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バーナード組織理論の一考察(秋山範二先生還暦記念論文集)

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P 二〇八

バーナード組織理論の一考察

山 本 安 次 郎

序 口  経営に於いて組織は一方では組織形成作用の結果であり、他方では管理作用の前提であり基礎である。組織のとのよ         うな複雑な関連性は経営組織論の性格にも反映せすにおかない。嘗って詳論したように、従来の経営組織論を系統すけ れば、経営組織を管理手段としてその要素と見る管理学的組織論、経営を一般組織の特殊形態と見る組.織学的組織論及 び経営組織を組織形成作用に於いて行為的に把握せんとする経営学的組織論の三つが区別せられる。  勿論、われわれは経営組織論を経営学的に考えようとするのであるが、との方面の研究は丈献の累積にも拘らす基礎        ②      ⑭ 理論を欠き、 ﹁組織の周辺︵Φααq①。︷oお四罠N註§︶に丁度辿りついて引返した﹂のにすぎす、﹁組織の真髄﹂︵幕昏碧ユ げ。器ω。h、き。お山巳母9昌︶を把握するものでないと評されても止むを得ない状態にある。われわれはとれを互に対立す伝 統的な管理学的組織論と組織学的組織論との徹底的理解による組織理論の確立によって、試みる外なしと考えるのであ       ④ るが、ドイツの組織学的組織論については既に一応考察したから、とこでは特にアメリカのそれを問題にしたいQアメ        ⑤ リカでも伝統的な管理学的組織論に対して組織学的組織論が現われ更には経営学的組織論の容観的地盤も成立し、われ

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      ⑥ われの主張たる経営学に於ける組織論と管理論との併立め理論に基礎を与えるが、先ず組織学的組織論を考.察したい。       ⑦  それはいうまでもなく、入間関係論に立脚する組織理論として展開せられ、、その画期的重要性は既に多くの人に強調   ⑧ せられ、現実にも相当の影響を与えているQしかしとれを最も早く取上げ最も体系的理論的に展開したのはバーナード である。主著﹁管理職能論﹂ぱ﹁極めて抽象的、非現実的に見える﹂一般的な組織理論が実は﹁国是的な目的にとって さえ﹂最も有用で塩という自己の嘉定営者としての経験に立脚して・墾的な管理職能論の基馨して緕織の科       ⑩      ⑪ 学Lへの道を開かんとする﹁先駆者的性格しのものである。その後サイモンによって補われ発展せしめられバーナード サイモン理論といわれている。既に種々の観点から紹介も行われているが、まだわれわれの問題にとっての重要点が必 ずしも明かにされているとは思われないので、特にここでとれを研究しその経営学的意義について考えて見たいと思う。 ①拙稿、組織学と経営学、彦根論叢、第三+号、経営学と組織論、PR、三+一年+月号、参照。 ② ⇔d①ヨ9a㌔ρ♂↓げΦ勾蝿5警凶。ロロ。o隔§o国×oo旨冒09HOしQG。噂頃岸壁8︸営・ ③⑳凶巳oP頃.鋭嚇﹀山巳風ω茸9。け卿ぐ。団⑦冨言。がH㊤ミ讐国。︷9。8x皆 ④上掲拙稿及びノルトジークの経営管理論と其の批判︵馬場敬治責任編輯経営学全集第七巻︶参照Q ⑤ U凶言9菊・O・↓げ①団ロ山巡9日①暮9ωoh↓o℃]≦磐 。αqo昌⑦導”HOUポ噂・幽同QO隼拙稿、デイヴィス経営管理論と其の批判︵経営学全集  第四巻︶参照。 ⑥拙著、経営管理論、七一頁以下及び上掲拙稿参照。 ⑦図8諺けげ。凝臼帥aUざ犀ωg、竃罧品①日①馨煽留目。≦o降浸し8Φや呂崔騨 ⑥馬場敬治、経営学と人間組織の問題、その他諸表交特に米国経営学︵上︶︵経営学全集第三巻︶参照。 ⑨切費冨巳噛O茜弩ぼ薮。β9昌α寓螢話αq①目。暮弘逡g。﹂津①一鎖8ぐr ⑩切矯。ヨ碧阜弓冨男旨暮δ房。︷け冨国×02二く①9勺器鼠8ד田杉競監訳経営者の役割、参照。 ⑪ ω一目Oμ”Oや昏・松田武彦稿、サイモンの組織理論、米国経営学︵上︶参照。    。バーナード組織理論⋮の一考︷祭︵山 本︶       二〇九 ,

