぎ た。ファニ-が亡-なる前の夜、突然、記憶の奔流に身を任せた二人. したことはすでに述べておいた。もちろん互いの身分を打ち明け合い、. 冒. 彼女はもう別の部屋に行き、休んでいた。. -. はずの再会の時は彼には訪れなかったことばすでに述べた通りである。. に. 彼女はすでに当地のかなり裕福な. 決してそのことを期待していなかったわけではな-、事実、祖母から. 前に現れるだろうことば十分に予想されたことではあるし、ポ-ルも. 母ファニ-が亡-なれば、その妹であるはずの母ジャンヌが彼の目の. 分析するのでもな-、正に今、分析する暇も与えられないまま、検証 する術もないまま、彼は事件の只中にはうり投げられる。もちろん叔. 在生きつつあるからだ。過ぎ去ってから検証するのではな-、事実を. それは事件そのものに同一化する。彼が記述した事件の一切を彼が現. が近いことを感じさせる彼女のうめき声の中で彼には二十年前の自分 自身が蘇るのだ。ある人のエクリチュ-ルが事件を生き始めるとき、. は彼自身が記した事実を身をもって生きるだけだ。叔母ファニーの死. れるだけだ。文学は忘れ去られ、ポ-ル・ヴァレリ-の姿もなく、彼. 梅本. 「ファニ-危篤」 男性と再婚し、子供を二人をもうけていた という電報を打ったのはポ-ル自身だった。だが、淡々と過ぎてい-. -.

(3) 控えて、ポ-ルはブランシュのことを全-忘れていたわけではない。. ルはプランシュ・ブランという女性と生活を共にしていた。ポ-ルに とってはそれが問題だったのだ。もちろん久しぶりでの母との避造を. か知っているのよ」というジャンヌの声。そしてカレ-から戻るとき. 発の時間だ。彼はここ数日間におこった全てのことを思い出す。ファ ニ-が伏せっていた部屋。ジャンヌとの束の間の話。「あなたが誰だ. の〓即。そして身なりを整え、部. 屋の鍵を締め、階段に出て、コンデ街の暗くなりかけた舗道に出る。. たが意地悪でなければね」。馬車は北駅に近付く。五時半だ。彼女の. れば」。ジャンヌは彼の顔を両手の中に抱きすくめてこういう。「あ伝. 一部始終を思い出していたかも知れない。「分かったわ、明日の六時 に北駅で、いいわね」。「もう会わないはうが良いとあなたが考えなけ. ている。馬車の中でポ-ルは昨日別れる前の晩に彼女と話したことの. 馬車でそれはど時間はかからない。セ-ヌ川を渡り、そのままセバス トポ-ル大通りを一直線に北上する。十月のパリはすでに空が暗くなっ. 十月二十七日、日曜日。北駅。ジャンヌの列車がこの駅に到着する のは午後六時三十分の予定である。彼の住むコンデ街から北駅までは. を作り、それを手に持つ。. 近-のオデオン座の花屋でジャンヌのためにヴァイオレットのブ-ケ. に口ずさんだ『ペ-ル・ギュント』. その年の十月二十三日に二通、そして二十四日に三通連続してブラン シュに手紙を書いている。まず二十三日付けの手紙では、叔母ファニの病状が悪化したことを知らせ、パリで彼が住むコンデ街が懐かしい と書き、二十四日付けの最初の手紙では母が来訪したことをブランシュ に伝えている。彼がプランシュに宛てたその日の三通目の手紙を訳出 してみよう。. 親愛なるブランシュ 取り急いで二つ知らせてお-。ファニ-が今朝六時四十五分に亡 くなった。(中略)母と私は昨日の晩についに抱き合ってしまった 何という光景なのか-・帰る途中で彼女はおそら-私の家に寄 ると思う。昼間のことだから心配はいらない。とにか-家を少しは (2). 片付けておいて欲しい。見えるところに君のものを置かないで-れ。. 中をひたすら母の到着を待ち続ける。結局ポ-ルは七時半まで駅で彼. 列車が到着するまでには、まだ一時間近-ある。ポ-ルは駅の雑踏の もちろんブランシュがポ-ルとジャンヌの関係を知らないはずはない。. 女を待つ。彼女に教えられた時間に列車は到着しない。駅のホ-ムに は別の列車が滑り込んで-るが、次々に下りくる人の中に母の姿は発. に戻り、. 時間が経つにつれてポ-ルの心の中にそんな予感が起こり始め、彼女 はポ-ルを避けたいのではないのか、だが、昨日のあの会話は一体何. 見できない。カレ-でひょっとして事故でも起こったのではないか。. ポ-ルはブランシュに全てを伝え、その上でジャンヌとの一時に備え. 屋根裏部屋. -. 十月二十七日、早朝、彼はファニーの遺体と共にパリに到着する。 すぐにペ-ルラシェ-ズの墓地に出向き、ファニ-埋葬の手続きを行 い、その足でコンデ街の自分のアパ-ト. だったのか、様々な妄想がポ-ルの中を駆けめぐっている。冷静さを. 取り戻さねばならない。まず彼女に教えてあるポ-ルの住所. -. -. 、あるいは内面の都市. 梅本. つ. -. 部屋を片付け、部屋を掃除し、母ジャンヌの避造に備える。今日は長 い一日になりそうだ。日が西に傾き、夜が近付いて-る。そろそろ出 ポ-ト・レオト-. 胃. る。.

