• 検索結果がありません。

僻地教育に関する地域教育政策論的一試論

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "僻地教育に関する地域教育政策論的一試論"

Copied!
13
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

僻地教育に関する地域教育政策論的-試論

斎  藤 毅

Tentative Studies on the Remote-rural-education from Viewpoint of the Policy of Regional Education

● ● Takeshi Saito 139 1.は じ め に わが国におけるいわゆる僻地の学校教育は,昭和29年に『-き地教育振興法』が施行されて以来, 教育施設の充実をどの行政的諸施策と共に,教育技術の改善に関しても教育機器の授業-の導入を はじめ,一定の成果を示してきたことは事実である.しかし,一方において,昭和30年代の後半か ら次第に顕在化してきた過疎現象は,僻地においては特に著しく,集落そのものが崩壊するに至っ た場合も稀ではをい1)。概して僻地における過疎現象は,従来の僻地教育の諸成果を絶えず減価さ せると共に,その地域的を諸問題を一層多様化させ,深刻さを増大させている。この様を地域的を 諸問題に対して,従来の僻地教育は余りにも無力であり過ぎた様に思われる。 確かに,僻地校の教員の個人的を努力によって集落機能がようやく支えられてきたような場合も あるが,これは従来の僻地教育に関する諸施策が当該僻地において地域的をシステムとして十分に 機能し得をかったことを示していると云えよう。これまで多くの場合,僻地-の教員派遣がひたす ら教員の個人的善意や教育愛,ヒューマニズムをどに訴えかけるかたちで行われていたことをみて ち,このことは明らかである。これらの個人的を努力や信念は,客観的に確立されたシステムを前 提として,はじめて十分に作用し得るものである。 従来の僻地教育が,当該僻地の地域的を諸問題に対して十分を力と覆り得なかったのは,これま での僻地教育に関する施策の一般的傾向とも無関係では覆い様に思われる。すなわち,これまで僻 地校を主として小規模学校として位置づけ,専らその経営に関する技術的側面に主眼がおかれ,単 級学校,複式学級の教育技術の改善をどの諸施策が,むしろ当該僻地から切離され,ほとんど実験 室的手法2)によって進められてきたことにもよる。当該僻地の地域的特性に関する十分な研究成果 に立脚しない僻地教育はどうしても形骸化を免れない。 近年,教育学界の一部において教育環境学的アプローチが見直され,またr一地域. -の関心3)が ようやく高まってきたようである。とは云え,現在までの教育学界の研究諸成果についてみる限り, 「地域」がまだ著しく プリミテイヴを理解にとどまっており,また独自の研究手法が確立されてい *1976年11月16日受理

(2)

140 僻地教育に関する地域教育政策論的-試論 ないばかりか,地琴嬰,地域経済学,文化人類学などの地域?琴論に関する諸成果を吸収し得る段 階にも至っていない。このことは,わが国における従来の教育学の主流を形成していた観念論的を■ 体質とも関連する問題であるが,同時をこ,地理学においても従来教育現象-のアプローチがほとん ど行われず4),その研究成果の教育学との共有への指向を欠いていたことも指摘し得るところであ る。 筆者5)はさきにこの様な傾向に対する反省のうえに立って,僻地教育に関する新たを視点の確立 を目指した一つの方法論的展望を試みている。小論は,その一層の深化を目的とすると共に,わが 国における僻地の地域的多様性を明らかにしつつ,北海道および東北地方に次いで僻地指定校が実 数,割合共に高い西南日本の西海諸島6) ・南西諸島の場合を中心に考察を進め,若干の具体的を地 域教育政策論的提言を試みようとするものである。この地域は,本土とやや興る生活様式を示す亜 熱帯性の多数の離島から成るが,特に僻地の地域的特性については,従来研究の進められてきた東 北日本のそれと多くの隔りを示すにもかかわらず,これまで僻地教育に関する研究例が著しく乏し かったためである。

