芭蕉連句贅註 : 元祿五年春「両の手に桃とさくら」の歌仙について
8
0
0
全文
(2) 蕉. 芭. 連. 句. 『許野消息』に, 「葛の葉の面見せけり今朝の霜. 資. 35. 註. 「此は-たび嵐雪. 芭蕉」の句について,. が翁にそむきし事の直り侍る時に,幸吉いて遣はされ侯句也」という説明が見える。芭蕉 の今回の帰来に際して,嵐雪との問にあったというわだかまりがとけたとすると,都合が よすぎるとも思うが,わだかまりの反動があって, 「草庵に桃桜あり,門人に其角嵐雪を もてり」の前書を持ち,. 「両の手に桃とさくらや草の餅」の極めて率直大胆な語調で,其. 嵐の二子を富めあげた句が作られ,それを立句として一巻が巻かれる次第になったのかも. 知れない。 いま,その一巻を註して見よう。 2. ところで,この「両の手」の歌仙は『幽蘭集』. (寛政12年). ・『金蘭集』. 等にはそのまま収められているが,近代では,賀川他石の『芭蕉全集』ほ,. (文化3年) 「此巻ほ発句. によりて元蘇五年のものと推定せらる。著大が此書(『三吟未来記』のこと) ㌢こ発表せる を初出とす。多少疑問視せらるる巻なり」と注記し,『芭蕉一代集』(勝峯晋風・昭和3年) も同様に疑っているが,. 『芭蕉大成』(昭和37年)はそのまま収載し,. (昭和43年)は「底本とした『三吟未来記』. 『校本芭蕉全集』. (明和二年五月序)に初めて見えるところ. から多少疑をもたれているものであるが,反証となるべきものがないのでここに収めた」 として,元緑五年の作品群の最後に載せている。存疑の部にも入れ切れないという態度で ある。 『古典文学大系』(昭和45年)はその掲載法を『芭蕉全集』をそのまま踏襲してい るが,注記ほ省いている。. この様に,この歌仙の位置が不安定なので,これに関心を持ち,解釈を試みた人ほ少い。 石今の『芭蕉俳譜附合集評註』 (文化12年)がその数少ない一つであり,他にほ先に挙げ 『附合集評註』の面白いことは, た『校本芭蕉全集』の中村俊定氏の頭註が頼みになる。 もともと参太が,芭蕉の附合の中,優れたものを選んで『芭蕉翁附合集』を編んだ(安 永5年),その中に,この歌仙の芭蕉の句が殆んど全部採ってある,それに評註したので あるから,この歌仙-の信頼は厚い。歌仙支持者の例のものとして強力なのである。. .. 金作-1. .;・・・・1・---I.... ・・・・t.. ・・・り、・・.... -i.. T=',J・1い.,∵-\いJ'J --]・. 納・・]]:・ .い-:.( .I,-.㌧・. 路・;;;-;]7・・・・・・;・ J・・.・-・・・'.(.・・∵・. ㌦】-・・_/・・ノ.I.J・∵;i・l・・:?・ ・?.・,?..]'・;∵ い∵r..・・・-・・y,・.・-1・y・ナも..ネ丸‥・ー・-,.., rく1-]・(i. ′1・/I;_ ・・す,;;・・・;.i.I;.I--i.?..‥・:・・,・. み-人ノ門錦絶まひ-柑-・tJ3矛∼roそ ・レ・・-・∴-.I;・T・ ・・[.i.:.. 職巧・甘作.. I,・.・・・・・・. 放捲れ巷鮎㌃-をロゾ甘蕃 t箸-ノYみ-かりJ上てて孟あ少簸7し孟綻本 岬-y7、れ冨4とJノ各Jつめ1,各>貰 ,JW去・写みまて豊富jい -di化ム丸∼・争払ぃ虞包め′客Jbr3七 触鯛鼻象絶考. ・・・・・一∼・・・.・・・・:.. I-<・-∴・・L∴-<・./.」. ・'・.=T:ノ・-._.[J:!・・・・・・・‥缶 ・・一昨{i?・iゝ?i,A,--. I,・・・・・・・・1・1J・[・・・・・・・ ・:itL・;・・,-J∼・.1∴ ・・JL]・∵・sい.・・・・. /;・・・..:i..,・・. ・:・,・・・・{・i;. I.. -(∵・.?・一・・・.. ・・・;)1・?I,〓′.. ・.;.=・5.i... -・. ・・・・・・1∵・;Lhエ. '・i・∴′・・・:・・. ・・,.・<:. ']・・i?,=)・一. I.;-‥. 『俳語末釆記』の序. ・. /1、・レ-・・=-. ・i・..・・∵・・.り. '・;i-L[・・・・. I:.. 量竜淡雪私めか∼--空ろ. '・.I... ・.. ●..、1'・・/・・'・.. ∴・・.・. -1・・・・]・[1t・:;1・・... ・・. -.. :;・:.. ・i・;・・-・・C<・・t.. ・・・・・・・. ・・.. ゃ乍ヱ-・-とじり占月ユま-雀咋--終ノ1. -.い.;[[..・1.T・・・・・_′け1・・ね・4・・,・.. 咋-鴫咽鮎L為董巌ムTl 乞書.ぎてノ乙旦ケ '・."・・・],,・;.・:・. ・]・・.・..∴・ト;ハ[p・†J_i.r・,]・・・:I_ ・l・7・・];d丸:・・・・-・1・,・・.I ・・:T・・∴.・t.1.J・11]・・l.t'i.・. -_∵.・・ ・}i:.・八・∵:I;・].::・:{={ ・;/・.・7:'・;. A,.」∴i・,・1・ ・・;_. ・・-・ '3.