(4) 苛-ト・レオト-. 、あるいは内面の都市. に戻り、たとえば電報が届いていないか. 梅本. ネ-ヴに向かう列車に乗車するはずだ。その列車はパリが始発だ。そ う、リヨン駅に行-ことだ。スイスに向かう列車は-ヨン駅から出発. れからの自らの行動について思考を巡らせてみる。母は今晩中にジュ. がり自室にたどり着-が、母からの連絡は何もない。再びポ-ルはこ. 風景は全-彼の目に入ってはこない。サンジェルマン大通りで辻馬車 を降り、オデオン座近-のコンデ街に入り、アパートの階段を駆け上. 一杯だ。彼はようや-辻馬車に乗り込むが、もうパリの風景など見え ない.サンドニ街も、ノ-トルダム寺院右母と見るはずだった全ての. ポ-ルは-ヨン駅でのジャンヌとの束の間の別れの状況を短い文章で. 態度がよそよそしいままだった。私は列車から降りた。家まで哀し みは続いた。. 用意したブ-ケは駅のベンチに残されたままだった。彼女はジュネヴに知っている人々が多-、この列車にもいるかもしれないと言い、. 彼女は冷静だった。私は涙を流した、彼女との話は通俗的なものだっ た。彼女は私に金を渡そうとしたが、私はきっばりと断った。私の. -ヨン駅に走り、母の車両に乗り込み、十分-らい彼女の側にいた。. (3). するからだ。彼はアパ-トの階段を駆け降りる。コンデ街に出て、サ ンジェルマン大通りに出、そこで再び辻馬車を捕まえる。リヨン駅へ. の南フランス、イタ-アの観光ボスタ-が所狭しと壁に貼られている。. 名高い。何本ものプラットフォ-ムを見下ろす二階にはパ-でもかな り有名なレストラン 「トラン=ブルー」が入っており、現在でも旺時. 風の装飾が施され、トランスヨ-ロッパ特急が後に出発した駅として. -ヨン駅。パリで最も大きな駅であるこの場所は、ア-ルヌ-ヴォ-. 川、そしてサンルイ島を見え隠れしながら緩やかに辻馬車は進んで行 -。辻馬車はセ-ヌ川を渡り、-ヨン駅に滑り込む。. ク通り、シュリ-橋、右にカルティエ=ラタンの風景を、左にセトヌ. 細にみることになる『母への手紙』も彼女の編纂によるものだが、そ. たのかもしれない。後にポ-ルの散文集を編纂することになるマ-ー・ ドルモワもそのことにはっきりと気付いていた。われわれが次章で詳. で終了しているのも、こうしたメランコ-ックな感情を排するためだっ. めようとして書かれた『情人』は母とのパリでの再会を約束する部分. 事実の、つまり背景に背負っていたはずの都市の重みがこうした情景 の一切に存在していないからである。都市と女たちをそのまま封じ込. でもなかろう。たとえば『情人』を読んだときに確かに存在していた. こうした別れの光景があまりに感傷的なものに見えることば言うま. ポ-ルは、もちろん、そんなレストランに入る余裕などなく、足早 にプラットフォ-ムに歩き、ジュネーヴ行の列車がすでに入線してい. のかなり長い序文の中で、ドルモワはまず母が何故約束の時間に北駅 に到着せず、ポ-ルとの再会が-ヨン駅まで持ち越されたのか、とい. 毎日見なれたパ-の風景に涙がにじむ。サンミシェル大通り、サンジャッ. そう書き綴る。. 幸い母のコンパ-トメントには他の客はいない。. はすでに一等の席の自分のコンパートメントに身を落ち着けている。. るのを確かめると、車両を一両づつ見回し、母の姿を捜す。そして母. 売. と急ごう。すでに太陽は西の空に沈み、街にはガス灯がともっている0. ポ-ルは北駅の駅前から再び辻馬車に乗り込む。夕方の北駅は人で. を確かめてみることも必要なことかもしれない。. まり彼のコンデ街の家. -.

(5) う問題を次のように解説している。 (ポ-ルの祖. 車に乗っており、ポールが駅で待っていることを知りながら、別のド アから駅に出てパ-に降り立ったことば間違いあるまい。ここでわれ. て受け止めるかにかかっているからだ。だが、ポールは、二十年の歳. 引用者) が彼女の母. 母)に-ヨン駅から発送した選書によって北駅でも再会が叶わなかっ た理由が理解できる。それによると、パ-に到着する列車は一時間. 月を逐一たどり直そうとする。「ママン、ママン」とカレ-からの列. T夫人(ジャンヌのこと. 十五分遅れました.。ポ-ルには会いませんでした。彼は待ち-たび. われはポ-ルにそうした事実を前にして憐偶の情をかけてもしかたあ るまい。二十年の歳月は決して逆戻りしないし、その事実をどうやっ. れたのでしょうか.とても残念な気持ちで1杯です。でも彼のこと. のことを知らなかったのだろう。そしてリヨン駅で再会したとき、. もし列車が本当に遅れたなら、北駅で待っていたポ-ルはなぜそ. お、二人はこうした現在の出会いに拘ろうとする。ファニ-の死が与. 彼らの避遁には結局、現在との出会いが欠けているのだ。それでもな. 『母への手紙』. われわれにとってそれはすでにポ-ルが幾度となく生きてきた別れの シ-ンを反復しただけのことであり、たまたまその相手が母ジャンヌ. F母への手紙』 ポールとジャンヌとの関係がリヨン駅の別れで終了したとすれば、. S2!. えて-れた彼ら二人の再生は、それもまた事実として受け止めねばな らぬものであることば明らかである。. (4). であったという事実にすぎないのだが、すでに述べた通りこの別れは. 間帯の中心となっている。これから何度かの中断を経て、ポ-ルとジャ ンヌの間に文通が行われ、それが約五十年後の一九五六年に出版され. 決して永遠のものではな-、これから数年に亙ってポ-ルが生きる時. ど強くなかったことは容易に想像できる。列車が一時間十五分遅れた. 、あるいは内面の都市. 胃. ポ-ルはその書物の序文に1九〇七年に書いた文章を加えている。. ることになるからだ。. ポ-ト・レオト-. 梅本. 母を待っていたのだ。彼女は決して遅れはしなかったカレ-からの列. にせよ、ポ-ルは列車の予定到着時聞からさらに一時間北駅に立ち、. マリー・ドルモワの推察はおそらく当っているだろう。ジャンヌは もちろんボトルに会うつもりはあったろうが、その気持ちはポ-ルは. いなかったはずだ。子供への玩具、夫への土産、彼女の服飾品、こ うした包みはそれらが最近の買物であることを証明してはいまいか0. 店に走った。沢山の小さな包みがそのことを証明している。彼女は ポールの記述によればカレ-についたとき、荷物を一つしか持って. 目につかないドアから列車を降り、彼女が乗ったジュネーヴ行のコ ンポートメントの床にあった様々な包みの中身を買いにいろいろな. 彼女は何故ポ-ルにそのことを伝えなかったのだろう。こう想像す ることもできよう。T夫人は一人でパリで散歩したかったので、一. を想うだけです。. 車の中で自らに言い聞かせ、事実を確認し、行動に移ろうとする。彼 の側でもブランシュ・ブランに手紙を出し、自分の現在を取り繕おう としている。母が列車が一時間遅れた、と言うのとどこが違うだろう0. -.