2.従来の研究とその特性

北海道教育大学の「僻地教育研究施設」を中心とする大学などの研究機関と共に, 「-き地教育 研究連盟」をどによる組織的な研究は,確かに『-き地教育振興法』の施行を一つの契機としては じまったものである。しかしながらそれ以前にも僻地の教育に関する研究は決して少いものではな かった。それらの諸研究を研究史的に検討するのは必Lも小論の目的ではないが,論考を進めるた めの前提作業として,それらのうち,主要を系譜とその特性を明らかにしておきたい。 僻地における学校教育と\それをとりまく教育環境の諸問題に対する関心は,わが国では早くも 明治中期には払われており7),その改善-の施策に対してさえすでに幾つかの具体的を捉言がをさ れているほどである。 もっとも,当時の教育法規には「教育免除地.の規定8)があり,実質的に学制の施行されていな い僻地も少く夜かった。例えば鹿児島県の場合,吐喝榊列島と口之三島をもって構成されていた旧 十島村では,実に昭和5年に至ってはじめて学制が施行されているのであり,それ迄は各島毎に寺 小屋式の教育機関または私立小学校が,何等かの島の共有財源を基礎に運営されていた9)。従って, この様を地域では,僻地教育の質を問う以前の段階に久しく置かれていたと云えよう。 東北地方の現場教師を中心に,昭和初年に活発に展開されたいわゆる「北方性教育運動」をどに みられる「綴方教育_」 ¢)運動の一部は,僻地教育問題の解決をも包含した先駆的を民間教育運動の 一つとして理解することができる。もっとも,その時代的な制約と共に,元来) 種の文学運動を 契機としたこともあって,個人的を成果は認められるとしても,いわゆる僻地にお、ける地域間題の 解決に資する成果としては特にみるべきものがあったとは云えをい。 他方,ほぼ同時代における民間の研究・教育運動として発足した「郷土教育運動J は, 「郷土」

(3)

斎  藤     毅     〔研究紀要 第28巻〕 141 の研究に対する新らしい教育的視点を確立し,その教材化に対して一定の成果をあげ得たことは評 価すべきものがある。これらの「郷土」の少をからぬ部分が,いわゆる僻地としてそれまで近代的 な学校教育からとり残されていたためである。 とはいえ,これらの運動がやがてr日本民俗学」の形成に収赦し,さらに,その後昭和22年に創 設された「社会科.が,当初その実現に多くの努力を払った柳田ら10)の目指したものと著しく異る に至って,教育運動からほぼ完全に離脱することに覆り,現在の日本民俗学の研究者にあってもこ の傾向が著しいのは惜まれる。 ところで,わが国において教育学の研究対象として一定の体系化を目指しつつ僻地教育問題が取 上げられることに怒るのは第2次大戦後,教育社会学の発展がみられるに至ってからであり,ほと んど昭和29年の『-き地教育振興法」・の施行前後からであるとみて差支えない。 北海道教育(学芸)大学僻地教育研究施設による北海道の開拓集落をどをフィールドとした教育 社会学的研究11)と共に,当該地域の小規模校における教科教育学的研究12)には見るべきものが少 くない。 他方,岩手大学など東北地方を主とする国立大学の教員養成学部における研究者と現場教師との 共同研究にもすぐれたものがある。特に, 『ァッカ--き地の社会と教育。13)は北上山地の北部を 責める下閉伊郡岩泉町安家地区をフィールドとしたもので,その自然環境や社会構造,生活様式を どに関する客観的を分析を背景にこの地域の教育の実態を報告したものであり,へき地教育研究の たなすばら 一つの「古典.とさえ云えるものである。 『-き地・種苧原の生活と教育。14)ち,新潟県中部の多雪 也,古志郡山古志村をフィールドとしたすぐれた著作である。山形県を中心とした溝口15)の著作に も学ぶべき点が少く覆い。 この様に,主として東北日本の僻地を任意にとりあげ,これを主に社会学的手法によって分析し I 孜がら僻地教育の実態を追求したモノグラフの労作は必Lも少くないのである。しかし夜がら,わ が国の僻地の多様化に注目し,各々の地域的な類型化を目指す地理学的視点に立ったアブ。'-チは ほとんどみられず,従来のモノグラフが同一地域に偏りがち改めもこのためであると考えられる。 多様が也域における精微をモノグラフの蓄積は,僻地教育の理論体系の形成に不可欠であるこrtとは 云う迄もない。 夜お・,日教組の「僻地部会.を主とする諸報告を再構成した『-き地における国民教育の創造。16) 紘,全国の僻地を広範囲にカバーしている点は評価し得るが,論拠と覆る各フィールドにおける客 観的データが著しく不十分であるにもかかわらず,先験的をイデオロギーのみが徒らに先行するた めに,かえって地域の実際から遊離しがちとなり,同様に多数の現場教師の参加によった前述の 『ナッカ--き地の社会と教育。とは対照的に,資料的価値をも著しく乏しいものにしてい′る。 '以上は,僻地教育に関連する主要を著作に関するものであるが,これらの他にも,体験に塞く 「現地報告」に類するものやルポルタージュに分類すべきものはかなりの数にのぼっている。これ らの中にはやや文学的手法によって僻地のもつ諸問題を効果的に読者に訴えかけているものが少く

(4)