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二一〇

二協働体系の理論

 1 組織と協働体系          経営即組織、経営組織即経営と見るのは組織学的組織論の特質で、そこでは経営学も﹁経営組織の組織理論しになる。 然るにその一代表たるバーナードが経営と組織とを区別して却ってわれわれの見解を支持するととを注意したい。  いうまでもなく、組織現象は複雑である。 一入の入がそれぞれの盗格に於いて数十百の組織に関与していることが普        ② 通で、組織の数は総入口以上といわれる。とれを一般的にしかも根本的に理解するのは容易ではない。例えば、経営組 織についても﹁取締役会から最下位の人までの行動に於いて経済的な動機、利害、過程と同様に非経済的なそれらが基       の 礎をなしている﹂とすれば、従来のように経済的一面を誇張したり、法律的形式主義に陥ったり、技術的表面的性質の        分析に止ったり、単なる﹁組織の地勢図学や関係図学﹂︵8ロ。鴨餌号矯餌&$匿。ゆq﹃蟄団ohoおp爵畳8︶或は﹁組織の心理 ⑥       ⑥ 養し︵甥鴇ぼ畠。8同bo巷冒銭ε︶にすぎなかったりするだけでは不可能である。それらの上に﹁組織の解剖学や生理学﹂        ︵き彗。ヨ℃鴛ユ唱ξω圃90ぴq団。恥。お⇔三N9自けδ昌︶や﹁組織の病理学﹂︵冨爵90伊q鴫oho胃壁冒舞一〇コ︶を必要とし、更には組織の物理 学、生物学、入間学、社会学、経済学を必要とし、それらの綜合的統一として組織現象一般に妥当する﹁組織の科学﹂ ︵の。剛巴80︷o置碧転けδ昌︶が成立つのであって、上述の如くバーナードはこれを試みんとするのである。彼の組織理論       も  も  ヘ  へ の︼特色は、結局その基礎を入間生活の根本形態たる具体的な協働体系︵80唱①長虫く①ω誘冨日oN。・冤ω盆旨。臨88Φ冨猷。昌︶ に求め、その分析的一面として組織概念を確立せんとするととろにある。先ず、第U篇の所説を聞とう。  2 協働体系の基礎一個入と組織  通説では集団、構成体、協働体系などを直ちに組織と解するが、バーナードは組織は協働体系の分析概念にすぎない

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       ヘ  へ  も  ヘ  へ  も  ヘ  へ  し  ヤ  へ  も  あ  へ  も として先ず協働体系そのものを問題とする。しかも、とれを根本的に把握するには、個入と全体としての組織との関係 を明かにするととなくしては不可能と考え、真に根本問題から出発する。  先ず協力乃至組織の問題に於いて﹁個人﹂を考えて見るに、それは明かに対立する概念をなす。 ﹂方では、名前をも       も  も ち、住所をもち、経歴と世評をもつ独立的、特異的、唯一的、単一個別的入間が注意され、他方では、全体としての組 織、その部分、調整による努力の結合、集団のうちに見られる入たに注意を転ずれば、言入はその個性を失って、何か モ  へ  も  あ  ヘ  ヘ  へ 非入間的な性格が支配的なものとなる。かくして彼は﹁個人﹂とは何か、 ﹁入間﹂とは何か、人間の協力への参加は如 何なる性格かを問うのである。とれについても撃沈主義と全体主義との対立があるが、彼は実入を次の如く解するとと によって、協働や組織が対立の統一なることを示すのである。彼によれば個別的入間は第一に独立せる物理的なもので       ヘ  へ   も あるが、単なる身体は入聞ではなく、それは第二に、生活体として内的均衡を維持し調節する力をもつ有機体で物理的      へ  も  へ である共に生物的である。しかしそれは第三に、人間有機体聞の絹互作用に於いて作用し,適応行動の意図と意味に対       へ  も  へ して反応の連続を示すという意味にて、社会的存在である。﹁社会的関係﹂﹁社会的要素﹂を示さない人間はない。       へ   あ       ヘ   ヘ      ヘ   へ   も   も  とのような﹁個人﹂は更に﹁人間﹂としての特質をもつQその第一は活動または行動である。第二はそれが心理的要 ち       ヘ  へ  ち  も  も  ヘ  ヘ  へ      も  へ 素から生するとと、第三はそれに限定された選択力が附加せられ、第四はそれが目的から由来するというととである。  とのような三田は必然的に組織と二重の関連をもつ。第一は特定の協働体系への参加者としてであるが、それは全入        ヘ   ヘ   ヘ       ヘ   ヘ   へ   も  も 的参加ではなく、純粋に職能的である。いわば職能的または内部的関連であって、間歓的である。第二は何れか特定の 組織外のものとして、即ち制限された選択力をもち、物理的、生物的、社会的要素の唯一的個人化として見られる。そ      へ  も  た      ヘ  ヤ  し  ヘ  へ れはいわば個入寮または外部的関連であり、間歓的ではなく、継続的である。要するに﹁協力及び組織は、観察と経験 によれば、入間存在の対立する事実、対立する思考と感情の具体的綜合に外ならない。矛盾する力の具体的作用に於け     バτナード組織理論の一考察︵山本︶      ご一一