(6) ここに集められた手紙に見られるのは、私が行った子供じみた行動. に、信じ難い量の手紙がポールとジャンヌの間を往来する。この書物. くの精力はこの文通に向かっていたと判断してよい。僅か半年弱の間. 、あるいは内面の都市. である。これらの手紙はその宛先にあたる人を見いだしたとき、い. あり、近親相姦こそなかったものの、これらはポ-ルが生きた世界そ. ポ-ト・レオト-. かに私が子供にすぎないのかを示すものだ。それにまだ私はこの人 に手紙を書き続けている。あれから人生の流れるのは実に早かった。. のものであると述べているが、その指摘は正しいものだろう。これら. り詳細に読んでみることで、この期間のポ-ルを追ってみることにし. 全ての感情が盛り込まれていることである。 これからはしばらくの間、われわれはこの『母の手紙』を少しばか. の手紙を通読して感じるのは、ポ-ルに人生における母の重要性といっ. の編者であるマ--・ドルモワによれば、これははとんど恋愛関係で. 少な-とも私が幸福というものの幻想を抱いていた限りにおいて、. ものだ。 (5). よう。. コンデ街二十九番地. パ-、1九〇1年十月二十八日. まず、ジャンヌに宛てたポールの手紙の第1通日.. お母さん、. 書物のほとんどは、ポ-ルの手紙と母からのそれへの返信で占められ ている。そこには、七年の歳月が流れているが、かなりの頻度で文通. て加えられたものであることは明らかだ。全二三三ページに亙るこの. る冒頭の一九〇七年十月十七日の文章も編集のマ-ー・ドルモワによっ. 度「おかあさん」という言葉を繰り返したことでしょう∴」の言葉. スをしてから僅かしか経っていない時間でした。私は客室で一人何. さったのですから。そしてパリ行きの列車に乗ったのはあなたとキ. みかけ、私が出発する前に、パ-で私に会うことまで約束して-だ. 十年前にあなたに会いました。そして、今回、祖母の家で会ったあ なたは何と美しく親切だったことでしょう。私にキスし、私に微笑. あなたはまた私に何という苦しみを与えたことでしょう。私は二. が行われたのは、一九〇二年三月までであり、事実上、この文通は半. をあなたに何度言いたかったことか。そして昨晩、何故かあなたに. 北駅で会えず、-ヨン駅で会うことができました。あの時は本当に. ルの. 年弱で終了したことになる。そして、すでに述べたとおり、この間ポI 『文学日記』はそれはどの量が書き継がれたことはな-、彼の多. のである。つまりポ-ルがこの書物の序文として書かれたように見え. つまり一九〇1年十月二十八日にパリから発送されたものであり、な お書物の最後の手紙は、l九〇八年八月1日にパリから発送されたも. い。最初の手紙はジャンヌとリヨン駅で別れた十月二十七日の翌日、. が成功を収めた後に出版されたものであることば述べるまでもあるま. され、出版されたものだが、もちろんロベール・マレによるインタヴユ-. この書物はポ-ルの後の恋人となるマ--・ドルモワによって編集. PL. 1九〇七年十一月十七日. た平凡なものに留まらず、ポ-ルがそれまで生きた三十年近い人生の. 二六. 私は幸せだった.それは私の人生で唯一の時間だったし、今でも持っ ているその思い出は、恋愛感情とか文学上の出世欲とは全く異なる. 梅本.

(7) (6). 辛かった。(以下、略). とまで加えてしまった。(中略)余りに遠-にいておそらく会えな. いかも知れないおかあさん。私は「またいつか」と書くべきでしょ. うか、生涯の別れの言葉を綴るべきでしょうか。ともかく私の苦痛. に満ちた心を込めて深-、そして優しいキスを贈りたいと思います。. すでにかなり長-引用したつもりだが、この部分はこの日の手紙の 全体の約八分の1である。母への思いをポ-ルはそれこそめんめんと. 許して下さい。. (-). 訴え続ける。約半年に亙る文通期間の間、ポールが母に聞き送ったの は約四十通の手紙であり、単純に計算して月に八通程手紙を出した計. たことである。長年に及ぶ交友関係を示す文通なら枚挙に暇がないし、. の手紙のほぼすべてに答えるジャンヌにもポールに劣らぬ情熱があっ. たことだけはまちがいないだろう。以下、母からの手紙を訳出してみ. こかで交錯する。そして、母からの一通目の手紙はポ-ルを感動させ. れるとは考えていなかったようだ。だが、十月二十八日の日付が見え るこのポールの手紙は、おそら-同日の日付がある母からの手紙とど. この手紙の結語から見て、ポール自身もこの文通がその後長く続行さ. そうした類の書物も多-出版されているが、二十年間離れていた母と. よう。. 算になるが、そこにあるのは、時には一日に二通三通としたためられ る手紙にかけるポ-ルの情熱というか執念めいた感情であり、それら. 息子が僅か半年ほどの間にこれほど大きな情熱をしめした例をわれわ れは知らない。. 愛する息子よ、私の愛を知ってもらいたいので、一言だけ言わせ て下さい。私があなたと過ごすという素晴らしい時間を奪ってしまっ. ポ-ルはリヨン駅での束の間の母との避遁の後、再びカレ-に戻る。 祖母はカレ-を引き払い、ジュネーヴの彼女の処で暮らすことになっ. なたからだんだんと引き離して行-列車の中の1夜を想像してくだ. するだけだったあなたの部屋を見ることを夢見ていました。私をあ. た忌まわしい事件が何でおこったのでしょう。私は、それまで想像. ており、葬儀の後始末、祖母の引っ越しの手伝いをすることになって いたからだ。最初の手紙でポ-ルはジャンヌにカレ-に戻ることを知 らせ、次のような言葉で彼の手紙を締めくくる。. さい。ポ-ル、勇気を出して、私たちはきっとまた会えます。私に. いと思います。というのも、書-のが恥ずかしいことですが、私が. 今晩私はカレーに戻ることをお伝えしておかねばなりません。も しも私に僅かでも理性が働いているなら、すべてを忘れてしまいた. て-ださい。私の心の中にはもうおまえの場所が用意されているん. せてしまうなんて心配しなしで-私を愛して-ださい。私を信じ. さい。おまえの喜び、そして哀しみを教えてください。私を退屈さ. いつまでも長い手紙を書いて-ださい。私を友人として扱ってくだ. パリの中で右往左往したのは全くあなたのためだけでした。そして、. 胃. ですもの。お花をありがとう。何という優しい心遣いなのでしょう。. 私はとても感動しました。(中略)おまえの存在を私は決して忘れ 、あるいは内面の都市. 何ということか、私があなたにもたらしたのは、私から去って-れ ない哀しみの感情だけでした。それに様々なことを考える余計なこ ポ-ト・レオト-. 梅本.