142       僻地教育に関する地域教育政策論的一試論 ないが,これらを教育学におけるアプローチの多様性を考慮しつつも,僻地教育の研究においてど の様に位置付けるべきかについては,夜お定見を持たないと云わざるを得覆いのである。

3.教育地理学的視点

教育現象に関する地理学的アプローチ,す夜わち教育地理学について,筆者17)はすでにその認識 体系の形成に関する可能性を明らかにしている。僻地教育の研究がこの教育地理学と大きをかかわ り合いをもつことはすでに指摘した通りである。今後,その大規模を発展のためには,地域的を教 育問題に関する統計資料の充実が最も期待されるところである。 従来,わが国の教育現象に関する諸統計は概して地域的を配慮の夜されているものは少いが,と りわけ小統計区を単位とする教育環境についての全国的を統計資料はほとんどみられ覆い様である。 教育行政の能率を高めると共に,当該地域の教員養成学部を中心に地域教育政策を構想し,具体 的な施策について行政-の提言を行うためにも,教育環境を全国の小学校区毎に統一的を指標で示 した『小学校区センサス』とでも呼ぶべき悉皆調査結果が,基本資料として是非必要なのである。 この整備には,単に文部省に限らず,文化庁などの外局をはじめ,全国約14万の農業集落を単位 統計区として農業センサスを実施している農林省とのデータの補完等,他省庁との協力が必要をこ とは云う迄もない。その具体的な構想については後日の別稿にゆずることとし,ここではこれが僻 地教育研究の基礎資料として特に重要を意義をもつことを強調するにとどめておきたい。 わが国の僻地の自然環境は,地理学的にみても著しい差異が認められるが,これは当該地域の伝 統的を生活様式-の投影を通じて,社会学的或いは民俗学的諸事象をはじめ,教育環境にも著しく 反映しているとみることができる。 第1図は,小学校の僻地指定校率を都道府県毎に示したものである。この図からも明らかをよう に,わが国における僻地の分布には著しい偏在性が認められる。同時に,分布の著しい地域は幾つ かのブロックに分かれる傾向を示しているが,これは若干のサンプル集落におけるフィールド・ ワークをはじめ,種々の資料から等質性を中心に総合的に推定すると,同図に示した様に少くとも 4つの地域に区分することが可能である。 すなわち, Ⅰ 北海道の小規模開拓集落を主とする積雪地型僻地 Ⅱ 東北・中部日本の山村集落を主とする積雪地型僻地 Ⅲ 一般的山村集落および内海性離島を主とする僻地 Ⅳ 西南日本の亜熱帯的特性をもつ隔絶性の強い離島性僻地 であり,これらは一応僻地および僻地校の地域類型を示すものであるが,今後さらに検討を要すべ きものであり,いわば,一種の作業仮説である。特に将来,前述の「小学校区センサス」が実現す れば,一層精徹夜ものが得られることは明らかである。 これらの諸類型のうち, 『-き地教育振興法』の施行を契機に,従来主として研究の進められてき

(5)

毅     〔研究紀要 第28巻〕 143 第1図 都道府県別小学校の僻地校指定率および僻地の地域区分 たのはほとんどⅠおよびⅡに関するものであり,今後, ⅢおよびⅣの類型について特にモノグラフ の蓄積が期待されるところである。

4.政策論的可能性

1)従来の諸施策 前述のように, 『へき地教育振興法』に基づく諸施策は,これまで主として行政のレベルにおい て展開されてきたが,少くとも教育環境の整備などに関してはすでに一定の成果をあげてきたと云 えよう。特に離島性僻地の多い西南日本の場合には,教育施設の建設について『離島振興法』の振 興事業による補助率のカサあげが認められたために,同法の適用されている諸離島においては,敬 育施設などの整備には目を見張るものがある。 さらに,小規模学校,或いは複式学級の経常法をどについても,現場における経験や種々の研究 事例に基いて,すでに一定の教育技術が確立されており,これらは各県の教育センター等における 研修を通じてその普及がはかられている。 そのうえ,従来著しく困難祝されていた離島性僻地の教員の人事異動についても,例えばすでに 鹿児島県教育委員会の場合,昭和49年度から「教職員の長期人事異動標準」が管理職任用試験と

(6)