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       二=一        る綜合を助成し、相反する力、本能、利害、条件、地位及び理想を調整適合せしめるととは明かに管理職能である。L  3協働体系に於ける制約要素と協働行為の原則  上に見たように、協働体系や組織は対立の統︸として考えられる。統一のためには対立の事実そのものが確認されな くてはならないQととではそれは入聞の目的ととれを制約ナるものとの対立に外ならない。 ﹁個人主義の哲学や選択及       も   つ び意志自由の共通の内容は目的︵二等。ω.︶という言葉の中にある。とれに対立する決定論、行動主義、密会主義の哲学        も  も の共通の表現は制約︵嵩日圃3鋤。房︶であるQ個人の目的の存在或は存在するとの信仰と制約の経験とから、目的を達成せ       ⑨ んとして制約を克服する協働が生するのである。﹂ その具体的な過程が技術の問題として実際上極めて重要であるとと はいうまで蓉ない。  このように彼は協働の諸条件を問題とし、とれに対して物理的制約要素、生物的制約要素、心理的及び社会的制約要素        あ  ヒも   ヘ   へ   も   ヘ   へ という観点から協力行為に於けるその特質を考察し、実例をあげて説明し、その結論として協働行為の原則を論ずる。  これを要約すれば次の如くなるであろう。第一に、 ﹁制約しまたは﹁制約要素﹂が意味をもつのは目的が与えられる ときのみであるQその制約は常に物理的、生物的、社会的要素の結合であり、 いわば全情況︵ざ琶ωぎ四鉱。口︶の醜数で ある。目的を実現するという行為の立場から、制約を一要素に限定し、との制約要素をコモンズのように﹁戦略的要 ⑩ 素﹂︵。。鍵躰紹冨貯。8同︶ともいえるが、その他の場合には一要素の変化も全情況の変化である。  第二に、協働はかかる制約を征服する方法で、最も単純な協働は恐らく物理的環境に対する入間能力の生物的制約       ヘ  ヘ  ヘ  へ  し を克服する方法として成立する。しかしとれを行う過程に新らしい社会的要素一協働体系の形成!一が入り込む。か くて物理的要素や生物的要素は不変であるが、社会的要素は変化し、この全情況に於ける変化は生物的要素の影響を変 化せしめる。そしてこのような変化が完成して来ると目的も完成の過程にある訳である。要するに、協働は全情況の社

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会面であり、それから生する社会的要素である。とれらの要素が重大な制約要素となるととは明かである。       へ  も  あ  第三に、協働の継続︵上海ω匿諾ooh882巴8︶は目的の実現即ちその有効性と能率性である。有効性︵①hh9§魯①㎝ω︶       ヘ   へ   も は協働目的一それは社会的で非個入門である一の達成の度合であるQ能率性︵①穿9窪。矯︶は平入顛動.機の満足であ って、その性質は個同心である、有効性の検討は共同目的をよりょく達成でせしめるもので、測定可能である。能率性 の検討は協力しようとする個人意志を十分な形に引き出すものであるQ       へ  も  も  第四に、協働の存続︵。吻二署馬出oh889薮op︶は互に関連し合う二つの過程に依存する。第]は対外的均衡、即ち全体        も  へ   も としての協働体系の環境に対する適応の過程であり、第二は対内的均衡、即ち個人に満足を与え或.は起さす過程である。 協働の不安定と失敗はこれらの過程の欠点から起り、管理職能はこれらの過程の適応を有効ならしめるととである。  以上バーナードの協働体系について述べたが、これを組織におきかえれば組織論になるのではないかとも思われるか も知れないQ組織とは何か、それは協働体系と如何なる関係にあるか。 ①馬場敬治、経営学の中心内容としての組織理論について、PR、第六巻七号、六頁。 ② じコ2B餌民︾oO’臨∫騨卜 ③ じd母口Ω3a”oPo詳二℃毎貯。①邑・ ④閑偶日鶏阜8.簿‘即㊦匿。。︿臣 ⑤ ]≦ooロ醸℃9∪‘↓ず。℃ユ⇒o昼δωo陥○お四巳N箕凶oP国①︿卿の&o画図。ロμり㎝↑局。話≦oa凶×’ ⑥ ω一日。詳。サaf冒.bob。ρ ⑦ じu興59ΩaMoP島£O﹂鱒ρ ⑨ゆ四言震Foや。罫℃・醇・ ⑨uゴ胃冨a”ε.騨Gb。b。b。. ⑩Oo目日。口ρ冒男‘冒ω葺旨一8四国8ロ。旨駐口O。。心”冨ωωぎ”ず暮①ω℃①o邑囲くO冨官臼旨旨署■①ミふωも。﹂  目げoo曙。隔。ロOo冒§け日を展開する。ゆ曽ヨ碧血”o℃.o貯℃℃﹄OO隔い    バーナード組織理論の一考察︵山本︶      二=二 バτナードはこれを借りて