(8) (8). ポ-ト・レオト-. 、あるいは内面の都市. たことはなかったし、それは私にとって心の中の光にも似たもので. 梅本. あなたからの. あったことは否定しないが、これはやはり儀礼的な手紙にすぎず、そ. てみれば、ジャンヌにももちろんポ-ルを思いやるいささかの感情が. のコンパートメント近-に空し-残されたプ-ケ、それらを思い出し. 会わなくなって二十年が経ち、ここ十年はずっとあなたに会いたい と思っていました。これからあなたに手紙が書け、あなたからも何. この両手で掴み、それが突然逃げてしまった。けれども、あなたに. たの家族に再会されたかと思います。しかし私は何もないガランと した家、辛-失望を誘う孤独に逆戻りするだけです。小さな幸福を. 彼らは過去に拘って見せる。ポ-ルが生まれてからの過去を検証する. 明らかだし、それらを確かめることは彼らの義務でもあるかのように、. 在の事実の大きさはもちろん過去に、彼らの過去に原因があることは. 可能である。したがって彼らの手紙はひたすら過去へと遡行する。現. 感動的な始まり方をした彼らの文通。ポールの側での感情の高まり0 ジャンヌからの嬉しい返信。将来を見据えることなど彼らにとって不. 過去の検証. 決定される。これからかなりの長い時間に亙って書き継がれることに なる手紙の束の最初のペ-ジがここに記されたことになる。. ジャンヌからの儀礼的なものにすぎない手紙から、ポールの態度は. (9). れを何度も読み返すポールの姿が考慮になど入れてはいないことは確. てから私の家で、私が親しんでいるものに囲まれて手紙を書きたい と思ったからです。だが、私は今日あなたからの愛に満ちた手紙を. 私はカレーで手紙を書-つもりはありませんでした。パリに帰っ. ルはすぐにしたためる。. 母の手紙が信じられない-らいの効果を生んだことば容易に想像でき るだろう。カレ-の祖母の家に届いたジャンヌからの手紙の返信をポ-. れが母との最後の接触であるかもしれないと考えたポ-ルにとって、. チュ-ルの中に奔流のように流れ込む。これが最後の手紙であり、こ. な始まりの時間だった。彼の感動は堰を失い、彼の手紙というエクリ. ポ-ルが「永遠の別れ」かもしれないと覚悟した時間は、実は新た. たのだ。. 通か手紙を受けとれるという幸福を手に入れることができました。. たことです。あなたは、あなたの夫、子供たち、あなたの家、あな. をお話しできるように思います。こんなに泣いたことは何年もなかっ. でした。手紙を読みながら、私は月曜日に家からあなたに手紙を書 いたことを後悔しました。今は少し冷静になったので、日曜日の晩、 -ヨン駅に走り、そして家に帰ったとき、私がどんな状態だったか. 手紙を受け取って私はとても嬉しかった。否、嬉しい以上の気持ち. 受け取り、待つことができな-なりました。(中略). 甲5d. かだろう。しかし、この母の手紙はポ-ルをひどく感動させてしまっ. の手紙から十分に理解できる。だが、われわれがすでに見たマリー・ ドルモワが推察した彼らが北駅で会えなかった理由、そしてジャンヌ. ないことをもう一度書いておいた方がよいかもしれない。確かにジャ ンヌの側にもポ-ルの存在したはずの感情が存在していたことは、こ. この手紙は先に引用したポールの手紙の返信として書かれたものでは. す。.

(9) 再会が二人にとってどんな意味を持っているのかを確かめねばならな い。もちろん、ポ-ル側にとってこの再会が大きな意味をもっている. ためには、まず何よりも、近い過去、すなわち、ジャンヌとポ-ルの. 父に置き去りにされたことは彼にとって不本意なことではあったが、. 愉快なことでもないのだ。子供を捨てた罪悪感にさいなまれはしない が、もちろん自らの罪の大きさを認めた-はないだろう。それに対し. だが、彼女にとってポ-ルとの話題を過去に遡らせることは、決して. だ。上記の手紙に対する返信の中でポ-ルは次のように述べる。. なければならない。少な-ともポ-ルはそのことに意識的であるよう. それでも今思い出してみれば、それもまた現在の自分自身を作ってい る要素なのである。だが、とにか-彼らの文通は過去の検証から始め. てポ-ルの過去は決して嫌悪の対象ではない。もちろん母に去られ、. ことは言うまでもない。だが、ポ-ルに会うことに両義的な意味で感 じていたジャンヌにとってこの再会はどんな意味を持っていたのか。 彼女はポ-ルへの最初の返信の中で次のように述べる。 あなたの手紙を待っているのがどんなに辛かったことでしょう。 それが配達されないのではないかとさえ考えてしまいました。日曜 日の私の態度を怒らないで-ださい。私はジュネーヴの知人に囲ま れていたし、あなたはとても感情が高まった状態にあったし、目に. えるでしょうし、忘れることができるかもしれません。. 幸せなあの日のことから始めましょう。他のことはいつか理解しあ. た近い過去に向けて自らの文章を組織しようとしている。だが、同じ. ここではポ-ルが母に再会した喜びが、過去の不幸を上回り、幸せだっ. (〓). つきやすかったのです。それに私の年も考えて-ださい。(中略) 私はあなたが考えているほど幸せな女ではありません。私の人生に だって辛いことば沢山ありました。でも、おまえにまた会えたこと は私の人生の一角に青空をもたらしてくれました。. 手紙の中で、ついポ-ルはもっと古い過去に触れてしまうのである。. 彼は「あなたの娘はあまり疲れてはいませんか」と書き、一応、母に. 一八九1年のことだったと思いますが、私がファニーにあなたのこ とを尋ねたとき、彼女は、あなたは結婚しているし、私があなたと. 気遣いを見せるがこう書いてしまうのだ。. すでに定められたものであり、外部からの進入を許さない地点にある こともまた明らかである。夫と子供たちとの生活はすでにずっと以前. 、あるいは内面の都市. (12). のことを話しませんでした。. ラ=. いました。私はそのことが良-分かりましたから、以来、1度もそ. 関係を持つのはあなたの平安を見出すことになるから危険だ、と言. ポ-ト・レオト-. 梅本. 存在ではない。どちらかと言えば不要で厄介なものでしかない。だか ら彼女の話題もまた過去へと遡行することは述べるまでもあるまい。. からジュネ-ヴで営まれていたのである。だから彼女の現在のことか ら遠ざかるはずだ。彼女の現在にとってポールは決して必要不可欠な. に「青空」をもたらしたかもしれない。だが、同時に、彼女の生活は. 母の最初の返信もやはり両義的なものではある。もちろん二十年間会 わなかった息子に会えたことは嬉しい事実であり、彼女の人生の1角. (10).