(3) 36. 田. 吉. 義. 雄. 3. 両の手に桃とさくらや草の餅. 芭蕉翁. 発句。春(草の餅). 「桃も桜も春の季語であるが,こ この句にほ諸家の解があり,いま注目すべきことは, の句でほ草の餅が主題となっている」 (『芭蕉大成』岩田九郎)ことであろう。 「雛祭に際 して,桃も桜もあるが,更に草の餅まであってまこと楽しいよ」という解でよかろう。率 直で,オーバーで,其嵐に対する思惑などいろいろ考えられもしようが,深入りする必要 もない。余り句格としては高いものでほないからである。 ちど. 翁に馴し蝶鳥の児. 脇。春(蝶). 嵐雪. 発句-の挨拶である。わが門の桃桜と嘗めていただいたが,花に親しむ蝶・鳥のように 幼ない時から翁に馴れ親しんで釆たおかげです。その児が成長したものですという意。 「翁に馴し」と即物に釆た点いかが。其嵐ほ共に芭蕉の江戸-釆た当初からの門人。 野鼠敷の火縄もゆるすかげろふに. 其角. 第三。春(かげろふ). 野屋敷に住む人に火縄銃の使用することを許してある。ひろびろとした原中に住む人。 鳥などを取って暮している。田舎人の悠揚迫らざる生活を詠んだものであろう。火縄にか げろうの立っている様か。この様に解したが,やや不十分のようでもあるo 山のあなたの鐘聞ゆ也. 翁. 初折の表四旬日。雑. 野屋敷の広野の彼方から鐘が聞えて来るのである。 のり下に月毛の馬の有明て. 初折の表五旬日。秋(月毛の駒). 雪. 。月の句。. のり下ほ乗掛馬(江戸時代の宿駅の駄馬)の腹の両側につける荷物。十貫目づっ二個と. する。月毛の馬は「とき毛の馬。鳥のときの羽裏の色だと言う。葦毛のやや赤味を帯びた 『大日本国語辞典』は用例に『源氏物語』の歌を. もの。転じて月そのものを誓えて言う。. 引く。古くからの言い方である。夜をこめての衆人が,馬上暁を告げる鐘の音を聞いたと いうのである。場面構成ほうまくできているが,それかと言って余情,余韻に乏しい附句 である。 風ひややかにきれぎれの雲. 角. 初折の表六旬日。秋(ひややか). 朝早い族路の気象風景。風ひややかに,きれぎれの雲の中に,有明月の残る空。前句の 構成の重さに対して,こう逃げるのは常套手段。打越の「山のあなたの」の句も同様の気 配で一巻の運びを味のないものにしている。. 傍輩に相撲の打身いたはられ. 翁. 初折の裏一句目。秋(相撲). 負け相撲にて,一段と風の冷たさが身にしみるのである。 帯ほころばす金のたしなみ. 雪. 初折の真二旬日。雑.