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ご一四

三形式組織の理論

 1 協働体系と組織  如何なる組織も協働体系に於いて考えられる外ないが、その種類は無数である。教会、政党、友愛組合、政府、軍隊、 企業、学校、家庭など目的によって大別せられるが、それらの何れもまた相異する。相異の原因はω物理的環境に関す       ヘ  ヘ  へ  も  へ るもの、㈲社会的環境に関するもの、③個人に関するもの、㈱その他に区別せられるが、との差異を捨象し一の共通局 へ   ヘ   ヘ   へ 面を抽象するとき﹁組織﹂︵oお黛。昌N豊8︶が規定せられる。企業や経営は協働体系であっても組織ではないQ組織はどと       ヘ  セ  ヘ  ヘ  へ までも体系の抽象的一面で本来的にフォーマル・オーガニゼーションである。第二篇はこれを問題とするQ  2 形式組織の定義  上述のように今日㎏人の入間がそれぞれの資格に於いて十幾つもの組織に所属するととは珍しくない。然るに若し ﹁組織﹂の概念に入間そのものが含まるべきであるならば、その一般的意義の限定されるととは右の事情から明かであ ろう。入間が組織の構成要素だとすれば、組織の基礎は非常に変化し、特定の産業に限定しても﹁組織﹂の実体は非 常な変化を示すであろう。それが便利なときもあるが、それだけ一般的目的に対する価値は限定される。かくて彼は組   し  も  へ  あ  も  セ  ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  へ  も  も  へ  も  あ  ヘ  へ  う  ヘ  へ   し  へ  も       織を二入以上の入間の意識的に調整せられた活動または力の体系︵餌遷ω冨日。h8房。δ島一差89ユ貯餌①α8薯憲①ωo博8容①ω9       も  へ  あ  も  あ 薯。霞ヨ・誘。。房。房︶と定義し、それが本来的に抽象的、形式的、確定的であり、その意味でフォーマル・オーガニゼ       ① ーションたることを示すのである。換言すれば二つの体系すなわち上述せる包括的な協働体系︵ぼ良臣冨88。屋薯。 ・・シ冨目︶とその部分で専ら調整せられる人間活動の体系とを区別し、後者のみを﹁組織﹂というのである。  彼はとの定義を明かにし、組織の理論や要素を論ずる前提として﹁抽象的体系﹂としての組織の局面を次の如く分説

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      へ   む   ヘ   へ する。①目に見えない組織を象徴化し入間化するととも許されるが、組織の非個入曽を示すたあ構成員の代りに貢献者 ︵OO昌梓円一一︶口魯O村ω︶という言葉を用いる。②上の組織概念を物理学に於ける﹁引力の場﹂︵密5。剛鴨磐芽︶或は﹁電磁場﹂        へ  も  ヘ      へ     も  へ ︵o竃9δ日毯①皇。瀞鐵︶などに類似せる﹁構造﹂であるとして、組織を人聞的﹁力﹂の場︵欝缶9需諾8旨旨。﹁8。,受︶ と平ぎ、③組織界の力の要素としての行為は非個入的であ玖、入闘は行為の機関にすぎないと見る。㈲組織は本来体系 であるから、体系の性質に従って独立変数たる各部の相互関係からなる全体として独立性をもつが、それは他の大きな 体系の一部であり、且つ自ら小なる体系を含んでいる。⑤体系や組織の基本問題として全体と部分、体系と要素との関 係を取り上げ、体系や組織が部分や要素以上であるととを肯定し、恰も入聞がその構成部分の﹁総体﹂と異なるよう       ② に、組織を﹁生ける﹂社会的創造物と見るのである。㎞最後に組織のびうがり性︵◎一月P①一Pω一〇昌9一 〇ゴ賃脚Oけ①同一ωけ一〇ロロ︶については へ  も  へ      も  へ  ら 空間的びうがりは物理的位置で、協働体系とは離れ得ないが、組織には間接的という。これに対して時間的びうがりは 組織に本質的で時間的関連や継続は組織の基礎的局面と見る。  3 形式組織の理論  上の定義から組織は、第︺に相互に意志の伝達をし得る入山が存在し、第二に、自発的に行為を貢献する意志をも ち、第三に、共通の目的を達成する孕めに行為を貢献するとき成立する。だから、その要素は①コンミュニヶーション、        ヘ   ヘ   へ   も   ヘ   へ   ち   ヘ   へ ②協力意志、③共通目的の三で、それらは組織の成立に於いて必要にして十分な条件であり、また凡ゆる組織に見出さ       へ   も   も   も   ヘ   ヤ   も   も   ヘ  へ れるものである。しかし、組織の継続にとっては、更に④有効性と⑤能率性と“う条件の必要なととは既に述べた。  とれら三乃至五要素の説明はバーナード組織理論の重要内容であり、更には管理者の実践に対する基礎理論ともなる のであって、彼はとの組織理論に続く第三篇では専らとれを詳論し、とれを基礎に第四篇では組織の職能としての管理 作用を考慮し一貫した体系を示している。ととではただ以上の要素につき略述し、問題と関連を暗示するに止める。     バーナード組織理論⋮の一塑祭︵山 本︶      二一五