144       僻地教育に関する地域教育政策論的-試論 セットして実施さft,全教員による僻地教育の分担の原則が確立されるまでに至っている。その運 用に関してはなお若干の問題が残されているとは云え,少くとも人事問題に関する客観的システム の確立は一定の評価のなし得るものであろう。この様に,僻地教育の振興に関する行政レベルで可 能を施策は,すでに完成に近づいたとみることができる。 2)教育方法論的改革 行政レベルにおける諸施策の完成は,しかし夜がら僻地教育問題の解決における-階梯を覆すに 過ぎず,それよりも造かに困難を教育方法論的改革が伴わない限り,実際には中途半端をものでし かをい。 前述の複式学級の経営における教材は,いずれも一般の学校におけるそれと特に異るところはな い。複式学級においては,異学年間で一定の調和がとれる様にそれらを組合せているに過ぎず,何 等かのオリジナルを教材開発の手法が特に確立されているわけではない。僻地教育の研修の対象と されているのは,この組合せの技術をのである。 この様なことから・,当該僻地における独白の.カリキュラム開発を前提とする「結節教材」の研究 徳,この段階において極めて重要を意義をもつものと云えよう。結節教材は「鹿児島大学教科教育 研究会.において形威された一つの教育学的概念18)であり,現在,その具体的な検証が進められて l       / 6i いるものである。これは原則`として,当該地域において極めて日常的にみられる教材化可能を素材 のうち,特にこれらが複数教科にわたって共通的に教材化をし得るものから選択される。従来, 個々に独立的傾向をもつ数教科が,当該教材を「結節.としてむしろ接近させ,相互に有機的を関 連性を導くことによって,子供にその教材のもつ多元的を広がりを当該地域の特性をふまえさせな がら認識させようとするものである。従って,一定の教材を多数の教科から同時に多方面にわたっ て学習させることになるが,そのためには独自のカリキュラム開発が前提と覆ることは云うまでも ない。 結節教材は一般の学校においても採用し得るが,とりわけ少数の教師によって幾つかの教科を受 け持たざるを得をい場合や,異学年の同時教授を必要とするようを僻地の小規模の複式学級におい て大きな成果を期待し得るものと云えよう。 この様を結節教材は,例えば奄美諸島の場合には, 「大島袖」, 「糖業」, 「サンゴ礁」などの事例 をあげることができるが,いずれも当該地域の自然や文化の特性を同時に反映するものであること がのぞましい。これらが,積極的を「地域学習」の手だての一つと怒り,僻地の場合特に重視すべ きいわゆる地域文化の復権を目指すための機能をも期待されているためである。 3)教育研究機関との連携      , 僻地教育に関する従来の研究は,現場の教師による自主的を研究の他は,各都道府県の教育研究 所或いは教育センターなどが,行政レベルにおける具体的を施策について行覆うものが主流を覆し てきた。 これに対して数少い例外は,先にも簡単に触れた「北海道教育大学僻地教育研究施設」をa,心と

(7)

斎  藤     毅     〔研究紀要 第28巻〕 145 するもので,ここでは現場教師の協力を得た組織的を研究が続けられている。例えば, 「大きを地 域と小さ夜学校.19)をど,小規模を開拓集落の多い北海道の地域的特性をふまえた多方面にわたる プロジェクト研究を重ねており,注目すべき成果も少くないが,概して教育学以外の隣接諸科学の 研究者の参加がほとんどみられ覆いようであり,その精微を研究成果もやや平板を傾きのあること は否定できない。 その他,若干の国立大学では,教員養成学部を中心に現場との協力によって研究が行われ,すぐ れた成果をあげた例もみられるが,その事例は少く,地域的にも束北日本の積雪地をど,偏りがみ られるのは前述の通りである。 僻地の教育環境は地域的に多様であり,例え行政レベルの施策に関するものであっても単純をモ デル設定では十分を効果を期待できない。とくに教育方法論的施策に関する段階にあっては,その 多様性は著しく増大する。 この様なことから,当該地域における国立大学の教員養成学部こそが,個々の僻地に関する豊富 を科学的地域研究の成果の蓄積のうえに立って,僻地教育に対する総合的な政策論の形成を積極的 に推進し,行政に提言してゆくべきであると考えられる。後述の様に,このようを研究に関しては 教育学の研究者による個人的な研究成果の集約のみでは十分を成果は期待し難く,隣接諸科学の多 方面にわたる専門分野の教官の参加するプロジェクト方式による手法の導入が必要とされる。この 点,講座制によらない現在のわが国の教員養成学部は,一般に学科間の壁が比較的薄いが,これは プロジェクト方式をすすめるうえで思わぬメリットをもたらすものであり,フレキシブルを対応の 可能性が大きい様に思われる。