(4) 芭. 蕉. 句. 連. 賛. 37. 註. いたわりの例であろうか。帯の間に縫ひ込んだ金か。女性一女房であろう。. 寝言さへ初瀬詣の南無大慈. 初折の裏三句目。雑. 角. 女性の初瀬寵りほ一つの憧れであった。帯ほころばす金は,その為の-そくりである。 王朝のみやびである初瀬寵りに,信神の深さからとは言え,寝言にまで観世音菩薩の名号 を言わせるのほ,. 「例の俳詔」. (『附合集評註』)であるとは言え,余りにもわかり過ぎ,見. え透き,常套的であり過ぎる。寝言を言わせず,やほりみやびの振舞をさせ,そこに気品 のある「をかしみ」を醸し出すのが,芭蕉俳詣の本領のはずである。 こ. 、ら. 翁. まめ蒔しまふ宵過の東風. 初折の裏四句目。冬(豆まき). 「初瀬ごもりを年寵りの夜と見たる附合なり。. 」 「附ごころは節分の夜もすでに豆うつ音 さて. もやみ,宵過ぎより何となく春は釆にけるすがたにて,東風そよそよと吹来る,借ほ初瀬 (『附合集評註』) ごもりの人の寝言時分なるべし。豆うつ音ほ初瀬の町ならむか。」 初折の裏五旬日。雑. 雪. 酒さます杖にかぼそき禿ども. は古ヂ. 『芭蕉全集』の註を借りよう。 「禿一ここは禿あたまの意. このあたり句が難解になる。 か,節分の夜を帰る老人のさまか。 こううら. 剥ゲやともらふ老の紅裏. 角. 初折の裏六旬日。雑. 「剥ゲやともらふ」がどうにも難解である。『評註』では「もらふ」に「貰ふ」の字を当 てる。. 「紅裏」は赤い裏を着けた衣服。江戸時代老人・医者等が着用。ただし許可なけれ. ば着ることができなかった。紅裏の衣服を貰うは有難いことながら,何かもう心細い額齢 である様だ。. 負軍功老に引てか-る也. 翁. 初折裏七句目。雑. 「前句きこえがたけれどこころみにいふ。導き人より,老人に紅裏の衣をあたふるに, たはむれにあまりよすぎたるがにくさに,剥げやといひたるならむ。これも世態にある事 なり。. 後句軍ををかしくつくりたり。(中略)附ごころほ大将の老武者をいたはりて,美服を下さ れたるなり。底ごころには賓盛が錦の直垂を宗盛にもらひたる僻もあらむ」(『附合集評註』) 老巧の武将が,敗戦に際して,上手に軍を撤退させたというのである。その褒美として 紅真の衣裳を賜ったのであろう。 ふたたび暮るる霧の明方. 雪. 初折の裏八旬日。秋(寡). 戦場は穿のまま明けてほ暮れるのである。 I王こヽ い. 見尽して蚊屋へ這入る月の友. 角. 初折の裏九旬日。秋・月の句。. 前句にL山里のにおい,夜のやどりのにおいを汲み取っての附。山里の住家に,月にあこ.
(5) 38. 義. 田. 雄. がれて訪れた友が,思いのまま月を賞味し尽くして,さてと,蚊帳の中に入って釆て寝よ うとするさま。 さ. を. しか. 奄の雑水をすする小男鹿 山家のさま。. 翁. 初折の裏十旬日。秋(小男鹿). 「縁の際まで小男魔の来る庵なり。うらやましき住居なるべし」. (『附合集. 標註』)0 とほり. 雪. -通彼岸の華の咲ちりて. 初折の裏十一句目。春(花の句). 彼岸の頃に咲く桜も,一通り咲きまた散ってしまった。庵をめくtlる季節の移り。大小の 波潤も無くて過ぎて行く。. 「散ってしまった」と言ったが実は花はまだ残っているのもあ. る気配。 うずまき. 角. 日永にめぐる嵯峨や太秦. 初折の裏十二旬日。春(日永). 春の日永の散策。解するまでもあるまい。 さてこれで,初折の裏表,註解し終えたのであるが,ここまでに既にこの歌仙の,誠に 興趣の湧かない一巻である事に気づかれたであろう。どこにも深いところもなく,手をた. たいて興がるべきところもない。芭蕉らしい機智も雅趣も,余韻もない。翁の附句とする 十四旬日の「負軍」の句とて,説明的で余韻余情ほまるでない。 面白いところを捉えたかと思えば,. 「見尽して」の句がやや. 「雑水をすする小男鹿」も,よく思いついたと見えて. 「日永」の いて,なお考えて見れば平凡な取り合せに過ぎない。そして続く「彼岸の花」 句も少しも変化のない附である。歌仙も初折の裏のこのあたり,そろそろもっとはずみ, もっと楽しく,もっと流れるはずである。つまりこの作品ほ,芸術性の乏しさ,或いは質 「反証となるべきものがない」 の悪さから,芭蕉の連句ではないと断定していいと思う。 (『芭蕉全集』)とされるが,この内在批評,作品自体で語らせたことが,確かな反証だと 言えないであろうか。 4. キの歌仙が,芭蕉のものではないと,決定されれば,もう続いて註解するのも煩わしく さえあるのだが,これからこの折,あるいは優れた展開をするのかも知れない。もう少し 続けることとしよう。ただ,より簡略を心掛けよう。 よろ. あたたかに綿子とらせん弱法師. 雪. 名残の表一句目。春(あたたか). 日永を,嵯峨太秦の寺々を廻っている弱法師(よろよろした乞食法師)よ,綿子(胴着 用の綿入れ)をやろう。そうすればお前もあたたかになれるだろうから。 御医者まじりに伽衆立るる. 翁. 名残の表二旬日。雑. 「弱法師をいたわりて綿子とらせる人は,なほ人にはあらで,人々もつきしたがひ,御.