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       ご一六          へ  も  へ  も  ヘ  ヘ  へ  も  ヤ  も  ヘ  へ  あ  し  ゐ  先ず第一に入女の協働せんとする自発性または意志︵慧ロ5唱⑦ωω8889讐①︶が組織に不可欠のととは説明を要しま い。定義上、入間なくして組織はない。しかし上述のように、組織を構成するのは人間ではなく入間の働きまたは作用 であるからである。この協働意志については﹁忠実﹂﹁連帯し﹁団体精神し或は﹁土気しなどともいわれて来たが、要す るにそれは自己放棄、統制への服従、個入的行為の非個入化である。 いうまでもなく、との自発性には種々の差があ り、積極的で強力なものから中性や零を通って消極的或は嫌悪に至るまでの段階がある。近代社会に於ける個入の優位 は常に特定の現存または潜在組織に関して消極面となる。また、同一人の自発性もその度合は不変ではなく、絶えず変 化し、 ﹁精神はしたがるが、肉体は弱くて負ける﹂のである。そとに動機ととれを満足せしめる誘因やコンミュニケー ションの問題が組織問題として重要となるQ彼がこれを﹁誘因の経済﹂や﹁権威の理論﹂として取扱う所以.である。      へ  も  も  へ  も  第二に、協働の目的がなければ協働への自発性も起り得ない。目的の存在は公理的で、﹁体系﹂﹁調整﹂ コ協働しとい う言葉には内含されているのである。しかし目的は組織を構成する人に受容れられねば協力活動を起さないから、目的 の受容と協働の自発性は同時的である。従って、協働目的は各人の見地からは組織的入格と個人的入費とが区別される        r ように、明かに全体としての組織的目的と主観的目的とに区別される。との区別は有効性と能率性と関連し、道徳的要 素としての管理者責任の問題とも関連し、組織全体を貫くととはいうまでもない。彼はとれを﹁意志決定の環境﹂とし て取扱い、後には管理者・責任の問題として展開する。     、 、 、 、 、 、 、 、 、 、      ㊨  第三のコンミェニケーションであるが、従来もこれが見逃されていた訳ではない。しかしとれを組織理論⋮の根概にお かんとするのはバーナrドの特色であって、本書の到るところにとの思想が見られるが特に、第三篇の﹁権威の理論﹂ はとれを集中的に問題とする。上述の如く、共通目的達成の可能性ととれに貢献しようとする入間の存在とは協働体系 の対極をなし、との単なる可能性が現実の動態となる過程が伝達の過程に得ならない。その方法や技術が組織の形態や

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規模や内部的能率を規定するので、伝達の問題が組織の理論の中心的地位を占めるととは今日では常識といってよい。        ヘ  ヘ  へ  第四に、組織の継続は目的達成の能力に依存し、協働の有効性と関連する。組織の生命は個入の協働せんとする自発 性にあるが、それは目的実現の可能性の信頼による。だから有効性がなくなると協働の自発性も消滅する。との有効性 が主として技術過程の問題であるととについては既に述べた。との有効性が一のパラドクスを含む点は注意すべきであ る。即ち、組織はその目的を実現し得なければ、崩壊しなければならす、その目的を完成することによつても自ら解体 する。だから、成功して継続するには絶えず目的を更新し、組織を更新する必要があるQ然るに、日常ではこのような 新目的の繰返しが注意されす・一目的の継続の如く考えられる。これは技術問騙としては﹁専門化の基礎と種類﹂、睡 的に達する手段の関連については﹁機会撰択の理論﹂として展開される。      も  へ  も  第五に、能率性も亦協働せんとする自発性と密接な関連をもつ。自発性の継続は個人的動機の葉叢にあるが、その.満 足が犠牲を超えなければ自発性は.消え、組織的非能率となり、反対に、満足が儀牲を超えると自発性は継続し、組織的 能率を発揮する状態となる。かくの如く、有効性と能率性とはそれぞれ組織目的と個入目的とに関連し、それを増進す る方法も異るが、また互に密接な関連をもつ重要な組織問題で、凡ゆる管理問題もこれを、甲心とする。この問題が﹁イ ンセンティブの経済﹂と関連するばかりでなく、組織の⋮職能全体と関連する。 ① 切胃コ錠斜O︾6詳・りBωω冨”げ簿①ω娼①ユ四ξ噂気ω・なお、フォーマル、インフォτマルを日本語で何というかは問題であり、  と生成、成文と自生、公式と非公式などともいわれるが、むしろ端的に形式と無形式でよいのではないかと思う。 ②全体の超越性については幽切四鑓彗阜Ob・6罫づ・b。ω切・拙著、経営管理論、一二四頁参照。 ③ 時間を多二一に空間を一女多に見る見解と通ずるものを見る。西田幾多郎全集第八巻一〇七頁、別巻六、三四八頁、参照。 ④拙著、フェイヨル管理論研究、六四頁、一五六頁など参照。 形成 バーナード組織理論の一考察︵山本︶ ご一七

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二一八

四形式組織と無形式組織

 − 無形式組織の問題  従来組織といえば形式組織︵臨8巳鮎。お窪ぼ巴8︶に愚ならないと考えられ、組織論は殆んどすべてがとれのみを問題 とした。しかし例えば経営に於ける実際を見れば無形式組織の重要さは否定出来ない。形式組織の根砥に無形式組織が あり、五に関連し合って発展しているととが理解せちれる。だが、新カント派的学問論に慣れた形式論理的な考え方か らは、との事実は把握し得ないのである。われわれは相当前から行為的主体存在論の老え方を主張し、より具体的に 問題とするととを心掛けて来たが、その論理はアメリカに於けるホーソン工場の実験を通して正当性が実証せられたか に思われる。それが入間関係論であり、組織問題としては人間組織、社会的組織、無形式組織の問題に外ならない。そ れは今日殆んど常識と化した感があるが、無形式組織との関係に於いて形式組織の真相もいよいよ明かとなり、組織理 論の発展は飛躍するとととなる。その先駆者としてバーナードの功績のあるとと上述の如くである。彼の組織論の特質 の一がととにあり、﹁権威の理論﹂﹁管理職能﹂もとれを基礎とする。  2 無形式組織の概念  上述の如く、われわれは形式組織の一員でもなく、またそれに支配されているのでもないのに、相互に接触したり働       あ   も   あ   ヘ   へ   も   ヘ   へ       ち きかけたりし合う。このような接触の特質は意識的な共同目的なしに継続し繰返されるというととである。それが如何 にして成立するかはともかく、とのような接触、相互作用、集団作用は平入の経験、知識、態度、感情などに変化を与 えるものである。群集心理学はとのととを示しているQ  右の如き事実に基づいて、バーナードは無形式組織とは個人的接触や相互作用の集合及び忙々の群集と考えるQ共通