5.僻地教育と教具養成学部

1)対応の現状 教育問題の深刻化と共に,現在のわが国における教員養成大学および学部は大きを転換期にさし かかっていることがしばしば指摘されている20)ひたすらに師範学校からの脱脚を目指し,旧剣大 学の模倣を指向してきた従来の路線が次第に行詰り,理念と現実の帝離が一層増大すると共に,他 方では現実の教育問題の解決が社会的に期待されるにつれ,新た夜道の模索がはじまったのである。 筆者21)はさきに,地方国立大学の教員養成学部が当該地域における住民の教育的ニーズを検出し, 現場の教師と共に,これを地域政策論的に再構成し,行政に提言する機能を新たにもつべきことを 提唱した。僻地教育に関しても,この様な観点からその政策論の一部に組入れるべきことは言をま たをいところである。 第1表は昭和51年度における全国の国立大学の教員養成大学および学部における「僻地教育論」 並びに「同実習」の開設状況に関するアンケート調査の結果を中心に示したものである。概して-き地指定校の多い地域ではこれらのうち少くとも一つが開設されていると云えよう。因みに鹿児島 大学の場合には,全国2-3位の-き地指定校をかかえる県にありをがら,教員養成の面では従来

(8)

146       僻地教育に関する地域教育政策論的-試論 第1表 都道府県別僻地指定校数並びに当該都道府県の国立大学教員 -き地指定 校数1) 小学校 へき地指定 校の割合 小学校 大 学 名 「へき地 教育論. の有無 「へき地 教育実 習.の 有 無 〝 〝 〝 青 森 岩 手 宮 城 秋 田 山 形 福 島 茨 城 栃 木 群 馬 埼 玉 千 葉 東 京 神奈川 新 潟 富 山 石 川 福 井 山 梨 長 野 岐 阜 〟 〟 〟 234 237 103 125 168 234 24 31 62 29 21 36 6 315 43 99 55 60 85 110 〟 〟 〟 110 74 29 31 39 53 6 15 14 7 0 22 3 89 8 24 16 24 27 36 〝 〝 〟 42.5 26.0 22.6 30.4 36.8 33.1 4.1 6.9 17.4 4.6 3.2 2.8 0.9 36.7 14.8 29.0 18.1 23.6 17.6 23.5 〝 〝 〟 41.8 28.2 13.9 18.2 21.4 19.5 3.0 8.6 7.7 2.4 0 3.0 0.9 25.5 8.8 20.1 17.0 22.0 13.4 17.3 北海道教育大 札幌分校 同 函館分校 同 旭川分校 同 釧路分校 同岩見沢分校 弘 前 大 岩 手 大 宮城教育大 秋 田 大 山 形 大 福 島 大 茨 城 大 宇都宮大 群 馬 大 埼 玉 大 千 葉 大 東京学芸大 横浜国立大 新 潟 大 富 山 大 金 沢 大 福 井 大 山 梨 大 信 州 大 岐 阜 大 〇   〇   〇   × ○ × × ○ × × × ○ × × × × ○ × × × ○ × ○ 「社会調 査法」 の必修 -き地教育に 関するカリキ ュラム上のそ の他の配慮 ×   ×   ×   〇   〇   〇   ×   ×   × 備   考 「教育学概論. 「教育心理学. でふれる。 「教育社会学. 「社会学.でふ れる。 実習は隔年開講 「教育と地域. の一部として行 う。 僻地学校授業参 観と指導 「教育社会学. でふれる。 「地域と教育」 の一部として行 う。 1) 『日本統計年鑑。 (1974)による。 積極的な施策がほとんどみられぬ現状であり,早急に何等かの改善が必要であると云えよう。 2)カリキュラム開発に関する科目の充実 わが国では従来, curriculumdevelopmentと,その従来からの訳語である「教育課程の編成.22)

(9)

斎  藤     毅     〔研究紀要 第28巻〕 147 養成学部における僻地教育関係科目の開設状況      (昭和51年10月現在のアンケートによる) 都 道 府県名 へき地指定 校数1) 小学校中学校 へき地指定 校の割合 小学校 静 岡 愛 知 三 重 滋 賀 京 都 大 阪 兵 庫 奈 良 和歌山 鳥 取 島 根 岡 山 広 島 山 口 徳 島 香 川 愛 媛 高 知 福 岡 佐 賀 長 崎 熊 本 大 分 宮 崎 鹿児島 沖 縄 大 学 名 「へき地 教育論」 の有無 「へき地 教育実 習」の 有 無 「社会調 査法」 の必修 へき地教育に 関するカリキ ュラム上のそ の他の配慮 備   考 静 岡 大 愛知教育大 三 重 大 滋 賀 大 京都教育大 大阪教育大 神 戸 大 奈良教育大 和歌山大 鳥 取 大 島 根 大 ・岡 山 大 広 島 大 山 口 大 徳 島 大 香 川 大 愛 媛 大 高 知 大 福岡教育大 佐 賀 大 長 崎 大 熊 本 大 大 分 大 宮 崎 大 鹿児島大 琉 球 大 × × ○ ○ × × ○ × × × ○ × × × × × × × ○ × × × × ○ × ○ 「へき地学校参 観」を行う。 「教育社会学. の一部として行 う。 「複式学級の教 育.として開設 部参 一の の 級 o 習学う 実式行 育複を 教に観 「教育社会学. 「社会教育.で ふれる 「地域の教育社 会学.の一部と して行う。 「教育社会学. でふれる。 「実習」に調査 を含めている. との間には,その概念にニュアンスの違いを超えた本質的を差異が認められる様である。元来,敬 育学の諸領域の中で最も魅力のあるべきこの領域は,わが国ではむしろ地味を存在でしかをい。こ れは「学習指導要領」の強い拘束性との関連によるものか,少くとも結果的にみて curriculum