(10) ポ-ト・レオト-. 、あるいは内面の都市. た過去の大きさは取り立てて問題にする必要もないものだろう。ファ. 十二月二日付けの手紙の中で過去の事実に触れているのはこの部分だ けである。l八九1年という日付はあるものの、ここでポ-ルが触れ. に亀裂が生じていることを指摘しておこう。文通が始まり、僅か数通. ルが不用意に引用してしまったために、ポ-ルとジャンヌの間にすで. 中は決して良かったわけではな-、信頼していたファニ-の言葉をポ-. る。レオト-家と同様、フォレスティエ家もなかなか複雑な家庭環境. ニ-が彼に語った事実を何気な-ここに記載しただけである。だが、. 日の手紙で、この二十年振りに出会った母子はすでに良好な関係を保. があるようだが、ここでは、そこに入らず、ファニ-とジャンヌとの. それから五日後、つまり十一月七日付を持つジュネ-ヴから、出され. として次の言葉を記している程だ。. あなたが私についてファニーに尋ねたとき、ファニ-が嘘を付い. でした。あなたは私を傷つけ、苦しめたのです。(中略) 私のこと を書けば、私は絶対ファニ-を許した-はありません。というのも. たことを良く覚えてお-ように。. 年、私はまだ結婚はしていませんでしたし、私に結婚は一八九五年. 感情と母がポ-ルについて持っていた感情の大きさを比較して、冷静 にこの事態を受け止めるのではない。彼はひたすらとまどうばかりだ。. ます」という謝罪の言葉から始め、母が早-去ったから母を愛する一. まず、「あなたの言っていることだけが正しいことは良-分かってい それにひとは常に悪い. 方法を知らないと言い訳し、「私のあなたを愛する心は無限だ」とま. で弁解するのである。こうしたいささか見苦しいとまどい振りは、延々 と続き七ペ-ジに亙る手紙の最後は、ジャンヌの娘に対する気遣いで. (2). ファニーはポ-ルにとって重要な人物であることは当然だ。すでに見. 終わっている.だが、このポールのジャンヌ宛の十l月八日付けの手. の言及は見られないが、さらにこの手紙で問題になっているのは祖母. このことをもちろん誰にも言わないし、「ク-ルプヴォワの人」. 言及だ。「あなたは一八八二年のママンであり、今日は私のママンだ」 と書いた後、「この秘密の幸福は私の心の奥にしまってお-」と書き、. 紙で、少しばかりわれわれを驚かせる事実がある。父フィルマンへの. が、ポ-ルがカレ-に来るまでポ-ルの存在を知らなかったことがあ. 要さによって、ポ-ルは祖母の家ヘファニ-の最後を見守りに行-こ とになったのである。上記に引用した部分には直接このことについて. たように、彼女はポ-ルの生活を金銭的にも援助していたし、その重. せるものでしかありませんでした。(中略) ほうを信じるようにさせられるものです。. 五月十五日でした。もちろんそれもあなたと私の今の立場を定着さ. しまったからです。あなたが私についてファニ-に尋ねた1八九一. この手紙を受け取ったポ-ルはとまどう。ポールが母に抱いていた. (14). 彼女は私たち二人が1緒になれるときに、あなたを私から遠ざけて. これまであなたが私に書いてきた 私の親愛なるポ-ル、(中略) ことは、私があなたに言ったことをあなたは疑っているということ. てなくなってしまったのである。母ジャンヌはこの手紙の最後に追伸. で六ペ-ジに亙るこの. 看. た母の手紙はその小さな事実を見逃したりはしない。. マリ-・ドルモワが編纂した『母への手紙』. 梅本. にも.

(11) 言わない、ポールはそう記す。「クールボヴォワの人」 フィルマン・レオト-のことである。. とはもちろん. 永遠の別離 ほとんど毎日のように文通は続-。こうした手紙への情熱は驚-ば かりだ。もちろん、その多-がジャンヌによるものではないが、少な くともポールはほぼ毎日ジャンヌ宛に長い手紙を書いている。もちろ ん全十九巻の彼の『文学日記』をわれわれは知っているから、こうし. する女友達、この前、おまえに話した洋裁店をやっている人です。. おまえに再会した喜びで私は息苦しいくらいです。だからこのこと. を誰かに話し、私のことを分かって欲しいと思うのです。やっとそ. れに適切な人が現れました。彼女は、良い母親である私も随分苦し んだろう、と言って-れます。. これはジャンヌの側での苦痛の表出であることは述べるまでもない. だろう。ファニーのことで最初の対立が訪れ、次いでジャンヌの側か ら、休戦の提案がなされたのである。だが、ポ-ルはそんなことに気. それも同一人物に宛てて、毎日のように書き貯められる信じ難い. は菓子が入っていたということだ。ジャンヌは「おまえの想像力はど. から小包みが送られて-る。ポ-ルはその中に-ヨン駅でポ-ルがジャ ンヌのために贈ったヴァイオレットの花束が入っていたと書-が、実. ポ-ルに宛てた手紙を見付だし、ファニ-が決して嘘を付いていない ことを証明しようとする。二人の距離が離れていく。そうしたとき母. がつかない。彼はジャンヌが腹を立てていると思い込み、ファニ-が. 長さを持つ手紙は、その内容の面で大き-異なる。ポ-ルは延々とジャ ンヌに愛の告白を行うのである。それも極めて重い内容の言葉を伴う. いないので忙し-、おまえの手紙に返事を書-暇がない」と書き、ポ-. た手紙の情熱をポ-ルの中で奇異に写るものではないことは理解でき る。だが、少なくとも『日記』は日々の事実という毎日異なる事件に. 告白を毎日同一人物に向けて行うのだ。われわれもマリ-・ドルモワ にならって、これらの手紙を「恋文」と呼ぶことに異論はないが、こ うした手紙を毎日受け取ることになるジャンヌの態度は、そして心持. ルと然るべき距離を取ろうとする。そして。ポ-ルが書き写したファ. に物を贈られたことなどかつてないから、ヴァイオレットのことを持. がジャンヌに彼の詩集を送った礼にすぎないが、ポ-ルにとっては母. にすぎない。つまり、ジャンヌがポールに送った小包は、単にポール. まった結果ではな-、ファニ-の手紙に詳しい反駁を行っているから. ニ-の手紙の内容について逐1反論を加えている。十1月十六日付け. こかをさまよっているのでは」と心配するが、それと同時に「女中が. ちは一体どう変化しゆ-のだろうか。ジャンヌの側にもちろんこれら. のこの手紙は四ペ-ジに及び、ジャンヌがポールに書き送った手紙に しては例外的に長いが、それは決してポールに寄せる彼女の感情が高. 出会う必然性があるが故に、書き続けることができるのだが、手紙. (15). が恋文であるという印象はないだろう。長年に亙って離れていた息子 に予期せぬ偶然から再会し、もちろん最初は母親としての喜びは存在 し、それは最初の手紙にはっきりと読み取れるが、それからのポ-ル の態度は、次第に冷静さを取り戻すどころか、益々熱-なるばかりだ。 こうした気持ちはジャンヌにとって重過ぎるものであることは言うま. 、あるいは内面の都市. 梅本. でもないだろう。すでに十1月十日付けの手紙にジャンヌはこう書-. ポール、私はおまえのことを話さずにはいられません.私の信頼 ポ-ト・レオト-. ≡. -.