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または共同目的は定義によって排除されるが、共通または共同結果という重要な性質はとの組織から生するのであるQ との無形式組織は形式組織の限定的、構造的、抽象的に対して、無限定的︵ぼP伽⑦喩一ρ謬Φ︶むしろ無構造的︵ωqβ。ε邑Φωω︶、 実質的︵貸朝霞一雨︶、具体的︵8昌臼。8︶であるといえよう。それは無構造的であるから、確定した仕方で細分され得ない。 いわば密度を異にする型なき集りと見られよう。密度の変化は入々の接近に地理的に影響する外的要素の結果、或は意 識的な共同行為のため特に接触せしめる形式目的の結果であるQ彼はとのような特殊な密度をもつ地域をも、その無形 式な面に於いて社会的或い一般的組織から区別して無形式組織と呼ぶのである。かくして、そとには社会の無形式組織 と国家の無形式組織があり、特に形式組織のあるととろそこにはどこでも無形式組織が存在する.ととの認識が重要であ るとする。

 3無形式組織の結果

       ヘ  へ  ち       へ  も  へ  も  形式組織の過程が意識的であり論理的であるのと対比して社会過程は無意識的であり非論理的であるが、とにかく無 形式組織は二つの重要な効果をもつている。  第一は、無形式組織の最も一般的にして直接的な結果は習震、慣習、民俗、制度、社会的規範及び観念の成立で、そ れらは一般社会学、特に社会心理学や赴会的入間学に於ける重要な領域をなす。その際注意すべきは形式的制度と無形 式制度との混同である。例えば法律で定められた慣行と習慣との混同できるQ前者は熟慮し計算された行為であり、政 策である。後者は無意識或は非理性的行為や習慣である。  第二は、無形式組織は必然的に形式組織を成立せしめる条件であるということである。形式組織の成立が自然的であ る場合には特にそうである。しかし更に大切なことは無形式組織が形式.組織の成立を強要し、恐らく形式組織の爵現な くしては存続し得ないか、或は拡大し得ないというととの認識である。     バτナード組織理砥調の一黍︵山 本︶      一、一一九

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三一〇  4形式組織による無形式組織の形成  上述の如く、形式組織は無形式組織から生じ、また無形式組織にとり必要なものである。しかし形式組織が作用し始 めると今度は無形式組織を形成し要求するに至る。  今日では殆んど常識化したけれども、アメリカでも少し前までは、形式的協働体系の重要にして欠くべからざる要素 が無形式組織であるというととは永い経験者でなければ理解し得なかったのである。 ﹁組織図表からでは組織﹂は理解し 得ないL ﹁組織のとつを学ぶ﹂ということは無形式組織の重要性を示している。  5 形式組織に於ける無形式組織の作用  形式組織に於ける無形式組織の不可欠の作用の第一はコンミュニケーションの作用である。それが組織にとって如何 に重要かは繰返し述べた。第二の作用は入々の協働意志や客観的権威の安定性を調節するととによって形式組織に於け る結合力を推持する作用である。第三の作用は個入入格の完全感、自尊心、独立選択の推持であるQ無形式組織の相互 作用は一定の非個人的目的或は組織表現としての権威によって意識的に支配せられないから、それは明かに選択によっ て特質づけられ、個入事態度の強化の機会を与える。この作用は形式組織を破壊すると見られるけれども、とかく人格 を分割し勝ちな形式組織の結果に対して、むしろ墨入人格を推持する手段と見らるべきであろう。 五 協働体系に於ける組織と管理  1 組織に於ける管理職能の必然性  如何なる組織もそれが成立するや否やその生活力を旺盛ならしめ継続性を推持促進する管理職能を必要とするQかか る管理職能は組織そのものの作用で組織の本質として概念に含まれている。バーナードの定義は﹁意識的に調整された

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活動または力しであるが、それは明かに﹁意識的に調整する活動または力﹂を含んでいる。彼の主著の最後の篇﹁組織 の職能﹂は組織の機関たる管理者の管理職能を問題とするのである。彼の組織理論はこの管理理論の基礎であり前提を なすのである。彼は極めて抽象的組織理論の実践的有用性を示すのである。そこにはいわばとれまでの無主体的な見る 立場、分析論理の立場から主体的な行為の立場、綜合論理の立場への転換が見られる。