(10)

148       僻地教育に関する地域教育政策論的-試論 developmentは著しく壊小化され,文字通り「教育課程の編成」として概念づけられているが,こ の様な傾向はほとんどわが国のみに見られる特異な現象であるらしい。この様なことから,近年意 図的に「教育課程の編成」の訳語をさけ, 「カリキュラム開発」としてその本来のダイナミックを 概念の復活を目指す傾向がみられる23)。 この様な本来の意味でのカリキュラム開発に関する研究の必要性は,わが国の学校教育全般に共 、 通する問題であるが,差当り,僻地教育にとっては学習指導要領からある程度自由を,独白のカリ キュラムの開発が学級編成の特性からどうしても必要であり,すでに制度的にも認められている。 それにもかかわらず,従来ほとんどの教員養成学部においては,僅かに「教材研究」か「教科教育 法」に付随するものとして開設されるに止まり,ダイナミックを教育的試みが行われることはほと んどなかった。 r この原因はやや複合的をものではあるが,鹿児島大学に限らず,少なからざる他の教員養成学部 における学部形成の理念の混乱と,それに伴う教員養成の教育計画に関する体系的研究の,ほとん / ど欠除とも云うべき状態と大きを関連がある様に思われる。 教員養成学部としての教育学部(学芸学部)は,その創設の当初,旧制師範学校的要素の払拭を 急ぎ,新たな学部形成の理念をほとんど旧制大学に求め,ひたすらその形骸的模倣につとめてきた ために,いわばその社会的機能とも云える教員養成のための基本的機能を極端に低下させ続けてき たのである。 教員養成学部における「社会科」, 「理科」等の各教科の構成教官は,本来,当該教科のカリキュ ラム開発のためのプロジェクト・チームと考えられるべきグループであると云えよう。 前述の結節教材の開発とも直接関連するが,教員養成の場で,この様なプロジェクト・チームに よる研究成果をもとに,学生に対してカリキュラム開発に関する一定の訓練が課せられてしかるべ きであろう。その具体的を手だてについては後日の検討にゆずるとしても,単なる既成のカリキュ ラムの手直しとは質的に異り,地域教材の発掘に関する技術の修得を学生に促すことは,教員養成 学部の新らしい理念の形成と積極的なかかわり合いをもつものと云える。 とりわけ,西南日本の場合,この様を理念の形成は,生物地理学的にも,文化地理学的にも,本 土と一定の距りを示す渡瀬線以南の亜熱帯性の離島においては,いわばわが国ではじめての「亜熱 帯地域からの発想」に基くカリキュラム体系の構成-途を拓くことにも通じ,その意義は一層大き なものとなるのである。 3)野外科学的思考の訓練 近年, 『離島振興法』と共に『過疎地域対策緊急措置法』をどに基いた社会資本の充実を目指す種 々の施策が進み,かなりの改善がみられるとしても,僻地の生活環境には依然厳しいものがある。 これは特に離島性僻地において著しい。僻地との教員の人事交流が一般に困難をのは勿論このため であるが,概して僻地の勤務に対して必要以上の心理的負担を感じがちであることは否めをい。特 に,農山漁村での生活経験をもた覆い場合にはこれは一層深刻をものと覆る。

(11)

