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指定質問1 記憶の変化

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Academic year: 2021

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PTSD と「記憶」の歴史

指定質問1「記憶の変化」

小宅 理沙(立命館大学大学院 先端総合学術研究科 院生)

 先端総合学術研究科院生の小宅と言います。ヤング先生、本日は非常に興 味深いお話をどうもありがとうございました。Thank you for your lecture.  私は先生のご著書『PTSD の医療人類学』を拝読させていただきました。 今日は、その内容に関して、私なりに考えたことで質問させていただきたい と思います。では、始めます。  記憶の変化。先生はご著書の中で PTSD のお話をされていました。そこ には、例えば補償を求めるために病的症状を演じる患者がいると言われてい ました。センターのお話だったと思うのですが、私の研究事例により、関連 するお話をしたいと思います。  初めに、私の研究事例より記憶について検討したいと思います。私は、レ イプにより強制的に妊娠させられた被害者女性のインタビュー調査をしてき ました。被害者女性の中には中絶する場合もあれば、例えば中絶できる時期 を超えて仕方なくというケースも含めてですが、子どもを産む場合もありま す。日本では、レイプによる妊娠の中絶が法的に認められています。アメリ カと違い、宗教的な理由で中絶に抵抗を感じる風潮はありません。どちらか と言えば、中絶の手続きはそれほど困難ではなく、中絶に対する批判、中絶 を批判する風潮はそれほどありません。  一つ目に紹介する事例は、レイプ被害者女性の支援をする民間団体スタッ フへのインタビューです。レイプ被害者女性の支援団体と言っても、養子縁 組の斡旋を行う団体です。日本には性犯罪被害者のための専門的な支援機関 が非常に乏しいため、養子縁組の斡旋をする団体に、レイプ被害者女性が救 いを求めて相談をするケースが中にはあります。被害者女性の中には、養子 縁組を斡旋する団体に対して、相談初期に中絶したいと言う被害者女性が多 いとのことです。この団体は、中絶が可能な時期であれば、安全に中絶でき る病院を紹介するとのことですが、中絶がぎりぎりの時期にある場合や、既 に中絶ができない時期にある被害者女性には、産むための支援をします。例 45

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生存学研究センター報告 えば、出産までの住居を提供するといったことです。  被害者女性が産んだ子どもは、養子に出されることが大前提です。スタッ フのインタビュー調査からは実際子どもを産んでみると、レイプ被害者女性 に限定したものではなく、ここの団体に相談するすべての女性の3分の1が、 結果的にはやはり自分で育てることになるとのことです。しかし、レイプ被 害者女性においては、全員が子どもを養子に出したとのことです。そしてさ らに話を詳しく聞いていくと、最初は中絶したいと言っていた被害者女性の 中にも、養子に出した2∼3年後に子どもの誕生日プレゼントを用意する人 もいるということです。  もう一つ事例を紹介したいと思います。こちらは実際レイプで妊娠し中絶 した被害者女性へのインタビューです。彼女は中絶した経験が今でも忘れら れず、今後絶対に中絶したくないと言っています。彼女は、気がつけば周り はすべて敵のように感じ、中絶した胎児のことを同じ被害者であり運命共同 体であった、かわいそうだと思っていたと表現します。けれども、「それな らあの当時に戻れば、子どもを産んでいたのか」と私が質問すると、少し考 えて、「やはり無理だろう」と返答しました。  ここにおいて、レイプ被害をめぐって裁判をする場合について考えてみま す。中絶した女性の場合は、そのレイプの経験がレイプであるということが 疑われることは少ないのです。その一方、出産した女性の場合は、そのレイ プという出来事が、本当にレイプであったのかどうか、事件そのものが疑わ れてしまいます。つまり、子どもを生んだことをもって、その性行為がレイ プではなく合意の上での行為だったとされてしまうのです。しかし、たとえ 子どもを産み、その子どもに愛情を持ったとしても、レイプの被害に遭った という過去の事実を打ち消すものではないはずです。このような状況におい て、たとえ子どもを産み、愛情を感じたとしても、PTSD の症状があると診 断されることで、過去のその出来事がレイプであったと同定される可能性が 開かれるのです。  被害者女性たちの記憶や感情は日々変化しています。もちろん変わらない 記憶や感情もあるでしょう。彼女たちにおけるレイプによる出産、あるいは 46