(6) 蕉. 芭. 連. 句. 賛. 39. 註. 医者までつれたる,やごとなき御方ならむとの附合なるべし」この『附合集評註』の石今 の解よろし。. 角 名残の表三旬日。雑 ふ諒たを波よ波よと追もどし 伽衆を連れた高貴の人の乗った船。波が来た,舷を越えるかも知れないと大さわぎして いる景。 てうちん見ゆる町の入口. 雪. 名残の表四旬日。難. 船着場での景か。町の入口に見える提灯は町の目印か,それとも町の入口のあたりに人 が,提灯をさげてざわついているのか。いずれにせよそれにJ亡)ひかれて見るのである。 翁. 女房よぶ釆星の亭主若やぎて. 名残の表五旬日。恋. 初折に恋の句が出なかった。それで面白味が少なかったのかも知れない。. 「町の入口ま. で提灯見ゆるは嫁入と見て,その嫁は米屋の亭主の後づれにゆくなるべし。さてこそ米屋 の亭主の若やぎたれといふ滑椿なりo」このあたり『附合集評註』の解的確である。 名残の表六旬日。雑. 角. 高田の喧嘩はやむかしなり. ここまでこの歌仙とつき合って来て,この句に来て,驚いたのである、。これは明らかに高 田の馬場での中山安兵衛の血闘で句作りされている。高田の喧嘩とはっきり断っているし,. この仇討の見事さに,浅野の家臣堀部弥兵衛がすっかり惚れこんで,安兵衛を娘の聾に迎 『江赤見聞集』巻 えたことは世間周知の,話題であった。講談種として尾鰭がつくのだが, 六,. 『耳袋』その他に見える信想性のあるトピックなのである。前句の「女房を呼ぶ」か. ら娘の聾にとの,縁組の話を思いついて,高田の馬場の喧嘩をつけたのは疑うべくもない○ 夏寒き閑孫六ぬきはなし. 雪. 名残の表七旬日。雑. 閑の孫六(兼之)ほ室町の名刀鍛治。その刀の刃文が三本杉の形をしていたので,閑の 孫六三本杉と呼ばれた。それが安兵衛の使った刀なのであるo さて,高田の馬場の血闘は,事実談であり,それは元緑七年二月十一日のこととされる。. それならば,元緑五年春作のこの歌仙にほ詠みこみ様もない。まして「古い昔話になって しまった」というのでは,この歌仙は元緑七年よりもずっと後のものとしなければならな い。こんなところでこの歌仙の芭蕉作ならずという反証が出た。この歌仙を読み続けて釆 て,その芸術性から芭蕉の作品には非ずとした考え方の正しさが裏ずけられたのである。 芸術性からと,内容に含まれている事柄の矛盾との両面から,芭蕉作でないと決定された のである。. こうして,今は全く賛註になり果てたが,なお続けてみる。 たしなき風の石菖-来る. 翁. 名残の表八旬日。夏(石菖). たしなき風はちょっとの風。あるかなきかの風。. 「これも名高き附句なり。前句かばか.