斎  藤     毅     〔研究紀要 第28巻〕 149 a

H

紺喝の第1表からも明らかをように,すでに僻地を多くかかえる都道府県の若干の教育学部にお いては, ∫-僻地教育実習」を開設している場合があり,また,一部では「社会調査法」を課してい る例もみられるが,共に僻地教育の振興にとって,すぐれた試みと云えよう。 しかし,さらに一歩進めて,教員養成学部にお車て野外科学24)に対する開設科目を充実させると 共に,野外科学的思考を促すトレーニングの機会を多く設けることは,当該僻地に関する科学的認 識を深めさせるばかりでなく,前述の地域的諸教材の開発とも関連をもっものであり,地域にふさ わしいカリキュラム開発を行うための前提的条件を覆すものといえる。ここではとくに自然地理学, 人文地理学,文化人類学,日本民俗学,社会学,自然研究をどに関する野外実習がこれにあたる。 この様を野外科学に関する思考訓練の経験を得たものは,赴任地がどこであれ,その地域の諸現 象を一つの科学の対象として認識することが可能となるために,不必要を心理的負担を感じをいば かりか,進んで当該地域の自然環境または教育環境に関する科学的をデータ収集-の関心を高める ことになろう。これらのデ-クの集積は,教材発掘のための母岩と覆るばかりでなく,僻地教育改 辛-の基礎資料ともなり得ることは云う迄も覆い。 この様を地域調査能力は,必ずしも僻地において活用されるに止まらず,都市や一般的を農村等 の諸地域においても同様に作用し,これらの地域にあっても前述の地域教材の開発に資するばかり でなく,地域の教育-の洞察力を著しく高めるものと思われる。 4)学部教官の僻地校滞在の制度化 すでに筆者25)が指摘した様に,従来教育現象に関する研究にあってはフィールド・ワークに基づ くものは乏しく,それを本来必要とする様な教育学的研究に関しても,地域研究のための独白の手 法が開発されることはほとんどなかった。そのうえ, 「地域」 -の関心をもちながら,一般に教育 学にお・いては,地理学などにおける地域の理論や研究手法の採用についてもほとんどかえりみられ をかったのは,むしろ奇妙と云うはかない。 僻地教酎こお、いては特にフィールド・ワークは重要であるが,現地における長期滞在調査を基礎 とした教育葛境の分析を含む実証的研究は,その発想自体,従来ほとんどみられなかったようであ る。僻地教育の抜本的改善に関しては,この様を研究の蓄積を必要とすることは云う迄も覆い。 前掲の第1表に示したように,すでに若干の教員養成学部において実施している「僻地教育実 習」は,鹿児島県のように僻地指定校の多い地域では,その開設の意義は大きい。鹿児島大学の場 令,教育実習について付属学校の補助的機能をもついわゆる「代用付属学校」に学部教官を派遣し て「主事J とし,教育実習計画に関する企画に参加すると共に,実習の指導,助言を行うための制 度があるが,これを将来指定されるかも知れをい僻地の教育実習校に採用することは必ずしも固難 では覆い。この場合には,少くとも半年以上に亘る現地滞在を原則とし,一定の指導,助言を行う と共に,僻地教育についての十分をフイ-ルド・ワークの時間的余裕を制度的に保障するものであ れば,その実現には少をからぬ可能樫がある。 これは,主に文化人類学や人文地理学の研究者が地域調査に際.して一般に用いる「 参与観察」の

(12)

150       僻地教育に関する地域教育政策論的-試論 手法であるが,僻地の教育環境の基礎調査には極めて有効をものとなるであろう。 6.お わ り に 小論はやや荒削りではあるが,わが国における従来の僻地教育研究における問題点を指摘し,紘 合性のある地域政策論的研究の必要性を論じ さらに僻地教育の抜本的を改善を目指す幾つかの具 体的提言を試みたものである。 僻地教育の研究は,少くともわが国では従来,国内の特殊を教育問題として認識されてきたが, 実際には世界的規模で進行する都市化と高度工業化社会の拡大に伴い,いわゆる人口の過流出地域 が出現することもあって,単にわが国のみに止まる問題では覆い。 そのうえ,わが国と関連の深いミクロネシア,メラネシア,ポリネシアをど,微小を離島から覆 るオセアニアにおいても,近年国家形成に伴う国民教育が重視されているが,この様を地域におい ては,中心島以外は全て「僻地」化する場合も予想されており,そのための教育問題の解決が重要 を問題となりつつある。 わが国における僻地教育に関する研究成果は,将来これらの諸外国に対する教育技術援助として, 一定の役割を果たすことも期待されるところである。 謝 辞 小論の作製にあたっては,アンケートに早速御回答下さった諸大学をはじめ多数の方々から御教 示をいただいた。筆者もそのメンバーの一人である鹿児島大学教科教育研究会の諸兄姉には多くの 大変貴重を助言を賜わった。また,毎月2回の同会の定例研究会におけるブレイン・スト-ミング の成果の幾つかも利用されていただくことができた。夜か本研究をすすめるについては,昭和51年 度鹿児島県育英財団の奨学金(研究代表者:鹿児島大学教育学部教授島田俊秀氏)の一部を使用さ せていただいた。共に記して感謝の意を表したい。 註および参考文献 1)例えば,坂口慶治(1966) :丹後半島における廃村現象の地理学的考察, 「人文地理. Vol.18,pp.603-642.をお,鹿児島県については,かつて筆者も論考した.斎藤 毅(1971) :薩摩半島を主とする過疎の 地域構造,佐々木平伍郎・斎藤 毅共編著『薩摩半島の総合的研究。 (伝統と現代社)所収 pp.507-552. 2) 例えば,鹿児島大学教育学部付属小学校には,その研究目的のために,市街地にありをがら人為的を 「複式学級.が編成されている.同様のケースは全国的にみられる. 3)例えば,日本教育学会の機関誌「教育学研究., Vol.41,No.2 (1974)にはr教育研究において地域をど う考えるか.が特集されている。 4) 岡田 真の一連の研究は,その数少い例である。岡田 真(1972):『都市化日本の学歴社会。, (大明堂) など。 5)斎藤 毅(1976) :-き地教育研究の視点とその方法, 「教育研究. No.45,pp.9-13.