(12) ルが答えなかったことが原因で、ジャンヌは腹を立ててしまったよう. 、あるいは内面の都市. ち出したとも考えられるが、今となっては当事者以外、真実を確かめ. ポ-ト・レオト-. ることばできない。だが、おそら-ポ-ルの妄想だろうこの行き違い. だ。後にポールの許に届-ジャンヌからの手紙から判断すると、ジャ ンヌの要求とは、ポ-ルに彼女からの手紙の全て返却して-れという. ルは自らの幼少時を語る1ここには 『情人』と寸分違わぬ文章が. 要求に応えるのは不可能である。ジャンヌの要求を知りながら、ポ-. よりも、われわれの興味を引-のは、ジャンヌがポ-ルに手紙を書-. あなたのこの前の手紙の調子に私は少し心配しています。私の意. のかもしれない。ポールは再会の感動を語り続け、母には取り返しの. 付けの手紙を最後にポ-ルへのジャンヌからの手紙は完全に途絶える。. 誉め上げようという意図はないのです。あれを引用しながら、新た. つかない二十年間が横たわっているだけだった。確かポ-ルはカレ-. 図は私が思い違いをしていた点をはっきりさせようとしただけだっ たとはいえ、ファニ-の手紙の1部を引用したのは間違いだったと. な説明をしようとしたわけではな-、あのことにあなたが戻ること. 結局この半年間は何がおこったのだろう。何もおこりはしなかった. で私はひど-哀しんでいる次第です。(中略)私はあなたを愛した いと思うのです。他のことなどどうでも構いません。. 効果かどうかば判断できないが、それと約一ケ月間、二人の文通は問. あてたものであるとは急には信じられない。こうした感動的な手紙の. は説得力を欠き、空転するばかりだ。一八八1年から1九〇1年まで. ことだ。だが、ポ-ルがそのことを繰り返せば繰り返すはど彼の言葉. 的な事件に過ぎなかったのだ。事実、母への手紙にはポ-ルは一つの ことしか書いていない。いかに彼がジャンヌを愛しているのかという. 「あなたをとても愛しています」と結ばれるこの手紙は自らの母に. 題な-進められる。身近におこったことを互いに語り、淡々と彼らの. 日のことだが、それについては後に記すことにしよう。. るものの、彼女と二度と親密な言葉は交わされないまま終わり、ジャ ンヌの夫から悲劇的な知らせがもたらされるのは一九一四年十月十一. それからの母の情報は共にジュネ-ヴに住む祖母から時折伝えられ. に流れた二十年間は逆流することはない。結局ポ-ルにとっては、そ. の二十年間の隔たりのままだったのである。. 「頭痛」が原因だったが、マリー・ドルモワ編纂による『母への手紙』 には掲載されていない一通の母からの手紙にあった母からの要求にポ-. 十歳を迎える頃から、ジャンヌの手紙が途絶えがちになる。最初は. 紙に辞易してきたのかもしれない。そして、翌年の一月、ポ-ルが三. 言葉が交換される。だが、ジャンヌの返事は次第に少なくなる。頭痛 というのがその原因だが、ほとんど毎日のように-るポ-ルからの手. はしたが、それもまた事件に過ぎなかった。前後の関係を欠いた突発. で母に接吻し、抱擁さればしたが、それは一瞬の内に過ぎた事件だっ た。確かにポ-ルは北駅から自宅、そして自宅から-ヨン駅まで走り. 思います。分かって-ださるとは田心いますが、あれにはファニ-杏. を語ることでジャンヌの要求をかわそうとする。 使用されている もちろんジャンヌの怒りは増すばかりだ。そして一九〇二年四月四日. -. 事実にポ-ルが気付かないわけはない。. ものだった。日に何度もジャンヌからの手紙を読み返すポールにその. 冒. 度に彼女が微妙に距離を大き-して行くことである。もちろん、その. 梅本 (16).

(13) わったところは見られない。以前からポ-ルの文学生活はこうしたも. パリへの帰還. が、母との文通に異常なまでに執着した彼にとって、そうした行動に. ではない。彼はすでにこうした経験を何度となく繰り返している。だ. のだったし、ヴァレ-一家での素晴らしい会話はその時始まったこと. 一九〇一年五月四日に記されてからしばら-放置されたままだった. 終わりが見え始めた今、ヴァレリ-家での1夜は、久しぶりに充実し たものだったことは明らかだ。それから二週間後に記された『日記』. いくつかの別れ、そして出発. 『文学日記』は、その翌年、つまり一九〇二年二月二十日から再び記 され始める。この日付が母からの便りが途絶え始める日付と近いこと. にもやはり文学についての記述が見られる。. 彼は再び自らに向けて言葉を送ることになるからだ。過去は、もちろ んポ-ルを簡単に切り離しては-れないものの、とりあえずポールは ポール自身に、つまり三十歳のポ-ルに戻らねばならない。母の手紙 では誠実を尽-そうとしたものの、当時ポ-ルと生活を共にしていた プランシュ・プランのことは結局母に打ち明けたことはなかったし、. 『五月』は六九回も削られたり書き直したりした。. の仕事のやり方についての彼の言葉、年寄りスタンダール。 フロ-ベ-ルの. ヴァレリー、アンリ・ドゥ・レニエ、そして、しばらくしてヴァン・. ヴュベ-ル。馴染みのある固有名詞が再び登場しはじめ、われわれに. ポ-ルの誠実さは、おそらくジャンヌが語った通り、彼の想像力の中 の誠実さでしかなかったかもしれない。彼のその中で無秩序に発生す. セ-ヌ左岸のパ-が再び見え始める。文学生活とパ-の生活はポール. のシェ. だが、母と生きた印象的な事件からポールが立ち直るためには、まず これらの固有名詞が登場し、そして今1つの要素も必要かもしれない.. にとって分かち難-結びついていることばすでに何度も確認したこと. る事件よりも、彼には自らの過去と、そしてジャンヌと彼が形作る現 在にのみ関心があり、パリも文学も忘れられたかのように見えた。だ から、『文学日記』の再開は、彼が忘れていたものの再発見でなけれ. 私の心はまだ何と脆いものか。昨晩、『フィガロの結婚』 ルパンのロマンスの一節を聞いて泣いてしまった。. いせいなのだが、われわれは、そうしたポールの心の動きよりも彼が. 『フィガロの結婚』を聞いて泣-のは母と彼との関係がうまく行かな. 同年四月二十八日の『日記』にポ-ルはそう記す。もちろん、彼が. (19). ばならないはずである。. 昨晩ヴァレリ-の家から夕食に招かれた.楽しい夜だった.ヴァ レリ-との非常にきように深い会話。ダイニング・ル-ムに移って、 同席した女性たちと過ごした時間。楽しかった。二言三言嬉しい言 葉をもらった。. 、あるいは内面の都市. 梅本. 前からのポールの生活を知っている者にとって、この文章に別に変 ポ-ト・レオト-. 一重. (17). (18). メルキュールでレニエと話す。彼の気品は完聖だ。何人かの作家. ば驚きに値しない。他者に向けてのポ-ルの言葉たちが拒絶されて、. Ⅶ.