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PTSD と「記憶」の歴史 中絶をめぐる経験は一枚岩ではなく、複雑かつ幾重にも引き裂かれた感情の 経験としてあります。前者の被害者女性は、中絶したいと当初主張していま したが、出産の2∼3年後に子どもに誕生日プレゼントを用意しています。 後者の中絶した被害者女性においても、過去の行為(中絶)を後悔している 様子が確認できます。もちろん被害を受けたその当時に、被害者女性が胎児 に対して運命共同体だと感じていたかどうかは分かりません。彼女自身、こ のような思いが芽生えたのがいつごろであったのか分からないと言います。  PTSD がまさに社会において装置として機能するがゆえに、彼女たちの抱 いている、例えば生まれた子どもに会いたいという、出産した子どもに対す る肯定的感情や中絶を後悔しているという、中絶に対する自責の念が、逆に レイプ被害への苦痛が、さほど大きなものではないと裁定されてしまう判断 材料に使用されてしまうということさえあります。例えば、レイプ被害が原 因でできた子どもに、プレゼントを与えるという行為そのものに、苦痛を表 す言葉や病名は存在しません。ところが、被害者女性の中には、PTSD など の何らかの診断や病名を求めることがあります。なぜなら PTSD と診断さ れることにより、自分には落ち度はなかった、自分は悪くなかったと、自分 に対しても社会に向けてもそれを証明したいからです。  証明する手段の一つに裁判があります。司法で争うときに、PTSD の症状 が認められるか否かで裁判の勝敗が大きく左右されます。もし、裁判で勝と うとすると、被害者女性たちは、レイプでの中絶あるいは出産に関する肯定 的な感情の部分には沈黙を余儀なくされます。病理的症状を演じるというお 話が先生のご著書の中でありましたが、裁判をスムーズに進めるといった 意味においてですが、彼女たちが PTSD だと診断しやすく演じてくれれば、 支援者として私は非常に楽です。どのように演じるかというと、例えばあん な子どもには二度と会いたくない、産んだことを後悔しているといったよう にです。しかし、私はそれを全く望んでいませんし、彼女たちも自分の感情 をゆがめてまで裁判に勝つことを望んでいません。ありのままの状態におい て、レイプ被害の事実を事実だと認められたいのです。こういった被害者女 性の引き裂かれそうな複雑な経験を知りながら、いざ裁判で勝とうとすると、 47

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生存学研究センター報告 社会という現実を実際に生きている支援者としては、PTSD という装置を使 わざるを得ない事情があります。支援者としては PTSD という装置を利用 すればするほど、PTSD という装置を温存してしまうといった、ある種皮肉 な帰結を招いてしまうことも私は理解しています。PTSD という装置を利用 すればするほど、紹介した被害者女性のように、レイプ被害の結果であるに もかかわらず、その妊娠や胎児や中絶経験の、ある部分に肯定的な感情を持 っている場合において、彼女たちの現実の複雑性は PTSD という装置を通 じてますます縮減され、レイプ被害者女性の生きる現実の複雑性、そこが大 変重要であるにもかかわらず、その現実の複雑性が不可視化されていくこと になります。そして皮肉なことに私たち支援者は、彼女たちの現実の複雑性 を知りながら、戦略的に PTSD という装置を使わざるを得ないという出口 なしの事態を経験しています。こうした出口のない状況に対して、いかなる 批判的な考察が可能なのか、私もこれまで考えてきました。そこで、ヤング 先生が、こうした批判的言説について、どのような論考を展開されるのか、 ご教授いただければ幸いです。以上です。Thank you for your listening(拍 手)。

(佐藤) どうもありがとうございました。非常に重要な問題提起だったと思 います。それでは、引き続きまして、本学先端総合学術研究科大学院生、片 山知哉さんに指定質問をお願いいたします。

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