(13)

斎  藤     毅     〔研究紀要 第28巻〕 151 6) 九州西方の主として東シナ海に位置する諸群島。対馬諸島から草垣諸島に至る島々を指す。従来,その 総称が夜かったが,筆者はその総合的を研究の必要性から,特に「西海諸島.の名称を提唱したい0 7) 例えば,笹森儀助(1893) :『南島探験。,同(1895) :『拾島状況録。は,共に南西諸島に関する当時のす ぐれた記録である。 『日本庶民生活史料集成』1 (三一書房)所収。 8)溝口謙三(1972) :教育の-き地-過疎と過密の中の子ども, (日本放送出版協会) pp.94-97. 9)斎藤 毅(1976) :教育現象-の地理学的アプローチの可能性-鹿児島県吐喝脚列島の事例を中心 に-,日本地理学会予稿集11, pp. 158-159. 10) 斎藤 毅(1976) :地域教育政策論に関する方法論的一考察-教育学-の文化地理学的アプローチ,鹿 児島大学教育学部研究紀要Vol. 27, pp. 75-86. ll)例えば,中島寅雄・榎本守恵(1965) :-き地社会の構造, 「僻地教育研究., Vol. 12, No. 1, pp. 1-66. など。なお,同施設の刊行物「僻地教育研究.には,この様な研究が少なく覆い。 12)最近の研究例としては,藤岡信勝(1976) :僻地における社会科教育内容の研究・第1報-中学校社会 科「産業革命.の授業CD- は注目に価する。 「僻地教育研究. Vol.23,No.1,pp.15-30. 13) 岩手大学僻地教育研究会・岩手県教員組合(1958) :『ァッカー-き地の社会と教育。。 (岩手県学用品 KK) たなすばら 14) 金子孫市・阿部英一共編(1965) : 『-き地・種苧原の生活と教育。, (束洋館出版社) 15) 前掲8)に同じ。 16) 千野陽一編(1971) : 『-き地における国民教育の創造。, (民衆杜) 17) 前掲9)および10)に同じ。 18) 島田俊秀・斎藤 毅・佐々木洋他(1976) :奄美諸島における僻地教育の地域政策論的研究(実績報告), 鹿児島大学商科研資料センター報告No. 17, pp. 70-72. 19) 前掲12)に同じ。 20) 横須賀薫(1976) :『教師養成教育の探究。 (評論社)は,この間題をかなりよく整理している。 21) 前掲10)に同じ。 22) 「教育課程の展開.とする場合もあるが,両者の相違は必ずしも明らかではない. 23) 文部省(1975) :『Jヵリキュラム開発の課程-カリキュラム開発に関する国際セミナー報告書』 pp.9-10. 24) 川音田二郎(1973) : 『野外科学の方敵。, (中央公論社) 25) 捕掲10)に同じ。

参照

関連したドキュメント

㩿㫋୯㪀 㩿㪍㪅㪍㪋㪋 㪁㪁 㪀 㩿㪍㪅㪌㪏㪊 㪁㪁 㪀 㩿㪍㪅㪍㪎㪊 㪁㪁 㪀 㩿㪍㪅㪌㪏㪊 㪁㪁 㪀 㩿㪍㪅㪍㪍㪉 㪁㪁 㪀 㩿㪍㪅㪉㪐㪏 㪁㪁 㪀 㩿㪌㪅㪋㪌㪍 㪁㪁 㪀

 英語の関学の伝統を継承するのが「子どもと英 語」です。初等教育における英語教育に対応でき

関西学院は、キリスト教主義に基づく全人教育によって「“Mastery for

その1つは,本来中等教育で終わるべき教養教育が終わらないで,大学の中

社会教育は、 1949 (昭和 24