(14) ポ-ト・レオト-. 、あるいは内面の都市. ポールのそれまでの生活も、そして彼の将来の生活をも支配する重要. 演劇、もっと正確に言えば、読みかつ書-ことと劇場にいることば、. 切れない関係にあることはすでに何度も出会った事実である。文学と. が、『日記』のページ数から考えても、この女性がポ-ルにとって、. 少のこの女性がポ-ルの『日記』に登場するのは始めてのことだ。だ. の日ポールは、ジョルジェットに会ったからだ。ポ-ルよりも五歳年. 母との関係が終わりを迎えてから二年近-経った一九〇三年一月十 日のポールの『日記』は、全五ペ-ジ。異常なほどの長さである。こ. ジョルジェット. な行動であり、それを徐々に彼は取り戻しっつある。およそ半年の間、. されるはずの『日記』にしては例外的にポ-ルはジョルジェットにつ. いての詳細な解説を記してしる。順序はまずジョルジェットとの再会 から記されている。. ジョルジェットと会った。これが最後になるだろう。彼女は火曜. 本屋にはいろいろな肖像とか写真が飾ってあるが、それらを見るに. 持ちを書き、最後にはその全てを書-だろう。そうすればこの主題 について心理的なカタログのようなものが出来上がるかもしれない。. 一人か、と聞いたが、三度とも私が一人ではなかったので、出直し て釆たのだった。今日、私たちは一緒に昼食を取り、長い散歩をし. との幸福で一杯だ、と答えた。彼女はコンデ街の家に三度私を尋ね、. い。愛する人とだ。彼女は体一杯に幸福を表していた。「ここに何 しにやってきたんだい-思い出を捨てるため-」彼女は旅立つこ. 日の九時にイギリスに出発するからだ。彼女は一人で立つのではな. つけ、私は母の顔を思い出さずにはいられない。シテ島に通じるサ ン=ペール橋を暗い深夜に渡る。するとカレ-の運河に架かる橋を. た。(中略)「私たち、うま-行ったかもしれなかったわ」。彼女が. つずつ彼女を思う気. 確か深夜の十二時十五分に到着し、渡ったことを思い出す。ひどい. 私は母を思う気持ちについて書いてみる。1. 母に送った言葉を自らに送り返すことで対象化してみる。その年の終 わりの『日記』にポ-ルは次のように記す。. そうしたとき母との関係も対象化され始めるのも自然なことだろう。. 厚みが加えられ、奥行きが見出され始める。. いかに重要な女性だったかは想像がつ-。そして個人的な目的に使用. 孟. 北駅と彼のコンデ街の下宿と-ヨン駅の三角形でしかなかったパ-に. チエ-ルを詳細に追うわれわれにとって、パリの劇場は彼と切っても. パリで再び劇場を見出したことに注目したいと思う。ポールのエクリ. 梅本. 霧の夜だった。. 新しい住所を知らせて-れることと、ときどき手紙を-れることを. 風にさよならするのは辛かった。だが、明日は一日中時間がなかっ. 彼女が明日の日曜日に時間があったらまた会えると思った。こんな. からないわ。子供ができたら無理でしょう」と彼女は答えた。もし. 約束してくれた。私は、何年かしたらまた会えるかな、例えば私が 四十歳か四十五歳-らいになったら、と彼女に尋ねた。すると「分. ことは記すまでもなかろう。. て行-。もちろん、こうした運動の終着が『情人』となって成立する. パリは徐々に再発見されていき、自らの過去もその中で対象化され. (20).