(7) 40. 義. 田. 雄. りつよくたけき場を引はなして,軽くうけ流したる,まことに翁の手段ならで,誰れか及 ばむ。. (以下省略)」. (『附合集評註』)のこのような解も,この句が翁の作でないとすると. 改めて考えさせられるものがある。今となってほこれまた賛註なのであろうか。 牛の子の牛にせかるる市の中. 角. 名残の表九旬日。雑. 牛の子が親牛と共に操まれている市中の雑杏の図。夙もはんの少ししか吹き渡らない。 暑い時刻のこと。 どうこ. 江湖披露の田舎六尺. 雪. 雑. 名残表十旬日. げあんど. 江湖は「禅宗,特に曹洞宗にて四方の僧を集めて夏安居の制を行ふこと」. (『大日本国語. 辞典』)江湖会の約。江湖会の催されることを寺男が四方に使して報せて歩くのである。 田舎六尺の田舎は前句牛の録。 とつぷりと夜に入月の鳥羽縄手. 翁. 名残の表十一句目。秋(月の句). 江湖披露にとび廻って,夜が更けてしまった様。鳥羽ほ京都東南。縄手は田の中の細道。. 鳥羽の田圃は有名。 『附合集評註』にほ「させるこころなしや」と.ただ一言。 雪. いづくとまりと鴫の行らん. 名残の表十二旬日。秋(鴫). 鳥羽の田面の喝に思いを寄せたもの。鴫は雁の俳讃。 角. ■糊たちに四手うつ菖の裏表. 名残の裏一句目。秋(葛). 糊たちは糊のよく利いていること(『校本芭蕉全集』)。四手(幣)うつほ砧を打つこ と。. ずんずとのびる男兄弟. 翁. 名残の二旬日。雑。. 『附合集評註』,「鳥羽の絶手」の句評に並んで「上に同じ」とのみ。 雪. 一度ほ江戸をみたがる小あきなひ. 名残の三旬日。雑. どんどんと成長する男の子たちの心情。小商人の子供たちだが,花やかな江戸への憧れ。 みたらし汲で神の門前. 名残の四旬日。雑. 翁. 繁昌の地,江戸を見たいと神に祈るのである。つき過ぎる程よくついている。説明を要 しまい。. 栄よと未来を植し花の陰. 角. 名残の五旬日。春(花の句). 神前の桜。これも説明を要しまい。ただ余情も乏しくそっ気ない桜である。. 三人笑ふ春の日ぐらし. 雪. 揚句。春(香). 三人は言うまでもなく芭蕉・嵐雪・其角である。笑うのほ俳諮を巻くこと。春の日暮ら.
(8) 芭. 蕉. 連. 句. 賛. 註. 41. しを俳譜を巻いて楽しんだというのである。俳譜は滑梧,それを作ることを笑うと言う。 めでたく巻収めたつもりであろうが,句品の無さ,談林期の作でも見るようである。事務. 的であり空疎である。. 一巻を註し終ったが,歌仙のどの部分にもJbを昂揚させるものに行き当らなかった。た 「両の手」 だ,これが芭蕉のものでないとの決定を見たので,それがわずかの救である。 の歌仙にほ今後たれも手を触れる必要がない。それでこの賛註の役目は終ったのである。 この歌仙を否定すると,元緑五年春には「鷺や餅に糞する縁のさき」の作品しかない。こ れは第三まで並べてみても 鷺や餅に糞する縁のさき 日も其直に昼のあたたか 薮入を土只やぶ入と見せかけて そのゆったりと悠揚せまらぬもの,読む人を愉しさに引きこむのである。屋上屋のそし. りをさけてこれにはいまは註をしない。紛う方なき芭蕉の歌仙であり諸家の釈も多いから である。.
(9)
関連したドキュメント
従って、こ こでは「嬉 しい」と「 楽しい」の 間にも差が あると考え られる。こ のような差 は語を区別 するために 決しておざ
つの表が報告されているが︑その表題を示すと次のとおりである︒ 森秀雄 ︵北海道大学 ・当時︶によって発表されている ︒そこでは ︑五
つまり、p 型の語が p 型の語を修飾するという関係になっている。しかし、p 型の語同士の Merge
遠くに住んでいる、家に入られることに抵抗感があるなどの 療養中の子どもへの直接支援の難しさを、 IT という手段を使えば
自然言語というのは、生得 な文法 があるということです。 生まれつき に、人 に わっている 力を って乳幼児が獲得できる言語だという え です。 語の それ自 も、 から
□ ゼミに関することですが、ゼ ミシンポの説明ではプレゼ ンの練習を主にするとのこ とで、教授もプレゼンの練習
社会的に排除されがちな人であっても共に働くことのできる事業体である WISE