 2 管 理 職能

 管理職能の本質については今日ではぼぼ︼四点に到達したと見てよいであろう。しかしバーナードはその組織理論か ら当然管理職能を上述の三組織要素︵ωコン・、ユニケーション、②協働意志、⑧共同目的︶に対応するもの・と見、 次の如くい う。とれらの職能は単に有機的全体の要素にすぎない。然るに組⋮織をなすのはこれらを結合して活動体系たらしめるこ       へ   も   あ   エ   リ   る   へ   も とである。ととろがとの結合は対立する二導因を含んでいる。 一は管理職能が組織の環境の要素によって決定せられ       へ   も  も  ヘ  へ るということである。これは根本的には分析の論理的過程と戦略的要素の区別の問題を意味している。他は行為の生命 一努力ぜんとする意志!の推持で、協働体系の終局的理由たる道徳的局面、即ち.モラールの要素である。以下との 二要素に関するその所論を略述するQ  3 管 理 過 程  管理職能は独立の具体的存在をもつものではなく、全体としての組織の過程の部分或は局面にすぎす、その管理職能 の過程は複合組織では勿論単純な単位組織に於いても管理者または指導者の専門化せる責任の課題である。との過程に 用い.られる方法は可なりの範囲まで論理的に規定せられた具体的な行為であるQつまり論理的分析的である。しかしこ の過程の本質的局面は組織全体観︵爵ΦωΦ諺5ゆqoh爵①o置弩冒9δ冨器㊤零ぎ冨︶、それに関連する全情況︵8逗ωぎ9。8口︶で ある。しかしそれは単なる知的方法の能力を越え、情況の要素を識別する技術を超えるものであるQとれを示す言葉は     バーナード組織理論の一考察︵山本︶      二一=

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       ご二二 ﹁感じ﹂﹁判断﹂﹁勘﹂﹁割合し﹁釣合﹂﹁適合﹂である。それは科学よりは芸術の問題であり、論理よりは審美の聞題であ るQとの理由のゆえに、それは記述さるよりも認識され、分析によるよりもその結果によって知られるのである。  管理過程のとのような性格のゆえに、彼はこれを組織の全体活動の場面iそとでは全体感が意志決定の基礎をなす 一を一般的に示すととによって試みようとするのであるQ前に触れたコ機会選択の理論しの示すように、意志決定の前 に分析が行われるにしても、決定そのものは綜合的であり、その背景をなすのは全情況である。要するに、分析は目的 ではなく、目的行為への出発点にすぎない。彼はかかる見地から、組織継続の条件として上に示した有効性と能率性の 問題との関連に於いて、内的及び外的均衡を詳論し、効用の創造、変形、交換という点から協働体系に於ける四つの経 済一ω物質的経済、②社会的経済、③挙手的経済、④組織経済iを説明し、注目すべき見解を示している。  4 管理責任の性質  組織が人間の協働体系の一局面である限り倫理的要素を切り離し得ないことは明かで、今日の組織論でも多かれ少な かれとれに触れないものはない。バーナードもとれまで度々形式組織に於ける行為が個入的選択、動機、価値的態度、 効用の評価、行動規準、理想などに依存するととを指摘している。しかしとれまでは余り技術的局面を重視しすぎて組 織の特質を歪曲してきたとして彼はこごで特に管理職能従ってリーダーシップの倫理的要素または倫理的局面︵目。﹁.一  ω。。8同︶を問題とするのである。いまとの問題に深く立入る余裕がないし、またその必要もないと思われるので、ただ 彼が如何にとれを重く見ているかを示すに止めたい。彼によれば、入監の協働体系に於ける最も一般的な戦略的要素は 管理能力であり、それはいろいろ考えられるが結局は倫理的創造性の職能︵hロ一口Oけ一〇口 Oh 呂PO同声一 〇﹁⑦餌8間く〇一P①のω︶即ち組織に 於ける﹁モラール﹂を確保し、創造し、振興する職能に外ならない。管理責任の創造的局面は最高の責任である。要す るに、全体としての創造職能は指導の本質である。遠大な目的、高い理想が.協働継続の基礎である。組織の発展性はそ

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の倫理性の如何によるとして、意味深い次の言葉で本文を終る。﹁かくて協働する入女の間では、目に見えるものが目に 見えないものによって動かされる。無から、入間の目的を形成する精神が生れる。﹂︵ωo帥葺。口ゆq些。ω㊦類ゴ080唱魯90爵。 9冒ぴq。。匪9鉾。ωo①コ9。器目。ぐ⑦αび団窪Φ些冒鴨q屋①①口90暮。陥昏Φ︿o匡8日①。。臣①。ロb空け夢讐移碧窃爵①o⇔鮎の。︷旨①昌.︶ 六 結 曽ローバーナード理論の批評  一 バーナード組織理論の出思義  以上によってバーナード理論の特質を概観したが、馬場博士はコ⋮⋮バーナードの二瀬や氏の衣鉢を継ぐサイモンの著         書の出現は、正に、空谷鴛音を聞くの感あるものといっても、必ずしも過言ではないしとして高く評価された。立場を 異にはするけれども、われわれは一面更に高く評価すると共に他方ではそとに限界を認めない訳には行かない。  先ずその重要性の第一は組織を協働体系と区別し厳密に考えることである。入間関係論の立場からは、経営は初めか ら社会体系︵ωOO一二一 ω畷ωけΦ昌P︶としての組織と考えられ、費用の論理︵δひ亀凶6。︷8ωけ︶、能率の論理︵δ讐。oh。窪。一①口2︶、心        情の論理︵δ騨亀冨9ω①昌菖8①暮ω︶からフォーマルとインフォーマルな組織が取扱われはするが、何といっても中心は社会 的組織の一面であって、本来的な経営学的見方とはいえない。然るにバーナードにあってはその根無に具体的な協働体 系をおくととによって抽象的な組織理論が却って生けるものとなる。協働体系従って経営を直ちに組織と見ないで組織 をそとに於ける個人の﹁貢献﹂と﹁誘因﹂との対立と統一として行為的に問題とし、これを基礎に管理をも具体的に把 握するからであるρとの認識は経営学的組織論の基礎として重要で、その意義は高く評価さるべきものである。そして とのような認識は現実に徹する方法から来る。        かくて第二にそ⑳方法論が問題となる。われわれは相当以前から行為的主体存在の論響ぢととをおて来たが、     バーナード組織理論の一考︷祭︵山 本︶﹁       二二三