(15) た。ファヴアール広場で彼女と別れた。二時五分過ぎだった。私た ちは二度握手をし、私は彼女の幸福を願った。彼女は私に微笑んで、. た」と書-0. それから時が流れ、ポールは寂し-なると決まってジョルジェット. に手紙を書いたという。ある時は、返事が釆ないので「僕はフランス. を去る」と嘘まで書いた。そしてその三日後、セ-ヌ河岸の当時ポー. ルが働いていた不動産屋の前にジョルジェットが現れ、「もう遅すぎ. るわ。全部終わったの」という。だが、それからも肉体関係はなかっ. たものの、ポールとジョルジェットはしばしば会う。マドレ-ヌ広場。 コメディ--フランセーズの前。そして1九〇1年のある日.相談が. あるという彼女の手紙をもらったポ-ルは彼女の勤め先の出口で彼女. に会い、その夜、サントノレ街の彼女の部屋に行く。. 身をあずけ、「ここに居て。愛しているわ。私がいつもどんなにあ なたのことを想っているかわかる-この日が来るのをどんなに長 -待っていたことか」と言う。その日、私はおとなしくしていた。. 私は彼女の顔を手で愛撫していた。突然、彼女は私の両手の中に. ルジェットがク-ルブヴォワで過ごす間、ポ-ルとジョルジェットに. (中略)ブランシュが私の帰りを待っていた。外泊。面倒。仕事に. さんになれなかったら、尼寺に入るわ」と言っていた。夏休み、ジョ 関係ができる。彼女はポ-ルの部屋を与えられ、ポ-ルは食事室の床. 差しっかえること。彼女を私の腕から引き離し、私は帰った。. とを話し合う。オルロ-ジュ河岸、パレ-ロワイヤル、ボン-ヌフ、. ジョルジェットとのパリ市内の散歩の問、ポ-ルは彼女と多くのこ. ポールにジョルジェットとの結婚を勧めたが、そうしたしがらみを嫌っ. 彼らはパ-の様々な地域を歩き回る。カフェ・ロ-アンで昼食をとる。 「人生って不思議なものね。私たちだってうまく行ったかもしれない. 三五. 会の幸福感に満ち、-ラックスしたものだったが、時折、二人の長い. わ。それに子供だってできたかもしれない」。二人の会話は一見、再. たポールは拒絶する。だが、彼がサヴォワ街、そしてフォッセ・サン= ジャック街に住んでいた頃、彼を愛していたジョルジェットがやって. 、あるいは内面の都市. 歴史の中にあった様々な出来事が流れ込む。家に戻ってからもポ-ル ポ-ト・レオト-. 梅本. 来る。「来ていいでしょう。邪魔はしないわ。あなたが仕事をしてい るのを見ているだけ」。ポ-ルは「この哀れな少女に何と悪いことを したのか。束の間の歓びが去ると、彼女は帰ることしか考えていなかっ. ジョルジェットには一万五千フランの持参金があり、フィルマンは. (2). で寝ていたが、ルイ-ズ (当時のフィルマンの愛人)が寝てしまうと、 ジョルジェットがポ-ルの処にやってきた。. であるマ--・ローランが後見人をしていた少女だった.彼女はポー ルに会うなり、「この人が大好き。いつかお嫁さんになる。もしお嫁. 彼らはアール孤児院に行った.ジョルジェットはアール孤児院の院長. 誰なのか。ポ-ルの解説をまとめてみることにしよう。 ポールと父フィルマンがク-ルブザォワに同居していた当時のこと、. が紛れ込んでいることは当然だ。ところが、ジョルジェットとは一体. のエクリチュールに親しんだ者なら誰にでも感じられるメランコリ-. 文章はポ-ルのものとしては例外的にはずんだものであり、ジョル ジェットとポールの穏やかな関係が伺えるが、そこにわれわれポ-ル. こう言った。「今では幸福になる確信があるの」。. (21).

(16) ボ-ト・レオト-. 、あるいは内面の都市. に自らが陥って. は今日の午後におこったことを反窮するが、昨晩からブランシュの体 調が悪-、苦しんでいるのを見ると、「道徳的な病」 いるのを感じないわけには行かない。 だが、ジョルジェットのおかげでポ-ルの中に完全なパリが回復し たことだけは明らかである。「僕には行きたい所が二つある。ジュネI ヴと君の行-所だ」.ポールがそう語るのをジョルジェットは訳も分. 自分のしてきたことを心底から楽しんでいない男が感じられる。. 三六. まずは賛辞から、次いで批判へと移る。賛辞として挙げておいた方が. の面々。『情人』についての解説はヴァレットによって行われている0. キヤール、ティナン、ファニ-、ヴァレット、ファルグ、アルベール. についても、彼女はポールに「あなたは私に無関心だ」とか、「私も. は、時折、別の男と夕食を共にし、帰るのが遅かった。二人でベッド. 当時のポールの生活ははぼ安定していたが、問題があるとすればブ ランシュのことだけだった。ジョルジェットとの関係に気付いた彼女. のドキュメントになっていること、そして、一人の個人の感情がその 限界まで辿りついていることであり、批判されたのは、この作品の不 道徳さである.さらに次のような意見が開陳される.1九〇三年1月 十三日のポ-ルの日記に従ってそれらを見てみよう。. 約一月後、『情人』が本屋の棚に並べられ、それからまた一月後、. 後悔したりしている。そしてブランシュもジョルジェットもいなかっ た昔の哀しい日曜日に戻れると素晴らしい、などと考えて、新し-飼 うことにした猪のプールを撫でる。. 若い女よ。愛されたい」と言い、彼は詰った。ポ-ルは、ジョルジェッ トの家に行き、「ここに居て」と彼女に言われたときの事を思い出し、. が待ち遠しいね、と語っていたようだ」と冷静に書き留めている。. 刷に回された。ポ-ルはこうした意見を聞きながらも大した感想は持 たなかったようだ。だが、彼は、「誰かがこれは素晴らしい。二作目. 多くの意見が交換されたが、批判的なものは少な-、この書物は印. とか。良いところはペリユツシュの死だな。. のか、とか、折角ヴァレリ-の名前を出しても何の効果もないこと. い処がある。例えばコメディ-=フランセ-ズで一体何をしている. それに分からな ても強調されている。でも哀しい本だな。-. 誠実なのだから。それに、その誠実さは、作品に出て-る冗談によっ. わえないのではないか。それは悪いことではない。少な-とも. 雰囲気というものが欠けている。 どんな読者にも好かれることはない。物を知っている人しか味. もっと別の者に この男は信じられない-らいに卑怯者だ。托して書けば成功したろう。-. - -. よいのは、この作品の誠実さ、そしてはとんど人間そのものについて. 彼が時計が九時を打つのを聞いたのは、メルキュールでのことだった0 ここで『情人』について編集会議が開かれている。出席者はラシルド、. (24). からず聞いている。. 時計が九時を打った。列車の出発の時間だ。これで終わりだ。数 (23). -. 梅本. 分後には彼女は私の生活するこの街からいな-なる。これで、事が 遂行され、終わり、閉じられた。生活は続-0 発. ジョルジェットがイギリスの立つその日、ポ-ルは別の出発をする。. 出.

(17) here.MercuredeFrance-Paris,)95. ポールは腹違いの弟からの電報で久しぶりにクールブヴォワに行-が、 それは父を看取るためだった。 (注) pau)Lかautaud.LettresamaTn 6,p.5)以下LMと記す.. LM,P.43 LM,P.5) LM,P.24inlntroduction6criteparMarieDormoy LM-P.べ LM,P.55 LM,P.57・p158 LM,P.58・p.59 LM,P.60・p.6) LM,P.64・p.65 LM,P166 LM,P.68 LM,P.74 LM,P.76 LM,P.77. PaulL6autaud,JourTWllittbraire].p.42以下JLと記述。. LM,P.8) JL,P.42 JL,P.44 JL,P149 JL,P152 JL,P.56. 、あるいは内面の都市. 壱. JL,P160 JL,P.60. ポ-ト・レオト-. 梅本. 仙 C24)@3)622)@1) ¢0)(19)(18)(17川6)仏5) (14)(13)(12)(ll)(10)(9) (8) (7)(6) (5) (4) (3)(2).

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