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       二二四 現実の把握はごれによるの外なく、その具体例をプラグマティズムの国といわれるアメリカに見出し得るのも偶然では ない。バーナードの意義をこの点だけからでも認めざるを得ないQその要点を指摘しようQ     ヘ  へ  あ  第一は具体的に考えている点である。組織はなるほど抽象的一面であるけれども、それは寧ろ事象を具体的に把握す る方法である。それは物理的・生物的・心理的・社会的存在としての個人の結合たる協働体系理解のポイントである。     カ  も  も  第二は全体的に考えているととである。入間を物理的・生物的・社会的に見るとともそうであるが、常に部分の総計 を越える全体性に於いて全情況を考える。具体的思考の当然の帰結である。     ヘ   へ  第三は動的に考えているととである。組織は構造や道具として静的に考えられがちであるが、彼はとれを協働体系の 動的局面としてあくまで動的に考えるQ安定性、均衡性、継続性の問題は静的ではなく動的問題に平ならない。動的思 考が前二者と密接な関係をもつととは指摘するまでもあるまい。     ヘ   ヘ   へ   も   も   も   も   へ   も  第四は分析と綜合との統一である。組織理論は本来分析理論であり、要素理論である。しかし要素だけでは組織とな らない。綜合が作用し統﹁され全体となるのでなければならない。全体は常に矛盾を含み動的であるが故に分析と綜合 は絶えず繰返されるQ組織は組織作用の過程である。行為的形成的である。     も   も   も   し   も   も   も   へ   も  第五は物的と心的との統一である。物的経済的なるものの重要性を認めと共にその根抵に精神的なるものを見、その 重要性を主張する。上掲結びの一句の精神を到るととろに見る。主体的存在的といえよう。,     へ  も  も  も  第六は弁証法的な考え方である。勿論バーナードはとれについては直接には触れてはいない。しかしその考え方は弁 証法的といえる。組織論には今日で秀有機体観が行われている。しかし真に組織の真髄に触れるものは必然的に弁証法 的に考えざるを得ない。組織の論理は弁証法であるからである。まことに﹁空谷遷音を聞く﹂といわねばならない。

 2バーナード理論の限界

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 以上バーナ1ド理論の重要性を見たが、それは経営学的組織論にとって如何なる意義をもつか、その限界如何Q彼の 組織論は組織と組織作用と管理作用との区別と関係とを徹底的に追求していなが故に、実はその対立者として考えられ る管理学的組織論でもあり得るのである。バーナードに於いては管理は組織の内容であり、或る意味では延長であるから であるQわれわれはここに一の限界を見ない訳には行かない。前に見たように、管理は組織の調整作用として組織その ものの作用なのである。然るに、その組織の作用たる管理職能が、彼に於いても組織形成の作用と組織維持の作用とか らなるものと考えられている点注目を要する。ただ彼に於いては、凡ゆる協働体系に共通な点が問題でみり、そして既 に成立ぜる協働体系が問題であり、成立過程が問題だとしても自然発生的かインフォーマルな関係を通してフォーマル 化する過程が問題であり、組織形成の作用は軽く見られているととは否定出来ない。勿論、組織成立の条件なり過程な りを理論的に分析すれば、それが組織形成の理論となるともいえるであろう。彼もそのことを述べているQしかし組織 理論がそのまま組織形成の理論となり得ないととも彼は示している。ただ組織学的見地の故に組織形成の作用と組織維 持の作用乏を一応積極と消極というように区別しながらも同質と見、とれを凡.て管理作用と㌧てしまったのである。こ のような考え方は管理学的及び組織学的組織論に共通するととろで、バーナードのみを弾むべきではないであろう。そ れだけにわれわれの組織論は管理学酌や組織学的ではなく、あくまで経営学的である外はない。即ち経営に於いて組織         あ  へ  も  ヘ      へ  あ       も  も  ヘ  へ を形成し維持する組織作用と形成せられた組織を基礎に経営活動を保護助成する管理作用とを・一応区別し、経営組織論 は前者の理論を、経営管理論は後者のそれを問題とするものとし、経営組織は両者の媒介者と見るのである。経営も組 織も組織作用と管理作用との相互媒介によって一層深く把握せられ、そとで初めてバーナードの方法を経営学的に深め 生かし得るのではあるまいか。  ①馬場敬治、上掲書、九四頁  ②図。⑦琶凶ωび。茜臼9。a窪。器。昌”oサ鼻・”写㎝窪紫  ③上掲拙著、六頁以下、参照。     。バーナード細野芒糎仙胸脚の一考山祭︵山 本︶       二二五

参照

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